11
─ 57 ─ フィリピン総合福祉施設の現状と社会福祉実習教育 大森弘子 安里和晃 山崎イチ子 1.はじめに 少子高齢化が進む日本では、衛生面や栄養面の向上、医療の発達により、平均余命は世界で も格段に高く、世界のどの国もこれまで経験したことのない超高齢社会 注1 を迎えており、今 後ますます介護の人手不足が予想される。厚生労働省「医療・介護に係る長期計画」(2011) によれば、2000 年の介護保険制度の施行後、介護職員数は増加し、2025 年度の介護職員は 237 ~ 249 万人程度必要であると推測され、厚生労働省は 90 万人程度の介護職員が不足する と試算している(図 1 参照)。この介護問題をはじめとする社会福祉問題は日本のみで対応で きる問題ではなく、隣国で共に知恵を出し合い、ケアのミニマムスタンダードが検討され、日 本人が国内外で外国人にケアされたり、外国人をケアしたりする日が近いことを予期している。 この隣国の中でもフィリピンは、豊かなホスピタリティと英語が第二母国語である利点を生 かし、ケアギバー(介護士)を養成して他国へ送り出している。そこで、研究の発端として、フィ リピンの社会福祉の概要とケアギバー養成について説明し、フィリピン総合福祉施設での福祉 実習教育の現状を中心に検討する。 フィリピンの総合福祉施設では、ソーシャルワーカーを要として利用者支援が行われ、利 用者が自ら貧困に立ち向かい、自己実現していく姿が見られる。本稿では、ケアギバー(介 護士)を養成して他国へ送り出しているフィリピンの社会福祉実習教育に焦点を当て、ケア の国際間のミニマムスタンダードに示唆を与える事を目的としている。 まず、フィリピンの福祉制度とケアギバー養成の現状等、特に労働雇用省の技術教育技能 開発庁(Technical Education and Skills Development Authority : TESDA)のケアギバー 養成カリキュラムを示した。次に、フィリピン、マニラ市にある総合福祉施設でフィールド ワークを進める中で、フィリピンでは公的な福祉施設はほとんどないが、教会関係施設や NGO による支援が盛んに行われていることが明らかになった。また、フィリピンの総合福 祉施設で生活する利用者は人生の生きる目的を持っていた。生きる力を生み出すフィリピン のケアと社会福祉実習教育に学びながら、「介護の概念」の提言を試みた。 キーワード:フィリピン、総合福祉施設、社会福祉士、福祉実習教育、自己実現

フィリピン総合福祉施設の現状と社会福祉実習教育 …...Philippines 96706764 298170 224754 2370.0 68.39 3.11 Thailand 66785001 510890 369709 5318.0 74.00 1.42 Singapore

  • Upload
    others

  • View
    0

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: フィリピン総合福祉施設の現状と社会福祉実習教育 …...Philippines 96706764 298170 224754 2370.0 68.39 3.11 Thailand 66785001 510890 369709 5318.0 74.00 1.42 Singapore

─ 57 ─

フィリピン総合福祉施設の現状と社会福祉実習教育大 森 弘 子安 里 和 晃山崎イチ子

1.はじめに

少子高齢化が進む日本では、衛生面や栄養面の向上、医療の発達により、平均余命は世界で

も格段に高く、世界のどの国もこれまで経験したことのない超高齢社会注1を迎えており、今

後ますます介護の人手不足が予想される。厚生労働省「医療・介護に係る長期計画」(2011)

