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14 14 Kyushu Communication Studies, Vol.10, 2012, pp. 14-36 ©2012 日本コミュニケーション学会九州支部 研究論文 患者の視点からみた医療不信とコミュニケーション 1) 宮城 惠子 (社会医療法人 仁愛会 浦添総合病院) 伊佐 雅子 (沖縄キリスト教学院大学) Distrust of Doctors in Medical Treatment, and Communication Seen from the Viewpoint of Patients MIYAGI Keiko (Urasoe General Hospital) ISA Masako (Okinawa Christian University) Abstract. Two-hundred seventy patients from two medium-sized hospitals in Okinawa prefecture were given questionnaires designed to create an overall picture of patients of physicians and their level of reliability. Data from the surveys were analyzed by using SPSS. The factor analysis revealed three aspects of quality care: 1) “the ease of communication;” 2) “authority and paternalism;” and 3) “patients-centered medical examination and treatment.” The proportion of the first contributing factor is 18.4 %, which shows the importance of communication between patients and doctors. An in-depth interview of 18 students focused on perceptions of reliable doctors and unreliable doctors was conducted and the data were analyzed in accordance with the social constructionist version of Grounded Theory methodology. The conditions in which patients felt they could not trust their doctors emerged in four major categories: (a) No response from doctors; (b) authoritarian ways of expressing attitude; (c) one-way communication (only the doctor speaks); and (d) patients’ misunderstanding of what doctors have said. Conversely, conditions in which patients felt that they could trust doctors emerged in five categories: (a) aizuchi”: giving responses to make the conversation run smoothly; (b) communicating

患者の視点からみた医療不信とコミュニケーションkyushu/KCS_10_04_Miyagi_Isa.pdf · 14 Kyushu Communication Studies, Vol.10, 2012, pp. 14-36 ©2012 日本コミュニケーション学会九州支部

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Kyushu Communication Studies, Vol.10, 2012, pp. 14-36

©2012 日本コミュニケーション学会九州支部

【 研究論文 】

患者の視点からみた医療不信とコミュニケーション 1)

宮城 惠子

(社会医療法人 仁愛会 浦添総合病院)

伊佐 雅子

(沖縄キリスト教学院大学)

Distrust of Doctors in Medical Treatment, and Communication

Seen from the Viewpoint of Patients

MIYAGI Keiko

(Urasoe General Hospital)

ISA Masako

(Okinawa Christian University)

Abstract. Two-hundred seventy patients from two medium-sized hospitals in Okinawa

prefecture were given questionnaires designed to create an overall picture of patients of

physicians and their level of reliability. Data from the surveys were analyzed by using SPSS.

The factor analysis revealed three aspects of quality care: 1) “the ease of communication;” 2)

“authority and paternalism;” and 3) “patients-centered medical examination and treatment.”

The proportion of the first contributing factor is 18.4 %, which shows the importance of

communication between patients and doctors.

An in-depth interview of 18 students focused on perceptions of reliable doctors and

unreliable doctors was conducted and the data were analyzed in accordance with the social

constructionist version of Grounded Theory methodology. The conditions in which patients

felt they could not trust their doctors emerged in four major categories: (a) No response from

doctors; (b) authoritarian ways of expressing attitude; (c) one-way communication (only the

doctor speaks); and (d) patients’ misunderstanding of what doctors have said. Conversely,

conditions in which patients felt that they could trust doctors emerged in five categories: (a)

“aizuchi”: giving responses to make the conversation run smoothly; (b) communicating

15 15

face-to-face; (c) caring for patients with empathy; (d) giving professional guidance, and (e)

learning how to deal with unreliable doctors.

The findings illustrate the vital importance of face-to-face communication, especially

when doctors are engaged in giving professional advice (giving constant “aizuchi” feedback)

and visiting a sickroom frequently, which lead to increased degrees of patient satisfaction

toward doctors. Based on these results, this paper proposes a Grounded Theory Model for

increasing degrees of trust in patients toward their doctors.

0.はじめに

近年、マスメディアでは「医療事故」「医療不信」「医師不信」などに関連するニュースが報道さ

れることが多く、医師に対する信頼度が低下している。朝日新聞記事データベースは、「医療不信」

で検索すると 1990 年から5年間で 48 件、1995 年から5年間は 56 件、2000 年から5年間では

87 件で増加傾向にある。朝日新聞社記事の身近な医療に関する全国世論調査によると、1988 年

では「信頼している」が 69%、「信頼してない」が 21%となっていた。しかし、2000 年のデー

タによれば、医師を「信頼している」と回答した一般市民は 62%、「あまり信頼してない」と回

答したのは 32%となり、「信頼できない」が 11%増加していた。「信頼できない」理由として、医

師の説明が不充分、医師に聞きたいことが聞けない、医師の言葉に傷ついたことなど医師の説明

不足が指摘されている。この状況から、患者は医療を安心して受けられない現状にあり、日本の

医療に対する信頼が揺らぎ始めていることが分かる。

また、2006 年2月東京都が実施した医療保険に関する世論調査では、受診した際の医師からの

説明について「十分な説明があった」のは 45%で、「説明はあったが充分ではなかった」が 43%

とであつた。つまり、この調査から患者に対するインフォームド・コンセントが充分でないこと

が分かる。

筆者の一人は、急性期病院で、5年間看護師として、医療に関する苦情対応に関わった経験を

もつ。その経験から「患者は医師に分かってもらえない葛藤・不満」がある、一方、「医師は患

者に説明したのに伝わらないことへの苛立ち」など、双方が納得できない場面に多く直面した。

この経験により、医者と患者のコミュニケーションの難しさを実感した。

医者と患者は専門知識や視座に違いがあるので、医者と患者のコミュニケーションは一種の異

文化コミュニケーションと捉えることができる。患者は医者とのコミュニケーションにおいて、

言語・非言語メッセージの意味をどのように受け取り、解釈し、医療不信となったのか、特に、

医療不信とコミュニケーションの関係を調査する。医療不信の研究には、医者と患者の両方の側

面からの研究が求められるが、本調査は患者の視点からみた医療不信とコミュニケーションに焦

点をあてる。

この研究を通して、医者と患者がコミュニケーションを向上させることにより、医師との信頼

関係が構築でき、患者は安心して医療が受けられるようになり、医療に対する満足度を高めてい

くことが本研究の目指すところである。

1.医者と患者のコミュニケーションを取り巻く歴史的背景

患者の視点から医者と患者のコミュニケーションを研究するには医療の歴史を紐解く必要があ

る。医療は古くから洋の東西を問わず、医師のパターナリズムと患者の依存を基本とする「思いや

16 16

り医療」と「おまかせ医療」の時代が続いていたが、第二次世界大戦を境に変化した(宗像、1997)。

アメリカでは、インフォームド・コンセントが始まり、患者が自己決定できる時代になったと

同時に消費者運動を背景に、医療もまたサービス業として認識された。日本も 40 年遅れその時代

に推移した。本章では、「インフォームド・コンセント」と「医療はサービス業」について述べる。

1.1.インフォームド・コンセント (informed consent)

インフォームド・コンセントとは、「医療者が患者に、文書説明を含め十分納得のいく説明をし

て、患者の自発的な意志によって同意をする概念である。この概念は、①患者に情報を開示する

こと、②患者の十分な理解、③患者の自発的な意志決定から成り立っている」(宗像、1997、p. 235)。

保健医療社会学者の宗像 (1997)によれば「西欧の医療は、紀元前 400 年「ヒポクラテスの時代

から診察の間、患者に物事を知られないようにするべきだ。患者の現在や将来の状態には問題が

ないことを示さなければならない」(p. 232)というパターナリズムという言葉に代表されるよう

に、おまかせ医療の時代が長く続いた。その時代からインフォームド・コンセントによる自己決

定モデルの時代に移行した。インフォームド・コンセントに関しては、水野(1990)、森岡(1994)、

宗像(1997)の研究が参考となる。

インフォームド・コンセントの歴史の発端は、ニュールベルク綱領である。それは、第二次世

界大戦中にナチスが強制収用所で行った非人道的な医学実験に対する国際軍事裁判所が出した判

決の一部で、臨床医学研究における普遍的な倫理基準とされている。その影響を受けて人体実験

から人間を守るこという視点から、実験の内容を被験者に説明し納得してもらい、同意を得なけ

れば人体実験はできないとされた。1964 年は医学研究に関わる患者の人権擁護を目的として「ヘ

ルシンキ宣言」が採択され、1975 年の改正案にはインフォームド・コンセントが不可欠とされ、

数回の改正を経てきた。医学研究の倫理を守るための具体的な手続きを示し、国際的に高く評価

され、その原点と位置づけられている。医療の中でインフォームド・コンセントの概念が初めて、

1973 年に発表された「患者の権利章典」で示され医療倫理の基本とされた。インフォームド・コ

ンセントが患者の権利として認識されるようになると、医事裁判においてインフォームド・コンセ

ントがないと医者が敗訴になることが多く、医療の中では必要不可欠なものとなった(宗像、

1997)。

一方、米国の社会と比較して日本は 40 年間もインフォームド・コンセントの取り組みが遅れた。

1980 年代後半から歯科医療の供給の充足を目的に、インフォームド・コンセントの取り組みが盛

になった。1990 年日本医師会倫理懇談会は、「説明と同意についての報告」を発表した。1995 年

の厚生労働省のインフォームド・コンセントのあり方に関する検討会報告書では、患者と医療者

のよりよいコミュニケーションを成立させるために6つの提言がなされた。これらは、(1)説明

内容、時間、説明程度、予後、説明の工夫;(2)医学用語を用いない、外来語を用いない;(3)

