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46 DECEMBER 2009
1. はじめに
インターネットの普及と深刻な経済不況は,アメリカの既存ニュースメディアを大きく揺さぶっている。特に,人員が少なく財政基盤が弱い地方の新聞やテレビ局,ラジオ局は大きな影響を受け,紙面・番組の縮小やスタッフの削減,場合によっては発行や放送の停止を余儀なくされるケースも出てきている。
メディアなどに関する調査・研究を行う非営利組 織,ピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center)の「良質なジャーナリズムのためのプロジェクト(Project for Excellence in Journalism = PEJ)」がまとめた『ニュースメディアの現状(The State of the News Media 2009)』によると,2008年は,新聞,ネットワークテレビ,ローカルテレビ,ラジオ,週刊誌などのメディアの利用者数と収益が,軒並み悪化した。わずかにケーブルテレビで,大統領選挙に関する討論番組が盛んだったことなどから収入や利用者が増加したが,その後は減少に転じている。PEJでは,この傾向は2009年も続くと予想している1)。
先行きの暗い話が目立つアメリカのニュースメディアの状況だが,そうした中でも光明を見出そ
うと,新たな活動をしているところがある。そのひとつが,アメリカの公共ラジオ放送,NPR
(National Public Radio)である。NPRでは2008年秋の週間聴取者数が対前年比6%増の3,270万人と,ほかの多くのメディアで利用者が減少する中でリスナーの数を増やしている2)。理由のひとつに,経済不況や大統領選挙などの重大ニュースが続く中で,多くのアメリカ国民が確実な情報を求めて,正確でバランスのとれた報道に定評のあるNPRにダイヤルをあわせたことがあげられる。
そうした中,NPRは今年7月,ウェブサイト「NPR.org」を一新した。これまでの様々な番組やリポートのオンデマンドに加えて,豊富なテキスト(放送ニュース原稿)の提供,速報ニュースや解説記事の充実,ポッドキャスティングの拡張など,デジタル技術を生かした多様なサービスを追加した。ネットの普及で従来からのメディアが苦戦する中,NPRはこれまで培ってきた「良質なコンテンツ」を「多様な伝送路(プラットフォーム)」で展開することで,デジタル時代に生き残りを図っている。テレビに比べて機材がシンプルなラジオは,コンテンツのデジタル化に対応しやすいというメリットも追い風になっている。
ラジオ局の枠を超えて~米 NPR(公共ラジオ)マルチ展開の取り組み~
メディア研究部(海外メディア) 柴田 厚
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国共通の番組をクリアーな音質で提供する衛星ラジオSirius-XMに有料契約して全米を移動しながら聞いたり,電波の届きにくいオフィス内で働く人はインターネット上でラジオに耳をかたむけたり,さらには,時間のない人は自分の気に入った番組をダウンロードしておいて,好きな時間にポッドキャスティングで聞くなど,ラジオの聞き方は多様化している。前述のPEJの『The State of the News Media 2009』は,最近のこの傾向を「The move is toward listening to what you want, when you want it.(聞きたいものを,聞きたい時に)」と記述している。
3つめに,多様な番組フォーマットがあげられる。アメリカには1万4,000以上の放送局があるが,ジャンル別ではニュース・情報番組,リスナー参加型トークショー,音楽番組,スポーツ,ヒスパニック系を中心とするエスニックラジオ,宗教など多岐にわたる。音楽ひとつをとってみても,カントリー,ロック,クラシック,ポップスなど,それぞれの局が得意な分野を持ち,そうした曲を一日中流すのが通例である。
