7
奈良教育大学 教育実践開発研究センター研究紀要 第21号 抜刷 2012年 3 月 情動知能の個人差が自伝的記憶の想起に及ぼす影響 山本晃輔 (奈良教育大学心理学教室) 豊田弘司 (奈良教育大学心理学教室) An influence of individual differences in emotional intelligence on autobiographical remembering

情動知能の個人差が自伝的記憶の想起に及ぼす影響の情動喚起度(快、中立)の違いによってMCQ評定値に差がないのに対して、情動知能低群では、快な自伝的記憶

  • Upload
    others

  • View
    2

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

奈良教育大学 教育実践開発研究センター研究紀要 第21号 抜刷

2012年 3 月

情動知能の個人差が自伝的記憶の想起に及ぼす影響

山本晃輔(奈良教育大学心理学教室)

豊田弘司(奈良教育大学心理学教室)

An influence of individual differences in emotional intelligence on autobiographical remembering

1.はじめに

 児童・生徒の学校生活において、「楽しい」、「悲しい」といった情動(emotion)は頻繁に生起する。そして、この情動が日常の様々な記憶・学習事態に影響する。たとえば、テストで高得点をとった際には快い気分になり、その後の学習が促進される。一方、低得点であった際には嫌な気分になり、その後の学習は妨害される。このように情動を適切にコントロールし、利用することは学習効率を高めることになる。したがって、情動をコントロールする能力を育成することは、教育において重要な課題である。 近年、情動が記憶に及ぼす影響についての研究が盛んに行われている。中でも、情動処理は個人の特性による影響が大きいため、実験参加者の情動知能

(Emotional Intelligence)の個人差に注目し、記憶成

績との関連性が検討されている(e.g., Toyota, 2011; 豊田・佐藤 , 2009)。情動知能とは、情動を扱う個人の能力と定義され、その下位能力として自分自身や他人の感情や情動を監視する能力、これらの感じ方や情緒の区別をする能力および個人の思考や好意を導くための感じ方や情緒に関する情報を利用できる能力が想定されている(Salovey & Mayer, 1990)。  情 動 知 能 の 測 定 に 関 し て、Takšić(2002) がMayer & Salovey(1997) の 定 義 に 基 づ き、 因 子分析的な検討を加え、情動知能尺度である ESCQ

(Emotional Skills & Competence Questionnaire) を開発している。ESCQ の下位尺度は、1)情動の認識と理解能力、2)情動の命名と表現能力、3)情動の管理と調整能力の 3 因子に対応する。そして、ESCQ はToyota, Morita & Takšić (2007)による日本版 ESCQ

(J-ESCQ)が開発されている。

情動知能の個人差が自伝的記憶の想起に及ぼす影響

山本晃輔(奈良教育大学心理学教室)

豊田弘司(奈良教育大学心理学教室)

An influence of individual differences in emotional intelligence on autobiographical remembering

Kohsuke YAMAMOTO(Department of Psychology, Nara University of Education)

Hiroshi TOYOTA(Department of Psychology, Nara University of Education)

要旨:本研究では、情動知能の個人差が自伝的記憶の想起に及ぼす影響を検討した。235名を対象に、情動知能尺度(Emotional Skills & Competence Questionnaire; J-ESCQ)を行った後に、快、あるいは中立な感情を伴った自伝的記憶の想起を求め、それぞれの記憶について記憶特性質問紙(Memory Characteristics Questionnaire; MCQ)を行った。その結果、全体的に情動知能高群が情動知能低群よりも明確性等に関するMCQ評定値が高かった。また、快な自伝的記憶が中立な自伝的記憶よりも明確性等に関するMCQ評定値が高かった。さらに、いくつかのMCQ項目では、情動知能水準と自伝的記憶の情動喚起度における交互作用がみられた。すなわち、情動知能高群では自伝的記憶の情動喚起度(快、中立)の違いによってMCQ評定値に差がないのに対して、情動知能低群では、快な自伝的記憶が想起された場合が中立な自伝的記憶が想起された場合よりもMCQ評定値が高くなった。これらの結果は、情動知能の個人差が自伝的記憶の想起に影響を及ぼす可能性を示唆している。

キーワード:自伝的記憶 autobiographical memories 情動知能 emotional intelligence 情動喚起 emotional arousal