説明時間の確保;(4)プライバシーへの配慮・診察場所や相談場所の工夫;(5)患者が質問し

やすい雰囲気作りの工夫;(6)説明方法の工夫などである。1997 年の第三次医療法改正に於い

て入院診療計画書などを用いてインフォームド・コンセントを行うことが努力義務となった。

その後、2008 年、国立国語研究所はインフォームド・コンセントの推進を打ち出し、医療者の

言葉が分かりにくく、患者の理解と判断に障害があるという見解に立ち、その改善のために国立

国語研究所は、「病院の言葉」委員会を設置し、分かりやすく伝えるための工夫を医療者に提案し、

インフォームド・コンセントが上手くいくための社会的な支援体制を整備し始めた。

17 17

1.2.医療はサービス業の時代

インフォームド・コンセントと「医療はサービス業」の共通するキーワードとして、患者の自

己決定と患者の権利優先がある。宗像(1997)によれば、1950 年代のアメリカでは「豊かな社

会づくり」がめざされ、物質的に豊かな人々、生活消費者も、機能性、利便性、デザイン性など

量より質を求めるようになった。医療界においては、患者は消費者(コンシュマー)であり、医

師や病院は、医療サービス供給者と呼ばれた。このような変化によって、医者中心のパターナリ

ズム的医療として提供されてきた医療は成立しなくなった。アメリカでは、黒人や少数民族、障

害者などが市民権の拡大を求めた市民運動や、環境、食品、医療品などの問題に対して企業のあ

り方が問われた。この消費者運動という諸々の政治背景の下で、医療界でも、その影響を受けて、

1960 年代から 1970 年代にかけて患者の権利、インフォームド・コンセント、情報開示などが提

唱された。消費者としての患者の意思が尊重され、同時に、患者中心の権利意識の高まりは自己

決定モデルをさらに促進させた。 つまり、医師中心のパターリズム的医療から、患者中心の医療

に変わってきた。1980 年代から、保険制度がDRG/PPS2)が導入されると、さらに医療はサ

ービス業として促進されていった。

一方、日本では、医療はサービス業であることが平成7年(1995 年)の厚生白書にはじめて掲

載された。「健康」「医療サービス」「医療保障制度」などに関する国民の意識調査でも、国民もサ

ービス業として意識していることが分かる。

島津(2005)によれば:

パターナリズムや医療者優位の姿勢に対する批判が強くなってきた時代背景の中で、国民

は、医療の現状、特に医者―患者関係に不満を募らせていたという。(中断) 一方、疾病

構造は、感染症や急性期疾患のモデルから、慢性期や障害への対応へと変化し、医療も生

きていくための生活モデルへと変化した。これまで医療者が指示を出し患者がそれに従う

一方向から、医療者と患者が相互に関わり、医療者は納得できる医療を提供することが必

要となった。このように国民の消費生活の変化によって、医療をサービス業として捉えて

いる。(pp. 38-39)

その結果、患者は消費者の一人としてみられ、病院、医者、治療方法の選択は患者自身に委ねら

れる。よって、自己決定モデルの社会を生きるためには、患者は情報収集力や医者と関わるため

のコミュニケーションスキルが必要となる。つまり、社会は、パターナリズム的医療から自己決

定モデルへと移行し、医者も患者もそれに対応していくためにコミュニケーションスキルが求め

られるようになった。

2.医療不信とコミュニケーションに関する先行研究

患者が医療に関して、不信を持つようになる背景には、医者と患者のコミュニケーションが影

響している。そこで、これから医療不信とコミュニケーションに関する先行研究を概説する。

医療不信とコミュニケーションに関する先行研究は主に、三つに分けられる。これらは、(1)

医者と患者の関係性からみたコミュニケーション、(2)医者と患者の対人コミュニケーション、

(3)医者と患者のコミュニケーションに関する実証研究である。まず、最初に、(1)医者と患

者の関係性から見た医者と患者のコミュニケーションについて述べる。

2.1.医者と患者の関係性から見たココミュニケーション

医者と患者の関係については、医学、社会学、心理学によって研究されてきた。最近では、山

18 18

岸(1998)の信頼の研究を基盤に、西垣(2005a、2005b)や浅井、大西、西垣、福井と赤林(2004)

等が関係性の観点や医師の信頼と不信に関する研究から医師と患者の関係性構築に関する研究が

ある。その前に、医者と患者の関係性を研究したサスとホランダーの研究を述べる。彼らはハン

ガリー出身の精神医学者である。

サスとホランダーは「医者―患者関係の三つのモデル」を提唱している(砂原、1989)。これ

らは第一のモデル「親―幼児モデル」、第二のモデル「親―年長児モデル」、第三のモデル「成人―

成人モデル」である。第一のモデルは、親―幼児モデル(能動―受動)は、親と子のような関係

と言われている。第二のモデルは、親―年長児モデル(指導―協力)は、両親と学齢期の子ども

との関係である。第三のモデルである成人―成人モデル(共同関係)は、対人関係がパートナー

のような関係である。医者と患者の協同作業の関係であり理想の関係である。さらに、医学の進

歩により、慢性患者や障害患者も長く生き続けられるようになり、第三モデルの成人―成人モデ

ルが適応できるようになったが、患者の権利や自己決定権、また、専門性と裁量権に関して重要

な問題が潜んでいるので、このモデルの適応には充分に考慮する必要がある。しかし、このモデ

ルが考えられた時代背景と現代社会では、医療の在り方と患者の価値観が変化している。野村

(2003)によれば、サスとホランダーの定義も医者と患者の役割が相互に補完しあい調和してい

る場合が想定されている。しかし、医者と患者の間には「期待の衝突」は普通にあり、よって医

療現場での価値観の対立や関心のすれ違いが起こる。それを異文化コミュニケーションとして捉

えている。さらに、この「患者―医者間二者関係モデル」は、現在の組織医療、チーム医療を中

心とする医療の現場には適応できないと指摘する。

浅井他(2004)は山岸(1998)の信頼の研究を基盤に、医者と患者の関係性について調査した。

彼らは「医療不信の実態の原因に関する研究」で信頼と不信の要因を明らかし、特に、医者不信

の要因を三つ指摘している。これらは、(1)医師の医学的能力に関する要因、(2)医師の態度・

言動に関する要因、(3)医師・患者の感情、コミュニケーションに関する要因である。(2)(3)

は対人関係に関わる要因であり、医者と患者のコミュニケーション研究にとって大変参考になる。

2.2.医師と患者の対人コミュニケーションに関する先行研究

本節では医師と患者の対人コミュニケーションの研究の中から、特に、医療面接のコミュニケ

ーションの特徴と患者満足度の研究を要約する。

2.2.1.医療面接のコミュニケーションの特徴

Cole and Bird(2000)と Billing and Stoeckle(1999)のコミュニケーション研究によれば、

医療面接には「課題志向的」と「関係形成的」の分類がある。前者の課題志向的な医療面接とは、

医者や患者の間で治療に関する情報を交換することであり、医師から患者へのコミュニケーショ

ンであり、主体が医師である点が特徴的である。後者の関係形成的な医療面接とは、医者と患者

の間で患者の不安をやわらげ信頼を確立するものである。また、医療面接の機能には、(1)医者

と患者関係構築、(2)患者の健康問題を解決するための情報交換、(3)患者の教育、調整、動

機づけがある(Cole & Bird, 2000)。医療面接の課題については4つある(Billing & Stoeckle,

1999)。それらは、(1)患者との関係を築く、(2)診断とマネジメントのための情報を出す。(3)

