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海洋科李技術センター賦験研究報告JAMSTECR 26(September.1991 ) 飽和潜水作業 におけるダイバーの生体負担 楢木 暢 雄'l 設楽 文 朗*I 竹内 久 美'l 他谷 康・l 水鴫 康 男・I 中野 正 美 ’z 富澤 儀一゛s 毛利 元 彦 ゛' 深度数百メートルにおけ る飽和潜水作業のダイバーに対する負担を潜水作業 時の心拍数と,睡眠時の心拍変動( 心 電図 のR-R時 間 間 隔 の 変 動 係 数) と心 拍 歓 より核 討した。 深海潜水作楽において,心拍数よりみたダイバーとテンダーの負担が最も大 きい 作 業 は ,海 底 作 業 で は な く,ロ ッ クア ウ ト ,ロ ッ ク・1 ン 時 で あ る。テ ン ダ ー の負担はときには,ダイバー以上になることもあり, また・ヽ・yチの開羂は短時 間なからかなりの負担であ る。 作業深度への加圧後,睡眠時の心拍変鵺と心拍数の加圧訥水準への復帰時刈 は, ダイバーの感想による高圧ヘリウム環境への適応時期 とも良 く一致してい る。 そ の た め, 睡 眠 時 の 心 拍 変 動 と心 拍 数 は 深 海 ダ イ バ ー の基 礎 的 体 調 を 客 観 的に示す良い指標といえよう。 潜 水現場に おいて。睡 眠時の・C・拍 変劼 と心1白数 をon-lixle 処罷できれば。睡眠 状懇や基礎的体調をより。的確に把握することかでき, より安全な深海潜水を実 施できると思われる。 キーワード:飽和潜水,作業負担,心拍数,心拍変動 Evaluation of work load and basic physical con- dition on the divers during He-02 saturation dive to 300m depth in the sea. Nobuo NARAKI*4 Hisayoshi TAKEUCHI*1 Yasuo MIZUSHIMA** Giichi TOMIZAWA'6 Fumio SHIDARA" YasushiTAYAM Mas ami NAKANO*5 Motohiko MOHRI" 拿1 *2 家3 *4 *5 帛6 開発研究 務部工 務課 東京理科 大学 理工学部経営工 学課 Marine Development Research Department Technical Service & Facilities Division, Administration Department Deparlme【ILQflnd u以rial AUminislraliyn, Science University Qf Tokyo 45

飽和潜水作業におけるダイバーの生体負担 - Japan …...heavy diver's equipment (30-40kg in air) in a half*rising posture in the SDC's small space, HR during sleep

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海洋科李技術センター賦験研究報告JAMSTECR 26(September.1991)

飽和潜水作業におけるダイバーの生体負担

楢 木  暢雄'l  設楽  文朗*I  竹 内  久 美'l

他 谷  康・l  水 鴫  康 男・I  中 野  正 美 ’z

富 澤  儀一 s゙ 毛 利  元 彦 ゛'

深度数百メートルにおけ る飽和潜水作業のダイバーに対する負担を潜水作業

時の心拍数と,睡眠時の心拍変動( 心 電図のR-R時間間隔の変動係数) と心拍

歓より核 討した。

深海潜水作楽において,心拍数よりみたダイバーとテンダーの負担が最も大

きい作業は,海底作業ではなく,ロックアウト,ロック・1 ン時である。テンダー

の負担はときには,ダイバー以上になることもあり, また・ヽ・yチの開羂は短時

間なからかなりの負担であ る。

作業深度への加圧後,睡眠時の心拍変鵺と心拍数の加圧訥水準への復帰時刈

は, ダイバーの感想による高圧ヘリウム環境への適応時期 とも良 く一致してい

る。そのため,睡眠時の心拍変動と心拍数は深海ダイバーの基礎的体調を客観

的に示す良い指標といえよう。

潜水現場において。睡眠時の・C・拍 変劼と心1白数をon-lixle処罷できれば。睡眠

状懇や基礎的体調をより。的確に把握することかでき, より安全な深海潜水を実

施できると思われる。

キーワード:飽和潜水,作業負担,心拍数,心拍変動

Evaluation of work load and basic physical con-

dition on the divers during He-02 saturation

dive to 300m depth in the sea.

