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京都精華大学紀要 第三十五号 -3- ジェイン・オースティンの読書観 KITAWAKI Tokuko 序論 ジェイン・オースティンは,今日では英国で最も人気のある作家の1人である。彼女のファ ンを指す Janeite(ジェイン派)という名称まで生まれている。(『手紙』495)F. R・リーヴィ スも『偉大なる伝統』の中で,彼女が「道徳への強烈な関心」を持って作品を描いている作家 であることに偉大さを見出し,彼女こそ「最初の近代的小説家」であり,「イギリス小説の偉 大な伝統の創始者」であると定義している。(Leavis16)オースティンの伝記を手がけたクレア・ トマリンは,「鋭い機知と,愚か者は相手にしない凛とした姿勢を見せつけられると,自分は 無用の詮索をしているのではないか」と不安になるのに,彼女が「大作家にはめずらしく,学 者にも一般の読者にも等しく絶大な人気を誇っていて」,論文,評論の数もおびただしく,さ らに,「無数の読者が『私だけのジェイン・オースティン』を熱愛して,学者の投げかける疑 問や仮説をきっぱりとはねつけている」と述べている。(トマリン380)それほど多くの人たち に愛されている作家であるにもかかわらず,ジェインの写真はおろか,姉カサンドラの描いた スケッチ風の水彩画ぐらいしか残されていない。彼女は,生前,大勢の兄弟や甥や姪に囲まれ て,家族のためには惜しまず時間を割きながら,その合間を縫って居間で小説を書いていた。 家族の中では,静かな観察者であり,目立たない存在であった。ジェインはその鋭い洞察力で, 周囲の人間や日常生活のさまざまな出来事を,興味深く観察していたに違いない。彼女が生み 出した登場人物たちは,どの人物も生き生きしていて,存在感があり,現代の読者をも楽しま せてくれるのである。 この偉大な小説家を産み出したのは,書物のあふれる家庭環境にあったと思われる。本稿で は,ジェイン・オースティンの読書暦をたどりつつ,主要6作品,『ノーサンガー・アベイ』(1817 年出版),『分別と多感』(1811),『自負と偏見』(1813)『マンスフィールド・パーク』(1814), 『エマ』(1815), 『説きふせられて』(1817)に描かれている登場人物と読書の関係を概観したい。 オースティン自身は,古典ばかりではなく,同時代の作家の作品を愛読したかなりの読書家で あった。当然のことながら,彼女の作品のヒーローやヒロインたちも,古典や歴史に明るく,

ジェイン・オースティンの読書観 - Kyoto Seika …...京都精華大学紀要 第三十五号 -3- ジェイン・オースティンの読書観 北脇徳子 KITAWAKI

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Page 1: ジェイン・オースティンの読書観 - Kyoto Seika …...京都精華大学紀要 第三十五号 -3- ジェイン・オースティンの読書観 北脇徳子 KITAWAKI

京都精華大学紀要 第三十五号 -3-

ジェイン・オースティンの読書観

北 脇 徳 子KITAWAKI Tokuko

序論

ジェイン・オースティンは,今日では英国で最も人気のある作家の1人である。彼女のファ

ンを指す Janeite(ジェイン派)という名称まで生まれている。(『手紙』495)F.・R・リーヴィ

スも『偉大なる伝統』の中で,彼女が「道徳への強烈な関心」を持って作品を描いている作家

であることに偉大さを見出し,彼女こそ「最初の近代的小説家」であり,「イギリス小説の偉

大な伝統の創始者」であると定義している。(Leavis16)オースティンの伝記を手がけたクレア・

トマリンは,「鋭い機知と,愚か者は相手にしない凛とした姿勢を見せつけられると,自分は

無用の詮索をしているのではないか」と不安になるのに,彼女が「大作家にはめずらしく,学

者にも一般の読者にも等しく絶大な人気を誇っていて」,論文,評論の数もおびただしく,さ

らに,「無数の読者が『私だけのジェイン・オースティン』を熱愛して,学者の投げかける疑

問や仮説をきっぱりとはねつけている」と述べている。(トマリン380)それほど多くの人たち

に愛されている作家であるにもかかわらず,ジェインの写真はおろか,姉カサンドラの描いた

スケッチ風の水彩画ぐらいしか残されていない。彼女は,生前,大勢の兄弟や甥や姪に囲まれ

て,家族のためには惜しまず時間を割きながら,その合間を縫って居間で小説を書いていた。

家族の中では,静かな観察者であり,目立たない存在であった。ジェインはその鋭い洞察力で,

周囲の人間や日常生活のさまざまな出来事を,興味深く観察していたに違いない。彼女が生み

出した登場人物たちは,どの人物も生き生きしていて,存在感があり,現代の読者をも楽しま

せてくれるのである。

この偉大な小説家を産み出したのは,書物のあふれる家庭環境にあったと思われる。本稿で

は,ジェイン・オースティンの読書暦をたどりつつ,主要6作品,『ノーサンガー・アベイ』(1817

年出版),『分別と多感』(1811),『自負と偏見』(1813)『マンスフィールド・パーク』(1814),

『エマ』(1815),『説きふせられて』(1817)に描かれている登場人物と読書の関係を概観したい。

オースティン自身は,古典ばかりではなく,同時代の作家の作品を愛読したかなりの読書家で

あった。当然のことながら,彼女の作品のヒーローやヒロインたちも,古典や歴史に明るく,

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ジェイン・オースティンの読書観-4-

シェイクスピアやクーパーを朗読し,同時代の小説を読み,語っている。オースティンは,時

には,真面目に,時には,皮肉たっぷりに,彼らの読書傾向や好みを批評しながら,彼らの人

物像を解き明かしていくのである。

1章 ジェイン・オースティンの読書環境

ジェイン・オースティンは1775年12月16日,ハンプシャーのスティーヴントンで生まれた。

父親のジョージ・オースティンは,オックスフォード大学セント・ジョンズ・コレッジで文学

士,文学修士,神学士号を取得し,スティーヴントンとディーンの2つの教区牧師をしていた。

母親のカサンドラも教養のある牧師の娘であった。2人の間には,ジェイムズ,ジョージ,エ

ドワード,ヘンリー,カサンドラ,フランシス,ジェイン,チャールズの8人の子供がいた。

8人の子供たちを養育するには,教区牧師の年収210ポンドでは苦しく,ミスター・オースティ

ンは寄宿生を預かり,1796年まで,大学入学の指導をしていた。彼はよき先生だったと言われ

ている。

ミスター・オースティンは男子の教育には心血を注いだが,娘たちに対しては余り必要性を

感じなかったようである。というのは,ジェインの学校教育はわずかの期間で終わっているか

らである。ジェインは,7歳の時に,姉カサンドラと従姉のジェイン・クーパーと共に,アン・

カウリー夫人の経営するオックスフォードの寄宿学校に送られるが,まもなく,そこで発疹チ

フスにかかる。その後,レディングのアベイ・スクールで1年半学び,それからは家庭内の教

育だけである。しかし,ミスター・オースティンの教育者としての指導力は,ジェインの家庭

での教育にも大きな影響力をおよぼしたに違いない。

ジェイムズとヘンリーはオックスフォード大学のセント・ジョンズ・コレッジに入学し,フ

ランシスとチャールズは海軍に従事し,エドワードは裕福なナイト家の養子となって,広大な

地所とゴッドマーシャムの屋敷を相続する。姉カサンドラは,婚約者トム・ファウルが軍艦付

の牧師として赴任した西インド諸島で黄熱病のために亡くなると,終生独身を貫き,ジェイン

のよき姉,よき友として,彼女の最期を看取る。

ジェインは,精神障害の兄ジョージを除く5人の兄弟とその家族,親交のあった親戚や知人

に囲まれ,彼らとの密接な交流のおかげで,より多くの情報を得,人間観察の機会に恵まれた。

古典文学や同時代の作品をよく読んでいる大学生の兄たちから,父の書棚にはない本や定期刊

行物を紹介され,文学鑑賞の道案内をされただろう。フランシスとチャールズからは,ナポレ

オン戦争や海軍の話だけではなく,海外の豊富な情報も得ている。バルト海航行中のエレファ

ント号に乗り込んでいるフランシスからのスウェーデン便りに関して,ジェインは,兄の手紙

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京都精華大学紀要 第三十五号 -5-

が要領を得ていて「本物の情報が満載されていて,死にそうなぐらい」(L90)だと返信して

いる。その兄に『マンスフィールド・パーク』で,彼の乗っていた船の名前を使用したことを

断っている。彼女は,たびたびゴッドマーシャムに滞在して,上流階級の生活も体験している。

彼女の小説には貴族は描かれていないが,田舎に大邸宅とパークを持つ荘園領主が登場してく

る。マンスフィールド・パークの領主,サー・トマス・バートラム,自然美を生かした美しい

荘園を持つミスター・ダーシー,ハートフィールドで第一の家柄の娘エマ・ウッドハウスとド

ンウェル・アベイの領主ミスター・ナイトリーなどである。カントリー・ジェントリーの生活

や習慣,考え方をジェインは貧しい親戚の肩身の狭さを感じながらも,ゴッドマーシャムの屋

敷の片隅で,つぶさに観察したことであろう。

しかし,何といっても,ジェイン・オースティンが作家になる素養を積んだのは,父の書斎

であろう。クレア・トマリンも「物語を書きたいという最初の衝動が,他人の書いたものを読

んで心をときめかした体験から生じるものだとすれば,父親の書棚こそはジェインの才能を育

むのにもっとも重要な役割をはたしたといえるだろう」(トマリン98)といみじくも述べている。

書斎は500冊以上もの本で埋め尽くされ,さらに「父はつねに収集をつづけ,古典ばかりで

はなく新作も買って,その中から選んでは朗読した。」(トマリン45)そのことは,ジェインが

カサンドラに宛てた手紙の中に伺うことができる。

 私たちは,ボズウェルの『ヘブリディーズ諸島への旅』を入手しました。『サミュエル・ジョ

ンソン伝』も購入します。バードン書店への送金が少し余っているので,それでクーパーの

詩集も買います。(L22)

