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西洋下見板を使用した歴史的木造建築物の耐震補強 北海道大学 大学院農学院 共生基盤学専攻 修士課程 片山知実

西洋下見板を使用した歴史的木造建築物の耐震補強lab.agr.hokudai.ac.jp/woosci/timeng/theses/pdf/2013/2013...3 1.2 背景 歴史的建造物はその建物が建設された時代・地域の技術・文化を今に伝える重要なも

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西洋下見板を使用した歴史的木造建築物の耐震補強

北海道大学 大学院農学院

共生基盤学専攻 修士課程

片山知実

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目次

1.はじめに ............................................................................................................................ 1

1.1 下見板とは ................................................................................................................. 1

1.2 背景 ............................................................................................................................ 3

1.3 目的 ............................................................................................................................ 4

1.4 植物園の調査 .............................................................................................................. 5

2 実験 ................................................................................................................................... 8

2.1 試験体 ......................................................................................................................... 8

2.1.1 試験体 下見板張り壁 ........................................................................................ 9

2.1.2 試験体 補強壁 ................................................................................................. 14

2.2 試験方法 ................................................................................................................... 17

2.3 評価方法 ................................................................................................................... 20

2.3.1 荷重-見かけの変形角曲線 .................................................................................. 21

2.3.2 モデル試験体から実大壁への荷重換算方法 ...................................................... 22

2.3.3 釘接合部の仕事量 .............................................................................................. 25

3 試験結果と考察 ............................................................................................................... 26

3.1 下見板張り壁 ............................................................................................................ 27

3.1.1 A:イギリス下見(上下の羽重ね間を釘 2 本打ち) ........................................ 27

3.1.2 B:イギリス下見(羽重ね部分を 2 枚重ね打ち)............................................ 29

3.1.3 C:ドイツ下見 .................................................................................................. 31

3.1.4 D:ベベルサイディング .................................................................................... 33

3.1.5 F:軸組のみ ...................................................................................................... 35

3.1.6 下見板の回転角 ................................................................................................. 37

3.1.7 実大壁 ................................................................................................................ 39

3.1.8 文建協の実験結果との比較 ............................................................................... 42

3.2 補強壁の荷重-見かけの変形角曲線 .......................................................................... 48

3.2.1 E:補強壁 .......................................................................................................... 48

3.2.2 大壁式・真壁式面材耐力壁との比較 ................................................................. 51

3.2.3 実大壁 ................................................................................................................ 56

4 まとめ ............................................................................................................................. 57

5 参考文献 .......................................................................................................................... 58

6 謝辞 ................................................................................................................................. 59

