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―  ― 1 東北大学大学院教育学研究科研究年報 第56集・第2号(2008年) シンガポールは、近年の教育改革によって、学力の幅を広げてきている。ジュニアカレッジのカ リキュラム構造が示すように、学力はアカデミックな学力、知識を統合した批判的思考力や情報活 用力、リーダーシップや人格・倫理観などのライフスキルの3つのレベルを包有したものを意味し ている。そのなかで近年、特に後期中等教育においてライフスキルを重要視する傾向がみられ、大 学への進学を主たる目的とするジュニアカレッジでさえも、アカデミックな面だけでなく、ライフ スキルをより重視することで、バランスの取れた人間の育成を目指している。 キーワード:シンガポール、ジュニアカレッジ、教育改革、ライフスキル、人格 はじめに 赤道直下に位置するシンガポールは、日本の淡路島または東京23区とほぼ同じ大きさ(699㎢)の 都市国家である。その人口は約361万人であり、中国系75.6%、マレー系13.6%、インド系8.7%、そ の他2.1%という民族から構成される多民族国家である。天然資源を持たない小規模国家シンガポー ルが比較的順調に発展できたのは、人材が最大の資源であり教育が最も重要であるというコンセン サスが、政府および国民の間で形成されていたためである。国家予算に占める教育経費の割合は常 に高く、2007年度の予算でも国防費に次ぐ位置を占めている 1 IT 国家としての成功や国際学力テストの結果などによって、シンガポールの教育には海外から 多くの関心が寄せられている 2 。特に、国際教育到達度評価学会(IEA)の「国際数学・理科教育調査」 の2003年調査(TIMSS 2003)において、数学・理科ともにシンガポールが第一位であったことは記 憶に新しい 3 。これまでも、シンガポールの教育はしばしば試験制度と関連させて論じられてきた 4 が、それは時に試験中心の熾烈なる戦いと形容されるものであった 5 。高等教育への接続という観 点から、シンガポールの試験中心教育の頂点に位置すると考えられるのが、ジュニアカレッジであ る。 ジ ュ ニ ア カ レ ッ ジ で は 大 学 進 学 を 目 指 し て 受 験 す る 共 通 試 験 GCE-A レ ベ ル 試 験(the  Singapore Cambridge-General Certificate of Education-Advanced)に沿ったカリキュラムが編成さ れ、A レ ベ ル 試 験 に 対 応 で き る 学 力 を い か に つ け さ せ る か を 使 命 と し た「 大 学 準 備 教 育(Pre- 東北大学大学院 ** 東北大学大学院博士課程前期 シンガポールにおける学力観の変容 ―ジュニアカレッジの教育課程に焦点をあてて― 小 川 佳 万 *  石 森 広 美 **

シンガポールにおける学力観の変容...Institute:CI, 華語名:高級中学)に区分される。 6年制の初等教育修了時に、児童はPrimary School Leaving

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  東北大学大学院教育学研究科研究年報 第56集・第2号(2008年)

 シンガポールは、近年の教育改革によって、学力の幅を広げてきている。ジュニアカレッジのカ

リキュラム構造が示すように、学力はアカデミックな学力、知識を統合した批判的思考力や情報活

用力、リーダーシップや人格・倫理観などのライフスキルの3つのレベルを包有したものを意味し

ている。そのなかで近年、特に後期中等教育においてライフスキルを重要視する傾向がみられ、大

学への進学を主たる目的とするジュニアカレッジでさえも、アカデミックな面だけでなく、ライフ

スキルをより重視することで、バランスの取れた人間の育成を目指している。

キーワード:シンガポール、ジュニアカレッジ、教育改革、ライフスキル、人格

はじめに 赤道直下に位置するシンガポールは、日本の淡路島または東京23区とほぼ同じ大きさ(699㎢)の

都市国家である。その人口は約361万人であり、中国系75.6%、マレー系13.6%、インド系8.7%、そ

の他2.1%という民族から構成される多民族国家である。天然資源を持たない小規模国家シンガポー

ルが比較的順調に発展できたのは、人材が最大の資源であり教育が最も重要であるというコンセン

サスが、政府および国民の間で形成されていたためである。国家予算に占める教育経費の割合は常

に高く、2007年度の予算でも国防費に次ぐ位置を占めている1。

 IT 国家としての成功や国際学力テストの結果などによって、シンガポールの教育には海外から

多くの関心が寄せられている2。特に、国際教育到達度評価学会(IEA)の「国際数学・理科教育調査」

の2003年調査(TIMSS 2003)において、数学・理科ともにシンガポールが第一位であったことは記

憶に新しい3。これまでも、シンガポールの教育はしばしば試験制度と関連させて論じられてきた4

が、それは時に試験中心の熾烈なる戦いと形容されるものであった5。高等教育への接続という観

点から、シンガポールの試験中心教育の頂点に位置すると考えられるのが、ジュニアカレッジであ

る。ジュニアカレッジでは大学進学を目指して受験する共通試験 GCE-A レベル試験(the 

Singapore Cambridge-General Certificate of Education-Advanced)に沿ったカリキュラムが編成さ

れ、A レベル試験に対応できる学力をいかにつけさせるかを使命とした「大学準備教育(Pre-

 *東北大学大学院**東北大学大学院博士課程前期

シンガポールにおける学力観の変容―ジュニアカレッジの教育課程に焦点をあてて―

小 川 佳 万* 

石 森 広 美**

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シンガポールにおける学力観の変容

University Education)」機関として存在しているからである。しかし、近年そのジュニアカレッジ

の教育内容に変化が生じてきている6。

 その発端は、1997年に発表された「考える学校、学ぶ国家(Thinking Schools Leaning Nation: 

