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ワイヤロープの断線常時監視システム(SEMSOR) 1. はじめに ワイヤロープは各種クレーンをはじ め,エレベータ,ゴンドラリフト,な ど多方面で使用され,産業用荷役分野 では非常に重要な役割を果たしてい る.反面,この管理,使用方法を誤る と最悪の場合にはロープの破断という 大事故につながる.昨今国内外で発生 している事故は設備保全の重要さを改 めて示唆しているといえよう.ワイヤ ロープは法令により定期的な点検が義 務づけられており,またその健全性を 維持するために大変な労力を必要とし ている. ワイヤロープ断線を検出する漏えい 磁束法は以前から部分的に使用されて きた.その検出精度を大幅に向上させ るとともに情報技術をフルに活用し, 蓄積された損傷に関する膨大なデータ ベースをもとに,ワイヤロープ遠隔常 時監視システム(以下,SEMSOR) を開発した. 2. 断線検出の原理(図 1) 検出器の中をワイヤロープが通過す るとき,永久磁石によりワイヤロープ が強く磁化される.このとき断線など の局部的な断面積減少があると,漏え い磁束量が変化する.ロープが検出器 中央の検出部(プローブ)を通過する と,その漏洩磁束 の時間変化によ り検出コイルに誘導電圧 が発生 する.ロープ断面積を ,ロープ速度 とすれば を飽和磁束密度と して と表され,速度を測定し,信号電圧を 補正することにより速度に関係なく, 断面積変化が測定できる. いっぽう,ロープ全体の磨耗や腐食 はロープ断面積が磁束に比例する原理 (全磁束法)を用いて実測することが できる. 3. システムの構成と役割(図 2) 3.1 ロープテスタ ワイヤロープの断線有無を調べる検 出器 3.2  ロープ位置検出器(ロータリー エンコーダ) 測定位置,速度などを検出する. 3.3 制御器 検出器で得られた信号を取り込み, そのアナログ信号をデジタル化し, データを蓄積,コンピュータへ伝送す る. 3.4 コンピュータ 伝送されたグラフの分類,監視,分 析,顧客へのフィードバックを行う. 4. ロープテスタの検出精度につ いて ワイヤロープの素線にはシーブやド ラムとの接触により,引張り,曲げ, せん断応力が繰り返し作用し疲労が蓄 積する.その結果,発生する断線のメ カニズムは複雑で,発生する位置も常 に同じとは限らない.そのためワイヤ ロープの内部で発生した断線はもとよ りワイヤロープ表面においてもロープ 表面はグリスなどに覆われて,断線を 見つけることは簡単ではない. 従来技術では,断線位置が検出部(プ ローブ)から離れるに従い,検出感度 は落ちるため,信号とノイズの区別が つきにくいという問題があった.そこ で検出部の改良などにより S/N 比を 向上させた.図 3 に信号波形の一例を 示すが,それによりテスタの信頼性も 飛躍的に高まり,ロープの内部,外部 ともに断線検出は可能であることが検 証できた.さらにまた,検出電圧はロー プ速度に依存するため,クレーンなど の作業速度の影響を受けるという問題 があった(図 4).これに対しては上 記式の原理に基づき処理後波形に速度 補正を施すことにより,その影響を回 避できるようになった. 5.SEMSOR 導入のメリット 5.1 ワイヤロープ保全作業の軽減 SEMSOR は常時診断を基本としてお り,日常点検,月次点検での断線チェッ クという作業の軽減化が図れる. 5.2 断線の発生,進行の把握 常時送られる信号波形の変化を見る ことにより,ワイヤロープの断線の発 生およびその進行状況の把握ができ る. 5.3  ロープの状態が遠隔監視でき 得られた信号波形は常時監視センタ に伝送されるため,ほぼリアルタイム でロープの状態監視が可能である. 5.4 突発事故の防止 想定外な使用条件などで発生する早 期断線の検知が可能であり,破断事故 の未然防止が図れる. 5.5  ロープ交換周期の最適化が図 れる ワイヤロープ設置後の信号波形を データベースと照合することにより, ワイヤロープ交換時期の判断を適正に 実施ができる. 6. おわりに ワイヤロープは安全にかかわる重要 な産業資材であり,本技術により安全 に,有効に,最適に使用することで, トータルの価値が向上するものと期待 できる.また昨今の熟練労働者の高年 齢化,設備保全部門の高能率化へのシ フトなど労働環境の変化にも対応でき るものである. 最後に安全,安心が企業の活動の基 本であることを肝に銘じこの寄稿への 最後の言葉としたい. (原稿受付 2007 年 10 月 31 日) 〔山田良介 東京製綱(株)〕 ●文 献 ( 1 )守谷敏之・塚田和彦,ワイヤロープの健全 性(腐食度)診断, EMC,No.124 (1998). ( 2 )杉井謙一,橋梁ケーブルの長期健全性に関 する研究,京都大学学位論文,(1997). ( 3 )ワイヤロープハンドブック, (1995), 日刊 工業新聞社. ( 4 )塚田和彦,ワイヤロープ非破壊検査技術の 現状,クレーン, 36-9〜11, (1998), 2-6. (5)守谷敏之・藤村幸男・塚田和彦,ワイヤロー プの断面積測定,非破壊検査, 39-2 (1990), 171-172. ( 6 )Moriya,T., Tsukada,K.andHanasaki,K., A Magnetic Method for Evaluation of the DeteriorationofWireRopesUsedfor Bridges, ProceedingsofInternational ConferenceonBridgeMaintenance , SafetyandManagement(IABMAS2002), (2002),2T2. ( 7 )守谷敏之・塚田和彦,太径ケーブルの腐食 診断について,資源・素材 ’97 秋季大会講 演資料 DV-14, (1997-9),160-163. ( 8 )古川一平・近藤城聖,漏洩磁束法によるワイ ヤロープの劣化診断,資源・素材 ’07 秋季大 会講演資料, B8-1 (2007-9), 293-296. 図 1 ロープテスタの原理 検出コイル 永久磁石 漏洩磁束 断線 ロープ N S S N 図 2 SEMSOR 機器構成 当社コンピュータ ロータリーエンコーダ 専用制御装置 ロープテスタ 図 3 信号波形例 (V) 5 0 17363.46 0.00 17464.4 100.99 (m) 未接続 位置表示 図 4 検出部(プローブ)の改良によるS/N 比の改善 2.0 1.8 1.6 1.4 1.2 1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0 3 4 5 6 7 8 2.0 1.8 1.6 1.4 1.2 1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0 3 4 5 6 7 8 時間 (s) (a)旧型プローブ (b)新型プローブ 電圧 (V) 電圧 (V) 時間 (s) 128 日本機械学会誌 2008. 2 Vol. 111 No. 1071 ─50─