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1.はじめに

1.1 下見板とは

先ず、本論文のタイトルにもある下見板について説明する。

下見板とは、広義では外壁に貼る板のことであり、水が入りにくいように横貼りの板

を少しずつ重ねて、小口・小面が下から見えるような貼り方に使う板のことである。既

報 1)によると下見板は大きく日本下見と西洋下見の 2 種類に大別され、西洋下見はイギ

リス下見とドイツ下見に分けられる(図 1.1-1)。

下見板は古くから外壁に多用されてきており、現在も多くの下見板を使用した建物が

存在する。例を挙げてみると、札幌市で重要文化財(建造物)に指定されている木造建

築(八窓庵、豊平館、北海道大学農学部植物園・博物館、北海道大学農学部第二農場、

旧札幌農学校演武場)のうち八窓庵以外で外壁に西洋下見板が使用されている。このよ

うに、北海道においては開拓期に北米の知識や技術が導入された影響で、木造洋風建築

に下見板が多用されている 1)。なお、本稿の後に付録として、札幌市で文化財に指定さ

れている下見板を使用した建築物について掲載した。

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押し縁

簓子

図1.1

-1 下見板の分類とその外観

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1.2 背景

歴史的建造物はその建物が建設された時代・地域の技術・文化を今に伝える重要なも

のである。そのような歴史的建造物を長く後世に残していくためには適宜補改修を行う

必要がある。本研究では、補改修のうち耐震改修に着目した。必要な耐震性能を確保す

るためには、まず既存の壁のせん断性能を知る必要がある。そして必要な耐震性能が満

たされていない場合は、建物の歴史的・意匠的価値を損なわないように適切な補修を行

わなければならない。

下見板は明治・大正期の西洋建築に多用され、今でも下見板を使用した歴史的木造建

築物が多く存在している。しかし、下見板は主要耐力部材として考えられていない為か、

そのせん断性能に関する研究は非常に少ないのが現状である。このようなことから、下

見板を使用した歴史的木造建築物の耐震改修の現場では下見板貼り壁のせん断性能の

評価が求められている。

また、下見板張り壁は既報 2)3)4)よりあまり耐力が期待できない為、合板を使用した

補強を行う例が多い。その際、歴史的建築物であるということと、下見板は外観意匠に

大きく寄与するものであるので、その意匠的価値を損なわないように行わなければなら

ない。

現に、北海道大学所有の重要文化財に指定されている札幌農学校第二農場と植物園の

建物の改修が進行しているが、その耐震診断の為に下見板張り壁のせん断性能の実験と

壁の補強方法の検討が行われている。

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1.3 目的

本研究では西洋下見板の仕様に着目し、それを使用した壁のせん断性能について実験

的に比較を行う。

また、歴史的建築物の意匠的価値を損なわず、かつ耐震補強効果のある合板を使用し

た補強壁のせん断性能について検証を行う。

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1.4 植物園の調査

北海道大学植物園は植物園門衛所、博物館事務所、博物館便所、博物館倉庫、博物館

鳥舎、博物館本館(図 1.4-1)の 6 棟が重要文化財に指定されている。この 6 棟につい

て下見板種類、板幅、板厚、板の打ち留め方、釘頭径、釘間隔について調査した。

調査結果より推定される壁の断面図を図 1.4-2 に示す。相じゃくり、羽重ね部分の寸

法が分からなかったものに関しては相じゃくり 10mm、羽重ね 20mm と仮定して赤線

で示した。釘は N 釘が使用されていると仮定したうえで、釘頭径から種類を推測して

作図した。

以下に、調査からわかったことを示す。

・板の種類

図 1.4-1 と図 1.4-2 からわかるように、植物園門衛所にはドイツ下見、それ以外の 5

棟にはイギリス下見が使用されていた。

・釘の種類

釘頭径から使用されていると推察される釘は N45 と N50 である。植物園本館には、

洋釘の丸い釘頭をつぶして四角にしたものが使用されていた。このように意図的に和釘

を模しているということは、建設当初は和釘が用いられていた可能性がある。

・板の留めつけ方

ドイツ下見は相じゃくり間を釘 3 本で打ち留めてあった。イギリス下見は、板 1 枚当

たり釘 1 本で板の下方を打ち留めたものと、釘 2 本で打ち留めたものがあった。釘の打

たれている場所は、羽重ね間を打ったものと、羽重ねの部分を板 2 枚通し打ちしたもの

があった。

・板幅、板厚、釘間隔

これらは様々であり、N 釘が使用されていると仮定すると釘がほとんど柱に打ち込ま

れていない建物もあった。このような場合や釘 1 本で打ち留めてある下見板の場合は、

ほとんど耐力がないと考えられる。

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ドイツ下見

植物園門衛所

博物館鳥舎

イギリス下見

博物館事務所

博物館便所

博物館本館

博物館倉庫

図1.4

-1 植物園重要文化財群外観

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博物館鳥舎

イギリス下見

博物館事務所

博物館便所

博物館本館

博物館倉庫

ドイツ下見

植物園門衛所

N45

N45

N45

N45

N50

N50

図1.4

-2 植物園重要文化財群下見板断面図

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2 実験

2.1 試験体

試験体は下見板の張り壁のせん断性能を評価するための①下見板張り壁と、歴史的建

築物を耐震補強する合板を使用した壁のせん断性能を評価するための②補強壁の 2 つ

に大きく分けられる。

以下、試験体の下見板張り壁と補強壁にわけて試験体の説明をする。

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2.1.1 試験体 下見板張り壁

下見板貼り壁の試験体は以下の 5 種類、計 18 体とした。基礎材質を表 2.1-1、2.1-2、

試験体の概要・外観は図 2.1-1、図 2.1-2 に示す。

A:イギリス下見(上下の羽重ね間を釘 2 本打ち)

B:イギリス下見(羽重ね部分を 2 枚重ね打ち)

C:ドイツ下見

D:ベベルサイディング

(※bevel siding で広義に下見板全体をさす場合もあるが、本研究では板を台

形断面に加工したものをベベルサイディングとした。)

F:軸組のみ

試験体は下見板 4 枚貼りのモデル試験体とした。全ての試験体に共通する軸組は壁長

さ 910mm、壁高さ 1430mm。柱頭は 80*30*50mm の短ほぞとし、N90 2 本打ち。間

柱は 45*30*30mm の短ほぞとした。柱脚には面外にホールダウン金物をそれぞれ 2 つ、

柱頭にはコーナー金物をそれぞれ 1 つずつ設置した。軸組は比重に応じて 1、2、3 の 3

つのグループに分けた。

試験体名は

例 1 比重グループ 1 の仕様 A の試験体:試験体名 A1

例 2 A1 の軸組を利用した仕様 F の試験体:試験体名 FA1

のようになっている。2.1.2 で述べる試験体 E についても同様の名付け方となっている。

植物園の調査では下見板は釘 1~3 本で打ち留めた仕様が存在した。釘 1 本の仕様で

は、壁がせん断変形した際に下見板も変形に伴い平行移動するだけと考えられるため、

そもそもの耐力が期待できない。釘 3 本の仕様では、真ん中の釘はほぼ中心に打たれて

いる為、水平荷重をかけた際に回転中心となりせん断力は働かないと本研究では仮定し

た。以上より、試験体は全て釘 2 本で打ち留める仕様とした。

下見板が壁のせん断変形に伴い平行移動すると仮定した際の、下見板に生じるせん断

力図を図 2.1-2 示す。

試験体 A、B、C は釘 1 本あたりに生じるせん断力は等しい。

しかし、試験体 B は羽重ね間を釘打ちしている為、壁が変形すると釘打ちしてある

羽重ね上の下見板と下の下見板では反対方向に力が生じ、釘一本に生じるせん断力は

2.1-2-B(a)の通りになると考えられる。今回実験したモデル試験体では、打ち留めてあ

る 4 枚の下見板の一番上と一番下の釘には他の釘と同様のせん断力は生じない。一番上

と一番下の釘は添え木の動きが不明である為、釘に生じるせん断力は正確にはわからな

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いが、他の釘の半分のせん断力(図 2.1-2-B(b) )が生じていると仮定した。この場合、

