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1 東京理科大学Ⅰ部化学研究部 2015 年度秋輪講書 シクロデキストリンを用いた 包接化合物の生成 水曜班 Okunaga,T.(1OK),Otsuka,H.(1C),Katsumata,S.(1K),Takahashi,Y.(1K),Tsubota,R.(1K), Tokuhiro,K.(1OK),Negishi,M.(1K),Baba,H.(1K),Funai,K.(1OK),Watanabe,R.(1OK), Ikemura,M.(2C),Ebihara,K.(2C), Kataoka, T.(2K), Shibasaki,K.(2OK),Tsumeda,T.(2C),Naka,A.(2OK),Murakoshi ,R.(2OK), Okawa,T.(2C),Noguchi,A.(2K),Sekiguchi,K.(2K),Hashimoto,Y.(2C) 1. 要約 β-シクロデキストリンの包接能や溶解度に対して理解を深める実験を行い, β-シクロデキ ストリンの溶解度向上を目的としたエステル化 β-シクロデキストリンの合成を行った.包 接能の測定に関してはアルキル基の長さが異なる 3 つのカルボン酸,プロパン酸,ヘプタ ン酸,ノナン酸の包接能の違いを考察した.アルキル基の長さが最も長いノナン酸が最も よく包接された.これは疎水部が大きい方が包接されやすいためであると考えられる. 溶解度に関しては通常の β-シクロデキストリンよりも修飾されたメチル化 β-シクロデキ ストリンの方が飛躍的に大きかった.これは β-シクロデキストリンの水酸基がメチル基に よって置換されることにより β-シクロデキストリンの分子内水素結合が消失するためであ ると考えられる. エステル化 β-シクロデキストリンの合成は β-ナフチルスルホニルクロリドによる β-シク ロデキストリンのスルホニル化,スルホニル化 β-シクロデキストリンのエステル化の二段 階に分けて行った.反応の進行は IR とヒドロキサム酸鉄()法による呈色により確認した. しかし IR においてエステル基に対応するピークは見られず,またヒドロキサム酸鉄()ではエステル化 β-シクロデキストリンも呈色を示したが溶媒も呈色を示したためエステル β-シクロデキストリンのエステル基が呈色したと判断することはできなかった.そのた β-シクロデキストリンにエステル基は導入できなかったものと考えられる.これはスル ホニル化β-シクロデキストリンが酢酸ナトリウムと反応する前に分解してしまったためで あると思われる. 2. 目的 シクロデキストリンは古くから良く知られているホスト分子であり,シクロデキストリ ン環の内部に大きさの合ったゲスト分子が包接されるという現象は,さまざまに役立って いる.ある種の毒物分子を水中から除くことのみならず,とりこんだ分子が外部から酸化 されにくくなったり,本来溶けないはずの分子をシクロデキストリンにとりこむことによ

シクロデキストリンを用いた 包接化合物の生成kaken/studies/2015/2015-o-wed.pdf · 水酸基とスルホニルクロリドが近接することで反応が進む.次にS

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東京理科大学Ⅰ部化学研究部 2015年度秋輪講書

シクロデキストリンを用いた

包接化合物の生成 水曜班

Okunaga,T.(1OK),Otsuka,H.(1C),Katsumata,S.(1K),Takahashi,Y.(1K),Tsubota,R.(1K),

Tokuhiro,K.(1OK),Negishi,M.(1K),Baba,H.(1K),Funai,K.(1OK),Watanabe,R.(1OK),

Ikemura,M.(2C),Ebihara,K.(2C), Kataoka, T.(2K),

Shibasaki,K.(2OK),Tsumeda,T.(2C),Naka,A.(2OK),Murakoshi ,R.(2OK),

Okawa,T.(2C),Noguchi,A.(2K),Sekiguchi,K.(2K),Hashimoto,Y.(2C)

1. 要約

β-シクロデキストリンの包接能や溶解度に対して理解を深める実験を行い,β-シクロデキ

ストリンの溶解度向上を目的としたエステル化 β-シクロデキストリンの合成を行った.包

接能の測定に関してはアルキル基の長さが異なる 3つのカルボン酸,プロパン酸,ヘプタ

ン酸,ノナン酸の包接能の違いを考察した.アルキル基の長さが最も長いノナン酸が最も

よく包接された.これは疎水部が大きい方が包接されやすいためであると考えられる.

