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16 1.はじめに ダムの洪水調節では、降雨に伴う貯水池への洪水流 入量を把握し、操作規則に基づき洪水調節を実施して いる。洪水調節にあたって、今後の降雨量の見通しを 把握することの重要性は高い。 ダム流域及び下流の今後の降雨量の見通しを把握す るためには、気象庁の数値予報モデルによる気象予測 から得られる降雨量の予測が有用である。 気象庁では昭和34年(1959)年に数値予報を開始し、 その後の数値予報モデルの進歩とコンピュータの技術 革新により、今日では数値予報モデルの結果を用いた 気象予報が予報業務の根幹となっている。 気象庁の数値予報モデルは、予報する目的に応じた 複数のモデルがあり、継続的にモデルの改良が行われ ている。 本稿では配信が開始されたメソアンサンブル予報の 精度およびデータの特性について分析を行い、ダム操 作への適用の可能性について整理したものである。 2.頻発する豪雨災害 (1)近年の雨の降り方の変化 この30年間に時間雨量50mmを上回る大雨の発生 件数は約1.4倍、時間雨量80mmを上回る大雨の発生 件数は約 1.7 倍に増加している。令和元年台風 19 号お よび平成 30 年 7 月豪雨など毎年甚大な被害が発生して いる。また、これまで比較的大雨の少なかった北海 道地方、東北地方でも豪雨が発生している。IPCC第 5 次評価報告書の「中緯度の陸域において極端な降水が より強く、より頻繁となる可能性が非常に高い」とい う評価は観測結果と矛盾しない。今後も気候変動の影 響により、豪雨災害の更なる頻発化・激甚化が懸念さ れる。 (2)近年の主な豪雨災害 ここ数年間で発生した主な豪雨災害の概要を示す。 a)令和元年台風19号 台風第 19号の接近・通過に伴い、広い範囲で大雨、 暴風、高波、高潮となった。雨については、10日か 調査研究 2-1 近年の降雨予測技術を活用したダム操作の可能性 Possibility of dam operation based on recent rainfall forecast technology 研究第一部 上席主任研究員 三戸孝延 研究第一部 上席主任研究員(現日本工営株式会社 水工インフラマネジメント部) 松ヶ平賢一 研究第一部長 原 俊彦 我が国では毎年のように洪水被害が全国各地で発生しており、さらに、気候変動による洪水の更なる激甚 化が懸念されている。ダムは洪水時の操作により下流河川の被害軽減など、極めて重要な役割を担っている。 一方、第 10 世代数値解析予報システムの運用の開始に伴い、気象予報時間の延長に加え、メソアンサンブ ル予報システムの本運用が開始されている。本稿は、平成 30 年 7 月豪雨および令和元年台風 19 号を中心に メソアンサンブル予報の予測結果の特性を検証し、ダムの防災操作を実施する際に、近年の降雨予測技術を 活用することの可能性ならびに注意点を整理したものである。 キーワード:防災操作、降雨予測、メソアンサンブル予報、令和元年台風 19 号 In Japan, flood damage is occurring everywhere like every year. There is also concern that the flooding will become more severe due to climate change. Dam operation reduces damage of downstream river by disaster prevention operation On the other hand, along with the start of the operation of the 10th generation numerical analysis forecasting system, in addition to the extension of the weather forecasting time, Meso-scale Ensemble Prediction System is now fully operational. In thispaper,we analyze the accuracy of the Meso-scale Ensemble Prediction System with the heavy rain in July 2018 and the Typhoon No.19 in 2019. And we summarize the applicability and precautions for utilizing recent rainfall prediction technology. Key words:dam operation, rainfall forecast, Meso-scale Ensemble Prediction System , TyphoonNo.19 in2019

近年の降雨予測技術を活用したダム操作の可能性16 1.はじめに ダムの洪水調節では、降雨に伴う貯水池への洪水流 入量を把握し、操作規則に基づき洪水調節を実施して

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    1.はじめに

    ダムの洪水調節では、降雨に伴う貯水池への洪水流入量を把握し、操作規則に基づき洪水調節を実施している。洪水調節にあたって、今後の降雨量の見通しを把握することの重要性は高い。

