15
– 79 – 1. はじめに 韓国では 2000 年代に入ってから少子高齢化が 深刻な問題として浮かび上がった。少子化は、経 済成長の鍵となる生産可能人口の減少を意味し、 経済不安や個人と国家の高齢者扶養負担の増大に つながるからである。 その対策として第 1 次低出産高齢社会基本計画 を推進しているところであるが、出生率の回復は まだ見えない状況である。計画樹立からまだ 2 しか経過していないこともあり、その効果を見る のは困難であるが、ある程度効果的と思われる対 策が盛り込まれている一方、経済危機以降から の子どもを産み育てる年齢層の経済的不安感は ぬぐえていない。本稿では、子どもを産み育てる ことへの経済的不安や、女性の経済活動参加を 支えきれない社会諸制度の状況が少子化の原因 となっていることについて明らかにしたい。そし て、それに対する対策がどのようなものなのか、 主な内容について述べ、その限界についても触 れたいと思う。 まず第 2 節では、韓国における少子化の状況を 把握するためにその現状と背景の1 つとなってい る人口政策について述べる。第 3 節では、少子化 を招いている原因について、雇用状況や女性の経 済活動参加を支える社会諸制度のあり方から明ら かにし、韓国が現在取り組んでいる少子化対策の 中心的課題について取り上げたい。第 4 節では、 原因と対策の整合性について考察し現対策の限界 について述べることとする。 韓国では2000 年代以降、年金問題を含む社会諸制度の危機や経済的状況をきっかけに、少子高齢化が深刻な問題と して浮上し、その後、少子高齢化対策が推進されている。本稿では、韓国の深刻な少子化の現状と政策的背景といえる 30 年以上も強力に続けられた人口抑制政策についてふまえた上で、少子化の原因と対策、そこから見出せる限界につい て述べた。 雇用のあり方からもたらされる経済的不安や、女性が仕事と家庭の両立を支える環境整備の不十分が少子化の原因 となっており、その対策として「第1 次低出産高齢社会基本計画」が推進されている。そこには各種休暇制度・養育イン フラの整備・サービス向上など、ある程度効果的と思われる対策が盛り込まれている。その一方で、中産層を含みきれ ない低所得者中心の支援策、そもそも労働市場や雇用情勢の改善が見られない中での養育費支援、非正規労働者を含み きれない雇用保険制度という点から、少子化対策としての限界点を指摘することができる。 キーワード 雇用、養育費、経済的不安、女性の仕事と家庭の両立困難、第1 次低出産高齢社会基本計画 韓国における少子化対策 松江 暁子 特集:韓国の社会保障―日韓比較の視点から―

韓国における少子化対策 - 国立社会保障 ... · 韓国の人口は、朝鮮戦争休戦後、急激な増加を 見せていく。1970年には3,224万人であった人口

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Page 1: 韓国における少子化対策 - 国立社会保障 ... · 韓国の人口は、朝鮮戦争休戦後、急激な増加を 見せていく。1970年には3,224万人であった人口

– 79 –

1. はじめに

韓国では2000年代に入ってから少子高齢化が

深刻な問題として浮かび上がった。少子化は、経

済成長の鍵となる生産可能人口の減少を意味し、

経済不安や個人と国家の高齢者扶養負担の増大に

つながるからである。

その対策として第1次低出産高齢社会基本計画

を推進しているところであるが、出生率の回復は

まだ見えない状況である。計画樹立からまだ2年

しか経過していないこともあり、その効果を見る

のは困難であるが、ある程度効果的と思われる対

策が盛り込まれている一方、経済危機以降から

の子どもを産み育てる年齢層の経済的不安感は

ぬぐえていない。本稿では、子どもを産み育てる

ことへの経済的不安や、女性の経済活動参加を

支えきれない社会諸制度の状況が少子化の原因

となっていることについて明らかにしたい。そし

て、それに対する対策がどのようなものなのか、

主な内容について述べ、その限界についても触

れたいと思う。

まず第2節では、韓国における少子化の状況を

把握するためにその現状と背景の1つとなってい

る人口政策について述べる。第3節では、少子化

を招いている原因について、雇用状況や女性の経

済活動参加を支える社会諸制度のあり方から明ら

かにし、韓国が現在取り組んでいる少子化対策の

中心的課題について取り上げたい。第4節では、

原因と対策の整合性について考察し現対策の限界

について述べることとする。

■ 要 約 韓国では2000年代以降、年金問題を含む社会諸制度の危機や経済的状況をきっかけに、少子高齢化が深刻な問題として浮上し、その後、少子高齢化対策が推進されている。本稿では、韓国の深刻な少子化の現状と政策的背景といえる30年以上も強力に続けられた人口抑制政策についてふまえた上で、少子化の原因と対策、そこから見出せる限界について述べた。 雇用のあり方からもたらされる経済的不安や、女性が仕事と家庭の両立を支える環境整備の不十分が少子化の原因となっており、その対策として「第1次低出産高齢社会基本計画」が推進されている。そこには各種休暇制度・養育インフラの整備・サービス向上など、ある程度効果的と思われる対策が盛り込まれている。その一方で、中産層を含みきれない低所得者中心の支援策、そもそも労働市場や雇用情勢の改善が見られない中での養育費支援、非正規労働者を含みきれない雇用保険制度という点から、少子化対策としての限界点を指摘することができる。

■ キーワード雇用、養育費、経済的不安、女性の仕事と家庭の両立困難、第1次低出産高齢社会基本計画

韓国における少子化対策

松江 暁子

特集:韓国の社会保障―日韓比較の視点から―

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海外社会保障研究 Summer 2009 No. 167

– 80 –

2. 少子化の現状と政策的背景

(1)人口動態と出生率の推移

韓国の少子化が深刻であるということは周知

のことであるが、その現状について簡単に抑えて

おく。

韓国の人口は、朝鮮戦争休戦後、急激な増加を

見せていく。1970年には3,224万人であった人口

(推計)は、1995年には約4,509万人、2000年には

約4,700万人、2005年には4,829万人と増加趨勢

を見せ、2020年に4,995万人に達するのを頂点に、

2050年には4,234万人へと減少していく見通しで

ある(図1参照)。

この人口の減少は少子化によるものであるが、

それについて合計特殊出生率から見てみたい。合

計特殊出生率は、一人の女性が生涯の間に産む

子どもの数を指すが、人口を維持するためのその

数は2.1とされ、これは人口置換え水準といわれ

る。韓国ではこの合計特殊出生率は1970年には

4.5であったが、1985年には1.67となり、さらに

1998年には暗黙的に限界ラインとされている1.5

を下回った。そしてさらに減少を続け、2001年に

は1.30、2002年には1.17、2005年には1.08となり、

OECD諸国の中でも最低水準となった。その後、

2006年には1.13、2007年には1.26と多少盛り返し

ているものの、2006年の増加は少子化対策が影響

を及ぼしたとは考えにくく、また2007年はファン

グムテジ(黄金の亥の年)1)という韓国の文化的

慣習の影響を受けていると考えられ、出生率が回

復傾向にあるとはまだ言えない状況である。

他国との比較で見てみると、1980年代半ばごろ

には欧米諸国と同程度の値を示しているが、2002

年ごろからは韓国が最も低い値となっており(図

2参照)、韓国における合計特殊出生率の急激な

減少がわかる。また、アジア諸国との比較で見る

と、図3に現れているように、韓国は他の東アジ

ア諸国とともに人口置換水準をかなり下回ってい

る状況である 2)。

このまま少子化状態が続き高齢化が進むと、生

産可能人口の高齢者扶養負担が重くなると推計

されている。2007年の生産可能人口(15~ 64歳)

