4

　

糖尿病の一般的な検査といえば、空

腹時血糖値とＨｂＡ１ｃ値の測定です。

ところが、これらが基準値内にあって

も、食事をとったあとに血糖が大幅に

上昇する人がいます。糖尿病は、この

「食後高血糖」から始まります。

　

また、食後高血糖は心筋梗塞や脳梗

塞の危険を高めることが指摘されてい

ます。空腹時血糖値が高めの人は一度、

食後の血糖値を調べてみましょう。

糖尿病は全身の血管を

障害する〝血管病〞です

　

糖尿病は、膵臓から分泌されるイン

スリンというホルモンの作用不足（こ

れをインスリン抵てい

抗こう

性せい

といいます）に

よって、食物から取り入れたブドウ糖

がエネルギーとして十分に利用されず、

血液中に増え過ぎてしまう（高こう

血けっ

糖とう

に

なる）病気です。

　

高血糖を放置すると、全身の血管が

深刻なダメージを受けます。糖尿病の

三大合併症として知られているのが網

食後高血糖

膜症、腎症、神経障害です。これらは

細い動脈が侵されるので細さい

小しょう

血けっ

管かん

障しょう

害がい

と呼ばれます。

　

高血糖はまた、動脈硬化を強く進ま

せ、心筋梗塞や脳卒中などの危険因子

となります。これらは太い動脈が侵さ

れるので大だい

血けっ

管かん

障しょう

害がい

と呼ばれます。

　

糖尿病は、単に血糖値が上がる病気

ではなく、血管の病気だという認識を

持つことが最も重要です。

　

また、肥満や高血圧、脂質異常症、

タバコも、血管を障害する重要な因子

です。血糖とともに、これらにも注目

して、ともに改善しなければ、血管も、

健康寿命も、守ることはできないこと

を肝に銘じておきましょう。

空腹時血糖値が正常なら

糖尿病の心配はない？

　

一般的な健診で行われる糖尿病の検

査は、空腹時血糖値とＨエイチ

ｂビー

Ａエー

１ワンｃシー

（グ

リコヘモグロビン）値の測定です。

　

空腹時血糖値は、朝まで10時間以上

食事をとらない状態で測定した値です。

この値が高ければ、75ｇ経口ブドウ糖

負荷試験（以下、糖負荷試験）行いま

東京慈恵会医科大学名誉教授同附属病院総合診療部客員診療医長

田嶼 尚子 先生（たじま・なおこ）

◉略歴1970年、東京慈恵会医科大学卒業。’72 年、同大学第 4内科入局。’83 年、米国ピッツバーグ大学小児科および同公衆衛生大学院客員助教授として留学。同大学院修士課程修了。東京慈恵会医科大学内科学講座助教授、主任教授などを経て、2010年、同大学名誉教授。附属病院総合診療部客員診療医長兼任。日本糖尿病学会功労評議員、アメリカ糖尿病学会、ヨーロッパ糖尿病学会などに所属。厚生労働省「国民・健康栄養調査」構成員および東京都「糖尿病医療連携協議会」副会長を務めるほか、国内外で幅広く活躍。専　門：糖尿病学、臨床疫学

監　修

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㎗以上になることも珍しくありません。

　

ブドウ糖を食事に置き換えると、糖

負荷試験の血糖値が高い人は、ふだん

の食事のあとも、上昇した血糖が正常

に戻らず、高血糖になっている可能性

があります。この状態が食しょく

後ご

高こう

血けっ

糖とう

です。

　

結果は、「正常型」「境界型」「糖尿

病型」の３つの型で判定されます。

　

空腹時血糖値１２６㎎／㎗以上、負

荷後2時間血糖値２００㎎／㎗以上の

いずれか、または両方を満たす場合、

糖尿病型（糖尿病）と判定されます。

　

正常型と糖尿病型の間に境界型があ

糖尿病の早期発見の鍵特集1

ります。境界型は「正常とはいえない

が、糖尿病ともいえない」グレーゾー

ンで、耐糖能異常、糖尿病予備群など

と呼ばれます。

　

