13
5 少子高齢社会における医療倫理 :米国における自律と終末期医療からの考察 杏林大学保健学部 杏林 CCRC 研究所 はじめに 日本は世界に例を見ない少子高齢社会で あり,都市集中型社会でもある。その中で, 杏林大学がキャンパスをおく東京都三鷹市 と八王子市は地域内に退職した団塊世代を 多く抱え,高齢者の健康問題や地域再生な ど多様な課題に直面している。医学部と保 健学部を持つ杏林大学にとって,都市型高 齢社会で果たすべき役割,地域社会への貢 献の第一は地域医療の中核となることであ 。また,地域住民の健康維持に関与し, その人生の中で可能な限り健康に過ごす時 期を延伸すること,すなわち健康寿命の延 伸に寄与することであり,大学の持つ知的 資源をあわせて動員提供することで地域住 民が充実した人生を送りそれを完成させる ことに寄与することである。さらに医学を 含めた健康科学と社会科学的知を結集して 安全で安心な街づくりに貢献することであ る。このような使命に基づき,杏林大学は 文部科学省の地(知)の拠点整備事業「新 しい都市型高齢社会における地域と大学の 統合知の拠点」に取組み,全学を挙げた統 合的な地域連携の中心となる組織 Center for Comprehensive Regional Collaboration,すな わち杏林 CCRC を構築することを企図し, その中核として杏林 CCRC 研究所を設置し 2 杏林 CCRC 研究所では大学教育の中で地 域課題に積極的に取組む事を補助し,教員 が実施する地域課題に取組む研究活動や地 域貢献活動を助成している。また,地域住 民への情報提供を目的とした公開講演会の 企画と開催に積極的に取り組むのみならず 「持続可能な都市型高齢社会の未来像」を探 る独自の研究活動を展開することを使命と している。本稿では研究所の活動の一端と して,高齢社会における医療倫理について 今後考察を深めていくために米国医療倫理 の中心となる倫理原則と倫理問題について, 筆者の従来の研究を交えて概説し,我々の 課題との接点について考察する。 Key Word:医療倫理,倫理原則,自律,尊厳死

少子高齢社会における医療倫理 :米国における自律と終末期 …15.20 25.55 28.85 29.38 16.57 14.79 14.46 14.31 8.85 9.22 8.95 8.73 18.17 14.44 13.01 11.76 41.21