ジェインはジョンソン博士を敬愛していて,『アビシニア王子ラセラス』や,彼の創刊した随

筆雑誌「ランブラー」や「アイドラー」を読んでいた。『高慢と偏見』の有名な書き出しは,「ラ

ンブラー」の影響を直接受けていることがわかる。(トマリン99)上記の手紙にも言及されて

いる詩人ウィリアム・クーパーもジェインのお気に入りであった。「夜はお父様がクーパーを

朗読してくださるので,できるだけ聞くようにします」(L14)と姉に書いている。ジェイン

は「自然美を大いに楽しんでいた」ので,クーパーの作品の「より穏やかな表情を見せるイギ

リスの風景を描く力」(Cecil49)に特別の感銘を受けていたのであろう。彼女の登場人物たちも,

彼の詩を朗読し,その時々の場面で,彼の詩の一節を思い出し,語っている。

ジェインはフィールディングもリチャードソンもスターンも読んでいる。特にサミュエル・

リチャードソンの『サー・チャールズ・グランディソン』は彼女の愛読書で,「ほとんど暗記

できるまで何回も読み」,「彼女の心に永遠に残る備品の一部になり,後におそらく家庭内の劇

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ジェイン・オースティンの読書観-6-

のためであろうが,その作品のエピソードの脚本を書いたのである。」(Cecil47-9)デイヴィッ

ド・セシルによると,ジェインはリチャードソンから「心理的な洞察力」(Cecil47)を学んだ

のである。クレア・トマリンも『グランディソン』の登場人物シャーロットの人物描写が,オー

スティンの創作に何よりも役立ったと次のように述べている。

 強い姉妹愛と誠実さ,軽口,雄弁,当意即妙の受け答え,「相手が愛すると同時に恐れず

にはいられないような,その目のいたずらっぽい輝き」など,シャーロット・グランディソ

ンこそは,エリザベス・ベネットがこの世に登場する最初のきっかけを作ったのである。(ト

マリン103)

シャーロット・レノックス,ファニー・バーニー,シャーロット・スミス,マライア・エッ

ジワース,ハナ・カウリーといった女性作家の作品も,ジェインは大いに楽しんだと思われる。

カサンドラへの手紙の中に次のような言及がある。

 『アルフォンシーヌ』は駄目でした・・・代わりに私たちは『女性版ドンキホーテ』(シャー

ロット・レノックス 括弧内は筆者)を毎晩楽しんでいます。私には特に嬉しく,憶えてい

たとおりのおもしろい作品です。(L49)

『ノーサンガー・アベイ』ではファニー・バーニーの『カミラ』も話題にされている。もちろん,

ヒロインが必死に読むアン・ラドクリッフの『ユードルフォの謎』を筆頭に,ゴシック小説が

満載されている。ヘンリー・ティルニーが「絵画風(picturesque)」の講義をするが,ジェイ

ンはギルピンも読んでいた筈である。エリナー・ティルニーは歴史が好きだと述べているが,

オースティン自身もオリヴァー・ゴールドスミスの『イングランドの歴史』を読んでおり,

1791年に彼女も『イングランドの歴史』を執筆しているぐらいである。『ノーサンガー・アベイ』

に言及されている小説,歴史書,随筆,哲学書などはすべて作者も親しんでいるのである。

シェイクスピアに関しては手紙の中には触れられていないが,『マンスフィールド・パーク』

では,ヘンリー・クロフォードが「イギリス人の体質の1部になっている」と述べ,それを受

けて,エドモンド・バートラムも「むろん,私たちはある程度シェイクスピアになじんでいる

よ・・・小さい頃からね・・・みんなシェイクスピアを話題にするし,シェイクスピアの比喩を

使い,言葉使いを借りてものを描写するだろう」(MP335)と答えている。『分別と多感』では,

ウィロビーがダッシュウッド家の人達と『ハムレット』を読んでいる。(SS83)オースティン

家でのこのような情景が思い浮かぶようである。

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「もっとも重要なことは,家族全員が熱心に本を借りたり,交換したりする人たちであった

ことである」(Grundy189)とグランディは指摘している。オースティン家は,家族や親戚,

知人たちとさかんに本を貸し借りしたが,巡回貸し本屋も利用していた。ジェインの手紙の中

にこのことが言及されている。

 マーティン夫人から,彼女が1月14日に開業する貸し本屋の会員になってくれないかとい

う,とても丁重な手紙が来たので,そうしました・・・マーティン夫人は自分のお店には小

説だけではなくあらゆる種類の文学が置いてあるなどと宣伝していました。私たちの家族に

対しては見栄をはる必要もないのに。私たちは小説が大好きだし,そのことを恥じてもいま

せんから。(L14)

当時は,小説が軽視されていたので,小説の愛読者であり,かつ,小説の執筆者としては,

一言申し立てたかったのであろう。ジェインは『ノーサンガー・アベイ』の中で,熱心に小説

を擁護している。

ジェインが少女期にどのような本を読んだかについては,ミスター・オースティンの蔵書の

500冊が売り払われて残っていないことや,兄のヘンリーが「彼女の趣味の広さよりも敬虔さ

や徳の高さを強調しようとした」(トマリン98)ために,詳細はわかっていないのであるが,

 しかし,ジェインが少女期に読んだとわかっている書物を見わたしてみると,逆に彼女が

いかに独創的であったかがはっきり見えてくる。書物をじゅうぶんに吟味し,自分にとって

有効なものを抜き出すいっぽうで,自分自身の考えや空想の基盤は明確に護っていたことが

わかるのだ(トマリン99)

とトマリンは彼女の才能に感嘆の声をあげている。ジェインが幅広く読書を楽しみ,古典文学

や同時代の作家たちから,多くのものを学び,自分自身の作家修行に役立てていったことは確

かである。しかし,文学の伝統を体系的にかつ包括的に知っていたわけではない。彼女は自分

が本領を発揮できる分野をわきまえていた。次の手紙は,まさにジェイン・オースティンが自

らを語るエピソードであろう。

当時の皇太子(後のジョージ4世)の住居,カールトン・ハウス付きの牧師であり,図書館

長でもあった文筆家のジェイムズ・ステニエ・クラークから,ジェインは,牧師に関する小説

を書いたらどうかという提案を受ける。彼の申し出に対して,ジェインは,相手の機嫌を損ね

ないように,自分の能力を謙遜して見せながらも,誇り高くきっぱりと申し開きをしている。

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ジェイン・オースティンの読書観-8-

 あなたのおっしゃる牧師を正確に描くには,古典文学の素養,少なくとも古典および近代

英文学の幅広い知識を持ち合わせていなければなりません。そして,私は胸を張って,自分

がこれまで本を書くという大それたことを試みた女性の中でも,もっとも無知で無教養な人

間だと自慢することができます。(L132D)

彼女は堂々と自分の無知を自慢して,そのような人物を描く才能のないことに深く感謝して

いるのである。実際には,引用をふんだんに用いることに,興味を惹かれなかったからである

が。(Grundy192)