境界型には３パターンあります。次

ページの図を見てください。Ａは、空

腹時血糖値だけが高いタイプ。Ｂは、

空腹時血糖値も、食後血糖値も高いタ

イプ。Ｃは、空腹時血糖値は正常で、

食後血糖値が高いタイプです。

　

空腹時血糖値が高いＡとＢは、糖負

荷試験を勧められます。

　

では、Ｃは？　

空腹時血糖値は正常

す。これは、上昇した血糖を戻して正

常に保つ能力（耐たい

糖とう

能のう

といいます）を

調べる検査で、水に溶かした75ｇのブ

ドウ糖を飲んで、30分、１時間、２時

間後に採血して血糖値を測定します。

　

食事をとると、炭水化物が吸収され

てブドウ糖となって血液中に出てくる

ため、血糖は上昇します。通常は食事

の量や内容にかかわらず１４０㎎／㎗

を超えることはなく、２〜３時間後に

は食前の血糖値に戻ります。ところが

糖尿病になると、２時間後の血糖値が

２００㎎／㎗を優に超え、３００㎎／

糖尿病は、全身の血管を侵して深刻な病気を引き起こします

血管を痛めつける仲間が多いほど、血管のダメージが進みます

糖尿病は血管の病気

6

腎症、神経障害の発症率が急激に高ま

ります。しかし、心筋梗塞や脳卒中の

危険は、その手前の境界型（負荷後２

時間血糖値１４０〜１９９㎎／㎗）の

段階で、すでに高まっていることがわ

かってきました。つまり、細小血管障

害は糖尿病と診断されてからリスクが

です。食後の血糖値が高いことは、糖

負荷試験をしなければわかりません。

つまり、Ｃは、『実際にはあるのに見

つけられない糖尿病（隠れ糖尿病）』

といえます。〝空腹時血糖値が正常〞

というだけでは安心できないのです。

　

ＨｂＡ1ｃ値は、過去１〜２か月の

平均的な血糖値を反映し、糖尿病患者

さんでは血糖コントロールの物差しと

なる値です。健診では、６・５％以上（Ｎ

ＧＳＰ値。10ページ参照）の場合、糖

尿病と診断されます。

　

しかし、ＨｂＡ1ｃ値もまた、軽い

糖尿病や境界型では、６％前後の正常

域内を示すことが少なくありません。

また、あくまで平均値なので、血糖値

の変動幅まではわかりません。

　

空腹時血糖と同様に、ＨｂＡ1ｃ値

もまた、健診時の値だけでは、見逃さ

れる糖尿病があるかもしれないのです。

食後高血糖は脳梗塞や

心筋梗塞に大きく関係

　

負荷後２時間血糖値が２００㎎／㎗

以上（糖尿病型）になると、網膜症、

高くなりますが、大血管障害

は糖尿病になる前から起きて

いるのです。

　

しかも、空腹時血糖値だけ

が高い境界型よりも、食後高

血糖がある境界型（図のＢ、

Ｃ）のほうが、大血管障害の

危険が高いことが明らかにな

りました。食後高血糖は、そ

れ自体が太い血管の動脈硬化

を強力に進めるのです。

　

また、がんや高齢者の認知

機能障害などへの関与も示唆

され、近年、食後高血糖の重

要性がにわかにクローズアッ

プされてきました。

空腹時血糖値が正常でも　食後高血糖が隠れていることが…

食後高血糖は心筋梗塞や脳梗塞の重大な危険因子です

負荷後 2時間血糖値も

負荷後 2時間血糖値が

血糖値の判定基準

7

空腹時が３桁なら

食後の血糖値を測定

　

糖尿病を早期発見するうえで注目し

なければならないのが「境界型」のグ

ループと「正常型の一部」の人たちです。

　

正常型では、１００〜１０９㎎／㎗

を正常高値と呼んでいます。これは、

〝いちおう正常域だけれど、セーフと

いうわけではないですよ〞と思ってく

ださい。この中に食後の血糖値が大幅

に上昇する人や、上がった血糖値がな

かなか下がらない人がいます。

　