ワイヤロープの断線常時監視システム(SEMSOR)ワイヤロープの断線常時監視システム(SEMSOR) 1.はじめに ワイヤロープは各種クレーンをはじ

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Page 1: ワイヤロープの断線常時監視システム(SEMSOR)ワイヤロープの断線常時監視システム(SEMSOR) 1.はじめに ワイヤロープは各種クレーンをはじ

ワイヤロープの断線常時監視システム(SEMSOR)

1.はじめに ワイヤロープは各種クレーンをはじめ,エレベータ,ゴンドラリフト,など多方面で使用され,産業用荷役分野では非常に重要な役割を果たしている.反面,この管理,使用方法を誤ると最悪の場合にはロープの破断という大事故につながる.昨今国内外で発生している事故は設備保全の重要さを改めて示唆しているといえよう.ワイヤロープは法令により定期的な点検が義務づけられており,またその健全性を維持するために大変な労力を必要としている. ワイヤロープ断線を検出する漏えい磁束法は以前から部分的に使用されてきた.その検出精度を大幅に向上させるとともに情報技術をフルに活用し,蓄積された損傷に関する膨大なデータベースをもとに,ワイヤロープ遠隔常時監視システム(以下,SEMSOR)を開発した.2. 断線検出の原理(図 1) 検出器の中をワイヤロープが通過するとき,永久磁石によりワイヤロープが強く磁化される.このとき断線などの局部的な断面積減少があると,漏えい磁束量が変化する.ロープが検出器中央の検出部(プローブ)を通過する

と,その漏洩磁束 の時間変化により検出コイルに誘導電圧 が発生する.ロープ断面積を ,ロープ速度を とすれば を飽和磁束密度として

 

 

と表され,速度を測定し,信号電圧を補正することにより速度に関係なく,断面積変化が測定できる. いっぽう,ロープ全体の磨耗や腐食はロープ断面積が磁束に比例する原理(全磁束法)を用いて実測することができる.3. システムの構成と役割(図 2) 3.1 ロープテスタ ワイヤロープの断線有無を調べる検出器 3.2 �ロープ位置検出器(ロータリー

