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1 松山市におけるスマートシティ実現に向けた取り組み 松山市役所 石井朋紀 松山アーバンデザインセンター 四戸秀和 株式会社日立製作所 古谷 純 復建調査設計株式会社 石飛直彦 1.はじめに 1-1. 地勢 松山市は、四国最大の人口 51 万人を有する中核市である。愛媛県中予地方、重信川扇状地に位 置し、島嶼を含む海岸部は瀬戸内海国立公園に指定された風景地が広がる。松山市中心部には、江 戸時代初めに築城された松山城と日本最古を誇る道後温泉が立地し、日本有数の旅行目的地として も知られる。比較的温暖少雨の気候地帯であるが、昨今の気候変動による集中豪雨や将来的に予測 されている南海トラフ地震などの自然災害リスクの高まっている地域でもある。 1-2. これまでの都市整備の取り組み 松山市では、2000(平成 12)年に「歩いて暮らせる街づくり」構想が策定され、観光入込客数の 多い松山城の玄関口であるロープウェー通りや道後温泉本館・駅周辺、市民生活に関わりのある大 街道一番町口や花園町通りなどの道路空間を中心に、歩行者に配慮した都市整備事業に取り組んで きた(図 1)。2014 年には、松山アーバンデザインセンター(以下、UDCM注 1) が設立され、前述 の空間改変事業のサポートや市民参加の促進、新しく創出された歩行者空間の利活用の先駆けとな る取り組みなどを行ってきている。2016(平成 28)年からは、日立東大ラボ 注 2) が地域創生のため のデータ駆動型都市計画手法の開発を目的とした研究プロジェクト(WG5:データ駆動型プランニ ング)を立ち上げ、市民参加型のまちづくり手法のアップデートに関して取り組みを始めていると ころである。 1-3. 課題 人口減少・少子高齢化が進展し将来的な財政の先細りが予想されるなかで、松山市では都市機能 を集約することにより都市空間の管理コストを下げるだけでなく、高齢者や観光客が歩いて豊かに 暮らせる都市空間を創出していくことが期待されている。この課題解決には、公民学が連携するこ と、また新たな情報技術を用いたまちづくり手法の構築が必須である。松山市においては、前述の 取り組み(1-2)があることから、これらの関係者が連携し総合的にまちづくりを進めていける体制 づくり、枠組みの構築が求められている。 図 1 松山市都市整備の実施、計画中箇所(基盤地図情報(国土地理院)のデータを用いて筆者作成) 中心市街地都心地区・松山駅周辺地区 道後地区 松山市駅 銀天街商店街 ロープウェー通り (2006竣工) 大街道一番町口 (2015竣工) 花園町通り (2017竣工) 松山市駅前広場 (計画中) JR松山駅前広場 (計画中) 歓楽街 N 500m 0 100 城山公園(史跡) 城山城 愛媛県庁 市民会館 県立美術館 県立図書館 松山市役所 JR 道後温泉本館周辺 (2007竣工) 道後温泉駅周辺 (2009竣工) 飛鳥乃湯泉周辺 (2017竣工) N 500m 0 100 道後公園(史跡) 道後温泉本館 伊佐爾波神社 宝厳寺

松山市におけるスマートシティ実現に向けた取り組 …3 3-1. 調査研究(都市計画の基礎となる人流データの取得) スマートシティの実現には、都市インフラや市民の交通行動に関わるデータの存在が不可欠であ

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Page 1: 松山市におけるスマートシティ実現に向けた取り組 …3 3-1. 調査研究(都市計画の基礎となる人流データの取得) スマートシティの実現には、都市インフラや市民の交通行動に関わるデータの存在が不可欠であ