TSLN)」という教育のあり方についての新たなビジョンにある7。それは近年の大きな改革の柱と

なっており、「予測不可能な時代の変化に適切に対応できる新たな知と革新力を身につけるため、

生涯学習の基礎を養う」という考え方を基盤としたものである。そして、その導入以来、さまざまな

教育改革が展開されてきている。特に、ジュニアカレッジの教育において多くの提案がなされ、カ

リキュラムや教授法、学習方法の見直しが行われている8。では、具体的に学力観はどのように変容

しつつあるのだろうか。

 以下では、ジュニアカレッジの教育内容に焦点を当て、政策文書や教育課程の分析、およびイン

タビュー調査の分析を通して、教育制度全体からみたジュニアカレッジの位置づけと特徴、生徒は

どのような力をつけることが期待されているのか、そのためにどのように教育課程が構想されてい

るのかといった教育内容、また、身につけさせたい学力とはどのようなものが想定されているのか

などの学力問題について、順次論じていく。

1. シンガポールの教育制度におけるジュニアカレッジの位置⑴ 新教育制度

 現在のシンガポールの教育制度は、1980年に導入された「新教育制度(The New Education 

System)」と呼ばれるメリトクラシーを基盤とした能力分岐システム(The Streaming System)に基

づき、複雑な分岐型になっている9。それまでは、1963年から初等6年―中等4年―大学準備教育2

年の 6 ― 4 ― 2 制の単線型の教育制度と共通の教育課程を採用していた。しかし、英語と民族母語

の二言語教育の生徒への負担が大きく、多くの中途退学者を生み出す結果になったことや、固定し

た教育システムによる学習効率の低下などにより、その制度の見直しが1970年後半に行われた 10。

そして、ゴー・ケン・スイ副首相をチーフとする教育研究チームにより1978年に提出された報告書

を受けて、単線型から3つの能力言語別コースを有する三線分流型へと移行したのである11。これは、

多民族・多文化主義のもと、民族別ではなく、生徒の学力に基づいて学ぶ内容や速度を変えるシス

テムの構造的な改革であった。

 そして、「考える学校、学ぶ国家(TSLN)」が提唱された1997年以降は、個々の多様な能力の開発

を目指す「能力指向教育(Ability-Driven Education)」へ転換した。すなわち、教育制度やカリキュ

ラム内容に柔軟性を持たせ、学校経営により自律性を与え、より多くの選択の機会を学習者に提供

するようになってきている。

 現在のシンガポールの教育制度は、6年制のプライマリー(=初等教育)―4、5年制のセカンダリー

(=前期中等教育)―2、3年制のジュニアカレッジやそれに相当する機関または技術教育学院(=後

期中等教育)―3、4年制の大学(=高等教育)である。プライマリー、セカンダリー、ジュニアカレッ

ジ修了時にはそれぞれ次の進路に向けて国家試験を受験することになる。義務教育は初等教育の6

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  東北大学大学院教育学研究科研究年報 第56集・第2号(2008年)

年間だけである12が、政府はすべての子どもが10年間の基礎教育を受けることが望ましいとしてい

る。以下では、その中等教育について言及することにする。

⑵ 中等教育の概要

 中等教育は、4、5年制のセカンダリースクール(Secondary School, 華語名:中学)と、2年制のジュ

ニアカレッジ(Junior College:JC,  華語名:初級学院)や3年制の中央教育学院(Centralised 

Institute:CI, 華語名:高級中学)に区分される。

 6年制の初等教育修了時に、児童は Primary School Leaving Examination (PSLE)と呼ばれる小

学校卒業試験を受験することになっており、その結果に基づいてセカンダリースクールのコースが

決まる。その内訳は、およそ上位約10%が「特別(Special)コース」、中位約50%が「快速(Express)コー

ス 」、下 位 約40 % が「 普 通(Normal)コ ー ス 」に 進 む。 さ ら に、普 通 コ ー ス は「 学 術(Normal 

Academic)」と「技術(Normal Technical)」に分かれることになる。

 「特別コース」と「快速コース」の生徒は、4年次に the Singapore Cambridge-General Certificate 

of Education (以下、GCE)-Ordinary(以下、O)レベル試験を受け、ジュニアカレッジや中央教育

学院、ポリテクニック(Polytechnic, 華語名:理工学院)に進学し、大学進学を目指してさらに GCE-

Advanced(以下、A)レベル試験の科目を学習することになる。「普通コース」の生徒は、4年次に

GCE-Normal(以下、N)レベル試験を受け、その結果に基づいて第5学年に進んで GCE-O レベル試

験に備えるか、技術教育学院(Institute of Technical Education:ITE)で職業技能訓練を受けるか、

あるいは就職することになる。

 シンガポールの教育制度は、初等段階からの振り分けによる厳しい選抜制度によってエリートを

早期から育て、全体としての学力向上にも成果を挙げてきたことで知られるが13、近年、その振り

分けシステムに変化が生じている。小学校6年終了時に卒業試験(PSLE)が行われることは変わら

ないが、その前の段階である小学校の3年次に実施されていた振り分け試験は、1991年には1年遅

らせて4年次に引きあげられた。その小学4年次の成績に基づいて5、6年次に EM1・EM2・EM3と

いう3つの能力別コースに分けられていたが、それぞれの学校の方針において習熟度別授業編成な

どを行えるよう学校裁量枠の拡大を視野に入れ、2004年に EM1と EM2の区別が廃止された。セカ

ンダリーにおいても、2008年から、「特別コース」「快速コース」は「快速コース」に統合されること

になった。すなわち、従来4つだったコースが、「快速」「普通(学術)」「普通(技術)」の3コースとな

るのである14。

 また、特色ある新しい中等教育の形態として、2004年に導入された「Integrated Programme: IP」

がある。この背景には、2002年に発表された「ジュニアカレッジ・後期中等教育レビュー委員会報

告書(Report of the Junior College/Upper Secondary Education Review Committee)」による提案