溶解度に関しては通常の β-シクロデキストリンよりも修飾されたメチル化 β-シクロデキ

ストリンの方が飛躍的に大きかった.これは β-シクロデキストリンの水酸基がメチル基に

よって置換されることにより β-シクロデキストリンの分子内水素結合が消失するためであ

ると考えられる.

エステル化 β-シクロデキストリンの合成は β-ナフチルスルホニルクロリドによる β-シク

ロデキストリンのスルホニル化,スルホニル化 β-シクロデキストリンのエステル化の二段

階に分けて行った.反応の進行は IRとヒドロキサム酸鉄(Ⅲ)法による呈色により確認した.

しかし IRにおいてエステル基に対応するピークは見られず,またヒドロキサム酸鉄(Ⅲ)法

ではエステル化 β-シクロデキストリンも呈色を示したが溶媒も呈色を示したためエステル

化 β-シクロデキストリンのエステル基が呈色したと判断することはできなかった.そのた

め β-シクロデキストリンにエステル基は導入できなかったものと考えられる.これはスル

ホニル化β-シクロデキストリンが酢酸ナトリウムと反応する前に分解してしまったためで

あると思われる.

2. 目的

シクロデキストリンは古くから良く知られているホスト分子であり,シクロデキストリ

ン環の内部に大きさの合ったゲスト分子が包接されるという現象は,さまざまに役立って

いる.ある種の毒物分子を水中から除くことのみならず,とりこんだ分子が外部から酸化

されにくくなったり,本来溶けないはずの分子をシクロデキストリンにとりこむことによ

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って溶液中に溶かすことができるようになるという性質を利用していろいろな応用がなさ

れている.シクロデキストリンは天然から得られる化合物であるため,安全性も高く,防

腐剤から食品添加物まで広く応用されている.

私達の班では,実際にこのシクロデキストリンに様々なカルボン酸を包接させて性質を調

べることによりシクロデキストリンの包接とは,どのようなものであるかということを理

解することを目的とした.さらにシクロデキストリンのヒドロキシル基を化学修飾するこ

とで水溶性を変化させることができるためヒドロキシル基をエステル基に置換して水溶性

や包接能がどれほど変化したかを比較し考察していくことを目的とした.

このシクロデキストリンとは上に述べたように現在様々なところで既に応用がなされて

いる化合物でありこの研究には「対象や手法が新しい」という意味での新規性といったも

のは存在しない.私達水曜班の今年度の目的の一つに「なるべく多くの人を実験に参加さ

せる」があり,この化学研究部の設備,研究可能な期間を考えるとその条件でこの目的を

達成できる新しい対象の実験を行うのは非常に難しい.したがって今回は対象や手法の新

規性よりもできるだけ多くの班員が実験に参加できることを重視して今回の実験を行った.

3. 原理

3.1包接化合物

包接化合物は Schlenkによって名づけられたもので,定義によると,原子または分子が

結合してできた 3次元構造の内部に適当な大きさの空孔があって,その中に他の原子また

は分子が一定の組成比で入り込んで特定の結晶構造をつくっている物質,ということにな

っている.前者の骨組み構造の化合物のほうをホスト分子,後者の入り込んでいる分子の

ほうをゲスト分子ともよんでいるが,このゲスト分子の大きさや形状は,まったくホスト

構造によって規定されるだけで,両者の間には弱い相互作用があっても,水素結合のよう

な力はなくてもいっこうに構わないのである.この包接化合物での,ゲスト分子とホスト

構造との間の相互作用というのも,物理的な吸着系に近いもので,非常に弱い van der

Waals力から高度に配向した双極子間力まで,種々のものが存在する 1).

