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119 宮崎医会誌 2014 ; 38 : 119-24. 症  例 はじめに 骨軟化症は骨の石灰化が障害され類骨が増加す ることで,全身骨の脆弱性をきたす疾患である。多 発骨折を来すことが多く,ADLの低下に直結する。 後天性骨軟化症の原因として薬剤があり,テトラサ イクリン,抗けいれん剤や静注用鉄剤など種々の薬 剤による成人型低リン血症性骨軟化症の報告が散 見される。今回われわれは,B型肝硬変症に対し長 期のアデホビル(ADV)投与中に,薬剤性Fanconi 症候群を来し低リン血症性骨軟化症に至った1例 を経験した。ウイルス性肝炎に対する核酸アナログ 製剤の長期投薬症例の増加に伴い,一部の症例で Fanconi症候群による低リン血症性骨軟化症の発症 が予想される。核酸アナログ製剤の長期投薬例で は,骨痛の病歴聴取,血清リンやALPの定期的な 測定が早期診断に重要と考えられた。 患者:66歳男性。主訴:両側の胸部痛と右大腿部 痛。既往歴:尿管結石(38歳,50歳),十二指腸潰 瘍(40歳),高血圧症,肝硬変症,肝細胞癌切除術(64 歳),右膿胸(65歳)。家族歴:骨系統疾患の家族歴 なし,母に肝硬変,父に肝細胞癌,同胞4人全員に HBV感染あり。生活歴:喫煙歴は15本/日を43年間, B型肝硬変症への長期アデホビル投与で Fanconi症候群を来した低リン血症性骨軟化症の1例 中里 浩子 1) 山口 秀樹 1) 坂本 武郎 2) 岩切 久芳 3) 野田 智穂 1) 海老原枝美 1) 清水浩一郎 1) 迫田 秀之 1) 上野 浩晶 1) 米川 忠人 1) 下田 和哉 3) 帖佐 悦男 2) 中里 雅光 1) 要約:症例は65歳男性。主訴は,両側の胸部痛と右大腿部痛。52歳時よりB型慢性肝炎に対してラミブ ジンが投薬されるも,58歳時にHBV-DNA量の増加を認めたためアデホビルの併用が開始された。62歳 より両側の胸部痛,63歳より右大腿部痛を自覚し,その後に両側大腿骨頸部骨折や肋骨骨折など多発 骨折を来した。今回,人工骨頭挿入術後の採血で,低リン血症と高ALP血症を認め当科へ紹介入院した。 身長153cm,体重44kg,足底からの介達痛による歩行障害あり。血清カルシウム値正常,血清リン低値(1.2 mg/dl),ALP高値(1,130IU/l、骨型優位),%TRP低値(54.7%),intactPTHと25(OH)VitDは基準 値内,FGF-23値は測定感度以下,血中BAP高値,尿中NTxと尿中β2-ミクログロブリンはいずれも高 値,腎性尿糖と汎アミノ酸尿を認めた。骨シンチグラフィで肋骨など全身骨へのRI異常集積を認めた。 以上よりFanconi症候群ならびに低リン血症性骨軟化症と診断し,原因としてアデホビルによる薬剤性 が考えられた。HBs抗原持続陽性であるためアデホビル投薬中止は困難で,アデホビル投薬量を減量す るも低リン血症は持続した。経口リン酸製剤の内服にて血清リン値の正常化と血清ALP値の低下傾向 をみた。核酸アナログ製剤の長期投薬では,骨痛の病歴聴取,血清リンやALPの測定は低リン血症性 骨軟化症の早期発見に重要である。 〔平成26年7月4日入稿,平成26年8月25日受理〕 1)宮崎大学医学部内科学講座神経呼吸内分泌代謝 学分野 2) 同 感覚運動医学講座整形外科学分野 3) 同 内科学講座消化器血液学分野

Fanconi症候群を来した低リン血症性骨軟化症の1例 - Med...症候群を来し低リン血症性骨軟化症に至った1例 を経験した。ウイルス性肝炎に対する核酸アナログ

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宮崎医会誌 2014 ; 38 : 119-24.

