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経営センサー 2020.6 24 24 Point 経営統合と分割により、ほぼ予定どおり、デュポン、農業関連事業のスピンアウト会社であるコル テバ、ダウの 3 社が誕生した。 この 4 年間で農業関連業界も、医薬品業界も、機能化学品業界も変化し、広義の化学業界における ダウ、デュポン両社の存在感は大きく低下した。 化学業界にはアボットラボラトリーズのような事業分割後に急成長した好例があるので、3 社の今 後に期待する。 経営統合と企業分割の経過 筆者は本誌 2016 年 6 月号に「ダウ・ケミカル とデュポンの経営統合の行方」を投稿した。本稿 では、その後の経過を追うとともに、この大仰な「取 引」が果たした意味を考えてみたい。 図表 1 に示す通り、両社は 2017 年 9 月に予定 より半年以上遅れて合併し、世界最大の売上高を もつダウ・デュポンが成立した。そして、ほぼ予 デュポンとダウの統合と分割は 意味があったのか? 日本化学会フェロー 田島 慶三(たじま けいぞう) 1974 年東京大学大学院工学系修士コース(合成化学)修了、1974 年~ 1986 年通商産業省で主に 化学行政に従事。1987 年~ 2008 年三井東圧化学、三井化学に勤務。2008 年~フリーライター。 日本化学会、化学史学会。主な著書は『化学業界の動向とカラクリがよ~くわかる本』(秀和システ ム)、『ケミカルビジネスエキスパート養成講座』(化学工業日報社)、『世界の化学企業』『コンパク ト化合物命名法入門』(東京化学同人)ほか。専門分野は化学産業論、化学産業史。 年月 事項 2015 年 11 月 E.D. ブリーン氏が旧デュポンの会長兼 CEO に就任 2015 年 12 月 ダウ・ケミカルと旧デュポンが対等な経営統合を発表 2016 年 7 月 ダウ・ケミカルと旧デュポンの臨時株主総会で合併を承認 2017 年 3 月 欧州委員会が条件付きで合併を承認 2017 年 3 月 旧デュポンが農薬事業の一部を FMC に売却、FMC がヘルス&ニュートリション事業の大部分を旧デュポンに売却の合意を発表、 欧州委員会の条件をクリア 2017 年 9 月 合併によりダウ・デュポン誕生 2017 年 9 月 素材科学部門と特殊化学品部門における製品群の一部変更を発表 2018 年 3 月 会社分割後の 3 社社名を発表 2019 年 4 月 ダウがダウ・デュポンからの分割完了 2019 年 6 月 コルテバがダウ・デュポンからの分割を完了し、ダウ・デュポンの名称をデュポンとして 3 社分割完了 2019 年 6 月 デュポンの会長に E.D. ブリーン氏、CEO に M. ドイル氏(ダウ・デュポンの特殊化学品部門最高執行責任者 COO)が就任 2020 年 2 月 デュポンの M. ドイル CEO が退任し、E.D. ブリーン会長が兼任 図表 1 ダウとデュポン 経営統合と分割の経過 出所:各種資料から筆者作成 技術・業界展望

デュポンとダウの統合と分割は 意味があったのか? - TORAY...シンジェンタ スイス(中国) 13,852 2% 10,588 3,083 コルテバ アメリカ 13,846 –3%

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経営センサー 2020.62424

Point❶ 経営統合と分割により、ほぼ予定どおり、デュポン、農業関連事業のスピンアウト会社であるコル

テバ、ダウの 3 社が誕生した。❷ この 4 年間で農業関連業界も、医薬品業界も、機能化学品業界も変化し、広義の化学業界における

ダウ、デュポン両社の存在感は大きく低下した。❸ 化学業界にはアボットラボラトリーズのような事業分割後に急成長した好例があるので、3 社の今

後に期待する。

経営統合と企業分割の経過 筆者は本誌 2016 年 6 月号に「ダウ・ケミカルとデュポンの経営統合の行方」を投稿した。本稿では、その後の経過を追うとともに、この大仰な「取

引」が果たした意味を考えてみたい。 図表 1 に示す通り、両社は 2017 年 9 月に予定より半年以上遅れて合併し、世界最大の売上高をもつダウ・デュポンが成立した。そして、ほぼ予

デュポンとダウの統合と分割は 意味があったのか?