    ダム流域及び下流の今後の降雨量の見通しを把握するためには、気象庁の数値予報モデルによる気象予測から得られる降雨量の予測が有用である。

    気象庁では昭和34年(1959)年に数値予報を開始し、その後の数値予報モデルの進歩とコンピュータの技術革新により、今日では数値予報モデルの結果を用いた気象予報が予報業務の根幹となっている。

    気象庁の数値予報モデルは、予報する目的に応じた複数のモデルがあり、継続的にモデルの改良が行われている。

    本稿では配信が開始されたメソアンサンブル予報の精度およびデータの特性について分析を行い、ダム操作への適用の可能性について整理したものである。

    2.頻発する豪雨災害

    (1)近年の雨の降り方の変化この30年間に時間雨量50mmを上回る大雨の発生

    件数は約1.4倍、時間雨量80mmを上回る大雨の発生件数は約1.7倍に増加している。令和元年台風19号および平成30年7月豪雨など毎年甚大な被害が発生している。また、これまで比較的大雨の少なかった北海道地方、東北地方でも豪雨が発生している。IPCC第5次評価報告書の「中緯度の陸域において極端な降水がより強く、より頻繁となる可能性が非常に高い」という評価は観測結果と矛盾しない。今後も気候変動の影響により、豪雨災害の更なる頻発化・激甚化が懸念される。

    (2)近年の主な豪雨災害ここ数年間で発生した主な豪雨災害の概要を示す。a)令和元年台風19号

    台風第19号の接近・通過に伴い、広い範囲で大雨、暴風、高波、高潮となった。雨については、10日か

    調査研究 2-1

    近年の降雨予測技術を活用したダム操作の可能性Possibility of dam operation based on recent rainfall forecast technology

    研究第一部 上席主任研究員 三 戸 孝 延研究第一部 上席主任研究員(現日本工営株式会社 水工インフラマネジメント部) 松ヶ平賢一

    研究第一部長 原   俊 彦

    我が国では毎年のように洪水被害が全国各地で発生しており、さらに、気候変動による洪水の更なる激甚化が懸念されている。ダムは洪水時の操作により下流河川の被害軽減など、極めて重要な役割を担っている。一方、第 10 世代数値解析予報システムの運用の開始に伴い、気象予報時間の延長に加え、メソアンサンブル予報システムの本運用が開始されている。本稿は、平成 30 年 7 月豪雨および令和元年台風 19 号を中心にメソアンサンブル予報の予測結果の特性を検証し、ダムの防災操作を実施する際に、近年の降雨予測技術を活用することの可能性ならびに注意点を整理したものである。キーワード:防災操作、降雨予測、メソアンサンブル予報、令和元年台風19号

    In Japan, flood damage is occurring everywhere like every year. There is also concern that the flooding will become more severe due to climate change. Dam operation reduces damage of downstream river by disaster prevention operation On the other hand, along with the start of the operation of the 10th generation numerical analysis forecasting system, in addition to the extension of the weather forecasting time, Meso-scale Ensemble Prediction System is now fully operational.In thispaper,we analyze the accuracy of the Meso-scale Ensemble Prediction System with the heavy rain in July 2018 and the Typhoon No.19 in 2019. And we summarize the applicability and precautions for utilizing recent rainfall prediction technology.Key words:dam operation, rainfall forecast, Meso-scale Ensemble Prediction System , TyphoonNo.19 in2019

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    ら13日までの総降水量が、神奈川県箱根で1000ミリに達し、東日本を中心に17地点で500ミリを超えた。この大雨の影響で、広い範囲で河川の氾濫が相次いだほか、土砂災害や浸水害が発生した。全国558ダムのうち、146ダムにおいて洪水調節を実施した。なお、6ダムで異常洪水時防災操作を実施した。