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論 文

5

少子高齢社会における医療倫理

:米国における自律と終末期医療からの考察

蒲 生  忍

杏林大学保健学部

杏林 CCRC 研究所

はじめに

日本は世界に例を見ない少子高齢社会で

あり,都市集中型社会でもある。その中で,

杏林大学がキャンパスをおく東京都三鷹市

と八王子市は地域内に退職した団塊世代を

多く抱え,高齢者の健康問題や地域再生な

ど多様な課題に直面している。医学部と保

健学部を持つ杏林大学にとって,都市型高

齢社会で果たすべき役割,地域社会への貢

献の第一は地域医療の中核となることであ

る1。また,地域住民の健康維持に関与し,

その人生の中で可能な限り健康に過ごす時

期を延伸すること,すなわち健康寿命の延

伸に寄与することであり,大学の持つ知的

資源をあわせて動員提供することで地域住

民が充実した人生を送りそれを完成させる

ことに寄与することである。さらに医学を

含めた健康科学と社会科学的知を結集して

安全で安心な街づくりに貢献することであ

る。このような使命に基づき,杏林大学は

文部科学省の地(知)の拠点整備事業「新

しい都市型高齢社会における地域と大学の

統合知の拠点」に取組み,全学を挙げた統

合的な地域連携の中心となる組織 Center for Comprehensive Regional Collaboration,すな

わち杏林 CCRC を構築することを企図し,

その中核として杏林 CCRC 研究所を設置し

た 2。

杏林 CCRC 研究所では大学教育の中で地

域課題に積極的に取組む事を補助し,教員

が実施する地域課題に取組む研究活動や地

域貢献活動を助成している。また,地域住

民への情報提供を目的とした公開講演会の

企画と開催に積極的に取り組むのみならず

「持続可能な都市型高齢社会の未来像」を探

る独自の研究活動を展開することを使命と

している。本稿では研究所の活動の一端と

して,高齢社会における医療倫理について

今後考察を深めていくために米国医療倫理

の中心となる倫理原則と倫理問題について,

筆者の従来の研究を交えて概説し,我々の

課題との接点について考察する。

Key Word:医療倫理,倫理原則,自律,尊厳死

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平成 26年度 杏林 CCRC 研究所紀要

6

蒲 生  忍

超高齢社会の医療と倫理課題

 今後の超高齢社会では,高齢者の健康と

医療に関する課題が極めて重要であり,様々

な観点から論じられている。日本は,男性

の平均寿命 80.21 歳,女性の 86.61 歳と世界

一の長寿 3 を達成したのみならず,高度な

医療と清潔な環境,優れた教育により世界

に冠たる健康な国である。今後の更なる超

高齢社会においては健康寿命を延伸するこ

とが重要な課題であるが,如何に医学が進

歩しても死は不可避であり,終末に向けて

何等かの健康を損なう幾許かの間隙が残る

のは避けられないであろう。その間隙を経

過し,人が尊厳を持ってその最後を迎えら

れる社会を実現することに留意すべきであ

り,そこに関わる倫理的配慮も等しく重要

な課題であろう。

 巷間,ピンピンコロリという言葉が好ま

れるが,ピンピンコロリが心筋梗塞や脳卒

中のような突然に訪れる死をイメージして

いるのであれば,救急医療による救命技術

の進歩とそれでも避け難い後遺症,また突

然死により残される家族や周囲の悲嘆や事

後の混乱等,その実態は必ずしも好ましい

ものではない側面も十分に配慮しておく責

任がある。さらに単身高齢者の増加が必至 3

である以上,適切な対策を講じない限り死

後発見が遅れる悲惨な結果も覚悟する必要

がある。度を越した見守りは個人のプライ

バシーや尊厳を蔑ろにする事にも繋がりか

ねないが,自己満足的でなく誰にとっても

好ましいピンピンコロリを実現するために

は健康寿命に留意するのみならず,健康時

から緊急時の医療や延命治療への明確な生

前指示の準備等の対応が必須である。

 さらに超高齢社会においては疾病構造の変

化も予想される。2014 年の簡易生命表 3 では

75 歳男性の主要死因は悪性新生物 25.2%,心

疾患 14.79%,肺炎 14.44%,脳血管障害 8.85%の順であるが,90 歳男性では肺炎(18.17%)

心疾患 16.57%,悪性新生物 15.20%,脳血管

障害 8.85% の順となる(図1)。肺炎は老化

に伴う免疫機能や身体機能の低下に加え,認

知症による嚥下障害も大きな原因となりう

る。2010 年度の厚生労働省の推定値では,

65 歳以上で認知症有病率 15%(439 万人),

軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment)は

13%(380 万人)である 4。認知症治療や予防

が進歩し有病率が低下することに期待したい

ところであるが,高齢者人口の増加に伴い認

知症及び軽度認知障害有病者数が増加するこ

とは否めない。超高齢社会における認知症は

自己決定能力の喪失と適切な代理判断,医療

費のみならず限られた医療資源の分配等,多

くの倫理的課題を投げかける。

医療倫理と倫理原則

 医学と医療の倫理を考察する際に,幾つか

の倫理原則に基づき考察し判断基準とする場

合が多い。

 米国の医学研究の倫理は「生物医学およ

び行動学研究の対象者保護のための国家委

員 会 National Commission for the Protection of Human Subjects of Biomedical and Behavioral Research」により 1978 年に作成された通称

ベルモント報告(Belmont Report: Ethical Prin-ciples and Guidelines for the Protection of Human Subjects of Research)5 に基盤を置いている。

ベルモント報告では医学研究において研究

者が遵守すべき倫理原則として「人格尊重

Respect for Persons,善行 Beneficence(または

無危害 Nonmaleficence),正義 Justice」を挙

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少子高齢社会における医療倫理

7

げ,倫理原則は研究者側からの視点で語られ

ている。ベルモント報告は倫理原則に基づい

て医学研究における被験者への倫理的配慮を

提案したものであり,その実際として説明同

意 Informed Consent,損益評価 Assessment of Risk and Benefit,被験者選択 Selection of Sub-jects について解説している。

 ベルモント報告の倫理的概念は医療技術

の発展に伴う医療現場での様々な葛藤ジレ

ンマの解決にも拡張して利用されるように

なった 6。その契機となったのが人工透析の

実用化で,多くの透析を必要とする腎不全

の患者の中から,透析を受けることができ

る患者を如何に公正に選択するか,限られ

た医療資源の分配に関する正義原則に関わ

る課題であった。ベルモント報告の倫理原

則は,その後「人格尊重」が「自律 Auton-omy」へと対象者(または患者)の視点へと

変換され,善行原則と無危害原則が分離さ

れた。現在では Georgetown 大学 Kennedy Institute of Ethics の Beauchamp と Childressにより「自律,善行,無危害,正義の四原則」