3.2シクロデキストリンの包接能

シクロデキストリンはグルコース残基が α-1,α-4結合した環状のオリゴ糖で,一般的に

グルコース残基が 6個の α-シクロデキストリン,7個の β-シクロデキストリン,8個の γ-

シクロデキストリンが知られている.

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Fig.1 α-シクロデキストリンの分子構造

シクロデキストリンの構造は底の抜けたバケツやドーナツのような構造をしており,そ

の環状構造の外側は多くの水酸基に由来する親水性領域が存在し,内側の空洞の CH基に由

来する疎水領域と相反する極性が一つの分子に共存しているが,この空洞内に様々な有機

化合物などを取り込むという包接作用がもっとも特徴的である.

三種類のシクロデキストリンはそれぞれ空洞の大きさが相違するため,それぞれ包接化

合物を形成しやすいゲスト分子が存在する.内部空洞が比較的小さい α-シクロデキストリ

ンは比較的小さい分子,例えばエタノール,メタノール等を,β-シクロデキストリンは汎用

性が広く,各種ポリフェノール,コレステロール,メンソール等の香気成分,芳香族化合

物等をよく包接する.γ-シクロデキストリンは大きい分子である脂肪酸などを包接すること

が知られている.

シクロデキストリンの包接力の原動力は疎水性相互作用と分子間力が主なものとされて

いる.つまりゲストは疎水性の高い分子あるいは分子の大きさが空洞にぴったりとフィッ

トするものほど,シクロデキストリンがそのゲストを包接する力は大きく,包接物を作り

やすい傾向がある.逆に親水性が高く,シクロデキストリンの空洞にフィットしないよう

なゲスト分子では,包接現象は起こりにくいといえる.しかし,ゲスト分子全体がシクロ

デキストリンの空洞内にとりこまれる必要はなく部分的にでも疎水性が高く,空洞にフィ

ットすれば,包接が可能となる.つまり,ゲスト分子全体がシクロデキストリンより明ら

かに大きいものでも,包接作用による効果が観察される場合がある 2).

Fig.2 シクロデキストリンがゲストを包接する様子

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3.3水溶化シクロデキストリン

ブドウ糖やショ糖など,通常,糖質の水への溶解度は非常に高い.しかし,天然型シク

ロデキストリンは隣接する水酸基との水素結合の為,3種のシクロデキストリンの中では最

も高い水溶性を有するγ-シクロデキストリンであっても,その溶解度は25℃において水100

mL に 23 g であり,油性物質を包接した場合は,一般的にその溶解度はさらに低くなる.

そこで,水への溶解度を改善するためにシクロデキストリン化学修飾体が製造されている.

シクロデキストリンの水溶性を向上させる方法として隣接する水酸基をメチル基やアセチ

ル基などでエーテル化やエステル化する方法がある.具体的には部分メチル化 β-シクロデ

キストリンやモノアセチル化 β-シクロデキストリンが工業的に生産されている.

3.4エステル化

本実験ではまず β-ナフチルスルホニルクロリドの β-シクロデキストリンの水酸基に対す

る求電子攻撃を利用して β-シクロデキストリンのスルホニル化を行う.β-ナフチルスルホ

ニルクロリドは β-シクロデキストリンの疎水性の孔に取り込まれ β-シクロデキストリンの

水酸基とスルホニルクロリドが近接することで反応が進む.次に SN2反応を利用してスル

ホニル基を酢酸イオンで求核置換しエステル化を行う.

Scheme1 スルホニルクロリドの反応

Scheme2 SN2 反応

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3.5ヒドロキサム鉄(Ⅲ)試験

エステル,酸無水物およびハロゲン化物は,ヒドロキシルアミンと反応してヒドロキサ

ム酸 RCONHOHを生成する.この酸は弱酸性で,塩化鉄(Ⅲ)と反応して赤色または紫色の

ヒドロキサム酸鉄(Ⅲ)を生成する.エステル基の検出法として利用される 3).