この手紙は,エリザベス・ベネットやエマを創造した作者の姿を髣髴させるのである。

2章 ヒロインの読書教育

『ノーサンガー・アベイ』は18世紀の後半,まさに英国のゴシック小説の最盛期に書かれて

いる。紆余曲折を経て出版されたのは,20年後の1817年であるが。この作品はゴシック小説の

パロディーである。ヒロインのキャサリン・モーランドは,当時一番人気のあった作品,アン・

ラドクリッフの『ユードルフォの謎』に熱中して,フィクションと現実の世界を混同する。彼

女を正しい方向に導くメンターはヘンリー・ティルニーである。彼はかなりの読書家で博学の

紳士である。彼や彼の妹のエリナーの語る読書観は作者を代弁していると思われる。さらに,

作者自身が語り手の「私」と名乗り,大胆な小説擁護論を展開する場面(5章)もある。登場

人物たちは,いろいろな場面で,読書について語る。オースティンの他の作品と同じく,彼ら

の読書に関する態度や意見が,彼らの性格や人物像を理解する大きな手がかりとなっている。

トマリンによれば,この作品はまさしく「小説および小説を読むことについての小説」(トマ

リン212)なのである。

キャサリン・モーランドは,「非常に立派な人物」である牧師の父親と「実用的な常識」と「気

立てのよい」(NA3)母親の間に生まれた10人の子供の長女である。キャサリンには音楽や

絵画の才能はなく,彼女の知的レベルは「教えてもらうまでは何も覚えられないし,何も理解

できなかったし,時には教えてもらっても駄目だった」(NA3)とある。唯一の救いは,彼

女の性格の良さである。彼女は,「愛情深い心と,朗らかで率直な性質を持っていて,うぬぼ

れや気取りなどはみじんもなかった」のである。ウィルトシャーの小さな村,フラートンで生

まれ育った「無知で世間知らず」(NA6)の17歳のキャサリンが,フラートン随一の金持ち,

アラン夫妻に連れられて,当時のファッショナブルな湯治場バースに行くことになる。世間に

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京都精華大学紀要 第三十五号 -9-

出たキャサリンは,ジョンとイザベラ・ソープ兄妹,ヘンリーとエリナー・ティルニー兄妹,

そして彼らの父親ティルニー将軍に出会い,彼らとの交際によって大きく成長するのである。

さて,オースティンはキャサリンを読書能力のない無知なままで,バースに送り出すには忍

びないと思ったのか,彼女が15歳から17歳にかけて,ヒロインとしての修行をして,「ヒロイ

ンが読まなければならない本はすべて読んだ」(NA4)と書き加えている。その本の中には,

ポープ,グレイ,トムソンが含まれており,特にシェイクスピアからは多くの知識を得たとあ

る。さらに,イザベラに向かって,母親の愛読書『サー・チャールズ・グランディソン』を「と

てもおもしろい本だと思うわ」(NA22)と言っているから,キャサリンも読んでいる筈である。

ヒロインは,いよいよバースで,さらなる読書経験を積んでいくのである。

キャサリンは,まず,ゴシック小説に夢中のイザベラにアン・ラドクリッフの『ユードルフォ

の謎』を紹介されて,二人で一心不乱に読みふける。次に二人は『イタリア人』を読む予定で

ある。イザベラはミス・アンドリューズという彼女の友人が読んだという本のリストを読みあ

げる。それらは,『ヴェルフェンバッハの城』,『クレアモント』,『不思議な警告』,『黒い森の

魔術師』,『真夜中の鐘』,『ライン河の孤児』,『恐るべき謎』(NA21)である。キャサリンはお

そらく,これらの本をすべて読み終えたのではないだろうか。ティルニー将軍からノーサン

ガー・アベイへの招待を受けた時の感激と,ゴシック小説の舞台を見られるという過度の期待,

ティルニー将軍を妻殺しの悪人に仕立て上げていく推論は,彼女がどんなにゴシック小説の世

界に入り浸っていたかを物語っているからである。

キャサリンをゴシック小説の世界に誘ったイザベラは,その美貌と容姿,ファッショナブル

な服装で,お世辞がうまく,思わせぶりな態度で,金持ちの男性を狙う男たらしである。イザ

ベラはキャサリンの兄のジェイムズと婚約し,彼に彼女が期待した財産がないのを知ると,す

ぐに,ヘンリー・ティルニーの兄,ティルニー大尉に鞍替えする。ところが,大尉に振られた

イザベラはキャサリンにジェイムズへの取りなしを依頼する。それまでのイザベラの行動に不

信感を抱いていたキャサリンは,彼女の手紙の「一貫性のなさ,矛盾,偽り」(NA142)を,

見抜き,やっと,イザベラの呪縛から解放されるのである。

キャサリンは自分よりも4歳年上で,経験もあり,知識も情報も持っているイザベラに抵抗

できなかった。イザベラが紹介した小説のリストも彼女自身が読んで,推薦したのではなく,

友人が読んだ本のリストである。『グランディソン』に対しては,「それはとても怖い本なんで

しょう。私,覚えているけれど,ミス・アンドリューズは第1巻も読み通せなかったわ」(NA22)

