22
駅前広場整備が周辺地域に与える影響および 駅前広場と駅周辺開発事業の整備効果の分析 <要旨> 駅前広場は鉄道と道路交通との結節点であり、都市交通政策上の重要な都市施設でもあ る。これまでの駅前広場は安全で円滑な交通を確保し、交通機関相互の乗り継ぎの利便性 を向上させるために整備されてきた。しかし、近年、駅を中心としたまちづくりの観点か ら駅前空間は都市の拠点と位置づけられ、駅前広場が果たす役割は多様になった。例えば、 交通結節点機能に加え、街の顔として都市の広場機能を兼ね備えつつ、地域活性に寄与す ることが求められるようになった。本研究では駅前広場の整備が周辺地域に及ぼす影響を 定量的に把握し、駅前広場整備と並行して実施される駅周辺開発の効果を分析した。分析 からは、駅前広場整備には正の外部効果があり、自治体が負担金や補助金を導入して整備 することが正当化されることが明らかになった。また駅前広場と一体的に駅の周辺整備を 行う場合は開発リスクを伴うため開発形態を適切に選択することが求められる。 2016 年(平成 28 年)2 政策研究大学院大学 まちづくりプログラム MJU15609 高橋 享子

駅前広場整備が周辺地域に与える影響および 駅前 …up/pdf/paper2015/MJU15609takahashi.pdf駅前広場整備が周辺地域に与える影響および 駅前広場と駅周辺開発事業の整備効果の分析

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駅前広場整備が周辺地域に与える影響および

駅前広場と駅周辺開発事業の整備効果の分析

<要旨>

駅前広場は鉄道と道路交通との結節点であり、都市交通政策上の重要な都市施設でもあ

る。これまでの駅前広場は安全で円滑な交通を確保し、交通機関相互の乗り継ぎの利便性

を向上させるために整備されてきた。しかし、近年、駅を中心としたまちづくりの観点か

ら駅前空間は都市の拠点と位置づけられ、駅前広場が果たす役割は多様になった。例えば、

交通結節点機能に加え、街の顔として都市の広場機能を兼ね備えつつ、地域活性に寄与す

ることが求められるようになった。本研究では駅前広場の整備が周辺地域に及ぼす影響を

定量的に把握し、駅前広場整備と並行して実施される駅周辺開発の効果を分析した。分析

からは、駅前広場整備には正の外部効果があり、自治体が負担金や補助金を導入して整備

することが正当化されることが明らかになった。また駅前広場と一体的に駅の周辺整備を

行う場合は開発リスクを伴うため開発形態を適切に選択することが求められる。

2016 年(平成 28 年)2 月

政策研究大学院大学 まちづくりプログラム

MJU15609 高橋 享子

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目次

1.はじめに .................................................................................................................................. 1

2.駅前広場とは .......................................................................................................................... 2

2.1 駅前広場の成立と沿革 ..................................................................................................... 2

2.2 駅前広場の機能 ................................................................................................................ 2

2.3 駅前広場整備目的および期待される効果 ........................................................................ 3

3.駅前広場整備および駅周辺開発が周辺地域へ与える影響と仮説 .......................................... 3

4.駅前広場整備および駅周辺開発が周辺地域へ与える影響に関する実証分析方法 ................ 5

4.1 分析の目的および分析方法 .............................................................................................. 5

4.2 分析対象 ........................................................................................................................... 6

4.3 推定モデル ....................................................................................................................... 6

5.駅前広場整備および駅周辺開発が周辺地域へ与える影響に関する実証分析結果および考察

...................................................................................................................................................... 8

5.1 推定結果 ........................................................................................................................... 8

5.2 考察 ................................................................................................................................ 10

5.2.1 住居系地価における逓減に関する考察 ................................................................... 10

5.2.2 駅前広場単独整備と駅周辺開発の比較に関する考察 ............................................. 10

5.2.3 駅前広場単独整備と駅周辺開発の整備効果(整備便益) ...................................... 11

5.2.4 事例研究 .................................................................................................................. 13

5.2.5 駅前広場整備および駅周辺開発における外部効果の存在 ..................................... 15

6.政策提言 ................................................................................................................................ 16

7.おわりに ................................................................................................................................ 17

