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1 Copyright © 2011 by “Challenging Classic Piano by Printemps,” http://printemps.sakura.ne.jp/ . All rights reserved. 音楽と数学との関係性についての一考察 本稿は、我がピアノ師匠の発案に触発されて筆を執った。ただし、考察といっても学術 的な知識を背景とした論考ではなく、エッセイ的に興味の赴くままに整理したものであ る。 2011年10月3日 プランタン 1.考察のアプローチ -序に代えて- 師匠によれば、多くの児童生徒には共通点があると言う。ピアノ演奏に光るものを持っ ている児童のほとんどが、数学が得意ということである。現代音楽の重鎮、ピエール・ ブーレーズ氏も音楽は数学だと公言して憚らない。確かに音楽と数学との共通性につい ては多くの音楽愛好家が話題とし、また納得するところが多いテーマである。一方で、 数学はさっぱり・・・というタイプ(謙遜も含めて)は音楽的才能がないかというと、 決してそういうわけではないことも明らかである。最初から結論めくが、これについて は「数学と名のついた勉強」が嫌いになった、あるいは合わなかっただけということで あり、数学的素養の本質的な何かが音楽を把握・表現する際に決定的に影響を与えてい るのではないか、との仮説が成り立つ。多くの音楽家が行列計算、微分方程式等の用語 や技術を理解せずとも、その根本にある数学的な概念を理解する能力を以て音楽を認識 し、演奏として再現する際に有効に機能させているということは容易に想像がつく。一 方でアインシュタインの例を挙げるまでもなく、著名な数学家、物理学者の多くが時に は素人の域を超えた無類の音楽愛好家であるということも興味深い事実である。 師匠の疑問は「両者の関係性は間違いなく存在すると確信できるが、それを明確に言語 化せよと言われるとなかなか難しい。」ということであり、専門用語で技術論に終止し たり(元より筆者は専門的な見識を有するものではない)、逆に感覚的な印象論で片づ けたりするわけにもいかない。 とあれこれ悩んだ末、基本に立ち返り、音楽をリズム、ハーモニー、メロディーの三大 要素に分解して、それぞれが有する数学的性質との共通性について考察するのがよいの ではないかと思い立った。筆者は音楽、数学いずれの領域においても専門家ではないた め、不勉強に伴う誤認識・誤解も少なからず懸念される。が、我が師匠の疑問は多くの 音楽関係者が共有する疑問でもあり、かつ数学的見地をある程度踏まえた上でその疑問 を解消する機会を得ることは少ないようである。そこで、素人ながらも、ある程度の納 得感を持った整理を試みてみようと思った次第である。我が師匠も含めたレスナーや音 楽愛好家にとって、多少なりとも「アハ体験」が感じられれば幸いである。またこのよ

音楽と数学との関係性についての一考察printemps.sakura.ne.jp/research/111003.pdfこの比率を発見したのは古代ギリシャの数学者・哲学者ピタゴラスであると言われてい