4つめに,合衆国憲法修正第一条で言論の自由を謳うアメリカのラジオに特徴的な番組として,パーソナリティーの強烈な個性と主張で番組を引っ張るトーク番組(Talk Radio)の存在がある。そうした番組ホストの代表的な一人に,ラッシュ・リンボー(Rush Limbaugh)という人物がいる。現在58歳の彼は,保守系コメンテーターとして,自分の番組や著書,あるいは共和党の会合などで,リベラル陣営やオバマ大統領,クリントン元大統領などを痛烈に批判してきた。過激な物言いがしばしば物議を醸すが,その影響力は大きく,保守派の熱心なリスナーの支持を集めて,アメリカで最も聞かれるラジオ番組となっている。
その一方で,NPRの急速なデジタルサービスの拡大に対して,全米に860余りあるNPRのメンバー局は脅威を感じている。NPRの急速なネット展開が,地方の公共ラジオ局を飛び越えてリスナーに直接コンテンツを届ける“バイパス問題”を引き起こすからである。
この報告では,不況とインターネットの影響で既存メディアが委縮する中,“攻め”の姿勢で存在感を増すNPRと,そのマルチ展開の取り組みを検証し,デジタル時代の公共放送・ラジオ放送の在り方について考える。
2. アメリカのラジオの状況
まず,アメリカにおけるラジオ放送の現状について見てみたい。いくつかの特徴があるが,第1にあげられるのは,聴取者のすそ野の広さである。メディアが多様化する中で,ラジオの存在感は小さくなっていると見られがちだが,アメリカの調査会社Arbitronの報告書『Radio Today 2009 Edition』によると,12歳以上の国民の90%が,一週間に一度以上ラジオを聞いているとしている。これは,テレビや雑誌,新聞,インターネットよりも高い数字である3)。アメリカでは10代から60代までまんべんなくラジオを聞いており,世代間の格差が少ない。
2つめの特徴として,配信形態の多様化がある。従来の地上波AM/FMラジオだけでなく,現在では,全国どこでも受信できる衛星ラジオ,高音質でマルチチャンネルを可能にしたHDラジオ,パソコン経由で聞くインターネットラジオ,ポッドキャスティングなど,様 な々プラットフォームが用意されている。多くの人は従来のようにAM/FMラジオを家や車の中で聞くが,それ以外にも,例えば,長距離トラックの運転手が全
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こうした,“トークラジオ的なるもの”の対極にあるのが,公共ラジオNPRの存在だといえる。リンボーをはじめとするトークラジオの番組ホストは,激しい口調で対象を批判したり声高に自分の主張を展開したりして,理屈と同時に感情にも強く訴える。番組は熱心なファンを集めるが,強い嫌悪感を示す人たちも多い。一方,NPRのニュース番組は,全体に穏やかなトーンで進行し,わかりやすく,意見が割れる問題では公平性を保とうという姿勢がうかがわれる。こうした点について「内容がつまらない,聞いていて眠くなる」などと批判する人もいる。しかし,NPRの報道に対しては概ね評価が高く,公共テレビのPBSと並んで「信頼できる」メディアと考えるアメリカ国民は多い。
3. NPR
それでは,NPRとはどんな組織なのであろうか。「アメリカの公共放送」は,日本のNHKやイギリスのBBCとは大きく性格を異にする。その成り立ちや組織形態,財源などから特徴を見てみたい。
3-1.成立過程
元々アメリカでは,1920 年代から全米各地の大学や地域コミュニティが運営する非商業教育ラジオ(公共ラジオの前身)がそれぞれの地域向けに小規模な放送を個別に行っていて,やがてテレビ放送も始まった。一方で,NBC,CBSなどの商業放送は全国の地方局のネットワーク化を進め,潤沢なコマーシャル収入に支えられたラジオ放送,テレビ放送を強力に展開していった。こうした動きに対して米政府は,教育目的で各地で別々に放送を
行っていた公共放送局を組織面,財政面から支援するため,1967年に公共放送法(Public Broadcasting Act of 1967)を制定した。この法律に基づいて1969 年には非商業テレビ局の 連 合 体としてPBS(Public Broadcasting Service)が作られ,そして翌1970 年にラジオのNPRが設立されたのである4)。
3-2.組織
