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─ 229 ─ 広島大学心理学研究第 10 2010 青年期における心理的居場所に関する研究 心理社会的発達の視点から 光元麻世・岡本祐子 Astudy on ibasyo" (one' s psychological home place) in adolescence from the view points of psychosocial development Mayo Mitsumoto and Yuko Okamoto 心理的居場所とは「心の拠り所となる関係性,および,安心感があり,ありのまま の自分を受容される場J (則定, 2008)である。本研究では,青年期を対象に発達に 伴いどのような心理的居場所を持ってきたかについて調査し心理社会的発達の視点 から検討することを目的とした。研究 l では,質問紙調査を行い,重要な他者に対す る心理的居場所感と心理社会的発達課題の達成の関連について数量的に検討した。研 2 では,半構造化面接を行い,青年が発達に伴ってどのような心理的居場所を持っ てきたかについて,質的に検討した。その結果, 1)母親に対する心理的居場所感が心 理的居場所の広がりや心理社会的発達課題の達成において重要であること, 2)母親に 対する心理的居場所感が高い青年では,幼児期から複数の心理的居場所が見られるの に対し,母親に対する心理的居場所感の低い青年では児童期までほとんど心理的居場 所がなく,思春期以降,友人や恋人が心理的居場所として機能するようになることが 示唆された。 キーワード:青年期,心理的居場所,心理社会的発達 問題と目的 近年,社会の中に「居場所」を見出すことが人々にとっての重要な課題になったといわれる(則 定, 2008)。教育現場や心理臨床場面をはじめとし, I 居場所」としづ概念が注目を浴びるようにな ってきたのは, 1980 年代以降のことである。その背景の l つには,いじめや非行の社会問題化と時 を同じくして,このころより不登校児の増加が騒がれるようになったことがある(岡村・豊田, 2007)。心理臨床の分野でも, I 居場所がなし、」という感覚を抱く人や居場所を失ってしまった人々 への心理的援助が検討されている(村瀬・重松・平田・高堂・青山・小林・伊藤, 2000)。さらに, 成長発達の観点、から成長過程における居場所の重要性も指摘されている。 「居場所」は,青年期の発達課題であるアイデンティティと表裏一体であるとされている O (2002)は,青年期の「居場所がなし、」という感覚に焦点を当て,アイデンティティとの関連を検討

青年期における心理的居場所に関する研究...228 229 広島大学心理学研究第10 号 2010 青年期における心理的居場所に関する研究 心理社会的発達の視点から

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広島大学心理学研究第 10号 2010

青年期における心理的居場所に関する研究

心理社会的発達の視点から

光元麻世・岡本祐子

A study on “ibasyo" (one' s psychological home place) in adolescence

from the view points of psychosocial development

Mayo Mitsumoto and Yuko Okamoto

心理的居場所とは「心の拠り所となる関係性,および,安心感があり,ありのまま

の自分を受容される場J (則定, 2008)である。本研究では,青年期を対象に発達に

伴いどのような心理的居場所を持ってきたかについて調査し心理社会的発達の視点

から検討することを目的とした。研究 lでは,質問紙調査を行い,重要な他者に対す

る心理的居場所感と心理社会的発達課題の達成の関連について数量的に検討した。研

究 2では,半構造化面接を行い,青年が発達に伴ってどのような心理的居場所を持っ

てきたかについて,質的に検討した。その結果, 1)母親に対する心理的居場所感が心

理的居場所の広がりや心理社会的発達課題の達成において重要であること, 2)母親に

対する心理的居場所感が高い青年では,幼児期から複数の心理的居場所が見られるの

に対し,母親に対する心理的居場所感の低い青年では児童期までほとんど心理的居場

所がなく,思春期以降,友人や恋人が心理的居場所として機能するようになることが

示唆された。

キーワード:青年期,心理的居場所,心理社会的発達

問題と目的

近年,社会の中に「居場所」を見出すことが人々にとっての重要な課題になったといわれる(則

定, 2008)。教育現場や心理臨床場面をはじめとし, I居場所」としづ概念が注目を浴びるようにな

ってきたのは, 1980年代以降のことである。その背景の lつには,いじめや非行の社会問題化と時

を同じくして,このころより不登校児の増加が騒がれるようになったことがある(岡村・豊田,

2007)。心理臨床の分野でも, I居場所がなし、」という感覚を抱く人や居場所を失ってしまった人々

への心理的援助が検討されている(村瀬・重松・平田・高堂・青山・小林・伊藤, 2000)。さらに,

成長発達の観点、から成長過程における居場所の重要性も指摘されている。

「居場所」は,青年期の発達課題であるアイデンティティと表裏一体であるとされている O 堤

(2002)は,青年期の「居場所がなし、」という感覚に焦点を当て,アイデンティティとの関連を検討

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し,青年期の「居場所がない」としづ感覚の「中核に自我同一性の混乱があるのは間違いなし、」と

