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大規模排水機場のリスクマネージメント 長山 真一 1 1 関東地方整備局 江戸川河川事務所 施設管理課 (〒278-0005 千葉県野田市宮崎134) 洪水時における排水機場の操作は、全施設が順調に稼働することを前提に、施設ごとの操作 規則が定められており、異常災害時や緊急時等の「特例操作」は、重要で困難な判断を速やか に行うことが河川管理者に求められる。 本検討では、中川・綾瀬川流域の直轄の排水機場が稼働できない際のリスクマネージメント として、「特例操作」により隣接する排水施設を速やかにバックアップ運転させ、更に排水ポ ンプ車を効果的に活用することで浸水による流域被害を最小限にする方策を検討したものであ る。 キーワード 排水機場、リスクマネージメント 1. はじめに 中川・綾瀬川流域は、利根川・江戸川・荒川の大 河川に囲まれ、水がたまりやすい皿のような地形に なっており、昔から浸水被害に悩まされてきた地域 である。またこの地域は、人口・資産の集中が進ん でおり、特に東京から 20km~40km 圏域の市街化率は 50%近くに迫り、浸水による大きな被害が多発した。 この地域では、内水排除対策がきわめて重要であ り、江戸川河川事務所では、中川・綾瀬川流域に排 水機場を4施設(合計でポンプ 15 台、排水量 515 m 3 /s)設置、管理している。この中には排水量が 1 台当たり最大 50m 3 /s の国内最大級のポンプも多数含 まれており、故障が発生した際の浸水被害の影響が 大きい。(図-1) 実際に排水機場の排水ポンプ(50m 3 /s)1 台が故障 した際には、交換部品が海外製で特殊なことから、 調達に期間かかり、長期にわたり一部排水不能とな った。 本検討はこのような事例を踏まえ、排水機場の機 能喪失時における危機管理として、隣接する排水機 場をバックアップ運転(特例操作)させる運用方法 を検討するなど、排水機場のリスクマネージメント をあらかじめとりまとめたものである。 -1 対象施設平面図

大規模排水機場のリスクマネージメント①庄和排水機場 合計排水量 10.1m3/s 排水ポンプ車 13台 (庄和排水機場については、機場周辺に排水ポン

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Page 1: 大規模排水機場のリスクマネージメント①庄和排水機場 合計排水量 10.1m3/s 排水ポンプ車 13台 (庄和排水機場については、機場周辺に排水ポン

大規模排水機場のリスクマネージメント

長山 真一1

1関東地方整備局 江戸川河川事務所 施設管理課 (〒278-0005 千葉県野田市宮崎134)

洪水時における排水機場の操作は、全施設が順調に稼働することを前提に、施設ごとの操作

規則が定められており、異常災害時や緊急時等の「特例操作」は、重要で困難な判断を速やか

に行うことが河川管理者に求められる。

本検討では、中川・綾瀬川流域の直轄の排水機場が稼働できない際のリスクマネージメント

として、「特例操作」により隣接する排水施設を速やかにバックアップ運転させ、更に排水ポ

ンプ車を効果的に活用することで浸水による流域被害を最小限にする方策を検討したものであ

る。

キーワード 排水機場、リスクマネージメント 1. はじめに

中川・綾瀬川流域は、利根川・江戸川・荒川の大河川に囲まれ、水がたまりやすい皿のような地形になっており、昔から浸水被害に悩まされてきた地域である。またこの地域は、人口・資産の集中が進んでおり、特に東京から 20km~40km 圏域の市街化率は50%近くに迫り、浸水による大きな被害が多発した。 この地域では、内水排除対策がきわめて重要であ

り、江戸川河川事務所では、中川・綾瀬川流域に排水機場を4施設(合計でポンプ 15 台、排水量 515 m3/s)設置、管理している。この中には排水量が 1台当たり最大 50m3/s の国内最大級のポンプも多数含

まれており、故障が発生した際の浸水被害の影響が大きい。(図-1)

