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人工知能学会研究会資料 SIG-SWO-A1303-02 スマートヘルスケアのための身体活動レコメンドシステム Development of a Physical Activity Recommendation System for Smart Health-Care 洞渕 彩未 1 高田 雅美 1 梅田 智広 2 和貴 1 Ayami Dobuchi 1 Masami Takata 1 Tomohiro Umeda 2 Kazuki Joe 1 1 奈良女子大学 大学院 人間文化研究科 1 Graduate School of Humanities and Science, Nara Womens University 2 奈良女子大学社会連携センター 2 Social Cooperation Center, Nara Womens University Abstract: In this paper, we develop a physical activity recommendation system for lifestyle-related disease prevention. Biological information of users are acquired by compact heart rate mater. Then, ontology is defined about some useful index of evaluation in physical activities. In the developed system,, recommendation to deal with personal differences.is provided for each user. To evaluate recommendation, we experiment using heart rate mater and environment. 1. はじめに 近年,ライフスタイルの変化による生活習慣病の 増加や少子高齢化による国民医療費増大などが問題 化している.そのため,重大な病気を未然に防ぎ, 健康の維持・向上に努める取り組みが重要な課題と なっており,需要が高まっている.対策として適度 な運動や規則正しい生活,バランスのよい食生活な どが挙げられる.しかし,これらを専門家に頼らず, 適切な知識をもって取り組むことは困難である.そ こで,個人レベルで,効果的な健康管理を行うため の仕組みが必要とされている. 当研究室では,健康管理に有効な SHNS( Smart Healthcare Navigation System )の開発に取り組んでい る.SHNS では,センサデバイスにより取得された 生体情報と Web や書籍の情報から構築されたオント ロジーを知識として用いることで,個人差に適応で きる健康アドバイスや新たな知見を導くことを目指 している.また,SHNS はけいはんな学研都市ヘル スケアイノベーションプログラム「無意識生体計測 &検査によるヘルスケアシステムの開発」 [1] の一 環として進められている. 本稿では,上記システムの一環として,生活習慣 病予防に最も有効な方法の1つとして挙げられる身 体活動をテーマに,レコメンドシステムの開発を行 う.本システムでは,センサデバイスとして身体活 動評価のため,心拍データや加速度などを日常的に 計測することのできる小型心拍計を用いる.また, 身体活動を行う上で気候や環境の影響が大きいため, 環境指数の1つである熱中症の指標を用いる.オン トロジーには,以上の情報を指標として扱うための 定義を行う.身体活動時に取得される生体情報とオ ントロジーを比較することで,各身体活動の状態を 評価し,レコメンドを提供する.各レコメンドに必 要な情報はオントロジーに定義される.レコメンド の定義と導出において,様々な状況についての考慮 がなされるように.設計する.最後に,正しいレコ メンドが提供されているかどうかの検証を行う.

スマートヘルスケアのための身体活動レコメンドシ …...人工知能学会研究会資料 SIG-SWO-A1303-02 スマートヘルスケアのための身体活動レコメンドシステム

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人工知能学会研究会資料

SIG-SWO-A1303-02

スマートヘルスケアのための身体活動レコメンドシステム

Development of a Physical Activity Recommendation System for Smart Health-Care

洞渕 彩未 1 高田 雅美 1 梅田 智広 2 城 和貴 1

Ayami Dobuchi1 Masami Takata

1 Tomohiro Umeda

2 Kazuki Joe

1

1奈良女子大学 大学院 人間文化研究科 1Graduate School of Humanities and Science, Nara Women’s University

2奈良女子大学社会連携センター 2 Social Cooperation Center, Nara Women’s University

Abstract: In this paper, we develop a physical activity recommendation system for lifestyle-related

disease prevention. Biological information of users are acquired by compact heart rate mater. Then,

ontology is defined about some useful index of evaluation in physical activities. In the developed system,,

recommendation to deal with personal differences.is provided for each user. To evaluate recommendation,

we experiment using heart rate mater and environment.

