9
武蔵工業大学環境情報学部教授 藤井哲郎 1 超高精細画像の デジタルサイネージへの適用 研究論文 1-7 1.はじめに 光通信技術の急速な進展により、フレキシブルで 非常に広帯域なブロードバンド NW(ネットワー ク)が社会に広く普及し、各家庭までが高速なネッ トワークで接続される時代に突入した。同時に、TV に代表される従来のアナログメディアが完全にデジ タル化され、あらゆるメディアがブロードバンド NW 上を流通し始めている。従来の放送の概念で は考えられないような超高品質かつ超大容量映像コ ンテンツのネットワーク配信も可能となり、よりリ アルで高品質な高精細映像情報がブロードバンド NW を介してエンドユーザまで直接流入する時代 に突入しつつある。既に、メディアの王様と言われ る映画までもが、大容量のデジタルシネマ・コンテ ンツとしてネットワーク上を流通し始めている。ま た、教育・医療・印刷・博物学・デザインなどの世 界で、既に HDTV を超える画像品質が求められ、 通信とコンピュータが融合した新しい Informative Ambience(情報豊かな環境)を実現すべく様々な 取り組みが進められている。今まさに、ICT 技術 が社会に対して新しい変革をもたらしつつある。 このような高品質映像の流通プラットフォームの 実現を目指して、筆者が NTT 研究所在籍中に開発 を進めたのが超高精細画像通信システム(Super High Definition(SHD)Image Communication Sys- tems)である [1], [2] 。走査線数2000本クラスの高品 質な画像を超高速な IP ネットワークを用いて瞬時 に伝送できる映像流通プラットフォームである。初 期においては、大型 CRT を用いた方式であったが、 2000年に液晶を用いた28.3インチの薄型画像通信シ ステムをシャープと共同開発し、新たなアプリケー ションを開拓してきた。さらに2001年には、映画の ネットワーク配信を目的として、究極の映像スト リームと位置づけられるデジタルシネマ用の映像流 通プラットフォームも開発した [3], [4] 。これにより、 HDTV の4倍の解像度を有す る4096×2160画 素 (800万画素)の4Kデジタルシネマの配信が可能 となった。このシステムを実際に用いて、「ハリー ポッター」「ポセイドン」「007」等のハリウッド封 切り映画十数本を光ファイバーで太平洋横断し、六 本木等の日本の映画館で上映してきた [5] 本稿で、このような高品質な映像流通プラット フォームのターゲットとして新たに取り上げるのが 「デジタルサイネージ」である。ブロードバンドNW の普及と大型電子ディスプレイの発展により新しい 公告の概念が誕生し、ビジネスとして立ち上がろう としている。その具体的なモデルが「デジタルサイ ネージ」である。ネットワークと電子ディスプレイ を組み合わせて、特定のターゲットに対して特定の メッセージを個別に送り込むという新たな公告媒体 である [6], [7] 。今までには実現できなかったターゲッ ト毎のきめ細かい対応が武器である。本稿では、印 刷に迫る高品質画像をネットワークにより提供でき る超高精細画像システムをデジタルサイネージに適 用した結果を報告する。その為に、デジタルサイネー ジ検証用の超高精細画像システムを組み上げ、評価 の為にデジタルサイネージのコンテンツ制作を行っ た。具体的には、2008年8月に開催された本校のオー プンキャンパスに来場した高校生に対するデジタル サイネージとしてコンテンツを制作し、ネットワー ク配信により来場した高校生に展示会場にて公告す るというモデルの検証である。その概要をシステム 構成、作業のフローと併せて報告する。 60

超高精細画像の デジタルサイネージへの適用1 武蔵工業大学環境情報学部教授 藤井哲郎1 超高精細画像の デジタルサイネージへの適用

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: 超高精細画像の デジタルサイネージへの適用1 武蔵工業大学環境情報学部教授 藤井哲郎1 超高精細画像の デジタルサイネージへの適用