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1

1.はじめに

駅前広場とは鉄道とバス、タクシー、乗用車などの交通機関との結節点として鉄道駅前

に設置される広場である1。これまでの駅前広場は鉄道と道路との交通結節点として、駅前

の円滑な交通の確保を図ると共に交通機関相互の乗り継ぎの利便性を増進するために設置

することが主目的とされてきた。しかしながら、近年は人口減少、少子高齢化社会を迎え

るにあたり公共交通を中心としたまちづくりを推進していくという観点から、駅前広場を

含む駅周辺の開発が都市の拠点、都市の顔作りとして今後重要な役割を担っていく。

駅前広場に着目した研究は数多く存在するが、駅前広場の空間構成や整備手法、分類、

適正規模に関する工学領域の研究に偏っている。紀伊(2004)は首都圏を対象とした駅前

広場の整備面積から需要量と供給量を算定し、不足量を把握することで駅前広場の整備水

準の低さを指摘した。また紀伊(2003)は駅前広場の利用者便益を一般化交通費用の減少

分と捉え、整備効果を算出し、複数駅における最適整備面積を算定する手法に基づき、駅

前広場の効率化の可能性を示唆している。駅および駅前広場、周辺施設に関する先行研究

としては次の研究が挙げられる。鉄道駅および駅前広場の整備効果については浅野ら

(2009)が日暮里・舎人ライナーの事例を用いて沿線整備効果として発生する駅前広場整

備の便益を利用者が享受する所要時間短縮効果による満足度とし、金銭換算することによ

り推定している。宮元ら(2002)は駅という都市交通基盤に付随する駅前広場や商業施設

を含む関連施設整備がもたらす便益の相乗効果についてヘドニックアプローチを用いて計

測している。

駅前広場の整備には制約条件に合わせ多様な形態があるが、本研究では、まず、広場の

整備のタイプを3つにカテゴライズする。そして、駅前広場の単独整備と駅前広場と駅周

辺開発事業を組み合わせて実施した場合の周辺地域に与える影響について地価を用いたヘ

ドニックアプローチにより比較する。

本稿の構成については次の通りである。第2章では駅前広場の概要を示し、第3章では

駅前広場および駅周辺開発の外部効果について論じる。第4章では駅前広場および駅周辺

開発の地価への影響について実証分析を行い、第5章では事例を踏まえた考察を行う。第

6章では実証分析から得られた政策提言を行っている。第7章では本研究のまとめと今後

の課題について考察している。

1都市計画用語研究会(2012)「四訂都市計画用語辞典」

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2

2.駅前広場とは

2.1 駅前広場の成立と沿革

駅前広場は鉄道の歴史と共に戦後から多くの都市で整備されてきた2。本格的な整備は

戦災復興事業の一環として始まった。戦後の高度経済成長期には都市部の人口集中やモ

ータリゼーション化を受け、駅前の歩行空間・車道空間の確保が必要となり、駅前広場

の整備が進められてきた。1980 年以降は駅周辺の課題解決と駅前用地の高度利用化を一

体的に進める再開発事業や土地区画整理、高架化事業を契機に駅前広場を整備する事例

が多く見られた。図 13は国土交通省「都市計画年報」に記載される全国の駅前広場の都

市計画決定年次を集計したものである。全体の約 50%の駅前広場が戦後 1946 年から高

度成長期の 1973 年までに都市計画決定されたものであることがわかる。

図 1 駅前広場都市計画決定数年次集計

2.2 駅前広場の機能

駅前広場は前章で示した通り、交通結節点としての役割だけでなく、近年は求められ

る機能、役割は多様化してきている。例えば街の顔としての役割や都市の広場機能を兼

ね備えた地域活性に寄与する都市環境整備という側面である。具体的にはイベントがで

きる駅前広場や駅・街のシンボル的機能を持つ駅前広場、また東日本大震災以降は緊急

時の避難エリアを想定し、防災トイレを整備するなど、交通結節点以上の役割を担うこ

とが多くなっている。駅前広場の機能、特性、代表的な施設を図 24に示す。

2駅前広場の整備経緯については紀伊(2004)が詳しい。 3国土交通省都市局都市計画現況調査(2013)に基づき筆者作成。 4社団法人日本交通計画協会,建設省都市局都市交通調査室(1998);「駅前広場計画指針-新しい駅前広場計

画の考え方-」に基づき筆者作成。

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3

図 2 駅前広場の機能

2.3 駅前広場整備目的および期待される効果

駅前広場整備事業により、駅前の交通機能は向上し、交通渋滞の緩和や歩行者の安全

確保が容易になる。駅前広場計画指針5によると交通空間だけではなく、環境空間を確保

すれば広場機能を兼ね備えた駅前広場を整備することになり、それが駅前広場の事業目

的となる。また駅前広場整備と合わせて駅周辺の市街地再開発事業や高架化事業を実施

する事例も多く、駅前広場という都市施設の整備と駅周辺用地の高度利用化、都市機能

の更新、駅の高架化などの回遊性の向上や道路交通の円滑化など、複数事業を組み合わ

せて実施することで駅周辺全体の安全性、利便性の向上と環境改善効果が期待される。

3.駅前広場整備および駅周辺開発が周辺地域へ与える影響と仮説

駅前広場整備事業により前章で述べた整備効果が発揮された場合、周辺市街地には整

備便益が発生すると仮定できる。この周辺地域に与える便益が周辺地域住民や事業者、

駅利用者にとっての安全性と快適性、利便性の向上につながり、正の外部効果が発生す

ると考えられる。キャピタリゼーション仮説を前提とした場合、駅前広場整備により発

生する便益が地価に帰着すると考えられ、周辺市街地の地価が上昇することとなる。ま

た、駅前広場整備に留まらず、市街地再開発や高架化事業を一体的に実施した場合、利

便性の増大や更なる整備効果が期待される。再開発事業等による住宅供給や地域活性・

5社団法人日本交通計画協会,建設省都市局都市交通調査室(1998);「駅前広場計画指針-新し

い駅前広場計画の考え方-」

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賑わい空間の創出は新規住民の流入や来街者増加、事業者や商業の集積6という効果も想

定され、駅前広場の単独整備よりも駅周辺開発と一体化した方がより高い整備効果がも

たらされることになろう。すなわち社会的便益がより大きくなる可能性がある。

図 3-1 駅前広場整備および駅周辺開発整備効果

図 3-2 駅前広場整備および駅周辺開発における費用便益モデル

6宮元ら(2002)は商業施設や多種の複数機能が集積することにより、移動費用が減少した

り、取引の選択肢が増加したりすることで便益が発生すると論じている。

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以上の駅前広場整備および駅周辺開発が周辺地域に与える影響より次のような仮説