にまとめられている 7。自律,善行,無危害,

正義の順番で語られているが,医学研究ま

15.20

25.55

28.85

29.38

16.57

14.79

14.46

14.31

8.85

9.22

8.95

8.73

18.17

14.44

13.01

11.76

41.21

36.00

34.73

35.82

0歳

75歳

90歳

悪性新生物 心疾患(高血圧性を除く)

脳血管

疾患肺炎 その他

(%)

65歳

9.51

16.16

18.36

20.20

20.06

19.23

18.69

18.00

10.60

10.73

10.51

10.26

12.60

11.22

10.70

10.16

47.23

42.66

41.74

41.38

女 (%)

0歳

65歳

90歳

悪性新生物心疾患(高血圧

性を除く)

脳血管疾患 肺炎 その他

75歳

図1 死因別死亡確率(主要死因)

厚生労働省平成 25 年簡易生命表 図4を引用

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平成 26年度 杏林 CCRC 研究所紀要

8

蒲 生  忍

た医療現場に適用される場合を含めて,こ

のどれもが等しく重要であり,いずれかが

他に対する切り札となるものとは考えてい

ない。

 善行原則と無危害原則は医療提供者に課

せられている倫理原則である。医療倫理の

源流は古代ギリシャのヒポクラテス誓詞 8

に遡る。この誓詞の中で「私は能力と判断

の限り患者に利益すると思う養生法をとり,

悪くて有害と知る方法を決してとらない」

という善行原則と無危害原則の源流が見て

とれる。また,ヒポクラテス誓詞が医療専

門職集団への入団宣誓の形式をとっている

ことも興味深い。この専門職集団ではその

技術技能への熟練と向上が求められ,さら

に標準化し継承することも求められている。

現在においても,「ヘルシンキ宣言」や「患

者の権利章典」が世界医師会の名のもとに

公布されているように,日本医師会の「医

の倫理綱領」や「医師の職業倫理指針」の

ように,医療専門職集団の規範に多く依存

している。また医療提供者は専門職集団の

一員としてその規範や指針を遵守するのみ

ならず,知識蓄積と検証,技術普及と研鑽

向上に努める義務もある。

 古代のヒポクラテスの医学は,本来は患

者の臨床的観察を重視するものであったが,

歴史の過程で古代のテキストを忠実に継承

する形式主義に堕する。この中世医学が近

世の医学へ脱却する過程で,16 世紀の解剖

学者ヴェサリウスによる観察医学の再興を

経て,19 世紀にはクロード ・ ベルナールに

より実験医学が導入される。ベルナールは

その主著「実験医学序説」9 の中で,実験医

学の成果を臨床へ応用すること,人体実験

にも言及している。ベルナールは「我々は

人の生命を救うとか病気をなおすとか,そ

の他その人の利益となる場合には,何時で

も人間について実験を行う義務があり,し

たがってまた権利もある。内科及び外科に

おける道徳の原理は,たとえその結果が如

何に科学にとって有益であろうと,即ち他

人の健康のために有益であろうと,その人

にとっては害にのみなるような実験を,決

して人間において実行しない」と善行原則

と無危害原則の萌芽的見解を「実験医学序

説 第二章 生物に特有の実験的考察 三 

生体解剖」(岩波文庫版 pp.167-168)の項

目の中で断片的だが述べている。この見解

は医療提供者による判断が強く感じられ今

日の目では極めて「父権的 Paternalism」で

あると言わざるを得ない。20 世紀の医療に

おいても,医療提供者には最善を目指して

常に切磋琢磨する義務,さらにその専門職

集団において検討され評価された最善と判

断される医療を提案する義務,すなわち善

行の義務がある。侵襲を伴う医療において

も患者にとっての利益が害を上回ることが

必須であることは言を待たない。

 正義・公平原則もヒポクラテス誓詞に「純

粋と神聖をもってわが生涯を貫き,わが術

を行う」とか「女と男,自由人と奴隷の違

いを考慮しない」と医療の正義と平等の源

流が見てとれる。また,杏林に故事 i にあ

i 中国三国時代の呉の国,廬山に董奉という医師がおり,人に尽くすために治療を行いあえて治

療代を受け取らず,病気が治った人には,記念として杏の苗を植えてもらった。いつしか 10 万余

株の杏の木が茂る大きな林ができあがったといわれる。この故事から後世良医のことを杏林と呼

ぶようになった。

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少子高齢社会における医療倫理

9

るように,東洋においても貧富を問わずま

た報酬の多寡に捉われず医療を行う良医の

