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昭和59年12月20日 1329 陰 影 吸 収 の 遷 延 す る肺 炎 に 関 す る検 討 一特に急性期の病像について一 和泉市立病院内科 高松 健次 中野 義隆 小松 裕司 南川 博司 西本 正紀 宮本 (昭 和59年6月11日 受 付) (昭和59年9月3日 受 理) Key words: Unresolved pneumonia, Healing process of pneumonia 昭 和57年4月 よ り58年7月 ま で の16ヵ 月 間 に 当 科 で 治 療 した 在 宅 発 症 細 菌 性 肺 炎71例 中67例 について そ のX線 陰 影 吸 収 速 度 を 検 討 し,7例(10.4%)で 炎 症 所 見 消 失 後 も8週 間以上の陰影吸収の遷延を認 め た.こ れ ら7例 につ い て 患 者 背 景,X線 像,起 炎菌 を検 討す ると共 に,通 常 の経過 をた どる肺 炎 と急 性 期 に お い て も病 像 の 相 違 が あ る か 否 か を 検 討 し た.7例 の 平 均 年 齢 は68.1歳 と高 齢 で,う ち6例 が男 性 で あ った.5例 に 基 礎 疾 患 が あ りCOPDが4例 と多 数 を 占 め た.X線 像に特徴的なものはな く起炎菌 も不 明 な も の が 多 か っ た.急 性 期 の 発 熱 の 程 度,白 血 球 数,CRP,血 沈 値 に も,全 体71症 例 及 び65歳 以 上 の 高 齢 者32例 と比 較 し,特 別 の 偏 りは 認 め られ な か っ た.治 療 に 対 す る初 期 の反 応 を 治 療 開 始 後 か ら の 発 熱,白 血 球 増 多,CRP陽 性 の 持 続 日数 で 観 察 して み る と,そ れ ぞ れ 平 均5。8日,7.8日,21日 間 であ り, 全 体71例 の そ れ ぞ れ3.1日,7.7日,11.7日 と比 較 し て,発 熱 とCRP陽 性 の 持 続 日数 が 約2倍 の延長を示 す の に対 し,白 血球 増 多 日数 は変わ らない とい う結 果 であ った.す な わ ち 陰 影 吸 収 の 遷 延 す る 肺 炎 は, そ れ 自体 特 別 に 重 症 な も の で は な い が,治 療 に 対 す る初 期 の 反 応 に お い て 治 癒 傾 向 発 現 の 若 干 の 遅 延 が 認 め られ た.一 方,末 梢 白血 球 増 多 が 比 較 的 速 や か に 消 失 した こ と は,病 巣内 白血球 との消退 速度 とも 関 連 し興 味 あ る点 と思 わ れ た 。 1.は じめに 近 年 呼 吸 器 感 染 症 と りわ け肺 炎 の臨 床 像 の 変 貌 が種 々取 りざた され て い る.そ の中にあって松島 ら王)は,臨床 検 査 上 炎 症 所 見 が 改 善 して い る に も 拘わ らず胸部X線 像 としての肺炎陰影の吸収が著 明 に遷 延 す る肺 炎(以 下遷延型の肺炎)の 存在を 報告 し,肺 炎 の病 像 変 化 の一 つ で あ る可 能 性 を 指 摘 して い る.従 来 これ らの肺 炎 は,吸 収が遷延し 残存 した胸部X線 陰影の固定化 された時期に発見 さ れ,肺 癌 との鑑別上切除 され組織学的に慢性肺 炎 な ど と診 断 され た,い わばその終末像について 検討 され るに とどま って いる2)~4).著者 らは,最 近 これら遷延型の肺炎を数例相次いで経験 し,そ 急 性 期 の 臨 床 像 を検 討 した の で報 告 す る. 2。対象 ならびに方法 昭 和57年4月 よ り58年7月 ま で の16ヵ 月間 に 当 科 で外 来 また は入 院 治 療 を 行 な った 在 宅 発 症 細 菌 性 肺 炎71例 の うち,治 療 に よ り解 熱 か つ 白血 球 増 多 消 失 に も拘 わ らず,胸 部X線 陰影の吸収が遷延 し8週 間後 も正 面 像 上30%以 上の残存を認めた7 例を対象 とし,年 基 礎 疾 患 な どの 患者 背 景, 起 炎 菌,X線 像 と とも に,急 性期での発熱の程度 や 白血 球 数,血 沈,CRPな ど諸検 査 値 及 び 治 療 に よ るそ れ らの推 移 に つ い て検 討 を 行 な った. 3.結 全症例71例 の うち3例 が治療経過途中にて死亡 別 刷 誇 求先:(〒594)大 阪府 和 泉市 府 中 町780 和泉市立病院内科 高松 健次