指摘している。また,高橋・米川 (2008)は「居場所」とアイデンティティは表裏一体であるとい

う立場から, r居場所」とアイデンティティとの関連を検討している。その結果,ある集団で,安心

感を実感できることは初期のアイデンティティ形成されたことを示し,支えられ感,所属感を実感

できることはアイデンティティ形成が進み,集団への同一化が果たされつつあることが示唆されて

いる。また,ある集団への同一化が果たされると次の集団へと進み,アイデンティティは拡大し統

合されていくとしている。

しかしながら居場所」とアイデンティティの関連を検討した研究では, Erikson(1950)の8つ

の心理社会的発達段階のうち,第 5段階のアイデンティティのみを扱っており,各段階の発達課題

をどの程度達成しているかという視点で捉えた研究は見られない。我々は,最初の居場所である母

親を始め,発達に伴い様々な居場所を得てし、く O これらの「居場所」を発達的な視点から見ていく

上で,心理社会的発達課題の達成感覚との関連を検討することは重要であると考える。

そこで,本研究では,青年期を対象とし,最初の心理的居場所となる母親を始め,発達に伴いど

のような心理的居場所を持ってきたかについて調査し,心理社会的発達の視点から検討することを

目的とする。研究 lでは質問紙調査を行い,重要な他者に対する心理的居場所感と心理社会的発達

課題の達成の関連について数量的に検討する。研究2では,半構造化面接を行い,青年が発達に伴

ってどのような心理的居場所を持ってきたかについて,質的に検討する。

本研究では居場所」の中でも心理的な側面に注目し,物理的居場所とは区別して考えるため,

「心理的居場所J としづ言葉を用いることとし,則定 (2008)にならい,心理的居場所を「心の拠

り所となる関係性,および,安心感があり,ありのままの自分を受容される場」と定義する。そし

て,心理的居場所があることに伴う感情のことを「心理的居場所感」とする。なお,本研究では,

I心の拠り所となる関係性」に焦点を当てることとする。

研究 1

目的

研究 lでは,質問紙調査を行い,重要な他者(母親,父親,親友,恋人)に対する心理的居場所

感と心理社会的発達課題の達成の関連について数量的に検討する。

方法

1)調査対象者及び調査時期

A大学生 248名(男性 106名,女性 142名;平均年齢 18.35歳,SD = 1.76)を対象に集団質問紙調

査を行った。調査時期は, 2010年4月から 6月であった。

2)質問紙内容及び測定尺度

①則定 (2007)の青年版心理的居場所感尺度cr安心感Jr本来感Jr役割感Jr被受容感Iの4因子,

20項目から構成される。),②中西・佐方 (2001)の EPSIエリクソン心理社会的発達段階目録検

査(再改定版)(r信頼性Jr自律性Jr自主性Jr勤勉性Jr同一性Jr親密性Jr世代性Jr統合性」の

8つの下位尺度と総得点、によって構成される。 56項目。),③フェイス項目(性別,年齢,学年)0

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結果と考察

1)心理的居場所感

1・1)因子分析

青年版心理的居場所感尺度について因子分析(主因子法・ oblimin回転)を行った。その結果,則

定 (2007)と異なる因子が抽出された。 母親,父親に対する心理的居場所感では同様の 3因子,親

友に対する心理的居場所感では2因子,恋人に対する心理的居場所感では l因子が抽出された。母

親,父親に対する心理的届場所感では,母親,父親の第 I因子が則定 (2007)の「安心感JI本来感」

の内容を含んで、いた。また,母親の第E因子,父親の第皿因子は「役割感」の内容を,母親の第皿

因子,父親の第E因子は「被受容感」の内容とほぼ同様であった。また,親友に対する心理的居場

所感では,第 I因子が「安心感JI本来感」を,第E因子が「役割感j の内容を含み被受容感I

の項目は第 I因子と第E因子の両方に分かれていた。

しかしながら,因子が命名しづらい内容となっているため,因子については今後検討することと

し,本研究では,それぞれの心理的居場所感の総得点を用いて分析を行うこととした。

1・2)信頼性の検討

青年版心理的居場所感尺度の信頼性を検討するため,父親,母親,親友,恋人に対する心理的居

場所感の総得点について, Cronbachのは係数を算出した (Table1)。その結果,母親,父親,親友,

恋人に対する心理的居場所感の総得点において,高い信頼性が得られた。

Table 1

心理的居場所感の平均値と標準備差

M SD

対母親 (α=.92) 75.45 15.08 居

対父親 (α=.96) 69.23 17.01 場所 対親友 (α=.96) 79.25 13.57

感対恋人 (α=.96) 77.99 16.78

1-3)青年期の心理的居場所感における性差の検討

青年期の心理的居場所感の各得点の性差を検討するため検定を行った (Tabl己2)。その結果,

母親と親友に対する心理的居場所感では,女性の方が有意に高かった。これは,則定 (2008)と同

様の結果である。一般に親友は向性で多いとされているが,女性同士では心理的居場所感が高くな

ると考えられる。杉村(1998)は関係性について,関係性は男子にも女子にも重要で、あるが,男子

は他者との競争,女子は愛着と親和というように,関係性の中でも重要な側面が異なると指摘して

いる。このことから,愛着や親和といった関係性の側面を重要視する女性同士では,そういった側

面がより強し、関係性を持ち,心理的居場所感が高まっていると推察される。

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Tab!e 2 青年期の心理的居場所感における性差の検討

H ・...全性.............…・ー 一里界一一 ー..........・H ・-君民 .… t値λ;f SD λd SD λ;f SD

母親に対する居場所感

父親に対する居場所感

親友に対する居場所感

恋人に対する居場所感

75.45

69.23

79.25

77.99

1-4)異なる心理的居場所間同士の関連

15.08 71.25

17.01 67.65

13.57 75.26

16.78 75.42

13.80 78.80 15.40 -3.99叫噂

15.29 70.88 18.17 -1.46

13.44 82.41 12.71 -4.28 ..瑚

14.51 79.74 18.36

*p<.05. **pく 01.

