6
身体動作の違いが身体角度の推定に与える影響の調査 Study on the influence of bodily motion on body orientation estimation 松岡 浩平 MATSUOKAKohei 筑波大学 University of Tsukuba 川崎 恭輔 KAWASAKIKyosuke 筑波大学 University of Tsukuba 葛岡 英明 KUZUOKAHideaki 筑波大学 University of Tsukuba 金井 KANAITsukasa 宇都宮大学 Utsunomiya University 久保田 善彦 KUBOTAYoshihiko 宇都宮大学 Utsunomiya University 鈴木 栄幸 SUZUKIHideyuki 茨城大学 Ibaraki University 加藤 KATOHiroshi 放送大学 The Open University [要約] 筆者らは,身体化デザインの理論に基づき,小中学生の天体学習を支援するため,VR(仮想現 )を利用したタンジブル地球儀デバイスを開発してきた.その中で,VR 提示装置であるタブレッ トの持ち方や見上げ角度によって使用者の角度認識に誤差が生じている可能性が指摘された. 本研究では,この仮説の検証と新たな知見を得ることを目的として,タブレットとヘッドマウントディ スプレイ(HMD)という VR 提示装置の違い,また見上げる方向や姿勢の違いに起因する身体動 作の違いが,角度認識に与える影響について調査した.仮想空間上に現れる点の角度を実験 参加者に推定させる実験を行い,認識角度の誤差を分析することによって人間の角度認識につ いて調査した.その結果,HMD とタブレット間における認識角度の精度に有意差は認められな いという結果を得た.加えて,HMD・タブレットを問わず,90°付近を向く際は垂直方向より水平 方向の方がより正しく角度を認識でき,また水平斜め前方向(75°付近)を向く際は足を動かしな がらの方がより正しく角度を認識することができるという結果を得た. [キーワード]身体化デザイン,学習支援,仮想現実,ヘッドマウントディスプレイ,タブレット,角度認識 1. はじめに 小中学校で行われる科学教育の中で,天文分 野を理解するためには地上から空を見上げる目 線と宇宙から太陽系を俯瞰した目線の両者を統 合した理解が必要になる[1][2][3] .そのため,天 文分野は特に理解が難しい領域の一つである [4] .こうした背景に基づき,筆者らは天体を直観 的に理解するため,地上からの視点を映すシミュ レータ,太陽系を宇宙から俯瞰するための地球儀, 地上から見える風景を VR(仮想現実)技術を用い て確認するタブレット,タブレットの動きと連動し参 加者が地球儀上に自らを投影する足掛かりとする アバタによって構成されたタンジブル地球儀シス テム (1)を開発してきた[5].提案システムにお いて,タブレット画面にはアバタの位置からタブレ ットを向けた方位の空を見た際に見える景色が表 示される.使用者は両腕を伸ばしてタブレットを持 ち,様々な方向に動かすことで周囲を見回し,ア バタ位置から見える太陽の方向を確認することが できる.これにより,タブレットを操作しながら太陽 を探す試行錯誤の過程で,使用者が地球儀上の アバタの視点に仮想的に立ち,太陽の動きをより 本質的に理解することが期待された.しかしながら, 提案システムを用いた実験において,使用者がタ ブレットを利用して太陽を見上げた角度を誤認し ている事例が確認された.例えば図 2 に示す状態 の場合、太陽は仮想空間の天頂方向に位置して いるにもかかわらず,使用者は自らが天頂よりさら 1 日本科学教育学会研究会研究報告  Vol. 32 No. 5(2017) ― 149 ―

身体動作の違いが身体角度の推定に与える影響の調査 6.おわり …kenkyu/201732/05/20173205_149-154.pdf · Holton, D. L.: Constructivism + Embodied Cognition

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6.おわりに

身体化認知による,季節の変化に伴う太陽の日

周運動の理解について検討した。日の出・日の入

りの理解は向上したが,南中高度は低下した。身

体感覚と身体動作のズレによる誤概念が示唆さ

れた。誤概念を解消するために,メタモデリングの

視点から実践2をデザインした。実践2の結果と考

察は,今後の課題とする。

本研究では生徒の理解状況を調べるために平

面上の天球モデルに立体をイメージさせている。

そのため,空間認識の問題により天球モデルを理

解できない生徒も存在する(金井・久保田 印刷

中)。解答方法を改善する余地がある。

引用及び参考文献

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葛岡英明 鈴木靖幸 山下直美 加藤浩 鈴木栄

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教育研究所附属理科教育センター,50-53,

2015

[謝辞]

この研究は基盤研究(B)17H01975 の助成

を受けたものである。

身体動作の違いが身体角度の推定に与える影響の調査

Study on the influence of bodily motion on body orientation estimation.