概念がある。このような伝統的な正義・公

平原則は医療へのアクセスが一般化し市民

社会が形成されると共に社会的視点に立つ

正義原則をも包含してきたといえる。しか

しながら古典的「良医」という個人の行動

規範としての正義公平原則が,社会正義と

いうマクロな視野に拡張される時,「最大

多数の最大幸福」という言葉で代表される

功利主義的正義やカントの義務論的正義等,

一定の正義を確立することの困難に直面す

る。

 自律原則は,最も新しく,かつ医療を受

ける患者の視点に立つ原則といえる。自律

の原語である Autonomy の第一の意味は,

独立や自治権,自身の規範を持つこと,ま

た自治体を指す。即ち,外部の支配や制限

を受けずに自身で決定し運営する権利とそ

れを持つ主体をさす。Autonomy という言

葉が個人に関して用いられる場合,自律と

いう訳語が充てられ自己決定権の意味で用

いられる。また,自己決定の権利は相互に

尊重されるべきであること,さらに自律

の基盤となる何らかの規範の存在が含意さ

れる。即ち,米国における自律性とは,哲

学的,道徳的または宗教的な規範に基づき

自己決定を行いうる人格であり他からの干

渉を排除しうる人格を維持することであろ

う。米国が独立戦争によって英国から自治

権を獲得し独立した歴史が示すように,ま

た現在において連邦政府の権限と各州の権

限を峻別し,各州はその内政において広範

な自治権を有し独自性を確保していること

が示すように,米国とその市民にとり自治

権は非常に重要な価値を持ち,その基盤で

ある個人の自律も不可侵ともいえる価値観

であろう。しかしながら,自律概念の基盤

としての個人の道徳 ・ 宗教的基盤において

も,多民族多文化社会である米国において

は多様性があるのは当然である。自律概念

も社会政策に関してはジョン・スチュアー

ト・ミルの自由論に基づくものの,他者の

権利を侵害しない限り各人は自由であり干

渉すべきでないとする libertarianism リバタ

リアニズム(自由至上主義)的主張から,

個人の自律や自由を保障しつつ自己と他者

の自由を等しく尊重する現代的リベラリズ

ム liberalism(自由主義),「白熱教室」で話

題となったマイケル・サンデルに代表され

るような個人の自律と自由を保障しつつも

共同体的価値観を重視するコミュニタリア

ニズム communitarianism(共同体主義)等,

幅がある。

米国オレゴン州とワシントン州の

DWD 法成立

 医療倫理の各倫理原則は視点や成立の経

緯は異なるが,決して独立のものではなく,

相互に関連し影響しあう。個人にはそれぞ

れの意向があり,その時々の社会的背景も

ことなる。自律した個人が困難な健康問題

に直面している医療という環境下でいずれ

かの原則を強く主張しすぎると,いずれか

の原則が損なわれる。またそれぞれの原則

に関する解釈も一定ではない。医療におけ

る倫理的葛藤またはジレンマは,その事例

における原則間の対立や不調和,解釈の不

一致といえる。倫理的問題の解決とは原則

の衝突を調節し折り合いつけることである。

米国オレゴン州とワシントン州の Death With Dignity 法を題材に考察する。

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平成 26年度 杏林 CCRC 研究所紀要

10

蒲 生  忍

 オレゴン州の Death With Dignity (以下

DWD)法は 1994 年,住民投票により成立

した 10。本法は余命 6 カ月と診断された患

者が尊厳ある死を迎えるため,何段階かの

チェックポイントを経て致死量の薬剤の処

方を求めること,またそれに応じて医師が

処方することを容認する。処方薬の服用が

患者本人の手に委ねられることから,医師

による自殺幇助 Physician-Assisted Suicide と

呼ばれることもあるが,自らの手で服用す

る必要がないオランダ安楽死と区別される。

法成立後,同法の反対派や連邦政府は法の

施行を停止する試みを続けたが,1997 年

には発効した。その後も連邦政府はこの法

を失効させようと試みたが成功せず,現在

に至っている。オレゴン州 DWD 法発効後

10 年を経た 2008 年 11 月,オバマ大統領が

選出された米国大統領選挙と同時に隣接す

るワシントン州でもオレゴン州とほぼ同様

の DWD 法案に対する住民投票が行われた。

本法案はオレゴン州 DWD 法を基にワシン

トン州前知事 Booth Gardner 氏が中心となり

素案を作成し,州民の直接投票により採否

を決する直接請求の過程を経て上程された。

大統領選と共に賛成派と反対派に分かれた

テレビ討論等が積極的に行われたが,結果

的に住民の 58%の賛成を得て米国で二番目