異なる心理的居場所間同士の関連を検討するため,相関分析を行った (Tab1e3)。その結果,父

親と母親,父親と親友,父親と恋人,母親と親友,母親と恋人,親友と恋人に対する心理的居場所

感の全てで有意な正の相聞が見られた。さらに,母親に対する心理的居場所感を統制した偏相関分

析を行った (Tab1e3)。その結果,親友と恋人に対する心理的居場所感に有意な正の相聞が見られ

た。これらのことから,母親に対する心理的居場所感が心理的居場所の広がりにおいて重要である

ことが示唆された。しかしながら,母親に対する心理的居場所感の高さに関わらず,親友に対する

心理的居場所感が高い程,恋人に対する心理的居場所感は高くなることも示唆された。このことは,

たとえ幼時期以降の母親との関係性が悪く母親に対する心理的居場所感が低くとも,親友が心理的

居場所となるような関係性を持つことができれば,そこから恋人へと心理的居場所が広がっていく

可能性を意味する。

Tab1e 3

異なる心理的居場所聞の相関

対母親 対父親 対親友

対母親

対父親 65料

対親友 58料 47料(.11)

対恋人 .49林田47料(.19) .48料 (.35**)

*p<目05. *ホpく.01

注)( )内は,母親に対する心理的屠場所感を統制した偏相関を示している G

2)心理社会的発達

2・1)因子構造の確認

EPSIの下位尺度のまとまりを検討するために,下位尺度ごとに成分を 1に指定した主成分分析を

行なった。その結果,共通性の著しく低い 9項目を分析から除外した。

2-2)信頼性の検討

EPSIの信頼性を検討するため, Cronbachの α係数を算出した (Tab1e4)。その結果,全体的にや

や低い信頼性が得られた。

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Table 4

EPSIの平均値と標準偏差

M SD

信頼性 (a=.68) 19.08 3.75

自律性 (α=.73) 14.52 3.60

E 自主性 (α=.51) 20.71 4.37

P 勤勉性 (α=.64) 19.40 3.38

S 同一性 (α ニ .69) 23.65 4.25

親密性 (α=.67) 20.66 3.83

生殖性 (α=.65) 18.52 3.74

統合性 (α=.62) 12.95 3.01

2・3)青年期の EPSIにおける性差の検討

青年期のEPSIの各得点、の性差の検討を検討するため,t検定を行った (Tabl己5)。その結果,総得

点と I信頼性Jr同一性Jr親密性Iの得点では,女性の方が有意に高かった。このことは,女性の

方が全体としての心理社会的発達の程度が高いこと,特に I信頼性Jr同一性Jr親密性」の発達レ

ベルが高いことを示唆している。これは,中西ら (2001)の女性の方が I信頼性Jr統合性」の発達

レベルが高く,男性の方が「自主性Jr生殖性」の発達レベルが高いという結果とは一部,異なるも

のである。杉村(1998)によると,関係性は男子にも女子にも重要であるが,男子は他者との競争,

女子は愛着と親和というように,関係性の中でも重要な側面が異なる。したがって,女性の方が「信

頼性J r親密性」の発達レベルが高かった理由としては信頼性」や「親密性」は関係性の中で

も愛着や親和といった側面と深く関連していることが考えられる。しかしながら,中西ら (2001)の

結果と異なる「自主性同一性生殖性統合性」の発達レベルにおける性差については,

今後検討する必要がある。

Table 5

青年期のEPSIにおける性差の検討全体 男性 女性

t値M SD M SD λf SD

総得点 149.39 21.32 146.46 20.05 152目08 22目28 -2.04本

信頼性 19.08 3目75 18.22 3.52 19.81 3目79 -3.39 ...

自律性 14.52 3目60 14.24 3.86 14.80 3目40 -1.22

自主性 20目71 4.37 20目50 4.03 20.96 4目67 -.83

勤勉性 19目40 3.38 19.23 3.34 19.58 3.45 ー.80

同一性 23目65 4.25 22.98 4.04 24目14 4.43 -2.13 •

親密性 20.66 3.83 19.77 3.67 21.48 3.79 -3.58“本

世代性 18.52 3.74 18.72 3.81 18目40 3.76 目67

統合性 12.95 3.01 12.92 3.02 13.02 3.05 -.27 う く.05,市.p<.01, 判 .pく.001

3)心理的居場所感と心理社会的発達の関連

3・1)心理的居場所感と EPSIの相関

青年期における心理的居場所感と心理社会的発達課題の達成感覚の関連を検討するため,心理的

居場所感と EPSIの相関分析を行った (Table6)。その結果,父親,母親,親友に対する心理的居場

所感と「統合性」を除く 7つの下位尺度に有意な正の相聞が見られた。また,恋人に対する心理的

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居場所感と I信頼性Jr同一性Jr親密性Jr生殖性」に有意な正の相聞が見られた。さらに,母親に

