29
32 労使関係論2シラバス 広島大学経済学部 2013 年度後期 昼間コース(東広島キャンパス)水曜 3-4 時限 インストラクター:瀧 敦弘 office tel. 082-424-7218 e-mail [email protected] オフィスアワー:掲示にしたがってください。 十分な時間が必要と思われる質問や相談は予め e-mail appointment をとることが望ましい。また、具体的な講義内 容についての広範囲にわたる質問は、メールでは受け付けな いので、できるだけオフィスアワーを利用してください。 目的及びアウトライン…… 本年度(2013年度)は、前年度までとは大きく変わり、「労使関係 論1」を引き継いだ内容を「労使関係論2」として講義する。原則として、「労使関係論1」 の受講生を対応するが、「労使関係論2」だけの受講も妨げない。その場合は、プリントな どを参照して、前期の講義内容を自修してください。前期に配布したプリントは、つぎの ホームページ http://home.hiroshima-u.ac.jp/taki/ 参照。 成績評価&コースポリシー……成績評価は期末(筆記)試験によることを基本とするが、レポート 試験に変更する場合もある----期末試験については後日改めて解説するとともに、必要最小限なこ とは掲示する。コースポリシーの詳細は上記の、『経済論叢』の学習指導号を参照のこと。 Academic integrity は、大学の指針による。 Schedule (tentative):「労使関係論1」+「労使関係論2」 1. 講義紹介 2. 経済学で考える労働と労使関係 3. 労使関係とは何か:集団的労使関係と個別的労働関係 4. 労働条件決定の基本的考え方 5. 経済理論における労働条件決定の考え方と労使関係 6. 労使関係の主体(1):労働者とは 7. 労使関係の主体(2):労働者の団体(おもに労働組合について) 8. 経済モデルにおける労働組合 9. 労働組合の組織と機能Ⅰ(制度的なもの) ------------------------------------------------------------------------------[以上、講義済] 10. 労働組合の組織と機能Ⅱ(組織率の低下問題など) 11. 労使関係の主体(3):日本の使用者・経営者 12. 政府と労使関係 13. 団体交渉と労使協議 14. 交渉の経済モデル 15. 労働紛争と労働争議 16. 労働紛争の解決 17. 労働紛争・争議の日本的特質 18. 日本的労使関係の系譜 19.第二次大戦後の労働組合運動史 20. 諸外国の労使関係* 21. 講義のまとめ 1 項目 1 コマ(2 時限)を要するとは限らない。また、*は、時間がなければ省略する。) 休講とその補講について……公務その他によって休講した場合、補講は、時間延長によって対応 する(昼休みにくいこむことになるが、昼食などについて考慮する)。 [The Main Reference] 前期に同じ [Suggested Readings] 前期に配布したリストを参照してください。

労使関係論2シラバス 広島大学経済学部 2013 年度 …home.hiroshima-u.ac.jp/taki/IR2_2013.pdf33 労使関係論2ハンドアウト(9*) 広島大学経済学部2013

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32

労使関係論2シラバス 広島大学経済学部 2013 年度後期

昼間コース(東広島キャンパス)水曜 3-4 時限

インストラクター:瀧 敦弘

office tel. 082-424-7218

e-mail [email protected]

オフィスアワー:掲示にしたがってください。

十分な時間が必要と思われる質問や相談は予め e-mail で

appointment をとることが望ましい。また、具体的な講義内

容についての広範囲にわたる質問は、メールでは受け付けな

いので、できるだけオフィスアワーを利用してください。

目的及びアウトライン…… 本年度(2013 年度)は、前年度までとは大きく変わり、「労使関係

論1」を引き継いだ内容を「労使関係論2」として講義する。原則として、「労使関係論1」

の受講生を対応するが、「労使関係論2」だけの受講も妨げない。その場合は、プリントな

どを参照して、前期の講義内容を自修してください。前期に配布したプリントは、つぎの

ホームページ http://home.hiroshima-u.ac.jp/taki/ 参照。

成績評価&コースポリシー……成績評価は期末(筆記)試験によることを基本とするが、レポート

試験に変更する場合もある----期末試験については後日改めて解説するとともに、必要最小限なこ

とは掲示する。コースポリシーの詳細は上記の、『経済論叢』の学習指導号を参照のこと。Academic

integrity は、大学の指針による。

Schedule (tentative):「労使関係論1」+「労使関係論2」

1. 講義紹介

2. 経済学で考える労働と労使関係

3. 労使関係とは何か:集団的労使関係と個別的労働関係

4. 労働条件決定の基本的考え方

5. 経済理論における労働条件決定の考え方と労使関係

6. 労使関係の主体(1):労働者とは

7. 労使関係の主体(2):労働者の団体(おもに労働組合について)

8. 経済モデルにおける労働組合

9. 労働組合の組織と機能Ⅰ(制度的なもの)

------------------------------------------------------------------------------[以上、講義済]

10. 労働組合の組織と機能Ⅱ(組織率の低下問題など)

11. 労使関係の主体(3):日本の使用者・経営者

12. 政府と労使関係

13. 団体交渉と労使協議

14. 交渉の経済モデル

15. 労働紛争と労働争議

16. 労働紛争の解決

17. 労働紛争・争議の日本的特質

18. 日本的労使関係の系譜

19.第二次大戦後の労働組合運動史

20. 諸外国の労使関係*

21. 講義のまとめ

(1 項目 1 コマ(2 時限)を要するとは限らない。また、*は、時間がなければ省略する。)

休講とその補講について……公務その他によって休講した場合、補講は、時間延長によって対応

する(昼休みにくいこむことになるが、昼食などについて考慮する)。

[The Main Reference] 前期に同じ

[Suggested Readings] 前期に配布したリストを参照してください。

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33

労使関係論2ハンドアウト(9*)

広島大学経済学部 2013 年度後期

労働組合の組織と機能(Ⅱ) 完全競争的な労働市場で、(労働需要と労働供給が一致するような)均衡賃金より高い賃金をあ

る企業の労働者集団が要求したとしよう。この企業はどのように対応するであろうか?

完全競争的な労働市場なので、企業は市場で成立している賃金で、既存の労働者と同質の労働者

を企業外から望む量だけ雇うことができる。ゆえに、高い賃金を要求している労働者を解雇し、

彼らの代わりに市場賃金(すなわち、均衡賃金)で外部から労働者を雇い入れる。一方で、解雇

された労働者も、市場賃金で他の企業に雇われることは可能である。したがって、完全競争的な

労働市場では、労働者集団は、市場賃金よりも高い賃金を得ることはできない。したがって、労

働組合が存在しても、賃金に影響を与えない。

以上のことは、労働組合が存在しても、同質の完全代替的労働者が大量に存在しては、労働組

合は、完全競争的市場力を阻止することはできないということである。このことから、すでに説

明した、完全労働市場において均衡賃金以上のものを要求することができるためには、

①他の生産要素に対して、不完全にしか代替できないこと

②その供給が制限されていること

の2つが条件であることがわかる。

しかし、これらの条件だけでは、労働組合がその影響力を保ち続けるには不十分である。他の

条件が一定であるならば、労働組合が存在する企業と、存在しない企業では、前者における資本

の収益率が後者のそれより低くならざるを得ない。そのために、資本や企業そのものが、前者か

ら後者へと逃避し、ついには消滅してしまう(現実的には、他の条件が同じであるならば、投資

家は、労働組合の存在しない企業へしか新たに資本を投資しないことになる)。そのために、労働

組合の存在する企業は、経済成長に伴い、技術進歩にも遅れ、競争に敗れて、市場から退出する

ことになる。

この議論は、すべての生産要素に対して、完全競争的な市場で成立している価格(賃金や配当)