仕様 B の板 1 枚あたりに生じるせん断力は他の仕様と同等である。

以上より、図 2.1-2 のように釘間隔を揃えることでいずれの仕様も 1 試験体あたり同

じせん断力がかかることが分かった。つまり、板の形状や止め打ち方によって生じる壁

のせん断力の違いを見ることができるということである。

下見板の寸法は、N 釘または CN 釘を使用することを前提とし釘種類(長さ、胴部径)、

釘の取材打ち込み長、下見板厚、縁距離、羽重ねの幅、釘間隔(板幅)を考え以下のよ

うに決定した。

「木質構造設計規準・同解説書」5)(以下、木規準)では釘径 d を基準として、原則、

側材厚 6d 以上、有効主材打ち込み長 9d 以上、縁距離 5d 以上としている。これを踏ま

えて試験体 A と B の主材打ち込み長をなるべく等しくし、木規準の寸法と近い値とな

るように釘は N65(d=3.05mm)、下見板の厚さ 18mm、縁距離 15mm、羽重ね 10mm

とした。板幅は流通材を考え 180mm とし、釘間隔は 150mm とした。

試験体 C の下見板の厚さは A、B と同様に 18mm とした。この場合、C の主材打ち

込み長は 15d となり A、B の 9d との差があるが、既往の研究 6)より主材打ち込み長

15d と 9d の場合、終局耐力には違いが生じるが本実験の変形範囲の内は耐力の違いは

小さいため打ち込み長の違いが本実験に与える影響が少ないと考えた。相じゃくり部分

は羽重ねと同じ 10mm とした。なお、ドイツ下見は板の継ぎ方である相じゃくりと異

なり少し隙間を開けて木口を見せている。ここでは隙間の部分を除いた上下の板の重な

った部分を相じゃくりと呼んでいる。

試験体 D は A の柱-板間の隙間を埋めた形状であるが、実部分の縁距離 5d を確保す

る為に板幅は 10mm 大きくした。

試験体 A~D は長さ 1500mm の下見板を 4 枚、柱・間柱に釘打ちした。長さ方向に

継ぐことを考え片側の端距離を柱の太さの 4 分の 1 である 26mm とした。これは「木

規準」に示されている端距離 15d を満たしていないが、安全側の値が出るので問題な

いと考えた。

試験体 F は A~D の試験体を 1/10rad まで変形させた後、下見板を外しコーナー金物

を付け替えた軸組だけの試験体である。今回の実験はモデル実験であるため、実大へ耐

力を換算する際に軸組の反剛接ラーメンとしての耐力効果を除くために設定した。

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表 2.1-1 各部材の平均比重

柱・梁・土台 間柱 下見板 受材 面材A1,FA1 0.31 0.32 0.35 ― ―

A2 0.34 0.37 0.39 ― ―A3 0.36 0.42 0.43 ― ―

B1,FB1 0.31 0.32 0.36 ― ―B2 0.34 0.38 0.39 ― ―B3 0.36 0.43 0.43 ― ―

C1,FC1 0.31 0.33 0.30 ― ―C2,FC2 0.34 0.36 0.36 ― ―C3,FC3 0.36 0.44 0.39 ― ―D1,FD1 0.31 0.33 0.32 ― ―

D2 0.34 0.36 0.36 ― ―D3 0.36 0.45 0.40 ― ―E1 0.31 0.34 ― 0.40 0.53E2 0.34 0.36 ― 0.45 0.52E3 0.36 0.40 ― 0.52 0.57

柱・梁・土台 間柱 下見板 受材 面材A1,FA1 18.43 13.04 12.24 ― ―

A2 18.72 14.59 11.91 ― ―A3 19.18 14.81 11.08 ― ―

B1,FB1 17.40 15.22 10.53 ― ―B2 20.52 13.78 11.44 ― ―B3 18.84 13.90 11.95 ― ―

C1,FC1 18.31 16.04 11.35 ― ―C2,FC2 19.06 13.77 10.80 ― ―C3,FC3 19.34 13.96 10.73 ― ―D1,FD1 18.00 13.40 11.00 ― ―

D2 19.66 13.94 10.59 ― ―D3 19.48 16.47 10.86 ― ―E1 14.17 11.29 ― 12.54 9.33E2 14.19 11.86 ― 12.66 8.54E3 14.22 11.57 ― 12.81 7.79

表 2.1-2 各部材の平均含水率[%]

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図 2.1-1 A~D の軸組図(破線:下見板 A 取り付け位置)

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図2.1

-2

A~

Dの試験体図・下見板断面図・せん断力図

(a)

(b)

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2.1.2 試験体 補強壁

以下の 2 点を踏まえ、歴史的木造建築の補強壁(試験体 E)の仕様を考えた。

①建物の意匠的価値を損なわないよう壁を耐震補強する。

②下見板は既報 2)3)4)から剛性が低いことが考えられるので、その欠点を補完するた

め合板を使用する。

ある程度の耐力を持ち、面内で壁を補強する既存の方法として、受材仕様真壁の面材

耐力壁(CN50@150mm、壁倍率 2.5、表 2.1-3)がある。しかし一般的な大壁式の洋風

建築物の場合、柱と間柱が同じ面であっている。今回は、そのような場合に使用される

柱-間柱間に受け材を設置し、合板釘打ちパネルを挿入する方法を採用した。

さらに、耐震補強の際、柱の引き抜け防止のための金物をつけることが考えられる。

その場合、壁の側面に設置する金物と、壁の面内に納まる金物がある。そこで、今回は

壁の面内に納まるコーナー金物を設置する方法を採用し、10kN 程度のコーナー金物を

設置するスペースを柱頭柱脚に確保して受材を設置することとした。

面材耐力壁のせん断耐力は、

(面材に打たれた釘のせん断力)×(面材の回転中心からその釘までの距離)

の総和

で予測することができる。1P(壁長さ 910mm)の壁に 1 枚の合板を使用する受材仕様

真壁の面材耐力壁と比べ、1P の壁に 2 枚の合板を使用する補強壁は Y 方向の中立軸ま

での距離が約半分になる。高さ方向の釘列は 3 列から 4 列増加するが、それでも受材仕

様真壁と同程度の耐力は期待できないので、さらに釘間距離を変更し釘の本数を増やす

こととした。

以上より、試験体 E は表 2.1-3、図 2.1-3 のような仕様とした。基本材質は表 2.1-1、

2.1-2 に示す。試験体数 3 体、軸組は壁長さ 910mm、壁高さ 2700mm とした。柱の仕

口、金物、軸組のグループ分けは試験体 A~D、F と同様である。

図 2.1-3 の作成過程(a)~(c)に沿って試験体仕様について以下に述べる。

(a)軸組

軸組の樹種、柱・間柱の仕口や金物は試験体 A~D、F と同様である。

(b)軸組+受材

受材仕様真壁の受材は 30*40mm 以上とされているが、本実験では一般に流通し

ている 2×4 材を受材として使用することとした。この受材を CN75@150mm で軸

組に打ちとめる。予備実験で梁に取り付けた受材が割裂した為、土台・梁に取り付

ける受材は千鳥打ちとした。

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(c)軸組+受材+面材

最後に 380*2595mm、t=9.3mm のカラマツ合板を柱-間柱間に合計 2 枚挿入し

CN50@100mm で受材に打ちとめた。

表 2.1-3 受材仕様真壁・試験体 E 仕様

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図2.1

-3 試験体

Eの作成過程・試験体図

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2.2 試験方法

無載荷の正負交番繰り返し加力で真の変形角が 1/600、1/450、1/300、1/200、1/150、

1/100、1/75、1/50rad の各段階で 3 回繰り返した後、最大荷重の 8 割まで荷重が低下

するか、1/10rad まで加力点側への一方向単調加力を行った。また、振れ止めを設置し

面外変形を防止した。

変位計は図 2.2-1、図 2.2-2 の通り設置した。試験体 A~D は下見板の回転角を計測す

るため変位計 5~12 を設置した。

図 2.2-1 試験体 A~D、F 設置図

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図 2.2-2 試験体 E 設置図

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変形角の計算は以下の式より算出した。

見かけのせん断変形角 θ1 = (δ1-δ2)/H [rad]

