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高エネルギー原子核衝突実験物理学の新展開 ( 大学)( 大学) ( 大学 センター)§ ( 大学 センター)( 大学)( 大学) for the ALICE Collaboration 要旨 2009 する LHC ALICE における エネルギー について、 RHIC における まえつつ、 待される いクォーク クォーコニ ム、ジェット する。 1 クォーク多体系の物理学における近年の成果と課題 2000 した ブルックヘブン エネルギー RHIC において、核 エネルギー s NN = 200 GeV ( 197 Au + 197 Au) における ハドロン(ジェット) J/ψ 、ハドロン における クォーク スケーリング され、 エネルギー による クォーク ほぼ された [1]。しかし、ジェット 引き クォーク パートン エネルギー J/ψ 、クォーク けて 題が る。 2009 する (CERN) LHC RHIC 28 エネルギーを して、 、レプトン対)、 RHIC エネルギー ジェット (20 GeV/c) いクォー ク(チャーム、ボトム) クォーコニ した 待が掛かる [2]e-mail address: [email protected] e-mail address: [email protected] e-mail address: [email protected] § e-mail address: [email protected] e-mail address: [email protected] e-mail address: [email protected]

高エネルギー原子核衝突実験物理学の新展開gunji/pdfs/aaa.pdf江角晋一¶(筑波大学)、三明康郎∥(筑波大学) for the ALICE Collaboration 要旨 2009 年に本格稼動を開始するLHC

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高エネルギー原子核衝突実験物理学の新展開

志垣 賢太∗(広島大学)、杉立 徹†(広島大学)

郡司 卓‡(東京大学原子核科学研究センター)、浜垣 秀樹§(東京大学原子核科学研究センター)、江角 晋一¶(筑波大学)、三明 康郎∥(筑波大学)

for the ALICE Collaboration

要旨

2009 年に本格稼動を開始する LHC 加速器 ALICE 実験における高エネルギー原子核衝突実験物理学の新展開について、現行の RHIC 加速器における成果を踏まえつつ、物理的意義、当初数年間の戦略と期待される物理成果、鍵となる直接生成光子、重いクォークとクォーコニウム、ジェット測定の実現性などを議論する。

1 クォーク多体系の物理学における近年の成果と課題

2000 年に実験を開始した米国ブルックヘブン国立研究所の世界初の衝突型高エネルギー原子核加速器RHIC 加速器において、核子対衝突エネルギー

√sNN = 200 GeV の金+金原子核 (197Au + 197Au) 衝

突における高横運動量ハドロン(ジェット)の収量抑制、 J/ψ 中間子の生成量抑制、ハドロンの集団運動における構成クォーク数スケーリングなどが発見され、高エネルギー原子核衝突による高温クォーク非閉込相の生成はほぼ検証された [1]。しかし、ジェットの収量抑制の引き金となる高温クォーク物質中でのパートンのエネルギー損失機構や J/ψ 中間子の抑制機構の定量的理解、クォーク非閉込相の熱的性質の解明など、統一的理解に向けては課題が残る。 2009 年に本格稼働を開始する欧州合同原子核研究機構 (CERN) の LHC 加速器では、RHIC 加速器の 28 倍の衝突エネルギーを利用して、特に熱的輻射(光子、レプトン対)、RHICエネルギーで未到達な高横運動量ジェット (≥ 20 GeV/c)や重いクォーク(チャーム、ボトム)とクォーコニウムの振舞の探究を通した包括的理解に期待が掛かる [2]。

∗e-mail address: [email protected]†e-mail address: [email protected]‡e-mail address: [email protected]§e-mail address: [email protected]¶e-mail address: [email protected]∥e-mail address: [email protected]

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2 LHC 加速器と ALICE 実験の現状と計画

LHC 加速器は 2008年 9月に最初のビーム周回に成功し、 2009年 10月の衝突供給開始を目標に、 9月から陽子ビームを用いた加速器調整運転を再開する。 2010 年秋までに衝突エネルギー

√s = 14 TeV

(または 10 TeV) の陽子+陽子 (p + p) 衝突においてルミノシティ 1032 cm−2s−1 を目指し、引続き√sNN =5.5 TeV (または 4 TeV) の鉛+鉛原子核 (208Pb + 208Pb) 衝突においてルミノシティ 5 ×

1025 cm−2s−1 を初期目標とする。また、運転開始から数年以内に、 p + p、Pb + Pb 衝突に加えて、p+ Pb、Ar + Ar 衝突などによる比較対照実験も予定する。

