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Winter 2011 World’s Agriculture, Forestry And Fisheries No.825 国際価格の不安定性が 国内経済と食料安全保障 に及ぼす影響 ――FAO 世界の食料不安の現状 SOFI 2011 年報告 Report 2 食料価格 危機から安定へ ――世界食料デー 2011 Report 1 OECD - FAO 農業アウトルック2011 - 2020

国際価格の不安定性が 国内経済と食料安全保障 に及ぼす影響 · ソルガムからtchakpaloと呼ば れる飲み物を作る女性(トーゴ)。 FAOは同国で、食料価格高騰

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Winter2011

World’s Agriculture, Forestry And FisheriesNo.825

特 集

国際価格の不安定性が国内経済と食料安全保障に及ぼす影響――FAO「世界の食料不安の現状(SOFI)」2011年報告

R e p o r t 2

食料価格 危機から安定へ――世界食料デー2011

R e p o r t 1

OECD-FAO農業アウトルック2011-2020

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03 特 集

国際価格の不安定性が 国内経済と食料安全保障 に及ぼす影響 ――FAO「世界の食料不安の現状(SOFI)2011年報告」

09 R e p o r t 1

OECD-FAO農業アウトルック2011-202014 Report 2

食料価格 危機から安定へ ――世界食料デー2011

20 インターン報告記 FAO日本事務所の夏期インターンシップを終えて 横浜市立大学 国際総合科学部 国際総合科学科 国際文化創造コース 3年 中野 秀美

21 Crop Prospects and Food Situation 穀物見通しと食料事情 2011.10 概況/食料危機最新情報

26 FAO水産養殖局とは? 第7回 FAOと小規模漁業 FAO水産養殖局 上席水産専門官 渡辺 浩幹

30 Zero Hunger Network Japan ゼロ・ハンガー・ネットワーク・ジャパン 飢餓と栄養不良に取り組むアジア地域アライアンスの結成 ――食料主権に関するアジア地域会議の報告 FAO日本事務所 企画官 大軒 恵美子

32 FAO寄託図書館のご案内

33 PHOTO JOURNAL 「アフリカの角」地域の人道危機 ――ソマリア、飢餓のレベルで最も深刻な「飢饉」宣言 FAO日本事務所 企画官 松岡 幸子

36 FAOで活躍する日本人 No.26

人との出会いが途上国支援に携わるきっかけに FAO林業局チーフ・テクニカル・アドバイザー 堀 正彦

38 FAO MAP 世界の栄養不足人口 ハンガーマップ2011

世界の農林水産Winter 2011

通巻825号

平成23年12月1日発行(年4回発行)

発行(社)国際農林業協働協会(JAICAF)〒107-0052

東京都港区赤坂8-10-39

赤坂KSAビル3F

Tel:03-5772-7880

Fax:03-5772-7680

E-mail:fao@jaicaf.or.jp

www.jaicaf.or.jp

共同編集国際連合食糧農業機関(FAO)日本事務所www.fao.or.jp

編集:松岡 幸子、リンダ・ヤオ(社)国際農林業協働協会編集:森 麻衣子 今井 ちづる

デザイン:岩本 美奈子

本誌はJAICAFの会員にお届けしています。詳しくはJAICAFウェブサイトをご覧ください。

C o n t e n t s

古紙パルプ配合率100%再生紙を使用

World’s Agriculture, Forestry And FisheriesNo.825

Winter2011

2012年は国連の定めた「国際協同組合年」です。協同組合は、貧困削減・雇用創出・社会的統合に大きく貢献しています。農村では、小規模農家が契約栽培の交渉をし、土地の権利を確保し、また、より良い市場機会を得るうえで、農業協同組合が重要な役割を果たしています。FAOは他の国連機関やパートナーとともに、協同組合の貢献に対する認識を高め、その設立と成長を促進するような政策を策定・実施するよう各国政府や関係機関に働きかけるための取り組みを行っていきます。International Year of Cooperatives 2012:http://social.un.org/coopsyear

2012年は国際協同組合年

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国際価格の不安定性が国内経済と食料安全保障に及ぼす影響

特 集

――FAO「世界の食料不安の現状(SOFI)」2011年報告

世界の飢餓に関する年次報告書「世界の食料不安の現状(SOFI)2011年報告」が、国連食糧農業機関(FAO)、国際農業開発基金( IFAD)、世界食糧計画(WFP)の共同で発行された。今年の報告書は、いまだ高値で不安定に推移する食料価格が及ぼす影響に焦点を当てる。

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トウモロコシを食べる子ども(トーゴ)。©FAO / Paballo Thekiso

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近年の食料危機と経済危機は、2015年までに飢餓で苦しむ人 の々割合を半減させるというミレニアム開発目標(MDGs)の達成に向けた取り組みに疑念を投げかけるものだ。FAOが発表した「世界の食料不安の現状(SOFI)2011年報告」は、今後数年にわたって続くとみられる食料価格の不安定性と高値の食料価格に焦点を当てている。実際、G20財務大臣・中央銀行総裁会議は、価格の不安定性を減らし、不安定な状況が生じたときにもその影響を和らげる費用対効果の高い方策を見出すべく、積極的に取り組んできた。この報告書では、従来は入手が困難であった情報源や研究結果を用いながら、2006-2008年の世界的な食料危機時から政策に関連する教訓を引き出し、貧困層が食料の売り買いをする国内市場において何が起こったのかを見出すべく、これまでよりはるかに踏み込んだ世界規模の分析を行なっている。

「SOFI 2011」では、世界的な価格変化が家庭レベルの食料安全保障および栄養問題に与えた影響は、その背景に大きく特化されるものであることを強調している。すなわち、影響の度合いは、産品、国際市場から国内

市場への価格の伝搬に影響を与える国内政策、家族構成や生産の態様、その他一連の要因に左右される。国内的にも国家間でも影響が多様であるということは、各国政府がより効果的な政策を実施することができるように、データの改善と分析が求められていることを示唆している。より良く、また、より予測可能な政策は、他国への好ましからざる副作用を減らすだけではなく、同時に国内の食料不安や価格の不安定性を軽減するものとなりうる。

報告書の主なメッセージ■ 輸入に依存する小国、特にアフリカの小

  国は、食料危機と経済危機によって深刻  な影響を被った。いくつかの大国では、制  限的な貿易政策やセーフティネットを機能  させることで、危機の影響を遮断すること  ができたが、貿易制限は国際市場におけ  る価格と不安定性を増大させた。■ 高値で不安定な食料価格は今後も続く可  能性が高い。急速な経済成長に伴う消費  者需要の増大、進行する人口増加、そし  てバイオ燃料の一層の拡大は、食料シス  テムに更なる需要を生じさせるであろう。

  供給面においては、天然資源不足が拡大2011年10月にFAOローマ本部で行われた世界食料安全保障委員会(CFS)にて、食料価格の不安定性を議題とした政策ラウンドテーブルの様子。©FAO / Alessandra Benedetti

The State of

Food Insecurity

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国際価格の不安定性が国内経済と食料安全保障に及ぼす影響

特 集

図1―食料価格は1970年代初期のピークを別に 1960年代から2002年までは下降

出典:FAO

2002-2004年=100

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1961 68 75 82 89 96 2003 10年

図2―食料危機時に大きく上昇した穀物価格

出典:FAO

平均熱帯家畜頭数(TLU)

ボリビア

2007年1月=100

トウモロコシ小麦コメ

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2010年200920082007

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2011年4月に行われた、食料価格の不安定性に関するFAOの記者会見。フランスが主宰したG20の議題にも盛り込まれたこの問題について、質疑応答が交わされた。©FAO / Giulio Napolitano

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ソルガムからtchakpaloと呼ばれる飲み物を作る女性(トーゴ)。FAOは同国で、食料価格高騰の影響を受けた脆弱な家庭の食料安全保障を強化するプロジェクトを行っている。©FAO / Giulio Napolitano

収穫したコメを運ぶシエラレオネの女性。FAOは同国で、食料価格高騰イニシアティブ( IS

FP)の一環として、小規模農家の生産性向上、農業支援や地元マーケットへのアクセス改善を目指したプロジェクトを行っている。©FAO / Caroline Thomas

図3―世界の栄養不足人口:大きく異なる危機後の傾向

出典:FAO

平均熱帯家畜頭数(TLU)

ボリビア

100万人 100万人

ラテンアメリカ

アフリカ アジア

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鍵となる概念:価格水準、価格の不安定性(変動性)、価格予測の困難性

食料価格の分析に当たり、関連し合うが異なるいくつかの概念を区分しておくことが必要である。重要な区分のひとつは、平均価格と価格変動(不安定性※)それぞれの経時変化の違いである。平均価格は、価格変動がなくとも変化しうるものである。起こりうる端的な例として挙げられるのは、食料輸入国が一定の輸入関税を課せば食料価格は上昇するが、ほとんどの場合、国内価格の変動には何ら影響力を持たないといったケースである。逆に、平均水準に何ら変化がなくとも、価格の変動性が変化するということも起こりうる。例えば、気候の変動性が増しても、食料生産が同じ平均値にとどまっているといった場合に、それは起こりうるものである。

それでもやはり、価格水準と価格変動は関連し合っている――つまり両者はともに供給と需要によって決まるものである。加えて、高値の価格は高い不安定性を伴いがちである。高値の価格は、人々をまず在庫の取り崩しに走らせるが、それは需給関係の衝撃から生じてしまう価格の変化を緩和することができる。しかしながら、ひとたび在庫が取り崩されると、システムはさらなる需給ショックに対して脆弱になる。緩衝材を欠くということは、在庫があった場合よりも価格変動が増幅する可能性が高まるとい

うことである。このような関係にもかかわらず、

2つの概念を区分することは依然として重要なことである。1つには、価格は高くとも安定しているということがありうる。もう1つは、価格が高い時の費用 /便益は、価格が不安定な時の費用/便益とはまるで違うということである(報告書に詳述)。

もう1つの重要な区分は、変動性と予側困難性の違いである。価格は多くの理由によって変化するが、そのいくつかは十分に予側可能なものである。食料価格に関する予側可能な変化の典型例は、季節性であり、すなわち収穫期およびその直後には価格は最安値となり、収穫期直前には最高値となる。季節による変化は、毎年まったく同じというわけではないが、ある年から翌年にかけて、しばしば類似したものになる。一方、気象災害は通常予側が難しく、特に期首在庫が少ない場合は、変化は一層予側困難なものとなる。このように、価格変化には比較的予測が容易なものもあれば、はるかに困難なものもある。予側可能な価格変化では、予知の困難な変化以上に費用と便益が多様なものとなる。

※ 「SOFI2011」では、変動性、不確実性、不安定性の用語は、互換的に用いられている。

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  する地域や、単収の成長率が落ち込む産  品が出てくるなど、多くの課題がある。食  料市場とエネルギー市場との結びつきがよ  り強いものとなり、気象災害の頻度が高ま  ることによって、食料価格の不安定性は高  まる可能性がある。■ 価格の不安定性によって、小規模農家と  貧しい消費者層の双方が貧困に対してま  すます脆弱になっている。食料は農家所

  得ならびに貧困消費者層の家計の大部分  を占めているため、価格の大きな変化は彼  らの実収入に多大な影響を及ぼす。した

  がって、消費者にとっての高値、そして農  家にとっての安値は、たとえそれが一時的  なものであったとしても、農家が土地や家  畜などの生産財を安売りする原因になるな  ど、彼らを潜在的な貧困の罠へ引き込んで

  しまう可能性がある。加えて、価格変化が  予測しがたい時には、小規模経営農家が  生産性を高めるための手段に投資をする

  傾向が弱まる。■ 短期間での大幅な価格変化は、開発に長  期の影響を及ぼす可能性がある。価格の  不確実性による収入の変化は、子どもの  受胎から人生の最初の1,000日間で摂取

  する主要栄養素を減少させ、ひいては将  来にわたる恒常的な収益力の低下、将来  的に貧困に陥る可能性の増大につながり、  最終的に経済発展プロセスの停滞に結び  つく可能性がある。■ 高値の食料価格は、食料不安を短期的

  に悪化させる。高値の食料価格は、農家  が十分な農地などの資源を入手するのに  役立つものであるが、その一方で最貧層  は生産を上回る購買をすることになる。高  値の食料価格は、都市貧困層に加えて、

  食料の純購買者である多くの農村部貧困  層をも痛めつける。高値の影響度が各国  内で異なることはまた、データの改善と政  策分析の必要性を示している。■ 高値の食料価格は、農業部門への長期

  的な投資拡大の誘引となり、長期的な食  料安全保障の改善に役立ちうる。2006-  2008年の世界的な食料危機の間、大半  の国では食料の国内価格が農家出荷価

  格、小売価格とも大幅に上昇した。このこ  とは、肥料価格の高騰にもかかわらず、多  くの国で供給への対応を強化することにつ  ながった。この短期的な供給対応の強化を、  例えば小規模な農家を対象とした「前進

苗代の管理改善を目指したFAOのプロジェクトで提供されたマツの苗(ハイチ)。同国では人口の4分の3が貧困や慢性的栄養不足に直面しており、F

AOは食料価格高騰の影響を受けた貧困層の食料安全保障を支援し、環境を改善するためのプロジェクトを行っている。©FAO / Luca Tommasini

FAOの女性オープンスクール(WOS)の一環で、栽培した野菜を収穫する女性(パキスタン)。食料価格の高騰に対応するためのプロジェクトの一環として、農薬リスク削減、家庭菜園、小規模の起業などを目指した実践的学習と技能開発が行われている。©FAO / Farooq Naeem

価格の不安定性をどう計測するか?