を設定する。

【仮説1】 駅前広場整備には「正の外部効果」が存在する。

駅前広場整備後の地価は上昇する。

【仮説2】 駅から距離が近いほど駅前広場整備および駅周辺開発の影響を受けやすい。

駅前広場整備および駅周辺開発の効果は駅から距離が離れるほど地価上

昇効果が逓減していく。

【仮説3】 駅前広場整備に合わせて駅周辺開発を実施した場合、駅前広場を単独整備

した場合よりも高い正の外部効果を発揮する。

駅前広場整備に合わせて駅周辺開発を実施した場合の方が、地価の上

昇効果がある。

4.駅前広場整備および駅周辺開発が周辺地域へ与える影響に関する実証分析方法

駅前広場整備事業および駅周辺開発事業が周辺地域へ与える影響を明らかにするため、

本章では分析の目的、対象、手法および推定モデルを説明する。

4.1 分析の目的および分析方法

本研究の目的の一つは前章で示した駅前広場整備および駅周辺開発事業の整備効果す

なわち外部効果の存在を示すことである。また、駅周辺開発を一体的に整備した場合(以

降、「駅周辺一体開発」という。)駅前広場を単独で整備した場合(以降、「駅前広場単独

整備」という。)の整備便益に加え、追加的便益が加わる可能性があるため、駅周辺一体

開発がより高い正の外部効果が発揮できる可能性があることを示す。本研究では、キャ

ピタリゼーション仮説を前提としたヘドニックアプローチにより駅前広場整備および駅

周辺一体開発事業の影響を受ける前後の地価関数の変化を観察し、駅前広場単独整備と

駅周辺一体開発の整備効果の違いを分析する。地価および土地に関する情報については

国土数値情報サービスを利用し、1988 年から 2014 年までの駅周辺 500m 圏、1,000m

圏、1,500m 圏の地価情報を取得し、同心円状にどのような影響を及ぼしているのかを検

証する。図 47に分析方法のイメージを示す。中央の円は 500m 圏を表しており、次の円

は 1,000m 圏を表している。

7 Google Map および Esri 社開発の GIS(Geographic Information System:地理情報シス

テム)より筆者が分析イメージを作成。

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6

図 4 分析方法イメージ

4.2 分析対象

分析対象としては 2013 年国土交通省都市局「都市計画現況調査」に基づき、都市施設

として認識されている駅前広場を対象とする。また全国の 2,922 箇所存在する駅前広場

のうち約3割が関東圏に集中していることから一都三県(東京都・埼玉県・千葉県・神奈

川県)にあり、都心4駅(東京・新宿・渋谷・池袋)から 50km 圏内、乗降客数 5 万人

~30 万人規模の計 148 駅を対象駅とする。分析対象駅については一覧を付録に示す。

駅前広場整備を行う場合には駅前広場を単独事業として実施する場合と、複数事業と

組み合わせて実施する場合がある。本研究では駅前広場を古い形態から改修、整備して

いない駅、駅前広場を単独事業で整備した駅、駅周辺の開発事業と組み合わせて駅前広

場を整備した駅、以上3つのタイプにカテゴライズする。

A:駅前広場が平成以前から存在しており、改修や再整備を実施していない駅

B:駅前広場単独整備駅(駅前広場整備が平成以降に計画施行されている、または駅前

広場を再整備している駅)

C:駅周辺一体開発駅(駅前広場整備に加え市街地再開発事業や高架化事業等を行って

いる駅)

4.3 推定モデル

駅前広場単独整備と駅周辺一体開発が駅周辺の地価に与える影響を計測するために次

式の固定効果モデルを用いて推定を行う。

lnLP(公示地価)ist = β0(定数項)