症  例

は じ め に

 骨軟化症は骨の石灰化が障害され類骨が増加することで,全身骨の脆弱性をきたす疾患である。多発骨折を来すことが多く,ADLの低下に直結する。後天性骨軟化症の原因として薬剤があり,テトラサイクリン,抗けいれん剤や静注用鉄剤など種々の薬剤による成人型低リン血症性骨軟化症の報告が散見される。今回われわれは,B型肝硬変症に対し長期のアデホビル(ADV)投与中に,薬剤性Fanconi

症候群を来し低リン血症性骨軟化症に至った1例を経験した。ウイルス性肝炎に対する核酸アナログ製剤の長期投薬症例の増加に伴い,一部の症例でFanconi症候群による低リン血症性骨軟化症の発症が予想される。核酸アナログ製剤の長期投薬例では,骨痛の病歴聴取,血清リンやALPの定期的な測定が早期診断に重要と考えられた。

症 例

 患者:66歳男性。主訴:両側の胸部痛と右大腿部痛。既往歴:尿管結石(38歳,50歳),十二指腸潰瘍(40歳),高血圧症,肝硬変症,肝細胞癌切除術(64歳),右膿胸(65歳)。家族歴:骨系統疾患の家族歴なし,母に肝硬変,父に肝細胞癌,同胞4人全員にHBV感染あり。生活歴:喫煙歴は15本/日を43年間,

B型肝硬変症への長期アデホビル投与でFanconi症候群を来した低リン血症性骨軟化症の1例

中里 浩子1) 山口 秀樹1) 坂本 武郎2) 岩切 久芳3)

野田 智穂1) 海老原枝美1) 清水浩一郎1) 迫田 秀之1)

上野 浩晶1) 米川 忠人1) 下田 和哉3) 帖佐 悦男2)

中里 雅光1)

要約:症例は65歳男性。主訴は,両側の胸部痛と右大腿部痛。52歳時よりB型慢性肝炎に対してラミブジンが投薬されるも,58歳時にHBV-DNA量の増加を認めたためアデホビルの併用が開始された。62歳より両側の胸部痛,63歳より右大腿部痛を自覚し,その後に両側大腿骨頸部骨折や肋骨骨折など多発骨折を来した。今回,人工骨頭挿入術後の採血で,低リン血症と高ALP血症を認め当科へ紹介入院した。身長153cm,体重44kg,足底からの介達痛による歩行障害あり。血清カルシウム値正常,血清リン低値(1.2mg/dl),ALP高値(1,130IU/l、骨型優位),%TRP低値(54.7%),intact PTHと25(OH)VitDは基準値内,FGF-23値は測定感度以下,血中BAP高値,尿中NTxと尿中β2-ミクログロブリンはいずれも高値,腎性尿糖と汎アミノ酸尿を認めた。骨シンチグラフィで肋骨など全身骨へのRI異常集積を認めた。以上よりFanconi症候群ならびに低リン血症性骨軟化症と診断し,原因としてアデホビルによる薬剤性が考えられた。HBs抗原持続陽性であるためアデホビル投薬中止は困難で,アデホビル投薬量を減量するも低リン血症は持続した。経口リン酸製剤の内服にて血清リン値の正常化と血清ALP値の低下傾向をみた。核酸アナログ製剤の長期投薬では,骨痛の病歴聴取,血清リンやALPの測定は低リン血症性骨軟化症の早期発見に重要である。 〔平成26年7月4日入稿,平成26年8月25日受理〕

1)宮崎大学医学部内科学講座神経呼吸内分泌代謝学分野

2) 同 感覚運動医学講座整形外科学分野3) 同 内科学講座消化器血液学分野

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宮崎医会誌 第38巻 第2号 2014年9月

3年前より禁煙。飲酒歴なし。アレルギー歴なし。現病歴:2001年よりB型慢性肝炎に対し,ラミブジン治療が開始された。2007年よりトランスアミナーゼおよびHBV-DNAの増加傾向を認めたためラミブジン耐性と判断し,ADVの併用が開始された。併用開始後,HBV-DNAの陰性化,トランスアミナーゼの正常化が得られたため,併用治療を継続した。2011年,誘因なく左足と肋骨の骨折を指摘され,同時期よりALP600IU/lと高値を認めた。2012年に右大腿部痛を自覚し,骨シンチグラフィで全身骨への

RI異常集積,2012年右大腿骨頚部骨折,2014年左大腿骨頚部の不顕性骨折を認めた。2014年3月,人工骨頭挿入術後の採血で低リン血症と高ALP血症を認め,当科紹介入院となった。入院時現症:身長152.7cm,体重43.9kg,BMI18.8kg/㎡,体温36.1℃,脈拍81/分・整,血圧118/78mmHg,眼球結膜に黄染なし,眼瞼結膜に貧血なし,胸部では右下肺野背側で呼吸音減弱,腹部は平坦で軟,手術痕あり,圧痛なし,前脛骨部に浮腫なし。入院時検査成績 (表1):検尿で,尿蛋白と尿糖を認めた。末梢血に異

表1.入院後検査成績.

