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問題と目的 本研究は、保育の場ならではの集団に対する絵本の 読み聞かせの意義を実践の事例分析をもとに検討しよ うとするものである。 保育における絵本の読み聞かせ研究は、これまでに も数多く行われてきた(例えば、横山,2004)。しか し、近年の絵本と子どもをめぐる状況の変化は著しい。 絵本と子どもの関係の新たな時代の幕開けともいえる。 保育とは、今を生きる子どもたちの姿を捉え、未来 の育ちへとつなぐ支援を行う営みである。そこで本研 究では、まず絵本と子どもが置かれている現状を概観 した上で、保育の場での読み聞かせの意義について検 討していくことにする。 絵本と子どもをめぐる現状 あふれる絵本と早まる出会い 2000年の「子ども読書年」以来、絵本と子どもをめ ぐる状況は大きく変わった。現在、日本では年間2000 冊近い絵本が出版され、0歳児健診などで赤ちゃんに 絵本を手渡す「ブックスタート」が全国の1/3以上の自 治体で実施されている(2007年11月30日現在、全国の 1823の市区町村の内631で実施)。今、まさに子どもた ちは「あふれる絵本と早まる出会い」(横山,2006)の 中にいる。 さらに近年では、絵本を読む人と読んでもらう人、 及びその関係性、あるいは絵本の読まれ方も変化して いる。絵本は「大人が子どもに読む本」(松居,2001) と言われてきたが、そのありようが大きく変わってき ている。 絵本をめぐる読む・聞く関係の広がり 従来、子どもがはじめて絵本と出会う場、すなわち 家庭では、絵本を読むのは主に母親だった。絵本はい わば「女性と子ども」のものだった。しかし、絵本を 読む父親も増えている。父親の育児参加の1つとして 絵本の読み聞かせが提案されるようになり(例えば、 宮川,2004)、絵本の読み手に父親、すなわち男性が加 わり始めた。 聞き手も乳幼児とは限らなくなった。この本だいす きの会(2004)は、小学校の高学年の子どもたちと絵 保育における集団に対する絵本の読み聞かせの意義 41 保育における集団に対する絵本の読み聞かせの意義 -5歳児クラスの読み聞かせ場面の観察から- 横山真貴子 (奈良教育大学 幼年教育教室) 水野千具沙 (大阪府高槻市立郡家幼稚園) A Study of Reading Picture-Books to Children in a Whole Group Activity in Kindergar ten. Makiko YOKOYAMA (Department of Early Childhood Education, Nara University of Education) Chigusa MIZUNO (Gunge Kindergarten) 要旨:絵本と子どもをめぐる現状を概観した上で、保育の場ならではの集団に対する絵本の読み聞かせの意義を検討 した。幼稚園5歳児3クラスの読み聞かせ場面の2回の観察と保育者のインタビューから、保育における読み聞かせ の意義として2点指摘した。第1に、保育者と子どもたちの安定した信頼関係の上に積み重ねられる共有体験(一体 感)であること。第2に、絵本と子どもの生活が連続した読み聞かせであること。さらに、現状をふまえた上で今後 の読み聞かせのあり方として、5歳児とともに日常を離れた空想世界を楽しむ絵本の読み聞かせを提案した。 キーワード:絵本 picture-book,集団に対する読みきかせ reading to children in a whole group activity, 保育実践 daily practice in kindergarten

保育における集団に対する絵本の読み聞かせの意義 - nara-edu ......した。幼稚園5歳児3クラスの読み聞かせ場面の2回の観察と保育者のインタビューから、保育における読み聞かせ

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Page 1: 保育における集団に対する絵本の読み聞かせの意義 - nara-edu ......した。幼稚園5歳児3クラスの読み聞かせ場面の2回の観察と保育者のインタビューから、保育における読み聞かせ

1.問題と目的

 本研究は、保育の場ならではの集団に対する絵本の

読み聞かせの意義を実践の事例分析をもとに検討しよ

うとするものである。

 保育における絵本の読み聞かせ研究は、これまでに

も数多く行われてきた(例えば、横山,2004)。しか

し、近年の絵本と子どもをめぐる状況の変化は著しい。

絵本と子どもの関係の新たな時代の幕開けともいえる。

 保育とは、今を生きる子どもたちの姿を捉え、未来

の育ちへとつなぐ支援を行う営みである。そこで本研

究では、まず絵本と子どもが置かれている現状を概観

した上で、保育の場での読み聞かせの意義について検

討していくことにする。

1.1.絵本と子どもをめぐる現状

1.1.1.あふれる絵本と早まる出会い

 2000年の「子ども読書年」以来、絵本と子どもをめ

ぐる状況は大きく変わった。現在、日本では年間2000

冊近い絵本が出版され、0歳児健診などで赤ちゃんに

絵本を手渡す「ブックスタート」が全国の1/3以上の自

治体で実施されている(2007年11月30日現在、全国の

1823の市区町村の内631で実施)。今、まさに子どもた

ちは「あふれる絵本と早まる出会い」(横山,2006)の

中にいる。

 さらに近年では、絵本を読む人と読んでもらう人、

及びその関係性、あるいは絵本の読まれ方も変化して

いる。絵本は「大人が子どもに読む本」(松居,2001)

