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16 技術紹介 ポリマー硬化自動測定装置 誘電分析(DEA)によるプロセスモニタリング 有限会社シスコム 1.はじめに 樹脂の誘電分析(DEA-Dielectric Analysis)のテ クニックは、熱硬化性樹脂やコンポジットにおけ るレジンの粘度変化、硬化速度や硬化状態の評価 に広く利用されている。多様なアプリケーション (オーブン、プレス、注型やオートクレーブ、 UV 硬化等)に適用できる各種誘電計測センサや 関連するハードウェアおよびソフトウェアが開 発され、材料開発、品質保証、実際の生産プロセ スやシミュレーション下での誘電硬化モニタリ ングが可能になっている。 また近年 FRP 複合材料の成形プロセスのモニ タリングでは、光ファイバーひずみセンサを用い たテクニックも開発され、成形中の硬化モニタリ ングまたは材料内部で発生する損傷のヘルスモ ニタリングなどに利用されている。この光ファイ バーセンサで樹脂の硬化収縮ひずみを感度よく リアルタイムで測定する成形技術は、誘電計測に よる硬化挙動の測定ともよく相関することが確 認されており、成形構造物へのより最適な光ファ イバ・損傷・欠陥検知センサシステムの開発が期 待されている (1)(2) 。本稿では、この樹脂の誘電特 性計測手法の原理・特徴及び代表的な適用事例に ついて記述する(図 1 に装置)。 2.誘電計測の原理と特徴 材料の導電率σと誘電率εという誘電 - 英語で は文字通り「2 つの電気的」という意味- 特性は、 バルク材料の中のイオン電流とダイポール(電気 双極子)の回転によって生じる(図 2)。ポリマ ーの場合、可動イオンは不純物と添加物に起因す ることが多く、一方ダイポールはその材料を構成 するモノマー単位の電荷の分離が原因である。誘 図 1 ポリマー硬化自動測定装置 マルチポイントでの硬化挙動の測定が可能 誘電計測-バルクフィールド(左)とフリンジフィールド(右) 励起とレスポンス ダイポールとイオンの挙動 図 2 誘電体特性の測定

ポリマー硬化自動測定装置 誘電分析(DEA)によるプロセス ......DEA 誘電分析装置はもともとMIT(マサチュ セッツ工科大学)で1980 年代に開発されたテク

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技術紹介

ポリマー硬化自動測定装置

誘電分析(DEA)によるプロセスモニタリング

有限会社シスコム

1.はじめに 樹脂の誘電分析(DEA-Dielectric Analysis)のテ

クニックは、熱硬化性樹脂やコンポジットにおけ

るレジンの粘度変化、硬化速度や硬化状態の評価

に広く利用されている。多様なアプリケーション

(オーブン、プレス、注型やオートクレーブ、

UV 硬化等)に適用できる各種誘電計測センサや

関連するハードウェアおよびソフトウェアが開

発され、材料開発、品質保証、実際の生産プロセ

スやシミュレーション下での誘電硬化モニタリ

ングが可能になっている。 また近年 FRP 複合材料の成形プロセスのモニ

タリングでは、光ファイバーひずみセンサを用い

たテクニックも開発され、成形中の硬化モニタリ

ングまたは材料内部で発生する損傷のヘルスモ

ニタリングなどに利用されている。この光ファイ

バーセンサで樹脂の硬化収縮ひずみを感度よく

リアルタイムで測定する成形技術は、誘電計測に

よる硬化挙動の測定ともよく相関することが確

認されており、成形構造物へのより最適な光ファ

イバ・損傷・欠陥検知センサシステムの開発が期

待されている(1)(2)。本稿では、この樹脂の誘電特

性計測手法の原理・特徴及び代表的な適用事例に

ついて記述する(図 1 に装置)。

2.誘電計測の原理と特徴 材料の導電率σと誘電率εという誘電 - 英語で

は文字通り「2 つの電気的」という意味- 特性は、

バルク材料の中のイオン電流とダイポール(電気

双極子)の回転によって生じる(図 2)。ポリマ

ーの場合、可動イオンは不純物と添加物に起因す

ることが多く、一方ダイポールはその材料を構成

するモノマー単位の電荷の分離が原因である。誘

図 1 ポリマー硬化自動測定装置

マルチポイントでの硬化挙動の測定が可能

誘電計測-バルクフィールド(左)とフリンジフィールド(右)