実際に排水機場の排水ポンプ(50m3/s)1 台が故障

した際には、交換部品が海外製で特殊なことから、

調達に期間かかり、長期にわたり一部排水不能とな

った。

本検討はこのような事例を踏まえ、排水機場の機

能喪失時における危機管理として、隣接する排水機

場をバックアップ運転(特例操作)させる運用方法

を検討するなど、排水機場のリスクマネージメント

をあらかじめとりまとめたものである。

図-1 対象施設平面図

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2. 排水機場が故障した場合の影響と対策

(1) 排水機場故障時の影響 排水機場故障時の中川・綾瀬川流域に対する影響

を、機場別にシミュレーションし、範囲と規模を把握した。 表-1 のとおり排水機場の排水不能時における流域

への影響範囲は、面積で最大 209km2、人口で 107 万人に影響する。

排水機場名 排水量

(m3/s)

排水機場不能時の浸水影響範囲

面積

(km2)

人口

(万人)

世帯数

(万戸)

資産額

(億円)

庄和排水機場 200 209.64 107.5 37.0 133,772

八潮排水機場 100 50.70 35.6 13.4 44,150

三郷排水機場 200 167.90 103.2 37.6 134,111

伝右川排水機場 15 13.45 13.9 5.9 18,185

綾瀬排水機場 100 123.99 81.8 31.0 108,636

表-1 各排水機場不能時の影響範囲

(2) 排水機場故障の対応策の検討 上記検討した機場故障の影響範囲を考慮のうえ、

機場毎に対策案を抽出し、対策案の運用効果と浸水被害分布の変化の状況について整理するとともに、もっとも効果的なケースを検討した。 故障時の具体的な対策案として以下の項目を検討

した。 ①他の排水運転のバックアップ運転 排水機場を早期運転することにより水位上昇を抑

え、治水容量を確保する。

効果的なバックアップ運転するために、事前に排水機場の運転水位を検討した。

②災害対策用排水ポンプ車の運用

停止した排水機場の敷地内に排水ポンプ車を設置

し排水運転を行う。

③水門の操作方法の変更

水門の通常の内外水位差による操作と異なる操作

が可能な水門を対象に、運用方法を変更しトータル

被害軽減の可能性も検討した。

④調節池の利用

調節池の排水門・給排水機場の運用を行い治水容

量を確保する。

3. 他の機場のバックアップ運転について (1) 他機場のバックアップ運転

中川・綾瀬川流域には、国・県が管轄する主要な排水機場が11施設あり、1施設の排水機能が低下した場合でも、他の排水機場がフル稼働するなどバックアップ運転が出来る可能性がある。 各機場の影響範囲が重なる部分を図-2 に示した。

影響範囲が重なる上流または下流の排水機場がバックアップ運転を行うと、影響範囲を縮減させる効果があることを検討した。 たとえば、庄和排水機場が故障した場合のバック

アップとして、三郷排水機場と綾瀬排水機場での影響範囲が重複し効果があると思われ、同じ様に機場の影響範囲が重複していれば、他の排水機場でのバックアップ排水が可能である。

図-2 各排水機場不能時重複箇所図

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震災などにより、中川・綾瀬川流域の直轄の排水機場が故障した場合の出水対応について、被害を最小限にとどめるために、どの排水機場がバックアップ運転を行えば、どのくらい浸水面積が変化するのかを、シミュレーション解析を行い、故障した排水機場に対しバックアップ運転する機場の選定や、特例操作の水位条件等をとりまとめた。

4. 排水ポンプ車の運用

排水ポンプ車は発電機、水中ポンプ、照明装置を備え、緊急時に現場へ急行し排水を行う災害対策用機械である。関東地方整備局には、40 台、合計 22.6 m3/sの排水ポンプ車があり、その排水ポンプ車を緊急時に速やかにかつ効果的に運用するためには、事前にポンプの設置位置、現地の状況等を把握することが重要である。 本検討では、排水機場が故障した場合、排水機能を

速やかに補うために具体的な排水ポンプ車の配置計画を作成した。また、排水ポンプ車を配置する際に、各機場に仮設排水管の設置計画を作成した。

(1)配置箇所 排水機場の機能を補うための、排水ポンプ車の設置箇所は排水機場周辺で選定した。 配置箇所の候補として、住宅地等の浸水地区があ

るが、排水機場故障時の解析を行った結果、浸水する地区は地盤が低く洪水時は、道路が水没しているため、排水ポンプ車の進入が不可能であり、堤防が築堤されていない等により、ポンプ車を設置するのが困難であった。