+ β1駅前広場単独整備ダミーst

+ β2駅周辺一体開発ダミーst

+ β3(駅乗降客数)st

+ Tt + αis + εist

t=年次、i=地価ポイント、s=駅

500m

1,000m

1,500m ●は地価ポイントを表す

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7

lnLP ist:公示地価(円/㎡)対数値

β1 :駅前広場単独整備事業実施後の地価ポイントは1とし、それ以外には 0 をと

るダミー変数

β2 :駅周辺一体開発事業認可後の地価ポイントは1とし、それ以外には 0 をとる

ダミー変数

β3 :駅乗降客数

Tt :年次ダミー

αis :地価ポイントダミー

εist :誤差項

lnLP ist は公示地価の対数値を、コントロール変数としては公示地価に影響を与えると

考えられる乗降客数を採用している。β1、β2を推定することにより平成以降改修していな

い駅前広場と駅前広場単独整備および駅周辺一体開発が周辺地価に与える影響をそれぞ

れ把握することができる。当該地価ポイント固有の特徴は固定効果を用いることにより

コントロールする。1988 年から 2014 年までの各年度で構成されたパネルデータを用い

て、住居系地域8と商業系地域9に分類し、各々推定を行っている。駅周辺 1,500m 圏内の

全地価の基本統計量は表 1-1 の通り、住居系地域における基本統計量は表 1-2 の通り、

商業系地域における基本統計量は表 1-3 の通りである。

表 1-1 基本統計量

8第一種低層住居専用地域・第二種低層住居専用地域・第一種中高層住居専用地域・第二種中

高層住居専用地域・第一種住居地域・第二種住居地域・準住居地域 9近隣商業地域・商業地域

変数 平均 標準偏差 最小値 最大値

ln(公示地価) 12.720 0.761 10.17 16.45

駅前広場整備ダミー 0.013 0.113 0 1

駅周辺整備ダミー 0.207 0.405 0 1

乗降人数 93,937 90,471 0 438,181

駅ダミー

年ダミー

省略

省略

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8

表 1-2 住居系地域における基本統計量

表 1-3 商業系地域における基本統計量

5.駅前広場整備および駅周辺開発が周辺地域へ与える影響に関する実証分析結果および

考察

5.1 推定結果

推定式の推定結果を表 2-1、表 2-2、表 2-3 に示す。駅前広場単独整備後に地価の上昇が

示された。500m 圏においては 15.2%、500m~1,000m 圏においては 9.9%、1,000m~1,500m

においては 7.7%の地価上昇が見られ、統計的に有意な水準であった。駅周辺一体開発後も

同様に地価の上昇が見られ、統計的に有意な水準であったが、駅前広場単独整備よりも地

価の上昇率が低かった。

住居系地域の地価においても同様に駅前広場単独整備後、駅周辺一体開発後ともに周辺

地価の上昇がみられた。駅前広場単独整備後の地価上昇率は 500m、500m~1,000m、

1,000m~1,500m と駅から離れるに従い逓減する傾向が見られた。一方、駅周辺一体開発後

は駅から離れるに従い逓増する傾向が見られた。

商業系地域においても駅前広場単独整備後、駅周辺一体開発後に地価上昇が見られたが

500m 圏以外においては有意な結果とならなかった。

変数 平均 標準偏差 最小値 最大値

ln(公示地価) 12.450 0.479 11.01 14.75

駅前広場整備ダミー 0.013 0.114 0 1

駅周辺整備ダミー 0.198 0.399 0 1

乗降人数 81,891 81,765 0 438,181

駅ダミー

年ダミー

省略

省略

変数 平均 標準偏差 最小値 最大値

ln(公示地価) 13.400 0.844 11.45 16.45

駅前広場整備ダミー 0.010 0.101 0 1

駅周辺整備ダミー 0.213 0.409 0 1

乗降人数 117,694 102,658 0 438,181

駅ダミー

年ダミー

省略

省略

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9

表 2-1 駅前広場が周辺地価に与える影響

表 2-2 駅前広場が周辺地価に与える影響(住居系地価)

表 2-3 駅前広場が周辺地価に与える影響(商業系地価)

※***、**、*はそれぞれ 1%、5%、10%水準で統計的に有意であることを示す

表1:駅前広場整備が周辺地価に与える影響

          被説明変数:ln(公示地価) クラスター化 クラスター化 クラスター化

説明変数 標準誤差 標準誤差 標準誤差

駅前広場整備ダミー 0.1520 *** (0.0447) 0.0991 *** (0.0205) 0.0776 ** (0.0307)

駅周辺整備ダミー 0.0700 ** (0.0350) 0.0423 ** (0.0172) 0.0489 ** (0.0198)

乗降人数(万人) 0.0067 *** (0.0020) 0.0022 * (0.0012) 0.0004 (0.0011)

駅ダミー

年ダミー

定数項 14.26 *** (0.0336) 13.12 *** (0.0167) 12.88 *** (0.0224)

サンプル数

R-within

ユニット数

省略

省略

省略 省略

省略 省略

0.889

319

係数 係数 係数

9,117

0.831

497

8,712

0.869

447

6,368

500m圏 500m圏~1,000m圏 1,000m圏~1,500m圏

          被説明変数:ln(公示地価) クラスター化 クラスター化 クラスター化

説明変数 標準誤差 標準誤差 標準誤差

駅前広場整備ダミー 0.1120 *** (0.0188) 0.1040 *** (0.0154) 0.0972 *** (0.0271)

駅周辺整備ダミー 0.0513 ** (0.0199) 0.0573 *** (0.0109) 0.0606 *** (0.0159)

乗降人数(万人) 0.0032 *** (0.0012) 0.0012 (0.0008) 0.0021 ** (0.0009)

駅ダミー

年ダミー

定数項 13.39 *** (0.0232) 13.05 *** (0.0156) 12.86 *** (0.0196)

サンプル数

R-within

ユニット数 173 374 274

0.903 0.902 0.910

3,244 7,443 5,577

省略 省略 省略

省略 0 省略

1,000m圏~1,500m圏

係数 係数 係数

500m圏 500m圏~1,000m圏

          被説明変数:ln(公示地価) クラスター化 クラスター化 クラスター化

説明変数 標準誤差 標準誤差 標準誤差

駅前広場整備ダミー 0.0912 ** (0.0359) -0.0784 (0.0596) 0.0266 (0.0308)

駅周辺整備ダミー 0.0850 ** (0.0339) -0.0094 (0.0565) -0.0063 (0.0515)

乗降人数(万人) 0.0067 *** (0.0020) 0.0116 ** (0.0056) 0.0007 (0.0054)

駅ダミー

年ダミー

定数項 14.90 *** -0.0336 14.06 *** (0.0918) 13.85 *** (0.0465)