日本化学会フェロー田島 慶三(たじま けいぞう)1974 年東京大学大学院工学系修士コース(合成化学)修了、1974 年~ 1986 年通商産業省で主に化学行政に従事。1987 年~ 2008 年三井東圧化学、三井化学に勤務。2008 年~フリーライター。日本化学会、化学史学会。主な著書は『化学業界の動向とカラクリがよ~くわかる本』(秀和システム)、『ケミカルビジネスエキスパート養成講座』(化学工業日報社)、『世界の化学企業』『コンパクト化合物命名法入門』(東京化学同人)ほか。専門分野は化学産業論、化学産業史。

年月 事項

2015 年 11 月 E.D. ブリーン氏が旧デュポンの会長兼 CEO に就任

2015 年 12 月 ダウ・ケミカルと旧デュポンが対等な経営統合を発表

2016 年 7 月 ダウ・ケミカルと旧デュポンの臨時株主総会で合併を承認

2017 年 3 月 欧州委員会が条件付きで合併を承認

2017 年 3 月 旧デュポンが農薬事業の一部を FMC に売却、FMC がヘルス&ニュートリション事業の大部分を旧デュポンに売却の合意を発表、欧州委員会の条件をクリア

2017 年 9 月 合併によりダウ・デュポン誕生

2017 年 9 月 素材科学部門と特殊化学品部門における製品群の一部変更を発表

2018 年 3 月 会社分割後の 3 社社名を発表

2019 年 4 月 ダウがダウ・デュポンからの分割完了

2019 年 6 月 コルテバがダウ・デュポンからの分割を完了し、ダウ・デュポンの名称をデュポンとして 3 社分割完了

2019 年 6 月 デュポンの会長に E.D. ブリーン氏、CEO に M. ドイル氏(ダウ・デュポンの特殊化学品部門最高執行責任者 COO)が就任

2020 年 2 月 デュポンの M. ドイル CEO が退任し、E.D. ブリーン会長が兼任

図表 1 ダウとデュポン 経営統合と分割の経過

出所:各種資料から筆者作成

技術・業界展望

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2020.6 経営センサー2525

定通り、1 年半後の 2019 年 4 月にダウ・デュポンから、その素材科学部門がダウとして分離独立した。さらに 2019 年 6 月にダウ・デュポンから、その農業関連事業部門がコルテバとして分離独立するとともに、特殊化学品事業部門だけになったダウ・デュポンが改称して、デュポンとなった。ダウがダウ・ケミカルと関連会社を傘下に置く持株会社になったことや、デュポンの英語の正式名称が変わったこと、関連会社のさまざまな再編成が行われたことなど細かな変化はあるが、ここでは詳細には立ち入らない。 ダウ・ケミカルの後継会社がダウになったことは 2016 年 2 月発表の通りである。デュポンを名乗る後継会社は 2016 年 2 月発表時には農業関連会社であった。これが一転して特殊化学品事業会社がデュポンの名を冠することになった。

アグリビジネス界の変化 2015 年 12 月に経営統合を発表した約半年後、図表 1 に示す通り、2016 年 7 月に両社の臨時株主総会で経営統合が承認された。さらに 2017 年 3月に欧州委員会が一部の事業を他社に譲渡すべしとの条件付きで合併を承認した。それを受けて直ちに旧デュポンは広葉雑草用除草剤と殺虫剤の一