対する心理的居場所感を統制して偏相関分析を行った (Table6)。その結果,親友に対する心理的

居場所感と「信頼性Jr親密性」に有意な正の相聞が見られ,恋人に対する心理的居場所感と I自主

性Jに有意な負の相闘が見られた。これらのことから,母親に対する心理的居場所感は心理社会的

発達において重要であること,母親に対する心理的居場所感の高さに関わらず,親友に対する心理

的居場所感が高い程信頼性」と「親密性」は高くなること,恋人に対する心理的居場所感が高い

程自主性」が低くなることが示唆された。 Erikson(1950)の基本的信頼感は発達早期の母子関係

の中で形成されるものであり,心理社会的発達課題は,その基本的信頼感を基盤として達成されて

いくものである。そのため,母親に対する心理的居場所感が心理社会的発達において重要であるこ

とは当然であると考えられる。また,母親に対する心理的居場所感の高さに関わらず,親友に対す

る心理的居場所感が高い程信頼性」と「親密性」は高くなることは,発達早期における母親と

の関係性が悪く,基本的信頼感や愛着をしっかりと形成できていなくとも,親友との関係性次第で,

「信頼性Jや I親密性」の発達レベルが高まる可能性があることが考えられる。

目的

Tab!e 6

心理的居場所感とEPSIの相関

心理的居場所感

対母親 対父親 対親友 対恋人

総得点 47料 .44** (.14) .53** (.23*) .27* (.08)

信頼性 44料 .47** (.12) .52** (.23*) .26* (.13)

自律性 23料 19** (.06) .28** (.11) 13* (.08)

自主性 34** .31ホ* (.08) .35** (.00) -.04 (-.25*)

勤勉性 31料 32*本 (.17) .34** (.18) 31*キ (.21)

同一性却材 31 ** (.11) .37本* (.16) 29* (.12)

親密性 50料 46** (ー.02).59** (.32**) .37** (.21)

生殖性 .37料 37** (.11) .45** (.28) 32** (.22)

統合性 01 06 (.09) 05 (.07) -.17 (-.16)