の高齢者扶養の割合は7.0人で1人であったが、

このまま少子高齢化現象が続くと2030年には高

齢者1人を2.7人で、2050年には1.4人で支えると

いう大変深刻な状況になると予測されている。

60,000,00060,000,000

19601960 19651965 19701970 19801980 19851985 19901990 19951995 19961996 19971997 19981998 19991999 20002000 20012001 20022002 20032003 20042004 20052005 20202020 20502050(年)(年)

55(人)(人)(人)(人)

4.54.5

44

3.53.5

33

2.52.5

22

1.51.5

11

0.50.5

00

総人口(推計)総人口(推計)合計特殊出生率合計特殊出生率

50,000,00050,000,000

40,000,00040,000,000

30,000,00030,000,000

20,000,00020,000,000

10,000,00010,000,000

00

図1 人口動態と合計特殊出生率

資料:韓国統計庁「人口動態推移」をもとに作成.

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韓国における少子化対策

– 81 –

(2) 人口政策の展開

上述したように急激な少子化を迎えた背景の1

つに、戦後30年以上にわたり続けてきた強力な

国家の介入による人口政策があった。

1950年代の韓国経済は、第2次世界大戦、朝鮮

戦争を経て、経済基盤の沈滞、第1次産業中心の

前近代的産業構造、外国援助に大きく依存して

いた国家財政、国際収支の累積的赤字、慢性的

インフレーションなどによる貧困という悪循環に

陥っていた。その一方で、1960年代初めにかけ

てのベビーブームと医療技術の発達により、人

口は急増し、当時の出生率は6.0人という高いも

55(人)(人)

4.54.5

44

3.53.5

33

2.52.5

22

1.51.5

11

0.50.5

0019701970 19751975 19801980 19851985 19901990 19951995 20002000 20012001 20022002 20032003 20042004 20052005 20062006 20072007(年)(年)

米国フランスド イ ツスウェーデンイギリス韓国

合計特殊出生率

資料:内閣府(2008)『平成20年版 少子化社会白書』.

図2 西欧諸国と韓国の合計特殊出生率

55

44

33

22

11

0019701970 19751975 19801980 19851985 19901990 19951995 20002000 20052005 20062006 (年)(年)

合計特殊出生率

日本韓国香港タイシンガポール台湾

資料:内閣府(2008)『平成20年版 少子化社会白書』.

図3 アジア諸国・諸地域における合計特殊出生率

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海外社会保障研究 Summer 2009 No. 167

– 82 –

のであった。1961年の5.16革命により樹立した

朴正熙軍事政権(1963~ 1979年)では、このよ

うな貧困と飢餓状態からの開放のための経済開

発計画を始動した。1960年代は、大部分の発展

途上国では過剰人口に対処するために家族計画

を中心とした人口抑制政策を行っている状況で

あったが、韓国においても、人口増加を規制する

政策が随伴しないならば経済開発計画は成功し

ないという判断のもと、人口抑制政策は経済開発

の目的のひとつとして受容され、経済政策ととも

に推進されることとなった 3)(ホン・ムンシク他 

1991、チョ・ナムフン 2006)。

以上のような人口抑制政策により1980年には、

合計特殊出生率は2.8人水準まで急減し、停滞状

況にあった。この間に軍事独裁政権の強力な経

済政策によって急速な経済発展がもたらされた結

果、国民の生活水準は高まり、経済発展のための

人口抑制政策は国民に広く浸透したものと考えら

れる。

その後、第5次経済開発5カ年計画(1982~

1986年)の樹立過程において、1988年までに合計

特殊出生率を人口置換え水準に減少させるという

目標を設定し、当時の全斗大統領(1980~ 1987

年)は、より強力な人口対策を樹立・施行するよ

う指示を行い、1981年にさらに新しい人口抑制政

策を実施することとなった。前政権からの政策の

継続性と新たな政策の結果、1983年には人口置換

え水準に達した。それにもかかわらず、1986年3

月に第6次経済開発5ヵ年計画(1987~ 1991年)

を樹立する過程において、1995年までに合計出生

率を1.75人に減少させその水準を維持するという

人口計画の目標をたてたが、これも1985年にはす

でに達成してしまう。

ところが、盧泰愚政権(1988~ 1992年)に入

り、1990年代初めごろから人口抑制政策の存廃に

ついて専門家集団では論争が展開され始めた。一

方では、出産力が持続的に減少する場合、労働人

口の減少と急激な老齢人口の増加などにより社会

経済的発展に否定的な影響を及ぼすため人口抑制

政策はすぐにでも廃止すべきであり、廃止したと

しても出産行為の属性上、出生率は増加しないと

主張した。他方では、韓国のように国土面積が狭

く天然資源が貧弱な状況下では人口抑制政策は持

続すべきであり、これを中断すれば避妊実践率が

減少すると同時に出生率は増加し、これまでの政

策成果が無に転換されてしまうだろうと警告した

(チョ・ナムフン 2006)。

このような議論が展開される中で、1995年に金

泳三政権(1993~ 1998年)は、各界の専門家で構

成する人口政策審議委員会を設け、これまでの人

口抑制政策の成果と今後の人口規模および構造の

変動による社会経済的影響と人口政策の推進方向

を総合的に分析・評価することとした。1年の議

論を経て、1996年には、この低出産(当時、1.75

人)が持続すれば、労働力の減少と老齢人口の増

加による福祉負担の増加、労働生産性の減少、人

口構造による社会保険財政の悪化、男女性比の不

均衡の深化、青少年の性問題、高い人口妊娠中

絶など、新しい問題に直面することになるため、

今後は人口政策を出産抑制など量的な側面では

なく、人口資質および福祉増進政策 4)へ転換しな

ければならないということを強く政府に建議した

(イ・サムシク 2005、チョ・ナムフン2006)。

これを受けて、政府は、人口抑制政策から「新

人口政策」として人口資質および福祉増進の方向

へと政策転換を行うこととなった。1996年に導入

された人口資質および福祉増進政策は、高齢者な

どの脆弱階層のための保健福祉サービスの拡充 5)