と間違ったコメントをしている。オースティンは自身の愛読書をキャサリンには「おもしろい」

と言わせるが,イザベラには読めない本として提示しているのである。「イザベラは自ら感傷

小説のヒロイン役を演じている」(Nardin70)ので,彼女には感傷的なゴシック小説がふさわ

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ジェイン・オースティンの読書観-10-

しいのである。

イザベラの兄,ジョン・ソープは,キャサリンを,子供のいない財産家のアレン氏の相続人

だと思い込んでいるので,彼女に急接近する。読書の話題の時,ジョンは『トム・ジョーンズ』

と『修道僧』は読んだらしいが,「小説なんて,どれも馬鹿げたつまらないことで一杯です」

(NA27)と断言する。ところが,『ユードルフォ』の作者名も知らないし,『カミラ』について

の彼の情報が正確かどうかもわからない。彼のでたらめな読書の知識は,彼の欺瞞を象徴して

いるのである。キャサリンは,彼の言葉の信憑性に疑いを持つ。やがて,彼女は,平気で嘘を

つき,人を騙し,社会のルールを無視する彼の性格を見抜くのである。

ティルニー将軍はソープ兄妹と同類である。キャサリンは彼を『ユードルフォ』の妻殺しの

悪漢モントーニに仕立て上げる。それは,実際には,ゴシック小説と現実とを混同したキャサ

リンの幻想であるが,彼女の直感が正しかったことが,後に証明されるのである。将軍は,ジョ

ン・ソープからキャサリンがアレン氏の相続人だと吹き込まれ,ヘンリーと結婚させようと,

自分の邸宅に招待するが,彼女が貧乏人の娘であるとジョンに訂正されて,怒り狂う。そして,

何の説明もなく,付き添いもつけず,彼女を直ちにアベイから追放するのである。この追放の

通達こそ,ゴシック小説よりもはるかに大きな恐怖と恐慌をキャサリンに与えている。『ノー

サンガー・アベイ』をゴシック小説のパロディーにと意図した作者は,ティルニー将軍の理不

尽な怒りに恐怖の源を置いたのであろう。彼は現代版の悪漢である。したがって,彼が夜中に

読むものは,パンフレットである。その内容が示されていないので,彼がつまらないパンフレッ

トに時間を費やすなんてありえない,それは無慈悲な夫が,ティルニー夫人に粗末な食事を与

える時間に違いないとキャサリンは想像する。作者は,将軍の読み物としてはまことにお粗末

なパンフレットしか,彼に与えていないのである。

ジェイン・オースティンの6作品中,おそらく,もっとも多くの本を読み,正確な情報と豊

富な語彙で流暢に語るのは,ヘンリー・ティルニーであろう。ヒロインのメンターにふさわし

い資質である。彼はラドクリッフ夫人の作品をすべて読み,その大半はおおいに楽しみ,『ユー

ドルフォ』を一気に読み通し,読んでいる間中,髪の毛が逆立つほど興奮したと明言する。

(NA68)彼のピクチャレスクの講義をキャサリンは熱心に聴き,彼から正しいナイスやアメイ

ジングリーの言葉の使い方を学ぶ。茶目っ気たっぷりに機知に富んだ会話をするヘンリーは,

まさにオースティンの代弁者である。彼は,キャサリンに,話す言葉と意味していることの違

いを読み取ることを教える。さらに,ティルニー将軍が妻を幽閉している悪漢だという幻想に

取り付かれている彼女の愚かさを指摘して,現実に目覚めさせる。「ヘンリーの説教は,短い

ながら5,6回失望するよりもさらに徹底的に,彼女の空想が途方もないものであったことに,

目を開かせてくれた」(NA129)のである。

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京都精華大学紀要 第三十五号 -11-

妹のエリナー・ティルニーは,兄の話にしっかり受け答えできる知識と言語能力を持った知

的な女性である。彼女もかなりの読書家であり,歴史が好きで,その理由も明確に説明できる。

キャサリンの父親や兄たちも歴史が好きだと述べられている。常識もあり,学識のある人物に

は歴史書を読ませているのである。

オースティンの全作品においても,『ノーサンガー・アベイ』ほど,登場人物の性格や人物

像に,彼らの読書経験が深く関わっている作品は他に見当たらないのではないだろうか。

3章 ダッシュウッド姉妹の読書と人生

『分別と多感』はダッシュウッド家の姉妹,エリナーとマリアンの物語である。長女エリナー

は,「しっかりとした分別と冷静な判断力」を持ち,「愛情深く,感受性は強いが,それを自制

する術を知っていた」が,一方,次女のマリアンは,「感じやすく,利発だが,何事において

も熱烈で,悲しいにつけ,嬉しいにつけ,ほどほどということがない」(SS4-5)と紹介されて

いる。作品のタイトルになっている「分別」は,エリナーの性格を,「多感」はマリアンを象

徴していることは確かである。しかし,オースティンは,この「2つの概念を対照させている

というよりも,むしろ対話させていると言えるだろう。」作者の意図は,「感受性と結びついて

いる特質をおとしめるというよりは,むしろ感受性と分別,情熱と理性の間の均衡のとれた関

係の必要性を擁護することにある」(ポプラウスキー347)のである。

エリナーは,父亡き後,母を支え,マリアンとマーガレットの2人の妹たちの面倒を見て,

一家の大黒柱の役割を担う。物語に登場してくるすべての人物の良い面だけに付き合いの可能

性を見出して,良好な関係を保つことができる。エリナーは,自分の感情よりも他人の気持ち

を思いやり,自己を犠牲にしても人のために尽くす,誠実で,思慮分別のある人物である。彼

女はブランドン大佐の人柄を尊重し,エドワード・フェラーズを愛し,彼がルーシー・スティー

ルと婚約していると知っても,彼の幸せを願う気持ちは変わらない。モーランド・パーキンズ

は,エリナーを「公僕」(Perkins127-8)だとして,彼女の特質を2章にわたって論じている。

過度の感受性の持ち主であるマリアンは,雨の中,バートン丘を駆け下りる時に足を挫き,

ジョン・ウィロビーに助けられ,彼に一目惚れする。マリアンとウィロビーは公然と仲のよさ

を見せつけ,2人だけの世界に浸るが,ウィロビーは突然ロンドンに行き,彼女を捨て,金持

ちの令嬢と結婚してしまう。マリアンは激しい恋の後の失恋の痛みに耐えられず,悶々とした

日々を送り,なかば自暴自棄になり,クリーヴランドで,感染症の風邪にかかり危篤状態に陥

る。この間,妹の身に心を痛めるエリナーの献身的な看病や,彼女らのシャペロンとして,ロ

ンドンまで同行し,さらに,この地に残って世話をしてくれたジェニングズ夫人の気配り,マ

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ジェイン・オースティンの読書観-12-

リアンに一目会った時から恋をしているブランドン大佐の親切な申し出(ダッシュウッド夫人

をマリアンの許に連れてくる)のお陰で,マリアンは危機を脱するのである。病気回復後のマ

リアンは,軽率と不遜を反省し,ブランドン大佐の愛を受け入れ,デラフォードの領主夫人に

おさまる。

『分別と多感』には多彩な人物が登場してくるが,文学の熱烈なファンはマリアンとウィロ

ビーであろう。2人はダンスと音楽を愛し,本の趣味も一致している。マリアンは,最初の文

学談義で,彼がクーパーやスコットの美点を評価し,「ポープを不相応なほど賛美しない」

(SS45)という確約まで得ている。彼らは共に朗読したり,語り合ったり,歌を歌う。「彼の

音楽の才能はかなりのものであったし,それに朗読にしてもあいにくエドワードには欠けてい

た感性,それにあけっぴろげで情こまやかな人への接し方」を持ち,「魅力的な風采」と「天

性の熱情」(SS46)をも兼ね備えていたので,たちまちマリアンの理想の男性となるのである。

キャサリンのように,マリアンもまた,詩や音楽や絵画に浸りきって,芸術と現実生活の違

いを見抜く力に欠けている。バーバラ・ハーディの言葉を借りれば,「彼女らには芸術と人生

を識別する能力に幾分か欠けているところがあり,それは,過剰な美的感覚によって,個人の

想像力と自己認識が阻止されているからである。」(Hardy185)マリアンは周囲の状況や社会

通念を無視し,もっぱら,自分の主観だけで行動している。彼女は,その上,自分の主観に絶

対的な信頼を置いているので,現実的な根拠を持たないで,想像で人を判断してしまう。マリ

アンは,音楽と詩を愛し,自分が想像した理想の男性像に夢中になり,彼の現実の経済状況や

過去を見ようともしなかった。彼女は,また,ブランドン大佐やエドワードに対して誤った評

価をしていたし,最愛の姉エリナーの苦しい失恋にも無頓着であったし,ジェニングズ夫人の

人の良さにも気づかなかった。マリアンの過度の感受性は,彼女を誤った方向に導いている。

マリアンを筆頭に,オースティンの登場人物の多くはクーパーを賞賛するが,一貫して,語り

手はジョンソンの立場を取っているのである。

エリナーもマリアンに劣らず読書家である。エリナーが,マリアンのように,熱心に音楽や

絵画,本について語る場面はない。しかし,エリナーがブランドン大佐やエドワードとの会話

の中で,読書を話題にしていることは確かである。彼女の人物評価の一つに「本を読んでいる」

ことがあげられているからである。エリナーの観察力,状況判断,思慮分別は,おそらく,多

くの本を読んで,現実にしっかり根を下ろした思考方法を身につけて,得られたものではない

だろうか。

マリアンがクーパー的であるとすれば,エリナーはジョンソン的であろう。この作品には,

「エリナーの,精神を活発にして,深い悲しみや憂鬱に打ち克とうとするジョンソン流の努力

と,マリアンのクーパー流のメランコリーを楽しむこと」(Grundy199)の対比が背後にあると,

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京都精華大学紀要 第三十五号 -13-

グランディは述べている。マリアンは生命の危機という試練を経て,理性と分別を持ち,やっ

と,エリナーに近づくのである。

最後に,マリアンと結婚するブランドン大佐,エリナーの相手エドワード・フェラーズにつ

いても少し述べておこう。ブランドン大佐は,マリアンのピアノと歌を静聴する耳を持ってお

り,知的で,博学で,物腰の柔らかい,分別のある紳士である。彼の読書に関しては触れられ

ていないが,彼自身が語る2人のイライザの転落の物語は,彼の鋭い感受性と文学の素養を十

分に表している。エリナーは彼を高く評価して,「大佐はずいぶん世の中を見てきているわ。

外国へ行ったこともあるし,本も読んでいるし,それに考える頭を持っておられる」(SS49)と,

彼を才能や活力のない冴えない老人だと決めつけるマリアンに反駁する。マリアンは,エド

ワード・フェラーズに対しても,彼の単調な情感の乏しい朗読を聴いて,外見だけで判断して,

彼を趣味もなく,芸術の鑑賞力もない退屈な男性だと批評する。しかし,エリナーは彼とよく

話し,彼を観察しており,「全体として,彼の物の見方は博識だし,本好きなことは並外れて

いて,想像力は旺盛で,観察眼は正確で狂いがなく,それに趣味は繊細で気取りがないわ」

(SS18)と熱っぽく語る。彼は,マリアンのように,ピクチュアレスクを賛美したりはしない。

彼の好きなのは,「高くまっすぐ伸びた元気のいい木」,「居心地のいい農家」,「きちんとした

幸せそうな村人たちの一団」(SS94)である。エドワードのように,気取らないで,率直に風

景を愛でる男性こそ,エリナーを得るのにふさわしいのである。

4章 ジェントリーのファミリー・ライブラリー

ここでは,『自負と偏見』と『マンスフィールド・パーク』を取り上げて,これらの作品の

中に描かれているファミリー・ライブラリーについて触れてみよう。『自負と偏見』のヒロイン,

エリザベス・ベネットは,「私はちっとも読書家ではありませんし,おもしろいことはいくら

でもありますわ」(PP31)と語っているが,おそらく,キャサリンやエリナーやマリアンほど

本を読んでいないのであろう。ビングリー家に招かれて,風邪を引いた姉ジェインの看病に来

たエリザベスが,その合間に,本を読もうと,客間に置いてある5,6冊の本を手に取る場面

があるが,彼らの会話に気が散って結局読まないで本を置いてしまっている。キャサリン・

ディ・バーグ夫人に,家庭教師のいないベネット家の5人の娘たちの教育はどのようになされ

たのかという質問に対して,エリザベスはこう答えている。

 「でも,私たち,勉強する気のあるものは,別に勉強の方法に困ったことはありませんの。

いつも読書は勧められていましたし,先生だって,欲しいといえば,ありましたわ。もちろ

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ジェイン・オースティンの読書観-14-

ん,怠けたいものは,いくらでも怠けられましたけれど」(PP130)

おそらく,オースティン家の教育もこのようであったと思われる。ベネット家の3女のメア

リーは,勉強家で,常に本から教訓を抜粋して,皆の前で披露する。彼女が才能もないのに,

自分の知識や才芸を見せびらかすので,家族のひんしゅくを買っている。エリザベスが,まっ

たく読書をしなかったわけではない。フィッツウィリアム大佐との話は新刊書にも及んでい

る。彼女は,ミス・ビングリー,ミセス・ハースト,ミスター・ダーシーが3人で並んで散歩

する光景をピクチュアレスクと咄嗟に表現している。(PP44)彼女もギルピンを読んでいるに

違いない。グランディはエリザベスを評して,「父親の書斎,メアリーの本の改ざん,ミスター・

コリンズがもっと信頼できるキリスト教の思想家たちの代わりに選んだ,性の妄想に取り付か

れたフォーダイスといった,効果のない抑圧的な書物に囲まれているのに,彼女の精神は何て

自由なんだろう」(Grundy205)と述べている。

ミスター・ベネットは,機知に富み,知性的な紳士(年収2千ポンド)であるが,きれいさ

に惑わされて,おしゃべりで,鈍感で,知性がなく,娘たちの結婚に躍起になっている妻と結

婚したために,夫の義務や父親の責任を半ば放棄している。しかし,末娘のリディアが無謀な

駆け落ちをした時には,自分が娘たちの教育にいかに無関心であったかに思い至るのである。

彼は,妻や下の3人の娘たちを小馬鹿にし,書斎に逃げ込んで,本ばかり読んでいる。彼の蔵

書の数や内容は紹介されないが,彼の逃げ場になっているからには,かなりの冊数であろう。

跡取り息子のいないベネット家の限定相続指定人であり,彼の従弟であるコリンズ牧師が,ベ

ネット家に結婚相手を捜しに来る。ミスター・コリンズは,ミスター・ベネットから,娘たち

に朗読をして欲しいと依頼されて,その本が,巡回図書館の本であることに気がつくと,「ハッ

と飛びのくようにして,『すみませんが,小説はいっさい読みません』」(PP56)と抗議する。

彼は,小説を否定する,もっとも面白みのない滑稽な人物として,描かれているのである。キ

ティやリディアの反応から,ベネット家でも巡回貸し本屋を利用し,大いに小説を楽しんでい

たことがわかるのである。コリンズ牧師が代わりに選んだ本は,フォーダイスの『説教集』で

ある。

若い女性たちに幸せな家庭を築くための心得を述べている『説教集』は,ミスター・ベネッ

トの蔵書の中に含まれていたと思われるが,この本は彼自身が娘の道徳教育に役立てられな

かったことを示している。さらに,これを選んだミスター・コリンズの頭の悪い尊大な性格も

伺える。これは,決して楽しんで読む本ではない。「ロングボーンの最初の夜,しかも,ミスター・

ベネットの前で,あからさまに従姉妹たちの教育を指図するものを読むということは,ミス

ター・コリンズの立場として,いいのかどうかは疑問であろう。」(Selwyn222)リディアが朗

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読の邪魔をしたために,気分を害したミスター・コリンズは3ページも読まなかった。彼女が

静かに聴く耳を持っていたなら,駆け落ち事件はおこさなかったであろうから,この場面は,

物語の伏線として,かなり風刺の効いた重要なエピソードになっている。

エリザベスの姉ジェインの結婚相手は,ミスター・ビングリーである。彼はネザーフィール

ド・パークを借りた,年収4,5千ポンド,約10万ポンドの莫大な財産を所有する金持ちの青

年であるが,彼の資産は商売によって得られたもので,新興のジェントリーであると紹介され

ている。それ故に,彼の書斎は充実していない。彼は明るく,愛想がよく,気取らない,皆に

好かれる紳士であるが,残念ながら,読書はあまりしていないようである。「いや,もっとりっ

ぱな蔵書だといいんですがね,あなたのためにも,僕自身の名誉のためにも。ところが,僕は

怠け者なんです。だから,たいして持ってもいないくせに,まだのぞいてもいない本が,もっ

とあるんですからね」(PP31)と,エリザベスに告白している。彼の妹のミス・ビングリーも,

「私が自分の家を持ったらね,すばらしい書斎がなかったら,惨めになるでしょうよ」(PP45)