一口に「公共ラジオNPR」と言うが,NPRというラジオ局はない。アメリカの公共ラジオは,ワシントンD.C.に本部があるNPRと,全米860局余り(2009年9月現在)の公共ラジオ局(メンバー局)の連合体という形をとっている。成立の経緯からもわかるように,早くから放送を行っていた各州のメンバー局は自主自立の意識が強い。NHKやBBCのように中央集権的な組織形態ではなく,「脱中心的・分権的」でゆるやかなネットワークであることが,アメリカの公共放送の特徴といえる。
そうした中でNPRの機能は,一言でいえば「ニュース取材と番組制作,並びにその配信」であり,自分たちでは放送局免許を持たない。現在,NPRは週に130時間以上のニュースや番組を制作し,全国のメンバー局に配信している。各
NPR 本部
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放送局では,それに独自制作の番組やニュースを組み合わせて,地域向けの放送を編成する。
テレビのPBSが自分たちでは番組制作は行わず,主にメンバー局が作った番組の調達と配信に役割が特化されているのに対して,ラジオのNPRは独自に取材や制作を行うという点が大きな違いである。
NPRの職員数は約800人で,PBSの倍近い。ニュース取材の中でも,特に海外取材に力を入れており,最近ではニュースバリューの高いパキスタンに新たに支局を開設した。現在,イランやアフガニスタン,イラク,中国,ジンバブエなど世界の18カ国に特派員を配置しており,これはテレビの4大ネットワークを上回る規模である。
NPRの平均的なリスナー像は,関係者の話を総合すると,「白人」の「50代」「男性」で「教育程度が高く」,「リベラル」な考えを持ち,「収入も比較的高い」人たちとなる。この点については,NPRも聴取者の幅を広げることが長年の課題であることを認めている。
3-3.財源
次に,財源について見てみる。NHKやBBCは視聴者からの受信(許可)料でまかなわれているのに対して,NPRはメンバー局から支払われる番組使用料と,アンダーライティング
(under-writing)と呼ばれる企業からの協賛金,さらに市民からの寄付が中心になっている。2008年度(2007年10月~ 08年9月)で見ると,NPRの総収入は約1億6,200万ドル(約146億円)で,番組使用料収入が6,530万ドル
(40%),アンダーライティングや寄付が6,250万ドル(38%)となっている。一方,各地のメンバー局の収入は平均すると,およそ3割が一般からの寄付,2割がアンダーライティング,政府
交付金と財団からの寄付,自治体の補助がそれぞれ1割ずつ,などとなっている。アンダーライティングの場合,番組の冒頭などで協賛企業や財団の名前が告知されるが,商品名を出したり,購買を促したりすることはできない。
経済情勢の悪化に伴い,NPRでも企業からの協賛金が減り,その結果去年と今年の2度にわたって,人員削減を行った。特に去年末には,全職員の7%にあたる64人が解雇され,この中にはベテランの記者やディレクターも数多く含まれていた。一方で,デジタル部門の要員を新たに増やすなどの措置がとられている。
3-4.番組
続いて,番組面について見てみる。NPRが得意とするのは,主に「ニュース」「音楽」「芸術・生活」の3つの分野である。スポーツ中継などは行わない。代表的な番組として,「Morning Edition」( 朝のニュース番 組 ),「All Things Considered」(午後のニュース番組),「Talk of the Nation」(聴取者参加のトーク番組),「All Songs Considered」(音楽番組),「Car Talk」
(エンターテインメント)などがある。Morning EditionとAll Things Consideredは, アメリカでよく聞かれる番組の上位5位に常に入る人気番組である。その他,規模の大きなメンバー局が制作した番組がNPRを通して全国配信されるケースもある。代表的な例としては,「The Diane Rehm Show」(ワシントンD.C.のWAMU制作,時事問題トークショー),「Latino USA」
(テキサスKUT,ヒスパニック系向け放送),「On the Media」(ニューヨークWNYC,メディア問題),「The Business」(ロサンゼルスKCRW,映画産業関連)などがある。また,イギリスBBCの番組も放送されている。