*p<目05,串本p<.OI

注)()内は,母親に対する心理的居場所感を統制した偏相闘を示している。

研究 2

本研究の研究 lにおいて,母親に対する心理的居場所感が心理的居場所の広がりや心理社会的発

達において重要であることが示唆された。しかしながら,母親に対する心理的居場所感の高さや関

係性の違いにより,その後の心理的居場所の広がりがどのように異なってくるかについて質的に検

討した研究は見られない。そこで,研究2では,青年がこれまで,発達に伴ってどのような心理的

居場所を持ってきたかについて,母親に対する心理的居場所感を軸に質的に検討する。

方法

1)調査対象者及び調査時期

質問紙調査において面接調査への協力を依頼し,承諾した A大学生, 15名(女性 10名,男性 5

名;平均年齢 20.60歳,標準偏差 1.30)に面接調査を実施した。調査時期は, 2010年 9から 11月

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であった。

2)手続き

l回 60分から 120分の半構造化面接を実施した。面接実施前に,本研究の目的,倫理的な問題の

配慮について説明した。その上で,録音および筆記記録,研究結果の公表について承諾を得て,同

意書に署名して頂いた。なお,本研究を実施するにあたり,広島大学教育学研究科倫理審査委員会

の承認を得ている。

3)調査内容

「これまでに人との関係の中で,ほっとしたという体験について,小さい頃のものから語ってく

ださV¥ Jと教示した後,対象者の自発的な語りを聞き,①心理的居場所である他者について,②①

との関係でほっとしたとLづ体験について,③①との関係性についてという設定項目のうち,語ら

れなかった項目について,適宜質問した。

4)分析方法

①録音記録をもとに逐語記録を作成した。②心理的居場所である重要な他者との関わりに関する

語りを内容別に要約し,発達段階,重要な他者別に整理した。要約数は幼児期 40個,児童期 46個,

思春期 85個,青年期 95個の総数 266個となった。③類似したものをグルーピングし,上位コード

を作成,命名した。④上位コードから最終的なカテゴリの生成を行った。⑤信頼性を検討するため,

臨床心理学を専攻する大学院生 2名が,カテゴリの評定を行った結果,上位カテゴリの一致率は

96目62%,下位カテゴリの一致率は 92.86%であった。なお,分類が一致しない場合は,評定者と協

議の上,分類を決定した。⑥調査対象者を母親に対する心理的居場所感により高群,低群に分類し,

心理的居場所である重要な他者との関わりついて比較検討し,各群の心理的居場所の発達的変遷モ

デ‘ルを暫定的に作成した。

結果と考察

1)各発達段階における心理的居場所との関わり

データ分析の結果,幼児期では, ~上位カテゴリ~ 3個, <下位カテゴリ >5個,児童期では, ~上

位カテゴリ~ 4個,く下位カテゴリ>10個,思春期では, ~上位カテゴリ~ 7個, <下位カテゴリ>16

個,青年期では, ~上位カテゴリ~ 5個,く下位カテゴリ>15個を生成した。各発達段階で重複して

いる内容のカテゴリを整理すると,全体では『上位カテゴリ~ 8個,く下位カテゴリ>19個となった

(Table 7)。以下,カテゴリ名を示すときには, ~ ~, <>を付す。

幼児期から青年期までの心理的居場所である重要な他者との関わりを概観すると,発達に伴い心

理的居場所である重要な他者との関わりは多種多様になっていくことが示唆された。また,全ての

発達段階を通して,く見守られ感>やく相互交流>を含む『肯定的関わり』が見られることや,幼児

期における心理的居場所である重要な他者との関わりとして, ~肯定的関わり J が主なものであった

ことから, ~肯定的関わり』は心理的居場所の発達的な広がりの基盤となっていると考えられる。

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T.ble 7

心理的居場所との関わりについてのカテゴリの特徴

カァゴリ上位コード 特徴 発達段階

上位 下位

好意・大切に思われる/気にかけ

てくれる/頼る・守ってくれる株

方になうてくれる河司るい・優し重要な他者に気にかけてもらったり,

見守られ感 い・穏やか/関心を持ってくれる/守ってもらうとし、った肯定的な関わり。 幼児期~青年期

甘えさせてくれる/分離不安と安

心/一緒の空間に存在する/心配し

肯定的関わりてくれる

補助的な拠り所/比較した結果の 他の重要な他者と比較して妥協して

代償的な居場所 拠り所/他の重要な他者からの逃選んだ拠り所や,本来拠り所となるべ

幼児期

げ場きE座重L要な他者からの逃げ場としての拠

日常会話/一緒に遊ぶ・出かける/重要な他者と一緒に遊ぶ,会話をする

相互x'流 遊びに夢中になる/一緒にいる・ 幼兜期~青年期一緒にいて楽ししV顔を合わす

などの肯定的な関わり。

受容的関係 5エ0.廿Mヲ 受け入れてくれる自分を守ってくれる存在である重要な

幼児期他者がありのままを受け入れてくれる。

{也者意識のなさ 他者意識のなさ 意識せずに一緒にいる一緒にしも重要な他者について意識

幼児期することがない。

気が合う/性格の類似/否定的体 重要な他者と性格が似ていたり,気が共通性

験・感情の共有合うことで安心したり,楽しむことができ 児童期~青年期る

自己・他者理解 相互理解 お互いを理解しているお互L、を理解してしもことに安心す

思春期・青年期る。

重要な他者と自己の違いを知り,その補償関係 違いによる補償 違いによって刺激し合ったり,補いあっ 児童期~青年期

たりする。

所属感 所属感 集団の一員集団の一員として属すことに安心す

児童期・思春期る。

褒めてくれる/対等に向き合って

認、められるくれる/意見を肯定してくれる成 重要な他者に対等な人聞として認めら

兜童期~青年期等な関係/価値を評価してくれる/ る。

信頼して任せてくれる

必要とされる勉強で頼られる/役立ちたい/必要 重要な他者に頼られたり,重要な他者

思春期・青年期とされる のために役立ったりしたい。

頼る相談する/行き詰った時に頼る瀬 重要な他者に,悩みを相談したり,行

児童期~青年期りになる き諮った時に頼る。

対等・共感的関係 何でも話せる/不満を話す/気を使 E重要な他者に,思っていることを何でも安心して表出できる

わなしV自分を表現できる 話すことができる。児童期~青年期

協力関係 一緒に考える/一緒に頑張る重要な他者と一緒に考えたり.同じこと

児童期~青年期に取り組んだりする。

重要な他者に,受け入れてもらい, !宣情緒的支え・受容 支え/支え合う/受け入れてくれる 要な他者に支えられたり,自身が重要 児童期~青年期

な他者の支えになったりする。

信頼関係信頼できる/信頼される/信頼し合

重要な他者と信頼し合う。 思春期・青年期う/さらけ出してくれる

必要とするときだけの関わり/ー一方的に重要な他者に頼ったり,

自己中心的な関係 方的に求める/一方的に頼る/思い 思春期・青年期依りかかる 通りにしてくれる

必要な時だけ関わったりする。

依存 心理的に依存する 重要な他者に心理的に依存する。 思春期・青年期

自己成長感 成長感新しい自分を知る/性格が変わる/ 重要な他者との関わりにおいて,新た

思春期・青年期居場所の広がり に肯定的な自己を知る。

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2)青年の心理的居場所の発達的変遷ー母親に対する心理的居場所感の高さによる比較-