    ※災害をもたらした気象事例(気象庁)より

    図-1 令和元年台風19号による総降水量

    b)平成30年7月西日本を中心とした豪雨梅雨前線等の影響により、西日本を中心に全国的に

    広い範囲で記録的な大雨となり、7月の月降水量の4倍となる大雨を記録したところがあった。特に長時間の降水量については多くの観測地点で観測史上1位を更新した。全国558ダムのうち、213ダムにおいて洪水調節を実施した。なお、8ダムで異常洪水時防災操作を実施した。

    ※国土交通省 WEB サイト「平成 30 年 7 月豪雨による被害状況について」を基に作成

    :異常洪水時防災操作を実施したダム:洪水調節を実施したダム

    :洪水調節を実施していないダム

    図-2 平成30年7月豪雨の洪水調節状況

    c)平成29年7月九州北部豪雨梅雨前線等の影響により、九州地方北部を中心に記

    録的な大雨となった。福岡県朝倉市を中心とした地域で広範囲に土砂崩れが発生した。土砂崩れに伴い発生

    した土砂や流木による河道流下阻害等の影響もあり、河川の氾濫が発生した。

    ※災害をもたらした気象事例(気象庁)より

    図-3 平成29年7月九州北部豪雨時の総降水量

    d)平成28年8月東北・北海道の豪雨平成28年8月に発生した台風第7号、第11号、第9

    号が北海道に相次いで上陸。また、台風第10号は暴風域を伴ったまま岩手県に上陸し、東北地方を通過して日本海に抜けた。これまで比較的降雨が少なかった北海道・東北で豪雨が発生し、大きな被害が生じた。全国558ダムのうち、46ダムにおいて洪水調節を実施した。なお、4ダムで異常洪水時防災操作を実施した。

    図-4 平成28年8月豪雨時の台風ルート

    3.平成 30 年 7月豪雨におけるダムの防災操作

    「異常豪雨の頻発化に備えた洪水調節機能に関する検討会」においては、平成30年7月豪雨時のダムの防災操作の特徴として以下を挙げている。

  • 18

    ●長時間にわたる降雨による複数のピーク流量を形成する洪水により、洪水調節容量を長時間にわたり使用し続けたダム

    ●急激な降雨の増大による鋭いピーク流量を形成する洪水により、洪水調節容量を短時間で一気に使用したダム

    ●洪水貯留準備操作(事前放流)を実施してもなお洪水調節容量を使い切り、異常洪水時防災操作へ移行したダム

    ●下流河川の流下能力等に応じた暫定的な操作規則において、洪水調節容量を使い切り、異常洪水時防災操作へ移行したダム

    ※ 異常豪雨の頻発化に備えた洪水調節機能に関する検討会 配布資料から引用

    以下に異常洪水時防災操作に移行した防災操作として2事例を示す。

    (1)�長時間の降雨による複数のピーク流量を形成した洪水(近畿地方Aダム)

    長時間にわたる降雨による複数のピーク流量を形成する洪水が生起した。3山目のピークまで洪水調節を実施できたが、4山目に入る時点で洪水調節容量を使い切り、7月6日4時5分に異常洪水時防災操作に移行した。

    図-5 平成30年7月豪雨時の防災操作(近畿地方Aダム)

    (2)�急激な降雨の増大による鋭いピーク流量を形成する洪水(四国地方Bダム)

    事前放流を実施し、貯水容量を確保したが、急激な降雨の増大による鋭いピーク流量を形成する洪水で洪水調節容量を使い切り、7月7日6時20分に異常洪水時防災操作に移行した。

    図-6 平成30年7月豪雨時の防災操作(四国地方Bダム)