がある。「レビュー報告書」では「後期中等教育における多様性の拡大」が示され、IP はそれに応え

るものとして紹介された。これらの学校は、ジュニアカレッジにセカンダリースクールを統合した

総合課程であり、いわゆる中高一貫校の一種であるが、学校によってプログラムの年数が6年間と4

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シンガポールにおける学力観の変容

年間のタイプがある。すなわち、セカンダリー 1年からジュニアカレッジ2年までの6年間の完全

中高一貫のスタイルをとっているところと、セカンダリー後期である3年次からジュニアカレッジ

2年までの4年間のプログラムを提供している2種類のタイプがある。そして、近年登場した6年間

の IP 学校のほとんどは、“Junior College” という名称の代わりに、“School” や “Institution”、“High 

School” などの学校名になっている15(表1参照)。現在のところ、12校の IP のうち、学校基盤の才

能教育(school-based gifted education:SBGE) としてそれを取り入れている学校は7校あり16、IP は、

大学進学を前提とした学業成績の優れた生徒が、セカンダリースクール修了後の O レベル試験を受

験することなくジュニアカレッジに進学することを可能にしたものである。IP によって O レベル

試験の振り分けを免除された生徒は、受験勉強やそれによるストレスから解放されることになり、

受験準備に割かれる時間を自己の能力や興味関心を深化させるための諸活動に有効活用することが

できる。そうすることによって、創造性やリーダーシップの向上や各自の才能の開花などが期待さ

れている。また、ある分野に秀でた生徒の能力をより一層伸長させるため、たとえば、芸術や音楽、

言語などの特別プログラムが用意されている。

 もちろん、そのような生徒のニーズや適性に応じた各種プログラムは、上記のような IP 学校など

の新しい学校を設立するだけではなく、現存のジュニアカレッジにおいても実現しうるものである。

中等教育後半の数年間が試験準備だけに費やされるのではなく、セカンダリー 4年生からジュニア

カレッジ2年卒業までの間で、さまざまな学習経験をして大学に進学することが望ましいと政府は

考えている17。網目状の国家管理による共通試験やそれによる振り分けは、制度上、近年明らかに

緩和する方向へ移行しており、政府が個性や個人の能力をより尊重するシステムを整備してきてい

ることは明確である。

⑶ ジュニアカレッジの概要

 シンガポールの教育制度では、ジュニアカレッジは、中等後教育(Post-Secondary Education)・大

学準備教育(Pre-University Education)であると説明されているが、世界の主要国家の教育制度と

比較した場合、それは後期中等教育に位置していることが明確であり、また就学年齢からみても、

日本の高等学校段階に相当すると考えられる。セカンダリースクール卒業後の生徒の進路を概観す

ると、O レベル試験の上位25-30%がジュニアカレッジ(JC)または中央教育学院(CI)に進学し、中

位はポリテクニック(35-40%)、O レベル試験下位者や N レベル試験受験者の一部は、ITE に進学

(20-25%)するか就職(15%)する18。シンガポール国内のセカンダリースクールの総数は155校、小

中一貫のフルスクールと合わせると160校ほどであることを考えると、ジュニアカレッジに入学す

る生徒は、複数の振り分け試験を突破した成績上位層であり、学力のかなり高い集団であることが

理解できる。

 後期中等教育段階の学校は、下記の表1が示すとおり、ジュニアカレッジの他にいくつかの種類

がある。

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  東北大学大学院教育学研究科研究年報 第56集・第2号(2008年)

