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8 8 OCT 2020 / No 1158 Great Britons 12 The Murder of Roger Ackroyd 西10 12 11 使宿調使失踪していたアガサが発見されたことを報道 する、当時の新聞記事。 アガサ・クリスティー 後編 ●グレート・ブリトンズ●取材・執筆/柳下加奈子・本誌編集部 11 Photo by Angus McBean © The National Portrait Gallery, London

アガサ・クリスティー...9 8 OCT 2020 / No 1158 io 1964年、74歳のアガサ。© Joop van Bilsen / Anefo 英俳優・監督のケネス・ブラナーが、映画「オ

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Page 1: アガサ・クリスティー...9 8 OCT 2020 / No 1158 io 1964年、74歳のアガサ。© Joop van Bilsen / Anefo 英俳優・監督のケネス・ブラナーが、映画「オ

88 OCT 2020 / No 1158Great Britons

■〈前回のあらすじ〉

結婚、出産、作家デ

ビュー、そして小説の

大ヒット――。順風満

帆に見えた日々は、長

くは続かなかった。結

婚から12年目の夏、夫

が起こした「ある騒

動」によって、悲しみ

のどん底に突き落とさ

れたアガサは、驚くべ

き行動に出る…。生誕

130周年、そして名探偵ポアロ誕生か

ら100年を迎え、新たな映画の公開も

迫る彼女の後半生をたどる。

 「悲劇」がアガサを襲ったのは192

6年のこと。6冊目の著書「アクロイド

殺し(The M

urder of Roger Ackroyd

)」を

出版し、そのトリックが「フェアかアン

フェアか」で様々な論争を巻き起こすと

いう、ミステリー作家として願ってもな

い成功を収めた矢先のことだった。

 

1926年4月、病に臥していたアガ

サの母親が死去。幼くして父親を亡くし、

母親と多くの時間を過ごしきたアガサに

とって、その喪失は大きく、悲しみに暮

れるアガサはフランス南西部で4ヵ月ほ

ど療養生活を送る。そして8月、英国

へ戻った彼女が夫・アーチーと久々に顔

を合わせると、彼の口から想像だにしな

かった言葉が飛び出した。

 「離婚してくれないか?」

 

アーチーは、アガサに帯同して世界巡

業を行った際に知り合った「大英帝国

博覧会」の主催者、アーネスト・ベル

チャーの友人である10歳下の女性、ナン

シー・ニールとの不倫を打ち明けたのだ。

アガサは離婚を拒否した。時間が経てば、

夫の気持ちも落ち着くだろう…そう信じ

て過ごしたが、同年12月、アーチーは

「クリスマス前後の1週間は友人たちと過

ごすことにする」と宣言。アガサの同伴

も拒絶したのである。あまりのショック

に耐えかねた彼女は、その日の深夜、娘

を置いて行方をくらましてしまう。

 

当時、アガサ一家はバークシャーで暮

らしていた。「ドライブに出る」と言って

出かけた彼女の車が、サリーの車道脇で

乗り捨てられているのを発見。車内には、

有効期限の切れた運転免許証と洋服が残

されていた。人気作家の失踪は瞬く間に

表沙汰になり、これに飛びついた新聞社

は、夫に疑惑の目を向け、報奨金付で情

報提供を促すなど大騒ぎとなった。

 

それから11日後、アガサはヨーク

シャーのハロゲートにあるホテルに、夫

の不倫相手の苗字を使い「ミセス・ニー

ル」の名で宿泊しているところを保護さ

れる。事件の後、数人の医者により「記

憶喪失」と診断されたアガサは、このス

キャンダルの詳細を語ることはなかった。

自身の著書さながらの謎に包まれた失踪

劇は「解離性記憶障害説」「夫をこらしめ

るための計画説」など多くの憶測を呼び、

皮肉にも彼女の名をより世間に轟かせる

結果となった。

 

この事件以降、彼女はマスコミを敬遠

するようになり、往年の名女優グレタ・

ガルボのマスコミ嫌いを文字って「ミス

テリー界のガルボ」と呼ばれるようにな

る。家族や親しい友人に囲まれた、穏

やかで静かな生活に強く固執するように

なった。

  遺跡発掘現場での出会い

 

1928年、アガサとアーチーの調停

離婚が成立。その1週間後、アーチーは

不倫相手のナンシーと再婚している。し

かし、アガサは離婚した後も前夫の名字

「クリスティー」を使用し、執筆活動を続

失踪していたアガサが発見されたことを報道する、当時の新聞記事。

アガサ・クリスティー後編

●グレート・ブリトンズ●取材・執筆/柳下加奈子・本誌編集部

 

謎の失踪――空白の11日間

Photo by Angus McBean© The National Portrait Gallery, London

Page 2: アガサ・クリスティー...9 8 OCT 2020 / No 1158 io 1964年、74歳のアガサ。© Joop van Bilsen / Anefo 英俳優・監督のケネス・ブラナーが、映画「オ

