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[会社名を入力してください] ノスタルジア消費研究の意義 ~マーケティングにおけるなつかしさの検討~ 指導教員名:水越康介准教授 学修番号: 08159592 氏名:佐藤翼 枚数: 26 [ 日付を選択してください ] [文書の要約をここに入力してください。要約は一般に、文書の内容を短くまとめたも のです。文書の要約をここに入力してください。要約は一般に、文書の内容を短くまと めたものです。]

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ノスタルジア消費研究の意義 ~マーケティングにおけるなつかしさの検討~

指導教員名:水越康介准教授 学修番号:08159592

氏名:佐藤翼 枚数:26 枚

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【目次】

1. 序論

2. 先行研究

2.1.ノスタルジアとは何か

ノスタルジアの定義

ノスタルジア消費研究の位置づけ

2.2.ノスタルジアの分類

2.3.ノスタルジアの「中身」に関する研究

2.4.企業活動におけるノスタルジアのメリット

3. リサーチクエスチョン

4. 事例分析

ダイドー「復刻堂」シリーズ

4.1. 商品企画

4.2. 販売チャネル

5. 考察・まとめ

6. 参考文献

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1.序論

本稿の目的はノスタルジア、つまり懐かしさの構造を消費経験論の一分野であるノスタ

ルジア消費研究から理解し、企業のマーケティングや宣伝活動においてノスタルジアがど

のような狙いで、どのように組み込まれているかを明らかにすることである。

近年、日本では懐かしさを感じさせる商品や広告が多くみられる。特に「レトロブーム」

と呼ばれる懐かしさが広く好まれている現代では、戦後から昭和後半にかけて人気を博し

た菓子や飲料、玩具などの復刻版が相次ぎ、懐かしさのブームはモノだけにとどまらず、

広く商業やエンターテインメントの世界まで拡大している。戦後しばらくたった昭和 30年

代の東京の下町を舞台にした映画「ALWAYS 三丁目の夕日」はその当時の人々の生き生き

とした暮らしの様子が好評となり、現在までシリーズ 3作品が公開されている人気作とな

っている。

なぜ今これ程までに、懐かしさが注目されるのか。日経流通新聞では昭和の時代を「生

活の目標がはっきりし、手応えがつかめる幸せな時期だった」と記した書物を紹介し、現

代からみる昭和を「今日の社会全体が行き詰まった先の見えにくい時期にあっては、うら

やましくもあり、懐かしい時期」という表現をしている(『日経流通新聞』2001/07/10 3ペ

ージ)。昭和という時代に対して中高年層を中心に「あこがれ」のような感情を持っており、

少しでもその時代に触れようとするためレトロな商品やコンテンツを消費しているのだ。

事実、日経産業消費研究所が全国のビジネスマン 1000 人に対し過去へのノスタルジアを誘

うレトロモダンな商品へのニーズを調査した結果ほぼ全員が強い愛着を抱き、昔を懐かし

む経験の有無についても 95%の人がそれを経験していることが明らかになっている(『日経

産業新聞 』2003/09/22 1ページ)。一方企業側も、フルタ製菓が「20歳代後半から 50歳代

の男性を「ハイターゲット」と名付け、昭和風の食玩の展開に力を入れる」という記事も

あるように、懐かしさへの欲求や愛着を消費のきっかけにしたいと考えており、ノスタル

ジアの市場は今後さらに注目されていくことが予想される(『日経産業新聞』 2004/12/30)。

本稿では、ノスタルジアの定義を述べ、そこからノスタルジア消費研究の分類やノスタ

ルジアを構成する要素などの理解を深めていく。そして先行研究で理解したノスタルジア

をマーケティングへ応用する意義に触れたのち、実際の

事例を用いて企業がノスタルジアをどのように自社の戦略として用いているかを分析して

いく。

2.先行研究

本章ではノスタルジアについて消費経験論におけるその定義や分類を理解し、ノスタル

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ジアのマーケティングにおけるメリットにも触れていく。

2.1ノスタルジアとは何か

ノスタルジアの定義

堀内(2007)によれば、ノスタルジアということばは、もともとホームシックの状態を

指していたことばだったと言う。ここでは言語の起源について詳しくは述べないが、Davis

(1979)によれば、「ノスタルジア」は、17 世紀後半に故国から離れて戦っていたスイス

人傭兵によく見られたものであり、抑うつ、情緒不安定、食欲不振などの「症状」を指し

ていたというが、Davis自身が指摘しているように、今日「ノスタルジア」ということばか

ら「病気」を考える人はほとんど存在しない。」と言っているように、今日使われているノ

スタルジアはその起源とは異なり、概して良いイメージとしてとらえられている

(Davis1979,pp.6-8)。

前述したように、現在ノスタルジアという言葉を聞いて思い起こされるのは、昔を懐か

しみ、何らかの良い感情を引き起こすといったイメージである。しかし、広辞苑にあるノ

スタルジアの意味は「故郷を懐かしみ恋しがること。郷愁。ノスタルジー。」とある(『広

辞苑』p.1886)。また、ホームシックが単に空間的な場所を思うのではなく、そこでの過去

の記憶や出来事と深く結び付いているという解釈をする事が可能であれば、郷愁というよ

うな原義に近い意味も含んでいると考えられる。いわゆる世間一般においては、ノスタル

ジアはこのような定義を与えられている。

ノスタルジアは消費者行動研究の一領域である、ノスタルジア消費研究における意味に

ついて、堀内(2007)は Holbrook & Schindlerの言葉を用いて、人が、若かったとき(成

人期初期、青年期、幼少期、さらには生まれる前までも)、今よりその当時に世間で広く

受け入れられていた人やモノや場所などに対するポジティブな感情。つまり、「過去に思

いを馳せるときに生じる肯定的感情経験全般」であると述べている(堀内 2007,p.(3)196)。

つまり、その対象や過程に関係なく日常のあらゆる場面において、過去に対して思いを巡

らせさえすれば、有形であれ無形であれ、何でもノスタルジアが存在していることになっ

てしまう。また、このように広義な上に、ノスタルジアを喚起する要素が存在するかどう

かの判断基準の不確実性や、個人の来歴や心境の差異が大きく関わってくることから、少

なくとも現時点では、ノスタルジアという実態を完全にとらえる事は難しいように思える。

2.1ノスタルジア消費研究の位置づけ

これまで意味を理解してきたノスタルジアは、消費者行動論の中ではノスタルジア消費

研究として知られている。ここではより理解を深めていくために、ノスタルジア消費研究

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が、その大枠の消費経験論からどのように研究がなされてきたかに触れていく。堀内(2001)

はノスタルジア消費研究を、消費経験論を中心に据えて下図のような位置づけをしている

(堀内 2001,p.21)。

図.消費経験論における従来の快楽的消費研究の位置づけ(堀内 2001,p.21)