を支払った後の残りの企業収入、すなわち、超過利潤が存在し、それを先に支払った賃金にプラ

スして支払えるような状況でないと、労働組合がその影響力を保持することができないことを示

している。そのためには、さきの①・②の条件に加えて、資本の移動(逃避)の阻止----投資家が

投資を続ける----か、または、労働組合が存在しても資本の収益率が低くならないようにしなけれ

ばならない。そのために、つぎの3つの条件のうちのいずれかが、成立しなければならない。

(a)労働組合のある部門が、なんらかの意味で、超過利潤が発生していること。

超過利潤があるために、労働組合員に完全競争市場の均衡賃金以上を支払っても、資本の収益

率が他の代替部門よりも低くならず、資本や新しい投資が逃避しないのである。超過利潤が発生

する理由は、その部門が技術的に優位であるとか、独占的・寡占的製品市場で参入障壁があるこ

となどが考えられる。

(b)労働者自身が、生産に使用する生産財をもっているか、容易に調達できること。

見かけ上、資本の収益率が低くとも、労働組合のもとで得られる収入より、労働者が自身の労

働と資本を他の代替的用途に使って得られる収入が高くならない限り、資本は逃げない。なぜな

ら、労働者自身が資本を所有しているからである。

(c)労働者の集団が、その企業の資本と補完的であること。

企業の資本の実態である機械や設備を効率よく稼働させるのに、その企業の労働者との協働が

不可欠であるなら、資本が少し低くとも、資本の所有者は労働組合のある企業から資本を逃避さ

せるようなことはしない。もし、機械や設備を移動させるのにまったくコストがかからなかった

としても、移動先で、効率的に稼働させることができないためである。ただし、このような資本

の固定性(流動性の低さ)は、現実には、普遍的にどの企業にも成立している。

ただし、以上の議論は、労働組合が生産性に関してポジティブな影響を及ぼさないと考えられる

場合である。労働組合の存在自体が、生産性に正の効果(利潤を高める)場合は、その追加的に

得られる利潤を労働組合員に配分することができるので、存在しない場合の均衡賃金より高い賃

* 番号については、「労使関係論1」からの通番で表示。ページ数についても、同じ。

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金が得られることになる。たとえば、フリーマン・メドフ(1984)(邦訳 『労働組合の活路』日本

生産性本部(島田・岸訳)1987 年)で提示された労働組合による発言効果による離職抑制効果は、

生産性に正の影響を及ぼすと考えられる。

参考文献 大橋他(1989)『労働経済学』有斐閣

このことを理解してうえで、近年の労働組合組織率の低下という問題を考えたい。

まず、推定組織率=単一労働組合員数(「労働組合基礎調査」より)を雇用者数で割ったもの

Q. なぜ、組織率は重要なのか?

【組織率について】

• 1949年の55.8%を頂点として次第に低下。

• 2007、2008年には18.1%で第2次大戦後最低だったが、2009年、2010年は18.5%となりわずかに

上昇した(2011年についてはつぎの頁を参照)。しかしながら、2012年は、17.9%となり、過去

最低を更新した。

(なお、1960 年 32.2%、1970 年 35.4%、1980 年 30.8%、1990 年 25.2%、2000 年 21.5%、他の

数値は、http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?bid=000001018508&cycode=0 ----政府統計

の総合窓口 e-Stat 労使関係の項目を参照)

• 全体として労働組合の活力と社会的存在感が弱まった(さきに示したような機能はあるが・・・)。

図表 8-1 労働組合組織率の推移(厚生労働省『労働組合基礎調査』による)

• なぜ組織率は低下するのか?

日本の労働者の構成変化と産業構造の変化

(1)女性化(2)高学歴化(3)高齢化(4)パート化(5)ホワイトカラー化(6)非製造業化(7)民営化

これらのうち(3)以外はすべて組織率の低下に貢献していると考えられる。

しかし、これらの要因による影響は、それほど大きく寄与していないという仮説が、米国人研

究者フリーマンとレビックにより出された。

Freeman & Rebick(1989)の研究

• フリーマン・レビック(1989)「支柱が揺れる?------低下する日本の労働組合組織率」『日本労働

協会雑誌』No.361

• 労働組合組織率の低下には、「労働組合設立数マイナス労働組合解散数」の減少が大きく影響

すると結論づけている。

0

10

20

30

40

50

601949(55.8%)

2009(18.5%) 1947(45.3%)

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cf. さらに、佐藤博樹による研究でも、同様の結論をえている(東京都立労働研究所(1998)『労働

組合の結成及び活動と地域組織』mimeo.)。

この点について、橘木(1993)「労働組合参加率低下の社会経済的背景」橘木・連合総合生活開発

研究所編『労働組合の経済学----期待と現実』東洋経済新報社を参照。また、新設企業に雇用され

た労働者の多数が女性やパートタイマー労働者であるならば、新設未組織企業の増加と雇用構造

の変化の双方が組織率低下に作用することになるので、フリーマン・レビックの指摘も、先に記

したような雇用構造の変化の別様の表現となるという指摘がある(都留(2002)、p.61)。

Q. ところで、2008 年から 2010 年の推移の要因は? つぎに示した『労働組合基礎調査』のデ

ータから考えよ。

厚生労働省『労働組合基礎調査』2010 (平成 22 年) より

なお、2011 年(平成 23 年)は、東日本大震災の影響で、推定組織率は計算されていない1。

無組合企業(未組織企業)はどうなっているか?

• 無組合企業について、従業員の発言機構があるのが一般的。従業員組織、あるいは労使協議制

など。

計 労使協議機関「あり」 職場談話会「あり」

2009 年 2004 年 2009 年 2004 年

労働組合あり 100.0(%) 83.3 80.5 66.3 56.9

労働組合なし 100.0 19.9 15.0 46.7 46.2

企業規模 5000 人以上 100.0 74.7 80.8 68.5 72.3

100~299 人 100.0 37.2 35.0 48.8 47.0

30~49 人 100.0 23.2 10.4 43.1 46.5

全企業 100.0 39.6 37.3 52.8 49.8

厚生労働省平成 21 年及び平成 16 年『労使コミュニケーション調査』による。

• ただし、無組合企業での話し合いの焦点は、基本的に賃金ではなくて、賃金以外のさまざまな

労働条件。経営事項が中心。

1東北3県を除く、暫定値として、推定組織率 18.4% (女性のみ 12.8%)と発表している。

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参考文献 都留康(2002)『労使関係のノンユニオン化』東洋経済新報社

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3817.html より

日本労働研究研修機構(JILPT)『データブック国際労働比較 2012』より

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労使関係論2ハンドアウト(10)

広島大学経済学部2013年度後期

労使関係の主体(3) 使用者・経営者

個別労働関係における使用者

労働契約法における「使用者」・・・労働契約上の一方の当事者として、使用者は考えられている。

したがって、(1)通常は、入社した企業(会社)または雇った事業主として、明白である。問題は、

(2)複数企業が関与する場合である。さらに、社外労働者の受け入れや、支配会社や分社化のケー

スが問題となる。

労働契約法第2条2項 この法律において「使用者」とは、その使用する労働者に対して賃金を支払う

者をいう。

参考)同条 1項 この法律において「労働者」とは、使用者に使用されて労働し、賃金を支払われる

者をいう。

(2)複数企業が関与する場合

A B

X

共同使用

それぞれに

労働契約

A B

X

複数の雇用主が共同で

1つの労働契約の使用者

グループ採用

A 社 B 社

C 社

X

親子会社

A 社(親会社)

業務処理請負

A 社 B 社

X X

指揮

命令

労働

契約

労働者派遣

A 社 B 社

X X

指揮

命令

労働

契約

B 社(子会社)

X

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転籍 現に存在する企業との労働契約関係を終了させて、新たに、別の企業との間に労働契約

関係を成立させる人事異動。移籍とも呼ばれる。

cf. 偽装請負

勤務実態は労働者の派遣であるにもかかわらず、「請負」とすること。労働者派遣では、使用者責

任や労働安全上の義務を負うが、請負契約にすることで、使用者責任や労働安全上の義務は請負

会社が負うことになり、受入れ側の責任を免れる。偽装請負によって働くものは、労働基準法の

適用による保護が受けられない。派遣契約では、一定期間経過後に直接雇用される道があるが、

請負契約では、その見込みがない。

労働基準法における「使用者」

労働基準法のおける「使用者」は、2つのタイプのものである。

1)労働基準法上の基準が労働契約の内容となり、労働契約上の義務としてその責任(13 条参照)