<検尿>pH 5.5Protein (4+)Glucose (3+)Occultblood (1+)

<末梢血>WBC 5,700 /µl Neut. 70.9 % Lymp. 17.1 % Mono. 10.6 % Eosino. 1.0 % Baso. 0.4 %BC     366×104 /µlHb 13.8 g/dlHt 41.9 %Plt      20.7×104 /µl

<血液生化学>TP 8.23 g/dlAlb 4.67 g/dlBUN 24.7 mg/dlCre 1.27 mg/dlUA 2.0 mg/dlNa 139 mEq/lK 4.1 mEq/lCl 105 mEq/lCa 10.2 mg/dlP 2.0 mg/dlT-bil 0.5 mg/dlAST 18 IU/lALT 12 IU/lLDH 100 IU/lγ-GTP 37 IU/lALP 1,024 IU/l ALP2 33 % ALP3 67 %

ChE 281 IU/lCPK 33 IU/lCRP 0.84 mg/dlLDL-C 120 mg/dlHDL-C 50.3 mg/dlTG 81 mg/dlGlucose 82 mg/dlHbA1c 5.0 %eGFR 53.8 ml/min/1.73㎡

<血液ガス分析>pH 7.37PaO2 88 mmHgPaCO2 40 mmHgHCO3- 23.1 mmol/lBE -2.2 mmol/l

<HBV関連>HBsAg 2,000.0 C.O.IHBsAb (−)HBcAb 10.18 C.O.IHBeAg (−)HBV-DNA (−)Anti-HBe (+)HBVgenotype CPIVKA-2E 18 mAU/ml

<ホルモン基礎値>ACTH 28.0 pg/mlCortisol 18.3 μg/dlGH 4.79 ng/mlIGF-Ⅰ 80 ng/mlTSH 2.15 μIU/mlFT4 0.91 ng/dlFT3 2.85 pg/mlLH 7.2 mIU/mlFSH 17.8 mIU/ml

FreeTestosterone 13.0 pg/ml

<骨カルシウム代謝関連検査>IntactPTH 12 pg/ml1,25(OH)2VitD 59.8 pg/ml25(OH)VitD 49 ng/mlCalcitonin 35 pg/mlFGF-23 <10 pg/mlBAP 84.5 U/lオステオカルシン 13 ng/mlTRACP-5b 289 mU/dlNTX(血清) 56.0 nmolBCE/lNTX/Cre(尿) 566.2 nmolBCE/mmolMMP-3 69.3 ng/ml

<尿生化学>Ca 235.2 mg/dayP 686.7 mg/day%TRP 54.72 %Ca/Cr 0.37UA 567 mg/dayFEUA 48.6 %Protein 672 mg/day汎アミノ酸尿 (+)β2-microglobulin 45,950 μg/day

<免疫電気泳動> 異常なし

<自己抗体>抗核抗体 <40倍 IU/lリウマトイド因子 1.0 IU/ml抗CCP抗体 0.6 U/ml

<DEXA>腰椎%YAM 64  %

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中里 浩子 他:長期アデホビルによる低リン血性骨軟化症

図1.大腿骨のX線およびMRI写真.A.2012年撮影MRI写真(右大腿骨):脂肪抑制T2強調像で異常高信号を認める.B.2012年撮影単純X線写真(右大腿骨):大腿骨頸部骨折を認める.C.2014年撮影MRI写真(左大腿骨):T2強調画像で線状の低信号を認める.D.2014年撮影単純X線写真(左大腿骨):骨接合術後(髄内釘挿入術).

図 大腿骨の 線および 写真年撮影 写真 右大腿骨 :脂肪抑制 強調像で異常高信号を認める年撮影単純 線写真 右大腿骨 :大腿骨頸部骨折を認める年撮影 写真 左大腿骨 : 強調画像で線状の低信号を認める年撮影単純 線写真 左大腿骨 :骨接合術後 髄内釘挿入術