LHC 加速器において建設中の 4実験中、高エネルギー原子核衝突物理学の実験研究に唯一特化したのがALICE 実験である。ALICE 実験では、RHIC 加速器における物理成果を踏まえ、RHIC加速器の4実験 (PHENIX、 STAR、BRAHMS、PHOBOS)の特色ある物理トピックを出来る限り包括するように、 17種類もの異った検出器を組み合わせて、より高温のクォーク非閉込相を検証し、パートン多体系の性質探求を展開する。図 1はALICE 実験の検出器群である。中央ラピディティの検出器群は |η| < 0.9を覆っており、 L3磁石の中に収まっている。衝突点近傍から ITS(Inner Tracking System)、 TPC(Time ProjectionChamber)、TRD(Transition Radiation Detector)、TOF(Time Of Flight)が全方位角を覆い、その外側に、一部の方位角を覆うHMPID (High Momentum Particle IDentification)やPHOS(PHOton Spectrometer)が配置されている。 ITS、TPC、TRDから得られるトラック情報から荷電粒子の運動量が決定され、各検出器におけるエネルギー損失情報、TRDでの遷移輻射(transition ra-diation)X線の有無、TOFからの飛行時間情報を総合して、荷電粒子の識別がおこなわれる。PHOSは高分割高エネルギー分解能を持つ電磁カロリメータで光子のエネルギー測定に使用される。

ALICE 実験は世界 30 か国、 109研究機関、約 1,000 名 (2009 年 1月現在) の共同研究者から成る国際共同実験研究であり (図 2参照)、日本からは広島大学1、東京大学2、筑波大学3が正式加盟機関として参加している [3]。

図 1: ALICE 実験の検出器群 [3]。 図 2: ALICE 実験 共同研究者の集合写真 [3]。

1杉立徹、志垣賢太、鳥井久行、洞口拓磨2浜垣秀樹、郡司卓、小沢恭一郎3三明康郎、江角晋一、中條達也、金野正裕

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3 ALICE 実験における光子測定

3.1 物理的意義と利点

高エネルギー原子核衝突において、光子測定は初期高温状態の情報を探る重要な手段である。初期直接生成光子により摂動的量子色力学で記述される初期パートン衝突の情報を、また熱輻射光子により熱平衡クォーク物質相の温度や時空発展の情報を、さらに光子対に崩壊する中性中間子により高温クォーク物質中でのパートンのエネルギー損失の情報を得る。また、荷電粒子測定と比較して高い運動量領域まで可能な粒子識別と、光子と中性中間子の同一測定器系における測定による系統誤差の低減は、実験的に重要な光子測定の利点である。特に LHC 加速器のエネルギー領域では、高横運動量光子の生成断面積増大により 100 GeV/c 程度の領域まで十分な測定実現性があり、光子測定はより強力な探究手段となる。

3.2 光子スペクトロメータ PHOS

約 1 – 100 GeV/c に及ぶ広範囲の横運動量領域における光子の精密測定を目標に、ALICE 実験は高分割高分解能電磁カロリメータ「光子スペクトロメータ (PHOS)」を備える。PbWO4 単結晶 (PWO)とアバランシェ光ダイオード (APD) 読出による 17,920 本のモジュールにより 5 基のユニットを構成し、衝突点から 4.6 m の位置で擬ラピディティ |η| < 0.12、方位角 ∆ϕ = 100◦ の領域を覆う。目標エネルギー分解能 σ/E ∼ 3%/

√E[GeV]を達成するため、PWO から前置増幅器までを −25◦C まで冷

却し、±0.1◦C の精度で温調を行う [4]。日本グループ内では広島大学が、PWO と APD を用いた電磁カロリメータの基礎開発、前置増幅器の設計開発、検出器制御系の開発などを担当している。

3.3 初期数年間の光子測定戦略

3.3.1 中性中間子測定

ALICE 実験開始当初に設置する 3 基の PHOS ユニットを用いて、光子対崩壊過程を用いた中性中間子 (π0、 η0) の測定を推進する。高横運動量領域の中間子生成量測定により、初期パートン衝突後のクォークのエネルギー損失の情報を得る。RHIC 加速器 PHENIX 実験では、横運動量 20 GeV/c までの π0 中間子を測定し、図 3(白点)に示すように金+金原子核の中心衝突において陽子相互衝突の約 1/5という強い抑制を観測した [5]。 LHC 加速器では、より高い横運動量領域までの測定実現性と併せて、パートン密度増加に伴うより強い運動量抑制が予想され、到達パートン密度や散逸エネルギーの再分配先などを含めた、クォークのエネルギー損失の明確かつ定量的な理解が期待される。