75

 Toyota(2011)は、この J-ESCQ を用いて、参加者を情動知能の高群と低群に分け、情動知能水準と記憶成績との関連性を検討した。実験では、記銘語(快語、中立語、不快語)から連想されるエピソードの情動性(快、中立、不快)を判断させる方向づけ課題を行い、その後、偶発自由再生テストを行った。その結果、情動知能低群において、快あるいは不快なエピソードを連想した場合の方が、中立的なエピソードを連想した場合よりも記銘語の正再生率が高かった(快=不快>中立)。一方、情動知能高群では、エピソードの情動性によって記銘語の正再生率に差が生じなかった

(快=中立=不快)。 これらの結果は以下のように解釈される。情動知能高群では、記銘語から連想されるエピソードの情動性が中立であり、情動喚起度は弱いが、その情動が効果的な検索手かがりとして機能する。それゆえに、情動知能高群ではエピソードの情動性による再生率に違いが見られない。一方、情動知能低群では、情動喚起度の強い快および不快なエピソードは情動を処理でき、それが検索手がかりとして機能するが、中立エピソードの場合は情動喚起度が弱いために、その情動が検索手がかりとして有効に機能する程度にまで処理されない。それゆえに、情動知能低群では、エピソードの情動性による再生率に差が生じるのである。このように、Toyota(2011)の研究は、情動知能水準の個人差が記憶に影響する新たな可能性を示したといえる。 記憶と情動に関する研究として、上記のような単語材料を用いた基礎研究が蓄積される中、応用的・実践的な発展を目的として、日常記憶を対象とした研究が盛んに行われている。中でも、過去の個人的な出来事の記憶である自伝的記憶(autobiographical memory)は、情動と密接な関係にあり、近年研究数 が 増 加 し て い る(e.g., Berntsen & Rubin, 2006; Rasmussen & Berntsen, 2009; Schaefer & Phillippot, 2005; Schulkind & Woldorf, 2005; Talarico, Labar, & Rubin, 2004; 山本・豊田 , 2011)。 たとえば、Schaefer & Phillippot (2005)は、参加者に快、中立、不快な自伝的記憶の想起を求めた後、それぞれの記憶について、様々な自伝的記憶の特徴を測定可能な記憶特性質問紙(Memory Characteristics Questionnaire; MCQ)の評定を求め、情動性の違いによって自伝的記憶の特徴が変動するかどうかを検討した。その結果、情動喚起度の低い(中立)自伝的記憶よりも情動喚起度の高い(快、不快)自伝的記憶の方が感覚・知覚的な情報が詳細に想起されること等が示された。このことは情動喚起度が自伝的記憶の想起を促進させる可能性を示唆している。 しかし、自伝的記憶は各個人の生活や経験を反映しているため、大きな個人差が想定される(榊 , 2007)。これまでも自伝的記憶研究において個人差を検討する

必要性が主張されており、いくつかの検討が行われているが(e.g., 神谷・伊藤 , 2000)、情動知能の個人差に注目した検討は行われていない。 そこで本研究では、情動知能尺度をもとに、参加者を情動知能水準の高群、低群に群分けし、想起される自伝的記憶の情動喚起度の効果を検討する。実験手続きは、基本的に Schaefer & Phillippot (2005)を踏襲する。ただし、不快な自伝的記憶を想起させる条件は、参加者の心理的負担や倫理的な側面を考慮した場合、必ずしも適切であるとはいえない。本研究では自伝的記憶の快、中立、不快属性による影響ではなく、情動喚起度の効果を検討することが目的であるため、快条件と同水準の情動が喚起される不快な記憶を想起させる条件を除外する。すなわち、快な自伝的記憶を想起させる条件を記憶の情動喚起度が高い条件とみなし、中立的な自伝的記憶を想起させる条件を情動喚起度の低い条件とみなすことにする。このような条件設定のもと、自伝的記憶を対象とした場合にも単語材料を用いた Toyota(2011)と同様に、情動知能の違いがあれば情動知能水準と自伝的記憶の情動喚起度における交互作用が予測される。すなわち、情動知能高群では自伝的記憶の情動喚起度の違いによって MCQ 評定値に差がみられないが(快=中立)、情動知能低群では自伝的記憶の情動喚起度の違いによって MCQ 評定値に差が生じるであろう(快>中立)。この予想(実験仮説)を検討するのが、本研究の目的である。

