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日本機械学会誌 2007. 8 Vol. 110 No. 1065 653 自動車用高性能・高信頼性 VG ターボチャージャ 1. はじめに ヨーロッパ,日本およびアメリカで の排ガス規制強化に伴い,ディーゼル エンジンでは,タービン側のノズル ベーン開度を可変にして過給圧をコン ト ロ ー ル す る VG(Variable Geome- try)ターボチャージャがスタンダー ドな装置になってきている.VG ター ボチャージャは,エンジンの燃費改善, ドライバビリティ向上に大きな効果が あるため,高効率化が求められる.ま た,ノズルベーンを開閉するための複 雑なリンク機構を高温・無潤滑環境下 で駆動しなければならないだけでな く,広い流量,圧力条件下で運転され るため,高い信頼性が要求される. 本稿では,これらの要求に対して開 発された,高性能・高信頼性 VG ター ボチャージャについて紹介する. 2. VG ターボチャージャの目的 と構造 ターボチャージャは,エンジンの排 気ガスを利用してタービンを回転さ せ,同軸上のコンプレッサを駆動して エンジンに高圧空気を供給する.VG ターボチャージャは,タービン側のノ ズル開度が可変であることが特徴であ る.すなわち,VG ターボチャージャ は,エンジン条件に合わせてノズル開 度を調整することにより過給圧を最適 条件に調整することができ,図 1 に示 すようにエンジンの燃費低減などに大 きな効果がある.また最近では,図 2 に 示 す よ う に,NO X 低減のための EGR(Exhaust Gas Circulation:排気 ガスの吸気への還流)を細かくコント ロールするために VG ターボチャー ジャが使用されており,急激な普及が 進 ん で い る. 開 発 し た VG タ ー ボ チャージャは,図 3 に示すように,可 変ノズル機構部をカートリッジ化して タービンハウジングの熱影響を排除 し,可変ノズルベーンのスティックを 防止する構造にしている. 3. 性能向上技術 VG ターボチャージャの心臓部であ るノズルとタービン動翼について,最 新 の CFD(Computational Fluid Dy- namics)技術を駆使し,高性能翼を 開発した.VG ノズルベーンには円弧 翼を採用し,すべてのノズル開度にお いて周方向の圧力分布が均一になるよ うに最適化した.これは,性能向上だ けでなく,タービン動翼の振動応力低 減にも大きな効果がある.また,ノズ ル回転中心位置を最適化することによ り,制御性と性能向上を両立させてい る. タービン動翼には三次元翼を採用し て 2 次流れを防ぎ,動翼の損失を低減 させている.この新型タービン翼の採 用により,タービン単体で約 3%効率 が向上した. これらの高性能ノズル,高性能ター ビン動翼を組み合せた新型 VG ターボ チャージャは,とくに低速域での飛躍 的な効率向上により,燃費改善,ドラ イバビリティ向上を達成し,好評を博 している. 4. 信頼性向上技術 VG リンク機構は,高温・無潤滑環 境下で,かつエンジンの振動環境下で 使用されるため,リンク摩耗の防止が 信頼性向上に対する最大の課題にな る.新型 VG ターボチャージャの開発 では,高温摺 しゅう 動装置を使用して実機環 境下で摩耗試験を実施し,大幅に摩耗 量を低減できる材料組合わせを見出し た.また,タグチメソッドを使用して, リンク摩耗に対してロバストな部品形 状を決定した.耐摩耗材料の採用,お よび VG リンク機構の形状の最適化に より,耐摩耗性を大幅に改善すること ができた. タービン動翼については,CFD と FEM を利用したノズルウェーク共振 応力解析,共振点での耐久試験などを 実施し,十分な振動強度を有している ことを確認した. 5. おわりに 世界規模の排気ガス規制強化の要求 に応じて開発された,高性能・高信頼 性 VG ターボチャージャについて紹介 した.新型 VG ターボチャージャは, 地球環境に優しい低公害自動車の開発 に大きく寄与すると期待される. (原稿受付 2007 年 4 月 2 日) 〔大迫雄志,萩田敦司,金子康智 三菱重工業(株)〕 ─ 87 ─ ●文 献 ( 1 )大迫雄志・ほか,自動車用高性能・高信頼 性VGターボチャージャの開発,三菱重工 技報,43-3(2006), 31-35. 図 1 VG ターボチャージャの仕組み・効果 タービンハウジング 可変ノズルで タービン絞り量を調整 タービン動翼 排ガス 排ガス 排ガス 排ガス エンジン低回転時=排ガス量(小) エンジン高回転時=排ガス量(多) ノズル ノズル エンジン 低速トルク 向上 燃費 向上 エンジン低回転時=排ガス量(小) エンジン高回転時=排ガス量(多) 可変ノズル ノズル ノズル エンジン 低速トルク 向上 燃費 向上 コンプレッサ ホイール ノズルベーン インター クーラー タービンホイール EGRバルブ VGターボ EGRシステム EGR量の最適化 排気圧力の最適化 ノズルベーン 開度の最適化 エンジン エキゾースト マニホールド インレットマニホールド 図 2 VG ターボチャージャと EGR アクチュエータ レバープレート クランク ドイライブリング マウント ベーン サポート リング タービンハウジング VG ノズルカートリッジ 図 3 VG ターボチャージャの構造