1

松山市におけるスマートシティ実現に向けた取り組み

松山市役所 石井朋紀

松山アーバンデザインセンター 四戸秀和

株式会社日立製作所 古谷 純

復建調査設計株式会社 石飛直彦

1.はじめに

1-1. 地勢

松山市は、四国最大の人口 51 万人を有する中核市である。愛媛県中予地方、重信川扇状地に位

置し、島嶼を含む海岸部は瀬戸内海国立公園に指定された風景地が広がる。松山市中心部には、江

戸時代初めに築城された松山城と日本最古を誇る道後温泉が立地し、日本有数の旅行目的地として

も知られる。比較的温暖少雨の気候地帯であるが、昨今の気候変動による集中豪雨や将来的に予測

されている南海トラフ地震などの自然災害リスクの高まっている地域でもある。

1-2. これまでの都市整備の取り組み

松山市では、2000(平成 12)年に「歩いて暮らせる街づくり」構想が策定され、観光入込客数の

多い松山城の玄関口であるロープウェー通りや道後温泉本館・駅周辺、市民生活に関わりのある大

街道一番町口や花園町通りなどの道路空間を中心に、歩行者に配慮した都市整備事業に取り組んで

きた(図 1)。2014 年には、松山アーバンデザインセンター(以下、UDCM)注 1)が設立され、前述

の空間改変事業のサポートや市民参加の促進、新しく創出された歩行者空間の利活用の先駆けとな

る取り組みなどを行ってきている。2016(平成 28)年からは、日立東大ラボ注 2)が地域創生のため

のデータ駆動型都市計画手法の開発を目的とした研究プロジェクト(WG5:データ駆動型プランニ

ング)を立ち上げ、市民参加型のまちづくり手法のアップデートに関して取り組みを始めていると

ころである。

1-3. 課題

人口減少・少子高齢化が進展し将来的な財政の先細りが予想されるなかで、松山市では都市機能

を集約することにより都市空間の管理コストを下げるだけでなく、高齢者や観光客が歩いて豊かに

暮らせる都市空間を創出していくことが期待されている。この課題解決には、公民学が連携するこ

と、また新たな情報技術を用いたまちづくり手法の構築が必須である。松山市においては、前述の

取り組み(1-2)があることから、これらの関係者が連携し総合的にまちづくりを進めていける体制

づくり、枠組みの構築が求められている。

図 1 松山市都市整備の実施、計画中箇所(基盤地図情報(国土地理院)のデータを用いて筆者作成)

中心市街地都心地区・松山駅周辺地区 道後地区

大街道商店街

松山駅

松山市駅

銀天街商店街

ロープウェー通り(2006竣工)

大街道一番町口(2015竣工)

花園町通り(2017竣工) 松山市駅前広場

(計画中)

JR松山駅前広場(計画中)

歓楽街

N500m0 100

城山公園(史跡)

城山城

愛媛県庁市民会館

県立美術館

県立図書館

松山市役所

JR 道後商店街

道後温泉駅

道後温泉本館周辺(2007竣工)

道後温泉駅周辺(2009竣工)

飛鳥乃湯泉周辺(2017竣工)

N500m0 100

道後公園(史跡)

