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〔海外調査資料59〕 急速に普及しつつある高速シーケンサーに よるゲノム解読技術の進展と、そこから 得られるゲノム情報の農業分野への 応用に関する海外調査

急速に普及しつつある高速シーケンサーに よるゲノム解読技 …2 平成23年度海外研究状況調査計画 1 調査課題名 急速に普及しつつある高速シーケンサーによるゲノム解読技術の進展と、

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〔海外調査資料59〕

平 成 2 4 年 3 月

急速に普及しつつある高速シーケンサーに

よるゲノム解読技術の進展と、そこから

得られるゲノム情報の農業分野への

応用に関する海外調査

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表紙の写真

左:ノリッチ リサーチパーク(Norwich Research Park, NRP)

右:ワーゲニンゲン大学・研究所(Wageningen UR, WUR)の植物研究グループが入

っている研究棟

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1

目次

平成23年度海外研究状況調査計画 2

旅程 4

1 The Genome Analysis Centre (TGAC) 5

1-1) ノリッチ リサーチパーク(Norwich Research Park, NRP) 6

1-2) TGAC (The Genome Analysis Centre) 7

1-3) TGAC の組織図 7

1-4) TGAC の設備 8

1-5) TGAC における研究開発 8

1-6) ゲノム解析センターの能力の比較 10

1-7) 企業化支援 11

1-8) PBL のビジネスモデル 12

2 ワーゲニンゲン大学・研究所(Wageningen UR, WUR) 13

2-1) ワーゲニンゲン大学・研究所(Wageningen UR, WUR)の組織 13

2-2) WUR における植物(農作物)研究組織 14

2-3) Wageningen UR, Plant Breeding Group 15

2-4) WUR における企業との連携 15

2-5) Plant Research International(PRI, WUR 内の研究所の一つ) 16

2-6) PRI ゲノム解析センター 17

2-7) The Centre for Advanced Technology in the Agro and Food sector 17

(CAT-AgroFood)

2-8) オランダのファンディングシステムについて 17

2-9) CBSG の研究管理・運営体制 20

2-10) TTI-GG と CBSG との比較 22

2-11) オランダにおける遺伝子組換え(GM)作物の扱い 23

3 IBG-2: Plant Sciences 24

3-1) ドイツの研究組織 25

3-2) IBG-2 所長の Dr. Shurr との面談 26

3-3) JPPC のハイスループット形質評価システム 27

3-4) 植物の表現型解析研究のネットワーク構築 29

3-5) 植物科学における産官学連携:Bioeconomy Science Center 31

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2

平成23年度海外研究状況調査計画

1 調査課題名

急速に普及しつつある高速シーケンサーによるゲノム解読技術の進展と、

そこから得られるゲノム情報の農業分野への応用に関する海外調査

2 調査目的及び必要性

次世代シーケンサーの登場により、作物のゲノム情報が比較的容易に手に

入るようになった一方で、その情報をどのように処理し、作物の形質情報に

関連づけ、品種改良に利用するかが課題になっている。海外における主要な

ゲノム解析機関において、ゲノム情報をどのように農業に利用できるように

処理しているか、また、多数の作物の形質をどのように効率よく評価してい

るかを調査することにより、今後のプロジェクトの企画に役立てる。

3 調査内容

つい最近(9 月 12 日)、オランダのワーゲニンゲン大学・研究センターが

農業バイテク企業のキー・ジーン(KeyGene)社と共同で、最新鋭の次世代

(Illumina HiSeq 2000)、次々世代(PacBio RS)シーケンサーとバイオイ

ンフォマティクス・インフラを備えた施設をオープンさせた。キー・ジーン

社は、作物改良への応用に必要なゲノム情報の解析・処理に関しても様々な

独自の技術を開発しており、最新モデルのシーケンサーによるゲノム配列の

解読状況とともに、その情報処理技術や品種改良への応用方策等について調

査する。

また、イギリスにおいては、日本の農林水産技術会議に当たる BBSRC(英

バイオテクノロジー・生物科学研究会議)傘下の TGAC(ゲノム解析センタ

ー)で、やはりゲノム解読とその農業への応用研究を行っているので、その

研究開発内容とともに、公的機関におけるゲノム研究のあり方についても調

査を行う。

ゲノム解読についてはハイスループット解析技術が著しく進展してきてい

るが、それらを農業現場に応用するには、作物の形質との関連性を明らかに

して品種改良に活かす必要がある。そのためには、形質の評価も、従来のよ

うに、人が観察・測定してデータを取るのではなく、ハイスループットな形

質評価法を開発する必要がある。ドイツの IBG-2, Jeulich Plant Phenotyping

Center (JPPC)では、高精度画像解析、MRI-PET などの非侵襲的計測技術に

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よって、植物の形質をハイスループットで定量的に解析し、ゲノム情報と対

応づける研究が進んでいる。このような傾向は世界各地で見られ、その最先

端の施設・技術を調査することによって、今後のプロジェクトの企画に資する。

4 調査国及び調査対象

イギリス:BBSRC, TGAC(Norwich)

オランダ:ワーゲニンゲン大学・研究センター(Wageningen UR)

ドイツ:IBG-2, JPPC(Jeulich)

5 調査期間

12 月中旬

6 調査担当候補者(責任者に○)

○ 高野 誠

独法研究者:ANTONIO Baltazar(アントニオ バルタザール)