松岡 浩平

MATSUOKA,Kohei 筑波大学

University of Tsukuba

川崎 恭輔

KAWASAKI,Kyosuke 筑波大学

University of Tsukuba

葛岡 英明

KUZUOKA,Hideaki 筑波大学

University of Tsukuba

金井 司

KANAI,Tsukasa 宇都宮大学 Utsunomiya University

久保田 善彦 KUBOTA,Yoshihiko

宇都宮大学 Utsunomiya University

鈴木 栄幸

SUZUKI,Hideyuki 茨城大学

Ibaraki University

加藤 浩

KATO,Hiroshi 放送大学

The Open University

[要約] 筆者らは,身体化デザインの理論に基づき,小中学生の天体学習を支援するため,VR(仮想現

実)を利用したタンジブル地球儀デバイスを開発してきた.その中で,VR提示装置であるタブレッ

トの持ち方や見上げ角度によって使用者の角度認識に誤差が生じている可能性が指摘された.

本研究では,この仮説の検証と新たな知見を得ることを目的として,タブレットとヘッドマウントディ

スプレイ(HMD)という VR 提示装置の違い,また見上げる方向や姿勢の違いに起因する身体動

作の違いが,角度認識に与える影響について調査した.仮想空間上に現れる点の角度を実験

参加者に推定させる実験を行い,認識角度の誤差を分析することによって人間の角度認識につ

いて調査した.その結果,HMD とタブレット間における認識角度の精度に有意差は認められな

いという結果を得た.加えて,HMD・タブレットを問わず,90°付近を向く際は垂直方向より水平

方向の方がより正しく角度を認識でき,また水平斜め前方向(75°付近)を向く際は足を動かしな

がらの方がより正しく角度を認識することができるという結果を得た.

[キーワード]身体化デザイン,学習支援,仮想現実,ヘッドマウントディスプレイ,タブレット,角度認識

1. はじめに

小中学校で行われる科学教育の中で,天文分

野を理解するためには地上から空を見上げる目

線と宇宙から太陽系を俯瞰した目線の両者を統

合した理解が必要になる[1][2][3].そのため,天

文分野は特に理解が難しい領域の一つである

[4].こうした背景に基づき,筆者らは天体を直観

的に理解するため,地上からの視点を映すシミュ

レータ,太陽系を宇宙から俯瞰するための地球儀,

地上から見える風景を VR(仮想現実)技術を用い

て確認するタブレット,タブレットの動きと連動し参

加者が地球儀上に自らを投影する足掛かりとする

アバタによって構成されたタンジブル地球儀シス

テム (図 1)を開発してきた[5].提案システムにお

いて,タブレット画面にはアバタの位置からタブレ

ットを向けた方位の空を見た際に見える景色が表

示される.使用者は両腕を伸ばしてタブレットを持

ち,様々な方向に動かすことで周囲を見回し,ア

バタ位置から見える太陽の方向を確認することが

できる.これにより,タブレットを操作しながら太陽

を探す試行錯誤の過程で,使用者が地球儀上の

アバタの視点に仮想的に立ち,太陽の動きをより

本質的に理解することが期待された.しかしながら,

提案システムを用いた実験において,使用者がタ

ブレットを利用して太陽を見上げた角度を誤認し

ている事例が確認された.例えば図 2に示す状態

の場合、太陽は仮想空間の天頂方向に位置して

いるにもかかわらず,使用者は自らが天頂よりさら

図 1 タンジブル地球儀システム

日本科学教育学会研究会研究報告  Vol. 32 No. 5(2017)

― 148 ― ― 149 ―

に後方を向いていると誤認していた.