1 武蔵工業大学環境情報学部教授

藤井哲郎1

超高精細画像のデジタルサイネージへの適用

研究論文 1-7

1.はじめに

光通信技術の急速な進展により、フレキシブルで

非常に広帯域なブロードバンド NW(ネットワー

ク)が社会に広く普及し、各家庭までが高速なネッ

トワークで接続される時代に突入した。同時に、TV

に代表される従来のアナログメディアが完全にデジ

タル化され、あらゆるメディアがブロードバンド

NW 上を流通し始めている。従来の放送の概念で

は考えられないような超高品質かつ超大容量映像コ

ンテンツのネットワーク配信も可能となり、よりリ

アルで高品質な高精細映像情報がブロードバンド

NW を介してエンドユーザまで直接流入する時代

に突入しつつある。既に、メディアの王様と言われ

る映画までもが、大容量のデジタルシネマ・コンテ

ンツとしてネットワーク上を流通し始めている。ま

た、教育・医療・印刷・博物学・デザインなどの世

界で、既に HDTV を超える画像品質が求められ、

通信とコンピュータが融合した新しい Informative

Ambience(情報豊かな環境)を実現すべく様々な

取り組みが進められている。今まさに、ICT 技術

が社会に対して新しい変革をもたらしつつある。

このような高品質映像の流通プラットフォームの

実現を目指して、筆者が NTT 研究所在籍中に開発

を進めたのが超高精細画像通信システム(Super

High Definition(SHD)Image Communication Sys-

tems)である[1],[2]。走査線数2000本クラスの高品

質な画像を超高速な IP ネットワークを用いて瞬時

に伝送できる映像流通プラットフォームである。初

期においては、大型 CRT を用いた方式であったが、

2000年に液晶を用いた28.3インチの薄型画像通信シ

ステムをシャープと共同開発し、新たなアプリケー

ションを開拓してきた。さらに2001年には、映画の

ネットワーク配信を目的として、究極の映像スト

リームと位置づけられるデジタルシネマ用の映像流

通プラットフォームも開発した[3],[4]。これにより、

HDTV の4倍の解像度を有する4096×2160画素

(800万画素)の4K デジタルシネマの配信が可能

となった。このシステムを実際に用いて、「ハリー

ポッター」「ポセイドン」「007」等のハリウッド封

切り映画十数本を光ファイバーで太平洋横断し、六

本木等の日本の映画館で上映してきた[5]。

本稿で、このような高品質な映像流通プラット

フォームのターゲットとして新たに取り上げるのが

「デジタルサイネージ」である。ブロードバンド NW

の普及と大型電子ディスプレイの発展により新しい

公告の概念が誕生し、ビジネスとして立ち上がろう

としている。その具体的なモデルが「デジタルサイ

ネージ」である。ネットワークと電子ディスプレイ

を組み合わせて、特定のターゲットに対して特定の

メッセージを個別に送り込むという新たな公告媒体

である[6],[7]。今までには実現できなかったターゲッ

ト毎のきめ細かい対応が武器である。本稿では、印

刷に迫る高品質画像をネットワークにより提供でき

る超高精細画像システムをデジタルサイネージに適

用した結果を報告する。その為に、デジタルサイネー

ジ検証用の超高精細画像システムを組み上げ、評価

の為にデジタルサイネージのコンテンツ制作を行っ

た。具体的には、2008年8月に開催された本校のオー

プンキャンパスに来場した高校生に対するデジタル

サイネージとしてコンテンツを制作し、ネットワー

ク配信により来場した高校生に展示会場にて公告す

るというモデルの検証である。その概要をシステム

構成、作業のフローと併せて報告する。

60

Page 2: 超高精細画像の デジタルサイネージへの適用1 武蔵工業大学環境情報学部教授 藤井哲郎1 超高精細画像の デジタルサイネージへの適用

図1 デジタル液晶ディスプレイの解像度比較

図2 各種デジタル動画の規格の比較。HDTV1080i が地上デジタル放送に対応する。

2.デジタルメディア流通プラットフォーム

まず、映像メディアの高品質化の進展状況と、そ

れに対応したブロードバンド NW の進展状況を述

べる。このような ICT 技術の進展の現状を踏まえ、

超高精細画像を用いたデジタルサイネージ・システ

ムの検討を進めた。

2.1 映像の高品質化

液晶がパソコンのコンソールとして広く採用さ

れ、インタフェースがデジタル化され、その画面が

非常な勢いで高品質化している。現在パソコンで使

われている様々な画素数の規格を図1に示す。現時

点でのパソコンの最高品質のデジタル映像は、

QXGA(2048x1536画素)である。この品質をより

高品質化する為に、走査線数2000本クラスの液晶

ディスプレイが IBM あるいはシャープにより開発

され、医学・教育・CAD・電子図書館などの高品

質画像が要求される分野で既に使われ始めている。

このような高品質な液晶ディスプレイが接続された

パソコンに1枚数千円の GbE(ギガビットイーサ)