1. はじめに

近年,ライフスタイルの変化による生活習慣病の

増加や少子高齢化による国民医療費増大などが問題

化している.そのため,重大な病気を未然に防ぎ,

健康の維持・向上に努める取り組みが重要な課題と

なっており,需要が高まっている.対策として適度

な運動や規則正しい生活,バランスのよい食生活な

どが挙げられる.しかし,これらを専門家に頼らず,

適切な知識をもって取り組むことは困難である.そ

こで,個人レベルで,効果的な健康管理を行うため

の仕組みが必要とされている.

当研究室では,健康管理に有効な SHNS( Smart

Healthcare Navigation System )の開発に取り組んでい

る.SHNS では,センサデバイスにより取得された

生体情報とWebや書籍の情報から構築されたオント

ロジーを知識として用いることで,個人差に適応で

きる健康アドバイスや新たな知見を導くことを目指

している.また,SHNS はけいはんな学研都市ヘル

スケアイノベーションプログラム「無意識生体計測

&検査によるヘルスケアシステムの開発」 [1] の一

環として進められている.

本稿では,上記システムの一環として,生活習慣

病予防に最も有効な方法の1つとして挙げられる身

体活動をテーマに,レコメンドシステムの開発を行

う.本システムでは,センサデバイスとして身体活

動評価のため,心拍データや加速度などを日常的に

計測することのできる小型心拍計を用いる.また,

身体活動を行う上で気候や環境の影響が大きいため,

環境指数の1つである熱中症の指標を用いる.オン

トロジーには,以上の情報を指標として扱うための

定義を行う.身体活動時に取得される生体情報とオ

ントロジーを比較することで,各身体活動の状態を

評価し,レコメンドを提供する.各レコメンドに必

要な情報はオントロジーに定義される.レコメンド

の定義と導出において,様々な状況についての考慮

がなされるように.設計する.最後に,正しいレコ

メンドが提供されているかどうかの検証を行う.

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02-02

2. オントロジーを利用したヘルス

ケアシステム

オントロジーを知識ベースとしてもつヘルスケア

システムがいくつかある.本章では,オントロジー

を利用した健康支援システム [2]と身体活動モニタ

リングシステム [3] [4]を例に挙げる.

前者の健康支援システムでは,入力された個人デ

ータとセンサデバイスから計測されたデータを管理

システムに与えることで健康アドバイスを提案して

いる.システムでは,ユーザが設定した目標からあ

らかじめ定義されたルールに基づいて,食事や運動

のアドバイスを行っている.ユーザの特徴や健康ア

ドバイスについてオントロジーに定義されている.

計測される生体情報は,ユーザの特徴を把握するた

めだけに利用されている.そのため,食事や運動な

どの各情報は目標から得られ,生体情報からの変化

や異常などを考慮することはできない.また,周囲

の環境などについては,考慮されていない.

後者のモニタリングシステムでは,センサデバイ

スから取得された情報に焦点をあてている.3 軸加

速度センサにより取得された活動情報により導出さ

れたフィードバックがユーザのスマートフォンに表

示される.フィードバックを返すタイミングは機械

学習によりユーザごとに決定している.そのタイミ

ングに応じて,状況に応じたフィードバックを返し

ている.考えられる状況とそれらの状況に対して提

供するアドバイスについて,オントロジーに定義さ

れている.オントロジーには,センサデバイスから

取得されたデータを扱う部分については定義されて

いないため,取得されたデータの処理についてはそ

の都度行わなければならない.

3. 身体活動レコメンドシステム

3.1. システム概要

本節では,身体活動レコメンドシステムの概要に

ついて述べる.本システムは,ユーザの生体情報と

気候情報,それらの指標について定義されたオント

ロジーを用いて,ユーザの健康管理に有効なアドバ

イスを提供することが目的である.図 1に本システ

ムの概要を示す.本システムでは,ユーザによって

入力された身体的特徴とユーザの身体に装着された

センサデバイスから取得されたバイタルサインを利

用する.

オントロジーには,様々な身体活動の状態を考慮

するめの指標とレコメンドについて定義する.各概

念の定義については,第 3.2 節で記述する.各身体

活動評価のために作成されたインスタンスがもつ属

性とレコメンド定義から,推論を行いユーザの身体

活動についてレコメンドを行う.レコメンドについ

ては,第 3.3 節において詳細を記述する.