価格の不安定性を計測する最も単純な方法は、変動係数(CV)である。これは、ある特定期間における価格の標準偏差を、同期間中の平均価格で割ったものである。この方法の利点のひとつは、単位を持たない点である。この方法は、例えば別々の国で計測された国内価格の不安定性を、比較容易なものとする。しかしながら、不安定性の計算には偏りの遷移が含まれるであろうことから、もしデータに強い偏りがあるならば、CVは誤った印象を与える可能性がある。そのうえ、観察者が違えば、内在する偏りの性

質(例えば線形、二次式など)について異なった見解を持つであろうことから、偏りを構成する要素を取り除くために普遍的に適用できる方法がない。 CVに代わるものとして、エコノミストはしばしば価格変化の標準偏差を対数表示して用いる※。この方法もまた単位を持たないが、長期にわたる強い偏りの影響を受けにくくなる。

※ C.L. Gilbert and C.W. Morgan. 2010. Review :

Food price volatility. Philosophical Transactions of

the Royal Society B, 365: 3023-3034.

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パキスタン・シンディ州のHaji Siddig Jattで、プロジェクトの受益者と話し合うFAOスタッフと地域コーディネーター。FAOはここで、食料価格高騰に対応するため、食料増産とマーケットとの連携向上を高めることを目指したプロジェクトを行っている。

©FAO / Farooq Naeem

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The State of Food Insecurity in the World(SOFI)2011世界の食料不安の現状(SOFI)2011年報告

世界の飢餓の現状をモニタリングするFAOの年次報告書。20

11年版は、引き続く国際価格の不安定性が国内経済と食料安全保障に及ぼす影響に焦点を当てます。原文(英語ほか)は下記URLからダウンロードできるほか、FAO寄託図書館(p.32)で閲覧が可能です。www.fao.org/docrep/014/

i2330e/i2330e00.htm

FAO 2011年10月発行50ページ A4判 英語ほかISBN:978-92-5-106927-1

  のための食糧購入(Purchase for Progress,

  P4P)」のような市場確保への支援を手始

  めとする農業投資の向上に高めていくこと  が肝要である。■ セーフティネットは短期的な食料不安を軽  減するとともに、長期的な開発の基盤を整  えるうえできわめて重要である。価格の不  安定性がもたらす負の影響を効果的に減  らすためには、事前に最も脆弱な人 と々協  議を重ね、対象を絞ったセーフティネット

  の仕組みが計画されなければならない。■ 食料安全保障においては、農業生産性の  向上、より予測可能な政策、そして貿易

  への全般的な開放の組み合わせに基づい  た戦略が、他の戦略よりも一層効果的な  ものとなろう。貿易を制限する政策は、国  内価格を国際市場の不安定性から防御し  うるかもしれないが、特に政府の政策が予  測不可能で一貫性がない場合は、国内供  給への衝撃の結果として国内価格の不安  定性を招くことにもなりかねない。より予測  可能で、かつ民間セクターの貿易参加を

  促すような政府の政策は、一般に価格の

  不安定性を減らすことになろう。■ 持続的で長期的な食料安全保障にとって、  農業投資の重要性は依然として変わらな  い。例えば、費用対効果の優れたかんが  いや改良営農、農業研究によって開発さ  れた種子は、特に小規模な農家が直面し  ている生産上のリスクを減らすことができる  であろうし、価格の不安定性を軽減できる  であろう。必要な投資の大部分は民間投  資によるものとなろうが、公共投資は、民  間セクターが準備しえない公共財の供給  という点で触媒的な役割を有するものであ  る。これらの投資は、土地や関連する天

  然資源に対して既存ユーザーが持つ権利  に、十分配慮したものでなければならない。

出典:「The State of Food Insecurity in the World

2011」FAO, 2011

翻訳:真勢 徹

関連ウェブサイトFAO ハンガーポータル(日本語):www.fao.org/hunger/jp

トマトの苗を植え替えるコンゴの女性農民。FAOはここで、食料増産と食料価格高騰への対策として農具や種子、技術研修を提供するプロジェクトを行っている。©FAO / Olivier Asselin

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OECD-FAO農業アウトルック2011-2020

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FAOと経済協力開発機構(OECD)は、毎年、今後10年の農業の中長期見通しを共同分析した報告書「OECD-FAO Agricultural Outlook(OECD-FAO農業アウトルック)」を発表している。今年発表された最新版から、概要を報告する。

中央市場でトマトを売る女性(トーゴ)。FAOは同国で、食料価格高騰の影響を受けた脆弱な家庭の食料安全保障を強化するプロジェクトを行っている。©FAO / Giulio Napolitano

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主要地域における不作と低水準の在庫量による入手可能な供給量の減少、開発途上国および新興経済国の経済成長再開による需要の下支えを受けて、農産物価格は2010年8月に再び急騰した。農産物価格が不安定になってからすでに5年目に入っている。農産物価格の高止まりと不安定性、およびその食料安全保障への影響は、明らかに、各国政府が今日直面している重要な問題のひとつである。これは、2010年11月にソウルで開かれたG20サミットの議論にも、2011年6月にパリで開催されたG20農業大臣会合で検討するために作成された行動案にも十分に反映されている。

本アウトルックは、市場が高価格とそれに伴う収益拡大の機会に反応するに従い、農産物価格は2010 -2011年の水準から低下していく、と慎重ながらも楽観的な見方を示している。今年の収穫量は非常に重要であるが、市場が均衡を取り戻すにはある程度時間がかかるかもしれない。在庫水準が回復するまで価格の上昇リスクは高いままであろ

う。本アウトルックは、過去数年のアウトルックと同様に、今後10年間の農産物の実質価格は過去10年間よりも高水準にとどまる可能性が高いと見通している。価格の高止まりが長期化することは、グローバルな食料安全保障目標の達成をさらに困難にし、貧困層が栄養不良に陥るリスクを高めることになりかねない。

農産物価格の上昇は、長年にわたり実質価格が下落してきた農業部門にとっては好ましい兆候であり、食料需要の増加に応えるために必要な生産性の向上と生産量の増加への投資を促進する可能性もあるだろう。しかし、供給サイドの反応は投入財の相対的コストに左右され、価格上昇による生産インセンティブは、高い取引コストや国内の政策介入のため、必ずしも生産者にまで達するとは限らない。一部の主要な生産地域では、為替レートの上昇も農業セクターの競争力にマイナスの影響を及ぼし、生産面の反応を抑えている(図1)。

生産コストの増大と生産性向上の鈍化を示す兆しが見られる。エネルギー関連コストや飼料コストも大幅に増加している。資源の制約からくる圧力、特に水と土地に関する資源制約も強まっている。伝統的に農業の盛んな地域の多くでは利用可能な土地がさらに少なくなってきており、生産増加のためには、未開拓地や、生産力が低く気候的に不利なリスクのある耕作限界地にまで生産地を拡張せざるを得なくなっている。農業セクターが将来の需要増加に対応するためには、生産性向上へ向けた投資を大きく拡大する必要がある。

主要なメッセージ通常どおりの天候を前提にすれば、現在の高価格に供給サイドが反応して、農業生産は短期的には増加する見込みである。農産物価格は2011年初頭の高水準から下落するものの、2011-20

20年の平均価格を実質ベースで過去10年の平均と比較すると、穀物(トウモロコシ)については最大20%、食肉(鶏肉)については最大30%程度上回る見込みである。農産物価格の上昇の影響は

図2―1人当たり食料消費

出典:FAO

2004-2006年=100

図1―農業純生産

出典:FAO

2004-2006年=100

北アフリカ・中東東欧・中央アジアラテンアメリカ北アメリカ 西欧 オセアニアアジア・太平洋サハラ以南アフリカ

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北アフリカ・中東 北アメリカ

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ラテンアメリカ ラテンアメリカ

東欧・中央アジア

東欧・中央アジア

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現在、生産・加工過程を通じて畜産物にまで及んでいる(図3)。

最近のデータによれば、多くの国々で農産物価格上昇の影響がフードチェーン全体に浸透し、消費者食料価格のインフレが進んでおり、これが消費者物価全体のインフレの一因となっている。一部の開発途上国では、こうした価格上昇は貧困層の購買力を低下させ、経済の安定性や食料不安への懸念が高まっている。

世界の農業生産成長率(年率平均)は、過去10年間の2.6%から1.7%へと鈍化する見込みである。成長率の鈍化は、大半の作物(特に生産コストの上昇と生産性伸び率の鈍化に直面している油料種子と粗

粒穀物)で見込まれている。畜産物生産の伸びは近年の動向とほぼ同じである。成長率は鈍化するが、1人当たりの生産で見ると、0.7%の成長率(年率)が見込まれる。

今後の基幹作物の単収向上の世界的鈍化は、引き続き国際価格の上昇圧力

となる。既存技術による単収向上の余地がまだ残されている新興供給国では、単収や供給量の不確実性が大きいものの、生産成長率の上昇が見込まれる。開発途上国の生産シェアは、引き続き拡大していくと見込まれる。

今年のアウトルックで初めて取り上げられた漁業セクターは、今後10年の世界生産の成長率(年率)が1.3%と過去10年間を下回る見込みである。これは、養殖の成長率鈍化(2001-2010

年の5.6%に対し2.8%)と漁獲漁業セクターの不振または停滞によるものである。養殖は、2015年には食用魚介類の最も重要な供給源として漁獲漁業を上回り、2020年には漁業生産全体(非食用を含む)の約45%を占めるようになると見込まれる。2008-2010年に比べると、漁獲による魚介類(天然魚)の平均価格は2020年までに名目ベースで約20%

上昇するが、養殖魚は50%上昇する見込みである。

1人当たり食料消費量が最も急増するのは、所得向上と人口増加の鈍化が見

られる東欧、アジア、中南米である(図2)。需要が最も大幅に伸びるのは植物油、砂糖、肉、乳製品である。

農産物のバイオ燃料向け利用は、主にバイオ燃料関連の政策に牽引され今後も堅調に伸びていくとみられる。2020

年には、世界の粗粒穀物生産の13%、植物油生産の15%、サトウキビ生産の30%がバイオ燃料の生産に用いられると推定される。原油価格が上昇すれば、農産物のバイオ燃料向け需要はさらに増大する。原油価格が十分に高い水準になれば、支援政策がなくても多くの国々でバイオ燃料の生産は可能になる。

従来からの輸出国の生産増はわずかにとどまり、輸入国での国内生産が増加したことから、農業貿易の増加率(年率)は2%と過去10年間を下回る見込みである。主に東欧、中央アジア、中南米諸国の新興輸出国で大きな伸びが見込まれる。サハラ以南アフリカでは、人口増加による需要の伸びが国内生産の成長を上回るため、食料不足の増加

出典:FAO

図3―2020年までの農産物の価格動向(名目価格)

USドル /トン USドル /トンUSドル /トン

600

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小麦

油料種子

粗粒穀物

コメ

粗糖

鶏肉

牛肉

全粉乳

豚肉

魚介 魚油

魚粉

油かす

植物油

農産物 畜産物 油脂および飼料

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価格変動本アウトルックでは、生産者、取引業者、消費者、政府にとっての不確実性やリスクを生み出す価格変動の主要因に注目している(図4)。先進国、開発途上国を問わず、価格変動は、農業セクターや食料安全保障、さらには経済全般に広範な悪影響を及ぼす可能性がある。■ 天候と気候変動:価格変動を引き起  こす要因のうち最も重要でかつ頻繁  に観察されるのは、予測のできない

  気象条件である。気候変動は気象パ  ターンを変化させつつあるが、この変  動が極端な気象事例とどのような関  係があるのかについてはよく分かって  いない。

が見込まれる。■

確率的な分析は、価格見通しは前提条件に大きく依存するため不確実性が大きいこと、また、価格上昇のリスクが価格下落のリスクより大きいことを示唆している。この分析は、主要作物輸出国の単収の増減による生産増減が、国際価格変動の最大の要因となっていることも示している。ロシアとウクライナにおける昨年の干ばつと火災や米国の多雨は、市場のバランスがいかに急速に変動し得るものであるかを表している。天候による単収変動は、これまで以上に重要な価格変動の要因となることが予想される。

■ 在庫水準:在庫は、長年にわたり農  産物の短期的な需給のギャップを緩  和し、生産物を供給するという一定  の役割を果たしてきている。粗粒穀

  物について現在見られるように、在

  庫量が消費量に比べて少ない場合に  は価格変動が高まる可能性がある。■ エネルギー価格:肥料や物流、バイ  オ燃料向け需要などを通じてエネル  ギー市場との関連性が大きくなってい  るため、エネルギー市場での価格変  動が農産物市場にも伝播している。■ 為替レート:通貨の変動は国内の農  産物価格に影響を与え、世界各国

  の食料安全保障や競争力に影響する  可能性がある。

出典:FAO

図4―モデル分析が示す主な価格反応

油料種子

肥料

バイオディーゼル

粗糖

植物油

粗粒穀物

粗粒穀物

油料種子

油かす

家きん肉

小麦

小麦

油料種子

コメ

コメ

原油価格の25%増加/減少が各品目の国際価格に与える影響(見通し期間平均)

穀物の単収の5%増加/減少が各品目の国際価格に与える影響(見通し期間平均)