を装着すると、簡単にブロードバンド NW を体感

できるシステムに変身してしまう。しかも、これら

のパソコンへの画像入力機器であるデジタルカメラ

も猛烈な勢いで高解像度化が進み、既に解像度700

万画素があたりまえとなっている。さらに、2460万

(6048×4032)画素の高級デジタルカメラも登場し

ている。誰もがどこでも超高精細な静止画像をデジ

タルで手軽に取り扱える時代になってきている。

これに対して、既存の動画像の様々なフォーマッ

トを示したのが図2である。動画像の録画・再生は、

静止画像とは異なり非常に高速の転送レートが継続

して必要になる。その為に高精細化は制約を受け、

ながらく HDTV が最高品質であった。その解像度

はフル解像度で200万画素(1920x1080画素)であ

る。この HDTV の枠を打ち破る超高精細な画像メ

ディアが最近開発されてきている。これは、走査線

数2000本を超えるプロジェクタ及び液晶ディスプレ

イの登場、磁気ディスクが大容量化かつ高速化され

たこと、さらにネットワークがブロードバンド化さ

れてきたことなどが大きな要因である。例えば、筆

者も開発の一員であった NTT 研究所[4]、及び通信

総合研究所(CRL、現 NICT)[8]が開発を進めるネッ

トワーク配信・伝送を前提とした800万画素超高精

細画像システム。さらに NHK 研究所が開発を進め

る4000本級超高精細映像システムなどがある[9]。特

に、NTT のシステムは映画を明確なターゲットと

しており、エンターテイメントの枠をデジタル映像

技術で広げようとするものである。

このような映像の超高精細化のキーコンセプト

は、ブロードバンド NW と融合して新たな映像流

通プラットフォームを構築しようというものであ

り、映像の特徴として、以下のような点が上げられ

る。

61

Page 3: 超高精細画像の デジタルサイネージへの適用1 武蔵工業大学環境情報学部教授 藤井哲郎1 超高精細画像の デジタルサイネージへの適用

図3 IP ネットワークを流通するコンテンツの分類

(1)完全デジタル方式の採用

(2)スキャンライン数が2000本以上

(3)順次走査方式(Progressive)の採用

(4)画像のサンプリングが正方格子状

(5)高臨場感をターゲット

このようなコンセプトに基づき新しい超高精細映像

の開発が進められている。

2.2 ブロードバンド NW 流通プラットフォーム

今日のインターネットの爆発的増加を支えるネッ

トワークの大容量化は光通信技術により支えられて

いる。最新の大容量化のアプローチは、一本のファ

イバーの中に複数の波長の異なる光波を多重化して

伝送する方式である。一波のみを用いる既存の光通

信では、単一の光波での伝送速度を向上させる必要

があり、高速化に限界があった。これに対して、複

数の波長で並列に伝送を行うことにより大容量化を

実現しようというものであり、WDM (Wave-

length Division Multiplexing)と呼ばれている。高

密度化を進める技術の進展も著しく、数十 Gbps の

通信を百波以上多重化する技術の実用化が進めら

れ、一本の光ファイバーでテラビットの伝送が実現

されようとしている。

このような技術革新により、ネットワークの低コ

スト化と広帯域化が確実に進んできた。また加入者

の光ファイバー化も進められ、2008年6月末には

1300万加入に達している。これと同時に、ネットワー

クに接続される端末も直接イーサネットが用いられ

る傾向にある。現在、1Gbit/sec の通信能力を有

する GbE カードが数千円で購入できる状況であ

り、一般ユーザもブロードバンド NW 環境を簡単

に享受できる状況となっている。この環境の変化は、

通信システムの開発方針にも大きな影響を与えてい

る。映像端末ですら独自プロトコルを用いた独自装

置を開発するのではなく、汎用パソコンに映像アプ

リケーション用のボードを差し込み、TCP/IP プロ

トコルを用いたアプリケーションプログラムを開発

する方式に変わってしまった。

現在、インターネットの爆発的な普及により、IP

を用いた様々なアプリケーション及びコンテンツ流

通が存在するが、高品質映像配信がこれら IP を用

いた NW コンテンツ流通においてどのようなポジ

ションに位置づけられるかを図3に示す。縦軸が1

個あたりのコンテンツの容量、横軸が予想されるア

クセス数である。同図より明らかなように IP を用

いたコンテンツ流通は大雑把に4種類に分類でき

る。今後拡大することが予測されているセンサー

ネットワークにより生み出される S2M(センサー

からマシン)の大量のネットワーク流通、Web を

ベースにしたコンテンツ流通である B2C(ビジネ

