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28東レリサーチセンター The TRC News No.112(Jan.2011) ●太陽電池封止部材の劣化の総合解析 1.はじめに 市販の太陽電池モジュールには約20年という長期間 の信頼性が要求されているが、実際に20年経過したモ ジュールを見ると、封止材の黄変や白濁、配線ずれといっ た劣化が多く認められる。これらの部材劣化は、光透過 率の低下による発電効率の低下だけではなく、応力や欠 陥の発生、密着性の低下等の要因となり、ひいてはセル の破損を招く恐れがある。したがって、太陽電池の長寿 命化、高信頼性化を達成するためには、経年劣化に伴う 各種部材の構造変化を特定し、劣化メカニズムに関する 知見を得る必要があると考えられる。 弊社ではここ数年、太陽電池各種部材劣化の総合解析 に積極的に取り組んできた。ここでは、実際に20年以上 フィールドで使用されたバルク系Si太陽電池モジュール の封止材について、黄変部と未黄変部の比較分析を行っ た結果について紹介する。 図1 経年劣化した太陽電池モジュール外観 2.封止材の黄変劣化解析 樹脂の黄変劣化機構は非常に複雑であるため、複合的 な分析アプローチが必要となる。 2に封止材(EVAEthylene vinyl acetate)の黄変 部と未黄変部の紫外可視吸収スペクトルを示す。一般 的に、樹脂の黄変要因は大きく分けると、①共役C=C 結合の形成、②添加剤等の変質による発色団形成が考 えられるが、図2を見ると、黄変部では広い波長領域で 緩やかな吸収が生じており、特徴的なピークを有する吸 収は検出されていないことがわかる。このような形状 の吸収は①共役C=C結合の存在を示唆していると考えら れる。さらに、後述するように、ESR(Electron Spin Resonance)により、黄変部でのみ共役C=C結合上に存 在するラジカルが検出された(表3)。これらのことから、 本モジュール黄変部では明らかに共役C=C結合が形成さ れており、その影響で黄変していると考えられる。 図2 紫外可視吸収スペクトル 図3 FT-IR スペクトル それでは、未黄変部では、まったく封止材は劣化し ていないのだろうか?確認するために、FT-IR (Fourier Transform Infrared Spectroscopy)による構造解析を行っ た。図3を見ると、黄変部、未黄変部共にカルボン酸や ケトン類、過酸化物、OH基といったEVAの酸化に伴う 吸収が認められており、未黄変部でも酸化劣化は進行し ていることがわかる。 GC/MS(Gas Chromatography Mass Spectrometry) による発生ガス分析を行うと、いずれの場所からも同様 のガス成分が検出された(図4、表1)。ガス成分として は直鎖状炭化水素やアルコール類が多く、黄変部でこれ らの発生量が多い傾向が認められた。上記の結果から、 いずれの場所でも酸化反応のみならず、分解反応が進行 しており、特に黄変部ではより多くの分解生成物が形成 されていると考えられる。 太陽電池封止部材の 劣化の総合解析 構造化学研究部 松田 景子 渡邉  猛 三橋 和成 山口 陽司 有機分析化学研究部 小川 賢吾 松本 裕介 無機分析化学研究部 藤崎 一幸

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28・東レリサーチセンター The TRC News No.112(Jan.2011)

●太陽電池封止部材の劣化の総合解析

1.はじめに

 市販の太陽電池モジュールには約20年という長期間の信頼性が要求されているが、実際に20年経過したモジュールを見ると、封止材の黄変や白濁、配線ずれといった劣化が多く認められる。これらの部材劣化は、光透過率の低下による発電効率の低下だけではなく、応力や欠陥の発生、密着性の低下等の要因となり、ひいてはセルの破損を招く恐れがある。したがって、太陽電池の長寿命化、高信頼性化を達成するためには、経年劣化に伴う各種部材の構造変化を特定し、劣化メカニズムに関する知見を得る必要があると考えられる。 弊社ではここ数年、太陽電池各種部材劣化の総合解析に積極的に取り組んできた。ここでは、実際に20年以上フィールドで使用されたバルク系Si太陽電池モジュールの封止材について、黄変部と未黄変部の比較分析を行った結果について紹介する。