症例のアセスメントプラン、(4)患者に情報を与え助言することである。

日本の医療面接は、Ishikawa, Takayama, Yamazaki, Seki, and Katsumata(2002)の調査に

よれば「課題志向的」が多く、また Ohtaki, Ohtaki, and Fetters(2003)の日米の比較研究でも、

同様「課題志向的」が多いことが指摘されている。しかし、「関係形成的」な医療面接が出来てい

19 19

るかについては客観的なデータでは明確に分析できないという。

医療面接の効果については、三つの知見がみられる。(1)課題志向的な医療面接が患者の診療

に対する満足や不安の低減に有意な効果があるかについては明確ではない。(2)医療面接の分析

の結果から、医師の言葉の内容は、患者満足に関係はない。(3)患者の診療に対する満足度に関

して不安の低減に優位な効果があるのは、医師のコミュニケーションスタイルが受容的で、患者

中心であると患者が判断する患者の主観である(Takayama, Yamazaki, & Katsumata, 2001)。

(3)の点の理由としては、コミュニケーションスタイルが言語以外の部分で判断されるからで

ある。

西垣(2005a)は、医療面接を患者側から見た場合には三つの視点が重要であると主張する。

これらは、(1)医学的情報が患者に理解できる形で提供されているか、(2)患者が求めている

情報が医師から提供されているか、(3)患者が医師に伝えたい情報が伝達されているかである。

そのためには、医師と患者の関係性が重視され、医師は患者に対して共感的コミュニケーション

を行い、同時にコミュニケーションプロセスの一連の過程で「共感的」であることが重要である。

このコミュニケーションプロセスが機能しない原因としては、(1)医師が患者に対して十分な情

報提供の意思がない場合と、(2)患者が医師に情報提供をする意思はあるが、別の要因でコミュ

ニケーションが上手くいかない場合もあるという。

言語学のメイナード(1993)の研究は、医療面接を考えるためには大変重要である。メイナー

ドは、日本語は英語と比べて、会話のテーマや構造や変換のストラテジーは共通しているものの、

PPU(Pause-bounded phrasal unit)の数や文末に聞き手に向けられる表現がいつくかに違いが

あると指摘する。さらに日本語は、あいづちの頻度、うなずき、接続表現は2~9倍多くみられ

るという。日本人は言語によるコンテクスト情報に対する依存度が高く、日本語の話者はお互い

に共通の感情を共有しようとする傾向がみられる。また、Lebra(1976)によれば、「思いやり文

化」という語で表現されているように、日本人は、他者と同調したいという願望がある。このよ

うに文脈を重視する日本人の会話に於いて、語調、沈黙、あいづち、うなずきなどや本人のコミ

ュニケーションを特徴づけるパラ言語や非言語に特に注意が必要である。西垣(2005a)によれ

ば、医者は患者の感情や表現されない願望を推察すれば、患者の反応に合わせて発話が調整可能

になるという。また、自らの語調や表情に気を配り、優位者に遠慮し、同調しやすい患者に配慮

することによって、受容的で共感的な「関係性」を確立することが容易になる。しかし、医師の

診療態度が診察室でカルテに向かっている時間が多い場合には、患者の情報を取り込むことが困

難であるという。つまり、現在の診療スタイルでは、語調、沈黙、あいづち等を医師が把握しに

くい状況にあるといえる。

2.2.2.患者満足度

塚原(2005、2006)は、欧米に於ける患者満足度調査の文献調査を行っている。その中でも、

Hall, Roter, and Katz(1988)は、1967 年から 1986 年までの先行研究のメタ分析を行い、医療

提供者の患者に対する情報提供(全般、薬、治療)やコミュニケーション量(時間、言葉の数)

の増加は、有意に患者満足を上昇することを抽出した。また、Cleary and McNeil(1988)は、

患者満足度に関する先行研究のサーベイから、よりよいコミュニケーションスキル、共感、思い

やりなど、医師、患者のパーソナルな側面が患者満足度に影響し、個人開業医や小さな機関での

ケア、関係が長いほど患者満足度は向上することを指摘している。

日本では、医師の接し方が患者満足を向上させる研究成果が報告されている。長谷川と杉田

20 20

(1993)によると、患者満足の向上には、医師の能力の高さが影響し、医師の説明の明瞭度と十

分に話を聞く態度との相関が高いという。特に、医師の接し方やコミュニケーションのあり方が

患者満足の向上には重要である。

さらに、医師の人間関係が、医師の技能より患者満足度に影響することが報告されている。今中、

荒記、村田と信友(1993)は、外来患者の満足度調査を行い、医師との人間関係が医師の技能の

主観的な評価より、患者満足度に及ぼす影響が大きいことを明らかにした。また、田久(1994)

は、大学病院で患者満足度調査を実施し、満足度と重視度の関係を分析したところ、「医師の対応」

「医師の説明の分かりやすさ」は、重視度、満足度とも高かったと述べている。恩田、小林、黒

田と全田(2004)は全国 88 の医療機関から各 20 名の患者を抽出し、薬の説明に対する満足度を

調査したところ、説明者の傾聴の態度の改善が重要であるいう結果を報告している。このように、

上記の日米の調査研究から、患者と医師のコミュニケーションのよさが、患者満足度を向上する

重要なポイントであることが分かる(塚原、2005)。

また、患者から見た「診察の満足度」と「医師の信頼構築度」の向上に、最も重要なのは、患

者と医師の十分な対話である。よって、患者の理解には、医師側、患者側の双方の要因が関わっ

ている(塚原、2006)。患者側の要因としては、治療方法と薬の副作用に関する知識があるほど、

医師の説明に対する理解度が高まることがわかる。そこで、医師への説明への傾聴と医師へ誠実

に接し、医師の説明をよく聞くほど、患者の満足度が高まる。一方、医師側の要因には、治療方

法を分かりやすく説明するほど患者の理解度は高まることになる。

2.3.医者と患者のコミュニケーションに関する実証研究

実証研究としては、患者と医者のコミュニケーション研究(中川、2001)、がん患者を中心と

した会話分析(張、2003)、模擬患者に悪いニュースを知らせる医者のコミュニケーショントレ

ーニングの研究(灘光、2004)がある。

中川(2001)の医者―患者関係のコミュニケーション研究によれば、医者の行動には「手段的

な行動」「情緒的な行動」の2つのパターンがある。これらは、「手段的な行動」で医師が問題を

解決するときに用いる専門的行動と「情緒的な行動」は患者を人間として見る行動である。患者

満足度を向上させるのは、医師が「個人的なことを配慮すること・関心ごと・心配ごとに対する

医者の配慮」と「個人を人間として尊重すること」など人間的な関心、また、非医学的な会話を

することである。一方、患者満足度を低下させるのは、診察中の医者と患者のネガティブな感情

表出である。さらに、非言語で医者になじみの深いものは「タッチ」「声の調子」である。タッチ

は、中世のヨーロッパから癒しとして使われ、今なお息づいている。また、声の調子は、関係性

を表現し、会話には依存関係や従属性などを奨励するような表現が多くみられる。

張(2003)のがん患者を中心とした研究では、がん患者の会話分析を行い、医療現場における

医者と患者の相互作用に関する 3 つの知見を得ている。第一と第二の知見は、医者とのコミュニ

ケーションを理解するために重要である。第一の知見は、専門用語などが主要因でなくとも、医

者と患者のコミュニケーションは、普通の日常会話と同様に、誤解や食い違いが生じやすく、意

味を取り違え解釈していることである。このことは、研究者の間でも認識され、人と人のコミュ

ニケーションは複雑であることが明らかであり、ブレイクモアの言葉を借りれば、「伝達は危険な

作業である」といえる。

第二の知見は、相談医と患者の相互作用では、医者がメタ・コミュニケーションを患者より多

く使っている。よって、相互作用の開始、維持、調整、終了などについて、主に相談医のほうが、

21 21

会話をコントロールしていた。この研究から、コミュニケーションそのものか誤解を生み解釈を

間違えるものであることが明らかとなった。

また、灘光(2004)の模擬患者演習の事例をもとに、医者のバッドニューステリング・ストラ

テジーについての研究では、医者は医学的報告、指示だけではなく、不安緩和のための様々なス

トラテジーを用いて、患者への共感や説得に努めていた。特に、「取り引き」、「間接的拒否」、「最

悪の場合を想定」、「立場/感情の共有といった方策を用いて会話の主導権を獲得し説得を試みて

いた。この研究は、医者からの観点であり、患者側の対応の分析はなされていないので、今後は

患者の観点からのコミュニケーション研究が必要とされる。

3.医療現場における医者と患者のコミュニケーションに関する実態調査

医療現場における医者と患者のコミュニケーションの実態をよく知るために、アンケート調査

とインタビュー調査の両方を行った。本研究では、医者の視点ではなく、患者からみた医療不信

とコミュニケーションの関係を調査する。最初に、アンケート調査の内容を述べ、その後、イン

タビュー調査の内容を記述する。アンケート調査では、信頼できる医師の条件について明らかに

し、また、インタビュー調査では、医者とのコミュニケーションにおいて、患者はどのように言

語・非言語のメッセージの意味を受け取り、解釈し、医療不信となったのかについて述べる。

3.1.アンケート調査の実施概要

アンケート調査の対象となるデータは、沖縄県にある二つの民間病院から得られた。A 病院 4)