のみならず、女性の社会進出を増進させるための

制度改善にも大きな役割を果たしたと評価されて

いる(チョ・ナムフン2006)。しかしながら、人口

増加の慣性により出生率の低下は続き、この新人

口政策の目標の1つであった「持続可能な社会経

済的発展のための適正出生率の維持」には政策的

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韓国における少子化対策

– 83 –

努力は及ばなかったようである。

新人口政策から1年後の1997年末、経済危機に

直面する。この経済危機を前後して、非正規雇用

が増え賃金格差は増し、所得上位層と下位層との

差は拡大していった。そして、危機以降、徐々に

全体失業率は回復したものの、若年層での失業は

深刻化している(奥田 2007)。このような非常

に先行きの見えない不安な状況の中で、出生率は

1998年を境に1.47へと減少し、さらに年々減少し

て2005年には1.08人にまで低下している。想定

することのできなかった経済社会状況に陥り、金

大中政権(1998~ 2003年)は大量失業・貧困問

題への対処が最優先であったためか、1998年~

2000年ごろには少子化に関して言論化されたもの

はあまりみられず、対策は遅れをとる形となった。

それでは、何が少子化を問題として公論化さ

せるきっかけとなったのであろうか。その重大な

1つが、国民年金基金の枯渇問題であった。2002

年の国民年金発展委員会による推測結果から、急

激な少子高齢化による年金財政の枯渇および出生

率が世界最低水準の1.17人と発表されたことが少

子化問題の公論化の大きな要因だったようである

(イ・サムシク 2005)。これをきっかけに、盧武

鉉政権(2003~ 2007年)は2004年に「高齢化及

び未来社会委員会」を設置、2005年に低出産およ

び人口高齢化に対応するための政策の法的根拠と

して低出産高齢社会基本法を制定・施行し、低出

産高齢社会委員会が発足、そして「低出産高齢社

会基本計画」を樹立し、保健福祉部や労働部、教

育人的支援部など15の部署で取り組まれること

となった。

以上のように、経済成長のために国家の介入に

より強力な人口抑制政策を進め急速に出生率を低

下させた。新人口政策発表の後も、人口の慣性と

経済危機以降の経済不安により安定した出生率を

みることはなく、ついには少子高齢社会を迎え、

年金制度を含む社会諸制度や経済成長を脅かす要

因として浮上するに至ったのである。

3. 少子化の原因と少子化対策

以上で見たように、少子化は2000年代に入り

公論化され、盧武鉉政権以降、そのさまざまな原

因分析が行われ、各種対策を推進している。結婚

をしない若者や子どものいない既婚者の増加、晩

婚化が少子化に影響を及ぼすが、それを招いてい

る原因には経済状況の悪化や家族のあり方の変化

などがある。以下ではこのような少子化の原因と

その対策について見ていくこととする。

(1) 少子化の原因

韓国において若者の未婚化や子どものいない既

婚者の増加、晩婚化を進行させることとなってい

る少子化の原因について、以下の4点にまとめる

ことができる。

まず第1に不安定な雇用環境による経済的不安

があげられる。1960年代以降、急速な経済成長を

遂げたが、先に触れた1997年の金融危機によっ

て大量の失業者が生まれ、人々の生活に経済的不

安が広がった。その後、いったん経済は回復方向

に向かったものの、企業が利潤を溜め込み労働者

への配分を増やさず消費の回復は遅れている。ま

た、失業率は、経済危機以前には2%台であった

が、経済危機直後には7%台となり、その後少し

回復を見せ、最近では3%台を推移している。と

くに、出生率に影響を及ぼす年齢層である若年層

ではさらに高い失業率を示しており、経済危機後

は11.4%、その後は多少回復し2007年は7%台に

なったとはいえ、全体失業率からみると非常に高

い。さらに加えて、20代失業者の求職期間が延び

ており、困難な就職を放棄してニート化する若者

が増えている状況もみられる(奥田 2007)。

また、雇用のあり方では非正規職雇用が増えて

いる。金によれば、韓国統計庁の統計資料を用い

15~ 34歳の年齢層の非正規雇用が全体賃金労働

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海外社会保障研究 Summer 2009 No. 167

– 84 –

者の31.6%を占めることが示されているとしてい

る(金 2009)。たとえ非正規職であっても、日常

生活を営むことができる程度の賃金を得られれば

良いのだが、2007年の非正規職の賃金は月あたり

で正規職の56.2%に過ぎないことも明らかにされ

ている(金 2009)。この状況から、日本のワーキン

グプアの状況と類似していることがわかる。この

ように就職することや不安定な雇用により将来に

希望を抱いたり計画をたてたりすることが困難な

状況から、大学卒業を延期して就職活動をする若

者が増加しており、大学がその支援をするといっ

た状況まで生まれている。このような若年層の失

業あるいは不安定な非正規雇用やその賃金の低

さなどの雇用環境は、結婚に躊躇したり、結婚を

しても子どもを持つことに積極的になれなかった

りする若年層を生み、未婚や晩婚化、そして既婚

者の出産控えにつながり、少子化の第1の原因と

なっているといえる。

第2に、韓国の教育熱が高いことは知られてい

るが、そこには現在の雇用情勢の不安定さが絡ん

で、将来的に子どもを安定した職につかせるため

に、乳幼児養育費及び初・中・高生の塾などの私

教育費への投資に向かわせている。それが世帯の

経済に負担を与え、子どもの数に決定的な影響を

与える状況になっている。たとえば、子どもが2

人以下の世帯について所得水準別に出産を中断し

た理由について問う調査があるが、そこでは、全

国平均所得の50%未満の世帯の理由として、所

得・雇用の不安定(38.4%)が1位となっているが、

70%~ 100%の世帯では、子どもの養育の経済的

負担(44.2%)が、そしてさらに、100%~ 120%

の世帯、120%~ 150%の世帯でも第1の理由とし

て子どもの養育の経済的負担があがっている(図

4参照)。このことから、所得水準が低くなると所

得・雇用そのものに対する不安が大きくなるもの

の、子どもの養育費については、所得水準が上

がっても負担感は少なくなるどころか増すという

傾向がわかる。

親たちが子どもの養育費に投資をする理由につ

いては、現在の雇用状況や産業構造の影響がみ

られる。かつて韓国は解放後の独裁政権下にお

いて急速な経済成長を遂げたが、当時の親たちは

「学歴をもつことが、貧困を克服する道である」と

し、私教育費にかなりの投資を行ってきた。この

37.737.7

48.848.8

44.544.5

44.244.2

38.538.5

30.130.1

1.71.7

12.212.2

14.314.3

21.721.7

31.731.7

38.438.4

8.88.8

4.34.3

2.32.3

22

1.61.6

2.42.4

11.911.9

3.73.7

6.26.2

2.32.3

1.31.3

1.31.3

16.216.2

13.513.5

14.414.4

13.613.6

10.910.9

13.213.2

23.723.7

17.517.5

18.318.3

16.216.2

1616

14.114.1

0 20 40 60 80 100

150%以上

120~150%

100~120%

70~100%

50~70%

50%未満

子どもの養育の経済的負担 所得雇用の不安定 育児インフラの不足仕事‐家庭の両立困難 出産健康水準の悪化 その他

注:所得水準は,平均所得を基準にした割合.資料:大統領諮問政策企画委員会『先進福祉韓国のビジョンと戦略』p. 294 より再引用

図4 所得水準別にみる出産中断の理由(子ども2 人以下)