道後温泉本館

伊佐爾波神社

宝厳寺

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2. 松山スマートシティ推進コンソーシアムの設立

以上のような背景から、2019 年国土交通省が募集

したスマートシティ先行モデル事業への応募を検討

し、松山市と UDCM により図 2 の「松山スマートシ

ティ推進コンソーシアム」を組織した。

日立製作所(日立東大ラボ)は、松山市において

データ駆動型プランニングに関する取り組みを行な

っており、スマートシティ実現に不可欠なデータ集

約基盤等の技術的な検討のため参画を要請した。ま

た、「交通」がテーマとなり、直近の駅周辺整備への

展開も見据えて鉄道事業者(伊予鉄道、四国旅客鉄

道)に、調査実務を担う都市計画技術者としては松

山市において人流データ調査実績のある復建調査設

計に、南海トラフ地震や豪雨災害に対する防災に関する取り組みへの展開可能性を検討するために

愛媛大学防災情報研究センターにそれぞれ参画を要請した。全体の取りまとめとプランニングへの

応用については、松山市と公民学連携組織である UDCM が担当することとし、必要に応じて、上記

の構成員以外の組織(地元企業や愛媛県など)とも連携をはかり、管理運営の充実を図っていくこ

ととした。

3. 松山におけるスマートシティ推進事業の計画と進捗について

前述の国土交通省スマートシティ先行モデル事業に選定(2019/5/31 公表)されたことを受け、

松山スマートシティ推進コンソーシアムでは、「交通」に焦点をあてたスマート・プランニングの実

践から、スマートシティ実現に向けた取り組みを始めることとした。取り組みは大きく3つのステ

ップに分けられる。図 3 にそれぞれのステップごとの概要を紹介する。

図 3 スマートシティに関わる取り組みのフロー

図 2 松山スマートシティ推進コンソーシアム組織図

◯松山市総合計画●松山市,2023 予定

◯松山市立地適正化計画改訂版●松山市,2019◯松山市地域公共交通網形成計画●松山市,2019

◯その他行政計画

◯松山2060ヴィジョン構築●UDCM,2018-(2020 策定予定)

◯松山市駅前広場基本設計●松山市,2020 予定◯JR松山駅前広場基本設計●松山市,2020 予定

◯松山道後温泉データ計測●日立東大ラボWG5/復建調査設計,2018

◯CityScope●日立東大ラボWG5,2018-

◯市民の回遊行動調査 (花園町通り )●日立東大ラボWG5/復建調査設計,2017

◯松山市駅前広場周辺交通実態調査分析●松山市 /復建調査設計,2019

◯中心市街地西部交通行動・活動実態調査●SCCM/ 復建調査設計,2019

◯全国パーソントリップ調査●国 /■,2020 予定

SCCM…松山スマートシティ推進コンソーシアム ■ …未定

◯都市データプラットフォームの構築検討●SCCM/ 日立製作所,2019

◯都市データプラットフォーム開発●■/日立製作所,2020 以降

調査研究

データ

管理・活用

プランニング

◯松山駅周辺行動実態調査分析●松山市 /復建調査設計,2019

◯(事業名)●(事業主体)/(業務委託先)

◯松山市シェアサイクル実証実験事業●松山市 /陽報,2019 ~ 2024

行政公民学連携組織

研究機関民間企業データ・技術提供調査実務(株 ) 日立製作所四国旅客鉄道 (株 )伊予鉄道 ( 株 )復建調査設計 (株 )

松山市の将来像検討都市整備事業の計画検討

松山アーバンデザインセンター(UDCM)

行政データ提供既存事業の調整

松山市

調査企画データ分析・管理

愛媛大学防災情報研究センター

▶日立東大ラボ▶東京大学大学院工学系研究科 社会基盤学専攻 教授 羽藤英二

技術提供者

調査担当交通事業者

【オブザーバー】

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3-1. 調査研究(都市計画の基礎となる人流データの取得)

スマートシティの実現には、都市インフラや市民の交通行動に関わるデータの存在が不可欠であ

る。松山市で過去に取得したデータを活かし、目的に応じてより精度を上げるため、詳細データの

取得が必要となる。今回は、直近で駅周辺整備を控える松山市駅と松山駅の利用者をモニターとし

たプローブパーソン調査(図 4,5)と両駅を含むエリア全体の回遊行動を把握するための調査を行う

予定である。過去の調査データも含め総合的に分析し、シミュレーション技術への応用を検討する。

3-2. データ管理・活用(都市に関するデータ所有状況の把握とデータ提供に関する課題整理)

個別のデータは、統合されることで(例えば全体最適を検証するような)新たな分析可能性を持

ち得る。そこで、データの集約基盤「都市データプラットフォーム」(図 6)の構築検討を行う。ま

ずは、コンソーシアム構成員の所有データを把握し、データ共有における問題の整理とデータ活用

のイメージ創出を行う。都市に関するデータには、企業の機密情報や個人情報が含まれる場合があ

り、こういったデータについては個別具体的に公開可能な情報へのデータ変換を検討する。また、

これまで取得したデータを日立東大ラボの「CityScope」(写真 1)で可視化し、ワークショップツー

ルとして実験的に使用することを通じて、データを統合することで生まれる新たな価値の有用性に

関する検証を行う。データは単にレイヤー表示させるだけでなく、将来的な公共施設・公共交通網

の再配置により人々の交通行動や都市整備に関わる KPI の変化を予測するシミュレーションプロ

グラムも開発中である。

3-3. プランニング(都市整備事業や都市ヴィジョン構築)

