38
1 ウェブチャプター 23E 代謝の化学 23E.1 代謝とエネルギー 23E.2 ATP のエネルギー関係 23E.2.1 ATP の反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3 クエン酸回路 23E.4 酵素による触媒反応 23E.4.1 一般酸塩基触媒 23E.4.2 酵素反応機構 23E.4.3 補因子の作用 a 金属酵素による反応 b 補酵素とビタミン 23E.5 補酵素の反応機構 23E.5.1 ピリジンヌクレオチドとフラビン 23E.5.2 チアミンピロリン酸 23E.5.3 ピリドキサールリン酸 23E.5.4 ビオチン 23E.5.5 テトラヒドロ葉酸 23E.6 代謝経路 23E.6.1 グルコースの代謝 23E.6.2 脂肪酸の代謝 23E.6.3 アミノ酸の代謝 まとめ 生物が生命を維持するために,必要な物質をつくり,エネルギーを得るために行う 反応を,まとめて代謝 metabolism)という.そのうち,すべての生物に共通の生命 現象に関係している代謝は一次代謝 primary metabolism)とよばれ,糖,アミノ酸, 脂肪酸が関係する異化 catabolism)と同化 anabolism)を含む.異化では,複雑な 分子(栄養素)が単純な分子に分解され,エネルギーを供給し,生体分子の合成原料 を生成する.一方,同化では,単純な分子からエネルギーを使って複雑な生体分子が 合成される. 一次代謝に含まれず生命維持における役割が明確でない物質を産生する反応で,特 定の生物に限定的な代謝を二次代謝 secondary metabolism)という.二次代謝産物は, アルカロイド,テルペノイド,ホルモン,フェノール類,抗生物質,配糖体など一般 に天然物とよばれているもので,多種多様である.二次代謝産物の多くは顕著な生理 活性を示し,毒物や薬物として分類されるものも多い.

ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

  • Upload
    others

  • View
    3

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

1

ウェブチャプター23E 代謝の化学 目 次 23E.1 代謝とエネルギー 23E.2 ATPのエネルギー関係

23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応

23E.3 クエン酸回路 23E.4 酵素による触媒反応

23E.4.1 一般酸塩基触媒 23E.4.2 酵素反応機構 23E.4.3 補因子の作用 a 金属酵素による反応 b 補酵素とビタミン

23E.5 補酵素の反応機構 23E.5.1 ピリジンヌクレオチドとフラビン 23E.5.2 チアミンピロリン酸 23E.5.3 ピリドキサールリン酸 23E.5.4 ビオチン 23E.5.5 テトラヒドロ葉酸

23E.6 代謝経路 23E.6.1 グルコースの代謝 23E.6.2 脂肪酸の代謝 23E.6.3 アミノ酸の代謝

まとめ 生物が生命を維持するために,必要な物質をつくり,エネルギーを得るために行う

反応を,まとめて代謝(metabolism)という.そのうち,すべての生物に共通の生命現象に関係している代謝は一次代謝(primary metabolism)とよばれ,糖,アミノ酸,脂肪酸が関係する異化(catabolism)と同化(anabolism)を含む.異化では,複雑な分子(栄養素)が単純な分子に分解され,エネルギーを供給し,生体分子の合成原料

を生成する.一方,同化では,単純な分子からエネルギーを使って複雑な生体分子が

合成される. 一次代謝に含まれず生命維持における役割が明確でない物質を産生する反応で,特

定の生物に限定的な代謝を二次代謝(secondary metabolism)という.二次代謝産物は,アルカロイド,テルペノイド,ホルモン,フェノール類,抗生物質,配糖体など一般

に天然物とよばれているもので,多種多様である.二次代謝産物の多くは顕著な生理

活性を示し,毒物や薬物として分類されるものも多い.

Page 2: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

2

このように代謝の化学の領域は非常に幅広く,一つの章ですべてについて述べるこ

とはできない.23A~23D 章では代表的な生体物質の構造について説明し,おもな反応にも触れた.この章では,まず代謝とエネルギーについて述べ,ATPによるエネルギー伝達,そして糖質,脂肪酸,アミノ酸などの生体内燃料分子の酸化の最終経路で

あるクエン酸回路について説明する.ついで,代謝反応の基本となる触媒機構につい

て復習し,酵素反応と補酵素の反応機構について説明する.最後に,糖質,脂肪酸,

アミノ酸,それぞれの代謝について述べる 23E.1 代謝とエネルギー

代謝は生体内あるいは細胞で起こる化学反応のすべてを包含しており,生体系が活

動に必要なエネルギーを取り入れて利用する全過程を含んでいる.独立栄養生物は光

合成生物ともよばれ,太陽エネルギーを利用してCO2とH2Oから糖とO2をつくる(光

合成,photosynthesis:大気中の窒素を利用して含窒素化合物をつくるシアノバクテリアのようなものもある).従属栄養生物(化学合成生物ともいう)は,他の生物がつく

った糖質などの有機化合物を取り入れ,それを酸化してエネルギーを得る.多細胞動

物やほとんどの微生物は従属栄養生物である. 代謝は,一連の酵素触媒反応によって構成された代謝経路(metabolic pathway)によって起こり,各反応の基質,中間体,生成物を代謝物(metabolite)という.生体には多数の代謝物があり,多くの代謝経路が複雑に絡み合っているので,それらは代謝

マップで表される.代謝マップは1ページに収まらないほど複雑なので,ここには示さないが,インターネットで見ることができる.たとえば,次のようなサイトがある. http://www.expathy.org/pathways http://www.genome.jp/kegg/pathway.html 代謝経路はふつう異化と同化の経路に分けて考える.(1)異化経路は分解経路であり,栄養素や生体成分を分解して小さくて単純な最終生成物に変換する.この過程は

発エルゴン反応であり,Gibbsエネルギーが放出される.(2)同化経路は生合成であり,単純な成分から生体分子をつくる吸エルゴン反応なのでエネルギーを使う. 異化経路で放出されるエネルギーの一部は,アデノシン二リン酸( adenosine diphosphate: ADP)とリン酸からアデノシン三リン酸(adenosine triphosphate: ATP)を合成したり,酸化還元補酵素の NADP+(NAD+)を NADPH(NADH)へ,あるいはFAD を FADH2へ還元したりするのに使われる.すなわち,エネルギーの一部は ATPや還元型電子伝達体のかたちで保存されるが,残りは熱として失われる.このように

してつくられた ATP と NADPH(NADH),FADH2 は生合成(同化)に必要なエネル

ギーを供給する(図 23E.1).[酸化還元酵素についてはウェブチャプター23C(23C.1.2項)で言及した.この章では,通常,高エネルギー化合物の構造を赤で,低エネルギ

ー化合物を緑で表す.] 食物によって燃料を補給し,呼吸によって酸素を供給し,体内で燃料を酸化してエ

ネルギーを取り出す.この過程は,図23E.2に示すように,4段階に分けて考えることができる.

Page 3: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

3

図23E.1 異化経路と同化経路におけるエネルギー関係

図 23E.2 異化による生化学的エネルギー生産の概要

脂質

ポリマー(細胞)

多糖類タンパク質

核酸

糖質脂肪

タンパク質

エネルギーに富む栄養物質

脂肪酸

前駆体分子

糖アミノ酸

含窒素塩基

化学エネルギー

エネルギーの乏しい最終生成物

CO2H2ONH3

ADP + HPO42–

NAD+

NADP+

FAD

ATPNADH

NADPHFADH2

異同化化

糖質脂肪 タンパク質

還元型補酵素

クエン酸回路

アセチル CoA

脂肪酸と グルコース アミノ酸グリセリン などの単糖

CoA

2 CO2

ATP

O2

H2O

消化

アセチルCoAの生成

酸化的リン酸化

GTP

Page 4: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

4

段階 1は消化であり,糖質,脂肪,タンパク質が加水分解されて単糖,脂肪酸,アミノ酸になる.段階 2でこれらの加水分解生成物はクエン酸回路に導入可能なアセチル CoA に変換される.段階 3 はクエン酸回路であり,1 分子のアセチル CoA から 2分子の CO2が発生する.この過程で放出されるエネルギーは還元型補酵素(NADHやFADH2)のかたちで保存され,一部はグアノシン三リン酸(guanosine triphosphate, GTP: 容易に ATP に変換される ATP 類似体)の化学結合に蓄えられる.段階 4 では還元型補酵素から電子が電子伝達系の中で分子から分子に伝わって最後に還元型補酵素から

の H+とともに酸素と結合して水分子になる.すなわち,還元型補酵素は実質的に空気

中の酸素で酸化され,そのエネルギーを ATPの化学結合に蓄える. 異化と同化は逆過程に対応するが,同じ出発物と最終生成物になる過程でも,通常

の化学反応と違って可逆反応にはならない.異化(分解)と同化(合成)の過程が同

じセットの酵素によって触媒され可逆的であるなら,生体分子の生成量を調節するこ

とができなくなる.異化と同化の経路の中には,必ず異なる酵素を使う反応段階が含

まれる.それによって合成と分解反応を調節し,必要な量の生体分子を確保している. 次節以降で,あらゆる生体分子の代謝に関わる問題として,まず ATPを中心とするエネルギー関係とクエン酸回路について調べ,ついで代謝経路に見られる反応として,

酵素反応と補酵素の働きを反応機構の面から説明する.最後に単糖,脂肪酸,アミノ

酸の代謝について概略を述べる. (生体内ではカルボン酸やリン酸はイオン化しているので,構造式はイオン化状態で

示しているが,名称は生化学の習慣に従って解離していない酸名で表している.) 23E.2 ATP のエネルギー関係

23E.2.1 ATP の反応エネルギー 異化の過程で ATPがエネルギーを蓄え,そのエネルギーが同化に使われることから,ATPをエネルギー輸送分子(あるいはエネルギー通貨)ということもある.ATPは三つの –PO3

– 基をもっており,加水分解されると 1分子のリン酸を出してADPになる.この反応は発エルゴン反応であり,–PO3

– 基がもっていた化学エネルギーを放出する.その逆反応(ADP → ATP)は,リン酸化とよばれるが,吸エルゴン反応である.