これについて、使用者の視線に対してタブレッ

トの表示面が垂直に保たれていないことが原因で

はないかと仮定した.タブレットを用いた VR 提示

は一般的に広く用いられている手法であり,他の

多くのシステムにおいても同様の課題が発生する

ことが懸念される.一方で,身体動作を活用して

VR空間内の情報を提示する手法としては,タブレ

ットを用いる手法以外にヘッドマウントディスプレイ

(以後,HMD)を用いる手法が存在する. HMDを

用いる手法では,頭部の角度がそのまま VR 空間

上の視界に反映される.そのため,タブレットのよ

うに把持する腕の角度等の影響を受けず角度認

識の精度が高まるという仮説を立て,これを検証

することにした.

本研究ではこの仮説を検証し,またタブレットと

HMD という VR 提示装置の違いに起因する身体

動作の違いが角度認識に与える影響について知

見を得るための実験を実施した.実験結果を分析

して得られた知見をもとに,より適切な空間認識が

可能となる VR の提示方法を考察し,これを天体

学習に応用することを目的とする.

2. 関連研究

2.1. 身体化デザインとタンジブル地球儀

Abrahamsonらは,科学,技術,工学,数学の学

習を支援する方法として身体化デザインを提案し

ている[6].彼らによれば,人間が道具を使ってあ

る目的を達成する為に,試行錯誤を重ねながらそ

の道具に対する動作を変更して望む効果を得よう

とするが,この過程で学習をしている.

自分が道具とどのように相互作用をしているの

かという事を分析し,具体的かつ定量的に理解さ

せることができれば,道具に対する動作は学習者

の中で徐々に内化する.やがて,そろばんに熟達

した者は算盤を取り除いた状態でも暗算ができる

ように,道具を取り除いた状態でもそれに対する

動作を脳内で再現することができるようになる.つ

まり,道具に対する動作を試行錯誤する過程でそ

の意味を理解させ,徐々に内化させることができ

る学習教材をデザインすることが必要である.

筆者らはこうした考え方に基づき開発したタン

ジブル天文学習システムを用いて,学習者が行う

動作が学習内容の理解に与える効果,そして授

業の手順の違いがその効果に与える影響を明ら

かにした[7].

一方,身体化デザインを適切な手法で利用,

認識することができなければ学習者は誤った身体

動作を内化し,誤った理解をしてしまう可能性が

ある.

2.2. 仮想現実の角度認識に関する研究

Frank ら[8]は,HMD を着用した使用者の周囲

に仮想的なボタンを表示する直観的操作インタフ

ェースの提案を行い,ボタンの位置とその方向を

指示した参加者の所要時間,認識角度誤差に関

する調査を行った.しかしながら, VR 提示装置

や姿勢に起因する身体動作の違いが角度認識に

与える違いについては未だに知られていない.

3. 実験

3.1. 実験目的

本実験では,タブレットでの垂直見上げ方向に,

持ち方に起因する角度認識誤差が生まれるという

仮説を検証し,また身体動作と角度認識の関係

について新たな知見を得るため,使用端末や方

向・姿勢の違いが人間の仮想空間における角度

認識にどのように影響するかを調査することを目

的とした.

3.2. 実験参加者

実験参加者は,筑波大学在籍の大学生・大学

院生の男性 10名で,全員が右利きであった.

3.3. 実験システム

実験には Unity で開発した Android アプリケー

ションを使用した.開発したアプリケーションはタ

ブレットとHMDの各端末で動作する.なお,HMD

にはスマートフォンを挿入して使用する方式の製

品を使用した.HMD 内のスマートフォンとタブレッ

トには同じ Androidアプリケーションをインストール

しており,表示形式(HMD 条件では複眼視用の

画面表示,タブレット条件では通常の画面表示)

以外は同一の挙動を示す.

アプリケーションは各端末に搭載された加速セ

ンサと連動している.学習者が端末を上下左右に

動かすことで,使用者が端末を向けている方向の

仮想空間の風景が画面に表示される.

仮想空間には「正面方向を示すカプセル状の

タブレット画面表示(画面中央に太陽)

太陽が存在すると誤認している方向(視線方向)

仮想空間に太陽が存在している方向(タブレットの方向)

図2 タンジブル地球儀での見上げ角度の誤認

日本科学教育学会研究会研究報告  Vol. 32 No. 5(2017)

― 150 ―

に後方を向いていると誤認していた.