の尊厳死を認める州法として成立,2009 年

3 月施行された。

オレゴン州はホスピスの先進州である。

また従来の患者の「生前指示 Advanced

Directive」が十分に機能しない問題の解決

を目指し「医師延命治療指示書 Physician’s Order of Life-Sustaining Treatment( 以 下,

POLST)」ii と呼ばれる文書が開発されたの

もオレゴン州である 11。

DWD 法への賛否と倫理原則

 著者はワシントン州 DWD 法住民投票

に先立つ 2008 年 10 月末に法案起草者の

州前知事 Gardner 氏をタコマ市の自宅に訪

ね DWD 法案に対する意見を聞く機会を得

た iii。Gardner 氏は民主党に属し,知事時代

には貧困労働者の健康保険法,ワシントン

州を環境先進州にする試み,州立大学の予

算増額,同性愛者の法的保護等に尽力した。

Gardner 氏は 1994 年に退任後,パーキンソ

ン病であることを公表,不自由な身体に関

わらず DWD 法の成立に尽力した。自身が

政治家としてリベラルな政策に全力を傾注

したのと同様に,DWD 法に対して個人の

権利として DWD,すなわち終末期のリバ

タリアン的自律を明確にするためのもので

あり,他者に DWD を強要するものではな

いと語った。彼の尽力は The Last Campaign of Governor Booth Gardner としてノンフィク

ション映画 12 に編集され,2009 年のアカデ

ミー賞 Best Documentary (Short Subject) の候

補に挙がった iv。2013 年 4 月に 76 歳で死去,

ただしパーキンソン病のため手足の自由を

失い自身での服用不能であったため DWDではない。

ii 平成 19-21 年:文部科学省科学研究費基盤研究 C「終末期医療における医療倫理委員会と医師

延命治療指示書 POLST の役割について」代表:蒲生

iii 平成 23-25 年:文部科学省科学研究費基盤研究 C「米国ワシントン州の終末期医療と尊厳死に

ついて:今後の課題と我々への示唆を探る」代表:蒲生

iv 筆者がインタビューした様子も撮影されたが採用されたかは定かではない。

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少子高齢社会における医療倫理

11

 DWD 法 成 立 後,NPO の“Compassion and Choice”の顧問であり循環器科の医師 P博士に DWD について意見を聞く機会を得

た。P 博士は長年の臨床経験を持ち”Doctor, Please help me die”等の著書もある DWD 賛

成派である。博士は患者の意思を慎重に評

価する必要性と Autonomy の尊重,非合法

な行為の忌避 v,DWD は末期患者の選択肢

の一つであり最優先の選択肢としないこと

等を求めながら,DWD 反対派の医師がギ

リシャ時代のヒポクラテス誓詞の一部「頼

まれても死に導くような薬を与えない」を

取り上げ反対の論拠とすることの不合理性

や,終末期医療における深鎮静を「二重効

果原則」13 で許容することへの懐疑(日本

緩和医療学会編「苦痛緩和のための鎮静に

関するガイドライン」では,二重効果原則

を「好ましい効果を意図した行為が,好ま

しくない結果を生じることが予測されると

きに,良い意図の存在によって,好ましく

ない結果を許容する」としている)等を表

明した。即ち,DWD には自律原則と無危

害原則の解釈の不一致と不調和が見てとれ

る。

 また,DWD 法の成立に伴い歯止めが

利かなくなる「滑りやすい坂道 Slippery Slope」の懸念や重症身体障害者の生存権へ

の無言の圧迫となるとする懸念等が反対派

からは表明された。また,キリスト教宗教

組織による反対も表明されたが,組織的運

動として盛り上がることがなかったのは,

オレゴン州での先行する 10 年の蓄積と情報

開示,さらにワシントン州やオレゴン州を

含む米国北西部が,米国の中で最も宗教色

が低い地域であることと関連していると思

われる。

医療提供者の対応

 前述したごとく,オレゴン州は緩和医療

に関して最も先進的な州であり,POLST 発

祥の地である。POLST は主治医が患者の終

末期の医療の選好を綿密に聴取し,心肺蘇

生術や呼吸器装着について予め指示し,患

者が常に身近に携行し掲示する目立つ色彩

の書類である。この書類を完成させる過程

で患者の選好を明らかにし,患者や家族と

の良好な意思疎通を図り,選好の背後にあ

る課題や精神的トラウマを開放することが

重視され,全米にその使用が広がりつつあ

る 14。

 オレゴン州では DWD 法に対応して,よ

り緊密な医療者 - 患者 - 家族関係の構築な

