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33 障がい者福祉施設におけるICTの利用/志村 健一 障害ユニット 研究員 東洋大学福祉社会デザイン研究科 教授 志村 健一 障害ユニット 客員研究員 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 研究員 清野 絵 障害ユニット 客員研究員 横浜市 職員 宮竹 孝弥 障害ユニット 研究協力者 社会福祉法人 森の会 広域地域ケアセンターバオバブ 職員 荒木 敬一/小泉 隆文 障害ユニット 研究協力者 キートン・コム 代表 三宮 直也 障がい者福祉施設における ICT の利用 キーワード:障がい者支援、ICT、意志決定支援 1. はじめに 障害者権利条約では、その前文において障がいが「機 能障害を有する者とこれらの者に対する態度及び環境 による障壁との間の相互作用」であるとし、「これらの 者が他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果 的に参加することを妨げるものによって生ずること」 を認めるとしている。そこで障害者権利条約は第12条 第1項で「締約国は、障害者が全ての場所において法律 の前に人として認められる権利を有することを再確認 する」とした。 さらに第4項において、「締約国は、法的能力の行使 に関連する全ての措置において、濫用を防止するため の適当かつ効果的な保障を国際人権法に従って定める ことを確保する。当該保障は、法的能力の行使に関連 する措置が、障害者の権利、意思及び選好を尊重する こと、利益相反を生じさせず、及び不当な影響を及ぼ さないこと、障害者の状況に応じ、かつ、適合するこ と、可能な限り短い期間に適用されること並びに権限 のある、独立の、かつ、公平な当局又は司法機関によ る定期的な審査の対象となることを確保するものとす る」とし、批准国に対して知的障がい者や精神障がい 者の自己決定に必要とする支援を提供し、その意思や 選択を尊重するような方策を講ずることを求めている。 わが国は2007年9月に障害者権利条約に署名し、その 後の国内法・制度の整備等を経て2013年12月に国会が 承認、2014年2月に批准し、わが国での効力が発生する に至った。国内法の整備の一環として改正された障害 者基本法第23条では「国及び地方公共団体は障害者の 意思決定の支援に配慮」することとしている。これに

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障がい者福祉施設におけるICTの利用/志村 健一

障害ユニット 研究員東洋大学福祉社会デザイン研究科 教授

志村 健一

障害ユニット 客員研究員独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構 研究員

清野 絵

障害ユニット 客員研究員横浜市 職員

宮竹 孝弥

障害ユニット 研究協力者社会福祉法人 森の会 広域地域ケアセンターバオバブ 職員

荒木 敬一/小泉 隆文

障害ユニット 研究協力者キートン・コム 代表

三宮 直也

障がい者福祉施設における ICT の利用

キーワード:障がい者支援、ICT、意志決定支援

1. はじめに

障害者権利条約では、その前文において障がいが「機

能障害を有する者とこれらの者に対する態度及び環境

による障壁との間の相互作用」であるとし、「これらの

者が他の者との平等を基礎として社会に完全かつ効果

的に参加することを妨げるものによって生ずること」

を認めるとしている。そこで障害者権利条約は第12条

第1項で「締約国は、障害者が全ての場所において法律

の前に人として認められる権利を有することを再確認

する」とした。

さらに第4項において、「締約国は、法的能力の行使

に関連する全ての措置において、濫用を防止するため

の適当かつ効果的な保障を国際人権法に従って定める

ことを確保する。当該保障は、法的能力の行使に関連

する措置が、障害者の権利、意思及び選好を尊重する

こと、利益相反を生じさせず、及び不当な影響を及ぼ

さないこと、障害者の状況に応じ、かつ、適合するこ

と、可能な限り短い期間に適用されること並びに権限

のある、独立の、かつ、公平な当局又は司法機関によ

る定期的な審査の対象となることを確保するものとす

る」とし、批准国に対して知的障がい者や精神障がい

者の自己決定に必要とする支援を提供し、その意思や

選択を尊重するような方策を講ずることを求めている。

わが国は2007年9月に障害者権利条約に署名し、その

後の国内法・制度の整備等を経て2013年12月に国会が

承認、2014年2月に批准し、わが国での効力が発生する

に至った。国内法の整備の一環として改正された障害

者基本法第23条では「国及び地方公共団体は障害者の

意思決定の支援に配慮」することとしている。これに

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東洋大学/福祉社会開発研究 7号(2015年3月)

基づき、障害者総合支援法第42条において、サービス

提供の現場においても「障害者等の意思決定の支援に

配慮する」こととなり、同第51条の22において、相談

の現場においても、障害者等の意思決定の支援に配慮

する」よう努めなければならないとされている。意思

疎通、コミュニケーションが大きな課題として浮上す

るケースの多い知的障がい者への支援において、新た

な支援の方法を構築しなければならないだろう。

ところで、特別支援教育の現場では東京大学先端科

学技術研究センターによるプロジェクト に代表される

ようなタブレット端末を利用した学習支援が拡大して

いる。タブレット端末は直感的、視覚的であり、知的

障がい者にとって利用しやすいツールである。ICTはか

つて身体障がい者のコミュニケーション等で活用され

てきたが、現在、知的障がい者のコミュニケーション

での活用が期待されている。そのためには特別支援教

育での活用事例等を先行研究として、ICTを活用した知

的障がい者へのソーシャルワーク支援を開拓的に研究

することが必要となる。本論の目的はこのような背景

を踏まえ、知的障がい者へのソーシャルワーク支援の

ICT活用を模索し、その可能性を示唆することである。

2. 障がい者支援におけるICT利用の先行研究レビュー

(1) ICT及びATの定義

ICT(Information and Communication Technology)