スから一般ユーザへ)の一般的タイプ、「Gnuteller」

「WinMX」「Winny」等により生み出されている P

2P(ピア・ツー・ピア)ベースに流れる少し粒度

の大きいコンテンツ流通、さらに超高精細映像に代

表される大容量ストリーミング配信による非常に粒

度の大きい B2B(ビジネス間)コンテンツ流通で

ある。これらは、Web をベースに送られているコ

ンテンツ流通量とほぼ同じ容量の新しいトラヒック

が高品質映像流通により生み出されることを示唆し

ている。今まさに、ブロードバンド NW を活用し

たコンテンツ流通があらゆるクラスでより活性化さ

れつつある。

3.超高精細デジタルサイネージ・システム

超高精細画像を適用したデジタルサイネージのプ

ラットフォーム構成法について述べる。

62

Page 4: 超高精細画像の デジタルサイネージへの適用1 武蔵工業大学環境情報学部教授 藤井哲郎1 超高精細画像の デジタルサイネージへの適用

図4 空間解像度と時間解像度の2軸から超高精細画像の特徴を示す。既存のメディアの統合をターゲットとしている。

3.1 デジタルサイネージについて

「ポスターは印刷したもの」というのがこれまで

の常識である。ところが、電子ディスプレイ技術の

発展とブロードバンド回線の発展により、この概念

が大きく塗り替えられようとしている。そこに具体

的に登場してきたのがデジタルサイネージ(Digital

Signage)である[6]。ネットワークと電子ディスプ

レイを組み合わせ、特定のターゲットに向けて特定

のメッセージを送り込む新しい発想の公告媒体であ

る。今までには実現できなかった、対象毎の細かな

対応とその強いメッセージ性が武器となる。一般に

言われているデジタルサイネージの利点は以下の様

に集約される[7]。

①テレビ CM のように不特定多数に同じ広告を流

すのではなく、設置場所の地域性とターゲットと

する視聴者の設定を行い、その特定層に焦点を

絞った公告メッセージを送り届けられる。

②ブロードバンド NW を用いて、リアルタイムに

操作が可能である。常に、伝えるメッセージの内

容を変更でき、最新の情報を提供できる。

③動画も表示可能であり、印刷とは異なる次元で視

聴者の注視度を高めることができる。

④ポスターやロールスクリーン看板のような印刷物

の取替えが必要無い。

⑤1台の表示機でも、複数の広告主に対して、公告

表示枠を秒単位で提供できる。

従来の紙のポスターや同じ静止画を切り替えるだ

けのロールスクリーン型看板、同じ動画映像を(比

較的小さな画面で)繰り返し再生するだけのビデオ

ディスプレイ(例えば JR の車中液晶画面)と比べ

て、優れた広告効果が期待でき、設置場所によって

は高い費用対効果が見込まれる。

このような新しい発想のデジタルサイネージとい

う概念が生まれてきた背景の一つに、高速・大容量

のネットワークの普及がある。さらに、これが無線

化し、柔軟に設置場所が選べる可能性が高まってき

たこともある。

デジタルサイネージの新しい展開の軸は

(1)超大型ディスプレイ

(2)超高精細(高解像度)ディスプレイ

(3)3D(裸眼タイプ)ディスプレイ

(4)香りディスプレイ

(5)顔認識などによるより明確なターゲット化

(6)携帯端末との連携

といった新しい技術・端末との組み合わせでさらに

可能性が広がると言われている。筆者は、New York

タイムズスクエアの大型ディスプレイとして超高精

細画像装置がデジタルサイネージとして利用できな

いかとの相談を受けた経験もあり、世界中で、新た

な公告の手段として注目を集めている。

今回は、2番目の項目に関して、超高精細ディス

プレイの可能性に関して検討を進めた。これは、デ

ジタルサイネージにおいても、印刷の持つ本来の解

像度で見る側にメッセージを伝えるべきであるとい

う発想からのスタートである。それを可能にするシ

ステムの構成を以下に述べる。

3.2 超高精細画像によるデジタルサイネージの実現

超高精細(SHD : Super High Definition)画像と

は、既存の画像メディアの統合を目指して筆者らが

1990年に提案した新しいデジタル画像メディアのク

ラスであり、ブロードバンド・ネットワークと融合

して新たな映像流通プラットフォームを提供するも

のである。基本的な超高精細画像の定義は以下の通

りである[1]。

63

Page 5: 超高精細画像の デジタルサイネージへの適用1 武蔵工業大学環境情報学部教授 藤井哲郎1 超高精細画像の デジタルサイネージへの適用

図5 28.3インチの500万画素液晶を用いた超高精細デジタルサイネージ表示システム。ギガビットでネットワークに接続されている。右側のコンソールは15インチ液晶ディスプレイ。