は、急性期病院で、在宅部門、健診センターを併設している。ベッド数は 300 床台、1日外来患

者数は 900 名である。B クリニック 5)は、病院に併設され、急性期から慢性期の患者が通院して

いる。1日の外来患者数は 1200 名となっていた。

アンケート調査は、平成 21 年6月2日から6月 10 日まで行った。外来の通院患者に、看護師

や事務職員から説明をしてもらい同意の得られた患者を対象に、文書でアンケート調査依頼を配

布した。「調査の実施に当たりましては、自記式無記名で実施し、プライバシーが守られ、ご協力

頂いた方々に、ご迷惑が及ぶことは一切ございません。なお、調査は、自由意志で行われるもの

であること」をお知らせし、倫理的な配慮を行った。

質問紙は 270 枚配布し、回収数は 232 枚(85.9%)で、有効枚数は 209 枚(77%)であった。

3.2.デモグラフィクな情報

アンケート調査に回答した 209 名の内訳は、男性が 99 名(47.4%)、女性 110 名(52.6%)で

ある。対象者の疾患分類は、生活習慣病が 89 名(41%)、その他 99 名(47%)、未記載が多かった

のが特徴であり、病名を覚えていないか、また、答えたくなかったと予測できる。「平成 17 年度

の沖縄県の死因の動向」では、悪性新生物、心疾患、肺炎、脳卒中の順となっており、今回の調

査結果では、悪性新生物や生活習慣病 3)の患者が約 4 割を占めている。この結果は沖縄県の死亡

率の第2位の心疾患と第4位の脳卒中等の生活習慣病と一致している。平成 20 年度の沖縄県医療

福祉計画に掲載されている県福祉保健部「衛生統計年報(人口動態編)」から平成 17 年度の沖縄

県の死因の動向をみると、悪性新生物、心疾患、肺炎、脳卒中の順となっており、本調査のサン

プルは沖縄県民を代表していると考えられる。

「年齢構成の内訳」では、多い順に 50~59 歳 51 名(24.4%)で、60~69 歳が 47 名(22.5%)、

40~49 歳は 38 名(18.2%)であった。続いて 70 歳、30 歳代の順となっていた。「同居の有無」

では、同居は 178 名(85.2%)で同居者が圧倒的に多く、一人暮らしは 28 名(13.4%)であった。

22 22

「通院歴」は、多い順に1年~5年未満、52 名(24.9%)、1年未満 46 名(22.0%)、続いて5~

10 年未満 27 名(12.9%)、また、20 年以上が 15 名(7.2%)となっていた。入院経験なしは 61

名(29.2%)であった。「入院経験の有無」では、入院回数は入院経験ありで(67.9%)で、1回目

76 名は(53.5%)、2回目以上は 37 名(29.7%)、3回(12.7%)となっていた。

3. 3.信頼できる医師についてのアンケート調査について

3.3.1.「信頼できる医師の条件」に関する項目の記述統計

質問項目は、西垣(2005b)の信頼できる医師の条件を参考に作成した。全部で 32 項目からな

り、「非常に重要である」から、「ほとんど重要でない」までの五段階で評定してもらった。表1

は平均得点の高かった上位 21 項目(平均値4点以上)の結果のみを示す。

表1:質問紙調査による信頼できる医師の条件上位 21項目

項目内容 平均値 標準偏差

1. 医師が治療の選択についての充分な情報を与えること 4.71 0.59

2. 治療に関して、医師の腕が優れていること 4.68 0.58

3. 医師が分かりやすく説明すること 4.64 0.56

4. 医師が治療に関するいろいろなアドバイスをしてくれること 4.51 0.64

5. 医師は治療方針を説明した後に、説明した内容がわかったかどうか確認してくれること 4.44 0.68

6. 医師が一人の人間として、私のことを尊重してくれること 4.44 0.74

7. 医師が必要なら他の専門病院を紹介してくれること 4.43 0.79

8. 医師は私の病名や症状などの医学情報を無断で他の人に漏らさないこと 4.41 0.91

9. 医師は私の質問に良く応えてくれる 4.36 0.67

10. 医師が専門家であることに自信をもっていること 4.34 0.77

11. 医師が私の気持ちの不安に注意をはらい配慮を示してくれること 4.34 0.77

12. 医師が私の話しを良く聞いてくれること 4.32 0.69

13. 医師が私の変化によく気がつく (体調、雰囲気、気分、態度) 4.28 0.75

14. 医師は私が気にかけている医療上の心配ごとをくだらないことだと思ったりしないこと。 4.26 0.77

15. 医師は私の目を見て話してくれる 4.26 0.69

16. 医師は頼りがいのある態度で接すること 4.25 0.74

17. 医師は「共にがんばりましょうね」と声をかけてくれる 4.15 0.86

18. 医師は私の病気について、家族にもよく話してくれる 4.13 0.89

19. 医師は清潔な身だしなみであること 4.07 0.81

20. 医師が親しみやすい雰囲気をもっていること 4.05 0.81

21. 医師は私の病気に関連する家族の苦しみ、不安などを分かってくれている。 4.03 0.81

N=209

平均値 4.5 点以上の高得点が4項目で、「医師が治療の選択について充分な情報を与えること

4.71 点」「治療に関して、医師の腕がすぐれていること 4.68 点」「医師が分かりやすく説明するこ

と 4.64 点」「医師が治療に関するいろいろなアドバイスを与えてくれること 4.51 点」であった。

医師は専門性を持ち、患者を尊重して、治療の選択について充分な情報を与え、かつ、説明の仕

23 23

方がわかりやすい項目が上位にきている。

21 項目中、3項目は、医師側に関することで、「医師は清潔な身だしなみであること 4.07 点」

「医師の腕がすぐれていること 4.68 点」であった。コミュニケーションに関する項目では、「医

師は治療方針を説明したあとわかったかどうか確認してくれること 4.44 点」「医師は、私の質問

に良く応えてくれる 4.36 点」「医師が私の質問に答えてくれる 4.32 点」「医師は私の目を見ては

なしてくれること 4.26 点」などであった。その中でも、「情報提供」「説明」「アドバイス」とイ

ンフォームド・コンセントに関する項目が3項目、医者の腕(知識・技術)に関することが1項

目あった。

平均値が3点未満の項目は5項目あり、「悪い知らせを敢えて知らせること 2.3 点」「医師が男

性であること 2.38 点」「医師は有名な大学を出身であること 2.49 点」「医師が茶髪であること

2.50 点」「医師と個人的に親しいこと 2.79 点」であった。下位5項目は、医者に関する項目とな

っていた。

3.3.2.「信頼できる医師の条件」に関する項目の因子分析結果

SPSS (Ver14.0)を用い、信頼できる医師の条件を抽出するために因子分析(主因子法、プロ

マックス回転、固有値 1.0 以上)を行った。表2はその結果である。第1因子は「医師の患者と

のコミュニケーションに関する態度」、第2因子は「医者の外見」、第3因子は「患者尊重的な態

度」と名づけられた。第1因子は意思疎通の容易性である。医者と患者のコミュニケーション、

カウセリングマインド(傾聴、共感、受容)、患者の決断を待つこと、患者の変化に気づくことな

どで、医者の人間的な面であった。第2因子はパターナリズム、外見や社会的な評価を含んでい

た。第3因子は、患者尊重的な診療因子で、患者を診療する専門的な態度や技術であった。信頼

できる医師について、因子毎 Cronbach の α の係数を求めて表に示した。それぞれの係数は、第

1因子(α=.927)、第2因子(α=.797)、第3因子(α=.795)であった。

この結果は西垣(2005b)の研究と一致しているが、違いもみられる。西垣の調査では、第1

因子は「患者尊重的診療」であったが、本調査では「医者と患者とのコミュニケーションに関す

る態度」であった。沖縄は共同体的な人間関係に基礎を置くため、人と人との緊密性が重視され

るため、このような結果になったと考えられる。また、浅井他(2004)、塚原(2005、2006)の

研究結果とも一致しており、信頼できる医師の条件とは、有能でコミュニケーション能力があり、

患者の言葉に耳を傾け、言語だけではなく非言語情報にも気をくばり、患者に関心があり患者の

変化にも気がつき、専門的に対応できる人である。コミュニケーションスキルとして、共感、傾

聴が重要であることが明らかとなった(塚原、2005、2006)。

以上、アンケート調査では、信頼できる医者の条件について明らかにした。次に、医者とのコ

ミュニケーションにおいて、患者はどのようにして言語・非言語メッセージを受け取り、解釈し、

医療不信を抱くようになったのかに関するインタビュー調査の内容を記述する。

3. 4.医者と患者のコミュニケーションに関するインタビュー調査

3.4.1.デモグラフィックな情報

今回の面接調査の人数は 18 名(男4名、女 14 名)である。彼らは医療機関で働いている知人

と被調査者からの紹介によるものであった。調査期間は平成 19 年8月から平成 21 年 11 月まで

であった。インタビューの時間は、約 30 分から 90 分、場所は本人の希望するリニックの面談室、

自宅や喫茶店などでインタビュー調査を実施した。対象者には調査の趣旨を伝え、個人が特定さ