は、情報通信技術の総称であり、文部科学省(2010)

によれば「コンピュータや情報通信ネットワークな

どの情報コミュニケーション技術」と定義されてい

る。 ICTは、障がい者の支援機器・サービスであるAT

(Assistive Technology)の1つであり、障がい者の社会

参加や自己実現を保障する手段の1つであると考えられ

る。

(2) 目的と方法

現代におけるICTの発展や、特にApple社のiPadに代

表される携帯可能なタブレット端末の発展・普及によ

り、障がい者支援においてもICT利用の重要性が高まっ

ていると考えられる。本章では、そのような背景から

福祉施設におけるICTの利用の実践に資するため、障が

い者支援におけるICT利用に関する先行研究について文

献調査を行った。調査の目的は、日本の障がい者支援

におけるICT利用に関連する研究や実践の動向を把握す

ること、②障がい者福祉施設での実践の参考となるICT

の利用方法を抽出することである。

(3) 文献数から見たICT利用の研究動向

障がい者支援におけるICT利用の研究について、国

立情報学研究所の文献データベースCiNii(サイニィ)

を使用して論文タイトルで検索を行った。検索用語

は、ICTに関する検索用語として「ICT 、 IT 、 情報端末、

タブレット端末、iPad」、障がい者に関する検索用語と

して「障がい、障害」を使用した。入手可能な論文に

ついて文献の要旨や本文の内容を確認し、実際のICT利

用に関する研究について関連文献を抽出した。結果を

下記に示す(表1)。

その結果、障がい者支援におけるICT利用の報告は

分野ごとでは教育分野での報告が61件と最も多かった。

特に特別支援教育での報告が9割程を占め、タブレット

端末を用いた様々な学習や支援の報告(佐原、2014・

渡部ら、2013・田中ら、2013・佐原、2012)が見られ

た。特別支援教育以外では大学教育における報告(岡

本、2014・岡田、2012・斉藤、2009)が見られた。次に、

日常生活における情報取得の支援等の日常生活等の一

般分野での報告が31件と多く、携帯情報端末を用いた

情報保障の報告(高橋ら、2011)が見られた。

次に、医療分野での報告が9件見られ、特に理学療法

分野での脳卒中患者への訓練や評価でのiPadの利用(笠

原ら、2012・小山ら、2012)に関する研究が複数見られ

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障がい者福祉施設におけるICTの利用/志村 健一

た。福祉分野については情報のアクセシビリティや社会

参加の観点から理論的に考察した文献(柴田、2006・河

村、2004)が見られたが、実際のICT利用に関する報告

は、タブレット端末のiPadを利用した介護用支援システ

ムの研究(澤田ら、2011)のみでほぼ見られなかった。

また、障がい種類では視覚障がいを対象とした報告

は21件と多く、特に一般分野での報告が多かった。知

的障がいを対象とした報告は19件で、特に教育分野で

の報告が多く、聴覚障がいを対象とした報告も19件と

多かった。それ以外でも、様々な障害を対象にした報

告が見られたが精神障がいや難病を対象とした報告は

見られなかった。

表1 障がい者支援におけるICT利用に関する文献分野

教育 医療 福祉 一般 合計

障害全般 10 0 0 1 11身体障がい 1 2 0 1 4視覚障がい 4 2 0 15 21聴覚障がい 10 2 1 6 19知的障がい 16 0 0 3 19発達障がい 11 0 0 1 12重複障がい 6 0 0 0 6

