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03 46 NHK技研 R&D/No.166/2017.11 電気光学ポリマーを用いた 光フェーズドアレーの動作解析 平野芳邦  本山 靖  田中 克  町田賢司  菊池 宏 Beam Deflection Analysis of an Optical Phased Array Using Electro-optic Polymer Waveguides Yoshikuni HIRANO, Yasushi MOTOYAMA, Katsu TANAKA, Kenji MACHIDA and Hiroshi KIKUCHI 要 約 インテグラル立体ディスプレーの飛躍的な性能向上を 目指して,レンズアレーを用いずに各画素から出力され る光の形状と偏向方向を制御できる光フェーズドアレー (Optical Phased Array:OPA)の研究を進めている。 光フェーズドアレーは機械的な可動部のない小型・軽量 な光ビーム制御デバイスであり,我々は,電気光学(EO: Electro-Optic)ポリマーの適用による,高速OPAの実 現を目指している。本稿では,EOポリマーを用いたOPA の基本設計と動作原理を述べるとともに,数値シミュレー ションおよび試作した素子による,光ビームの制御実験 について報告する。 ABSTRACT For a future integral 3D display with much higher performance than the current display with a lens- array, we have been investigating an optical phased array (OPA). An OPA is a non-mechanical, small and lightweight optical beam steering device. To achieve ultra-fast optical beam steering, we considered using an electro-optic (EO) polymer for the phase shifters of the OPA. In this paper, we present designs and working principles of the OPA with the EO polymer phase shifters. We also show the optical beam deflection capability of the EO polymer OPA, as determined from numerical simulations and evaluations of the fabricated device.

電気光学ポリマーを用いた 光フェーズドアレーの動 …Electro-Optic)ポリマーの適用による,高速OPAの実 現を目指している。本稿では,EOポリマーを用いたOPA

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46 NHK技研 R&D/No.166/2017.11

電気光学ポリマーを用いた光フェーズドアレーの動作解析平野芳邦  本山 靖  田中 克  町田賢司  菊池 宏

Beam Deflection Analysis of an Optical Phased Array Using Electro-optic Polymer Waveguides

Yoshikuni HIRANO, Yasushi MOTOYAMA, Katsu TANAKA, Kenji MACHIDA and Hiroshi KIKUCHI

要 約

インテグラル立体ディスプレーの飛躍的な性能向上を

目指して,レンズアレーを用いずに各画素から出力され

る光の形状と偏向方向を制御できる光フェーズドアレー

(Optical Phased Array:OPA)の研究を進めている。

光フェーズドアレーは機械的な可動部のない小型・軽量

な光ビーム制御デバイスであり,我々は,電気光学(EO:

Electro-Optic)ポリマーの適用による,高速OPAの実

現を目指している。本稿では,EOポリマーを用いたOPA

の基本設計と動作原理を述べるとともに,数値シミュレー

ションおよび試作した素子による,光ビームの制御実験

について報告する。

ABSTRACT

For a future integral 3D display with much higher

performance than the current display with a lens-

array, we have been investigating an optical phased

array (OPA). An OPA is a non-mechanical, small and

lightweight optical beam steering device. To achieve

ultra-fast optical beam steering, we considered

using an electro-optic (EO) polymer for the phase

shifters of the OPA. In this paper, we present

designs and working principles of the OPA with

the EO polymer phase shifters. We also show the

optical beam deflection capability of the EO polymer

OPA, as determined from numerical simulations and

evaluations of the fabricated device.

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1.はじめに

光線群によって空間像を再生するインテグラル方式1)

においては,奥行き再現範囲と解像度が画素ピッチと画素数に依存するため,立体像の高品質化には,狭画素ピッチ・超多画素のディスプレーが必要となる。一方で,レンズアレーと単一のフラットパネルディスプレーから成るシステムでは,狭画素ピッチ化と超多画素化に限界があるため,複数のディスプレーを用いた表示2)や,時分割表示3)が検討されている。時分割のインテグラル方式では,角度の異なるインテグラル像をフレーム内で時間的に切り替えて表示するため,フレームレートを超えて高速に光の進行方向を制御できるデバイスが必要になる。