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4. All Things Considered
このうちNPRを代表するニュース番組「All Things Considered」を通して,NPRの企業風土や番組作りの特徴などについて見ていきたい。
All Things Considered(以下,ATCと表記)は,朝のMorning Edition(以下,ME)と並ぶNPRの看板ニュース番組で,NPR創設の翌年,1971年に始まり,今年38年目を迎えた長寿番組である。2時間の番組で,アメリカ東部時間午後4時に合わせて配信される。内容は,ニュース,解説,インタビュー,録音構成の特集もの,エッセーなどからなる。取り上げる対象は,政治・経済・社会・文化・科学・海外・スポーツ・エンターテインメントと幅広く,特に海外報道はNPRの“売り”のひとつで,番組全体の中で占める海外ニュースの割合はアメリカの他のメディアを圧倒している5)。
ATCやMEの特徴として,速報ニュースよりも,重要なニュースの解説や分析により力を入れているという点がある。必ずしも最新ニュースを常にトップで手厚く扱うというわけではない。その理由のひとつに「配信と放送のタイムラグ」がある。ATCでは,2時間の番組の正時(00分)と30分 のところに計4回,5分 程 度の 最 新ニュースを伝える枠を確保してあり,ここで番組アンカーとは別のアナウンサーが生でニュースを伝える(各メンバー局の放送ではローカルニュースを入れる)。国土が広大なアメリカには東から西まで4つの時間帯があり,NPRからの配信を受けた各メンバー局は,すぐに放送する局もあるが,配信から数時間後に放送する局もある6)。このため,リアルタイムで重大ニュースが進行中などの場合を除いて,通常は「時間差」で放送を聞いても違和感を感じないような番組
作りが行われている(NPRからの配信は一度だけではなく,内容を差し替えながら何度か行われる)。ATCの作りは,のちに述べるネット上のストリーミング配信も含めて,繰り返しの使用に耐えられるように配慮されているのである。この点は,「ラジオは生放送が基本(特にニュース番組の場合)」とされている日本のラジオ放送とは考え方が大きく異なっている。
また,通信社やCNNなどの速報体制が充実しているアメリカのメディアの中で,財源の限られている公共放送のニュース番組は,PBSも含めて,速さよりも解説や分析に力点を置くことで特徴を出そうとしている。
ATCの 進 行 は2人 のアン カー が 行 う。Robert Siegel,Michele Norris,Melissa Blockの3人のベテランジャーナリストが交代で担当している。番組は通常,ひとつの項目に数分をかけて伝える。短いもので2 ~ 3分,長いものだと10 分を超えることもある。アンカーやリポーターのコメントに関係者の短い談話(サウンドバイト)が挿入されるシンプルな作りから,多くの人のインタビューや効果音(SE)を使った複雑な構成リポートまで演出形態は様々である。そのほか,ニュースの大物当事者をスタジオに招いてインタビューするなど,世界中から人が集まるワシントンの「地の利」と,ラジオというメディアの「フットワークの軽さ」を生かした作りになっている。通常,2時間の番組で取り上げるトピックスの数は20前後にのぼり,番組で伝えられる情報量はかなりのボリュームである。
表1は,今年10月2日(金)放送分のタイム・シートである。この日は,コペンハーゲンのIOC総会で,2016年のオリンピック開催都市がリオデジャネイロに決まった日である。
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この日は全部で19項目が伝えられ,トップは9月のアメリカの失業率が1983年以来の9.8%まで悪化したニュースで,シカゴ落選などオリンピック関連のものは10 ~ 12番目となっている。この間にも3番目では,夜のテレビ番組の人気ホスト,D.レターマンが脅迫された事件や,グーグルCEOのE.シュミットのインタビュー(6番目),大リーグの中間総括(8番目)などが入っており,日本のほとんどのメディアがオリンピックをトップで伝えたのとは様相が異なり,ATCのニュースバリューに対する考え方の一端がうかがわれる。