その他 3 3 0 4 10合計 61 9 1 31 102

(4) 特別支援教育におけるICT利用の国内動向

障がい者支援におけるICT利用は、書籍や実践報告を

含めると特別支援学校での研究・実践が最も多く、ICT

利用が進んでいると考えられる。そのため、本節では

特別支援教育におけるICT利用について概観する。

特別支援教育でICT利用が進んでいる背景には、教

育分野全体でICT利用の促進が図られていることがあ

る。平成 20 年 1 月の中央教育審議会答申を受け、「特

別支援学校小学部・中学部学習指導要領」(文部科学省、

2009)や「特別支援学校学習指導要領解説(総則等編)」

(文部科学省、2009)でICT利用の促進に関しての内容

が記載された。これを受けて平成21年3月の「教育の情

報化の手引き」(文部科学省、2010)では特別支援教育

における情報教育やICT活用、これらに関わる配慮点等

が取りまとめられた。また平成25年度の委託事業の調

査研究の成果として「発達障害のある子供たちのため

のICT活用ハンドブック」特別支援学校編(兵庫教育大

学、2014)等が作成されている等、ICT利用を進める大

きな動きある。しかし、学校現場でICT利用を普及・推

進していくための課題も指摘されている(小林、2011)。

(5) 特別支援教育におけるICT利用の先行研究・事例

本節では代表的な先行研究・事例の一部を紹介する。

東京大学・先端科学技術センターは民間企業やNPO

法人と協働して障がい児の情報端末の利用についての

実証研究である「魔法のプロジェクト」を行っている。

そこでは、iPadを利用した学習支援等について多数の

教員等が協力し、多数の実践が報告されている(佐藤、

2013)。次に、東京大学・学際バリアフリー研究プロジェ

クトは、支援機器に関する様々な研究や活動を行って

おり、障がい者に役立つパソコンのアクセシビリティ

機能とその利用方法についての教科書「ICTアクセシビ

リティテキスト」の作成や、福祉情報機器に関するす

るオンラインデータベース「AT2ED(エイティースク

ウェアード)の情報公開等を行っている。次に、独立

行政法人国立特別支援教育総合研究所は、特別支援教

育のナショナルセンターとして特別支援教育のICT利用

について多数の研究を行っており、その成果の一部は「i

ライブラリー(教育支援機器等展示室)」や「発達障害

教育情報センター」、「インクルーシブ教育システム構

築支援データベース」等の形でICT支援機器の情報提供

を行っている。

紹介した3つのうち特に「魔法のプロジェクト」では

成果報告書において推奨事例や事例が多数報告されて

おり、「対象生徒の情報、活動目的、活動内容と対象児

(群)の変化、報告者の気づきとエビデンス」といった

障がい種類

分野

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東洋大学/福祉社会開発研究 7号(2015年3月)