部など、2016 年度売上高で 16 億ドル相当になる農業関連事業を米国 FMC に売却した。それとともに 2016 年売上高で 7 億ドル相当になる FMC のヘルス&ニュートリション事業(食品用の増粘多糖類と医薬品用の添加物)を買収し、事業交換の資産差額分を現金で調整した。これによって経営統合への手続きをすべてクリアし、2017 年 9 月に合併してダウ・デュポンがスタートした。 一方、これらの手続きが進行中の 2016 年 9 月にバイエルは世界最大のアグリビジネス会社であったモンサントを買収することを発表した。この買収は欧州、米国などの独占禁止規制当局から厳しい審査を受け、2018 年 6 月にようやく完了した。規制当局の条件をクリアするためにバイエルは BASF に種子事業、農薬事業の一部を売却した。この結果、農薬事業だけに偏っていた BASFがフランスのヴィルモラン、ドイツの KWS と並ぶ種子事業の第 4 位グループに一躍登場し、アグリビジネスで次の飛躍を狙える存在に浮上することになった(図表 2)。旧デュポンとダウ・ケミカルのアグリビジネスを統合して、デュポンの名前が入った世界トップの農業関連会社を誕生させようと考えていた旧デュポンのブリーン会長兼 CEOにとって想定外の事態であったかどうかは定かで

(単位:百万ドル)

会社 国農業化学部門売上高

2019 2018 年比 農薬 種子 肥料

バイエル ドイツ 22,196 39% 11,480 10,716

シンジェンタ スイス(中国) 13,852 2% 10,588 3,083

コルテバ アメリカ 13,846 –3% 6,256 7,590

ヤラ ノルウェー 12,936 –1% 12,936

モザイク アメリカ 8,906 –7% 8,906

BASF ドイツ 8,745 27% 7,118 1,627

ヴィルモラン フランス 1,557 3% 1,557

KWS ドイツ 1,246 4% 1,246

図表 2 世界の主要なアグリビジネス会社の売上高(2019 年)

(注) ヴィルモランとKWSは6月決算なので2018.7-2019.6の数値、他は12月決算値 2019年為替レート:1ドル=0.8935ユーロで換算

出所: 各社アニュアルレポート、ヴィルモランはフランスのリマグラン・グループ傘下の種子専業会社で上場企業

デュポンとダウの統合と分割は意味があったのか?

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経営センサー 2020.62626

ないが、世界のアグリビジネス界には大きな変動が連続して起こった。 このような変化を反映したのか、2017 年 9 月に経営統合が完了してダウ・デュポンが発足した際の発表では、18 カ月以内に分割して設立される 3つの会社の紹介として、素材科学会社には「社名がダウとなる予定」と括弧書きで書かれているのに対して、農業関連会社と特殊化学品会社には将来の社名については何も書かれなくなっていた。

包括的なポートフォリオの見直し ダウ・デュポンは、発足の約 10 日後、2017 年9 月中旬に「包括的なポートフォリオの見直し」を発表して、素材科学部門から特殊化学品部門に一部事業を移管した。具体的には、ダウ・ケミカルのコンシューマー・ソリューションズ事業およびインフラストラクチャー・ソリューションズ事業からウォーター・アンド・プロセス・ソリューションズ(イオン交換樹脂・膜)を始めとする売上高約 40 億ドル(2017 年度)、旧デュポンのパフォーマンスポリマー事業の約 40 億ドル(2017年度)、合計 80 億ドル相当の事業であった。かなり大規模な事業配分の見直しである。マッキンゼー・アンド・カンパニーからの助言を含む社外リードディレクター等による包括的な見直しおよび経営統合発表から 20 カ月間で得られた知見を生かした経営の分析結果であると、ダウ・デュポンの発表では説明している。 その実情についてはうかがい知ることはできないが、すでにかなり以前から両社の株を持つ物言う株主から分割企業の競争力に異論が出ていたとの報道があった。筆者のような両社に縁もゆかりもない外部からの観察者から見ても、経営統合発表当時に想定されていた特殊化学品会社の将来性への不安は明らかなことであった。筆者は本誌2016 年 6 月号に「特殊化学品会社は、バイオテクノロジー事業と機能化学事業という性格の異なる事業の寄せ集めにすぎず、アイデンティティを確立できずに事業売却を繰り返して解体に向かう可