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日本機械学会誌 2007. 8 Vol. 110 No.1065 653

自動車用高性能・高信頼性 VG ターボチャージャ

1. はじめに ヨーロッパ,日本およびアメリカでの排ガス規制強化に伴い,ディーゼルエンジンでは,タービン側のノズルベーン開度を可変にして過給圧をコントロールする VG(Variable Geome-try)ターボチャージャがスタンダードな装置になってきている.VG ターボチャージャは,エンジンの燃費改善,ドライバビリティ向上に大きな効果があるため,高効率化が求められる.また,ノズルベーンを開閉するための複雑なリンク機構を高温・無潤滑環境下で駆動しなければならないだけでなく,広い流量,圧力条件下で運転されるため,高い信頼性が要求される. 本稿では,これらの要求に対して開発された,高性能・高信頼性 VG ターボチャージャについて紹介する.2. VG ターボチャージャの目的

と構造 ターボチャージャは,エンジンの排気ガスを利用してタービンを回転させ,同軸上のコンプレッサを駆動してエンジンに高圧空気を供給する.VGターボチャージャは,タービン側のノズル開度が可変であることが特徴である.すなわち,VG ターボチャージャは,エンジン条件に合わせてノズル開度を調整することにより過給圧を最適条件に調整することができ,図 1 に示すようにエンジンの燃費低減などに大きな効果がある.また最近では,図 2に 示 す よ う に,NOX 低 減 の た め のEGR(Exhaust Gas Circulation:排気ガスの吸気への還流)を細かくコントロールするために VG ターボチャージャが使用されており,急激な普及が進 ん で い る. 開 発 し た VG タ ー ボチャージャは,図 3 に示すように,可変ノズル機構部をカートリッジ化してタービンハウジングの熱影響を排除し,可変ノズルベーンのスティックを防止する構造にしている.3. 性能向上技術 VG ターボチャージャの心臓部であるノズルとタービン動翼について,最

新 の CFD(Computational Fluid Dy-namics)技術を駆使し,高性能翼を開発した.VG ノズルベーンには円弧翼を採用し,すべてのノズル開度において周方向の圧力分布が均一になるように最適化した.これは,性能向上だけでなく,タービン動翼の振動応力低減にも大きな効果がある.また,ノズル回転中心位置を最適化することにより,制御性と性能向上を両立させている. タービン動翼には三次元翼を採用して 2 次流れを防ぎ,動翼の損失を低減させている.この新型タービン翼の採用により,タービン単体で約 3%効率が向上した. これらの高性能ノズル,高性能タービン動翼を組み合せた新型 VG ターボチャージャは,とくに低速域での飛躍的な効率向上により,燃費改善,ドライバビリティ向上を達成し,好評を博している.4. 信頼性向上技術 VG リンク機構は,高温・無潤滑環境下で,かつエンジンの振動環境下で使用されるため,リンク摩耗の防止が信頼性向上に対する最大の課題になる.新型 VG ターボチャージャの開発では,高温摺

しゅう

動装置を使用して実機環境下で摩耗試験を実施し,大幅に摩耗量を低減できる材料組合わせを見出した.また,タグチメソッドを使用して,リンク摩耗に対してロバストな部品形状を決定した.耐摩耗材料の採用,および VG リンク機構の形状の最適化により,耐摩耗性を大幅に改善することができた. タービン動翼については,CFD とFEM を利用したノズルウェーク共振応力解析,共振点での耐久試験などを実施し,十分な振動強度を有していることを確認した.5. おわりに 世界規模の排気ガス規制強化の要求に応じて開発された,高性能・高信頼性 VG ターボチャージャについて紹介した.新型 VG ターボチャージャは,

地球環境に優しい低公害自動車の開発に大きく寄与すると期待される.

(原稿受付 2007 年 4 月 2 日)

〔 大迫雄志,萩田敦司,金子康智 三菱重工業(株)〕

─ 87 ─

●文 献( 1 )大迫雄志・ほか,自動車用高性能・高信頼

性VGターボチャージャの開発,三菱重工技報,43-3(2006), 31-35.

図 1 VG ターボチャージャの仕組み・効果

タービンハウジング可変ノズルで

タービン絞り量を調整

タービン動翼 排ガス 排ガス排ガス 排ガス

エンジン低回転時=排ガス量(小) エンジン高回転時=排ガス量(多)

ノズル絞

ノズル開

エンジン低速トルク向上

燃費向上

エンジン低回転時=排ガス量(小) エンジン高回転時=排ガス量(多)

可変ノズル

ノズル絞

ノズル開

エンジン低速トルク向上

燃費向上

コンプレッサホイール

ノズルベーン

インタークーラー

タービンホイールEGRバルブ

VGターボ

EGRシステム

EGR量の最適化

排気圧力の最適化

ノズルベーン開度の最適化

エンジン

エキゾーストマニホールド

インレットマニホールド

図 2 VG ターボチャージャと EGR

アクチュエータ

レバープレート

クランク

ドイライブリングマウント

ベーン

サポートリングタービンハウジング

VGノズルカートリッジ

図 3 VG ターボチャージャの構造