3.3.2 初期直接生成光子測定

直接生成光子測定に対する主要な背景雑音は、前節で述べた中性中間子の崩壊光子である。 LHC 加速器のエネルギー領域で期待される高横運動量ハドロンの強い収量抑制は、直接生成光子測定に対して有利な物理的条件となる。RHIC 加速器 PHENIX 実験による金+金原子核衝突における初期直接生成光子の測定結果は、図 3(黒点)に示すように誤差の範囲で陽子相互衝突の単純な重合せと一致する [6]。また、原子核効果によるクォーク分布関数の変化の有無、あるいはクォークのエネルギー損失に伴う高横運動量パートン破砕光子の抑制の有無などについて、確定的結論を得るに至っていない。 LHC 加速器では、これらの現象についても定量的知見が期待される。特にパートン破砕光子の抑制観測は、高横運動量中性中間子測定と並び、クォークのエネルギー損失の独立な測定として重要である。

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3.3.3 熱輻射光子測定

前節で述べた初期直接生成光子は、熱輻射光子測定に対しては背景雑音となる。 LHC 加速器のエネルギー領域で期待される高横運動量パートン破砕光子の抑制は、熱輻射光子測定に対して有利な物理的条件となる。RHIC 加速器 PHENIX 実験は、仮想光子を用いた間接測定により 300 – 500 MeV という高温の熱輻射成分の存在を示唆している (図 4)[7]。 LHC 加速器 ALICE 実験では、熱輻射光子を高精度で直接的に測定し、パートン多体系の熱平衡状態の性質を探求する。 LHC 加速器において期待される高温熱平衡状態の寿命増大とクォークのエネルギー損失による背景雑音光子の低減に加えて、高性能光子検出器 PHOS が熱輻射光子の精密測定の鍵となる。

partN0 50 100 150 200 250 300 350

> 6

.0 G

eV/c

)T

(pA

AR

0

0.5

1

1.5

2 200 GeV Au+Au Direct Photon0π200 GeV Au+Au

図 3: 6 GeV/c以上における π 0中間子と直接生成光子の原子核効果因子 [6]。

(GeV/c)T

p1 2 3 4 5 6 7

)3 c-2

(m

b G

eV3

/dp

σ3)

or

Ed

3 c-2

(GeV

3N

/dp

3E

d

-710

-610

-510

-410

-310

-210

-110

1

10

210

310

4104AuAu MB x10

2AuAu 0-20% x10

AuAu 20-40% x10

p+p

図 4: 金+金原子核衝突と陽子+陽子衝突における直接生成光子の運動量分布 [7]。

3.4 直接生成光子測定実現性

3.4.1 期待される信号対雑音比

直接生成光子測定における最大の技術的困難は、特に低~中横運動領域において信号を量的に凌駕するハドロン崩壊光子の定量的除去にある。RHIC 加速器における直接生成光子の信号対雑音比は、横運動量 5 GeV/c において 0.5、 10 GeV/c において 1.4 であった [6]。一方、 LHC 加速器のエネルギー領域では、 5 GeV/c において 0.12 – 0.3、 10 GeV/c において 0.25 – 0.5との理論予言がある [8, 9, 10,11]。衝突エネルギーの上昇に伴い直接生成光子の生成量は増大するが、同時にハドロン生成量も増大するため、信号対雑音比は必ずしも改善しないことが分かる。一方、熱輻射成分の寄与は全直接生成光子の約半分に達するとされ、RHIC 加速器に比較して大幅な測定条件改善が期待される。

3.4.2 期待される測定精度

RHIC 加速器 PHENIX 実験における直接生成光子測定においては、加速器が供給する積分ルミノシティに主として依存する統計誤差と並び、測定および解析に起因する系統誤差が最終的な物理測定の精

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度を制約した。光子測定の精度は、統計誤差と系統誤差の両面において、電磁カロリメータ前方に存在する物質量に大きく依存する。第一に、光子の物質中での反応により検出器に到達する光子の統計量が減少し、特に統計誤差が支配する高横運動量領域における測定精度を低下させる。第二に、検出光子数減少に伴う光子対の信号対雑音比の低下により、中性中間子の生成量に対する系統誤差が増大し、直接生成光子についても背景雑音光子見積に起因する系統誤差として伝播する。第三に、衝突点以外において生成する雑音光子の増加による系統誤差も増大する。従って、光子の精密測定には電磁カロリメータ前方の物質量低減が重要であり、直接生成光子測定を目指す既存の高エネルギー原子核衝突実験では、カロリメータ前方の物質量は 10 – 15% 放射長程度が標準的である。