によれば、2000 年の介護保険制度の施行後、介護職員数は増加し、2025 年度の介護職員は

237 ~ 249 万人程度必要であると推測され、厚生労働省は 90 万人程度の介護職員が不足する

と試算している(図 1参照)。この介護問題をはじめとする社会福祉問題は日本のみで対応で

きる問題ではなく、隣国で共に知恵を出し合い、ケアのミニマムスタンダードが検討され、日

本人が国内外で外国人にケアされたり、外国人をケアしたりする日が近いことを予期している。

この隣国の中でもフィリピンは、豊かなホスピタリティと英語が第二母国語である利点を生

かし、ケアギバー(介護士)を養成して他国へ送り出している。そこで、研究の発端として、フィ

リピンの社会福祉の概要とケアギバー養成について説明し、フィリピン総合福祉施設での福祉

実習教育の現状を中心に検討する。

〔 抄 録 〕

フィリピンの総合福祉施設では、ソーシャルワーカーを要として利用者支援が行われ、利

用者が自ら貧困に立ち向かい、自己実現していく姿が見られる。本稿では、ケアギバー(介

護士)を養成して他国へ送り出しているフィリピンの社会福祉実習教育に焦点を当て、ケア

の国際間のミニマムスタンダードに示唆を与える事を目的としている。

まず、フィリピンの福祉制度とケアギバー養成の現状等、特に労働雇用省の技術教育技能

開発庁(Technical Education and Skills Development Authority : TESDA)のケアギバー

養成カリキュラムを示した。次に、フィリピン、マニラ市にある総合福祉施設でフィールド

ワークを進める中で、フィリピンでは公的な福祉施設はほとんどないが、教会関係施設や

NGOによる支援が盛んに行われていることが明らかになった。また、フィリピンの総合福

祉施設で生活する利用者は人生の生きる目的を持っていた。生きる力を生み出すフィリピン

のケアと社会福祉実習教育に学びながら、「介護の概念」の提言を試みた。

キーワード:フィリピン、総合福祉施設、社会福祉士、福祉実習教育、自己実現

Page 2: フィリピン総合福祉施設の現状と社会福祉実習教育 …...Philippines 96706764 298170 224754 2370.0 68.39 3.11 Thailand 66785001 510890 369709 5318.0 74.00 1.42 Singapore

─ 58 ─

フィリピン総合福祉施設の現状と社会福祉実習教育

図 1 介護職員数推移と将来推計

出典:厚生労働省「介護サービス施設・事業所調査(2012)」、「社会保障・税一体改革におけるサー

ビス提供体制改革を前提とした改革シナリオ『医療・介護に係る長期計画』(2011)」より作成

(大森弘子)

2.フィリピンの概要

フィリピンはアジアの中でも有数の人材の送り出し国である。1974 年には海外雇用開発局

が設置され、その後の海外雇用庁となり現在に至っている。また総人口の 10%が移民として

海外移住しており、このことも人材の送り出し国としてのフィリピンの姿を現している。フィ

リピンの人口は 1億人に近づいており、アセアンの中ではインドネシアに次ぐ人口大国である。

人口増加率は 2010 年から 2015 年において 2.2%と推測され、今後も人口増大が予想される数

少ない国である。

しかし経済的には名目GDP(2011 年、世界銀行)においてアセアンではインドネシア、タイ、

マレーシア、シンガポールに次ぐ。さらに 1人当たりのGDPではシンガポールの 46,000 ドル、

ブルネイ 3万ドル、マレーシア 1万ドル、タイ 5千ドル、インドネシア 3,500 ドル、ようやく

フィリピン 2,400 ドルとなっており、アセアンの発足当時の加盟国では最下位である(表 1)。

こうした経済状況を裏付けるのは国内の雇用状況の慢性的悪化である。フィリピンの経済成長

率は 1997 年のアジア経済危機でマイナス成長を記録して以降は、プラス成長を持続し、2012

年には 6.7%の勢いのある経済成長を遂げている。であるにもかかわらず、貧困は大きな問題

である。UNDPによる貧困指標では 186 カ国中 114 位注2、若者の失業率は 17%を超える(2009

介護職員単位:万人

300

250

200

150

100

50

02000年

55

149167~176

237~249

2012年 2015年 2025年

推計値

Page 3: フィリピン総合福祉施設の現状と社会福祉実習教育 …...Philippines 96706764 298170 224754 2370.0 68.39 3.11 Thailand 66785001 510890 369709 5318.0 74.00 1.42 Singapore