    4.気象庁が提供する数値予報

    (1)数値予報モデルの種類ダムの洪水調節では、今後数時間から数日先までの

    降水量の見通しを把握できることが求められる。この目的に利用できる気象庁の現行数値予報モデルに基づく予測雨量の情報としては、表-1に示す種類がある。

    平成30年6月5日にスーパーコンピュータシステムが更新され、第10世代数値解析予報システムの運用が開始された。この更新に伴い数値予報モデルの仕様が順次変更されており、予報時間延長に加え、メソアンサンブル予報システム(MEPS)の本運用が開始されている。

    表-1 現行数値予報モデルに基づく予測雨量の情報種別 現行システム(更新1年後)

    全球モデル (GSM)

    20km、100 層 264 時間予報:1 回/日 84 時間予報:3 回/日

    全球アンサンブル予報システム(GEPS)

    40km、100 層、27 メンバ 264 時間予報:2 回/日

    台風情報 24 時間予報:8 回/日 120 時間予報:4 回/日

    メソモデル (MSM)

    5km、76 層 51 時間予報:2 回/日 39 時間予報:6 回/日

    メソアンサンブル予報システム (MEPS)

    5km、76 層、21 メンバ 39 時間予報:4 回/日

    局地モデル (LFM)

    2km、58 層 10 時間予報:24 回/日

    降水予報のプロダクト

    降水短時間予報(SRF) 6 時間予報:1 日 48 回 降水 15 時間予報(SRF15) 7~15 時間予報:1 日 24 回

    (2)全球数値モデル(GSM)現在運用されている全球数値モデル(GSM)は、空間

    解像度約20km、84時間先まで1時間毎の予測を1日4回、264時間先まで3時間毎の予測を1日1回配信している。GSMの予測結果は3日先までの短期予報、週間天気予報に利用されており、予測可能な現象スケールは高気圧、低気圧、台風、前線など約100kmを超える規模のものが対象となる。GSM予測モデルは、初期値データ設定方法の改良、物理過程のモデル改良など、改良が随時行われており、予測精度が継続的に改善している。

    (3)台風情報台風の1日先までの12時間刻みの予報を3時間ごと

    に発表され、さらに5日先までの24時間刻みの予報を6時間ごとに発表されている。予報の内容は、各予報時刻の台風の中心位置、進行方向と速度、中心気圧、最大風速、最大瞬間風速、暴風警戒域である。予報精度の向上に伴い、予報円の縮小が図られている。

  • 19

    (4)メソスケールモデル(MSM)現在運用されているメソスケールモデル(MSM)は

    空間解像度約5km、39時間先まで1時間毎の予測が1日8回、うち2回は51時間先までの予測が実施されている。

    MSMの予測結果は集中豪雨の予測等に利用されており、予測可能な現象スケールは日本周辺域の数十kmまでの規模の気象現象が対象となる。

    MSM予測モデルは、地上GPS可降水量データの利用、気象衛星観測結果の同化など、モデルの改良が随時行われており、予測精度が継続的に改善している。

    (5)降水短時間予報(VSRF)現在運用されている降水短時間予報(VSRF)は実

    況補外型予測とMSM、局地モデル(LFM)の組み合わせによって計算されており、空間解像度約1kmで6時間先までの予測が1日48回配信され、空間解像度5㎞で7時間から15時間先までの予測が1日24回配信されている。

    降水短時間予報は、数時間先までの豪雨の動向を把握することで避難行動や災害対策に利用されている。

    降水短時間予報は、降雨域移動モデルの改良、MSM及びLFMの改良に伴う精度改善等により予測精度が継続的に改善している。

    図-10 降水短時間予報による15時間先までの降雨予測の例(令和元年台風19号時)

    (6)メソアンサンブル予報システム(MEPS)梅雨前線等による集中豪雨の発生は、予報を始める

    初期値の不確実性、数値予報モデルの不完全性により、単一の予測で漏らさず表現することは難しい。試験運用されてきたメソアンサンブル予報システムの本運用が令和元年6月27日に開始された。メソアンサンブル予報により信頼度・不確実性の情報の付加および可能性のある複数の予測シナリオの想定や最悪のシナリオの想定が可能となる。