励起とレスポンス ダイポールとイオンの挙動

図 2 誘電体特性の測定

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図 3 誘電計測センサ各種

金型埋め込みタイプ及び使い捨てタイプの各種センサ。個別少量樹脂

サンプルやプロセス(プレス、オーブン、オートクレーブなど)でオ

ンラインでの硬化モニタリングが可能

図 4 セラミック製誘電計測センサの金型へのマウント例

電特性を分析するときは、それぞ

れの影響を考慮するため、イオン

の影響をダイポールから分離する

ことが可能であり、しかも便利で

ある。 電場の影響下にあるイオンと荷

電種の流れは導電電流の原因にな

っており、そのため導電率σとその

逆数である抵抗率ρの原因にもな

っている。したがって、可動イオ

ンの影響は、コンダクタンスとし

てモデル化することができる。こ

のコンダクタンスは周波数に依存

することがあり、またバルク材が

変化するのに伴って変化する。一

般に、イオン電流の周波数依存性

は小さいのが普通であり、無視す

ることができる。ただし、イオン

の流動性は媒体の特性に大きく依

存する。つまり、イオンは材料の

粘度が低ければ低いほど流れやす

く、粘度が高くなるにつれて流れ

にくくなる。 材料サンプルに接触させた 2 つ

の電極に交流電圧を励起し、その

レスポンスとして正弦波電流を測

定する(図 2)。このとき電場の

影響下にある樹脂サンプルのダ

イポールの配向とイオン移動度の変化は材料の

物理的遷移や、粘度、剛性、反応速度や硬化状態

の情報を提供する。 センサ電極には古典的なパラレルプレート方

式のバルク測定やプレーナー基板に一対の平面

くし型電極がデザインされたフリンジフィール

ド測定の手法がある(図 2)。特にこのくし型電

極の平面構造は、圧力の変化や試験材料の膨張・

収縮などによる影響を受けないため、誘電率と損

失係数の両方を正確に測定することができる。ま

たセンサはいずれも耐熱、耐圧性に優れ、多様な

プロセス環境下で使用することができる。 誘電計測は樹脂サンプルに接触しているセン

サ電極に交流電圧を励起(通常 0.1Hz~100KHz)してそのレスポンスを測定する。材料中のダイポ

ールは電場に沿って配向し、材料中に不純物イオ

ンとして存在する電荷イオンは反対の極性を有

する電極に移動する。このとき、励起周波数、電

極面積、電極間隔が既知のときレスポンスの振幅

と位相により基本的な誘電特性である誘電損失

と誘電率を計算することができる。誘電損失から

導かれるイオン導電率は材料中のイオン移動を

反映し、ゲル化前は機械的な粘度と、またゲル化

後は剛性とよく相関することが報告されている。

このイオン導電率の逆数をイオン粘度(抵抗率)