ど様々な試みが展開されてきた。隣接する

ワシントン州の医師養成機関であるワシン

トン大学の医学部は Primary Medicine にお

いて全米一位にランクされ,緩和医療に熱

心である。医療提供者が終末期患者の治療

にあたる場合,DWD の選択肢を提示する

義務はない。医療提供者には DWD に関わ

らない免責事項があり,DWD 処方を拒否

する医師も多い。一方,DWD の選択肢を

提示する場合は緩和ケアやホスピスという

選択肢を提示する義務がある。従って,終

末期患者に DWD という選択肢を明示し,

意思疎通を確立することによって緩和医療

に導入することや,関係者の救済が図れる

可能性がある。医療提供者が,この選択肢

にどのように関わるか,また,終末期医療

v 余命診断や精神状態のチェックに配慮せず,自殺を幇助する団体が存在する。

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平成 26年度 杏林 CCRC 研究所紀要

12

蒲 生  忍

に限らずどのように医療提供者 - 患者 - 家族関係を構築していくかが重要である。す

なわち DWD 法を終末期の医療選択を議論

し医療者 - 患者 - 家族関係を構築するツー

ルとして捉えることもできる。ワシントン

大学家庭医学 Family Medicine の准教授で,

大学病院の緩和医療責任者である F 博士

は DWD を必ずしも積極的に推進する立場

ではないが,筆者との対話では,博士自身

その臨床経験から患者に DWD を含む選択

肢を明示することにより患者とのコミュニ

ケーションが開けること,患者が DWD の

処方を入手しても実際に使用するか否かは

医療提供者側の対応により変化すること等

をしめした。DWD の選択に直面した医療

提供者は自律原則を尊重しつつも,善行原

則により無危害原則を棚上げにしていると

いえるのではないか。

自律は患者側のみの原則ではなく,医療

提供者また医療施設側にも DWD に関わら

ない自己決定を行う権利がある。UW Valley Medical Center は UW の地域急性病院の一

つで,この病院では DWD 法の成立に伴い

施設内のすべてのスタッフでの広汎な議論

を行い,地域の公立の医療施設の責務とし

て,DWD 法の成立と主旨を尊重し,患者

が疼痛制御やホスピスを含めて選択肢を明

示される権利,DWD 選択の権利を尊重し,

また医療従事者が患者の DWD の選択に真

摯に耳を傾ける権利も尊重するとの施設の

方針を定めている。しかし同時に医療従事

者が DWD への関与を断る権利も尊重し,

また病院施設内で DWD を実行することを

禁止することを公示している。また他の医

療施設においても同様の方針が採用されて

いるケースが多い。病院が DWD,さらに

終末を過ごす場所として不適切であるとの

共通認識が垣間見られる。

DWD 法成立後の経過

 オレゴン州及びワシントン州の DWD に

ついて両州政府はその統計資料を毎年公表

しており,ほぼ一定の割合で実施されてい

ることが示されている。オレゴン州の人口

3.8 百万人で 2013 年全死亡者数 34 千人,そ

のうち 122 名が DWD 処方を受け,71 名が

処方薬で DWD を選択した 15。ワシントン

州は人口 6.7 百万人で 2013 年全死亡者数 51千人,そのうち 173 名が DWD 処方を受け,

119 名が処方薬で DWD を選択した 16。オ

レゴン州の過去の DWD 選択者は,増加傾

向を示すが年間で 100 名程度,1997 年以降

の累積で 1,200 名弱(図2),ワシントン州

も同様に増加傾向を示している。両州とも

DWD 選択者の 80%以上が癌,また 80%以

上がホスピス医療を受けていた。DWD 法

では家族への DWD 選択を告知することは

患者の義務ではないが,運用上担当医は家

族との会話を重視し推奨している。DWD選択者の約 90%が家族に自身の選択につい

て告げており vi,ほぼ全員が Home(本人,

家族,友人の家)又は何らかの介護施設で

最後を迎えている。また DWD を選択する

理由として「自律喪失」「人生を楽しむ活動

への参加が困難」を挙げる人が約 90%「尊

厳喪失」を挙げる人が約 80%,「家族や友

vi オレゴン州の統計では 2001 年以降で告げるべき家族がない患者 11 名(1.8%),家族に告げ

なかった患者 24 名(4%)と報告されている。

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少子高齢社会における医療倫理

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人の重荷になること」を挙げる人が約 60%である(複数回答)(表1)。