これについて、使用者の視線に対してタブレッ

トの表示面が垂直に保たれていないことが原因で

はないかと仮定した.タブレットを用いた VR 提示

は一般的に広く用いられている手法であり,他の

多くのシステムにおいても同様の課題が発生する

ことが懸念される.一方で,身体動作を活用して

VR空間内の情報を提示する手法としては,タブレ

ットを用いる手法以外にヘッドマウントディスプレイ

(以後,HMD)を用いる手法が存在する. HMDを

用いる手法では,頭部の角度がそのまま VR 空間

上の視界に反映される.そのため,タブレットのよ

うに把持する腕の角度等の影響を受けず角度認

識の精度が高まるという仮説を立て,これを検証

することにした.

本研究ではこの仮説を検証し,またタブレットと

HMD という VR 提示装置の違いに起因する身体

動作の違いが角度認識に与える影響について知

見を得るための実験を実施した.実験結果を分析

して得られた知見をもとに,より適切な空間認識が

可能となる VR の提示方法を考察し,これを天体

学習に応用することを目的とする.

2. 関連研究

2.1. 身体化デザインとタンジブル地球儀

Abrahamsonらは,科学,技術,工学,数学の学

習を支援する方法として身体化デザインを提案し

ている[6].彼らによれば,人間が道具を使ってあ

る目的を達成する為に,試行錯誤を重ねながらそ

の道具に対する動作を変更して望む効果を得よう

とするが,この過程で学習をしている.

自分が道具とどのように相互作用をしているの

かという事を分析し,具体的かつ定量的に理解さ

せることができれば,道具に対する動作は学習者

の中で徐々に内化する.やがて,そろばんに熟達

した者は算盤を取り除いた状態でも暗算ができる

ように,道具を取り除いた状態でもそれに対する

動作を脳内で再現することができるようになる.つ

まり,道具に対する動作を試行錯誤する過程でそ

の意味を理解させ,徐々に内化させることができ

る学習教材をデザインすることが必要である.

筆者らはこうした考え方に基づき開発したタン

ジブル天文学習システムを用いて,学習者が行う

動作が学習内容の理解に与える効果,そして授

業の手順の違いがその効果に与える影響を明ら

かにした[7].

一方,身体化デザインを適切な手法で利用,

認識することができなければ学習者は誤った身体

動作を内化し,誤った理解をしてしまう可能性が

ある.

2.2. 仮想現実の角度認識に関する研究

Frank ら[8]は,HMD を着用した使用者の周囲

に仮想的なボタンを表示する直観的操作インタフ

ェースの提案を行い,ボタンの位置とその方向を

指示した参加者の所要時間,認識角度誤差に関

する調査を行った.しかしながら, VR 提示装置

や姿勢に起因する身体動作の違いが角度認識に

与える違いについては未だに知られていない.

3. 実験

3.1. 実験目的

本実験では,タブレットでの垂直見上げ方向に,

持ち方に起因する角度認識誤差が生まれるという

仮説を検証し,また身体動作と角度認識の関係

について新たな知見を得るため,使用端末や方

向・姿勢の違いが人間の仮想空間における角度

認識にどのように影響するかを調査することを目

的とした.

3.2. 実験参加者

実験参加者は,筑波大学在籍の大学生・大学

院生の男性 10名で,全員が右利きであった.

3.3. 実験システム

実験には Unity で開発した Android アプリケー

ションを使用した.開発したアプリケーションはタ

ブレットとHMDの各端末で動作する.なお,HMD

にはスマートフォンを挿入して使用する方式の製

品を使用した.HMD 内のスマートフォンとタブレッ

トには同じ Androidアプリケーションをインストール

しており,表示形式(HMD 条件では複眼視用の

画面表示,タブレット条件では通常の画面表示)

以外は同一の挙動を示す.

アプリケーションは各端末に搭載された加速セ

ンサと連動している.学習者が端末を上下左右に

動かすことで,使用者が端末を向けている方向の

仮想空間の風景が画面に表示される.

仮想空間には「正面方向を示すカプセル状の

タブレット画面表示(画面中央に太陽)

太陽が存在すると誤認している方向(視線方向)

仮想空間に太陽が存在している方向(タブレットの方向)

図2 タンジブル地球儀での見上げ角度の誤認

目印」,「実験番号等を使用者が確認するための

文字盤」,「問題毎に特定の位置に表示される赤

色の球」という 3 つのオブジェクトを表示する(図 3

に示す).使用者に与える情報を少なくすることに

より,角度を認識する際に意図しない手掛かりを

極力与えない設計としている.