と言われてきたが、そのありようが大きく変わってき

ている。

1.1.2.絵本をめぐる読む・聞く関係の広がり

 従来、子どもがはじめて絵本と出会う場、すなわち

家庭では、絵本を読むのは主に母親だった。絵本はい

わば「女性と子ども」のものだった。しかし、絵本を

読む父親も増えている。父親の育児参加の1つとして

絵本の読み聞かせが提案されるようになり(例えば、

宮川,2004)、絵本の読み手に父親、すなわち男性が加

わり始めた。

 聞き手も乳幼児とは限らなくなった。この本だいす

きの会(2004)は、小学校の高学年の子どもたちと絵

保育における集団に対する絵本の読み聞かせの意義

41

保育における集団に対する絵本の読み聞かせの意義 

-5歳児クラスの読み聞かせ場面の観察から-

横山真貴子

(奈良教育大学 幼年教育教室)

水野千具沙

(大阪府高槻市立郡家幼稚園)

A Study of Reading Picture-Books to Children in a Whole Group Activity in Kindergar ten.

Makiko YOKOYAMA

(Department of Early Childhood Education, Nara University of Education)

Chigusa MIZUNO

(Gunge Kindergarten)

要旨:絵本と子どもをめぐる現状を概観した上で、保育の場ならではの集団に対する絵本の読み聞かせの意義を検討

した。幼稚園5歳児3クラスの読み聞かせ場面の2回の観察と保育者のインタビューから、保育における読み聞かせ

の意義として2点指摘した。第1に、保育者と子どもたちの安定した信頼関係の上に積み重ねられる共有体験(一体

感)であること。第2に、絵本と子どもの生活が連続した読み聞かせであること。さらに、現状をふまえた上で今後

の読み聞かせのあり方として、5歳児とともに日常を離れた空想世界を楽しむ絵本の読み聞かせを提案した。

キーワード:絵本 picture-book,集団に対する読みきかせ reading to children in a whole group activity,

      保育実践 daily practice in kindergarten

Page 2: 保育における集団に対する絵本の読み聞かせの意義 - nara-edu ......した。幼稚園5歳児3クラスの読み聞かせ場面の2回の観察と保育者のインタビューから、保育における読み聞かせ

本を読みあう実践をまとめている。大学の一般教養の

授業で学生と絵本を読みあう教員もいる(前島,1998)。

 大人が絵本を読むのは、子どもだけではない。村中

(2002)は施設の高齢者と絵本を読みあう実践を綴っ

ている。絵本を一緒に読むことで、時には人生の色々

の受け止め方をお年寄りから学ぶ活動の様子を丁寧に

紹介している。聞き手の幅も広がっている。

 大人自身も自分のために絵本を読むべきだとの主張

もある。例えば柳田(2001)は、「絵本は人生に三度読

むべき」だという。「『人生に三度』とは、まず自分が

子どもの時、次に自分が子どもを育てる時、そして自

分が人生の後半に入った時」(p.87)である。人生の後

半、すなわちそれまでの人生の起伏を振り返る時期に

絵本を読むと、絵本から新しい発見と言うべき深い意

味を読みとることが少なくないという。こうした主張

を受けて、大人向けの絵本ガイドも増えている(例え

ば、金柿,2007)。

 1つのファッションとして絵本を手にする動きも、

若い女性を中心としてみられる。例えば杉浦(2006)

は、雑貨やカフェと同列に絵本を並べ、これらを探し

に散歩に出かけるエッセイを綴っている。

 このように絵本は、読み手・聞き手の幅を広げ、読

まれ方も多様になってきている。しかし、それだけで

はなく、絵本自体も変化している。

1.1.3.絵本の広がり

 佐々木(2004)は、従来の「物語絵本」とは別に、

最近の絵本には「美術・造形的な感性を生かした絵本

やナンセンス絵本、視覚トリックを活かした絵本」な

ど、様々なタイプの絵本があるとし、絵本を構造の観

点から2つに分類している。

 1つ目は、従来の「物語絵本」を中心とした「意味

の世界」を絵と文章で表現する絵本である。2つ目が

新たに登場してきた『もこ もこもこ』(谷川俊太郎

さく・元永定正え、文研出版)や『ちへいせんのみえ

るところ』(長新太,ビリケン出版)など、「物事が予

期しないところで現れる(事件が起こる)面白さ」を

もつ「存在の構造を察知させる絵本」である。そして、

後者の「以前には存在しなかった絵本」が子どもとの

新しい関わりを生むと事例をもとに述べている。

 このように、「絵本・読み手・聞き手」の3者の幅

が広がり、それぞれの関係が変わってきている。こう

した広がりや変化は、子どもが絵本と出合う場も大き

く広げている(横山他,2007)。

1.1.4.絵本と出会う場の広がり

 絵本の数が増え、読み手の幅が広がることによって、

子どもたちは家庭はもちろんのこと、保育所や幼稚園、

図書館や書店においても、絵本を読んでもらう機会を

持てるようになった。両親や保育者だけでなく、図書

館司書や書店員、地域の保護者やボランティアの人に

も読んでもらえる。いわば「いつでも、どこでも、い

ろんな人から」絵本を読んでもらうことが可能になっ

てきている。

1.1.5.保育の場ならではの絵本との出会い

 このように子どもが絵本と出会う場が広がってくる

と、それぞれの場での出会いの意味を改めて考えてみ

る必要が生じる。子どもは、家庭でも、地域の図書館

でも、書店でも、絵本を読んでもらうのである。では、

保育の場で絵本を読む意味は何なのか?