図1 経年劣化した太陽電池モジュール外観

2.封止材の黄変劣化解析

 樹脂の黄変劣化機構は非常に複雑であるため、複合的な分析アプローチが必要となる。 図2に封止材(EVA:Ethylene vinyl acetate)の黄変部と未黄変部の紫外可視吸収スペクトルを示す。一般的に、樹脂の黄変要因は大きく分けると、①共役C=C結合の形成、②添加剤等の変質による発色団形成が考

えられるが、図2を見ると、黄変部では広い波長領域で緩やかな吸収が生じており、特徴的なピークを有する吸収は検出されていないことがわかる。このような形状の吸収は①共役C=C結合の存在を示唆していると考えられる。さらに、後述するように、ESR(Electron Spin Resonance)により、黄変部でのみ共役C=C結合上に存在するラジカルが検出された(表3)。これらのことから、本モジュール黄変部では明らかに共役C=C結合が形成されており、その影響で黄変していると考えられる。

図2 紫外可視吸収スペクトル

図3 FT-IR スペクトル

 それでは、未黄変部では、まったく封止材は劣化していないのだろうか?確認するために、FT-IR (Fourier Transform Infrared Spectroscopy)による構造解析を行った。図3を見ると、黄変部、未黄変部共にカルボン酸やケトン類、過酸化物、OH基といったEVAの酸化に伴う吸収が認められており、未黄変部でも酸化劣化は進行していることがわかる。 GC/MS(Gas Chromatography Mass Spectrometry)による発生ガス分析を行うと、いずれの場所からも同様のガス成分が検出された(図4、表1)。ガス成分としては直鎖状炭化水素やアルコール類が多く、黄変部でこれらの発生量が多い傾向が認められた。上記の結果から、いずれの場所でも酸化反応のみならず、分解反応が進行しており、特に黄変部ではより多くの分解生成物が形成されていると考えられる。

太陽電池封止部材の劣化の総合解析

構造化学研究部 松田 景子 渡邉  猛 三橋 和成 山口 陽司

有機分析化学研究部 小川 賢吾 松本 裕介

無機分析化学研究部 藤崎 一幸

東レリサーチセンター The TRC News No.112(Jan.2011)・29

●太陽電池封止部材の劣化の総合解析

図4 発生ガス分析(GC/MS)

表1 発生ガス成分(GC/MS)

3.添加剤の劣化解析

 封止材には長期信頼性を維持するために添加剤が加えられており、その量や劣化が封止材母体の劣化に大きく影響を与えることが知られている。本試料に含まれる耐候性用の添加剤は、有機分析の結果から、酸化防止剤(リン酸系)、紫外線吸収剤(ベンゾフェノン系)、光安定剤(HALS:Hindered Amine Light Stabilizer)の3種類であることが確認されており、これらの劣化状態について黄変部と未黄変部で比較した。  ま ず、 酸 化 防 止 剤 に つ い て、LC/MS(Liquid Chromatography Mass Spectrometry)と固体NMR(Nuclear Magnetic Resonance)で確認を行った。LC/MSでは、酸化防止剤の分解物であるノニルフェノールが検出されており、固体NMRからは、酸化された5価のリンのみが検出された。このことから、いずれの場所でも酸化防止剤は完全に分解しており、すでに酸化防止機能を果たしていないと考えられる。 紫外線吸収剤については、LC/MS/MS(Liquid Chromatography with tandem Mass Spectrometry)を用いた定量を行った。表2に示すとおり、いずれの場所でも残存はしているものの、黄変部では未黄変部の半分程度に減少していることがわかった。 さらに、光安定剤であるHALSについて、定量を試みた。HALSは封止材母体内で紫外線や過酸化物と反応してNOラジカルを形成し、ラジカルトラップ剤としての

機能を発現する(図5)。このNOラジカルを用いて封止材母体に生じたラジカルを捕捉・結合することから、一般的に溶出による定量評価が困難な添加剤である。今回は、固体のままNOラジカル量を定量できるESR法を用い、有効に機能するHALSの残存量を評価した。その結果、NOラジカルはいずれの場所でも残存しているものの、黄変部では未黄変部よりも一桁以上減少しており、ラジカルの捕捉剤としの機能が低下している可能性が示唆された。 このような添加剤劣化により、黄変部ではより外因の影響を受けやすい状態になっていることが予想される。