消費経験論とは堀内(2001)によれば消費者行動を研究する際に、財の購買過程よりも

使用過程を重視する立場であるとされている(堀内 2001,p.9)。ここでの「使用」は堀内

(2001)が指した「使う、利用する、維持する、所有する、活動に参加する、着る、飲む、

食べるなど消費する全般」を意味している(堀内 2001,p.21)。また、水越(未公刊)は消

費経験論がその発展過程で、社会学や文化人類学の地検を取り入れようとしてきた研究を

うけた Belk の「モノを所有することは、過去を所有することを意味する」という主張を示

し、消費経験論の立場での消費行為と過去との関連性の研究がノスタルジア消費研究の先

駆けとなっているとしている(水越 p.1)。

消費経験論から分化した快楽消費研究とは消費者行動を通じて得られる快楽を研究する

研究である(堀内2001,p.23)。堀内(2001)は自らの図に沿って、快楽消費研究をさらに、

芸術鑑賞や遊び遊びによって経験される楽しさや美しさに関する芸術消費と遊びの研究と、

快楽を、消費者が経験するさまざまな感情経験の一種としてとらえ、感情全般について検

討する感情研究としての快楽消費研究に分類し、後者からノスタルジア消費研究が派生し

たとしている(堀内2001,p.23)。なお、これらの分類はそれぞれが対や反対となる研究と

いう訳ではなく、消費経験論をある側面からとらえていった場合にこのように分類されて

いると考えられる。

このような背景の研究があるとすれば、ノスタルジア消費研究は消費者行動におけるさ

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まざまな「使用」の過程で獲得される、消費者の感情経験としての多様な快楽の中の一つ

に関する研究であると言える。堀内(2001)が桑原たちの「幸せ」についての調査で、「幸

せ」の一形態として「ノスタルジア」が見出されたことを例にあげている(堀内2001,p.23)

ように、快楽や幸せというような消費者にとってポジティブな感情経験の中にノスタルジ

ア消費研究の対象が存在している(堀内2001,p.23)。

2.2ノスタルジアの分類

ここまではノスタルジアの定義など、その存在自体について触れてきた。本章では水越

(2006)の研究を中心に取り上げ、よりミクロな視点で、ノスタルジアの「中身」や「要

素」とも言える部分についての研究を理解していく。

水越(2006)ではDavisが、ノスタルジアが以下の3つの上昇順位によってできているこ

とを示している。

①素朴なノスタルジア―3つの順位の中でもっとも単純な状態のノスタルジアで、十分な吟

味をせずに、ある過去を美化し、現在を非難する主観的な状態。

②内省的ノスタルジア―ノスタルジックな主張をそのまま鵜呑みにすることなく、それは

本当だったのだろうかと自身に問う状態。

③解釈されたノスタルジア―ノスタルジアを対象化し、分析した状態。なぜ私はノスタル

ジアを感じるのだろうか、と自身に問い、その理由を求め合理的な解釈を与えようとする。

上記の3つの状態は、個人がある事象にたいして、①より②、②より③の方がノスタル

ジックな主張への解釈や判断が高度化している。しかし、複雑で合理的な解釈が、単純な

形のノスタルジアに対して優位性を持っている、あるいはその逆にしても、直感派と理論

派に明確な優劣がつかないのと同じように、この3つには優劣関係は存在していないと考

えられる。これらの上昇順位の階層性に関しては水越も、Davis自身も確かなものであると

いう主張をしておらず、同じ事象でもその個人によって解釈の程度が異なるという、単純

な分類としての考え方のほうが理解しやすい(水越2006.p.21)(Davis1979.訳p.p.42-43)。

ノスタルジアの分類はDavisによる3分類から拡張していく。

水越(2006)がDavisの分類について述べているのは、そのどれもが直接体験によっての

み導かれるという共通点を持っている点である。水越(2006)は、ノスタルジアが直接体

験でしか導かれなければ、全く存在していなかった人物や場面、出来事には、どんなに思

惟しようとノスタルジアが生じる事はないとDavisの分類に指摘しており、Davisの分類は

一部分にのみ適応していると考えられる(水越2006.p.22)。それと同時に水越は同文献で、

直接体験でないものから導かれる、生まれる以前(before born)へのノスタルジアが存在

するという見解によってDavisの分類を補完している。

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水越(2006)は、Sternが提示した④歴史的ノスタルジアという分類をあげている。歴史

的ノスタルジアとは、Davisが指摘した直接体験からくるノスタルジアを⑤個人的ノスタル

ジアと呼ぶのに対する、消費者が生まれる以前におけるノスタルジアのことである。ここ

での「歴史」は、世間で何か大きな出来事があった際に「歴史を目撃した」などという場

合の歴史は含まれていない。なお、水越(2006)では後述する「直接体験」かつ「集団的

体験」のノスタルジアについて「文化的ノスタルジア」という言葉を使っている。水越(2006)

はSternの主張を用いてDavisが想定しなかった歴史的ノスタルジアは、主にメディアの発

達によって消費者が過去の事象に対してもうまく想像を出来るようになったことでその存

在を理解できるとしている(水越2006,p.22)。

生まれる以前まで拡張されたノスタルジアの概念は水越(2006)によれば、

Baker&Kennedyによって⑥真のノスタルジアと⑦偽装されたノスタルジア、そして⑧集団

的なノスタルジアという新たな分類を与えられたとされている(水越2006,p.22)。真のノス

タルジアとは個人が直接体験した者へのノスタルジアを意味し、これに対して偽装された

ノスタルジアとは、個人が直接体験していないものへのノスタルジアを意味している。集

団的ノスタルジアは文化の表象や世代、国家といったものなど、集団で体験したものへの

ノスタルジアを意味していると定義されているとある(水越2006,p.22)。

さらにここでは、プロダクト・ノスタルジアとライフ・ノスタルジアについても紹介す

る。水越(未公刊)の中ではプロダクト・ノスタルジアとは「特定の製品に対するノスタ

ルジアであり、今の製品よりも昔の製品を懐かしむ傾向を見せる。」もので、ライフ・ノス

タルジアとは「一般の生活に対するノスタルジアを意味し、現代という時代や、ビジネス

といったものが、昔に比べてどうであったのかということに対して反応を示す。」であるこ

とが述べられている(水越 p.2)。この2つのノスタルジアは、水越(2006)が示したカテゴ

リの図中では素朴なノスタルジア、内省的ノスタルジア、解釈されたノスタルジアと同様

に、それぞれのカテゴリにおけるレベルとして位置付けることができると考えられる(水越

2006,p.22)。

前述したノスタルジアの分類は、Davisの分類を一分類におけるレベルの分類として考え

ると、個人の体験の有無を区分基準とした個人的ノスタルジア、真のノスタルジア―歴史

的ノスタルジア、偽装されたノスタルジアと、主体を区分基準とした個人的ノスタルジア

―集団的なノスタルジアという関係性になっている。水越(2006)はこの関係性を「直接

体験―非直接体験」と「個人―集団」という言葉を使うとともに、この2つを軸としたカテ

ゴリの存在をHavlena&Holak(1996)や桑原(1999)の研究を紹介しながら示している(水

越2006,p.22)。そして、この2軸によるカテゴリの存在から、「ノスタルジアが確固たる記憶

を必要としない可能性」、「ノスタルジアとは現在の時点においても作られうる」、「記憶の

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所在は個人の頭の中である必要はなく、集団的な記憶においてもノスタルジアは生じる」

ということを示し、ノスタルジアのビジネスにおける可能性を言及している(水越

2006,p.p.22-23)。

2.3.ノスタルジアの中身に関する研究

ノスタルジアに関する研究において、その定義や分類とは別に、ノスタルジアの構造や

要素についての研究がある。定義の部分でも述べたように、ノスタルジアの捉え方は個人

の来歴や心境によって大きく異なってくる。その意味でここでノスタルジア尺度について

少し触れておく。水越(2006)によればノスタルジア尺度は、心理学の視点からノスタルジア

が含まれた対象から受ける刺激の個人間の差異や性向を表すためにHolbrookらによって尺

度の開発が進められてきたものだ(水越2006,pp.23-24)。ノスタルジア尺度は個人の各項目

に対する同意度を9点尺度で測定する、10の逆転項目を含む20項目で構成されており、これ

らの項目で点数がより高い人のほうが、ノスタルジックな事象に対してより強く反応する、

あるいはよりポジティブな反応をするといえる。前述した各分類や後述する各要素につい

て、このような個人差があるということを考慮に入れてから、以下の理解を進めていく。

川口ら(2011)によれば、「ノスタルジア感情そのものが生じる心理的メカニズムについ

ては、ほとんど研究されてこなかった。」としながらもその特徴についてWildschut et al.