 幼児教育の基本を示す「幼稚園教育要領」(1998)を

見ると、絵本についての記述は「言葉」の領域の3箇

所に見られる。そこでは、絵本に親しむことによって、

「先生や友だちと心を通わせる」「想像する楽しさを

味わう」「豊かなイメージをもつ」「言葉に対する感覚

を養う」ことが目指されている。

1.2.保育における絵本の読み聞かせの意義を問う

1.2.1.先行研究の概観

 では、実際に保育者はどのように日常の保育の中に

絵本の読み聞かせを組み込んでいるのだろうか。

 横山は一連の研究(横山,2000,2003,2004)で、

幼稚園で日常的に行われている絵本場面を保育者の思

考と共に分析している。その結果、絵本を読む時間帯

は、ほっと一息つく降園前や昼食前が多いこと、読み

始める前に手遊びなど他の活動から絵本に集中させる

導入を行っていること、絵本の読み方には保育者特有

のスタイルがあるが、同じ保育者でも絵本によって読

み方が異なり、その読み方は保育者が絵本に対して持

つ「ねらい」と対応すること、また読み方の大まかな

方針は前もって決めているが、眼前の子どもの反応を

見ながら即興的に対応し、発話の内容は保育者個人の

主張を述べるよりも、子どもの発話を繰り返したりし

て1人の意見を全員が共有できるようなやりとりをし

ていることなどが明らかになっている。こうした結果

から、保育における集団での絵本の読み聞かせの意義

として、「共有体験」をもつことが挙げられている。

 しかし上記の研究には、以下の3点の課題が残され

ている。まず第1に、日々の保育の営みを丸ごと捉え

るために、選書の段階から複数の保育者の読み聞かせ

を比較した研究がない。先行研究では、4人の保育者

が同じ絵本を2冊ずつ読んだり(横山,2004)、1人の

保育者が同じ絵本(横山,2000)やシリーズ絵本(横

山,2003)を繰り返し読む場面を対象としている。し

かし、保育は子どもを理解した上で、「何を読むか」

といった選書(教材選択)を行うことから始まる。「今、

ここ」にいる子どもたちの姿を捉え、「このように育っ

てほしい」といった「ねらい」を持って、保育者は絵

本を選ぶのである。また同じ絵本を読んでも、保育者

の「ねらい」によって読み方も異なる(横山,2004)。

それゆえ、保育実践を捉えるためには、保育者の行動

だけではなく、「ねらい」の検討も不可欠である。読

横山  真貴子・水野 千具沙

42

Page 3: 保育における集団に対する絵本の読み聞かせの意義 - nara-edu ......した。幼稚園5歳児3クラスの読み聞かせ場面の2回の観察と保育者のインタビューから、保育における読み聞かせ