2-1)青年の心理的居場所の発達的変遷モデ‘ルの作成

面接協力者を母親に対する心理的居場所感得点の平均値を用いて,高群と低群に分類したところ,

高群 8名(平均値 84.38),低群 7名(平均値 65.00)となった。各発達段階に母親に対する心理的居場

所感の高群,低群で出現したカテゴリについて対象者別に検討した (Table8~11) 。

そして,母親に対する心理的居場所感の高群,低群の青年それぞれの心理的居場所の変遷の仕方

や各発達段階において見られた関わりの特徴から,青年の心理的居場所の発達的変遷モデ、/レを暫定

的に作成した。

rable 8

そ'YJJ L..;ry'Jf、ー口咽寸晶、、 ιム~"7"- '--' 1'-/ぜノ ー-/ カァゴリ 高群 低群

上位 下位 母親 父親 祖父母 友人 母親 父親 祖父母 友人

見守られ感 6 2 l 4 l

肯定的関わり 代償的な居場所 2 l l

相互交流 2 2 1 2

他者意識のなさ 他者意識のなさ l 1

受容的的関係 ~ιL 々'fi' l l 2

Table 9

児童期に各群で出現したカテコリ

カァゴリ 高群 低群

上位 下位 母親 父親 祖父母 友人 母親 父親 祖父母 友人

見守られ感 4 l 1 2

肯定的関わり 代償的な居場所 l

相互交流 6 3

共通性自己・他者理解

補償調係

所属感 所属感

認められる

頼る 1 l

対等・共感的関係 安心して表出できる 2 2

協力関係 D 情緒的支え D [D

Table 10

思春期(::各群で出現したカテゴリ

カァゴリ 前群 低群

上位 下位 母親 父親 祖父母 友人 教師 母親 父親 阻父母 友人

肯定的関わり見守られ感 2 4 相互交流

共通性 2 3 自己・他者理解 相互理解

補償関係

所属感 所属感

認められる

必要とされる 2

頼る I

対等・共感的関係 安心して表出できる 5 5 協力関係 D

情緒的支え・受容 3 3 信頼関係 3

依りかかる自己中心的な関係 2

依存

自己成長感 成長感

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Table II

「司 ---'-7'1' 1''-ー口信~ ,ド'-lC""""'-"I'-ーノザノ - /

カテゴリ 高群 低群

上位 下位 母親 父親 友人 恋人 母親 父親

肯定的関わり見守られ感 2 1

相互交流 2 2 4 l

共通性 3

自己・他者理解 相互理解 3

補償関係

認められる 3 2

必要とされる l l

頼る 1

対等・共感的関係 安心して表出できる l l 5 協力関係 l

情緒的支え・受容 4 1

信頼関係 3 2

依りかかる自己中心的な関係

依存

自己成長感 成長感

注J)事実中の数字は各下位カテコ 'Hこ出現した人教を示す.その人散が3名以ーとの場合 太字Lこしている.

注2)二重枠線部分は一方の群のみ仁!出羽した下位カテゴリを示す.

友人

3

1

1

3

l

3

2

2・2)母親に対する心理的居場所感の高い青年の心理的居場所の発達的変遷

恋人

4

l

1

1

2

l

1

I

1

I

Figure 1は,母親に対する心理的居場所感が高い青年の心理的居場所の発達的変遷モデ‘/レで、ある。

高群では,幼児期から青年期にかけて,母親を始め,友人,恋人と心理的居場所が広がり,層的に

重なっている。また,各発達段階における心理的居場所である重要な他者との関係が,学校が変わ

ったり,離れたりしても維持され,時には後の発達段階においても,重要な心理的居場所として機

能していることが特徴的である。住田 (2000)によると,子どもはそれぞれの生活領域において居

場所をもっているほどに安定的に発達してし、く。高群では,家族や家族以外の学校など,各生活領

域において心理的居場所を持ち,これは,彼らの安定的な発達にとって重要で、あると考えられる。

幼児期,児童期において母親や父親との関係では,く見守られ感〉によって安心感を得ている。

また,思春期では子どもの白立に伴う反抗によって一時的に親子閣係に距離は出来るものの,完全

に切れることなく繋がっている。佐藤 (2006)によると,保護された環境(家庭)から学校へと出て

いく児童期では,学校などで心に傷を受けて帰宅した子どもを,どのように迎えるかが重大な問題

となる。子どもの発達状況と受けた傷の深さを見極めて対処する賢さが親に求められる。こういっ

た意味で,児童期のく見守られ感〉は重要であると考えられる。また,富永・北山 (2003)による

と,心理的離乳に伴い,家庭,家族における「居場所Iが危機的な状態になったとしても,家庭は

重要な「居場所」であり続ける。したがって,思春期において,母親や父親の心理的居場所として

の機能は弱まるものの,その役割は重要であり,関係が繋がっていることが重要となると考えられ

る。青年期になると,反抗期も収まり,母親や父親の心理的居場所として再び機能するようになる

が,幼児期,児童期の〈見守られ感〉からく認められる〉ことへと重要な関わりが変化している。佐

藤 (2006)によると,同一性の獲得や親からの心理的離乳が課題となる青年期では,親はわが子で

ある青年を一人の大人と見て,できるだけその意思決定を尊重することが必要となる。また,青年

にも,いつまでも親との関係で決めるのではなく自分独自で,あるいは友人との話し合いの中で決

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断する自立性が要求される。このことからも,青年期において,家族が心理的居場所として機能す