3.4. 実験条件

実験では使用端末 2 条件,観察姿勢 3 条件を

組み合わせた 6パターンで試行を行った.各条件

についての説明を以下に示す.C2とC3の違いに

ついては図 4で図解する.

(a) 使用端末

T1.タブレット条件: タブレットを用いて刺激を確

認する.

T2.HMD条件: HMDを用いて刺激を確認する.

(b) 観察方法

C1.垂直条件:

端末を用いて垂直方向に提示される刺激を確認

する.

C2:水平(足固定)条件:

端末を用いて水平方向に提示される刺激を確認

する.この際,最初の立ち位置から足を動かさず

固定した状態で確認を行う.

C3:水平(足可動)条件:

端末を用いて水平方向に提示される刺激を確認

する.この際,最初の立ち位置から足を自由に動

かしながら観察を行う.

実験では,使用端末(T1,T2)および観察姿勢

(C1,C2,C3)を組み合わせた 6 パターンの試行

を行った.なお各パターンの順序については,学

習効果を考慮し実験参加者間でカウンターバラン

スを取った.各パターンにおいて,提示角度は

15°間隔の 7点(正面を 0°として, 15°, 30°,

45°, 60°, 75°, 90°, 105°)とした.

なお,観察姿勢について,水平方向の 2 つの

条件(足固定・足可動)を設定した理由としては,

身体の動作量の違い(足を固定して上体だけで

見回す,もしくは足を動かして全身で見回す)が

空間認識に影響を与えると考えたためである.

3.5. 実験手順

プログラム中では,仮想空間上に 1 試行につき

1 つの赤点を提示した.参加者は,端末を動かし

て現れた点を探索し,推定した角度を口頭にて回

答した.前問の出題角度との相対的な位置関係

から正解角度を推定することを防ぐため,参加者

には回答が終わる度に正面を向くよう指示した.

最初にタブレットとHMDの各端末で,参加者が

実験の手順を学習するための練習問題を 4 問ず

つ実施した後,本実験を開始した.この際,使用

者が自身の方向感覚を頼りにシステムを使用する

場合を想定し,練習問題の正解の角度は提示し

なかった.実験での提示角度は,各条件につい

て 15°間隔の 7 点(正面を 0°として, 15°,

30°, 45°, 60°, 75°, 90°, 105°)に対

して 2回ずつ,計14問出題した. 6条件合わせ,

合計で 84問(練習を合わせて 92問)を出題した.

1 条件中の出題順序については,プログラム中

で同じ条件が連続して出題されない条件下でラン

ダムに選出された.これは,同じ角度が 2 問連続

で出題された場合, 実験者がこれに気が付き規

則性に従って回答してしまうことを防ぐことを目的

としている.参加者が出題角度の規則性に気付

かないようにするため,参加者には事前に出題角

度は 1°間隔にランダム生成された角度であると

説明した.

端末に表示される画面は実験者に見えるように

別のディスプレイ上に複製表示され,実験者は参

加者が適切な手続きに従って実験を進めているこ

とを確認しながら実験を行った.

出題点

正面目印

文字盤

図 3 プログラム動作画面 水平方向足可動 水平方向足固定

足方向は自由

足方向||

正面方向

図 4 水平足固定(C2),足可動(C3)条件の差

日本科学教育学会研究会研究報告  Vol. 32 No. 5(2017)

― 150 ― ― 151 ―

実験後,参加者に対して,角度を求める際に手

掛かりとした情報についてインタビューを行った.

4. 結果

参加者が回答した角度と正解角度との絶対誤

差について,使用端末(2 水準)・正解角度(7 水

準)・姿勢(3 水準)・実験順序(2 水準)を要因として,

4要因間分散分析を行った.

分析分散の結果,正解角度について主効果が

有意であった(F(6,54)=7.2910,p<0.001).また,

正解角度と姿勢の交互作用が有意であった(F(12,

108)=2.1859,p<0.).下位検定として,姿勢ごと

の正解角度間の単純主効果および多重比較(分

析 2)と,正解角度ごとの姿勢間の単純主効果の

検定及び多重比較(分析 1)を行った.使用端末と

実験順序については主効果,交互作用ともに見

られなかった.インタビューによって得られたコメン

トについては,以下必要に応じて紹介する.

