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147. プロテオミクスを用いた Th2 細胞分化を制御する GATA3 複合体の同定と 機能解析 細川 裕之 Key words:Th2 細胞,GATA3,アレルギー,プロテオミ クス 千葉大学 大学院医学研究院 免疫発生学 ヘルパー T 細胞は,産生するサイトカインの違いによって主に3つのサブセットに分類することができる(図1).Th1 細胞は IFNγ や IL-2 を産生し,Th2 細胞は IL-4,IL-5,IL-13 を産生する.Th1 細胞は細胞性免疫を誘導し,細胞内寄生細菌 の排除に重要であるのに対し,Th2 細胞は液性免疫を誘導して細胞外寄生細菌などに対する免疫応答を担う.最近,新たな サブセットとして IL-17 を産生する Th17 細胞の存在が明らかにされた.Th17 細胞は抗原刺激および IL-6 と TGFβ により誘 導され,細菌感染防御や関節炎,自己免疫性脳脊髄炎などの自己免疫性疾患に関わっていることが実験的に示され,注目を 集めている 1) . 図 1. ヘルパー T 細胞の分化と機能. ヘルパー T 細胞は,産生するサイトカインの違いによって主に3つのサブセットに分類することができる. アトピー性皮膚炎,気管支喘息,アレルギー性鼻炎などアレルギー反応が原因で起こる疾患を総称して「アレルギー疾患」 と呼ぶが,アレルギー疾患は世界的に増加傾向にあり,我が国でもアレルギー疾患を有する人の比率は増加の一歩をたどって いる.最近では国民の 1/3 は何らかのアレルギー疾患に罹患しているとまで言われ,社会問題化している.生体内に侵入した アレルゲン(抗原)は,抗原提示細胞によりナイーブ Th 細胞に提示される.抗原を認識した Th 細胞は活性化し,サイトカイ 上原記念生命科学財団研究報告集, 23(2009) 1

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147. プロテオミクスを用いた Th2 細胞分化を制御するGATA3 複合体の同定と機能解析

細川 裕之

Key words:Th2 細胞,GATA3,アレルギー,プロテオミクス

千葉大学 大学院医学研究院 免疫発生学

緒 言

ヘルパー T 細胞は,産生するサイトカインの違いによって主に3つのサブセットに分類することができる(図1).Th1 細胞はIFNγ や IL-2 を産生し,Th2 細胞は IL-4,IL-5,IL-13 を産生する.Th1 細胞は細胞性免疫を誘導し,細胞内寄生細菌の排除に重要であるのに対し,Th2 細胞は液性免疫を誘導して細胞外寄生細菌などに対する免疫応答を担う.最近,新たなサブセットとして IL-17 を産生する Th17 細胞の存在が明らかにされた.Th17 細胞は抗原刺激および IL-6 と TGFβ により誘導され,細菌感染防御や関節炎,自己免疫性脳脊髄炎などの自己免疫性疾患に関わっていることが実験的に示され,注目を集めている 1) . 

 図 1. ヘルパー T細胞の分化と機能.

ヘルパー T細胞は,産生するサイトカインの違いによって主に3つのサブセットに分類することができる.   アトピー性皮膚炎,気管支喘息,アレルギー性鼻炎などアレルギー反応が原因で起こる疾患を総称して「アレルギー疾患」と呼ぶが,アレルギー疾患は世界的に増加傾向にあり,我が国でもアレルギー疾患を有する人の比率は増加の一歩をたどっている.最近では国民の 1/3 は何らかのアレルギー疾患に罹患しているとまで言われ,社会問題化している.生体内に侵入したアレルゲン(抗原)は,抗原提示細胞によりナイーブ Th細胞に提示される.抗原を認識した Th細胞は活性化し,サイトカイ

 上原記念生命科学財団研究報告集, 23(2009)