るためには,親に対等な一人の人間として認めてもらうことが重要となると考えられる。

心理的居場所である友人との関係では,児童期ではく相互交流>,思春期ではく見守られ感><

自己表現〉く情緒的支え・受容><信頼関係>,青年期ではく相互交流〉ぐ情緒的支え・受容〉く信頼

関係〉が重要となっている。思春期では,心理的離乳に伴い母親や父親に対する心理的居場所感は

弱まり,この時期に見られる心理的居場所は,友人のみになる。富永ら (2003)によると,高校生

にとって友人との場面が,家庭での危機的な受容を特に支えている。この時期の発達課題の lつで

ある親からの心理的離乳を達成するためにも,友人関係における,互いに対等であり,思ったこと

を何でも話すことができ,支え合ったり信頼し合ったりできるという関係性が重要となると推察さ

れる。

思春期以降に,友人や恋人との関係においてく信頼関係>が見られることは,高群の特徴である。

坂井 (2005)によると,児童期から青年期にかけて,子どもは自らの活動範囲を広げて多様な人と

付き合うようになり,親よりもその人たちと過ごす時聞が多くなってし、く。このような対人関係の

変化の中で,信頼感とし、う対人関係の一面において親以外の人を親よりも重要視する傾向が出現し

てきたことは,青少年が家庭外での生活への適応や親からの自立に関して,順調な成長過程にある

ことを示す。したがって,母親に対する心理的居場所感の高い青年の,友人や恋人との信頼関係は,

健康的な発達において,重要であると考えられる。

また,幼,児童期では母親,思春期では友人との関わりにおいて, <見守られ感〉が見られ,幼

児期から思春期まで、〈見守られ感〉を継続して感じることができていることも高群の特徴である。こ

のことについては,思春期になると,友人との関係性の中で, rr家族のいる居場所j では得られな

くなった心理的機能を充足している~ (杉本・庄司, 2006)と考えられる。

恋人 信頼関係11

友人(青年期) 相互交流情緒的支lえ・受容,信頼関係

見守られ感,安心して表目 〉出できる,情緒的支え・

受容,信頼関係友人(思春期)

110..

友人(児童期) 相互交流 〉,

母親・(父親) 見守られ感 見守られ感 目 〉 認められる11

幼児期 児童期 思春期 青年期

Fi伊 rel.母親に対する心理的居場所感が高い青年の心理的居場所の発達的変遷モデル

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2・.3)母親に対する心理的居場所感の低い青年の心理的居場所の発達的変遷

Figure 2は,母親に対する心理的居場所感が低い青年の心理的居場所の発達的変遷モデ、/レで、ある。

低群では,全体的に心理的居場所があまり見られないことが特徴的である。高群では,母親や父親

が心理的居場所として,反抗期である思春期を除いて,幼児期から青年期にかけて継続して機能し

ていたのに対し,低群では幼児期に少しだけ,母親との聞にく見守られ感〉が見られるのみで,幼時

期以降の発達段階では,母親や父親は心理的居場所としてほとんど機能していない。心理的居場所

である友人との関係性を見ると,児童期ではく相互交流〉が少しだけ見られるだけである。思春期

以降,心理的居場所として友人との関係性を持つ青年が増え,思春期ではく共通性〉く自己実現><

情緒的支え・受容〉が重要であり,友人との関係の中で,共に否定的な体験があり,そのことにつ

いて話せることや,五いに性格が似ていること,情緒的な支えになることで,安心感を得ているこ

とが示唆された。また,青年期において,友人との聞ではく見守られ感><自己表現〉く自己中心的

な関係〉が,恋人との間ではく見守られ感><自己表現〉が重要であり,友人や恋人に大切にされ

たり,心配されたりすることや,友人との聞で,何でも話したりでき,必要とするときだけ頼った

り,自分の思い通りにしてもらったりすることによって安心感を得ていることが示唆された。

高群では,思春期以降の友人や恋人との関係においてく信頼関係〉が見られているが,低群では

全く見られていない。この理由として,母親との心理的居場所感の低い青年は,幼少期における母

親との聞に基本的信頼感を形成できず個」の発達における自己信頼 対 自己不信J と「関

係性」の発達における「他者信頼 対他者不信J (岡本, 2007)としづ発達課題を達成すること

ができなかったことが考えられる。そのため,思春期以降,心理的居場所である友人や恋人との関

係において自分白身を信頼してもらっているという感覚や,相手を信頼できるとしづ感覚を持てな

いと推察される。

また,思春期以降のく自己中心的な関係〉は低群にのみ見られる特徴である。母親との心理的居

場所感が低い青年は,友人や恋人との信頼関係が築けないために,思春期以降,友人や恋人に対し

て,必要とするときだけ頼ったり,自分の思い通りにしてもらったりすることで,相手の自分に対

する思いを試していることが推察される。しかしながら,このような関わりによって,心理的居場

所である友人や恋人との関係性の継続が困難になる可能性が考えられる。青年が心理的居場所であ

る重要な他者との信頼関係をもてないことによって,どのような問題があるか,検討する必要があ

ると考えられる。

高群では心理的居場所である友人との関係性が離れても維持されていたが,低群では幼児期から

思春期にかけて,クラスや学校が変わったり,喧嘩したりして関係性が途切れてしまう場合が多か

った。しかしながら,思春期から青年期にかけては,友人との関係性が維持されていることが多か

った。これは,児童期までのただ一緒に遊ぶだけでなく,思春期以降,これまでになかった,何で

も相談したり話したりすることができる,情緒的支えや受け入れてもらうとしづ体験をすることが

できたことが,次の発達段階における心理的居場所づくりの基盤になったと推察される。

高群では,幼児期から思春期までく見守られ感〉を継続して感じることができていたが,低群では

幼児期から思春期にかけてく見守られ感〉を感じることがなく,青年期において友人や恋人との関係

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性の中で、く見守られ感〉が重要となっていることが特徴的である。母親に対する心理的居場所感の低