れたり、回答しないことで不利益を生じたりすることがないことを明らかにし、その趣旨に賛同

24 24

表2:信頼できる医師の条件に関する因子分析結果

Ⅰ Ⅱ Ⅲ 共通性

I. 医師の患者とのコミュニケーションに関する態度 (α=0.927)

医師が私の変化によく気がつく(体調、雰囲気、気分、態度) 0.847 -0.063 -0.084 0.729

医師は私が迷っている時など、待ってくれる。 0.833 0.030 -0.164 0.722

医師は私の質問に良く応えてくれる。 0.780 -0.142 0.052 0.631

医師は私の病気に関連する家族の苦しみ、不安などを分かってくれている。 0.775 -0.019 -0.138 0.620

医師は私の病気について、家族にもよく話してくれる。 0.766 0.174 0.100 0.628

医師は「共にがんばりましょうね」と声をかけてくれる。 0.749 -0.023 -0.093 0.570

医師は治療方針を説明した後に、説明した内容がわかったかどうか確認してくれること。 0.630 0.109 0.322 0.513

医師が私の話しを良く聞いてくれること。 0.566 -0.123 -0.053 0.339

医師は私の目を見て話してくれる。 0.551 0.001 0.115 0.317

医師が頼りがいのある態度で接すること。 0.523 0.030 -0.067 0.278

医師が親しみやすい雰囲気をもっていること。 0.452 0.031 -0.131 0.222

医師は私の病名や症状などの医学情報を無断で他の人に漏らさないこと。 0.437 -0.016 0.174 0.221

医師は私が気にかけている医療上の心配毎をくだらないことだと思ったりしないこと。 0.404 -0.063 0.306 0.261

医師が分かりやすく説明すること。 0.403 0.052 0.363 0.297

II. 医者の外見 (α=0,797)

医師は有名な大学に出身であること。 -0.040 0.803 -0.001 0.646

医師が男性であること。 0.048 0.725 -0.014 0.529

医師として有名であること。 -0.016 0.717 -0.022 0.515

医師の髪が茶髪でないこと。 0.057 0.471 -0.041 0.227

医師と個人的にも親しいこと。 0.008 0.438 -0.164 0.219

III. 患者尊重的な態度 (α=0.795)

医師が治療の選択についての充分な情報を与えること。 -0.136 -0.095 0.807 0.679

医師が必要なら他の専門病院を紹介してくれること。 -0.026 0.001 0.705 0.497

治療に関して、医師の腕が優れていること。 0.000 0.060 0.677 0.462

医師が一人の人間として、私のことを尊重してくれること。 0.043 0.003 0.597 0.358

医師が私の気持ちの不安に注意をはらい配慮を示してくれること。 0.293 -0.020 0.419 0.262

負荷量二乗和 5.899 2.204 2.639 10.742

寄与率 18.44% 6.89% 8.25%

因子間相関 1.000 0.132 0.596

1.000 0.048

1.000

※分析は SPSS14.0 Windows版

N=209

した人に協力依頼をし、倫理的配慮を行った。

年齢の内訳は、20 歳代2名、30 歳代1名、40 歳代3名、50 歳代5名、60 歳代7名であった。

50 歳代~60歳代は 12名で半数を超え、人生経験が豊かで、また受診機会も多くなる年代だった。

入院経験がありは 15 名、入院経験がなしは3名であった。

病名の内訳は「生活習慣病 11 名」が多く、続いて甲状疾患、肝疾患などとなっていた。生活習

慣病とは、肥満、糖尿病、高血圧などであり、生活習慣が要因で起こる疾患であり継続的な治療

が必要となる。沖縄県は生活習慣病の中でも、特に肥満の発症が全国一多い県であると言われる

のは、アメリカ軍駐留下で欧米型の食習慣が本土に先行して広まった結果である。

25 25

3.4.2.調査協力者

調査協力者を性別、年代別、疾患名、通院歴、入院歴、かかわった医師数別にまとめると表3

事例概要となる。

表3:事例概要

性別 年代 疾患名 通院歴 入院歴 かかわった医師

1 男 50 代 生活習慣病 5 なし 2

2 男 50 代 生活習慣病 10 あり 2

3 女 60 代 生活習慣病 20 あり 2

4 女 20 代 白血病・糖尿病 5 あり 2

5 男 50 代 生活習慣病 6 あり 1

6 女 50 代 心疾患 30 あり 3名以上

7 女 60 代 背傷損傷 15 あり 3名以上

8 女 60 代 生活習慣病 8 なし 2

9 女 60 代 生活習慣病 6 あり 3名以上

10 女 60 代 生活習慣病 20 あり 3名以上

11 男 40 代 肝疾患 2 あり 1

12 女 30 代 骨肉種 20 あり 3名以上

13 女 20 代 甲状腺疾患 4 なし 1

14 女 50 代 結合性組織病 10 あり 3名以上

15 女 60 代 生活習慣病 10 なし 3名以上

16 女 60 代 生活習慣病 20 あり 3名以上

17 女 60 代 生活習慣病 10 あり 3名以上

18 女 50 代 生活習慣病 10 あり 3名以上

3.4.3.研究方法と分析方法

本研究は、患者が医者とのコミュニケーションにおいて、どのように言語・非言語メッセージ

の意味をとり、解釈しながら、医療に対して不信をもつようになったのかを明らかにするために、

インタビュー調査を実施した。このデータ分析方法には、グランデッド・セオリー・アプローチ

(戈木、2005)を用いた。このアプローチはシンボリック相互作用論の影響がみられる。このシ

ンボリック相互作用論では、人は社会的相互作用の中で、対象(他者、出来事など)を意味づけ

て行動し、その意味は相互作用の過程の中で修正されるものだと考えられている(船津、宝月、

1976)。このグランデッド・セオリー・アプローチは、コンテキストとデータに密着しながら特

定の問題と改善案を検討するのに適しており、本研究の目的に照らして、妥当な分析方法である

といえよう。

まず、録音したインタビューデータを逐語レベルで文字化し、トランスクリプトを作成した。

先行研究を参考にしながら、データのコーディング化とカテゴリー化を通して、「医療不信」と「医

者信頼に」関する中心的テーマとその下位テーマを階層的に抽出し、概念間の関係を理論的飽和

状態に至るまで検討した。次に、概念同士の関係性を検討しながら、概念をグループ化し、概念

のまとまりであるカテゴリーを生成した。

3.4.4.調査結果

患者の語りから導きだした「医者不信の事例」と「医者を信頼できる事例」のカテゴリー、概

念とその定義は表4に示す。

「医者不信の事例」では、「関係拒否」「医者の上から目線」「相手無視の会話」「意味の取り違い」

の4つのカテゴリーを、一方、「医師を信頼できる事例」では「あいづち」「対面コミュニケーシ

ョン」「配慮・気づかい」「適切なアドバイス」「患者の積極性」の5つのカテゴリーを抽出した。

次に、「医者不信の事例」から抽出できた 4つのカテゴリーの内容を紹介する。

26 26

表4:医者不信と医者信頼のカテゴリー、概念とその定義

カテゴリー 概 念 概念の定義

医者不信

関係拒否 医者と患者の関係の

不成立

患者や家族の要求に医者から返答(対

応)がなく受け入れられてない実感があ

る場合

医者の上から目線 医者の権威的な態度や

表現

医者の言葉や態度が患者(家族)にもの

を言うなと言う表現や態度

相手無視の会話 コミュニケーションの

不成立

医者が患者(家族)の置かれている状況

を知らないで、医者から一方的にされる

会話

意味の取り違い 意味解釈不足での応対 医者の発した言葉に患者(家族)意味を

取り違え患者(家族)が対応した場合

医者の信

頼 あいづち

医者からのあいづちで医

者と患者の信頼関係構築

診察室で医者からあいづちをうたれ、受

けいれられていると言う安心と満足

対面

コミュニケーション

対面コミュニケーション

で関係性好転

診察室で医師と患者が向き合うことに

より関係性の確立ができる

配慮・気づかい

医師の行動が患者に特別

な対応と意味づけられ、

患者満足の向上

入院中に医師が病室への頻回の訪問、頻

回の面談などにより患者の満足が向上

適切なアドバイス 専門的なアドバイスから

満足

病気のコントロールに必要な専門的な

知識や情報、アドバイス、指導が受けら

れること

患者の積極性 患者側から医師への働き

かけでの関係づくり

医者に対して不信を抱いた患者が、学習

により医者との関係づくりに成功

(1)医者不信の事例

(1)-1「関係拒否」

患者 A さんは 40 歳代の男性で運転手である。2年前に会社の健康診断で肝疾患と診断され通

院し、入院歴はない。知人の紹介で医者を選んだ。小さなお子さんが2人いる。

A さんは、インタビューの中で、「頭にきていますよ」と応え「質問内容も忘れた」「完治

するか、・・・しないか」と語り「不安にする医者ですよ」と思いを吐きだした。続いて、

私は、この先生はどうでもいいと言う感じで通っています。検査してくれるし、数字で体

のことを表してくれるから通院はしていますけど・・・(No.11)