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音楽と数学との関係性についての一考察

本稿は、我がピアノ師匠の発案に触発されて筆を執った。ただし、考察といっても学術

的な知識を背景とした論考ではなく、エッセイ的に興味の赴くままに整理したものであ

る。

2011年10月3日 プランタン

1.考察のアプローチ -序に代えて-

師匠によれば、多くの児童生徒には共通点があると言う。ピアノ演奏に光るものを持っ

ている児童のほとんどが、数学が得意ということである。現代音楽の重鎮、ピエール・

ブーレーズ氏も音楽は数学だと公言して憚らない。確かに音楽と数学との共通性につい

ては多くの音楽愛好家が話題とし、また納得するところが多いテーマである。一方で、

数学はさっぱり・・・というタイプ(謙遜も含めて)は音楽的才能がないかというと、

決してそういうわけではないことも明らかである。最初から結論めくが、これについて

は「数学と名のついた勉強」が嫌いになった、あるいは合わなかっただけということで

あり、数学的素養の本質的な何かが音楽を把握・表現する際に決定的に影響を与えてい

るのではないか、との仮説が成り立つ。多くの音楽家が行列計算、微分方程式等の用語

や技術を理解せずとも、その根本にある数学的な概念を理解する能力を以て音楽を認識

し、演奏として再現する際に有効に機能させているということは容易に想像がつく。一

方でアインシュタインの例を挙げるまでもなく、著名な数学家、物理学者の多くが時に

は素人の域を超えた無類の音楽愛好家であるということも興味深い事実である。 師匠の疑問は「両者の関係性は間違いなく存在すると確信できるが、それを明確に言語

化せよと言われるとなかなか難しい。」ということであり、専門用語で技術論に終止し

たり(元より筆者は専門的な見識を有するものではない)、逆に感覚的な印象論で片づ

けたりするわけにもいかない。 とあれこれ悩んだ末、基本に立ち返り、音楽をリズム、ハーモニー、メロディーの三大

要素に分解して、それぞれが有する数学的性質との共通性について考察するのがよいの

ではないかと思い立った。筆者は音楽、数学いずれの領域においても専門家ではないた

め、不勉強に伴う誤認識・誤解も少なからず懸念される。が、我が師匠の疑問は多くの

音楽関係者が共有する疑問でもあり、かつ数学的見地をある程度踏まえた上でその疑問

を解消する機会を得ることは少ないようである。そこで、素人ながらも、ある程度の納

得感を持った整理を試みてみようと思った次第である。我が師匠も含めたレスナーや音

楽愛好家にとって、多少なりとも「アハ体験」が感じられれば幸いである。またこのよ

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うなテーマは、恐らく多くの先達が既に挑戦し、十分に研究し尽くされているとも思わ

れる。文献を調べて、師匠に「これ参考になりますよ」と伝える方がよほど効率的かも

しれない。しかし、折角の機会が自身にとっても良い整理になると考え、既に過去に読

んだことのあるもの(文末参照)は別にして、今回のために改めて文献調査に当たるこ

となく、気の向くままに考察を試みる。 2.リズムに関する考察

音楽は再現芸術であることは誰も否定することができない重大な事実である。この事実

は制約でもあるが、一方でその制約を踏まえた上での可能性追求の妙味こそが多くの音

楽家、音楽愛好家を魅了してやまない要素となっている。一定の時間内に、人間を(時

に人間以外の生物までも)感動させ、快感を覚えさせるためには、何らかのメッセージ

性あるいはパターン認識が不可欠である。 逆に、全くの規則性を持たないランダムなふるまいを示すものの例として、数学上は白

色ノイズ、ガウスノイズといった概念が用いられる。正に規則性も持たないものはノイ

ズである(すなわち音楽ではあり得ない)という表現を数学者が用いている事実は大変

興味深い。 ある一つの音楽の開始時間をT=0、終了時間をT=1とすると、その時間ユニバース

の中にどのようなドラマを展開させるかが音楽家の腕の見せ所となる。このT=0~1

間に展開される一つの音楽をさらに要素分解すると、例えば楽章になり、フレーズにな

り、小節になり、拍子になる。 例としてテンポ、拍子が一定の最も簡単な音楽を想定してみる。その音楽が8小節、4

分の4拍子であるなら、全拍数は32(=8×4)である。この音楽で用いられる最小

の音符が仮に8分音符である場合、この音楽は t(i), i=1, 2…64 のリズム要素で全て表

現される。すなわちT=0から開始された音楽が(望むらくは一定の感動を伴って)T

=1で終了するという全体のユニバースは、1/64という分数の世界(64個のリズ

ム要素)で表出されるわけである。 人間が音楽からメッセージを受け取るためには、何らかの規則性、一定性が必要であり、

その重要な要素がリズムである。ジャズピアニストであるハービー・ハンコック氏がさ

る音楽教育に関するTV番組で、音楽の三要素(リズム、ハーモニー、メロディ)のう

ち「最も重要なのはリズムである」と強調したのは至極名言である。 たとえばこの例での音楽が♪♩ ♪という典型的なシンコペーションで始まる時、第一

音の音価は1(ないしは1/64)でリズム要素 t(1)に該当し、第二音の音価は2(な

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いしは2/64)でリズム要素 t(2) + t(3)、さらに第三音の音価は1(ないしは1/6