い青年は,そもそも「家族のいる居場所j でほとんどの心理的機能を充足してくることができなか

ったと考えられるが,思春期の友人との関係性を基盤にして,青年期では,友人や恋人との関係に

おいて,幼少期に得られなかったく見守られ感〉を充足することができるようになっている。こう

いった意味で,この時期のく見守られ感〉は非常に重要であると考えられる。

恋人見守られ感,安心し

て表出できる

て心

し中

、しコd

安白

感る,か

れき廿

らで

守出

見表友人(青年期)

安心して表出できる,情緒的支え・受容 〉友人(思春期)

友人(児童期)1 相互交流 ! ー一一一一--t-一一ーーーーー!

母親・(父親)I 見守られ感

幼児期 児童期 思春期 青年期

Figu日 2.母親に対する心理的居場所感が低い青年の心理的居場所の発達的変遷モデル

j主)!C二コ心理的居場所を示す。心理的居場所との関係性の特徴を記している。

l j安定した心理的居場所が少ないことを示す。

c::::> :前発達段階における心理的居場所との関係が維持されていることを示す。

友人 : ( )肉の時期は,友人と出会った時期を示す。

総合考察

1)本研究で得られた知見

本研究の目的は,青年期を対象とし,最初の心理的居場所となる母親を始め,発達に伴いどのよ

うな心理的居場所を持ってきたかについて調査し,心理社会的発達の視点から検討することであっ

た。

数量的検討を行った研究 lでは,母親に対する心理的居場所感が心理的居場所の広がりや心理社

会的発達において重要であることが示された。

研究 2では,青年がこれまで,発達に伴ってどのような心理的居場所を持ってきたかについて,

母親に対する心理的居場所感を軸に質的に検討し,心理的居場所の発達的変遷モデ‘ルを暫定的に作

成した。その結果,幼児期における母親との会話や一緒に遊んでもらう体験や,気にかけてもらっ

たり,守ってもらったりすることにより安心感を得ることを通して,基本的信頼感や愛着がしっか

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りと形成されている青年は,幼児期以降,友人,恋人と心理的居場所が広がっていくことが示され

た。また,母親に対する心理的場所感が低い青年では幼児期,児童期にほとんど心理的居場所が見

られないが,思春期から青年期にかけて,友人や恋人が心理的居場所として機能するようになって

いることが示唆された。子どもたちにとって身近な環境である家族としづ関係性の中で,心理的居

場所感を感じられるようにしていくことはもちろんであるが,同時に心理的居場所の広がりに繋が

るよう友人との関係性を大切にしていく必要があると考えられる。

また,母親に対する心理的居場所感が高い青年は,幼児期から思春期までく見守られ感〉を継続し

て感じることができていたが,母親に対する心理的居場所感が低い青年は,幼児期から思春期まで,

ほとんど得られなかったく見守られ感〉を青年期において,友人や恋人との関係性の中で充足してい

ることが示唆された。母親に対する心理的居場所感の高い青年では,幼児期から思春期まで母親か

ら友人へと移り変わりながらもく見守られ感〉が継続していることによって,各発達段階のける発達

課題に取り組む支えとなっていると考えられる。一方,母親に対する心理的居場所感の低い青年で

は,幼児期から思春期にかけて,発達課題に取り組む支えとなるく見守られ感〉をほとんど感じるこ

とがないため,各発達段階における発達課題の達成レベルは低くなっていると考えられる。しかし

ながら,思春期以降,友人や恋人との聞で、〈見守られ感〉を充足できるようになり,発達早期から達

成できずにいた発達課題に再度取り組むことができるようになる可能性が考えられる。

3)本研究の限界と今後の課題

本研究では心の拠り所となる関係性,および,安心感があり,ありのままの自分を受容される

場」とする心理的居場所の関係性の側面のみを扱った。しかしながら,青年がどのような心理的居

場所によって支えられ,発達課題に取り組んできたかについて検討するためには,今後,他者との

関係性から切り離されているタイプ(例えば,一人で趣味に没頭する時間や場所など)も含めて検

討する必要がある。

また,研究2で用いた質的分析の方法は,現在のところ確立されたものとは言い難く,本研究で

得られた結果は,仮説モデ、ルとしての意味合いが大きい。今後,質的研究をさらに進めることが求

められる。また,本研究から得られた知見を,心理臨床場面において,心理的居場所の問題を抱え

る人の理解や心理的アプローチに繋がるよう,発展させていくことは重要な課題である。

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