一方,オランダで実施される安楽死は増

加傾向にあり 2010 年の統計では 3,859 名,

米国の DWD に当たる PAS は 192 名(全死

亡 136 千人,人口 16 百万強)と報告 17 さ

れており,ワシントン州・オレゴン州に比

べ極めて高い率である。オランダでは明ら

かに異なる方向へのベクトルが作用してい

ると思われる。

ワシントン州以降,隣接するモンタナ州

(2009 年 12 月モンタナ州最高裁判例による

容認)とヴァーモント州が同様の DWD を

許容する法的手段(The Patient Choice and Control at End of Life Act, Act 39, 2013 年 5 月

成立)を講じている。これは米国の医師達

が DWD を選択肢として明示するが,緩和

医療等への誘導や社会的な援助を明示する

ことにも積極的であること,また DWD 法

の成立に際し,DWD 選択はあくまでそれ

を希望する市民の自律の問題であるとの極

めて冷静な視点での議論が何度となく繰り

返され,その理解が市民及び医療提供者に

普及していることが要因と推測される。

今後への考察:治療の差控えと中止に関す

る問題を含めて

現在の日本では治療の差控えは一般的に許

容される傾向にあるが,人工呼吸器等を用

いた治療の中止に関しても各学会や政界の

努力にも係わらず一定の共通認識を形成す

るにも至っていない。ましてや日本の近

図 2 オレゴン州の Death With Dignity 選択者の年次推移(1998-2013)DWD 法により処方を受けた患者数(左)とそのうち DWD を選択した患者数

Oregon Public Health Division の Oregon’s Death with Dignity Act-2012 から引用

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蒲 生  忍

未来においてオランダの安楽死や米国の

DWD が実施可能となるとは思えない。こ

こでは一歩後退し「治療差控え」と「治療

中止」に関する倫理原則について比較考察

する。

米国では終末期医療における治療の差控

えと中止は事前指示に基づく場合,自律原

則の下に区別されない。また倫理的には従

来の「害となる行為をしない do no harm」

無危害原則から「害となる行為を止める

stop harming」と積極的な解釈へと展開す

ることで,終末期の望まれない医療行為を

患者への害とし中止を倫理的に正当化する

こともできる。米国各州の自然死法 Natural Death Act の下に Advance Directive や代理決

定者を事前に指名する Durable Power of At-torney 等の書類が用意されている。

米 国 で は 有 名 な 1976 年 の Karen Ann Quinlan の人工呼吸器の中止事例から,1990年の Nancy Cruzen の遷延性意識障害への経

管栄養の中止事例まで様々な事例が蓄積さ

れ,一応の全米的な共通認識が形成されて

いる。治療の中止には医療チームによる議

論と医療倫理委員会の承認を必要とし,実

行の手順も鎮静剤の投与により身体的な反

射反応を抑制し段階的に進める等のプロセ

スの標準化が進んでいる。

本人の意志表示が明確な場合,家族もそ

の意志を尊重する。しかし,2005 年の遷延

性意識障害の Terry Schiavo の経管栄養を中

表1 DWD を遂げた人達が示した終末期の憂慮

End of Life Concerns終末期への憂慮

2013 2012

Number % Number %

Losing autonomy自律喪失

132 91 94 94

Less able to engage in activities making life enjoyable 人生を楽しむ活動への参加が困難

129 89 90 90

Loss of dignity尊厳喪失

115 79 84 84

Burden on family, friends/caregivers家族,友人,ケア提供者の重荷になること

88 61 63 64

Losing control of bodily functions身体の機能喪失

75 52 56 56

Inadequate pain control or concern about it不十分な疼痛管理

53 36 33 33

Financial implications of treatment治療費用

19 13 5 5

End of life concerns of participants of the Death with Dignity Act who have died.Washington State Department of Health. Washington State Department of Health 2013 Death with Dignity Act Report; Executive Summary より引用