Nobuo NARAKI*4

Hisayoshi TAKEUCHI*1

Yasuo MIZUSHIMA**

Giichi TOMIZAWA'6

Fumio SHIDARA"

Yasushi TAYAM

Mas ami NAKANO*5

Motohiko MOHRI"

拿 1

* 2

家 3

* 4

* 5

帛 6

海 域 開 発 研 究 部

総 務 部 工 務 課

東 京 理 科 大 学 理 工 学 部 経 営 工 学 課

Marine Development Research Department

Technical Service & Facilities Division, Administration Department

Deparlme【ILQflnd u以rial AUminislraliyn, Science University Qf Tokyo

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Heart Rate (HP) was recorded on divers and tenders (diver's assistants) by a

portable type HR recorder during 8 saturation diving operations to the depth of

300m, from the time of leaving the Jiving habitat: DDC (Deck Decompression

Chamber) under helium hyperbaric environment until return to the DDC after

completion of the task at the bottom of the sea. The Coefficient of Variance R-R

interval (CV R-R) and HR were analysed from an ECC (Electrlcardlograin) during

nocturnal sleep on S divers in the DDC to monitor their basic physical condition and

their sleep states.

The hesviest work load estimated by HR on the divers was observed during

lockout from the SDC (Submersible Decompression Chamber), not during the

bottom work. The highest HR on tender was also recorded during divers' lock-out

and lock≪ln of the SDC,

In the deep saturation diving to a few hundred maters depth, the heaviest work

load not only on the divers but alec on the tender were observed in SDC caused by

heavy diver's equipment (30-40kg in air) in a half*rising posture in the SDC's small

space, HR during sleep returned to the control level of pre-corapression on the 2nd

or 3rd night after compression to 300m and CVR.R return to pre≫compression jevel

on the 4th or 5tn night, HR and CV R-R can be used as objective indexes for divers'

basic physical condition and their sleep states.

K ≪y words: Saturation diving, Work load, Heart rate. Coefficient of variance R-R

interval

1 はじめに

深度300m の飽和潜水作業において,ダイバーの

生体負担を潜水作業時の心拍数と睡眠時 心電図の

解折より評価することを試みた。

< 潜 水 作 業 時 の 心 拍 数 >

深 度 数100 メ ー ト ル に お け る 潜 水 作 業 か 夕'イ パ ー

に と っ て , ど の 程 度 の 負 担 に な る か , シ ミ ュ レ ー

シ ョ ン 潜 水 実 験 な ど か ら 搶 測 さ れ て も , 実 際 の 海

中 作 業 で は ほ と ん ど 測 定 さ れ て い な い 。 そ の た め

実 海 域 実 験 の 潜 水 作 業 に お い て 。 水 中 エ レ ベ ー タ

の SDC(S ub mersible DecQm pression Cha mber)