OO N

NN

N

NH2

OH OH

adenosine triphosphate (ATP)

PO

PO

PO O– O O–

–O

O O–

アデノシン三リン酸

三リン酸基 アデノシン

ATP + H2O ADP + HOPO32– + H+

!G = –30.5 kJ mol–1

ADP + HOPO32– + H+ ATP + H2O

!G = +30.5 kJ mol–1

切断されて

ADP になる

Page 5: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

5

生物は食物から得られるエネルギーを使って吸エルゴン的に ADPから ATPを合成し,発エルゴン的な ATP加水分解で放出されるエネルギーを使って,種々の生合成を行う. 生化学エネルギーの生産,伝達,消費はすべて,ATP の加水分解と ADP のリン酸化という相互変換に依存している.この反応は,代謝における役割を果たす上で完璧

な特徴をもっている.ATPは安定で,酵素触媒がある場合にのみ加水分解されてエネルギーを出す.また,ATPの加水分解で得られるエネルギーは中程度である(表 23E.1)ということも重要である. 代謝における ATPの最大の役割はエネルギーを輸送することであるが,そのためには ATP ADP の正逆両反応がスムースに進む必要がある.あまりに ATP の加水分解で得られるエネルギーが大きいと,逆反応の ADPのリン酸化にそれだけ多くのエネルギーを必要とし,そのエネルギーを供給できる反応を見つけることが難しくなる.

ATPは,しばしば“高エネルギー分子”とよばれるが,類似のリン酸化合物に比べてとくに“高エネルギー”を供給できるわけではない.しかし,エネルギーを供給でき

る分子として,この表現が使われる.

表 23E.1 代表的なリン酸化合物の加水分解反応の Gibbsエネルギー ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

化合物名 機能 ΔG/kJ mol–1 –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– ホスホエノールピルビン酸 解糖の中間体 –61.9 1,3–ビスホスホグリセリン酸 解糖の中間体 –49.4 クレアチンリン酸 筋細胞のエネルギー貯蔵 –43.1 ATP(→ADP) エネルギー輸送分子 –30.5 グルコース 1–リン酸 炭水化物分解の中間体 -20.9 グルコース 6–リン酸 解糖の最初の中間体 -13.8 ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

23E.2.2 代謝経路と共役反応 ATPに保存された化学エネルギーは徐々に放出されて,吸エルゴン的な代謝反応を進めていく.熱力学で学んだように,反応物と生成物のエネルギー差は,反応経路に

かかわらず一定である.生体分子と代謝の最終生成物(おもに CO2と H2O)とのエネルギー差に関係なく,ATPのエネルギーを少しずつ使いながら一連の反応を経て代謝生成物に至ることができる. エネルギー的に不利な吸エルゴン反応をうまく進めるために,エネルギー的に有利

な発エルゴン反応を共役(couple)させることによって,代謝がうまく進むようになっている.二つの反応の和としてエネルギー的に有利な反応になるのである.たとえ

O PO

O–

O–R + H2O HO PO

O–

O–ROH +

Page 6: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

6

ば,グルコースとリン酸水素イオンからグルコース 6-リン酸を生成する反応の ΔGは+13.8 kJ mol–1である.これはエネルギー的に不利な反応であるが,ATPの加水分解が共役すると全反応は発エルゴン反応で有利になる.

すなわち,グルコースのリン酸化により 16.7 kJ mol–1の Gibbsエネルギーが放出される.このような反応の共役によってはじめて,一つの化合物に蓄えられたエネルギ

ーが別の化合物の反応に使われる.余分のエネルギーは熱として体温の維持に使われ

る. 共役する二つの反応は,これまで別々に見てきたが,実際には別々に起こるわけで

はない.全反応で表される反応のように,グルコースと ATPが直接反応して,リン酸基を転移させる. ADP から ATP を合成する反応も吸エルゴン的であり,共役する反応がなければ進まない.この反応の ΔG(+30.5 kJ mol–1)以上のエネルギーを放出する反応と共役す

る必要がある.たとえば,ホスホエノールピルビン酸の加水分解が共役すると次のよ

うなエネルギー関係になり,全反応はホスホエノールピルビン酸から ADPへのリン酸基の転移となる.

共役反応は,一般に曲線の矢印を用いて,次のように表される.

––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 問題 23E.1 光合成植物は次の反応でグルコースを CO2と H2Oから合成し,グルコースは酸化されて CO2と H2Oにもどる.

グルコース + HOPO32– グルコース 6–リン酸 + H2O

!G = –30.5 kJ mol–1

!G = +13.8 kJ mol–1

ATP + H2O ADP + HOPO32– + H+

グルコース ATP + グルコース 6–リン酸 ADP + !G = –16.7 kJ mol–1

(有利)

(不利)

(有利)

ADP + HOPO32– + H+ ATP + H2O !G = +30.5 kJ mol–1

ピルビン酸H2C C CO2–

O PO32–

+ H2O

ATP +ADP +

CH3 CO

CO2– + HOPO32–

ホスホエノールピルビン酸!G = –61.9 kJ mol–1

H2C C CO2–

O PO32–

CH3 CO

CO2– !G = –31.4 kJ mol–1

(有利)

(不利)

(有利)

H2C C CO2–O PO32–

CH3 CO

CO2–ADP ATP

6 CO2 + 6 H2O C6H12O6 + 6 O2酸化

光合成

Page 7: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

7

(a) 両方向の反応のうち,どちらが発エルゴン的で,どちらが吸エルゴン的か. (b) その吸エルゴン反応のエネルギーはどこからくるのか.

問題 23E.2 グルコースは体内で酸化されてエネルギーを生産するが,実験室で点火して燃やすこともできる.どちらがより多くのエネルギーを生産すると思われる

か.

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

23E.3 クエン酸回路

クエン酸回路(citric acid cycle)は 23E.1節(図 23E.2)でも述べたように,糖,脂肪酸,アミノ酸の異化で生成したアセチル CoAのアセチル基を 2分子の CO2に酸化し

て代謝するおもな経路であり,トリカルボン酸(TCA)回路あるいは Krebs 回路ともよばれる.最後の名称は,この経路を 1937年にはじめて提唱した Sir Adolph Krebs(クレブス)にちなむものである.クエン酸回路の概略を図 23E.3に示すが,ここでは CO2

とともに各種の生合成原料も供給するので,この回路は異化と同化の二面性をもつ両

方向経路である.

図 23E.3 クエン酸回路

OCCH3 S CoA

単糖 アミノ酸

アセチル CoA

脂肪酸

クエン酸

オキサロ酢酸

CO2

CO2

回路

H2O CoASH

脂質糖質 タンパク質

リンゴ酸

フマル酸

コハク酸

イソクエン酸

!–ケトグルタル酸

スクシニル CoAFAD

FADH2

 クエン酸

NAD+

NADH

NAD+

NADH

NAD+

NADH

GDP +HOPO3

2–GTP +CoASH

CoASH

Page 8: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

8

この回路では 8種類の酵素が一連の反応を触媒し,アセチル基は 2CO2に酸化され,

同時に 3NADH, 1FADH2, 1GTP(グアノシン三リン酸)が生成する.これらの反応を順に説明しよう. 段階 1, 2: 最初の 2段階はクエン酸の生成と異性化であり,酸化の準備段階である.まず,酵素触媒アルドール反応によりアセチル CoAのアセチル基がオキサロ酢酸に付加して炭素 6 原子のクエン酸を生成し,回路に入る.(クエン酸はトリカルボン酸

であり,この回路の別名のもとになっている.)

クエン酸は脱水と水和によりイソクエン酸に異性化する.中間体はアコニット酸と

よばれ,酵素はアコニターゼとよばれる.

段階 3, 4: この 2段階は NAD+による酸化反応である.段階 3でイソクエン酸のヒドロキシ基がカルボニル基に酸化され,脱炭酸を起こす.中間体のオキサロコハク

酸はβ-ケト酸なので容易に脱炭酸される.

生成した α–ケトグルタル酸は酸化的脱炭酸を起こすと同時に,CoASH と反応してスクシニル CoAを生成する.

+ H2O + CoA

OCCH3 S CoA

O C CO2–

CH2CO2–

オキサロ酢酸

クエン酸シンターゼ

クエン酸

CH2CO2–

CHO CO2–

CH2CO2–

SH

oxaloacetate citrate

アルドール反応

CH2CO2–

CHO CO2–

CH2CO2–

アコニターゼ

H2O

CH2CO2–

C CO2–

CH CO2–

aconitate isocitrateアコニット酸 イソクエン酸

アコニターゼ

H2O

CH2CO2–

CH CO2–

CH CO2–HO

クエン酸

脱水 水和

イソクエン酸

CH2CO2–

CH CO2–

CH CO2–HO

イソクエン酸デヒドロゲーゼ

NAD+ NADH

CH2CO2–

CH CO2–

CO CO2–

オキサロコハク酸oxalosuccinate

CH2CO2–

CH2CO CO2–

!–ケトグルタル酸!–ketoglutarate

CO2H+

酸化脱炭酸

Page 9: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

9

段階 5: スクシニル CoA(チオエステル)の発熱的な加水分解が,吸熱反応であるグアノシン二リン酸(GDP)のリン酸化と共役して起こる.生成物はコハク酸とグアノシン三リン酸(GTP)であるが,GTPは ATPと同じようにエネルギーを蓄えており,リン酸基の転移によりエネルギーを放出できるし,ATP にただちに変換される.コハク酸は回路の次の段階に入るが,これまで区別してきたアセチル CoAの 2炭素は,もはや区別できなくなる.

段階 6: コハク酸から水素 2原子が引抜かれフマル酸を生成する.この酸化にはFADが関与している.

段階 7, 8: フマル酸の酸化でリンゴ酸が生成し,酸化されると段階 1の反応物であるオキサロ酢酸が再生され,回路を完結する.