陰影吸収の遷延する肺炎に関する検討 一特に急性期の病像に ...journal.kansensho.or.jp/.../fulltext/58/1329-1337.pdf1329 陰影吸収の遷延する肺炎に関する検討

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  • 昭和59年12月20日 1329

    陰影吸収 の遷延 す る肺 炎に関す る検討

    一特 に急性期の病像 について一

    和泉市立病院内科

    高松 健次 中野 義隆 小松 裕司

    南川 博司 西本 正紀 宮本 修

    (昭和59年6月11日 受付)

    (昭和59年9月3日 受理)

    Key words: Unresolved pneumonia, Healing process of pneumonia

    要 旨

    昭和57年4月 よ り58年7月 まで の16ヵ 月 間 に当科 で治 療 した 在宅 発症細 菌 性肺炎71例 中67例 につ いて

    そのX線 陰 影吸収 速度 を検 討 し,7例(10.4%)で 炎 症所 見消 失後 も8週 間 以上 の陰影 吸収 の遷 延 を認

    めた.こ れ ら7例 につ い て患者 背景,X線 像,起 炎菌 を検 討す ると共 に,通 常 の経過 をた どる肺 炎 と急

    性期 にお いて も病 像 の相違 が あ るか否 かを検 討 した.7例 の平均 年齢 は68.1歳 と高 齢 で,う ち6例 が 男

    性 で あ った.5例 に基礎 疾患 が あ りCOPDが4例 と多数 を 占めた.X線 像 に特 徴的 な もの はな く起 炎菌

    も不 明 な ものが多 か った.急 性期 の発 熱 の程度,白 血 球 数,CRP,血 沈値 に も,全 体71症 例及 び65歳 以上

    の高齢者32例 と比 較 し,特 別 の偏 りは認 め られ なか った.治 療 に対す る初 期 の反 応 を治療 開 始後 か らの

    発 熱,白 血 球増 多,CRP陽 性 の持続 日数で観 察 して み る と,そ れぞれ 平均5。8日,7.8日,21日 間 であ り,

    全体71例 の それ ぞれ3.1日,7.7日,11.7日 と比較 して,発 熱 とCRP陽 性 の持続 日数 が約2倍 の延長 を示

    す の に対 し,白 血球 増 多 日数 は変わ らない とい う結 果 であ った.す なわ ち陰影 吸収 の遷延 す る肺炎 は,

    そ れ 自体 特別 に重 症 な もので はな いが,治 療 に対す る初 期 の反応 に おいて 治癒傾 向発 現 の若干 の遅 延 が

    認 め られ た.一 方,末 梢 白血 球増 多 が比較 的速 や かに 消失 した ことは,病 巣内 白血球 との消退 速度 とも

    関連 し興 味 あ る点 と思 われ た。

    1.は じめに

    近年呼吸器感染症とりわけ肺炎の臨床像の変貌

    が種 々取 りざた されている.そ の中にあって松島

    ら王)は,臨床検査上炎症所見が改善 しているにも

    拘わ らず胸部X線 像 としての肺炎陰影の吸収が著

    明に遷延する肺炎(以 下遷延型の肺炎)の 存在を

    報告 し,肺 炎の病像変化の一つである可能性を指

    摘 している.従 来 これ らの肺炎は,吸 収が遷延し

    残存 した胸部X線 陰影の固定化 された時期に発見

    され,肺 癌 との鑑別上切除 され組織学的に慢性肺

    炎などと診断された,い わばその終末像について

    検討 されるにとどまっている2)~4).著者らは,最 近

    これら遷延型の肺炎を数例相次いで経験 し,そ の

    急性期の臨床像を検討したので報告する.