また、正常型でも、負荷後１時

間血糖値が１８０㎎／㎗を超える

と、本格的な糖尿病に移行しやす

いことがわかっています。

　

空腹時血糖値が３桁

4

4

4

4

4

4

4

4

4

（１００㎎

／㎗以上）になったら、糖負荷試

験を行って、境界型ではないか、

負荷後２時間血糖値が糖尿病領域

ではないかを調べることをお勧め

します。

　

また、かかりつけ医に相談して、

食事をとり始めてから１〜2時間

以内に受診して採血し、食後の血

糖値を測定してもらう方法もあり

ます。

　

さらに、「持続血糖モニター」

という、24時間、連続して血糖を

測定する検査もあります（10ペー

空腹時血糖値が正常でも　食後高血糖が隠れていることが…

ジ参照）。空腹時血糖値は正常なのに

ＨｂＡ1ｃ値が高いという人にこの検

査を行うと、食後高血糖が見つかるこ

とがあります。

　

自宅で簡便に調べられるのは尿にょう

糖とう

で

す。血糖が１６０㎎／㎗を超えると、

尿に糖が出るようになります。

　

起床したら排尿し、朝食をとってか

ら1〜２時間の間に尿試験紙（薬局で

手軽に購入できます）で尿糖を調べま

す。プラス、あるいはプラスマイナス

の反応が出れば、概して血糖が１６０

㎎／㎗以上であることを示唆し、食後

高血糖が疑われます。

空腹時血糖値が100mg/㎗を超えたら75gブドウ糖負荷試験を受けましょう

空腹時血糖値だけではわからない食後高血糖

8

空腹時血糖も食後血糖も

下げる治療が必要です

　

糖尿病の治療では、空腹時血糖のコ

ントロールだけでなく、食後血糖の管

理が重要です。特に、食後1〜2時間

の血糖値を１６０㎎／㎗以下に管理す

ることが望ましいとされます。

　

糖尿病に進む前の境界型もすでに、

対策が必要な段階です。特に境界型で

の食後高血糖の改善は、本格的な糖尿

病への移行を防ぎ、将来の大血管障害

を防ぐために重要です。

　

血糖値の管理は、食事、運動、体重

のコントロール、必要に応じた薬物療

法が基本です。

　

食事は、バランスのよい栄養素と適

正なカロリーが大切です。よく、血糖

値を上げないために糖質制限に熱心な

人がいます。糖質（炭水化物）の種類

によっては、たしかに食後の血糖を上

げます。だからといって糖質を極端に

制限すると、むしろインスリン抵抗性

のある体になるといわれています。

　

また、私たちの活動の司令塔である

まず食事と運動で改善必要なら薬物療法も

脳は、常にブドウ糖を必要としていま

す。脳を生き生きと働かせるためには、

適正量の糖質の摂取が必要なのです。

　

食物繊維の多い食品をいっしょにと

ると、ゆっくりと糖質が吸収されるの

で急激な血糖の上昇を抑えることがで

きます。主食では白米よりも玄米や胚

芽米、全粒粉パンのほうが食物繊維を

多く含んでいます。副菜には、豆や野

菜、キノコ、海藻などの食物繊維が豊

富な食材を積極的に採り入れましょう。

　

肉や魚に含まれるたんぱく質や脂肪

をとり過ぎると、高くなった血糖値は

なかなか下がってきませんので、バラ

ンスよく食べてください。

　

筋肉は、体の中で最もブドウ糖を消

費する臓器です。体を習慣的に動かす

ことが筋肉の衰えを防ぎ、血糖値の改

善に役立ちます。筋肉の柔軟性を高め

るストレッチ、自宅で簡単にできる筋

トレ、ウオーキングなどの手軽な運動

を楽しみながら続けましょう。

　

食事や運動で改善が不十分であれば、

薬物療法を検討します。食後高血糖を

治療する薬も登場していますから、か

かりつけの医師に相談してみましょう。

食後高血糖を改善するライフスタイル

食物繊維の多い献立は食後血糖の上昇を抑えます

ストレッチ、筋トレ、有酸素運動を楽しみながら続けましょう