また4番目では,イスラエルの動きについてAP通信のエルサレム支局長が電話でリポートしたり,18番目ではロックバンドの新譜発表について,音楽をふんだんに使いながら5分近く
にわたって紹介している。番組を通して聞いて感じるの
は,一種の“余裕のようなもの”である。大きな突発ニュースがなかったということもあるかもしれないが,概してATCの3人のアンカーたちは,悲惨な事故のニュースや深刻な経済のニュースにも過度に神経質になりすぎず,面白い話題にもはしゃぎすぎず,かといって冷たくもならずに伝えている。また,書評や映画のプレビュー,音楽など文化ネタについてもかなりの時間を割いて伝えており,日本のハードニュース系にありがちな,政・経・社・海外ものに比べて文化ネタを一段低く置く,といった感じはない。使
われる英語や発音もわかりやすく,スピードも適当で我々外国人にも聞きとりやすい。誤解を恐れずにいえば,“ニュースの深層がわかる,大人の知的好奇心を満たす2時間の聞きもの”といった観がある。一部には,40年近い歴史と変わらぬフォーマットに“too much static(変化に乏しい,つまらない)”などの批判はあるが,ラジオの報道に関しては,テレビのように地上波・ケーブル・衛星などの多様な選択肢があまり用意されておらず,確実なニュース・情報を得たいと考える人たちにとって,NPRのニュース番組は貴重なものになっている。特に,地域ニュースに力を入れるメディアが多い中,外国の動きや他国での出来事をアメリカの視点からリスナーに提供する海外ニュースは,NPRの独壇場である。
1 9月の失業率 9.8% 1983 年以降最悪に 3分 42 秒
2 失業率,アフガン,五輪誘致失敗 識者インタビュー 5 分 35 秒
3 CBS のレターマン恐喝犯,罪を認めず 3分12 秒
4 ハマスが,拘束中のイスラエル兵のビデオ公開 3分 40 秒
5 イスラエル,安息日事情 3分 52 秒
6 グーグル,シュミットCEO インタビュー 7分 24 秒
7 全米図書賞受賞作品「Spooner」とその作者 5 分 27 秒
8 メジャーリーグ,プレーオフを前に 4分19 秒
9 コメディー映画「The Invention of Lying」プレビュー 3分 55 秒
10 2016 年オリンピック,リオデジャネイロに決定 3分 42 秒
11 (関連)シカゴの落胆 3分 22 秒
12 (関連)リオデジャネイロ喜びの声 1分17 秒
13 スマトラ大地震続報 3分 59 秒
14 特集・軍人の親を持つ高校フットボール部 7分 45 秒
15 オバマ大統領,アフガンの米司令官と会談 4分17 秒
16 医療保険改革,広告合戦の裏側 4分 38 秒
17 ジョージア州大洪水の余波 3分 50 秒
18 グランジロックの大御所 2 バンド,新譜発表 4分 40 秒
19 放送への反響,お便り紹介 3分 39 秒
表 1 All Things Considered 2009 年 10 月 2 日の内容
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5. NPR.org
NPRは公共ラジオ放送として,質の高い番組を放送し,アメリカ国民に多元的なものの見方を提供するのに一役買ってきた。そのNPRのウェブサイト,「NPR.org」が今年7月27日,全面的に改訂された。以前の画面にはあらゆる情報と番組,リンク先がぎっしりと網羅されていたのに比べ,新しいものは一見して「スッキリした」と感じられる。改訂の最大の目的は,質の高さに定評があるNPRの放送(コンテンツ)を,デジタル時代に合わせて様 な々形で提供できるようにする,という点である。それは,今年初めNYTimes.comからNPRに移ったビビアン・シラー(Vivian Schiller)会長兼CEOの次のような言葉に象徴的に表わされている「We are a news content organization, not just a radio organization.