ALICE 実験では、衝突点を包囲する ITSと主飛跡検出器であるTPCが約 20% 放射長を占める。さらに粒子識別のためのTRDとTOFが、当初設計で約 20%、実施設計では約 65% 放射長の厚みを持つ。PHOSがこれらの後方に置かれた場合の直接生成光子測定に対する系統誤差は、PHENIX 検出器の備える電磁カロリメータを凌駕する検出器性能を考慮しても、信号対雑音比換算で約 0.18 と推定され、 4 – 6 GeV/c 以下の横運動量領域での測定は困難となる。熱輻射光子の検出測定には低~中横運動領域での測定が必須であり、計 85 % 放射長の物質量はこの重要な物理課題にとって致命的となる。この問題を回避するため、 2007 年 10月の ALICE 実験首脳会議において、PHOS 5 ユニット中 3基の前方に位置するTRDとTOFに「穴」を開けることが合意された。具体的構造の詳細検討は未完であるが、熱輻射を含む直接生成光子測定の実現に向けた重要な設計変更となった。なお、この決定に向けた物理測定実現性評価において、広島大学グループはPHENIX 実験における経験に基づき重要な貢献を果たすことができた。

4 ALICE 実験における重いクォークとクォーコニウムの測定

重いクォークやクォーコニウムの測定は、高エネルギー原子核衝突直後に生成される高温クォーク物質の性質を調べる上で有力なプローブであり、RHIC 加速器を使ったPHENIX実験が様々な測定結果を報告している [14]。その有用性は LHCにおいて更に増すものと考えられ、ALICE 実験における重いクォーク、クォーコニウム測定は最重要課題の一つである。日本グループでは、RHIC PHENIX 実験での経験も踏まえ、重いクォーク、クォーコニウムの測定に電子を用いる事を軸として考えている。ここでは、 LHCエネルギーにおける重いクォーク、クォーコニウム測定の意義やそれらの測定に向けた短・中期的な戦略について述べる。

4.1 ALICE 実験における電子、電子対の測定

ALICE 実験では、TRDが電子識別の中心となる検出器である。TRDは、 |η| ≤ 0.9、方位角 2πを覆い、電子のみが放射する遷移輻射を検出することで電子同定を行う。電子同定能力の目標として、荷電 π中間子の排他能 100以上の目指している [12]。日本グループ(東京大学、筑波大学)はその性能評価、建設に関わって来た。

TRDの最小単位は、遷移輻射用の輻射体と縦型ドリフトチェンバーとから構成される。輻射体は 3.2 cm厚のマット状のポリプロピレンファイバーを 0.8 cm厚のロハセルで挟み込んだもので、ドリフトチェンバーのドリフト領域は 3 cm、ガスには Xe/CO2(85%/15%)の混合ガスが用いられる。これら最小単位を 6層縦(動径方向)に重ね、それらを 5個横(ビーム軸方向)に並べた一塊をスーパーモジュールと呼ぶ。総計 18個のスーパーモジュールが方位角 20◦ずつを被う。現在、ALICE 実験エリアにはスーパーモジュール 4基 (2009年 2月)がインストールされており、並行してTRDの製作、スーパーモジュールの建設・組み立てが進められている。日本グループ (東京大

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学、筑波大学)は、CERNでのスーパーモジュールの動作確認やインストール後のコミッショニング、TRDのドリフトチェンバーにかける高電圧や読み出し回路などのオペレーション用ソフトウェア開発に関っている。

4.2 重いクォークを用いた物理

重いクォーク、即ちチャーム(c)クォークとボトム(b)クォーク、は、原子核同士の衝突直後に生成される高温・高密度状態のプローブに相応しい次のような特徴を備えている。まず、重いクォークは、その質量の故に、大部分は初期衝突のハードプロセス(2グルオンの融合過程)によって対生成され、その生成断面積は、摂動論的量子色力学により計算出来る。もう一つは、重いクォークと反クォークの粒子密度は十分に小さく、対消滅の確率は小さい。このため、クォーク数はその後の衝突過程を通じて近似的に保存される。このように、重いクォークはジェット(主にグルオンや u、 dの軽いクォーク)と同様、初期衝突にハードプロセスにより生成され、高温媒質中で衝突により蒙る変化を通じて、系の時空発展に関する情報をもたらす。