本システムで扱うセンサデバイスでは,身体活動

評価のための生体情報が取得できる必要がある.そ

のためのセンサデバイスとして,ウェアラブル心拍

センサ“myBeat”(ユニオンツール株式会社) [5]があ

る.本製品は,電極パットを介して胸部に直接貼り

付けることで,人体に装着する.装着していること

をあまり意識することなく,長時間に渡る計測が可

能である.本製品と胸部に装着している様子を図 2

に示す.本製品では,心拍(心拍数,波形や周期な

ど)・体表温度・3 軸加速度を同時に測定・記録する

ことができる.心拍数は一定時間内に心臓が拍動す

る回数のことで一般的には,一分間の拍動数のこと

を指す.得られた心拍データから自律神経のバラン

ス,3 軸加速度センサにより得られたデータから活

動量や姿勢を計測することができる.

図 2 製品 myBeat と装着時の様子

図 1 身体活動レコメンドシステム概要

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02-03

3.2. オントロジーの構築

本節では,オントロジーの構築について記述する。

オントロジーの構築には,構築ツールとして“法造”

を利用する [6].オントロジーは,概念と意味リン

クで知識を表現する.法造で作成されたオントロジ

ーのもつ意味リンクとして,階層関係,所属関係(p/o

スロット),属性(a/oスロット),関係概念が用意され

ている.各スロットはロール概念,クラス制約,個

数制約をもたせることができる.作成された法造オ

ントロジーの各処理は,オントロジーを Java 環境で

動的に処理することのできる公開ライブラリ“法造

コア(ver.1.1.10)” [7]を利用する.

3.2.1. 各指標の定義

身体活動評価のために扱う指標定義には,ユーザ

の特徴を用いて分類するための指標,バイタルサイ

ンを用いて取得できる数値を扱うための指標,熱中

症評価のための指標の 3種類である.

(a) ユーザの特徴より分類するための指標

はじめに,ユーザがもつ身体的な特徴は身体活動

を行うにあたり,重要な指標となる.年齢を指標と

して扱うために,成人を若年層(20~39 歳),中年層

(40~65 歳),高齢者(65歳以上)に分けて,概念を定義

する.年齢の分類について図 3に示す.範囲の指定

については,属性に最小値と最大値を与えることで

表現している.また,身長と体重から計算された BMI

値から肥満度の分類も定義する.これらの値を各ユ

ーザの属性としてもたせることでレコメンドの際に

利用する.BMIの値は,

BMI = 体重(kg)/(身長(m) )2

の式で求めることができ,18.5 未満が低体重,

18.5~25 が標準体重,25 以上だと肥満であると定義

する.さらに,肥満体重の中でも 5 刻みで肥満レベ

ル 1から 4度で設定されており,これを基づき BMI

値より分類する.また,より柔軟なレコメンドを行

うために,数値の指標だけでなく運動への慣れや暑

さへの慣れ,屋内にいるか屋外にいるかなどの定性

的な属性も定義する.

(b) 熱中症評価のための指標

気候の指標を扱うための定義について記述する.

身体活動に影響の大きい環境情報の枠組みを定義す

るために,季節や天気,気温・湿度などの枠組みを

定義する.さらに,本システムでは熱中症を取り上

げ,危険度についての指標を扱う.

本稿では,環境省の熱中症予防情報として利用さ

れている日本生気象学会により公表されている『日

常生活の熱中症予防指針(Ver.3)』 [8] を基に指標を

定義する.熱中症とは熱失神,熱けいれん,熱疲労

および熱射病の総称のことである.熱中症を予防す

るにあたって,当指針では,熱中症に危険を及ぼす

暑さを示す指数,WBGT(Wet Bulb Globe Temperature:

湿球黒球温度)値を利用している.WBGT とは,人

の熱収支に影響を大きく与える,湿度・輻射熱・気

温の 3 つを取り入れた暑さを示す指数のことである.