(我々は単なるラジオ局の枠を超えて,様々なニュースコンテンツを提供する集団である)」。
5-1.新しいサイトの特徴
新しくなったウェブサイトの内容を,いくつか具体的に見ていくことにする。○放送テキストの無料提供
まず,放送されたニュース番組の内容が“全て”文字起こしされ,テキスト(ニュース原稿)としてウェブ上に掲載されるようになった点である。利用者は,提供された情報を無料で使うことができる。もちろん,プリントアウトも可能である。例えば,前述のATCでは,放送の数時間後にはニュース項目ごとに,放送された音声データと文字テキストがアップロードされ,自由にアクセスできる。これまでは,音声データは全てそろっていたが,テキストの提供は一部だけに限られていた。テキスト情報を充実させることで,利用
者の利便性を高めるとともに,人気のMorning Edition(朝)とAll Things Considered(午後)の間の“魔の時間帯”にNPRサイトへのアクセスを増やすことも大きな目的である。○ 24 時間ストリーミング
24時間のストリーミングは,以前から引き続き行われているサービスである。NPRを代表する番組の最新の放送を一日を通して聞くことができる。表2は,そのタイム・テーブルである(時間はアメリカ東部時間による)。
また,Hourly News Summaryにアクセスすれば,5分程度にまとめられた最新ニュースを聞くことができる。これは1時間ごとに更新される。○番組オンデマンド
豊富な番組アーカイブにアクセスすることもできる。聞きたい番組を選んでカレンダーで期日を指定すれば,その日に放送された番組内容を聞くことができる。ATCを例にとると,過去数年分の番組がストックされていて,試しに2001年9月11日の同時多発テロの放送を聞いてみると,当時の生 し々い雰囲気を感じとることができる。番組全部を通して聞く他に,個別のリポートだけを選んで聞くこともできる。ダウンロードも可能である。当然のことながら,海外からもアクセスは自由で,今では当たり前のようにとられているが,数年前のアメリカの放送を日本に居ながらにして自由に取り出して聞くことのできるメリットは大きい。
この他,ニュース部門とデジタル部門のデスクが統合されたことで,ニュース速報がアップされるスピードが早くなった他,ポッドキャスティングもバリエーションが広がるなどの改修が行われている。NPRのこれらのサービスは,全て無料である。
NPRでは有力アンダーライターのひとつ,ナ
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イト財 団(Knight Foundation)と協力して,自社のラジオジャーナリストたちを多メディア化に対応できる人材
(multiplatform journalist)に育成するための研修を集中的に行っている。
5-2.2 人のキーパーソン
一連のドラスティックなデジタル化を中心になって進めているのは,NPRの2人の幹部,V.シラー会長兼CEOと,キンゼイ・ウィルソン(Kinsey Wilson)デジタル担当・上級副会長である。
シラー会長はCNNなどのプロデューサーを経て,今年1月にNPRに移るまでは,アメリカ最大の新聞系ニュースサイト,NYTimes.comのゼネラル・マネージャーをつとめていた。NYタイムズが紙媒体からウェブへの展開を本格的に行う時期に指揮をとり,ブログや動画の導入,また一部有料だったウェブ購読 料 を 全 廃 す る な ど, 現 在 のNYTimes.com好調の基盤を作った人物である。それだけに公共ラジオトップへの転身は,メディア界で驚きをもって迎えられた。その理由について,シラー氏は「私自身が,NPRの熱心なリスナーだった。メディアでも市場原理が幅をきかせるアメリカで,NPRのような良質な報道は守っていく必要がある。地方で新聞やテレビ局がなくなっていく中,NPRは,長年その地に根をはり地域に向けて放送してきた公共ラジオ局(メンバー局)というインフラを全米に持っており,地域の再生に貢献できる」と語っている7)。
ET Monday Tuesday Wednesday Thursday Friday Saturday SundayNote:All times are in U.S. Eastern time.