み聞かせにおいては、「ねらい」を反映する絵本を含

めた検討が必要なのである。「子ども理解」の上にあ

る「保育のねらい」と「実践の具体」、この3つの流

れを全体的に捉えることが保育の実践研究では重要だ

と考える。

 第2に、研究対象となった保育者の保育経験が短い。

上記の研究では、保育者の経験は1~7年であった。

この時期は、いわば保育者として知識や技能を獲得し

自分の保育を作り上げていく成長途上の時期(横山,

2004)である。それゆえ、それまでの経験から自らの

保育のあり方をすでに構築しているベテランの保育者

を対象に、安定した保育の営みの中での読み聞かせに

ついて検討していく必要があるだろう。

 第3に、子どもの育ちを考慮して観察時期を設定す

る必要がある。横山(2004)では、同じ年の6月に1

週間の間隔をおいて2回の観察を行っている。しかし、

例えば夏休みを挟んで学期が変われば、子どもの育ち

も変わり、それに応じて保育の活動も変わる。それゆ

え、学期を違えての観察が必要である。

1.2.2.本研究の目的

 そこで、本研究では以上の3つの課題を踏まえ、日

常的に担任保育者が自分のクラスの子どもたちに絵本

を読む場面を①絵本の選書を含めて対象とする。その

際、②10年以上のベテランの保育者を対象とし、観察

の時期を③学期を違えて2回設定する。また、読み聞

かせの場面の観察と共に保育者へのインタビューを行

い、読み聞かせに関連する保育者の意図やねらいも明

らかにする。

 これらの分析を通して、本研究では保育を作り出す

主体である保育者の観点から、保育における集団に対

する読み聞かせの実際を明らかにする。そして、その

上で現在の子どもと絵本をめぐる状況を踏まえ、保育

の場で絵本を読むことの意義を考察していく。

2.方  法

2.1.対 象

 N県内の国公立の幼稚園3園の5歳児1クラスずつ。

Table1に対象クラスの担任保育者の保育年数、子ども

の人数を示した。

 なお、5歳児を対象としたのは、5歳後半になると、

ファンタジーの技法が理解できるようになり、物語の

楽しさをいっそう味わえると共に、理解できる絵本の

ジャンルが広がる時期だからである(内田,1989)。

2.2.手続き

2.2.1.読みきかせ場面の観察

時期 Table1に観察日を示した。2006年5月~10月

の期間に、各クラスで1学期と2学期に1回ずつ、計

2回の観察を行った。

場面 担任保育者が日常的に行っているクラス集団に

対する読みきかせの場面を対象とした。何の絵本を、

いつ(時間帯)、どのように読むかは保育者に任せ、

その内容も分析の対象とした。

記録 ビデオカメラ1台で子どもの様子を撮影し、MD

録音機で保育者と子どもの発話を録音した。併せて、

第2著者が観察者として場面に入り、保育者・子ども

の行動と発話をフィールドノートに記録した。

2.2.2.保育者へのインタビュー

時期・手続き 原則として観察日の保育終了後に、第

2著者が保育者と1対1で行った(B保育者の1回目

のみ、観察の翌週6月28日に実施した)。事前に用意し

た以下の内容について質問した。

内容 「保育の中での絵本の位置づけ」「絵本の読み聞

かせに関して」「観察時の絵本の読み聞かせについて」

尋ねた。詳細を以下に示す。これらの内容は、読み聞

かせの際の留意点として実践者から指摘されることが

多い項目(例えば、代田,2002)である。

(1)保育の中での絵本の位置づけ:(a)読み聞かせ

の頻度、(b)時間、(c)ねらい(身につけさせたいこ

と)

(2)絵本の読み聞かせに関して:(a)選書の際の留

意点、(b)読み聞かせ前の導入、(c)読みきかせ中の

配慮、(d)子どもの発話への応答、(e)幼稚園での読

み聞かせのよさ、(f)一体感が生まれる時、(g)一体

感が生まれない時(集団での読み聞かせの意義は「聞

き手の一体感」、あるいは「共有体験」にあることが

しばしば指摘される(例えば、梅本,1989)。そのため

本研究では、特に「一体感」(共有体験)について問

うた。)

(3)観察時の絵本の読みきかせについて:(a)選書

の理由、(b)子どもの反応の予想、(c)実際の子ども

の反応

2.3.分 析

2.3.1.読みきかせ場面の分析

 録画・録音テープ、及び観察者の記録から、読み聞

かせ場面の保育者と子どもの発話をプロトコルにおこ

した。ただし、子どもの発話には小さな声でのつぶや

きや複数の発話の重なりがあり、全てを完全に記録す

ることはできなかった。また本研究は、保育における

読み聞かせの意義を、保育者の観点から検討すること

を目的とする。そのため、主に保育者の発話に主眼を

おいた分析を行った。保育者の発話には、以下の4点

から数量的な分析を加えた。

保育における集団に対する絵本の読み聞かせの意義

43

Table1 対象の属性

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(a)発話数:保育者の発話の量を検討するために、

発話数を分析した。発話は、原則として読点を1つの

区切りとして分割したものを1発話とした。

(b)発話箇所:絵本を読んでいる最中に、読み手が

絵本の地の文以外の発話をすることの是非は、従来か

ら実践者の中で議論されている(例えば、横山,2004)。

そこで、保育者が読み聞かせ中に発話する場合、絵本

のどの箇所で発話するのか、読み聞かせ開始前、表紙、

見開き、各見開きページ、裏表紙、読後の箇所で、発

話数を調べた。

(c)発話内容:何を話題の中心として場面が展開し

ていくのかを明らかにするために、発話内容を分析し

た。分類カテゴリーは、本研究同様、保育における集

団に対する読み聞かせを分析している横山(2003)を

参考に作成した。Table2がそのカテゴリーである。保

育者の発話は全てこのカテゴリーのいずれかに分類し

た。

(d)発話形態:保育者が中心となって、いわば一方

的に場面を進めていくのか、あるいは子どもの応答を

求めながら進めていくのかといた場面展開のあり方を

明らかにするために、保育者の発話形態を調べた。具

体的には、保育者が子どもに返答を求めているか否か

で以下の3つの形態に分類した(Table3参照)。

 評定は、2人の評定者が独立に行った。一致率は、

発話単位96.8%、発話内容94.6%、発話形態98.9%であっ

た。不一致の箇所は、協議により解決した。

2.3.2.保育者へのインタビューの分析

 各保育者へのインタビューの結果を比較し、共通点

と相違点をまとめた。またインタビュー結果が、保育

者の読み聞かせ時の発話とどのように関連しているか、

保育者の思考と行動との関連を検討した。

3.結 果 と 考 察

3.1.読み聞かせ場面の分析結果と考察

3.1.1.読まれた絵本

 次ページのTabel4に3人の保育者がそれぞれ読んだ

絵本の概要をまとめた。併せて、保育者へのインタ

ビュー結果から、その絵本の選択の理由を「ねらい」

として表中に記した。また絵本を読んだ時間帯と読み

聞かせに関連する保育活動も記した。

 Table4を見ると、3人の保育者が読んだ絵本は、い

ずれも5歳児の日常生活に通じる「物語絵本」といえ

る。保育者のねらいも、A先生が「自分たちの経験と

重ね合わせて楽しんでほしい」(『ぐりとぐらのえんそ

く』)と述べているように、物語に子ども自身の生活

経験を関連づけて、絵本世界を楽しむことにおかれて

いた。

 保育者のねらいには、もう1点、共通点があった。他

者の「気持ち」への気づきである。これは1学期2学

期の時期を問わず共通してみられた。絵本世界を子ど

も自身に重ね合わせながら、「素直になれない気持ち」

(B先生『あしたはてんき』・C先生『ごめんねとも

だち』)や「うれしい気持ち」(B先生『うれしいが

いっぱい』)に気づいて、共感できるようになってほ

しいと語っている。

3.1.2.保育者の発話の特徴(1):3人の保育

者の共通点

Tabel5に3人の保育者の発話内容および発話形態の

分析結果を示した。

横山  真貴子・水野 千具沙

44

Table3 保育者の発話形態

Table 2 保育者の発話内容カテゴリー

Table5 3人の保育者の発話内容と発話形態

Page 5: 保育における集団に対する絵本の読み聞かせの意義 - nara-edu ......した。幼稚園5歳児3クラスの読み聞かせ場面の2回の観察と保育者のインタビューから、保育における読み聞かせ