サンプル数

R-within

ユニット数 53 30

0.921 0.899 0.931

313

省略

5,725 933 516

省略 省略

省略 省略

係数 係数 係数

省略

500m圏 500m圏~1,000m圏 1,000m圏~1,500m圏

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10

5.2 考察

実証結果より駅前広場単独整備後および駅周辺一体開発後に地価上昇が見られたことか

ら双方の開発において正の外部効果があることが示された。しかしながら、当初想定して

いた結果と異なる点が二つある。第一に駅周辺一体開発後における住居系地価の変動であ

る。一般的には、開発地域に近いほど整備効果が高く、地価上昇率が高いと予想されるが、

今回の実証結果においては駅から離れるほど地価上昇率が逓減する傾向が見られた。第二

は、駅周辺一体開発の場合の方が地価の上昇効果が低いことである。開発エリアは駅前広

場単独整備よりも広く、投資規模も大きいにも関わらず、駅周辺の地価上昇が駅前広場単

独整備よりも小さい。以下では、この二つに焦点をあてる。

5.2.1 住居系地価における逓減に関する考察

駅周辺一体開発の住居系地価における変動:駅周辺一体開発を実施した場合、開発エリ

アにおいて大規模な商業施設やタワーマンションの建設、鉄道の高架など、開発前後で環

境の変化が起こったことが要因と考えられる。周辺再開発による商業集積や、駅の高架化

による街の回遊性向上により周辺住民の生活の利便性は高まる一方で騒音や渋滞など負の

外部効果も発生する。こうした負の外部効果は駅から少し離れた地域より駅に近い地域の

方が影響を受けやすくなっており、その負の外部効果により駅に近い地域の地価上昇の方

が低い結果となったと考えられる。正の外部効果を享受しつつ、負の外部効果も受けにく

い最適地域が存在すると思われる。しかし、本研究では 1,500m 以降の範囲において検証

していないため、どの地点が最適地域かは確認できていない。

5.2.2 駅前広場単独整備と駅周辺開発の比較に関する考察

可能性として考えられることは二点ある。第一は地価水準の違いによるもの、第二は分

散の違いによるものである。

第一の地価水準であるが、駅前広場単独整備を行う地域の平均地価水準は 582 千円であ

ったのに対し、駅周辺一体開発事業を実施した地域は 610 千円という平均地価であった。

平均地価水準が高いために駅前広場整備や駅周辺開発の影響度が低かったことが考えられ

る。第二はサンプルの分散によるものである。駅前広場を含む駅周辺開発の個々の推定結

果について着目すると地価の上昇傾向が見られたケースと地価の下落傾向が見られたケー

スにばらつきがあった。図 5-1、図 5-2 には駅前広場整備地域と駅周辺一体開発地域の地価

変動を示す。このばらつきの差が平均値をとると結果として駅前広場単独整備の地価上昇

率よりも低くなってしまった要因であると考える。また、今回は駅前広場を単独で整備し

たケースよりも駅前広場を含む駅周辺開発を実施した駅数が多かったことも要因として挙

げられる。

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11

図 5-1 駅前広場単独整備した地域の地価変動

図 5-2 駅周辺一体開発を実施した地域の地価変動

5.2.3 駅前広場単独整備と駅周辺開発の整備効果(整備便益)

分析結果より住宅地、商業地各々の㎡あたりの地価上昇額を算出した。図 6 には住宅系地域

の㎡あたり地価上昇額における 95%信頼区間を示す。駅前単独整備においては 500m 圏内では

信頼区間全体が高い位置を示す。一方 1,500m と駅からの距離が離れるにつれて下限信頼限界

が 0 に近い。住宅地、商業地各々の 500m 圏、500~1,000m 圏、1,000~1,500m 圏における㎡

あたりの地価上昇額、上昇率より地価上昇総額すなわち整備効果(便益)を算出したものを表

3-1、表 3-210に示す。駅前広場単独整備を行った地域の地価上昇効果は 1,500m 圏内で約 700

億円、駅周辺一体開発を行った地域の地価上昇効果は約 385 億円であった。整備コストや補助

金・負担金がこれら整備効果(便益)より上回ることは避けた方が望ましいと考えられる。

10 整備便益=地価上昇額×エリア面積により算出している。地価上昇額は整備後の平均地価

から実証分析で推定した値を引き整備前後の平均地価を差し引きすることにより算出してい

る。対象面積は半径 500m 圏、1,000m 圏、1,500m 圏の面積に横浜市統計情報の大都市圏比

較年表より算出した東京都区部、さいたま市、千葉市、川崎市、横浜市、相模原市の都市計画

区域面積に対する住宅系用途地域、商業系用途地域の平均割合を乗じた値としている。

-20.0%

-10.0%

0.0%

10.0%

20.0%

30.0%

40.0%

50.0%

a駅 b駅 g駅 j駅 m駅 p駅 s駅 v駅 y駅 bb駅

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図 6 駅前広場整備および駅周辺一体開発が住居系地価に与える影響(地価上昇額)

表 3-1 駅前広場単独整備効果

B:駅前広場単独整備

住居系地価 商業系地価

対象エリア 0~500m 圏 500m~1,000m 圏 1,000m~1,500m 圏 0~500m 圏

対象面積(㎡) 359,867 1,079,792 1,799,718 57,479

地価上昇率 11.2% 10.4% 9.7% 9.1%

地価上昇額(円/㎡) 30,745 25,381 16,408 49,488

整備効果 約 110億円 約 270億円 約 300億円 約 30億円

全エリア整備効果合計 約 700 億円

表 3-2 駅周辺一体開発整備効果

C:駅周辺一体開発

住居系地価 商業系地価

対象エリア 0~500m 圏 500m~1,000m 圏 1,000m~1,500m 圏 0~500m 圏

対象面積(㎡) 359,867 1,079,792 1,799,718 57,479

地価上昇率 5.1% 5.3% 6.1% 8.5%

地価上昇額(円/㎡) 11,626 11,058 10,774 51,613

整備効果 約 42億円 約 120億円 約 194億円 約 30億円

全エリア整備効果合計 約 385 億円

0

100

00

200

00

300

00

400

00

住居系地価上昇額(円)

500 1000 1500距離

ub95/lb95 ub95/lb95

B:駅前広場単独 C:駅周辺一体開発

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5.2.4 事例研究

実際に駅前広場および駅周辺開発を一体的に整備した事例について 1990 年代に行った草加

駅周辺整備と 2000 年代に実施した二子玉川駅周辺開発の新旧事例を比較する。

事例1:草加駅

草加駅東口第一種再開発事業は駅周辺の土地の高度利用および都市機能の向上のために良好

な土地環境整備と商業機能活性化を図ることを目的として駅前広場整備および駅周辺開発を実

施した。1992 年に工事が完了し、開業して 20 年以上が経過している。商業施設をメインとし

て、最上階には草加市の多目的文化施設が整備されている。

図 7 草加駅周辺地価推移

事例2:二子玉川駅

二子玉川東地区第一種市街地再開発事業は土地の合理的な高度利用と都市機能の更新を

図り、駅周辺を活性化することを目的とし、駅前広場および駅周辺開発を実施した。2010 年

に工事が完了し、2011 年に開業した。商業・オフィス・宿泊施設・公共施設等を整備した複

合型市街地再開発である。

図 8 二子玉川駅周辺地価推移

以上の 2 つの事例を開業前後の地価上昇で比較する。1990 年代の地価は草加と二子玉川

は遜色ないが、草加駅は開業後も地価への上昇効果は見られず、二子玉川駅においては事業

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認可後、開業後ともに若干ではあるが、地価上昇効果が見られた。