4)、リズム要素 t(4)に該当する。第一音と第三音は正確に同一長でなければいけない

し、第二音は正確にこの倍の長さでなければいけない。至極当たり前の事実ではあるが、

音楽が有するメッセージを正確に聴き手に伝える能力として、その音楽が有するリズム

価を最小単位としていかに正確に音楽を「刻む」ことができるかという要素が基礎とな

っていることは間違いない。 話題が変わるが、それぞれの民族が有する先祖古来の固有の音楽が、西洋音楽により席

巻されてしまったとの批判をたまに耳にする。確かに何らかの文化的ロスがあったかも

しれないという点は否定できないが、筆者はむしろ、西洋音楽席巻(と言って良いかど

うかは別として)の原動力は、むしろ西洋音楽を支えてきた記譜方法が圧倒的に優れて

いたということではないかと考える。 一定の拍子の単位を小節として区切る、異なる音価を音符として区別するといった記譜

方法は、先の例で示した分数概念の非常に優れた表記手段と言える。再現芸術を一定の

単位で表す必要上、記譜方法は結果的に分数と同じ数学概念に支配され、これが歴史的

にも最も有効と認められてきた証左であろう。結果として、音楽を奏する者に求められ

るリズム感、拍子感あるいはそれを理解するための知覚能力は、分数概念に長けている

方が優れているということが言えまいか。 たとえばベートーヴェンに見られる8分音符×2と3連符の同時演奏、あるいはドビュ

ッシーに見られる4分音符×2あるいは8分音符×4と5連符の同時演奏という処理

は、(学校での約分のテストの良し悪しは別として)約分を行う際に使われるであろう

同じ脳内組織が活躍するに違いないと思われる。 3.ハーモニーに関する考察

ハーモニーと数学との関係はリズムのそれよりも、さらに直接的である。音とは言うま

でもなく周波数であり、ハーモニー、すなわち音の組合せは人間に心地よく聞こえるパ

ターンを探求する営みを通して培われてきた。 よく知られているようにオクターブ音の周波数比は1:2である。完全5度の周波数比

は2:3である。完全4度はこの二つの事実を組み合わせれば簡単に3:4となること

が導かれる。すなわち、完全5度の例としてドとソを考える。基音のドを1オクターブ

上げてド’とすればソとド’の関係は完全4度になるが、ドとド’は1:2であることから、

ド:ソ:ド’の関係は2:3:2×2(=4)となり、完全4度が3:4であることが

理解できる。

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同様に簡単な整数比を用いて経験的に心地よく感じられる音の組合せを探求していく

と、長和音は4:5:6、短和音は10:12:15(ここでも第一音と第三音の完全

5度は2:3の比率が保持されている)となることが知られている。 この比率を発見したのは古代ギリシャの数学者・哲学者ピタゴラスであると言われてい

る。ピタゴラスは、このような整数比率と音との関係に魅了され、物事の根源(アルケ

ー)は数であるという信念の下に哲学界・数学界で多くの定理を打ち出した。ピタゴラ

ス教団において、音楽は数学と統合されて森羅万象の本質を追究する学問と看做されて

いたのである。以降、中世ヨーロッパでは音楽の調和は自然界の調和の象徴であるとさ

れ、音楽理論は算術・幾何学・天文学と並ぶ数学的四科のひとつとされていたとのこと

である。ここに至って音楽と数学との「関連性」どころの話ではなく、両者が同一の学

問系として位置付けられていたという事実をもって、ハーモニーと数学との関連性の考

察に終止符を打ちたいくらいである。 ピタゴラスの発見によると伝えられる比率に基づいて長音階の7つの音の周波数比率

を以下に整理する。

音階 ド レ ミ ファ ソ ラ シ ド

ドとの比率 1 9/8 5/4 4/3 3/2 5/3 15/8 2

臨音との比率 - 1.125 1.111 1.067 1.125 1.111 1.125 1.067

この比率で調律された音階がいわゆる純正調である。モーツァルトは赤ん坊の頃に、ク

ラビコードをいたずらしているうちに純正調の長3度を自ら探し当て、何度も弾いては

陶然となっていたと伝えられている。 このような数学的にも美しい純正調が現代において用いられていないということを聞

いて驚かれる読者はどれだけいるであろうか?たとえば上記でドミソ、ソシレ、ファラ

ドの長音階は全て既述のとおりの4:5:6の関係になっている。同様にラドミ、ミソ

シの短音階は10:12:15の関係にあるが、レファラはこの関係が成立していない。

無理やり整数比に直すと27:32:40とかなりずれている。つまり全ての音を上記

の美しい整数比で表しつくすことは不可能なのである。 この問題は転調した時にさらに顕著となる。仮に上記がハ長調としてこれをニ長調に転

調してハ長純正調に調律された楽器で演奏してみると、ニ長調でのド、レの関係は 1.111となり本来ハ長調で実現していた 1.125 と異なる響きになってしまう。ハ長純正調に調

律された楽器でニ長調の音楽を奏でるといかに奇妙で不自然な響きに聴こえるかを紙

面上お伝えできないのが残念である。

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ドレミ音階は長音関係が5回、短音関係が2回(いずれも周波数比率は 1.067)登場す