(1)解像度が走査線数2000本以上

(2)完全デジタル方式であること

(3)順次走査方式(Progressive)であること

(4)画像のサンプリングが正方格子状であること

既存の画像メディアとの相互関係を時間解像度及び

空間解像度の観点より表したのが図4である。同図

より、既存の全ての画像メディアを統合する位置に

超高精細画像があることが理解できる。なお、画像

のサイズはアプリケーションに応じて使い分けてお

り、その基本となるのが2560x2048画素の28インチ

液晶ディスプレイを用いたシステムである。このシ

ステムを用いて、慶應大学に代表される教育、国立

がんセンターに代表される医療、凸版印刷に代表さ

れる印刷等の幅広いユーザと直接アプリケーション

に関する検証を進めてきた。さらに、デジタルシネ

マに特化したサイズとして4096x2160画素という横

にワイド化したバージョンも開発し、ハリウッドの

映画会社及び東宝とデジタルシネマの検証を具体的

に進めてきた[5]。

超高精細画像を用いたデジタルサイネージ・シス

テムの構築にあたり、超高精細ディスプレイは、

NTT 研究所から提供を受けた。500万画素(2560x

2048画素)、対角28.3インチ(72cm)の液晶パネル

である。パネル自体の製造はシャープである。この

液晶パネルとパソコンの間を TMDS で高速に信号

を伝える為のインタフェースとして、NTT-AT 社

製の液晶パネル用 IO ボードとパソコンに組み込む

PCI カードも同じく提供を受けた。PCI カードを

パソコン(NEC 社製 Express 5800/110Ge)の

中に組み込み、デジタルサイネージのプラット

フォームを構築した。装置の写真を図5に示す。パ

ソコンの CPU は Xeon E3110である。このプロセッ

サは、デュアルコアであり、クロックは3GHz、CTP

値は47000MTOPS である(オープンキャンパスで

はこの構成が間に合わず、Pentium 4 3.4GHz の

システムを用いた)。OS は Windows XP Profes-

sional を用いている。NTT 研究所では、従来より

Windows 2000のみで実験を行っていた為、今回

我々が組み上げたシステムが Windows XP として

は初めてであり、CPU も Pentium 4 2.6GHz か

64

Page 6: 超高精細画像の デジタルサイネージへの適用1 武蔵工業大学環境情報学部教授 藤井哲郎1 超高精細画像の デジタルサイネージへの適用

ら CTP 値にして約4倍と大幅に性能をアップさせ

ている。これにより、Flash などの新たなアプリケー

ション環境に対応できるように改良した。後に述べ

るが、デジタルサイネージのプラットフォームとし

ては Flash 及び Silver Lightning を選んでおり、

これらのソフトが余裕を持って動作できる環境を実

現している。また、TCP/IP にて通信を行う為のポー

トはギガビットイーサである。サーバー側もギガ

ビットイーサを装備したものが必須条件となり、

Linux ベースのサーバ(Dell 社製 SC440)と同じ

く Linux ベースの NAS 型簡易サーバー(玄人志

向製 Kurobox-pro)を立ち上げた。研究室内では前

者のサーバーを用いた実験が主体となるが、外部で

のデモンストレーションの為に後者の簡易サーバー

も用意した。この NAS 型簡易サーバーはギガビッ

トイーサを具備しており、内部では Linux が動作

している。研究室の外に簡単に持ち出してデモンス

トレーションに活用できる小型のパワフルな装置で

ある。今回のオープンキャンパスでも展示ルームに

持ち出し、ギガビットスイッチと組み合わせギガ

ビット NW をデモ会場に構築した。

4.オープンキャンパスでの制作・実験

超高精細画像を用いたデジタルサイネージのプ

ラットフォームに関して、ハードウェア部について

は NTT 研究所の協力の下に前節で述べたように準