光ビームパターンを高速かつ自在に制御できるデバイスに,光フェーズドアレー(Optical Phased Array:以下,OPA)4)がある。OPAは機械的な可動部のない小型・軽量な光スキャナーを実現できることから,光スイッチやセンサー,レーザーレーダーなど,さまざまな応用が期待されている。近年,シリコンの微細加工技術に基づく高密度光導波路を用いたOPAの研究が進展し,広角の光ビーム制御が実証された5)。小型OPAの多くはシリコンの熱光学効果*1 によって位相制御を行うため,消費電力が高いことが課題であり,環境温度の影響も無視できない。さらに,シリコン光導波路は可視領域の光に対して不透明であるため,表示デバイスへの応用は原理的に困難である。可視領域で動作する光偏向素子としては,電気光学効果(EO効果)*2 を有する無機結晶を位相制御に用いた光ビームスキャナーの報告例6)がある。EO効果は電圧による制御が可能であるため,シリコンOPAに比べて省電力化が可能な点でも有望である。しかし,電気光学結晶の微細加工が難しいことや,位相制御における高電圧印加などが課題であり,より扱いやすいEO材料が求められている。

我々は,加工性に優れ,低電圧動作の可能性を有する材料としてEOポリマー 7)に注目し,OPAへの適用について検討を進めている。EOポリマーは,電子分極*3 に基づく光学応答を起源とする高速な屈折率変化を示す材料であり,100 GHz以上の位相制御動作も実験的に示されている8)。さらに,EOポリマーは可視光領域での動作も原理的には可能であるため,空間像再生型ディスプレーや超高フレームレート・高解像度プロジェクターへの応用も期待できる。本稿では,EOポリマーを用いたOPAの動作原理と基本設計,動作シミュレーション結果,および試作した素子の動作実験について報告する。

2.光フェーズドアレーの基本構成と動作原理

1図に,EOポリマー光導波路を用いた光フェーズドアレー(EOポリマー OPA)の基本構成を示す。1図の基本構成は,入力光導波路,光ビームスプリッター,フェーズシフターから成る。フェーズシフターは,電圧印加により光の屈折率*4 が変化するEOポリマー材料を用いたマルチ光導波路構造(チャンネル数:16)から成る。

次に,OPAによる偏向制御の原理を述べる。入力光導波路に入射した入力光(波長λ)は,光ビームスプリッターによってマルチ光導波路へ分配され,フェーズシフターによって位相を制御された後,出力チャンネルから出射され,回折現象に基づく光ビームパターンを作る。フェーズシフターでは,光の位相は,マルチ光導波路のそれぞれに設けられた電極により,個別に外部電圧で制御される。1図のOPAでは,出力チャンネルが水平方向に配列されているため,出力光ビームの方向を水平方向に偏向することができる。出力光ビームの偏向角度θは,出力チャンネルのピッチがpであるとき,出力チャンネルiと隣接する出力チャンネルi+1の位相差を

入力光導波路

光ビームスプリッター

基板

フェーズシフター

出力チャンネル

電極信号線 x

y

z

入力光(波長:λ)

出力光ビームθ

マルチ光導波路(チャンネルi : 1, 2, ・・・,16)

1図 光フェーズドアレーの基本構成

*1 温度によって屈折率が変化する効果。誘電体や半導体などの結晶,ガラスや高分子を含む,ほとんどすべての物質に見られる。

*2 電界によって屈折率が変化する効果の総称。分子の回転に起因する液晶材料の大きな屈折率変化や,無機誘電体結晶におけるイオンの変位に基づく高速な屈折率変化など,メカニズムの違いによって,効果の大きさや応答速度が異なる。

*3 印加電界によって電子が移動して電荷が偏った分布となること。分子やイオンの変位に基づく分極に比べ,印加電界に対する応答が極めて速い。

*4 真空中と材料中における光の位相速度の比を表す。同じ長さの光導波路では屈折率が大きくなるほど光の位相が遅れるため,EOポリマーの屈折率変化を利用すれば,電圧印加による光の位相制御が可能になる。

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Δφiとして,(1)式で与えられる。

p sinθ=λ(Δφi / 2π) (1)

EOポリマーの屈折率は,電界の変化に対して0.01ピコ秒(10−14秒)程度で応答するため,極めて高速な位相制御が可能である。印加電圧によって発生する電界をEとすると,これに対応するEOポリマーの屈折率n(E)は(2)式で与えられる。

n(E)=n(0)−0.5n(0)3rE (2)