と言いながらも,読書の趣味は持ち合わせていない。彼女は,ミスター・ダーシーに必死に取

り入ろうとして,エリザベスをことごとくけなす意地悪で,高慢な女性である。

年収1万ポンドあり,ダービシャのペムバリーに広大な敷地と屋敷を持つミスター・ダーシー

の書斎は,まさに,ジェントリーのファミリー・ライブラリーの典型であろう。何代もかかっ

て収集した蔵書に加えて,彼がまだ買い足しているのである。彼はビングリー家の団欒の輪の

中にいても,常に本を読んでいる。教養ある女性になるには,「広く本を読んで,精神の修養

をはかり,なにかもっとしっかりしたものを,持つようにしなければならない」(PP33)とい

うのが彼の意見であり,「この頃のファミリー・ライブラリーを軽視する流行が私にはよくわ

からない」と述べている。ミス・ビングリーは,「あのごりっぱなお屋敷に,さらにいちだん

と光を添えるようなことは,何一つ軽視されないわね」(PP32)と彼に追従している。大邸宅

のライブラリーは,カントリー・ジェントリーのステイタスの象徴であったことが,伺えるの

である。

マンスフィールド・パークは,ノーサンプトンシャーに住む従男爵サー・トマス・バートラ

ムの「周囲5マイルに及ぶ本格的なパークと,広々としたモダンな建築の屋敷」(MP80)の名

前である。この伯父の屋敷に,レディー・バートラムの子沢山の貧しい妹,プライス夫人の10

歳の長女ファニーが引き取られることになる。ファニーの2人の従姉たち,マライアとジュリ

アとは「身分も財産も権利も相続もいつだって違うのだ」(MP47)という分け隔てをして育て

るようにというのが,サー・トマスの条件である。レディー・バートラムとプライス夫人の姉

である吝嗇家のノリス夫人は,ファニーの部屋は,女中部屋や家庭教師の部屋に近い「小さい

白い屋根裏部屋」(MP46)がいいと提案する。ファニーは,伯父の威厳におびえ,ノリス夫人

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ジェイン・オースティンの読書観-16-

の絶え間のない小言を聞き,従兄姉たちの中で,小さくなりながら暮らしていく。バートラム

家の次男エドマンドだけは,ファニーに優しく接し,彼女の成長を助けるのである。

『マンスフィールド・パーク』は,この屋敷に引き取られて,エドマンドに導かれ,最終的

には,牧師となった彼のよき伴侶になり,サー・トマスの娘となったファニー・プライスの物

語である。バートラム家の長男トムは「物腰は気楽で気性は明るく,顔が広くて話題も豊富」

(MP80)であるが,遊び好きなために,多大なる借金をして,エドマンドに譲られる筈であっ

たマンスフィールド牧師館が彼の借金返済に当てられている。父親の留守の間に,家族を巻き

込んで素人芝居をする計画を持ち出したのも彼である。トムは落馬と大酒のせいで,重病にな

り,回復後は,少し謙虚になる。マライアとジュリアに関しては,「有望な才能と早熟な知識

にもかかわらず,彼女らが自己認識,寛大さ,謙虚さという,もっと貴重なたしなみにまった

く欠けていたのは,あまり驚くべきことではない」(MP55)と書かれている。マライアは,父

親の束縛から逃れるために,彼よりも収入が多く,ロンドンに別邸を持つミスター・ラッシュ

ワースと愛情のない結婚をすることを選ぶ。彼女は,愚鈍で,金以外に取り柄のないミスター・

ラッシュワースを疎んじ,彼との婚約中も女たらしのヘンリー・クロフォードと戯れ,結婚後

は,ヘンリーと駆け落ちする。ヘンリーにはもともと結婚する気などなく,マライアはミス

ター・ラッシュワースと離婚後,彼女のわがままな性格を助長した伯母のノリス夫人と,マン

スフィールドから程遠い地で暮らす羽目になる。姉よりも伯母に甘やかされなかったジュリア

の結末は,素人芝居のために滞在していたトムの友人のミスター・イエーツとロンドンで再会

し,姉の事件が自分の身に及ぶ影響,「厳格さと束縛の度がさらに増すだろう」(MP451)と想

像し,ミスター・イエーツの求愛を受けいれて駆け落ちするのである。

次男のエドマンド・バートラムは,自ら牧師になると決めており,彼の進んだコースはイー

トン校,オックスフォード大学である。彼はファニーの立場と境遇に同情し,「彼女が利口で

あり,分別もあれば,物分りも早く,読書好きである」といち早く見抜き,彼女を絶えず励ま

して,読書させたのである。作者も「読書は,方向さえまちがわなければ,それ自体かならず

教育になるものである」と述べている。もちろん,彼女はバートラム家の家庭教師のミス・リー

からフランス語や歴史を習っているが,ファニーの読書教育はエドマンドに負うところが大き

い。エドマンドは,「彼女の暇な時間を楽しむ本を推薦し,彼女の好みを伸ばし,判断を訂正し,

彼女がいま読んでいる本を話題にして,読書の益を教え,当を得たほめ言葉で,その魅力を高

めてくれた」(MP57)のである。彼の心優しい指導に,彼女は,終始一貫して,最初から,誠

実な心で報いている。ファニーは彼を「善良にして偉大なるもののすべての手本,自分以外の

だれにも評価できぬ価値を持った人,そしてこの上もなく強い感情に駆られた感謝を,捧げて

当然の人」とみなしていて,彼に対する彼女の気持ちは,「尊敬と感謝と信頼と情愛のすべて

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の入り混じったもの」(MP71)であった。しかし,エドマンドはメアリー・クロフォードの美

貌や機知に富んだおしゃべりやハープに引かれて,彼女を唯一の結婚相手だと思っている。一

方,メアリーはエドマンドに魅力を感じながらも,彼の職業が気に入らない。自由気ままな生

活を好むロンドン育ちの彼女には,田舎に住み規則に縛られる牧師の妻になるのは耐えられな

いことなのである。エドマンドとメアリーはこの点でどうしても相容れない。物語の最後に

なって,彼女のマライアとヘンリーの駆け落ちを単なる軽率な行動だと片付けてしまう不誠実

な意見に失望して,やっと,エドマンドはメアリーをあきらめる。その時初めて,ファニーの

変わらぬ愛の深さに気づくのである。

この作品のヒロイン,ファニー・プライスは「すべてのジェイン・オースティンのヒロイン

の中で,もっとも分別のある真面目な読者」(Selwyn233)である。ファニーも相当多くの本

を読んでいる。作品には,マンスフィールドのファミリー・ライブラリーに関しての記述はな

いが,サー・トマスが息子たちに好んで朗読をさせていたことからも,かなりの蔵書がそろっ

ていたに違いない。トムを中心にマライア,ジュリア,ミスター・イエーツ,ヘンリー・クロ

フォードたちが素人芝居の脚本捜しに奔走する場面に登場してくる数々の芝居の名前は,シェ

イクスピアは言うに及ばず,18世紀の喜劇も多く含まれている。結局,彼らが選んだのは,18

世紀のドイツの劇作家の作品で,インチボルド夫人によって英訳された『恋人たちの誓い』で

あるが。エドマンドがファニーの屋根裏部屋に入ったときに,彼女の机の上に置かれていたク

ラッブの詩集『物語』は,ジェイン・オースティンが『マンスフィールド・パーク』を執筆し

ているときに出版されたものである。セルウィンは,「ごく最近の出版物に言及されているの

は,読者にこの小説の同時代性を強調したであろうし,さらに,彼に(彼が考えたとしての話

だが)新刊書がマンスフィールドのような裕福な家庭には,比較的早く容易に届けられるとい

うことを思い出させたであろう」,それに付け加えて,ファニーがクラッブの最新の出版物を

持っているのは,彼女が前作を楽しんだからであろうとも推測している。(Selwyn204)

ファニーは妹のスーザンにゴールドスミスを使って,歴史を教えている。ラッシュワース家

のサザトンの並木が,改良のために切り倒されると聞くと,「並木を切り倒すなんて !まあか

わいそう !クーパーを思い出さないこと ?『倒れたる並木どもよ,今一度,われは汝らの悲運

を嘆く』」(MP87)と,ファニーはクーパーを引用して自然美の破壊を非難する。彼女の歴史

への強い関心は,ラッシュワース夫人に案内された新しい礼拝堂に失望し,スコットの詩句を

口ずさむときに示される。

 「わたしの考えている礼拝堂は,こんなんじゃないわ。厳かなところがなんにもないんで

すもの。物悲しくって,雄大なところが。通路も,アーチも,碑文も,軍旗もないわ。『天

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ジェイン・オースティンの読書観-18-

の夜風になびく』軍旗も,『この下にスコットランド王眠る』というしるしも」(MP114)