₂.方法

₂.₁.実験参加者 大学生 235 名(男性 75 名、女性 160 名)であった。平均年齢は 18.68 歳(SD=0.92)であった。₂.₂.調査用紙 調査項目は A3 用紙に両面印刷されていた。用紙には年齢と性別の記入欄、情動知能尺度として J-ESCQ(Toyota, Morita & Takšić, 2007)、Johnson, Foley, Suengas & Raye(1988) に よ っ て作成された MCQ の日本語版(清水・高橋 , 2008; Takahashi & Shimizu, 2007)が印刷されていた。 J-ESCQ は、「情動と認識の理解」(e.g.,「他人といる時の様子をみると、その人の気持ちを正確に見きわめることがでる。」「表情をみればその人の気持ちがわかり、それを言葉にすることができる。」「誰かが本当の気持ちを隠そうとしていても、それに気づく。」)、「情動の表現と命名」(e.g., 「自分の気持ちや感情をすぐにことばにできる。」「自分の感情をうまく表現できる。」

「自分の気持ちは、ほとんど理解できている。」)、「情動の制御と調節」(e.g., 「誰かにほめられると、より熱心に頑張るようになる。」「ずっとよい気分でいようとしている。」「気分のよい時には、どんな問題でも解決できるように思う。」)の 3 因子各 8 項目からなる 全

山本 晃輔・豊田 弘司 情動知能の個人差が自伝的記憶の想起に及ぼす影響

76 77

24 項目である。「決してそうでない」「めったにそうでない」「時々そうである」「だいたいそうである」「いつもそうである」の 5 件法が用いられた。 MCQ は 8 因子で合計 38 項目から構成されるが、本研究ではこの中から明確性(e.g., 「この出来事の記憶全体の鮮明度は、ぼんやりとしている/きわめてはっきりしている」)、全体的印象(e.g., 「その時の感情は、よくなかった/よかった」)、空間情報(e.g., 「この出来事の記憶の中の事物の位置関係は、あいまいである/はっきりしている」)、奇異性(e.g., 「この出来事の筋は、奇妙である/現実的である」)の 4 因子計18 項目を選定して用いた。いずれも 7 段階評定であった(Table2 参照)。MCQ は、快感情を伴った記憶を想起した場合と中立感情を伴った記憶を想起した場合の 2 パターン記入可能なように印刷された。₂.₃.手続き 集団実験であった。実験は授業時間の一部を用いて行われた。実験者によって実験の概要が説明され、実験参加者の同意が得られた後、配布された冊子に年齢と性別の記入を求め、実験を開始した。 まず、参加者全員に ESCQ の回答を求めた。次に、半数の参加者には中立的な感情を伴った自伝的記憶の想起を求め、残りの半数の参加者には快な感情を伴った自伝的記憶の想起を求めた。前者の場合には、「これまでのあなたの人生の中で中立的な感情を伴った

(快でも不快でもない)出来事を1つ思い出して、簡潔に記述して下さい。」と教示し、後者の場合には、「これまでのあなたの人生の中でもっとも快な感情を伴った(楽しかった)出来事を1つ思い出して、簡潔に記述して下さい。」と教示した。いずれの場合も記述後に MCQ の評定を求めた。また、想起が可能であったとしても、個人的な出来事であるために記述したくない場合には空欄でよいことを伝え、その場合にはMCQ の評定のみを求めた。評定後、先ほどとは別の感情(快、あるいは中立)を伴った自伝的記憶を想起させ、再度 MCQ の評定を行った。実験は以上の 2 試行であり、約 15 分間であった。

₃.結果

₃.₁. 情動知能の水準による群分け Table1 の上欄には、J-ESCQ における 3 つの因子ごとの平均とSD、及び合計点の平均とSD が示されている。合計得点における最高得点は 117 点、最低得点は 45 点であった。本研究の目的は、情動知能水準と自伝的記憶との関係を検討することであるので、平均値の± 1SD を基準として、合計点の上位者と下位者をそれぞれ高群(35 名)、低群(27 名)として設定した。なお、各因子における高群と低群での合計得点は、Table1 の下欄に示されている。情動知能水準に関する操作の適切性を確かめるために、群間の差の検