回答は After Death Reporting Form からの集計で 2013 年の DWD 選択者 159 名中 145 名のデータに

よる。回答者により複数の回答あり。

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止する事例で家族内の意見の不一致 vii で再

び注目を集めた。この事例は米国の医療に

おいても患者の自律的決定に加え患者家族

や近親者の合意も必要であることを印象付

けた。移植医療においても同様で,本人が

臓器提供者となる意思を明示している場合,

ほとんどの事例で家族はその意志を尊重す

るが,家族が臓器提供に同意しない場合は,

臓器提供を行わない 18。

 現在の日本では,「末期がん」や筋萎縮性

側索硬化症等の「神経変性疾患」における

治療の中止に焦点が当てられる場合が多い。

多く患者の意志が不明瞭であったり,医師

の独断的行為であったりで,問題が暴露さ

れる。昨今,終末期の治療の差控えや中止

の「事前指示」を明確化する日本版尊厳死

の法制化を望む声もある。しかしながら,

米国とは異なり,治療差控えと治療中止は

倫理的,法的に厳しく区別する意見も強い。

ただ,拙速な法制化自体はその実施基準を

いたずらに厳密に規定することで,むしろ

逆の効果を生み出す懸念もある。

 これに加え,今後の超高齢社会では終末

期のみならず,認知症により,自己を認識

できない自己決定能力を喪失する多数の高

齢者の増加が予想される。また核家族化は

老々介護,少子化は高齢者の孤立の増加を

予想させる。超高齢社会は孤立した認知症

患者を多数抱える社会であり,その医療を

支える世代も少ない。家族による代理判断

の困難や同意の有効性への懸念も高まる。

医療が本人の同意の下に実施されるという

前提に立つ限り,同意能力の有無にかかわ

らず医療の開始も停止も困難である。現在

の成年後見制度下での医的侵襲への代諾は

議論が多く適用は困難とのことであるが,

医療同意能力がない者の治療の開始,差控

えや中止も含めて医療同意代行を可能にす

る制度や終末期医療の選択の代理決定者を

事前に指名する制度を何とか実現する必要

があるのではないか。

おわりに

 我々は今後,世界に例を見ない超高齢社

会に突入し誰も経験したことのない課題に

直面する。他からの解答を模倣することは

出来ず自ら解答を得る努力をせざるを得な

い。米国の人々がその日常生活における道

徳性の判断基準を宗教的基盤に求めること

を表明することが多いのに対して,我々は

その基盤を表明することが少ない。とはい

え,その判断結果は多くの場合,共通であ

る。一方,医療の倫理判断という場になる

と大きな差異を感じることがある。この原

因の一つは自律という概念で,自律概念を

自己決定権とのみ捉えるのには十分ではな

いと考える。国家の独立は,国の根幹を明

確化する独自の自治方針があり,それに基

づく憲法を制定することを伴う。個人にお

いても自律はすなわち自己決定の基盤とな

る人生哲学や人生観の確立,独自の哲学で

はなくとも先人の哲学のどの位置に自己を

置くかを明瞭に意識することを含めての「自

律」であり,具体的事態に直面した場合の

表明が自己決定ではないだろうか。まして

や人生の後半においては自身の生命哲学や

vii Terry の 配偶者と Terry の両親の対立。本人の意思を誰が一番理解していたか,誰が最も中

立的立場かはともかく,代諾者が指名されていない限り,法的には配偶者の代諾権が優先される。

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蒲 生  忍

生命観を確立し表明すべきではないだろう

か。個人としてどうあるべきか,家族や社

会に対してどのような使命を果たすべきか,

使命を果たすために何をすべきであり,何

ができるのかを自身で明確にすること,自

身の「生きがい」を確立すること,さらに

後半生において再確認することが必要では

ないか。また,各自が自律に基づく個人で

あり,個人には多様性があるという認識を

共有し,相互の自律を尊重することも成熟

した社会として必須であろう。

 今ひとつの欧米との差異は課題をどう捉

え,多様性のある中でどう解決を得ようと

するかの姿勢ではないだろうか。少なくと

も米国の方法論の中には,例えば州に大き

な自治権があること,住民の直接請求権等

の制度も取り入れうるものがあるのではな

いだろうか。近年の「特区」という概念を

より広範囲に適用すべきではないか。地域

毎の背景が異なる中で,多様性に富む全て

を満足させる完璧な制度の設計は困難であ

り,「原則賛成・各論反対」では前進はな

い。解決を目指さない議論は不毛であり時

を失するのみではないか。人の身体能力も

判断能力も不完全であり,「To Err is Human人は誰でも間違いを犯す」という言葉が示

すように,当然人の手に依存する医療にも

不完全性は付き纏う。医療提供者が完璧を

目指す努力をするのは当然の使命ではある

が,完璧を求める事,その誤謬を徒に論う事,

また,さらに完璧でない可能性を含むもの

を拒絶する事は危険を孕んでいる。むしろ,

人の持つ良識や善意に期待するゆるやかな

姿勢や制度も悪いことではないのではない

か。

 倫理原則は哲学的な課題であり,その根

源を詳細綿密に考察することは著者の手に

余る。しかし,我々は哲学的解釈の多様性

以前に,些細なことであれ一個人として道

徳的倫理的判断を実行することを日々の生

活おいて求められる。著者は哲学や倫理学

を専門とする者ではなく,本稿における著

者の理解は極めて一面的かつ浅薄,不十分

である。分野毎のルールはあるにしても,

研究とはある一定の仮説を適切な方法論に

より調査や実証実験が行い考察することが

求められることは十分に承知している。人

文科学・社会科学においても著者の専門

分野と同様に体系的でない浅薄な聞書きは

「学」に値しない。しかし,著者が多くの方々

との接触を重ね,何とか理解しようとして

きた問題点について,あえて一石を投じる

ことをお許し願いたい。

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