と定義することで直接機械的粘度、剛性や Tg と

関係付けることが容易になる。 誘電計測装置は、これらの各種誘電センサをマ

ルチポイントに配置して、ワイドな周波数領域

(0.01Hz~100KHz)で高感度な測定ができるよ

うにハードウェア設計されて、誘電計測センサは

そのジオメトリにより定差解析によるキャリブ

レーションがハードウェアのメモリにプログラ

ムされている。

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3.実験方法と測定について

DEA 誘電分析装置はもともと MIT(マサチュ

セッツ工科大学)で 1980 年代に開発されたテク

ニックで、現在は広範囲の用途に適用可能なハー

ドウェア、ソフトウェア、各種センサが開発され

ている(図 3)。測定方法は非常に簡便で、測定

する樹脂サンプルの適量をセンサ電極全体をカ

バーするように塗布する、センサを樹脂の反応容

器内に挿入する、あるいはプリプレグ材などはラ

ミネート内にセンサ電極を挟む、などのようにし

て測定することができる。CF プリプレグなど導

電フィラーを含有する材料の場合はセンサ電極

面をガラスフィルタなどでカバーすれば電極の

短絡を防ぐことができる。基本的にその他熱分析

装置にあるようなサンプルの前処理準備は不要

である。モールド成形や注型プロセスでは、耐

熱・耐圧に優れたツールマウントセンサを金型内

の適当な場所にフラッシュマウントして、簡単に

温度と誘電計測ができる(図 4)。もっとも汎用

的に利用されている誘電計測センサには、ポリイ

ミド製センサ及びセラミック製などがある(図

5)。何れも平面交差くし型電極がデザインされて

いて、主にフリンジフィールドでの誘電計測にな

る。

4.誘電データと粘度との相関

図 6 は非等温でのエポキシ・グラファイト・

コンポジットの誘電計測によるイオン粘度と

レオロジー測定によるメカニカル粘度との比

較を示したものである。このプロセスではゲル

化領域(135 分前後)までは、2 つのカーブは

よく近似して相関がとれていることを示して

いる。しかしながら樹脂がゲル化すると機械的

粘度データは測定できなくなる。一方誘電計測

から得られるイオン粘度データは硬化終了ま

で継続して硬化進行の状態を追跡することが

できる。 レジンの粘度・ガラス化や硬化進行についてプ

ロセスパラメータの変化による影響をモニタリ

ングすることによりプロセス開発に有効利用す

ることができる。図 7 は誘電分析で得られたエポ

キシ樹脂のイオン粘度と硬化度指標をプロット

したものである。得られたイオン粘度カーブから

サンプル材料の温度依存性を除いて、硬化開始か

ら硬化終了までのイオン粘度カーブの変化をプ

ロットしたものが硬化度指標(Cure index)であ

る。また別途ラボにて複数の DSC 装置(示差走

査熱量測定)を用意しておき、硬化途中の Tg を

測定している。イオン粘度データから得られる硬

化度指標と材料の物理特性を示す Tg とがよく相

関していることを確認できる。多くの樹脂系では

硬化の指標は反応中のガラス転移温度(Tg)に直

接関係付けられるので、目標とする Tg を達成す

るための最適なプロセスパラメータを実現する

ことが容易になる。またプロセス開発の実験回数

やポストプロセステストを削減することも可能

になる。

図 5 耐熱・耐圧のポリイミドやセラミック製センサ

図 6 エポキシ樹脂の硬化中のイオン粘度と機械的粘度との相関

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図 9 BMC モールドコンパウンドの経時変化によ

る材料品質テスト

5.品質管理や生産現場での応用例 DEA 誘電分析の手法は、各種成形材料

(SMC/BMC や封止材料など)で、品質管理にも

広く応用されている。誘電計測の高速サンプリン

グにより、短時間の硬化反応のモールドプレスや

UV 硬化にも適用することができる。成形材料の

場合は、金型にフラッシュマウントできるセンサ

を用いて、バッチ間の品質ばらつきなどの評価に

応用できる。

図 8 は SMC/BMC などのコンパウンド材料を

プレス成形したときの典型的な硬化プロファイ

ルである。リアルタイムで、樹脂のフロー、最小

粘度、ゲル化領域ポイント、硬化エンドポイント

などを解析できるので、材料品質の統計解析や実

際のプロダクションでの品質コントロールへの

展開が可能になる。

図 9 は成形材料の保管状態の違いによるエー

ジングが硬化挙動に与える影響を示したもので

ある。バルクモールドコンパウンド(BMC)を

2℃(35°F)、21℃(70°F)、32℃(90°F)の温度に 6週間保管したときのイオン粘度カーブとそのス

ロープ(変化率)をプロットしている。イオン粘

度カーブのスロープで硬化速度やゲル化のタイ

ミングの比較が容易になる。より高温に長時間保

管された材料は触媒のロスにより硬化速度が遅

くなっていることが観察される。ソフトウェアに

より反応の各クリティカルポイント(レジンフロ

ー、最小粘度、ゲル化領域、硬化終了)がリアル

タイムで解析できるので、材料の品質コントロー

ルが迅速に簡便に可能になる。

また通常モールド成形プロセスでは、タイマー

や経験に基づき設定されているが、実際にはパー

ツ毎にその硬化時間は変動しやすいものである。