るが、上の表を見ると長音関係で2つの異なる比率(1.125 と 1.111)が混在しているこ

とがわかる。このことは、音楽が単一の調で奏でられている限りにおいてはさほど問題

とならなかったが、その発展とともに大きな障害となったのである。そこで考えられた

のが平均律という概念である。平均律は、純正調で見られた「ある場合に極端に顕在化

する」奇妙で不自然な関係を、通常の人間の耳にあまり気にならない程度にすべての音

に「均等に」振り分けて、隣同志の音の周波数比率を全て一定にしたものと位置付けら

れる。 さるアフリカ民族音楽のリーダーが平均律で調律された音楽を聴き、「変だ、ずれてい

る」と言って笑いこけたと伝えられている。平均律で調律されたクラビコードを赤ん坊

のモーツァルトに与えたら、果たして長三度の響きを探し当てたかどうかも興味がある

ところである。(一方、日頃平均律に慣れ親しんでいる我々が、改めて純正調の長三度

の響きを聴くと、実はちょっと違和感を覚えるという事実も参考までに記載しておきた

い。)しかしながら、奇妙さと不自然さを均等に甘受したデメリットと引き換えに、音

楽は全ての調への自由な転調という無限の可能性を秘めたメリットを与えられたわけ

である。 参考までに我流の平均律の作り方を以下に記載してみたい。まず C を基音とし、2:

3の関係にある完全5度を次々と延長していくと下記のように(不思議なことに)12

音全てを一巡した後に7オクターブ目で C に回帰する。(下段はオクターブ数を示す。)

C G D A E H Fis Cis As Es B F C

0 0 1 1 2 2 3 4 4 5 5 6 7

基音の C と各音の周波数比率は、完全5度の累積ということから1.5×1.5×・・・

という関係になり、以下のとおりとなる。

C G D A E H Fis Cis As Es B F C

0 0 1 1 2 2 3 4 4 5 5 6 7

1 1.5 1.52 1.53 1.54 1.55 1.56 1.57 1.58 1.59 1.510 1.511 1.512

最終的に7オクターブ目で回帰する C と最初の C の周波数比は上記から 1.512=129.74となり、この間に配される12個の完全5度間の関係は全て等しく2:3の関係が「美

しく」保持されている。まったくの余談ながら C 音が回帰する7オクターブという幅

は、現代ピアノのほぼ端から端まで、すなわち人間が音として関知できる上限と下限に

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ほぼ一致しているという事実を以て、これが単なる偶然ではないと思えてくるのは考え

過ぎであろうか。 さて、一方でオクターブの関係は既に記載したとおり1:2なので、基音の C と7オ

クターブ目の C との周波数比は 27=128 となっていなければいけない。これと上記の

129.74 は明らかに一致しておらず、この不一致が純正調で指摘したことと同根の矛盾で

ある。すべての音の関係を美しく保持する調律法は存在し得ないのである。 あらためて1.5倍を12回繰り返し 129.74 に至る過程を記載すると、 1.512 = 1. 5×1.5×1.5×1.5×1.5×1.5×1.5×1.5×1.5×1.5×1.5×1.5 = 129.74 となる。では最終値が 128 となるように(すなわち回帰した C がきれいに基音の C と

鳴り響くように)、中間の 11 個の音を均等な比率(=R)で配列しなおすとどうなるか? R12 = R×R×R×R×R×R×R×R×R×R×R×R = 128 で、答えは R = 1281/12 = 1.4983 である。 1.5 と 1.4983 のわずか 0.11%の違い、これが平均律において均等に甘受する奇妙さと不

自然さの正体である。

C G D A E H Fis Cis As Es B F C

0 0 1 1 2 2 3 4 4 5 5 6 7 1 1.4983 1.49832 1.49833 1.49834 1.49835 1.49836 1.49837 1.49838 1.49839 1.498310 1.498311 1.498312

では7オクターブではなく1オクターブ内に 12 個の音を均等に配置するとどうなる

か? たとえば上記で D と C の周波数比率は 1.49832 = 2.2449 だが、この D は1オクターブ上

なので 1/2 をかけることによって基音の C と同じオクターブ、すぐ隣の白鍵の D にな

る。

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1.49832×1/2=1.1225 このように一音一音オクターブ比から求めることでも解は得られるが、実は以下のとお