表2 LC/MS/MSによる紫外線吸収剤定量

表3 ESRによる各種    ラジカル定量結果

図5 光安定剤HALS骨格構造

4.経年モジュール断面封止材中の金属不純物分布分析

 表3(ESR測定結果)より、もう一つ、黄変部で特徴的に金属イオンの存在が確認されている。そこで、封止材中にどのような金属種が拡散しているのかを見るために、LA-ICP-MS(Laser Ablation Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry)を用いた金属不純物分布評価を行った。本手法を用いると、最小数十μm程度の空間分解能で微量金属元素の分布状態について評価することができる。ここでは、封止材(EVA)の断面加工部を、スポット径55μmφ、長さ500μmで10本のライン分析を行って得られた金属元素の強度分布を示した。図6を見ると、経年使用モジュールの封止材中には、Ag、Sn、Pbなどの金属電極材料とガラス側の不純物であるNaが拡散していることがわかる。このような金属元素分布は新品モジュールでは検出されず、明らかに経年劣化による拡散であると考えられる。 ここで検出された金属とESR測定結果で示された金属イオンのg値を考慮すると、ESRによって黄変部でのみ検出された金属イオンは、Agイオン種の可能性が考えられる。このような活性の高い金属イオン種の拡散も、封止材劣化に大きな影響を与えている可能性があると考えられる。

30・東レリサーチセンター The TRC News No.112(Jan.2011)

●太陽電池封止部材の劣化の総合解析

図6 LA-ICP-MSによる封止剤深さ方向金属不純物分布

5.まとめ

 ここでは、弊社で最近取り組んでいる、太陽電池劣化解析の一例として、実暴露による経年劣化モジュールの封止材黄変劣化に関する評価について紹介した。 現在では、封止材にとどまらず、バックシートやシール樹脂、セル等、その他の部材に関しての劣化状態解析も行っており、サンプリング法の検討もあわせて、知見を集めているところである。 今後、耐候性試験品と実暴露による経年劣化品の劣化状態を比較することによって、現在の耐候性試験が本当に信頼性試験として有効であるのか、またどのような耐候性試験がより望ましいのか、劣化メカニズムと照らし合わせながら評価していく必要があると考えている。 弊社での取り組みが、太陽電池のより一層の信頼性向上の一助になれば、幸いである。

6.参考文献

1) A. W. Czanderna, F. J. Pern, Solar Energy Materuals and Solar Cells, 43, 101-181(1996).

■松田 景子(まつだ けいこ) 構造化学研究部第2研究室 主任研究員。  ㈱東レリサーチセンターでラマン分光法・カソードルミネッセンス法の測定・解析に従事。博士(工学)。 趣味:歌うこと。

■渡邉 猛(わたなべ たけし) 構造化学研究部第1研究室 主席研究員。  ㈱東レリサーチセンターで紫外可視近赤外分光法の測定・解析に従事。博士(工学)。 趣味:睡眠学習。

■三橋 和成(みつはし かずなり) 構造化学研究部第1研究室  ㈱東レリサーチセンターで赤外分光法の測定・解析に従事。 趣味:ドライブ。

■山口 陽司(やまぐち ようじ) 構造化学研究部第1研究室 主任研究員  ㈱東レリサーチセンターでESR法の測定・解析に従事。 趣味:サッカー。

■小川 賢吾(おがわ けんご) 有機分析化学研究部第2研究室 研究員 ㈱東レリサーチセンターでガス環境分析に従事。 趣味:気の合う仲間と酒をのむこと。

■松本 裕介(まつもと ゆうすけ) 有機分析化学研究部第2研究室   ㈱東レリサーチセンターでLC/MSの測定・解析に従事。 趣味:ゴルフ、フットサル。

■藤崎 一幸(ふじさき かずゆき) 無機分析化学研究部第2研究室  ㈱東レリサーチセンターでICP-MSの測定・解析に従事。 趣味:ルアーフィッシング。