    図-7 GSMによる264時間先までの降雨予測の例

    図-9 MSMによる51時間先までの降雨予測の例(令和元年台風19号時)

    図-11 メソアンサンブル予報の各メンバの降雨分布(令和元年台風19号時)

    ※気象庁HPより引用

    図-8 台風情報

  • 20

    (7)各予測資料の特徴の比較a)各種数値予報モデルによる予測結果の比較

    全 球 数 値 モ デ ル(GSM)、 メ ソ ス ケ ー ル モ デ ル(MSM)、降水短時間予報(VSRF)について、同一の初期時刻に対する0 〜 1時間後までの日本周辺域の降水量予測を比較し、定性的な特徴について示す。図-12は平成26年(2014年)8月9日21時を初期時

    刻とするGSM、MSM、VSRFの初期時刻から1時間後までの降水量予測を比較したものである。

    このとき、実際の降雨状況は、台風第11号が高知県に接近し、四国地方の太平洋側、紀伊半島の太平洋側が大雨となっている。また、九州地方の北側から東北地方に前線が位置している。

    図-12 降水短時間予報による6時間先までの降雨予測の例

    b)降水短時間予報(VSRF)の定性的な特徴VSRFによる降雨域の推定は、実況の雨域の移動速

    度を考慮した補外型予測によるものである。VSRFは地形による影響も考慮されているため、実際の雨量に最も近い。また、平成30年6月より予測時間が15時間に延伸されたことにより、出水のピークまで予測できるケースが多くなった。c)メソスケールモデル(MSM)の定性的な特徴

    MSMの予測では、台風本体の接近に伴う豪雨域は概ね実際に近い範囲として捉えられている。一方、台風本体から離れた場所での豪雨域、前線に伴う豪雨域は十分に予測されていない。

    また、時系列的な予測に着目すると、39時間先までの予測であることから、台風本体が日本周辺を通過し、豪雨が降り止む時間帯を含めて予測されている。また1日2回の配信ではあるが51時間予測ではより長期の事象についても予測可能である。d)全球モデル(GSM)の定性的な特徴

    GSMの予測では台風の中心位置、台風本体に伴う豪雨域が把握されている。しかしながら、空間分解能がMSMと比較すると粗いため、局地的な豪雨域は把握されていない。また、前線に伴う雨域の位置は概ね把握されているが、前線に伴う強雨域は把握されていない。

    また、時系列的な予測に着目すると、11日先までの予測であるため、約2日の間に台風本体が日本周辺を通過し、豪雨が降り止むこと、おおよそ9日後に広い範囲での降雨が生じることが予測されている。e)数値予報モデルの定性的な特徴に関するまとめ

    各数値予報の定性的な特徴を表-2にまとめた。

    表-2 現行数値予報の定性的な特徴徴特称名

    降水短時間予報(VSRF)

    ・生起中の降雨について数時間後の状況が精度よく予測できる。

    ・予測の更新頻度が多く、予測が配信されるまでの時間が約20分とMSMに比べて、短い。

    ・6 時間から 15 時間へ予測時間が延伸されたことによって、ある程度、一連の降雨状況を予測できるようになったが、より上記の事象を把握するためには、MSM 等との併用が必要である。

    メソスケール モデル(MSM)

    ・生起中の降雨が高強度となる時間、降り止み時間が予測できる。

    ・空間分解能が比較的細かく、地形の影響を考慮した豪雨域の範囲が把握できる。

    ・降水量をある程度定量的に予測できる。 ・39 時間から 51 時間へ予測時間が延伸されたが、1 日 2 回の配信間隔であるため、一連降雨の降り始めから降り止みまでを一回の予測で把握できない場合がある。

    全球数値モデル(GSM)