定(t 検定)を行った。その結果、合計得点については、情動知能高群が低群よりも J-ESCQ の合計点(t

(60)=21.40, p<.001)、「情動の認識と理解」得点(t(60)=12.20, p<.001)、「情動の表現と命名」得点 (t(60)=12.53, p<.001)および「情動の制御と調節」得点(t(60)=8.43, p<.001)において有意に高かった。これらの結果から、本研究の情動知能水準の操作が適切に行われているといえる。₃.₂.自伝的記憶特性 情動知能高群および低群の参加者において、自伝的記憶の内容記述欄にはいくつかの空欄は見られたものの、快な自伝的記憶(e.g., 「高校の修学旅行でハワイに行ったこと」)および中立な自伝的記憶(e.g., 「中学時代の身体測定」)の評定値記入率は 100% であった。ここでは評定値結果のみを分析対象とした。 情動知能高群、低群について、自伝的記憶の情動喚起度の高低ごとに各 MCQ 項目の平均値を算出した。各群の平均値およびSD を Table2 に示す。条件ごとの MCQ 各項目の平均値について、2(情動知能水準 ; 高、低)× 2(情動喚起度 ; 高、低)の 2 要因分散分析を行った。第 1 要因は実験参加者間要因であり、第2 要因は実験参加者内要因であった。分散分析の結果を Table2 に示す。 18 項目中 13 項目において情動知能水準の主効果が有意あるいは有意傾向であり、情動知能高群の方が情動知能低群よりも MCQ 評定値が高かった。また、18項目中 17 項目において、自伝的記憶の情動喚起度の主効果が有意であり、情動喚起度高条件の方が情動喚起度低条件よりも MCQ 評定値が高かった。項目 4、15、17、18 において、情動知能水準×情動喚起度の交互作用が有意、あるいは有意傾向であった。単純主効果検定を行ったところ、いずれの項目においても情動知能低群において単純主効果が有意であったので、Ryan 法による多重比較を行った結果、情動喚起度高条件の方が情動喚起度低条件よりも MCQ 評定値が高くなった。一方、情動知能高群ではこの単純主効果は有意ではなかった。したがって、情動知能低群では自伝的記憶の情動喚起度における高>低の関係が示されたが、情動知能高群では、情動喚起度高=低の関係が示された。