脚部のせん断変形角(浮き上がり) θ2 = (δ3-δ4)/V [rad]

真のせん断変形角 θ3 = θ1 – θ2 [rad]

δ1:変位計 H1 の水平方向変位[mm]

δ2:変位計 H2 の水平方向変位[mm]

H:変位計 H1 と H2 の間の距離[mm]

δ3:変位計 V3 の鉛直方向変位[mm]

δ4:変位計 V4 の鉛直方向変位[mm]

V:変位計 V3 と V4 の間の距離[mm]

下見板の回転角は以下の式より算出した。

θ = (δn-δn+1)/L

δn:変位計 5、7、9、11 の水平方向変位[mm]

δn+1:変位計 6、8、10、12 の水平方向変位[mm]

L:変位計間の距離[mm]

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2.3 評価方法

この章では、実験より得られたデータを考察するにあたって 3 章で使用する評価方法

について述べる。

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2.3.1 荷重-見かけの変形角曲線

試験より得られた見かけの荷重変形角曲線を付録に示す。最終破壊させた側の最初の

立ち上がりから繰り返しの計測点までと、各繰り返し加力のピークとその間の点、最後

の繰り返し点から試験終了時までの計測点を結び包絡線を作製した。以下、この見かけ

の荷重変形角曲線の包絡線を P-θ と呼び、この P-θ を使って試験結果の考察を行った。

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2.3.2 モデル試験体から実大壁への荷重換算方法

「木規準」の壁のせん断試験方法には、試験体寸法壁高さ 2730mm、壁長さ 1820mm

と示されている。しかし、本実験の試験体はモデル試験体である。そこで、図 2.3-1 の

ように軸組の寸法や下見板枚数が変化した際のせん断力 P の求め方を以下に示す。

実大下見板貼り壁がせん断変形した際、下見板は図 2.3-2 のようにせん断変形に伴い

平行移動すると考えられる。この時、釘接合部はどの釘も等しく θ だけ回転し、s だけ

滑ると仮定される。この仮定の上で、実験より得られた P-θ を利用して、実大壁の変形

角 θ に対するせん断力 P を求める。式に使用する各パラメーターは図 2.3-2 に示す。な

お、以下の式アポストロフィがついているものはモデル試験体、ついていないものは実

大壁のパラメーターを示している。

既往の研究 7)を参考に全体の仕事量を U、全釘接合部の総仕事量を UJとすると、

𝑈 =𝑃 × 𝛿

2=

𝑃ℎ𝜃

2 ・・・(1)

𝑈𝐽 = ∑𝑓𝑖 × 𝑠𝑖

2

𝑛

𝑖=1

・・・(2)

となる。全体の仕事量と各釘接合部の総仕事量は等しいので、

𝑈 = 𝑈𝐽 ・・・(3)

が成り立つ。以上の関係式を用いてせん断力 P を求める。

モデル試験体より下見板-釘接合部の釘 1 本あたりの仕事量 𝑓′𝑠′

2 を求める。モデル試

験体における(2)式 𝑈′ =𝑃′ℎ′𝜃

2 と(3)式 U' = UJ' より

𝑈𝐽′ = ∑𝑓𝑖′ × 𝑠𝑖′

2

𝑛

𝑖=1

=𝑛′𝑓′𝑠′

2

𝑓′𝑠′

2=

𝑈𝐽′

𝑛′=

𝑈′

𝑛′=

𝑃′ℎ′𝜃

2𝑛′ ・・・(4)

仮定の通りモデル試験体と実大壁の釘 1 本あたりの仕事量は等しいとすると、実大壁

の釘接合部の総仕事量 UJは(2)(4)式より

𝑈𝐽 = ∑𝑓𝑖 × 𝑠𝑖

2

𝑛

𝑖=1

=𝑛𝑓𝑠

2= 𝑛 ×

𝑓′𝑠′

2=

𝑛𝑃′ℎ′𝜃

2𝑛′ ・・・(5)

と表せ、(1)(2)(5)式より

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23

𝑃 =2𝑈

ℎ𝜃=

2𝑈𝐽

ℎ𝜃=

𝑛𝑃′ℎ′

𝑛′ℎ ・・・(6)

となる。

上述の式では釘 1 本当たりの仕事量は等しいことが前提となっている。しかし、2.1.1

で述べたように、仕様 B の一番上と一番下の釘に生じるせん断力は他の釘の半分図

2.1-2-B(b)であると仮定している。そこで、B を実大換算することについて検討する。

仕様 B の釘本数 n は下見板枚数を m とすると n =3*(m +1)と表せる。一番上と一

番下の釘に生じるせん断力は他の釘の半分図 2.1-2-B(b)であるので、n-3 本(=3m )

に図 2.1-2-B (a)分のせん断力が働くとして計算することとした。

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P:壁のせん断力

δ:壁の水平変位

h:加力点までの高さ

θ:見かけせん断変形角

s:釘のすべり量

f:釘にかかるせん断力

r:回転中心から釘までの距離

n:釘本数

図 2.3-2 下見板貼り壁の挙動

図 2.3-1 壁仕様の変換

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2.3.3 釘接合部の仕事量

下見板貼り壁の荷重換算方法と同様に、下見板貼り壁がせん断変形した際、下見板が

図 2.3-2 のようにせん断変形に伴い平行移動すると考えられる。この時、下見板-釘接合

部はどの釘も等しく θ だけ回転し、s だけ滑ると仮定される。この仮定の上で、釘接合

部の仕事量を式で表す。

既報の研究 7)8)をより、釘に加わるせん断力 f iはすべり変位 s iとすべり係数 Ks iを

用いて

𝑓𝑖 = 𝐾𝑠𝑖 × 𝑠𝑖 ・・・(7)

と表せる。

すべり変位は

𝑠𝑖 = 𝜃 × 𝑟𝑖 ・・・(8)

と表せる。

(1)(2)式より、

𝑓𝑖 = 𝐾𝑠𝑖 × 𝜃 × 𝑟𝑖 ・・・(9)