クエン酸回路の結果は,次式で表される.

デヒドロゲーゼCH2CO2–

CH2

CO CO2–

!–ケトグルタル酸

+ NAD+ + CoA SHCH2CO2–

CH2

CO S CoA+ CO2 + NADH

スクシニル CoAsuccinyl CoA

!–ケトグルタル酸

複合体

コハク酸CH2CO2–

CH2

CO S CoAスクシニル CoA

+ GDP + HPO42–チオキナーゼ CH2CO2–

CH2CO2–

コハク酸succinate

+ GTP + CoA SH加水分解と

GDPのリン酸化

CH2CO2–

CH2CO2–

コハク酸

+ FAD

コハク酸デヒドロゲナーゼ C

C

H CO2–

H–O2Cフマル酸fumarate

+ FADH2脱水素

CC

H CO2–

H–O2Cフマル酸

+ H2Oフマラーゼ CH

CH2CO2–

リンゴ酸malate

HO CO2–

水和

CHCH2CO2–

リンゴ酸

HO CO2– + NAD+

リンゴ酸デヒドロゲナーゼ C

CH2CO2–

オキサロ酢酸

+ NADH + H+CO2–O

oxaloacetate

酸化

Page 10: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

10

・還元型補酵素 4 分子(3 NADH + 1 FADH2)生成

・アセチル基から CO2 2分子生成 ・高エネルギー分子(GTP → ATP)の生成

クエン酸回路の中間体は正味の反応式には現れてこない.全体の結果は,アセチル

CoAのアセチル基の 2炭素が酸化されて CO2 2分子を生成している(CO2 も実際には別の炭素から生成していることに注意)ことと,還元型補酵素と GTPの生成によってエネルギーを蓄えることである.

––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 問題 23E.3 次の反応はクエン酸回路のどの段階に含まれているか.

(a) 付加反応 (b) 脱離反応 (c) 置換反応 (d) C–C結合生成 (e) C-C結合切断 (f) NAD+による酸化 (g) FADによる酸化 (h) 脱炭酸 (i) 新しいキラル中心の生成

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

23E.4 酵素による触媒反応

代謝経路を構成するほとんどの反応は,球状タンパク質である酵素(enzyme)によって触媒される.酵素タンパク質のアミノ酸残基の側鎖官能基が酸あるいは塩基とし

て作用する.さらに補酵素によってその触媒機能が多様になっている. 酸塩基触媒によって促進される有機反応の例は,カルボニル化合物やアルコール,

アルケンなどの多くの反応でみてきたし,有機合成にも触媒が重要であることを述べ

た.生体反応の多くが酸塩基触媒作用を受けることは,炭水化物がカルボニル化合物

の誘導体とみなせ,タンパク質がカルボン酸誘導体であることを考えれば納得できる

だろう.ここでは,まず,酸塩基触媒の作用機構をまとめておこう. 23E.4.1 一般酸塩基触媒 8 章や 9 章でみた酸触媒反応においては,カルボニル酸素のプロトン化により平衡的にプロトン化カルボニル中間体が生成し,そこから反応が進む.この機構では,酸

触媒となる分子(おもに H3O+)は律速段階には関与していない.しかし,アルケンの

水和反応では炭素プロトン化が律速にかかわっており,酸分子そのものが反応速度に

関係しているはずである.ただし,15章では酸の種類をとくに区別することなく,H3O+

による触媒反応として二つの反応機構の違いに注目することはなかった.前者のよう

に平衡的にプロトン移動が関与する反応は特異酸触媒反応(specific acid-catalyzed

アセチル CoA + 3 NAD+ + FAD + GDP + HPO42– + H2O

CoASH + 3 NADH + 3 H+ + FADH2 + GTP + 2 CO2

Page 11: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

11

reaction)とよばれ,後者のように律速段階でプロトン移動が起こる反応は一般酸触媒反応(general acid-catalyzed reaction)とよばれる. アルデヒドの酸触媒水和(特異酸触媒反応の例):

アルケンの酸触媒水和(一般酸触媒反応の例):

特異酸触媒反応の速度は溶液の pH(H3O+濃度)のみに依存するが,一般酸触媒反

応の速度は pH だけでなく他の弱酸の濃度にも依存する.もちろん,酸の強さにも依存し,pKaが小さいほど触媒効果は大きい(速度定数が大きい).塩基触媒反応にも類

似の 2種類の反応機構がある.特異塩基触媒反応と一般塩基触媒反応である.さらに,塩基種は求核種としても作用できるので求核触媒作用(nucleophilic catalysis)による反応もある.この反応は,一般塩基触媒反応と同じ反応速度則に従って進むので,二

つの反応機構を判別するには難しい点もある.酵素反応は中性の pH で起こるのでH3O+や HO–による触媒作用はあまり重要ではなく,タンパク質のアミノ酸残基側鎖の

酸あるいは塩基部位による一般酸・塩基触媒と求核触媒作用が重要になる. これまでみることがなかったので,ここで求核触媒反応の例を一つあげておこう.

中性 pHにおけるエステル加水分解は,イミダゾールの触媒作用によって促進される. イミダゾールを触媒とするエステル加水分解(求核触媒反応の例):

イミダゾールが求核種としても脱離基としても効率よく反応し,典型的な求核触媒反

応として進む.中間体としてアシルイミダゾールが生成する.このように共有結合を

つくって比較的安定な中間体を生成するのが,この触媒機構の特徴であり,この触媒

作用を共有結合触媒(covalent catalysis)ということもある.22章(22.5節)でみた有

O

R H+

律速H3O+

+O

R H

HOH2

R H

HO OH2+

– H+ R H

HO OH

中間体水和物プロトン化カルボニル

プロトン化

H OH2+

+CH2

R H

律速R H

CH3

カルボカチオン中間体

OH2R H

CH3 OH

水和物– H+R H

CH3 OH2+

(アルコール)

PhO–O

Me OPh+

N

NH Me OPh

NONH

+–O

Me NNH

++

H2OO

Me O–+

HN

NH

PhOH++

アシルイミダゾールイミダゾール

Page 12: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

12

機分子触媒も求核触媒の例である. 23E.4.2 酵素反応機構 酵素反応の反応物はとくに基質(substrate)とよばれる.基質は酵素の活性部位(active site)とよばれる領域に特異的に取り込まれ(酵素は特定の基質に特異性をもち,高い触媒活性を示す),酵素-基質錯体(enzyme-substrate complex)を形成し,そこで反応を起こす.生成した酵素-生成物錯体(enzyme–product complex)から生成物が放出されて反応が完結する.

活性部位には酸塩基(または求核)触媒作用を示すアミノ酸側鎖の酸・塩基が配置さ

れており,反応を促進する.このように触媒基と基質が近接して配置されて効率よく

作用する効果は,近接効果(proximity effect)とよばれる. 活性部位には金属イオンがあって触媒に関与することも多いし,補酵素 (coenzyme) とよばれる別の有機分子を必要とする場合もある.このような金属イオンと補酵素は,

合わせて補因子(cofactor)とよばれる.補因子については次項で説明する.まず補因子を必要としない単純な酵素反応の例を二つ示す. ・リゾチームの反応機構 リゾチーム(lysozyme)は細胞壁を構成する多糖を加水分解する酵素であり,溶菌酵素ともよばれる.細菌の細胞壁は,アミノ糖の N–アセチルムラミン酸(NAM)とN–アセチルグルコサミン(NAG)が交互につながってできており,リゾチームは NAMと NAGの結合を切断する.

リゾチームはヒトの涙や鼻汁にも含まれているが,卵白から抽出されたリゾチームが

食品や医薬に使われている.

E + S

酵素-生成物錯体基質 酵素-基質錯体酵素E– S E– P E + P

生成物酵素

HOO

NHO

OH

O OO

NH

OH

HOO

NHO

OH

OR

リゾチームMeCMeC

MeC

O

O

O NAMNAG NAG

CMe

HHO2CR =

H2O

HOO

NHO

OH

O OO

NH

OH

OHR

MeC

MeC O

O

+ HOO

NHO

OH

HO

MeC O

Page 13: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

13

卵白のリゾチームの活性部位には,多くのアミノ酸残基の側鎖官能基が関与して反

応を促進しているが,加水分解に直接関与しているのは Glu–35と Asp–52である.この酵素触媒加水分解は立体保持で進むことがわかっており,多くの研究から二つの連

続した SN2反応で進行していることが明らかにされている.

図 23E.4 リゾチームの反応機構 第一段階で Asp–52 のカルボン酸イオンが求核触媒としてはたらいて NAM 残基の

C1を攻撃し,脱離基となる NAG残基と置き換わる(SN2).このとき,Glu–35のカルボン酸が一般酸触媒として脱離を助けている.第二段階では,Glu–35のカルボン酸イオンが一般塩基触媒として,水分子の攻撃(SN2)を助け,反応を完結する.結果的に C1の立体配置は保持される. 反応の速度を反応溶液の pH に対してプロットしたものを pH-反応速度関係図(pH–rate profile)という.リゾチーム触媒反応の pH-反応速度関係は図 23E.5に示すようになり,pH 5.3 に最高速度をもつベル形の曲線になる.高 pH では酸が解離して酸触媒が機能しなくなり,低 pH では塩基がプロトン化されて機能しなくなるので,二つの pKaの中間に酵素活性(速度)の最高値が現れる.

OO

O

NH

OH

HOO

NHO

OH

OR

MeC

MeC

O

+

NAM NAG

O

ASp52

CO O

OC

Glu35

OH

OO

O

NH

OH

HOO

NHO

OH

HOR

MeC

MeC

O

OASp52

CO O

OC

Glu35

O–

OH H

OO

O

NH

OH

HOO

NHO

OH

HOR

MeC

MeC

O

OASp52

CO O

HOC

Glu35

O

OH

SN2

SN2

Page 14: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

14

図 23E.5 リゾチーム酵素活性の pH依存性

図 23E.5の曲線で酵素活性が,最高値の 1/2になるのは pH 3.8と pH 6.7である.これら二つの pH値は,一般に酵素の活性部位の二つの酸塩基触媒基の pKaに相当する.