から、ノスタルジックな事象に対する感情はどちらかと言えばネガティブな心理状態の時

に生じやすいことや、ノスタルジア感情を感じた状態はポジティブな心理状態であること、

恐らく前述したどのノスタルジアカテゴリであっても過去の自伝的記憶を伴うことが多い

こと(川口らの年代の違う音楽に対する反応の違いに関する調査では、年代の古い刺激の

ほうが自伝的記憶を想起しやすい刺激に対する反応は早いことが明らかになっている。)、

日常で頻繁に生じる感情であることを紹介している(川口・佐藤・伊藤・波多野・大塚

2011,p134)。また、川口ら(2011)ではノスタルジアを感じている状態にはPTSD(心的外

傷後ストレス障害)などの心理的危機に対する回復力と関係があることもZhou et al.の研究

によって示している(川口・佐藤・伊藤・波多野・大塚2011,p134)。ノスタルジア尺度から

明らかになる個人の性向は、こうした心理状態やノスタルジア感情を引き起こした反応に

付随する反応とも関連があると思われる。

さらに、ノスタルジア感情が引き起こされる仕組みについてノスタルジアを消費者に与

えることに寄与してきた広告に関する研究では、楠見ら(2009)がノスタルジア感情を高める

要因が何かを明らかにする際に、懐かしさに対する反応の傾向を年齢や性別で区分して調

査し、その構造方程式モデリング(プロセス間の因果関係や影響を表す方法)の結果を考

察し、下図のような「過去のある時期における情報への接触頻度の高さと、接触時期から

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現在までの長い時間経過」「過去における広告、商品、音楽などの頻繁な接触があり、その

後、全く接触がない長い空白期間、そして、現在において、過去に接触したものと同じま

たは類似したものが再び接触すること」という文で、ノスタルジア感情を引き起こす条件

の仮説モデルを示している(楠見・松田・杉森2009,pp.144-145)。楠見らによれば、ノス

タルジア感情からくる購買への直接的な影響を及ぼすのは記憶と商品に対する態度(印象)

で、この2つの程度を決めるのが広告に組み込まれたノスタルジアの要素である(楠見・松

田・杉森2009,p.144)。そして、要素に対する反応傾向について接触が頻繁に行われていた

ほど、そして、その後接触していなかった期間が長いほど、強く反応するという結果が得

られたため下図のモデルを主張していると解釈できる。なお、この広告に関する調査は前

述のカテゴリで言えば直接体験を前提とするため、生まれる前の過去に対するノスタルジ

アについても同じことが言えるかは明らかではない。

その他の傾向や性向は、楠見ら(2010)によって研究がおこなわれている(ここでは、

その論文の研究成果の概要を日本語で示した部分も参考にしていく)。この論文では主にテ

レビCMに関して、ノスタルジアを感じさせる刺激に対する男女間の傾向の差、加齢による

傾向の変化を調査している。15歳から65歳を対象としたアンケート調査によって、昔を懐

かしむ傾向は加齢とともに高くなっていくことが示された。また、その傾向は男性のほう

が強く、後述するCMにおけるノスタルジアの要素毎に見ても影響力の大きい要素順に音楽、

風景、ストーリー、登場人物、商品名、商品内容となるが、全要素において男性のほうが

強い影響を受けることが示されている。また、下図のモデルに沿い、ある過去に頻繁な接

触とその後の長い空白期間のある曲を使ったCMによるなつかしさの喚起は、30代から50

代にかけてその傾向が上昇することも明らかになっている(楠見・松田・杉森

2010,p.p.155-158)。労働人口の中心で、ストレスも一番溜まりやすいであろう30-50代は、

今の世の中を否定的にとらえ、古き住き時代を肯定的にとらえる傾向が強いのではないだ

ろうか。

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図.ノスタルジア広告の効果モデル(楠見、松田、杉森 2008)

次に、ノスタルジアの対象についての研究に触れていく。水越(未公刊)のノスタルジ

ア尺度の開発研究について書かれている部分にHolak&Havlenaによればノスタルジアの

対象は人、モノ、イベントに分けられるという記述がある(水越 p.2)。また、楠見ら(2010)

のCMに関する調査では、CMの要素を登場人物、ストーリー、音楽、風景、商品名、商品

内容、性能としており、ノスタルジアの対象を大別すれば恐らくこのような分類がなされ

るはずだ(楠見・松田・杉森2010,p.154)。さらに細かいレベルで、ノスタルジアはどのよ

うな対象から喚起されるのか。また、それにはどのような規則性や傾向があるのか。これ

について、楠見ら(2010)のアンケートを基に行った調査結果を参考にする。先の傾向に

関する調査と同論文で楠見ら(2010)は、大学生451人に対して懐かしさを感じる光景、歌、

出来事、CMについて自由記述で挙げてもらい、出現したキーワードを樹形図で表した。ノ

スタルジックな風景については669、ノスタルジックなevent(過去に経験した人、コト、

モノ)については452のアイデアが挙げられ、以下のような樹形図となった(楠見ら

2010,p.p.152-153)。

図. なつかしさを感じる出来事の自由記述におけるキーワードのクラスター分析(①は風景、

②は event について)(楠見・松田・杉森 2010)

大学生に対する調査であるためかもしれないが、幼稚園から高校時代にかけての事象が

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多くみられ、大学生としての生活以前を連想させるキーワードが多い印象を受ける。「部活