内容が確認できる。また、清掃作業におけるiPadの活

用事例等の福祉施設の活動内容と類似した事例も多く、

今後、障がい者福祉施設においてICT利用をするにあた

り参考にしやすい情報が多くあると考えられた。

(6) まとめ 

障がい者支援におけるICT利用は多様な対象者や分野

で実施されていた。特に特別支援教育でのICT利用は障

害者の権利に関する条約の合理的配慮等を背景にした

インクルーシブ教育の推進とともに、施策と実践とも

に他分野と比較して進んでいる。福祉分野でのICT利用

はまだ実践や研究が開始されつつところであるが、今

後、障がいのある人の自立や社会参加を進めるための

支援手段の1つとしてICT利用の方法や効果について研

究が進むことが期待される。

3.タブレット端末の特徴と支援アプリの活用

(1) タブレット端末の普及と障がい者支援の動向

ここ数年、タブレット端末が急速に普及し、身近な

存在になりつつある。契機となったのが2010年にApple

社から発売されたiPadである。キーボードとマウスで

操作する従来までのコンピュータと異なり、タッチパ

ネルによる直感的で分かりやすい操作性は、子どもか

ら大人まで誰にとっても使いやすく、ビジネス分野の

みならず、医療分野や教育分野での活用も進められて

いる。さらには、障がい者の支援機器として、タブレッ

ト端末を積極的に活用していこうという動きが近年活

発になってきた。例えば、東京大学先端科学技術研究

センターとソフトバンクグループが推進している「魔

法のプロジェクト」では、全国の特別支援学校と連携し、

教育現場におけるタブレット端末の活用事例研究をお

こなっている。

(2) タブレット端末の特徴

iPadに代表されるタブレット端末は次のような特徴

がある。

①シンプルで直感的な操作性

前述のとおり、タッチパネルによる操作は直感的で

ある。これは、画面に表示された操作対象に直接触れ

て操作するためであり、多くの人にとって馴染みやす

い。また、物理的なボタンも必要最小限であるため、

誤操作の原因となり難い。

②高度なカズタマイズ性

タブレット端末では、一般的に「アプリ」と呼ばれ

るソフトウェアを組み込んで利用することが可能であ

る。現在、多種多様なアプリが公開されており、利用

者はその中から自由に選んで使用することができる。

また、障がいがある人でも使い易くするためのアクセ

シビリティ機能が最初から組み込まれており、使用者

の特性に合わせて調整することができる。

③導入・運用コストが低い

一般的に、専用の福祉機器と比べて、タブレット端

末の方が導入や運用にかかるコストを低く抑えること

ができる。また、万一故障した際も、すぐに修理・交

換できる点も汎用製品の大きなメリットと言える。

④高い教育的効果

タブレット端末は動画や音声の扱いに優れているた

め、言葉や文字で伝えるよりも分かりやすく物事を伝

えることができる。また、タブレット端末上に用意さ

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障がい者福祉施設におけるICTの利用/志村 健一

れた教材は反復利用が容易なので、繰り返し学習をお

こなう場面にも向いている。アプリによっては学習履

歴から本人が苦手なポイントを発見するのに役立つ機

能を有するものもある。

⑤コンパクトで持ち運びが容易

従来までのコンピュータと比べてサイズがコンパク

トで重量も軽いため、どこにでも持ち運びが可能であ

る。屋内だけでなく、外出中でも活用できるのは支援

機器として大きなメリットと言える。

⑥モチベーション向上に繋がりやすい

多くの人がタブレット端末に対して「楽しい」「面白

い」「かっこいい」というイメージを持っている。福祉

分野において、意外に見落とされがちな視点ではある

が、これは利用者本人にとっては重要な要素と言える。

それ故、タブレット端末を使った活動ではモチベーショ

ンの向上が期待できる。

(3) タブレット端末の活用例

前述のとおり、様々な利点を有するタブレット端末

であるが、福祉施設おいてどのように活用できるのか

を具体的に考えてみたい。下記で取り上げたアプリは

いずれもiPadでの動作に対応している。

①コミュニケーション支援ツールとして

対面での会話が苦手な人でも、電子メールや『LINE』

等のアプリを使って、文字によるやり取りであれば問

題なくできるケースがある。また、『DropTalk』『トー

キングエイド for iPad』などのコミュニケーション支援

アプリを使えば、重い障がいを持つ人でも音声と絵カー

ドを使って他人に気持ちを伝えることが可能になる。

②読み書き支援ツールとして

紙に書かれた文章を読むのが苦手な人には『iBooks』

や『i文庫』などの電子書籍リーダーが有効かもしれない。

これらのアプリは文字の大きさや色を自由に変更でき

るので、読字障がいがある人でも格段に読みやすくな

る可能性がある。また、書字障がいがある人には『メモ』

や『Pages』などのワープロアプリが活用できる。さらに、

音声認識機能を使うことで声での文章入力も可能であ

る。また、頭の中を整理しながら考えたり、文章の構

成を組み立てたりするときには『SimpleMind』等のマッ

ピングソフトが有効である。

③記憶を支援するツールとして

口頭での説明を記憶することが難しい場合には『ボ

イスメモ』を使って録音しておくことで、後で繰り返

し聞き直すことが可能となる。また、カメラ機能を使っ

て掲示物等を撮影しておけば、いつでも内容を見返す

ことが可能である。

④見通しを持たせるツールとして

『カレンダー』や『たすくスケジュール』等のアプリ

を使えば、日々の予定を視覚化できる。また、『Time

Timer』などのタイマーアプリを使えば、現在の作業の

残り時間や次の予定の開始時間を視覚的に分かりやす

く伝えることができる。スケジュールの見通しが立た

ないと不安になってしまう人でも、これらのアプリを

使うことで落ち着いて行動ができる場合がある。

⑤手順や行程を分かりやすく伝えるツールとして

『Keynote』などのプレゼンテーションツールや

『Teachme』などの手順作成ツールを使えば、作業手順

を分かりやすく伝えることができる。より複雑な作業

の場合は、カメラ機能を使って手本となる映像を動画

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東洋大学/福祉社会開発研究 7号(2015年3月)