備が進められた。次に、どの様なアプリケーション

ソフトを用いるかが次の選択となる。今回オープン

キャンパスで用いるデジタルサイネージの表示シス

テムの解像度は2560x2048画素であり、これは、

Adobe 社の Flash がサポートしうる最大画像サイ

ズ2880x2880画素の範囲内である。よって、今回は

武蔵工業大学環境情報学部1年の演習で学生がその

取り扱い方法を学習する Flash を用いることにし

た。但し、超高精細画像を用いたデジタルサイネー

ジでは、解像度の高い画像を扱う為に、Flash のファ

イルサイズがかなり大きくなると予想される。

Flash は、ベクターイメージが規格の中心で、ス

クリプトで制御機能を付加することによりアニメー

ションを再生したり、音を鳴らしたりすることが可

能なアプリケーションである。アニメーション、ゲー

ム、Web サイトのナビゲーション、音楽再生など

のコンテンツのプラットフォームとして利用されて

いる。最近は、YouTube の動画配信プラットフォー

ムとしても採用され、新たな使われ方が広がりつつ

ある。今回の、500万画素のデジタルサイネージの

制作トライは、おそらく世界で初めての試みと思わ

れる。世界初の試みを事例研究の学生(3年生)が

取り組むことになる。

500万画素の超高精細デジタルサイネージの制作

にあたり、写真素材はデジタルカメラでの撮影とな

る。今回は、2560x2048画素のスペックを満たすデ

ジタルカメラとしてキャノンの PowerShot G9を

用いた。キャノンのフラッグシップとなるコンパク

トカメラであり、画素数4000x3000画素、1200万画

素を有している。大型のフラッシュを取り付ける

シュー及び接写リング等も完備している。このカメ

ラの実効解像度はその1/2から1/3であり、今

回のデジタルサイネージの素材作成に適した実効解

像度を提供してくれている。コンパクトさ故に、学

生は自由なスタイルで様々な写真を構内で撮影し、

持ち寄ることとなった。

事例研究の学生と、デジタルカメラの撮影から、

Photoshop 等を用いたワークフローの検証を実施し

た後に、具体的なコンテンツのストーリーボードの

作成を進めてもらった。ターゲットとなる個別公告

相手は、8月に実施する武蔵工業大学環境情報学部

のオープンキャンパスに来場する高校生である。自

分たちがかつて高校生の時に本校にオープンキャン

パスで訪れた時の印象をもとに案を練った。その結

果、次の2本のコンテンツを作成することとなった。

(1)ICT 環境及びそれを活用した授業の紹介、そ

れに関連したキャンパスライフの紹介

(2)環境に配慮してデザインされた、緑あふれる横

浜キャンパスの紹介

この2本は、従来からも題材にされてきたテーマ

65

Page 7: 超高精細画像の デジタルサイネージへの適用1 武蔵工業大学環境情報学部教授 藤井哲郎1 超高精細画像の デジタルサイネージへの適用

図6‐1 オープンキャンパスの会場に設置された超高精細デジタルサイネージ・システム。28.3インチの500万画素液晶ディスプレイを2台設置。

図6‐2 来場の高校生に対するデジタルサイネージによるデモンストレーション。来場した高校生をターゲットにキャンパスライフの公告を実施。

であろう。特に①に関しては、ICT 環境の充実し

たキャンパスにおいて、どの様にパソコン等の情報

リテラシーを身につけていくのかを紹介したいとい

うポイントでの提案である。それ故、サーバー演習

などの授業を取り上げた。このストーリーボードを

もとに、それに必要な写真の撮影が開始された。

撮影された武蔵工大横浜キャンパスの写真は総数

432枚に及んだ。短期間でこれほど多くの写真を撮

影することは、デジタルでなければ考えられないで

あろう。写真1枚の容量が約5MByte なので、総

計で2GByte 程度になる。この中には、筆者が演

壇から撮影した講義の様子も若干枚含まれている。

これらの中から選択を行い、選択した写真に関して、

まず、印画紙に印刷し、ホワイトボード及び卓上で