12am-1am
Weekend Edition Morning Edition Weekend
Edition
1am-2am
Weekend Edition Morning Edition Weekend
Edition
2am-3am
Weekend All Things Considered
All Things ConsideredWeekend
All Things Considered
3am-4am
Weekend All Things Considered
All Things ConsideredWeekend
All Things Considered
4am-5am
Talk of the Nation: Science
FridayTalk of the Nation Talk of the Nation:
Science Friday
5am-6am
Talk of the Nation: Science
FridayTalk of the Nation Talk of the Nation:
Science Friday
6am-7am
Weekend All Things Considered
All Things ConsideredWeekend
All Things Considered
EST Monday Tuesday Wednesday Thursday Friday Saturday Sunday7am-8am
Weekend All Things Considered
All Things ConsideredWeekend
All Things Considered
8am-9am
Fresh Air Weekend Fresh Air Fresh
AirWeekend
9am-10am World Cafe Hearing Voices
10am-11am World Cafe Tech Nation
11am-12pm Tell Me More Human Kind
12pm-1pm Morning Edition Fresh Air Weekend
1pm-2pm Morning Edition Wait Wait
Don't Tell Me
2pm-3pm The Diane Rehm Show Weekend Edition
3pm-4pm The Diane Rehm Show Weekend Edition
EST Monday Tuesday Wednesday Thursday Friday Saturday Sunday4pm-5pm Talk of the Nation Hearing Voices
5pm-6pm Talk of the Nation Tech Nation
6pm-7pm Fresh Air Human Kind
7pm-8pm Tell Me More Fresh Air Weekend
8pm-9pm On Point Weekend All Things
Considered
9pm-10pm On Point Wait Wait
Don't Tell Me
10pm-11pm All Things Considered Weekend All Things
Considered
11pm-12am All Things Considered Weekend All Things
Considered
表 2 24 時間ストリーミング番組表
(NPR HPより)
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もう一人のキーパーソン,ウィルソン副会長は,NPRのデジタルメディアの総責任者である。シラー氏とほぼ同時期の2008年10月にNPRに入るまでは,アメリカ唯一の全国紙,USA Todayオンライン版の編集責任者をつとめていた。新聞記者の経験が長く,1995年から本格的に活字メディアのデジタル化に取り組み,USA Todayで活字部門とデジタル部門の500人規模の統合を成功させた。ウィルソン氏は新しいウェブサイトについて,「利用者が毎日訪れるサイトを目指す。速報ではCNN.comやNYTimes.comにかなわないかもしれないが,私たちの得意とする領域,例えば解説や分析,健康・科学・書評などの分野で存在感を示したい」と語っている8)。
NPRが進めてきたデジタル展開の動きは2つの側面を持っている。それは公共放送としての
「生き残り(survival)」と「義務(obligation)」である。旧来からのメディア企業で身をもってデジタル化を成功させてきた2人は,NPRの持つ「ネットワーク」や「優良コンテンツ」の力に着目し,それを活用することが公共ラジオとしての
「生き残り」につながるとデジタル化を進めてきた。同時に,地方で中小のメディアが淘汰されていく中で,新聞や商業放送に代わって住民に情報を届け住民の声をひろうという役割が,公共放送の「義務」でもあると考えたのである。
6. メンバー局との緊張関係
組織体制やシラー会長の話にもあったように,「NPR」と地方の「メンバー局」は密接な繋がりを持っている。組織の存続と公共放送の存在意義の発揮のためには,両者の良好な関係は欠かせない。しかし,NPRとメンバー局はこれまで一種の“緊張関係”を持ってきた。
6-1.寄付金問題今年初め,NPRの会議で出た発言が多くのメ