7 予想される成果

次世代、次々世代シーケンサーが農業研究においてどのように利用されて

いるかについて情報が得られる。特に、まだ日本に導入されていない PacBio

RS の性能について、利用者の評価が聞ける。

世界的に急速に利用が始まった High Throughput Phenotyping Platform

(高速形質評価システム)について、性能や、日本での利用可能性について

情報が得られる。

8 既存研究プロジェクト等への効果

H25 新規プロジェクトメーキングに情報を提供できる。

9 調査の成果

前もって質問票を送付しておいたおかげで、各機関とも期待していた情報

を提供してくれたので、調査の目的はほぼ達成できたと考える。

イギリスの TGAC は、次世代シーケンサーの利用状況についての調査が主

目的で訪問したが、第3世代の PacBio RS も導入されていたこと、研究成果

の事業化にも積極的に取り組んでいること等、予定していなかった有用な情

報が得られた。また、ドイツ国内の研究組織の仕組みやお互いの関係につい

ても、私にとっては新たな情報であった。

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旅程

1 12 月 11 日 日 11:55 成田空港発 KL 862/Y

15:30 アムステルダム着

16:45 アムステルダム発 KL 1511/Y

16:35 ノーリッチ着

2 12 月 12 日 月 12:30 TGAC

17:30

3 12 月 13 日 火 9:55 ノーリッチ発 KL 1506/Y

11:50 アムステルダム着

14:30 アムステルダム発 train

15:30 ワーゲニンゲン着

4 12 月 14 日 水 9:00 PRI

11:00

12:30 ワーゲニンゲン UR

15:00

5 12 月 15 日 木 8:30 CBSG

11:30

12:30 ワーゲニンゲン発 train

17:00 ユーリッチ着

6 12 月 16 日 金 8:30 JPPC

16:00

7 12 月 17 日 土 11:20 ケルン・ボン空港発 KL 1808/Y

12:25 アムステルダム着

14:50 アムステルダム発 KL 861/Y

8 12 月 18 日 日 9:55 成田空港着

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1.12 月 12 日(月)

BBSRC, The Genome Analysis Centre (TGAC)を訪問。

・ゲノム解析施設

まず、最新鋭の DNA シーケンサーが整備されたゲノム解析施設を見学。3種

類の最新型次世代シーケンサーが全て設置されているのに加えて、第3世代の

PacBio のシーケンサーが 10 月 1 日に導入されていて、試験運転中だった。

・Norwich Research Park (NRP)

その後、TGAC が属する Norwich Research Park (NRP)の Head of

Operations, Hills 博士から NRP の全体像について説明を受けた。元々NRP は

植物・農業系の研究機関の集まりだったが、政府と州政府が公的研究機関のみ

ならず民間企業も誘致して、この地をリサーチパークとして雇用を産み出そう

としているとのこと。

・TGAC

午後からは、TGAC の所長の Rogers 博士、バイオインフォマティクス部長の

Caccamo 博士と面談し、高額機器の整備の経緯や、今後爆発的な増加が予想さ

れるシーケンスデータの取扱い方等について意見交換を行った。TGAC では、

プロジェクト予算とは別の Capital Fund があって、それで高額機器は購入でき

るとのことだった。運用にかかる経費は共同研究で捻出している。

・Plant Bioscience Ltd. (PBL)

その後、研究所からスピンアウトして出来た Plant Bioscience Ltd. (PBL)の

Chojecki 博士と面談し、研究成果の実用化に関する取組について説明を受けた。

この会社のユニークなところは、実用化のコンサルタントではなく、研究者と

共同で知財化に止まらずその商品化まで行うところで、例えば特許出願に関す

る経費などは自前で負担し、商品化した際の売り上げの半分を受け取るという

契約を結ぶ。シーズの選定から実用化までを主体性を持って進めている。海外

の研究機関との契約も可とのことで、イギリス以外のヨーロッパや北米、南米

の研究機関と取引がある。

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1-1) ノリッチ リサーチパーク(Norwich Research Park, NRP)

元々は、農業系の研究センター(John Innes Institute, Food Science Institute,

TGAC, The Sainsbury Laboratory)だったが、一昨年、病院と医学系研究所

(Norfolk & Norwich University Hospital)を設置。近隣の East Anglia

University と共同で、農業、食品から健康・医学・環境の分野へ活動の場を広

げている。

John Innes Institute, Food Science Institute, TGAC は、BBSRC(英国バイ

オテクノロジー・生物科学研究会議)傘下の研究所。The Sainsbury Laboratory

は、Sainsbury’s と云うスーパーマーケット資本が農業病害虫の研究に特化し

た研究所を設置したもの。BBSRC のファンドは受けていない。

上記の研究所の他、研究成果を実用化するための企業化支援施設(Norwich

Bioincubator, NRP Innovation Centre)や支援/コンサルタント企業が産業化

への橋渡しを行っている。NRP の敷地は、Norich 市が管理。近くに企業が進出

できるように、誘致用の敷地が確保されている。

NRP 全体で 11,000 人以上の人が働く。そのうち研究者は、2,700 人。年間の

研究予算:£ 130 million(156 億円)以上。

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1-2) TGAC (The Genome Analysis Centre)