で撮影しておき、それを繰り返し提示することも有効

な手段となる。

(4) タブレット端末を活用する上での注意点や課題

以上のように、福祉施設におけるタブレット端末の活

用には大きな可能性があるが、従来までのアナログ的な

支援に取って代わるものではなく、補完するものである

という点に注意する必要がある。タブレット端末を使っ

た支援は、あくまで支援手段の一つに過ぎず、従来まで

の支援の方が適している場面も以前として多い。障がい

者のニーズとタブレット端末の特性を十分に理解した上

で、適切な場面で使用することが重要だと思われる。

その他の課題点としては、「障がい者に適したアプリ

がまだまだ少ない」「プライバシーやセキュリティ上の

問題」「相談できる専門家が不足している」「故障や盗難

へのリスク」などがある。特にセキュリティやプライバ

シーは大きな問題であるため、福祉施設への導入を躊躇

してしまうケースも多いと思われる。一方で現代は情報

化社会と言われように、様々なICT機器が身の回りに溢

れており、我々の生活には無くてはならないものになり

つつある。前述のとおり、障がい者にとっても、タブレッ

ト端末などのICT機器を活用することで、日々の生活を

快適で豊かなものになり、さらには職業選択の幅が広が

る可能性もある。福祉施設においても、ICT機器を活用

した活動を取り入れることで、ICT機器の取り扱いに慣

れ親しみ、正しい使い方を学ぶということは、今後より

いっそう重要になっていくものと思われる。

4.調査実施施設の紹介

本研究は、障がい者福祉施設におけるICTの利用につ

いての研究であるため、調査施設の選定を行った。

 本研究での調査は、本研究の外部研究員である、

小泉・荒木が勤務する、障がい者福祉施設で調査を行

うこととした。

(1) 調査施設地域の概要

調査施設は、東京都東久留米市にある、社会福祉法

人森の会、広域地域ケアセンターバオバブである。

東久留米市は、東京都の北西部、武蔵野台地の中央

に位置している。北東は埼玉県新座市、西は東村山市、

南は西東京・小平の2市、北は野火止用水を隔てて清

瀬市に接している。人口は約11万人であり、市内の障

がい者数は、約6,000人である。

障がい者の内訳 は、身体障がい者数が4,374人、知的

障がい者数が、856人、精神障がい者数が719人である。

表2 年齢構成別身体障害者手帳所持者の推移 (単位:人)区分 19年 20年 21年 22年 23年

全体 3,920 4017 3,953 4,204 4,374

18歳未満 107 110 186 104 99

18歳以上 3,813 3,907 3,767 4,100 4,275

表3 年齢構成別愛の手帳所持者の推移 (単位:人)区分 19年 20年 21年 22年 23年

全体 711 745 772 813 856

18歳未満 197 205 210 239 251

18歳以上 514 540 562 574 605

表4 年齢構成別精神障害者保健福祉手帳所持者の推移 (単位:人)区分 19年 20年 21年 22年 23年

全体 418 471 549 631 719

1級 72 69 59 57 60

2級 242 268 323 387 435

3級 104 134 167 187 224

(出所)第3期東久留米市僧会社福祉計画

(2) 調査施設の概要

調査施設である、社会福祉法人森の会、広域地域ケ

アセンターバオバブ(以下、バオバブ)は、昭和50年

に東久留米市大門町において、地域の無認可福祉作業

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障がい者福祉施設におけるICTの利用/志村 健一

所として出発した。

設立当初から、健常者と障がい者の区別はせず、同

じ働く人間として、平等な立場で生きることを理念と

し、「共に生き、共に働こう」をスローガンとし、活動

している。

障がい者の所得保障のため、施設として安定した仕

事の確保、高く、安定した工賃の確保を目指し、設立当

初から、東久留米市からの、公園清掃事業の委託、資

源回収事業の委託を受け、積極的に行政、地域と連携

し活動を行ってきた。また、東久留米市中央公民館内

において、福祉喫茶店を開設。これは、今では一般的

になっている、公共施設内の福祉喫茶の先駆けである。

バオバブで働き、自分で工賃(給料)を稼ぐこと、こ

れは健常者も障がいを持っていても生きていくうえで、

同じく大事なことと考える。そのため、お金を稼ぐこと

だけではなく、稼いだお金を、どのように使うか、と

いうことにも支援の重きを置いている。

自分で稼いだお金で、外出したり、自分のほしい物

を買ったり、貯金したり、その使途は当然人によって

様々である。その点を尊重していくことで、お金の大

切さや、使い方を身に付けていくという支援を行って

いる。

日々の作業も、毎日の朝の会において、自分でした

い仕事を選び、自分で決めた仕事を、責任を持って一

日やり遂げることを目的として、ルール化している。

自分で選ぶ自由と、自分で選んだことに対する責任

とを、身を持って体験し、それが社会性につながると

考えている。

バオバブでは、日々の中での選択肢が多く、そのため、

他施設より、自由度が高い取り組みを行っている。自己

選択、自己決定を設立当初から実践している施設である。

平成13年には、社会福祉法人の認可を受け、小規模

授産施設となった。

バオバブという大きく、人の誰の役にも立つ、頼れ

る木を森のように地域に増やし根付かせ、障害を持っ

た人も、持たない人も、安心して集うことができる施

設を目指し、森の会という法人名とした。

社会福祉法人となり、施設の運営基盤を強化安定さ

せ、より地域の障がいを持った人、当事者家族が安心

して利用できる施設となった。

平成18年には、国庫補助事業による、施設建物の建て

替えを行い、これまでの木造平屋建ての建物から、地

上4階建ての施設へとなった。それに伴い、運営も、障

害者自立支援法下での運営となり、これは東久留米市

内の福祉施設では一番早い制度移行事業所となった。

障害者自立支援法下での運営となり、自立訓練事業

(生活訓練)・就労継続B型支援事業・就労移行支援事業

の3事業の多機能型事業所となった。

特に、障がいを持った人の一般就労を支援する、就労

移行支援事業は、バオバブが制度ができる以前から行っ

ている支援であり、いわば、バオバブで行ってきた支援

がやっとここで事業として公に認められたといえる。

障害者自立支援法下での運営となり、これまで、11

名の就労者が出ている。

就労のための支援と並行し、就労中の障がい者の職場

定着支援(職場訪問、ジョブコーチ、職場の環境改善等)

も行い、長く就労できるための支援も行っている。また、

場合によっては(体力的な問題、障がい特性の変化、劣

悪な職場環境等)、積極的な離職支援も行っている。

特にバオバブの利用者は、知的障がいを持った利用

者が主なため、自分から様々な課題を表出することが

困難な場合や、同じ職場で働く上司や同僚からの指示

や、話しを理解することが難しく、そこから小さなト

ラブルが積み重なり、離職につながってしまうケース

がある。そのため、バオバブでは、定期的な職場訪問や、

就労している障がい者と話しをする機会を持つように

している。

現在バオバブは、利用者36名、平均年齢27歳、主に

知的障がいであり、身体障がい、精神障がいとの重複

障がい者の利用が増えている。

利用者の約半分は、療育手帳の重度知的障がい者で

あり、バオバブでは、先述した通り、日々の活動の中

で、選択をする機会が多くあるため、重度知的障がい

者の、自己決定や意思決定の方策や決定プロセスにお

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東洋大学/福祉社会開発研究 7号(2015年3月)