3

ようとしている。」「気分のよい時には、どんな

問題でも解決できるように思う。」)の 3 因子各 8項目からなる 全 24 項目である。「決してそうで

ない」「めったにそうでない」「時々そうである」

「だいたいそうである」「いつもそうである」の

5 件法が用いられた。 MCQは8因子で合計38項目から構成されるが、

本研究ではこの中から明確性(e.g., 「この出来事

の記憶全体の鮮明度は、ぼんやりとしている/き

わめてはっきりしている」)、全体的印象(e.g., 「そ

の時の感情は、よくなかった/よかった」)、空間

情報(e.g., 「この出来事の記憶の中の事物の位置

関係は、あいまいである/はっきりしている」)、

奇異性(e.g., 「この出来事の筋は、奇妙である/

現実的である」)の 4 因子計 18 項目を選定して用

いた。いずれも 7段階評定であった(Table2参照)。MCQ は、快感情を伴った記憶を想起した場合と

中立感情を伴った記憶を想起した場合の 2 パター

ン記入可能なように印刷された。 2.3.手続き 集団実験であった。実験は授業

時間の一部を用いて行われた。実験者によって実

験の概要が説明され、実験参加者の同意が得られ

た後、配布された冊子に年齢と性別の記入を求め、

実験を開始した。 まず、参加者全員にESCQ の回答を求めた。次

に、半数の参加者には中立的な感情を伴った自伝

的記憶の想起を求め、残りの半数の参加者には快

な感情を伴った自伝的記憶の想起を求めた。前者

の場合には、「これまでのあなたの人生の中で中

立的な感情を伴った(快でも不快でもない)出来事

を1つ思い出して、簡潔に記述して下さい。」と教

示し、後者の場合には、「これまでのあなたの人生

の中でもっとも快な感情を伴った(楽しかった)出来事を1つ思い出して、簡潔に記述して下さい。」

と教示した。いずれの場合も記述後に MCQ の評

定を求めた。また、想起が可能であったとしても、

個人的な出来事であるために記述したくない場合

には空欄でよいことを伝え、その場合には MCQの評定のみを求めた。評定後、先ほどとは別の感

情(快、あるいは中立)を伴った自伝的記憶を想

起させ、再度 MCQ の評定を行った。実験は以上

の 2 試行であり、約 15 分間であった。

3.結果

3.1. 情動知能の水準による群分け

Table1 の上欄には、J-ESCQ における 3 つの因

子ごとの平均と SD、及び合計点の平均と SD が示

されている。合計得点における最高得点は

認識と理解 表現と命名 制御と調節 合計全体M 25.04 24.75 28.16 77.95SD 5.38 5.99 4.33 11.28高群M 31.69 30.91 32.29 94.89SD 3.58 3.92 3.60 6.26低群M 19.37 16.92 23.85 60.15SD 4.23 4.71 4.13 6.20

J-ESCQ

Table1 情動知能各因子の平均合計得点

117 点、最低得点は 45 点であった。本研究の目的

は、情動知能水準と自伝的記憶との関係を検討す

ることであるので、平均値の±1SDを基準として、

合計点の上位者と下位者をそれぞれ高群(35 名)、低群 27 名)として設定した。なお、各因子におけ

る高群と低群での合計得点は、Table1 の下欄に示

されている。情動知能水準に関する操作の適切性

を確かめるために、群間の差の検定(t 検定)を行っ

た。その結果、合計得点については、情動知能高

群が低群よりも J-ESCQ の合計点(t(60)=21.40, p<.001)、「情動の認識と理解」得点(t(60)=12.20, p<.001)、「情動の表現と命名」得点 (t(60)=12.53, p<.001)および「情動の制御と調節」得点(t(60)=8.43, p<.001)において有意に高かった。これらの結果か

ら、本研究の情動知能水準の操作が適切に行われ

ているといえる。 3.2.自伝的記憶特性

情動知能高群および低群の参加者において、自

伝的記憶の内容記述欄にはいくつかの空欄は見ら

れたものの、快な自伝的記憶(e.g., 「高校の修学

旅行でハワイに行ったこと」)および中立な自伝的

記憶(e.g., 「中学時代の身体測定」)の評定値記

入率は 100%であった。ここでは評定値結果のみ

を分析対象とした。 情動知能高群、低群について、自伝的記憶の情

動喚起度の高低ごとに各 MCQ 項目の平均値を算

出した。各群の平均値および SDをTable2 に示す。

条件ごとの MCQ 各項目の平均値について、2(情

動知能水準; 高、低)×2(情動喚起度;高、低)

の2要因分散分析を行った。第1要因は実験参加

者間要因であり、第2要因は実験参加者内要因で

あった。分散分析の結果をTable2 に示す。 18 項目中 13 項目において情動知能水準の主効

果が有意あるいは有意傾向であり、情動知能高群

の方が情動知能低群よりもMCQ評定値が高かった。

また、18 項目中 17 項目において、自伝的記憶の

情動喚起度の主効果が有意であり、情動喚起度高

条件の方が情動喚起度低条件よりもMCQ評定値が

高かった。

山本 晃輔・豊田 弘司 情動知能の個人差が自伝的記憶の想起に及ぼす影響

76 77

4

番号

項目内容

情動喚起度高

情動喚起度低

情動喚起度高

情動喚起度

低情動

知能

情動

1こ

の出来事の記憶

はぼんやりと

している−

はっきりとしてい

る6.5

4(1

.05)

3.6

6(1

.91)

5.9

3(1

.46)

3.1

9(2

.09)

高>低

†高>低

****

2こ

の出来事の記憶

は白黒である

−完全

にカ

ラーである

6.6

0(1

.18)

5.4

0(1

.87)

6.1

5(0

.80)

4.6

3(2

.13)

高>低

*高>低

****

3こ

の出来事の記憶

の中に視覚的に細

かい部

分はほとんどな

い−たくさんある

6.1

7(1

.30)

3.4

0(1

.93)

5.2

2(1

.17)

2.5

2(1

.60)

高>低

****

高>低

****

4こ

の出来事の記憶

の中に音はほとん

どない

−たくさんある

5.5

4(2

.01)