保育における集団に対する絵本の読み聞かせの意義

45

Table4 3人の保育者が読んだ絵本の概要とねらい

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(a)発話数:Tabel5の合計欄を見ると、C先生の1

回目は15、A先生の2回目は109というように、保育者

によってばらつきが大きい(レンジ15~109)。またA

先生のように、絵本によって発話数が大きく異なる保

育者(1回目39、2回目109)もいれば、B先生(1回

目70、2回目87)のように比較的安定している保育者

もいる。

(b)発話箇所:結果をFigure1-1~1-3にまと

めた。なお、グラフの縦軸が発話数、横軸は絵本のペー

ジ数である。絵本によってページ数が異なる(Table

4参照)ため、グラフは長い絵本のページ数をもとに

作成し、短い絵本の余分のページでは発話数を0とし

た(例えば、C先生では『ごめんねともだち』は32ペー

ジしかない。そのため、グラフの「34-35」~「40」

の発話数は0となっている)。

 3つのグラフを見比べると、3人の保育者の共通点

として、保育者の発話は絵本の本文を読んでいる間は

少なく、絵本開始前か本文を読み終わった後に集中し

ていることが指摘できる。このことより、5歳児では、

絵本の本文の読みの最中には、保育者が言葉を挟むこ

とが少ないことが分かる。物語の流れを遮ることなく、

絵本の本文を読むことに集中していることが伺える。

(c)発話内容:Tabel5に示したように、発話内容は

いずれの保育者とも「内容理解」と「関連づけ」が多

くなっていた。B先生の1回目を除き「関連づけ」は

発話総数の4割以上を占めている。「読まれた絵本」

の結果で見たように、保育者は読み聞かせのねらいに、

絵本世界と子どもの世界との重ね合わせを挙げていた。

その保育者の意図が、実際の発話にも反映されている

ことが分かる。

 Table6-1、6-2に「日常体験との関連づけ」

のプロトコルの例を示す。

 Table6-1は、絵本の見返しに書かれた文章を保育

者が読んだ後、子どもたち自身の体験に引きつけて場

面を展開している例である。「みんなのうれしいことっ

て何?」の発話の後、子ども1人ひとりにその体験を

聞いている。最終的には、クラスの約半数にあたるの

べ15人の子どもにうれしい体験を聞いた。絵本の本文

を読み始める前に、物語自体をぐっと子ども自身に引

きつけて、読み進めている。

 Table6-2は、絵本を読み終えた後、保育者が「み

んなはさ、ごめんねって言えへんときある? ない?」

と絵本の内容を子どもたち自身の体験に置き換える問

いかけをし、子どもたちとやりとりを重ねている場面

である。Table4にあるように、C先生のこの絵本のね

らいは、「『ごめんね』と言えるかどうかだけでなく、

友だちとのかかわりの中で自分の気持ちを素直に伝え

たり、人の気持ちを考えられるようになってほしい。」

である。このねらいに対応して、Table6-2では、「素

直に謝れないことがある」男児に、「そんなときはど

うするの?」と聞き、答を求めている。そして、U児

横山  真貴子・水野 千具沙

46

Table6-1 「日常体験との関連づけ」のプロトコ

ル例(1)(B先生『うれしいがいっぱい』)

Figure1-1 A先生の発話箇所

Figure1-2 B先生の発話箇所

Figure1-3 C先生の発話箇所

Page 7: 保育における集団に対する絵本の読み聞かせの意義 - nara-edu ......した。幼稚園5歳児3クラスの読み聞かせ場面の2回の観察と保育者のインタビューから、保育における読み聞かせ

の「いつかはごめんて言う」という答を、「(いつかは)