福祉教育開発センター紀要 第 11 号(2014 年 3 月)

─ 59 ─

年)。ただし、国会議員に占める女性の割合は 20%を超え、日本とは対称的に女性の社会進出

が進んでいる。2000 年代、アジアではアセアンの経済統合が進み、製造業の立地における最

適配置が変化する中、フィリピンの製造業は苦戦している。結局のところタイなどの大陸部に

製造業が集約しつつあり、フィリピンの比較劣位が明確化しつつある。英語教育が進んでいる

こともあり、一部コールセンターなどのサービス業はフィリピンに進出しているが、全体とし

てはグローバル経済の「負け組」的側面が強くみられる。

したがって、フィリピン政府が「出稼ぎ」を経済政策、雇用政策の柱に位置付けるのには唯

一比較優位が見いだすことのできる政府の戦略が見え隠れする。フィリピンの送金額は年々増

加傾向にあり、2013 年 GDP の 10%を占める。この外貨に占める送金額の割合は政府開発援

助や海外直接投資よりも大きい。したがって、政府の海外送金に対する期待はますます高くなっ

ている。2008 年の金融危機の際には多くのフィリピン人労働者が解雇されたものの、経済が

勢いを取り戻す際には最初に雇用されるというように、弾力性が高いという側面がある。

フィリピンが送り出しの中で注目しているのは高齢化への対応である。先進国で急激に上昇

する高齢者介護の需要に対応するため、フィリピン政府の技術教育技能開発局TESDAがあ

る。ここは高等教育水準の資格を除く一般的な資格制度を扱っており、技術教育および技能開

発1994年法 Technical Education and Skills Development Act of 1994が根拠法となっている。

同法の 22 条に TEADA認証による職業スキル基準制定が定められ、資格の開発・認証・施行、

技能検定の実施を行うとされる。

フィリピンの資格は技能到達型であり、技能の組み合わせからなる「モジュール式」である

ことが特徴である。例えば、資格Aは細分化された技能O,P,Q の組み合わせであり、資格 B

は資格Aの技能 Pやそれ以外のX,Y,Z を組み合わせて作られるといった具合である。産業界

から新たな資格 Cの作成が要請されれば、必要な技能をカリキュラム化し、技能を組み合わ

せて作ることができる。

フィリピンでは 2000 年代に入り、国内需要を賄うためではなく送り出しを念頭にケアギ

バーの資格を制定した。ケアギバー資格はカナダのケアギバー養成カリキュラムをもとにして

表 1 主要アセアン諸国の概要

Population(2012)

Land(sq. km)(2011)

GDP(million current US$)(2011)

GDP/capita(current US$)(2011)

Life expectancy(2011)

Totalfertilityrate(2011)

Philippines 96706764 298170 224754 2370.0 68.39 3.11Thailand 66785001 510890 369709 5318.0 74.00 1.42Singapore 5312400 700 259850 50087.0 81.89 1.20Indnonesia 246864191 1811570 846834 3495.0 70.39 2.40

Page 4: フィリピン総合福祉施設の現状と社会福祉実習教育 …...Philippines 96706764 298170 224754 2370.0 68.39 3.11 Thailand 66785001 510890 369709 5318.0 74.00 1.42 Singapore