ファニーは,ポーツマスの実家に自分の居場所を見出せず,「マンスフィールドこそ我が家」

(MP421)だと実感するのだが,ジョンソン博士の『ラセラス』の一節(「結婚生活には苦痛が

多いが,独身生活には楽しみがない」)を思い出して,「マンスフィールド・パークには多少苦

痛があっても,ポーツマスには楽しみがあり得ない」(MP385)と感じている。彼女は,マン

スフィールドに帰りたいという切望や焦燥感を,クーパーの『ティロキニアム』の,「激しき

願いをこめて,我が家をぞ憧るる」(MP420)を口ずさむことによって,自らを慰めている。

ヘンリー・クロフォードは,ジュリアに言い寄り,婚約しているマライアを誘惑し,多くの

女性の心を弄んで喜んでいる人物である。ものごとを真摯に受け止めないで,いつも求愛者の

役を演じて楽しんでいる不埒な態度は,素人芝居を演じる彼の才能に象徴されている。彼は

「ファニーの心に小さな穴をあける」(MP239)ことを決意し,彼女に,ネックレスを送ったり,

彼女の最愛の兄のウィリアムの海軍での昇任に尽力したり,サー・トマスの信頼を得たり,わ

ざわざポーツマスまでファニーに会いに来たりする。ファニーは彼がマライアやジュリアを誘

惑していたことを観察していて,自分の身を頑なに守ろうとする。彼の『ヘンリー8世』のみ

ごとな朗読は,ファニーの心をつかむ目的でなされた「性の罠」(Selwyn232)である。彼女は,

彼の朗読に魅了されるが,それが,一時の幻想であることをよく理解している。ファニーは彼

が不真面目であるがゆえに,彼を決して愛さないのである。ウィロビーに幻惑されたマリアン

と異なり,ファニーは感じ,考える力を持った女性である。ファニーはクーパーやスコットを

読むが,ジョンソン博士の分別や良識もわきまえている。彼女の読書に対する真剣な姿勢,も

ちろんエドマンドと共有しているが,これこそ,牧師の道を進むエドマンドのよき妻として彼

女に十分な資質があることを証明しているのである。

5章 エマとアンの性格と読書経験

最終章においては,オースティンの後期の2作品,『エマ』と『説きふせられて』のヒロイ

ンであるエマ・ウッドハウスとアン・エリオットの対照的な性格と彼女らの読書について論じ

る。若くて明るいエマは,才気煥発で,自分の判断に絶対的な自信を持っていて,うぬぼれが

強く,失敗と愚行を繰り返しながら最後に自己認識に至る。一方,若い盛りを過ぎたアンは,

皆の陰に隠れて,おとなしく控えめで,目立たない存在であるが,彼女の思慮分別のある言葉

や行動は徐々にその真価を発揮して,皆に認められ,ずっと愛し続けてきた元恋人の心を取り

戻す。2人の対照的な性格と生き方は,彼女らの読書経験とも大いに関連性があるのである。

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京都精華大学紀要 第三十五号 -19-

キャサリンやマリアンは,その鋭い感受性のために,小説や詩の世界にのめりこんで,フィ

クションと現実の区別ができずに,道に迷い込むことになる。彼女らとエマの共通点は,その

旺盛な想像力であるが,エマは彼女らとは異なり,読書経験が少ない。エマを幼い頃から知っ

ているミスター・ナイトリーの分析によると,彼女は14歳の時に,適切に選ばれたみごとな書

物のリストを作ったが,実際には読破していないのである。彼は,もうエマに「堅実な読書を

続けること」を期待しない。「彼女は,勤勉と忍耐を必要とするようなものにも,空想を理解

力に屈服させることにも,甘んじないでしょう」(E29)と批判している。エマの家庭教師であっ

たミス・テイラーも,彼女を説きふせて,自分が望む半分も読ませることができなかったので

ある。ミスター・ナイトリーの指摘するように,エマは読書をしない。彼女は,新しい友人の

ハリエット・スミスを有益な読書と会話で高めようとするが,最初の2,3章読むだけで終わっ

ている。「ハリエットの理解力を広めるとか,まじめな問題と取り組む訓練をさせるとかに骨

を折るよりは,自分自身の想像を思うままにさまよわせて,ハリエットの運命について思い巡

らしたりするほうが,はるかに楽しかった」(E54)のである。エマとハリエットが夢中にな

るのは,読書の代わりに,シャレード(謎かけ詩)の収集と,謎ときをして遊ぶことである。

オースティンは,『エマ』においては,読書を勤勉と忍耐を必要とするもの,ものごとの理

解力を深めるものと定義している。そして,エマが堅実な読書を放棄して,他人の性格や立場

を理解しようとする努力を怠り,ひらめきと空想で物語を創造していることを,彼女の最大の

欠点としている。物語は,エマが,ゴダード夫人の経営する寄宿学校の生徒,ハリエット・ス

ミスを紳士の娘だと想像することから,展開していく。ハリエットは私生児であるが,自分の

出自に興味がなく,知識や理解力に乏しい愚鈍であるが,きれいな娘である。エマは,彼女に

有利な結婚をさせようと,ミスター・ナイトリーの所有するドンウェル・アベイの借地農場主

ロバート・マーティンのプロポーズをハリエットに断らせて,代わりに,ハンサムで紳士的な

青年牧師ミスター・エルトンを推奨する。ミスター・ナイトリーの,エルトンは「どうみても

軽率な結婚などしそうにない」(E52)という忠告を無視してまで。案の定,ミスター・エル

トンの狙いは,ハイベリー村一番の地主の娘エマを獲得することであった。彼は,エマがハリ

エットと彼を結婚させようと画策するのを,誤解して,エマにプロポーズする。エマは,エル

トン牧師から彼女に送られてきたシャレードを,ハリエットに宛てたものだと思い込み,その

謎の意味(求愛)を解いてやり,励ますが,実は,エマ自身が,読めなかったのは,彼の意図

である。エマが彼を拒絶すると,彼はさっさとバースで持参金1万ポンドの知性のない高慢な

花嫁を見つけてくる。

エマは,自分の想像が誤りで,ミスター・ナイトリーの判断が正しかったことを認めて反省

するが,再度,フランク・チャーチルに虚像を抱いてしまう。フランクはミスター・ウェスト

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ジェイン・オースティンの読書観-20-

ンの一人息子であるが,母親の死後,裕福な母方の伯母チャーチル家で育てられており,父と

ミス・テイラーの再婚を祝って,ハイベリーに表敬訪問をすることになっている。ウェストン

夫婦から彼の名前をたびたび聞かされて,エマは,彼に会う前から,想像上のフランクに好意

を寄せている。愛想がよく,彼女に恋をしている素振りさえ見せるフランクに,エマはすっか

り気をよくして,パーティの席で彼と戯れるのである。フランクは,実は,ミス・ベイツの姪,

ジェイン・フェアファックスと婚約をしているのだが,チャーチル夫人の権威を恐れて,秘密

にしている。彼は,周囲の目を欺くためにエマを利用し,恋のダブルゲームをして,婚約者の

ジェインを傷つける。

ジェインは,両親をすでに亡くして,父の友人のキャンベル大佐の保護下で優秀な教育を受

けていた。彼女は,教養もあり,才能もある美しい優雅な女性であり,エマの友人にふさわし

いとミスター・ナイトリーも評価している。ジェインは,秘密の婚約のために,自分を偽り,

演技しなければならない。自己欺瞞に苦しみ,その上,フランクのエマとの恋の戯れに傷つき,

婚約破棄の決断にまで至る。ジェインの苦しい立場を知らないエマは,彼女の打ち解けない態

度,慎重な発言に腹をたてて,その原因を,ジェインが,キャンベル大佐の同じ年頃の娘が結

婚した相手のミスター・ディクスンに報われぬ恋をしているからだと想像してしまう。そして,

エマは,フランクがひそかにジェインに送ったピアノを,ミスター・ディクスンからの贈り物

だと勘違いするが,フランクが否定しないので,彼と共謀して,ミスター・ディクスンとジェ

インを結び付けてからかうのである。エマは彼らの婚約を知ってから,自分の愚かさを思い知

る。ミスター・ナイトリーの助言に従って,ジェインと友人になる努力をして,彼女をもっと

知っていたら,彼女がミスター・ディクスンに不義の愛情を抱いていたなどという話をでっち

あげなかっただろう。フランクと自分の戯れは彼女にとっては,地獄であっただろう。「彼女

を取り巻いたあらゆる害悪の根源の中で・・・自分こそ最悪のものだったに違いない」,「絶え

間のない敵」(E319)であったに違いないと,エマは自らを責めるのである。

エマは,せっかくの才能と理性を働かせずに,過剰なまでの想像力で,物語を作り上げて,

ハリエットの出自をでっちあげ,ミスター・エルトンの意図を見抜けず,フランクの本心に気

づかず,ジェインに苦痛を与えていた。ボックス・ヒルでのピクニックで,エマは年をとった

独身の立場の弱いミス・ベイツを侮辱した。エマの欠点を指摘し,いつも,苦言を呈して,彼

女の判断を軌道修正してきたのは,ミスター・ナイトリーである。彼は,エマとハリエットの

友情は,エマの虚栄心を増長させ,ハリエットに不相応な夢を抱かせるだけであると心配する。

彼の心配したように,エマは,ロバート・マーティンの人柄を知りもしないで,農夫だと見下

げて,ハリエットに無理やり断りの手紙を書かせたのである。ミスター・ナイトリーは,マー

ティンを「れっきとした,知性のある紳士的農夫」(E49)であると高く評価していて,私生

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京都精華大学紀要 第三十五号 -21-

児で無知なハリエットには過ぎた相手だと思っている。マーティンが分別のある誠実な青年で

あることは,彼が『農業報告書』に目を通し,『ウェイクフィールドの牧師』を読むことから

も推測できる。ところが,エマは,自分自身の読書暦を省みず,彼がゴシック小説を読んでい

ないから,読書家ではないと誤った判断をするのである。彼のプロポーズの手紙は「短いもの

であったが,良識,温かい愛情,自由,礼儀,それに感情の繊細ささえあらわれていた。」

(E39-40)エマは,その手紙に感心しながらも,「アベイ・ミル農場のロバート・マーティン夫

人」(E42)を訪ねることなどできないと,ハリエットをうまく誘導して,断りの手紙を書か

せて自分の思い通りになった結果を喜ぶのである。エマがお節介にも二人の仲を裂いたことを

知ると,ミスター・ナイトリーは,

 「まったく,エマ,あなたが自分の理性を誤用しているのを聞いていると,私もほとんど

そう考えたくなる。あなたのように,良識を乱用するよりは,いっそそんなものはないほう

がいい」(E50)