患者 B さんは、50 歳代の主婦。15 年前に自己免疫性疾患を発病し、入院退院を繰り返してい

る。クリニックから病院に代わった経験がある。B さんは血圧が上がった時、夫が心配してくれ

て夫と共にクリニックの診察を受けに行った。

診察に行ったとき先生は夫を見るなり「それぐらいで旦那さんを連れてきて」と言った。

夫は大変怒り、「今後は何があっても病院には一緒にはいかない」と Bに言った。「病状や

治療に関して聞かないと答えてくれないし」「ちょっと動悸がするから」と訴えると「すぐ

薬を出すし、いいのかわるいのか・・・」と不満を言葉にした。

上の事例を分析すると、患者 A さんの場合は、医師に質問したのに応えてもらえず、コミュニ

ケーションがうまくいかず、医者との新たな関係作りができない。患者 B さんの場合は、医者か

ら夫を受け入れてもらえず、医者に対する不満に繋がった。つまり、二人とも医師から関係を拒

否され、医者不信になっている。

(1)-2「医者の上から目線」

患者 C さん、現在 30 歳代で事務職として勤務。16 歳の時に、骨疾患を発症し、最近再発し、

入退院を繰り返している。

27 27

患者 C さん 16 歳の時、診察の日に病気のことが気になりあれこれ医者に質問すると、そ

の医者は「質問が多すぎる」「患者のくせに」と言った。そのあとから、「外来に行く日に

なるといつも不安が募り、胸がどきどきして普通ではなかったですよ」と当時を語った。

患者 D さんは、60 歳代の専業主婦で、生活習慣病で通院している。入院経験はお産と交通事故

であった。親や家族のことで医者と関わった話である。

患者 D さんのお母さんが入院していたとき、病室での出来事で「よくレントゲンを撮って

いたのですよ」「心配だから、先生に聞いたんですよ」「しょっちゅう、レントゲンを撮っ

て大丈夫ですか?」と「素人考えですけどね」と語った。突然、医者から「あの、自分た

ちは、寝ずに一生懸命やっているのに、君たちの言い方はなんだ」「こんなものちゃんと、

計画してやっているのにレントゲンの量は微々たるもの」「延々と叱られました」。私は「こ

こは素人で向こうがプロなのに」と思った。でも「言い返すことはしませんでした」と語

る患者 D さん、「説明してくれたら・・・すんだことなのに」と今でも当時を思い出し納

得できない様子であった。

上の二人の語りからは、医者は患者に対して横柄でいる事が分かる。医者は上からものを言い、

長い間、続いているパターナリズムが見え隠れする。「質問するな」と言われた患者は、右往左往

しながら、医者の権威につきあった。彼らは当時を思い出し、納得できず医者に対する不満を増

大させている。

(1)-3「相手無視の会話」

患者 E さんは 50 歳代で、糖尿病と診断された通院歴 5 年目。入院経験はない。ご自身の病状

のコントロールは良好で、医者とも冗談をいう関係であった。しかし、患者 E さんは、弟が入院

した時のことが気になっていた。医者から弟の病状の説明を受けた。

医者が MRI、画像、造影など、専門用語を並べて言うものですから「質問しにくい、なん

ともできない、専門用語が並ぶと威圧感があり質問できませんよ。」と語り、分からないま

まになってしまった。親身になって説明してもらえなかったと語り不満が残っている。

患者 F さんは、60 歳代で、定年退職後、ボランティアをしている。生活習慣病で主治医が複数

いる。通院歴7年で入院歴があり、医療機関や医者の情報収集をするタイプである。

患者 F さんはいろいろ医者の評判や専門を調べて病院をさがした。評判のよい医者を選

んで診察を受ける準備をしたのにもかかわらず、外来で3時間待たされた。診察が始まっ

たが3時間待った私の気持も考えず、いきなり「診ないと分からないでしょう」と言われ

不快な感情になった。「診察が婦人科と同じだったんです。」「診察が嫌という私の気持

ち」「そうですね」と理解してほしかった。「3時間も待ったのに、接し方が冷たすぎ・・・・」

と語った。

患者 E さんは、弟のことが心配で、病気のことや経過などを知りたいと思っているが、医者は

専門用語に戸惑っている患者 E さんのことをも知らず一方的に説明をした。患者 E さんは、医者

や医療機関のことを調べて、病院や医者を選んで受診したにも関わらず、3時間の待ち時間があ

った。医者は不満に思っている患者 F さんの気持ちを知ることなく、診察の手続きを行い、問診、

診察の準備を進めた。つまり、医者は医者の役割である診察をちゃんと行っているが、患者側か

らすると自分の気持ちを分かってもらえず、相手無視の会話と受け取っている。これが医者に対

する不満となり、その後、不信に繋がった。

28 28

(1)-4「意味の取り違い」

患者 G さんは 60 歳代の主婦、生活習慣病で通院中。4名家族である。娘の診察の場面で

の会話である。

患者 G さん、15 年前に、長女のお腹が痛くなり「病院へ、連れて行ったんですよ」レン

トゲンの検査を終わって「盲腸や腸炎でもありません」説明されたので、患者 G さんは、

娘のことが心配で思わず「ほんとうに大丈夫ですかね」と念をおした。それを聞いたその

医師は腹をたて、カルテを投げたという。患者 G さんは、母親として、本当に心配だった

と語った。

上の例では、医者がカルテを投げたのは、お母さんの質問「大丈夫ですかね」の意味を取り違

えたからである。母親は娘の病気が心配で尋ねたのに対し、医者は医者としての能力を疑われた

と勘違いをしたのである。また、この例では、「大丈夫ですかね」の語調が上がっていたのか、ま

たは、下がっていたのかは定かではないが、この医師の横暴な行動が患者 G さんを医者不信にさ

せた。

次に、「医者を信頼できる事例」から抽出できた5つのカテゴリーの事例を紹介する。

(2)医師を信頼できた事例

(2)-1「あいづち」

患者Hさんは 20 歳代で、甲状線疾患を発症し、通院歴 2 年で入院経験はない。仕事はサービス

業をしている。

現在、通院している医者は、よく説明してくれるし、仕事のことなどを聞いて来るので、

医者との間がうまく言っていると語っていた。患者 H さんは、今の先生に「満足していま

す」とはっきり応えた。H さんは診察室での医者の様子をこう語った。通院は 2 ケ月 1 回、

病気以外のことでは、私が夜勤をしているのを知っているので、「夜勤はどれぐらい」「調

子はどう」「イライラしないか」と聞いてくれます。彼女は、医師からよく仕事の事を聞か

れますよ、私も仕事のことを相談しますと話してくれた。診察室で先生と話すときは、先

生は、私の目を見て話してくれますよ。私が話すときは、うなずきながら、ときどき「そ

うなの」と言ってくれます。私は安心しています。診察のときは、いつも同じ感じですね。

患者 I さん、40 歳代の男性で、生活習慣病で 10 年以上通院歴と入院経験がある。医者を代え

た経験が2回ある。説明の一貫性のなさから医者を信頼できずにいた。現在、通院している医者

は、診察時間など、患者の状況、質問などがある場合は、診察時間を延長して対応してくれる。

患者 I さんから先生に「体の説明するじゃないですか」手の動きや足の動き、今は、「歩い

ています。こんな感じで足や手の動きが良くなりましたよ」と「一生懸命話すじゃないで

すか。」先生から「よかったですね。」「ああそうか」「すごいな」「すごいな」と僕をみて応

えてくれます。先生も忙しいはずなのに「あいづち」をうって「にっこり笑うんですよね」

と語り、I さんから「救われます。光が見えてきます」と目を輝かせて語っていた。

患者 H さんと患者 I さんの例では、医者が患者の目を見て、話を聞いてくれ、適宜、あいづち

をうってくれることで安心している。患者は受容されていることを肌で感じ、安心し、医者を信

じるようになった。

(2)-2「対面コミュニケーション」

患者 J さんは 60 歳代で、教師を定年後、主婦をしている。通院歴7年、入院経験もある。生活

習慣病で主治医が複数いる。

29 29

J さんは、日頃から疑問に思ったら何でも医者に聞くほうだと語る。例えば、胆石の手術

をする時、先生に「先生はこれまでに何件その手術をしましたか。」「検査の結果、GOT、

GPT」などの質問をした。患者 J さんが見てもらっている医者は診察の時、パソコンを見

ないで、私と向き合いますよ。「こっちにパソコンがあって、私と話すときは、こう向いて

(私のところをさす)、こういうタイミングで・・・」患者 J さんは、そのことを語りな

がら、身振り、手振りで説明をしてくれた。M さんは、その先生には、安心してこれまで

以上に何でも話せる。向き合って話すことで、安心感があり、日頃から何でも医者に話し