3.8

9(2

.39)

5.2

2(1

.66)

2.4

8(1

.77)

高>低

*高>低

****

情動知

能×情動喚起度

情動知

能高:喚

起高=低

情動知

能低:喚起高>低

5こ

の出来事の記憶

全体の鮮明度はぼ

んやり

としている−きわ

めてはっきりと

している

6.1

1(1

.43)

3.7

7(2

.17)

5.3

7(1

.42)

2.5

9(1

.79)

高>低

***

高>低

****

6こ

の出来事の記憶

はおおざっぱ

である−き

わめて詳細であ

る5.5

4(1

.75)

3.2

0(2

.08)

5.0

4(1

.67)

2.0

7(1

.63)

高>低

*高>低

****

7こ

の出来事の順序

は混乱してい

る−一

貫し

ている

5.5

4(1

.83)

4.1

4(2

.19)

4.6

7(1

.89)

3.0

7(1

.96)

高>低

**

高>低

****

8こ

の出来事の筋は単

純である−複雑で

ある

3.6

6(2

.16)

2.1

4(1

.27)

2.9

3(1

.59)

2.1

5(1

.43)

高>低

***

9こ

の出来事の筋は奇

妙である−現実

的であ

る6.0

9(1

.52)

5.5

7(1

.66)

5.1

9(1

.59)

5.5

2(1

.69)

高>低

10

この出来事が起

こった場所の記憶は

あいま

いである−はっき

りしている

6.7

4(0

.73)

6.0

9(1

.54)

6.6

3(1

.19)

5.4

4(2

.06)

高>低

****

11

この出来事の状況

全体はめずら

しい−あり

ふれている

4.9

4(2

.51)

5.5

4(1

.89)

3.8

5(2

.43)

5.6

7(2

.00)

高>低

***

12

この出来事の記憶

の中の事物の位置

関係は

あいまいである−はっきりしてい

る5.9

1(1

.42)

4.8

3(1

.86)

4.5

9(1

.95)

3.8

9(2

.04)

高>低

**

高>低

***

13

この出来事の記憶

の中の人物の位置

関係は

あいまいである−はっきりしてい

る5.9

1(1

.78)

5.2

6(1

.75)

5.5

6(1

.62)

4.0

4(2

.22)

高>低

*高>低

***

14

この記憶の全体

の印象はよくな

い−よい

6.9

4(0

.23)

4.4

0(1

.59)

6.5

6(0

.96)

4.2

2(1

.40)

高>低

****

15

この出来事の中

の私は傍観者で

ある−参加

者である

6.9

7(0

.17)

5.8

3(2

.00)

6.7

8(0

.69)

4.3

0(2

.19)

高>低

***

高>低

****

情動知

能×情動喚起度

*

情動知

能高:喚

起高=低

情動知

能低:喚起高>低

16

その時の感情はよ

くなかった−よかっ

た6.9

4(0

.23)

4.4

9(1

.54)

6.7

0(0

.71)

4.4

8(0

.96)

高>低

****

17

全体的にこの出来

事をほとんど覚え

ていな

い−は

っきり覚えてい

る6.2

0(1

.17)

4.3

1(1

.67)

5.9

3(1

.39)

3.0

0(1

.74)

高>低

***

高>低

****

情動知

能×情動喚起度

情動知

能高:喚起高=低

情動知

能低:喚起高>低

18

この出来事の記憶

の正確さはきわめ

て疑わ

しい−ま

ったく疑いな

い5.9

1(1

.13)

4.2

9(1

.47)

5.7

8(1

.10)

3.2

2(1

.75)

高>低

*高>低

****

情動知

能×情動喚起度

*

情動知

能高:喚

起高=低

情動知

能低:喚起高>低

※()

