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2017.11 経営センサー3737
●会計教育の必要性 「会計の知識が必要な人は誰か?」 この問いに迷わず「すべてのビジネスパーソン」と答える人はどれくらいいるのだろうか。会計知識を毎日使うのは経営者や経理・財務の担当者、ある種の専門家だけかもしれないが、それ以外の人には不要ということでないのは、自明のことと思う。 「読み・書き・算盤」に代わる、あるいはそれらに並ぶ「リテラシー」として会計知識が挙げられるようになって久しいが、日本のビジネスパーソンの会計力はそれなりに向上していると言えるのだろうか。 筆者はここ数年、実務経験の豊富な管理職に初級の会計研修を提供しているが、参加者はみな会計に対する苦手意識を口にする。彼らは若い頃、
あるいは管理職になる際に会計研修を受講し、実務でも部署の管理指標に責任を負っている人たちだ。それにもかかわらず、他部署に対してはもちろんのこと、部下に対しても会計(数字)がらみの説明には自信が持てない、という。 誤解のないよう先に断るが、先の管理職の多くは会計についてかなり「自主学習」している。それでも苦手としているのが実情のようだ。原価や投資の計算のために少なくない数の書籍を読み、自分で何度も電卓をたたいている人たちなのに、である。真面目に会計に向き合った経験を持つにもかかわらず、実際には会計を苦手としている人が多いのだ。 本年度に入って、『週刊ダイヤモンド』や『週刊東洋経済』などメジャーなビジネス誌で相次いで会計・ファイナンスをテーマとした特集が組まれ
会計教育 見直しのススメ
Point❶ 会計・財務はすべてのビジネスパーソンにとって必須知識であり、組織の力を左右する重要なスキルであるにもかかわらず、苦手意識を持つ人が多いのが現状である。
❷ 日本の会計教育のアプローチが古く、初心者に分かりにくいという指摘もある中で、企業内の会計教育は見直しの余地ありと考える。
❸ 新しいアプローチで初心者にも苦手意識を抱かせない会計教育や、組織への影響力の大きい管理職を対象とする学び直しを支援することで、組織の会計力アップを図るべき時が来ている。
森本 有紀(もりもと ゆき)人材開発部 コンサルタント経営コンサルティング会社、マーケティングリサーチ会社を経て、2006 年から(株)東レ経営研究所勤務。市場調査業務を経験した後、2011年人材開発部に異動。現在、タイムマネジメント、コミュニケーション改善、財務・会計等の研修を担当。
注:本稿では財務、会計、数値計算等を、まとめて「会計」と表現した。
人材/人材育成の視点
経営センサー 2017.113838
たことにお気づきの読者もおありかもしれない。仕事や個人の資産運用などで扱っている数字や指標を、真の意味で理解できていないビジネスパーソンはまだまだ多く、その人たちが「丸わかり」「超理解」などの見出しの躍る雑誌を手に取るのだろう。この分野の教育ニーズがあることの証左とも言えそうだ。 ●会計力は組織の力 会計の力は個人の能力のように感じる人も多いかもしれないが、実は組織全体の力と密接に結びつく。 上司が組織の管理指標を適切に理解・活用できていないとしたら、また、戦略や数字の根拠・ストーリーを部下に十分説明できていないとしたら、数字も部下も思うように動かない。 日常業務でも会計が関わっている。費用・資産の違い、売上と原価の関係、資産の償却ルール、会議費と交際費の税務上の扱い等を知って伝票処理する人は後輩にも教えるが、知らなければ金額を打ち込む以上のことは教えない。 「『資金繰りが苦しいなら、利益剰余金を取り崩せばいいだろう』と言った役員がいてね…」という笑い話がある。もちろん組織においては専任部署によるしかるべきチェック機能が働くので、こうした不見識が実害に及ぶことは少ない。しかしこのような認識の役員が組織運営に関する決断を重ねていくと考えた時、その影響は計り知れないだろう。 上司が数字や会計に弱いから、部下たちがしっかり勉強してカバーするという美しいストーリーも描けないことはないが、組織の中で日頃から数字や会計についてうるさく言われることがなければ、部下自ら積極的に学習したり、学習の旗振りをしようとする人も少なくなるというのが、定石だろう。組織全体として徐々に数字に対する危機感が薄れ、数字を読む力が落ちていく可能性も否定できない。