8 OCT 2020 / No 11589 Great Britons

1964 年、74 歳のアガサ。© Joop van Bilsen / Anefo

 英俳優・監督のケネス・ブラナーが、映画「オリエント急行殺人事件」(2017 年)に続きメガホンをとった、名探偵ポアロ・シリーズの第2弾。新型コロナウイルス蔓延の影響で上映が延期され続けていたが、ついに 12 月 18 日に公開が決定した(10 月6日現在、公開延期の可能性あり)。 容疑者は乗客全員――愛の数だけ秘密がある。 アガサ自身が「旅行物のミステリーで史上最高傑作」と称した「ナイルに死す(映画の邦題はナイル殺人事件)」の舞台は、エジプトのナイル河を行く豪華客船。ギザの3大ピラミッドやアブシンベル大神殿など、エジプトの名所をバックにした映像美とともに、密室殺人、予想もつかないトリック、複雑な人間ドラマが繰り広げられる。 ポアロ役は前回に続きケネス・ブラナーが務めるほか、ガル・ギャドット、アーミー・ハマー、アネット・ベニングら豪華キャストが出演。

けた。そんなアガサの人生が新たな局面

を迎えるのは、それほど先のことではな

かった。

 

アガサは英国をしばらく離れようと、

長距離夜行列車「オリエント急行」に

乗って、トルコとイラクへ旅行に出かけ

た。そしてイラクでは遺跡発掘作業に参

加し、知り合った英国人考古学者夫妻と

意気投合。1930年に再びイラクを訪

れて、発掘現場へ向かった。そこで運命

の出会いを果たしたのが、14歳下の英

国人考古学者マックス・マローワン。年

齢も育った環境も異なる2人だったが、

あっという間に惹かれあい、7ヵ月後に

結婚した。アガサは40歳、マックスは

26歳だった。以後、アガサは夫の中東で

の発掘作業にはタイプライター持参で同

行し、「メソポタミヤの殺人

(Murder in

Mesopotam

ia

)」や「ナイルに死す」な

ど、異国情緒あふれる作品を次々と生み

出している。

 

やがて第二次世界大戦が勃発。アガサ

は再びロンドンの病院で薬剤師として

働きはじめるが、先行きの見えない混

沌とした情勢の中で、彼女は自分に万

が一のことがあった場合を考えて、名

探偵ポアロの最終作となる「カーテン

(Curtain)」、同じく名探偵ミス・マープ

ルの完結編「スリーピング・マーダー

(Sleeping Murder

)」を書き上げる。そし

て、2作とも「彼女の死後に出版する」

という契約を出版社と交わし、著作権を

それぞれ夫と娘に遺した。この原稿は、

爆撃で失われるのを避けるためにニュー

ヨークで保管されたが、結局、出版社に

急かされて「カーテン」はアガサが亡く

なる前の1975年に刊行されている。

  色褪せないミステリー

 

1971年にその功績を称えられ、大

英帝国勲章(デイムの称号)を授かった

アガサ。翌年に心臓病を患い、ベッド

での安静を言い渡されたが、オックス

フォードシャーにあるテムズ河沿いの町、

ウォリングフォードで執筆を続行。滅多

に公に姿を見せることはなく、彼女の晩

年の作品は、クリスマス・シーズンに合

わせて出版されるようになっていたため、

アガサ・ファンにとってクリスマスはか

けがえのないものとなっていた。だが、

それも1976年に終止符が打たれる。

 

同年1月12日、ウォリングフォードに

て永眠。近郊の教会に埋葬された。

 

85歳で亡くなるまで精力的に活動し、

ミステリー界に革新の波を次々と起こ

したアガサ。1952年の初演の後、ロ

ンドンでの最長公演記録を持つ舞台「マ

ウストラップ」(短編小説「Three Blind Mice

」を戯曲化したもの)や、過去幾度

も映像化されている「そして誰もいなく

なった」など、アガサの小説は様々な役

者や監督により、舞台、映画、ドラマ化

され、死後40年以上経った今でも輝きを

失うことなく愛されている。遺産や痴情

のもつれなど、小説の背景はドロドロし

たものであることが多いが、そこには彼

女が愛したものがたくさん詰まっている。

生まれ故郷のトーキーを中心としたデボ

ンの風情、パリの学校で学んだ音楽、世

界各地を旅して目にしたもの、夫の仕事

を支え育んだ考古学への興味など、一見、

まったく関連性のないものばかりだが、

彼女の著した小説のごとく巧に繋がり、

物語を彩るエッセンスとなっている。

 

新型コロナウイルスの蔓延により、毎

年恒例の様々なイベントが中止となって

いる2020年。今年の秋は、自宅で

ゆっくりとアガサ・クリスティーを読破

してみてはいかがだろうか。

アガサが1934~41年までの7年間、再婚した夫と

暮らした家。引越し好きだった彼女は数多くの転居先

の中でも、とくにこの家を気に入り、「オリエント急

行殺人事件」「ナイルに死す」はここで生まれた。同

所いはブループラークが飾られている。

映画「ナイル殺人事件」、12 月に公開!

映画予告編はこちらから

ポアロ誕生から

100年

58 Sheffield Terrace, London W8 7NA