動」や「通学路」など、過去に頻繁に接触であろう風景や出来事も多く挙げられている一

方で、「卒業式」や「修学旅行」など、過去において数度しか経験していない事でも同様に

多く挙げられていることから、接触回数と同時にその事象に対する記憶や感情の大きさも

ノスタルジア感情に影響を与えていることが見受けられる。また、幼少期や青年期の生活

環境はわからないものの、「農場」「駄菓子屋」「山」「川」のように、恐らく現代の大学生

が過去にその場を経験したことの少ないであろう事象に関しても挙げられていることから、

偽装されたノスタルジアが存在していることの実証的な確認ができる。このような言わば

一般的なノスタルジアの対象に加えて、水越(2006)がHirsch(1992)の研究を例示した

「1930年代以降に生まれた人々には食べ物やプラスッティックのにおい」のような世代特

有のもの、さらには個人特有のものも入れると、この樹形図は見えない枝葉の部分が無数

に存在していると考えられる。

これまで述べてきた事をふまえると、ノスタルジアには時間や解釈などを基準としたカ

テゴリやレベルが存在している。そして、ノスタルジア感情を喚起する対象はさまざまで

あり、さらに同じ対象でも個人によってその捉え方は大きく異なるということがわかる。

ノスタルジア消費研究はこのように多様な形をもつ懐かしさというものを理論づけたり、

実体を捉えたりしようとする点で、断定的な主張をする事は難しいのかもしれない。しか

しその一方で、どのような対象からどのような事を想起し、そこからどのような反応をす

るかが個人間で全く異なる点や、楠見らの図にある懐かしさの要素は複合的に用いる事が

できる点で、ノスタルジア消費研究は以下で述べるマーケティングをはじめ、幅広い分野

に利用できる可能性を秘めている。

2.4.企業活動におけるノスタルジアのメリット

これまで述べてきたノスタルジア消費研究は、近年では商品をより多く売り、ブランド

イメージを高めるためのマーケティング手法として一般消費財にも適応されている。水越

(2006)は企業がノスタルジアをマーケティングなどに取り入れることの意義を、ノスタ

ルジアが消費者にとって商品やブランドを受け入れやすくする効果がある意味で、マーケ

ティング方法が明確化すること、そして、「過去」を用いることができることによるメリッ

トがあるとしている(水越2006,p.p.27-28)。過去の資産があり、そのイメージや受け入れ

られ方がある程度予測もできるはずであるため、一から新しいソースを生み出そうと考慮

する必要がなく、投資の面でも新技術を開発したり、全く新しいブランドを浸透させたり

するコストははるかに少なくなる。これらのメリットが、企業が「レトロマーケティング」

とも呼ばれる懐かしさを感じさせる手法を積極的に用いる理由となっているのだろう。

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懐かしさが企業にとって資産となっている例に、ビックリマンチョコがある。ビックリ

マンチョコは 1985年にロッテから発売されており(シリーズは 1977年のどっきりシール

から発売されていた)1袋にシール 1枚とウエハースチョコレート 1枚が入ったこの商品シ

リーズの 10代目「悪魔 VS天使シール」は当時、菓子を捨ててシールだけを集めることや、

シールを子供たちが高額で取引することが問題になるほど大人気となったが、アニメなど

のメディア展開をしながらもその人気は徐々に落ちていった。そのビックリマンチョコは、

悪魔と天使がタイトルにある商品だけでも1991年を最初に、特に2000年代になって以降、

何度にもわたってリメイクされており、ロッテの企業 HPによれば 2012年に同シリーズの

更なる展開を行う事が書かれている(ロッテ HP)。商品企画や販売戦略など、一般的にモ

ノを売るために企業がゼロから練り上げることに大きなコストをかけていない悪魔 VS天

使シールだが、発売するたびに膨大な種類のシールをすべて集めたり、レアシールをオー

クションで、しかも何万という値段で売買したりする人が多くいる。また、リメイクされ

たシリーズの消費で 1985年と大きく異なるのは、箱ごと買っていく「大人買い」をする人

が多く見られるという点だろう。同シリーズは 2010年にも発売されているがその時は大人

買いによって簡単に全種類集めてしまうために短い販売期間で終わってしまったほどだっ

た(ロッテ HP)。1985年のシリーズを駄菓子屋などで買って集めていた子供が大人となっ

た現代でも同シリーズが発売されるたびに、収集の度合いは人それぞれではあるが、消費

に至るのは、その商品に対してシールを集めていた思い出、さらにはその当時の様々な記

憶や情景を連想し懐かしさを感じているからであると考えられる。そして、そのようなノ

スタルジア感情を引き起こす事のできる商品やブランドなどの資産を持つ事は結果的に、

時代を経ても消費者とつながっていることを可能にするのではないだろうか。

上記のように、ノスタルジアを利用することは企業にとってのメリットが大きいと言え

るが、その手法は商品や、ノスタルジアを引き起こす対象について、企業がそれを明確に

意図して行っているかどうかは定かではない。例えば、KIRINのキリンチューハイ氷結の

CMでは女優の深田恭子が松田聖子の「青い珊瑚礁」を歌っていた。氷結のターゲットは主

に若い女性であり、起用した女優もターゲット層に合っている上、氷結の商品そのものは

ノスタルジアを想起するモノではないように思える(KIRIN HP)。懐かしさを入れ込んだ

という「証拠」はないが、ノスタルジア消費研究の視点でみると、川口ら(2011)の調査

でCMの懐かしさを最も高める要素とされているBGMに、1980年にリリースされ人気を博

した曲をカバーすることで商品イメージに変化を与え、新たな層の消費者に懐かしさや親

しみを覚えさせることができているのではないだろうか。同商品ブランドは続くCMシリー

ズのキャラクターにPerfumeを起用している。Perfumeはここ数年で全国的な知名度を得た

グループであるが、彼女たちの曲は70年代末から人気となったテクノポップのジャンルに

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あることから前CMシリーズと同様の効果があると考えられる。

このように、企業が意図しているかどうかは別として、ノスタルジア感情が消費者に起

こり、そこから消費に結びつく可能性があることもノスタルジア消費研究が注目されてい

く一因になるのではないだろうか。

3.リサーチクエスチョン

ここまで、ノスタルジアに関する先行研究の理解から、その起源や定義や分類、要素な

どについて触れてきた。そして近年ではノスタルジアは学問の領域から飛び出し、私たち

の身近にある消費材をより多く売ったりそのイメージを向上させたりすることに用いられ

るようになっている事についても述べ、そこでは、ノスタルジア感情を喚起するものは企

画のコストやヒットするかどうかのリスクなどの面において、企業にとって大きなメリッ

トがある事がわかった。

前述した通り、ノスタルジアを感じさせる対象や要素はいくらでも考えられる上に組み合

わせ方も多様にあるため、斬新なマーケティング手法を確立するより、ノスタルジアを利

用した手法の方がハードルが高くなく、しかも信頼できる。そんな中の、レトロブームと

言われるような懐かしさを想起させる商品や宣伝手法が積極的に世の中に送り出され、消

費者側もそれらに対して良いイメージを持ち、それらを欲している雰囲気のある現代で、

企業がノスタルジアを用いる理由は十分あるように思える。しかし、あらゆるものに対し

て安易に「ノスタルジアを感じさせれば上手くいく」と言えるのだろうか。

もし、消費者にどれほど懐かしさを感じさせるかが商品のヒットの程度に影響するので

あれば、ノスタルジアの性向に関する部分で示した、楠見ら(2009)のノスタルジアを感

じる仮説モデルにある「過去における広告、商品、音楽などの頻繁な接触があり、その後、

全く接触がない長い空白期間、そして、現在において、過去に接触したものと同じまたは

類似したものが再び接触すること」に当てはめて最も強い反応を示すのは恐らく、発売当

初のままの、何も刷新したところのない商品という事になってしまう(楠見・松田・杉森

2009,p.144)。しかし実際は、昔の人気を博した商品をそのまま発売しても、当時と同様に

ヒットする事は難しいだろう。水越(2006)はノスタルジアを想起する商品について「その商

品がいかに古いものであるかをアピールすることになる」と言っているが、これは決して

古いものを使えば良いといっている訳ではない(水越2006,pp.27-28)。懐かしい商品に何

の手も加えずに出すのであれば、既に何らかの理由で市場を追いやられた商品を再び出す

だけになってしまい、多くの人の興味を引くことはできても消費行動を引き起こすことが

できるほど現代の市場は単純ではない。今ブームとなっている「復刻版」もただ出し続け

ていればそのうち消費者の反応は薄くなっていくだろう。先に紹介したビックリマンチョ

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コは、明確な数字はないものの、販売回数を重ねるごとにその販売個数は減少していると