ここで,rはEO係数と呼ばれ,電界に対する屈折率変化の程度を示す。EO係数の単位はm/V(メートル/ボルト)であるが,多くのEO材料のEO係数が10−12m/V程度であるため,pm/V(ピコメートル/ボルト)が使用される。EO係数はデバイス性能に直結する物性値であり,これを向上させるためにさまざまな材料や製造方法,デバイス構造が提案されている9)。本稿では,EOポリマーを用いた導波路型光変調素子の基本構造とも言える,光伝搬層(コア)の上下をバッファー層(クラッド)で挟んだ光導波路構造のフェーズシフターを取り上げる。2図に,解析に用いたフェーズシフターの断面図を示す。長さLのフェーズシフターを通過した光の位相変化φは(3)式で与えられる。

φ= n(E)L / 2π (3)

(2)式と(3)式より,隣接する2つのフェーズシフ

ターに等位相の光が入射し,各々に掛かる外部電界がEi

およびEi+1であるとき,通過した光の位相差Δφiは(4)式で与えられる。

Δφi = 0.5n(0)3r(Ei−Ei+1)L / 2π (4)

(1)式と(4)式より,出力光ビームの偏向角度は,フェーズシフターへの印加電界によって決まることが分かる。

3.フェーズシフターの動作解析

本章では,EOポリマーを用いたフェーズシフターの基本動作シミュレーションについて述べる。2図中央の矩形領域がコアであり,これを取り囲む領域がクラッドである。クラッドの上下界面には,薄膜電極を配置する。フェーズシフターの上下電極に電位差を与えるとコアに電界が生じ,コアの屈折率が(2)式に従って変化する。光位相制御の解析にあたっては,まずフェーズシフターの静電界解析によりコア電界を求めた後,(2)式によりコアの屈折率を計算する。得られた屈折率をパラメーターとし,フェーズシフターに入射した光の位相の時間変化を,時間2次・空間4次精度の有限差分時間領域

(Finite-Different Time-Domain:以下,FDTD)法*5 により求める。なお,そのほかの計算条件は1表に示すとおりである。

3図に,(2)式により計算したコアの屈折率と,シミュレーションで得られた位相変化量を,コア電界をパラメーターとしてプロットした結果を示す。コアの屈折率および位相変化量は,3図によれば,ともにコア電界強度Eに比例している。また,OPAの制御で重要なπの位相変化を得るコア電界は10.4 V/μmとなる。

*5 光の空間・時間変化を,差分化したマクスウェル方程式を用いて数値解析する方法。任意の構造を導波する光に対して適用できる。

上部電極

クラッド下部電極基板

コア

x

y

6µm

6µm

2µm

2図 EOポリマーを用いたフェーズシフターの断面図

1表 フェーズシフターの基本動作シミュレーションの計算条件

パラメーター 値

コア:屈折率 1.7

コア:幅・厚み 2μm・2μm

コア:EO係数 80pm/V

クラッド:屈折率 1.63

クラッド:厚み 14μm

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4.光フェーズドアレーの基本動作解析

本章では,EOポリマーを用いたOPAのシミュレーション解析について述べる。解析モデルには,1図に示す16チャンネルのマルチ光導波路で構成したOPAを用いた。解析方法には,フェーズシフターの解析にFDTD法を,光導波路の解析にビーム伝搬法*6 を,光ビームパターンの解析にシフト角スペクトル法10) *7 を,それぞれ用いた。解析条件については,フェーズシフターのピッチは10μm,出力チャンネルのピッチは6μmとし,すべての出力チャンネルの位相が同一である場合の光ビームの方向を基準(0度方向)として偏向角度を評価した。

OPAによる光ビームパターン制御について述べる。本稿で扱うOPAでは,光ビームスプリッターに単一のマルチモード光干渉(Multi-Mode Interference:以下,MMI)スプリッターを用いた。MMIでは,幅の広い光導波路の両端において,異なる反射角度をもつ複数の伝搬光(マルチモード)が存在し,マルチモード間の干渉現象によって,光が出力チャンネルへ分配される。分配される光の位相には,外側の出力チャンネルほど大きな遅れが生じ,フェーズシフターに入射する光の位相分布は4図(a)に示すような放物線状になる。位相制御を行わない状態では,中央側のチャンネル(8, 9)から外側のチャンネル(1, 16)に向かって位相に遅れが生じ,光ビームパターンは5図(a)となり,複雑な出力光ビームパターンとなる。この対策として,単一の光ビームを得るために,4図(b)に示す位相補償量をそれぞれのフェーズシフターに与え,フェーズシフターからの出力光の位相をすべて等しくする。このとき,光ビームパター