4. 実験

4.1試薬 4)

・β-シクロデキストリン

分子式:(C6H10O5)7

分子量:1135.00

・プロパン酸

分子式:C3H6O2

分子量:74.08

・ヘプタン酸

分子式:C7H14O2

分子量:130.18

・ノナン酸

分子式:C9H18O2

分子量:158.24

・β-ナフチルスルホニルクロリド

分子式:C10H7ClO2S

分子量:226.68

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・酢酸ナトリウム

化学式:CH3COONa

式量:82.03

・N,N-ジメチルアセトアミド

分子式:C4H9NO

分子量:87.1

・硫酸鉄(Ⅲ)アンモニウム

分子式:FeNH4(SO4)2

分子量:338.19

・臭化テトラデシルトリメチルアンモニウム

分子式:C17H38BrN

分子量:336.39

・ヒドロキシルアミン塩酸塩

化学式:HONH2・HCl

分子量:69.49

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4.2 包接能の評価 5)

4.2.1包接化合物の形成

1)以下の表のようにそれぞれ溶液を調製した.

Table1 溶液の調製

1 2 3 4 5

β-CDa)(g) 1.00 1.00 2.34 1.23 1.00

イオン交換水(mL) 100 100 234 123 100

アジピン酸(g) 0.835 - - - -

クエン酸一水和物(g) - 1.20 - - -

プロパン酸(mL) - - 1.00 - -

ヘプタン酸(mL) - - - 1.00 -

ノナン酸(mL) - - - - 1.00

a) β-CDは βシクロデキストリンの略である.

2)それぞれを軽く振りまぜ一週間静置した.

4.2.2包接能の測定

1)1.2.1において包接化合物の沈殿を形成した 4の溶液をそれぞれ吸引濾過した.

2)分離した沈殿を少量のよく冷却した水,次いで冷たいアセトンで洗浄した.

3)沈殿をあらかじめ重量をはかっておいたシャーレに移しドライヤーで乾燥した.

4)沈殿の収量をはかった.

5)沈殿をすべて 500 mLの水に溶解し,試料溶液とした.

6)試料溶液をビーカーに 10 mLとりフェノールフタレイン溶液を指示薬してクエン酸一和

物で標定した 2.09×10-2 mol/L水酸化ナトリウム水溶液で中和滴定を行った.

7)4.2.1において包接化合物の沈殿を形成した 5の溶液に対しても同様の操作を行った.

4.3溶解度の評価

4.3.1β-シクロデキストリンの溶解度の測定

1)β-シクロデキストリンを適当量の水にスターラーを用いて溶かし β-シクロデキストリン

が溶け残っていることを確認してから,濾過して沈殿を取り除いた.

2)ホールピペットで 1)で作成した溶液 10 mLをあらかじめ重さをはかったビーカーにはか

り取り重量を測定した.

3)2)を蒸発乾固し生じた固形物の重量を測定した.2)からここまでの操作を2回繰り返した.

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4.3.2メチル化 β-シクロデキストリンの溶解度の測定

1)メチル化 β-シクロデキストリンを適当量の水に溶かし,溶け残るところを確認する予定

だったがすべて溶けてしまった.

2) ホールピペットで1)で作成した溶液10 mLをあらかじめ重さをはかったビーカーにはか

り取り,重量を測定した.

3)2)を蒸発乾固し生じた固形物の重量を測定した.2)からここまでの操作を2回繰り返した.

4.4エステル化シクロデキストリンの合成 6)

1)水酸化ナトリウムを用いて pH12の溶液 50 mLを調製した.

2)1)に β-シクロデキストリン 7.501 gを溶解した.

3)溶液を 40℃に温めた.

4)激しく撹拌しながら β-ナフチルスルホニルクロリド 7.496 gを加えた.溶液の pHが 8に

なるまで撹拌した.

5)吸引濾過を行い,沈殿を分離した.

6)濾液を蒸発乾固した.