か ら 海 中 へ 出 た 作 業 時 だ け で な く , 海 上 基 地 に あ

る 居 住 用 チ ・ ン パ ー の DD C( Deck Decom pr-・・ion

Cha mber) を 離 れ た 後 , 潜 水 作 業 を 終 了 し D DC に

戻 っ て く る 問 の , ダ イ バ ー と 作 薬 補 助 者 で あ る テ

ン ダ ー の 心 拍 数 を 測 定 し , 深 海 潜 水 作 業 が 生 体 に

及 ぽ す 負 担 に つ い て 検 討 し た 。

海 中 作 業 時 の 呼 吸 ガ ス やSDC, DDC 内 の 環 境 ガ

ス は , 作 業 深 度 の 水 圧 と 等 し い 高 圧 条 件 で あ り ,

そ の 加 圧 ガ ス に は 高 酸 素 分 圧 に よ る 毒 性 。 商 窒 素

分 圧 に よ る 麻 酔 性 , さ ら に 気 体 密 度 の 噸 大 に よ る

呼 吸 抵 抗 の 増 加 を 避 け る た め , 空 気 の 代 わ り と し

て 化 学 的 に 安 定 で 低 密 度 ガ ス : ヘ リ ウ ム が 使 用 さ

46

れている。高圧ヘリウム酸素環境において心拍数

は, 低下するとされており{I,2,3},その原囚とし

て吸気中の高酸素分圧(4),肺胞気の二酸化炭素増

i■(5),ヘ リウムの心臓のペースメーカー,刺激伝

導系や夊感神経系りの彫響(6,7)が研究されている。

さらに海中作業時においては,潜水徐脈の一因とし

て上げられている顔面皮膚温の低下(8,9,10) を も

考慮すると,一般に用いられている大気圧空気条

件下の心拍数水準による生体 負担の評価を。その

まま深海潜水作業に適用することは非常に危険で

ある。

< 睡眠時心電図の解析>

飽和潜水におけるダイバーの生活環境は,作業

現場の高い水圧とDDC, SDC の高圧ヘリウムとい

う物理的条件だけではなく, 6名による非常に狄

いDDC内(居住用チヱンパー:内径約2m ,長さは

衛生区画を含めても約6.5m) での約1ヶ月lllもの長

期共『司生活という,精神的ストレスの多いもので

ある。そのため自党に上らない基礎的体調を潜水

業務にで きるだけ支障のない方法で。かつ海上基

地という隕られた空間と機材で評価する必嬰があ

る。基礎的体調の指標 として,自律神経系 の活動

水準を反映するといわれている心拍変動(心電図R

JAMSTCCR 26(1991)

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R間隔の変動係数CVi_R: C・efficient of Vari・

ance RR interval) (11,12,13)と。身体的,糖神

的ストレスを解消する最良 の方法である睡眠の状

態を客覩的にみるため,睡眠相と高相関 にある心

拍数(14,15) の変化を睡眠時の心電図 より求めた。

2 方 法

2.1  潜水作秦畴の心拍数

潜水作桑時 の心拍 敷の測 定は, 海中作業実験船

「かい よう」 を用い,1988 年?月 に実施 され た熱

海・ 初為沖の300m 実海域 実験 において,13 日から16

日まで の4日閥に午 前・午後 の1日 2回, 計 8回 の

潜水作業時の ダイバ ー2名とテ ンダー 1名につ い

て行 った。心拍 数は,潜 降前のDDCからSDCへの

移乗 より潜水作業終 了後のSDCからDDCへ帰還す

る間,メ モリー式携帯装置(VINE社 製:mac duo

VM2-001) により記録し,1日の潜 水作 業終了後に

記録 装l を大 気圧に滅圧 し解析した。 ま たダイバー

とテ ンダーの行動は,テレ ビモニ ターに よる観 察

と曾制 と,ダイバ ーとテ ンダー間の交信 より分 単

位で記録 した。

2.1.1  飽和潜水の手順

<加減圧の概要 >  6名のダイバ ーは 加圧 の前

日にDDCに入室 し,DDCは ヘリウ ムに より予 定作

業深度 まで加圧 される。300m 相当深度へ のカI 圧 所

要時 間は約15 時間で,加圧終了後 は高圧環境 への

順応の ため, 半日 から1日の期 間が準備 期とされ

てい る。

300m 深度環境で の滞在期 剛jは作業 内容に より異

なるが, 本突験では 6日 間で。 作業終了後 ダイバ ー

はDDC内で12 日閥の減圧後,0m 大 気圧条件に戻 っ

て きた( 図 1)。

<潜 水 作業 > 潜 水作 業 は 3名か I班 とし て

SDC に乗 り込み,そ のうち 2名がダイバ ーでSDC

より出て潜水作業 を行い。 残 りの 1名 がテンダー

としてSDC内で ダイバーの補助作 業を行う(図 2)。

またダイバー とテ ンダーの作業配 置は固 定されて

おらず, 潜水作業毎 に交替 した。

DDCから海底 の作業現場へ 移動 する場合,まず

ダイバ ー2名は準 備室(Entrance Lock : EL)にお

いて潜水服等 の装備 を付け,この問にテ ンダーは

SDCの内部チェッ クを行う. SDC の内部チ ェック

終了後, ダイバ ーがSDCへ移乗 する。そ の後SDC

JAMSTECR 26 (1991)

図 2 ロ ックア ウト潜 水作業 の構 成概 略

Fig.2M 叺jor components of saturation diving

system

Surface support vessel KAIYO

(Semi・submerged catamaran type)

DDC (Deck Decompression Chamber)

SDC (Submersible Decompression

Chamber)

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の内 部八・, チ と準備室のハッチ を閉鎖 し,連結ト