WBGT 値は,専用の機器を用いて計測される.その

ため,WBGT 値を測定できる箇所は少ない.そこで

本稿では,気温と湿度から推定できる WBGT 値を利

用する.気温だけでなく WBGT 値を利用することで,

実際の熱中症の危険性を示すうえで有効性が高いこ

とが環境省において示されている.『日常生活におけ

る熱中症予防指針』 [8]において定義されている

WBGT 値の基準と注意すべき生活活動の目安,注意

事項を表 1に示す.本稿では,これを基に熱中症に

ついての指標を定義している.

(c) 身体活動評価のための指標

センサデバイスから取得された生体情報を身体活

動評価で扱うための指標について定義する.身体活

動評価のために心拍データから計算できる活動量と

自律神経バランスを用いる.各生体情報について記

述する.

心拍数の利用では,運動療法で一般的に利用され

ている方法を用いる.運動療法とは個々の目的や健

康状態に応じた運動処方プログラムを作成し,リス

クを最小限に抑えつつ,運動の効果を最大限に発揮

できるような運動を行うことで生活習慣病を治療し,

健康状態を高めるために有効な治療法である.運動

処方の内容は,運動の種類・強度・時間・頻度・期

図 3 年齢の分類

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02-04

間の組み合わせによって構成される.運動の種類に

は,疲労しすぎず長く続けられる有酸素運動が生活

習慣病に効果的だとされている.一方で,一気に動

作を行う運動強度の高い無酸素運動があり,これは

基礎代謝量を上げる上で有効だとされている.客観

的に運動強度を指標とする方法として,心拍数を用

いる方法があり,カルボーネンの式が一般的に利用

されている.カルボーネンの式では目標とする心拍

数を,

運動強度(%) =

身体活動時の心拍数−安静時心拍数

最大心拍数(HRmax) −安静時心拍数× 100

で求めることができる.最大心拍数(HRmax)は,負

荷をかけることのできる最大の心拍数のことで,計

測が難しい場合には,(220-年齢)で代用することがで

きる.また,k が運動強度にあたる係数であり,k

の値を決めることで運動強度を決定することができ

る.オントロジーでは心拍数による活動強度を,軽

度の運動強度(35~55%),中程度の運動程度(55~70%),

強度な運動程度(70~90%),極めて強度な運動強度

(90%以上)と設定している.定義が少し異なることも

あるが,一般的に約 35~70%までが有酸素運動,70

~90%を無酸素運動 90%以上の運動強度は過負荷

で危険を伴うことがあるとされている.

また,心拍データを用いて自律神経のバランスを

評価することができる.自律神経のバランスを示す

ことのできる指標に LF/HF というものがある [9].

心電図の RRI( R-R Interval )の変動を解析し,RRI

を時系列に直した RRI タコグラムを周波数解析す

ることにより,LF( Low Frequency )成分と HF( High

Frequency )成分に分けることができる.LF は低周波

領域(0.02-0.15 Hz)を指し,交感神経と副交感神経両

方の活動性を反映している.また,HF は高周波領域

(0.15-0.40 Hz)を指し,副交感神経の影響を受ける.

そこで,LF と HF を比で表した LF/HF 値を用いるこ

とで交感神経機能の活動指標として扱うことができ

る.これにより,身体にかかっているストレスや運

動負荷を定量的に評価することができる.LF/HFは

0‐8の値で表され,0‐3までの値は落ち着いており

バランスが取れている状態,3‐4の値は少し緊張状

態,4 以上の値は負荷のかかっている状態である.

3.2.2. レコメンドについての定義

ユーザが行った身体活動について提供するレコメ

ンドについての階層定義について記述する.

レコメンドは人の身体的な特徴によるものと,身

体活動の強度によるもの,生体情報から得られた心

拍数,活動強度,LF/HF 値によるもの,暑さ指数に

よるものに分類でき,それらの状況の組み合わせか

ら導出する.身体活動強度に関するレコメンドは,

最大心拍数と安静時の心拍数を用いて,健康管理に

有効な活動強度の範囲より,ユーザの行っている身

体活動に対してレコメンドを行う.例えば,最大心

拍数の 90%以上の負荷がかかりすぎている運動に

対しては警告を出す,健康に有効な活動強度 50%程

度の有酸素運動を続けている場合は継続を促す,ま

た高齢者や肥満度の高いユーザに対しては強度の高

い運動は危険を伴うことがあるため注意を行うなど

のレコメンドが定義されている.また,LF/HF 値の

状態から,活動指数が低いにも関わらず LF/HF値が

高い状況では,精神的ストレスがかかっている可能

性が高いため,リラックスを促す内容のレコメンド

の提供を行う.