り考えることもできる。上記 R を求めた式を用いて、今度は1オクターブ内に中間の

11 個の音を均等な比率(= r)で配列しなおすとどうなるか? r12 = r×r×r×r×r×r×r×r×r×r×r×r = 2 答えは r = 21/12 = 1.0595 である。 D は C から数えて Cis の次、2番目の音であるから、1.0595×1.0595=1.1225 と上の答

と同じ解が得られる。 以上を整理すると平均律は以下のようになる。

C Cis D Es E F Fis G As A B H C

- 1.0595 1.0595 1.0595 1.0595 1.0595 1.0595 1.0595 1.0595 1.0595 1.0595 1.0595 1.0595

1.0000 1.0595 1.1225 1.1892 1.2599 1.3348 1.4142 1.4983 1.5874 1.6818 1.7818 1.8877 2.0000

表中2行目が隣の音との周波数比率で、等しく 1.0595 となっていることがわかる。ま

た3行目が基音 C との周波数比率である。これを純正調のそれと比較すると以下のと

おりとなる。

音階 レ ミ ファ ソ ラ シ ド

純正調 9/8

1.1250 5/4

1.2500 4/3

1.3333 3/2

1.5000 5/3

1.6667 15/8

1.8750 2

2.0000

平均律 1.1225 1.2599 1.3348 1.4983 1.6818 1.8877 2.0000

平均律の場合、いずれも純正調に見たような美しい比率が見られない半面、無視可能な

(?)程度の誤差を保ちつつ、各音一定比率、すなわち転調自由という新たな可能性を

確保したことになる。どんなハーモニーであろうとも、一定比率(すなわち 1.0595 の

半音数乗)で簡単に移調できるのである。

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リズムが時間を刻む分数の概念とすれば、ハーモニーは音と音同士の空間を彩る比率の

概念ということもできる。三、四、五、さらに長、短、増、減、様々な和音はこれまで

記してきた周波数比率で表現できるが、これを瞬時に識別し、転調し、あるいは展開す

る様を理解し、その展開の意図を汲んで再現する能力は、間違いなく数学的素養と結び

つくものがあると考える。 この項で最後にもう一つ加えておきたいものがある。それはモデル化という概念である。

数学は理論の美しさそのものが魅力と考える方々もいるかもしれないが、本来の目的は

複雑で矛盾に満ちている現実世界を、どのように簡潔に表現すれば本質を掴んで理解す

ることができるか?すなわちモデル化という方法論の提示ではないかと考える。モデル

の妙はあくまで重要でないところを捨象し、簡潔に物事を記載するところにある。ニュ

ートン力学は相対性理論にとって代わったとの誤解も多いが、およそ光速と(文字通り)

天文学的にかけ離れた日常世界においてほとんどの場合ニュートン力学は通用するの

である。厳密には間違っているかもしれないが、現実世界では通用する。これがモデル

化のメリットである。 厳密には正しくないかもしれないが、細かいところはあえて無視して単純化して物事を

捉えることによって、代わりに様々なメリットを得る。これは本項で長々と説明した平

均律のアプローチに他ならない。 バッハの平均律クラヴィーア曲集(実は原題は”Wohltemperierte”、英語で Well-temperedであり厳密には現代的な平均律ではないというオチも一方であるが・・・)を演奏する

時、全ての調、あるいは一つの曲でも様々に転調していく様を追い、理解しようとする

時、本項で記載した平均律が技術論としてではなく基盤として頭脳のどこかに備わって

いるかいないかは、演奏の巧拙を分ける一つの重要な要素であるような気がする。理系

の人間ほどバッハが好きという傾向も、こういった側面を反映しているのであろうか? 4.メロディーに関する考察

メロディーは様々な高さと長さを持つ音を複数組み合わせることによって成り立ち、何

らかの感情喚起を企図してまとめられた音群の塊である。音楽はメロディーをベースと

して様々な展開を繰り返していくことになるが、この展開をどのように把握し、どのよ

うに表現するかが演奏家の腕の見せ所になる。 本項では、展開の典型的なパターンである転調、拡大、縮小、逆行、反行といった音楽

上のテクニックが数学の行列式で簡単に表現できることを示してみたい。以下に示す行

列式の表記が煩わしいと思われる向きもあろうが、式そのものを理解する必要はない。

むしろ音楽上の各種のテクニックが、行列の式によって表現されること、このことから

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音楽上のテクニックを駆使する能力は、行列演算の能力と類似性があることを感覚的に