を負うもの。これは、労働契約上の使用者の概念と一致する。

労働基準法 10 条 この法律で使用者とは、事業主又は事業の経営担当者その他その事業の労働者

に関する事項について、事業主のために行為をするすべての者をいう。

労働基準法 13 条 この法律で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分に

ついては無効とする。この場合において、無効となつた部分は、この法律で定める基準による。

2)労働基準法の罰則(117 条以下)の適用や行政監督の対象となる使用者。

この意味は、現実の行為者(実質的な責任者)を使用者として把握し、各条違反の責任主体とす

ることを意味している(法遵守の責任をはっきりさせるために、事業主とならんで上司なども使

用者とされる)。したがって、労働基準法で定義された「労働者」であっても、そのものが同時に

「使用者」として処罰されることがありうることに注意しなければならない2。

これと対照的なものが戦前の工場法における使用者であり、実質的な権限や責任の有無に関わら

ず、違反の責任を引き受けるものとされていた。

労働基準法 121 条 この法律の違反行為をした者が、当該事業の労働者に関する事項について、

事業主のために行為した代理人、使用人その他の従業者である場合においては、事業主に対して

も各本条の罰金刑を科する。ただし、事業主(事業主が法人である場合においてはその代表者、

事業主が営業に関し成年者と同一の行為能力を有しない未成年者又は成年被後見人である場合に

おいてはその法定代理人(法定代理人が法人であるときは、その代表者)を事業主とする。次項

において同じ。)が違反の防止に必要な措置をした場合においては、この限りでない。

2 事業主が違反の計画を知りその防止に必要な措置を講じなかつた場合、違反行為を知り、そ

の是正に必要な措置を講じなかつた場合又は違反を教唆した場合においては、事業主も行為者と

して罰する。

2 労働者保護法のなかには、責任主体をはっきりさせる意味で、「使用者」ではなく「事業主」や

「事業者」という言葉をもちいているものがある。この場合は、労働基準法とは異なり、上司な

ど事業主のために行為する者は直接には規制対象とはなっていない。

出向

A 社 B 社

X X

労働

契約

労働

契約

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参考→ 工場法(明治 44 年 3 月 29 日 法律第 46 号) では、「工場主」または「工場管理人」(第

18条 工業主ハ工場ニ付一切ノ権限ヲ有スル工場管理人ヲ選任スルコトヲ得 )

集団的労使関係における使用者

(1)団体交渉の当事者

・使用者団体・・・ 団体構成員のために統一的に団体交渉をなし、かつ、労働協約を締結しうるも

のとして結成される使用者団体でなければならない----その趣旨が団体の定款(規約)に明記され

ているのが原則である。

・個々の使用者・・・個々の使用者が団体交渉の当事者となりうるのは、法律上も明白である。団体

交渉の概念からすると、「使用者」とは、労働協約上の権利義務の主体となりうるものであること

を要する。個人企業の場合は、当該個人。法人企業の場合は、当該法人。企業の一部組織である

事業所や支店や機関(取締役や事業所長)は、法律上は「使用者」ではない。

(2)労働組合法には、「使用者」について、条文上の規定はない。

労働組合法として、第7条に、つぎにように、規定しているので、不当労働行為禁止規定におけ

る「使用者」として、「被雇用者の労働関係上の諸利益に何らかの影響力を及ぼし得る地位にある

一切のもの」と包括的に考えられている。

これらの考えにより、「近い過去に使用者であった者」および「近い将来において使用者となる可

能性がある者」については、不当労働行為の主体たる使用者とされることがある。具体的には、

ある労働者が解雇された場合に、解雇をした使用者が、解雇された労働者の加入する労働組合か

ら団体交渉を求められてこれに応じなければならないことがあり、また、採用拒否など採用をめ

ぐる問題について、使用者となる可能性のあった者の不公正な行為が不当労働行為となされるこ

とがある。

労働組合法7条 使用者は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。

一 労働者が労働組合の組合員であること、労働組合に加入し、若しくはこれを結成しようとし

たこと若しくは労働組合の正当な行為をしたことの故をもつて、そ の労働者を解雇し、その他こ

れに対して不利益な取扱いをすること(以下略)

二 使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと。

三 労働者が労働組合を結成し、若しくは運営することを支配し、若しくはこれに介入すること、

又は労働組合の運営のための経費の支払につき経理上の 援助を与えること。(以下略)

四 (略)

cf. 不当労働行為の現実の行為者と「使用者」が相違する場合がある。

使用者の団体

労働組合法 14 条には、労働協約を締結する相手として、使用者団体を規定している。したがっ

て、当然、労働協約締結の前提としての団体交渉にも使用者団体が当事者として出てくることは

予定されていると考えてよい。ただし、団体交渉の主体というためには、単に、使用者の団体と

いうだけではなく、団体交渉を行うことを目的とし、かつ、構成員である各使用者に対して統率

力を有するものである必要がある。企業別組合主流のわが国では、交渉も労働協約の締結も企業

レベルで行われることが通常であり、使用者団体が団体交渉の場に登場することは、ほぼないと

言っても過言ではない。ところで、産業別労働組合が主流のヨーロッパでは、産業別組合が使用

者団体と団体交渉をおこなうことになる。

なお、労使関係の基本的な原則として、ヨーロッパの(古い)考えでは、一方では、商工会議所、他

方では労働者会議所が、対等な当事者として、労使関係を築くことを考えた。しかし、労働者会

議所は日本にはない。ドイツにもない。オーストリアには存在するが、オーストリアでも、労使

関係の当事者としては、労働組合(実際には、産業別労働組合の連合体が一方の当事者)がある

ので、機能していない(?) 労災保険や立法には関係している。

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40

商工会議所

商工会議所の起源は 1599 年のフランスのマルセイユに組織された商業会議所とされている。

以来、各国に同種の経済団体が組織されているため、国内外における調整機関として役割を持つ

ことが可能。その形態は大きく仏独系(強制加入)、英米系(任意加入)に分類される。

日本における使用者団体

現在、経済3団体として、日本経団連、日本商工会議所、経済同友会がある。

・戦前

1892 年(M25)商業会議所連合会(ただし、1878 年(M11)東京、大阪、神戸に商法会議所とし

て設立されたのが始まりとされる)

1917 年(T6)日本工業倶楽部

1931 年(S6)全国産業団体連合会

労働問題に関しては、労働立法の意見具申や調査研究程度のものでしかなかった。ただし、1920

年(大正9年)に設立された日本船主協会が当時の唯一の産業別労働組合であった日本海員組合

との間に産業別交渉をかなり安定した形で行った事例があるが、これは、当時としても、まった

く例外的現象であった。

・第2次大戦後

1946年 4月 経済同友会

1946年 8月 経営団体連合会(経団連)の創立

1948年 4月 先行して結成された業種別・地方別経営者団体を基盤として、日本経営者団体連

盟(=日経連)が結成された。

1954年 5月 「(社団法人)商工会議所法」施行・・・日本商工会議所は認可法人として改編。

このうち、日経連は労働問題および労使関係について経営者団体の主張の代弁者として、また、

調査・研究の実施や政策の形成と指導・推進の役割を果たすものとして、労使関係にもっとも密

接なつながりをもつ中央団体としての地位を占めてきた。

日本経団連の発足

http://www.keidanren.or.jp/japanese/profile/pro001.html より

終戦直後の 1946年 8月、日本経済の再建・復興を目的として、経済団体連合会(経団連)が誕生しました。

一方、適正な労使関係の確立を目的として、1948 年 4 月、先行して結成された業種別・地方別経営者団体を

基盤として日本経営者団体連盟(日経連)が発足しました。

以来、経団連は、貿易の自由化、自由競争の促進、行財政改革の推進、環境問題への取組み、民間経済

外交の推進など、経済界が直面する内外の重要課題の解決と、自由主義経済の維持・活性化を通じ、わが

国ならびに世界経済の発展に寄与してきました。一方、日経連は「経営者よ 正しく強かれ」をスローガンに、

労働問題を専門的に扱う経営者団体として、一貫して「人間」の問題に軸足を置き、春季労使交渉をはじめと

する賃金交渉への対応など、安定した労使関係の構築に貢献してきました。

両団体は、相互に連携を取りつつ、それぞれの役割を果たしてきましたが、戦後半世紀以上の年月を経た

今日、経済問題と労働問題は密接不可分の課題となっています。また、少子高齢化、国民の意識・価値観の

多様化の進展に伴って、社会保障制度改革、雇用・労働問題、教育改革等は、企業経営にとってこれまで以

上に重要な政策課題となり、経済界を挙げた取組みが強く求められるようになりました。そうした時代の要請

に応え、2002年 5月 28日に、経団連と日経連が統合し、新たな総合経済団体として日本経済団体連合会(日

本経団連)が発足いたしました。

日本商工会議所

日本では、現在、商工会議所法(昭和28年法律第143号)による認可法人。中小企業の利

益を代表しているとされている。日本商工会議所は、全国で、地域に514商工会議所(平成2

2年11月時点)があり、それが会員となっている。全国の商工会議所(たとえば、広島商工会

議所)に個人会員(個人事業主)・法人会員(企業)が加盟するという形になっている。任意加入。

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cf. 商工会や青年会議所とは別物。

経済同友会

企業経営者が個人として参加し、国内外の経済社会の諸問題について議論し、自由な提言をす

るのが特色。

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労使関係論2ハンドアウト(11)