原油価格 -25% 原油価格 +25%

-25% -20 -15 -5 0 5 10 15 25% 20-10

単収 -5% 単収 +5%

-25% -20 -15 -5 0 5 10 15 25% 20-10

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■ 需要の増加:供給が需要増加に追

  いついていかなければ、農産物価格  に上昇圧力がかかる。世界各国で1

  人当たりの所得が増加し、特に多く

  の貧困国ではその増加は50%ほど  にまで見込まれるなかで、需要に影

  響を与えるにはさらに大きな価格変

  動幅が必要になってくるほど、食料需  要はより非弾力的になるだろう。■ 資源圧力:投入コストの上昇、技術  応用の減速、限界耕作地への生産  地拡大、二毛作やかんがい用水の限  界などが、生産成長を制約している。■ 貿易規制:輸出規制、輸入規制は、  ともに国際市場の価格変動を増幅さ  せる。■ 投機:先物市場での大規模な投機  的動きに関しては、価格変動への長  期的・構造的な影響については確定  的なことはいえないものの、短期的に  は価格変動を増幅している可能性が  あるという点では多くの研究者の間で  見解が一致している。

政策課題本アウトルックは、世界の食料安全保障を確保するための重要な課題と、今後10年間の価格上昇によって食料農業生産者にもたらされる大きな機会の双方に焦点を当てている。食料・農業生産の生産性、特に小規模生産者の生産性の向上を促進し、外的ショックに対する市場の回復力を高めるとともに、無駄を削減し、妥当な価格で地域市場に供給を増やすことが、今後の政策課題である。農業セクターの生産性を高め、天候/気候変動や資源不足に対する強靭性を強化するには、農業分野の研究開発、制度、インフラ整備への公共投資が必要である。収穫後の

損失を減らすための投資も必要である。今後も農産物市場に価格変動はつきものであることを認識し、可能な限り価格変動を小さくするとともに、その悪影響を抑えるための整合的な政策が必要である。■ 変動性の緩和:市場の透明性強化は、  価格変動の縮小につながり得る。食  料安全保障に関わる重要な農産物に  ついては、生産、在庫、貿易に関す  るよりよいデータの収集といった、市  場見通しに関する世界規模・各国規  模での情報収集・チェックの仕組み  を改善していく必要がある。輸出入

  規制やバイオ燃料関連施策などの政  策上の歪みを廃止・削減することも

  価格変動の縮小につながり得る。取  引の統一化の重要性を認識し、先物  市場の情報と透明性を改善・強化す  べきである。■ 変動性の管理:社会的セーフティネ  ットは、食料価格の高騰時に最も脆  弱な消費者を支援し、生産者セーフ  ティネットは、低所得を補償すること  で投入財の購入を可能にし、生産を  維持することができる。価格上昇の

  影響を軽減するには、貧困層を対象  とした緊急食料備蓄が有益である。  先渡契約や先物取引などの市場機能  に基づくリスク管理の仕組みを、小

  規模生産者でも利用可能なものとす  るために、更なる取り組みが必要であ  る。政府は、悪天候による国内不作  時に食料輸入資金を提供する保険や、  将来の食料輸入の権利を購入するオ  プション契約などのリスク管理戦略を  とることもできる。

出典:「FAO-OECD Agricultural Outlook 2011-2020:Highlights」FAO / OECD, 2011

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Agricultural Outlook

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OECD-FAO農業アウトルック2011-2020

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OECD-FAO Agricultural Outlook 2011-2020 OECD-FAO農業アウトルック2011-2020

OECD諸国と開発途上国の農業をめぐる動向と今後10年の見通しを分析したFAOとOEC

Dの共同報告書。全文(英語ほか)は下記のOECDウェブサイトで購入いただけるほか、閲覧も可能です(印刷は不可)。www.oecd.org/bookshop要約版(Highlights)は下記ウェブサイトで公開されています。www.agri-outlook.org

FAO, OECD 2011年6月発行247ページ 27×19cm 英語ほかISBN:978-92-64-08375-2

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毎年10月16日は、国連の定めた「世界食料デー」です。今年は「食料価格 危機から安定へ」をテーマに、近年の食料価格の変動とその原因に焦点を当て、価格変動が国際社会の最も脆弱な人々に与える影響を軽減するための行動を呼びかけました。

――世界食料デー2011

©Reuters / Arko Datta

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食料価格2005年から2008年の間に、世界の主要食料価格が高騰し、この30年間での最高水準に達しました。この3年間の後半18ヵ月の間に、トウモロコシ価格は74%、コメ価格は166%上昇して3倍近い価格になりました。 20を超える国 で々食料暴動が発生しました。論説委員たちは安価な食料の終わりを宣言しました。しかしその後、2008年6月に最高値を迎えた後、主として大規模な金融および銀行危機によって世界経済が不況に陥ったことから、食料価格は再び下落し、6ヵ月間で33%も急落しました。 とはいえ、これは一時的な下落に過ぎませんでした。2010年に穀物価格は50%上昇し、2011年第2四半期にわずかに下落するまで高騰を続けました。その時点で、将来の見通しは全く立っていませんでした。 しかし、経済学者は、2006年以降に経験したような価格の乱高下が、近い将来再現されるだろうと考えています。つまり、食料価格の不安定性――現象を表す専門用語で言えば――がおそらく、定着したのです。 これは好ましいニュースではありません。価格の乱高下、特に価格上昇は開発途上国の食料安全保障にとって大きな脅威です。最も打撃を受けるのは、貧しい人 で々す。世

界銀行によれば、2010 -2011年に、食費が増大したことで7,000万人近い人々が極度の貧困に陥りました。 「食料価格 危機から安定へ」という今年の世界食料デーのテーマは、こうした動向と、最も脆弱な人々への影響緩和のために何ができるのかを明らかにするために、選ばれました。 食料純輸入国のレベルで見ると、食料価格の上昇は食料輸入支出を増大させ、貧困国に打撃を与えます。2010年、世界の低所得食料不足国(LIFDC)は、前年を20%

上回り、史上最高となる1,640億USドルを食料輸入に費やしました。 個人レベルで言えば、1日1.25USドル以下で暮らす人々は、食料価格が上昇すると食事を抜かなければならなくなるでしょう。収穫期の何ヵ月か前に収穫物の価格を大いに知る必要がある農家も痛手を受けます。もし高値が期待できるならば、農家は作付けを増やします。安値が予想されるならば、作付けや生産コストを削減します。

急激な価格変動は、このような予測をより困難にします。農民は、生産過剰あるいは生産不足という結果に陥りがちです。安定した市場であれば農民は生計を立てることができます。不安定な市場は、農民の生活を破綻

FAO食料価格指数 1990-2011年

出典:FAO注 価格はインフレ調整ずみ

2002-2004年=100

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©Reuters / Frank Polich

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させるだけでなく、多くの場合、農業にとってきわめて重要な投資を抑制します。 2011年、国際社会は、食料価格の変動が世界の最も貧しい国 と々人々に及ぼす深刻な脅威を認識し、G20の主導によって、国際食料品市場における不安定性を管理する方法を見出そうと動きました。フランスのニコラ・サルコジ大統領の主催の下、世界の20の経済大国がこの目的のためにとる戦略、すなわち、危機に直面している国 と々そのようなグループを守ることを最優先とすべきであることに合意しました。 今日の乱高下する商品市場は、20世紀最後の25年を特徴づける状況とはきわめて対照的です。 1975年から2000年まで、穀物市場は前月比ベースで見ると十分に安定していましたが、長期的には下落傾向をたどっていました。それは、1960年から2000年までに人口が2倍に急増したにもかかわらず、1960

年代にノーマン・ボーローグ博士によって開始された「緑の革命」が、多くの国 で々需要を満たすだけでなく、それを上回る食料供給に寄与したからです。特にインドでは、後にインド農業研究所( Indian Agricultural Re-

search Institute)所長となったM.S.スワミナサン博士の貢献がありました。 実際、OECD諸国が自国の農民に惜しみなく補助金を支給したことも少なからず手伝って、少なくとも西半球には、潤沢という以上の食料が存在していました。しかし、今日の状況は全く異なっています。国際食料市場は逼迫し、供給は需要に追いつこうと四苦八苦し、在庫は史上最低かそれに近い水準となっています。主要な生産地での干ばつあるいは洪水といった衝撃によって、たやすく混乱に陥るという微妙なバランスなのです。 食料価格の不安定性を、どのように、そしてどこまで管理することができるのかを決定するためにも、安定と低価格をもたらす国際

食料市場が、なぜわずか数年の間に、急激な価格上昇と下落を立て続けに起こし、混乱するようになったのかを明らかにする必要があります。

危機から安定へ今日の不安定性の種は、前世紀に多くの国で起きていた生産ブームが永続的なものではなく、研究、技術、機器やインフラへの投資を継続する必要があることを、政策決定者たちが認識できていなかった時期に、すでに蒔かれていました。 1980年から今日までの30年間で、OE

CD諸国の政府開発援助(ODA)の農業への割り当ては43%減少しました。豊かな国も貧しい国も農業への過少投資が続いたことが、おそらく今日私たちが直面している問題の主要原因のひとつです。 今日、さらに市場を逼迫させているのは、新興国の急速な経済成長です。これによって、これまで以上に多くの人 が々食肉や乳製品を食べるようになり、結果として飼料穀物需要が急増しています。家畜用のたんぱく飼料として世界で最も多く消費されている大豆かすの国際貿易は、過去10年間で67%も増加しました。

人口増加も、新たに養うべき口が毎年約8,0

00万も増えているということから、重要な要因です。人口圧迫の問題は、地球温暖化と気候変動によって引き起こされる、不安定でしばしば極端な気象によって悪化します。 近年、巨額の資金を投入する機関投資家が、食料の先物市場に参入してきたことも、要因のひとつと考えられます。先物取引の結果が食料価格上昇に部分的に影響を及ぼしたと示唆する証拠があります。しかし、この問題に関しては議論が続いています。 歪曲的な農業政策や保護主義的な貿易政策にも大きな責任があります。加えて、農

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業が実質的により大きなエネルギー市場の一部となったことから、エネルギー生産国での社会不安といったエネルギー市場が受ける衝撃も、食料価格に即座に反映され得ます。 したがって、食料価格の不安定性に対応するには、2つの異なるアプローチがあります。1つは、不安定性そのものへの対策で、必要に応じた介入を通して価格変動を小さくすることを目的としたものです。もう1つは、国や個人に及ぼす価格変動の悪影響を軽減するための対策です。 1つ目の目的に沿った手段としてしばしば引き合いに出されるのは、価格安定のための市場介入を可能にする国際的な食料備蓄の設置です。しかしFAOの見解では、そうした備蓄は費用がかかり、また運営が難しく、評価が分かれるところです。また、食料市場への政府の介入は民間セクターの意欲を削ぎ、競争を妨げます。

バイオ燃料に関し、FAOは現在の歪曲的な補助金および政策の廃止に賛成しています。少なくともそれらをより柔軟にし、バイオ燃料

生産に適した国、適した農産物で生産されるようにすることに賛同しています。 国際食料貿易におけるより広範な政策協調は、商品の流通を確実にすることで、不安定性を軽減することができます。FAOは、世界貿易機関(WTO)の下での多国間通商交渉や、富裕国の輸出向け農業補助金の廃止を支持しています。また、各国は、国内供給に不安が生じた際の輸出規制(2007-

2008年に数ヵ国で実際に見られたような)を止め、あるいは輸出規制に関してより厳しい基準を設けるべきです。 投機に関しては、価格変動のきっかけとなることはないかもしれないが、変動幅や期間を増幅させる可能性はあることをFAOの研究は示唆しています。米国とEUの当局は、先物市場の規制枠組みの改善の可能性を追究しています。しかし、先物市場が価格変動リスクの相殺および価格設定に重要な役割を果たす一方で、投資家が食料市場にもたらす流動性にも注意が払われるべきです。

より多くの適切な情報が、先物市場での取

メキシコのOPORTUNIDADESプログラム:2008年の食料価格危機の後、メキシコ政府は、既存のOPORTUNIDADES(機会)プログラム――子どもが就学している、そして家族が検診センターに定期的に通っているということを条件に、貧しい家庭に現金支給を行うことのできる仕組み――を大幅に拡張しました。 このプログラムは1997年、トルティーヤ価格保障支援金といった直接的な食料補助金制度は費用がかかるだけでなく、貧困削減にそれほど効果がない(運営費用が全体の40%に達すると

算出)ということが認識された頃に導入されました。価格高騰から貧しい人々を守るため、OPORTU

NIDADESの予算は390億ペソから420億ペソ

以上へ増額され、受給者数も約100万人から総計500万人へと増えました。 受給家族の選定は、厳格な適格基準に基づいて行われます。1ヵ月ごとに行われる現金支給は、在籍学年に応じて行われ、中学校に在籍する女児に対しては増額されます。受給家族は、現在、平均月額667ペソ(57USドル)を受け取っています。 このプログラムは、食料価格の上昇を全面的に補うものではありませんでしたが、メキシコの