 表1が示すとおり、日本の高校に相当する学校のタイプは現在22校ある。それらはジュニアカレッ

ジ(JC)と中央教育学院(CI)に大別され、圧倒的に政府校・国立校が多い。ジュニアカレッジのカ

テゴリーには、High School や Institution なども含まれるが、それらは自律校や独立校といった新

しいタイプの学校である。自律校(オートノマス校)は1994年に誕生した学校で、政府校、政府補助

校のうち質の高い教育を実践する特色ある学校に対して特別補助金を支給し、革新的なカリキュラ

ムの実践を奨励した学校である。さらに1998年には、独立校(インデペンデント校)と呼ばれる学

校が設置された。それは政府からの補助を受けながらも、スタッフ、カリキュラム、運営などで大

きな裁量権が与えられた学校である。現在、それぞれ上記の表が示す数になっている。このように、

ジュニアカレッジ段階も含めた中等教育において、画一的な教育ではなく、個々の異なった能力を

認め、それを伸ばそうとする動きがあることは、教育制度の多様化と弾力化を生み出し、より特色

ある教育活動を奨励しているといえる。

 ジュニアカレッジの2年時に生徒は A レベル試験を受け、その成績がよければ、シンガポール国

立大学(NUS)、ナンヤン理工大学(NTU)、シンガポール経営大学(SMU)に進学できる。これらの

大学に進学する割合は、受験者の約20 ~ 25%である。

 言うまでもなく、ジュニアカレッジは大学準備教育という役割を担うため、生徒の高等教育進学

をいかにして実現するかが、最大の使命であることは明白である。しかしながら、受験勉強をさせ

ることだけがジュニアカレッジの教育ではない。では、ジュニアカレッジの教育課程はどのように

なっているのだろうか。以下でその内容を詳しくみていくことにする。

2. ジュニアカレッジの教育課程⑴ カリキュラム構造

 教育省19によれば、ジュニアカレッジの教育課程は、三重円でその構造が示されている。コアと

なる最も中心にある円が、①ライフスキルに関するものである。それを包有する次の円が、②知識

スキルである。そして、①、②双方を含む外側の最も大きな円が、③内容中心科目である。以下に、

それぞれその内容について具体的に記す。

1) ライフスキル

 ライフスキルについて、教育省は「責任のある、活動的な市民として、健全な価値を身につけ、そ

表1 後期中等教育(高等学校レベル)の学校の種類と数

学校のタイプ JC High School Institution CI 合計

政府・国立校(自律校) 11(2) 2(2) 1 14

政府補助校 4 4

独立校 2 1 1 4

合計 17 3 1 1 22

〈Directory of Schools 2008, School information Service, MOE, Singapore をもとに作成〉

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シンガポールにおける学力観の変容

れらを生涯活用するスキル」と説明し、その構成要素は、クラブ活動の一種である「CCA (Co-

curriculum activity)」、「人格発達プログラム(Character Development Programme: CDP)」、「国

民教育(National Education: NE)」、「公民・道徳教育(Civics and Moral Education: CME」、「保健

体育(Physical Education: PE)」、「パストラルケア&キャリアガイダンス(Pastoral Care and 

Career Guidance: PCCG)」などの非学術領域となっている。

 「CCA」は授業後の時間を使って取り組まれ、いくつかの「CCA」を掛け持つこともできる。生徒

の資質や社会性、リーダーシップ、チームワークなどを学ぶために、全員が何らかの CCA に参加す

ることが求められる。「CCA」にはスポーツ、文化、芸術など様々な活動組織があり、たとえば、ナ

ンヤン・ジュニアカレッジでは44のバラエティに富む「CCA」20があり、生徒は積極的に各種活動

に励んでいる21。「国民教育」は、全人教育の中心的機能を担っており、市民性教育の一環として学

校行事、各教科などで幅広く展開される。特に、シンガポール人としての自覚と責任、愛国心を高

めるのが目的である。「公民・道徳教育」では、健全な道徳的価値を身につける、という価値教育で

ある。人格の形成、家族の絆、学校や地域への所属意識、社会の形成者としての自覚、国民としての

誇りなどを身につけることが目的である。「パストラルケア&キャリアガイダンス」は、カウンセリ

ングやキャリア教育、奨学金制度などの領域が含まれる。

 これらは試験が課されないという点で共通しているが、カリキュラムには位置づけられている。

特に「公民・道徳教育」、「保健体育」は授業科目として時間割に組み込まれているが22、「人格発達

プログラム」、「国民教育」、「パストラルケア&キャリアガイダンス」などは、学校全体のさまざま

なアプローチから展開されるべき教育活動として位置づけられている。

2) 知識スキル

 二つ目の円である知識スキルは、「プロジェクトワーク(Project work: PW)」、「ジェネラルペ―

パー(General Paper: GP)」、「知識と探究(Knowledge & Inquiry: KI)」の三領域から構成され、思

考力、コミュニケーション技能などを向上させることを主たる狙いとした総合的な学問分野である。

「レビュー報告書」は学習形態などへの提案も行っており、たとえば「コミュニケーション能力は

サービス産業やグローバル経済においても非常に重要」と根拠を示した上で、思考したり創造的に

学んだりできる新たな教授法を用いてプロセス、コミュニケーション、探求の方法、概念的思考力

などの力をつけさせ、正規課程の中で「PW」や「GP」などのような、学際分野がまたがるような学習

にいっそう取り組ませる重要性を説明している。

 「PW」はジュニアカレッジにおいて2000年に導入された必修科目である。様々な知識を動員させ

て統合させるこの学習の形態は、通常は4、5人がグループになり、データを収集、活用、分析する生

徒主導の自律的な学習活動である。一般には幅広いテーマやトピックが与えられ、そこから生徒た

ちが具体的な課題・テーマを設定して取り組む。教師は生徒の取り組む様子やファイルをチェック

するほか、筆記試験の代わりとしてプレゼンテーションについて評価が行われ、2005年から大学入

試のアドミッションスコアにも約10%その結果含まれている。

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  東北大学大学院教育学研究科研究年報 第56集・第2号(2008年)