・2009 年 7 月 3 日にオープン。

・38 人のスタッフ。ゲノム研究者、技術者、バイオインフォマティシャンか

ら構成される。

・BBSRC 傘下の 8 つの研究機関のうちの一つ。

–Babraham Institute

–Institute for Animal Health

–Institute of Biological, Environmental and Rural Sciences

–Institute of Food Research

–John Innes Centre

–Rothamsted Research

–The Genome Analysis Centre

—The Roslin Institute

1-3) TGAC の組織図

TGAC

Genomics

Libraries Construction:6

Sequencing Operations:5

Technology Development:2

Bioinformatics

Sequence Informatics: 6

Computational Genomics: 1

Genome Analysis: 4

Biostatics: 1

TGAC Business

Genome Enterprise Ltd

(数字は、スタッフの人数)

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1-4) TGAC の設備

DNA シーケンサー

・ABI 3730xl:5 台,

次世代シーケンサー

・Roche 454 Titanium:2 台,

・Life Technologies SOLiD 4:2 台、SOLiD 5:1 台,

・Illumina GAIIx:2 台、HiSeq 2000:2 台

第 3 世代シーケンサー

・PacBio RS (new, Oct,2011):1 台

サンプル調整装置

・454, SOLiD, HiSeq, PacBio 用の最新鋭のものそれぞれ 1,2 台

データベース用サーバ

・600TB, Isilon

1-5) TGAC における研究開発

•Capacity and Capability Challenge (CCC) Projects:TGAC の能力や可能性

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を最大限発揮できるような挑戦的な課題を募集。パイロット的な課題を支援

するファンディング。

•大規模シーケンスを直接支援するファンディングはない。様々なプロジェクト

に応募する際に TGAC にシーケンスを希望する場合は、予め Technical

Assessment Form (TAF)を TGAC に提出してその実現可能性と必要となるコ

ストを確認して応募書類に添付するシステム。このような形で現在、シーケ

ンスを支援している。

•2011 年 12 月 21 日にコムギの 4 つの染色体のシーケンスを行うプロジェクト

に資金が付いた。BBSRC の strategic Longer and Larger award (sLoLa)

・データの産生、品質管理、解析過程におけるデータフローの管理は、2010 年

に導入した最先端の LIMS (Laboratory information management system)に

よってコントロールされている。

•高額機器の購入:プロジェクト予算とは別に Capital Fund(200 万ポンド、

2.4 億円/年)がある。運用にかかる経費は共同研究で捻出。

•3 種類の次世代機が入っているので、それぞれのデータに合わせたソフトウエ

ア開発

データ量が指数関数的に増加するのに対して、ストレージの増加はリニア。こ

の問題にどのように対処するか?

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1-6) ゲノム解析センターの能力の比較

TGAC NIAS BGI WUR

ABI 3730xl 5 5 2

Life Technologies

SOLiD 4

2 27

Life Technologies

SOLiD 5

1

Illumina

GAIIx

2 1

Illumina

HiSeq 2000

2 137 2

454 GS FLX

Titanium

2 2 1 1

Ion Torrent 1

PacBio RS 1 1

Memory 6TB 2TB 32.7TB

Storage 600TB 2PB 15PB

NIAS:生物研

BGI:中国 BGI

WUR:ワーゲニンゲン大学・研究所(後出)

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1-7) 企業化支援

Bio-Incubator

TGAC の最上階フロアは、企業化のためのインキ

ュベーション施設 Bio-Incubator がある。2,000m2

程度のスペースで、12 のオフィスと 12 の研究室が

ある。)数週間から数ヶ月企業化の研究ができる。

Innovation Center

Bio-Incubatorで見込があるとなると、Innovation

Center (4,215m2、最先端の設備を備えたオフィスと

研究室が 30 ユニット以上ある)にスペースを借りて

数年単位で研究を進めることができる。

Plant Bioscience Limited (PBL)

1994 年に JIC がファンディングして設立した、植物、食料、微生物科学を専

門とする民間会社

新技術の知財保護、商品化に関して支援やアドバイスを必要としている研究

者や研究所にサービスを提供する。

ただし、いわゆるコンサルタントではなく、新技術を開発した研究者と一緒

になって知財の管理や新技術の開発を行う。したがって、サービスに対して手

数料をもらうのではなく(特許申請や技術開発に必要な資金は自前で確保する)、

新技術の商品化に伴う利益の配分を受ける。

メンバーは研究の経験が豊富なので、特許出願代理人と発明者のインターフ

ェースになって、シーズの選定から実用化までを主体性を持って進めている。

また、単に知財管理や新技術開発を支援するだけでなく、さまざまな技術の

選択肢(portfolio)を持っているため、それらを組み合わせることにより、より

大きなビジネスチャンスを生み出せる。

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1-8) PBL のビジネスモデル

PBL の植物部門の責任者の、Jan Chojecki 博士

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2.12 月 14 日(水)、15 日(木)

ワーゲニンゲン大学・研究所(Wageningen UR, WUR)を訪問。

WUR は、1997 年にワーゲニンゲン大学と国立の農業関係研究機関が一緒にな

って、オランダで唯一の農業系の Knowledge Institute として発足した。3年

前に市内から現在の場所に移る。政府(農業省)の研究機関も移転して、オラ

ンダ随一の農業研究センターを形成。

2-1) ワーゲニンゲン大学・研究所(Wageningen UR, WUR)の組織

沿革

1997 年 ワーゲニンゲン農業大学が国立農業研究機構(DLO Research

Institutes)と応用研究機構(Institutes for Applied Research)と合

併して Wageningen UR が創立

2004 年 Van Hall Larenstein University of Applied Sciences が WRU に加わ

る。

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年間予算

WU-PS: € 42.3 M

PPO: € 41.9 M

PRI: € 39.4 M

2-2) WUR における植物(農作物)研究組織(3つの組織からなる)