ラン クを大 気圧まで瀘1・ し, SDCをDDCより切 り

離す。SDCは『かい よう』

作業 甲板中央部のAフ

レー ムクレーンに よりセンターウzルから海面へ,

そして海底 へと降ろされ る。

SDCが海 底に 到着後,テ ンダーはSDC内部圧を

水深圧 と均圧 し,内・ 外部ハッチを関敵 し, ダイバー

の潜 水呼吸 器の装着 を手伝 う。 なおダイバーの装

備は,空中 では30 -40kg であるが水中 では1 ~2

kg とな り,作 業に応 匕て 必要な体 重は錘 に より調

節し た。ダ イバーの準備が完了 次第, ダイバ ーは

SDCから作業の ため海中 へ出 る{ロ ックア ウト}。

300m の海底では 水温は 約10t と低い ため, SDC

へは 加温用 の温水 が海面 から, さらにア ンピ リカ

ルケーブル を通し作 業中 のダイバ ーへ も供給 され

る。

ダイバーの海中作 業時 にテンダーは, ダイバー

の作業範囲に応 じて そのア ンピ リカル ケーブ ルの

送り出 し, また巻 き込み, さらに ダイバ ーへ の温

水供給 最の調 節やSDC の内部環境の調 整を行う。

海中作業 の監視 用として は, SDC 下 方のテ レビ

カメ ラとダイバ ー携 帯用テ レビカ メラかあり, さ

らに海 面から 降ろ されたテ レビカメ ラ搭 載の 遠隔

操縦ロ ボット: ROV(Remotely Operated Vehi・

cle)が使用 され る。また,SDC内作業 の監視 には,

SDC の上部テレビカメ ラが用い られてい る。

作業終了後 のダイバ ーのSDC 卿還( 口・・クイ ン)

に際 してテ ンダーは, 空中総麗量 が10{}kg 越え直径

8{}cm の下部ハッチロの梯 子を翌 るダイバ ーを, 榾

単に よりSDC内に引 き上げ る。 2名の ダイバ ーを

SDCに帰還 させ た後,SDCの外・ 内 部ハッチを閉鎖

し, SDC は船 上に揚収 される。

船上ではSDCは連結ト ランクに連結 された後,

連結ト ランク を加圧 し,トランク,SDC と準備 室を

均圧後 ハッチ を團 く。 ダイ バーは潜水 装備を準 備

室にて 解 き,そ の問 テ ンダーはSDCの最終 内 部

チェッ クを行う。

深度300m における潜水作 業の各SDC 作業所要 時

間は, ダイバー とテ ンダ ーのSDCへの移 乗後, SDC

がi毎面到着するまで約30 分, 海面 からダイバー2名

がロッ クアウトす るまで約30 分, また作業終了後

のロッ クイ ン開始 からSDCが海面に戻 るまで約30

分,さらに海 面に揚収 されたSDCがDDCに連結 さ

48

れダイバーがSDCからDDCに戻るまで30分であっ

た。すなわち300m 級の潜水作業 の所要時間は,前

記の計2時間と実際の海中作業時間を合わせた も

のとなる。

本実験 の潜水作業としては,主としてダイバー

lによる水圧工具の作動確認,シンカーより約10

m 離れた所への杭の打込みと杭間の測量,またダイ

バー2のダイバーIの補助と潜水作業 中のダイバー

のテ・レピ撮彫,そのためのテレビカメラのSDC外

側壁からの取外しと取付けなどであった。

2.1.2 睡眠畤心電図の解析

夜間心電図の記録・測定は,1990年7月に伊豆凖

恥西岸・田子沖の深度300m の梅域で実施した潜水

実験において,加圧前夜から減圧終了まで行った。

<加減圧の概要> 2班6名のダイバー(a,b,c.

d,e,f)が加圧の前日(実験第1日)DDC-Bへ入室

し,第2日に約15時問をかけてOm から300m 濠度へ

加圧された。第3日の午前中は休憩であるが,午

後からは潜水準備が始 まり, 鄒4日からは原則と

して,各霤水作埀班により,午前と午後の2回の

潜水作業を実施した。 また第5剛こは第3班とし

て 2名のダイバー(g,h) が,齣2班の一部交替要員

としてDDC-A へ入室し,翌鄒6日に3aOm まで加圧

された。第8日には,前2班のうち2名(e,f)がDDC

-Aにおいて他の6名より先に減圧を開始され,残

る6名も第11日目に減圧を開始し,12 日閥の減圧

後,0m の大気圧に戻った。なお。加減圧の巡度は

先の1988年実験と同様で, また図3に夜問心電図

を測定解析した夜を示した。

図 3  実海 域実験 の加減 圧の概 要(1990 年7月)

(▼ :睡眠時心 電図 の解析 実施)

Fig. 3 Dive profile of 300m saturation dive

(July,1990).