7)6)の操作で得られた固形物を DMAに溶解し溶液を 90℃に温め,酢酸ナトリウム 0.912 g

を加え 10時間撹拌した.

8)得られた沈殿を吸引濾過で取り除き,洗浄した.

9)沈殿をシャーレに移し,デシケーターに入れ乾燥させた.

8)収量をはかった.

4.5 IR測定

1)KBrプレートのみを圧迫し検出部に固定し装置にセットしてブランクを測定した.

2)KBrプレートの間に試料をはさんで圧迫し検出部に固定した.これを装置にセットして IR

を測定した.

4.6エステル基の呈色反応 7)

4.6.1呈色試薬の作成

1)臭化テトラデシルトリメチルアンモニウム 3.363 gを少量の水に溶かし 100 mLメスフラ

スコで 100 mLの溶液にした.

2)水酸化ナトリウム 4.058 gを少量の水に溶かし 100 mLメスフラスコで 100 mLの溶液に

した.

3)臭化テトラデシルトリメチルアンモニウム水溶液 30 mLと水酸化ナトリウム水溶液 60

mLを混合しそこにヒドロキシルアミン塩酸塩 2.10 gを加えスターラーで撹拌した.

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4.6.2呈色反応

1)エステル化 β-シクロデキストリンをイオン交換水約 1 mLに溶解し,試験管に移した.

2)4.6.1で調製した呈色試薬を 1 mL加えて 70℃の湯浴中で振りまぜながら 5分間反応させ

た.

3)1 M硫酸水溶液 1 mLを加え中和した.

4)0.1 M硫酸鉄(Ⅲ)アンモニウム水溶液を 5滴加え呈色を観察した.

5)同様の操作を酢酸エチル,ジメチルアセトアミド,水に対して行った.

5. 結果

5.1包接能の評価

包接化合物の沈殿の形成は以下のようになった.

Table2 包接化合物の沈殿の形成

カルボン酸 沈殿形成の有無

アジピン酸 なし

クエン酸一水和物 なし

プロパン酸 なし

ヘプタン酸 あり

ノナン酸 あり

包接化合物の収量,中和までに要した滴下量,溶液のモル濃度は以下のようになった.

Table3 包接能の測定

収量(g) 滴下量(mL) モル濃度(mol/L)

ヘプタン酸 0.336 0.34 7.11×10-4

ノナン酸 0.566 0.38 8.00×10-4

この結果からヘプタン酸は全量の 5.0%,ノナン酸は全量の 7.0%が包接されていることが

わかった.

5.2溶解度の評価

5.2.1蒸発乾固の様子

β-シクロデキストリン,メチル化 β-シクロデキストリンともに結晶化せず水あめ状にな

った.

5.2.2測定

(a)β-シクロデキストリン

溶液の密度の平均は 1.003 g/cm3,固体の平均の重さは 0.188 gであった.これらから溶

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解度を計算すると 1.91 g/水 100 gであった.

(b)メチル化 β-シクロデキストリン

溶液の密度の平均は 1.066 g/cm3,固体の平均の重さは 2.657 gであった.これらから溶

解度を計算すると 33.2 g/水 100 gであった.飽和溶液で行っていないため実際の溶解度は

これより大きい.

5.3エステル化シクロデキストリンの合成

5.3.1反応時のようす

β-ナフチルスルホニルクロリドとの混合…白色の懸濁液が得られた.

酢酸ナトリウムとの混合…冷却すると褐色の上澄みと白色沈殿が得られた.

5.3.2収量

収量は 0.056 gであった.

5.4 IR測定

IRスペクトルは以下のようになった.