となり、(1)(4)式より、

𝑈𝐽 = ∑𝐾𝑠𝑖 × 𝜃2 × 𝑟𝑖

2

2 ・・・(10)

𝑛

𝑖=1

となる。

(5)式より釘接合部の仕事量は𝐾𝑠𝑖×𝜃2×𝑟𝑖

2

2と表せる。釘と下見板は試験体の中では同

一のものを使用しており、釘も等しく θ だけ回転するので、Ksiと θ は全ての接合部で

等しい。従って、釘接合部の仕事量は回転中心から釘までの距離 r つまり、釘間距離が

重要となってくることが分かった。

(1)(10)式より、せん断力 P は

𝑃 =2𝑈𝐽

ℎ𝜃 ・・・(11)

と表せる。(11)(10)式から釘間距離のみが r ′から r に変化した場合、のせん断力 P’ と P

𝑃′ =𝑈𝐽

𝑈𝐽× 𝑃 =

𝑟2

𝑟′2× 𝑃

と表すことができる。

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3 試験結果と考察

3 章では試験結果とその考察について記す。3.1 では下見板張り壁について、3.2 では

補強壁について結果を示し、考察を行った。

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3.1 下見板張り壁

3.1.1 A:イギリス下見(上下の羽重ね間を釘 2 本打ち)

P-θ と破壊性状を図 3.1-1~4 に示す。初期剛性は低いものの最後まで荷重は伸び続け

る、粘り強い壁であることが分かった。

初期剛性は試験体 A~D の中で最も低かった。これは、軸組以外の抵抗要素が釘のせ

ん断抵抗と羽重ね部分の摩擦のみである為と考えられる。

端距離 26mm 側に下見板の割裂が見られたものもあった(図 3.1-4)。目視での確認

で真のせん断変形角 1/15rad 程度で割裂が見られた、それによる荷重の低下は見られず、

荷重は最後まで上昇を続けた。

本実験では試験体の組み立ては全て自分で行った。試験体 A のイギリス下見は、断

面が長方形のただの板であるため、下見板自体の製作は簡便である。しかし、板を張り

付ける作業が素人には困難であった。

図 3.1-1 試験体AのP-θ

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図 3.1-4 せん断破壊(A2)

図 3.1-3 試験後(A3)

図 3.1-2 試験前(A1)

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3.1.2 B:イギリス下見(羽重ね部分を 2 枚重ね打ち)

P-θ と破壊性状を図 3.1-5~10 に示す。試験体 A と同じく初期剛性は低いものの最後

まで荷重は伸び続ける、粘り強い壁であることが分かった。

初期剛性は試験体 A~D の中で最も高かった。これは、板を 2 枚通し打ちすることに

よって板同士が一体化した効果が働いている為と考えられる。

端距離 26mm 側に下見板の割裂と最上段の釘の引抜けが見られた(図 3.1-8)。割裂

は最大 180mm 程度で、羽重ねの下側の板に割裂が入ることが多かった(図 3.1-9、10)。

端距離 26mm 側の柱 5 本に打たれた釘のうち、1 本で引抜け、3 本で割裂が見られた試

験体 B2 では、荷重の上昇が止まった。

斜めになった板の重なり部分を打つということで作製が下見板の仕様 A~D の中で一

番難しかった。その為か、データのばらつきが大きかった。

図 3.1-5 試験体BのP-θ

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図 3.1-6 試験前(B1) 図 3.1-7 試験後(B1)

図 3.1-10 せん断破壊(B2)

図 3.1-9 せん断破壊(B1)

図 3.1-8 釘の引抜け(B2)

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3.1.3 C:ドイツ下見

P-θ と破壊性状を図 3.1-11~14 に示す。試験体 A、B と同じく初期剛性は低いものの

最後まで荷重は伸び続ける、粘り強い壁であることが分かった。

初期剛性は試験体 B に次いで高く、試験体 D と同程度であった。これは、相じゃく

り部分の摩擦が効いている為と考えられる。

せん断変形による破壊は特に見られなかった。変形が大きくなると相じゃくり部分が

摩擦が効いてくるためか、荷重は最後まで上昇を続け上昇具合は試験体 A、B よりも大

きかった。

同一仕様であっても 3 体はそれぞれ軸組の比重が異なるため、変形が大きくなると荷

重にばらつきが出てくる。しかし、試験体 C1 は初期剛性から他の 2 体と比べ荷重が小

さくなっている。これは試験体 C1 の作成に使用した下見板が曲がりの為、相じゃくり

部分が接触しない所が出てしまった影響と思われる。

試験体の作製は、下見板の仕様 A~D の中で最も簡単であった。

図 3.1-11 試験体 Cの P-θ

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図 3.1-12 試験前(C3)

図 3.1-13 試験後(C3)

図 3.1-14 下見板断面(C3)

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3.1.4 D:ベベルサイディング

P-θ と破壊性状を図 3.1-15~18 に示す。試験体 A、B、C と同じく初期剛性は低いも

のの最後まで荷重は伸び続ける、粘り強い壁であることが分かった。

初期剛性は試験体 C と同程度であった。これは、相じゃくり部分の摩擦が効いてい

る為と考えられる。

せん断変形による破壊は特に見られなかった。試験体 C と同様に変形が大きくなる

と相じゃくり部分の摩擦が効いてくるためか、荷重は最後まで上昇を続け上昇具合は試

験体 A、B よりも大きかった。

試験体の作製は、試験体 C と同程度に簡単であった。しかし、台形断面の板を切り

出した後、相じゃくり部分を作製する等、加工に手間がかかるうえに歩留まりも悪い仕

様である為、コストが他のものよりもかかる板であった。

図 3.1-15 試験体DのP-θ

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図 3.1-16 試験前(D2)

図 3.1-17 試験後(D2)

図 3.1-18 下見板断面(D2)