植物研究グループの職員数

0

100

200

300

400

500

600

700

職員 ポスドク 客員

植物研究グループが入っている研究棟:Radix

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2-3) Wageningen UR, Plant Breeding Group

Plant Breedingのグ

ル ー プ リ ー ダ ー の

Visser博士に研究方針

について話を伺った。

Plant Breeding は大

学と研究所の研究グル

ープが 2005 年に統合

して出来たもので、研

究者・ポスドク・テク

ニシャン・学生を合わ

せて総勢 270 名の大所

帯のグループ。内部で

10のテーマで研究を進

めている。

まず、どうやって研究テーマを決めるのかと聞いたところ、Monsanto,

Syngenta と云った種苗メーカーと常にコンタクトを取り、ニーズを把握して

テーマを選定するとのことだった。育種の対象も種苗メーカーが扱っている

ものに絞り、研究所で行うのは pre-breeding のレベルまでで、実際の育種は

メーカーに受け渡す(産官学連携)との姿勢だった。

研究費は年間 1500 万ユーロ程度で、企業、国、EU からそれぞれ 1/3 ずつ

を得ている。また、研究者は、例えば育種上重要な遺伝子などを見つけた時

は、論文化する前に必ず知財を確保することが義務づけられている。

2-4) WUR における企業との連携

産官学の連携は、黄金のトライアングル。新品種を効率よく生み出す上で

非常に重要。

企業にとって WUR との連携のメリット:企業の持つ材料を持ち込んで、

それを用いて例えば中間母本を作る(リスクを伴う段階)。企業はその続きを

して仕上げることができる。一方研究側も、作った材料のうち企業が必要と

しない系統を利用することができる。

企業と密に連絡を取っていることにより、現場での問題が素早く把握でき

Dr. Richard G. F. VisserBusiness Unit Manager Biodiversity and Breeding

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る。また逆に企業に対しては、技術の進歩が速いので、モンサントやシンジ

ェンタなどのメジャーは別として企業を教育しなければ新しい技術の有効性

を理解してもらえない。

企業の研究者の教育:企業研究者向けの大学院(MC)を開設。企業にとって

受講しやすい時期に集中講義を行う(2年間でのべ6週間分)。第 1 期生 20

人が卒業したところ、第 2 期は 18 名の受講者がいる。

2-5) Plant Research International(PRI, WUR 内の研究所の一つ)

午後からは、PRI の Bioscience 研究

部門の責任者で、KeyGene との共同

研究責任者でもある Koops 博士と面

談した。博士が強調したのも Golden

Triangle(産学官連携)で、ビジネス

モデルとしては、イノベーションを産

み出すにはどうすればいいか?を常

に考えているとのこと。プロジェクト

としては、TTI-GG(Technological

Top Institute – Green Genetics)の資

金で、150 Tomato genomes の解読を

している。中国の BGI との共同研究。分担して半分ずつ配列を決める(後述)。

シーケンサーは、WUR に Illumina HiSeq と Roche 454 がそれぞれ1台、

KeyGene に HiSeq と PacBio RS がそれぞれ1台ある。PacBio RS は、私た

ちが行った日にちょうど納品されたところだった。そのような高額の機器を

どのようにして購入しているのかと聞いたところ、CAT-AgroFood(The

Center for Advanced Technology )と云う組織が WUR 内で進められている

様々なプロジェクトからの要望に優先順位を付けて整備しているとのことだ

った。

Dr. Andries J. Koops Business Unit Manager Bioscience in PRI

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2-6) PRI ゲノム解析センター

・KeyGeneとPRIとの共同運用。WUR内で利用はオープン。

・KeyGeneに設置:HiSeq 2000, PacBio RS

・PRIに設置:HySeq 2000, 454 FLX Titanium

・スタッフ:8人、うち Bioinformatics が3人

・現在進行中の解析:150 トマトゲノムプロジェクト。これは、BGIとの共同

研究で、WURが84品種、残りをBGIが解析。このプロジェクトはTTI-GG(

後述)のファンディングを得ている。

2-7) The Centre for Advanced Technology in the Agro and Food sector

(CAT-AgroFood)

・最先端機器の計画的な整備、それを

介した技術的支援、さらに異なる機

関の研究者間の共同研究の促進を目

的に、政府、州政府、WUR が共同

出資して設立(€22M/5 年)したフ

ァンディング組織。

・整備する高額機器は、研究プロジェ

クトからの応募の中から選定

・ビジネスプランを提出してもらい評

価:評価項目としては、必要性、利

用計画、利用予測、運用経費の収支

・使用状況的にも運用コスト的にも効率的な計画を採用。原則的に利用は WUR

コミュニティー内でオープン。

2-8) オランダのファンディングシステムについて

オランダの研究資金としては、FES と NGI と云う2つの大きなファンディン

グシステムがある。その由来は大きく異なるが、それぞれ5年の研究期間が終

期を迎えるに当たって、また、2010 年の政権交代による政策の変化(2010 年

10 月 14 日に Ministry of Economic Affairs (EZ) と Ministry of Agriculture,

Nature and Food Quality (LNV) が一緒になって Ministry of Economic

Affairs, Agriculture and Innovation (EL & I)になった)もあり、一つに統合す

CAT-AgroFood の責任者 Dr. Petra Caessens

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る動きも出ている。

・FES (Fund for Economic Structure Reinforcement)