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韓国における少子化対策

– 85 –

ような社会的認識が後押しをし、韓国は学歴社会

といわれてきて久しいのであるが、それでも経済

危機までは、学歴による給与額の格差は減少して

きていた(奥田 2007)。しかし、経済危機を境

に、再びその格差は広がりつつある。高所得者に

占める大卒者の割合は増え、高卒以下の所得は抑

えられる状況となっているのである。さらに、不

安定な雇用状況にあって、就職困難な大卒者が、

これまで高卒以下の人々が担ってきた労働市場に

流れ込んでいることも考えられ、高卒以下の人々

の就職や生活もさらに厳しくなっていると推測で

きる。また、韓国は天然資源も少なく、経済状況

の悪化とともに産業構造はサービス産業中心へと

移り変わり、多くの雇用を生み出せない構造へと

移っていることから、雇用はさらに狭まる一方で

ある。このような状況が、さらに子どもの私教育

費への投資に拍車をかけることにつながっている

のである。子どもに少しでも良い条件の教育を受

けさせたいという親の熱意が、教育条件が良いと

知られている都市部への移動を生じさせ、これが

ソウルへの人口集中を引き起こし、その中でも特

定の学区への人口集中をもたらしているほどであ

る(有田 2006)。このように子どもへの教育投資

をするしかない社会的認識が、子どもを産み育て

る年齢層にとって、かなりの経済的・精神的負担

としてのしかかっているとみることができる。1

つめで示した不安定な雇用のあり方が、養育費の

負担にもつながり、さらに子どもを産み育てる環

境を厳しくしている。

第3に住宅所有の問題があげられるが、これに

も経済状況や雇用情勢の悪化が影響している。韓

国では家を所有することを結婚において重要視す

る慣習がある。未婚者の理由の項目の1つとして

「結婚のための経済的基盤が不十分」があるのだ

が 6)、これは、男性は住居、女性は婚需(結婚生

活に必要な品)を準備するという韓国的慣習が影

響していると考えられる。韓国では、住居の所有

意識が強く、また住居と社会的地位とを関連付け

重要視する。しかし、特に都市部では不動産価値

が上昇し続けており、また、若者の失業率の高さ

や非正規雇用化から経済的不安は高く、住宅を所

有することが大変厳しい状況となっている。この

ように慣習と経済的不安が絡み合い、結婚時期を

延ばす1つの要因になっていると考えられている。

そして先述した教育熱とも関連して、子どもが質

の高い保育や教育を受けられる地域の不動産価格

は上昇していることもかかわり、住居にかかる費

用も結婚しない人口の増加や晩婚化などに影響を

及ぼしていると考えられる。これは特に都市部を

中心に起こっている現象である。

第4に、子どもを産む主体である女性との関連

では、経済活動参加の増加と、その一方で存在す

る仕事と家庭の両立の困難さがある。女性の経済

活動参加率の増加は女性の自己実現への欲求によ

るものである一方で、経済的必要性から経済活動

に参加する女性人口も増加している。25~ 29歳

の女性の経済活動参加率が1995年の47.9%から

2007年には65.4%に増加し、30~ 34歳の場合も

47.0%から52.1%に増加している。OECD諸国の

女性の経済活動参加率に比べると低いものの、男

性稼ぎ主型の家族構造が強かった韓国からする

と、急激な増加率であるといえるだろう。政府と

しても女性の労働市場参加を支える仕組みを整え

ようとしているが、その一方で、女性は悪い労働

条件に置かれやすい環境である。女性が市場に出

る場合、サービス産業へ吸収されることが多い。

サービス産業は生産性のない産業であることから

賃金は低く抑えられがちであり、そのうえ、特に

女性はいったん出産・育児で仕事を離れると、復

帰が困難な現状があり、非正規職化していく可能

性が高くなるからである。

さらに、家事や介護を女性に依存する傾向の強

い韓国社会では、仕事と家庭の両立はますます負

担となって女性にのしかかってくる。女性の経済

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海外社会保障研究 Summer 2009 No. 167

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活動の参加が増加しても家事や介護の外部化は進

まず、また社会制度的条件(たとえば産休給付、

育児休暇制などの給付水準)もいまだに不十分な

状況である。そして、核家族化により親からの育

児支援を望むことも難しくなり、国公立保育施設

などの育児支援インフラ拡充が進められているも

のの十分とはいえず、仕事と家庭の両立を図ろう

としても困難な環境なのである。女性の経済活動

参加が進む一方で、女性の雇用形態、女性の経済

活動を支える家族・社会構造および認識の変化が

追いついていない現状である 7)。

このように4つの原因を見てみると、大幅な経

済成長は望めない中で、 労働市場では非正規雇用

が増え、その賃金は低く抑えられ二極化が進んで

いることからくる経済的不安がある。また、家族

構造や価値観が変化してきたとはいえ、男性稼ぎ

主型の構造は依然残り、かつ女性は働いても賃金

が低く抑えられやすい環境におかれている。

経済状況や雇用の悪化、家族のあり方の変化は

複雑に絡み合っている。少子化は、労働市場政策

や家族政策が生産可能人口を含みきれていない状

況から深化しているといえるだろう。

(2) 少子化対策

以上のような原因による子どもを産み育てるこ

との困難を打開するため対策として、もっとも代

表的なものが「低出産高齢社会基本計画」である。

これは「セロマジプラン」とも呼ばれている。「セ

ロマジ」とは「新しい」と「最後」をあわせた造語

で、そこには「新しく希望に満ちた出産から老後

生活の最後まで、美しく幸せに暮らす社会」とい

う意味と「希望に満ちた未来と幸福で満ちた社会

を迎える」という意志を込めている。この計画目

標は、2020年までに少子高齢社会に対応する経

済社会構造の改革を推進し、持続可能な社会を実

現することである。そのために5年ごとに段階的・

戦略的目標を設定し推進することとなっており、

2006~ 2010年の計画を「第1次低出産高齢社会

基本計画」としている。

この第1次低出産高齢社会基本計画は、「出生

率下落の趨勢を反転させ、高齢社会適応基盤を

構築」することを目標とし、推進課題を大きく

(1)出産と養育に有利な環境造成、(2)高齢社会

の生活の質向上基盤の構築、(3)未来成長動力の

確保の3つの分野に分けた少子高齢化への総合

対策で、242にものぼる細部事業を推進すること

となっている。そのうち少子化対策については、

「(1)出産と養育に有利な環境造成」のもとに、さ

らに①出産・養育に対する社会的責任強化、②家

族親和・両性平等の社会文化造成、③健全な未来

世代の課題(総96個)を立て推進している。この

計画の予算をみると、少子化対策に重点を置いた

ものとなっていることがわかる(表1参照)。また、

中央政府とは別途に自治体でも独自の事業も展開

されつつある。

2006年6月に盧武鉉政権のもとでこの計画はス

表 1 セロマジプランへの年次別投資計画(兆ウォン)