能性が大きい」「機能化学事業の基盤となるエンジニアリングプラスチックやエラストマー事業などの高機能材料事業を持たず、単に市場に近い機能化学事業だけを持っていても、根のない生花を並べたにすぎない」「厳しい見方かもしれないが、他社による買収のターゲットにされることが十分に予想される」と非常に厳しい評価を書いた。 この包括的なポートフォリオ見直しに関しては、良い結果になったと物言う株主が評価しているとの報道もある。筆者もデュポンという名を冠することになった特殊化学品会社の将来という視点からみれば良い結果と思う。 しかし、一方のダウ側が、どのような理由でこの見直しに応じることになったのか疑問に感じる。経営統合発表時に旧デュポンから受け取る予定であったパフォーマンスポリマー事業ばかりでなく、2008 年に相当の無理をして買収したローム&ハースに由来する機能化学事業の一部までデュポンに譲ったのでは、機能化学を伸ばすというダウの基本戦略自体に逆行することになる。何のための合併・分割であったのか。ダウ・ケミカルにとってお荷物になりかかっていた農業関連事業だけをデュポンに売却するだけで良かったのではなかったのか。これも物言う株主の意向なのだろうか。すべて裏事情であり、関係者も口をつぐんでいるので真相は不明である。

分割後の業績 分割後 2019 年のセグメント別の 3 社の売上高と利益を図表 3 に示す。図表 1 に示すようにダウが 2019 年 4 月、デュポン、コルテバが 6 月に独立なので、あくまでも見積値(pro foma)である。3 社とも 2018 年売上高と利益も見積値を公表しているが、ダウ・デュポンのセグメント別売上高とほぼ一致する。ただし、デュポンの電子情報材料、ニュートリション&バイオサイエンスセグメントについては差異がやや大きい。利益は分割後のダウ、デュポンは EBIT を公表しているのに対して、ダウ・デュポンとコルテバは EBITDA なので単

技術・業界展望

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2020.6 経営センサー2727

純比較はできない。 2019 年は景気が減速したために 2019 年の売上高、利益ともに、各社合計値も、セグメント別値も 2018 年に比べて落ち込んでいる。ダウは売上高で 13%、利益で 30%も落ち込んでいるのに対して、デュポンは売上高で 5%、利益で 4%の落ち込み、コルテバは売上高で 3%、利益はダウ、デュポンと採用値が異なるが 5%の落ち込みである。汎はんよう

用品が多いダウが景気変動の影響を強く受けることは予想通りである。ところが、この決算発表後に図表 1 に示すようにデュポンの CEO が退任

に追い込まれ、ブリーン会長が会長兼 CEO となった。それに加えて、デュポンを巡ってさまざまな事業売却のうわさが報道されている。もちろん、どこまで本当なのか分からないが、筆者が本誌2016 年 6 月号で懸念したようなことにならなければ良いがと思う次第である。 2018 年決算の売上高による世界の化学会社のランキングを図表 4 に示す。2019 年値は本稿作成時には日本の 3 月決算会社が未発表の上に、Sinopec、Ineos、FPC の化学部門数値が分からず、C&EN 誌7 月ごろの発表を待つしかないので、2019 年決算

(単位:百万ドル)