4家族のうち1家族の割合で、食料市場の混乱に対する重要な保護策となりました。また、子どもと大人の健康を増進させ、栄養水準と就学率を向上させたと評価されています。

機能するセーフティーネット

©AFP / Jianan Yu

©Reuters / Rick Wilking

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引をさらに透明性の高いものにするために必要です。それによって、各国政府や取引業者は、十分な情報を得たうえで決定を下し、パニックや非合理的な反応を避けることができます。いくつかの国で取り組まれている市場の透明性を高める努力は歓迎されます。 不安定性の影響を軽減することに関して言えば、一国あるいは地域単位のセーフティネット、例えば緊急時の食料備蓄は、食料危機の際に貧しい人々への食料供給を確保するのに役立ちます。貧しい消費者には、現金給付または食料配給券の配布を通じて支援することもできますし、生産者には肥料や種子などの投入財を支援することもできます。 市場原理に基づくメカニズムは、低所得開発途上国の増大する食料輸入費用への対応を支援できます。国レベルでは各国政府は、何ヵ月も前に指定した価格で、その間の市場変動にかかわりなく、食料を購入する権利を各国政府に与えるというコール・オプションのようなさまざまな金融的な仕組

みによって、食料価格の上昇から国を守ることができます。国際レベルでは、補償制度によって、低所得開発途上国は食料輸入費用の膨張に対応することができます。IMFが提供するような譲許的融資制度は、2007-

2008年の食料価格高騰の際に国際収支問題に陥った各国政府を支援しました。 しかし究極的には、食料市場の安定は、農業投資の拡大、特に、飢餓人口の98%

が暮らし、2050年までに増大していく人口を養うために食料生産を倍増する必要のある開発途上国での投資拡大にかかっています。 インフラ、市場システム、普及・コミュニケーションサービス、教育、そして研究開発への投資は、食料供給を増加させ、地域の農産物市場の機能を向上させ、ひいてはより安定的な価格を実現することができます。このように、市場は食料価格の不安定性という重荷を負った貧しい人々の役に立つことができるのです。

フィリピンの場合:中国、インドネシア、マレーシア、フィリピン、マラウイ、ナイジェリア、セネガルを含む一部の国々は、食料価格高騰に対する戦略的な対策として、現在、国内生産の拡大を図っています。たとえば、世界最大のコメ輸入国であったフィリピン政府は、2013年までにコメの自給を達成することを目指しています。政府は、今年、夏期の収穫15%増を見込んだ生産強化プログラムを立ち上げ、コメの輸入を昨年より200万トン以上減らして100万トン以下とし、さらには2年から3年のうちに自給を達成しようと計画しています。 上半期の籾米生産は、収穫面積と単収の増加(昨年の平均3.6トン/ haから2011年には3.8トン/

haへ)により、760万トン以上に達すると予想されています。かんがい設備の改修を成功させ、

収穫後の処理施設を増設し、また特にフィリピン南部のミンダナオ島で農場から市場への道路を建設することも強化プログラムの一環で、今年1,746万トンのコメ生産を計画しています。 フィリピンは緑の革命で主要な役割を果たしました。アジア各地で頻発していた飢饉に終止符を打つことになるハイブリッド米・IR8は、19

60年、フィリピン政府とフォード財団、ロックフェラー財団がロスバニョスに設けた国際稲研究所( IRRI)で開発されました。この新しい高収量品種によって、フィリピンはコメ生産をまたたく間に倍増させ、コメの純輸出国になりました。しかし、その後の生産増では急激な人口増加による需要に対応することができませんでした。 1990年まで60万トンだったコメの輸入量は、2008年には250万トンに達していました。

国内生産を拡大する

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 必要とされている投資総額は、毎年約8

30億USドルです。これだけあれば、世界中の数百万の貧しい人々は貧困から抜け出し、農産物市場の長期的な安定性を回復させることができるでしょう。

FAOの取り組み■ 2007年12月に立ち上がった食料価格高  騰イニシアティブを通じて、FAOは食料価  格の不安定性の影響が最も深刻だった約  90ヵ国の貧しい農民に対し、種子・肥料  といった主要な投入財配布を支援しました。■ 最近、FAOはOECDと共に9つの国際機  関からなるチームを主導し、最も脆弱な

  人 を々保護するための食料価格の不安定  性を管理する方法について、G20議長国  であるフランスに対し、一連の提言を作成  しました。■ FAOは、世界食料情報早期警報システム  (GIEWS)および「Food Price Index(食料

  価格指数)」「Food Outlook(世界の食料需

  給見通し)」「Food Price Monitor(食料価

  格モニター)」といった出版物を通して、国

  際市場および各国市場における食料価格

  の不安定性をモニターし、その原因を分

  析しています。■ FAOは、最近、「Guide for Policy and

  Programmatic Action at Country

  Level to Address High Food Prices(食  料価格高騰に対応する国レベルでの政策と計画

  的取り組みのためのガイド)」を出版し、各国

  が十分な情報を得たうえで決定を下す助  けとなるよう、一連の地域別・準地域別

  セミナーの組織化を行い、国家行動計画  の策定を支援しています。■ 農業への投資拡大は食料価格高騰に対

  する重要な取り組みのひとつであるべきで  す。2010年、FAOは、開発銀行を通し  て50億USドルを超える農業投資プログ  ラムを各国が組めるよう支援しました。■ 2010年、FAOは70ヵ国以上に、緊急

  支援および技術協力支援として8億USド  ルを提供しました。

出典:「Food Prices: From Crisis to Stability」FAO,

2011

翻訳:斉藤 龍一郎

関連ウェブサイトFAO日本事務所:2011年世界食料デー:www.fao.or. jp/detail/article/572.html

Food Prices: From Crisis to Stability食料価格:危機から安定へ

世界食料デー2011を紹介するパンフレット。FAOのウェブサイト(関連ウェブサイト参照)では、本パンフレットの全文に加え、過去の食料デーの関連資料などがご覧いただけます。FAO 2011年8月発行8ページ 29.8×15.1cm 英語ほか

ニジェールの場合:アフリカの小規模農家の収入向上をめざす独創的な融資制度は大いなる成功を収め、先行的に実施されていたニジェールで拡大されただけでなく、近隣諸国へも広げられることになりました。ニジェールの農民たちは、他の多くのアフリカ諸国の小規模農家と同様、長い間、生産物を最も価格の安い収穫直後に売らなくてはならないという不利な立場にありました。 まず最初のステップとして、彼らは農民グループを結成しました。次にこれらの農民グループは、地域型の信用保証を通じて融資を得る方法、すなわち、19世紀にヨーロッパの農民

たちが利用していたような備蓄信用システムによる支援を受けました。 このシステムの下で、農民たちは、収穫物をすぐに売るのではなく、それを融資に対する担保として利用します。その資金融資によって、彼らは次の作付けに必要な投入財を購入したり、生産物を価格が上昇する端境期まで保存することができるようになります。 2009年12月に行われたニジェールのプロジェクトに関する調査によれば、参加した農民たちは、6ヵ月間で収入を19 -113%増加させることができました。また、良質の種子と肥料を購入したことで、収量が44 -120%増加しました。

信用保証による収入向上Food Prices:

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私は中学生の頃からずっと途上国が抱えるさまざまな問題に関心を持ち続けており、大学に入ってからは特に「途上国のこどもの教育」の研究を行っています。その影響で大学3年生になった春、国際協力のフィールドで働くこ

現場でしか気づけない貴重な「発見」を私に与えてくれました。テーマ研究では、今年の夏(2011年7月末)から生じている「ソマリア飢饉」をテーマに決めて調査・研究を行い、その成果をプレゼンテーションとレポート作成という2つの手法で報告しました。リアルタイムに起きている問題は情報が日々 更新されるのでまとめるのに苦労しましたが、適宜FAO職員の方からアドバイスをいただいて焦点の当て方・見つけ方を学び、方向性をしっかりと持ちながら研究を進めることができました。

この研修を終えた今、国際協力のフィールドで活躍して

インターン報告記

F

A

O日本事務所の

夏期インターンシップを終えて

中野秀美Nakano Hidemi

横浜市立大学国際総合科学部国際総合科学科国際文化創造コース3年

とを真剣に考え始めました。しかし「ちゃんと暮らしがしていけるほどの給料が望めるのか?」「危険な地域での活動で命の心配はないのか?」など、将来の夢に対して戸惑いも同時に抱くようになりました。この心配ごとを取り払うため、今年の夏に横浜市国際交流協会(YO

KE)と横浜市立大学が主催する「国際機関実務体験プログラム」に応募し、FAO日本事務所

いくためにはどんな能力やキャリアが必要なのかを知り、将来のビジョンをより具体的・現実的に考えることができたことに大変満足しています。また、将来の仕事に対する不安を消すことができたとともに、今まで以上にこの分野に興味を持つことができました。このように充実した研修になったのは、ご多忙のなか私のために時間を割いてご指導していただいたFAO職員の

で100時間の研修を行いました。■

この研修の内容は大きく分けて2種類ありました。1つは事務作業、もう1つはテーマ研究です。事務作業としては、FAO本部のホームページの翻訳や資料の送付準備、セミナー参加者の名簿作成、イベントの記録写真撮影、社外ミーティングへの参加など、本当にさまざまな体験をさせてもらいました。今回はイベントやミーティングなどで事務所の外に同行させていただく機会に恵まれ、さまざまな立場の人と出会うことができ、この「出会い」こそが

皆様のおかげに他なりません。ここで改めて深く感謝申し上げます。これからもFAOとのつながりを大切にしていきたいと思っていますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

FAO日本事務所のオフィスにて。

「グローバルフェスタJAPAN2011」のFAOブースにて。

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www.fao.org/giews/english/cpfs

FAOの 「Crop Prospects and Food Situation」は、世界の穀物需給の短期見通しと世界の食料事情を包括的に報告するレポートです。地域別の食料事情や付属統計など、全文(英語)はウェブサイトでご覧ください。

Crop Prospects andFood Situation

穀物見通しと食料事情

2011.10

世界の穀物需給生産予想は改善されたものの、世界の穀物市場はひっ迫の見通し

生産予想の上方修正により、2011 / 12

市場年度の国際穀物供給は見通しが改善した。主として小麦とコメの生産予想が改善されたことから、FAOの世界穀物生産の最新見通しは前回9月の最新報告から約300万トン上方修正された。予想される23億1,000万トンは、

2010 / 11年より3%(6,800万トン)の増加となる。増加の内訳は、小麦4.6

%(3,000万トン)、コメ3%(1,400万トン)、粗粒穀物2.1%(2,400万トン)となっている。昨年の干ばつの後、北アフリカ、独立国家共同体(CIS)のアジア地域およびヨーロッパ東部で気候が回復したことが小麦と粗粒穀物の生産増の背景にあり、極東地域の主要なコメ生産国での生産増がコメの増産につながった。 こうした良好な生産見通しにもかかわらず、現在の世界的不況のため、世界

の食料安全保障への効果はいまだ不透明である。国際経済の先行き悪化が予想され、景気後退の可能性が高まっていることから、失業が増加し、特に開発途上国の貧困層や社会的弱者の収入が減少する可能性がある。 2011 / 12年度の国際穀物貿易は、前年をわずかに上回る2億8,300万トンと予想される。輸入需要の増加により小麦貿易が増加し、1億3,000万トンに達すると予想される。これは、前回9月の予想と変わらないが、2010 / 11

年度に比べると400万トン増となる。この貿易量の増加で、粗粒穀物貿易の縮小(300万トン減少し1億1,900万トンとなる)

が埋め合わせられる。コメの貿易はほとんど変わらず3,350万トンと予想される。 2011 / 12年度の穀物利用は、20

10 / 11年度より1.3%増加して23億200万トンに達すると予想される。各国の国内価格の上昇により消費需要が抑制され、1人当たり消費量がわずかな増加にとどまることから、食料消費は人口増加に応じた増加となると予想される。穀物の高価格と家畜生産の伸びの低下により、飼料利用の拡大は抑制されると予想される。しかし、相対価格の低下により、主としてトウモロコシの代替えとして小麦の飼料利用が4.7%

増加し、1億2,900万トン近くになると

概況

生産※1

世界 2263.1 2242.0 2310.3 3.0開発途上国 1240.0 1304.7 1330.1 1.9先進国 1023.1 937.3 980.2 4.6

貿易※2

世界 277.5 281.9 282.6 0.2開発途上国 76.4 91.6 89.4 -2.4先進国 201.1 190.4 193.2 1.5

利用世界 2231.4 2273.7 2302.3 1.3開発途上国 1370.3 1415.7 1450.0 2.4先進国 861.1 857.9 852.3 -0.71人当たり食用利用(kg /年) 151.5 152.5 153.9 0.9

在庫※3

世界 526.2 487.5 494.4 1.4開発途上国 340.4 353.2 363.1 2.8先進国 185.8 134.2 131.3 -2.2利用に対する在庫率 23.1 21.2 21.1 -0.5

2010 / 11年に対する2011 / 12年の変化(%)

2009 / 10 2010 / 11推定

2011 / 12予測

表1─世界の穀物状況(100万トン)

注 合計は四捨五入されていないデータから算出した※1 記載されている2ヵ年のうち初年度のデータを示し、精米換算のコメを含む※2 小麦と粗粒穀物の貿易は、7月 / 9月市場年度に基づいた輸出を示す。コメの貿易は、記載されている2ヵ年のうち後者の輸出を示す※3 国ごとの作物年度末時点での在庫の合計を示し、いかなる時点での世界の在庫レベルを示すものではない