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3.1.5 F:軸組のみ

P-θと破壊性状を図 3.1-19~22に示す。変形が大きくなるにつれて荷重が増加し続け、

その増加率も大きくなった。試験体 A~D の各 3 体の平均の P -θ と試験体 F の P -θ を

比較してみると 1/120rad と 1/60rad 時で約 2 割、1/10rad では約 5 割が軸組の耐力で

あった。

壁のせん断変形により、コーナー金物部分の木の破壊が見られたものがあった(図

3.1-22)。

現在壁のせん断性能を考える上で軸組の耐力は無視されているが、今回の結果より、

軸組にもある程度の耐力が期待できることが分かった。特に歴史的木造建築においては、

本実験で使用した 105 角よりも太い柱や、長ほぞや貫が使用されていたりする場合が

多いので、より軸組の耐力は無視できないものになるのではないか。

軸組の比重が同程度である試験体 FA1、FB1、FC1、FD1 では、P-θ に大きな差が見

られなかった。そこで後述する実大壁への換算時には、FC の試験体を代表とし、比重

グループ 1 には試験体 FC1、2 には試験体 FC2、3 には試験体 FC3 の P–θ を使用した。

図 3.1-19 試験体 F の P-θ

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図 3.1-20 試験前(FC1)

図 3.1-21 試験後(FC3)

図 3.1-22 コーナー金物の破損(FC2)

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3.1.6 下見板の回転角

上から2枚目の下見板の引き側の回転角(2枚目-)、2枚目の押し側の回転角(2枚目+)、

3 枚目の引き側の回転角(3 枚目-)、3 枚目押し側の回転角(3 枚目+)と見かけの変形

角、真の変形角のグラフを図 3.1-23~26 に示す。ここに示した試験体以外のものは付録

に示す。

下見板の仕様にかかわらず見かけの変形角と下見板の回転角はほぼ等しく、図 2.3-2

の予想の通り下見板は壁のせん断変形に伴い、ほぼ平行に移動していることが分かった。

図 3-23 試験体 A3 の荷重-変形角

図 3-24 試験体 B3 の荷重-変形角

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図 3-25 試験体 C3 の荷重-変形角

図 3-26 試験体 D3 の荷重-変形角

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3.1.7 実大壁

本実験の試験体はモデル試験体である。そこでモデル試験体を図 2.3-1、表 3.1-1 の

ような実大壁にした際の P-θ を算出した。下見板枚数は、最も板幅の大きい試験体 C

の貼り付け可能枚数に揃え、13 枚とした。

3.1.5 の試験体 F の結果より下見板の荷重は軸組の占める割合が大きいため、以下の

(1)~(3)手順で換算を行った。

(1)下見板-柱頭・柱脚接合部の試験体 A~D の P -θ から柱頭・柱脚接合部の試験体 F の

荷重を除く。試験体 F は同一比重では P -θ に大きな差が見られなかった。そこで FC

の試験体を代表とし、比重グループ 1 には試験体 FC1、2 には試験体 FC2、3 には試験

体 FC3 の P-θ を使用した。

(2) (1)で得られた P -θ のデータから実大壁の下見板のみの P -θ を 2.3.3 の方法で算出

する。

(3) (1)で除いた柱頭・柱脚接合部の P -θ を(2)の P -θ に加算する

(3)で加算した柱頭・柱脚接合部 P -θ はモデル試験体のもので実大の軸組とは異なる

が、今回は目安としてこのような概算を行った

算出した実大壁 A~D 各 3 体の平均の P -θ を図 3.1-27 に示す。

表 3.1-1 モデル試験体から実大壁への換算

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下見板張り壁は仕様によって耐力に大きな差は見られなかった。また、いずれも初期