エンコーダ) 測定位置,速度などを検出する.3.3 制御器 検出器で得られた信号を取り込み,そのアナログ信号をデジタル化し,データを蓄積,コンピュータへ伝送する. 3.4 コンピュータ 伝送されたグラフの分類,監視,分析,顧客へのフィードバックを行う.4. ロープテスタの検出精度について ワイヤロープの素線にはシーブやドラムとの接触により,引張り,曲げ,せん断応力が繰り返し作用し疲労が蓄積する.その結果,発生する断線のメカニズムは複雑で,発生する位置も常に同じとは限らない.そのためワイヤロープの内部で発生した断線はもとよりワイヤロープ表面においてもロープ表面はグリスなどに覆われて,断線を見つけることは簡単ではない. 従来技術では,断線位置が検出部(プローブ)から離れるに従い,検出感度は落ちるため,信号とノイズの区別がつきにくいという問題があった.そこで検出部の改良などにより S/N 比を向上させた.図 3に信号波形の一例を示すが,それによりテスタの信頼性も飛躍的に高まり,ロープの内部,外部ともに断線検出は可能であることが検証できた.さらにまた,検出電圧はロープ速度に依存するため,クレーンなどの作業速度の影響を受けるという問題があった(図 4).これに対しては上記式の原理に基づき処理後波形に速度補正を施すことにより,その影響を回避できるようになった.

5.SEMSOR導入のメリット5.1 ワイヤロープ保全作業の軽減 SEMSORは常時診断を基本としており,日常点検,月次点検での断線チェックという作業の軽減化が図れる.5.2 断線の発生,進行の把握 常時送られる信号波形の変化を見ることにより,ワイヤロープの断線の発生およびその進行状況の把握ができる.5.3 �ロープの状態が遠隔監視でき

る 得られた信号波形は常時監視センタに伝送されるため,ほぼリアルタイムでロープの状態監視が可能である.5.4 突発事故の防止 想定外な使用条件などで発生する早期断線の検知が可能であり,破断事故の未然防止が図れる.5.5 �ロープ交換周期の最適化が図

れる ワイヤロープ設置後の信号波形をデータベースと照合することにより,ワイヤロープ交換時期の判断を適正に実施ができる.6. おわりに ワイヤロープは安全にかかわる重要な産業資材であり,本技術により安全に,有効に,最適に使用することで,トータルの価値が向上するものと期待できる.また昨今の熟練労働者の高年齢化,設備保全部門の高能率化へのシフトなど労働環境の変化にも対応できるものである. 最後に安全,安心が企業の活動の基本であることを肝に銘じこの寄稿への最後の言葉としたい.(原稿受付 2007 年 10 月 31 日)〔山田良介 東京製綱(株)〕

●文 献( 1)守谷敏之・塚田和彦,ワイヤロープの健全

性(腐食度)診断,EMC,No.124�(1998).( 2)杉井謙一,橋梁ケーブルの長期健全性に関

する研究,京都大学学位論文,(1997).( 3)ワイヤロープハンドブック,�(1995),�日刊

工業新聞社.( 4)塚田和彦,ワイヤロープ非破壊検査技術の

現状,クレーン,�36-9〜11,�(1998),�2-6.( 5)守谷敏之・藤村幸男・塚田和彦,ワイヤロー

プの断面積測定,非破壊検査,39-2�(1990),171-172.

( 6)Moriya,�T.,�Tsukada,�K.�and�Hanasaki,�K.,�A�Magnetic�Method� for�Evaluation�of� the�Deterioration� of�Wire� Ropes�Used� for�Bridges,�Proceedings� of� International�Conference� on� Bridge�Maintenance ,�Safety�and�Management(IABMAS2002),�(2002),2T2.

( 7)守谷敏之・塚田和彦,太径ケーブルの腐食診断について,資源・素材 ’97 秋季大会講演資料DV-14,�(1997-9),160-163.

( 8)古川一平・近藤城聖,漏洩磁束法によるワイヤロープの劣化診断,資源・素材 ’07 秋季大会講演資料,�B8-1�(2007-9),�293-296.

図 1 ロープテスタの原理

検出コイル 永久磁石

漏洩磁束 断線 ロープ

NS

SN

図 2 SEMSOR 機器構成

当社コンピュータ

ロータリーエンコーダ

専用制御装置

ロープテスタ

図 3 信号波形例

(V)

5

0

17363.460.00

17464.4100.99 (m)

未接続 位置表示

図 4 検出部(プローブ)の改良によるS/N 比の改善

2.01.81.61.41.21.00.80.60.40.20.03 4 5 6 7 8

2.01.81.61.41.21.00.80.60.40.20.03 4 5 6 7 8

時間 (s)

(a)旧型プローブ(b)新型プローブ

電圧 (V)

電圧 (V)

時間 (s)

128 日本機械学会誌 2008. 2 Vol. 111 No.1071

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