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トン及ばない6億8,250万トンとなっている。この数ヵ月の修正は主としてヨーロッパとアジアの一部の主要小麦生産国の影響によるものである。 ヨーロッパでは、2010年に干ばつで不作だったCIS諸国で、初期に予想された生産の回復が予想を超えて早まることが判明し、同時に東欧諸国の一部、特にルーマニアとハンガリーで条件がよかったことから予想外の豊作となり、フランスでの干ばつによる大きな生産減を部分的に相殺した。したがって、この地域全体の小麦生産は、現時点で、不作だった昨年に対し9.7%増と予想される。アジアでは今期初期に一部地域で例外的な乾燥条件が懸念されたが、中国の2011年の小麦収量は、昨年より1.4%増の史上最高値に達すると予想される。CIS諸国のアジア地域では、カザフスタンが、昨年の干ばつの後、生産を急回復させた。北半球の他の地域では、米国の収穫の大部分が数週間前に完了し、遅れていた春小麦の収穫も間もなく完了することになる。最新の数字では、同国の全小麦生産は前年より6%縮小することが確実である。主要生産国での生産回復に続き、北アフリカ全体の収量も昨年の干ばつによる不作から回復した。 南半球では、2011年の冬小麦の大部分はこれから年末にかけて収穫される。南アメリカでは、アルゼンチンでの予想は良好だが、多くの地域でさらに降雨があれば収量が増えるだろう。現時点の指標では収量は昨年の記録を下回ると予想され、同規模の作付けであったことから同国の小麦収量は昨年の比較的よい水準から5%近く縮小す

予想される。エタノール向け需要の減速を背景に、2011 / 12年度の穀物の他用途への利用は2%増と見込まれ、2010 / 11年度の5%増や2007 / 08

年度のほぼ15%増に比べると大きく伸び率が縮小すると予想される。 2012年の世界穀物の期末在庫は、現時点で4億9,400万トンと予想され、期首よりも700万トン増加する。この在庫増は、コメ在庫が1,000万トン積み上げられることに多くを負っており、小麦在庫はわずかに増加するだけで、粗粒穀物の場合、400万トン縮小して1億6,100万トンとなり2007年以降の最低水準となる。全体としては、穀物利用に対する在庫率は21%前後と、低水準にとどまると予想される。

国際価格9月の米国の小麦指標価格(US No.2

Hard Red Winter)は平均329USドルで、8月の336USドルから2%下落した。小麦の輸出価格は、黒海から大量の供給があったことが他産地の価格を引き下げる圧力となり、月間を通して変動しやすくなった。USドルが高くなったこ

とがさらに価格引き下げにつながった。同様に、米国のトウモロコシ指標価格(US No.2, Yellow)は、南半球諸国での豊作予想と米国での古作(2010 / 11

年度からの持ち越し)出荷の拡大により、9月に4%下落して1トン当たり300ドルとなり、8月の上昇分が打ち消された。これに対し、国際コメ価格は、タイ政府が高価格買い入れ政策を10月から実施すると発表したことを受け、2011

年6月から上昇基調を回復した。その結果、タイ米の指標価格(Thai white

rice 100% B)は9月に6.2%上昇し1トン当たり618USドルとなった。しかし、この上昇基調はインド政府が非バスマティ米の輸出規制を緩和したことが妨げとなって、他の生産国ではそれほど顕著ではない。

世界生産2011年の世界の小麦生産予想はここ数ヵ月で上昇

FAOの2011年の世界小麦生産に関する最新予想は、2ヵ月連続で上方修正され、現在、昨年比4.6%増で、20

09年の史上最高値にわずかに260万

注 価格は月別平均を示す※1 ハードレッドウインターNo.2、ガルフf.o.b. ※2 イエローNo.2、ガルフ渡し ※3 パラナ川上流渡しf.o.b. ※4 指標貿易価格※5 二級品100%、バンコクf.o.b. ※6 スーパーA1、バンコクf.o.b.

9 4 5 6 7 8 9月

米国小麦※1 372 364 362 333 307 336 329トウモロコシ※2 206 321 309 308 304 313 300ソルガム※2 215 302 277 285 279 304 285

アルゼンチン※3

小麦 299 352 351 341 310 292 300トウモロコシ 229 314 303 306 300 312 295

タイ※4

白米※5 499 507 500 519 548 582 618砕米※6 414 423 419 421 445 471 497

2011年2010

表2─穀物の輸出価格(USドル /トン)2

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るだろう。ブラジルでは、昨年が大豊作だったため収量の大幅な縮小が予想されているが、過去5年間平均は上回るだろう。オセアニアでは、オーストラリア東部の一部地域での小麦生産予想はこの2ヵ月にわたり若干悪化したが、西部の諸条件は昨年の干ばつの後の急回復に有利である。同国の全体小麦生産は、昨年の高水準に近づくと予想される。

2012年に向けた小麦の作付け

北半球各地では、2012年に収穫される冬小麦がすでに作付けられているところで、あるいは今後数週間のうちに作付けが始まろうとしている。対象となる地域の大部分で、作付条件はおおむね良好と報告されているが、南部の一部で乾燥が続き農作業が進まない米国と、乾燥条件にあるウクライナは例外となっている。現在の小麦価格は1年前と同水準で、2011 / 12年度には利用が供給を上回ると予想されることから、小麦生産は生産者にとって依然として魅力ある選択であり、少なくとも昨年と同規模の小麦栽培を保持するか、場合によっては拡大するものと予想される。早期指標によれば、米国では、過去2年間、生産規模が比較的小さかったが、20

12年の収穫に向け、小麦作付けがかなり拡大している。ヨーロッパでは、CI

S諸国で、2010年に生産が大きく縮小した後の高価格と強い需要による恩恵を農家が引き続き望んでいることから、同様に作付けが拡大すると見られる。しかし、EUでは、他の作物との競合が厳しいことから、小麦栽培面積はほぼ変わらないものと予想される。他方、ア

ジアでは、主要生産国で、2012年に収穫する冬小麦の作付けはすでに始まっているか、10月中に始まろうとしている。中国の一部で続く乾燥、パキスタンのシンド州の洪水が、当該地域での作付けに影響を及ぼす可能性がある。しかし、インドでの良好な見通しや、全体的にも高価格が続いていることが生産者にとって小麦作付けのよいインセンティブとなっていることから、小麦栽培面積全体は平年並みになるものと予想される。

粗粒穀物生産の伸びは先行予想に及ばず

2011年の世界の粗粒穀物生産に関するFAOの最新予想は、7月の予想より約1,400万トン少ない11億4,700万トンで、前年の水準を2.1%上回り、20

08年の史上最高値にほぼ匹敵する。

ここ2ヵ月で生じた予想値の縮小は、すべて米国でのトウモロコシ生産が縮小したことによるものであり、他の主要生産国の多くで見られた生産予想の伸びを相殺するには及ばなかった。米国では、極端な温度変化と乾燥条件のためトウモロコシの生育に支障が出ており、収量は平年を下回ると予想される。最新の公式予想によると、収量は3億1,7

00万トンとなり、大幅に作付けが拡大したにもかかわらず前年と実質ほぼ変わらない。ヨーロッパでは、小麦と同様、今年は、2010年に干ばつの被害を受けた国々で小粒の粗粒穀物生産が回復した。加えて、気候条件が主要トウモロコシ生産地域の一部で良好だったため、この地域全体のトウモロコシ生産は史上最高水準に達すると予想される。アジアでも、今年の粗粒穀物生産は、

注 合計は四捨五入されていないデータから算出した※ 精米換算のコメを含む

表3─世界の穀物生産※(100万トン)

アジア 987.2 1010.1 1042.5 3.2極東 885.3 915.6 942.0 2.9近東 66.7 69.1 69.1 0.0CIS(アジア) 35.0 25.3 31.3 23.7

アフリカ 154.6 161.3 158.0 -2.0北アフリカ 39.6 33.4 37.6 12.6西アフリカ 49.6 55.2 53.3 -3.4中央アフリカ 3.5 3.6 3.5 -2.8東アフリカ 32.7 37.3 33.7 -9.7南部アフリカ 29.1 31.8 29.9 -6.0

中央アメリカ・カリブ海 37.7 40.5 39.6 -2.2南アメリカ 118.4 142.4 143.4 0.7北アメリカ 118.4 142.4 143.4 0.7ヨーロッパ 463.6 403.3 449.3 11.4EU 296.4 279.3 283.7 1.6CIS(ヨーロッパ) 150.8 107.5 149.7 39.3

オセアニア 35.5 40.8 40.4 -1.0

世界 2 263.1 2242.0 2310.3 3.0開発途上国 1240.0 1304.7 1330.1 1.9先進国 1023.1 937.3 980.2 4.6 小麦 685.1 652.4 682.5 4.6 粗粒穀物 1122.4 1123.2 1147.3 2.1 コメ(精米) 455.6 466.4 480.5 3.0

2010年に対する2011年の変化(%)

2009 2010推定

2011予測

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史上最高だった昨年を3%上回り、新たな記録を達成すると予想される。増加の大部分は、この地域で飛び抜けて生産量の多い中国で予想されている。 南半球では、2011年の主要なトウモロコシ収穫は、すでに今年初めに完了している。南アメリカでは、昨年の高水準に近い収量だった。2012年に向けた作付けが一部地域ではすでに始まっている。アルゼンチンとブラジルでは、強い需要と高価格予想を受けて農家が大きく作付けを拡大すると予想される。トウモロコシの作付けは、南部アフリカでも始まっており、2011年の収量がいくらか縮小したことを受けて作付けが拡大されると予想される。

良好な生育条件の下、コメ生産は史上最高に達する見込み

2011年の世界のコメ生産に関する予想は、ここ2ヵ月で上方修正され、FA

Oの最新予想では160万トン増の4億8,050万トン(精米ベース)で、2010年より3%増加して史上最高となる。この増加の多くは中国とエジプトに加え、アルゼンチン、カンボジア、モザンビーク、ロシア、米国での生産予想が向上したことによるものである。これに対し、バングラデシュ、韓国、マダガスカル、パキスタンでは生産予想が悪化した。 アジアでの生産は、全体として良好な生育条件と魅力的な価格に促されて、2.9%増加すると予想される。生産増は主要な生産国すべて、特にバングラデシュ、中国、インド、インドネシアで予想される。カンボジア、フィリピン、タイ、ベトナムでも生産増が予想される。パキスタンでは、8月半ば以来、シンド

州で洪水が再発し、他の州の一部で季節的なモンスーンによる洪水があったものの、収量は昨年のひどい浸水による低水準から回復すると予想される。 アフリカでは、2011年のコメ生産は2010年を2.5%上回る1,700万トン前後に増加する可能性がある。生産増の大部分はエジプトによるもので、同国では政府がかんがい用水利用を制限したものの生産者たちは昨年を大きく上回る作付けをしたと報告された。西アフリカでは、良好な生育条件とコメ生産拡大イニシアティブにより、実質この地域全域、特にナイジェリア、シエラレオネで今季の生産は拡大した。マダガスカルでは降雨が遅れたため10%の収量減となる可能性がある。 気候条件が非常に良好だったことを背景に、南アメリカおよびカリブ海諸国では12%の生産回復、1,980万トンの収量が達成された。今季初めに干ばつに見舞われたペルーとエクアドルを除き、南米大陸の全ての国が豊作で、特にアルゼンチン、ブラジル、ウルグアイ、コロンビア、ベネズエラが大きな収量を達成した。 北米を見ると、米国では作付けが縮小したことから20%の生産減が予想される。オーストラリアでは、今年、水へのアクセスが改善したことからコメ作付けが拡大し、収量は前年の4倍に達すると予想される。ヨーロッパでは、ロシアで過去10年間で最大の収量が予想される一方、EUでは単収向上によるわずかな生産増にとどまると予想される。

※1 「外部支援を必要としている国」とは、伝えられる食料不安の危機的問題 に対処する資源が欠如していると予想される国である。食料危機は、ほとんど常に複数の要因が組み合わさったものであるが、その対応においては、食料危機の特質が、主として食料入手可能性の欠如に関連しているものなのか、食料へのアクセスが限られているものなのか、あるいは、厳しい状況ではあるが 局地的な問題であるのか、といったことを確認することが重要である。したがって、外部支援を必要とする国のリストは、概略的ではあるが相互に他を排除するものではない次の3つのカテゴリーに区分される。●凶作、自然災害、輸入の途絶、流通の混乱、収穫後の甚大な損耗、その他の供給阻害要因によっ て、総体的な食料の生産/供給における異常な不足に直面している国。●きわめて低い所得、異常な高食料価格、あるいは当該国内において食料が流通しないといったことが原因で、人口の大多数が地方市場から食料を調達できないというような、広範な食料へのアクセス欠如が見受けられる国。●難民の 流入、国内避難民の集中、あるいは凶作と極貧が組み合わさった地域など、厳しい局地的な食料不安に直面している国 ※2 「今期作物生産の見通しが好ましくない国」とは、作付地や、不良気象条件、作物虫害、病害その他の災難の結果、収穫予測が今期作物生産の不足を指し示し、作付の残余期間に おける綿密なモニタリングを必要としている国である

食料危機最新情報

アフリカ(24ヵ国)食料生産・供給総量の異常な不足レソト ― ■

ソマリア ― ▼

ジンバブエ ― ■

広範囲なアクセスの不足ジブチ ― ▼

エリトリア ― ▼

リベリア ― ■

アフリカ(3ヵ国)ケニア ― ▼

外部からの支援を必要としている国※1

(32ヵ 国)食料不安の性質国名 主な理由 変化

今期作物生産の見通しが好ましくない国※2

(4ヵ国)国名 主な理由 変化

(2011 年6月の前報告から ■変化なし ▲好転中 ▼悪化中 +新規)

(2011 年6月の前報告から ■変化なし ▲好転中 ▼悪化中 +新規)