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ンなどの影響を受けながら Th1 細胞,または Th2 細胞へ分化する.通常,生体内で保たれている Th1/Th2 バランスが何らかの原因によって崩れ,Th2 細胞優位になるとアレルギーが誘発される.Th2 細胞から産生される IL-4 は B 細胞のクラススイッチを引き起こし,アレルゲンに対する IgE 抗体の産生を誘導する.大量に産生された IgE 抗体は,肥満細胞上の高親和性IgE 受容体(FcεRI)に結合する.そこに再び抗原が侵入すると肥満細胞上の FcεRI が架橋され,ヒスタミンやロイコトリエンなどのケミカルメディエーターが放出される.これらのケミカルメディエーターは血管透過性の亢進や気道の収縮,知覚神経刺激などを引き起こし,I 型アレルギーの症状を呈することになる.また,Th2 細胞の産生する IL-5 は好酸球の生存を促進し,喘息などの気管支炎症に重篤な症状を及ぼすと考えられる.つまり Th2 細胞は,これらの I 型アレルギー反応の根源に位置する細胞と捉えることができる.このことから,アレルゲンに対するTh2 細胞の分化や機能を抑制することは,アレルギーの根治療法の確立に繋がると考えられ盛んに研究されている. 私たちは,Th2 細胞分化のマスター転写因子であるGATA3 の研究を行ってきた.GATA3 による Th2 サイトカイン遺伝子座のクロマチンリモデリングの誘導が Th2 細胞分化の本質であり,アレルギー疾患の病態形成や維持に深く関わっていることを実験的に証明してきた.しかし,Th2 細胞分化に必須のGATA3 がどのような分子群と複合体を形成し機能ているのか?そしてどのような分子メカニズムでGATA3 の活性が調節されているのかについてほとんどわかっていない.  一方で,転写因子研究という別の視点から GATA3 を考えた時,ポストゲノム時代における最近のトピックとして,ヒストンの修飾を含むクロマチンの構造変化とダイナミズムが挙げられる 2).ゲノム上に存在する数多くの遺伝子がクロマチンという構造を介してどのように緻密に発現調節を受けているのかは未だに多くの謎が残っている.発生の過程や細胞の増殖・分化・アポトーシスの過程において,クロマチンやヒストンの構造的変化が遺伝子の発現調節に非常に重要であり,GATA3 が Th2 細胞分化を引き起こすプロセスでもやはり,Th2 サイトカイン遺伝子座におけるクロマチンの構造的変化やその制御が深く関わっていることが知られている 3, 4, 5) .GATA3 による Th2 細胞分化のメカニズムを解明していく上で,これらは根本的な問題であり,国際的にも競合的な研究が進められている先端分野のひとつであるが,機能的で斬新なアプローチを用いて網羅的に根本的な解決を目指したプロジェクトはほとんど見受けられていない.そこで本研究では,GATA3 による Th2 細胞分化制御機構の解明を目的として,プロテオミクス手法によって Th2 細胞におけるGATA3 複合体の精製とそこに含まれる機能的な分子群の同定を試みた(図2). 

 図 2. GATA3 によるクロマチンリモデリング誘導機構の解明.

GATA3 は Th2 サイトカイン遺伝子座のクロマチンリモデリングを誘導することで Th2 細胞の分化を制御しているがその分子機構については明らかにされていない. 

  

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方法、結果および考察

 Th2 細胞クローンであるD10G4.1 細胞にレンチウイルスを用いて Flag タグを付加したGATA3 を遺伝子導入した.導入した Flag-GATA3 の発現を抗 Flag 抗体を用いたウエスタンブロット法で確認した(図3,A).内在性GATA3 と同様に Flag-GATA3 は核に局在していた.さらに,抗 GATA3 抗体を用いたウエスタンブロットの結果から,Flag-GATA3 の発現量は内在性 GATA3 と同程度であり生理的な発現量であることが明らかになった.この細胞を用いて,GATA3 複合体の精製を行った.はじめに,抗 Flag 抗体を用いたアフィニティー精製を行い,3xFlag ペプチドを用いて GATA3 複合体を溶出した.さらに,抗 GATA3 抗体を用いて2段階のアフィニティー精製を行い,GATA3 複合体を高度に精製した.精製した GATA3 複合体を SDS-PAGE により展開し銀染色を行うと,コントロール群と比較していくつかの特異的なバンドが検出された(図3,B).現在,これらの複合体を大量に精製し終え,LC-MS/MS解析による特異的なバンドの同定を行っている. 