A B C D

常なし。血液生化学検査では,腎機能障害,低尿酸血症,低リン血症,骨型優位のALP上昇を認めた。血清カルシウム値やHbA1c値は基準値内であった。HBV関連検査では,HBsAg2,000.0COI以上,HBsAb陰性,HBcAb10.18C.O.I,HBeAg陰性であり,HBV-DNAは検出されなかった。下垂体前葉ホルモン基礎値に異常なく,骨カルシウム代謝関連検査ではintact PTH,活性型ビタミンD,カルシトニンに異常はなかったが,FGF-23は抑制されていた。骨形成マーカーと骨吸収マーカーはいずれも高値であった。骨塩定量検査では骨密度の低下(腰椎YAM64%)を認めた。尿生化学検査ではリン再吸収率の低下,尿酸排泄率の上昇,汎アミノ酸尿を認め,近位尿細管障害の指標であるβ2-ミクログロブリンは異常高値であった。免疫電気泳動に異常なく,各種自己抗体は陰性であった。画像検査では,2012年撮像の右大腿骨MRI写真にて右大腿骨頚部に脂肪抑制T2強調画像で異常高信号(図1A)を認め,単純X線にて大腿骨頚部骨折(図1B)を認めた。2014年の左大腿骨MRI写真では,左大腿骨頚部にT2強調画像で線状の低信号(図1C)を認め,不顕性骨折に対して骨接合術(図1D)が施行された。骨シンチグラフィでは両側の肋骨,両肩関節,両股

関節,両膝関節,両足関節にRI異常集積を認め,RI異常集積部位の継時的な増加をみた(図2A,B)。臨床経過:骨痛,低リン血症,骨型優位の高ALP血症,多発骨折,骨シンチグラフィ所見より骨軟化症が考えられた。副甲状腺機能亢進症やビタミンDの欠乏はなく,血中FGF-23は抑制されていた。尿中カルシウム,リン,尿酸排泄の亢進,汎アミノ酸尿,腎性糖尿,尿中β2-ミクログロブリン高値の所見から,近位尿細管障害による低リン血症性骨軟化症と診断した。骨髄穿刺や骨折部位の病理組織で多発性骨髄腫を認めず,Sjögren症候群を示唆する所見はなかった。ADV内服開始5年後より骨痛や多発骨折を認めたことから,Fanconi症候群の原因としてADVが疑われた。入院4ヵ月前よりADVの投薬(ヘプセラ錠®10mg/日)を隔日投与へと減量されるも骨痛や低リン血症が改善しなかったため,入院後より経口リン酸製剤であるリン酸二水素ナトリウム一水和物・無水リン酸水素二ナトリウム顆粒(ホスリボン®配合顆粒)の投薬を開始した。血清リン濃度は服用1~2時間後がピークでその後急激に低下することから,ホスリボン®配合顆粒400mg/日,分4,毎食後と眠前投与とした。経口リン酸製剤の漸増投与で尿中リン排泄量は増加するも,血清リン

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宮崎医会誌 第38巻 第2号 2014年9月

値は漸増した。内服開始後10日目に血清リン値は基準値下限となり,血清ALP値は低下傾向を示した。現在活性型ビタミンD製剤の内服とデノスマブ皮下注を併用し,外来通院中である。経口リン酸製剤の内服開始3ヵ月後,両側の胸部痛の消失,右大腿部痛の軽快,血清リン値の上昇(2.0mg/dl→3.5mg/dl),血清ALP値の改善(1,024IU/L→508IU/L)を認めた。

考 察

 骨軟化症は骨端成長板閉鎖後の骨膜及び骨組織の石灰化障害により,易骨折を来たす疾患である1)。病因としてビタミンD欠乏型,ビタミンD活性化障害型,活性型ビタミンD作用障害型,低リン血症型がある。低リン血症型として,偏食などによるリンの摂取不足,リン結合制酸薬によるリンの吸収障害,X連鎖性低リン血症性くる病などの遺伝性疾患やFanconi症候群によるリン再吸収障害がある。本例では,リンの摂取不足やリン結合制酸薬の服薬歴はなく,骨系統疾患の家族歴もなかった。腫瘍性骨軟

化症の病因となるFGF-23は抑制されており,リン再吸収障害による低リン血症型が考えられた。 Fanconi症候群は,腎臓の近位尿細管でのブドウ糖,アミノ酸,リン,重炭酸イオンの再吸収障害を来す疾患で,アシドーシスによる骨塩の溶解やリン再吸収の低下や尿細管における1,25(OH)2VitD産生低下により骨軟化症を引き起こす1)。骨痛や筋力低下を来し,血清のカルシウム値やビタミンD値に異常を認めないが,血清リン低値,ALP高値が特徴的である。X線写真では偽骨折を示す数mm程度のX線透亮帯像,骨シンチグラフィでは病変部位に一致するRIの異常集積,生検での骨病理組織では石灰化障害のため類骨の増加を認める。本症例では低リン血症,尿中カルシウム,リン,尿酸の排泄亢進,汎アミノ酸尿,腎性糖尿を認め,Fanconi症候群と診断した。原因として先天性,多発性骨髄腫やSjögren症候群など全身性疾患,重金属中毒,薬剤がある。薬剤性としてバルプロ酸やテトラサイクリン系抗菌薬などがあり,近年,核酸アナログ製剤であるアデホビルやテノホビルによる低リン血症性骨