    2。対象 ならびに方法

    昭和57年4月 より58年7月 までの16ヵ 月間に当

    科で外来または入院治療を行なった在宅発症細菌

    性肺炎71例 の うち,治 療により解熱かつ白血球増

    多消失にも拘わ らず,胸 部X線 陰影の吸収が遷延

    し8週 間後 も正面像上30%以 上の残存を認めた7

    例を対象 とし,年 齢 基礎疾患などの患者背景,

    起炎菌,X線 像とともに,急 性期での発熱の程度

    や白血球数,血 沈,CRPな ど諸検査値及び治療に

    よるそれ らの推移について検討を行なった.

    3.結 果

    全症例71例 の うち3例 が治療経過途中にて死亡

    別刷誇求先:(〒594)大 阪府和泉市府中町780

    和泉市立病院内科 高松 健次

  • 1330 感染症学雑誌 第58巻 第12号

    し,1例 は巨大空洞を形成 し葉切除を受けたため,

    それ らを除 く67例について,治 療開始後の陰影吸

    収速度を観察した(Fig.1).治 療開始後2週 間未

    満に陰影の消失したものは67例 中40例(59.7%)

    であ り,2週 間以後で4週 間未満が13例(19。5%),

    4週 間以後で8週 間未満のものが7例(10.4%)

    であ り,残 る7例(10.4%)が8週 間以上経過 し、

    ても陰影の残存が認められた.又 それ らは全例,

    治療開始により解熱かつ白血球増多消失時より計

    算してもなおかつ,8週 以上陰影が存続 していた.

    それ ら7例 の概要をTable1に 示 した.性 別で

    は男性6例 に対 し女性1例 であり,男 性に多 くみ

    られた.全 体71例 でも男性49例(69%),女 性22例

    (31%)と 男性が多いが,遷 延型の肺炎においてよ

    り顕著であった.年 齢は50歳 より80歳 までに分布

    し,そ の平均は68.1歳 であ り,一 般に高齢者肺炎

    と称せ られる65歳以上の例が5例 を占め,高 齢者

    に多 く認められた.ち なみに全体71例 の平均年齢

    Table 1 Seven cases of unresolved pneumonia

  • 昭和59年12月20日 1331

    Fig. 1 Distribution of interval between onset and

    clearing of radiological opacity of pneumonia.

    n=67

    は58.3歳 で あ っ た.基 礎 疾 患 に つ い て は7例 中5

    例 に見 い 出 され,そ の 内訳 は い わ ゆ るCOPDが4

    例(の う胞 性 肺 気 腫1例,慢 性 気 管 支 炎3例,う

    ち1例 は 同 時 に糖 尿 病,慢 性 肝 炎 も合 併),陳 旧 性

    心 筋 梗 塞 に 伴 う心 不 全1例 で あ った.全 体71例 中

    に お い て は40例(56.3%)に 基 礎 疾 患 が 存 在 し,

    そ の うちCOPDは14例(19。7%)で あ り,遷 延 型

    の 肺 炎 の 基 礎 疾 患 と し てCOPDが 多 い とい う結

    果 で あ っ た.起 炎 菌 の推 定 は治 療 前 の 喀 疾 培 養 中

    の 非 常 在 菌 よ り,菌 数 の 多 寡 や そ の 消 長 と臨床 経

    過 と の関 連 か ら行 な った.7例 の うち わ ず か3例

    に しか 推 定 し得 ず,Spneumoniae1例,Eaero-

    genes1例,S.pneumonia¢Ecol4E、aero-

    8enesの 複 数 菌 感 染 と思わ れ た もの1例 で あ った.

    全 体71例 中 で は31例(45%)に 起 炎 菌 が 推 定 出 来,

    H.influenzae 12例(33.3%),K.pneumoniae

    8例(22.2%),S.pneumoniae 7例(19.4%)が

    主 な もの で あ った.治 療 開 始 時 の 胸 部X線 像 は神

    田 ら5)の肺 炎X線 像 パ タ ー ン 分 類 に 従 って 検 討 し

    た(Table2).大 葉 性 パ タ ー ン,孤 立 不 鮮 明 パ タ ー

    ン,多 発 不 鮮 明 パ タ ー ン が そ れ ぞ れ2例 ず つ で,

    区 域 性 パ タ ー ンが1例 で あ った.全 体71例 で は孤

    立 不 鮮 明 パ タ ー ンが35例(49.3%)と 約 半 数 を 占

    め,次 い で 多 発 不 鮮 明 パ タ ー ン16例(22.5%),区

    域 性 パ タ ーン8例(11.3%),大 葉 性 パ タ ー ン6例

    (8.5%),空 洞 性 パ タ ー ン4例(5.6%),多 発 結 節

    性 パ タ ー ン と び ま ん 性 間 質 性 パ タ ー ン各1例 ず つ

    Table 2 Pattern of radiological opacity

    で あ り,大 葉 性 パ タ ー ンに お い て遷 延 型 の 占 め る

    率 が 若 干 高 い 様 に思 わ れ た.