Fig.3 β-シクロデキストリンの IRスペクトル

40

50

60

70

80

90

100

110

120

40070010001300160019002200250028003100340037004000

透過率

(%)

カイザー(1/cm)

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Table4 β-シクロデキストリンの IRスペクトル 8)

カイザー(cm-1) 帰属

3360 cm-1 ヒドロキシ基

2960 cm-1 アルキル基

1630 cm-1 吸着した水

Fig.4エステル化 β-シクロデキストリンの IRスペクトル

Table5 エステル化 β-シクロデキストリンの IRスペクトル 8)9)

カイザー(cm-1) 帰属

3300 cm-1 ヒドロキシ基

1650 cm-1 第 3級アミド

1560 cm-1 COO-逆対象伸縮

1410 cm-1 COO-対称伸縮

5.5エステル基の呈色反応

以下の表のように呈色した.

Table6 呈色の様子

試料 酢酸エチル エステル化 βCDa) DMAb) 水

呈色の様子 濃い紫 薄い黄色 紫 無色透明

a)エステル化 β-シクロデキストリンの略

b)ジメチルアセトアミドの略

0

10

20

30

40

50

60

70

40070010001300160019002200250028003100340037004000

透過率

(%)

カイザー(1/cm)

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6. 考察

6.1包接能の測定

カルボン酸に対するシクロデキストリンの包接についてシクロデキストリンの包接力の

原動力は疎水性相互作用と分子間力が主であるため,アジピン酸,クエン酸及びプロパン

酸については分子全体における親水基の占める割合が大きいため包接されなかったと考え

られる.ヘプタン酸の方がノナン酸と比べて包接されている割合が高いのも同様の理由と

考えられる.

6.2溶解度の測定

シクロデキストリンのヒドロキシル基の一部がメチル基に置換されることによって,分

子間の水素結合が弱くなりメチル化シクロデキストリンはシクロデキストリンよりも高い

溶解度を示したと思われる.

6.3エステル化

6.3.1反応の様子

β-シクロデキストリンの塩基性溶液に β-ナフチルスルホニルクロリドを加えて撹拌すると

溶液の pHが下がっていくのは β-シクロデキストリンと β-ナフチルスルホニルクロリドが

反応するさいに発生する塩化水素と溶液中の水酸化ナトリウムが中和するためであると考

えられる.β-ナフチルスルホニルクロリドは水と反応することでも塩化水素を発生するが β-

ナフチルスルホニルクロリドは水に溶けず,最後に懸濁液が得られたことからあまり水と

はあまり反応していないと考えられる.実際に β-ナフチルスルホニルクロリドのみを pH12

の水酸化ナトリウム水溶液に加え 40℃で 4.4 4)と同程度の時間撹拌したころ pHは 8まで

下がらなかった.

4.4で最終的に得られた白色沈殿については後の項において考察を行う.

6.3.2. IR測定

Fig3,Fig4のスペクトルを比較すると Fig4では残留物及び副生成物の影響のためスペク

トルの吸収の幅が広くなってしまったと考えられる.例えば Fig4における残留物としては

1410cm-1,1560cm-1の吸収は酢酸ナトリウムの COO-による吸収,1650cm-1の吸収は溶媒

のジメチルアセトアミドによる吸収と考えられる.以下に酢酸ナトリウムとジメチルアセ

トアミドの IRスペクトルを載せる.

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Fig.5 酢酸ナトリウムの IRスペクトル 10)

Fig.6 N,Nジメチルアセトアミドの IRスペクトル 10)

この結果からエステル化が進行したと断言はできなくなってしまった.エステル化が進

行したかの考察は後の項で考察を行う.

6.3.3 ヒドロキサム鉄(Ⅲ)試験

呈色試験では生成物は薄い黄色を呈した.この発色は溶媒の N,Nジメチルアセトアミド

のものと考えられる.

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6.3.4全体のまとめ

4.4において β-シクロデキストリンが水溶液に含まれている方が pHが下がるのが速かっ

たため β-シクロデキストリンと βナフチルスルホニルクロリドは反応したと考えられる.

しかし IRスペクトルの測定で芳香環が検出されなかったことから置き換わったスルホニル

基が他の置換基に置換したと考えられる.呈色試験では溶媒が呈色を示したことから呈色

がエステル基由来のものとは断言できず,エステル化 β-シクロデキストリンの IR測定では

エステル由来のカルボニル吸収は見られなかった.このことからスルホニル基はエステル

基に置換しなかったと考えられる.スルホニル化 β-シクロデキストリンは蒸発乾固するさ

いに水による求核置換がおこり β-シクロデキストリンに戻ったものと思われる.