また今回対象とした駅の人口構造について図 9 に示す。駅周辺 1km 圏における人口増加

率、生産人口割合、人口密度を表す。人口密度は草加駅周辺の方が多いが、生産人口割合、

人口増加率は草加駅が低い。これは草加駅周辺の居住者が高齢化しており、他エリアからの

人口流入も少ないことを示す。一方、二子玉川駅周辺は新世代の流入があり、駅周辺開発前

後で駅の乗降客数が 30%程度増加11するなど、来街者も増加している。土屋ら12によると東

武伊勢崎線は若い世代が流入せず高齢化が加速する路線であるという。首都圏において将来

的に人口増加率、生産人口割合の低下が見られる地域に商業機能活性化を目的とした駅周辺

開発を実施した事例で長期的に賑わいを保っている施設は少ない。地域の適正規模より過大

な施設を建設することで、未使用なままの空間や空き店舗、度重なるリニューアルを繰り返

すなど、都市イメージの低下に繋がる可能性もある。開発前は正の外部効果を見込んで自治

体が補助金や整備費負担を行っても、開発後何年か経過し、負の外部効果をもたらすリスク

も鑑みる必要がある。

図 9 駅周辺人口特性

11 東急電鉄ホームページ参照 12 土屋らは東京都都市圏における鉄道沿線の人口移動に関する研究にて沿線内年齢別人口の

時系列変化を分析しており、若い年齢構造を維持する路線と高齢化が加速する路線の二分され

る沿線人口格差を論じている。

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5.2.5 駅前広場整備および駅周辺開発における外部効果の存在

ここで明らかにしたことを前章の仮説と合わせて示すと以下のようになる。

【仮説1】 駅前広場整備には「正の外部効果」が存在する。

【結果1】 駅前広場単独整備によって地価が上昇したことから「正の外部効果」が

存在する。

【仮説2】 駅から距離が近いほど駅前広場整備および駅周辺開発の影響を受けやすい。

【結果2】 駅前広場単独整備は駅から近いほど地価上昇効果がある。

駅周辺一体開発は駅から離れるほど地価上昇効果が逓増する。

駅から距離が近いほど正の外部効果と同様に、負の外部効果の影響も受け

やすい。

【仮説3】 駅周辺開発を実施した場合、駅前広場単独整備よりも高い正の外部効果を

発揮する。

【結果3】 駅周辺開発を実施した場合は、正の外部効果と同時に想定が困難な負の

外部効果が発生し、想定よりも正の外部効果は小さい可能性がある。

必ずしも社会的余剰を大きくするケースばかりではない。

これまで駅前広場単独整備を行った地域については正の外部効果の影響が及んでおり、

駅周辺一体開発を実施した地域については駅前広場の整備効果、駅周辺開発の整備効果に

加え、駅周辺開発による新たな外部効果(交通渋滞や騒音、都市イメージの変化)が発生

したことにより駅前広場単独整備の地域よりも地価の上昇効果が小さい可能性があること

がわかる。

図 10 駅前広場および駅周辺開発における外部効果

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もし仮に駅前広場の整備を民間や鉄道事業者が担う場合、以下のような状況が想定でき

る。駅および駅周辺に一定の需要があるが供給できていない、人口や乗降客の増加傾向、

つまり今後の需要増大が見込める。その時、事業者に整備インセンティブが働く。また、

駅前広場の整備により正の外部効果が見込まれる場合のみ、周辺開発によって外部効果の

内部化を図るであろう。しかし、自治体が駅周辺一体開発を行う場合、都市の機能更新に

よる負の外部効果の解消など外部効果を根拠に駅前広場および駅周辺を開発する。そのた

め、開発地域に見合った開発形態の選択や開発に伴う外部効果の予測を行うことが難しく、

過少(もしくは過大)となってしまう可能性がある。

図 11 駅前広場および駅周辺開発における費用便益

6.政策提言

駅前広場および駅周辺開発には正の外部効果があることを地価の上昇傾向によって示す

ことができた。また住居系地域、商業系地域どちらにも地価の上昇を及ぼしたことから駅

前広場および駅周辺開発には複数の地域にまたがる受益者がいる。外部経済効果を複数の

受益者に対して引き起こしている財は公共財と定義できる13。したがって、正の外部効果が

ある公共財として自治体が整備することが正当化される。

また、公共財である駅前広場は民間および鉄道事業者に任せておいては過少供給となる

可能性があるため、民間所有駅前広場においても整備負担金や補助金等の導入が支持され

る場合がある。駅前広場は鉄道駅の歴史と同様古い時代から残るものが多く存在するため、

13八田(2008)「ミクロ経済学Ⅰ」によると外部経済効果とはひとつの経済主体が他の経済主

体に市場を介さずに影響を与えることであり、外部経済効果を複数の受益者に対して引き起こ

している財を公共財と定義している。(外部性からの公共財の定義)

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それらの再整備や新たに駅前広場を増設することも考えられる。駅前広場においても民間