図 10 は SMC 材料の実際の生産プレスでの測定

データを示す。誘電データから得られるイオン粘

度とそのスロープから、的確で再現性のあるエン

ドポイントをリアルタイムで認識して、プレスの

離型タイミングとすることができる。

図 8 モールド成形パーツのクリティカルポイント

コントロール例

図 7 エポキシ樹脂の硬化中のイオン粘度と Tg との相関

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図 11 DEA 分析の位置づけ

図 13 DEA と DMA 同時計測データ例

図 12 DEA-DMA 同時計測

図 10 SMC プレス成形での硬化プロファイルと

離型タイミングの自動認識

6.他の分析手法との組み合わせ

樹脂の DEA 分析のテクニックは他の熱分析機

器と比較するとレオメータ、DSC や DMA 分析を

補完する位置づけにすることができる(図 11)。この中でも DEA 分析は DMA 装置と組み合わせ

た DEA-DMA 同時計測のテクニックにも利用さ

れている。図 12-13 に DEA-DMA 同時計測の測定

部外観及び測定データ例を示す。このような

DEA-DMA 同時計測で得られるラボスケールの

データをプロセスコントロールへ展開すること

が容易になる。

7.その他-ラボ用プログラマブル卓上プレス 各種レジン、SMC/BMC や封止材料、プリプレ

グ材などの低コストな試験環境を提供する卓上

型プログラマブルプレス(図 14-15)も利用する

ことができる。加圧はエアー圧を利用して常設の

油圧設備は不要である。温度は室温から 350℃ま

でプログラム制御が可能で、PC リモート制御も

簡単である。

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図 14 卓上型マイクロプレス

温度:室温~350°、加圧:900Kg(最大) ストローク 11/9cm、重量約 36Kg、USB 接続

8.まとめ

DEA 分析による硬化モニタリングのテクニッ

クは各種樹脂材料の硬化挙動を特定化するツー

ルとして広く利用することができる。誘電データ

により樹脂材料の粘度挙動、硬化速度や硬化状態

の変化についての情報を得ることができる。多様

な誘電計測センサを利用して、オーブン、プレス、

オートクレーブや反応容器などのプロセスでオ

ンライン計測が可能である。また塗料やコーティ

ング等の薄膜材料やUVキュアなどにも適用可

能である。この DEA 分析は素材の研究開発、品

質管理から生産現場まで広く適用することがで

きる。 参考文献 1.K.Osaka, T.Kosaka, Y.Asano and T.Fukuda, MSRI-STP2,105(2001) 2.T.Osaka, K,Osaka, A.Bando and T.Fukuda, Proc,JSME/ASME Inernational Conference on Materials and

Processing 2002, 378 3. Senturia,S.D. and N.F.Seppard Jr. “Dielectric Analysis of Thermoset Cure” Office of Naval Research Technical Report.

Contract N00014-84-K-0274, Task No.NR039-260; Oct,1985. 4. Day,D.R. 1989. Dielectric properties of polymeric materials. Micromet Instruments,Inc., Cambridge. MA 5.Grentzer,T. and J.Leckenby. 1989. The theory and practice of dielectric analysis. American laboratory(jan):82-89. 6. Debye.P : “Polar molecules”; New York, Chemical catalog Co; 1929 7. D. D. Shepard and H. L. Lee: A new dielectric measurement system for

monitoring the drying and curing of coatings in production scale conveyor ovens, Reprint No. 123, NETZSCH Instruments, Inc., Boston, USA

8. D. R. Day and D. D. Shepard: Dynamic cure and diffusion monitoring in thin coatings, in: Journal of Coatings Technology, 1988, Volume 60, Number 760, p. 57-59.

9. T.Nakano, S.Makishima, and Y.Inoue, 1996, “Dielectric analysis of property of curing epoxy casting resin”, National Convention record IEE Japan,2,89.

図 15 テスト用センサ金型

(小型のテストプラテンにフラッシュマウントされ

たセンサで液状樹脂やコンパウンド、プリプレグ材

など各種樹脂材料の硬化モニタが簡単にできる)