勇気を出して(ごめんって)言うんだって。」と繰り

返し言葉にして、全員に伝えている。さらに「すごい

な、かっこいいな」とU児の行動に対して感想も述べ

ている。絵本の世界を閉じた後に、その世界を子ども

自身に引き寄せている。

(d)発話形態:Tabel5にあるように、発話内容との

関連から見ると、「ルール」ではいずれの保育者も「肯

定」が多く、直接的な指示を行っていることが分かる。

しかし、「内容理解」や「関連づけ」では、3人の保育

者に共通した特徴は見られなかった。

3.1.3.保育者の発話の特徴(2):3人の保育

者の相違点

(a)発話数:3人の保育者が同じ絵本2冊を読み聞

かせる場面を比較した先行研究(横山,2004)では、

2冊の絵本で発話数の多寡が異なる「変更型」と絵本

によらず発話数が安定している「一貫型」の保育者が

みられた。本研究でもA、C先生は「変更型」、B先

生は「一貫型」といえた。こうした特徴が、絵本場面

に限定されるものなのか、他の保育活動においても見

られる各保育者の特徴なのかは、今後の検討を要する。

(b)発話箇所:3人の保育者に共通して、発話は読

み聞かせの前後に集中していた。しかしFigure1の3

つのグラフを見比べると、A先生は他の保育者に比べ

て、本文の読みの最中にも発話が見られた。

(c)発話内容:Figure2-1~2-3に3人の保育

者の発話内容の比率をグラフに示した。

 Figure2の3つのグラフを見ると、3人の保育者の

共通点として、「関連づけ」がそれぞれの読み聞かせ

の発話総数の約4割を占めていることが分かる。

 次に各保育者の特徴を見ると、まずC先生の「ルー

ル」発話の多さが目に入る。その原因として、C先生

の発話総数の少なさが挙げられる。Table2に示したよ

うに、「ルール」には読み聞かせの開始や終了の宣言

など、大概の読み聞かせに見られる発話が含まれる。そ

れゆえ、全体の発話数が少ない場合、「ルール」の比

率が高くなる(横山,2004)。C先生はTable5にある

ように、他の2人の保育者に比べて発話数が少ない。

それゆえ、必ず言及される「ルール」の比率が高く

なったことが指摘できる。

 C先生の発話内容を発話箇所との関連から見ると、

発話箇所はFigure1-3にあるように、読みの前後に

集中している。その発話内容を調べると、『わんぱく

だん』では3発話の内「ルール」が2(66.7%)、『ご

めんねともだち』では9発話の内「ルール」が8(88.9%)

だった。読みの前は、題名を読み、読み聞かせの開始

を宣言したり、読む態度を正すといった「ルール」が

主であり、逆に「関連づけ」は主に読後に行われてい

た。

(d)発話形態:結果をFigure3にまとめた。保育者

間でばらつきが見られるが、保育者内では2冊の絵本

の読み聞かせにおいて発話形態の比率はほぼ安定して

いた。A先生、C先生は子どもからの応答を求めない

「肯定」の発話が2冊の絵本を通じて多い。特にA先

生はいずれの絵本でも「肯定」が6割を超えている。

逆にB先生は、「発問」「応答」の比率が高い。

保育における集団に対する絵本の読み聞かせの意義

47

Table6-2 「日常体験との関連づけ」のプロトコ

ル例(2)(C先生『ごめんねともだち』)

Figure2-1 A先生の発話内容

Figure2-2 B先生の発話内容

Figure2-3 C先生の発話内容

Page 8: 保育における集団に対する絵本の読み聞かせの意義 - nara-edu ......した。幼稚園5歳児3クラスの読み聞かせ場面の2回の観察と保育者のインタビューから、保育における読み聞かせ