低 pH 側の pKaは塩基として作用する基の共役酸の pKa,高 pH 側の pKaは一般酸とし

て作用する基の pKaに相当すると考えられる.上に示した反応機構で第一段階が律速

であるとすれば,リゾチームの Asp–52 のカルボン酸の pKaが 3.8 で,Glu–35 のカルボン酸の pKaが 6.7 であると推定できる.本書の表 23.2 によれば,アスパラギン酸側鎖の pKaは 3.86,グルタミン酸の pKaは 4.25となっているので,Asp–52の pKa 3.8は妥当であるが,Glu–35の pKa 6.7は高すぎるように思われる.表 23.2のアミノ酸の pKa

値は極性の高い水溶液中で測定されたものであるが,酵素の活性部位は水が排除され

ているので,その環境は単純ではない.Asp–52は極性基に囲まれているので,極性の高い水中の値に近いのに対して,Glu–35は無極性の局所環境におかれている.その結果,無極性溶媒中におけるのと同じように Glu–35の pKaは高くなるものと解釈されて

いる. ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 問題 23E.4 リゾチームによる加水分解を,18O を含む水中で行うと,18O は NAM と

NGMのどちらに含まれるか. ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– ・トリプシンの反応機構 トリプシン(trypsin)はペプチドの加水分解を触媒するセリンプロテアーゼとよばれる消化酵素の一つである.トリプシンはアルギニンとリシン残基のペプチド結合の

みを特異的に切断する.この二つのアミノ酸の側鎖は,α炭素から 5 番目の原子の N上に正電荷をもつという共通の構造的特徴をもつ(表 23.2)ので,同じ活性部位に適合することも説明できる. この活性部位の空孔には,疎水性部分が並んでおり,底の部分にアスパラギン酸側鎖のカルボン酸イオン(ペプチドのアルギニンまたはリシン

残基の正電荷を安定化する)がある(図 23E.6).疎水性相互作用と静電引力を含む van der Waals 相互作用と水素結合によって酵素-基質錯体が形成される.

pH6.73.8

pH 5.3

酵素活性

Page 15: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

15

図 23E.6 トリプシンの作用機構

C 末端ペプチドの放出

HN N

His57

Ser195CH2O

HNC

O

H

Asp189

OO O–

+

CHCH2CH2CH2NH

NH2H2N

CHN

O

PepN

PepC

–HN N

His57

Ser195CH2

ONC

O

H

Asp189

OO O–

+

CHCH2CH2CH2NH

NH2H2N

CHN

PepN

PepC

H O+

HN N

His57

Ser195CH2

ONC

O

H

Asp189

OO O–

+

CHCH2CH2CH2NH

NH2H2N

CNH2 PepN

PepC

O

OHH

HN N

His57

Ser195CH2

ONC

O

H

Asp189

OO O–

+

CHCH2CH2CH2NH

NH2H2N

C

PepN

O

HO

H

–HN N

His57

Ser195CH2

ONC

O

H

Asp189

OO O–

+

CHCH2CH2CH2NH

NH2H2N

CHO

PepN

H O+

HN N

His57

Ser195CH2

ONC

O

H

Asp189

OO O–

+

CHCH2CH2CH2NH

NH2H2N

C

PepN

HO

O

H

四面体中間体酵素-基質錯体

アシル酵素 アシル酵素の生成 への水の攻撃

四面体中間体 酵素-生成物錯体

酵素骨格

酵素活性部位

静電引力

水分子の取込み

Page 16: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

16

図 23E.6には,アルギニン残基の C末端側ペプチド結合の加水分解機構を示している.活性部位の空孔の入り口付近にあるセリン(Ser–195)とヒスチジン(His–57)残基が,触媒作用に重要な役割を演じている.カルボニル基への Ser-OHの求核攻撃を,His のイミダゾールが塩基として助け,C 末端側のペプチド鎖を切り出すと同時に N末端側のペプチド鎖はアシル酵素を形成する.すなわち,Ser残基は求核触媒,His残基は一般塩基触媒として作用している.ついで,アシル酵素が水分子によって切断さ

れるが,この過程では His–57のイミダゾールが水分子の求核攻撃を一般塩基として助けている.最終生成物として C末端にアスパラギン酸をもつペプチドを与えるとともに酵素が再生される. セリンプロテアーゼとよばれる酵素には,トリプシンのほかにキモトリプシンとエ

ラスターゼがあり,いずれも活性部位にセリンをもっており他の官能基もよく似てい

る.しかし,キモトリプシンは,空孔が狭くて無極性アミノ酸が並んでいるので,平

らで無極性の側鎖をもつアミノ酸(Phe, Tyr, Trp)の炭素側のペプチド結合を選択的に切断する.エラスターゼは,活性部位にかさ高いアミノ酸の Val と Thr があるので,小さなアミノ酸側鎖しか適合できない.そのため,エラスターゼは Gly と Ala の炭素側ペプチド結合を加水分解する.[前項の反応例ではイミダゾールが求核触媒になる反

応を示したが,最近の研究によれば,トリプシンやキモトリプシンのヒスチジン残基

のイミダゾール基は一般酸塩基として作用している.] 酵素の触媒作用の効率は,酵素基質錯体の活性部位においてすべての反応基(上の

例では基質カルボニル,求核触媒 Ser–OH,酸塩基触媒 His–イミダゾール)が分子内にあるように近接して都合よく配置されていることによる.この近接効果と特異的な

活性部位への取込み(分子認識 molecular recognitionともいう)が,酵素の触媒としての特異性と高効率性に寄与している. –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 問題 23E.5 ヒト免疫不全ウィルスがもつ HIVプロテアーゼは二つのアスパラギン酸残基のカルボン酸によって免疫細胞を破壊し,AIDSの原因にもなる.次に示すのはその最初の段階である.この反応によるペプチド結合切断の機構を書け.

––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

また,酵素反応は立体選択的であり,キラルな化合物は純粋なエナンチオマーとし

て生成する.その理由は,酵素が L–α–アミノ酸から生成したポリマーであり,純粋な

HN

NH

O R

ORO

H H

O

O

Asp

O

O AspH

Page 17: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

17

エナンチオマーだからである.したがって,キラルな基質のエナンチオマーから生成

した酵素-基質錯体はジアステレオマーになっている. 23E.4.3 補因子の作用 a 金属酵素による反応 酵素反応には補因子として金属イオンを必要とするものがあり,活性部位に強く結合した金属イオン(Fe2+, Co2+, Cu2+, Zn2+, Mo2+)をもつ

酵素は金属酵素(metalloenzyme)とよばれる.その一例として,タンパク質(またはペプチド)の C末端のペプチド結合を切断するもう一つの加水分解酵素,カルボキシペプチダーゼ A があり,Zn2+を必要とする.図 23E.7 に,その反応機構を模式的に示す.

図 23E.7 ペプチドの加水分解におけるカルボキシペプチダーゼ Aの作用機構

Zn

Tyr248 OH

Arg145C

H2N NH2!+!+

CCHCH2

O O!–!–

NH

C Arg127H2N

H2N

NNH

His196

O

OGlu72

O

OGlu270

NHN

His69

CO

HO

H

!+!+

!+

!+

!+

Zn

Tyr248 OH

Arg145C

H2N NH2!+!+

CCHCH2

O O!–!–

NH

C Arg127H2N

H2N

NNH

His196

O

OGlu72

O

OGlu270

NHN

His69

CO

!+!+

!+

!+

!+

疎水性ポケット

!– !–

HOH

Zn

Tyr248 OH

Arg145C

H2N NH2!+!+

CCHCH2

O O!–!–

NH2

C Arg127H2N

H2N

NNH

His196

O

OGlu72

O

OGlu270

NHN

His69

!+!+

!+

!+

!+

!–

HO CO

Zn

Tyr248 OH

Arg145C

H2N NH2!+!+

CCHCH2

O O!–!–

NH3

C Arg127H2N

H2N

NNH

His196

O

OGlu72

O

O–Glu270

NHN

His69

!+!+

!+

!+

!+

!–

–O CO

+

Page 18: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

18

図 23E.7は,カルボキシペプチダーゼ Aが C末端のフェニルアラニンを切り出す反応の機構を示している.

カルボキシペプチダーゼ Aでは,Glu–72, His–196, His–69に Zn2+と水分子が結合して

活性部位を形成している(図 23E.7では,ウシの膵臓からとった酵素を示しているが,酵素の起源が違っても活性部位はほとんど同じである). この反応において基質を適当な位置に固定するために,Arg–145 のグアニジン部位と Tyr–248 のフェノール部位が,C 末端のカルボキシラート基と三つの水素結合をつくっている.C 末端アミノ酸の側鎖は,酵素の疎水性ポケットに位置してペプチドと活性部位に固定している.そのためこの酵素は,ペプチドの C末端アミノ酸が(アルギニンやリシンのように)極性側鎖をもつ場合には不活性である(23B.6.1項参照). 活性部位に結合した基質のアミドカルボニル基に Zn2+が配位して活性化し,生成し

てくる四面体中間体を安定化する.また,Arg–127 も水素結合でカルボニル基の求電子性を高め,生成してくる負電荷の安定化に寄与している.Zn2+は水分子にも配位し

て求核性を高める.Glu–270 のカルボン酸イオンが一般塩基触媒として水の求核攻撃を助けている. 第二段階では,Glu–270 のカルボン酸部位が一般酸触媒としてアミノ基の脱離を助ける.反応が完結すると,生成物のアミノ酸と短縮されたペプチドが酵素からはなれ,

次のペプチドと入れ替わる. ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 問題 23E.6 カルボキシペプチダーゼ Aにより C末端ペプチド結合を効率よく切断されるのは,次の C末端ペプチド鎖のうちどちらか.