05101520253035404550

15 30 45 60 75 90 105

誤差絶対値(度)

正解角度(度)

**

*

図 5 分析 1. 垂直条件(C1) 正解角度ごとの誤差絶対値

05101520253035404550

15 30 45 60 75 90 105

誤差絶対値(度)

正解角度(度)

**

*

図 6 分析 1. 水平(足固定)条件(C2) 正解角度ごとの誤差絶対値

05101520253035404550

15 30 45 60 75 90 105

誤差絶対値(度)

正解角度(度)

**

*

図 7 分析 1. 水平(足可動)条件(C3) 正解角度ごとの誤差絶対値

日本科学教育学会研究会研究報告  Vol. 32 No. 5(2017)

― 152 ―

実験後,参加者に対して,角度を求める際に手

掛かりとした情報についてインタビューを行った.

4. 結果

参加者が回答した角度と正解角度との絶対誤

差について,使用端末(2 水準)・正解角度(7 水

準)・姿勢(3 水準)・実験順序(2 水準)を要因として,

4要因間分散分析を行った.

分析分散の結果,正解角度について主効果が

有意であった(F(6,54)=7.2910,p<0.001).また,

正解角度と姿勢の交互作用が有意であった(F(12,

108)=2.1859,p<0.).下位検定として,姿勢ごと

の正解角度間の単純主効果および多重比較(分

析 2)と,正解角度ごとの姿勢間の単純主効果の

検定及び多重比較(分析 1)を行った.使用端末と

実験順序については主効果,交互作用ともに見

られなかった.インタビューによって得られたコメン

トについては,以下必要に応じて紹介する.

05101520253035404550

15 30 45 60 75 90 105

誤差絶対値(度)

正解角度(度)

**

*

図 5 分析 1. 垂直条件(C1) 正解角度ごとの誤差絶対値

05101520253035404550

15 30 45 60 75 90 105

誤差絶対値(度)

正解角度(度)

**

*

図 6 分析 1. 水平(足固定)条件(C2) 正解角度ごとの誤差絶対値

05101520253035404550

15 30 45 60 75 90 105

誤差絶対値(度)

正解角度(度)

**

*

図 7 分析 1. 水平(足可動)条件(C3) 正解角度ごとの誤差絶対値

4.1. 分析 1結果

姿勢ごとに正解角度間の単純主効果の検定を

行った結果,垂直条件(C1),水平(足固定)条件

(C2),水平(足可動)条件(C3)の全条件で正解角

度間に有意差がみられた(それぞれ p<0.05,

p<0. 01, p<0. 01).そこで下位検定として

Bonferroni の多重比較を行った.結果を図 5~7

に示す.

垂直方向(C1)では15°と90°が他の多くの角

度に対して有意に角度誤差が小さかった.

水平方向では,水平(足固定)条件(C2),水平

(身体足可動)条件(C3)の両者において 15°が

他の多くの角度に対して有意に角度誤差が小さ

かった.加えて,C2,C3 ともに 75°が他の多くの

角度に対して有意に角度誤差が大きく,その傾向

は C2でより顕著であった.

4.2. 分析 2結果

正解角度ごとの姿勢間の単純主効果の検定を

行った.結果を図 8 に示す.その結果,75°,

90°の場合に姿勢間に有意差が(p<0.01),60°

の場合に姿勢間に有意傾向が見られた(p=0.

0946)ため Bonferroni の多重比較を行った.その

結果,75°において,C2の場合に,C3よりも有意

に誤差が大きくなった(p<0.01).また,60°,75°,

90°において,C2,C3 の場合に,C1 よりも有意

に誤差が大きくなった(p<0.01).

5. 考察

5.1. 使用端末の違いに関する考察

実験結果より,HMD とタブレット間における認

識角度の精度に有意差は認められないという結

果を得た. タブレットで観察する際,持ち方によ

る認識角度誤差が生まれるという仮説は棄却され

た.この理由についてインタビューを分析したとこ

ろ,HMD については「見回す際の身体動作が簡

単で直観的に角度を求めることができる」,タブレ

ットには「端末の画面以外に現実空間の周囲の風

景を確認することができ,現実世界のオブジェクト

を手掛かりとして角度を求めることができる」という

コメントが得られた.両者の利点が打ち消しあい

精度が変わらなかった可能性がある.