4.2.1 RHICでの成果とLHCへの展望

RHICでの研究開始当初、重いクォークと高温クォーク物質の相互作用は弱いと予想された。高温クォーク物質中でのパートンのエネルギー損失が主にグルオンの制動輻射によると見なされ、重いクォークにおいてはその寄与が小さいと考えられた為である。それゆえ、重いクォークは、高温クォーク物質そのものよりは、衝突初期の原子核効果、即ちグルオン分布関数の原子核遮蔽効果4やクローニン効果を調べるための、有用ではあるが二次的なプローブと見なされていた。それゆえ、図 5[13]に示すように、RHICの金+金原子核衝突において、中央ラピディティでの重いクォークの半レプトン崩壊からの単電子の原子核効果因子RAAが、 π中間子と同程度の大きな抑制を受けることは、驚きをもって迎えられた。さらに、重いクォークからの単電子に大きな方位角異方性が見いだされ [14](図 5参照)、重いクォークの強結合クォーク媒質との相互作用がかなり強いことが判ったことで、重いクォークのプローブとしての有用性は決定的なものとなった。重いクォークのセンセーショナルな実験結果は、エネルギー損失過程は思った以上に複雑で、実のところ、我々は全くと言って良いくらい理解していないことを示している。恐らく、クォークのフレーバーや初期運動量の関数として、系統的にデータを集めることによってのみ、エネルギー損失過程の統一的な理解が可能となり、プローブの信頼性が高まることと相まってクォーク物質の理解も進むものと思われる。 LHCにおいて可能となる大きな運動量範囲は、研究推進の大きな武器である。また、RHICではこれまで二次的な役割を果たして来たボトムが、 LHCでは主役に躍り出る。ボトムを用いることで、エネルギー損失過程や熱平衡過程における質量依存性がより明確になる。

4.2.2 LHC ALICE 実験での重いクォークの測定プラン

実験当初、低いルミノシティにおいては、RHICで行って来たのと同様に半レプトン崩壊からの電子測定を進めるのが現実的であろう。恐らく、実験開始から 2、 3年で、鉛+鉛衝突、陽子+陽子衝突、陽子+鉛衝突の基礎的なデータが出そろうと期待される。電子の運動量 5 GeV/c以上においては、半レ

4グルオン分布関数の原子核遮蔽効果は、LHC における大きな研究テーマであるが、頁数の関係で割愛する。可能ならば別稿で論じたい。東京大学では、原子核遮蔽効果の検証を目的とした検出器をALICE 実験に対して立案中である。

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プトンからの電子収量が、中性中間子のDalitz崩壊や光子の電子対変換による電子収量を上回ると見積もられている。次のステップは、必ずしも電子測定が主ではないかも知れない。 ITS(ビーム衝突近傍のシリコン飛跡検出器)が十分に理解されると、チャームやボトムの崩壊点を測定出来るようになり、崩壊粒子の組み合わせ時のバックグラウンドを大幅に減ずることが可能となる。そうなると、ハドロンチャンネルでの完全測定も夢ではなくなる。蛇足であるが、ALICE 実験の飛跡検出器群は非常に強力なので、重いクォークを(複数個)含むようなハドロンの探索は楽しいテーマとなるであろう。実は、同様の装置をRHICのPHENIX 実験と STAR 実験も導入しようとしており、奇しくもほぼ同時期にRHICと LHCにおいて、チャームとボトムのハドロン崩壊チャンネルでの完全測定が可能となるかも知れない。

4.3 クォーコニウムを用いた物理

クォーコニウムとは、チャームと反チャーム、もしくはボトムと反ボトムが結合した中間子で、ポジトロニウムと同様に色々な束縛状態を持つ。スピン・パリティが 1−のベクトル状態は、比較的大きなレプトン対崩壊分岐比を持ち、実験屋には馴染みが深い。チャーム・反チャームの束縛状態である J/ψの収量の減少が、高温クォーク非閉込相生成の直接的な信号であると、松井・ Satzが予言 [15]したのは、CERNの SPS加速器での原子核衝突実験で J/ψの測定が開始される前であった。クォーコニウムの各状態は、高温クォーク非閉込物質中ではQCDデバイ遮蔽効果によって、特有の温度で融解すると考えられる。当初、 J/ψの融解温度は、クォーク非閉込相へ相転移を起す臨界温度程度と考えられていたが、最近は格子量子色力学計算もなされ、 J/ψの融解温度は臨界温度の 2倍程度と、その励起状態の χcやψ′は臨界温度の 1.1倍程度と予言している [16]。原子核衝突において生成されるクォーコニウムが辿る運命は想像以上に過酷である。クォーコニウムは、重いクォーク・反クォーク対と同様に、 2グルオン融合過程によって初期衝突に生成されるが、一部は、その直後に他の核子との衝突により失われる。又、高温のクォーク物質状態では、温度が融解温度を超えるとクォーコニウムは安定には存在し得ないし、そうで無い場合でも、熱的グルオンとの動的な衝突過程によりある割合が失われるが、クォークと反クォークの再結合過程により、一部は新たに生成される [17, 18]。このように複雑な過程を経て、最終的なクォーコニウムの収量は決まる。一筋縄ではいかない対象であることはお判り頂けたと思う。