    ・生起中の降雨の降り止み時期が予測できる。・11 日後までの予測により、次の降水イベントが発生することが予測できる。

    ・空間分解能が荒いため、降水量の定量的な予測精度は低い。

    メソアンサンブル予報システム

    ・アンサンブル予報のメンバの統計量を計算することで、予測の信頼度や確率情報などが得られる。

    台風情報 ・5 日先までの台風のルートに関する情報が得られる。

    ・報道などで多く用いられる資料であるため防災操作実施の説明性が高い情報である。

    5.メソアンサンブル予報の精度検証

    令和元年6月27日より配信開始されたメソアンサンブル予報について、予測結果の特性の検証を行う。

    (1)平成30年7月豪雨時の予測の検証四国地方のBダム流域において、MEPSの予測初期

    時刻毎に、アンサンブルメンバ毎の39時間累積雨量を整理した。降水初期(図-13 上段)においては、スプレッド幅は大きく、実績に対して大きめの降水量を予測しているが、実績値はスプレッドに収まっている。ピーク発生前の降水中期(図-13 中段)においては、スプレッド幅は初期より小さくなり、実績に対しては初期とは逆に小さめの降水量を予測しているが、実績値はスプレッドに収まっている。ピーク発生後の降水後期(図-13 下段)においては、スプレッド幅は小さく降雨の終了を各メンバが予測している。

    以上より、平成30年7月豪雨のような前線性の降雨

  • 21

    時におけるメソアンサンブル予報の特徴は以下のとおりである。

    ▶降水初期はスプレッドのスプレッド幅が、次第に小さくなり、精度が高くなっている。

    ▶実測値は概ね21メンバの最大値と最小値の範囲内に含まれている。

    ▶降水ピーク後の低減期においては、スプレッド幅は小さくなり、降雨の終了については精度よく予測できている。

    ※気象庁提供データに基づき作成

    (降水初期)

    (降水中期)

    (降水後期)

    図-13 平成30年7月豪雨時のMEPS予測結果(四国地方Bダム)

    (2)降雨の特性による予測の検証図-14に示すとおり39時間累加雨量について実績

    値、コントロールラン(MSM予測値)、最大値、75%値、中央値、25%値、最小値を図化することにより、メソアンサンブル予報のスプレッド幅を評価する。

    九州地方Cダムにおいて図-14に示した整理により、平成30年7月豪雨時および平成30年台風24号時のメ

    コントロールラン

    最大値(1/21) 

    予測初期時刻

    実績39時間雨量

    75%値(6/21) 中央値(11/21) 

    25%値(16/21) 最小値(21/21) 

    予測雨量凡例

    (平成30年7月豪雨時6月30日~7月8日)

    (平成30年台風24号9月23日~10月1日)

    ※気象庁提供データに基づき作成

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    台風第

    7号及

    び前

    西日本

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    緑川ダム(CA=359.0km2)

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    500

    MEPS予

    測(mm/39hr)

    00 06 12 18 00 06 12 18 00 06 12 18 00 06 12 18 00 06 12 18 00 06 12 18 00 06 12 18 00 06 12 18 00 06 12 18 002018-09-23 2018-09-24 2018-09-25 2018-09-26 2018-09-27 2018-09-28 2018-09-29 2018-09-30 2018-10-01

    前線

    台風

    第24号

    緑川ダム(CA=359.0km2)

    図-14 MEPSのスプレッド幅の表示方法

    図-15 前線型、台風型降雨時のMEPS予測結果(九州地方Cダム)

  • 22

    ソアンサンブル予報と実測値を図化したグラフを図-15に示す。

    前線型の平成30年7月豪雨に対して、平成30年台風24号の方が、スプレッド幅が小さく降水の予測精度が高いと言える。図-16は、令和元年台風19号時の関東地方Dダムにおけるメソアンサンブル予報結果であるが、台風であることから、スプレッド幅が小さく予測精度が高いことが確認できる。