●企業内会計教育の現状 多くの組織で会計教育はきちんと行われている。管理職になるまでにこの分野に関する知識のインプットが一切ないという会社はむしろ少数だろう。ただし、研修受講者が期待するレベルに達しているかというと話は別だ。 実は研修企画担当者にとって、会計は少し難しい領域である。職種を問わず広く提供する研修にもかかわらず、企画者自身も会計をよく解さぬまま、社内の経理・財務の実務担当者に講師を任せているケースが多いのではないかと推察している。そして、任せられた担当者も「教えるスキル」をしっかり持ち合わせているわけではないので、年に数回、人前で話す嫌な業務として捉えていることもあるだろう。歴史ある重厚な社内テキストが会計初学者向きでないと分かっていても、一から教材を作る時間も取りにくい。指定された研修持ち時間でできる限り丁寧にテキストを読み終え、疑問があればいつでも聞いてください、というのが講師の示せる精一杯の誠実さだろう。 研修後のアンケートにしばしば見られる「会計は必要な知識だと痛感しました。もっと勉強します」という感想の意味するところは、「理解できなかった」である。そして、管理職となっていよいよ会計と向かい合う必要に迫られた時、「丸わかり」「超理解」を手にするのだ。
●研修内容の見直し 『世界のエリートがやっている 会計の新しい教科書』(吉成英紀 日本経済新聞出版社)によると、「日本企業の若手社員、中堅社員から役員に至るまで『びっくりするほどの割合 1で』会計に苦手意識を持っている」という。そしてその原因は、会計を教えるアプローチが日本だけ古く、それが構造的に初心者にとって非常に理解しにくいからだという。これは裏返せば、アプローチを変えることによって、初心者にも理解しやすい教育をすることは可能ということだ。
1 同書では 8割程度と指摘されている
人材/人材育成の視点
2017.11 経営センサー3939
吉成氏の指摘する古いアプローチで形式的に知識付与したら、あとは個人の継続学習に委ねるという企業内会計教育のあり方を、そろそろ見直したほうが良くはないだろうか。対象者の理解やレベルに寄り添った内容なのか、苦手意識を与えるだけの研修になっていないか、考えてほしい。 実は社外に目を向けると社内研修とは比べ物にならないほど魅力的な会計研修が、多数存在している。伝統的な社内テキストにこだわらず、教育のアプローチを変えたり、社外のプログラムを利用するようなことも視野に入れてはどうだろうか。
●研修対象者の見直し 内容の見直しとともに、研修の対象者についても一考してほしい。既存の枠内で会計研修の機会提供が済んでいたとしても、管理職を含めて対象層を広く考えてみてはどうだろうか。「研修受講済み=知識を持ち合わせて当然」と突き放すことなく「実際」に合わせることが大切だ。限られた予算の中では、未受講者から手当てしたいと考えるかもしれないが、管理職が会計に不安を抱かなくなれば、日常的に数字を扱い、数字で考え、数字で説明する習慣が組織全体に生まれる。彼らが部下に指導し始めれば、研修に頼らずとも、組織全体の会計力が自然と高まるだろう。何より、管理職はきちんと自己学習する人たちだ。基礎学習時のつまずきを解消し、苦手意識を払拭できれば、研修とその波及効果は企画者の思うよりもずっと大きい。 ●自己学習を促す講座構成へ 会計教育において、最低限の知識付与は組織の責任、その後は自己学習で、というスタンスはさまざまな理由から変えられないだろう。そのため、最初の知識付与時に自己学習を促す工夫が重要だ。
筆者が行っている研修では、「楽しい」を提供することを目指している。会計の研修であってもだ。初級会計の研修では、あるボードゲームを使っている。ゲームで遊ぶから楽しいのだろうと誤解されるのだが、そうではない。「分かる」から、会計も「楽しい」のだ。「楽しい」が心に残っていれば、自分で調べることにもつながる。自分で調べたことが、研修中の「分かった」とつながれば、さらなる「楽しい」が生まれ、自己学習へつながる。 研修終了後に、「製造原価を詳しく勉強したい」「税務会計の学習もしたい」など、意欲を感じるコメントを受講者からもらうこともある。「会計は必要な知識だと痛感しました。もっと勉強します」よりずっとうれしい。「楽しい」は学習意欲を育ててくれる。 ある会計の講座中に「学んだことには必ず利子がつくから」とおっしゃった方がいらした。会計だけに言い得て妙だ。そういう意味では、「分かった」「楽しい」にも利子がつくように思う。 講師が「すべて」「正確に」「間違いなく」教えたつもりでも、受講者はそれらをどこまで覚えて、殖やせるだろうか。それよりも会計が「分かる」、会計が「楽しい」という小さな喜びをプレゼントして、受講者自身に複利で殖やしてもらったほうがより効果的ではないだろうか。どんな研修でも、実務に必要な知識をすべて付与することはできない。それよりも、真に必要になった時、小さな「分かった」をもとに、自己学習で知識を殖やせることのほうがずっと重要だろう。 多くの人に「分かった」「楽しい」を「会計」で体験してほしいと考えている。そうすれば「丸わかり」「超理解」を手に取った時、文字通り「丸わかり」「超理解」できて、「分かる」「楽しい」をさらに殖やせるはずだ。
会計教育 見直しのススメ