1995 年に天然ガス価格が 5 倍に値上がりして得られた利益を基に創立され

た基金。当初は、道路や鉄道網などのインフラ整備に使われていたが、2005

年から研究(knowledge economy)投資にも回されている。その一つが TTI

(Top Technology Institute)。この基金は、経済省(Economic Affairs、当時)

と財務省(Finance)の管理下にある。

・NGI (Netherlands Genomics Initiative)

•2001 年に政府が研究の 10 年計画を策定。

•Genomics を重点分野の一つに指定:NGI (Netherlands Genomics

Initiative) 医療、農業、発酵産業分野

•6 省からの出資、€ 600 M/2期・計 10 年のファンディング

•funding を得る条件として企業と共同研究すること(public-private

partnership) 。企業も共同出資:10%

•2003 年から開始した最初の 4 つのセンターの一つに CBSG が選定される。

•2008 年から第 2 期が開始。€ 280 M/5 年、16 センターが活動

・CBSGと関連するセ

ンター

NMC: Netherlands

Metabolomics Centre

NPC: Netherlands

Proteomics Centre

NCSB: Netherlands

Consortium for Systems

Biology

NBIC: Netherlands

Bioinformatics Centre

CSG: Centre for Society

and the Life Sciences

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TTI (Technological Top Institute)

•TTI-GG (Green Genetics):2007 年設立

・ゲノム情報を充実させて、生産性が高く品質に優れた農作物を育種する技術の

開発をめざす。得られた成果は、参加企業の R&D プログラムに取り込まれる。

•FES からの資金、€ 22M/5 年

・民間と大学・研究所が共同で 40 のテーマで研究を進める。それぞれが独立。

CBSG (The Centre for BioSystems Genomics)

・CBSG は、2002 年に NGI の支援を受けて設立された Centre of Excellence。

2002 年から研究開始。研究予算総額は、5 年間で 53 M€。2008 年から第 2

期(CBSG2012)が始まった。

・ funding を得る条件として企業と共同研究すること( public-private

partnership)。企業も共同出資(10%)する仕組み。

・ジャガイモ、トマト、ナタネに絞って、主要なオランダ国内、及び国際企業と

大学、企業研究所、地方試験場からの選り抜きの植物科学者が連携するコン

ソーシアム。TTI-GG より基盤的。

・ジャガイモ、トマト、ナタネに限定しているのは、オランダの農業産業にとっ

て最も重要な作物だから。育種から食品・非食品加工に至るまでの全ての生

産工程をカバーする。

・コンソーシアムのメンバーは以下の通り。

UVA WUR RUN RUG UU AVEBE

HZPC AGRICO Meijer VAVI / DPPA

Van Rijn Enza

Nickerson zwaan

produktschap akkerbouw

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2-9) CBSG の研究管理・運営体制

CBSG の責任

者を務めている

Hall 博士と面

談した。

プロジェクト

の策定について

聞いたところ、

まず種苗メーカ

ーにどのような

ニーズがあるか

を調査し、現在

はジャガイモで

は耐虫性、トマ

トでは品質向上

を大きなテーマ

として掲げ、そ

れを達成するた

めの個別課題は、プロジ

ェクトコミッティーの中

で、プロジェクトリーダ

ーと領域リーダーが協議

して担当研究者を選び、

それを上部組織の領域コ

ミッティー、理事会で承

認する仕組みとのことだ

った。日本では、公募し

なくてはならないと云っ

たら、「民主的な」仕組

みですね、と皮肉られ、

オランダは国が小さいか

ら、研究内容については

全て把握できており、最も実績があり成果が期待できる研究者を選んでいると

の答えだった。

CBSG は、2012 年で終了するが、その後継については、昨年政権が交代した

ため科学政策の重点分野の再編が行われ、Genomics が選ばれるかどうかは不明

との状況。存続の危機にあると危機感を露わにしていた。

Dr. Robert Hall Managing Director, CBSG2012

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・CBSG の関連ファンディング

CBSG2012 では、NGI の他のセンターや EU 内あるいは2国間での研究協力

を行い、そこからも研究資金を得ている。

・アウトリーチ活動

CBSG ではアウ

トリーチ活動にも

力を入れており、ミ

ニバンに実験器機

を積み込んで小学

校 を 回 り (Mobile DNA labs)、1 年間

で 800 クラスの

DNA の抽出実験授

業などを行ってい

る。

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2-10) TTI-GG と CBSG との比較

TTI-GG CBSG2012

Fund FES(天然ガスの利益を基にし

た基金、€ 500 M / 5 年)

NGI(6 省からの出資、€ 280M

/ 5 年)

金額 € 22M / 5 年 (2007 – 2011) € 24M / 5 年 (2008 – 2012)

目的 ゲノム情報を活用した品種改

良(技術開発と品種育成、GMO

も)

ジャガイモ、トマト(ナス科)

に絞って、ゲノム情報を活用し

た新品種開発

テーマ 企業が主体、40 の個別のテーマ

それぞれが独立して実用化に

近いもの

大学が主体になって全体とし

て共同研究体制を組む 基盤

的なものなので、企業も共同研

究できる

今後 TTI は全て終了して、今は Top

Sectors Sector は Institute

より大きい

他のファンディングも融合し

て大きな枠組みになる?