4.3.1 RHIC PHENIX 実験での成果とLHCへの期待

RHIC PHENIX 実験において、我々は陽子+陽子、重陽子+金原子核、銅+銅原子核、金+金原子核の各衝突における J/ψ収量測定 [19, 20, 21, 22]を遂行し、低い統計量に苦しみながらも、 J/ψ収量の系統性を少しずつ明らかにして来た。図 6に、 J/ψ収量を核子間の総衝突回数で規格化した (金+金)/(陽子+陽子)収量比と (銅+銅)/(陽子+陽子)収量比の衝突中心度依存性を示す [21, 22]。測定された収量減少度は中央ラピディティよりも前方ラピディティの方が大きいことが分かり、両ラピディティ領域における抑制も、核子との衝突による減少、これは重陽子+金衝突結果から推定される、を超えた収量減少であった。 J/ψの熱的グルオンとの反応やクォークと反クォークからの再結合を含んだモデルが幾つも提案されているが、未だ実験結果を定量的に説明できておらず、再結合の割合も分っていない[17, 18]。その一方で、RHICにおける J/ψ収量抑制は、 χcとψ′の溶解とそのフィードダウン J/ψの

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溶解と直接生成 J/ψの溶解によるという主張もあり、直接生成 J/ψの溶解温度を∼ 2 TCとして再結合なしで実験結果を説明する模型もある [23]。

RHICでの測定結果とこの様な定量的理解の現状を受けて、 LHCの高い衝突エネルギーにおいては、2つ新しいことが期待される。チャーム、反チャームの粒子密度が顕著に増加(RHICと比較して 10倍程度)することから、それらの再結合過程による J/ψ収量の大きな増加が期待される。 LHCでの測定により、再結合過程の寄与が定量化され、RHICの結果の再解釈も可能となる。もう一つは、RHICでは困難であったΥ生成が顕著(|y| < 1の収量がRHICの 100倍以上)となり、Υ及びその励起状態(Υ’、Υ”)の系統的な測定が可能となる。この情報は、高温クォーク物質の到達温度やその性質について、新しい情報をもたらすであろうと期待される。

4.3.2 クォーコニウム測定に向けたALICE 実験での戦略

クォーコニウムの測定自身は、所定の電子識別能が保証される限りはそれほど難しいことではない。鉛+鉛原子核中心衝突でも、期待される S/N比は J/ψの収量抑制がなければ 1程度であり、充分に再構成可能である。その一方で、Υとその励起状態について十分な統計を得るには、大きなルミノシティが必要であり、それを達成するにはそれなりの時間が必要であろう。従って、最初の 2、 3年においては、 J/ψとΥについて、陽子+陽子、陽子+鉛原子核、鉛+鉛原子核衝突における基礎的なデータを取得することを目標とするのが現実的であると思われる。その後、ルミノシティの増加により、Υとその励起状態の測定や横運動量依存性等の詳細な研究の展開が期待される。Υの S/N比は鉛+鉛原子核中心衝突で 1程度であり、その質量分解能は約 1%と励起状態との分離が可能である。

AA

R

0.2

0.4

0.6

0.8

1

1.2

1.4

1.6

1.8

= 200 GeVNNsAu+Au @

0-10% central(a)

Moore &Teaney (III) T)π3/(2

T)π12/(2

van Hees et al. (II)

Armesto et al. (I)