 「GP」は英語の教師が担当している。英語の長文読解、エッセイや論文作成、テーマに基づくディ

スカッションなど、総合的な英語の能力を養成すると同時に、論理的思考力や分析力、自己表現力

も養うものである。「GP」は GCE-A level の試験科目の一つにもなっている。特に教科書を使わず、

教材はそれぞれの教師に任されている。「GP」担当の教師たちは新聞やインターネットから適切な

情報を集め、教材として利用している23。

 「KI」は、文化人類学や社会学的などのアプローチを通して、少人数ゼミにより多方面から知識の

統合を図り、学問的探求を深めるものである。成績が優秀な生徒向けに用意された選択科目であり、

より発展的な学習内容となっている。英語や数学、科学などの教師がチームを組み、文学分野、科

学分野をローテーションさせながら、幅広い学力を養成しようとしている24。

 これら知識スキル科目内容の特徴は、各教科で学習した様々な知識を総合的に活用し、応用する

という点にある。すなわち、情報活用能力、応用力などを高める科目群となっていることがわかる。

既出の「報告書」によれば、この領域のスキルをさらに伸長させていくことの重要性が示唆されてお

り、「ジュニアカレッジカリキュラムにおいて、内容そのものというよりむしろ、思考すること、学

習のプロセス、コミュニケーションスキルにより重点を置く必要がある」、「多分野の異なる知識を

させ、創造的、認知的思考力を発達させるアプローチを重視すべきである」と記述されている。前述

の「KI」はこの提案を受けて設置された新たな選択科目である。

 また、この知識スキルには学習形態にも特徴がある。一斉授業、講義形式による一方的な知識の

伝達ではなく、生徒同士、あるいは教師と生徒たちとのインタラクションが活発に行われ、生徒中

心の学習活動である。生徒が主体的に調べたり、ディスカッションしたりしながら、問題を追究し

ていく能動的な学びである。この学習スタイルは、2005年に発表された教育のイニシアティブ「教

えすぎず、学びを促す/少教多学(Teach Less, Learn More: TLLM)」の理念にも通じる。すなわち、

教師主導による知識伝達型、生徒の試験のためのドリル演習や暗記型の学習ではなく、学習プロセ

スを重視し、生徒が興味関心を持って主体的に学習に励むような働きかけ、生徒の自律的な学習の

推進などである。パイオニア・ジュニアカレッジにおける聞き取り調査においては、「GP」の授業

において実際にこのような形態をとって授業を行っていることがわかった25。

3) 内容中心科目

 外周の円は、教科科目・学術教科であり、①言語系(英語、母国語、第三言語)、②文化教養系(経済、

地理、歴史、文学、音楽、芸術など)、③理数系(物理、化学、生物、数学、コンピュータ活用など)の

三領域に大別される。これらは、同時に A レベルの試験科目となる。

 生徒は自分の進路希望にあわせて文系か理系かを選択し、それぞれの科目群から授業を選択する

こととなる。しかし、2002年の「ジュニアカレッジ・後期中等教育レビュー報告書」によって、ジュ

ニアカレッジの教育内容についていくつかの提案がなされたことを受け、カリキュラムに修正が加

えられた。そうして、2006年に新しいジュニアカレッジのカリキュラム「新 A レベルカリキュラム

(The new  ‘A’  level curriculum)」が導入されることになったのである。以下で、その具体的な内容

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シンガポールにおける学力観の変容

について概説することにする。

⑵ 教育内容

 ジュニアカレッジの教育課程として2006年に導入された「新 A レベルカリキュラム」の主な改訂

ポイントをキーワードで挙げれば、選択幅の拡大、弾力性、多様性、ホリスティック教育による思考

力・コミュニケーション能力の重視、となる。

 では、具体的な授業履修はどのようになっているのだろうか。ジュニアカレッジでの授業履修は、

基本的に各生徒の希望進路先、能力や興味関心に応じてなされる。文化教養系科目には、経済、地理、

歴史、文学、音楽、芸術などがあり、理数系科目には、物理、化学、生物、数学、コンピュータ活用な

どがある。それぞれが授業を選択し時間割を作成するという点では、日本の高校の総合学科に似て

いるが、両者を比較すると、シンガポールのジュニアカレッジの方が必履修科目数が少なく、より

選択の幅が大きい。よって、時間割も生徒ごとに大きく異なっている。選択の仕方や曜日によって

授業と授業の間に空き時間が生まれため、その時間を利用し生徒たちは食堂や廊下などに集まって

自主学習を行うのである。

 授業科目は、レベル別に履修すべき科目数が異なっている。その難易度によって H1(Higher1)、

H2(Higher2)に分けられ、H2は A レベルとほぼ同じ水準とされ、H1の難易度は H2のほぼ半分だ

とされている。また、極めて能力の高い生徒向けのH3(Higher3)科目もある。H1レベルである「GP」、

「PW」、「母語」の3科目、H2レベルである科目を3科目、そして自分の系列に属さない対照科目群(文

系の学生は理数系、理数系の学生は文系)から少なくとも H1レベルの1科目を履修しなければなら

ないことになっている。すなわち、少なくとも H1科目4つ、H2科目3つの合計7科目を全員が履修

することになる。

 ここで、対照科目(contrasting subjects)に着目したい。2002年の「レビュー報告書」において、

JC カリキュラムはより多様な生徒のニーズに応えるべく選択性や弾力性を高めるよう改訂案が出

され、さらに2005年に発表された「TLLM」ビジョンに基づき、カリキュラムの内容が10 ~ 20%程

度削減され、生徒の自律的学習が推進されることになった。それとともに、より選択の幅が拡大され、

生徒が幅広い知識を身につけることが奨励された。そうして、報告書における提案事項が反映され

た2006年の新カリキュラムおいて、“Multidisciplinary” という考え方に基づき、自分の専攻領域で

はないそれと対照的な、H1か H2の科目(contrasting subjects)を選択することが義務付けられた

のである。わかりやすくいえば、文系の生徒は理系科目群から授業を取る必要があり、理系の生徒

はすべて理系の科目で固めるのではなく、文系科目を選択しなければならない、ということである。

たとえば、A レベルの理数系科目4つを履修している典型的な理数系の生徒の場合、新カリキュラ

ム導入後には、理数系科目群より H1を2教科、H2を2教科、そして人文教養系から H2を1教科選

択する。そして「PW」、「母語」が加わり、これらが必履修科目となる。さらに、この生徒は、理数

系科目群から H2科目を2つ、H1科目を1つ、また文系科目を1つ選択することができることになる。

 この新カリキュラムは2006年から3年かけて導入されることになっているが、生徒の選択の自由

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  東北大学大学院教育学研究科研究年報 第56集・第2号(2008年)