    急 性 期 の 臨床 像 に関 して,治 療 開 始 時 の 発 熱,

    白血 球 数,CRP,血 沈1時 間 値 を,又 血 沈 値 以 外

    の もの で は治 療 開 始 後 の そ れ らの 異 常 値 持 続 日数

    を 検 討 した.そ して そ れ らを全 体71症 例 の もの と

    比 較 す る と共 に,年 齢 構 成 を考 慮 して 特 に65歳 以

    上 の症 例32例 と も比 較 した(Fig.2).発 熱 の程 度

    は7例 中2例 は36.9℃ 以 下 の 無 熱 例 で あ り,37℃

    台2例,38℃ 台2例,39℃ 台1例 と さま ざ まで あ っ

    た.全 体71例 で は36.9℃ 以 下11例(15。5%),37℃

    台25例(35.2%),38℃ 台24例(33.8%),39℃ 台

    11例(15.5%)で あ り,高 齢 者 群32例 で は36.9℃

    以 下7例(21.9%),37℃ 台7例(21.9%),38℃

    台12例(37.5%),39℃ 台6例(18.7%)と,従 来

    か ら も指 摘 され る よ うに高 齢 に な る に従 い無 熱 な

    い し微 熱 に と どま る例 が 多 い様 で あ るが,発 熱 の

    程 度 に つ い て は遷 延 型 の 肺 炎 で 特 徴 的 な傾 向 は認

    め られ な か った 。 一 方 そ の 持 続 日数 は,遷 延 型 の

    肺 炎 に お い て37.1℃ 以 上 を 示 す4例 で1日 か ら10

    日,平 均5.8日 で あ った.同 様 に 全 体 症 例 の そ れ は

    60例 で1日 か ら14日 平 均3.1日,高 齢 者 群 で は25例

    に お い て1日 か ら14日 平 均3.6日 で あ り,遷 延 型 の

    肺 炎 は 治 療 後 の解 熱 まで の期 間 が 約2倍 程 度 長 く

    な る とい う結 果 で あ った.白 血 球 数 に関 して は7

    例 中3例 で は8,000未 満 と正 常,8,000か ら10,000

    まで の軽 度 増 多 例 は な く,10,000台 の 中 等 度 増 多

    が3例,20,000以 上 の 高 度 増 多 が1例 で あ っ た.

    全 体71例 中 で は 正 常16例(22.5%),軽 度 増 多18例

  • 1332 感染症学雑誌 第58巻 第12号

    Fig. 2 Distribution of fever grade, peripheral leucocyte, CRP and erythrocyte

    sedimentation rate.

    Fever WBC CRP ESR

    (25.4%),中 等度増多34例(47.9%),高 度増多3

    例(4.2%)で あ り,高 齢者群では正常10例(31.2

    %),軽 度増多6例(18.8%),中 等度増多14例(43.8

    %),高 度増多2例(6.2%)で あった.全 体に比

    し高齢者群に白血球の増加 しない例が多 く,遷 延

    型の肺炎 も同様の傾向を示 し,そ の原因は背景 と

    しての年齢構成にあると考えられ,白 血球数にお

    いても遷延型の肺炎に特徴的と言えるものは認め

    られなかった.そ の持続 日数は遷延型の肺炎では

    4例 において5日 から13日 まで平均7.8日,全 体症

    例では55例 で3日 から23日 まで平均7.7日,高 齢者

    群では22例 で3日 か ら21日 までに分布 し平均8。0

    日であ り,いずれの群でも差は認められなかった.