[GeV/c]T

p0 1 2 3 4 5 6 7 8 9

HF

2v

0

0.05

0.1

0.15

0.2

(b)minimum bias

AA R0π

> 2 GeV/cT

, p2 v0πHF2 v±, eAA R±e

PH ENIX

図 5: 上:重フレーバーの半レプトン崩壊からの単電子の原子核効果因子RAA。下:その方位角異方性 [14]。

AA

R

0.2

0.4

0.6

0.8

1

|y|<0.35 12 %±

globalCu+Cu, syst

12 %± global

Au+Au, syst

a) mb 1.6 2.1± = 2.3 dAuf

Method 1 Cu+Cu

Method 1 Au+Au

AA

R

0.2

0.4

0.6

0.8

1

[1.2,2.2]∈|y| 8 %±

globalCu+Cu, syst

7 %± global

Au+Au, syst

b) mb 1.2 1.3± = 3.9 dAuf

Method 1 Cu+Cu

Method 1 Au+Au

partN10 210

CN

MA

A/R

AA

R

0

0.2

0.4

0.6

0.8

1

1.2

1.4

12 %± = global

|y|<0.35, CuCu / Method 1, syst

8 %±= global

[1.2,2.2], CuCu / Method 1, syst∈|y|

図 6: J/ψ RAAの中心衝突度依存性 [21, 22]。(上:中央ラピディティ、中:前方ラピディティ、下:銅+銅衝突でのRAAと原子核効果の比)。

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5 ALICE 実験におけるジェットの物理

SPSからRHICへ、原子核衝突の衝突エネルギーが大きくなり、我々が新たに得た高温クォーク物質のプローブ方法がジェットである。この有用性は LHCにおいても飛躍的に増すものと考えられ、 LHCにおけるジェットの測定はもはや疑いようのない、最重要課題の一つである。

5.1 ジェットを用いた物理とRHICでの成果

RHICで観測されたジェットの収量抑制 (図 3参照)と共に、ジェット測定におけるRHICの代表的な実験結果が、反対方向に放出されたジェットの消失、である [24](図 7参照)。陽子+陽子、重陽子+金原子核衝突では、反対方向に出るジェット対が明瞭に観測されたのだが、金+金原子核衝突では、その反対方向に出るジェットが抑制されていた。これは、金+金原子核衝突で生成される高温クォーク物質中でのパートンが大きなエネルギー損失を起こした結果によるものだが、更なる詳細な解析から、消失した反対方向ジェットはその軸から∆ϕ ∼ 1ずれた両側にブロードな分布を持つことが分かった [25]。ジェット相関以外の3粒子相関の解析からも同様の結果が出されており、その原因は、高温クォーク物質中を通過する高速のパートンに伴って衝撃波 (マッハ コーン)が発生したためではないかと考えられている。衝撃波の角度は高温クォーク物質中での音速と直結する測定量であり、ジェット相関や多粒子相関測定を通じた衝撃波角度の系統的測定は、更なる高温クォーク物質の物性を与え、高温クォーク物質の状態方程式を明らかにする可能性を持つ重要な測定項目である。

5.2 LHC ALICE 実験におけるジェット測定

LHCのエネルギーでは、実験家はさらにエネルギーが高いジェットを手にすることが出来る。RHICでは比較的狭い運動量領域でしか観測できなかった衝撃波的な事象も、より明確な信号として観測されるだろう。また、十分に高いエネルギーのジェットの観測からは、反対方向のジェットも高温クォーク物質中を突き抜け、その周囲に衝撃波が観測出来るかもしれない。また、高温クォーク物質中を突き抜けるジェット対を多く観測し、トモグラフィー解析により高温クォーク物質の断面写真を得ることが出来るようになるかもしれない。実験家にとって、 LHCの大きな魅力のひとつは高エネルギーパートンの入手であろう。現在、ALICE 実験ではTPCを用いた粒子相関の研究が進行中であるが、大きなエネルギーを持つジェット相関の測定には、TPCでは不十分である。そこで、ALICE 実験では、大型電磁カロリメータ (EMCal)の建設が進行中である。このEMCalは方位角にして約 110◦程度を覆う予定であり、反対方向に放出されるジェット対の測定に対してはアクセプタンスが充分でない。そこで、筑波大のチームは反対方向に放出されるジェット対観測の強化を目指して新たなカロリメーターの設置を進めている。

6 ALICE実験国内推進体制

ALICE 実験は世界 30カ国、 109研究機関、約 1000名(2009年 1月時点)が構成する国際共同実験組織であり、図 2のように多くの共同研究者の協働のもとで進められている。この共同研究者数には技術者及び大学院生も含まれており、研究者(ALICE実験組織では学位を有すものを研究者と定義する)は約半数を占める。その後の実験運用に係る様々な貢献は研究者数をもとに算定され、多数の研究者を擁する研究機関はそれに応じた貢献を求められることになり、各国あるいは各研究機関のなかである種の駆け引きも避けられない。

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図 7: RHIC STARで観測された2粒子方位角相関。陽子+陽子、重陽子+金原子核衝突では∆ϕ=0と π に明確なピークが見えるが、金+金原子核衝突では∆ϕ = π のピークが消失している[24]。

図 8: RHIC PHENIX 実験で観測された 3-4GeV/cの粒子と 2-3 GeV/cの粒子間の方位角相関。金+金原子核衝突では∆ϕ = πのピークが消失し、その代わりに∆ϕ = π ± 1にブロードな分布が観測された [25]。