度が増したが、非常に複雑な仕組みであるため理解しにくく、ストレスを感じ、混乱している現場

の教師や生徒、保護者は少なくないようである26。いずれにせよ、ジュニアカレッジでは、一定領

域に偏らない学力と、単に知識を習得するにとどまらない思考力や表現力、問題解決能力などを含

めた発展的な学習による学力を重要なものとしてとらえ、それを養成しようとしていることがわか

る。

⑶ 「教育期待目標」

 ではここで、ジュニアカレッジの教育修了時には、どのような力が身につくと期待され、どのよ

うな目標を設定して、教育内容が構想されているのかを考察したい。

 新しい教育のグランドデザインである「TSLN」のビジョンを具体的に示す努力目標として、1998

年1月に「教育期待目標(Desired Outcomes of Education: DOE)」(以下、DOE と記載)が制定され、

それぞれの教育段階に応じた「中期教育目標(Intermediate Outcomes of Education)」が設定され

た。ジュニアカレッジレベルでは、弾力的で意思堅固であること、社会的責任感を持つこと、創造的・

起業精神(entrepreneurial spirit)27を持ち、自律的、創造的思考ができるようになること、人生への

好奇心を持ち、シンガポールの将来進むべき道を理解すること、などの項目が掲げられている28。

 これらの目標をみれば、シンガポールでどのような教育を目指そうとしているのかが把握できる

ことにもなるが、ここでも特に「革新力」「創造性」が強調されている点が注目される。すなわち、ジュ

ニアカレッジ修了生につけさせたい力、シンガポールが目指す「学力」は、単なる断片的な知識の集

合体や配列ではなく、それを活用した応用力、革新力である、ということができるのである。

3. シンガポールの学力問題⑴ 学力維持の背景

 国際調査結果から、シンガポールの学力が非常に高いことが国際的に認知されている。では、シ

ンガポールの高学力は何によって支えられているのだろうか。「国際数学・理科教育動向調査」の

2003年調査(TIMSS 2003)における好成績の背景として、教育省は、生徒の前向きな学習態度、コン

ピュータや教材などの学校および家庭環境の良さ、学校の風土と安全性を挙げている29。その他に

考えられる高学力の背景要因としては、まず、前述した学力にもとづく効率的な分岐システムによ

る教育や、O レベルや A レベルなどの国家共通試験の存在が挙げられる。そして、シンガポール

では授業が楽しいと感じる生徒が他国と比較して多い点や、コンピュータ室や講義室等、学校環境

の良さなどの点が先行研究において指摘されている30。また、シンガポールでは学歴重視の傾向が

根強く、学力を証明する学位や称号、資格など等が就職や職場の給料に直結するなど、その人の教

育レベルと職階が密接にリンクしているという点も指摘できよう。

 さらに、1992年からセカンダリースクールとジュニアカレッジにおいて導入された学校ランキン

グ制度の導入も学力維持に影響を与えている。シンガポールでは、通学の利便性や居住区への愛着

などから近隣の学校を選択する生徒が多いものの、学区制度がないため、基本的に学校選択は生徒

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シンガポールにおける学力観の変容

やその保護者に任されている。自分の所属する学校が全体のどのくらいのレベルにあるのかを、生

徒や保護者はもちろん、国民も広く認識している。したがって、学校選択の際にそのランキングが

重要な手がかりとなるのである。

 これまでは、A レベル試験の結果のみに基づいてランキングが行われていたが、現在はそれに

“Value-added” という指標が加えられている31。それは、簡潔にいえば、入学時の成績と卒業時の成

績を比較して、どれだけ成績が向上したか、という成績の伸び率のことである。その学校に入学し、

教育を受けたことで、どれだけ力がついたかという視点を、ランキングに反映させているのである。

こうした点を組み入れれば、ランキングで下位にあった学校でも中位や上位に上昇することも可能

になっている。確かに、こうした学業成績を中心としたランキング制度は学校間競争を生むことに

なり、教師へのプレッシャーも増すが、それは学力向上策につながるとも考えられている。

 しかし、近年は、さらにそれに修正を加える動きが見られることは興味深い。それは、学校ラン

キングのフレームワークを拡大し、ランキングポイント制度を再検討する動きである。「試験は実

力主義を保証するシステムであり、生徒や保護者が実力に見合った学校へアクセスすることを可能

にするものである」32と、試験の意義と必要性を肯定しつつ、批判的能力やライフスキルなど身につ

けさせるためにバランスを取りながら非学術カリキュラムも重視する必要性が教育相によって述べ

られた。別言すれば、試験偏重のシステムから全人教育へと移行するには、「単一の指標によらず

生徒の実力を測る」33ことが求められ、その一つの方法として、学校ランキングのフレームワークの

見直しの必要性が示唆されているのである。新しい観点による別の指標を有した新フレームワーク

が整備されれば、受験準備教育のほかに、教育活動の何に力を注ぐのかに各学校の特色が反映され

ることになるだろう。このことは、総合的な学力をどう測るのかという点で、今後の動きに注目す

べきものである。