つかんでいただくのが本稿の目的である。なお、ここではメロディーが有する速度、拍

子、強弱、表情、音形等といった諸要素を捨象して高さと長さだけで考えてみることと

する。 まず例として、ベートーヴェンの交響曲第5番、第4楽章のテーマをとりあげる。

このメロディーは9個の音、7個の休止、すなわち16の音要素からなり、それぞれの

音要素に高さと長さの2つの要素が含まれることから、以下のような16×2の表で表

すことができる。(ただし長さは、第一章の例に基づき最小単位である8分音符を1と

したもの。休止は「高」で「-」と表記してある。)

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16

高 C - E - G F - E - D - C - D - C

長 2 2 2 2 6 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 6

さらに高さを周波数で表せば、このメロディーの基音である C の周波数 c とし、 平均

律に基づく半音の周波数比率 1.0595 を h とすると以下のように書き換えられる。休止

は音がない状態であり周波数0(ゼロ)である。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16

高 h0c 0 h4c 0 h7c h5c 0 h4c 0 h2c 0 h0c 0 h2c 0 h0c

長 2 2 2 2 6 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 6

例としたベートーヴェンのメロディーは、このように16×2の行列で表現できる。こ

の行列を M とすると、M の要素 m( i, j )は以下のように定義できる。 i ; 1, 2, ・・・, 16(ただし i は音要素の順番を表す) j ; 1, 2 (ただし 1 は音の高さ、2 は音の長さを表す) このように定義できた行列 M を、音楽上の転調、拡大、縮小、逆行、反行といった展

開に等しい数学処理を施して新しい行列(これが転換後のメロディーに該当する)に変

化する様を以下に示す。まず転調である。転調の最小単位を半音とし、これを k 倍転調

することを考える。原調が C であるから F に転調する場合は k = 5、As に転調する場合

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は k = 8(もしくは-4)である。転調後の行列を N とすると N の要素 n(i, j)は M の要素

m( i, j )と以下の関係が成り立つ。 n( 1, j ) =h k ・ m( 1, j ) n( 2, j ) = m( 2, j ) つまり長さが同じで音の高さのみ一定比率(h k)だけ周波数が変化するという関係であ

る。 次に拡大、縮小の例を示す。拡大は音の長さを元の倍、2倍とするもの、縮小は逆に

1/2、1/4 と短くしていくものである。変換後の音の長さの元の音の長さに対する比率を

e とすると e > 1 が拡大、e < 1 が縮小である。拡大・縮小後のメロディーを表す行列を

O とするとその要素 o ( i, j )と m( i, j )の関係は以下のとおりである。 o( 1, j ) = m( 1, j ) o( 2, j ) =e・ m( 2, j ) 転調の場合と比較すると、音の高さ(行列の1行目)は変わらず、長さ(2行目)のみ

が一定比率(e)倍となっていることがわかる。 次に逆行の例を示す。逆行とは元のメロディーの終わりの音から始まり元に戻る形で音

形をたどるパターンである。逆行後のメロディー行列を P とするとその要素 p ( i, j )とm( i, j )の関係は以下のとおりである。 p( 1, j ) = m( 1,17- j ) p( 2, j ) = m( 2,17- j ) つまり逆行メロディーの最初の音(j=1)の高さ、長さは元のメロディーの最後の音

(j=16)に等しく、以下 15, 14, 13 とまさに逆行して元のメロディーの最初の音(j=1)で終わるということになる。 最後に反行の例である。反行とは、元のメロディーの上方、下方の音の移動を反対にす

るものである。この例では元のメロディーの最初の4つの音が、C, E, G, F であるから、

反行は C’, A, F, G となる。これを行列式で正確に表すには表現が複雑になるので、簡単

のために反行を C’, As, F, G(つまり半音単位の移動幅が同じ)にすると仮定して議論を

進める。反行後のメロディー行列を Q とするとその要素 q ( i, j )と m( i, j )の関係は以下

のとおりである。

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q( 1, j ) = m( 1, j )・{t( j)・h}-2 q( 2, j ) = m( 2, j ) (ただし t(j)は元のメロディーの j 番目の音の基本から何番目の半音かを示す倍数) ここまで数学的記述に慣れない読者には少なからず苦痛であった点、ご容赦いただきた