2012 年で終了 高い評価を得

たが、後継は未定

政権交代・省再編に伴い、重点

分野の再編

Top Sector との統合も

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2-11) オランダにおける遺伝子組換え(GM)作物の扱い

オランダでは、GM 作物の商業栽培は行われていない。しかし、大量の GM

作物を含む商品が輸入されている。これは日本と同じ状況。

オランダ政府は、オランダ経済に利益になる GM 作物の栽培が農業の持続性

の向上を目指しているオランダの政策に沿ったものかどうか検討し始めている。

この問いに答えるために、経済農業省は、Wageningen UR の 2 つの研究所(PRI

と LEI)と調査コンサルタント会社の CREM BV と Aidenvironment にこの問

題に関する調査研究を委託した。調査研究は、GM ダイズ、トウモロコシ、綿

花の商業栽培が始まってから 15 年間の文献調査に基づく。報告書は、海外の専

門家のレビューを経て 2011 年 5 月 12 日に国会の下院に提出された。

調査結果では、現在商業的に栽培されている GM 作物は、様々な ’People,

Planet and Profit’ の構成要素に対してプラスの寄与をすることができると評

価された。持続性に対する効果は、GM で付与された形質や作物種に依存する

が、栽培地域、制度の整備状況(institutional environment)及び優れた農業

技術との融合度合いも最終的な持続性に対する効果として大きな影響を与える。

そして後者の要素は、GM 作物に限ったことではなく、農業の体系や革新的技

術に関して一般的に当てはまることであるとの認識を示した。

最初の設問に対しては、上記の要素を総合して判断することになるが、単純

で普遍的な結論が導かれるわけではない。この研究は、現在栽培されている除

草剤耐性やBtによる害虫抵抗性とは異なる形質を持った新しいGM作物の農業

持続性に対する潜在的な影響をケースバイケースで評価するためのアプローチ

の概要を示したと位置づけられている。

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3.12 月 16 日(金)

IBG-2: Plant Sciences を訪問。この研究所に訪問目的の JPPC (Jülich Plant

Phenotyping Centre)がある。IBG は Institute for Bio- and Geosciences の頭文

字を取ったもので、他に IBG-1: Biotechnology と IBG-3: Agrosphere がある。

IBG はユーリッヒ総合研究機構(Forschungszentrum Jülich GmbH, FZJ)に

属している。

FZJ は、西ドイツ時代は、ユーリヒ原子力研究施設(KFA)として知られてい

た。現在は原子力にとどまらない研究を行っている。FZJ は、ドイツで最も大

きな研究組織である The Helmholtz Association の1員。3つの分野(Health,

Energy & Environment, Information Technology)に関して、8研究所(46 研

究施設)と3つの中央研究部門、2つのプロジェクト管理部門、20 の支援部門

から構成されている。

年間予算額は € 415 M で、全体で 4,600 人が働いている。うち常勤研究員が

1,500 人、世界の 70 ヶ国から来ている客員研究員が 900 人。(参考:理研は年

間予算が 930 億円(€ 930 M)、常勤研究員:2,700 人、特別研究員:285 人)

Jülich はオランダとの国境に近い小さい町(人口 33,000 人)。その郊外にある

Jülich Science Campus は市街地より広い面積を占める。

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3-1) ドイツの研究組織

ドイツというと Max-Planck Institute がまず思い浮かぶが、その他にこの

Helmholtz Association と Fraunhofer Institute の 3 つが主要な研究組織があ

り、中でも Helmholtz Association がドイツで最も大きな研究組織である。ただ、

ドイツ内でもあまり知られていないと云うことだった。3つの研究組織の位置

づけとしては、Max-Planck Institute が最も基礎的な研究領域を、Fraunhofer

Institute が最も応用的な研究領域を、Helmholtz Association はその中間的な研

究領域を担当することになっている。

Helmholtz Association は、ドイツ全土に 16 の研究センターを持ち、全従業

員 28,000 人(うち研究者・技術者 8,000 人)、博士課程の学生 3,400 人、年間予

算 € 3,100 M (2011)。文科省の傘下の研究機構なので、予算全体の 2/3 は文科

省から、1/3 はプロジェクト研究から得ている。

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3-2) IBG-2 所長の Dr. Shurr との面談