    CRPに ついて遷延型の肺炎で,1+~2+の 軽度

    陽性2例,3+~4+の 中等度陽性2例,5+

    ~6+の 強度陽性1例 であり,7+と いった特 に

    強度の陽性を示 した例が2例 であった.全 体71例

    で は軽 度 陽性13例(18.3%),中 等 度 陽性22例

    (31%),強 度 陽 性29例(40.8%),7十 が7例

    (9.9%)で あ り,多 くが中等度か ら強度の陽性を

    示した.高 齢者群では軽度陽性9例(28.1%),中

    等度陽性6例(18.8%),強 度陽性12例(37.5%),

    7+が5例(15.6%)で あ り,全 体症例 と比較 し

    て軽度か ら特に強度の陽性までよりバラツキがみ

    られた.遷 延型の肺炎で も同様の傾向であ り,特

    別に軽度であるとか強度であるとかの偏 りは認め

    られなかった.CRPの 陽性持続 日数は7例 で7日

    から34日であり平均21日 であった.一 方全体の71

    例では3日 か ら42日の平均11.7日 高齢者群では3

    日から34日 の平均13.4日 であ り,遷 延型の肺炎で

    のCPR陽 性持続 日数は,こ れらと比較 して約2

    倍の延長が認められた.血 沈値についての検討で

    は,1時 間値39mm以 下の軽度促進にとどまる例

    はなく,40~69mmの 中等度促進が3例,70~99

    mmの やや高度促進が1例,100mm以 上の高度

    促進が3例 であった.全 体11例 では軽度促進9例

    (12.6%),中 等度促進19例(26.8%),や や高度促

    進19例(26.8%),高 度促進が24例(33.8%)で あ

  • 昭和59年12月20日 1333

    Fig. 3 Chest roentgenogram on admission show-

    ing infiltrative shadow in the right middle and

    lower lobe.

    り,高 齢者群では軽度促進3例(9.4%),中 等度

    促進8例(25.0%),や や高度促進10例(31.3%),

    高度促進11例(34.3%)と 高齢者ほど血沈促進例

    が多い傾向がみられた.そ して還延型の肺炎 も同

    様であ り,白 血球数,CRP同 様に特徴的な偏 りは

    認められなかった.尚,持 続 日数については,必

    ず しも血沈値が正常化す るまで観察出来た例は少

    な く,比 較検討は出来なかった.

    以上遷延型の肺炎では当初か らそれ自体特別に

    重症であるといった様な特徴は見出せず,治 療経

    過における初期の軽快傾向が,発 熱 とCRPで み

    る限 り通常のもの と較べて2倍 程遅延す る結果が

    得 られた.し かしその差は10日 以内であ り,8週

    以上 も陰影吸収の遷延す る原因はその後の治癒過

    程での異常によるものと考えられた.次 いで代表

    的な1例 の経過 を呈示する.

    4.症 例呈示

    Fig.1のNo.5に 示 した例で66歳 の男性,基 礎

    疾患 として慢性気管支炎,慢 性肝炎,糖 尿病があ

    り,咳 と疾の増加 と食欲不振を主訴に来院.入 院

    時胸部x線 はFig.3の 如 くで,右 肺中下葉に多発

    不鮮明パターンを呈する肺炎陰影がみられた.入

    院時発熱はな く,白 血球数7, 500, CRP2+, 血沈

    Fig. 4 Chest roentgenogram 4 weeks after

    chemotherapy, showing dense consolidation in

    the lower lobe.

    Fig. 5 Microscopic finding of the right lower lobe

    obtained ty TBLB. Lymphocyte infiltrate in the

    fibrously thick alveolar septa.

    1時 間 値74mmで あ り,FBS 215mg/dl, GOT 332,

    GPT107で あ った が,こ れ ら は いず れ も間 も な く

    軽 快 した.肺 炎 に対 して 当初AMPC1日1gの 投

    与 を 行 う も陰 影 の 軽 快 やCRPの 改 善 が み られ

    ず,CTM 2g宛1日2回 の 点 滴 静 注 に変 更 し,

    CRPの 陰 性 化 が み られ た.し か しX線 的 に はFig.