ンバー局の反発を招いた。不況で予算が赤字になることを懸念したNPR幹部が「放送を通じて,地域のメンバー局あてではなく,直接NPRに寄付をしてもらうように呼びかけてはどうか」と提案したためである。現在の規則では,NPR本体が番組内で寄付を募ることは各メンバー局への寄付行動に支障をきたすとして禁止されている。現在の資金の流れは,各局が集めた寄付金から一定額が番組使用料としてNPRに支払われる仕組みである。力のある中央(NPR)が地方(メンバー局)を飛び越えて直接お金を集めることは,影響が大きすぎるとして強い抵抗があった。
このことはまた,メンバー局の“プライド”に関わる問題でもある。ほとんどの地方局は,1970年にNPRができる以前から,地域住民に向けて放送を出してきた。彼らにとっては,“my audience(私たちのリスナー)”という強い自負があり,住民の利益のために放送を行いそれに対して寄付を受けている,という考えがある。筆者が現地で話を聞いたあるメンバー局の幹部は“(後発のNPRが)人の懐に手を突っ込み,勝手にお金を持っていくような行為は許されない”と語った。結局この問題は,シラー会長がとりなして鎮静化したが,そこに,あらたにNPRのウェブページ改訂の件が持ち上がった。
6-2.人事とバイパス問題
ウェブの問題は,やや複雑である。ひとつには,「オールド・メディアvsニュー・メディア」の確執がある。不況でベテランのラジオ記者が解雇される一方で,ウェブページを拡大するために新たにデジタル要員が増やされていく状況に,古くから公共ラジオで働いてきたスタッフは強く反発した。
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一方で,時代が移り変わる中で,組織の生き残りのためにはやむを得ないと考える人たちもいた。
もうひとつは,NPRのホームページを充実させることにより,メンバー局のサイトや放送がスキップされてしまう「バイパス問題」が懸念されたことである。多くの地方メンバー局は限られた予算で運営しているため,放送に加えて,自局ホームページの作成まで充分な費用をかけることは難しい。そうした状況の中で『高品質・高性能なNPRのサイト』が登場するのを,多くのメンバー局は複雑な思いで見ている。
もちろん,NPR側でも対策は講じている。トップページ左上のNPRのロゴすぐ横の“一等地”に「Station Finder(放送局検索)」の機能を設けた。郵便番号や都市名を入力すると,最寄りのメンバー局の情報が表示され,そのサイトに飛ぶことができるようになっている。
メンバー局が,NPR.orgの改訂を「歓迎と拒否」の相半ばする思いで見ているのと同時に,NPR本体もジレンマを感じている。ウェブページを充実させることが,自分たちの仲間の首を絞めることにもつながりかねないからである。しかし,現在のNPRの基本スタンスは,世の中の趨勢から見ても,ウェブを充実させながら地域メンバー局の支援をしていく以外にはない,というものである。
7. おわりに
メディア激変の中で,NPRはデジタル展開によって活路を見出そうとしているが,その背景には,たびたび指摘されているように,既存メディアの著しい衰退がある。特に地方の新聞は,想像を超えるスピードで存在感と影響力を失っている。それは,新聞そのものがなくなる
ことと同時に,新聞が長年担ってきた政府や自治体の監視役(watch-dog)としての機能と,地域サービス提供者としての役割も消失していくことを示している。質の高い放送を出し,全国にメンバー局を持つNPRには,それを補う役割が期待されている。「良質なコンテンツ制作力」と「多様なプラッ
トフォーム展開」というNPRの取り組みは,単にNPRが公共放送として生き残るということを超えて,アメリカのジャーナリズム再生のためのモデルケースとして,さらにはアメリカからやや遅れて大きな変化に直面している日本のメディアにも,示唆することは多い。
(しばた あつし)
参考文献・ Mitchell, Jack W. Listener Supported: The Culture and
History of Public Radio. Praeger Publishers, 2005・ McCauley, Michael P. NPR: The Trials and Triumphs
of National Public Radio. Columbia University Press, 2005
注:1)URL は,http ://www.stateofthemedia .
org/2009/index.htm2)2009 年 3 月 24 日 NPR の Press Release3)URL は,http://www.arbitron.com/downloads/
RadioToday_2009.pdf4)アメリカの公共放送の成立や特徴については,
古城ゆかり「アメリカ型公共放送の誕生~その使命と限界~」『NHK 放送文化調査研究年報46』2001 年 に詳しい
5)PEJ の『The State of the News Media 2009』によると,NPR の番組に占める海外ニュースの割合は 20%と項目別のトップで,メディア全体に占める割合(10%)の 2 倍にあたる
6)例えば,東部ワシントンで午後 4 時に配信されるものを,西海岸ロサンゼルスで配信と同時の西部時間午後 1 時に放送する局もあれば,3 時間後の西部時間午後 4 時に放送する局もある。番組編成の判断は各メンバー局にゆだねられている
7)2008 年 11 月 24 日 Current 紙のインタビュー8)2009 年 7 月 27 日 NY タイムズのインタビュー