まず、所長の Schurr 博士から、Helmholts Association, JPPC について説明

を受けた後、新農業展開プロジェクトの成果についてセミナーを行った。イン

トロとして、東日本大震災に対する世界の支援に対してお礼を述べて、福島で

の放射能汚染の除染技術の研究について紹介したところ、関心が高く除去した

汚染土壌の処理や森林の除染などについて質問が出た。セミナー修了後、Schurr

所長から、25 年前のチェルノブイリ原子力発電所事故の際には周辺が汚染され

たので、Jülich にある研究所が中心になり土壌の除染やファイトレメディエー

ションに関して様々な実験を行い、たくさんのデータを公表したので、必要な

ら利用してほしいと申し出があった。

午後からは、施設の見学。植物体を自動的に移動させて最新の画像解析シス

テムでハイスループットで形質評価する設備や、MRI を用いて土中の根の様子

を可視化する装置などの説明を受けた。この研究所のユニークな設備としては、

野外の圃場で栽培している植物についてもこのようなハイスループットな形質

評価システムを構築していることであったが、冬の間は共同研究をしているボ

ン大学農学部へ移しているとのことで実物を見ることは出来なかった。

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3-3) JPPC のハイスループット形質評価システム

左上:根の成長を連続的に記録する装置

100x70x5cm(縦、横、厚さ)で片面が強化ガラスの容器(rhizotron)に土

を詰め、植物の種を播いてガラス面を下にして 45°の角度に設置して育てる

と、根がガラス面に沿って伸びていく。rhizotron はベルトコンベアーに載っ

ており、1 日に 1 回写真左上奥に見える撮影ボックスに順に取り込まれ、ガラ

ス越しに根の成長の様子を画像として取り込む。

右下:植物の地上部の成長を連続的に記録する装置

碁盤の目のマスにポットで植物を育て、一定時間ごとに左上に見えるクレー

ンで植物をポットごとつり上げて右奥に見える撮影ボックス(青色の箱)に

運び、様々な角度から植物体の形態を画像として取り込む。ベルトコンベア

ー式のものに比べて記録する植物を任意に選ぶことができる。

この他にも、植物用の MIR-PET を開発して、普通のポットで育てた植物の根

をそのままの状態で可視化できるようにした装置(PLANTIS)や、敷地内の原

子力施設で作った短寿命放射性核種の 11C を含む 11CO2 をテンサイの葉に吸収

させて、同化してできた糖が根に蓄積する様子をリアルタイムで追跡できる装

置など様々な形質評価システムを開発している。

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・野外における形質評価システム

圃場においてもハイスループットな画像解析システムを構築して、自然状態

における形質の定量的な評価を試みている。

・ハイスループット形質評価システムとバイオインフォマティクスとの統合

研究目的に応じた栽培施設にロボティクスや画像解析システムを投入して植

物の表現型のデータを蓄積し、そこにゲノム情報と環境データを組み合わせて

解析することにより、基礎研究の成果を育種現場に適用できる、と云う考え方。

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3-4) 植物の表現型解析研究のネットワーク構築

European Plant Phenotyping Network (EPPN)

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このような施設は、IBG-2 では 6 年ほど前から開発を進めてきており、最初

は独自に開発していたが、Plant Phenotyping に興味を持つドイツ国内の大学、

研究所が集まり、民間も加わって German plant phenotyping network

(Deutsches Pflanzen Phänotypisierungs Netzwerk, DPPN)を構築した。ここ

には、連邦政府の文科省からCROP.SENSe.netと呼ばれるファンディング(€ 45

M/year)が投入されている。さらに、EU にも働きかけて重要施策に取り上げ

てもらい、2012 年 1 月に European Plant Phenotyping Network (EPPN)を立

ち上げた。

また、世界的に見てもオーストラリア、カナダなどでも、大型の表現型解析

システムが整備されてきていることから、2 年ほど前に国際ネットワーク

International Plant Phenomics Network(IPPI)を組織して、情報交換(今年

9 月に 2nd International Plant Phenotyping Symposium を Jülich で開催)を

行いながら開発を進めているとのことだった。

今後日本でも着実に蓄積されていくゲノム情報を有効に活用していくために、

このようなハイスループットかつ高精度な表現型の解析システムが必要になっ

てくるが、一から開発するには時間もお金も足りない。彼らとの共同研究を検

討する余地があると感じた。

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3-5) 植物科学における産官学連携:Bioeconomy Science Center

ドイツでも植物科学を食料、バイオ燃料、バイオファイナリー生産に活かすた

めの産学官の連携が図られている。

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(参考)

海外調査資料既刊一覧

No.1 海外先進国の農林水産関係試験研究における技術情報システムに関する調査 (S62.3)

ヨーロッパ先進国の農林水産物の流通利用に関する試験研究動向調査

No.2 農林生態系に及ぼす酸性降下物の影響に関する研究動向調査 (S62.3)

作物育種へのバイオテクノロジー活用に関する研究動向調査

No.3 欧州における穀物多収栽培技術開発の動向調査 (S63.3)

No.4 アメリカ合衆国における動物分野のバイオテクノロジー研究の動向調査 (S63.3)

No.5 欧州における水産バイオテクノロジー研究動向調査 (H元.3)

No.6 欧州諸国における昆虫の生物機能解明と高度利用に関する研究動向調査 (H元.10)

No.7 欧州諸国の農山村地域における公益的機能の評価及び維持増進に関する調査 (H2.6)

No.8 欧州諸国における園芸作物の高品質化、高付加価値化に関する試験研究動向調査 (H3.1)

No.9 中南米における畑作物を中心とした遺伝資源の多面的な利用・加工に関する試験研究動向調

査 (H3.3)

No.10 欧州諸国における機能性成分等の利用・加工技術に関する試験研究動向調査 (H3.10)

No.11 欧州諸国における水稲の低コスト・高品質化に関する機械化技術開発試験研究動向調査

(H4.1)

No.12 欧米諸国における生態系活用型農業技術の現状把握と研究動向調査 (H4.3)

No.13 欧州諸国における園芸作物の高能率・省力生産システムに関する試験研究動向調査 (H5.2)

No.14 林業が自然生態系と調和するための関連研究の動向調査 (H5.2)