ブレーンストーミング的に最終的なストーリーを練

り上げていった。次に、採用が決まった写真は Pho-

toshop で適切なサイズに切り出され、加工が加え

られ、同時に説明のメッセージも付け加えられ、

Flash 上での統合化のプロセスに移った。

Flash の制作ソフトとして2種類を用いてコンテ

ンツ作りを行った。一つは、メディアセンター演習

室に備え付けの Adobe 社製 Flash MX 2004であ

る。学生が使いなれた環境でのデジタルサイネージ

用コンテンツの制作である。一方は、Source Next

社製 Flash アニメ作成ソフト Web Effect を500万

画素の超高精細画像システムに組み込んで、制作作

業そのものを500万画素の液晶画面上で行うという

環境も構築した。WYSWIG 環境であり、制作過程

の途中であってもコンテンツを直接確認しながら作

業できる。こちらの環境の方がどうも作業性が高

かった。

Flash の制作は2チームに分かれて行い、それぞ

れ項目①と②のコンテンツを制作し、合計4本の作

品ができあがった。3年生が事例研究の中で制作す

るという点から、制作にかけられる時間に関して制

約が有り、できあがりに関して十分な熟成ができな

かったところが非常に残念な点であった。

デジタルサイネージのコンテンツは、Web から

マウスクリックで選択し、サーバーからコンテンツ

が ギガビットネットワークを介して送られ、超高

精細液晶システム上に全画面の状態で上映できるよ

うに組み込んだ。この時のコンテンツの容量はそれ

ぞれ約100MByte であり、通常の Flash のコンテン

ツサイズと比較して、非常に大容量である。まさに、

ギガビット NW が必要である。

オープンキャンパスでの展示の様子を図6に示

す。NTT 研究所の厚意により、当日は2台の500

万画素液晶ディスプレイでデモを行った、サーバー

1台に対して二カ所の超高精細デジタルサイネー

ジ・システムにネットワーク配信してデモを行うと

いう想定である。オープンキャンパスは、8月3日、

4日に開催され、多くの高校生が両親同伴で来場さ

れた。多くの高校生が、超高精細液晶システムを用

いたデジタルサイネージのリアルな映像に吸い込ま

れるように見入っていた。さらにキャンパスライフ

の内容に踏み込み、説明員に大学生活、通学手段、

66

Page 8: 超高精細画像の デジタルサイネージへの適用1 武蔵工業大学環境情報学部教授 藤井哲郎1 超高精細画像の デジタルサイネージへの適用

パソコンに関する学習などの質問が繰り返されてい

た。500万画素の超高精細画像をデジタルサイネー

ジに適用することによる改善ポイントをいかに列挙

しておく。

(1)100人以上が講義を受けている全景写真である

が、個々の学生の表情が読み取れる。臨場感溢

れる講義の雰囲気が伝わる。

(2)サーバー演習の授業では、学生の真剣な眼差し

が映し出されている。また、演習中のパソコン

の画面まで読み取ることができる。

(3)図書館の書架全体を紹介しているにも拘らず、

一冊ずつの本のタイトルまで読み取れる。

(4)建学の精神の碑の全景を写しているにも拘ら

ず、碑に刻まれた文字が全て読み取れる。

(5)メディアセンターには多数のパソコンが有り、

学生がそれぞれ違った作業を行っていることが

一枚の写真から読み取れる。

(6)横浜キャンパスの全景写真では、雑草が伸びて

しまっていることまで解ってしまう。

超高精細画像を用いたデジタルサイネージの初の

試みは、来場した高校生へ臨場感あるメッセージを

送ることができ、成功であったと評価している。さ

らに、大規模なネットワークを介した検証実験、或

いは画面サイズを4K(4000x2000画素)規模に拡

大した検証などを今後進めたいと考えている。また、

コンテンツの組み立て方法及び制作手法に関しても

さらに検討を加えて行く必要がある。

5.まとめ

本稿では、筆者が NTT 研究所在籍中に開発に係

わった超高精細画像システムを武蔵工業大学横浜