豪雨、洪水、長引く帯水により20 10 /11年度の穀物生産が大幅に減少した。50万人を超える人々が食料不安にあると分類される南部の一部地域で昨年10月以来農牧民に影響を及ぼしている。厳しい干ばつによる飢饉。内戦の継続。中部・北部の一部生活域も危機に陥っていると見られる。食料および燃料の国際価格高騰。約400万人が食料援助を必要としている全般的にトウモロコシ供給に改善が見られるものの、経済危機および南部地域での生産減が食料不安の要因となっている

食料価格の高騰、4回の雨季における連続的な降雨不足による遊牧民への悪影響、隣接する主にソマリアでの紛争により、約14万7,0 00人(および1万9,000人の難民)が食料援助を必要としている経済危機、国際食料価格および燃料価格の高騰そして乾燥した気候が特に遊牧民に悪影響を及ぼし、食料危機に陥りやすくなっている戦争被害からの回復が遅れている。社会サービス、インフラだけでなく市場アクセスも不十分。コートジボワールから大量の難民が流入し、8月下旬の時点で約17万2,970人のコートジボワール難民がリベリアにとどまっている

2011年の雨季に降雨が遅れまた不十分であった。南部と沿岸部の農牧境界地で農作物が収穫されているところである

出典:「Crop Prospects and Food Situation,

October 2011」FAO, 2011(pp.2 -7より抜粋)

翻訳:斉藤 龍一郎

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※1 「外部支援を必要としている国」とは、伝えられる食料不安の危機的問題 に対処する資源が欠如していると予想される国である。食料危機は、ほとんど常に複数の要因が組み合わさったものであるが、その対応においては、食料危機の特質が、主として食料入手可能性の欠如に関連しているものなのか、食料へのアクセスが限られているものなのか、あるいは、厳しい状況ではあるが 局地的な問題であるのか、といったことを確認することが重要である。したがって、外部支援を必要とする国のリストは、概略的ではあるが相互に他を排除するものではない次の3つのカテゴリーに区分される。●凶作、自然災害、輸入の途絶、流通の混乱、収穫後の甚大な損耗、その他の供給阻害要因によっ て、総体的な食料の生産/供給における異常な不足に直面している国。●きわめて低い所得、異常な高食料価格、あるいは当該国内において食料が流通しないといったことが原因で、人口の大多数が地方市場から食料を調達できないというような、広範な食料へのアクセス欠如が見受けられる国。●難民の 流入、国内避難民の集中、あるいは凶作と極貧が組み合わさった地域など、厳しい局地的な食料不安に直面している国 ※2 「今期作物生産の見通しが好ましくない国」とは、作付地や、不良気象条件、作物虫害、病害その他の災難の結果、収穫予測が今期作物生産の不足を指し示し、作付の残余期間に おける綿密なモニタリングを必要としている国である

南スーダン ― +

ニジェール ― ■

シエラレオネ ― ■

厳しい局地的食料不安ベナン ― ▲

ブルンジ ― ▲

中央アフリカ ― ■

共和国チャド ― ▼

コンゴ共和国 ― ■

コート ― ▲

ジボワール

コンゴ民主 ― ■

共和国

エチオピア ― ▼

ギニア ― ■

ケニア ― ▼

マダガスカル ― ■

マラウイ ― ▲

モザンビーク ― ▲

南スーダン ― +

スーダン ― ▼

ウガンダ ― ■

アジア(7ヵ国)食料生産・供給総量の異常な不足イラク ― ■

広範囲なアクセスの不足北朝鮮 ― ■

モンゴル ― ▲

イエメン ― ▼

厳しい局地的食料不安アフガニスタン ― ▲

キルギスタン ― ■

パキスタン ― +

ラテンアメリカ・カリブ海諸国(1ヵ国)厳しい局地的食料不安ハイチ ― ■

外部からの支援を必要としている国※1

(32ヵ 国)食料不安の性質国名 主な理由 変化

今期作物生産の見通しが好ましくない国※2

(4ヵ国)国名 主な理由 変化

(2011 年6月の前報告から ■変化なし ▲好転中 ▼悪化中 +新規)

(2011 年6月の前報告から ■変化なし ▲好転中 ▼悪化中 +新規)

アジア(1ヵ国)北朝鮮 ― +気候不順、一部地域では洪水スーダン ― +6 -7月に乾燥が長続き雨季の始

まりが遅れたため、主要な生産地における穀物の減収の可能性が高い

生産地の一部で降雨が不規則

長引く2009 /10年の食料危機の影響、難民およびリビアから戻ってきた移住労働者の急増による食料需要増加(8月中旬時点で11万5,0

00人がニジェールに流入)。最も影響を受けている地域はタノーとグーレ戦争被害からの回復が遅れている。通貨切り下げによるインフレの高進が家計の購買力と食料安全保障を悪化させている

2010年の農産物の減収、全般的に低位な食料在庫および食料価格の高止まりが食料不安を拡大させている一期作の収穫が不作で、食料在庫は少なく、食料価格が高騰。B雨季の収穫により食料供給が改善社会不安により農地および食料へのアクセスが困難になっている大量の難民(スーダン・ダルフール地方および中央アフリカ共和国から30万人以上の難民)が、南部と東部に定住している。加えて、推定7万9,000人のチャド人がリビアから帰還したことが食料不足に拍車をかけている2009年末以降、主としてコンゴ民主共和国から10万人を超える難民が流入し、限られた食料資源を圧迫している近年の紛争による農業への影響で、主として北部地域では支援サービスが欠如している。最近の選挙後危機のため、数千の人 が々国外に逃れ多くはリベリア東部に避難し、8月末時点で17万2,970人のコートジボワール難民が今もそこで暮らしている内戦、国内避難民、帰還民、食料価格高騰

南部、南東部の遊牧地帯および小雨季「ベルグ」に穀物生産を行う地域での降雨不足により、約4 60万人(さらに約26万人の難民)が食料援助を必要としている食料価格高騰と全般的なインフレが食料へのアクセスに悪影響を及ぼしている北部、東部、北東部の遊牧民・農牧民地帯および南東部、海岸部の低地農耕地域で、降雨が遅れ、しかも不規則な長雨となったため、推定375万人(および56万人の難民)が食料不足に陥っている局地的な洪水と2011年初めのサイクロン「ビンギザ」襲来により、東部および南部のインフラと一部の農作物に被害が出た局地的な洪水と乾燥した気候により、カロンガ北部地区と南部の一部地域で農産物に被害があった。しかしながら、全体的な低価格と良好なトウモロコシ供給が、食料安全保障の安定化に貢献している中部および南部地域での洪水と乾燥した気候により農作物に被害が出たが、国内の穀物生産は豊作で供給が増えている社会不安、スーダンとの国境地帯での交易制限、食料価格高騰および国内避難民・帰還民による需要拡大などの要因が重なり、約150万人が食料不安に直面していると推定される社会不安(主として南コルドファン、青ナイルおよびダルフール)や食料価格高騰などの要因が重なり、約400万人(約200万人のダルフール国内避難民を含む)が食料援助を必要としている食料価格高騰により都市住民が影響を受けている。主としてカラモジャおよびアチョリ地域では約60万人が中程度の食料不足に直面していると推定される

深刻な社会不安

経済的混乱および投入財不足により、主要な耕作期に適切な食料生産ができなかったため食料危機が悪化した。年初の厳しい寒さのため小麦生産が減少し、種ジャガイモの在庫に被害がでた。最近続いている洪水により主要耕作期の生産が減少する可能性がある2009 /10年冬の厳しい寒さ(ズッド)の影響が長引き、600万頭近くの家畜が死亡、約50万人の生活に被害を及ぼした最近の社会経済不安、食料価格高騰、国内避難民(約30万人が難民キャンプに避難)および難民(約17

万人)という問題が重なり、厳しい食料危機が続いている

干ばつ、紛争、社会不安と食料価格高騰。国内中央部、北東部で食料が不足気味である。2011年の小麦生産が不作だったため食料不安が悪化したジャララバッド、オシュ、バチケン・オブラストでは2010年6月以来、社会経済的紛争の影響が続いており、2010年7月に急騰した主要食料価格が高止まりしているシンド州における深刻なモンスーン洪水が800万人以上に被害をもたらし、約84万haの農地の作物が壊滅状態となり、また、多数の家畜が失われた

最近の一連のハリケーン来襲による世帯への被害。2010年1月の大震災による被害が長引いている

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Oと小規模漁業

小規模漁業の重要性と問題点2011年1月31日から2月4日まで開催された第29回FA

O水産委員会(COFI)で議論された最後の「イマージング・イッシュー」は、会議4日目の午前中に取り上げられた小規模漁業に関する議題でした。

このシリーズの最初に水産養殖局の旗艦出版物としてご紹介した「世界漁業・養殖業白書(The State of World

Fisheries and Aquaculture, SOFIA)」の最新版によれば、小規模漁業による漁獲量は、世界の海面および内水面漁獲量の過半数を占めており、それらの漁獲物はほとんどすべてが食用に向けられています。そして、これらの漁業は、全世界の漁獲漁業に従事する3,500万人の90%

以上に雇用を提供しており、加工、流通、販売等の関連産業も含めればさらに8,400万人が従事していると推定されています。また、小規模漁業および関連産業で雇用されている人 の々およそ半数は女性であり、かつ、それらの人 の々95%以上は開発途上国に居住しています。つまり、小規模漁業は、特に開発途上国や女性たちにとって、非常に重要な経済、社会、文化そして、食料安全保障上の役割を果たしているのです。

しかし、そのような小規模漁業の重要性にもかかわらず、小規模漁業コミュニティは不安定で脆弱な生活・労働条件に直面している場合が多く、特にサハラ以南アフリカ、南アジア、東南アジアなどの数百万の小規模漁業者はいまだに貧困にあえいでいます。小規模漁業コミュニティの貧困をもたらしている要因としては、土地や漁業資源の利用に対する不確実な権利、健康と教育に関するサービスの貧弱さや欠如、社会的なセーフティーネットの欠如、自然災害や気候変動に対する脆弱性、さらに組織構造の弱さと意志決定における代表権や参加の不足による開発プロセスからの除外、等 が々挙げられています。

第7回

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水産養殖局

上席水産専門官 渡辺

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「FAO責任ある漁業のための行動規範」(以下「行動規範」)の第6条「一般原則」第18項は、伝統的で小規模な漁業の重要性を認識し、小規模漁業者の権利を守り適切な場合には漁場や漁業資源への優先的なアクセスを認めることを各国に呼びかけています。水産委員会においても小規模漁業の重要性は次第に高まってきており、2003年の第25回会合から2011年の第29回会合まで常に、小規模漁業が独立した議題のひとつとして取り上げられています。2003年の第25回会合では、小規模漁業が食料安全保障と貧困撲滅に果たす持続的な貢献をいかに高めるかという点が焦点となり、その結果を受けて、「行動規範」実施のために策定される「責任ある漁業のための技術指針」のひとつとして、「貧困緩和および食料安全保障に対する小規模漁業による貢献の促進」のための指針が作られました。2005年の第26回会合では、責任ある小規模漁業を可能にするためにはどのような支援が必要かについて焦点が当てられました。さらに、2007年の第27回会合では、小規模漁業に関する社会的な側面に焦点が当てられ、FAOに対し小規模漁業に関する国際会議を開催することが求められました。

これを受けて、2008年10月、FAOとタイ政府水産局は、ワールドフィッシュセンター(WorldFish Center)および東南アジア漁業開発センター(SEAFDEC)の協力を得て、タイのバンコクにおいて「小規模漁業に関する国際会議――持続的な小規模漁業を確実なものとするために:責任ある漁業と社会開発双方の実現へ向けて」(以下「小規模漁業会議」)を開催しました。

小規模漁業会議小規模漁業会議は当初から、例えば宣言文のような文書を作って終わるというよりは、小規模漁業に関わる幅広い分野の人 が々さまざまな角度から活発に意見を交換し、持続的で責任のある小規模漁業の確立と小規模漁業

者の生活を向上させるための社会開発を促す諸要因に関する知識を深め、主要な問題点を抽出することに重点が置かれていました。そのためには、実際に小規模漁業に従事している漁業者の実質的な参加が不可欠と考えられました。FAOは国連専門機関のひとつであり政府間の国際機関ですから、通常のFAOの会議、例えば水産委員会では、主たる参加者は当然のことながら加盟国政府の代表となります。小規模漁業者を代表する非政府機関や市民団体は,あくまでオブザーバーとしてしか参加できません。しかし、この会議では、小規模漁業者やその団体も主要な参加者として主体的に会議に参加することが期待されました。当初、FAO事務局としては、小規模漁業者が約3分の1、政府代表が約3分の1、そして、その他の非政府団体や大学など研究機関関係者が約3分の1という構成を想定していましたが、いざ蓋を開けてみると、総出席者約280人のうち約半数を世界中からやってきた小規模漁業者やその団体が占める結果となりました。小規模漁業の中枢を担う女性たちもたくさんやってきました。いかに彼ら、そして彼女たちがこの会議に期待と興味を持っていたが分かります。そして、このような漁業者自らの積極的な参加こそが、まさに、同会議の最大の特徴であり、また成果であったと思います。