区分 計‘06 ‘07 ‘08 ‘09 ‘10

計画 確定 計画 確定 計画 確定 計画 予算案 計画計 32.1 3.7 4.5 5.7 5.9 7.1 8.4 7.3 10.7 8.3

低出産 18.9 2.1 2.1 3.2 3.0 4.0 3.8 4.6 4.7 5.0

高齢化 7.2 0.8 1.3 1.3 1.6 1.8 3.2 1.4 4.6 1.9

成長動力 6.0 0.8 1.1 1.2 1.3 1.3 1.4 1.3 1.4 1.4

資料:『第1低出産高齢社会基本計画(補完版)』p. 35

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韓国における少子化対策

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タートしたのだが、2008年2月に李明博政権へと

政権交代する 8)。少子高齢化対策について李明博

政権は、前政権の第1次低出産高齢社会基本計画

の3つの推進課題を汲みつつ、それに国政課題を

反映させて補完した形として「第1次低出産高齢

社会基本計画(補完版)」を2008年11月に発表し

た。これは、スタートして1年半ほどの第1次低

出産高齢社会基本計画の評価から出されたもの

ではなく、新政権の国政指標に対応させる形で追

加、拡大し発表したものである。

補完版の内容を少し詳しく見ていくと、まず

推進課題の①「出産と養育に対する社会的責任強

化」に対応する施策として、大きく「新婚夫婦出

発支援」、「妊娠・出産への支援」、「養育費支援」

の3つの支援方向が示されている。主な内容とし

て、まず「新婚夫婦出発支援」には、年間5万戸

の住宅支援や、軍人や結婚予定者に対する結婚・

出産・育児関連教育・情報提供などがある。住宅

支援は、無住宅で低所得新婚夫婦(低所得の基準

は前年度都市勤労者平均所得の70%以下、共働き

夫婦は100%以下としている)を対象としている。

次に「妊娠・出産への支援」には、産前診察や不

妊治療の費用支援、新生児医療サービス支援、妊

産婦および乳幼児の栄養指導、国家必須の予防接

種の支援などがある。しかし、そのうち不妊費用

負担や栄養指導事業については低所得層の世帯

に限定されている。そして「養育費支援」である

が、これも中産層でもその下位層から低所得層を

中心とした支援策となっている。0~ 4歳児への

養育支援は都市勤労者世帯の100%以下を対象と

し、支援額は子どもの年齢と所得水準に応じて変

わる仕組みとなっている。また就学準備などで育

児施設利用のニーズが高い満5歳の保育・養育費

の全額支援や、2人目以降の保育・教育費の50%

を軽減する支援についても都市勤労者平均所得

の100%以下が対象となっている(表2参照)。ま

た、オリニチプ 9)や幼稚園を利用しないボーダー

ライン層 10)の満0~ 1歳児のみを対象にした養育

手当(10万ウォンを2009年7月から)支給や、勤

労所得支援税制(EITC)や国民年金出産クレジッ

ト 11)などの税や社会保険での支援の拡大も含まれ

ている。また、一方で、ニーズの高さにもかかわ

らず不足していた国公立保育施設 12)について低

所得層密集地域中心とした整備、保育施設利用児

の70%以上が利用している民間保育サービスの質

を高めるための評価認証制度の導入、また運営の

透明性のために国公立や一定以上の規模の民間施

設の保育施設運営委員会設置義務化なども重点対

策の1つとして盛り込んでいる。

次に、推進課題の「②家族親和・両性平等の社

会文化造成」に対応する主な具体的施策として、

仕事をする女性が育児と職場生活を並行すること

ができるよう、産前産後休暇、育児休暇を拡大し、

父親の出産休暇制度を導入するなどがあげられて

いる。それと同時に労働時間の短縮や働き方の柔

軟化の推進や、職場内保育施設設置への国家か

らの支援強化、女性が出産によってキャリアが断

絶される期間が短くなるように、出産で仕事を退

職した女性について新規雇用した企業への奨励金

支給などを掲げている。また、長期的なキャリア

断絶の状況にある主婦に対しての短期適応訓練事

業なども計画されている。このような社会文化造

成のための企業への働きかけがある一方で、家族

の価値や両性平等についての理解を助けるための

学校教育や社会教育プログラムの開発、家族相談

サービスの充実、家族余暇プログラム支援なども

取り組むべき課題として示している。

「③健全な未来世代育成」に対応する事業では、

児童・青少年の安全な生活を支援するために「児

童青少年政策5カ年計画」(2008~ 2012年)と連

携して少子化対策として「子どもの安全総合対

策」を用意し(2009.3~)、また、IMF金融危機に

よる家族解体や家族機能の低下から児童虐待の増

加が見られることから、児童虐待防止の強化を盛

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り込んでいる。そして児童・青少年の健全な成長

を地域社会で支えることを目的に、放課後支援の

充実や地域児童センター設置なども含んでいる。

さらに、IMF経済危機後の家族解体により児童の

貧困が増加しているにもかかわらず、効果的な対

応ができていないことから、脆弱階層の児童に対

する保健・福祉・教育合わせ型 13)の統合サービス

である「ドリームスタート」14)の拡大や、施設児

童や子どものみの世帯の児童が貯蓄すれば政府が

毎月それと同じ金額を支援し18歳以降に自立資

金として使用するようにする児童発達支援口座制

(CDA)15)の拡大も盛り込まれている。

低出産高齢社会基本計画に見る少子化対策は、

住宅支援策や養育費負担軽減策、貧困児童への支

援策というような経済的支援策と、女性が働きや

すい環境造成のための施策に重点をおいているも

のとなっている。少子化の原因でみてきた雇用を

含む経済状況による不安や女性の経済活動参加の

増加に対処し、少子化を食い止めようとする政府

の意思を反映しようとしたものといえよう。

4. 少子化対策の限界

第1次低出産高齢社会対策基本計画が推進され

ているところであるが、出生率の回復はまだ見え

ない状況である。計画樹立からまだ2年しか経過

していないこともあり、その効果を見るには困難

であるが、確かに、これまで不十分であった産休

制度や育児休暇制度の整備、養育のためのインフ

ラ整備など、ある程度効果的と思われる対策がこ

の計画に多く盛り込まれ、女性が経済活動へ進入

するための基盤整備としての意味は大きい。しか

し、その一方で、労働市場や雇用のあり方によっ

表2 乳幼児保育・教育費の支援現況(2008年現在)