No.15 農業先進諸国の主要畑作物における品種改良目標と育種システムの動向調査 (H6.1)

No.16 環境調和型エネルギー資源としての生物の高度活用に関する研究動向調査 (H6.1)

No.17 ヨーロッパにおける畜産研究の動向に関する調査 (H7.1)

No.18 北米東部沿岸等における貝毒被害及び対策研究の実態調査 (H7.2)

No.19 アメリカ合衆国における高品質米の生産と稲作試験研究動向に関する調査 (H8.3)

No.20 欧州諸国の農水・食品産業における膜利用及び非熱的エネルギー応用技術に関する試験研究

動向調査 (H8.3)

No.21 オセアニアの畜産における放牧、繁殖及び家畜衛生研究の現状並びに動向に関する調査

(H9.3)

No.22 北米の木材生産戦略と林産研究動向に関する調査 (H9.3)

No.23 地中海・ヨーロッパ諸国における養殖漁業の現状と研究動向に関する調査 (H10.3)

No.24 欧州における生育調節剤によらない野菜・花きの生育制御技術に関する研究動向調査

(H10.3)

No.25 欧州における先端的食品加工技術の開発とその国際的展開に関する状況調査 (H11.3)

No.26 オーストラリアの米輸出戦略と稲作関係研究動向調査 (H11.4)

No.27 ヨーロッパにおける環境研究の現状と動向に関する調査 (H11.4)

No.28 ヨーロッパにおける果樹のバイオテクノロジーの開発及び利用状況の調査 (H12.3)

No.29 EU諸国における農村振興研究の動向 (H12.5)

No.30 米国における小麦・大豆の品種開発に関する基礎調査 (H12.6)

No.31 ヨーロッパ等における家畜ゲノム研究の現状調査 (H13.3)

No.32 ヨーロッパにおける森林の多様な機能の発揮に関する研究の動向調査 (H13.3)

No.33 欧米における食品品質評価手法及びナノテクノロジー研究推進状況の現地調査 (H13.12)

No.34 ヨーロッパにおける遺伝子組換え作物を利用した有用物質生産システム構築に関する研究

の現状調査 (H14.6)

No.35 ヨーロッパにおけるBSE研究の現状調査 (H15.3)

No.36 水田の高度利用に関する作物研究の北米地域調査 (H15.3)

No.37 欧米における小麦赤かび病のかび毒対策研究開発の現状調査 (H15.3)

No.38 ニュージーランド・オーストラリアにおける温室効果ガス及び木質バイオマス利用技術に関

する研究調査 (H15.9)

No.39 諸外国の研究体制と研究計画に関する調査 (H16.3)

No.40 豪州における重要家畜感染症研究の現状と動向に関する調査 (H17.3)

No.41 欧州における半閉鎖性海域における有害化学物質・重金属類等の水産生物への影響評価の研

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究に関する動向調査 (H17.3)

No.42 オセアニアにおける農業系研究者の人材マネージメントのあり方に関する動向調査

(H17.5)

No.43 西欧における有機農業研究の現状と動向に関する調査 (H17.6)

No.44 米国における植物比較ゲノム研究及び組換え作物を用いた物質生産に関する調査 (H17.12)

No.45 EUにおける家畜の免疫機能向上に関する飼養管理及びゲノム情報を利用した抗病性育種

に関する研究状況調査 (H18.2)

No.46 米国におけるダイズゲノム研究の現状と動向調査 (H19.1)

No.47 ブラジルにおけるさとうきびの効率的生産技術に関わる研究動向調査 (H19.2)

No.48 欧州における木質バイオマス利用システムの現状と動向に関する現地調査 (H19.4)

No.49 欧米における食品分野のナノテクノロジー安全性確保に関する研究動向調査 (H19.11)

No.50 米国における生食用野菜食品に起因する微生物学的危害の発生防止技術に関する研究動向

調査 (H19.12)

No.51 米国における有機農業研究の現状と動向調査 (H20.3)

No.52 欧州における生物の光応答メカニズムと利用技術に関する研究動向調査 (H20.11)

No.53 欧州における家畜の粘膜免疫ワクチン開発に関する研究動向調査 (H21.2)

No.54 北米におけるバイオエネルギーの実用化をサポートする技術の研究動向調査 (H21.3)

No.55 EUにおけるGMOの規制、一般作物との共存政策に関する状況調査 (H21.11)

No.56 オランダにおける藻類利用の技術開発と地域での実用化推進に関する状況調査 (H22.2)

No.57 カナダにおける木質バイオマス液化技術の現状と動向に関する現地調査 (H22.8)

No.58 ヨーロッパにおける動物用医薬品に適応可能な新技術の開発状況及び新技術を利用した動

物用医薬品の規制状況調査 (H22.12)

No.59 急速に普及しつつある高速シーケンサーによるゲノム解読技術の進展と、そこから得られる ゲノム情報の農業分野への応用に関する海外調査 (H24.3)

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〔海外調査資料59〕 急速に普及しつつある高速シーケンサーによるゲノム解読技術の進展と、そこから得られ

るゲノム情報の農業分野への応用に関する海外調査 2012年(平成24年)3月 発行 編集・発行 農林水産省 農林水産技術会議事務局 技術政策課 〒100-8950 東京都千代田区霞ヶ関 1-2-1 TEL:03-3501-9886(技術政策課情報調査班) FAX:03-3507-8794