    4に 示 し た4週 間 後 の 写 真 で は,前 回 のFig.3で

    認 め られ た 扇 形 で 外 側 に 拡 が る 雛 を 中 心 とす る

    中 葉 の陰 影 は 改 善 した も の の,正 面 像 で 心 右 緑 に

    重 な って 認 め ら れ るS10の 陰 影 は む し ろ 濃 度 を 増

  • 1334 感染症学雑誌 第58巻 第12号

    し,一 向 に 改 善 傾 向 は認 め られ な か った.そ して

    6週 間 後 に 施 行 した67Ga-citrateに よ る シ ンチ グ

    ラ フ ィー に よ って も異 常 集 積 が確 認 され た.そ こ

    Fig. 6 Chest roentgenogram 8 weeks after

    chemotherapy, showing total remain of con-

    solidation in the lower lobe.

    で同時期にB10aよ り経気管支肺生検(TBLB)を 行

    なった.得 られた肺の生検組織像はFig.5に 示 し

    たよ うに,リ ンパ球の巣状の浸潤を伴ない肺胞隔

    壁は部分的に線維性に肥厚 し,慢 性間質性肺炎 と

    表現 される像であった.そ の後 もCZXやCMZを

    投与 したが,や は り陰影は不変であ り8週 間後の

    胸部x線 像 もFig.6の 如 く,4週 間後の ものと全

    く変わ らないままであった.な お臨床経過はFig,

    7に示 した.

    考 察

    従来の一般的概念からすると,肺 炎の発症及び

    治癒の過程は可逆的であり,そ のX線 陰影 も痕跡

    なく消失するものと考えられている.し かしなが

    ら一方,X線 陰影の吸収が著明に還延 した りする

    ものや,全 く陰影の変化な く肺癌 と鑑別困難で切

    除 されて初めて肺炎 と判明するものもある.

    過去において肺炎に関しては諸家による種 々の

    研究があるが,そ の陰影吸収速度に言及 した もの

    は意外に少ない.そ の中にあってIsraelら6)は139

    例の細菌性肺炎の陰影吸収速度について検討 し,

    121例(87%)は4週 間以内に,17例(12.2%)は

    Fig. 7 Clinical course of case No. 5.

    l.Y.66 Y.O.M

    7.Apr.'83 1.May 1.Jun 1.July

  • 昭和59年12月20日1335

    4週 間 か ら8週 間 の 間 に 消 失 し,残 る1例(0.8%)

    が8週 間 以上 に な っ て も陰 影 を残 した と報 告 し,

    そ れ ぞ れ をnormal resolution, delayed resolu-

    tion, incomplete resolutionと 定 義 した.同 様 に

    Bordは7)419例 の肺 炎 につ い て,delayed resolu-

    tionが10例(2.4%), incomplete resolutionが50

    例(12%)で あ っ た と し,さ ら にincomplete

    resolutionの50例 中 手 術 的 に摘 除 され た4例 を 除

    く46例 に つ い て 最 長5.5年 に及 ぶ 長 期 観 察 を 行 な

    い,全 例 で 線 維 性 変 化 を 思 わ せ る陰 影 を残 した と

    述 べ て い る.こ の よ うに8週 間 以 上 も陰 影 を 残 す

    よ うな 例 は,ほ とん ど永 久 的 に 陰 影 を 残 存 す るた

    めunresolved pneumonia 8)と呼 ぼ れ る事 もあ る.

    本 邦 で は,今 野 ら9)は104例 に わ た る60歳 以 上 の 高

    齢 者 肺 炎 の臨 床 的 検 討 の な か でX線 陰 影 の 推 移 に

    言 及 し,4週 間 経 過 し て も陰 影 の 不 変 で あ った も

    の が6例,や や 改 善 に と どま っ た もの が6例 あ り,

    さ ら に観 察 を つ づ け退 院 時(8週 間 以 内 か 以 後 か

    は 不 明)に お い て も不 変 の も の5例,や や 改 善 に

    と どま る もの2例,す な わ ち合 わ せ て7例 の陰 影

    吸 収 遷 延 化 例 を認 め て い る.又,松 島 ら1)は昭 和49

    年 よ り55年 の7年 間 の 肺 炎92例 に お い て,6例

    (5.4%)が 治 療 に て 発 熱 や 白血 球 増 多 な ど炎 症 所

    見 が 消失 後 も8週 間 以 上 陰 影 吸収 が 遷 延 した と述

    べ て お り,先 述 した 如 く近 年 の肺 炎 の治 癒 過 程 で

    の 変貌 で は な い か と問 題 提 起 して い る.今 回 の 著

    者 らの 検 討 で は,さ らに高 率 の10.4%に 同 様 の陰

    影 吸 収 遷 延 化 例 が 認 め られ た.