Ser–Ala–Pheと Ser–Ala–Asp ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– b 補酵素とビタミン 補酵素については,すでにピリドキサールリン酸(ノート8.3),NAD+(ノート 10.2)や補酵素 A(ノート 17.3,23.5)について簡単に述べたが,ほとんどの水溶性ビタミンは補酵素である.それらを表 23E.2 にまとめておく.ビタミン Cは例外で,抗酸化剤として水溶液中で発生したラジカルを捕捉する.脂溶性のビタミンEも抗酸化剤となるが,これは非極性環境下で発生したラジカルを捕捉する. 脂溶性ビタミン(23D.5.2 項)のうちビタミン K はカルボキシ化反応の補酵素として作用する.脂溶性ビタミンには他にビタミン A(レチノール)とビタミン Dがある.

C NHCHCO–

CH2Ph

O O カルボキシペプチダーゼ A

CO–O

+ H3NCHCO–O

CH2Ph

+

Page 19: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

19

補酵素の反応の詳細については節を改めて説明する.

表 23E.2 水溶性ビタミン a)と補酵素機能 –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– ビタミン 補酵素 触媒反応 ヒトの欠乏症 –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– ナイアシン(B3) NAD+, NADP+ 酸化 神経系症状, (ニコチン酸) NADH, NADPH 還元 ペラグラ リボフラビン(B2) FAD, FMN 酸化 皮膚炎 FADH2, FMNH2 還元 チアミン(B1) チアミンピロリン酸 二炭素移動 筋力低下,脚気 (TPP) パントテン酸(B5) 補酵素 A アシル基転移 高血圧 ピリドキシン(B6) ピリドキサールリン酸 アミノ酸の反応 b) うつ病,貧血 (PLP) コバラミン(B12) 補酵素 B12 異性化 悪性貧血 ビオチン(B7) ビオチン カルボキシ基転移 筋肉痛,疲労感 葉酸(B9) テトラヒドロ葉酸 一炭素移動 貧血,消化管異常 アスコルビン酸(C) 壊血病 ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– a) ビタミンは微量ながら生存に必要な栄養素のうち体内で合成できないものを指す.ヒトのビタミンとして現在認められているものは 13種類であり,かつてビタミンとされたものには誤りもあった.ビタミン B 群は発見の順に番号がつけられたが,ビタミン Bの名称は使われなくなっているものが多い. b) 脱炭酸,アミノ基転移,ラセミ化,Cα-Cβ開裂,β–脱離,β–置換などの反応.

23E.5 補酵素の反応機構

23E.5.1 ピリジンヌクレオチドとフラビン 最も広く酸化・還元(脱水素・水素化)に使われる補酵素はニコチンアミドアデニ

ンジヌクレオチド(NAD+)とフラビンアデニンジヌクレオチド(FAD)であり,その還元型は NADH と FADH2である(NAD+/NADH についてはノート 10.2 で生体内のヒドリド還元の例として簡単に述べた).これらの酸化還元補酵素は電子伝達体(electron carrier)ともよばれる(酸化還元は電子の授受に相当する).FAD 類似の FMN(フラビンモノヌクレオチド)が電子伝達体をしてかかわる反応もある.これらはまたヌク

レオチドの例でありウェブチャプター23C(23C.1.2項)でも言及した.

Page 20: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

20

図 23E.8 酸化還元補酵素 FADからアデノシン一リン酸部分を除いたものが

FMN(flavin mononucleotide)である. ・ピリジンヌクレオチド: NAD+のアデノシン部分の 2’位にリン酸基が結合したものはニコチンアミドアデニンジヌクレオチドリン酸であり,NADP+と表され,同じ

ような機能をもっている.一般に NAD+/NADH は異化反応に使われ,NADP+/NADPHは同化反応に使われる. ピリジンヌクレオチドの反応中心になるのはピリジン環であり,NAD(P)+は 4 位にヒドリドイオン(H–)を受け入れる.ここに一例として,解糖系の一反応であるグリ

セルアルデヒド 3–リン酸を 1,3–ビスホスホグリセリン酸にする酵素反応の機構を見てみよう.この反応はグリセルアルデヒド 3–リン酸デヒドロゲナーゼと NAD+によっ

て酸化されると同時に,カルボン酸はリン酸との混合酸無水物のかたちになる.

OO N

NN

N

NH2

OH OY

O N

OH OH

NH2

O

O

P

PO

–O

O

–O

O

+ニコチンアミド

(NAD+の反応中心)

二リン酸エステル

リボース

アデノシン

ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドnicotinamide adenine dinucleotide (NAD+)

OO N

NN

N

NH2

OH OH

O

P

PO

–O

O

–O

O

フラビン(FADの反応中心)

二リン酸エステル

リビトール

アデノシン

フラビンアデニンジヌクレオチドflavin adenine dinucleotide (FAD)

OH

OH OH

N

N

N

NH

O

O

FMN

NAD+ (Y = H)NADP+ (Y = PO3

2–)

RN

NH2

OH H

(H–)

NADH NADPHまたは

還元型基質(H–)

還元型基質

N

HN

NH

NH

O

O

RFADH2または FMNH2

COHH

CH2OPO32–

OH

D–グリセルアルデヒド–3–リン酸

+ NAD+ HOPO32–+

グリセルアルデヒド–3–リン酸デヒドロゲナーゼ

COHH

CH2OPO32–

OPO32–O

NADH+ + H+

D–1,3–ビスホスホグリセリン酸D–1,3–bisphosphoglycerateD–glyceraaldehyde–3–phosphate

Page 21: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

21

このデヒドロゲナーゼの活性部位には,NAD+に加えて SH基をもつシステイン残基とイミダゾール環をもつヒスチジン残基が存在する.グリセルアルデヒド 3–リン酸デヒドロゲナーゼの反応機構の概略を図 23E.9に示す.

図 23E.9 グリセルアルデヒド 3–リン酸デヒドロゲナーゼの反応機構

・フラビンアデニンジヌクレオチド: クエン酸回路の中で,CH–OHと C=Oの相互変換には NAD+/NADHを使っているが,コハク酸からフマル酸を生成する脱水素はFADを使っている.このように NAD+はおもにカルボニル基への酸化にかかわってい

るが,FAD は別のタイプの酸化,C=C,S-S,C=N 結合を生成する酸化などに関与している.また,FMNは NADHを NAD+に酸化する.

N

HN

O

H R

SH

NR'

O

H2N

H

+

N

HN

SNR'

O

H2N

H

+CH RO

H

HN

HN

SNR'

O

H2N

H H

O R

+

NAD+

NAD+

NADHHN

HN

S

O R

+

NADHNR'

O

H2N

H

+

NAD+

OP

–O OHO

HOPO32–

N

HN

SC

NR'

O

H2N

H

+RO

O2–O3P H

+

N

HN

O

2–O3PO RSHN

R'

O

H2N

H

+

酸化

リン酸化

グリセルアルデヒド3–リン酸 ヘミチオアセタール

チオエステル中間体

グリセリン酸1,3–ビスホスホ

CH2CO2–

CH2CO2–

コハク酸

+ FAD

コハク酸デヒドロゲナーゼ C

C

H CO2–

HCO2–

フマル酸

+ FADH2

Page 22: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

22

図 23E.10 に示すように,FAD によるジヒドロリポアミドの酸化反応においては,チオラートイオンがフラビン環の C4a位を攻撃することから始まるが,アミノ酸の酸化ではカルボアニオンが N5 位を攻撃することによって反応する.反応機構に示す一般酸塩基は,それぞれの酵素のアミノ酸残基の側鎖官能基である.

図 23E.10 FADによる酸化反応の反応機構

(a) ジヒドロリポアミドと (b) アミノ酸の酸化

+ FAD + FADH2

ジヒドロリポアミドデヒドゲナーゼ

HO

HN E

SSHS

HO

HN E

HS

ジヒドロリポアミド リポアミド

イミノ酸!–アミノ酸

CO2–

CH

R NH3+

アミノ酸オキシダーゼ

+ FADCO2–

CR NH2+ + FADH2

N

N

N

NH

O

O

RFAD

SSH R

ジヒドロリポアミド

–B H

N

NH

N

NH

O

O

R

SSH R

–B

H B

N

NH

HN

NH

O

O

RFADH2 –B

B H SS

Rリポアミド

(a) ジヒドロリポアミドデヒドロゲナーゼの反応機構

+

!–アミノ酸

HCR CO2–

NH2

–B

CR CO2–

NH2

N

N

N

NH

O

RFAD

B H

H B

+

N

N

HN

NH

O

O

R–B

C CO2–RNH2

B H

N

NH

HN

NH

O

O

R–B

FADH2

C CO2–RNH2 –B

イミノ酸

C CO2–RNH BH

(b)アミノ酸オキシダーゼの反応機構

Page 23: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

23

––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 問題 23E.7 FADH2によるリポ酸の還元反応の機構を書け. ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 23E.5.2 チアミンピロリン酸 チアミンはビタミン B1として知られているが,その補酵素体がチアミンピロリン酸

(TPP:チアミン二リン酸ともいう)である.TPP はある分子から別の分子への二炭素移動を触媒する.その中でも重要な反応は糖類代謝の最終生成物のピルビン酸をア

セチル CoA へ変換する反応であり,これによってクエン酸回路に入ることができる.[酸素が乏しい嫌気的条件(たとえば,激しい運動中の筋肉)では,ピルビン酸は NADHによって乳酸に還元される.]

最初にピルビン酸の脱炭酸が TPPの関与によってどう起こるか見ておこう. ・ピルビン酸の脱炭酸 その代表的な例がピルビン酸デカルボキシラーゼによる

ピルビン酸の脱炭酸における TPPの働きである.この反応により,ピルビン酸はエタナールになる.[エタナールはアルコールデヒドロゲナーゼと NADH でエタノールに還元される(アルコール発酵).]

チアミンの特徴はチアゾリウム環部分の酸性が比較的強く,カルボアニオンを生成

しやすいことである.生成したカルボアニオンは隣接の正電荷によって安定になった

イリド構造をもっている.