(2)設置箇所 排水機場の敷地における設置箇所は、排水口(吐出水槽開口部)を利用した排水及び水門周辺の堤防上等、周辺敷地内を利用した排水とし、限られたスペースの中で最大限の排水量を確保するため、曲がり部や狭い場所では、仮設の鋼管を用いてスペースを整理し排水ポンプ車を可能な限り配置する計画案とした。

図-5 機場敷地内の排水ポンプ車配置図(例)

(3)設置図及び台数 検討の結果、各排水機場に配置できる排水ポンプ車の最大台数は以下のとおりとなった。

①庄和排水機場 合計排水量 10.1m3/s 排水ポンプ車 13台

(庄和排水機場については、機場周辺に排水ポンプ車の設置可能場所が無いため、上流にある中川上流排水機場に設置することとした。)

②八潮排水機場 合計排水量 10.1m3/s 排水ポンプ車 13台

③三郷排水機場 合計排水量 8.1m3/s 排水ポンプ車 9台

④伝右川排水機場 合計排水量 5.0m3/s 排水ポンプ車 5台

5. 排水施設ごとのリスクマネージメント

排水機場が壊れた場合はどんな対応をすれば良いか、故障時の最適な運用方策を検討した結果が以下のとおりである。 図 3・4 に庄和排水機場と八潮排水機場を例に示す。

(1)庄和排水機場が停止したときの連携 ①連排水機場の運転条件の変更 ・三郷排水機場の運転開始 AP2.6m→AP2.3m ・中川上流排水機場の運転開始 AP8.4m→AP8.1m ・綾瀬排水機場の運転開始 AP2.6m→AP2.3m ②災害対策用排水ポンプ車の運用 ・庄和排水機場(中川上流排水機場)の

排水ポンプ車の設置 8.17m3/s ③水門の操作方法の変更

・三郷水門の開操作 AP2.6m→AP2.3m ④調節池の利用 ・行幸給排水機場の運転開始 AP9.2m→AP8.0m ・外郭放水路の管内貯留 約80万m3 庄和排水機場故障時でも、各流入地点から外郭

放水路に流入させ水位上昇を抑える。

図-3 庄和排水機場停止時の連携図

(2)八潮排水機場が停止したときの連携 ①排水機場の運転条件の変更 ・綾瀬排水機場の運転開始 AP2.6m→AP2.3m ・三郷排水機場の運転開始 AP2.6m→AP2.3m ・首都圏外郭放水路倉松川流入

AP4.7m→AP4.1m

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②災害対策用排水ポンプ車の運用 ・八潮排水機場に排水ポンプ車の設置 10.17m3/s ③水門の操作方法の変更 ・綾瀬川放水路の草加水門の開操作

AP2.7m→AP2.3m

図-4 八潮排水機場停止時の連携図

6. リスクマネージメントの効果 排水機場が故障した場合の各種対策によるバックアッ

プ運転の効果をとりまとめた結果を図-5に示す。 ①庄和排水機場では、被害額の削減が大きい要因として下流に三郷排水機場があり排水量(200m3/s)が大きいため。 ②八潮排水機場では、被害額がほぼカバー出来ている要因は、上流に三郷放水路の三郷排水機場(200m3/s)と綾瀬排水機場(100m3/s)による効果が高い。 ③伝右川排水機場では対策による被害額が無くなり全体をカバーできるとなっているのは、連携排水と排水ポンプ車の設置によって、伝右川排水機場の排水量(15m3/s)をカバー出来ているため、効果が高く現れている。 結果として、全ての排水機場で対策による一定の浸水

被害範囲の削減効果が確認された。

図-5各機場の停止時における連携効果

7.今後の取り組み

大災害時や故障時においては、近隣事務所や自治

体との協力が重要であり、江戸川河川事務所では、排

水機場のバックアップ運転についての協定を自治体と

進めている。

国と自治体が連携した地域づくりを行い、中川・

綾瀬川流域の洪水対策を確立し、浸水被害の削減によ

り地域としての安全安心を確保していきたい。

図-6 地域連携体制

0

50

100

150

200

250

300

350

400

庄和排水機場 八潮排水機場 三郷排水機場 伝右川排水機場 綾瀬排水機場

被害額

対策後の

被害額被害額の削減