日本グループは公式加盟する以前からALICE 実験の検出器開発や共同研究に積極的に取り組んできた。広島大学はロシア研究機関とPbWO4 単結晶電磁カロリメータを、東京大学と筑波大学はドイツ研究機関と遷移輻射検出器の共同開発を進めてきた。何れもALICE 実験の主要検出器となる高性能光子検出器(PHOS)と電子識別装置(TRD)の先駆的な研究である。 2006年 10月、満を持して日本グループは正式加盟することとなり、日本チームの一人(TS)が記念すべき 1000人目のALICE 実験のメンバーとして祝福された。つまり、日本グループは滑り込み加盟したわけである。正式加盟をここまで待った理由は、これまでの 10年間はRHIC加速器におけるPHENIX実験(上記 3大学に加えてKEK、理研、京大、東工大、早稲田大、立教大、長崎総合科学大学などが参加)の牽引役として大忙しであったこと、及び LHC加速器完成時期の見極めと財源獲得の絶妙なバランスが成した結果であった。国際共同実験を遂行するにあたり、研究環境を提供するCERN及びALICE 実験研究組織とわが日本チームの相互協力関係を公的に樹立しておくことは、今や不可避な手順である。 2007年 1月、日本チームを構成する 3大学の代表者とCERN研究所代表者は「ALICE国際共同実験実施に係る協定書 (Mem-orandum of Understanding for the ALICE Collaboration)に署名し共同研究を公式にスタートさせた。この協定は法的な責務は伴わないものの、お互い研究組織が達成すべき様々な努力義務を約束している。例えば、地域解析センターの構築がある。CERNはWWW発祥の地としても有名であるが、世界の IT基盤技術をリードする研究所として、世界各研究機関に分散する高性能計算機を高速ネットワークで強結合する「LHC実験のための世界規模グリッドコンピューティング(Worldwide LHC Comput-ing Grid) (略してWLCG)」の構築を進めている。 LHC実験のひとつであるALICE 実験を構成する研究機関として、日本国内にWLCG規格のグリッド計算機センターを早期に構築することが求められた。その要求を満たすとともに、日本チームの実験データ解析能力を向上するため、広島大学附属高エネルギー物理学データ解析実験施設の電子計算機システム更新の機会を捉え、WLCG規格に合致した計算機システムを 2007年 3月に導入した。本研究を主務とする洞口拓磨氏が中心となり、WLCG-ALICE実験地域解析センター(Tier-2)として立ち上げた。 2007年度から 3年計画で計算機資源を順次増強し、現在ではインテル社Xeonコア計 544個、総計算能力 6TFLOPS、ディスク容量 200TBのシステムに成長した。ALICE実験日本チームのためのデータ解析国内拠点としての機能はもとより、ア

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ジア地域、更に広域な研究者によるグローバルな解析体制の構築と推進に寄与している。ALICE実験日本グループは現在、科研費特別推進研究「クォーク物質創成とフォトン物理」(広島大・

H18–H22)、文部科学省特別教育研究経費(教育改革)「宇宙史一貫教育プログラム」(筑波大・H19–H23)、筑波大学教育研究経費重点・公募型教育研究経費 (筑波大・H19–H23)、科研費基盤研究 S「ジェット識別測定によるクォーク・グルーオンプラズマ物性の研究」 (筑波大・H20–H24)、科研費若手研究「クォーコニウムをプローブとした超高温高密度クォークグルオン物質の物性研究」(東京大学・H20-H21)、東京大学原子核科学研究センタープロジェクト経費 (東京大学)、東京大学グローバルCOE(旅費 滞在費)の支援を受け、 9名の研究者と 12名の大学院生が活躍中である。

7 おわりに

RHIC 加速器の 28 倍の衝突エネルギーを持つ LHC加速器が、 2009 年 10 月に稼働を開始する。LHC加速器における高エネルギー原子核実験は、RHICで形成が確認された高温クォーク非閉込相の物性研究という、新しい研究分野を開花させものと期待される。日本グループは、 LHCエネルギーでの初期パートン衝突に由来する直接光子、重いクォークとクォーコニウム、ジェットに関連した測定研究を推進すると同時に「ソフトな」熱的光子による物理測定にも新たな地平を拓く。この目的のもと、日本グループは透過的測定に適した検出器開発とRHIC 加速器 PHENIX 実験という新旧両面の経験実績を背景に、ALICE 実験の成功へ向けて全力を注いでいる。一方で、光子およびレプトンによる透過的測定は LHC 加速器のエネルギー領域においても決して容易でない。理論・実験を問わず多くのご提案・ご意見を頂ければ幸いである。

参考文献

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[24] STAR Collaboration, Phys. Rev. Lett. 91, 072304 (2003).

[25] PHENIX Collaboration, Phys. Rev. C77, 011901 (2008).