いて、大きな課題を持っている。そのため、今回、ICT

を利用し、知的がい者の自己決定、意思決定支援の支

援の方策を探りたい。

5.実践での応用例

(1) ICTを活用した支援の実態

①Aさんへの実践事例-iPad miniとSimpleMind+の活用

Aさんは20代前半の男性である。支援者からの指示

はおおよそ理解でき、会話もある程度できるが、自分

の気持ちや意思を表明することは難しく、さらに自分

に都合が悪いことを聞かれると黙ってしまうことが多

い。

Aさんが、高等部の先輩であり同じ施設に通う男性

利用者Xさんの家に、夜中に携帯電話から電話をかける

ことが何度もあったため、口頭で本人に注意をしてきた。

また、Aさんの家庭にも連絡帳で状況を報告し、電話で

直接保護者には本人に注意を促していたくようお願いし

てきた。その都度、本人も反省の弁を述べ、もう夜中に

電話をかけないことを約束するが、また同じことを繰り

返してしまった。

これまでの方法では、時間が経つと再び繰り返して

しまうことが予想されたため、ICTを用いて、いつもと

違う方法でAさんに注意喚起を行うことにした。

今回は、夜中の電話に対して注意することではなく、

なぜ夜中の電話を繰り返してしまうのか、という点につ

いて本人の気持ちや意思を引き出すことを目的とした。

順序だてて本人の気持ちを整理するため、SimpleMind+

を使用した。Aさん自身がなぜ夜中に電話をしてしま

うのかを本人の気持ちを明らかにすることを到達点と

し、最初にクローズドクエスチョンでの質問を続けた。

その回答を同時にSimpleMind+に落とし込んでいった。

今回は、SimpleMind+を使用し、もう一度電話を夜

中にかけ始めた動機をていねいに聞き直し本人と一緒

に整理をした。

Aさん本人と一緒に落とし込んでいったSimpleMind+

を確認しながら話をしていくと、これまでの口頭だけ

では聞けなかったAさんの気持ちが少しずつ表出され

てきた。それを集約すると次のようになる。

・夜中に電話してはいけないことは理解している。

・Xさんのことが好きで、今以上に関わりたいと思っ

ている。

・夜中にたまたま目が覚めてしまい、電話をしてし

まった。

以上のように、SimpleMind+を用いてAさんの気持

ちを引き出すことができ、Xさんとの関係の持ち方、

携帯電話の使用方法など、Aさんの課題を整理するこ

とができた。

②Bさんへの実践事例-iPad miniとロイロノートの活用

Bさんは20代後半の男性である。療育手帳は4度であ

り、現在はグループホームを利用している。物静かな

性格で普段は自分からはあまり話をせず、首をタテや

ヨコに振って意思を伝える頻度が高い。しかしながら、

会話はでき、識字能力も高い。

同じグループホームに住み、同じ日中活動を利用し

ているYさんの靴を隠してしまうことが繰り返しあっ

た。BさんがYさんの靴を隠している所を職員がたま

たま見ていたため、Bさん本人に注意をした。

Bさんは日ごろ、自分の思いを言葉で他者へ伝える

ことがあまりなく、支援者としてもBさん本人の気持

ちをなかなか理解することが難しい。しかし、Bさん

は文字の読み書きができるため、ICTを活用することで、

彼の思いを表出できるのではないかと考え、Bさんの

気持ちや行動の動機について、ICTを活用して引き出す

ことを目的とした。

Bさん自身は、普段から非常に穏やかな性格であり、

グループホームでも日中の活動場所でも、誰からも好

かれており、他者との関係も良好である。そのような

Bさんが、今回のようないたずらをするということは、

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障がい者福祉施設におけるICTの利用/志村 健一

何か理由があると思われた。

Bさんは識字能力があり障がいも軽度であるため、

ICTへの興味も強いことが予測できる。トーキングエイ

ドのような音声など自分が操作したことでレスポンス

があるようなツールが特に有効と考えた。支援者から

の問いかけに対する理解はできるため、その答えをトー

キングエイドで答えてもらった。

ICTを活用し対話を続けていくことで、トーキング

エイドの中にない答えなど、次第に自分から能動的に

答えることができてくる様子が見られるようになった。

その回答を集約すると次のようであった。

・Yさんは週末には実家に帰宅するが、Bさんには帰

宅する実家がないことからくる、Yさんの家庭環境

への嫉妬。

・靴を隠すことは、悪いことだということは理解して

いる。

以上のように、Bさんが週末に寂しい思いをしてい

ることが明らかとなり、余暇活動への参加などを検討

することができた。

③Cさんへの実践事例-iPad miniと画像の活用

Cさんは20代後半の男性である。療育手帳は3度であ

る。自閉症である。会話は可能で、識字能力も高く、簡

単な計算もできる。しかし、独語や、質問と回答を自分

で言い、それをスタッフに確認するという言動が頻繁に

あることから、作業の集中力に欠けるところがある。

日中活動が終わり、帰宅アナウンスを待つ間、Cさ

んが支援者の背後から頭や顔に息を吹きかける行為が

頻繁に見られたため、本人と支援者が話をして、やめ

るよう促した。保護者にも話をし、家庭でも注意を促

すようお願いした。

約1週間後、Cさんは運転中の資源回収ドライバーに

息を吹きかける行為をした。また、資源回収先に到着

した際に、広報誌をポストに投函して車に戻ろうとす

るときに走ってしまい、敷地内の縁石につまずき、右

腕をすりむいてしまった。

本人に、再度、①人に息を吹きかけてはいけない、

ドライバーに息を吹きかけると事故を起こす可能性が

あり大変危険だということと、②回収場所にメンバー

を放置はしないので、回収中に走る必要はないことを