5.2. 正解角度ごとの角度認知に関する考察

分析 1 より,角度の違いが角度認知に与える影

響を分析した.その結果,垂直方向では真上

(90°)の角度を正確に認識できること,水平方向

では斜めの角度認識(75°)で誤差が大きくなる

こと,小さい角度(15°)では垂直・水平問わず誤

差が小さいことが判明した.

真上方向の角度感覚が比較的正確であった理

由として「タブレット使用の場合現実の天井を手掛

かりとした」というコメントが得られた. しかし,タブ

レットでなくHMDにおいても同様に精度が高いた

め,参加者にとって垂直上方向が身体感覚として

イメージしやすかったと考えられる.15°付近の

角度認識誤差が小さかった理由として,他の角度

と比較し正解角度が小さいため,誤差範囲もそれ

に比例して小さかったことが考えられる.

5.3. 姿勢ごとの角度認知に関する考察

次に分析 2より,姿勢が角度認知に与える影響

を分析した.

水平方向の斜めの角度(75°,105°)を観察す

る際,足を動かして観察した条件では足を動かさ

ない条件より角度認識が正しいという知見を得た.

実際に,「タブレットでは左足を正面に固定し右足

を目標方向に向けて,足の開いた角度を回答し

た」,「体をねじって角度を測ったことがないので

05101520253035404550

15 30 45 60 75 90 105

垂直水平足固定水平足可動

**** ****

** ** **

誤差絶対値(度)

正解角度(度)

図 8 分析 2 姿勢条件間の誤差絶対値の比較

日本科学教育学会研究会研究報告  Vol. 32 No. 5(2017)

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想像がつきにくかった」などのコメントが得られた.

同様に斜め方向である 60°以下で有意差が生

じなかった理由として,小さい角度では体を動か

す量が小さいため足の可動,固定による身体動

作の違いが小さかったことが考えられる.加えて,

小さい正解角度では正面方向と目標を同時に視

野に捉えることができたため,参加者は両者の距

離を指標に回答することができた.そのため各条

件間で回答角度に有意差が生じなかった可能性

がある.

また,60~90°方向で水平方面より垂直方向

の方が角度の認識精度が高いとの結果を得た.こ

れについて,人間の斜め方向の角度認識では垂

直方向のほうが正確であるという知見が得られた.

45°以内で両者に有意差が生まれなかった理由

としては,前述のように目標と正面が同時に視野

に入るため正面からの距離を基準に回答が可能

であったことが考えられる.

5.4. 今後の課題

今後検討すべき事項として,複数の参加者から

「タブレットを使用時,角度推定の手掛かりとして

周囲の風景を利用した」というコメントが得られたこ

とがある.これにより HMD 提示型の VR 目をディ

スプレイで覆うことにより現実世界の風景という角

度認識の手掛かりが減るという問題点が示唆され

た.しかしながら,この問題はカメラで撮影した周

囲の映像を仮想空間に重畳表示する拡張現実

(AR)技術の導入により解決できる可能性がある.

AR機能を搭載したHMDであれば,周囲の風景と

いう手掛かりとHMDの直感的な操作を両立するこ

とによる高い角度認識の実現が期待される.

今後のVR天体教育デバイスの開発,使用にあ

たって, 水平方向を向く際は足を動かしながら観

察するよう教示することで斜め方向の認識精度を

向上させること,AR 機能を搭載した HMD の導入

で直観的かつ正確な角度認識を実現することを

予定している.

6. 結論

本研究では,身体化デザインを活用した VR 天

体教材として適切なシステム構成を調査する為,

使用端末・提示方向に起因する身体動作の違い

が空間認識に与える影響を調べる実験を行った.

その結果,HMD とタブレット間における認識角度

の精度に差がないことがわかった.さらに,HMD

とタブレットの両方において,90°付近では水平

方向より垂直方向の方が正確であること,また水

平方向斜めを向く際は,足を動かした方がより正

確に角度を認識できることがわかった.今後は,

今回の知見を活かした VR 天体教材の開発を予

定している.

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