─ 60 ─

フィリピン総合福祉施設の現状と社会福祉実習教育

いると言われ、2000 年頃から注目を浴び、カナダやイスラエルの就労希望者に人気となった。

2004 年には日比経済連携協定の交渉に際し、ケアギバーは改めて注目され、コースを設立す

る教育機関も増えた。しかし、交渉は先延ばしされ資格取得後も就職できない者が続出した。

現在は新規のケアギバーコースの開設は認められていない。

資格取得のためには最低786時間の座学と実習の課程を終えなければならない。実習は病院、

障がい者施設、高齢者施設、児童養護施設などで行なわれるが、学校数に比べ実習施設は限ら

れるため、病院併設の学校がよりよい実習が可能とされる。その他の学校は施設と提携で実習

を行っている。

ケアギバーの資格は、基礎技能、共通技能、コア技能から構成される。内容は日本のホーム

ヘルパーや介護福祉士の内容とは大きく異なり、コア技能は乳幼児、子ども、高齢者、障がい

者ケアだけではなく、掃除や洗濯、食事といった家事が含まれている。とはいえ施設にも対応

が可能とされており、汎用性を持たせた資格とされる。

一部のモジュールは「スーパーメイド」と呼ばれる家事労働者育成カリキュラムと同じであ

る。モジュール式を利用すれば、技能の一部を入れ替えることで各国のオーダーメイドの資格

と相いれた資格を構成することが可能である。実際のところ、TESDAはモジュールを変える

ことで、日本の介護福祉士育成に対応できると考えている。しかし、特に日本政府からの要望

はないとのことである。また、フィリピン大学公衆衛生学部の Lorenzo 氏によれば、日本の

介護福祉士のカリキュラム構成はフィリピンのケアギバーのそれと大きく異なっていることか

ら、モジュールの入れ替えだけでは対応できないのではないかと考えている。

そもそも技能を重視したモジュール型とはいえ、ケアギバーとしての技能に関する内容や専

門性はほとんど不問にされており、実態としては看護師が講師を務めていることも多く、一部

は看護から導入されているのが現状である。ケアギバー資格はラダー化されたカリキュラムと

して組み入れられるようになった。これは教育課程においてケアギバー、看護師、助産師とい

うように階段を上がっていくように課程を修了し資格を取得することができるというものであ

る。しかし、ケアギバー資格が尻すぼみとなり、はしごも使われなくなった。国内の必要性に

対応する形で発生した資格ではなく、カリキュラムの内容や技能について特定しないままに始

まったのがこの資格の抱える問題点である。

外向きの人材育成は奨励されているが、国内の社会保障はどうなっているのであろうか。フィ

リピンにおける例えば年金や医療保険制度といった社会保険制度は公務員やフォーマルセク

ターに限られている。したがって、膨大な貧困層はこうしたセーフティネットから除外されて

いる。

福祉政策は社会福祉開発省DSWDが所管となっている。同省は貧困削減と弱者保護を主な

政策としており、子ども、若者、女性、障がい者、高齢者や、支援を必要とする災害被害者な

どが対象となる。政策は同省で決定され、地方自治体レベルでは政策が実施されることにな

Page 5: フィリピン総合福祉施設の現状と社会福祉実習教育 …...Philippines 96706764 298170 224754 2370.0 68.39 3.11 Thailand 66785001 510890 369709 5318.0 74.00 1.42 Singapore

福祉教育開発センター紀要 第 11 号(2014 年 3 月)

─ 61 ─

る。フィリピンでは政府の役割は極めて限定的であり、NGOの役割が大きいことも特徴である。

実際、公的な福祉施設はほとんどないが、NGOや教会関係施設によるサービスの提供が盛ん

である。

子どもの福祉もフィリピンが抱える社会的課題の 1つである。貧困率の高さは子どもの福祉

の課題であり、ストリートチルドレン、性労働、性的虐待といった問題も数多く指摘されてい

る。ストリートチルドレンの数は 5万人から 7.5 万人に上ると推測され、社会福祉政策の重要

性が見て取れる。

2008 年には Pantawid Pamilyang Pilipino Programがスタートした。これは貧困層に対する

所得補償プログラムで南米のプログラムを参考にしているといわれる注3。これはミーンズテ

ストを経て審査を受けるが、単なる所得補償ではなく、受益者に様々な義務が課される点に特

徴がある。例えば、0~ 5歳児に対しては健康診断の義務付け、学齢期を抱える世帯に対して

は学校の出席率が、妊娠女性であれば公的機関における出産を求めている。日本的に言うなら

ば現金給付付き生活改善である。年間 200 億円、70 万世帯が受益者となっているという。あ

るNGOに対する聞き取りでは、こうした包括的取り組みの成果が見られるとしている一方で注4、貧困世帯の選定などに当たっては様々な不正や汚職が発生しているとも指摘されている