いう(ロッテHP)。発売の間隔も影響しているかもしれないが、やはり商品の基本構成を

当初のままで売っていくと、このように過去の資産を超えることは不可能なのではないだ

ろうか。

ここでは、過去に人気を博した商品やブランドを持つ企業のそれらを活用した戦略につ

いて、ノスタルジア感情を喚起する商品やマーケティング手法には過去の資産の懐かしさ

を訴えると同時に、現代の消費者に受け入れられるように手を加えた点、「新しさ」や「変

化」も必要なのではないかと考える。その点で過去の商品やブランドの力に頼るだけでは

なく、各企業がノスタルジアを用いた手法をどのように理解し、実践するかが重要になっ

てくる。以下の事例を参考に、企業がノスタルジアを活用しながらも新しい変化を加えて

ヒット商品を生み出していく際に重視するべき点は何であるかを見ていきたい。

4.事例分析

ダイドードリンコの復刻堂シリーズについて、どのような戦略を展開しているのか取り

上げていく。「復刻堂」は清涼飲料水メーカーのダイドードリンコによって発売されている

昭和をテーマとした商品シリーズのブランド名である。同社のHPには復刻堂シリーズにつ

いてこのような記述がある。

「 「復刻堂」シリーズは、レトロブームを商品コンセプトに取り入れ、“飲料を飲むこと

がちょっとした贅沢であった時代”のテイストをオリジナル性の高いパッケージと、飲料

自体のクオリティの高さで再現した弊社の主力ブランドです。“時代・世代を超えて楽しめ

るおいしさ”をキーワードに商品開発を行っており(以下省略)

『DyDo Release No.700』 2010年 9月 14日」

競争が激しい清涼飲料水市場において、復刻堂シリーズは懐かしさを押し出す事で他商

品や他社との差別化を図ろうとしていることが分かる。しかし、単に復刻版を発売するだ

けでは元となった商品の力に頼るしかないが、レトロブームの中では他社も復刻版商品を

多数発売している。最近では、日本コカ・コーラの「メローイエロー」や「スプライト」、

サントリーフーズの「はちみつレモン」などがそれにあたる。この中でシリーズ化される

ほど長期間消費者の人気を得続けるために具体的にどのようにして懐かしさを作り上げた

のだろうか。

4.1.商品企画

復刻堂シリーズの商品はその性格を大きく3つに分類することができそうである。①過去の

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ある時代に一般的だった飲み物をイメージした商品②他社が販売していた商品、ブランド

とのコラボレーション商品③ヒーローキャラクターをモチーフにした商品である。

① 過去のある時代に一般的だった飲み物をイメージした商品

まず前提として、この分類の商品が他の復刻版の商品と異なる点がある。それは、自社

が持っていた既存の商品をリメイクしたものではないという点だ。先に紹介したメローイ

エローはコカ・コーラ社が過去に販売し、人気を博した商品であり、2011年に発売された

同商品の復刻版は当時のブランドや商品イメージなどの資産を自社で使用している。一方、

以下で紹介する復刻堂シリーズの商品は、もちろんかつて販売していたものをリバイバル

した商品も含まれているが、かつてダイドードリンコが販売していたブランドや商品名を

そのまま使用しているものはあまり見られない。たとえば「復刻堂 コーヒー」は、昭和の

銭湯でごくあたりまえに置かれていたコーヒー牛乳をモチーフにしている(復刻堂 HP)。コ

ーヒー牛乳自体は同社が築き上げたものではなく、地域レベルから普及しその時代の定番

となったものであり、ノスタルジアの分類では文化的ノスタルジアに分けられる要素であ

る。企業がノスタルジアを用いる際に、誰のものでもない文化や習慣、歴史などを自社の

ものとして取り込むことが出来るメリットもあると考えられ、初期の復刻堂シリーズは現

代の中高年層が子供の頃飲みたがっていた飲み物に注目して商品を企画している。

復刻堂シリーズは2004年から販売が開始されている(ダイドードリンコHP)。第一弾はそ

れぞれ復刻堂という言葉を頭に冠し、イチゴオレ、乳酸系飲料、コーヒー、フルーツオレ、

メロンクリームソーダの5種類となっており、商品の説明には「昭和30年代のレトロなテイ

スト」や「子どもの頃に飲んだ懐かしい味」と、味覚から昭和を連想させるような味であ

ることが書かれている(復刻堂HP)。また、実際の商品の容器は缶やペットボトルなのだが、

そのデザインはガラス瓶の容器にシンプルなマーク、そしてふたの部分はカラービニール

で覆われているように見える。これは、駄菓子屋や銭湯に置かれていた瓶のコーヒー牛乳

やフルーツ牛乳を強く連想させるものである。なぜ実際の瓶ではなくペットボトルや缶を

使用しているのかは、恐らく販売方法が影響している。ダイドードリンコのIR情報によれ

ば同社の飲料販売はその約9割が自動販売機によって生まれている(業界全体の売り上げ比

率の平均は約4割程度)(ダイドードリンコHP)。自動販売機での販売が主力であるため、理

由の一つとして、破損しないようにペットボトルや缶を選択したことが考えられる(後に

瓶容器の商品も販売されている)。

「子供のころに飲んだコーヒー牛乳の懐かしい味わいを再現した乳飲料「復刻堂 コーヒ

ー」。(中略)

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飲料を飲むことがちょっとしたぜいたくであったころの味を再現。中高年層には懐かし

さを、若者層には新鮮さを与える狙い。

飲みやすい広口ボトル缶を採用。ボトル全体を牛乳瓶のイメージに仕上げ、コーヒー牛

乳のもつレトロ感を出した。

『日経流通新聞 』 2004/11/17 11ページ 」

「中高年には懐かしく、若い世代には目新しい“昭和レトロ”を再現した飲料「復刻堂 メ

ロンサイダー」。

昭和30年代の喫茶店やデパートのレストランなどで飲まれていた、サイダーにかき氷

のメロンシロップを加えて仕上げたようなメロンサイダーの味わいを再現。さわやかなの

どごしは、子供から大人まで楽しめる。

パッケージは紙ラベルをイメージしたデザイン。

『 日経流通新聞 』2005/08/05 16ページ」

このように復刻同シリーズの第一弾商品は中高年層に対して駄菓子屋や銭湯、デパートの

レストランなど、子供のころに慣れ親しみ、かつ楽しみにして飲んでいた記憶をデザイン

によって喚起し味によって再びノスタルジア感情を呼び起こしている。

この分類の商品は2005年の第二弾以降も数多く発売されており、「復刻堂 ミルクセーキ」

や「復刻堂 アーモンドドリンク」など、現代ではあまり見慣れない懐かしい味の種類も豊

富になったが、その中には味の選定だけでなく細部に至るまで懐かしさを醸し出すための

こだわりが表れている(復刻堂HP)。例えば「復刻堂 オレンヂサイダー」は日経流通新聞

で、紙ラベルをイメージしたパッケージに「ジ」ではなく「ヂ」を使った表記がされてお

り、液色も粉ジュースの色あいに近いオレンジ色になっているという説明がされている

(2005/12/14 15ページ)。ミルクセーキの缶に独特の凹凸のある縦長のブリキ缶を彷彿と

させるデザインを採用したり缶コーヒーの商品名に当時の街の風景によくあった純喫茶と

そこにおかれていたサイフォンを使い「復刻堂 純喫茶サイフォン式」にしたりするなど、

字句や色、形の随所にノスタルジアの要素を入れ込み、そのどれもが良い意味で古くさく、

懐かしく感じられる(復刻堂HP)。また、各商品の説明には、「子供の頃に水道水で薄めて飲

んだ“ちょっぴり濃い目の乳性サワーの味わい”」や「大人の真似して飲んだシャンペン風

の炭酸飲料の味わい」というように、当時の子供たちが経験したであろう具体的なシーン

をイメージして作られている商品も多くある(復刻堂HP)。これらの説明は、楠見ら(2010)