はSD

† p

<.1

0, * p

<.0

5, ** p

<.0

1, *** p

<.0

05, **** p

<.0

01

Tab

le2

各条

件の

平均

値お

よび

SD

と分

散分

析結

情動知

能高群

情動

知能低群

分散

分析

主効果

交互

作用

山本 晃輔・豊田 弘司 情動知能の個人差が自伝的記憶の想起に及ぼす影響

78 79

4.考察

 本研究の目的は、情動知能水準の個人差が自伝的記憶の想起に影響するか否かを検討することであった。いくつかの指標において実験仮説は支持され、情動知能水準の違いによって情動的な自伝的記憶の想起に対する処理が異なる可能性が示された。すなわち、情動知能高群では自伝的記憶の情動喚起度による MCQ 評定値に差がみられなかったが(快=中立)、情動知能低群では情動喚起度の違いによって MCQ 評定値に差が生じたのである(快>中立)。  これまで自伝的記憶の情動は、感情ネットワークモデル(Bower, 1981)によって説明がされてきた。感情ネットワークモデルとは意味記憶の活性化拡散モデル(Collins & Loftus, 1975)に「悲しみ」や「喜び」などの感情ノードを導入したモデルである。そこでは、個々の感情ノードは当該感情を伴う出来事とリンクしていると仮定されている。この理論にもとづくと、「悲しみ」を感じると「悲しみ」ノードの活性化が高まり、悲しかった出来事に活性化が拡散される。それ故、想起の際に情動が喚起される場合がそうではない場合と比較して活性化水準が高いために、想起が促進される。 感情ネットワークモデルにもとづくと、本研究結果の情動知能水準×自伝的記憶の情動喚起度における交互作用は以下のように解釈される。情動知能高群では、情動知能が高いために想起される自伝的記憶の情動喚起度が低くても、その出来事に付随する感情ノードを効果的に活性化させることができる。そのために、当該の感情ノードと結びついた様々な情報を活性化させることが可能である。一方、情動知能低群では、情動喚起度の高い出来事の場合には、それと付随する感情ノードを活性化させることができるが、情動喚起度が低い場合には、自伝的記憶の想起が促進される程度にまで出来事と付随する感情ノードを活性化させることができない。それ故、自伝的記憶の情動喚起度が高い場合が情動喚起度の低い場合と比較して想起が促進されないのである。 ただし、本研究では、MCQ 項目のすべてに情動知能×情動喚起度における交互作用がみられたわけではない。したがって、自伝的記憶は多様な情報から構成されるため、情動によって促進される要素とそうではない要素があることになる。感覚・知覚情報に関しては、自伝的記憶の情動喚起度が影響することが先行研究からすでに報告されている(Schaefer & Phillippot, 2005)。本研究の結果では、感覚・知覚情報と全体的印象に関する MCQ 項目に情動知能と自伝的記憶の情動喚起度が影響し得る可能性が示唆された。それ故、先行研究の結果を支持しつつ、新たに情動知能の個人差が関与する可能性を示したといえる。

 本研究は、自伝的記憶と情動知能の関係における新しい証拠を見いだしたが、課題もいくつか指摘できる。たとえば、情動知能は多くの下位能力から構成されており、本研究で採用された ESCQ においては3 つの下位因子が想定されている。本研究ではこれらの総合得点をもとに情動知能水準を群分けしたが、どの因子が自伝的記憶の想起において有効であるのかについては、今後詳細な検討を行う必要性がある。また、Wong & Law(2002)による新たな情動知能尺度 Wong and Law EI Scale(WLEIS)が作成され、すでに日本版の作成が試みられている(豊田・山本 , 2011)。WLEIS は本研究で用いた ESCQ とは異なり、情動の利用という EI の下位能力が新たに測定可能である。情動の利用とは、思考を促進するための感情に接近したり、その感情を生成する能力を示す(Mayer & Salovey, 1997)。情動の利用と記憶との関連性は大いに期待されるものであり、今後はこうした点も踏まえながら、WLEIS を用いて、情動知能と自伝的記憶の関係性をさらに詳細に検討することが課題となる。 最後に、教育実践への応用について述べることにする。本研究では、情動的な自伝的記憶の特徴のみに注目したが、近年、情動的な自伝的記憶の想起による感情制御に関する研究が行われ、注目を集めている

(e.g., 榊 , 2005)。たとえば、榊(2005)は、快でかつ重要度の高い自伝的記憶を想起すると、想起前よりも想起後の気分がポジティブに変動することを報告している。児童・生徒の学習場面において考えてみると、つまづき等の失敗経験をしたとしても、他者に語ることによってそれが自分にとって重要な経験であると捉え直すことができれば、その記憶に肯定的な意味を見出すことができる。それによって、その後の学習に対するモチベーションを回復させることにつながるといえる。また、将来的には児童・生徒だけではなく教員のメンタルヘルス対策としても活用できる可能性がある。このような感情の制御は情動知能の下位因子の 1つでもあることから、今後は、情動知能を要因として組み込んだ実験を行うことを通して、より実践的な観点から検討を行うべきであろう。

₅.引用文献

Berntsen, D., & Rubin, D.C. 2006 Emotion and vantage point in autobiographical memory. Cognition and Emotion, 20, 1193-1215.