 図 3. Th2 細胞における GATA3 複合体の精製.

Th2 細胞クローンである D10G4.1 細胞に Flag タグを付加した GATA3 をレンチウイルスを用いて発現させた.Flag-GATA3 は内在性 GATA3 と同様に核に局在した(A).Flag-GATA3 を発現させた D10G4.1 細胞の細胞抽出液から,GATA3 複合体を抗 Flag 抗体及び抗 GATA3 抗体を用いて精製した.2段階のアフィニティー精製をすることで,GATA3 複合体と思われる特異的なバンド(*)が検出された(B).

   LC-MS/MS 解析により同定された分子は GATA3 複合体に含まれかつ転写制御分子として機能する可能性が考えられるが,当然,生理的にあまり意味のないものも含まれている.そこで,これらの候補分子が実際の Th2 細胞において,GATA3の機能調節に影響を及ぼすか検討を行う必要がある.具体的には,siRNA による候補分子ノックダウンを行ない,Th2 サイトカインの発現に及ぼす影響の検討を行う.そこで,Th2 細胞を用いた siRNA の導入法の検討,およびポジティブコントロールとしてGATA3 のノックダウンにより Th2 細胞の分化にどのような影響が出るかを検討した.その結果,マウス脾臓より単離したCD4 陽性 T 細胞にエレクトロポレーション法を用いることで,効率よく siRNA を導入することができた.実際に GATA3 に対する siRNA を導入することで,発現量は約 15%まで減少した(図4,A).さらに,siRNA 導入後4日目のサイトカイン産生能を RT-PCR 法により検討すると,Th2 サイトカインである IL-4 や IL-5,IL-13 の著しい産生低下が認められた.この実験系

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により GATA3 依存的な Th2 細胞分化を検討できると考えている.今後,この実験系を用いてGATA3 会合分子の機能的なスクリーニングを行う予定である. 

 図 4. siRNA を用いたGATA3 会合分子の機能的スクリーニング系の確立.

C57BL/6 マウスより CD4 陽性 T 細胞を単離し,siRNA をエレクトロポレーション法により導入した.抗 TCR 抗体および抗CD28 抗体刺激後 1日目の細胞を用いてGATA3 のノックダウン効率を RT-PCR 法により検討し,GATA3 の発現が 15%程度に減少していることを確認した(A).さらに,刺激後4日目の細胞を抗 TCR 抗体により 4 時間再刺激後,RT-PCR法により Th2 サイトカインの産生量を検討した.その結果,Th2 サイトカインである IL-4, IL-5, IL-13の産生低下が認められたが,IFNγ の産生は上昇傾向が認められた(B).

 本研究の共同研究者は,千葉大学大学院医学研究院細胞治療学の田中智明である. 

文 献

1) Korn, T., Bettelli, E., Oukka, M. & Kuchroo, VK. : IL-17 and Th17 cells. Annu. Rev. Immunol., 27 :485-517, 2009.

2) Berger, SL. : The complex language of chromatin regulation during transcription. Nature, 447 :407-412, 2007.

3) Yamashita, M., Shinnakasu, R., Nigo, Y., Kimura, M., Hasegawa, A., Taniguchi, M. & Nakayama, T. :Interleukin (IL)-4-independent maintenance of histone modification of the IL-4 gene loci in memoryTh2 cells. J. Biol. Chem., 279 : 39454-39464, 2004.

4) Omori, M., Yamashita, M., Inami, M., Ukai-Tadenuma, M., Kimura, M., Nigo, Y., Hosokawa, H.,Hasegawa, A., Taniguchi, M. & Nakayama, T. : CD8 T cell-specific downregulation of histonehyperacetylation and gene activation of the IL-4 gene locus by ROG, repressor of GATA.Immunity, 19 : 281-294, 2003.

5) Yamashita, M., Ukai-Tadenuma, M., Kimura, M., Omori, M., Inami, M., Taniguchi, M. & Nakayama,T. : Identification of a conserved GATA3 response element upstream proximal from theinterleukin-13 gene locus. J. Biol. Chem., 277 : 42399-42408, 2002.

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