区分 支援対象世帯 支援水準 対象数(千名)満0~ 4歳児初等保育・教育費

都市勤労者世帯月平均所得の100%以下

所得階層により保育費の100,80,60,30%

730

(621+109)満5歳児無償保育・教育費

都市勤労者世帯月平均所得の100%以下

保育・教育費全額保育施設・私立幼稚園,月167千ウォン(国公立幼稚園,月55千ウォン)

275

(130+127)

2人以上の子どもの保育・教育費

都市勤労者世帯月平均所得100%以下(二人目から)

保育・教育費の50% 84

(70+14)

障害児無償保育・教育費

保育施設利用障害児(満12歳以下)

保育料全額(月372千ウォン)

15

幼稚園利用障害児(満5歳以下)

教育費全額(私立幼稚園,月361千ウォン 国公立幼稚園,月90千ウォン)

3

農業者の乳幼児養育費 農地所有 5ha未満 保育・教育費の70%(満5歳児は100%)

29

女性農業者の手伝い 農地所有5ha未満 保育・教育費の35%(満5歳児は50%)

25

注 1: ( )内の対象者数は保育施設利用児童+幼稚園利用児童 2: ‘08年の都市勤労者世帯の月平均所得(4人基準):398万ウォン資料:大韓民国政府(2008)『低出産高齢社会基本計画(補完版)』

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韓国における少子化対策

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て労働可能人口が経済的不安にさらされている状

況を考えると、以下にみるような疑問点から限界

を指摘することができる。

第1の疑問点は、中産層をも含みきれない少子

化対策が十分に機能しうるのかという点である。

2006年12月に大統領諮問の政策企画委員会から

出版された『先進福祉韓国のビジョンと戦略』で

は、「既存の少子高齢化への政策の限界」として

以下のように述べている。

少子高齢化は全国民にかかわる問題であるに

もかかわらず、これまでの対策は低所得・貧困

階層を主要対象として既存の政策を補完する程

度の水準であった。そのため、公保育・公教育、

住居安定などに対する中産層の広範囲な需要に

対応するには限界をみせていた。そして出産・

育児、高齢者介護などに対して国家の役割を強

化するためには財源の用意が必須であるが、韓

国はまだ必要な水準に大きく及ばない実情であ

る。(大統領諮問政策企画委員会 2006)

つまり既存の少子高齢化対策は、貧困対策のな

かに盛り込まれてきており、経済安定の鍵となる

中産層への対策は用意されていなかったことから

効果的なものではなかったと認識していることが

わかる。低出産高齢社会基本計画という対策を用

意したことにより、少子化対策への国家の意思が

強く現れているといえるが、しかしながら、その

内容の中心的施策ともいえるものは、低所得者へ

の住宅支援や所得が都市勤労所得者の100%以下

に限定された養育費支援であるなど、下位中産層

までを対象にしたものであり、低所得者対策とい

う性格から抜け出せたとは言いにくい。少子化の

原因でも触れたように、所得が高い層になるほど

養育費の負担感から子どもを生むことを控えるこ

とにつながっているという結果にもかかわらず、

依然としてそこには手が届いていないのである。

このように対象が所得により限定される住宅支援

や養育費支援は少子化対策として限界を持つと考

えられる。

しかし、そもそも、韓国の教育熱につながって

いる労働市場における学歴格差の問題と若者の就

職の困難さが改善されないなかで、果たして養育

費負担軽減策は有効なのかという疑問が第2の疑

問点である。

韓国の高い教育熱による私教育費の過度な負担

が問題となっていることについては先に触れた。

それは結局、良い就職口を得る(=安定した生活

を得る、親にとっては安定した老後生活を得る)

ための結果である。しかし、そのような状況の中

にあって、養育費の支援が本当に有効なのだろう

か。もちろん教育を受ける機会を均等にするとい

う努力は、特に低所得世帯が将来的に平等な機会

を得るために重要であると考える。ただ、少子化

対策として養育費負担を軽減する対策を盛り込ん

でも、低所得世帯もそのうえにさらに私教育費を

つぎ込むしかないのではないかという疑問が残

る。本来「必要な」養育費の負担が軽減された分、

良い教育費を受けさせ、将来的に良い就職口を得

るために私教育費に投資をするという現象が起こ

りうると考えるからである。人々は良い大学へ進

学し良い就職先を得ることを目指すという構造に

は変化は起こらないであろうし、政府の政策が皮

肉にもさらに競争を激しくさせる結果を招くこと

になるかもしれない。この構造が変わらない限り、

養育費の負担軽減策は少子化対策として効果をみ

せられるのか難しいところである。

第3に、非正規雇用が増大するなかで、女性の

仕事と家庭の両立を支える各種休暇制度が十分に

機能しうるのかという疑問である。少子化対策と

して、産前産後休暇制度や育児休暇制度の導入、

保育施設などのインフラ拡大・サービス向上は、

女性の仕事と家庭の両立のための環境整備として

の意味は大きい。しかしその一方で、これらの休

暇制度の給付対象は雇用保険加入者となっている

のが問題である。なぜなら、実際に非正規雇用で

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海外社会保障研究 Summer 2009 No. 167