図2.骨シンチグラフィの経年的変化(A.2012年撮影,B.2014年撮影).RI異常集積部位の経年的な増加を認める.

図 骨シンチグラフィの経年的変化 年撮影, 年撮影異常集積部位の経年的な増加を認める.図 骨シンチグラフィの経年的変化 年撮影, 年撮影異常集積部位の経年的な増加を認める.

A B

正面像 正面像背面像 背面像

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中里 浩子 他:長期アデホビルによる低リン血性骨軟化症

軟化症の症例報告がある2)。 核酸アナログ製剤はHBV増殖過程での逆転写を阻害することで抗ウイルス効果を発揮し,B型慢性肝炎の治療に用いられる。ラミブジン,アデホビル,エンテカビルの3種類の核酸アナログ製剤に加え,2014年3月にはテノホビルが保険適用となった。核酸アナログ製剤は投薬中止により高頻度にウイルスが再増殖し肝炎が再燃することから,長期継続投与が原則である3)。本例では,HBV-DNAの陰性化は維持できていたが,肝細胞癌切除時病理組織で背景肝が肝硬変であったことや,HBs抗原高値が持続していたことから,ADV中止後の肝炎再燃や肝不全が危惧され,ADVの投薬中止は困難であった。 ADVによる腎障害については,4~5年間の投与で血清クレアチニン値が0.5mg/dl以上増加した症例が3%,eGFRが20%以上低下した症例が1年2.6%,3年14.8%,5年34.7%であったとされる4)。腎障害をさらに増悪させる因子として50歳以上,開始時のeGFR軽度低下例(50 ~ 80ml/min/1.73㎡),高血圧症または糖尿病合併例がある5)。本例では,50歳以上で高血圧症があり,ADVによる腎障害の高リスク群であった。 ADVによるFanconi症候群の機序として,近位尿細管細胞のミトコンドリア機能障害が推定されている6)。ADVは,近位尿細管の基底膜側に存在する膜蛋白であるhuman renal organic transporter-1(hOAT1)を介して血中から尿細管細胞内へ能動的に取り込まれ,近位尿細管の上皮側に位置するmultidrug resistance-associated protein2(MRP2)により尿中へ排泄される。hOAT1の過剰発現やMRP2の発現低下により近位尿細管細胞内にADVが蓄積し,尿細管障害を引き起こすと考えられている。MRP2の遺伝子多型が膜蛋白の発現に関与するという報告があり7),ADVによる腎毒性の個体差との関連が推定される。ADVの減量もしくは中止により近位尿細管機能は回復するため7),ADVによる障害は可逆的であるとされる。骨軟化症を来した場合ADVの投薬中止が望ましいが,中止が困難な症例では減量し投薬が継続されているのが現状である。ADVはB型慢性肝炎に対する第一選択薬としての位置づけでなく,ラミブジン耐性ウイルスまた

はエンテカビル耐性ウイルスに対する投薬が推奨されている。ラミブジン耐性ウイルスに対しエンテカビルを投与した場合,高率にエンテカビルに対する耐性ウイルスの出現とそれに伴う肝炎再燃が認められるため,ADVからエンテカビルへの変更は通常勧められない。 低リン血症性骨軟化症の治療は原因薬剤の中止,経口リン酸製剤による血清リン値の正常化に加えて活性型ビタミンD製剤の投薬が勧められる。ADVにより近位尿細管に発現する1α水酸化酵素が障害され,ビタミンDの活性化阻害を来たすためとされる8)。本例では骨吸収マーカーの亢進があり,ビスフォスフォネート製剤による破骨細胞の抑制も考慮されるが,ビスフォスフォネート製剤によるFanconi症候群の症例報告もあり,投薬には慎重な判断を要する9)。Fanconi症候群による骨軟化症に抗RANKL抗体であるデノスマブを投与した症例で著明な低Ca血症を来した報告もあり,投与後の血清Ca値に注意が必要である10)。 今回,B型肝硬変症に対する長期ADV投与でFanconi症候群を来し,低リン血症性骨軟化症を呈した一例を経験した。B型ウイルス肝炎に対して核酸アナログ製剤は長期投与が必要であるため,今後核酸アナログ製剤による骨軟化症の症例の増加が予測される。核酸アナログ製剤の長期投薬例では,骨痛の病歴聴取,血清リンやALPの測定は低リン血症性骨軟化症の早期発見に重要である。

参 考 文 献

1)名和知久礼,原義人.骨軟化症.日本臨牀 別冊 内分泌症候群Ⅱ.第2版,日本臨牀社,東京,2006 :92-5.