が示したCMにおけるノスタルジア感情を引き起こす要素であるストーリーやシーン、さら

にはその時の子供の気持ちにまで具体性を与えており、読んだ人により明確な過去の記憶

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を引き出させることでノスタルジア感情を高める効果がある。

これらの商品の説明によく見られる表現が「昭和レトロのテイストを現代風にアレンジ

した」というものである。そこにあるのは現代人の口に合うように作られた懐かしい「風」

の商品で実際に体験した真のノスタルジアではない。しかし、ノスタルジアの分類に優劣

関係が存在していないという先行研究から分かる通り、偽装されたものであっても随所に

ノスタルジアの要素を入れ込み自由に組み合わせることで、消費者の目にはその商品が懐

かしく映り、手に取り口にすることで更に懐かしい思い出に浸ることができるように作ら

れている。

② 他社が販売していた商品、ブランドとのコラボレーション商品

2005年の復刻堂シリーズから販売されているのが、他社が販売していた昔懐かしい商品

や昭和の時代に子供たちが慣れ親しんだブランドと復刻堂のブランドとコラボレーション

させて発売する形の商品である(復刻堂HP)。コラボレーションには、他社が築いた懐か

しさを感じさせる商品やブランドに「復刻堂」というブランドを付加することで改めて懐

かしさを強調し、それらを自動販売機のディスプレイに豊富に並べることで視覚によるノ

スタルジア感情を強く喚起する効果があると考えられ、これまで「復刻堂 リボンシトロン」

「復刻堂 森永ミルクココア」「復刻堂 森永ホットケーキ ミルクセーキ」など多くの商品

が発売されている(復刻堂HP)。この分類の商品は①が過去のシーンやストーリーの一部と

してのモノという、ライフ・ノスタルジアの性格が強いのに対して、特定の製品やブラン

ドのイメージノスタルジア要素の中心となっており、プロダクト・ノスタルジアの性格が

強い。そのため、ノスタルジア感情からくる消費には個人が過去にどれだけその製品やブ

ランドに接し、いかに好意的なイメージを持っているかが重要となるが、ダイドードリン

コが当時の多くの人にとってなじみのあるブランドと協業することができたのは、同シリ

ーズがプレスリリースにある表現の「飲料を飲むことがちょっとした贅沢であった時代」

を懐かしませる味やデザインの細部にこだわることでブランド独自の世界観を構築するこ

とに成功し、消費者のノスタルジア感情を喚起している事が評価されたからだろう(『ダ

イドードリンコプレスリリース』2005/05/17)。

その中で最初のコラボレーション商品である「復刻堂 リボンシトロン」は、明治42年

に誕生し、復刻堂のコンセプトである昭和30年代頃の「リボンジュース」から現在の商品

イメージを築き始め、今日まで愛され続けているサッポロ飲料のロングセラー商品をリメ

イクした商品である(サッポロHP)。リボンシトロンはその透き通った色、当時は今より

も高級だった炭酸の感覚、柑橘系の味が現代の中高年層にとって懐かしく感じると思われ

るが、それ以上にこの商品の代名詞となっているのがマスコットキャラクターの「リボン

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ちゃん」だと言って良い。

商品コンセプトのより強い訴求による世代を越えた“ファミリーブランド”の確立を図る

ため、企業間を横断するバリエーション展開を企画。サッポロ飲料とのコラボレーション

により、明治42年発売の超ロングセラー商品である「リボンシトロン」を「復刻堂」ブ

ランドにてリメイクし、マスコットキャラクターである「リボンちゃん」も使用すること

で、話題性の喚起を図ります。

「レトロブームが一過性のものではなく、普遍的であるためには、同時代を知る年代には

懐かしさを、初めて接する若者には新鮮さを感じさせる必要があると考えます。「リボン

シトロン」および「リボンちゃん」はこの両面を兼ね備えており、“誰からも愛される「復

刻堂」”シリーズのコンセプトに合致するものとして今回の企画に至りました。

『サッポロ飲料プレスリリース』2005/05/17」

後述する「ウルトラマン」やノスタルジアの要素にある「セーラームーン」のように、子

供にとってキャラクターはその時代の中で印象的なものであるため、それらに対するノス

タルジア感情も強く表れるはずだ。昭和30年代ようやく各家庭に普及し始めたテレビで見

るリボンちゃんの動画広告は、その製品とともに当時の記憶に強く結び付いているはずだ。

日経産業新聞によれば、現在サッポロ飲料が販売しているリボンシトロンにはリボンちゃ

んは描かれていないが、ダイドードリンコは復刻堂シリーズの中でパッケージデザインに

復活させ、サッポロ飲料はキャラクターの使用料を取っていないという(『日経産業新聞』

2005/05/23 17ページ)。懐かしさと同時に若い世代に新鮮さを与えて“誰からも愛される

「復刻堂」”シリーズのコンセプトに合う「当時愛されていたリボンシトロン」を印象付

けるためには、大きなリボンが特徴的なシンプルな線で描かれた女の子のキャラクターは

大切な要素であったと考えられる(リボンちゃんHP)。

また、他社の現在の主力ブランドとの協業商品も発売されている。日経産業新聞では「復

刻堂 三ツ矢サイダー」は1884年の誕生から120年以上たった現在もアサヒ飲料の基幹ブラ

ンドである「三ツ矢サイダー」を復刻堂ブランドでリメイクした商品で、飲料業界で同業

他社の、とりわけ主力ブランドを活用した商品は珍しいとされているが、復刻堂シリーズ

のコンセプトの明確さがこのような協業につながっていると考えられる(『日経産業新聞』

2007/05/11 17ページ)。今日まで親しまれている味はそのままに、パッケージは1970年代

に発売されていた瓶の容器をイメージした淡い水色のラベルに大きく矢羽根のマークがデ

ザインされており、「夏休み」「山」「川」「青空」の情景や記憶がうかびそうな、懐かしく

も爽やかな印象である(復刻堂HP)。三ツ矢サイダーの復刻堂シリーズは2度発売されてお

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り、2010年発売の商品には昭和30年代のCMやポスターに登場した3人のキャラクターがラ