    (3)長期間でのメソアンサンブル予報の検証出水期のメソアンサンブル予報の39時間累積雨量

    の実績値との比較について、四国地方Bダムの平成30年出水期のグラフを図-17、関東地方Dダムの令和元年出水期のグラフを図-18に示す。

    通期でのメソアンサンブル予報の精度およびスプレッド幅の傾向として以下のことが言える。

    ▶ 実績値はスプレッド幅に概ね含まれている。▶ 平成30年台風24号、令和元年台風19号のよう

    な台風が要因となる降水についてはスプレッド幅が小さく精度よく予測できている。

    ▶ 平成30年7月豪雨および平成30年9月上旬の豪雨ような前線性の降水については特に降り始めについて、スプレッド幅が大きく、精度が低いといえる。

    ▶ 全般的にピーク後についてはスプレッド幅が小さく降雨の終了については精度が高いといえる。

    0

    100

    200

    300

    400

    500

    600

    700

    800

    MEPS予測(mm/39hr)

    00 03 06 09 12 15 18 21 00 03 06 09 12 15 18 21 00 03 06 09 12 15 18 21 00 03 06 09 12 15 18 21 00 03 06 09 12 15 18 21 002019-10-09 2019-10-10 2019-10-11 2019-10-12 2019-10-13

    0

    10

    20

    30

    40

    50

    60

    70

    80

    雨量(mm/hr)

    00 03 06 09 12 15 18 21 00 03 06 09 12 15 18 21 00 03 06 09 12 15 18 21 00 03 06 09 12 15 18 21 00 03 06 09 12 15 18 21 002019-10-09 2019-10-10 2019-10-11 2019-10-12 2019-10-13

    0

    100

    200

    300

    400

    500

    600

    700

    800

    累加雨量(mm)

    図-16 令和元年台風19号時のMEPS予測結果(関東地方Dダム)

    0

    100

    200

    300

    400

    500

    600

    700

    800

    MEPS予

    測(mm/39hr)

    0

    100

    200

    300

    400

    500

    600

    700

    800

    MEPS予

    測(mm/39hr)

    26 01 06 11 16 21 26 3101 06 11 16 21 26 3101 06 11 16 21 26 01 06 11 16 21 262019-07 2019-08 2019-09 2019-10

    前線

    前線

    前線

    前線

    台風第8号

    台風第10号

    前線

    台風第15号

    台風第17号

    台風第19号

    低気圧

    図-18 令和元年出水期のMEPSの予測結果(関東地方Dダム)

    ※気象庁提供データに基づき作成

    0

    50

    100

    150

    200

    250

    300

    350

    400

    450

    500

    MEPS予

    測(mm

    /39hr )

    01 06 11 16 21 26 3101 06 11 16 21 26 3101 06 11 16 21 26 0190-810280-810270-8102

    台風第7号

    及び前線

    西日本豪雨

    前線(北

    海道)

    低気圧(北

    海道)

    台風第12号

    台風第13号

    低気圧

    台風第19号

    及び20

    前線

    台風第21号

    前線

    前線

    前線

    前線

    台風第24号

    野村ダム(CA=168.0km2)

    コントロールラン

    最大値(1/21) 

    予測初期時刻

    実績39時間雨量

    75%値(6/21) 中央値(11/21) 

    25%値(16/21) 最小値(21/21) 

    予測雨量凡例

    図-17 平成30年出水期のMEPSの予測結果(四国地方Bダム)

  • 23

    6.降雨予測技術のダム操作への適用性

    メソアンサンブル予報の予測特性の検証を踏まえ、その他の各降雨予測・予報も含めたダムの各防災操作

    への適用性を整理した表を表-3に示す。それぞれの降雨予測・予報の特性を踏まえ、各防災

    操作の主旨・目的にあったデータを適用していくことが必要である。

    7.おわりに

    本稿では、気象庁が提供する現行の数値予報モデルによる予測資料について、その特徴をとりまとめた。特に、メソアンサンブル予報について、平成30年7月豪雨、令和元年台風19号を中心にスプレッド幅などの予測結果の特性について検証した。