広島大学経済学部 2013年度後期

政府と労使関係 労使関係における政府について考える。ここでいう政府は、中央政府だけではなくて、地方自

治体や公共企業体、さらに独立行政法人をいう。

政府は、統治権者という側面だけではなくて、膨大な従業員を 任用(雇用 )する使用者として

の役割がある。すなわち、公務員の労使関係について考える。

公務員の数 2007 年『就業構造基本調査』によれば、有業者は 65,978(千人)、同調査によれば、公務(他に

分類できないもの)は 2,184.7(千人)で国家公務 500.5(千人)、地方公務 1,684.2(千人)であり、

有業者の 3.3%を占める(平成 14 年の同調査でも、3.3%であった)。

上図は、人事院「国家公務員プロフール」による3。

『労働力調査』の常雇 4666(万人、2010 年 平均:2011 年平均は、東日本大震災の影響のた

めデータとして、ここでは使用していない)であるので、342.9 万人は 7.3%にも相当する。ただ

し、欧米の主要国と比較すると少ない4。

公務員に対する労働基本権の制限

団結権・・・ある(特定独立行政法人・公営企業の職員についても「ある」)

3 http://www.jinji.go.jp/pamfu/24profeel.pdf 4 資料として人事院作成の「諸外国の国家公務員制度の概要」をあげる。

http://www.jinji.go.jp/syogaikoku/syogaikoku.pdf 参照。

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団体交渉権・・・非現業職員に対する団体協約締結権を否定する規定(国公法 108 条の 5 の

第 2項、地公法 55条 2項)5

団体行動権・・・争議行為の禁止(国公法 98 条 2 項、地公法 37 条など)----これについては、

合憲性が激しく争われた(後述)---- (特定独立行政法人・公営企業の職員についても「ない」)

警察・消防、自衛隊、海上保安庁・刑務所の職員は、労働基本権のいずれもが 否定されている。

以上を整理すると、つぎの表のようになる。

団結権 団体交渉権 争議権

協約締結権 ×

非現業職員 ○

(警察職員等を除く)

△(註 1)

(交渉は可能)

× ×

国有林野・特定

独立行政法人

○ ○ ○ ×

非現業職員 ○

(警察職員及び消防

職員を除く)

△(註1)

(交渉は可能)

×(註 2)

(書面協定は

可能)

×

現業職員 ○ ○ ○ ×

註1: 非現業職員は、交渉を行うことはできるが、団体協約を締結できない。

註2: 非現業職員(地方)は、交渉を行い、その結果として、書面協定を結ぶことができるが、この書面は、

団体協約ではなく、法的拘束力はない。

出所:櫻井敏夫(2011)「国家公務員制度改革と労働基本権」『立法と調査』No.312.

国家公務員法第 98条 2項 職員は、政府が代表する使用者としての公衆に対して同盟罷業、怠業その

他の争議行為をなし、又は政府の活動能率を低下させる怠業的行為をしてはならない。又、何人も、こ

のような違法な行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおつてはならない。

註)団体行動権・・・争議権と組合活動権(争議行為以外の団体行動をなす権利)

争議権・・・一定範囲での争議行為(労働者の要求の示威又は貫徹のための圧力行為)の法的

保障を内容とする権利

組合活動権・・・典型的にはビラ貼り、ビラ配布、集会、演説などの情宣活動などの団体行動

を一定限度で保障する権利

なお、公務員も、日本国憲法 28 条にいう「勤労者」であることは、最高裁において国鉄弘前機関

区判決(昭和 28 年 4 月 8 日)以来一貫して認められている。

公務員の争議権の制限の経緯

1947 年 二・一ゼネストの中止

1948 年 7 月 22 日,連合国軍最高司令官マッカーサーは芦田均首相に書簡を送り,公務員の争議

行為禁止を示唆した。芦田内閣は,7 月 31 日に政令 201 号を公布

1948 年暮れ,政令 201 号は,国家公務員法改定と公共企業体労働関係法(1952 年の改正で公共企

業体等労働関係法に名称変更。1986 年国営企業労働関係法と改称)制定によって,国内法化され

た。その後、1999 年「国営企業及び特定独立行政法人の労働関係に関する法律」に、2002 年「特

定独立行政法人等の労働関係に関する法律」に改題された。

公務員の争議権の制限

5 ただし、労働協約締結権は、国有林野職員や特定独立行政法人職員を除くと制約されている。

これについて、2012 年、野田内閣は、国家公務員に労働協約締結権を付与する公務員制度改革関

連法案について成立をはかろうとしたが、うまくいかなかった。

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上述のように、公務員について、争議行為または怠業的行為の遂行を共謀し、そそのかし、あ

おった者またはこれらの行為を企てた者に対して刑罰が課される。このような争議権の一律禁止

は合憲かどうか、または立法政策として妥当なものであるかどうかについては、激しい意見対立

があるが、現在、最高裁は、憲法28条に反しないとしている(名古屋中郵事件判決参照)

「公務員及び三公社その他の公共的職務に従事する職員は、財政民主主義に表れている議会制民

主主義の原則により、その勤務条件の決定に関し国会又は地方議会の直接、間接の判断を待たざ

るを得ない特殊な地位に置かれて〔おり〕・・・そのため、これらの者は労使による勤務条件の共

同決定を内容とするような団体交渉権ひいては争議権を憲法上当然に主張することのできない立

場にある」(名古屋中郵事件 最大判決昭和52.5.4より)

判例:全農林警職法事件も参照。参考)労働判例百選(第8版)p.12-13

公務員の労働基本権の制限については、法律の観点からは検討すべき点も多いが、ここでは、

これ以上は述べない。

参考:公務員の時間外労働

労働基準法に基づくと、「その労働が本来の業務に従事するものであり、客観的にみて使用者の

指揮命令に基づくものであれば、個別具体的な指揮命令がなされなくとも、時間外労働」と解す

ることになる。それに対して、国家公務員の超過勤務時間は、正規の勤務時間を超えて勤務する

ことを命じられた職員が超過勤務をした場合に成立するものと定められている。

参考)労働基本権は、欧米では大幅に認められている。近年、公務員制度改革に伴い、公務員に

も団体交渉権や争議権を認める議論もおきている。http://www.gyoukaku.go.jp/koumuin/ 参照。

人事院とは

臨時人事委員会として設立されたが,1948 年の国家公務員法の改正により人事院に改組され,

規模,権限が拡大強化された。

目的・・・①戦前の各省ごとの割拠主義的人事行政を打破。政党勢力に対して人事行政の公正

化を保ち,科学的人事行政を実施すること。②労働基本権の制約に対する代償として,公務員の

福祉および利益を図ること。

人事院はきわめて独立性の強い合議制的機関であり,3 人の人事官によって組織され,そのう

ち 1 人が総裁となる。人事官の任命については,その中の 2 人が同一政党に属し,または同一の

大学学部の出身であることは禁じられている(両議院の同意を得て内閣が任命)。

所掌事務・・・給与その他の勤務条件の改善及び人事行政の改善に関する勧告,職階制,試験

及び任免,給与,研修,分限,懲戒,苦情の処理その他職員に関する人事行政の公正の確保及び

職員の利益の保護等

人事院規則を制定し,人事院指令を発する等の準立法権をもつ

cf. 人事院の機能の一部は 1965 年に総理府に人事局を設け移された(現在、総務省人事・恩給局)。

人事院勧告

とくに給与に関しては,人事院は,毎年,少なくとも 1 回,俸給表が適当であるかどうかにつ

いて国会および内閣に同時に報告しなければならず,給与を決定する諸条件の変化により,俸給

表に定める給与を 100 分の 5 以上増減する必要が生じたと認められるときは,その報告とあわせ

て,国会および内閣に適当な勧告をしなければならない。

ただし、国家公務員の給与改訂については、人事院勧告が自動的に実施されるわけではない。

勧告により、給与改定を行う場合、政府が給与法改正案を国会に提出し可決されることが必要。

参考: 国家公務員制度改革…国家公務員制度改革推進本部は設置期限(2013/7/10)を迎え、行政

改革推進本部において取り扱われることとなった。

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労使関係論2ハンドアウト(12)