ベルに描かれており、より過去の記憶を導き出しやすいデザインとなっている(復刻堂HP)。

この分類では「復刻堂 森永ミルクキャラメルセーキ」や「復刻堂 森永ホットケーキ ミ

ルクセーキ」といった、オリジナルが飲料ではないブランドとの協業商品も存在する。し

かし元の商品である「森永ミルクキャラメル」も「森永ホットケーキミックス」も、現代

の中高年層の子ども時代から駄菓子屋で買ったり過程で親が作ってくれたりして愛され続

けている商品であり、それらのブランドイメージを活用した企画商品は郷愁感情を誘うと

同時に、一目見たら興味をひかれるような斬新さも併せ持っているといえる(復刻堂HP)。

③ ヒーローキャラクターをモチーフにした商品

上記2つの分類の商品はどちらも過去に飲まれていた、あるいは食べられていたモデルと

なる商品が存在し、復刻堂の商品を通してターゲットである中高年層に対して視覚、触覚、

味覚からモデルとなった商品に関連するノスタルジア感情を引き起こしていた。それらに

対して「ヒーローズ缶」と呼ばれるこの分類は味や懐かしのブランドではなく、昭和の時

代に子供たちから大人気だったヒーローを前面に押し出している。

その第一弾が円谷プロダクションとの協業で2009年に発売された「復刻堂 ウルトラサイ

ダー」だ(『日経流通新聞』2009/01/28 15ページ)。味についての商品説明は「シュワッチ!

と弾ける昔懐かしいラムネ風味の味わい」とあるが、ラムネにも多少のノスタルジア要素

はあると考えられるものの、同商品の強みは味の懐かしさではなくそのパッケージにある

(復刻堂HP)。缶の表面には当時の子供のみならず誰もが知っているヒーロー「ウルトラ

マン」のボディスーツをイメージした柄に当時のアニメのタイトルロゴと同じ字体で商品

名が描かれており、これを見た全員がすぐにウルトラマンを連想できるほど特徴的なデザ

インとなっている。ヒーローズ缶は現在、復刻堂シリーズのコンセプトを最も特徴的に打

ち出す商品になっており、これまで「復刻堂 ウルトラエール」や石森プロと東映と協力し、

「仮面ライダーシリーズ」のコラボレート商品「復刻堂 仮面サイダー」や「秘密戦隊ゴレ

ンジャー」をモチーフにした「復刻堂 秘密炭酸 ゴレンジャー」などが発売されている(復

刻堂HP)。

現在当時の子供たちにとってあこがれの存在だったアニメや漫画のヒーローは、その姿

を食い入るように見つめたり友達とヒーローごっこをして遊んだりさせる程魅力があり、

何より子供たちに勇気をくれた存在である。勝手な解釈ではあるものの、ウルトラマンや

仮面ライダー、戦隊シリーズは大衆のヒーローであり文化的なものであるが、子供たち一

人ひとりにとっては「自分にとってのヒーロー」という非常に個人的で幼少期の多くの時

間を共有した存在でもあるのではないだろうか。そんなヒーローは、ノスタルジアの要素

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としてそれ自体のノスタルジアはもちろん、ヒーローという象徴を介して大人になった現

在の「自分」をその時代の社会的な事象から身近な風景、物、日々の印象的な出来事に至

るまで過去の様々な懐かしい情景や体験と結び付けており、ノスタルジア消費を促す大き

な要因となるのではないだろうか。また、昭和を彩ったヒーロー達は若い世代にとっては

生まれる以前の古き住き時代と自分たちをより接近させる象徴であり、古き住き時代をよ

り希望に満ち溢れていた時代へ昇華させる存在でもあるといえる。ヒーローズ缶の裏面に

は表面に描かれたキャラクターと関連キャラクターの紹介やストーリー紹介、なぞなぞや

こぼれ話が書かれており、幅広い世代が懐かしい時代のヒーローをより細やかにイメージ

し、作り手の狙いである「子供の頃に仮面ライダーに夢中になった親、その時の話を興味

深く聞く子供、一緒に盛り上がりながら本商品を飲む」ための工夫がなされている(『日

経速報ニュースアーカイブ』2011/02/09)。

ヒーローズ缶は1つの商品で多種類のパッケージデザインがあるものが多い。プレスリリー

スによれば、「復刻堂 秘密炭酸ゴレンジャー」はアカレンジャー、アオレンジャー、キレ

ンジャー、モモレンジャー、ミドレンジャー、5人全員の集合(ゴールド缶)、必殺武器の

ゴレンジャーハリケーン、宿敵である黒十字軍から野球仮面、日輪仮面の合計9種類、「復

刻堂 仮面サイダー」では6タイプの仮面ライダーと3タイプのショッカー幹部の合計9種類

ある(『ダイドードリンコプレスリリース』2011/02/09)。これらの商品は自動販売機専用で

あり、消費者は実際に手に取るまでどのデザインが出てくるかわからないようになってい

るため、日経流通新聞では熱心なファンによる収集目的の購入も見込んでいるとされてお

り、実際にネットオークションで同商品は多数売買されている(『日経流通新聞』2009/01/28

15ページ)。水越(未公刊)ではノスタルジアとモノの所有についての結びつきを主張して

おり、商品に懐かしさを感じている人を中心にコレクションとしての価値も存在している

ことが分かる(水越 p.11)。

4.2.販売チャネル

先にも述べたが、ダイドードリンコは飲料の売り上げの約9割が自動販売機から出されて

いる(ダイドードリンコHP)。設置数でも約28万台と業界有数の多さを誇る自動販売機は

同社にとって重要な「売り場」であり、商品をよりよく見せるために活用できる資産でも

あるが、立地条件や他社など激しい競争がある分野でもある。その中で同社は2006年8月に

復刻堂シリーズの商品も入った自動販売機ブース「復刻堂商店」を高速道路のサービスエ

リア内にオープンさせた(『日経産業新聞』2006/08/29 13ページ)。

「八月最後の日曜日となった二十七日。中国自動車道の加西サービスエリアの駐車スペー

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スから売店に向かうルートを外れた場所に人だかりができていた。「面白いデザインだな」