ゆっくりと優しい言葉で説明した。

その後、何度も意識させて覚えてもらうことを目的

として、息を吹きかけている写真と、走っている写真

の2枚の写真をiPad miniに映し、1日に2 ~ 3回見せ続

けた。通算4 ~ 5回目くらいからは、支援者がiPad mini

を持っている姿をみると、すぐに本人が先の2つの言葉

を自分で言えるくらいになった。

ただ口頭で話すだけではなく、何回も写真をみせる

ことで、Cさん本人が重層的に理解できたようで、現

在は、このような行為は行っていない。

(2) ICTを活用した支援における展望と問題点

以上、3つの事例から明らかになったのは次の点で

ある。

①軽度障がい者であるとICTなどの機器に対して興味

が強い場合が多いため導入しやすい。

②ICTツール自体がきっかけとなり、その後の本人の

気持ちの表出の機会となる場合がある。

③当事者自身の気持ちの整理と、支援者側の課題の

整理ができ、より課題に焦点を当てた支援を考えるこ

とができる。

④ICTを活用して耳からだけではなく目で見る情報を

発信することで、理解を重層的にできる。

自分の意思や気持ちを言葉で他人に伝えることが得

意ではない利用者に対して、支援者がいかにして彼ら

の奥底にあるものを引き出せるかが、支援方法を考え

る上でも重要なこととなる。利用者本人に的を絞った

ピンポイントとなる具体的な支援を行っていくには、

ICTの活用はかなり有効であると感じた。

今後は、生活に関わるものや日中活動である作業に

関わるものだけではなく、就労支援へのICTの活用につ

いての検討も必要であろう。

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東洋大学/福祉社会開発研究 7号(2015年3月)

さらに、今回の実践でわかったことであるが、支援

にICTを活用するには、アプリのダウンロードと使用方

法の習得、画像の準備など、あらかじめ準備をしっか

りしておかないと、タイムリーな時にすぐに活用でき

なかった。この点は、ICTを有効に活用する際に検討し

なければならない点であろう。

6.今後の課題

(1) 意思決定支援への道

わが国の障がい者の権利の確立と社会参加への政策

の動きが、近年になり大きくなり意思決定支援の必要

性も高まる一方である。さらに障害者差別解消法の成

立と雇用促進法の三障害の同時の改正によって、わが

国の権利擁護は一つの壁を越えたと言える。雇用にお

いても合理的配慮は法的義務になり、この合理的配慮

の主戦場は「教育の場」「雇用の場」であり、権利擁護

の核心は意思決定支援にかかっている。支援の実施に

当たっては、モデル事業の積み重ねや優れた先行例な

どの現場の支援にから得るものが多く、厚生労働省社

会保障審議会障害者部会においても調査を実施してい

く。支援現場では、当事者主体(person centered)を

原則に実践を積み重ね、何よりも当事者の意思決定が

反映されることが最重要目標となる。

(2) 障がい者への視覚情報とICT支援

意思決定支援の取り組みでは、障がい者との意思疎

通が求められ、意思表示とコミュニケーション方法へ

の開発は、支援者にとって大きな課題になっている。

コミュニケーションへの取り組みで、世界的に広く

実施されているTEACCH(Treatment and Education

of Autistic and related Communication-handicapped

CHildren )は、障がい全体の考え方に大きな変革をも

たらした。佐々木によれば、TEACCHの原理では、自

閉症や発達障がいのある人は、通常の発達の人と比べ

た場合、発達の様相が異なっており、不均衡なのであ

ると考える。そこで自閉症の人が、視覚的な情報に親

和性が豊かで、意味や概念を見出し適応することに働

きかけ、意思決定支援に取り組む。このために個別対

応に取り組みコミュニケーション環境を視覚的に整え

ていく。さらに佐々木によれば、TEACCHの支援ス

タッフは、ジェネラリストとして、障がい者の地域活動、

家族調整、就労支援等広く生涯に渡って、活動するこ

とが必要である。このTEACCHは、教育・福祉の現場

で広く活用されており、視覚情報を拡大して、わが国

でもICT支援の導入につながっている。

障がいのある人へのICT支援について、実証研究を行

う「魔法のプロジェクト」の中邑は、AAC(Augmentative

and Alternative Communication):拡大代替コミュニケー

ションの考え方から、「身の回りにあるテクノロジーが

多くの人の能力を補強」するハイブリディアンの時代の

であると表明する。言葉の受け入れに困難さを抱える障

がい者は、障がいを持たない人とはスタートラインから

異なり、教育や福祉の場でICTを個人用の学用品とし

て機能させることで、当事者の一斉指導の現場の呪縛か

ら解かれ、不公平感を取り除けることになる。

また障がいのある人のICT使用は、会話では表明困

難であった当事者の意思世界を、自身の記述によって

鮮やかに提示してきている。東出はそれまで周囲から

唐突で不可解に思われた行動であった「自閉症の僕が

飛び跳ねる理由」が意味ある自己表現であることを知

らしめた。この記述は、「飛び跳ねる」行動が理解でき

ずに困惑していた人々の意識を変えた。東出の記述は、

初めは母親が作成した文字盤のポインティングや筆談

を用いており、今も基本的には文字盤を使用し、ICTを

併用して記述している。

「僕は筆談という方法から始めて、現在は、文字盤やパ

ソコンによるコミュニケーション方法を使って、自分の思

いを人に伝えられるようになりました。自分の気持ちを相

手に伝えられるということは、自分が人としてこの世界に

存在していると自覚できることなのです。」 (東出.2010)