(Axel WeBer, 2012)。

(安里和晃)

3.総合福祉施設 Sにおける支援活動

フィリピンの社会福祉士A氏(28 歳・男性)

は「ソーシャルワークの専門性はアセスメント」

と言い切った。彼が働く総合福祉施設 S(写真 1)

は、1800 年代に開設されたカトリック系の総合

福祉施設である。施設はフィリピンのマニラ市内

にあり、芝生や石畳の道が続く美しい環境にある。

同施設内には、保護者から遺棄された乳児、障が

い児(者)、身寄りのない高齢者など約 300 名が

生活している。

第一筆者は 2011 年に 1 度、フィリピン生活経験のある第二筆者は 2008 年~ 2013 年の間に

5度、第三筆者は 2012 年~ 2013 年の間に 3度、フィリピン、マニラ市にある「フィリピン総

合福祉施設 S」を訪問した。本施設はソーシャルワーカーを窓口として、医師や看護師、ケア

ギバー、他の専門家が協働して支援を担っている。また、地域の人々のチャリティー等や寄付

などで運営を行っている。本施設の主な支援対象者は子ども・高齢者・障がい児(者)である。

(1)子ども支援

写真 1 総合施設S

Page 6: フィリピン総合福祉施設の現状と社会福祉実習教育 …...Philippines 96706764 298170 224754 2370.0 68.39 3.11 Thailand 66785001 510890 369709 5318.0 74.00 1.42 Singapore

─ 62 ─

フィリピン総合福祉施設の現状と社会福祉実習教育

フィリピンでは「国際養子縁組(写真2)」プログラムを推進している。本プログラムの理念は、

子どものいない夫婦に喜びを与え、恵まれない子どもに安心・安全を与える博愛精神からきて

いる。本施設の子ども支援では、課題のある子どもを預かっている。また、子どもを養育でき

ない人がお金を払い、本施設が子どもを預かる場合もある。S施設内には乳児院(写真3)もあり、

施設内での観察を許可された。その観察事項を日本の乳児院と比較して図 2に示す。

図 2 フィリピンと日本の乳児院比較(乳児院積慶園手引きより一部引用)

本乳児院では、0歳から 18 ヵ月の子ども 23 名が生活しており、生活空間は仕切りのない 12

畳の部屋に 23 床のベッドを置き、ボランティア 5名が養護を担っていた。

(2)高齢者支援

乳児院のすぐ横に身寄りのない人たちを受け入れている建物があり、建物などの施設にバリ

アがなく(写真 4)、高齢者が自由に出入りできるような建物構造になっていた。施設内の廊

下で 88 歳の B氏が一生懸命に手作りの毛糸で編んだ袋(写真 5)を作り、その場で販売して

いた。その利益を自らの薬代にすると言う。日本の高齢者施設で出会った高齢者の多くは自

分から働きかけて薬代を得ることはできない状態にあった。一方のB氏は可能なかぎり語り、

残存能力を生かして編み物を続け、薬代を稼ぎ、その得た喜びから自己実現ができていた。

写真 2 国際養子縁組の子どもたち 写真 3 S施設内の乳児院

フィリピンの乳児院 日本の乳児院

①見学者に手洗いや消毒を課さない。

②乳児にミルクを飲ませた後、すぐにベッドに寝かせる。

③泣いたりぐずったりしている乳児をあまり抱っこしないでベッドに寝かせている。

①見学者に手洗いや消毒を課す。(衛生面に配慮している。)

②首が座っていない乳児にミルクを飲ませた後、保育者の肩にガーゼを乗せ、向かいあった状態で乳児を担ぎ、背中を上方に軽くさすって排気(ゲップ)を促す。

③泣いたりぐずったりしている乳児を優しく抱き上げ、抱っこして体を密着することで安心感を与えている。

Page 7: フィリピン総合福祉施設の現状と社会福祉実習教育 …...Philippines 96706764 298170 224754 2370.0 68.39 3.11 Thailand 66785001 510890 369709 5318.0 74.00 1.42 Singapore