漁業者側も積極的な対応を見せました。いくつかの国際的な小規模漁業者関連団体とタイ国内の団体が協力し

2008年にバンコクで行われた小規模漁業に関する国際会議。

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て、小規模漁業会議の前の週末から会議の初日まで3日間、準備のための事前ワークショップを開催したのです。私もオブザーバーとして参加させてもらいましたが、小規模漁業会議の主要テーマに沿って活発な議論が連日行われ、最終日には、小規模漁業者・市民団体としてのステートメントがまとめられました。このステートメントは、小規模漁業会議中にもたびたび言及され、漁業者は一体となって自分たちの意見をぶれることなく主張することができました。また、同ステートメントは、最終的には会議のレポートにも添付されました。その内容は、小規模漁業者と先住民漁業共同体の土地や漁場へのアクセス権の保障、漁業や沿岸域管理におけるすべての決定への参加確保、漁獲後の加工や販売活動においては特に女性の参加の確保、漁業共同体および先住民の文化的独自性や伝統的な権利の保障、安全な飲料水や保険・教育などの基本的サービスの補償、拘束された漁業者の早期釈放や人権の保障などであり、最後に、FA

Oに対し、「行動規範」に小規模漁業に関する新しい章を挿入することも求めています。

小規模漁業会議自体には、①持続的な資源利用およびアクセス権の確保、②漁獲後の加工・流通・販売等に

おける利益の確保、および③社会的権利、経済的権利および人権の確保という3つの主要テーマが設けられ、それぞれ丸一日かけて、午前中は基調講演とパネルディスカッション、午後は小グループに分かれてすべての出席者が参加したうえでの意見交換という形で会議は進められました。小グループでの議論は、翌朝、グループごとに発表されました。そして、最後の金曜日は、「今後とるべき道」に関するパネルディスカッションが行われ、それまでの議論を総括した次の諸点が提言されました。1.小規模漁業会議の結果を具体化するために、FAO

のもと、小規模漁業のための国際プログラムを作る。2.そのプログラムを出発点として、小規模漁業を支援する長期的な枠組みを作り、その一環として、FAOに小規模漁業のための小委員会を設立する。3.小規模漁業のための国際行動計画(IPOA)を策定する。4.「行動規範」の中に小規模漁業に関する特別な一章もしくは別添を加えることを水産委員会に要請する。

FAOとしてのフォローアップ2009年の第28回水産委員会では、小規模漁業会議の結果が報告され、これを今後どのようにフォローアップしていくかが焦点となりました。多くの加盟国が、同会議の成果を歓迎しつつ、持続性な小規模漁業を確立し、適切なモニタリングと情報収集を行おうとする国家的・国際的な取り組みの指針となるような小規模漁業に関する国際的な合意文書が必要であるとの意見を表明しました。それを受けて、FAOは2010年にアジア、ラテンアメリカ、アフリカの3地域で小規模漁業に関する地域ワークショップを開催するなどして協議を積み上げてきました。そして、これらの地域ワークショップを核とする協議の過程においても、国際的な指針となる合意文書の策定と小規模漁業支援プログラムの必要性が強く支持されました。

小規模漁業関係のFAO出版物。

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2011年の第29回水産委員会では、それらの協議の結果を踏まえて、FAOとして今後どのように本件課題に取り組んでいくかが焦点となりました。そこでも、まず、小規模漁業が、特に開発途上国における食料安全保障と貧困撲滅に果たす役割の重要性と、その重要性が十分に認識されていない現状が確認され、FAOが引き続き小規模漁業に高いプライオリティを持って取り組んでいくことが求められました。同時に、小規模漁業の持つ多様性や複雑さを十分認識した取り組みが大切であることが強調され、例えば「小規模漁業」の定義すら十分に明確化されていない点も指摘されました。

そのうえで、水産委員会はまず、これまでの協議の過程でもその重要性が指摘されてきたように、小規模漁業のための指針となるような新しい国際合意文書の策定を承認しました。この合意文書は、例えば、協定や条約のような法的拘束力を持つものではなく自主的な国際指針とし、「行動規範」を補完するような性格のものとすること、また、海だけではなく川や湖などの内水面における小規模漁業も対象とすること、特に開発途上国のニーズに焦点を当てること、そして、すべての関係者がその策定に参加すること、等が求められました。同時に、同じくその重要性が叫ばれていた小規模漁業支援のための国際プログラムの策定と実施も合意されました。このプログラムは、合意された国際指針の実施を実質的に支援していくための原動力になることが期待されています。

次回に続く

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終わりに以上、FAOと小規模漁業との関係を、主として水産委員会や小規模漁業会議における議論やそのフォローアップを通じて述べてきましたが、最後は、日本に対する期待を表明させていただいて本稿を締めくくりたいと思います。私は、以前から日本には長い歴史と伝統に培われた沿岸小規模漁業管理の制度と経験の蓄積があると考えています。それが必ずしも、例えば、アフリカの零細な小規模漁業にそのまま適用できるとは思いませんが、日本の漁業権制度は漁業権により沿岸漁業者の漁場と資源へのアクセスを保障しつつ漁業者の自主的な管理を促している点や、許可制度との併用でより大規模な沖合漁業との共存を図ろうとしている点、日本でも女性が漁業や水産物加工の現場で大きな役割を果している点等 、々世界の小規模漁業者の見本となるような事例が山のようにあるのではないかと確信しています。そのような貴重で豊富な経験と知見を開発途上国の小規模漁業者たちと分かち合っていければ、世界の小規模漁業の持続的発展と小規模漁業者の権利と生活の保障に多大な貢献ができるのではないかと、大いに期待しています。

渡辺 浩幹 わたなべ ひろもと1984年東京水産大学(現東京海洋大学)卒業(水産学博士)。水産庁勤務を経て、2002年からFAO水産養殖局にて勤務。漁業連絡調整官を経て、2010年7月より現職。主な仕事は、地域漁業機関や非政府機関との連絡調整、FA

O水産委員会の事務局業務等。

小規模漁業会議の際に行われたフィールドトリップで訪れたタイの魚市場。水産物が重要な食料として位置づけられている。

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ゼロ・ハンガー・ネットワーク・ジャパンは、飢餓と栄養不良をなくすための国内連帯です。

Zero Hunger Network Japan

No.3

ゼロ・ハンガー・ネットワーク・ジャパン

飢餓と栄養不良に取り組む

アジア地域アライアンスの結成

――食料主権に関するアジア地域会議の報告

大軒

恵美子

F A O日本事務所

企画官

2011年8月22・23日にインドネシア・ジャカルタで、「食料主権に関するアジア地域会議」が開催されました。2日間にわたる情報交換および議論の結果、アジアにおける地域アライアンス(Re-

gional Alliance)「Asian Alliance A-

gainst Hunger and Malnutrition

(AAAHM)」が結成されました。本稿では、会議の概要と地域アライアンスの位置づけについてご紹介します。

当該会議は、2003年にローマで、FA

O、国連世界食糧計画(WFP)、国際農業開発基金( IFAD)、Bioversity In-

ternationalによって設立されたグローバルアライアンス「Alliance Against

Hunger and Malnutrition(AAHM)」

と、フィリピン・マニラに本部を置く東南アジア、南アジアおよび中国の農村・農業開発に関するNGOの連合体「A-

sian NGO Colalition(ANGOC)」の2

団体が主催したものです。 主な参加者は、東南アジア、南アジアおよび東アジアにおける主要12ヵ国の農村・農業開発や土地問題に取り組む市民社会団体、NGO、ナショナルアライアンスで、その多くはANGOCのメンバー団体でもあります。 日本からは、日本版ナショナルアライアンスである「ゼロ・ハンガー・ネットワーク・ジャパン(以下、ZHNJ)」の参加団体より、一般社団法人食の新潟国際賞財団のアドバイザーで新潟大学の講師を務める髙橋敏哉氏と、ZHNJ事務局担当者が参加しました。

会議初日の前半は、グラジアノ・ダ・シルバFAO次期事務局長より、多様なプレーヤーを巻き込んだ対話の場としてのアライアンスに期待を込めたメッセージが届けられました。また、主催団体より食料安全保障や飢餓・栄養不良問題の世界的なトレンドや論点の推移について、アジア地域における現況に触れながら議論されたほか、テーマ別セッションとして、食料への権利を中心に据えた政府や市場関係者、市民社会の相互連携の在り方や、土地への権利問題、気候変動による農業への影響に関するプレゼンテーションが行われまし

アジアを中心に10数ヵ国から参加者が集まり、世界、地域、そして国とさまざまなレベルでの現状やトレンドについて情報交換を行った。

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た。 続く質疑応答で焦点となったのは、多くの国で食料への権利確保が政策目標となっているにもかかわらず、実施体制の不備から適切なアクションに結びついていないという点です。 また、気候変動対策としての森林保護政策や、先進国企業による農業投資が、時に途上国住民の食料安全保障を脅かしているとして批判が集中し、抜本的な制度改革を求める声が上がりました。

同日後半は、食料不安や飢餓・栄養不良問題における挑戦と課題解決の機会を把握し、食料安全保障の実現に向けたメカニズムの構築について市民社会団体の視点から議論するため、参加各国の代表より事例報告が行われました。 気候変動や近代農業による生産環境の悪化および生態系の破壊、都市部と農村部の貧困格差の拡大、農村部の高齢化、そして土地なし農民の問題など、各国に共通する課題が複数指摘されましたが、その多くは先進国、途上国の区別なく深刻化しており、互いの経験を共有し、共に解決を目指す必要性が再確認されました。 また、「緑の革命」に代わり、これら

の課題に対応する手段として、アジアに根付く伝統的小規模農業の価値の見直しが求められたことも特筆すべき点です。

会議2日目は、マルチステークホルダーによる連携のあり方やその利点などを、特に国および地域レベルの枠組みで議論した後、最近設立されたばかりのフランス語圏地域アライアンス(Regional

Alliance for Francophone Africa、本部カ

メルーン)について、代表を務めるクリスティーン・アンデラ氏より紹介がありました。 ナショナルアライアンスとグローバルアライアンスの中間的存在として、地域アライアンスが果たしうる役割は何か、そして新たな地域アライアンスをアジアに設けるべきかどうか、これが今回会議の焦点となる議論です。

すでにANGOCのような地域メカニズムが存在するなかで、新たな仕組みを作ることが果たして適切かどうかという問いに対し、(土地問題に特化しANGOC

ではなく)飢餓・栄養不良の問題解決を目指す包括的な枠組みはアジアでも新しく、また既存のプレーヤーを越えたパートナーシップの構築が可能であること、アジアの声を一つにすることにより(One

Voice from Asia)、人々の声を各国政府や国際機関に届けやすくし、より効果的な政策提言へとつなげられることなどのメリットが提示されました。 数時間に及ぶ議論の結果、当面はANGOCに事務局を置く形でアジア地域アライアンスとしてAAAHMを立ち上げ、今回会議に集った団体やアライアンスを中心に情報収集を起点とする今後の連携を強化していく方向で、2日間の会議は無事終了しました。 これを受け、日本では9月9日にパシフィコ横浜にて、当該会議の参加報告会が開催されました。

ZHNJでは、毎年10月中旬にローマで開催される世界食料安全保障委員会(CFS)をはじめとし、飢餓・栄養不良の問題解決に資する国際的な枠組みや議論の場へ日本の意見を届けるため、メンバー団体の積極的な参加を後押しします。

ゼロ・ハンガー・ネットワーク・ジャパンとは世界の飢餓と栄養不良をなくすための日本国内のアライアンス。2003年に設立された国際的なアライアンスと、これに続く各国でのナショナルアライアンスの設立が背景にある。

ご意見・お問い合わせ先:ゼロ・ハンガー・ネットワーク・ジャパン事務局(FAO日本事務所内)

E-mail:[email protected]ウェブサイト:http://zerohunger-jp.org

2日間で合計20時間以上をかけて活発な議論が交わされたが、最終的にはAAAHMの立ち上げをもって無事終了した。

「“LAND IS LIFE” Farming Is A Noble Profession(土地は人生そのもの。農家は崇高な職業だ)」――土地に対する農業者の権利獲得は、今会議の焦点のひとつとなった。

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■ 所在地神奈川県横浜市西区みなとみらい1 - 1 - 1パシフィコ横浜 横浜国際協力センター5F FAO日本事務所内■ 利用予約および問い合わせTel:045 - 226 - 3148 Fax:045 - 222 - 1103E-mail:[email protected]■ 開館時間平日10 : 00 ~12 : 30 13 : 30 ~17 : 00■ サービス内容FAO資料の閲覧(館内のみ)インターネット蔵書検索(ウェブサイトより)レファレンスサービス(電話、E-mail でも受け付けています)

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FAOは「食料・農林水産業に関する世界最大のデータバンク」と言われており、加盟国や他の国際機関、衛星データ等からさまざまな情報を収集・分析・管理し、インターネットや多くの刊行資料を通じて世界中に情報を提供しています。FAO寄託図書館は、日本国内においてこれらの情報を多くの人が自由に利用できるよう、各種サービスを行っています。お気軽にご利用ください。

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African Seed Enterprisesアフリカの種子企業

多くの開発途上国では、小規模農家が良質の種子を入手・管理することが難しく、しばしば農業生産の制約となっています。一方でアフリカでは、小・中規模の企業や家族農場が種子の管理・販売を請け負って成功を収めるケースが出てきています。本書は、こうした企業の事例を取り上げ、成功の要因を探るとともに、アフリカの種子セクターが直面する課題を明らかにしています。FAO / AfricaRice 2011年6月発行236ページ 24.1×18.2cm 英語ISBN:978-92-5-106687-4