⑴ 直近の駅周辺整備事業計画へ

数年後に予定されている松山市駅前広場空間整備事業(図 7)、JR 松山駅周辺整備事業に向けて、

それぞれ協議会(松山市コンパクトシティ推進協議会市駅前広場検討作業部会、松山駅まち会議)

が開催されている。前述したデータは、「CityScope」を用いてこうした議論の場で活用し、都市整

備事業計画への展開可能性を検証する。

移動⼿段変更 到着出発 移動⼿段変更

図 4 PP(プローブパーソン)調査のイメージ

図 5 調査用アプリケーション

図 6 データ駆動型都市プランニングの理念

写真 1 「CityScope」のイメージ

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⑵ 行政計画、都市ヴィジョンの構築へ

松山市では、2013 年に策定された第 6 次総合計画の見直し時期が迫ってきており、各種都市整備

事業を適切に検討・遂行するための上位計画の再構築が求められている。また、今後の財政縮小に

向けて 2019 年に策定された立地適正化計画や公共交通網形成計画の高度化版を検討し、民間企業と

も連携して都市の最適化を図る必要もある。現在 UDCM では、松山市の総合計画への展開も視野に

入れた将来都市ヴィジョンの構築に取組んでおり、このプロジェクトにおいてもデータを活用し、

適宜民間企業や市民との対話の場を持ちながら、行政計画への活用を検討する。

4. 今後の事業展開について

また、以上の「交通」に焦点をあてた取り組みから、松山市では現在、以下3つのテーマへの事

業展開を検討している。1つ目は、都市の歴史に関するデータアーカイブの取り組みである。都市

の成り立ちに関する理解を深めるためのデータを分析・集約することで、まちづくりの議論や観光

コンテンツとしての活用の可能性を検討している。また、環境に関する取り組みに関しては、第二

次産業(工業)の割合の低い松山市において、人口の集中するエリアで、人々の行動特性に応じた

省エネルギー技術の実装を行い民生に関わるエネルギー消費量を減らすことが課題として整理され

ている。3つ目は、事前復興に関する取り組みである。SIP4D などの国が進める情報基盤との連携

を進めつつ、災害発生時に各地域の被災状況をリアルタイムで把握し、適切な人に適切な情報を提

供することのできるシステム構築が課題として確認されている。

5. おわりに

松山市では都市・交通計画への展開を直近の目的として、スマートシティの実現に向けた取り組

みを始めたところである。この中で構築を目指している「都市データプラットフォーム」は、都市・

交通計画だけでなく、将来的には、都市の歴史データアーカイブや環境政策、事前復興など他の行

政計画や研究活動への活用はもちろんのこと、民間企業等の経済活動にも有益な情報基盤となるよ

う検討を行う(図 8)。データ(情報基盤)を通じて公民学の連携を図りながら、今後もより良い都

市空間の創出に努めたい。

【注釈】

注 1)松山アーバンデザインセンター(UDCM)…全国に 20 箇所ある公民学連携のまちづくり組織のひとつ。都市

計画に関わる専門家が常駐し、将来都市ヴィジョンの構築やまちづくりに関する取り組みを行なっている。

注 2)日立東大ラボ…2016 年、日立製作所と東京大学の産学協創により設立された。「ハビタットイノベーション」

を提唱し、5 つの WG により Society 5.0 の実現を目指し研究プロジェクトに取り組んでいる。

【参考文献】

1)日立東大ラボ:『Society(ソサエティ) 5.0 人間中心の超スマート社会』, 日本経済新聞出版社, 2018.

図 8 公民学によるデータ活用イメージ 図 7 松山市駅前広場整備イメージ

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