(▼:ECG analysis for CVr-k and Heart rate)

JAMSTECR 2S(1991)

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* 突験で の潜水作業は 鄒1回作業におけ る作業

台の海底への設置 と,最 終回での作業 台の回収以

外は, 作業 台上で の小構 造物の梢 築, 目標追尾テ ,

スト, 海水や海底 泥の採 取, 海底の測量等であっ

た。

心 電図 を記録し たダイバー欺は。 篳 4日目 まで

と20 日以後 は6名で,そ の間は全8名であっ た。

就寝 時岡は, 翌日の午前中に潜 水作業 が予定 され

てい る場合 の6時起 床を除き, 原刷 として22 時就

寝, 7時起床であ った。

睡 眠時心 電図 の記録に は, ダイバーの睡眠 をで

きるだけ妨げ ない ために, 胸部の表面 電極 2点式

のテレメータ送信機( 日* 光電社 製:ZB-141b:30

*34 *19mm,30g) を用い た。DDC-A.B の閧に設

置した受信部 におい て,TVモニ ターにより波形の

確認 し, Data Recorder によ り心電図 の記録 を し,

瞬時心 拍計 より瞬時 心拍 数を測 定記録 した。 解析

に用い た心 電図は, 上記 のData Recorder に より

記録 した ものであ る。

cvR_R の通 常の解祈 では,50 から100 のR波 を含

む心電図を1000H z以 上でA-D変換後デ ータとして

取 り込 むが, 本研究では 8名の心 電図 を同時 に全

睡眠期 間中解析し, また今後gよyi-ソナルコンピュー

タ程度の機器に よるOn-line処理 を目指 しているた

め, 使 用 し た 解 析 機 器(YEWMAC-300,

PC9801-VM) の 能力に より,デ ータの取 り込 みが

約30Hz であ った。解析は原則 として。誚灯の22 時

から翌朝 の点灯時間の 7時までの9時 間について,

1分毎 の心拍 数,CVI_lを求 めた。

3 結果及び考察

3.1 潜水作業時の心拍数

図4に,溜水実験最終日の午前と午後のダイバー

2名とテンダーの心拍数を示す。 ダイバー,テン

ダーともにSDC内で作業がない座位安静では,70

~80拍/分で,ロックアウト時には両者と も120-

140拍/分とな り,海底作業時には80~110拍/分に

落ち着 き,ロックイン時にロックアウト時以上の

水準まで増大した。

心拍数の変化によりダイバーへの作業負担をみ

ると,負荷が最も大 きくな るのは,海底作業では

なく,ロックアウト及ぴロックイン時であり, ま

た海中作業ではSDC外側壁テレビカメラの取外し

JAMSTECR 26 (1991)

取付け時,特に潜水作業終了後のテレビカメラの

取付けがかなりの負担であったと思われる.

テンダーにおけるロックアウト.ロックイン時

の心拍数はダイバーと同程度,と きにはダイバー

以上に増加し.その負担の大きさを示している.

そのほかSDC 内部ハッチと外部ハッチの開閉は短

時 間ではあるか,かなりの負担であるといえる.

以上のダイバーとテンダーの心拍数から推定し

た作業負荷は,作業終了後に得た彼らの感想と も

よく一致していた.

設楽らの報告(16)によれば,高圧ヘリウム酸素

の混合ガスを環境呼吸ガスに用いたシミュレーショ

ン溜水突験では,深度300m 環境下の安静時心拍数

70~80拍/分,また水中での安静値はDry畷境時と

ほぼ同一水準である. またウエットチェンバーに

よる遊泳負荷の場合,深度200m ~300m(21 ,31気

圧へりウム頭境)環境下において.推進力:3kg と

軽い負荷時 の心拍数は約100 拍/分,4kg の中程度の

負荷では約120拍/分,やや強めの負荷である5kgで

も130~150拍/分である.本実海域実験時のダイ

バーとテンダーの負担を作業量だけで心拍数が変

化してい るとして評価する場合,海底作業はかな

り軽い作業であるが,ロックアウト作葉は中強度

作業,ロックインはかなりの作業負担となること

かわかる.