や鉄道事業者が積極的に整備を推進できるよう民間が整備費を負担した場合は維持管理費

の負担を軽減させるなど駅前広場整備を推進するための施策を行う必要がある。

今回の分析で明らかになったのは、駅前広場を含む駅周辺開発を実施した場合に必ずし

も社会的便益が最大化するとは限らないということである。ケースによっては駅前広場単

独整備の方が効果を発揮する場合もあるため、駅前広場以外の周辺開発形態を適切に選択

する必要がある。例えば、自治体は公共財としての駅前広場を整備することに専念し、駅

周辺開発事業において商業や住宅供給を行う場合は民間に委ねるなど、民間投資を誘導す

ることでマーケットに応じた社会的に望ましい水準に達する可能性もある。駅周辺開発に

おいては自治体と民間との役割分担を適切に行い、開発規模や開発スキームを慎重に検討

すべきである。

7.おわりに

本研究は駅前広場および駅周辺開発事業の整備効果について分析したものである。キャ

ピタリゼーション仮説に基づくヘドニックアプローチにより地価の変動を観察することで

駅前広場および駅周辺開発による整備効果、すなわち社会的便益の定量化を試みた。そし

て、駅前広場単独整備により周辺地域の地価が上昇すること、駅周辺一体開発を実施した

地域よりも駅前広場単独整備を行った地域の方が地価の上昇率が高いことが明らかとなっ

た。これは駅前広場のみにあらず、駅周辺開発を合わせて行うことにより、想定が困難な

外部効果が発生し、駅前広場単独整備よりも開発リスクを伴う可能性があることを示して

いる。

本研究では駅前広場単独の整備効果と駅周辺一体開発の整備効果の比較を行ったが、駅

前空間の最も効率的な整備形態を検討する指標の一つとなる可能性がある。今後の人口減

少、少子高齢化を迎えるわが国においては今後のまちづくりにおいても限られた資源を効

率的に配分していく必要があり、投資規模と整備効果の検証は必要不可欠である。駅を中

心としたまちづくり、駅周辺開発、コンパクトシティ構想の有効な参考指標となる可能性

があると考えられ、本研究の意義はそこにある。今回の実証では固定効果モデルを使用し、

その場所固有の特徴についてはコントロールしているが、駅の地域特性や人口増減などの

因果関係や駅前広場と駅周辺開発の整備効果を分離できないことなどが研究の課題として

挙げられる。また、本研究で用いた分析対象においては駅前広場および駅周辺開発におけ

る正の外部効果が確認でき、駅前広場の整備推進を政策提言としたが、駅前広場整備にお

ける外部効果が地価の上昇分と一致するためには「small-open の仮定」14が成立する必要

がある。ヘドニックアプローチにより事業評価を行う際の正確性は一般的には保障されな

いとの指摘も一部あるため、この数値のみを用いて事業決定を行うことには慎重になる必

14 個人や企業の移転が自由であること(open)、その移転が他の地域に何の影響ももたらさな

いこと(small)。この妥当性については金本ら(1992)によって理論的に示されている。

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要があること、どの地域においても必ずしも整備効果が発揮できる可能性があるわけでは