と憤る。エマはミスター・ナイトリーに抗弁はするものの,彼に糾弾されて不快になる。

ミスター・ナイトリーは,オースティン文学における紳士の見本であろう。彼は,思慮分別

があり,鋭い洞察力と人を観察する目を持っており,堅実な読書から得た多くの知識と荘園領

主としての義務と責任を果たす誠実な人柄である。近隣の貧しい人には,農園の収穫物を分け

与え,足の便が悪いと知ると,自分の馬車を迎えに出す。絶えず周囲に目を配り,人の気持ち

を汲み取り,善処する紳士である。ジェインを正当に評価してエマに友人になるように勧めた

のも彼である。自分の求愛を拒絶したエマに復讐するために,彼女が保護するハリエットのダ

ンスのパートナーを拒否したエルトンの侮辱も,ミスター・ナイトリーがハリエットのパート

ナー役を引き受けてくれたことによって,無に帰する。ミスター・ナイトリーは,フランクと

ジェインの仲に気づいている唯一の人物である。

 その後また彼らと席を同じくしたとき,彼は自分の見たものを思い出さずにはいられな

かったし,観察せずにはいられなかったが,観察は,もし,クーパーとその黄昏時の暖炉の

ように,

「われみずから,わが見しものを創造しつつ」

ということでなかったとすれば,フランク・チャーチルとジェインとは,どうやらひそかに

慕い合っており,ひそかに了解し合ってさえいるらしい,といういっそう強い疑惑をもたら

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ジェイン・オースティンの読書観-22-

すのであった。(E259)

この場面をセルウィンは次のように賞賛している。「ジャイン・オースティンが文学への言及

の可能性を斬新的に探求し,その重要性を強調し,その意図を深めたことが,ここで,確かめ

られるのである」(Selwyn202)と。

ハリエットのミスター・ナイトリーへの恋の告白を聞き,エマは,自分が今までずっと占め

て来た「ミスター・ナイトリーの第一の人」(E313)としての地位を失うという危機感に激し

く動揺する。エマは自分の過去の過ちを振り返り,自己嫌悪に陥りながらも,自分自身を,自

分の心を見つめる。自分は鼻持ちならない自惚れで,人の運命を調整しようと試み,それが,

ことごとく失敗に終わり,ハリエットにも,自分自身にも,ミスター・ナイトリーにも害を及

ぼしていたことに気づく。ミスター・ナイトリーが,ずっと彼女に忠告を与え,彼女の成長を

温かく見守ってくれていたことに感謝するのである。エマはハリエットにふさわしいマーティ

ンを遠ざけ,彼女に虚栄心を植え付けた自分の愚かさを反省し,「ミスター・ナイトリーは自

分以外の誰とも結婚してはならない」(E308)と決心する。

エマの読書力の不足は,人の言動を読み取れないばかりか,自分自身の心さえも読めなかっ

た愚かさに繋がっている。しかし,彼女には,才気と理性と理解力があり,いつも彼女に厳し

く温かい批判を惜しまないミスター・ナイトリーの愛情と保護がある。エマはこのような恵ま

れた境遇にあって,最悪の事態を免れ,めでたく,ミスター・ナイトリーと結婚するに至るの

である。

ウッドハウス家でも,ハイベリー村においても中心人物であり,その発言が周囲に大きな影

響力をもつエマとは,全く異なった立場に置かれているのが,『説きふせられて』のヒロイン,

アン・エリオットである。アンは,「ジェイン・オースティンのヒロインの中で,もっとも孤

独である」(Tanner208)上に,もっとも年齢が高く,27歳で,「とっくに盛りを過ぎていた。」(P37)

彼女はケリンチ・ホールの当主,従男爵のサー・ウォルター・エリオットの次女である。父親

は愚かで浪費家,従男爵の地位にしがみついているが,地位にふさわしい義務感も分別も節度

もわきまえず,虚栄のみで生きている。彼の空虚な虚栄心はその愛読書に風刺されている。彼

の唯一の楽しみは,『男爵名簿』のエリオット家のページを読むことである。(P35)長女のエ

リザベスは,母亡き後,ケリンチ・ホールを切り盛りしている。彼女も虚栄心が強く,今まで

「自分の思いどおりに振る舞ってきた」(P46)29歳の女性である。アンはわがままな父と姉に

とっては,「取るに足りない人」で,「彼女の言うことは重きも置かれず,彼女の都合はいつも

一番あとまわしにされた─アンはアンに過ぎないのであった。」(P37)アンは父や姉に軽視さ

れ,どこにいても控えめで目立たないが,物語が進展するにつれて,徐々に,有能な分別のあ

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京都精華大学紀要 第三十五号 -23-

る人だと評価されていくのである。

オースティンの作品においては,アン・エリオットはもっとも孤独であるが,もっとも多く

の愛すべき特質を備えているであろう。彼女には真の優雅さと優しさがあり,知性と分別,洞

察力が備わっていて,率直で正直で努力家である。彼女の読書量は相当なものであると推定さ

れる。本好きのベンウィック大佐との会話では,彼女の幅広い読書の知識が伺えるからである。

さらに,彼女は,感傷的な彼の心を和らげるには,散文を読むようにと忠告までしている。ア

ンのこの忠告は「道徳的思考をジョンソン博士に依拠している」(Grundy200)とグランディ

は述べている。彼女のジョンソン的な思慮分別こそ,作者がもっとも評価するものである。し

かし,アンはベンウィック大佐とルイーズが結婚するという話を聞き,ルイーザが事故の後,

文学に興味を持つようになり,彼とバイロンやスコットを語り,恋におちたに違いないと想像

している。オースティンは,アンにロマンスを与えたように,絶望や苦悩や熱情を歌う詩を,

まったく否定しているわけではない。

アンは,3人姉妹の中でも,聡明であった亡き母に一番似ていて,母親代わりのレディー・

ラッセルから愛されている。アンが19歳の時に,「優れた知性を持ち,血気さかんで,才気あ

ふれるなかなか立派な青年」(P55),ウェントワースと婚約するが,レディー・ラッセルに反

対される。彼には財産も縁故もなく,将来の見込みも不確定であるからと,アンは,信頼して

いる彼女に「説きふせられて」,彼をあきらめる。レディー・ラッセルは,教養があり,理性

的で,礼儀正しいが,家柄や社会的地位に偏見を持っている(P42)と書かれている。アンは

レディー・ラッセルの判断に従ったわけであるが,彼女の母親のような愛情に感謝しており,

彼女の判断が誤っていたと決して責めたりはしない。8年後のアンとウェントワース大佐の結

婚に際しては,レディー・ラッセルも自分の判断を悔い,彼を義理の息子,アンを娘として愛

するのである。

サー・エリオットとエリザベスの体面を保つための浪費で,財政難に陥った一家は,ケリン

チ・ホールを,クロフト提督夫妻に貸し,バースに移ることになる。クロフト提督は,トラファ

ルガーの海戦で活躍した,実直で思いやりがあり,分別も備えている軍人である。夫人は,結

婚後は夫とともに,ほとんど艦上で過ごし,肉体的にもたくましい,率直で社交的な女性であ

る。クロフト夫人がウェントワース大佐の姉であったことから,アンは8年の歳月を経て,彼

と再会する。物語はここから始まるのである。

アンはまだずっとウェントワース大佐を愛し続けていた。「27歳になったアンは,19歳の時

に,無理やり考えさせられたのとは,かなり違った考えかたをするようになっていた」(P57)

