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モータ駆動システムにおける磁性材料の 要求仕様 電気自動車の普及が著しく 1) 、その駆動源は機 上置きであるために、モータ駆動システムへの高 効率小型化の要求はますます高まっている 2)〜6) 図1 は、電気自動車のモータ駆動システムの概 要を示したものである 7)、8) 。そこでは駆動源とし て電気モータを用いているが、それ以外に可変速 駆動のための可変電圧、可変周波数をリアルタイ ムで実現するインバータ、その入力の直流電圧を バッテリーの電圧より大きくする双方向チョッパ ー、そして自動車内の種々の電力負荷(エアコン、 各種モータ、照明、情報機器、補助バッテリーな ど)に電気を供給するDC-DCコンバータといった 種々のパワーエレクトロニクス回路から構成され る。そこでは、多くの種類の磁性材料が使用され、 異なる磁気特性が要求される 9) 特集 EVを支える磁性材料・磁石技術の現在と可能性 豊田工業大学 Fujisaki 﨑敬 Keisuke 大学院工学研究科 教授 〒468-8511 名古屋市天白区久方2-12-1 ☎052-809-1826 ••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••• ••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••• ••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••• ••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••• ••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••• ••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••• ••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••• ••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••• ••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••• ••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••• ••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••• ••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••• EV のモータ駆動システムにおける 磁性材料の要求特性と活用技術 総 論 双方向チョッパー 高周波の軟磁性材料 バッテリー インダクタ DC DC DC 単相AC DC 高周波変圧器 DC-DCコンバータインバータ インバータ モータの軟磁性材料 駆動電気モータ/発電機 IPM-SM LC- filter 3AC モータの永久磁石 負荷 ・エアコン ・各種モータ ・照明 ・情報機器 ・補助バッテリー 図 1 電気自動車のモータ駆動システムにおける磁性材料の利用 7) 22

EVのモータ駆動システムにおける 磁性材料の要求特性と活用 …...(e高周波変圧器の磁気) ヒステリシス曲線 2021年1月号(Vol.69 No.1 )

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  • モータ駆動システムにおける磁性材料の要求仕様

    電気自動車の普及が著しく1)、その駆動源は機上置きであるために、モータ駆動システムへの高効率小型化の要求はますます高まっている 2)〜6)。図 1 は、電気自動車のモータ駆動システムの概要を示したものである7)、8)。そこでは駆動源として電気モータを用いているが、それ以外に可変速

    駆動のための可変電圧、可変周波数をリアルタイムで実現するインバータ、その入力の直流電圧をバッテリーの電圧より大きくする双方向チョッパー、そして自動車内の種々の電力負荷(エアコン、各種モータ、照明、情報機器、補助バッテリーなど)に電気を供給するDC-DCコンバータといった種々のパワーエレクトロニクス回路から構成される。そこでは、多くの種類の磁性材料が使用され、異なる磁気特性が要求される9)。

    特集 EVを支える磁性材料・磁石技術の現在と可能性

    豊田工業大学 藤Fujisaki﨑 敬

    Keisuke介

    大学院工学研究科 教授〒468-8511 名古屋市天白区久方2-12-1☎052-809-1826

    ••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••••

    EVのモータ駆動システムにおける磁性材料の要求特性と活用技術

    総 論

    双方向チョッパー

    高周波の軟磁性材料

    バッテリー

    インダクタ

    DC

    DC

    DC

    単相AC DC

    高周波変圧器

    DC-DCコンバータインバータ

    インバータモータの軟磁性材料

    駆動電気モータ/発電機

    IPM-SMLC-filter

    3相AC モータの永久磁石

    負荷・エアコン・各種モータ・照明・情報機器・補助バッテリー

    図 1 電気自動車のモータ駆動システムにおける磁性材料の利用7)

    22

  • 1 . 電気モータにおける磁性材料電気モータは、ステータとロータとで構成され、

    それぞれ小さな電流で大きな磁束密度を得るべく電磁鋼板などの軟磁性材料が使用される10)。回生ブレーキを得るべく発電機として使用する場合もモータと同じ構造を持つ。モータの小型化のために高速回転が進展しているために基本波の高周波化にともなう軟磁性材料の高周波動作が必要である。図 2(a)では、JISおよびIECで規格された正弦波励磁の磁気特性を示すが11)、12)、インバータ励磁なので、キャリア周波数による時間高調波が発生する13)。そのためインバータ励磁における磁気特性は、図 2(b)のように基本波周波数にキャリア周波数成分のマイナーループが重畳されたBH曲線になる。その結果、それによる鉄損増加は3〜5割とも言われており、材料、キャリア周波数、変調率によって異なる14)。GaN素子など高速デバイスを用いるとMHz帯でリンギング現象が発生する。リンギング鉄損は高キャリア周波数動作になるとモータコア損の半分程度になる場合もある15)。

    同時にロータなどの界磁部では一定の磁界を発

    生させる必要があるので、電磁石に代わって硬磁性の永久磁石が使用されることがある16)。界磁は同期機や直流機で使用される。大きな残留磁束密度、保磁力をもつNd-Fe-Bの永久磁石17)はその導電率が金属のステンレスと同程度なので、スロット高調波、キャリア高調波、リンギング高調波などの高周波照射の場合には渦電流が流れる18)。同期モータでは、ステータの発生する移動磁界と回

    図 2  モータ駆動システムで動作する磁性材料の磁気特性14)

    磁束密度[

    T]