福祉教育開発センター紀要 第 11 号(2014 年 3 月)

─ 63 ─

(3)障がい児支援

障がい児が暮らす建物内で障がい児は床にタオルを引いて生活をしていた。看護師が「私た

ちの才能ある子どもの絵を見て下さい。」と見学者をC氏の生活の場へ導いていた。看護師は

たとえ C氏の手に障害があっても可能性を見出し、その可能性をより引き出するために動い

ていた。そして、第一筆者らがC氏のハガキ(写真 6)を購入したいと看護師に伝えると、看

護師はC氏にハガキが売れた事をすぐに報告し、C氏にサインを書く(写真 7)ように促して

くれた。看護師はC氏を自己実現に導く専門的な能力を持っていた。

フィリピン総合福祉施設視察から、知的障害児(福祉)の父・糸賀一雄(1914-1968)が残

した言葉と同じ思いがフィリピンでも生き続けていると感じた。以下にその言葉を記す。

この子らが不幸なものとして世の片隅、山峡の谷間に日の目もみずに放置されてきたことを訴えるばかりで

はいけない。この子らはどんなに重い障害をもっていても、だれととりかえることもできない個性的な自己実

現をしているものなのである。人間とうまれて、その人なりの人間となっていくのである。その自己実現こそ

が創造であり、生産である。私たちのねがいは、重症な障害をもったこの子たちも、立派な生産者であるとい

写真 4 バリアフリー化された施設内 写真 5 B氏の手作り袋

写真 6 C氏が絵を描く様子(購入した絵ハガキより引用) 写真 7 C氏が右足でサインする様子

Page 8: フィリピン総合福祉施設の現状と社会福祉実習教育 …...Philippines 96706764 298170 224754 2370.0 68.39 3.11 Thailand 66785001 510890 369709 5318.0 74.00 1.42 Singapore

─ 64 ─

フィリピン総合福祉施設の現状と社会福祉実習教育

うことを、認めあえる社会をつくろうということである。『この子らに世の光を』あててやろうというあわれみ

の政策を求めているのではなく、この子らが自ら輝く素材そのものであるから、いよいよみがきをかけて輝か

そうというのである。『この子らを世の光に』である。注5

(大森弘子)