分割後 2019 年 分割後 2018 年 ダウ・デュポン 2018 年製品具体例

売上高 利益 売上高 利益 売上高 利益

包装 & 特殊プラスチック

ダウ

20,245 2,904 24,195 3,593 24,096 4,926 オレフィン、ポリエチレン、EPDM

工業中間材料 & インフラ 13,440 845 15,447 1,767 15,116 2,543 エチレンオキシドと誘導品、ウレタン原料

機能性材料 & コーティング 8,923 918 9,677 1,246 9,575 2,170 アクリレート、シリコーン、塗料・接着剤

コーポレート 343 –315 285 –370 ー ー

合計 42,951 4,352 49,604 6,236 ー ー

電子情報材料

デュポン

3,554 1,147 3,635 1,210 4,720 1,902 ポリイミドフィルム、IC 製造用各種材料、ディスプレイ材料

ニュートリション & バイオサイエンス 6,076 1,427 6,216 1,445 6,801 1,632 食品用機能性素材、栄養補助食品、医薬品添加物

輸送・産業材料 & 先端ポリマー 4,950 1,313 5,422 1,518 5,620 1,702 ナイロン樹脂、全芳香族ポリイミド、ポリアセタール

安全 & 建設材料 5,201 1,419 5,294 1,283 5,453 1,427 パラ系・メタ系アラミド繊維、イオン交換樹脂

ノン・コア 1,731 491 2,027 677 ー ー

コーポレート –157 –228 ー ー

合計 21,512 5,640 22,594 5,905 ー ー

種子コルテバ

7,590 1,040 7,842 1,139 ー ー

農薬 6,256 1,066 6,445 1,074 ー ー

合計 13,846 2,106 14,287 2,213 14,301 2,705 種子、農薬

その他 ー ー ー ー 295 –714

ダウ・デュポン単純合計 78,309 ー 86,485 ー 85,977 18,293

図表 3 ダウ・デュポンの分割状況

(注) 1.分割後は、ダウ、デュポン、コルテバ各社の2019年、2018年発表値 2.ダウ・デュポン2018年は発表値 3. 売上高はnet sales 、利益はダウ、デュポンはpro forma operating EBITの数値、ダウ・デュポン、コルテバ

はpro forma operating EBITDA出所:各種資料から筆者作成

デュポンとダウの統合と分割は意味があったのか?

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経営センサー 2020.62828

での比較ができない。本誌 2016 年 6 月号で報告した 2014 年ランキングも図表 4 に併せて示す。ダウは、2014 年ランキングでは 3 位であったが、2018 年には 6 位になり、2019 年には 11 位程度に落ちそうである。2019 年の景気減速によって石油化学など汎用品のウェイトが大きな会社の売上高が一斉に減少する一方、2010 年代前半に低迷していた医薬品会社が、第 2 世代バイオ医薬品などの全盛期を迎えて景気変動に関係なく売上高を伸ばしているためである。 一方、2014 年ランキングでは 18 位にいた旧デュポンに対して、分割によって成立したデュポンは2018 年ランキングでは 32 位、コルテバは 55 位前後になる。日本の会社で言えば、東レが 36 位、住友化学が 38 位、シャイア買収前の武田薬品工業が 41 位、信越化学が 53 位なので、デュポン、コルテバともに、三菱ケミカル HD とブリヂストンを除いた日本の大手化学会社と同等程度の売上規

模の会社になったということである。デュポンとコルテバの売上高を単純合計してみると 2018 年ランキングで 16 位となり、2014 年ランキング 18位とほぼ同じをキープしたことになる。 いずれにしろ、ダウ・ケミカルと旧デュポンの経営統合と分割の 4 年間に大きな合理化効果を挙げたと発表しているものの、世界のトップ化学会社の中における存在感を両社ともに低下させた無駄な 4 年間であったと筆者は考えざるを得ない。旧デュポンは、物言う株主の圧力によって農業関連部門を分割独立させるなら、単純にその通り実行すれば良かった。ダウ・ケミカルが農業関連部門を売却するなら単に売却すれば良く、その受け皿を旧デュポンから分離する農業関連会社とすれば話は単純に済んだはずである。大仰な合併によって 1 年半ほど世界最大の化学会社などをつくるなどの、手間と時間のかかる道を通らなくても、3社分割はもっとスピーディーに進んだはずである。

(売上高単位:百万ドル)