表 1 日常生活における熱中症予防指針

温度基準

(WBGT値)

注意すべき

生活活動の目安 注意事項

危険

(31℃以上) 全ての生活活動で

おこる危険性

高齢者においては安静状態でも発生する危険性が大きい。

外出はなるべく避け、涼しい室内に移動する

厳重警戒

(28~31℃) 外出時は炎天下を避け、室内では室温の上昇に注意する

警戒

(25~28℃)

中等度以上の生活活動

でおこる危険性

運動や激しい作業をする際は定期的に充分に休息を取り

入れる

注意

(21~25℃)

強い生活活動で

おこる危険性

一般に危険性は少ないが激しい運動や重労働時には発生

する危険性がある

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02-05

熱中症に対するレコメンドを行う場合は,『日常生

活における熱中症予防指針』 [8]の運動に関する指

針を基に熱中症の起こりうる状況下での身体活動に

ついてのレコメンドを行う.本指針では,WBGT 値

と運動強度の組み合わせによる危険性や運動中止を

行うべき場合,水分補給や休息の必要性などが記述

されている.例えば,WBGT 値が厳重警戒の範囲に

あり,活動強度が高い場合は運動中止,活動強度が

低い場合でも水分補給や休息を促す.また,運動に

慣れているかいないか,屋内であるか屋外であるか

の状況に応じてもレコメンドが変更されるように定

義を行う.

図 4にレコメンドの定義例を示す.WBGT 値が厳

重警戒の状態であり,活動強度は中程度であるが運

動に慣れている人と慣れていない人の場合で必要と

なるレコメンドの違いについて示す. これは,

WBGT 値と活動強度は同様であるが,運動に慣れて

いないユーザの場合は運動を中止すべきであるとい

うレコメンド,運動に慣れているユーザの場合は適

宜休息を促すレコメンドが提供されるように異なる

レコメンドが提供されるように定義されている例で

ある.

3.3. レコメンド手順

本システムにおけるレコメンド導出に至るまでの

手順を以下に示す.

1. 各ユーザ,実行時の気候情報を示すインスタン

スの作成

2. 身体活動インスタンスの作成

3. 手順 1,2 で作成されたインスタンスがもつ数

値などから,あてはまる状態を属性として各イ

ンスタンスに追加

4. レコメンド概念がもつ属性から各状況に対す

るレコメンドの推論

手順 1 では,入力フォームより入力されたユーザ

の情報を属性としてもつ,各ユーザインスタンスを

作成する.入力される情報は,年齢・性別・身長・

体重である.インスタンス作成時,年齢より求めら

れた最大心拍数,身長体重より求められた BMI 値も

属性として追加される.入力フォームの入力からイ

ンスタンスが作成される例を図 5に示す.また.同

時に熱中症指標のインスタンスも作成される.気候

についてのインスタンスが作成される例を図 6 に

示す.属性として実行時の気温・湿度をもち,これ

らから推定された WBGT 値も追加される.各ユーザ

のインスタンスは同一人物である限り不変であるた

め,実行中は基準を示す概念としてオントロジーに

保持される.

手順 2 では,センサデバイスから身体活動が読み

込まれるたび,仮想的に身体活動インスタンスが作

成される.インスタンスは属性として心拍数や

LF/HF の値などをもつ.

手順 3 では,インスタンスのもつ値とオントロジ

ーに設定されている指標の基準値より,あてはまる

概念を各インスタンスに属性として与える.例えば,

入力フォームにおいて,年齢が 65歳と入力された場

合,年齢の指標定義より,“高齢者”概念を制約概念

にもつ属性スロットが人インスタンスに追加される.

同様に,熱中症評価のためのインスタンス,身体活

動インスタンスにも属性スロットが追加される.