2)石川和真,宮西浩嗣,保木寿文,他.アデホビル長期投与中にFanconi症候群による低リン血症性骨軟化症を発症したB型慢性肝炎の1例.肝臓2014;55:162-9.

3)日本肝臓学会肝炎診療ガイドライン作成委員会.B型肝炎治療ガイドライン(第1.2版)日本肝臓学会2013.

4)KimYJ,ChoHC, SinnDH, et al. Frequency andrisk factorsofrenal impairmentduring long-termadefovirdipivoxil reatment inchronichepatitisBpatients.Hepatology2012;27:306-12.

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宮崎医会誌 第38巻 第2号 2014年9月

AcaseofhypophosphatemicosteomalaciacausedbyFanconi'ssyndromeinapatientwithchronichepatitisB-associatedlivercirrhosisreceivinglong-termadministrationofadefovirdipivoxil

HirokoNakazato1,HidekiYamaguchi1,TakerouSakamoto2,HisayoshiIwakiri3,TomohoNoda1,EmiEbihara1,KouichirouShimizu1,HideyukiSakoda1,HiroakiUeno1,TadatoYonekawa1,KazuyaShimoda3,EtsuoChousa2andMasamitsuNakazato1

1Division ofNeurology,Respirology,Endocrinology andMetabolism,Department of InternalMedicine,

University ofMiyazaki, 2Division ofOrthopaedic Surgery, Department ofMedicine of SensoryandMortorOrgans, University ofMiyazaki and 3Division of Gastroenterology andHematology,DepartmentofInternalMedicine,UniversityofMiyazaki

AbstractA 65-year-oldman presentedwith a 3-year history of bone pain involving the bilateral thoraxand both legs, andwas diagnosedwith fractures of the legs and ribs due to hypophosphatemicosteomalacia. The patient had been receiving adefovir dipivoxil for 5 years for the treatment ofpersistentchronichepatitisBinfection.Hedemonstratedhypophosphatemia,hypouricemia,elevatedalkalinephosphatase,normalserumlevelsofcorrectedcalcium,andintactPTHand25(OH)VitD,buttheserumFGF-23levelwaslow.Urinalysisshowedtheexcessurinaryexcretionofphosphate,glucose,andaminoacids.Bonescintigraphyshowed increaseduptake inmultipleribsandfemoralbones andmagnetic resonance imaging confirmed fractures. The cessation of adefovir dipivoxiladministrationwas not possible because of the persistently high titer of hepatitis B virus. Oralphosphatesupplementationimprovedserumlevelsofphosphateandalkalinephosphatase.Attentionshould be paid to diffuse bone pain in patients receiving the long-term administration of adefovirdipivoxil,andthemonitoringofserumlevelsofphosphateandalkalinephosphataseisrecommendedforanearlydiagnosisofhypophosphatemicosteomalaciainducedbyFanconi'ssyndrome.

Key words : Adefovir dipivoxil, Fanconi's syndrome, chronic hepatitis B, hypophosphatemicosteomalacia,alkalinephosphatase

5)Ha NB, Garcia RT, Trinh HN, et al. RenaldysfunctioninchronichepatitisBpatientstreatedwithadefovirdepivoxil.Hepatology2009;50:727-34.

6)Tanji N,Tanji K,KambhamN, et al.AdefovirnephrotoxicitypossibleroleofmitochondrialDNAdepletion.HumPathol2001;32:734-40.

7)E g u c h i H , T s u r u t a M , T a n i J , e t a l .Hypophosphatemic osteomalacia due to drug-inducedFanoconi’s syndrome associatedwithadefovirdipivoxiltreatmentforhepatitisB.Intern

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9)TetsuhiroY,ToshinariY,DaisukeS,etal.Acaseof acquired Fanconi syndrome induced byzoledronicacid.InternMed2011;50:1075-9.

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