    か か る遷 延 型 の 肺 炎 が増 加 して い るか 否 か に つ

    い て は,同 一 施 設 に お い て 陰 影 吸収 速 度 を 過 去 の

    例 と対 比 した 成 績 は み られ な い.し か し肺 炎 に羅

    患 した 例 の 剖 検 に よ る 病 理 学 的 検 討 に お い て,

    Auerbachら10)は 肺 炎 に 起 因 す る二 次 的 な肺 の 線

    維 化 を1930年 の100例 中5例 に,1940年 の100例 中

    7例 に 認 め,さ ら に1946年 か ら1950年 の 間 の307例

    中 で は38例(12%)に 確 認 して増 加 傾 向 に あ る事

    を指 摘 して い る.今 回 呈 示 した 症 例 の生 検 組 織 像

    か ら も窺 わ れ る よ うに,残 存 す る陰 影 の 主 な 変 化

    は 二 次 的 な 線 維 化 と考 え られ る こ と よ り,Auer-

    bachら の 成 績 は一 つ の 示 唆 を与 えて くれ る.山 中

    ら11)も近 年 の 剖 検 例 に お い て,非 結 核 性 の 成 因 不

    明の療痕性病巣が増加している傾向にあると述べ

    ている.臨 床側においてもこの問題に対 して答え

    るべ く,今 後の研究が必要である.

    遷延型の肺炎の生ずる機序については,未 だ明

    確な説明はなされていない様である.先 ず遷延型

    の肺炎は,特 別 な起炎菌に よるとか特 に重症で

    あった とか,そ れ自体特殊な肺炎 として発症当初

    より陰影吸収が遷延すべ く規定されているものか

    否かの問題がある.患 者背景 としては男性かつ高

    齢者 で,COPDを 基礎疾患 として有す る者が多

    く,松 島ら1)の報告 と同様であった.起 炎菌につい

    てはウイルスと細菌の混合感染12)や最近では レジ

    オネラ症13)との関連を指摘する報告もあるが,多

    くは特に言及されておらず,今 回の検討において

    も起炎菌の推定 し得ない例が多 く,特 徴的なもの

    は見出せなかった.発 症当初の急性期の重症度を

    中心 とした臨床像に関する検討は過去に報告がな

    く,今 回の検討で最も力を注いだ点であったが,

    発熱の程度や白血球数,CRP,血 沈値などで見 る

    限 り,全 体症例及 び高齢者群 と比較 しても特別

    な差異は認め られず,X線 像パ ターンについても

    同様の結果であった.以 上から,発 症した時点で

    の肺炎は何 ら特別な ものではない事が判明 し,

    陰影吸収の遷延化の原因はその治癒過程 におい

    てフィブ リンなど炎症性滲 出物の吸収機序の障

    害に起因す るため と考え られ る.特 に重視 され

    ているのは病巣局所の好中球であ り,高 村 ら14)は

    Mitomycin-C投 与動物 による実験で末梢白血球

    を減少させる事により肺胞へ動員 される白血球を

    減 らし,肺 内に注入した フィブリブルーから分解

    されるインジゴカーミンの減少を観察 し,好 中球

    減少に起因す るフィブ リン分解の減少を証明して

    いる.今 回,遷 延型の肺炎の治療による初期の経

    過の観察で,発 熱,白 血球増多,CRP陽 性の持続

    日数はそれぞれ平均5.8日,7.8日,21日 であり,

    全体症例のそれぞれ3.1日,7.7日,11.7日 と比較

    して,発 熱 とCRP陽 性持続が約2倍 であったの

    に比 し,白 血球持続 日数が同じであった.こ の事

    は遷延型の肺炎が初期治療の段階で難治性である

    にも拘 らず,白 血球減少の速度が他のパ ラメー

    ターよりも早いと解釈でき,先 の実験結果 とよく

  • 1336 感染症学雑誌 第58巻 第12号

    付合す る.山 中 ら11)は局所からの好中球の速やか

    な消褪の一要因 として,抗 生剤投与との関連を想

    定 しているが,ま だ確証はないようであ り,今 回

    の検討においても遷延型の肺炎で特に大量の抗生

    剤が使用 された事実 もなかった.