2008年にアラブ首長国連邦で行われた首脳会議の報告書。気候変動の脅威のなかで人口・収入増加への対応を迫られるアフリカ地域について、20

30-2050年までの食料・エネルギー需要の見通しや、これに対応するためのかんがいや水力発電といった水資源をめぐる現状が、豊富なデータとともに論じられています。FAO 2011年7月発行162ページ 25×17.7cm 英語ISBN:978-92-5-106930-1

Water for Agriculture and Energy in Africa アフリカの農業・エネルギーのための水

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ソマリアエチオピア

ケニア

エジプトリビア

スーダン

南スーダン

タンザニア

ジブチ

エリトリア

モガディシュ

アフリカ東部の「アフリカの角」地域は、きわめて深刻な危機に直面しています。ソマリア、ジブチ、エチオピア、ケニアで1,240万人が人道支援を必要としています。特に、過去60年間で最悪の干ばつに見舞われているソマリアの状況は最も深刻で、緊急に人道支援を必要としている人々は、過去8ヵ月で240万人から400万人に増加し、難民とし

て隣国ケニアやエチオピアなどへ逃れたり、国内避難民( IDP)として家を逃れる状況が続いています(9月現在)。

国連は、今年7月20日にソマリア南部のバクールとシェベリ川下流地域に飢饉宣言を出しましたが、8月3日にはシェベリ川中流の農遊牧地帯であるバルカド地区とカダレ地区、

FAO日本事務所 企画官 松岡 幸子

「アフリカの角」地域の人道危機――ソマリア、飢餓のレベルで最も深刻な「飢

ききん

饉」宣言

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ソマリアとケニアの国境近くのドブレイに避難しているソマリア人国内避難民( IDP)。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、ソマリア国内では140万人が IDPとして避難生活を余儀なくされている(2011年9月現在)。©FAO / Frank Nyakairu

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30%を超えている、③人口1万人当たり毎日2人以上が死亡している、という3つの指標に基づいて判断されます。

ソマリアでの飢饉の原因は、長引く干ばつ、長年の紛争により開発が進まず、人道支援も行き届きにくいこと、食料価格の高騰により、人 が々食料を購入できないこと等が挙げられます。ソマリアの今年の穀物収穫高は過去17年間で最低となる見込みですが、地域の穀物在庫の減少により、過去1年で穀物価格は300%高騰しています。

そして、IDPが居住するアフグーイ回廊とモガディシュIDP地域にも飢饉宣言が出されました。9月5日には、飢饉はベイ地域に拡大したことが発表され、状況はさらに悪化することが予測されています。

「飢饉」とは、飢餓の深刻度を5つに分類する「食料安全保障フェーズ統合分類」(おおむね安定、やや不安定、急性危機、人道危機、飢饉)

の中で、最も深刻な飢餓に該当し、①20%

以上の世帯が極端な食料不足に直面している、②急性栄養不良の状態にある子どもが

左:マガディ湖の乾燥部分にある井戸に集まってくる遊牧民と家畜の群れ(ケニア)。©FAO /

Giulio Napolitano 下:給水地の付近に横たわる家畜の死骸。長引く干ばつにより、水と牧草が不足したことによる(2011年8月、ソマリ

ア南部・ドブレイ近く)。©FAO / Frank Nyakairu

ケニアのダダーブ難民キャンプ(2011年8月)。UNHCRによれば、推定92万人のソマリア難民が、ケニア、エチオピア、ジブチ、イエメンなどの近隣諸国へ逃れている(9月現在)。©FAO / Thomas Hug

上:子どもを抱えてソマリアからケニアのダダーブ難民キャンプに逃れてきた若い母親(2011

年8月)。©FAO / Thomas Hug

下:ソマリアとケニアの国境近くのドブレイにある国内避難民( IDP)キャンプで避難民と会うFAO職員ら(2011年8月)。©FAO

/ Frank Nyakairu

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アフリカの角緊急閣僚級会議の後に記者会見で話すジャック・ディウフFAO事務局長(2011年7月、ローマ)。ディウフ事務局長は、「農業セクターを強化し、農村開発への投資を加速させる必要がある」と述べた。 ©FAO /

Giulio Napolitano

このようなソマリアを含むアフリカの角地域での人道危機に対し、国連は国際社会に24

億ドル以上の支援を求めています。FAOは、農業の緊急支援として、今後1年間で16億ドルの支援が必要であると訴えています。ソマリアだけで7,000万ドル、近隣諸国を含めたアフリカの角全体では1億6,000万ドルの支援を必要としています。

FAOはこれまでに、アフリカの角への対応を協議する緊急閣僚級会議やハイレベル実施

会議を開催したほか、復興に向けたロードマップを策定しました。命を救うと同時に、長期的に強靭な農業を構築していく必要性を訴えています。現在は、基本的なかんがい設備の修繕や農牧畜業に不可欠な資材の提供、干ばつに強い種子の配布、農産物の保管方法の改善、植物病害虫や家畜疾病のサーベイランス・管理の改善、キャッシュ・フォー・ワークプログラム等に重点を

置いて活動しています。関連ウェブサイトFAO:Crisis in the Horn of Africa:www.fao.org/crisis/

horn-africa/home/en/※ 随時更新されています

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Somal ia

上:FAOの「バウチャー・フォー・ワーク」プロジェクトを通じて、日々の労働の対価として引換券を受け取る受益者。農民の田畑の手入れやウォーターハーベスティングを助けるのが目的。引換券の半分は食料に交換され、残りは地域の土手づくりに活用される(2011年8月、

ケニア)。 下:ケニア北東ガリッサ近くのジャラジャラにおけるコメの収穫。FAOが支援する地域に根ざしたかんがいを活用している(2011年8月)。 ©FAO /

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左上:「災害と干ばつリスクの減少のためのアフリカの角地域支援プログラム」で行われる遊牧フィールドスクール設立のためのファシリテーター研修コース。頻発する干ばつやその他の気候リスクに対応するためのキャパシティーの強化を目指す(2010年6月、

エチオピア・ヤベロ)。左下:「アフリカの角における災害と干ばつ対策のための協調とキャパシティー強化プログラム」で行われている緊急獣医キャンペーン(2009年2月、エチオピア・Shinile Zone)。 右:「アフリカの角における災害と干ばつ対策のための協調とキャパシティー強化プログラム」の中で行われる、飼料生産と種子増殖活動(2009年2月、エチオピア・Kenteras)。©FAO/Giulio

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きます。■

大学の農学部林学科を卒業して林野庁(農林水産省)に勤めた当時は、将来海外関係の仕事をするとは全く思っていませんでした。高校では英語が一番嫌いで、大学合格時は英語を勉強する必要がなくなったと喜んだのを覚えています。当時、林野庁には長期の研修がいくつかあり、英語研修もそのひとつでした。私は偶然この試験に受かり、研修

す。このような支援は、さまざまな技術支援とともに、現在FAOが重視している政策レベルでの支援、政府組織を中心とした関係組織の能力向上、また、関係者の十分な参加のもとに透明性の高い政策を策定・実施していくという目標にも合致するものです。

次に、そもそもなぜ私がこのような海外関係、特に途上国への支援の仕事を目指すようになったかを書かせていただ

2011年10月のバンコクでのワークショップにて。前列向かって左から3人目が筆者。©Mr. Mikko Kurppa, UNFF

2011年3月から、FAOローマ本部の林業局で、日本の信託基金プロジェクトのチーフ・テクニカル・アドバイザーとして勤務しています。FAOでの仕事は今回が2回目で、前回は1995年から1999年まで林業関係のプロジェクト実施担当官を4年間勤め、主にベトナム、ミャンマーのプロジェクトを担当しました。

私が現在担当しているプロジェクトの目的は、ニューヨークに本部のある国連森

林フォーラム(UNFF)事務局と協力して、開発途上国が自国の森林政策、政策の進捗状況についてUNFFに報告するプロセスを支援するものです。すなわち、より良い報告がより多く提出されることを直接の目的としていますが、FAOは、報告書の作成だけでなく、各国が国内関係者と十分協議しながら適切な政策を立案していく過程をも支援することにより、各国自らがより良い政策を採用し、実施できるようになることを目指していま

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活躍する

日本人

国連で働く、とは?

No. 26FAO林業局チーフ・テクニカル・アドバイザー

堀 正彦

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貿易関係で6年間勤務するなど、途上国支援に必要なさまざまな経験を積んできたと思っています。このような経験を生かして、プロジェクトの運営に貢献できればと思っています。

FAOでの仕事で自分にとって一番大きな収穫だったのは、さまざまな国のさまざまな人と出会い、一緒に仕事ができたことです。特にプロジェクト・リーダーの何人かからは、単にFAOの仕事だけでなく、途上国に対する考え方、さらには人生に対する姿勢まで色 な々ことを教えられました。また、自分の国について改めて考える機会をもらったと思っています。

最後に、これらの経験を通して学んだことから、いくつか助言を書かせていただきます。いわゆる横文字世界で認められるためのポイントとして、自分の意見を持ってそれを主張する、というのがあります。たとえ知識が十分ではなくても、自分の知識に基づいてはっきりと主張することが重要で、そうでなければ、ある意味で人格として認めてもらえないのではないでしょうか。面接などの機会には、間違っているのでは、などと心配せずに、堂 と々自分の主張を展開してください。また、途上国で仕事をしていくうえで重要なことは、仕事上の関係はともかく、個人としての関係においては、政府関係者から農民まで、相手側の人たちがあくまでも対等なパートナーであるという感覚を持つことだと思います。無意識でも相手を見下すような態度を見せれば、当然相手側は感じるし、それでは彼らと協力していい仕事をすることはとてもできません。最後に、何かを始めるのに遅すぎるということはありません。

を受講することになりました。また研修の間に、林野庁の勧めで受けたJICAの「海外長期専門家研修」試験に合格し、米国のミシガン州立大学に2年間留学する機会を得ました。

私が本気で海外の仕事に興味を持ち始めたのは、JICAの試験受験当時 JI

CAで部長をしておられた林野庁の先輩から、FAOでの仕事の話を伺ってからでした。この先輩は、10年近く林野庁に勤務した後に、FAO本部のプロジェクト実施部局に10年近く、その後FA

Oの最初の村落林業プロジェクトのリーダーとしてネパールで3年間勤務した方でした。その方とは1986年から2年間、JICAのケニアの社会林業プロジェクトで一緒に仕事をさせていただき、途上国で働くとはどういうことか、そのためにはどのような資質、心構えが必要かを教えていただき、この道に進むことを希望するようになりました。彼によれば、重要な資質、心構えには5つの要素があり、重要な順に、①途上国での仕事に対する強い意欲、②それを支える技術、③技術を現場に適用させる柔軟性、(④は失念し、)⑤手段としての英語、でした。先輩からは「君は意欲と柔軟性がクエッション、技術がバツ、英語は二重丸だが、英語はあくまでも重要度で5番目だぞ!」と厳しい評価をいただきました。2年の任期を終えた後は、「国に帰って勉強しろ!」と言われたのをよく覚えています。その後、林野庁海外林業協力室(2回

勤務)で、技術協力全般、FAOなど国際機関関連業務、温暖化防止条約関係の交渉などを経験しました。また、JI

CA本部で4年間、ほかにJICA専門家としてカンボジアで2年間、さらに分野は少し違いますが、WTOなど国際

人との出会いが

途上国支援に

携わるきっかけに

“”

FAOの村落林業支援活動。©F. McDougall

関連ウェブサイトFAO Forestry:www.fao.org/forestry

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世界の栄養不足人口――ハンガーマップ 2011Prevalence of undernourishment in developing coutries

■ FAO MAP

高い(25-34%)

非常に高い(35%以上)

非常に低い(5%未満)

データなし/データ不足

海外からの支援を必要としている国2011年10月

やや高い(15-24%)

やや低い(5-14%)

開発途上国における栄養不足人口の割合2006-2008年

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出典:FAO

関連ウェブサイトFAO ハンガーポータル:www.fao.org/hunger/jp

2010年時点で、世界では約9億2,500

万の人々が栄養不足または慢性的飢餓に苦しんでいます(2005-2007年推定)。特に、輸入に依存しているアフリカの小国では、今なお2006-2008年の世界の食料・経済危機と、これに続く食料価格の高騰の影響を受けています。2007-2008年に、アジアでは飢餓人口が実質一定だった一方で、アフリカでは8%も増加しました。なかでもソマ

リアやエチオピアなどの「アフリカの角」地域では、干ばつが追い討ちをかけ、ソマリアは飢饉という深刻な事態に陥っています。この地域をはじめ、海外からの緊急支援を必要としている国は、20

11年10月現在、32ヵ国にのぼります。 FAOは、人口増加やバイオ燃料のさらなる成長、頻発する異常気象により、価格の不安定性は今後10年間にわたって増幅する可能性もあるとし、長期

的な食料安全保障の確保には農業投資が依然として重要であることを強調しています。また、価格の不安定性に対しては、小規模農家の生産リスクを減らす投資、最も脆弱な人 の々ためのセーフティネット、透明性があり予見可能な規制環境や国際貿易に関するより広範囲な政策協調などが必要です。

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Winter 2011  

通巻

825号

平成

23年

12 月1 日発行(年

4 回発行) 

ISSN :0387

-4338  

発行:社団法人

国際農林業協働協会(

JAIC

AF ) 

共同編集:国際連合食糧農業機関(

FAO)日本事務所

モザンビークの国立種子品質管理研究所で、落花生の苗を見せる技術者。選別された苗は農家に配布される。FAOは同国で、食料増産と食料価格高騰への対策として、農具や種子、技術研修を提供するプロジェクトを行っている。©FAO / Paballo Thekiso