IRスペクトルの測定で酢酸ナトリウムが検出されたのは酢酸ナトリウムがジメチルアセト

アミドにすべて溶けず,一部が溶け残っていたためであると考えられる.

7. 結論

7.1包接能について

疎水部分が大きい方がよく包接されるものと考えられる.

7.2溶解度について

β-シクロデキストリンの水酸基を他の疎水性がある置換基に置換することで溶解度は大

きく向上する.

7.3エステル化 β-シクロデキストリンの合成について

スルホニル化までは進んだがエステル化までは進まなかったものと考えられる.

8. 今後の展望

・包接能に用いるカルボン酸の変更

本実験で包接能の測定に用いたカルボン酸は直鎖カルボン酸のみであった.その他にも

より長い直鎖カルボン酸や分枝カルボン酸なら包接能はどのように変化するかについてよ

り多様な組み合わせで包接能を測定していきたい.

・エステル化の効率化

Kahee Fujita,Tsutomu Tahara,Taiji Imoto,Toshitaka Kogaらの論文によると β-シクロ

デキストリンのスルホニル化は 30%CH3CN溶液中で行うことでより効率的に行うことが

できる.またスルホニル基のエステル基への置換はピリジン中でより効率よく行うことが

できると考えられる.どちらも試薬の危険性により今回使うことができなかったが今後環

境が整えば試していきたい.また本実験ではエステル化まで進行しなかった原因として酢

Page 15: シクロデキストリンを用いた 包接化合物の生成kaken/studies/2015/2015-o-wed.pdf · 水酸基とスルホニルクロリドが近接することで反応が進む.次にS

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酸ナトリウムと反応させる前にスルホニル化β-シクロデキストリンが分解していたことが

考えられるので蒸発乾固以外でスルホニル化β-シクロデキストリンを取り出す方法,例え

ばカラムクロマトグラフィーなどの手段を検討していきたい.

・機器分析の実施

今回の実験では機器分析は IRのみを行ったが考察の項に書かれているように残留物の影

響により評価が不満足であった.呈色試験においては残留した DMAによる呈色の可能性を

除くため生成物をメタノールで洗浄したがその可能性が完全に除かれたとは厳密には否定

できない.したがって NMRなどの機器分析を使用しさらに詳しい評価を行っていきたい.

9. 参考文献

1) “包接化合物の化学”,竹本喜一,東京化学同人,1969,p2

2) “シクロデキストリンの応用技術”,辻堅司,株式会社シーエムシー出版,2008,

p3-p9

3) “教養の化学実験第 2版”,発田寿々子,学術図書出版社,2014,p152

4) “化学大辞典”,大木道則,大沼利昭,田中元治,千原秀明,東京化学同人,1989

5) “教養の化学実験第 2版”,発田寿々子,学術図書出版社,2014,p119

6) β-シクロデキストリンのスルホニル化

http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/ja00268a050 2015年 9月 8日取得

7) エステル基の呈色反応

www.toray.co.jp/tsf/rika/pdf/h26_06.pdf 2015年 9月 1日取得

8) “10年使える有機スペクトル解析”,新津隆士,海野雅史,鍵裕之,三共出版,2005,

p95

9) IRの帰属

https://www.jstage.jst.go.jp/article/nikkashi1948/84/5/84_5_392/_article/-char/ja/

2015年 10月 30日取得

10) 不純物の IRスペクトル

http://sdbs.db.aist.go.jp (National Institute of Advanced Industrial Science and

Technology, 2015年 10月 30日取得)

10. 謝辞

東京理科大学理学部化学科宮村一夫教授と同研究室田巻助教,三年の吉永先輩に研究設備

の使用をさせていただきましたことを深く感謝いたします.