ないという点に留意が必要である。駅前広場および駅周辺開発を実施する前に整備効果の

影響範囲や大きさを評価する、近似条件エリアでの整備効果の検証など、整備前の外部効

果を予測できるようなモデルを今後構築する必要があり、個々の地域に応じた最も効率的

な整備のあり方を検討することが重要である。

謝辞

本稿の執筆にあたり、加藤一誠教授(主査)、金本良嗣教授(副査)、三井康壽教授(副

査)、原田勝孝助教授(副査)から丁寧かつ熱心なご指導をいただいたほか、福井秀夫教授

(まちづくりプログラムディレクター)、安藤至大准教授から示唆に富んだ大変貴重なご意

見をいただきました。また、まちづくりプログラムおよび知財コースの関係教員、学生の

皆様からは研究全般に関する多くの貴重なご意見をいただきました。ここに記して感謝の

意を表します。

さらに、政策研究大学院大学にて、研究の機会を与えていただきました派遣元に感謝申

し上げます。

なお、本稿における見解及び内容に関する誤りについては、全て筆者に帰属します。ま

た、本稿は筆者の個人的な見解を示したものであり、所属機関の見解を示すものではない

ことを申し添えます。

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付録:分析対象駅

港 区 田町 山手線 さ い た ま 市 武蔵浦和 埼京線、武蔵野線

墨 田 区 錦糸町 総武本線、半蔵門線 藤 沢 市 辻堂 東海道線

横 浜 市 桜木町 根岸線、市営地下鉄3号線 葛 飾 区 金町 常磐線

船 橋 市 船橋 総武本線 杉 並 区 阿佐ヶ谷 中央本線

横 浜 市 戸塚 東海道本線、市営地下鉄1号線 鎌 ケ 谷 市 新鎌ケ谷 北総鉄道他2路線

世 田 谷 区 下北沢 小田急線、京王井の頭線 府 中 市 府中 京王線

渋 谷 区 恵比寿 山手線、埼京線 久 喜 市 久喜 東北本線、東武伊勢崎線、東武伊勢崎線

中 野 区 中野 中央本線、東西線 川 口 市 東川口 武蔵野線、埼玉高速鉄道線

品 川 区 五反田 山手線、山手線、山手線 世 田 谷 区 成城学園前 小田急線

品 川 区 大崎 山手線 藤 沢 市 湘南台 小田急線

船 橋 市 西船橋 総武本線 八 千 代 市 勝田台 京成電鉄、東葉高速鉄道

豊 島 区 巣鴨 山手線、都営三田線 練 馬 区 大泉学園 西武池袋線

海 老 名 市 海老名 小田急線、相模鉄道本線 上 尾 市 上尾 高崎線

柏 市 柏 常磐線 杉 並 区 西荻窪 中央本線、中央本線、中央本線

大 和 市 大和 小田急江ノ島線、相模鉄道本線 相 模 原 市 淵野辺 横浜線

横 浜 市 長津田 横浜線、東急田園都市線、こどもの国線 草 加 市 草加 東武伊勢崎線、東武伊勢崎線

千 葉 市 千葉 総武線、内房線、外房線 葛 飾 区 亀有 常磐線

国 分 寺 市 国分寺 中央本線、中央本線、中央本線 清 瀬 市 秋津 西武池袋線

相 模 原 市 橋本 横浜線、相模線、京王線 横 浜 市 港南台 根岸線

藤 沢 市 藤沢 東海道線 西 東 京 市 田無 西武新宿線、西武新宿線、西武新宿線

品 川 区 目黒 山手線 足 立 区 竹ノ塚 東武伊勢崎線

船 橋 市 津田沼 総武本線 春 日 部 市 春日部 東武鉄道伊勢崎線、東武鉄道野田線

横 浜 市 新横浜 東海道新幹線、横浜線、市営地下鉄 世 田 谷 区 経堂 小田急線

川 越 市 川越 川越線、東武東上線 練 馬 区 石神井公園 西武池袋線

足 立 区 北千住 常磐線 北 区 十条 赤羽線、埼京線

品 川 区 大井町 京浜東北線 清 瀬 市 清瀬 西武池袋線、西武池袋線、西武池袋線

大 和 市 中央林間 小田急江ノ島線、東急田園都市線 大 田 区 大森町 東海道本線

三 鷹 市 三鷹 中央本線 町 田 市 鶴川 小田急電鉄小田原線

北 区 赤羽 京浜東北線、埼京線、高崎線、東北本線 横 須 賀 市 横須賀中央 京浜急行電鉄本線

杉 並 区 荻窪 中央本線 西 東 京 市 ひばりヶ丘 西武池袋線、西武池袋線、西武池袋線

八 王 子 市 八王子 中央本線、中央本線、中央本線 横 浜 市 金沢八景 京浜急行線

多 摩 市 多摩センター 京王相模原線・小田急線 川 崎 市 向ヶ丘遊園 小田急小田原線

さ い た ま 市 浦和 京浜東北線、東北本線 荒 川 区 南千住 常磐線、日比谷線、つくばエクスプレス

川 口 市 川口 京浜東北線 柏 市 南柏 常磐線

大 田 区 蒲田 東海道本線、京浜東北線、東京急行電鉄 江 戸 川 区 小岩 総武本線

江 東 区 豊洲 有楽町線(地下鉄) 横 浜 市 保土ケ谷 横須賀線

和 光 市 和光市 東武東上線、地下鉄有楽町線、副都心線 さ い た ま 市 東大宮 東北本線

横 浜 市 鶴見 京浜東北線 富 士 見 市 ふじみ野 東武東上線、東武東上線

武 蔵 野 市 武蔵境 中央本線、西武多摩川線 朝 霞 市 朝霞 東武東上線、東武東上線

厚 木 市 本厚木 小田急電鉄小田原線 八 王 子 市 西八王子 中央本線、中央本線、中央本線

葛 飾 区 新小岩 総武本線 千 葉 市 蘇我 内房線、外房線、京葉線

目 黒 区 自由が丘 東横線 北 区 板橋 赤羽線、埼京線

越 谷 市 新越谷 東武伊勢崎線 八 王 子 市 高尾 中央本線

越 谷 市 南越谷 武蔵野線、武蔵野線 八 王 子 市 南大沢 京王相模原線

豊 島 区 駒込 山手線、東京地下鉄南北線 横 浜 市 中山 横浜線

世 田 谷 区 二子玉川 東急田園都市線、東急大井町線 板 橋 区 成増 東武東上線

北 区 王子 京浜東北線、南北線、都電荒川線 我 孫 子 市 我孫子 常磐線、成田線

相 模 原 市 相模大野 小田急線 日 野 市 豊田 中央本線

平 塚 市 平塚 東海道線 戸 田 市 戸田公園 埼京線、埼京線

市 川 市 市川 総武本線 日 野 市 高幡不動 京王線

蕨 市 蕨 京浜東北線 横 浜 市 鶴ヶ峰 相模鉄道線

調 布 市 調布 京王線、京王線、京王線 板 橋 区 板橋 埼京線

小 金 井 市 武蔵小金井 中央本線 昭 島 市 拝島 青梅線

市 川 市 本八幡 総武本線 江 戸 川 区 船堀 新宿線(地下鉄)

さ い た ま 市 南浦和 京浜東北線、武蔵野線 練 馬 区 光が丘 大江戸線

川 崎 市 新百合ヶ丘 小田急小田原線 相 模 原 市 相模原 横浜線

江 東 区 亀戸 総武本線 日 野 市 日野 中央本線

練 馬 区 練馬 西武池袋線 西 東 京 市 保谷 西武池袋線、西武池袋線、西武池袋線

茅 ヶ 崎 市 茅ケ崎 東海道線 小 金 井 市 東小金井 中央本線

千 葉 市 海浜幕張 京葉線 所 沢 市 新所沢 西武新宿線

浦 安 市 新浦安 京葉線 相 模 原 市 小田急相模原 小田急線

豊 島 区 大塚 山手線 草 加 市 松原団地 東武伊勢崎線

川 口 市 西川口 京浜東北線 国 分 寺 市 西国分寺 中央本線

中 野 区 東中野 中央本線、大江戸線 桶 川 市 桶川 高崎線

横 浜 市 青葉台 東急田園都市線 戸 田 市 北戸田 埼京線、埼京線

さ い た ま 市 北浦和 京浜東北線 ふ じ み 野 市 上福岡 東武東上線

千 葉 市 稲毛 総武線 戸 田 市 戸田 埼京線、埼京線

志 木 市 志木 東武東上線 千 葉 市 幕張本郷 総武線

横 浜 市 東戸塚 横須賀線 昭 島 市 昭島 青梅線

横 浜 市 新杉田 根岸線、金沢シーサイドライン 東 久 留 米 市 東久留米 西武鉄道西武池袋線

杉 並 区 高円寺 中央本線、中央本線、中央本線 松 戸 市 馬橋 常磐線、流山線

習 志 野 市 京成津田沼 京成電鉄、新京成電鉄 小 平 市 花小金井 西武新宿線、西武新宿線、西武新宿線

江 戸 川 区 葛西 東西線(地下鉄) 越 谷 市 北越谷 東武伊勢崎線、東武伊勢崎線

所 沢 市 所沢 西武池袋線、西武新宿線 松 戸 市 北小金 常磐線

都 市 名 駅 名 路 線 名 都 市 名 駅 名 路 線 名