    磁場[A/m](a)従来のリニアアンプによる磁気ヒステリシス曲線

    1.2

    -1.2-150 150-50 50

    0.8

    -0.8

    0.4

    -0.4

    0

    磁束密度B[T]

    磁場H[A/m]

    (c)硬磁性の外部磁界による磁気ヒステリシス曲線

    -Hc

    磁束密度[

    T]

    磁束密度[

    T]

    磁場[A/m]

    磁場[A/m]

    (b)インバータ励磁による磁気ヒステリシス曲線

    1.20.03

    0.02

    0.01

    030 40 50 60 70 80 90

    -1.2-150 150-50 50

    0.8

    -0.8

    0.4

    -0.4

    0

    磁束密度[

    T]

    磁場[A/m](d)昇圧チョッパーにおけるインダクタの磁気ヒステリシス曲線

    1.2

    -1.2-150 150

    Δi

    ⅰ0

    -50 50

    0.8

    -0.8

    0.4

    -0.4

    0

    H[A/m]

    B[T

    ]

    -100 -50 0 50 100

    1.2

    0.8

    0.4

    0

    -0.4

    -0.8

    -1.2

    アモルファス, 50hz

    アモルファス, 20kHz

    (e)高周波変圧器の磁気ヒステリシス曲線

    232021年1月号(Vol.69 No.1)

  • 転しているロータの界磁が発生する磁界とは同期しているので、永久磁石に基本波成分が印加されることはないが、こうした高調波成分は印加されることになるので、永久磁石での磁気特性は、図 2(c)のようになる。これによる渦電流が永久磁石に発生するので、それを低減すべく永久磁石は分割して使用される。2 . パワーエレクトロニクス回路における磁性材

    料インバータとモータとの間には、インバータの

    高周波ノイズを除去するために、フィルターが設置されることがある。通常インダクタ(L)とコンデンサ(C)とで構成され、インダクタに軟磁性材料が使用される。そこではモータに流れる基本波電流による磁束が流れる。そのため、インダクタの磁性材料の磁気特性は図 2(a)のように、通常のBH曲線である原点まわりになる。磁性材料としては損失以外に大きな飽和磁化が望ましく、大きな磁束密度の励磁時に大きな磁気エネルギーを得るために空隙を持つことがある。このため材料としての透磁率は大きな問題とはならないが、そこでの損失増加が懸念される19)。

    双方向チョッパーでは、バッテリーの電圧を昇圧する際バッテリーの電気エネルギーを一時的に磁気エネルギーに蓄えるインダクタが配置される。インダクタに一時的に蓄えるべき磁気エネルギーは、大まかにそのチョッピングするスイッチング周波数に比例するので、高周波動作はインダクタの大きさを小さくする。そこでは、定常電流にチョッピングされて変動する微小変動電流が重畳される。そこでの磁気特性では、図 2(d)のように、ある磁界の周りに発生する微小なマイナーループである。このため大きな飽和磁化とスイッチング周波数の高周波励磁時の鉄損低減が望まれる20)。

    主機以外の負荷にも電源を供給する場合には、しばしば高周波変圧器が使用される。駆動モータなどの大電力ノイズが微小電力の負荷に影響を与えないようにまた車体接地の関係で変圧器が設置される。直流を高周波の交流に変換し、変圧器の一次側と二次側との巻き数比を変えることで降圧させ、ダイオードなどのコンバータで直流にしている2)。高周波変圧器での磁気特性は図 2(e)の

    ように高周波特性となる。そこでは磁気結合が重要なので、大きな透磁率と大きな飽和磁化が必要である。高周波化になると変圧器の大きさも小型化になるので、高周波時の鉄損低下も必須である。

    このように、モータ駆動システムでは、種々の磁性材料が使用されているが、そこで動作している磁気特性は、その用途に応じて異なる。このため、磁性材料に要求される仕様・要求も用途に応じて大きく異なる。

    モータ駆動システムにおける磁性材料の活用技術

    モータ駆動システムにおける磁性材料の活用としては、まず低鉄損材のモータコア応用が考えられる。通常は、コスト・性能・製造方法の観点から無方向性電磁鋼板(NO材 = Non-Oriented steel)が 使 用 さ れ る が、 低 鉄 損 材 と し て は、GO材

    (Grain-Oriented steel)21)、アモルファス材、ナノ結晶材が考えられ、そのモータコア適用研究の事例がある。

    また、電気自動車など移動体駆動としてのモータは可変速駆動となるので、電圧・周波数を連続的に変化させるためにインバータ回路による励磁を行っている。そこでは電力用半導体のスイッチング動作による印加電圧が矩形波となるために、基本波成分以外の時間高調波成分の電圧が印加され電流がモータコアに流れる。そのため鉄損増加が起こり、その現象解明が必要である。

    最後に、パワーエレクトロニクス回路における磁性材料研究について紹介する。GaNやSiCといったWBG (Wide Band Gap)な半導体材料を用いたデバイスでは、高応答、高周波動作が可能で、それによるパワーエレクトロニクス器の小型化が進んでいる。しかし、その半導体技術の進歩の割には高周波磁性材料の材料提供が十分とは言えず、パワーエレクトロニクス社会実現のボトルネックといった状況を呈している。その背景とその進め方について考察を行った。

    以下その詳細を述べる。1 . 低鉄損材を用いたモータの試作

    (1)GO分割モータ試作モータにおける鉄心には、回転や交流励磁によ

    24