のである。家族の反対や,将来の不安があったとしても,婚約を守ったほうが幸せになってい

ただろうと思うのである。「彼女は娘盛りに慎重を強いられ,年をとるにつれて,ロマンスを

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ジェイン・オースティンの読書観-24-

学んだが,それは,不自然な始まりの自然な結果であった。」(P58)ウェントワースに再会す

る前に,アンはすでに彼とのロマンスを待ち望んでいる。しかし,彼はアンを許していなかっ

た。彼女は「弱さと臆病」のせいで,「自分を不当に扱い,見捨て,失望させた」と思っていた。

「もはや彼に対する彼女の威力は,永久に消えていたのである。」(P86)物語は,アンの成長

ではなく,ウェントワースがいかにして彼女の真価を見出して,再び,彼女への愛情を蘇らせ

るかに焦点が当てられている。

アンの存在感は薄い。誰も彼女に注意を払わない。アンはそれでも皆の役に立つことに自分

の存在意義を見出している。妹メアリーの嫁いだマスグローブ家の人たちに信頼されているア

ンは,メアリーの子供たちの面倒を見て,辛抱強く,それぞれの愚痴を聞き,彼らの気持ちを

和らげる「すばらしい聴き手」(Tave257)である。ダンスの時には,もっぱら,ピアノを弾く

役目を引き受ける。彼女は,自分を理解してもらえなくても,他のすべての人たちの気持ちを

察する優しさと洞察力を持っている。 もちろん,ウェントワースの声を聞き,表情を見,彼

の会話を聴き,彼の考えや気持ちを読み取る努力は怠らない。彼がメアリーに語った「あの人

はわからないほど変わってしまった」(P85)という言葉から,彼がもはや自分を愛していな

いということをアンは察知している。彼が,マスグローブ家の娘ルイーザの「決断力があり堅

固な性格」(P110)を褒めているのを聞き,自分の性格をどう思っているかを知る。チャール

ズはメアリーではなくアンと結婚したがっていたのに,アンがレディー・ラッセルの助言を受

けて断ったというルイーザの話を聞いているウェントワースの態度から,彼の自分への関心に

気づく。怪我をした甥の世話をしているアンに抱きつくもう一人の甥を,すばやく抱き去った

ウェントワースの親切に,彼女は動揺する。ライムでの遠出に疲れたアンをいたわり,馬車に

押し込む彼の行為に,彼女は,在りし日の温かい優しい心を感じ取り,「喜びと苦痛の入り混じっ

た感情」(P113)が広がるのを感じる。彼女は全身全霊で彼を感じ取っているのである。

ウェントワースが,アンを評価する転換点はライムのコッブ(防波堤)での事故である。決

断力を誇るルイーザが,無謀にも,階段を跳び越えようとして,下に落ちて,意識不明になる。

アンは,このあたりの地理に詳しいベンウィック大佐に外科医を呼びに行かせて,皆に的確な

指示を与える。 その冷静沈着な処置に感銘を受け,ウェントワースはアンを見直すのである。

それは,ルイーザの世話をするハーヴィル夫人の手伝いをするのに,「アンほど適役で有能な

人はいないでしょう」(P133)という彼の賞賛の言葉に表現されている。

バースで,自分の家族と合流したアンを追って,ウェントワースもこの地にやって来る。彼

は,アンの美しさに魅了されて,結婚しようと企んでいるケリンチ・ホールの推定相続人ミス

ター・エリオットに嫉妬する。アンとウェントワースの共通の趣味は音楽であり,彼女はコン

サートで彼に会って話をするのを楽しみにしていたが,ずっと彼女のそばにいるミスター・エ

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リオットに嫉妬したウェントワースは,途中で去る。ウェントワースの嫉妬に気づいたアンは,

満足感を味わいながらも,どうしたら,自分の愛情を彼に伝えられるか考えあぐねるのである。

アンは,マスグローブ家の宿,ホワイト・ハートで,ハーヴェル大佐と男性と女性の恋愛の違

いについて議論する。アンは,「女性が要求できる唯一の特権は・・・愛する人がこの世にい

なくなっても,希望がなくなっても,いつまでもいつまでも愛し続けることができるというこ

とですわ」(P238)と胸一杯にして語る。手紙を書いていたウェントワースは,アンの気持ち

を受け止めると,彼女に一通の手紙を渡す。それは,愛の告白であった。

『説きふせられて』においては,アンの優れた読書の知識が,ベンウィック大佐の気持ちを

くみとり,慰める役に立っている。アンは上手な聴き手であると同時に,静かな観察者である。

彼女は,観察し,感じ,考え,そして,想像している。エマの想像力とはまったく異なり,ア

ンの想像力は彼女の鋭い洞察力と観察力に基づいており,もっとも信頼のおけるものである。

オースティンは,最後の作品において,もっとも優雅で,優しく,分別と洞察力,想像力をも

兼ね備えた成熟したヒロインを描いたのである。

結論

ジェイン・オースティンは1817年に41歳の若さで亡くなっている。11歳の時に創作を始め,

それらの習作は,『第一巻』,『第二巻』,『第三巻』として,R・W・チャップマン編集で,『レディー・

スーザン』と最後の未完の『サンディトン』と共に出版されている。この稿では,オースティ

ンの主要6作品を取り上げ,作者の読書環境および作品の登場人物と読書の関連性について論

じている。

父親の500冊以上もの蔵書,オックスフォードに学ぶ兄たちの読書指導,家族や友人知人た

ちとの本の情報交換,当時の巡回貸し本屋など,ジェインを取り巻く読書環境は,彼女の作家

形成にどれだけ貢献したことであろう。ジェインは父親の朗読を聴き,兄たちの文学談義に耳

を傾け,多くの本を読み,創作しながらも,同時代の作品も読み続けた。彼女の作品の登場人

物たちも,古典ばかりではなく,その当時出版された本を手にして読んでいる。

オースティンは自身の読書経験を登場人物の性格描写にたくみに利用している。登場人物が

どのような本を読み,どのように考えているかが彼らの性格と大きく関わっているのである。

キャサリン・モーランドはゴシック小説を読みすぎてフィクションと現実の区別がつかない。

マリアン・ダッシュウッドは詩や音楽や絵画を熱狂的に語る。キャサリンやマリアンは過剰な

想像力のために,現実認識ができない人物として描かれている。マリアンの恋するウィロビー

や,ファニー・プライスに結婚を迫るヘンリー・クロフォードは朗読がうまく,マリアンもファ

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ジェイン・オースティンの読書観-26-

ニーも魅了される。彼らの朗読のうまさは「性の罠」として描かれている。エリナー,ファニー,

アンは幅広く読書をしていて,詩を理解するが,彼女らの道徳的判断は散文的である。オース

ティンの愛するジョンソン博士の「ランブラー」に依拠している。エマは堅実な読書を嫌い,

空想によって物語を作り上げている。彼女の欠点を厳しく指摘するのは,ミスター・ナイトリー

である。ミスター・ナイトリーやヘンリー・ティルニーやエドマンド・バートラムは,本の知

識も深く,鋭い洞察力,分別と知性を持っており,ヒロインたちを導くメンターである。ミス

ター・ダーシーは常に本を離さず,読書によって教養やしっかりした考えを身につけるべきで

あると思っている。彼のファミリー・ライブラリーは先祖代々からの財産であり,読書好きの

彼が,さらに蔵書を増やしている。コリンズ牧師の小説嫌いと彼の選んだ『説教集』は,滑稽

に描かれて,作者によって皮肉られている。オースティンにとって,そして,「彼女の中心人

物にとって,本と人生は切り離せないものであり,本は人生の不可欠な部分なのである。」

(Grundy207)

オースティンの世界においては,ヒロインの教育とは,読書における教育である。よい読者

は,鋭い感受性を持ち,なおかつ,理性や分別を持って,他人の心を読みとれる人である。ヒ

ロインたちは,読書を通じて人生を学ぶのである。

オースティンは「生き生きとした想像力と確固とした常識を兼ね備えていて,しばしば,執

筆においても会話においても自分の考えを述べていたが,それは,警句のような強さと的を得

たものであった」(Austen-Leigh279)と,甥が『思い出』の中で書いている。さらに,「彼女

の願望は創造することであって,再生することではなかった」(Austen-Leigh375)と述べてい

るように,彼女は現実の人間を観察しながらも,彼女の登場人物のモデルにはしなかったと言

われている。ジェイン・オースティンは,クラークに自分を「無知で無教養」だと謙遜してみ

せたが,「むしろ,彼女は,りっぱな教育の基礎を身につけて,さらに,生涯,かなり読書に

ふけって,自らを高め続けたあの天性の天才の一人であった」(Tucker129)のである。

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京都精華大学紀要 第三十五号 -27-

The usual abbreviations have been used:

NA Northanger Abbey

SS Sense and Sensibility

PP Pride and Prejudice

MP Mansfield Park

E Emma

P Persuasion

L Letters

日本語訳は次のものを参考にした。

中尾真理訳, 『ノーサンガー・アベイ』キネマ旬報社,1997.

真野明裕訳, 『いつか晴れた日に̶分別と多感』キネマ旬報社,1996.

中野好夫訳, 『自負と偏見』新潮文庫,1998.

臼田昭訳, 『マンスフィールド・パーク』集英社,1978.

安部知二訳, 『エマ』中公文庫,1999.

富田彬訳, 『説きふせられて』岩波文庫,1996.

引用文献

Austen, Jane. Emma .London: Penguin Books, 1994.

Austen, Jane. Mansfield Park .Harmondsworth: Penguin Books, 1975.

Austen, Jane. Northanger Abbey. Ware: Wordsworth Classics, 1993.

Austen,Jane.Persuation with A Memoir of Jane Austen by J.E.Austen-Leigh. Harmondsworth: Penguin

Books, 1982.

Austen, Jane. Pride and Prejudice. London: Penguin Books, 1994.

Austen, Jane. Sense and Sensibility. London: Penguin Books, 1994.

Cecil, David. A Portrait of Jane Austen. London: Penguin Books,1980.

Faye, Deirdre Le. ed. Jane Austen’s Letters. Oxford: Oxford University Press, 1997.

Grundy, Isobel. “Jane Austen and Literary Traditions,” The Cambridge Companion to Jane Austen. ed.

Edward Copeland.Cambridge: Cambridge University Press, 1997.

Hardy, Barbara. A Reading of Jane Austen. London: Peter Owen Ltd., 1975.

Leaves, F. R. The Great Tradition.Harmondsworth: Penguin Books, 1972.

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ジェイン・オースティンの読書観-28-

Nardin, Jane. Those Elegant Decorums: The Concept of Propriety in Jane Austen’s Novels. New York:

State University of New York Press, 1973.

Perkins, Moreland. Reshaping the Sexes in Sense and Sensibility. Charlottesville: University Press of

Virginia, 1998.

Selwyn, David. Jane Austen and Leisure. London: The Hambledon Press, 1999.

Tanner, Tony. Jane Austen. Cambridge, Massachusetts: Harvard University Press, 1986.

Tave, Stuart M. Some Words of Jane Austen. Chicago: The University of Chicago Press, 1973.

Tucker, George Holbert, Jane Austen: The Woman. New York: St. Martin’s Griffin, 1995.

クレア・トマリン著,矢倉尚子訳,『ジェイン・オースティン伝』白水社,1999.

新井潤美編訳,『ジェイン・オースティンの手紙』岩波書店,2004.