 ここまでの結果から、3人の保育者にはそれぞれ以

下のような特徴があることが指摘できる。

A先生:絵本の文章を読んでいる間にも発話を挟み、

その発話は子どもからの応答を求めない「肯定」が多

い。保育者が随時、説明を加えながら場面が展開する

「コメント型」といえる。

B先生:絵本を読む前後に、子どもの応答を求めた発

問と子どもへの応答による対話によって読み聞かせが

進む「対話型」といえる。

C先生:全般的に発話数が少なく、読後に言いたいこ

とをまとめて発話する「要点型」といえる。

3.2.保育者のインタビューの分析結果と考察

 Table7に3人の保育者のインタビュー結果をまとめ

た。以下、Table7の項目毎に考察を加えていく。

3.2.1.保育の中での絵本の位置づけ

(a)読み聞かせの頻度・(b)時間帯:いずれの保育

者も、降園前に時間があればクラスで絵本を読むとい

うことだった。幼稚園の1日の締めくくりに、保育者

が子どもたち全員と向き合う時間を作っていることが

指摘できる。

(c)ねらい:3人の意見が分かれたのがこの項目だっ

た。「絵本」を通して、何らかの力を育みたいと考え

ているA先生(集中力や話を聞く態度)とB先生(友

だちを思いやる心)、一方C先生は「絵本」の世界そ

のものを楽しんでほしいと願っていた。

3.2.2.絵本の読み聞かせに関して

(a)選書の際の留意点:いずれの先生も「子どもの

生活・興味」「季節感」「行事」との関連をあげた。日

常的に子どもたちと接している保育者ならではの子ど

も理解にもとづく絵本の選択といえる。

(b)読み聞かせ前の導入:3人とも絵本を読み始め

る前に、手遊びをしたり話をしたり、ある程度子ども

を集中させてから読み始めるようにしていた。子ども

の気持ちを絵本に向けさせ、絵本世界の入り口をしっ

かりと立ち上げてから、絵本に入っていた。

(c)読みきかせ中の配慮:「子どもの表情を見ながら

読む」ことが3人に共通していた。また、淡々と読む

のではなく、内容によって読み方を変えたり(A先生)、

声の抑揚をつけたり(B先生)の工夫もしていた。

(d)子どもの発話への応答:3人とも共通して、絵

本の内容に関連したり、子どもが誤って認識している

発話にはしっかりと答え、絵本の内容に関係しない発

話には頷いたりじっと見つめるなど、絵本の流れを崩

さずに対応すると答えた。子どもの発話に一律に対応

するのではなく、発話の内容に応じて対応しているこ

とが分かる。

(e)幼稚園での読み聞かせのよさ:友だちの存在を

基盤とした「絵本の楽しさの共有」が共通の答だった。

(f)一体感が生まれる時:3人とも子どもの発話から

「一体感」を感じていた。子どもの自発的な発話や意

図やねらいに沿った内容の発話から「一体感」を感じ

ていた。しかし、細かい点は保育者によって異なった。

A先生は子どもの「自発的」な発話から一体感を感じ

ているが、B先生は「全体の反応」の大きさを挙げ、

C先生は子どもたち「全体の視線」から一体感が生ま

れると感じていた。

(g)一体感が生まれない時:基本的にはどの保育者

も、話が始まると子どもたちは聞き入ると捉えていた。

一体感が生まれないのは、子どもの興味や生活に絵本

の内容が合わなかった時というのが共通した答だった。

子どもにとって身近であったか、子どもの生活に即し

ていたかどうかが重要であると保育者は捉えていた。

3.2.3.観察時の絵本の読みきかせについて

(b)子どもの反応の予想:どの保育者も、子どもが

自分の体験と重ね合わせてみると考えていた。B先生

は、2冊の絵本とも「質問したら(子どもが)答えて

くれるだろう」とも予測していた。

(c)実際の子どもの反応:3人とも、子どもが予想

通りの受け止め方をしていると感じていた。さらに、

C先生のように予想以上に自分自身のことに置き換え

たり、絵本の内容を理解し、思った以上にねらいが達

成できたと考える保育者もいた。保育者は子どもの反

応を予想して絵本を選び、実際の子どもの反応もその

予想の範囲内に収まることが多いようだった。保育者

の予想を上回る反応も見られたが、ねらいから離れた

予想外の反応は今回は見られなかったようだった。

4.総合的考察

 本研究では、集団に対する読み聞かせ場面を5歳児

3クラスで各2回ずつ観察した後、保育者に読み聞か

せに関するインタビューを行った。先行研究の問題点

を克服するために、①選書の段階から、②ベテラン保

育者を対象とした、③学期をまたいだ観察を行った。

 ここでは、以上の分析の結果から、保育における読

横山  真貴子・水野 千具沙

48

Figure3 3人の保育者の発話形態

Page 9: 保育における集団に対する絵本の読み聞かせの意義 - nara-edu ......した。幼稚園5歳児3クラスの読み聞かせ場面の2回の観察と保育者のインタビューから、保育における読み聞かせ

保育における集団に対する絵本の読み聞かせの意義

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Table7 3人の保育者のインタビュー結果

Page 10: 保育における集団に対する絵本の読み聞かせの意義 - nara-edu ......した。幼稚園5歳児3クラスの読み聞かせ場面の2回の観察と保育者のインタビューから、保育における読み聞かせ

み聞かせの実際をまとめ、保育の場ならではの絵本の

読み聞かせのあり方について考察を加えていく。

4.1.保育における読み聞かせの実際

 読み聞かせ場面と保育者へのインタビューの分析結

果から、保育における集団での読み聞かせの特徴とし

て、大きく以下の4点が指摘できる。

 まず第1に、保育者が絵本を保育の中に入れる際に

留意している点は、選書・読みの最中の発話の内容の

いずれにおいても、絵本の内容と子どもの生活体験と

を結びつけることだった。「幼稚園教育要領」(1998)