広島大学経済学部 2013 年度後期

団体交渉と労使協議

団体交渉(collective bargaining)とは・・・労働力の集合的取引という原初的意義 collective

bargaining により、共通の了解事項:collective agreement をえる。なお、経済学では「ゲーム

理論」で団体交渉の分析をおこなったりするが、ここでは取り扱わない。

わが国での「団体交渉」

わが国では、「団体交渉」とは、労働組合の代表者が、使用者または使用者の団体の代表者と労働

条件や労使関係のルールについて、労働協約の締結その他による合意に達することを目的とする

交渉。

労働協約

わが国の実定法概念としての「労働協約」は、労働組合法 14 条の規定に基づき、「労働組合と使

用者またはその団体との間の労働条件その他に関する協定であって書面に作成され、両当事者が

署名または記名押印したもの」と定義できる。

労働組合法14条 労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する労働協約は、

書面に作成し、両当事者が署名し、又は記名押印することによつてその効力を生ずる。

団体交渉と争議行為

・労働運動初期の職能組合においては、組合員相互の取り決めが労働条件改訂のための主要な役

割を果たし、団体交渉は2次的な意味しか持たなかった。

・労働力を独占しえない今日の労働組合では、団体交渉が労働条件改善のための中心的な手段と

なる。

・その際、労働組合の交渉力を支えるのが、争議行為である(争議行為は労使双方に認められる)。

団体交渉権

・誠実交渉義務・・・使用者の団体交渉義務の基本的な内容として、使用者には労働者の代表者と誠

実に交渉にあたる義務がある。使用者は単に組合の要求や主張を聞くだけでなく、それらの要求

や主張に対しその具体性や追求の程度に応じた回答や主張をなし、必要によってはそれらの論拠

を示したり、必要な資料を提示する義務がある。使用者には、合意を求める組合の努力に対して

は、そのような誠実な対応を通じて合意達成の可能性を模索する義務があるとする。しかし、他

方、使用者には組合の要求ないし主張を容れたり、それに対して譲歩をなす義務まではない。十

分な討論ののち、双方の主張が対立し、意見の一致をみないまま交渉打ち切りとなることは誠実

交渉義務の違反ではない。

・たとえば、「当社では、労働協約締結の意思はない」と最初から宣言するような交渉態度。実際

上、交渉権限のないものによる見せかけだけの団体交渉(ただ、「承っておく」「社長にきいて返

事する」というだけで何一つ進展しないような場合)は、誠実交渉義務に反する例である。

・会見し協議する義務・・・文書の往復や、電話による協議は、当事者の合意に基づくものでない限

り、誠実交渉義務を果たしたことにならないとされる。

少数組合の団体交渉権

・日本・・・並存する複数組合のなかの少数組合にも団体交渉権はある。

・米国・カナダ・・・排他的交渉代表制(適正な交渉単位における過半数労働者の支持を受けた労働

組合が当該単位の全労働者について排他的に団体交渉権をもつ)

・では、ヨーロッパ(ドイツ、オーストリア)は? フランスでは?

交渉義務

・米国・・・組合にも使用者にも、誠実交渉義務を課せられている(労使双方の団交権)

・日本・・・義務は使用者のみ(労働者、労働組合には課せられていない)

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団体交渉の諸形態

典型的形態

・産業別交渉 ・企業別交渉 ・職場交渉

企業別交渉と産業別交渉の中間形態

・企業別交渉への上部団体役員の参加 ・共同( 連名) 交渉 ・集団( 連合) 交渉 ・対角線交渉

団体交渉の主体

団体交渉の当事者と担当者

「当事者」・・・団体交渉の当事者

担当者・・・団体交渉を現実に担当するもの(労働組合法 6 条に規定ある)

労働組合法6条 労働組合の代表者又は労働組合の委任を受けた者は、労働組合又は組合員のた

めに使用者又はその団体と労働協約の締結その他の事項に関して交渉する権限を有する。

cf. 不当労働行為とともに論じられることが多い。

団体交渉の助成型と放任型

・放任型・・・団結と争議行為を保障し、使用者に団体交渉を義務づけることは行わず、団体交渉を

行うか否か、またいかなる態様で行うかは、当事者の力関係に委ねる。例:ドイツ

・助成型・・・ 使用者に団体交渉の義務を課し、団体交渉そのものに法的助力を与える。典型的に

は、米国。日本もこれにあたる。フランスは、1982 年に「団体交渉法」を制定し、団体交渉の

助成が行われている。cf. 1981 年ミッテラン政権の誕生

団体交渉事項

総説:①企業として処理しうる事項であって使用者が任意に応じる限り、どのような事項も団体

交渉の対象となりうる。

②「義務的団交事項」か否かは、憲法 28 条や労組法が労働者に団体交渉権を保障した目的から判

断していくべきである。

実際には、厚生労働省「平成19年団体交渉と労働争議に関する実態調査」によれば、つぎのグ

ラフのようになっている。

団体交渉拒否

・使用者がその雇用する労働者の代表者からの団体交渉の申し込みを正当な理由なく拒否するこ

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とを団交拒否の不当労働行為として禁止している(労働組合法7条2項)。

・しかし、「正当な理由」が存在すれば、当該団交拒否は不当労働行為にならない。問題は、いか

なる場合に「正当な理由」があるとされるかである。・・・註)団体交渉拒否の救済は、後日取扱う。

労使協議制

・団体交渉とは別に、労働者代表と使用者が自主的に交渉して解決する手段は団体交渉にとどま

らない。その代表的なものとして、労使協議制と苦情処理手続きである。

・1999 年の労働省「労使コミュニケーション調査」では、労働組合あり事業所(従業員規模 50

人以上)の約 85%が労使協議機関を有している。

なぜ、労使協議を設けるのか?

・争議行為に発展する可能性がある団体交渉とは、別に、共同の立場で、情報交換する場を設け

たいからだと言われている。

・企業別労使間の情報共有・意思疎通・合意形成の手段として、活用する。

参考)苦情処理手続き

・労働組合と使用者間で、個々の労働者の労働関係上の苦情・権利主張を処理するための手続き

が苦情処理手続きである。この手続きが発達している米国では、労働協約において労働関係上の

権利義務がほぼ包括的に定められたうえ、その解釈適用に関する紛争は、労使間のいくつかの段

階の協議を経たうえ、最終的に労使自らが選んだ仲裁員(arbitrator)の仲裁判断により解決される

仕組みが規定されている。

・わが国の多くの労働組合(平成6年労使コミュニケーション調査では 33.8%)が労働協約上、

苦情処理手続きを規定しているが、簡単なものが多く、また対象となる「苦情」の内容もその解

決基準も漠然としたものが多いとされている。

・実際にも、この苦情処理手続きはあまり利用されていない。企業別組合も、人事、懲戒、合理

化などに関する個別の問題については、事前の労使協議手続きや、事後の団体交渉によって対処

しようとする傾向があるという。

労使協議の3つのタイプ

・協議対象事項を明確に分離し、団体交渉では取扱わない事項(経営事項など)を扱う【分離型】

・団体交渉の開始に先立って情報開示・意向打診などを行うため(団交前段的労使協議制) 【予

備交渉型】

・対象事項を明確にせず、労使協議をおこなうもの【混合型】。このタイプでは、賃金問題なども

協議し、事実上、団体交渉を行なわないものも相当数含まれている。(団交代替的労使協議制)

労働者の経営参加

・労使協議制は、「労働者の経営参加」という見地から、言及されることがある。また、協約上の

人事協議条項に行われる人事の事前協議制の場合もある。

・産業・企業・事業所・職場などのレベルで公式・非公式の多様な協議手続きからなる。具体例

は、仁田道夫(1988)『日本の労働者参加』東大出版会を参照。

労使協議制の実態

企業別組合の締結している労働協約の多くが、労使協議を前段階手続きとした団体交渉によって

(62%)、また労使協議手続きのみにより(22%)締結されており----団体交渉手続きのみは 9%----、労

使協議制は企業別労使関係の運営の中心的手続きとなっている[数値は、1991 年労働省「労使コ

ミュニケーション調査」 より]

未組織企業における労使協議(すでに講義した。ハンドアウト(9)を参照)

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労使関係論2ハンドアウト(13)

広島大学経済学部 2013年度後期

交渉の経済モデル

(図は Smith(2003、Labour Economics, 2nd ed., Routledge)による)

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労使関係論2ハンドアウト(14)