剛性は低く、耐力も小さいものの、荷重が最後まで伸び続ける粘り強い壁であった。モ

デル試験体の P -θ(図 3.1-1、5、11、15)と比較すると 1/20rad 程度で荷重の増加が

止まった。これは変形角が大きくなるほどモデル試験体の P -θ に占める軸組の P -θ の

割合が大きくなっていたためである。

以上から、下見板張り壁は、中地震時の建物の損傷や家具の転倒を防ぐ効果は低いが、

大地震時の倒壊に対してある程度の効果は期待できる壁であると言える。

下見板張り壁が使用されているのは歴史的建築物に分類されるような建物である。そ

のような建物は一般的な建物と異なり、現代の仕様規定を満たしてはいない。そして、

中地震時の建物の損傷防止よりも人命を確保するための大地震時の倒壊防止が求めら

れている。

下見板のような、剛性が低いが変形能力のある伝統構法の耐震診断には、大地震時の

安全性の確認を行うことができ、仕様規定を守っていない建物でも計算することがでる

限界耐力計算が用いられることが多い。そこで、図 3.1-27 の P-θ より、「伝統構法を生

かす木造耐震設計マニュアル」9)に示されている、一般的に使用される損傷限界・安全

限界として設定されている変形角時(1/120、1/60、1/30、1/15rad)の荷重と最大荷重、

初期剛性を表 3.1-2 に示す。

また、「伝統構法を生かす木造耐震設計マニュアル」9)に示されている、既報 3)4)を

参考に設定された下見板張り壁(壁長さ 1820mm、壁高さ 2730mm)の完全弾塑性モ

デルに置換された荷重-変形角のグラフを図 3.1-27(下見板)に示す。図 3.1-27 より、

初期剛性はほぼ等しいが、終局耐力時の変形角を 1/30rad からもう少し大きな変形角に

設定してもよいと思われる。

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図 3.1-27 実大壁の P-θ

表 3.1-2 モデル試験体から実大壁への換算

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3.1.8 文建協の実験結果との比較

1.2 背景で述べたように、文化財建造物保存技術協会(以下、文建協)のもとで札幌

農学校第二農場と北海道大学植物園の建物の耐震改修の為に下見板張り壁(イギリス下

見、ドイツ下見)のせん断性能の実験が行われた。その結果を、下見板の種類と釘の打

ち方が同じ本研究の試験体 A、C の結果と比較する。

文建協の実験の試験体は、図 3.1-28~30 に示す試験体①、②、④を使用した。図

3.1-28~30 の通り、下見板寸法、壁長さ、壁高さは実大換算した試験体 A、C とほぼ等

しい。しかし、耐力に大きく影響する釘間隔と下見板枚数は異なる。そこで、より正確

に比較するために、2.3.2 モデル試験体から実大壁への荷重換算方法と 2.3.3 釘接合部

の仕事量を参考に表 3.1-3 ように試験体 A を釘間隔 130mm の実大壁、試験体 C を下

見板枚数12枚の実大壁へ換算し、その平均値のP-θ(A実大-130、C実大-12)を図3.1-31、

32 に示す。

A 実大-130 と試験体②を比較する(図 3.1-31)と 2 つの P-θ はほぼ等しかった。軸

組に使用した材が A 実大-130 では 105mm 角、試験体②では 152mm 角である。柱の

太さが約1.4倍になっており、柱の曲げ剛性の変化分の荷重差が見られると思われたが、

ほとんど差がなかった。これは、文建協の実験の供試材が、非常に含水率が高かった影

響であると思われる。

以上のように、最適なものと比較できた訳ではないが、2.3.2 と 3.3 で述べたような

下見板張り壁のモデル試験体から実大壁への換算方法はおおむね適切であったと言え

るではないか。

釘種類(N65、N45)による違いを見る為に試験体①と②(図 3.1-31)、C 実大-12

と試験体④(図 3.1-32)を比較する。いずれも粘り強い壁であるが、荷重に大きな差が

生じた。この荷重差を生じさせる要因としては、釘の胴部径の違いと打ち込み長の違い

が考えられる。仕様 C に使用した N65 の胴部径は 3.05mm、打ち込み長は 47.5mm で

ある。試験体④に使用した N45 の胴部径は 2.45mm、打ち込み長は 30mm である。こ

のことから、下見板の耐力は打ち込み長で決まる可能性が考えられる。

つまり、下見板張り壁は板の種類や寸法を変更せずとも、長い釘を使用すれば耐力の

向上が期待できるのではないだろうか。

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梁 

152×

152

2,730

1,816

454

454

454

454

1522,578152

2,882

152

外側

2,730

376

1,816

376

1522,578152

2,8821,100

1,100

下見板 幅

220 厚

18 羽

重20

376

1,816

376

2,568

柱 

152×

152

間柱 

60×

60

釘 N

45

55 35130

1303535

ボルト用孔φ

20

土台 152×

152 試験

体①

断面

立面

平面

外内

内外

内外

深50x厚

30x幅85

ボルト用孔φ

20

100

1,00

0短ほぞ差

外側 下見板張り釘2本

(N45)

(土台3カ

所)

(土台3カ

所)

寸法は見付×見掛

柱 短

ほぞ(N90釘

2本止)

図3.1

-28 試験体①試験体図

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44

梁 152×

152

2,730

1,816

454

454

454

454

1522,578152

2,882

152

外側

2,730

376

1,816

376

1522,578152

2,882

1,100

1,100

下見板 幅220 厚18 羽

重20

376

1,816

376

2,568

柱 152×

152

間柱 60×60

55 35130

1303535

ボルト用孔φ20

土台 152×

152

断面

立面

平面

外内

内外

内外

ボルト用孔φ20

100

1,00

0短ほぞ差

釘 N65

外側 下見板張り釘2本

(N65)

試験

体②

(土台3カ

所)

(土台3カ

所)

寸法は見付×見掛

深50x厚

30x幅85

柱 短

ほぞ(N90釘

2本止)

図3.1

-29 試験体②試験体図

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45

梁 152×

152

土台 152×

152

2,730

1,816

454

454

454

454

376

1,816

376

2,568

152

2,730

376

1,816

376

柱 152×

152

柱 

152×15

2

35 35

内側

内側 横板張り

(大壁)釘

2本

外側

立面

平面

内 外

断面

内外

外内

ボルト用孔φ

20

1,100

1,100

100

1,00

0

試験

体④

(土台3カ

所)

相决り

横板 幅22

0 厚

15

釘 N45

ボルト用孔φ

20(土

台3カ

所)

寸法は見付×見掛

深50x厚

30x幅85

柱 短

ほぞ(N90釘

2本止)

図3.1

-30 試験体④試験体図

※図

3.1

-28~

30は全て、文建協実験報告書より

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46

表 3.1-3 試験体仕様

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47

図 3.1-31 試験体 A、①、②の P-θ

図 3.1-32 試験体 B、④の P-θ

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48

3.2 補強壁の荷重-見かけの変形角曲線

3.2.1 E:補強壁

P-θ と破壊性状を図 3.2-1~10 に示す。E2 は 1/13rad、E3 は 1/12rad 程度で荷重が

低下した。

これは受材-柱間の CN75 の引抜けと柱頭のコーナー金物の破損によるものである

(図 3.2-6、7)。一方で、合板と合板-受材を止めている CN50 には、破壊は特に見られ

なかった。また、変形が大きくなると合板の角が土台・梁にめり込んだ跡が見られた(図

3.2-8~10)。

図 3.2-1 試験体 E の P-θ

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49

図 3.2-4 試験前外壁側(E3)

図 3.2-2 試験前内壁側(E3) 図 3.2-3 試験後内壁側(E2)

図 3.2-5 試験後外壁側(E3)

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50

図 3.2-8 合板のめり込み(E2)

図 3.2-7 受材の浮き(E2) 図 3.2-6 コーナー金物の破損(E3)

図 3.2-9 合板のめり込み(E3)

図 3.2-10 合板のめり込み跡(E3)

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51

3.2.2 大壁式・真壁式面材耐力壁との比較

試験体 E の平均値と大壁式面材耐力壁と真壁式面材耐力壁の破壊性状と P-θ の比較

を行う。

まず、試験体 E と大壁式面材耐力壁と破壊性状の比較を行った。大壁式面材耐力壁

のデータは当研究室の冨髙修士論文(2013)10)の面材貼り耐力壁 CP を仕様した(図

3.2-11、12)。

大壁式面材耐力壁の破壊性状を図 3.2-13~15 に示す。面材を打ち留める釘の引抜けや

パンチングアウトが見られた。しかし、試験体 E では、合板と合板-受材を打ち止めて

いる CN50 には、そのような破壊は特に見られなかった。

もっとも大きな違いは、大変形時に試験体 E は図 3.2-8~10 のように合板の角が梁・

土台にめり込むのに対し、図 3.2-15 のように合板はそのまま壁のせん断変形に伴い回

転を続けることである。

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52

図 3.2-12 試験体裏(CP1)

図 3.2-15 大変形時の合板角(CP3)

図 3.2-13 釘の引抜け(CP2)

図 3.2-11 試験体表(CP3)

図 3.2-14 パンチングアウト(CP1)