しかし,ヘリウム酸素混合ガスを用いる飽和潜

水において,ダイバーの作業負担の評価を心拍数

により行う場合は,先の設楽らの結果がー殼にい

われている大気圧空気下のもの( 軽作業時の心拍

数:90 ~100拍/ 分,中強度作業時:120 ~140拍/

分. 強作業時:16{} -180拍/分)にlヒベてかなり低

く,深度200 ~300m における中強庚の水中作業時の

心拍数は,大気圧空気下より毎分20 ~3【】拍も低 く,

さらに心拍数が作業だけでな く姿勢,環境温(潜水

服内温),海水温や累張感などを十分考慮する必要

がある.

ロックアウト,ロックイン. ハッチの團閉が大

きい負担となる理由として,これらの作業は測量

等の動的作業とは異なり.姿勢を一定に保持しな

がらの作業である静的作業で, しかもその姿勢は

最も負担の大きい中腰, かつダイバーの重装備,

さらに事故かダイバーの生死に直接つながるので

非常に累張を要するためと考えられる.また体重

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Fig. 4 Heart rate of divers and tender during che diving operations to 300m depth in the sea (18 july,

1988).

SDCi: transfer to the SDC SDCo : return to the DDC

LO : swim out of the SDC (Lock-out) LI: return to the SDC (Lock-in)

HO : open the SDC hatchs I-IC : secure the SDC hatch*

I ! SDC ariive a at surface

を利川できないSDC外側壁へのテレビカメラの収

納のような,海底から離れた海中作業では,ダイ

バーの負担を軽減させ るため姿勢保持装置などが

必要であると思われる。

3.2 腫眠時の心電図解析

本研究のCVI_l,心拍数計算のための心電図解析

法では,解析所要時間は測定時間の3~4倍でon

-line化はできなかった。図5にI例としてダイバー

50

aの7 J125 ~26FI の解析結果を示 す. また解析 方

法の精 皮の検 討をす るため,目視に よる心拍 数と

今回朋 発したプ ログ ラムに よる解析値 を比較 した

結果, 非常に高い利 関が得 られ. プロ グラム解析

において解析時閥率30 %以 下(検 出R-Rfr ¶|陌 の合

計時問 が18 秒以 下:0,3孝60sec=18sec) の結 果でも

同樣であり た.

なお 解析時Ilil率の低 ‾Fは,解析法に 原因 がある

JAMSTECR 26 (1991)

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22      00      02      04      06TI椎(h)

図 5 商圧ヘ リウム環塊‾Fの睡眠時CV,-,と心拍数の1例

{ダイバーa : 1990年7月25~26日,減圧期 深度100m}

Fig.5 Example of cvR_R and Heart rate of a drver(a) during nocturnal sleep

(25・26 july. 1990 at 100m depth on the way of decompression)

ことは少なく,ダイバーの寝返りなどで送受信ア

ンテナの位置関係の悪化により心電図自体を受信

していないことが多かった。

CV。-。の解析結拠において,覚醒時の笑常範囲と

していわれている2%水準の判定(17)に関しては,

心電図からのデータ取り込みか30Hx,すなわちデー

タの1111隔が約30ms であるためR-RISI】隔の精度は当

然±30ms となり,心拍数が60拍/分の場合はR-R

間隔が1000ms であ り,すでにデータの取り込み時

に3%の誤差がある。

そのため今回の睡眠時CVl_lの解析法では翼詣水

準等の討議は困難であるが,ダイバー8名全員の

一晩の平均疸を比較した場合。300m 第一夜は加圧

前に比較し増加する傾I;ilにあり。また同様にまと

めた心拍数では,覚醒時に広く認められてい る心

柏数が15~20 %の減少するほどの高圧徐脈は認め

られなかった( 表1)。

また,潜水実験全体の心拍数とCV,.lの変動をみ

るため,同一加減圧11程で作業したダイバー4名

(a,b,c.d)につ・いて,解析時間率5口%以上の資料に

つきダイバー毎に一晩の平均値を求め。 さらに4

名の平均値と標準偏差を図6に示した。300m 第一

崔に・C,拍数の分散と約5拍/分の減少か認められ,

またCVl_,も300m 第一夜に有意に上昇し,心拍数

は300m 第三夜に,またCVl_lは第五夜にはほぱ加

JAMSTECR 26 (1991)