広島大学経済学部 2013 年度後期

労働関係紛争と労使争議

・労働関係紛争とは、個別的労働関係や集団的労使関係において、これらの関係から生じた利害

対立に基づき、一方の当事者の主張とそれに反対する他方の当事者の反応が相互になされている

状態。

・労働関係紛争は、次の2側面に分類できる。

権利紛争と利益紛争

個別労働紛争と集団的労使紛争

権利紛争と利益紛争

権利紛争・・・労働関係における権利義務関係の存否や内容に関する紛争。解決に時間や日数を要す

る場合が多い。

利益紛争・・・労働関係の当事者が合意により新たなルールの形成を目指す紛争。争議によって

得られる利益(賃金引上げなど)と争議にともなって受ける損失(賃金カットなど)との比較考量の

うえで行動が決定されるため,比較的に短期間で収拾されることが多い。

したがって、権利紛争は、当事者で自主的な解決ができない場合は、裁判所における労働審判手

続きや民事訴訟による権利判断の基準になるが、利益紛争をこのような手段で解決することは困

難である----たとえば、賃金改定の適正金額を、裁判によって確定することは、理論的には可能で

あったとしても、実際には、非常に難しいし、時間もかかる。

争議行為の性格

労働組合などの労働者集団が労働者の要求の実現を目的として行うストライキ(同盟罷業)など

の集団行動。

ドイツ連邦労働裁判所のある判決(1980 年)がいみじくも述べるように、「ストライキ権なしの

労働協約は集団的な物乞い(kollektives Betteln)以外のなにものでもない」

争議行為の種類

・ストライキ(同盟罷業)

・怠業----スローダウンなど

・特定業務拒否

・ピケッティング

・職場占拠

・ボイコット(不買運動)

-----------

・ロックアウト

ストライキは、組合員がいっせいに就業を中止する闘争で,全組合員の参加するもののほか,

特定職場のみの部分スト,特定の組合員を指名して行う指名ストなどがある。クラフト・ユニオン

の時代にはストライキはその職場を離れて他に転職する意味あいが強かったが,機械化が進行し

てスト破りが容易になったため,職場に座り込むシット・ダウン闘争が起こり,現在のような形態

が一般的になった。怠業(サボタージュ)は、故意に労働の速度や質を低下させる闘争で,法規や使

用者の態度によってストライキを行うことが困難な場合にしばしば行われる。日本の国鉄の順法

闘争もその一つであったが,その後、諸外国にも波及している。安全運転や点検闘争がこれに含

まれる。時間外拒否(超勤拒否や定時退社も同義で,時間外労働が労働組合との三六協定で行われ

ることを利用して圧力をかける方法)や,一斉休暇(労働者の権利である有給休暇を同時にとって,

事実上ストライキと同じ効果を上げようとする闘争)もその一種とみることができる。

なお、生産管理闘争も争議行為のひとつであると考えられる。労働組合が工場などを占拠し,管

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理者を締め出して自主管理する闘争で,ストライキが使用者に大きな打撃とならない不況下や,

倒産に抵抗する闘争においてとられる闘争方法である。日本に比較的多いが,ヨーロッパ各国で

もみられる。

cf. ハンガーストライキ・・・争議行為というより、デモンストレーションの一種であるが、労働争

議については、1949 年の仲裁裁定実施を求める国労のハンガーストライキがある。

使用者側の争議行為

ロックアウト(工場閉鎖)・・・労働争議の相手方にあたる労働者に対して、労務の受領を集団的

に拒絶したり、事業場から閉め出す行為。労働組合の争議行為は、憲法により保障されているが、

使用者の争議行為であるロックアウトは、とくに法令上保障する規定がない。しかしながら、丸

島水門事件の最高裁判決(最3小判昭和 50 年 4 月 25 日)により「衡平の原則」に基づき、使用

者にロックアウトをおこなう権利が認められた。

参考)丸島水門事件の判例参照----労働判例百選(第8版)p.214-215

参考)JR 東海事件(平成 5(ワ)14000 等 JR東海賃金請求 平成 10 年 2 月 26 日 東京地方裁判

所)

旅客鉄道事業等を営む Y 会社の A 労働組合は、平成 5 年 2 月 7 日の中央委員会で、新幹線「のぞ

み」号の安全確立等を目的として争議行為を行うことを決議した。同年 5 月 10 日に Y 会社に争

議行為の予告をし、同月 17 日、書面をもって、同月 21 日出勤時から争議行為として「のぞみ」

に乗務する運転士によって、時速 270 キロで通過することとされている岐阜羽島、三河安城、新

富士の3駅を、時速 230 キロで減速して走行するという闘争を行う旨を通知した。

これに対して、Y 会社は、本件減速闘争は、争議行為としての正当性に疑義があること、この

減速走行は債務の本旨に従った労務の提供とはいえないのでその受領を拒否することを A 労働組

合に通知し、実際に、その通知どおりの取扱いをした。

本件減速闘争の背景には、「のぞみ」号の運転の安全性に疑問があり、実際に人身事故なども起

きていたのに、Y会社側には十分な安全対策を講じる意思がなく、A労働組合は、もはや平和的

な話し合いによってY会社の考え方を変えることは期待できないと判断し、本件減速闘争によっ

て問題の解決を求めることとしたという事情があった。

運転士らは、本件受領拒否は正当なものではなく、賃金支払を拒否することはできないとして、

未払いの賃金の支払いなどを求めて訴訟を提起した。

東京地方裁判所は、「本件減速走行を予告しての就労の申入れをもって、雇用契約上の債務の本

旨に従った労務の提供であると解することはできず、Y会社がその受領を拒否し、その労務にか

かる賃金の支払いを拒否したことは、正当なものというべきである」と判断して、運転士らの請

求を棄却した。

------大内伸哉(2007)『雇用社会の25の疑問----労働法再入門』弘文堂、p.70 より

「防御的」と「先制的」ロックアウト

使用者側は労働争議により著しく不利な圧力を受けている場合において、労使間の勢力を回復す

るための対抗手段として相当性が認められたタイプものが正当なロックアウトとして認められて

いる(防御的ロックアウト)。

先制的ロックアウト(予防的ロックアウト)は正当性が否定されている。

争議行為本来の形態

争議行為の本来の形態は、要求の貫徹をめざして期限を設定せずに実施するもの(貫徹スト)で

あるが、労働者の要求を示威するための短時間の争議行為(示威スト)や、使用者側の妥協の姿

勢がみられない場合に貫徹ストに突入することを警告するための短時間の争議行為(警告スト)

などもみられる。

cf. 政治スト、同情スト

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争議行為の制限

・公務員6

・船員(船員法 30 条) 船舶が外国の港にあるとき、及び、人命もしくは船舶に危険が及ぶよう

なとき

・労働関係調整法による制限

調停案の解釈・履行をめぐる争議行為の制限

安全保持施設の停廃の禁止

公益事業の争議行為の予告

緊急調整にともなう争議制限(cf. 1952 年の炭労スト)

・スト規正法による制限 「電気事業及び石炭鉱業における争議行為の方法の規制に関する法律」

(昭和 28 年法第 171)

労働関係調整法 26 条 調停委員会は、調停案を作成して、これを関係当事者に示し、その受諾を

勧告するとともに、その調停案は理由を附してこれを公表することができる。この場合必要があ

るときは、新聞又はラヂオによる協力を請求することができる。

2 前項の調停案が関係当事者の双方により受諾された後、その調停案の解釈又は履行について

意見の不一致が生じたときは、関係当事者は、その調停案を提示した調停委員会にその解釈又は

履行に関する見解を明らかにすることを申請しなければならない。

3 前項の調停委員会は、前項の申請のあつた日から 15 日以内に、関係当事者に対して、申請の

あつた事項について解釈又は履行に関する見解を示さなければならない。

4 前項の解釈又は履行に関する見解が示されるまでは、関係当事者は、当該調停案の解釈又は

履行に関して争議行為をなすことができない。但し、前項の期間が経過したときは、この限りで

ない。

労働関係調整法 36 条 工場事業場における安全保持の施設の正常な維持又は運行を停廃し、又は

これを妨げる行為は、争議行為としてでもこれをなすことはできない。

労働関係調整法 37 条 公益事業に関する事件につき関係当事者が争議行為をするには、その争議

行為をしようとする日の少なくとも 10 日前までに、労働委員会及び厚生労働大臣又は都道府県知

事にその旨を通知しなければならない。

2 緊急調整の決定があつた公益事業に関する事件については、前項の規定による通知は、第 38

条に規定する期間を経過した後でなければこれをすることができない。

労働関係調整法 38 条 緊急調整の決定をなした旨の公表があつたときは、関係当事者は、公表の

日から 50 日間は、争議行為をなすことができない。

参考 労働関係調整法8条 この法律において公益事業とは、次に掲げる事業であつて、公衆の

日常生活に欠くことのできないものをいう。

1.運輸事業

2.郵便、信書便又は電気通信の事業

3.水道、電気又はガスの供給の事業

4.医療又は公衆衛生の事業

2 内閣総理大臣は、前項の事業の外、国会の承認を経て、業務の停廃が国民経済を著しく阻害

し、又は公衆の日常生活を著しく危くする事業を、1年以内の期間を限り、公益事業として指定

することができる。

6 ハンドアウト(11)を参照。

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52

労使関係論2ハンドアウト(15)