会社名2018 年

化学主要分野 2019 年化学売上高

2014 年順位順位 化学売上高 化学比率

Sinopec 1 69,210 16% 石油化学 不明 5

BASF 2 67,808 95% 石油化学、機能化学 63,143 1

P&G 3 60,281 90% 消費財、医薬 61,485 2

Johnson & Johnson 4 54,587 67% 医薬、消費財 56,096 8

Pfizer 5 53,647 100% 医薬 51,750 7

Dow  6 49,604 100% 石油化学、機能化学 42,951 3

Roche 7 47,547 78% 医薬 51,036 12

SABIC 8 44,911 100% 石油化学 37,080 9

Novartis 9 44,751 100% 医薬 47,445 4

Bayer 10 43,420 100% 医薬、アグロ 48,735 6

Merck & Co. 11 42,294 100% 医薬 46,840 11

GlaxoSmithKline 12 41,139 100% 医薬 43,092 14

Sanofi 13 40,727 100% 医薬 40,432 10

Ineos 14 36,970 62% 石油化学 不明 23

FPC 15 36,891 64% 石油化学 不明 15

Unilever 16 36,345 60% 消費財 36,590 16

三菱ケミカル HD 17 35,635 100% 石油化学、医薬 未発表 19

ブリヂストン 18 33,153 100% ゴム加工 32,336 17

3M 19 32,765 100% 消費財、機能化学 32,136 21

AbbVie 20 32,753 100% 医薬 33,266 33

図表 4 世界化学企業売上高ランキング (2018 年)

出所:各種資料から筆者作成

技術・業界展望

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2020.6 経営センサー2929

事業分割の成功例 最近、スピンオフによる事業分離の経営手法が注目されている。機械産業などを中心に欧米の多角化大企業で行われており、従来の事業売却手法との違いなどが議論されている。 化学業界にもスピンオフの成功例がある。2013年 1 月初頭に行われた米国アボットラボラトリーズの事業分割である。新薬開発のアッヴィがスピンオフし、残ったジェネリック医薬品、栄養剤製品、医療機器、診断薬・機器事業はアボットになった。図表 5 に欧米医薬品トップ 5 社と、このアボット系 2 社合計の 2010 年代売上高推移を示す。ただし、診断薬・機器事業は、化学事業から相当に離れている電子機器の占める割合が大きいと考えられるので、この事業セグメントをもつアボット

(2010 年~ 2012 年のアボットラボラトリーズ)、ジョンソン&ジョンソン、ロシュの売上高から、このセグメント売上高を除外している。 アボットラボラトリーズは、米国ではファイザー、メルクなど大手医薬品会社の陰に長らく隠れた存在の会社であった。しかし、事業分割後、両社は急激に成長している。アボット系 2 社の売

上高合計は、2016 年にメルクを、2018 年にはファイザーを追い越している。事業分割直後の 2013年と直近の 2019 年の売上高を比較すると、アッヴィは 77%の増加、アボットは 60%(診断機器事業を加えた全社ベースで 62%)の増加である。欧米医薬品トップ 5 社合計は 7%と順調な増加であるが、アボット系 2 社に比べると色あせて見えてしまう。アッヴィは図表 4 に示す 2018 年ランキングでは 20 位に進出し、2019 年にはさらに上昇することが予想される。アボットは 2018 年では 31 位でデュポンと並んでいるが、2019 年にはデュポンを大きく引き離して 20 位台中くらいに躍進することが予想される。新薬開発のアッヴィの成長は理解できるが、成長部門である新薬開発がスピンアウトして残されたアボットも力強く成長していることは驚きである。 スピンオフしたコルテバはもちろん、残されたバイオテクノロジー事業と機能化学事業からなるデュポンも、短期的な視点による事業売却の繰り返しに陥ることなく、アボット系 2 社と同様な成功を収めることを期待する。

図表 5 欧米医薬品トップ 5 社とアボット系 2 社の 2010 年代売上高推移

300

350

400

450

500

550

600

650

700

2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019

ファイザー

ロシュ

ジョンソン&ジョンソン

ノバルティス

メルク(MSD)

アボット系2社

(億ドル)

(年)

314 347

356

339 355

386

417

500

558 575

(注) 2010~2012年はアボットラボラトリーズ、2013年以降は分割2社合計 ジョンソン&ジョンソン、ロシュ、アボットラボラトリーズ、アボットの売上高から診断機器を除く

出所:各社アニュアルレポートから作成

デュポンとダウの統合と分割は意味があったのか?