「記念写真をとっておこうか」。普段なら通り過ぎてしまうはずの家族連れの目を引き付

けたのが復刻堂商店の奇抜な外観だった。

「レトロ調ブランドの雰囲気を反映させた自販機ブースが復刻堂商店。ダイドーが運営す

る自販機を四台並べ、その背後に一昔前の駄菓子店の外観を再現した「建物」を組み合わ

せた。建物の奥行きは約二メートルしかなく、内部に立ち入ることはできないが、正面か

ら見れば駄菓子店の店先に自販機が設置されているように見える。

『日経産業新聞』 2006/08/29 13ページ」

ダイドードリンコが自動販売機の背後に設置したものは駄菓子屋をイメージした、悪く言

えばハリボテである。しかしそれは周りにある普通の自動販売機と比べれば目新しく、そ

して全体の雰囲気は中高年層からすれば、昔利用した懐かしい駄菓子屋を彷彿とさせるも

ので思わず足を止め、つい近づいてじっくりと見たくなってしまうものになっている。ま

た、通常の自動販売機ではノスタルジア要素は商品自体、つまり「モノ」のみでノスタル

ジアを訴えなければならず、ノスタルジア感情を消費につなげる程喚起されない人もいる

かもしれない。そこに「風景」のノスタルジア要素となる懐かしい駄菓子屋を背後の建物

によって再現したことで、消費者が懐かしさを感じさせる商品に触れる全段階であらかじ

めノスタルジア感情を高めることができる。加えて、駄菓子屋という場所で懐かしげな商

品を買う行為は、子供の頃駄菓子屋で同様に飲み物を買ったという「ストーリー」のノス

タルジア要素でもあり、より多く、濃密なノスタルジア感情を抱くことで消費に結びつき

やすくなると考えられる。温かみや懐かしさのある商品コンセプトを売り場全体から複層

的に押し出していくことで、消費者が古き住き時代の世界観に浸ることを促している。

5.考察・まとめ

ダイドードリンコの復刻堂シリーズでの戦略の重点は、徹底して懐かしい「ような」要

素の質にこだわることにあると考えられる。同社が展開する復刻堂シリーズの商品のすべ

ては、過去に慣れ親しんだ容器、色、味そのままの「復刻版」ではなく昔懐かしい「ような」

ものであり、実際にはそこにある商品と過去には一度も接触していない。水越(2006)は

Baker&Kennedy の調査からノスタルジアには本物―偽物の優劣関係があるとしており、

復刻堂の商品のノスタルジアは本物の復刻版には及ばないだろう。しかし同時に水越(2006)

にある通り、日直接体験のノスタルジアは確かに存在しており、過去に経験していない事

象や過去とは異なる事象に対しても人は懐かしさを感じることができる(水越 2006,22)。

復刻堂シリーズの各商品はモチーフとする過去の商品のもっとも特徴的な点、つまり最も

消費者が懐かしい点をいかにアピールするかを追及していると分析できる。「復刻堂 オレ

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ンヂサイダー」では今では目にすることのない粉ジュースの液色にこだわり、「復刻堂 純

喫茶サイフォン式」では当時コーヒーのあるシーンに欠かせなかった純喫茶とサイフォン

の存在を商品名にするという細かい工夫がなされている(復刻堂 HP)。一方でヒーローズ

缶は味や味から連想するシーンは二の次で、とにかく当時子供たちの心をつかんで離さな

かったヒーローたちを強く印象付けることに全力が注がれている。その商品が一番懐かし

く見える要素を、オリジナル以上に前面に押し出しながらその質を高めていくことで、時

に本物より強くノスタルジア感情を引き起こしているのかもしれない。

また、商品を良い意味で一層古臭く見せる環境づくりやストーリーづくりも徹底されて

いる。事例分析で紹介した「復刻堂商店」というモノとしての環境の他にも、ブランドサ

イトにある「復刻堂キネマ」では昭和の街の映画館をイメージしたトップ画面に映画の看

板のような商品説明、当時のヒーローを使ったゲームコンテンツなど随所に趣向が凝らさ

れており、パソコン画面からでも懐かしさを感じて復刻堂の商品とより関わりをもちたく

なる。さらに、2011年11月に発売された「復刻堂 ウルトラエール」の記事にこのように書

かれている。

「また、ダイドードリンコでは、本商品の売上の一部を、円谷プロダクションが展開する、

被災地の子供たちの今と未来を支援する基金“ウルトラマン基金”※へと充てることを決

定しました。この活動によって、未来への希望の光である子供たちに心からエールを贈り、

被災地の子供たちが、元気で笑顔に満ち溢れるよう応援してまいります。

『日経速報ニュースアーカイブ』2011/11/17 17:25」

上記の内容が戦略の一環であると言えるかは分からないものの、この活動は昭和時代の

子供たちに力を与えたヒーローだったウルトラマンや仮面ライダーの姿と重なっており、

商品やブランドを介して現代の人が過去に対して最も欲している「活力」や「希望」を感

じさせられることを印象付けている。

このように、商品やブランドの性格から何が一番ターゲットにとって懐かしく感じられ

るかを考えその点の懐かしさを極めると同時に、売り場や広告など活用できるソース全て

にノスタルジアの要素を組み込むことで、消費者をノスタルジアの世界観で覆ってしまう

ことが企業がノスタルジアを用いる際に重視すべき点であると結論づけ、リサーチクエス

チョンの答えとする。

先行研究の部分でも述べたがノスタルジアはその対象も未知数にあり、企業が取るべき

手法も様々だろう。しかし、「懐かしさ」というコンセプトを明確に押し出し、そのコン

セプトに共感し商品やブランドを長く愛してもらうという目標は同じであり、この目標は

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従来のマーケティングが目指すところとも変わらない。そういった意味でも水越(2006)が述

べるように、先進さをアピールする手法とは反対にノスタルジアを用いることが企業にと

って新たなマーケティングの選択肢となることが期待できる(水越2006,p.28)。

ダイドードリンコの「復刻堂 仮面サイダー」は同社の炭酸飲料全体の販売実績を前年同

月比 55%増と大きく底上げるほどの成功を収めることが出来たのは前述した徹底して懐か

しさを作り上げたからだが、そこまで懐かしさにこだわれたのは開発者自身が仮面ライダ

ーに夢中になった世代であるため、ノスタルジックな世界に浸りながら企画していったか

らではないだろうか(『日経流通新聞』2010/09/10 3ページ)。市場や消費者に限らず加熱す

るレトロブームの中で、現代の社会や個人に存在する不安から目をそむけて「夢があった

(ような)昔」に心を奪われた状態を疑問視する意見もある(日経流通新聞 2007/01/12 4ペ

ージ)。人々は復刻版のようなレトロ商品の登場に懐かしさを感じる一方で、古き住き時代

を彩ってきた物が姿を消す時も強い郷愁感情を抱いており、多かれ少なかれ、ノスタルジ

ア感情は時代の変遷とともに誰しもが必然的に感じる心理状態であるように思える。

社会全体が懐古的な幸せを超える、豊かさのある進歩を遂げない限りレトロブームは終

わらないのかもしれない。また裏を返せば、社会全体のノスタルジア感情が薄れたとき、

ノスタルジア消費がブームとして終息しないためにノスタルジア消費に新たな価値を付加

する必要がある。例えば世代間のコミュニケーションを促すという価値が考えられる。水

越(2006)が Sternを用いて before bornのノスタルジアの存在について述べている他、事例

で取り上げた商品の多くに「中高年層に懐かしさを、若者に新鮮さを」といった狙いが含

まれていた(復刻堂 HP)。世代を超えて対象を楽しむことが出来るのもノスタルジアの特

徴であり、商品を通じた世代間コミュニケーションが可能になることで新たな商品や市場

の可能性も見えてくるかもしれない。このように、懐かしい商品や広告に新たな機能や価

値を見出していく事で新しいモノや技術に対してもノスタルジアを用いたマーケティング

手法の可能性が高まり、ノスタルジア消費の未来がより拓けてくるのではないだろうか。

6.参考文献

Davis,Fred (1990)『ノスタルジアの社会学』世界思想社。

Kusumi,Takashi,Ken Matsuda,Eriko Sugimori(2010),"The effects of aging on nostalgia

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サッポロ リボンちゃん HP: http://www.ribbon-chan.com/。

ダイドードリンコ HP:「ビジネスモデル」

http://www.dydo.co.jp/corporate/ir/business/。

ビックリマンオフィシャルホームページ:

http://bikkuri-man.mediagalaxy.ne.jp/index0.html。

復刻堂 2011スペシャルサイト: http://www2.dydo.co.jp/product/hukkokudo/hero/。