ンは5図(b)に示すような形状となり,幅が約1度の単一光ビームが得られる。なお,出力チャンネルが水平配列であることから,出力光ビームは縦長の楕円形状となる。

(a) 位相制御を行わない場合の光ビームパターン

光ビームの幅:1.0度

光ビームの偏向角度:6.3度

光強度

θ

θ

θ

(b) 位相分布が等しい場合の光ビームパターン

(c) 隣接チャンネル間の位相差が0.85πの場合の光ビームパターン

5図 出力光ビームパターン

(a) MMIスプリッターの出力光位相分布

-4π

-2π

出力チャンネル:1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16

出力チャンネル:

出力チャンネル:

位相 (rad)

位相 (rad)

位相 (rad)

(c) フェーズシフターの位相変化量(青)と出力チャンネルの光位相分布(赤)

(b) フェーズシフターの位相補償量

4図 フェーズシフターの入力位相と位相変化量

*6 光導波路を伝搬する光の振幅・位相分布を,進行方向に垂直な断面で逐次計算する高速な近似解法。構造・屈折率の急激な空間変化を含まない場合に適用できる。

*7 等方媒質中における光の回折波の伝播を,フーリエ変換に基づいて計算する角スペクトル法(平面波展開法とも呼ばれる)に対し,伝播角度や伝播距離に関する制約を取り除くように改良した計算手法。計算機合成ホログラム技術で用いられる。

0.0 π

1.0 π

2.0 π

3.0 π

1.694

1.696

1.698

1.700

0 10 20 30

コア電界 E(V/µm)

10.4 V/µm

コア屈折率 n

位相変化量 φ

3図 EOコアの屈折率とフェーズシフターの位相変化量

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光ビームの偏向角度を制御するには,4図(b)の位相補償量に,チャンネル1からチャンネル16に向かって単調増加する位相変化量Δφを加算する。このとき,光位相は2πごとに同一の値を取る性質があるため,加算した位相変化量を2πで割った余りの値をフェーズシフターの位相変化量として与えればよい。単調増加する場合の位相変化量を隣接チャンネル間について0.85πとした場合の,フェーズシフターによる位相変化量を4図

(c)に示す。5図(c)は,フェーズシフターによる位相変化量を4図(c)とした場合の光ビームパターンであり,光ビームの偏向角度は約6.3度となる。5図(c)には,光ビームの右側(約−8度方向)に別の光強度ピークが発生しており,光ビームとの角度差から,この光強度ピークはグレーティングローブ*8 であることが分かる。

6図は,Δφを0から0.9πまで変化させてシミュレーションを行い,得られた光ビームの偏向角度をプロットしたグラフである。6図より,光ビームの偏向角度はΔφに対してリニアに増加することが確認できる。また,Δφと偏向角度の関係は,設計値と(1)式から得られる値とよく一致する。これらの結果により,設計したOPAの基本動作を確認できた。

5.光フェーズドアレーの試作・評価実験

本章では,EOポリマーを用いたOPAの試作・評価実験について紹介する。フェーズシフターの光導波路構造は2図と同様であり,シリコン基板を下部電極として,パターニングしたクロム薄膜により被覆した上で,ポリ

メチルメタクリレート*9 の積層により光導波路を作製し,光導波路表面に酸化インジウム亜鉛から成る透明電極を形成した。光導波路コアにはEO色素*10 を添加し,ポーリング工程*11 によりフェーズシフターを動作可能な状態にする。試作した光フェーズドアレーの構造は1図と同様であるが,ここではチャンネル数を8,出力チャンネルのピッチを10μmとした。

評価実験においては,TM偏光*12 させた波長1.55μmの光源を用い,赤外光用のビームプロファイラー*13 (浜松ホトニクス社製:LEPAS-12)によって光ビームパターンを測定した。フェーズシフターの印加電圧は,MMIスプリッターの出力位相を補正しつつ,出力光ビームがおよそ1度の範囲で偏向するように選んだ。試作した素子の評価実験で得られた光ビームパターンを7図に示す。7図(a)と7図(c)は,それぞれ光ビーム(光強度の最大値を含む領域)の偏向角度θが最小値および最大値となったときの画像,7図(b)は,θがその中間の値をとったときの画像である。7図の結果から,光ビームの偏向範囲は約1度であった。また,画像右側に見ら