い。なぜこのような表現をするのかと言えば、逆説的だが、パターン変換(音楽でいえ

ば展開)の過程をより少ない情報で効率的に把握できるからである。 音楽初心者(ないしは譜読みが苦手な人)が初めて楽譜を読む時のことを思い起こして

いただきたい。左から右へ、上から下へ、一音一音読んでいくわけである。この情報処

理量の何と煩わしく大量であることか。これに比べ、音を塊として認識し、その塊の変

化のパターンを論理的に捉える力が備わっていれば、情報処理は著しく効率的になり、

かつ表現も統一的で明快になることは歴然である。 しかもこのようなアプローチで音楽を捉えればその応用が効くという点が初心者との

大きな違いである。たとえば転調しつつテンポを拡大する、逆行しつつ反行するといっ

た場面に出くわしたとき、初心者は最初と同じアプローチで一音一音読んでいく。音楽

はこの段階に至れば既に譜面づらはたいていの場合複雑になっているはずであり、情報

処理スピードはますます下がっていく。結果としてやる気を失い挫折していく。また苦

労して処理を終えたとしても、今奏でている音がどういう文脈の結果、どういう展開と

なっているかを構造的に理解しないまま音を出すので表現力にも乏しく、極端な場合頓

珍漢な音と言わざるを得ない結果にもなる。一方構造的に捉える事ができれば一度論理

展開のツボをおさえれば、応用に用いる情報処理量はさらに少なく済む。 たとえば、これ以降「煩わしい」行列表記は慎むが、応用の例として先に記載した転調

しつつ拡大する、逆行しつつ反行するといったものはこれまでに記載した「転調」、「拡

大」、「逆行」、「反行」それぞれの行列表記を組合せることで「簡単に」表現するこ

とができるのである。実際の音楽はこのような機械的なパターンだけではなく、長調を

短調にする、拍子を変える、アドホックに一部の音を欠落させるといったより複雑で多

彩な処理が存在するが原理は一緒である。 演奏家が数学的アプローチを無意識に利用し(もちろん行列式を使うという意味ではな

い)、音楽を構造的に理解することによって、作曲家の構想力およびそれを実現させる

ための技巧を改めて発見し、共感し、初心者が挫折するところの複雑な譜面づらを複雑

と思わず、むしろ技巧表現上の当然の帰結であると受け止めて解釈を深め、進めること

ができるのである。

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数学が得意な児童生徒は間違いなくメロディーを点(のつながり)でなく、塊=パター

ンとして認識しその展開を効率よく理解する能力が高いものと思われる。ちなみに数学

にも、全体をとらえるべき絶対座標を無視して、ここから次にどう動くという近視眼的

に物事を把握する、いわば一音一音初心者的になぞっていくやり方に近い分野がある。

微分方程式と言われる概念である。これはブラウン運動などを表す際に用いられ、酔っ

払いの歩みに擬してランダムウォークと呼ばれる。ブラウン運動を表す微分方程式には

前に示したノイズ要素が含まれている。たとえば拍子感のない音楽を聴いて「二日酔い」

とか「船酔い」を連想することは、あながち根拠のないことではなく、象徴的なアナロ

ジーと言える。これらの事実は、音楽に何が大事かということや、音楽と数学との関連

性を考察する上でも興味深い。 5.おわりに

以上リズム、ハーモニー、メロディーの要素ごとに、数学との関連性を考察してきた。

これまでの要素別の議論をまとめ、数学的な要素がいかに音楽に寄与するのかを整理す

ると以下の2点に集約される。 音楽の骨格を解釈する上での情報処理の効率化を促進させる点 音楽を骨格(抽象)とそこに肉付けされるもの(具象)とに峻別することで、知覚

力や表現力の幅を広げることができる点 一点目は、本稿で要素別に、音楽の規則性を数学的に表現することで情報処理が集約

化・簡略化され、結果的に一音一音たどっていくよりも音楽の全体像の効率的な把握に

寄与することを示してきたつもりである。 二点目については、ここまで「応用」の議論以外にそれほど踏み込んでいなかったので、

補足的に考察を試みて、本稿を締めくくりたい。 既に数学が有するモデル化という側面については記載したとおりだが、実は音楽を譜面

に表す行為自体もモデル化に他ならない。行列式で音楽を表現できたからと言って、機

械的な解釈を礼賛するものではないし、この行列式をコンピュータにインプットすれば

最高の演奏ができると言うわけでもないのは明らかである。同様に譜面を基に音楽を

「再現」する場合も、モデル化の過程で捨象されたもの、表現しきれなかったものも含

めて創造することによって音楽は初めてその命を吹き込まれる。言い換えれば、楽譜に

書かれたものはあくまで骨格であり、これに肉付けするのは演奏家自身の創意工夫であ

る。

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たとえば、民謡でも何でも独特の強烈な個性を持った音楽に惹かれてこれを習う場合を