広島大学経済学部 2013 年度後期

労働紛争の解決

労働紛争の解決についても、集団的労使関係と個別的労働関係にわけて考える必要がある。集団

的労使関係における紛争については、労働委員会による紛争の解決が中心であるが、近年、増加

している個別的労働関係における紛争については、いくつかの方法が考えられる。

まず、一般的な解決方法はつぎのように分類できる。

紛争解決制度

(1)監督的(行政・刑事的)解決・・・例:労働基準監督署による労働基準法違反の取締り

(2)判定的解決・・・裁判所や労働委員会が判断を下す。

(3)調整的解決・・・一定の機関の関与により、紛争当事者間の利益の調整をはかる。あっせん、

調停、仲裁、和解、審判など。

労働裁判

労働組合法の分野でも、諸種の民事訴訟や労働委員会命令取消訴訟などを「労働裁判」という。

しかし、労働事件を専門的に取り扱う「労働裁判所」や、それに類する制度は日本にはない。東

京地裁、大阪地裁など大きな地裁には労働事件を集中的に取り扱う部が設けられている。

労働者代表や使用者代表の裁判員として参加制度は、日本にはない。

なお、ドイツやフランスには、労働事件に関する紛争を扱う特別の裁判所として、「労働裁判所」

が設置されている。

個別労働紛争の解決

・労働審判制度

2004 年に労働審判法が制定され、2006 年 4 月から施行された。裁判官である「労働審判官」と

「労働関係に関する専門的知識経験を有する者」(実際には、労使からの推薦)2人で審判委員会

を構成。原則3回までの審理で、個別労働紛争を迅速に解決しようとする制度。各地方裁判所に

設置されている。

3回までの審理で調停の成立に努め、調停が成立しない場合は、審判を行う。調停が成立した場

合には、和解と同一の効力。審判に対して、当事者が2週間以内に異議を申し立てた場合には、

審判を失効し、訴訟に移行する。

・裁判外紛争処理制度(ADR=Alternative Disputes Resolution)

2001 年の個別労働紛争解決促進法に基づき、各都道府県におかれた労働局の紛争処理がその中心

になっている。労働局が個別労働紛争について助言・指導し、また学識経験者から構成される紛

争調整委員会が斡旋をおこなうもの。ただし、使用者が斡旋に応じない場合には、強制力を欠く。

都道府県労働委員会も、個別紛争の斡旋制度を設けるようになってきている。

また、裁判所の民事調停も利用可能。

集団的労使関係における労働争議の解決

集団的労使関係における最も重要な原則は、「労使自治」。すなわち、労働条件は、基本的には、

争議行為による圧力と対抗圧力を含んだ団体交渉によって労使が自主的に決定すべきとされる。

しかし、団体交渉などによる労使当事者の自主的な解決の試みが行き詰った場合、第 3 者が関与

して、助力すれば、紛争の解決に寄与する場合も少なくない。

労働争議調整制度

労働協約に基づいて設定される私的機関や私人によるものは、米・独などでは広くみられるが、

日本では発達していない。

日本では、労働関係調整法による労働委員会によるものが普通である。労働協約において、紛争

の際に、争議行為に入る前に、労働委員会に調整をもとめることを当事者の義務として規定して

いる場合が多い。

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争議調整の諸原則

・労働組合が関与しないものは、労働関係調整法にもとづく調整の対象とはならない。

(労働争議は、労働組合を前提とはしていない。一時的な団結体である争議団による労働争議も

ある。争議団による例として、三和サービス事件がある----平成 21年 3月 18日津地裁四日市支部。)

・労働関係調整法に基づく争議調整の2つの原則とは

(1)自主的調整尊重の原則(2)迅速処理の原則

・争議調整の手続き

斡旋・調停・仲裁

斡旋

・労働争議が発生した時に、労使双方、あるいは一方の申請、もしくは、職権に基づいて労働委

員会の会長が指名した斡旋員(学識経験者)が、個人として、労使の間に立って、争議の解決を

助成する方法。当事者の自主性を最も強く尊重した制度。

・斡旋員が解決案を提示することも予定されていないが、実際には、斡旋案を提示したり、とき

には、公表して、圧力をかけたりもする。

調停

・労働委員会の委員もしくは特別調整委員から成る労・使・公3者構成の調停委員会が、関係当

事者から意見を聴取したうえで、調停案を作成し、当事者にその受諾を勧告するとともに、それ

を公表することによって、世論の圧力を利用して、争議の解決をはかる制度。

・仲裁の場合と異なり、調停案の受諾を拒否する自由をもつ。

・日本では、斡旋ほど重要な役割を果たしていない。

仲裁

・当事者双方(労働協約において仲裁の申請が義務づけられている場合は一方でよい)の申請に

基づいてなされるが、決定された仲裁裁定が当事者を拘束し、労働協約と同一の効力をもつ点に

特徴がある。

・労調法においては、労使双方もしくは一方の意志を無視した強制仲裁の制度は設けられていな

いが、実際上、日本では、ほとんど利用されていない。

cf. 緊急調整(前回、労働争議の制限においても解説した)

・労働関係調整法(35 条の2~35 条の5、38条)に規定されている。

・争議行為によって国民経済の運行を著しく阻害したり国民の日常生活を著しく危うくする恐れ

がある場合には、内閣総理大臣が中労委の意見をきいて決定し、中労委等が斡旋、調停、仲裁、

実情の調査の公表、解決への勧告をおこなって解決をはかるもの。

・首相の決定による50日間の争議行為禁止に重点をおいた制度。

労働委員会

労使紛争の調整と不当労働行為の審査・救済を主目的とする独立行政委員会。行政委員会という形

態は,労使関係につき専門的知識・経験を有する委員が,適切かつ柔軟な事件処理をするために採

用されたといわれる。

[種類,機構] 民間の労使関係を一般的に対象とするものとして都道府県労働委員会(都道府

県知事の所轄で,各都道府県ごとに設置)と中央労働委員会(中労委。労働大臣の所轄で,東京に設

置)がある。

かつては、船員については,船員地方労働委員会(運輸大臣の所轄で,各海運局ごとに設置)と船員

中央労働委員会が,また,公共企業体等の労使関係を対象とするものとして公共企業体等労働委

員会(公労委)があったが、1988 年に、中央労働委員会、都道府県労働委員会に統合された。

労働委員会は,労働者を代表する委員(労働者委員),使用者を代表する委員(使用者委員)および

公益を代表する委員(公益委員)から構成される(各委員は同数)。任期は 2 年間である。労働者委員

は労働組合の,使用者委員は使用者団体の推薦による。公益委員は,労働者委員および使用者委

員の同意を得て任命される。委員の数は,中労委は各委員とも各 15 名で計 45 名であるが,都道

府県労働委員会は,事件処理の繁閑に応じて各委員とも 5、7,9,11、13 名まである(労働組合

法 19 条)----政令で定める。ただし、条例で定めれば、各 2 名を追加できる。この三者構成は,労

使紛争の調整を円滑に進めるためといわれる。

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労働委員会が担当するのは、労働争議の調整(あっせん、調停、仲裁)、不当労働行為事件の審査、