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雇用保険に加入しているのは約40%程度で大変

低い水準であり(朝鮮日報 2009.4.27)、非正規

職は「社会保険の死角地帯」とも言われている現

状があるからである。女性の非正規職者の雇用保

険加入率についてはさらに低く、2005年の経済活

動人口調査の付加調査では29.7%に過ぎなかった

としている(大韓民国政府 2008)。これは事業

主が保険料負担を回避していることに起因すると

考えられるが、女性の非正規雇用化の可能性が高

いうえに、このように雇用保険加入率が低いこと

を鑑みれば、各種休暇制度が十分に機能しないこ

とも考えうる。

女性の経済活動への参加を促進しようとするた

めには、保育施設のインフラ拡充・サービス向上

とともに、非正規雇用者を落とすことなく機能す

ることができる制度整備なくしてはかなりの困難

を伴うとしかいえないのである。

また、非正規雇用の増大は、男女かかわらず経

済的不安につながる問題である。このような状況

のもとで少子化を克服していくために、女性の働

き方を考えると同時に、男性の働き方についても

見直していく必要がある。男性の出産・育児休暇

取得を対策にあげているものの、その取得状況は

大変低調である(大韓民国政府 2008)。実際に

この制度を利用できる環境となっているのか。そ

れはまさに男性の働き方にも見直しが必要である

ことを示しているといえる。

5. おわりに

本稿では、韓国の深刻な少子化の現状と、政

策的背景となっている30年以上も強力に続けら

れた人口抑制政策についてふまえた上で、少子

化の原因と対策、そこから見出せる限界について

述べてきた。

雇用のあり方からもたらされる経済的不安や、

女性が仕事と家庭の両立を支える環境整備の不十

分が少子化の原因となっており、その対策である

「第1次低出産高齢社会基本計画」では、各種休

暇制度・養育インフラの整備など、ある程度効果

的と思われる対策を盛り込んでいる。しかしその

一方で、中産層を含みきれない低所得者中心の支

援策、そもそも労働市場や雇用情勢の改善が見ら

れない中での養育費支援、非正規労働者を含みき

れない雇用保険制度からくる現対策への疑問点か

ら、少子化対策として限界があると考えられるの

である。

このように、少子化の原因には市場と雇用のあ

り方や家族のあり方が確かにある。それはグロー

バル化の影響を受け、それが外的な圧力として韓

国における労働市場の柔軟化を進めることになっ

てきたことに起因している。そのため非正規雇用

から正規雇用への転換は今後さらに難しくなる可

能性も大きい。少子化の進行を止めるためにも、

労働市場と社会保障が調和する制度設計が迫られ

ているのではないだろうか。非正規雇用であって

も、ある程度の賃金保障と社会保障で生活を支え

る方法を探る必要があるということである。この

点では日本も同様の状況におかれているといえる

だろう。

2009年4月に入って、李明博政権は「中産層を

育てるヒューマンニューディール」政策を打ち出

した。社会安定と均衡的な発展に重要な中産層

が低所得層に転落しないように保護すること、ま

た低所得層から中産層へ移動できる機会を創出す

ることを目指した、労働市場親和的なビジョンと

なっている。先に限界点として少子化対策に中産

層を含みきることができていない点をあげたが、

この政策が少子化対策へ積極的な効果を見せるこ

とができるのか、今後見ていく必要があるだろう。

注1) 韓国では「テジ(豚)」は財運の象徴としており,亥の年に生まれた子どもは財運が良いとする.2007年はそのなかでも600年に1回の亥の年とされ,この年に子どもを生もうとする傾向が見られた.

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韓国における少子化対策

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2) アジアの新興諸国と呼ばれる国々は経済成長期とともに,出生率の低下が顕著に見られるのが特徴的である.東アジアの国々は超少子化国ともいえる状況である.

3) 朴正熙政権以降の人口抑制政策推進下では,避妊方法が印刷されたカレンダーを作成したり,「二人だけ産み育てよう」「息子,娘を区別しないで産み育てよう」「良く育てた娘1人,10人の息子でも羨ましくない」などの標語を掲げたポスター作成したりして国民の認識に働きかけた.全国の保健所に看護師または助産師を家族計画要員として配置し,家族計画相談室を置き啓蒙活動や避妊方法の普及を行っていった.1980年にはこの要員は2600人以上配置され,後には保健要員へと名称を変え,役割も家族計画,母子保健,結核などの総合保健事業実施などへと拡大される.避妊施術(永久的避妊手術も含まれた)などには,政府による費用負担軽減のための財政的支援も行われた.また,1962年には海外移住法が制定され,1980年代後半まで移民者は増加していったが,民主化や経済発展によりその数は減少していった.

4) 人口資質の問題については,これより早く,80年代末から言われ始めるようになった.80年代に急速な出生率の減少とともに,伝統的意識構造による男児選好観や胎児の性鑑別のために医学技術の発展,人工妊娠中絶利用の普遍化などの複数の要因が絡み合い性比の不均衡が起こっていた.

5) 当時の金泳三政権では規制緩和を始めとして経済の自由化を図る一方で「生活の質の世界化のための大統領福祉構想」を出した.これは統合された世界経済を念頭に置いた国家建設を目標として,経済開発と社会開発の調和を追求しようとしたもので,①最低水準保障の原則,②生産的福祉の原則,③共同体的福祉の原則,④情報化効率化の原則,⑤安全重視の原則の5原則を示した.雇用保険法の施行,国民年金法改正(農漁民を適用対象へ),高齢者や障害者福祉の総合対策の準備を指示するなどを行ったが,実践のほとんどは次の政府へと先送りすることとなる.

6) イ・サムシクら(2004)は,ウン・ギスによる調査による「未婚者の結婚計画がない理由:複数回答」を用いている.そこでは男性では第1位は「結婚することができる経済的基盤不足」,第2に「自分の仕事により熱中したいため」,第3は「結婚しなければならないと思わないから」となっている.女性では第1は「自分の仕事により熱中したいため」,第2は「結婚しなければならないと思わないから」,第3が「結婚することができる経済的基盤不足」となっている.

7) 女性の経済活動参加を支える制度が比較的整備されている職種に公務員がある.両性平等の観点から公務員の半数近くが女性となるよう採用努力が行われている.また,2008年から育児休暇取得の条件を「3歳未満の子ども」から「6歳以下の就学前の子ども」へと拡大し,休暇期間も従来の1年から3年へと拡大している.ある庁舎では2008年7月から庁舎内保育所が開設され,家族親和的な職場環境を整備しているところである.しかし,庁舎内保育所は待機児が多く,民間施設も不足している状況となっている(行政安定部 2008).

8) 李明博政権は,「先進一流国家」をビジョンとして掲げ,それを実現するために「仕える政府」「活気のある市場経済」「人材大国」「成熟した世界国家」「能動的福祉」という5大国政指標のもとにそれぞれ4

つの国政戦略を配置した.そのうち「能動的福祉」とは,前政権の福祉政策とは異なり,「画一的な配給型福祉」ではなく「市場親和的な合わせ型福祉」を追及し,経済成長によって福祉需要を縮小すると同時に福祉財源を確保するというものである(金 2008).この国政指標のもとでの戦略には「全ての国民のための生涯の福祉基盤を準備する」「合わせ型福祉を実現する」「庶民生活と住居を安定させる」「国民全てが仕事を通じて生きがいを感じることができるようにする」を掲げている.これらについては金(2008)や尹(2008)に詳しい.

9) 「オリニチプ」は直訳すれば「子どもの家」となり,日本の保育所を指す.

10) ボーダーライン層を韓国では「次上位階層」という.この次上位階層とは,国民基礎生活保障受給の基準となる最低生計費の120%までの者を指す.

11) 2人以上の子どもが居る世帯について一定期間分の年金保険料納付を認定するというものである.2人目の子どもは1年,3人以上の子どもがいる場合には1年6カ月(最大50カ月)を付与するものである.

12) 韓国の保育施設は設立主体別に以下の6つの類型に分けられる(表3参照).