ているが、患者 J さんはさらに話せるようになったと語る。

上の例では、医者と患者の対面型コミュニケーションがみられる。医者が言葉だけではなく、

患者の目をみて、手術の結果を説明してくれたことが、患者からの信頼を得ている。現在では、

患者 J さんは、「医者である」ことだけで信頼できると語ってくれた。

(2)-3「配慮・気づかい」

患者 K さん 60 歳代の女性で、現在、専業主婦、若いときは教師をしていた。通院歴 20 年以上

で入院歴もある。医者を信頼できずに医師を代えた経験がある。

患者 K さんが入院しているとき、ある日、先生から、個室にくるようにと声かけがあった。

そこで、病状の説明を受けた。困っていることや入院生活のことを話すことができた。そ

の時、体も心も病んでいたので、先生が個室を準備してくれたことで、プライバイシーが

守られ安心できたと語った。

上の例では、医者が患者のプライバシーを守り、個室に呼び、対応してくれたことに感謝して

いる。患者への気遣い・配慮が、医者への信頼を高めている。

(2)-4「適切なアドバイス」

患者 L さんは、50 歳代でサービス業、生活習慣病で通院 15 年、入院歴もあった。最近、L さ

んは、肥満治療のため、クリニックで女医さんの診療を受けている。

診察の時、「その先生いろいろ教えてくれるんですよ」「運動の仕方や教材としてビデオテ

ープを渡しますよ」「ダンベルは簡単なんだけど、基礎代謝が上がるから継続してね」と「体

重など毎日書いて、診察の日にもって行きます」「先生と交換日記のようなものですよ」と

語り、頑張りたいとの言葉が聞かれた。

上の例では、患者は医者から運動に関する具体的なアドバイスを受けることで、運動をする理

由と体重を記録に残す意味がよく理解でき、運動への意欲が湧いている。適切なアドバイスは患

者を安心させ、医者信頼に繋がっている。

(2)-5「患者の責極性」

患者 C さん、現在 30 歳代で事務職として働いている。16 歳に骨疾患を発症し、最近再発した。

県内の中核病院での入退院を繰り返している。

16 歳に発病し、最初に医者に質問が多い、患者のくせにと言われ、不安で胸をどきどきさ

せながら医者と関わってきた。入院生活を繰り返しながら、彼女の行動が変わっていった。

病気に関すること、困りごとを相談できる医者をさがした。そこで医者との関わり方を学

んだ。再発したとき、彼女は、医者のタイプを見分けることができるようになっていた。

病室によくくる先生で腰の低い先生がいたので話してもよいと言う判断をした。彼女は、

その先生と話してみることにした。予定されている手術の方法や経過を尋ね、また、手術

を受ける不安を話してみた。その先生はじっくり話を聞いてくれた。また、入院中は、用

30 30

があるわけではなかったが、病室にもよく来てくれ、ベッドに腰かけた。彼女は、結構、

言いたい事を言って、いつの間にか、わがままな患者になっていた。患者 Cさんは、いつ

も先生から「(何の)情報を引き出しています」と語る。現在は自己決定という意識のもと

で医師と関わっていると語った。それは、前の先生のいいなりになっていたからだと言う。

今は、Cさん自身が医者に対して情報を求めていく。医者は「病気と闘うパートナーです」

と語ってくれた。

患者 L さん 40 歳代、男性、生活習慣病で 10 年以上の通院歴と入院経験がある。医者を代えた

経験が2回ある。説明の一貫性のなさから医者を信頼できずにいた。

患者 L さんは、10 年前入院している時、突然、医者からこれ以上よくなりまぜんと言われ

退院するように言われた。患者 L さんは、騙されていると言う気持ちになった。L さんは、

入院室にパソコンを持ちこみ、いろいろな情報収集を始めた。病気のことを調べた。その

後、西洋医療や統合医療、針治療などを学んだ。医者との関わり方も学んだ。彼は自ら自

分の体のことをデータにして医者に渡す。分からないことは、聞くと言うスタイルに変え

ている。医者は、病気と付き合っていくためのパートナーですとはっきり語った。

上の二人は、最初に出会った医者に失望したが、その後は前向きに行動している。患者 C さん

は医者から病気の情報を引き出し、また、患者 L さんは西洋医療や統合医療、医者との関わり方

を医者から学んでいる。その結果、自ら医者を選び、医者をパートナーとしてみるようになった。

つまり、患者は受身ではなく、主体的に行動し、納得いくように医者と関わることで、医者との

関係を築いている。医者と患者は、まさにパートナーである。

(3)医者不信と医者信頼の関連図

次は、患者の語りから抽出した「医者不信」の事例と「医者を信頼できる」事例の分析結果の

概要である。生成した概念とカテゴリーを使って結果図(図1と図2)を説明する。

「医者不信」(図1)では、「断絶」・「無視」がみられ、医者と患者の関係性の欠如がみられる。

患者から医師へのフィードバックも少なく、患者の理解、納得が分からず、医師の専門性も発揮

することが少なくなる。特に、医者の説明不足や一般的なスキルの不足のため、コミュニケーシ

ョンの問題が生じている。「相手無視の会話」が行われ、患者は「意味の取違い」をし、誤解が生

じる。その結果、患者満足度は低下し、医者不信に陥る。

一方、「医者への信頼」(図2)(添付資料)では、「プロ意識」・「観察力」など医者の専門性が

みられる。患者自身が分からないことなどを医者によく質問するだけではなく、患者自身の理解

や納得の程度を医者にフィードバックする。医者はそれに応えて、コミュニケーションスキルを

多様に活用し、傾聴、受容、向き合うことなど対面コミュニケーション、言語のトーンなどで対

応する。また、患者のために「心理的な支援・逃げ道」を与えている。つまり、医者、患者とも

コミュニケーションスキルが多様であり、その中でもフィードバックは重要な意味をもつ。なぜ

なら、医者は患者よりフィードバックされることで、患者の気持ちや病状を正しく理解し、適切

に対応できるからである。ここにおいて、医者の専門性が発揮され、適切な対応が可能となる。

よって、患者の満足度は向上し、医者は信頼を得る。

上に述べた「医者不信のプロセス」(図1)と「医者信頼へのプロセス」(図2)を一つの表に

まとめると、図3「医者不信から医者信頼へのモデル」となる。医者不信から医者信頼へと変化

するプロセスには、患者が過去のつらい経験から医者との関わり方を学び、医者から病気に関す

る情報取集(=学習)をしている。つまり、患者は受け身ではなく、主体的に行動し、納得いく

31 31

図1:医者不信に至るプロセス

図2:医者信頼へのプロセス

ように医者とかかわり、医者を「病気と闘うパートナー」とみるようになった。

4.分析と考察

近年、マスメディアでは「医療事故」「医療不信」「医師不信」などに関連するニュースが報道され、

医師に対する信頼度が低下、患者は医療を安心して受けられない現状から本研究を実施した。そ

32 32

図3 :医者不信から医者信頼へのモデル

こで、患者の視点からみた医療不信とコミュニケーションの関係について明らかにするために、

アンケート調査とインタビュー調査を行った。

アンケート調査では、信頼できる医師の資質に関する調査を行った。因子分析より、「医師と患

者とのコミュニケーションに関する態度」「医者の外見」「患者尊重的な態度」の3つの因子が抽

出された。信頼できる医師に影響する第一因子「医者と患者とのコミュニケーションに関する態

度」は、意思疎通の容易性である。カウンセリングマインド(傾聴、共感、受容)、患者の決断を

待つこと、患者の変化に気づくことなどの医師の人間的な側面である。第二因子は「医者の外見」

で、医者が有名な大学出身、男性であることなどで医者自身のことである。第三因子は「患者尊

重的な態度」で、患者を診療する専門的な態度や技術である。

この結果より、医師と患者の関係性を重視するためには、医師は患者に対し共感的コミュニ

ケーションを行うことが重要であることが明らかとなった。また、患者満足度と医師との信頼構

築を行うためには、医師、患者と双方にコミュニケーションスキル、共感、傾聴が強く求められ

る(塚原、2005、2006)。

さらに、インタビュー調査からは、医者不信と医者信頼のデータを収集できた。「医者不信の事

例」では「関係拒否」「医者の上から目線」「相手無視の会話」「意味の取り違い」の4つのカテゴ

リーが、一方、「医師を信頼できる事例」では「あいづち」「対面コミュニケーション」「配慮・気

づかい」「適切なアドバイス」「患者の積極性」の5つのカテゴリーが抽出された。

医師不信の事例では、医者と患者のコミュニケーションから共感、傾聴、フィードバックなど