SNN

NCH3

NH2

CH3 CH2CH2O P OO

PO

O–O–O–

チアミンピロリン酸thiamine pyrophosphate (TPP)

+

ピルビン酸CH3 C

OCO2–

ピルビン酸デカルボキシラーゼ

+ H+ CH3 CO

H + CO2TPP

pyruvic acid

+ H+SN

+

チアゾリウム環

pKa 12.7

H

SN+

イリドカルボアニオン

Page 24: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

24

このカルボアニオンが,求核種として求電子性の高いピルビン酸のカルボニル基を攻

撃することにより,酵素反応が始まる(図 23E.11).生成した中間体のチアゾリウム環はイミニウム形の Nに正電荷をもち,電子を受け入れやすいので脱炭酸を起こしやすい.[脱炭酸を起こしやすい例として 17章(17.6.2項)でみた β–ケト酸よりも脱炭酸しやすい.]CO2が外れてできるカルボアニオンは共鳴安定化されている.共鳴安定

化カルボアニオンのプロトン化とチアゾリウム(TPP)の脱離が起こるとエタナールが生成し,TPPが再生する.

図 23E.11 TPPによる脱炭酸

・ピルビン酸のアセチル CoA への変換 ピルビン酸は糖類の代謝の最終生成物であり,これをクエン酸回路に導入するためにはアセチル CoAに変換する必要がある.そのためには 3種類の酵素からなるピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体と 5種類の補酵素が必要である.そのうち,TPP,リポ酸,FAD は触媒作用をもつ補因子としてはたらくが, CoAと NAD+は基質になっているので化学量論式に現れている.

反応は 3段階からなり,脱炭酸,酸化,アセチル基の CoAへの転移の順に起こる.

1. 脱炭酸: 最初の反応は TPPが関与する脱炭酸であり,上でみた脱炭酸と同じよ

SN+

CH3 CO

C O–

O

CH3 C C OOH

SN+

O

H B

–CH3 C

OH

SN

CO2

CH3 COH

SN

+

H B

CH3 CO

SN

+

H

H B

OCCH3 H

SN+

+

(TPP)

(TPP) H B

ピルビン酸デヒドロゲナーゼ複合体

CH3 CO

SCoA + CO2ピルビン酸

CH3 CO

CO2– + CoA–SH

NAD+ NADH + H+

ピルビン酸CH3 C

OCO2–

CO2OCCH3

2 e–

OCCH3

+OCCH3 SCoA

CoASH

アセチル CoA脱炭酸 CoAへの転移酸化

Page 25: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

25

うに起こるが,酵素複合体のピルビン酸デヒドロゲナーゼ成分によって触媒され,生

成物はヒドロキシエチル TPP(図 23E.11の反応機構で共鳴安定化カルボアニオンがプロトン化されたかたち)である.

2. 酸化: 二つ目の酸化反応はリポ酸が補酵素となる.リポ酸は酵素のリシン残基の側鎖アミノ基とアミド結合してリポアミドのかたちになっており,TPP に結合したヒドロキシエチル基がこのリポアミドへ転移すると同時に酸化されてアセチル基とな

る.リポアミドのジスルフィド基が酸化剤となっており,ジチオールになりモノチオ

エステルを生成する.生成物はアセチルリポアミド(acetyllipoamide)である.

図 23E.12 ヒドロキシエチル TPPのリポアミドによる酸化

3. アセチル CoAの生成: アセチルリポアミドからアセチル基を CoAに移し,アセチル CoA を生成する反応であり,ジヒドロリポアミド S–アセチルトランスフェラーゼがこの反応を触媒する.

SN+

(TPP)

CH3 CO

CO2– +

2 H+ CH3 COH

SN+

H

+ CO2ピルビン酸

デヒドロゲナーゼ

SS

HOH

O

SS

HO

HN

E

リポ酸lipoic acid

酵素のリシン残基側鎖リポアミド

CH3 COH

SN+

H CH3 COH

SN+

H+

–SS

HO

HN

リポアミドE

H B

CH3 CO

SN+

S

HO

HN

アセチルリポアミド

E

HSH–B

S

HO

HN E

HS

CCH3

O

SN+

TPP のカルボアニオン

Page 26: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

26

図 23E.13 アセチルリポアミドからアセチル CoAへの転移

––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 問題 23E.8 嫌気的条件では,ピルビン酸は NADHによって乳酸に還元される(乳酸発酵).この反応の機構を書け.解糖に続いて乳酸発酵が起こると,血液の pH が下がるのはなぜか.

––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 23E.5.3 ピリドキサールリン酸 ピリドキサールリン酸(PLP)はアミノ酸の種々の変換反応を触媒する酵素の補酵素であり,ビタミン B6と総称されるピリドキサール,ピリドキシン,ピリドキサミン

から容易に得られる.ノート 8.3(8章)で簡単に説明したアミノ基転移のほか,脱炭酸,ラセミ化,Cα–Cβ結合開裂などの反応も触媒する.

PLP は酵素のリシン残基の側鎖アミノ基とイミンを形成している.PLP 依存の酵素反応はすべて,アミノ酸とのイミノ基転移(transimination)反応からスタートする.すなわち,PLPと酵素のイミンは PLPと基質のアミノ酸のイミンに変換される.アミノ酸の反応は PLPにイミノ結合したところから進行する.

S

HO

HN E

HS

CCH3

OCoA SH + CoA S

CCH3

O

アセチルリポアミドアセチル CoA

HS

HO

HN E

HS +

ジヒドロリポアミド

FADHO

HN E

SS

+ FADH2

FAD + NADH + H+

NAD+

CH3CCO2– CH3CHCO2–O OH

乳酸デヒドロゲナーゼ

NADH

乳酸ピルビン酸

N

OH

Me

HO

OH

ピリドキサールpyridoxal

N

OH

Me

HO

OH

ピリドキシンpyridoxine

N

OH

Me

HO

NH2

ピリドキサミンpyridoxamine

N

OH

Me

2–O3PO

OH

ピリドキサール 5'–リン酸pyridoxal 5'–phosphate (PLP)

Page 27: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

27

中性の pH では,PLP のピリジン窒素がプロトン化されており,そのピリジニウム環が電子を受け入れやすいということがアミノ酸部位での反応に重要である[ピリジ

ニウム環を“電子溜め(electron sink)”ということがある].その結果,アミノ酸部位のα水素の酸性度が高くなっており,α位の結合が切れることによって,それぞれの

反応が起こる.

アミノ酸の反応における結合切断の位置

・脱炭酸の反応機構: この反応ではアミノ酸のα炭素からカルボキシ基が外れる.

NH

CO

Me

2–O3PO

NH

(CH2)4

H

E

+

RCHCO–

NH2

O

NH

C

O

Me

2–O3PO

HNH

NH(CH2)4 E

H

RCHCO–O

+NH

CO

Me

2–O3PO

NHH

+

RCHCO–O

H2N(CH2)4 E

酵素結合型 PLP アミノ酸結合型 PLP

NH

CO

Me

2–O3PO

NHH

+

CRH

C O–O

“電子溜め”electron sink

NH

CO

Me

2–O3PO

NHH

+

CRH

C OO H B

CO2NH

CO

Me

2–O3PO

NHH

+

H2N(CH2)4 E

CHR

NH

CO

Me

2–O3PO

NHH

RCH2–B

RCH2NH2

NH

CO

Me

2–O3PO

NH

(CH2)4

H

E

+

イミノ基転移

脱炭酸

アミノ酸結合型 PLP

酵素結合型 PLP

RCHCO2HNH2

RCH2NH2 + CO2PLP

デカルボキシラーゼアミノ酸

全反応:

脱炭酸 アミノ基転移,

ラセミ化

Cα-Cβ結合開裂

Page 28: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

28

アミノ酸脱炭酸の特に重要な例は,ヒスチジンからヒスタミンが生成する反応であ

る.ヒスタミンはアレルギーや炎症の原因になる.

・ラセミ化とアミノ基転移: この二つの反応はアミノ酸結合型 PLPのα水素が引抜かれることから始まる.この過程が可逆的に起こればラセミ化となる.脱プロトン

によってイミノ結合が移動しているので,この中間体が加水分解されれば,アミノ基

転移が起こったことになる.生成物はα-ケト酸とピリドキサミンであり,アミノ基は

補酵素へ移動している.アミノ基転移の結果はアミノ酸のα-ケト酸への変換である.

しかし,アミノ基転移はここで終わらないで,ピリドキサミンにとられたアミノ基は

α-ケトグルタル酸とイミンを形成し,酵素のリシン残基とのイミノ基転移により最終

的にグルタミン酸のアミノ基として納まる.その結果,酵素結合型 PLPが再生される.

アミノ基転移の全反応は次のように表される.α-ケトグルタル酸が介在して,ある

HN

N

CO2H

NH2

PLP

デカルボキシラーゼヒスチジン

HN

N

NH2 + CO2

ヒスチジン ヒスタミンhistidine histamine

–B

NH

CO

Me

2–O3PO

NHH

+

CRH

C O–O

H2O

ラセミ化

加水分解

NH

CO

Me

2–O3PO

NHH

CCO2–R

B H

NH

H2CO

Me

2–O3PO

NH

+

H2

RC

CO2–

Oピリドキサミン

α-ケト酸リン酸

転移NH

H2CO

Me

2–O3PO

NH

+

H2–O2C CO2–

Oα-ケトグルタル酸

NH

CO

Me

2–O3PO

NHH

CO2––O2C

イミン生成

H2N(CH2)4 E

NH

CO

Me

2–O3PO

NH

(CH2)4

H

E

+イミノ基

酵素結合型 PLP–O2C CO2–

NH3

グルタミン酸ピリドキサミンリン酸

+

Page 29: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

29

アミノ酸から別のアミノ酸にアミノ基が転移することになる.これらの反応はアミノ

トラスフェラーゼと PLPによって触媒される.