4.フィリピンの課題と今後の展望

  ─フィリピン総合施設での実習状況から見えてきたもの─

(1)日本における福祉系の(現場実習)との比較

2013 年に入り 3度目の総合施設を訪問した。今回は特に、「身寄りのない高齢者」たちの昼

食中に遭遇した。それも、施設内の廊下で車椅子に乗った、高齢者約 20 名に対し、ケアギバー

10名引率教員2名で食事介助中であった。食事に関しては、人間が生きていくために「生命維持」

に関する重要な行為であり、学生の実習において、教員が一番神経をとがらせる時間である。

見学をしていたら、以下の高齢者が学生に介助を受けながら食事をしていた。楽しい雰囲気で

はないことに疑惑を覚えたので、観察をしていると、右片麻痺の高齢者の食事介助を「麻痺側」

から学生が懸命に介助していることに気が付いた。引率の教員が付いて指導しているので躊躇

したが、食事に関する介助の指導は世界どの国も同じと考え指導に入った。

*誤嚥のある人の介助  *咀嚼できない人の介助  *片麻痺(右・左)のある人の介助 

*認知症の人の介助   *口の開かない人の介助  *口の閉まらない人の介助

また、他の学生が介助している高齢者が誤嚥していた。良く見ると車椅子に座っての介助で

は飲み込むときの姿勢が、前傾姿勢ではなかった。苦しそうであったが学生が高齢者の背中を

叩いて介助していた。この様な光景を体験して、学校での講義・演習の重要性と高齢者を「試

験台に」してはならないと、この光景から感じた。学校教育と現場は車で言えば車の両輪であ

ると思えた。さらに、日本の福祉系の学生は高齢者施設、児童施設などを体験するが、日本の

実習教育について考えて見ると、机の上で学ぶ知識・理論を実際の現場でどのように応用でき

るかが重要であり、実習は専門職としての重要なスキルを養う場であり、社会福祉系教育は、

学校と現場が一体になって専門職を育てて行く実践教育の重要性を学ぶと共に、食事介助で上

げた 6つの行為は世界共通だと考える。イギリスは、「フィリピン人ケアギバー」に関しては、

フィリピン政府に対して「もっとプロとしての知識、技能を備えたケアギバーを」と、ここ 2、

3年、受け入れを一時ストップしたり、養成課程のカリキュラムの充実や、養成機関の延長等

を要求している。「6ヵ月間」のケアギバー養成課程が、「1年間」「2年間」の課程になるかも

しれないらしいが、そうなってほしいと願う。日本においては実習を大変重んじている。   

日本においては、実習の時間数としては、社会福祉系の実習(社会福祉援助技術現場実習)

Page 9: フィリピン総合福祉施設の現状と社会福祉実習教育 …...Philippines 96706764 298170 224754 2370.0 68.39 3.11 Thailand 66785001 510890 369709 5318.0 74.00 1.42 Singapore

福祉教育開発センター紀要 第 11 号(2014 年 3 月)

─ 65 ─

は 24 日間(4週間)以上から 180 時間以上で(1日 8時間、半日実習 5時間)実習は原則とし

て連続 24 日間以上。

(介護福祉士現場実習)は社会福祉援助技術現場実習よりも長い時間を設定し、450 時間も

課せられている。

〈ねらい〉としては、個々の生活リズムや個性を理解するという観点から考えられている。

1.施設の機能や基本的なケアを学ぶ

2.生活支援の技術の実践を理解する

3.利用者の状況に応じた介護技術を適切に行う

4.「介護過程」思考の訓練で学んだプロセスを実際の利用者を受け持ち実践する。

以上のことからも、現場実習は日本において、学校で学んだ講義・演習を統合して、利用者

の尊厳の保持、自立支援など、介護の理念に基づき、さらに、利用者本人が自己決定しどのよ

うな場合においても、自己実現を支援することを目的に学校での講義・演習、現場実習などは、

教育している。

よって、フィリピンのケアギバーが世界に通用するためには、優しかろう、安かろうではケ

アの質を落とすだけでなく、海外で労働者として出稼ぎ 6割以上のフィリピン女性が「尊厳」

ある待遇で受け入れられて人権が守られていくのが困難になるだろう。教育の重要性を感じた。

細かな部分ではあるが、表 2のように食事介助についても、学校での演習を繰り返し行い、

現場実習に出て行くのが普通である。

表 2 現場実習における食事介助の注意点

チェックポイント 評 価

1 食事の環境を整えたか

2 適切な体位が取れたか

3 衛生的配慮、誤飲、誤嚥の予防など安全が守れたか

4 おいしく食べられるように配慮したか

5 残存能力の活用、自立の援助はできたか

6 利用者の表情を見たり、声かけするなどの配慮ができたか

7 栄養に偏りなく、必要量摂取できたか

8 利用者のペースにあわせたか

9 後始末はできたか

10 観察、記録はできたか

Page 10: フィリピン総合福祉施設の現状と社会福祉実習教育 …...Philippines 96706764 298170 224754 2370.0 68.39 3.11 Thailand 66785001 510890 369709 5318.0 74.00 1.42 Singapore

─ 66 ─

フィリピン総合福祉施設の現状と社会福祉実習教育

現場における実習教育に対しての比較をしてき

たが、フィリピンは外国に相当数(家事労働者)

として送り出しているが、国としても考える時期

に来ているのではないか。

ケアギバーの養成や派遣に関する機関や利害当

事者の周辺では、(家族思い)で(心優しい)介

護がまさに(天職)でありフィリピン人(写真 8)