0

2

4

6

8

0.0 π 0.2 π 0.4 π 0.6 π 0.8 π 1.0 π Δφ(rad)

偏向角度(度)

6図 光フェーズドアレーの偏向動作特性

*8 光フェーズドアレーの出力光ビームから,特定の角度だけ離れた方向に起こる大きな光放射。放射方向は,入力光の波長と出力チャンネルのピッチより計算できる。

*9 Polymethylmethacrylate(略称PMMA)。一般的にはアクリルと呼ばれる。非常に透明性が高く,強度面でも優れたプラスチック材料であり,窓ガラスやレンズ,ディスプレー,照明器具,光ファイバーなど,さまざまな分野で応用されている。

*10EO効果を持つ色素(分子)。光学的に透明なホストポリマーに,EO効果を持つ分子を分散させることで,EOポリマーを容易に作製することができる。本実験のEO色素には,(独)情報通信研究機構が開発した新規材料を用いた。

*11分子の極性をそろえること(配向)によりEO係数を大きくする工程。高温環境下での高電界印加により配向させた後,電界印加状態のまま室温に戻して配向を凍結する。

*12電界の振幅方向が,進行方向に対して垂直方向となる光の状態。垂直方向の屈折率変化による位相制御が可能である。

*13CCDカメラと光学系の組み合わせにより,光ビームの2次元パターンを測定する装置。

光ビーム

θ

(a) 電圧を印加しないときの光ビームパターン

(b) 印加電圧が中間値のときの光ビームパターン

(c) 印加電圧が最大のときの光ビームパターン

1度

光強度: 低 高

8度

7図 試作した素子による光ビーム偏向実験

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れる極大領域は,光ビームの偏向範囲の中心から約8度離れており,(1)式より計算されるグレーティングローブの位置(約9度)と,測定誤差の範囲内で一致した。以上の実験結果から,試作した光フェーズドアレーによる偏向動作を確認できた。

6.むすび

本稿では,EOポリマーを用いたOPAの基本設計と動作解析を行った。EOポリマーを適用したフェーズシフターは,10V/μm程度のコア電界でπの位相変化量が得られるため,デバイスの低電圧動作に有効である。オールポリマーの16チャンネルOPAを用いた動作シミュレーションにより,±6度程度の偏向動作と,ビーム広がり角約1度を確認した。

シミュレーションにより得られた基本設計を基に,8

チャンネルOPAを試作した。試作したOPAを用いて位相制御による光ビームパターンの制御実験を行い,光ビームの偏向範囲や光ビームパターンの解析などにより,光ビーム偏向動作と設計・制御の妥当性を実証した。

今後は,位相制御の精度向上により光ビームパターンを改善するとともに,出力チャンネルの狭ピッチ化や多チャンネル化を進めてEOポリマー OPAの高性能化を図り,立体映像デバイスへの応用を目指していきたい。

なお,EOポリマー OPAの開発は(独)情報通信研究機構と連携して行った。

本稿は,Proceedings of IEEE Photonics Conferenceに掲載された

以下の論文を元に加筆・修正したものである。

Y. Hirano, Y. Motoyama, K. Tanaka, K. Machida, T. Yamada, A.

Otomo and H. Kikuchi:“Beam Deflection on Optical Phased Arrays

with Electro-optic Polymer Waveguides,”Proceedings of 2017

IEEE Photonics Conference,MF4.5(2017)

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邦くに

1997年入局。同年から放送技術研究所において,プラズマディスプレー,立体映像デバイスの研究に従事。現在,放送技術研究所立体映像研究部に所属。

田た

中なか

克かつ

1989年入局。山口放送局を経て,1991年から放送技術研究所において,撮像デバイス,発光材料ならびに立体映像デバイスの研究に従事。2017年から(一財)NHKエンジニアリングシステムに出向。博士(工学)。

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池ち

宏ひろし

1984年入局。神戸放送局を経て,1987年から放送技術研究所において,液晶材料およびスピントロニクス材料を用いた空間光変調器とその光応用技術などの研究に従事。2008年から2010年まで(独)情報通信研究機構に出向。現在,放送技術研究所立体映像研究部部長。博士(工学)。

町まち

田だ

賢けん

司じ

1993年入局。広島放送局を経て,1995年から放送技術研究所において,垂直磁気記録,スピントロニクスの研究に従事。現在,放送技術研究所立体映像研究部上級研究員。博士(工学)。

本もと

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