アミノ酸代謝において余分のアミノ基窒素はグルタミン酸に集められ,尿素回路に送

られていく. ・Cα-Cβ結合開裂: この反応は,β位に脱離可能な OH 基をもつセリンとトレオニンの二つのアミノ酸だけが基質になる.生成物はアルデヒドとグリシンである.

––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 問題 23E.9 γ–アミノ酪酸(γ–aminobutyric acid,GABA: 4–aminobutanoic acid)は抑制性の神経伝達物質として知られ中枢神経系の興奮を抑える作用をもつ.

GABAは L–グルタミン酸からデカルボキシラーゼにより合成され,中枢神経系ではたらいたあとには,アミノトランスフェラーゼにより 4–オキソブタン酸に変換され分解されていく.この二つの酵素反応にはいずれも PLP が補酵素としてはたらいている.これらの反応の機構を書け.

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

R CO2–

NH3

R CO2–

O

–O2C CO2–

O

–O2C CO2–

NH2

R' CO2–

O

R' CO2–

NH3+ +

H3NCH2CO2–

–B

NH

CO

Me

2–O3PO

NHH

+

HCC

HCO2–

OR

H

OC

HR

NH

CO

Me

2–O3PO

NHH

CCO2–HB H

転移H2N(CH2)4 E

イミノ基

NH

CO

Me

2–O3PO

NH

(CH2)4

H

E

++

グリシンアルデヒド

–O2C CO2–

NH3+

L–Glu

–O2C

NH3+

–O2C

O

H

デカルボキシラーゼグルタミン酸

トランスフェラーゼGABA

GABA アミノ

PLPPLP

Page 30: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

30

23E.5.4 ビオチン ビオチン(biotin)はビタミン B7(またはビタミン H)ともいわれるが,腸管に生息するバクテリアによって生産されるので,食物として摂取する必要はない.ビオチン

は酵素のリシン残基の側鎖アミノ基で結合し,ビオチン酵素として補酵素機能を発現

する.

ビオチン酵素はカルボニル基のα炭素でカルボキシ化を起こす.例えば,ピルビン

酸カルボキシラーゼは解糖系の最終生成物であるピルビン酸を,クエン酸回路の中間

体であるオキサロ酢酸に変換する.また,アセチル CoAカルボキシラーゼはアセチルCoAをマロニル CoAに変換し,脂肪酸の生合成(同化)過程の一反応を提供している.カルボキシ化の原料となるのは炭酸水素イオン(HCO3

–)である.

この反応には,ビオチンに加えて ATPと Mg2+も必要であり,炭酸水素イオンは ATPによってリン酸化され,混合酸無水物のかたちで活性化される.このとき Mg2+は負電

荷をもつリン酸部位の O に結合して負電荷を緩和して ATP へ求核種が近づくのを助けている.

NHHN

S

O

CO2Hビオチンbiotin

NHHN

S

O

O

HN

E

酵素結合型ビオチン

ピルビン酸CH3 C

O

C

O

O– + HCO3– + ATPカルボキシラーゼピルビン酸

オキサロ酢酸CH2 C

O

C

O

O–CO

–OMg2+,ビオチン

+ ADP + HOPO32–

CH3 C

O

SCoA

アセチル CoA

+ HCO3– + ATP CH2 C

O

SCoA

マロニル CoA

CO

–O + ADP + HOPO32–カルボキシラーゼ

Mg2+,ビオチン

アセチル CoA

OC

HO O– +Ad

PO

PO

PO O– O O–

–O

O O–

Mg2+

ATP炭酸水素イオン

OC

–O OP

O–

O O–Mg2+

+ ADP

活性化炭酸水素イオン

Page 31: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

31

この活性化炭酸水素イオンに対してビオチンの“エノラート形”が求核種となって

置換を起こし,カルボキシビオチンが生成する.そのカルボキシラート部位でアセチ

ル CoA エノラート形による求核置換でマロニル CoA が生成する.この最終段階はカルボキシビオチンから基質へのカルボキシ基転移であり,ビオチン酵素に共通の形式

である.ここで注意したいのは,負電荷をもつカルボキシラート基は通常は求核攻撃

を受けない(9章参照)が,酵素反応ではそれが可能になっていることである. ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 問題 23E.10 TPPはケトン転移反応の補酵素としてもはたらく.すなわち,ケトースの二炭素単位をアルドースに移動させる.この反応の機構を推定せよ.

––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 23E.5.5 テトラヒドロ葉酸 テトラヒドロ葉酸(tetrahydrofolate, FH4)は,炭素原子 1 個からなる基を運ぶ補酵素であり,葉酸(ビタミン B9)のテトラヒドロ体である.プテリジン環,p-アミノ安息香酸,一つ以上のグルタミン酸の三つの構成要素からなり,この補酵素が運ぶ一炭

素単位には,メチル(CH3),メチレン(CH2),ホルミル(CH=O),ホルムイミノ(CH=NH)とメテニル(CH=)基がある(最も酸化度の高い CO2はビオチンが運ぶ).

NHN

S

O

R

OC

–O OP

O–

O O–Mg2+

酵素結合型ビオチン

– H+

の“エノラート形”

NHN

S

O

R

CO

OPO32– Mg2+

O–

PO43– Mg2+

NHN

S

O

R

CO

O–

カルボキシビオチン

OC

CoAS CH3

OC

CH2CoAS

アセチル CoA エノラート形

NHN

S

O

R

CCH2

CSCoA

O–O O–

CCH2

CSCoA

OO

–O

NHN

S

O–

R

+

マロニル CoA

CH2OHC O

HO HOHHOHH

CH2OPO32–

6–リン酸

CHOH OH

CH2OPO32–

D–グリセルアルデヒド

+トランスケトラーゼ

TPPCHO

OHHOHH

CH2OPO32–

+

D–エリトロース

CH2OHC O

HO HOHH

CH2OPO32–

D–キシルロースD–フルクトース3–リン酸 4–リン酸 5–リン酸

Page 32: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

32

一炭素単位が結合した FH4補酵素のおもな構造は次のようなものであり,一炭素単

位は N5 と N10 に結合している.これらは酵素反応によって相互変換されるが,このような一炭素単位運搬体が生成しやすいことは FH4とメタナールの反応を考えてみれ

ばわかりやすいだろう.

メタナールと FH4の反応:

生体内でのメチル化が S-アデノシルメチオニン(SAM)によって行われることを12 章(ノート 12.1)で説明したが,生成したホモシステインは 5–メチル FH4を使っ

tetrahydrofolate (FH4)

N

HNNH

HNH2N

HN

H

HN

ONH

O

CO2–

H–O2C

n

(n = 0 ~ 4)CO2–

folate (folic acid)葉酸

N

HNN

NH2N

HNHN

O CO2–

CO2–

12

3 45

6

7

8

9

10

O

5

10

プテリジン

p–アミノ安息香酸グルタミン酸O

テトラヒドロ葉酸

5–メチル FH4

N

HNN

HNH2N

NHRO CH3

N

HNN

HNH2N

NHRO HC

N

HNN

HNH2N

NRO CH2

N

HNN

HNH2N

NRO CH

+

O

N

HNN

HNH2N

NHRO HC NH

N

HNNH

HNH2N

NROHC O

5,10–メチレン FH4 5,10–メテニル FH4

5–ホルミル FH4 10–ホルミル FH4 5–ホルムイミノ FH4

N

HNNH

HNH2N

NHRO

N

HNN

HNH2N

NRO CH25,10–メチレン FH4

FH4

H H

O

N

HNN

HNH2N

NHROH H

OH

– HO–

N

HNN

HNH2N

NHROH H

+– H+

Page 33: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

33

てメチル化され,SAMが再生される.

もう一つの非常に重要な FH4誘導体を用いるメチル化は,核酸塩基のウラシルから

チミンを合成する反応である.ウラシルは RNAに含まれ,チミンは DNAに含まれること(23章)を思い出そう.

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 問題 23E.11 葉酸の構成要素であるプテリジン環の互変異性構造を書け. –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 23E.6 代謝経路

23E.6.1 グルコースの代謝 解糖は,炭水化物の消化(加水分解)で得られたグルコースをピルビン酸 2分子に変換し,ATPを 2分子合成する過程であり,この代謝経路の概要は図 23E.14のように表せる.10種類の酵素を使って 10段階でグルコースはピルビン酸に変換される.

CH3S CO2–Ad

NH3+

SAM

+

R OH

S CO2–Ad

NH3+

+

R O CH3H

R O CH3

S–アデノシルホモシステイン

HS CO2–

NH3+

ホモシステイン

CH3S CO2–

NH3+

5–メチル FH4

FH4SAM によるメチル化によるメチル化5–メチル FH4

N

HNN

HNH2N

NRO CH25,10–メチレン FH4

ジヒドロ葉酸

N

HNNH

HNH2N

NHRO FH4

L–Ser GlyHN

N

O

O

HN

N

O

O

CH3N

HNN

HNH2N

NHRO

NADPH

NADP+

ウラシル

チミン

デオキシリボース5'–リン酸

デオキシリボース5'–リン酸

Page 34: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

34

図 23E.14 グルコースをピルビン酸に変換する代謝経路

代謝経路の 10の反応をまとめると,解糖の正味の反応は次のように表すことができ,ATPと NADHのかたちでエネルギーを獲得していることがわかる.