33 33

の多様なコミュニケーションスキルが欠如していた。そのため、医師と患者の関係性が確立でき

ず、医師不信につながっていた。このようなコミュニケーションの問題は、医者の専門性が発揮

できなくなる重要な課題を抱えている。具体的には、説明不足(No.16)と不適切な情報(No.12

と No.14)、相手無視の会話(No.11)である。

医者不信の要因の「医者と患者の関係性の欠如」「コミュニケーションスキルの多様性がみえて

こない」は、浅井他(2004)の患者から見た信頼できる医師の要因の中の「医師の態度・言動に

関する要因」と一致していた。しかし、本研究では、浅井の調査で明らかとなった「医師の医学

的な要因」はみられなかった。この理由としては、患者が医者に対して、不信をもっているとき

は、医師の医学的な知識には注目できないし、また、注目しないということが考えられる。

一方、医者信頼の事例では、患者の医者の専門性に対する信頼を基に、医者との関わりをとお

して、疑問に思ったことへの質問、わからないことや理解したことなどに関するフィードバック、

また、医者の対応としては、共感、傾聴、受容、言語・非言語などコミュニケーションスキルの

多様性が明らかとなった。具体的には、傾聴(No.3)、配慮(No.3)、雰囲気(No.5)、受容(No.17)、

言語・非言語では、対面コミュニケーション(No.15)丁寧な説明(No.1, 18)、愛の鞭(No.10)

言語・トーン(No.1, 14, 15)あいづち(No.13, 17)、笑い・和む (No.4, 14)、褒められるこ

と(No.10)である。これらは、日常から医者と患者が、治療内容等を理解し、人間関係を確立

できるようなコミュニケーションの重要な要素である。

以上、アンケート調査と面接調査から、患者は医師に対し、コミュニケーションスキルやカウ

セリングマインドなど、さらに、患者の決断を待つこと、患者の変化に気づくことなどの人間的

な面を求めていたことが明らかとなった。しかし、医者不信に至るプロセス(図1)では、医者

と患者の関係性の欠如からコミュニケーションがうまくいかず、医師は専門性を発揮できなくな

る。そのため、患者が求めている医師とのコミュニケーションを通して人間関係の構築づくりが

困難になり、納得と満足のある治療を受けられなくなり、医療不信へとつながっていた。

また、本研究では、医者不信に陥りながらも、自らの力で医者に対する不信を克服し、医者と

の関係づくりに成功した患者の事例がでてきた。

事例1(女性、30 代)は、16 歳の時に発病した。医者への質問が多く、「患者のくせに」と医

師の上から目線で対応され、不安で胸をどきどきさせながら関わり、医者に対して不満と不信を

抱いていた。しかし、彼女は長い入院生活を繰り返しながら、医者への対応を学習した。次の三

つの行動が示唆的である。(1)病気に関すること、困りごと等を相談できる医者を自分でさがし

た。(2)医師から病気の情報を引き出し自己決定という意識のもとで医師と関わっている。(3)

医師を病気と闘うパートナーとしての関係作りに成功した。

事例2(男性、40 代)は、10 年前入院している時、突然、医者から「これ以上よくなりませ

ん」と退院するようにと言われた。その時、彼は医師に騙されていると言う気持ちになったとい

う。しかし、絶望せず、前向きに捉え、次の行動をとった。(1)入院室にパソコンを持ちこみ、

病気に関する情報収集をした。特に、西洋医療や統合医療、針治療などを調べた。(2)医者との

関わり方も学んだ。(3)彼は自ら自分の体のことをデータにして医者に渡し、「分からないこと

は、聞く」と言うスタイルに変えている。(4)その後、彼は医者を病気と付き合っていくための

パートナーとして認識するようになった。

上記の事例からは、患者は受身ではなく、積極性がみられる。医者との関係性を構築するため

に、まず、医学に関する情報収集を行い、次に、医者とのコミュニケーションを通して、患者自

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身の身体的、心理的な変化や医師への期待を言語化して伝えることで、患者自身が求める医学的

な情報を医師から導き出している。ここで重要なのは、説明された内容の理解を深めるために、

患者は医者へ頻繁にフィードバックを行うことで、医者を動かしているのである。その結果、両

者の関係は向上している。現在では、医者を「自らの病気を克服するためのパートナー」だと呼

べるぐらいの関係になっているという。事例ででてきたこの二人は、齊藤(2004)が提唱する「コ

ミュニケーション能力」を身につけている。医療現場では、患者と医者はお互いに意味をしっか

りつかみ合い、同じチーム、パートナーとして、トラブルに向き合い、言葉を交わしあい、行き

詰まりを共有しながら、新しい意味が生まれている。つまり、医者と患者は、パートナーとして

向き合い、頻繁にコミュニケーションを図りながら、病を克服するために、未来に向かい共に戦

っている。ダイナミックなコミュニケーションにより、患者は医者の伝えたい意味を理解でき、

また、医者も患者の気持ちを理解することで、安心して専門的治療を行うことができる。この未

来を見据えた「コミュニケーション能力」こそが、医者に対する不信を払拭し、信頼に近づける

道だといえるだろう。

本調査からは、医者が専門性を発揮する前には、医者のプロフェッショナルな態度、「いかに」

に伝えるというコミュニケーションの問題、患者の訴えに「いかに」耳を傾けるかという傾聴な

どの問題が明らかとなった。しかし、現実には、医者が専門家として医学的説明をする、あるい

は医学的見解を述べる時、患者は会話の優先権を取れず、患者の不安や訴えたい事は、医者から

の共感の言葉を聞いた時や、いわゆる<取り引き>で交渉の余地を感じた時でなければ、会話の

テーブルにのせることが難しい状況がある(灘光、2004)。だとしても医者とのコミュニケーシ

ョンの問題は、受け身的態度ではうまくゆかず、患者が主体的に行動し、コミュニケーションを

通して医者との関わる中で解決の糸口があると考える。患者からみた信頼を得る医者とは、患者

の語る言葉に耳を傾け、言外に表現される感情を受け止め、患者と向き合う姿勢を持つたうえで、

共に病に立ち向かい、医療を実践できるかにかかつていると言えよう(西垣、2005b)。そのため

には、医者から聴く姿勢を求めるだけではなく、制度的バックアップである患者中心のよりよい

医療を提供するチーム医療や、患者が医者と向き合う姿勢の中で、医者不信の問題は解決できる

と考える。

5.おわりに

本研究は、患者の視点からみた医師不信とコミュニケーションに関する研究である。今回のイ

ンタビュー調査では、サンプル数が少ないので、一般化するには限界がある。そこで、医者と患

者の間のコミュニケーションの問題を理解するには、患者だけではなく、医者の観点からの研究

も必要である。今後は医者の観点から見た医療不信とコミュニケーションの研究を行い、患者と

医者の両方のデータを蓄積し、医者不信から医者信頼へのメカニズムへの解明と、医者信頼への

モデルの理論化を進めていきたい。将来的には、医療コミュニケーションとして、医者をはじめ

とするチーム医療に携わる、看護師、薬剤師などの医療従事者の語りを通した研究も必要で、こ

れらは今後の課題としたい。

註 1) 本論文は日本コミュニケーション学会第 40 回年次大会(2010 年 10 月2日)と日本コミュニケーション学会

中国四国支部大会&第5回医療コミュニケーション教育セミナー(共催)(2010 年 11 月 14 日)で発表した

内容を発展させ、大幅に加筆修正したものである。

35 35

2) DRG/PPSとは、米国の医療費の定額払い方式。各種の疾病を医療資源の必要度から数百程度の診断群

に分類して(DRG),その診断群ごとに標準的な医療費を定めて支払う(PPS)方法。診断群別包括支払い方

式のことである。

3) 生活習慣病とは、毎日のよくない生活習慣の積み重ねによって引き起こされる病気である。日本人の3分の

2近くはこれでなくなる。代表的な疾患は、高血圧、糖尿病、脳卒中、脂質異常、肥満、心臓病等である。

4) A 病院は約 300 床台の病院であり、多数の診療科があり1日の外来患者数は平均 900 名となっている。

5) B クリニックは、約 300 床台の病院に併設されたクリニックで、多数の診療科をもっており外来患者数が 1

日 1000 名を超えている。

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