は(良質)のケアを提供できる(国民的素質)が

備わっていると言われているが、それだけでは人

の命を預かるにはあまりにも教育の低さを感じる。せめて、食事に関してなら、(なぜ、麻痺

のある人には健側から食事介助が必要なのか)細かいことの積み重ねを行うべきである。

5.介護の概念について

日本においては、社会学者一番ケ瀬康子氏により規定概念が述べられてきたが、社会福祉士、

介護福祉士の法の改正や 2000(平成 12)年 4月実施された介護保険制度や自立支援など、高

齢者介護の新たな理念に対応する介護福祉士の質の向上のため内容の改正が行われた。さらに、

2001(平成 13)年I C F(国際生活機能分類:International Classification of Functioning,

Disability and Health WHO)が 1980(昭和 55)年にWHO発表の国際障害分類(ICIDH)

は①障害というマイナス面しか見ていないこと。②環境が考慮されていない。③社会的不利が

改善されていない。④当事者の意向の反映が十分でない。しかし、I CFは人間のプラス面

を重視した。特に、「機能障害」「活動制限」「参加制約」などを総称して「障害(生活機能低下)」

とし、マイナスをプラスの中に位置づけられている。ここでケアの国際間のミニマムスタンダー

ドに貢献するため、「介護の概念」の提言を試みた。

高齢者や心身に障がいのある者や生活上、介護が必要になった人に対して本人の意志・

意向に沿って、尊厳の保持、自立支援や介護の理念に基づき介護等の専門知識・技術・家

政等を持って、本人が自ら自己決定し、生活上問題を解決できるよう環境が及ぼす影響に

働きかけ、生活動作、行為を補い、言こと

霊だま

を持って自己実現を支援することを目的とする。

2013(平成 25)年 12 月 8 日     山崎 イチ子

6.おわりに

日本人の行う介護は、どの国にも劣らない理念の下に行われている。外国において、日本の

介護福祉士の知識・技術は、日本のヘルパーやフィリピンのケアギバーよりも認められていな

い。このことは、今までに、現場からの「介護の概念」が宣言されていなかったことが大きな

写真 8 フィリピン人ケアギバー実習生

Page 11: フィリピン総合福祉施設の現状と社会福祉実習教育 …...Philippines 96706764 298170 224754 2370.0 68.39 3.11 Thailand 66785001 510890 369709 5318.0 74.00 1.42 Singapore

福祉教育開発センター紀要 第 11 号(2014 年 3 月)

─ 67 ─

要因と考えられる。

(山崎イチ子)

注1 2012 年版高齢社会白書によると、日本の総人口に占める 65 歳以上人口の占める割合(高齢化率)

は 23.3%である。その割合が 21%を超えた日本は「超高齢社会」である。

2 MultidimenSional poverty index.(http://hdrstats.undp.org/en/indicators/38406.html.2013.12.8)

3 DSWD の サ イ ト 参 照。(http://www.fo6.dswd.gov.ph/programs/pantawid-pamilyang-pilipino-

program/2013.12.8)

4 Kanlungan sa Erma に対する聞き取りより(2013.12.8)

5 糸賀一雄(1968)『福祉の思想』NHKブックス 67 日本放送出版協会 , 177

参考文献Axel WeBer(2012)Assesment of the Philippine Social Protection Floor Policies, Diakonisches Werk

der EKD e.V. for Brot für die Welt. Stuttgart.

一番ヶ瀬康子・真田是編(1975)『社会福祉論』有斐閣双書

障害者福祉研究会(2002)『ICF国際生活機能分類』中央法規

付 記

本稿は 2013 年度佛教大学特別研究費(研究代表者:大森弘子)に基づく研究成果及び、ト

ヨタ財団 2013 年度国際助成プログラム(研究代表者:安里和晃)の一部をまとめたものである。

(おおもり ひろこ  佛教大学福祉教育開発センター)

(あさと わこう  京都大学)

(やまざき いちこ  元花園大学)