手順 4 では,第 3.2 節で定義されたレコメンドの

定義内容と,手順 3 で属性が追加されたインスタン

スを用いて,当てはまる属性に応じたレコメンドを

導出する.それぞれのインスタンスがもつ状態を示

図 4 レコメンドの概念定義例

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02-06

す属性の組み合わせにより推論される.レコメンド

の対象を柔軟に推論するために,概念がもつスロッ

トにインスタンスが当てはまるかを比較し,さらな

る条件が当てはまる場合のレコメンドはそのスロッ

トのサブスロットに属性をもっている.そのため,

スロットとサブスロットは AND の関係,同じ深さ

のスロットは OR の関係をもつように,設定してい

る.これにより,同程度の身体活動であっても,ユ

ーザの特徴によって異なるレコメンドも提供される.

また,高齢者と肥満の状態にある場合のユーザに同

じレコメンドを提供したい場合も実現できる.

4. 実証実験

本章では,被験者にセンサデバイスを装着し,行

った実験を用いてシステムの実証実験について述べ

る.各身体活動から取得されたバイタルサインを利

用して開発を行う身体活動レコメンドシステムの評

価を行う.表 2 に開発環境を示す

本稿で扱う実験データは,高齢者を対象に奈良市

内の観光地を散策する健康ウォーキングイベントを

行った際の生体情報である.被験者は男性 39人,女

性 57 人の計 96 人で,平均年齢は 75歳である.本イ

ベントは,2012 年 5 月 28 日に行われたもので,開

催時間の 9時から 16時までの気温の記録が 1時間ご

とにとられている.また,本実験が開催された日程

では,最も気温の低い時間帯で 9時の気温が 23.1℃,

湿度が 60%,最も気温の高い 13 時のデータでは気

温が 28.0℃,湿度が 37%であった.いずれも,熱中

症の危険度は安静状態を示しているため.熱中症の

起こりうる状況を危険,厳重警戒,警戒,注意,ほ

ぼ安全の 5 つの危険度に設定し,実験データを用い

て検証する.イベント中,myBeat を装着し,継続的

に心拍データの取得を行っている.スタート地点と

ゴール地点を奈良女子大学とし,5km のルートを散

策する.16の行程を以下に示す.

① 奈良女子大学滞在 → ②奈良女子大学から聖

武天皇まで歩く → ③聖武天皇稜滞在 → ④聖

武天皇稜から転害門まで歩く→ ⑤転害門滞在

→ ⑥転害門から依水園まで歩く→ ⑦依水園滞

在 → ⑧依水園から夢風ひろばまで歩く → ⑨

昼食 → ⑩自由時間 → ⑪夢風広場から南大門

まで歩く → ⑫鹿とのふれあい → ⑬南大門か

ら東大寺ミュージアムまで歩く → ⑭東大寺ミ

ュージアム滞在 → ⑮東大寺ミュージアムから

大仏殿まで歩く → ⑯南大門滞在

図 6 熱中症の指標インスタンス作成

図 5 入力フォームからユーザインスタンスの作成

コンピュータ Intel(R) Core(TM)2 Duo CPU

OS Windows XP

実行環境 JavaSE-1.7(JRE)

表 2 開発環境

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02-07

各行程ごとに心拍データや心拍データから解析さ

れた LF/HF値が記録されている.本実験では,生体

データのほかに個人情報として,性別・年齢・身長・

体重を記録している.

行程⑧では,被験者によってレコメンドにばらつ

きがあり,身体活動強度が低い身体活動と高い身体

活動に対するレコメンドも見られた.身体活動強度

が無酸素運動を示す被験者には,強度を落として継

続するよう薦めるレコメンド,有酸素運動を示す強

度では,継続を促すレコメンドが提供されている.

また,本実験は高齢者が対象であるため,強めの有

酸素運動を示す活動強度の際に強度を落としても,

健康には有効であるとレコメンドされている.高齢

者で肥満状態にある被験者の行程⑧におけるレコメ

ンド例を図 7に示す.心拍数より運動強度が 57%の

ため運動状態は強めの有酸素運動であるため健康に

有効な強度である.そのため,継続することで健康

に有効であることが示されている.例の被験者は,

高齢で肥満体重であったため,少し強度を下げても

有効であることが示されているため,定義に忠実な

レコメンドがなされている.また行程⑨では,ほと

んどの被験者に活動はないが,LF/HF 値より自律神

経が緊張気味であるため,リラックスを求めるレコ

メンドが多くの被験者に提供されている.