⑵ 総合的な学力養成

 大学準備教育機関であるジュニアカレッジでは、大学入試に備えるためのアカデミックな教育が

行われることは当然であるが、生徒は勉強ばかりしているというわけでは決してない。非学問領域

の教育活動も同時に数多く実施され、実に多彩な教育活動が展開されている。

 近年、生徒の人格を発達させるという観点から、非学問領域を重視する傾向が強くなり、特に

2002年の「レビュー報告書」以降、それが顕著になってきた34。たとえば、パイオニア・ジュニアカレッ

ジでは「もともと学校のモットーや校訓に照らし合わせて全人的な教育を行っていましたが、現在

はいっそう強化しています」と延べ、ナンヤン・ジュニアカレッジでは、「現在は人格面での教育に

も力を入れています。(カリキュラム変更後)より明確にそれに焦点をあてる形になりました」と述

べている35。具体的方略として、パイオニア・ジュニアカレッジでは、「人格&リーダーシップ教育」

プログラムを、ナンヤン・ジュニアカレッジでは「ホリスティックなリーダーシップ形成」プログラ

ムを展開している。それぞれ呼び方は異なるものの、リーダーシップの育成や人格の発達面をうな

がす教育活動を多方面から実践している。

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  東北大学大学院教育学研究科研究年報 第56集・第2号(2008年)

 生徒が取り組む多彩な活動の例を挙げれば、生徒会活動、スポーツ・文化・芸術などの CCA、コミュ

ニティ参加プログラムや奉仕活動、プロジェクトワークなどの探求型学習、リーダーシップトレー

ニングや各種キャンプなど、その内容は多種多様である。また、ある教員は「しっかりとした人格

や価値が身についていなければ、学力も身につかない」と発言している36ことは、価値観や人格、ラ

イフスキルなども学力を支える重要な要素であり、広義の学力ととらえる学力観を示唆していると

言える。

 1997年の「考える学校、学ぶ国家(TSLN)」という教育改革以降、学校は、生徒に学問的知識を教

授するだけのところではなく、それ以外にも学ぶべきことはたくさんあることや、「CCA」や「コミュ

ニティ参加活動」などを通して、生徒の全人的発達を促すことの重要性が強調されてきている37。「考

える学校、学ぶ国家」、そしてその具体的政策である「教えすぎず、学びを促す/少教多学(TLLM)」

の導入が、シンガポールにおける学力観の変化をもたらす引き金となり、それを機に徐々に、学問

領域と同様、非学問領域も重視されるようなってきたといえるだろう。

おわりに 以上、近年の教育改革や「ジュニアカレッジ・後期中等教育レビュー報告書」における提案内容、

およびジュニアカレッジの教育課程やインタビュー調査の分析に基づいて、シンガポールの学力問

題、特にジュニアカレッジにおける学力について多角的に検討してきた。その結果、次のようなこ

とが明らかになった。

 まず、1997年の「考える学校、学ぶ国家(TSLN)」を契機として、2002年の「レビュー報告書」、そ

して2005年導入の「教えすぎず、学びを促す/少教多学(TLLM)」など近年の教育改革にともない、

シンガポールの学力観に変化が認められるということである。ジュニアカレッジでは大学入試に対

応できるアカデミックな学力を伸ばすことの重要性の認識はこれまでと変わらないが、リーダー

シップや人格、倫理観の発達など、後期中等教育段階で身につけるべきさまざまな非学術領域も重

視し、よりバランスの取れた人材を育成しようとしていることがわかる。換言すれば、従来の学力

を維持しつつ、個性とそれぞれの能力や多様性を尊重し、生徒の自律的学習をより奨励する動きが

認められる。単に一科目として、試験のための勉強をさせるのではなく、それを統合し、批判的な

思考力、創造力、応用力などを育成しようとしているのである。このことは、今後ますます複雑化

する中で、知識の活用や応用、独創的な思考が必要となることが予想される社会や産業界のニーズ

に対応しようとしたカリキュラムであるともいえる。

 以上のことを踏まえると、シンガポールは、上述した教育改革によって、学力の幅を広げてきて

いると考えられる。カリキュラム構造が示すように、学力はアカデミックな学力、知識を統合した

批判的思考力や情報活用力、リーダーシップや人格、倫理観などのライフスキル、の3つのレベルを

包有した広義の学力である。そして、近年、後期中等教育においてライフスキルを重要視する傾向

がみられる。シンガポールの教育における選抜制度は、緩和の傾向に向かっているものの、その機

能は現在も継続している。したがって、ジュニアカレッジレベルの選ばれてきた人材に対して、ラ

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シンガポールにおける学力観の変容

イフスキル教育をより重視し、身につけるべき上記3つの領域の力をカリキュラムに位置づけ、学

校において生徒に習得させることで、シンガポールをリードするバランスの取れた人間の育成を目

指していると考えられる。そして、大学入試の方法と連携することによって、それを可能にしてい

ると言えるのである。

【註】1    Ministry of Finance, Singapore, http://www.mof.gov.sg/budget_2007/index.html (accessed January 31, 2008).