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53

次に、試験体 E の平均値と大壁式面材耐力壁と真壁式面材耐力壁の P-θ の比較を行

った(図 3.2-16)。

大壁式面材耐力壁のデータは、冨髙修士論文(2013)10)の面材貼り耐力壁 CP-2(図

3.2-17 大壁 1P)の P-θ から 1P 当たりの P-θ を算出し使用した。

真壁式面材耐力壁は、

・試験体 E と同じ仕様の 0.5P の合板 2 枚(図 3.2-17 真壁 0.5P)

・間柱の位置で合板を割らずに 1 枚とした合板に、試験体 E の仕様と同様の釘間

隔で柱・間柱に釘を打ち、さらに合板の 4 隅にも釘を打ったもの(図 3.2-17 真壁

1P)

この 2 種類の壁 1P あたりのせん断耐力の計算値から P-γ を算出し、それを比較用のデ

ータとして使用した。その計算値の算出方法を以下に示す。なお、これらの算出は北海

道道立総合研究機構林産試験場の戸田正彦氏にご協力いただいた。

(1) 特定の釘すべりによる変形角時の荷重 P と、釘の滑りによるせん断変形角 γn、面

材のせん断変形角 γsをプログラムを利用して算出した。

(2) 既往の研究 11)より、耐力壁全体のせん断変形角 γ は釘の滑りによるせん断変形角

γnと面材のせん断変形角 γsの合計とみなすことができるので、

γ = 𝛾𝑛 + 𝛾𝑠

として、算出された釘すべりによる変形角と面材のみの変形角の 2 つの和を壁の

変形角とした。

(3) (1) の特定の釘すべりによる変形角時の荷重 P と、 (2)の耐力壁全体のせん断変

形角 γ から P-γ を求めた。

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図 3.2-16 より、試験体 E は大壁 1P、真壁 1P と比較してやや初期剛性は小さかった。

本試験では合板を壁の面内に収める為に、一般的な 1P の幅から 0.5P に割ることで初

期剛性の低下が予想されたので、釘間隔を変更し釘間本数を増やした。しかし、それで

も一般的な面材耐力壁よりもやや初期剛性は劣ることが分かった

試験体 E には軸組の耐力が含まれているとはいえ、荷重の低下を迎えるまで荷重は

上昇を続け、大変形時には他の荷重を上回っていた。そして、変形性能は 1P の合板を

使用したものよりも高かった。これは変形角が大きくなると合板の角が土台・柱にめり

込み、荷重を伝達する為と考えられる。

以上より、補強壁は、中地震時の建物の損傷や家具の転倒を最低限防ぐことができ、

大地震時の倒壊に対する安全性が高い壁であると言える。

図 3.2-16 計算結果からの P-γ

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図3.2

-17

Eの比較用の試験体図

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3.2.3 実大壁

表 3.1-3 のように壁長さ 1820mm とした際の P-θ より、「伝統構法を生かす木造耐震

設計マニュアル」9)に示されている、一般的に使用される損傷限界・安全限界として設

定されている変形角時(1/120、1/60、1/30、1/15rad)の荷重と最大荷重、初期剛性を

表 3.1-2 に示す。

下見板と比較すると初期剛性が高く、最大荷重も高いことが分かった。

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4 まとめ

本研究では西洋下見板と合板を使用した補強壁のせん断性能について研究を行って

きた。その結果を以下に要約する。

現在壁のせん断性能を考える上で軸組の耐力は無視されているが、今回の結果より、

軸組にもある程度の耐力が期待できることが分かった。

下見板張り壁は、釘の引き抜け等が生じなければ、大地震時の倒壊に対しある程度の

効果が期待できることが分かった。また、下見板張り壁は板の種類や寸法を変更せずと

も、長い釘を使用すれば耐力の向上が期待できる。

下見板を使用した歴史的木造建築を試験体 E の仕様の補強壁で耐震補強することに

より、

・建物の意匠的価値を損なわない

・中地震時の損傷を必要最低限防止する

・大地震時の倒壊に対する安全性が高い

建物となることが分かった。

歴史的建築物は住宅のような一般的な建物と異なり、家具などの転倒による危険は少

なく、人の安全を確保することが最重要視される。従って、この観点からも試験体 E

の仕様での歴史的木造建築物の耐震補強は適切であると言える。

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5 参考文献

1)田苗重樹:日本建築学会東北支部研究発表会,5-8(1987)

2)片山知実・冨高亮介・澤田圭・平井卓郎:日本木材学会北海道支部講演集第 44 号,

14-17(2012)

3)平嶋義彦・金谷紀行・畑山■※男・神谷文夫:日本建築学会大会学術講演梗概集,

1785-1786(1979)

(※ ■はりっしんべんに義)

4)星野志保・若島嘉朗・鈴木有・飯島泰男:日本建築学会大会学術講演梗概集,139-140

(1999)

5)日本建築学会:木質構造設計規準・同解説,丸善株式会社(2006)

6)澤田圭・本田康輔・平井卓郎・小泉章夫・佐々木義久:木材学会誌 56(5),317-325

(2010)

7)平井卓郎・張沛文・入江康孝・若島嘉朗:木材学会誌 45(2),120-129(1999)

8)平井卓郎:北海道大学農学部演習林研究報告 第 44 巻 第一号,297-326(1987)

9)木造軸組構法建物の耐震設計マニュアル編集委員会:伝統構法を生かす木造耐震設

計マニュアル,学芸出版社(2004)

10)冨髙亮介:北海道大学大学院農学院修士論文(2013)

11)矢永国良・佐々木義久・平井卓郎:木材学会誌 47(3),242-251(2001)

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6 謝辞

本研究を進めるにあたり、様々なご指導をいただいた平井卓郎教授に深く感謝いたし

ます。

また、様々な助言を下さった小泉章夫准教授、澤田圭助教授。実験の実施に際して終

始ご協力いただきました技術職員の佐々木義久氏。考察のデータの算出にご協力いただ

きました北海道道立総合研究機構林産試験場の戸田正彦氏。データの提供と実験の見学

でお世話になりました文化財建造物保存技術協会と北海道道立総合研究機構林産試験

場の皆様。そして、実験や学校生活を支えてくれた木材工学研究室の皆様に感謝いたし

ます。