にも、「絵本や物語などで、その内容と自分の経験と

を結びつけたり」と子どもの経験と絵本との関連づけ

が指摘されている。日頃の子どもの姿や他の保育活動、

季節と関わらせながら、子どもの生活体験に寄り添っ

た読み聞かせをすることを、本研究の保育者は最重視

していた。

 ところで、日常の子どもの生活体験と絵本を結びつ

けるためには、日頃から子どもの姿を捉えていなけれ

ばならない。子どもが理解できていないと、子どもに

即した絵本は選択できない。本研究で対象とした3人

の保育者は、10~30年と長い保育経験をもっていた

(Table1参照)。選書のねらいが達成できたり、観察

時の実際の子どもの反応が保育者の予想と合致するこ

とが多かったのは、こうした経験の豊かさに起因する

のかも知れない。

 第2に、絵本の読み聞かせにおいて、保育者の発話

は、絵本の文章を読んでいる最中ではなく、読みの前

後に集約されていた(Figure1参照)。読み聞かせ中

の言語的やりとりの有無に関しては、その是非をめぐっ

て意見の対立やさまざまな実践がある。本研究の5歳

児クラスの場合、読みの最中には物語を遮ることなく

読み進め、物語の理解を優先させていた。その上で、

保育者のねらいを、読みの前後で言葉にして伝えてい

た。場面数の多い、長い絵本が読めるようになる5歳

児である。こうした絵本の場合、途中でやりとりを挟

むと理解が妨げられる。「想像を巡らせたりする楽し

みを十分に味わう」(幼稚園教育要領,1998)ために

も、まず物語理解を重視するということだろう。

 第3に、発話数や発話の形態など、保育者によって

絵本の読み聞かせのスタイルが形成されていた。随時

説明を加える「コメント型」(A先生)、読みの前後で

やりとりする「対話型」(B先生)、言いたいことは読

後にまとめて言葉少なく語る「要約型」(C先生)が

本研究では見られた。こうしたスタイルは、保育者の

絵本の読み聞かせに対するねらいとの関連が指摘され

ている(横山,2004)。本研究でも、絵本世界そのもの

を楽しんで欲しいと願うC先生は、発話数の少ない

「要約型」であり、一体感を感じる際にも言葉以外の

子どもたち「全体の視線」を挙げていた。

 こういったねらいがどのように保育者の中で形成さ

れるのかは今後の課題だが、保育のなかで絵本に求め

る「ねらい」が保育者の実際の読み聞かせのあり方と

関連することが、ベテラン保育者を対象とした本研究

でも明らかになった。

 第4に、本研究の保育者も集団での読み聞かせの意

義として、友だちの存在を基盤とした「絵本の楽しさ

の共有」を挙げていた。これと関連して保育者が「一

体感」を感じるのは、子どもの発話からだった。子ど

もの自発的な発話や保育者の意図やねらいに沿った発

話に「一体感」を感じていた。こうした発話は、保育

者自身の思いが子どもと一体となった1つの現れとい

えるからだろう。逆に、一体感が生まれないのは、子

どもの興味や生活に絵本の内容が合わなかった時だと

考えていた。一体感の有無が、子どもと保育者の関係

性ではなく、絵本の内容にあることが特徴的である。

 なお、本研究では学期をまたいだ観察を行ったが、

これらの特徴は1学期と2学期で違いは見られなかっ

た。

4.2.保育における絵本の読み聞かせの意義

4.2.1.実際から見て取れる意義

 以上の結果から、保育の場ならではの絵本の読み聞

かせの意義として次の2点が指摘できる。

 まず第1に、保育者(読み手)と子どもたち(聞き

手)の安定した信頼関係の上に積み重ねられる共有体

験(一体感)であること。日々の保育の中で、保育者

と子どもが紡いできた関係の上に、絵本体験が重なる。

また逆に、絵本体験が両者の関係を強めると考えられ

る。

 第2に、絵本と子どもの生活の連続性が可能となる

読み聞かせであること。子どものことをよく知る保育

者が、子どもの生活や興味、発達に即した絵本を選ぶ。

選んだ絵本の内容は、子どもの生活や体験とつながる

ものである。子どもの過去と現在、そして未来の生活

につながる絵本を、保育者だからこそ選ぶことが可能

となる。

4.2.2.実際を広げる読み聞かせの意義

 本研究の冒頭で、子どもと絵本をめぐる現状を概観

し、「絵本・読み手・聞き手」の3者がそれぞれに広

がり、その関係も変わってきていることを指摘した。

 こうした状況を踏まえて、これからの保育の場での

特に5歳児の読み聞かせのあり方を考えてみたい。先

述の通り、5歳児は物語の楽しさをいっそう味わえる

ようになり、理解できる絵本のジャンルも広がる時期

である(内田,1989)。こうした5歳児の特徴を考える

と、多様なジャンルの絵本との出会いをもっと広げて

いく必要があるだろう。もちろん本研究は、3人の保

育者の2回ずつの観察である。一般化はできない。ま

た今回の保育者もすでに他の機会に多様な絵本を読ん

横山  真貴子・水野 千具沙

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Page 11: 保育における集団に対する絵本の読み聞かせの意義 - nara-edu ......した。幼稚園5歳児3クラスの読み聞かせ場面の2回の観察と保育者のインタビューから、保育における読み聞かせ

でいるのかも知れない。しかし観察だけでなく、イン

タビュー(選書・一体感)の結果においても、3人の

保育者は共通して「子どもの生活との連続性」を重視

していた。保育において、こうした点が重視される傾

向があることは否定できないだろう。

 そこで、次のような実践を提案したい。まず日常か

ら離れた空想世界を楽しむ絵本を読み、思いっきり「想

像する楽しさを味わう」(幼稚園教育要領,1998)実践

が考えられる。また佐々木(2004)のいう「意味の世

界」に限定されない「存在の構造を察知させる絵本」

をとりあげ、「豊かなイメージ」を育む実践も可能で

ある。さらに「ことば遊び」をテーマにした絵本(例

えば『ことばがいっぱい言葉図鑑』(五味太郎,偕成

社)のシリーズ)は、「言葉に対する感覚を養う」(幼

稚園教育要領,1989)よい教材となるだろう。

 子ども理解が深いからこそ、保育者の予想の範囲内

におさまる実践となるのかも知れない。しかし、子ど

もの育ちの可能性は、予想の枠内におさまるものでは

ないだろう。「今、ここ」の生活とのつながりの中に

保育を押し込めるのではなく、日常との非連続性や意

味の世界にとらわれない、新たなジャンルの絵本を子

どもたちと楽しむ。そうした実践が、5歳児の育ちを

広げるのではなかろうか。今、絵本のジャンルが広が

り、物語理解におさまらない、存在や感性に直接訴え

るような絵本も生まれてきている。こうした今だから

こそ、予想を超えた子どもの反応を、保育者自身も楽

しむような読み聞かせの実践が期待される。

4.3.今後の課題

 本研究にも、今後以下の2点の広がりが必要だと考

える。まず第1に、聞き手である子どもの年齢の広が

りである。本研究では、5歳児を対象とした。しかし、

冒頭でも述べたように、子どもと絵本の出会いは早まっ

ている。それゆえ、保育の場も幼稚園だけではなく保

育園にも広げ、乳児期早期から縦断的に、保育におけ

る読み聞かせの意義を検討していく必要がある。

 第2に、読み手である保育者の幅も広げる必要があ

る。本研究では3人の保育者を対象とした。絵本を読

む活動はほぼ毎日行われていたが、特に絵本を中心に

据えた特色ある保育を行っているわけではなかった。で

は、「絵本」に重点をおいて実践を重ねている保育者

ではどうだろう。その場合、どのような絵本が選ばれ、

いかに保育の中に取り入れられているのだろうか。読

み手の対象を広げた研究から、新たな読み聞かせの可

能性が見いだせると考える。

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謝 辞

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保育における集団に対する絵本の読み聞かせの意義

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