    上記を踏まえ、予備放流、事前放流、異常洪水時防災操作、特別防災操作などのダムの防災操作への降雨予測・予報の適用可能性について整理した。

    今後は、予測データおよびダム操作実績の蓄積を踏まえた予測データの分析とともに適用性を検証するシミュレーション等を実施し、実用化にむけての検討を継続していく予定である。

    参考文献1) 国土交通省:異常豪雨の頻発化に備えたダムの洪水調節機能

    と情報の充実に向けて,平成30年11月2) 気象庁予報部:配信資料に関する技術資料(気象編)第318

    号〜 5日先までの台風予報図(WTAS12)の提供開始について〜 ,平成22年6月1日

    3) 気象庁予報部:配信資料に関する技術資料(気象編)第373号〜メソ数値予報モデルの計算時間延長について〜 ,平成25年5月15日

    4) 気象庁予報部:配信資料に関する技術資料(気象編)第479号〜降水15時間予報の提供開始〜 ,平成30年1月29日

    5) 気象庁予報部:配信資料に関する技術資料(気象編)第505号〜メソアンサンブル数値予報モデルGPVの提供開始について〜 ,平成30年6月4日

    防災操作 操作における条件 適用性の高い降雨予測・予報 選定理由

    予備放流 ・実施について判断して必ず実施する

    必要がある。実施判断を誤った場合、

    計画規模に対する適切な洪水調節が

    行えない可能性がある。

    ・洪水調節計画により、予備放流水位

    を設定する必要がある。

    ・洪水容量不足の回避と利水容量の回

    復の利益相反の判断が必要である。

    【実施判断】

    台風情報(5 日前)

    MSM(51 時間、39 時間)【予備放流水位設定】

    MEPS 最大値(39 時間)

    ・台風性の降水に限られるが、数日前からの実施判断

    が可能である。

    ・前線性降雨に対しては、MSM を適用する。

    ・水位設定は治水上の安全側として MEPS 最大値に基づき設定する。

    事前放流 ・「標準細則 6 条 1 項 2 号」の「その他特に必要がある場合」として管理

    所長が実施を判断する。

    ・水位回復テーブルに基づき、実施後

    確実に水位を回復する必要がある。

    【実施判断】

    MSM39 時間

    MEPS 最大値(39 時間)

    【回復可能水位設定】

    MSM39 時間

    降水短時間予報(15 時間)

    MEPS 最小値(39 時間)

    ・水位回復テーブルとの整合を踏まえ MSM に基づき実施

    ・実施判断については、治水上の安全側として MEPS最大値の適用も考えられる。

    ・水位回復テーブルとの整合を踏まえ MSM に基づき実施

    ・データの蓄積なども踏まえて、今後はより精度の高

    い降水短時間予報も適用していくことが望ましい。

    ・回復に関しては、利水上の安全側を考慮して MEPS最小値の適用も考えられる。

    異常洪水時

    防災操作

    ・開始水位到達時点において、サーチ

    ャージ水位に達する場合は実施を判

    断する必要がある。

    【実施判断】

    (流域面積が小さい場合)

    降水短時間予報(15 時間)(流域面積が大きい場合)

    MEPS 最大値(39 時間)

    ・流域面積が小さいダムについては、流出時間が早い

    ため、精度の高い降水短時間予報を適用する。

    ・流域面積が大きいダムについては、治水上の安全側

    を考慮して MEPS 最大値により判断する。特別防災

    操作

    ・所長は下流の管理者または自治体か

    らの要請、もしくはダム管理者自ら

    が必要と判断した時に実施するもの

    とされている

    【実施判断】

    降水短時間予報(15 時間)

    MEPS のスプレッド幅(39 時間)

    【残容量の算出】

    MEPS の最大値(39 時間)

    ・降水終了の見通しについては、降水短時間予報の 15時間の範囲内で判断できると考えられる。

    ・降水終了時については MEPS のスプレッド幅が十分小さくなっていることも判断材料とする。

    ・残容量の算出についてはダムの治水上の安全側を考

    慮して MEPS の最大値により算出する。

    表-3 降雨予測・予報のダム操作への適用(案)