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障がい者福祉施設におけるICTの利用/志村 健一

また綾屋は表現の不自由さに苦しんだ経過を経て、発達

障害当事者として、自身のICTとの出会いを記述している。

「『わたし』を立ち上げるためには、キーボードとディ

スプレイが不可欠となり、『私の思考はキーボード操作

をする指先とのみ直結している』と感じるまでになっ

た。」(綾屋,2008)

このような発達障がい者の記述は、知的能力の高低

に関わらず、ICT使用による意思表現の可能性を示して

いるだろう。まずは支援の場において、支援スタッフ

はICT使用により、まずは選択の答えとして、昼食はパ

ンが良いかご飯が良いか、飲み物は林檎ジュースか蜜

柑ジュースのどちらが好きか、を訊ねることなどから

始められないであろうか。

(3)教育の場のICT支援

ICT支援の先行研究を概観すると、ICTの活用は特別

支援教育の現場において、広く取り組まれている。特

に長野県稲荷山養護学校の長い取り組みは、覚目すべ

き成果を挙げ、全国的な目標となっている。その基本

にはTEACCHの原理があり、初期に学習支援の環境を

TEACCHにより整え、初めは写真使用による視覚情報

から絵カード、ICTの活用へと展開していく。同校の教

師青木によると、障がいを持つ児童にとって話し言葉

だけの情報受容は、理解ができず混乱し、返答として

表出されるのは不適応行動としてオウム返し・独り言

パニック・自傷などの表出に至る。そこで、意味理解

の援助が必要になり、ICTの使用により構造化・視覚支

援・シンボルによって、コミュニケーション環境を整

える。青木が開発に参加したアプリ『Drop Talk』によ

る個別スケージュールの作成等が行われる。このこと

によって、①本人に分かりやい状況を作り、②モチベー

ションを高め、③繰り返し学習できる状況を作り出す。

ICT利用のための『Drop Talk』絵シンボルは1700

を超える開発に至っており、障がい児がICTの活用によ

り、自発的に動きだす支援を生み出している。

(4)福祉施設におけるICT支援

取り組みが先行する教育現場で、実践が重ねられてい

るICT支援が、福祉施設でも、就労支援でも可能にす

ることが今後の課題である。障がい者のライフステージ

全般に渡る支援が求められ、学校でICT支援を受けた子

供たちは、当然ながら卒業後も、ICT支援は必要である。

学校現場における先行実施に学びつつ、アプリの研究の

一方で、福祉施設現場における実践を通じて、可能性を

探っていくことが求められる。東洋大学福祉社会開発情

報センターのICTチームは、先行研究により実績を学び、

ICTの技術的なサポートを受けつつ、福祉現場で実践と

モデル事例を創出することに取り組みを始めた。(図1)

実践検証を受託したバオバブは就労支援の福祉の場であ

り、多様な就労形態に取り組む生き生きとした施設であ

る。ICTチームは、ICT支援の取り組みの第一歩をここ

から始めた。特別支援教育とは異なる取り組みが必要

で、グループ・ワークやSSTなどの可能性など、研究の

課題は多数ある。佐々木によれば、ノースカロライナでは、

障がい者の就労支援のために、ジョブ・コーチ・モデル

と呼ばれる方策がある。ジョブ・コーチが就労現場に常

駐して職場環境を整え、視覚情報を支援することにより、

必ずしも高機能ではない人々の就労支援をも可能にして

いる。ICTチームのささやかな取り組みが、方策提案に

至ることを目標としつつ、ICTの使用により、技術的な

サポートを受けながら、事例研究が開始されたのである。

図1 障がいのある人々へのICT支援

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東洋大学/福祉社会開発研究 7号(2015年3月)

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11 佐藤里見(2013)「「魔法のプロジェクト」とは?」金森克

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12 斉藤くるみ(2009)「社会福祉を学ぶ聴覚障害をもつ学

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13 佐々木正美(2008)『自閉症児のためのTEACCHハンド

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14 佐藤里美(2013)「魔法のプロジェクトとは?」金森克浩

ほか編『実践 特別支援教育とAT 第2集』明治図書出版,

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15 佐原恒一郎(2012)重度知的障害児のICT利用教育におけ

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16 佐原恒一郎(2014)「重度知的障害児教育におけるタブレッ

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20 柴田邦臣(2006)「<情報弱者>の社会参加:障害者のICT利

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21 第3期東久留米市障害者福祉計画、平成24年3月

22 高橋小百合・木村勉・神田和幸・森本一成(2011)「携帯

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構築と評価」『電子情報通信学会技術研究報告.WIT・福祉

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23 田中菜緒・小林巌「肢体不自由特別支援学校の重複学級

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24 兵庫教育大学(2014)「平成25年度文部科学省調査研究委

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(http://jouhouka.mext.go.jp/school/pdf/tsujo_tsukuba.pdf)

25 東出直樹(2010)『続・自閉症の僕が飛び跳ねる理由』エ

スコアール

26 棟方哲弥(2011)「専門研究A 障害の重度化と多様化に

対応するアシスティブ・テクノロジーの活用と評価に関

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障がい者福祉施設におけるICTの利用/志村 健一

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30 文部科学省(2010)「教育の情報化に関する手引」

(http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/1259413.

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31 渡部舞・苅田知則・岸田直也・石丸利恵・龍海咲「読み

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東洋大学/福祉社会開発研究 7号(2015年3月)