本実験では,参加者から各行程において取得され

図 9 各行程における被験者の自律神経評価

図 7 レコメンド例

表 3 熱中症状況におけるレコメンド例

熱中症

危険度

場所 身体活動強度

高齢者屋内 屋外

(行程④)

(行程⑧)

(行程①⑨)

危険なるべく外出を避けてください

涼しい室内に移動してくだ

さい

運動は中止してください

(すべての行程)

安静時も注意してください

厳重警戒温度上昇に注意してください

炎天下は避けるようにしてください

運動は中止してください

運動に慣れている人は、積極的に休憩とりながら運動してください

運動に慣れていない人は、運動を

中止

積極的に休息

積極的に水分・塩分補給

警戒 ―

積極的に水分・塩分補給

適宜水分・塩分補給をしてください

適宜、休息をとってください

注意 ― 適宜、水分・塩分補給をしてください 高齢者は熱中症に注意してくださいほぼ安静 ― 必要に応じて水分・塩分補給してください

図 8 各行程における被験者全員の心拍数平均

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02-08

た心拍数の平均値を示すグラフを図 8に,LF/HF値

と HF 値の平均値を示すグラフを図 9 に示す.グラ

フからは,全体の心拍数も行程⑧が最大であり,行

程⑨は最小であるが LF/HF値が 4を超えていること

がわかる.行程⑩の自由時間に大きく HF 値が上が

っていることから,昼食前になんらかのストレスが

かかっていたことが推測される.

本実験データでは,熱中症を生じるデータは得ら

れていないため,5 つの熱中症レベルを本実験デー

タに与えることで,熱中症が疑われる状況における

検証を行う.本実験を通じて活動強度のばらつきの

大きかった被験者に対して行う.レコメンド結果を

表に示す.熱中症レベルごと,活動強度ごと,屋内・

屋外の設定,高齢者の考慮などいずれにおいても熱

中症における活動指針に即したレコメンドが提供さ

れている.熱中症状況におけるレコメンドにおいて

も,オントロジーの定義とレコメンドシステムによ

り作成されたインスタンスの内容に従い,正しくレ

コメンドが提供されている.

5. まとめと今後の課題

本稿では,健康管理に有効な身体活動レコメンド

システムの開発を行った. 本システムでは,法造を

用いて,身体活動の評価に必要な様々な指標を定義

するオントロジーを構築している.各ユーザの特徴

や気候の状況,各身体活動の状態を表現するための

指標が定義され,ユーザの特徴や心拍計を用いて取

得された心拍データを基にレコメンドを行っている.

心拍データから,各身体活動における活動強度や自

律神経のバランスを示す LF/HF値を計測することが

できる.これにより,活動強度だけでなく身体活動

時の精神的な負荷も考慮する.また,健康には周囲

の環境が大きく影響するため,環境情報の考慮する

必要がある.そこで本稿では,熱中症について考慮

できるシステムとしている.さらに,定義されてい

るレコメンドのもつ対象となる属性と各インスタン

スの属性と比較することで個人差や状況の差に応じ

たレコメンドの提供を行うため構成を提案している.

本論文では,実際に有効なレコメンドが提供されて

いるかを検証するため,被験者実験により取得され

たデータを利用することで実証実験を行った.その

結果,各身体活動時や各熱中症危険度などについて,

いずれも構造的に正しいレコメンドを提供すること

のできるシステムであることが確認できている.

提案されたオントロジーの構造を保持したまま,

ユーザの様々な特徴や,場所・気候変動などを含む

環境情報を追加することで,さらなるレコメンド内

容の発展が期待できる.さらなる発展を考えると,

これらの情報をデバイスから取得できるような仕組

みが必要となる.これらを用いて,レコメンド提供

を実際の身体活動時にリアルタイムで行うことなど

により,実用化することが必要であると考えられる.

参考文献

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