2    池田充裕「教育制度研究情報 教育制度国外最前線 シンガポールにおける教育改革の動向」教育制度学会『教育

制度学研究』13、2006年、222-229頁。

3    国際数学・理科教育動向調査の2003年調査(TIMSS2003)、文部科学省、2004年12月、http://www.mext.go.jp/

b_menu/houdou/16/12/04121301.htm (accessed March 19, 2008)

4    田村慶子『「頭脳国家」シンガポール』講談社現代新書、1993年;小木裕文『シンガポール・マレーシアの華人社会

と教育変容』光生館、1995年。

5    田村慶子、前掲書。

6    Chang, Shook Cheong Agnes, “Implementing of the ‘Thinking Schools, Learning Nation’ Initiative in Singapore,” 

Journal of Southeast Asian Education 2, no.1 (2001): 13-41.

7    Goh, Chok Tong, Prime Minister at the Opening of the 7th International Conference on Thinking on Monday, 2 

June 1997, at the Suntec City Convention Centre Ballroom, Ministry of Education, Singapore, Speeches, 1997.

8    Singapore. Ministry of Education. Junior College/Upper Secondary Education Review Committee. Report of the

Junior College/Upper Secondary Education Review 2002. October 14, 2002.

9    The Singapore Educational Landscape, Ministry of Education, Singapore, 2006.

10   角谷昌則「シンガポールの教育改革:現行制度の誕生と英語・道徳・エリート教育について」Working Paper 9、

21世紀 COE 基礎学力研究開発センター、2004年。

11   Chang, Shook Cheong Agnes, op. cit., 6.

12   初等教育段階は2003年に義務教育となった。

13   小木、田村、角谷、前掲書。

14   Ministry of Education, Singapore, Education Statistics Digest 2007.

15   たとえば Anglo-Chinese School, Hwa Chong Institution, Dunman High School など。

16   Gifted Education Programme, Ministry  of Education,  Singapore.  http://www.moe.gov.sg/gifted/IP.htm 

(accessed March 18, 2008)

17   Ministry of Education, Singapore, Press Releases. 25 January 2002.

18   Ministry of Education, Singapore, op. cit., 14.

19   Ministry of Education, Singapore. Information Booklet on Education System, Nurturing Every Child. 2006.

20   CCA における様々な取り組みは5%ボーナスポイントとして A レベル試験のアドミッションスコアに加算され

ていたが、2007年にこのシステムは中止になり、各大学が質的に評価するようになった。

21   シンガポールのジュニアカレッジ訪問調査より(2007年10月8 ~ 9日)。

22   同上。

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  東北大学大学院教育学研究科研究年報 第56集・第2号(2008年)

23   パイオニア・ジュニアカレッジの英語科主任・GP 担当教師へのインタビューより(2007年10月8日)。

24   パイオニア・ジュニアカレッジの教師へのインタビューより(2007年10月8日)。

25   パイオニア・ジュニアカレッジの英語科主任・GP 担当教師へのインタビューより(2007年10月8日)。

26   パイオニア・ジュニアカレッジの校長へのインタビューより(2007年10月8日)。

27   シンガポールは2003年より「革新と進取の気性(Innovation & Enterprise ; I&E)」に焦点を当てた政策を発表し、

予測不可能な産業社会に対応するためには、創業・起業精神が必要であることを強調している(The Next Chapter,

Ministry of Education, Singapore.)。

28   Ministry of Education, Singapore, “Desired Outcomes of Education,” Education System.

29   Singapore Tops  the Trends  in  International Mathematics and Science Study (TIMSS) 2003, Ministry of 

Education, Singapore, Press Releases, 2004.

30   杉本均「シンガポールの教育改革」大桃敏行・上杉孝實・井ノ口淳三・植田健男編『教育改革の国際比較』ミネルヴァ

書房、2007年。

31   A More Broad-based School Ranking System,17 March 2004, Press Releases, Ministry of Education, Singapore, 

2004.

32   Tharman, Shanmugaratnam, Minister for Education, at the MOE Work Plan Seminar 2004, Speeches, Ministry 

of Education, Singapore, 2004.

33   Ibid.

34   シンガポールのジュニアカレッジ訪問調査より(2007年10月8 ~ 9日)。

35   同上。

36   シンガポールの中等学校教頭へのインタビューより(2007年12月15日実施)。

37   Chan, Soo Sen, Minister of State for Education on CCA and Character Building, “FY2004 Committee of Supply 

Debate Reply,” Speeches, Ministry of Education, Singapore, 2004.

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シンガポールにおける学力観の変容

  This paper discusses the academic ability issues in Singapore, particularly, in the curriculum 

of  junior  colleges  through  the  analysis  of  "Report  of  the  Junior College/Upper Secondary 

Education Review Committee" and our  interview research to  junior college educators. Through 

the process of  the curriculum reforms, Singapore widened  the  implications of  the academic 

abilities  in  recent years. As  the new structure  of  the  curriculum of  Singapore  shows,  the 

components of the academic ability  includes the three skills: the academic skills of the content-

based subjects such as mathematics, science and languages, the knowledge skills with the critical 

thinking and the practical knowledge of information and the life skills dealing with personal-social 

matters, leadership, character development and values. Although academic skills are still essential 

in  junior colleges of university-bound education, Singapore has emphasized  the  importance of 

these life skills in the recent years, especially at the upper secondary education or junior college 

level.  This change suggests that the Singaporean government hopes for the talents of leading the 

country with the academic balance to survive in the knowledge-based competitive society. 

Key words: Singapore, Junior College, Educational Reform, Life Skills, Character

Yoshikazu OGAWA(Associate Professor, Tohoku University, Graduate School of Education)

Hiromi ISHIMORI(Graduate Student, Tohoku University, Graduate School of Education)

Academic Ability Issues in Singapore ―Three Components of Junior College Curriculum―