キャンパスに持ち込み、新たな利用分野のターゲッ

トとして「デジタルサイネージ」に適用、システム

を構築した例を紹介した。実際に本システムを用い

て、オープンキャンパスに来場する高校生を特定の

ターゲットとみなして検証実験を行い、そのプロセ

スと結果も報告した。500万画素の超高精細画像映

像を用いてデジタルサイネージを実施するトライ

は、間違いなく世界初の試みであり、新たなアプリ

ケーションの開拓を進めることができたと考えてい

る。さらに大規模なネットワークを活用した実験や、

さらに高解像度の4K ディスプレイ(4000x2000画

素クラス)を用いた取り組みを今後展開する予定で

ある。

参考文献

[1]Tetsuro Fujii, Tomoko Sawabe, Naohisa Ohta,

Sadayasu Ono, "Super High Definition Image Proc-

essing on a Parallel Signal Processing System," Vis-

ual Communications and Image Processing '91, pp.

339-350, Boston, November 1991

[2]藤井哲郎,萩本和男,小野定康,「超高精細(SHD)

映像流通プラットフォーム」NTT R&D,Vol.50,N

0.8,pp.534-537,2001年8月

[3]Tatsuya Fujii, Mitsuru Nomura, Daisuke Shirai,

Takahiro Yamaguchi, Tetsuro Fujii, Kazuo Hagi-

moto, Sadayasu Ono, "IP Transmission System for

Digital Cinema Using 2048 Scanning Line Resolu-

tion", IEEE Global Telecommunications Conference,

2002, GLOBECOM '02, pp.1643-1647, Taipei, Taiwan,

December 2002

[4]山口高広,藤井竜也,野村充,白井大介,白川千洋,

藤井哲郎「800万画素超高精細ディジタルシネマ配

信・上映システム」電子情報通信学会論文誌 D-I,

Vol.J88‐D‐I,No.2,pp.361-370,2005年2月

[5]NTT,報道発表資料「デジタルシネマ共同トライア

ル「4K Pure Cinema」の実施について~ティム・

バートン監督の「コープス・ブライド」を第一弾と

して,世界初,最新映画を DCI 仕様デジタルシネマ

にてネットワーク配信・興行~」,http : //www.ntt.co.

jp/news/news05/0510/051011.html,2005年10月11日

[6]野澤哲生「デジタルサイネージ」日経エレクトロニ

クス,8月25日号,no.985,pp.44,2008年8月

[7]フリー百科事典『ウィキペディア』,「デジタルサー

ネージ」http : //ja.wikipedia.org/wiki/デジタルサイ

ネージ,2008年10月27日

[8]独立行政法人通信総合研究所,「800万画素超高精細

カメラ映像のライブ伝送実験に成功~800万画素

CMOS 動画像カメラを実用レベルで完成~」http : /

67

Page 9: 超高精細画像の デジタルサイネージへの適用1 武蔵工業大学環境情報学部教授 藤井哲郎1 超高精細画像の デジタルサイネージへの適用

/www2.nict.go.jp/pub/whatsnew/press/030415-2/

030415-2.html,2003年4月15日

[9]Yuji Nojiri, "An Approach to Super High- Vision,"

First International Symposium on Universal Com-

munication, NICT, No.5-5, Kyoto, June 2007

68