例にとってみる。民謡の場合、際立った節回し(アゴーギク)ゆえに、譜面から習うこ

とは得策ではないかもしれない。まずは師匠の歌を見よう見まねでなぞっていくことに

なろう。この時、意識するしないにかかわらず、構造的に把握すべき部分(譜面として

表すことが容易な骨組み部分、抽象、形式知)と修辞的に把握すべき部分(譜面として

表すことが困難な肉付け部分、具象、暗黙知)を峻別して理解を深める場合と、一音一

音(微分方程式に)なぞっていく場合と結果に違いはあるだろうか? 結論はそれほど簡単なものではなく、前者が後者より必ず優れるというわけでもなさそ

うである。後者の場合でも「門前の小僧・・・」の例をあげるまでもなく、また苦節何

十年という遅咲きの芸術家、楽譜を全く読めないベテランレゲエミュージシャン等が達

成した独特の味わいは何物にも代え難い価値・魅力を持つ。 しかしながら、最初の曲が免許皆伝になったとして次の違う曲、あるいは違う楽器、違

うジャンルの音楽に触れたり、取組もうとしたりする時、あるいは教わる一方だった当

人が教える側に立つ時、さらには同じ曲でもTPOに合わせて表現を変えたいと思った

時、その受容力や応用力の幅は前者と後者では違うのかもしれない。 卑近な例で恐縮ながら、筆者はピアノを習い始めて9年を迎えるが、習いたての頃は、

どうしてもテンポ感、拍子感がとれず苦しんでいた。その原因は自分のイメージが指に

うまく伝わっていないことにある、すなわち運指上の問題と思っていた。ところが、あ

れこれ試行錯誤するうちに、実は自分のイメージと定速テンポにずれがあることを発見

した。具体的には拍子の頭拍の一拍前(小節の最終拍)が微妙に短くなるのである。素

人の演奏と玄人の演奏の違いは、誰が聴いてもそれとわかるものであるが、その違いの

原因の典型例の一つとしてこの最終拍の問題があるらしいこともわかってきた。 筆者の場合、問題の所在は運指上の、すなわち運動神経上の話ではなく、頭の中の拍子

「感」と現実の定速テンポとの「意識上のマッピング」が誤っていたのである。あくま

で個人的な経験であるが、4拍子の場合、極端に言えば1、2、3、4~いといった具

合に意識的に最終音を間延びさせて初めて正確なテンポ、あるいは心地よい拍子感に近

づけることができたのである。(もっともこれをやり過ぎると音楽の大事な要素である

推進力を減退させかねないので、そのバランスは難しい。)これが骨組み上の発見。 一方、最終拍というのは、和声上はトニックへ向けて解決すべきドミナントに該当する

ケースが多い。さらにメロディー上も最終音(次小節の一拍目)に向けたトリルやトリ

ルの後打音が該当するケースが多い。これをいかに表現するかは、譜面上では表現しき

れない、ディナーミクないしはアゴーギク上の要素が大きく関わる。しかし骨組みとし

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ての最終拍がきちんと整った上で、このような肉付け的あるいは装飾的な要素に取組む

と、また一段と(当然、理想からは程遠いが)大分ましに演奏できるようになるという

ことも体感してきた。これが骨組みの上に重ねられる肉付け部分の発見。 骨組み部分はどの曲、作曲家、時代、ジャンルにも概ね共通するユニバーサルな要素で

あり、肉付け部分はそれぞれ異なる個々の様式美、くせ、ノリ等に該当するユニークな

要素である。このように一旦骨格と肉付けを分けて音楽を捉えてみると、単なる感覚的

な良し悪しではなく、より奥の深い、幅を持った解釈とそれに基づく演奏が容易になる

のではないだろうか。 以上、とりとめもなく考察を重ねてきたが、まとめてみると、数学が好きな児童生徒は

恐らく本稿で記載したような数学的アプローチで音楽を捉え、解釈し、表現していると

見られ、このために、飲み込みが早く、拍子感や起承転結が明確で、表現も豊かになる

ということが言えそうである。 最後に、この文章を書くきっかけを与えてくださった G 師匠、貴重なコメントをいた

だいた作曲家の M さん、そして最後まで乱文、悪文につきあってくださった読者の皆

さまに感謝しつつ筆をおくこととする。 【参考文献】 音と言葉 フルトヴェングラー 新潮文庫 音楽の聴き方 岡田暁生 中公新書 音楽論、ピタゴラス ウィキペディア 音律と音階の科学 小方厚 ブルーバックス 新音楽辞典 音楽之友社