Bower, G. H. 1981 Mood and memory. American Psychologist , 36, 129-148.

Collins, A. M., & Loftus, E. F. 1975 A spreading activation theory of semantic processing. Psychological Review, 82, 407-428.

Johnson, M. K., Foley, M. A., Suengas, A. G., & Raye,

山本 晃輔・豊田 弘司 情動知能の個人差が自伝的記憶の想起に及ぼす影響

78 79

C. L. 1988 Characteristics of memories for perceived and imagined autobiographical events. Journal of Experimental Psychology: General, 117, 371-376.

神谷俊次・伊藤美奈子 2000 自伝的記憶のパーソナリティ特性による分析 心理学研究 , 71, 96-104.

Mayer, J. D., & Salovey, P. 1997 What is emotional intell igence? In P. Salovey & D, Sluyter

(Eds.), Emotional development and emotional intelligence: educational implications , 3-34. New York: Basic Book

Rasmussen, A.S. & Berntsen, D. 2009 Emotional valence and the functions of autobiographical memories: Positive and negative memories serve different functions. Memory and Cognition , 37, 477-492.

榊美智子 2005 感情制御を促進する自伝的記憶の性質 心理学研究 , 76, 169-175.

榊美智子 2007 自伝的記憶の感情情報はどのように保持されているのか −領域構造の観点から− 教育心理学研究 , 55, 184-196.

Salovey, P . , & Mayer , J . D. 1990 Emotional intel l igence. Imagination, Cognit ion and Personality , 9, 185-211.

Schulkind, M.D., & Woldorf, G.M. 2005 Emotion organization of autobiographical memory. Memory and Cognition, 33, 1025-1035.

Shaefer, A., & Philippot, P. 2005 Selective effects of emotion on the phenomenal characteristics of autobiographical memories. Memory, 13, 148-160.

清水寛之・高橋雅延 2008 特定の自伝的記憶に関する主観的評価の尺度―日本版記憶特性質問紙の標準データと因子構造―. 人文学部紀要(神戸学院大学人文学部), 28, 109-123.

Takšić,́ V. 2002 The importance of emotional i n t e l l i gence (competence) in pos i t i ve psychology. Paper presented at the first international positive psychology summit, Washington, D. C., 4-6.

Takahashi, M., & Shimizu, H. 2007 Do you remember the day of your graduation ceremony from junior high school? : A factor structure of the Memory Characteristics Questionnaire. Japanese Psychological Research, 49, 275-281.

Talarico, J.M., Labar, K., & Rubin, D.C. 2004 Emotion intensity predicts autobiographical memory experience. Memory and Cognition , 32, 1118-1132.

Toyota, H. 2011 Individual differences in emotional intelligence and incidental memory of words.

Japanese Psychological Research, 53, 213-220.Toyota , H . , Mor i ta , T . , & Takš ić ,́ V . 2007

Development of a Japanese version of the Emotional Skills and Competence Questionnaire. Perceptual and Motor Skills , 105, 469-476.

豊田弘司・佐藤愛子 2009 情動知能の個人差と偶発記憶に及ぼす自伝的精緻化効果 奈良教育大学紀要 , 58, 41-47.

豊田弘司・山本晃輔 2011 日本版 WLEIS(Wong and Law Emotion Intelligence Scale) の 作 成  奈良教育大学教育実践総合センター研究紀要 , 20, 7-12.

山本晃輔・豊田弘司 2011 におい手がかりによって喚起された感情が自伝的記憶の想起に及ぼす影響 奈良教育大学紀要 , 60, 35-39.

Wong, C. S., & Law, K. S. 2002 The effects of leader and follower emotional intelligence on performance and attitude: An exploratory study. The leadership Quarterly , 13, 243-274.

山本 晃輔・豊田 弘司

80