労働組合の資格審査の3つである。

不当労働行為の審査は,準司法的権限なので,公益委員の役割とされるが、労使委員も参与委員

として関与し,実際は重要な役割を果たしているとされる。なお,そのほかに,労働組合の資格

審査(5 条)や労働協約の地域的一般的拘束力の決定(18 条)も労働委員会の権限とされる。

この労働委員会制度は,アメリカのワグナー法上の全国労働関係局 National Labor Relations

Board(NLRB)の影響を強くうけたものといわれる。行政委員会が不当労働行為の救済機関となっ

ている点ではそのとおりであるが,次のような相違点がみられる。

[不当労働行為の救済] 不当労働行為(組合活動を理由とする不利益取扱い,支配介入,団体

交渉拒否)の申立てがなされると,都道府県労働委員会(2 以上の都道府県にわたる事件または全国

的に重要な問題に関する事件の場合は中央労働委員会)は,調査および審問を通じてその成否を判

断する(労働組合法 27 条)。審問は,申立人(組合側)と被申立人(使用者側)の対審構造になっており,

不当労働行為の〈立証〉責任は申立人にある。不当労働行為と認められないときは申立てを棄却

する命令が出され,不当労働行為と認定されたときは救済命令が出される。

参考)行政委員会 administrative commission

特定の行政権を有する合議制の行政機関で,一般の行政組織からある程度独立した地位にあるこ

とが特徴である。イギリス,アメリカでとくに発達した制度であるが,日本には第 2 次大戦後の

占領期に導入され,広範に設置された。その後、非能率的であるなどの批判により,国レベルに

おける行政委員会の半数近くが廃止された。地方レベルにおける行政委員会については,独立性

を弱められたものもあるが,当初の諸委員会がおおむね存続して今日に至っている。現在,国の

行政委員会としては,内閣の所轄の下にある人事院のほか,内閣府の外局として、公正取引委員

会,国家公安委員会,総務省の外局として、公害等調整委員会,厚生労働省の下に、中央労働委

員会、国土交通省の外局として、運輸安全委員会、法務省の外局として公安審査委員会の7委員

会がある。地方公共団体の行政委員会としては,教育委員会,選挙管理委員会,人事委員会,公

安委員会,都道府県労働委員会,農業委員会などがある。行政委員会の特徴はその独立性にある。

全国の労働委員会の処理状況(中央労働委員会の HP より)

◎ 不当労働行為事件処理状況

(イ)初審 (単位:件)

年別

係属件数 終結件数

前年繰越 新規申立 係属計 取下・和解 命令・決定 終結計

2007 619 330(1) 949(1) 314(1) 147 461(1)

2008 488 355 843 210 98 308

2009 535 395(1) 930(1) 273 103 377(1)

2010 553 381 934 240 111 351

2011 583 376 959 258 134 392

※()内は中労委初審であり内数である。 2009 年の終結計は移送1件を含む。

(ロ)初審 (単位:件)

年別

係属件数 終結件数

前年繰越 新規申立 係属計 取下・和解 命令・決定 終結計

2007 178 76 254 37 59 96

2008 158 51 209 38 57 95

2009 114 54 168 19 34 53

2010 115 68 183 26 48 74

2011 109 89 198 35 36 71

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◎ 調整事件係属状況及び終結状況

(単位 件)

年別

係属 終結

次年

繰越 前 年

繰越

新規係属 計 取下げ

等 解決

不調

・打切 合計

あっせん 調停 仲裁 計

2004 130

(10)

526

(8) 4 1

53

1

(8)

66

1

(18

)

147 279

(4)

133

(2)

559

(6)

102

(12)

2005 102

(12)

560

(5) 4 0

56

4

(5)

66

6

(17

)

139 270

(4)

130

(1)

539

(5)

127

(12)

2006 127

(12)

515

(2)

5

(1) 1

52

1

(3)

64

8

(15

)

108 289

(3)

173

(2)

570

(5)

78

(10)

2007 78

(10)

467

(3)

5

(1) 0

47

2

(4)

55

0

(14

)

103

(12)

219

(2) 149

471

(14) 79

2008 79 546

(4)

6

(2) 0

55

2

(6)

63

1

(6)

85 264

(4)

181

(2)

530

(6) 101

2009 101 707

(1)

26

(2) 0

73

3

(3)

83

4

(3)

121 343

(3) 237

701

(3) 133

2010 133 556

(1)

10

(2) 0

56

6

(3)

69

9

(3)

110 293

(2)

204

(1)

608*

(3) 91

〔注〕 (1)( )内は特定独立行政法人等関係件数で内数 (2)取下げ等には不開始を含む。

*)合計 608 には、移管 1 を含む。

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労使関係論2ハンドアウト(16)

広島大学経済学部 2013 年度後期

日本的労使関係の系譜・第二次大戦後の労働組合運動史----労働紛争・争議の日本的特質

第 2次大戦後の日本の労使関係史は、つぎのような5期に分類される。

1.1945年~1950年 労働攻勢期(熱き戦いの時代)

2.1950年~1960年 春闘へ至る闘争の時代

3.1960年~1974年 高度成長と春闘発展の時代

4.1974年~1990年 雇用保障の時代

5.1990年~2013(?)年 平成不況の時代

以下は PDFでは略[久米(1998)より年表を配布)]

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労使関係論2ハンドアウト(17)

広島大学経済学部 2013 年度後期

諸外国の労使関係

諸外国の労使関係として、アメリカをとりあげる7。この講義で取り上げた日本の労使関係は、第

2次大戦後、アメリカの影響を大きく受けてきたからである。

以下の3ページは PDF では省略[田中和雄(2013)「アメリカにおける「人的資源管理」の展開と

労使関係 ~1980年代以降における両者の関係の特徴との関連で~」『商学研究所報』44巻 2号、

専修大学 からの引用部分が多いため----web で入手可能]

7 田中和雄(2013)「アメリカにおける「人的資源管理」の展開と労使関係 ~1980 年代以降にお

ける両者の関係の特徴との関連で~」『商学研究所報』44 巻 2 号、専修大学によった。

Page 27: 労使関係論2シラバス 広島大学経済学部 2013 年度 …home.hiroshima-u.ac.jp/taki/IR2_2013.pdf33 労使関係論2ハンドアウト(9*) 広島大学経済学部2013

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労使関係論2ハンドアウト(18)

広島大学経済学部 2013 年度後期

アベノミクスと労使関係8

1990 年代以降、日本の政治は、合意形成型から多数決民主主義へ変容したとされる(中選挙区制

から小選挙区比例代表並立制へ移行)。

労働問題に関しても、三者構成方式による当事者参加による合意形成から、政治主導方式(選挙

の負託に基づくトップダウン)に変容。

註)三者構成方式とは、労働者代表、使用者代表、中立委員による決定方式

それにより、労働政策審議会 vs. 規制改革会議・産業競争力会議 という図式に変容。

(安倍政権においても、政労使会議[2013]というトップレベルの社会的対話は存在する/した)

労働組合は、政策要求の手段として、インサイダー戦略とアウトサイダー戦略の両方をもつが、

民主党政権下では、アウトサイダー戦略は封印していた。

インサイダー戦略とは、連合の用語では「協議」、政権との直接交渉。

アウトサイダー戦略とは、連合の用語では「要求」、世論喚起や大衆運動を通じて政策に圧力を

かけること。

2003~2009 自公政権時代は、連合はアウトサイダー戦略を強化し、社会運動的労働運動を展

開した(例: ストップ・ザ・格差社会キャンペーン)。

2009~2012 民主党政権時代は、要求から協議へ変容し、インサイダー戦略純化の政策実現に

動いたが、低い社会的認知でしかなかった。非正規雇用問題への取り組みなど一定の政策実現効

果はあったとされる。

政治主導方式に変容した現時点においては、労働組合は、社会の連帯基盤を構築し、たとえば、

労働法の「使用価値」の毀損に立ち向かうこと(例 ブラック企業問題)。職場における労働組合

の監視活動の相互連携をはかる必要がある。

講義のまとめ

講義のまとめとして、つぎのような問題を考察してみてください。

労使関係の制度をどう改めるべきか

現状の制度を前提とした労働組合運動はこれでよいのか。

経済的なメカニズムで、労使関係はどう変容するか。

たとえば、労使紛争などの問題点は、集団的労使関係から個別的労使関係に移ってきた。

グローバル化への対応

海外との競争が、現場の雇用環境を劣化させてきた。

労働者間の賃金配分の不公正をどうするか(非正規就業者問題)

家族を重視した賃金制度をどう見直すか?

どこまで、雇用をまもるか? 一方では、どこまで、雇用を柔軟にするか?

グローバルな労働運動は可能か?

8 ここの記述は、三浦まり(2013)「民主党政権下における連合:政策活動と社会的労働運動の分

断を乗り越えて」連合総研報告書におう部分が多い。