①国公立保育施設:国家や地方自治体が設置・運営 ② 法人保育施設:「社会福祉事業法」による社会福

祉法人が設置・運営 ③ 父母共同保育施設:保護者が組合を結成し,設置・

運営 ④ 家庭保育施設:個人が家庭やそれに順ずる所に設

置・運営 ⑤ 職場保育施設:事業主が事業所の勤労者のために

設置・運営 ⑥ 民間保育施設:上記の施設に該当しない保育施設

で,社会福祉法人外の法人または個人が設置・運営(法人外保育施設,民間保育施設)

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満3歳以上の幼児の約69%が育児施設(保育施設・幼稚園)を利用しているが,0~ 2歳の乳児についての利用率は21%程度である(大韓民国政府).

13) 李明博政権では「能動的福祉」の実現に向けて「合わせ型福祉」という福祉サービス提供のあり方を示した.これは前政権までの事後的な画一な配給型福祉ではなく,個々のニーズに合わせたサービスを提供できるようにする福祉政策のあり方をさす.この前提には経済成長によって福祉需要を縮小し,同時に福祉財源を確保する市場親和的戦略である.

14) 2007年に盧武鉉政権から「希望スタート」として始まった事業で,2008年以降,「ドリームスタート」として全国32カ所で運営されている.保健,教育,福祉などの児童を保護するための統合的なプログラムで,ネグレクト児童の発見および保護,予防のためのプログラムなどをおこなっている.保健所,地域児童センター,学校,塾,宗教団体,病院などとの協力体制構築も目的のひとつである.

15) 支援対象児童が保護者や後援者の後援金のうち,その一部である月3万ウォン以内で「児童発達支援口座」に貯金を行えば,政府でも17歳まで同じ金額を1:1マッチングファンドとして積み立て,満18歳以降に社会進出時の自立資金に限って使用できるものである.施設児童・子どものみの世帯など要保護児童に支援対象を限定しているが,基礎生活受給権者児童などにも段階的に拡大する予定.

参考文献〈日本語文献〉有田伸 2006『韓国の教育と社会階層-「学歴社会」への実証的アプローチ-』東京大学出版会

奥田聡 2007「韓国-経済危機後の二極化現象」『アジ研ワールド・トレンド』No.136 pp. 16-19

金恵媛 2003「少子化の進む韓国の性選択的出産の状況」『エイジング』Vol.21 No.2 pp. 28-31

金成垣 2008「李明博政権の福祉政策―方向転換か変わらぬ道か―」『Int’lecowk』通巻985 pp. 13-18

――― 2009「日本,韓国,台湾における若者貧困と社会保障―福祉国家体制への示唆―」樋口明彦編集『若者問題の比較分析―東アジア国際比較と国内地域比較の視点―論文集(III)』pp. 62-81

武川正吾,キム・ヨンミョン編 2005『韓国の福祉国家・日本の福祉国家』東信堂

早瀬保子 2000「出生率低下とその要因」石南國,早瀬保子編『アジアの人口問題』大明堂pp. 33-56

尹誠國 2008「韓国新政権における社会政策―右派的政策志向と政治状況を中心に―」『Int’lecowk』通巻985

pp. 7-12

〈韓国語文献〉イ・サムシク,ビョン・ヨンチャン,キム・ヒョンシク

2004「人口高齢化の展開と人口対策」韓国保健社会研究院

イ・サムシク,シン・インチョル,チョ・ナムフン他2005『低出産の原因及び総合対策研究』低出産・高齢社会委員会,保健福祉部,韓国保健社会研究院

イ・サムシク,ソン・ウドク 2006「『低出産高齢社会基本計画』の概要」チョ・ナムフン他著『低出産高齢社会基本計画の理解』韓国保健社会研究院低出産高齢社会研究センター pp. 91-107.

キム・ギョンシン 2008「低出産政策および事業の評価と代案」韓国家庭管理学会『2008年秋季学術大会』pp. 9-22

キム・ヨンヒョン 2006「低出産高齢社会政策のビジョンと戦略」チョ・ナムフン他著『低出産高齢社会基本計画の理解』韓国保健社会研究院低出産高齢社会研

表 3 保育施設の現況(2008.12.31現在)(カ所,人)

区分 計国公立保育施設

法人保育施設

民間保育施設 父母共同保育施設

家庭保育施設

職場保育施設小計 法人外 民間個人

施設数カ所 33,499 1,826 1,458 14,275 969 13,306 65 15,525 350

(比率) 100.0% 5.5% 4.4% 42.6% 2.9% 39.7% 0.2% 46.3% 1.0%

児童数

定員 1,429,105 141,353 144,158 849,078 66,730 782,348 1,908 269,482 23,126

(比率) 100.0% 9.9% 10.1% 59.4% 4.7% 54.7% 0.1% 18.9% 1.6%現員 1,135,502 123,405 113,894 669,465 53,818 615,647 1,491 210,438 16,809

(比率) 100.0% 10.9% 10.0% 59.0% 4.7% 54.3% 0.1% 18.5% 1.5%利用率 79.5% 87.3% 79.0% 78.8% 80.7% 78.7% 78.1% 78.1% 72.7%

資料:保健福祉家族部2009「保育統計」

Page 15: 韓国における少子化対策 - 国立社会保障 ... · 韓国の人口は、朝鮮戦争休戦後、急激な増加を 見せていく。1970年には3,224万人であった人口

韓国における少子化対策

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究センター pp. 1-17.

チョ・ナムフン 2006「人口政策の概念と発展概況」チョ・ナムフン他著『低出産高齢社会基本計画の理解』韓国保健社会研究院低出産高齢社会研究センター

pp. 60-88.

大統領諮問政策企画委員会 2006『先進福祉韓国のビジョンと戦略』ドンドウォン

洪文植,李任田,李相暎 1991『2000年代に向かう人口政策構想』韓国保健社会研究院

李時伯 1992「低出産時代の人口政策」『保健学論集』Vol.29 No.1 pp. 7-22.

〈インターネット資料〉内閣府 2008「平成20年版 少子化社会白書」韓国統計庁 「人口動態推計」

行政安全部 2008「行政安全白書」参与連帯 http://www.peoplepower21.org

大韓民国政府 2008「第1次低出産高齢社会基本計画(補完版)」

保健福祉家族部 2008「保育統計」――――――― 2006「保健福祉白書」――――――― 2007「保健福祉白書」朝鮮日報 2009.4.27「〔2009韓国,どこへ向かわなければならないのか〕非正規職,零細自営業者も雇用保険加入を伸ばさねば」(http://news.chosun.com/site/data/

html_dir/2009/04/26/2009042600992.html)

(まつえ・あきこ  首都大学東京大学院人文科学研究科博士後期課程 明治学院大学社会学部社会福祉学科副手)