OOH

OH

HOHOOH

グルコースATP ADP

ヘキソキナーゼO

OH

OPO32–

HOHOOH

グルコース6–リン酸

グルコース 6–リン酸イソメラーゼ

(G6P)

(Mg2+)

O

HOH H

H OH

+

OH2–O3PO

フルクトース6–リン酸 (F6P)

ATPADP

ホスホフルクトキナーゼ(Mg2+)

O

HOH H

H OHOH

2–O3PO

フルクトース1,6–ビスリン酸 (FBP)

OHOPO32–

アルドラーゼ

O

C2–O3POCH2 CH2OH CH2–O3POCH2 C

OH O

H

ジヒドロキシアセトンリン酸 グリセルアルデヒド 3–リン酸(GAP)(DHAP)

トリオースリン酸イソメラーゼ

デヒドロゲナーゼグリセルアルデヒド 3–リン酸

CH2–O3POCH2 C

OH O

OPO32–

1,3–ビスホスホグリセリン酸(1,3-BPG)

NAD+ + HOPO32–

NADH/H+

ホスホグリセリン酸キナーゼ

CH2–O3POCH2 C

OH O

O–

3–ホスホグリセリン酸 (3PG)

(Mg2+)ATP

ADP

ホスホグリセリン酸ムターゼ

CHHOCH2 C

O O

O–

2–ホスホグリセリン酸 (2PG)

2–O3P

エノラーゼ

CCH2 C

O O

O–

ホスホエノールピルビン酸(PEP)

2–O3P

(Mg2+)H2O

ATPADP

ピルビン酸キナーゼ(Mg2+, K+)

ピルビン酸CH3 C

O

C

O

O–

⑨⑩

Page 35: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

35

23E.6.2 脂肪酸の代謝 脂肪酸はまずアシル CoA に変換され活性化される.ついで,β–酸化を繰り返しながらアセチル CoAに分解され,同時に還元型補酵素を生成する.還元型補酵素は ATPの生成に使われエネルギーを供給する.β炭素がカルボニルにまで酸化され,段階 4で逆 Claisen 型の開裂によってアセチル CoA とアシル CoA を生成する(図 23E.15).2n(偶数)個の炭素原子をもつ脂肪酸は β–酸化を繰り返して n 分子のアセチル CoAを生成し,クエン酸回路に基質を供給する.

図 23E.15 脂肪酸の β–酸化

たとえば,炭素数 16のパルミチン酸の β–酸化の結果は次のようになる.

23E.6.3 アミノ酸の代謝 食物として摂取したタンパク質は消化(加水分解)されアミノ酸プールとして集積

される.アミノ酸プールには体内で不要になったタンパク質も分解されて集積されて

+ 2 NAD+ + 2 ADP + 2 HPO42– 2 CH3CCO2– + 2 H+ + 2 NADH + 2 ATPC6H12O6

グルコース

O解糖

ピルビン酸

RCH2CH2 CO

O–

脂肪酸+ CoASH

ATP

AMP + P2O74–

CH

CO

SCoACH

R

H HFADH2

FAD

②③

アシルCoAデヒドロゲナーゼ

C CH

R H

C SCoAO

エノイルCoAヒドラターゼH2O

CH2 CO

SCoACH

R

HO

CH2 CO

SCoACRO

NADH/H+

NAD+

!–ヒドロキシアシルCoAデヒドロゲナーゼ

OCCH3 SCoA O

CR SCoA

さらに酸化CoASH

アセチルCoA

アシルCoA

アシルCoA

チオラーゼ

8 CH3CSCoA + 7 NADH + 7 FADH2 + AMP + P2O74–

CH3(CH2)14CO2– + 8 CoASH + 7 NAD+ + 7 FAD + ATP

O

アセチル CoA

パルミチン酸

β-酸化

Page 36: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

36

いる.20種類のアミノ酸は独自の機構で代謝されていくが,一般的な機構は同じである.アミノ酸は新しい窒素化合物の合成にも使われるが,多くは脱アミノ(deamination)によりアミノ基をアンモニアまたはアスパラギン酸のアミノ基に変換し,尿素回路へ

輸送していく.脱アミノで生じた α–ケト酸の炭素骨格は共通の代謝中間体に変えられ分解されるか,糖新生(合成)に使われる. 脱アミノは,アミノトランスフェラーゼ(トランスアミナーゼとよばれていた)を

触媒とする α–ケト酸(おもに 2–オキソグルタル酸)へのアミノ基転移によって達成される(図 23E.16).この反応には補酵素として PLPが必要であり,その機構は 23E.5.3項で説明した.アミノ基転移で生成したグルタミン酸は酸化的脱アミノ反応でアンモ

ニア(アンモニウムイオン)を生成し,アンモニアは尿素回路(urea cycle)で尿素に変換され排泄される.

図 23E.16 アミノ基転移から尿素回路への経路

アンモニアは生物にとって有毒であり,適切なかたちで排泄しなければならない.

魚類はえらからアンモニアを直接水中に排泄できるが,哺乳類は尿としてアンモニア

を排泄するには限度がある.哺乳類は,アンモニア(アンモニウムイオン)を尿素回

路で無毒な尿素にしてから排泄する. アンモニウムイオンは,クエン酸回路で生成した CO2(HCO3

–)および ATPと反応してカルバモイルリン酸になり,尿素回路に入っていく.尿素回路は図 23E.17のように表される.

RCH CO2–NH3+

R C CO2–O

!–ケト酸!–アミノ酸

CO2– CH2CH2 CH

NH3+

CO2–CO2– CH2CH2 CO

CO2–

!–ケトグルタル酸 L–グルタミン酸

NAD(P)+NAD(P)H

H2ONH4+++

CO2尿素回路

OC

H2N NH2尿素

アミノトランスフェラーゼ

グルタミン酸デヒドロゲナーゼ

アミノ基転移

酸化的脱アミノ

Page 37: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

37

図 23E.17 尿素回路 尿素回路の結果は次のようになる.

すなわち,CO2の炭素,NH4

+の窒素,アスパラギン酸の窒素から尿素をつくり,尿と

して排泄するのである. ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––– 問題 23E.12 次の代謝経路の中で分子状の酸素が酸化剤として用いられることがあるか.あるとすれば,どの段階か.

(a) クエン酸回路 (b) 解糖 (c) β酸化 –––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

NH4+ + CO2

2 ATP2 ADP

H2N CO

O PO

O–

O–

カルバモイルリン酸CH2NH3+

CH2

CH2

CH2

CH NH3+

CO2–

オルニチン

CH2NH

CH2

CH2

CH2

CH NH3+

CO2–

シトルリン

CO

NH2

HOPO32–

+H3N CH

CO2–

CH2NH3+

CH2NH

CH2

CH2

CH2

CH NH3+

CO2–

アルギニノコハク酸

CH2N

HN CH

CH2NH3+

アスパラギン酸

CO2– ATP

AMP +H2O + P2O74–

CH2NH

CH2

CH2

CH2

CH NH3+

CO2–

アルギニン

CH2N

NH2

C

C

CO2–H

–O2C Hフマル酸

+

+

OC

H2N NH2尿素

H2O

オルニチンカルバモイル

トランスフェラーゼ

カルバモイルリン酸シンターゼ

アルギニノコハク酸シンターゼ

アルギニノコハク酸リアーゼ

⑤アルギナーゼ

NH4+ + CO2 + 3 ATP + –O2CCH2CHCO2–NH3+

+ 2 H2Oアスパラギン酸

O

CH2N NH2尿素

ADP AMP + 4 HOPO32–+ 2 + + –O2CCH CHCO2–

フマル酸

Page 38: ウェブチャプター23E 代謝の化学 - 丸善出版株式会社...23E.2 ATPのエネルギー関係 23E.2.1 ATPの反応エネルギー 23E.2.2 代謝経路と共役反応 23E.3

38

まとめ

・代謝は,生物が生命を維持するために必要な物質をつくり,エネルギーを得るため

に行うすべての反応である. ・代謝には異化(分解)と同化(合成)があり,異化は発エルゴン反応で,同化は吸

エルゴン反応である. ・異化で獲得したエネルギーは ATP(アデノシン三リン酸)あるいは還元型補酵素

NADH(ニコチンアミドアデニンヌクレオチド:酸化型 NAD+)または FADH2(フ

ラビンアデニンジヌクレオチド:酸化型 FAD)のかたちで保存され輸送される. ・吸エルゴン的な代謝反応は,ATPの加水分解のような発エルゴン反応と共役して進行する.

・クエン酸回路は,糖,脂肪酸,アミノ酸の異化で生成したアセチル CoA を 2CO2

に酸化し,高エネルギー分子として還元型補酵素 4分子と GTP1分子を生成する 8段階の反応経路であり,サイクルをなしている.

・ほとんどの代謝反応は酵素反応であり,補因子(金属イオンと補酵素)を使うも

のが多い, ・酵素反応の基質は酵素の活性部位に特異的に取り込まれ,酵素-基質錯体を形成し,

アミノ酸残基の側鎖官能基が協同的に作用して,高い触媒活性を示す. ・酵素触媒作用は一般酸・塩基触媒と求核触媒として理解されるが,補酵素は触媒機

能に酸化・還元,グループ転移,一または二炭素単位の移動などの多様性を加える. ・水溶性ビタミンのほとんどは補酵素になる. ・酵素反応の例として,リゾチームによる細胞壁の多糖の加水分解,およびトリプシ

ンとカルボキシペプチダーゼ Aによるペプチドの加水分解の反応機構を説明した. ・補酵素のかかわる反応機構について,次の補酵素を取り上げて説明した. ピリジンヌクレオチド(NAD+/NADH),フラビン補酵素(FAD/FADH2),リポ酸

(以上の 3種類が酸化還元補酵素である). チアミンピロリン酸(TPP),ピリドキサールリン酸(PLP),ビオチン,テトラヒドロ葉酸(FH4).

・糖類,脂肪,タンパク質の消化(加水分解)によるおもな生成物はグルコース,脂

肪酸,アミノ酸である.これらの代謝経路について説明した. ・グルコースの代謝(解糖)の最終生成物はピルビン酸であり,ATPと NADHのかたちでエネルギーを獲得する.ピルビン酸は NAD+とリポ酸,TPP を使う酸化的脱炭酸によりアセチル CoA に変換される.アセチル CoA はクエン酸回路の基質となる.

・脂肪酸はβ-酸化を繰り返してアセチル CoAに変換され,還元型補酵素(NADHとFADH2)のかたちでエネルギーを保存する.

・アミノ酸は脱アミノにより窒素成分は尿素回路で尿素に変換して排泄される.炭

素成分はα-ケト酸となり,共通の代謝中間体として代謝される.