    治療に関して気管支洗浄やステロイ ドの併用を

    すすめ る者1)もいるが,陰 影吸収遷延化の原因が

    まだ不明な現時点において,そ れ らは今後の問題

    である.

    本論文の要旨は第24回日本胸部疾患学会総会において発

    表した.

    文 献

    1) 松 島 敏春, 原 宏紀, 加 藤 収, 川 西正 泰, 二 木

    芳 人, 副 島林 造: 陰 影 吸 収 が著 明 に遷 延 した肺 炎

    患 者 の背 景 因 子. 日胸 疾 会誌, 20: 426-432, 1982.

    2) 早 田義 博, 熊 倉 稔: 慢 性 肺炎 の臨 床. 治療, 50:

    2454-2460, 1968.

    3) 柴 山磨 樹, 松井 英 介, 三 宅 浩, 福 富 義 也, 松 浦

    省 三, 越 野雅 夫, 山 脇義 晴, 国枝 武 俊: 非特 異 性

    慢 性肺 炎 のX線 像 と生 検 像 に つ いて-肺 癌 との

    鑑別 診 断 を 中心 に-. 臨床 放 射線, 19: 89-95,

    1974.

    4) 鈴 木 俊 雄, 平 山雅 清, 木 村 仁, 植 竹健 司, 工藤

    翔 二, 池 田高 明, 酒井 忠 昭: 肺 癌 と疑 わ れた 器 質

    化 肺 炎10例 の臨 床 的検 討-気 管 支 造 影 の診 断 的有

    用 性 に つ いて-. 気 管 支, 5: 245-253, 1983.

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    9) 今 野 淳, 大 泉 耕 太郎, 佐 々木 昌子 , 渡辺 彰:

    最近 の高年 者 肺 炎 の特 徴. 最新 医 学, 33: 2511-

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    11) 山中 晃, 斉 木 茂樹, 蛇 沢 晶, 前 田博 正: 感染

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    14) 高村 光 子, 高 村 研二: 器 質 化肺 炎 . 小林 宏 行 編,

    呼吸 器感 染 症 最 近 の臨 床, 感 染 症 叢 書4, 医 典社,

    東 京, 1983, p.211.

  • 昭和59年12月20日 1337

    Studies about Clinical Picture on Acute Phase of Unresolved Pneumonia

    Kenji TAKAMATSU, Yoshitaka NAKANO, Horoshi KOMATSU , Hiroshi MINAMIKAWA,Masaki NISHIMOTO & Osamu MIYAMOTO

    Department of Internal Medicine, Izumi City Hospital, Osaka

    Of the 71 patients with community acquired bacterial pneumonia in our clinic between April , 1982and July, 1983, 67 were followed up radiographically .

    In 7 of them (10.4%), clearing of radiographic densities was protracted for more than 8 weeks afterimprovement of pyrexia and leucocytosis. The background of these patients and their roentgenogramswere studied. They comprised 6 males and 1 female and their ages averaged 68 .1 years. Five of themhad an underlying disease, which was mostly chronic obstructive pulmonary disease (4 cases) . Furtherstudies were made on causative organisms, level of body temperature , leucocyte counts, CRP,erythrocyte sedimentation rate (ESR), and early-stage response to the treatment . Causative organismswere undetectable in most cases, and the roentgenograms obtained during manifestation of symptomsshowed nothing peculiar.

    The findings on pyrexia, leucocyte count, CRP, or ESR were not notably different from those in theentire cases or old-age group (32 cases). The mean duration of pyrexic , leucocytotic, and CRP-positivestates since the start of chemotherapy, which are considered to represent the earlystage response of the

    patients to the treatment, were 5.8, 7.8, and 11.7 days in the entire cases. Thus, pyrexia and positive-CRP persisted approximately twice as long as the respective conditions in the entire cases . However, thedifferences involved were within 10 days and, in addition, the duration of leucocytosis did not ap-

    preciably differ between this group and the entire group.From the above, it was inferred that the protraction of shadow resolution was due to an abnormal

    process in a healing stage, which might possibly be associated with the fact that the remission ofleucocytosis in peripheral blood occurred earlier than the aleviation of fever and reversal of CRP .