圧前の水準まで回後していた。その後は減圧初期

にCVl_l結果の分散の増大と,心拍数の増加の傾向

が兇られたが,統計的有意差は認められなかった。

睡眠時の心拍数は,加圧直後で も覚酬勵1ほどそ

の徐脈傾向は大きくなく,こ れは交感神経系か優

位にある党曜期は高圧環境の彫響を受けるが,副

交感神経系が優位にある睡眠時はその彫響が少な

い ものと思われる。

心拍欺の変化により睡眠状態を判定するため,

最 も高い解析時問率のダイバーaにおける各夜の

心拍数変化を図 7に示す。通常の睡眠時心拍数の

変化は, 入眠後約1時|111で寛醒時の水準から徐々

に低下し,その後は1時間から1時問半の問期で

NREM羂には睡眠の深さに応じて低 ‾ドし。また

REM睡眠期に梢加するという変化を一晩に3~4

回繰り返す(埼。

DDC入室第一夜(A)は大気圧空気下とはいえ,

不似れな環境と明早朝 からの加圧に対する緊張の

ためか,心拍数の変化はやや明瞭さに欠け,300m

第一夜(B)では寝付きか悪いか,300m 保圧期後半

{D,E,F}は比較的よく睡眠できたと思われる。ま

た減圧後期(H,I) においては,約1週間の狭いDDC

内での退屈な減圧と運倡不足のため か寝付きが悪

く,呷1け方には既に覚醒していたようである。

これらの心拍数から推測された睡眠状況は,起

51

Page 8: 飽和潜水作業におけるダイバーの生体負担 - Japan …...heavy diver's equipment (30-40kg in air) in a half*rising posture in the SDC's small space, HR during sleep

1 Comparison of CVb-h and Heart

rate during sleep between

pre-compression and post-compression

to 300m depth in the DDC

Values are means, standard deviation

and total analysed period (mm)

Significantly different from control

values of pre-compression (0m)

at *:P<0.05. * *:P<0.01 (paired t test)

床後のアンケート調査とも非常によく一致してい

た。

探度300m の高圧ヘリウム環境への適応を心拍数

やCVl-lの大気圧空気水準への復帰で兄る場合,心

拍数では300m 第三夜(C)にはほぽ完了しているが,

CVl.,では第四,五夜(D,E)と心拍数と比較して時

間を要するようである。この傾向はダイバーの感

想である高圧環境での大きい問題(高圧神経症候

52

6 Mean values of CVp.ff and Heart rate

for 4 divers (a, b, c, d) during nocturnal

sleep vertical lines denote ± SD

analyzed time rate > 50% (more than

SOsec for Imin)

群:震え,吐 き気,思考力と築中力の低下:19,20 }

は一晩寝れぱかなり回復するが,高圧環境を意譲

しなくなる程には三一四晩を要するというものと

比較的よく一致しており,睡眠時の心拍数やcvR_a

はダイバーの基礎的体飼を客齠的に把握するため

に非常に有用な指標であると思われる。

JAMSTECR 2S(1991)

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53

図 7  高圧 環境 におけ る夜間心拍 数の変化 (ダ イバ ーa)

日付(夜)  A;9-10,B:10-11. C:12-13. D:13-14 ,E:14-15 ,

91 年7月   F:18-19 ,G:21-22, H:25-26, 1:29-30

日付毎に20 拍/ 分づつ 基準線が上昇 してい る

Fig. 7 Heart rate during sleep for analyzj㎎tlle sleep states (diver a}

date   A:9-10, B:10-11 ,Q12-13 ,D:13-14 ,E:14-15.

F:18-19 ,G:2卜22 ,H:25-26, 1:29-30  亅uly, 1990

The base 】jnes were shifted by 20beatノ min as a function of date.

4 む す ぴ

シミュレーション潜水実験等の研究を対象とし

た潜水では。高圧環塊下の生理学的特徴や作業 負

担等を実験後に十分解析で きても,実際の潜水現

場では より簡便な方法でダイバーの作業負担や,

ストレスの程度やその解消度を客観的に把擢する

ことが必要である。本研究で非常に困難であった

潜水作業 中の心拍数の測定や多数のダイバーの睡

眠時心電図の解析も,最近の技術進歩の早さを考

えると,近日中にon-line解析も可能にな ると思 わ

れる。その結果,潜水作業現場においてダイバー

JAMSTECR 2S(¶991)

の作業負担や回復度等の基礎的体調を作業中や起

床時 に知ることができ, より安全で快適な深海潜

水作業か可能になると思われる。

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(原稿受 理「| : 1991年5月7日」

JAMSTECR 26 (1991)