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59 301 NHK 技術局開発センター 150 8001 渋谷区神南 2 2 1 NHK Engineering Administration Department 2 2 1 Jinnan, Shibuya ku, Tokyo 150 8001, Japan (E-mail: yamazakieng.nhk.or.jp) 59 301 日本マイクログラビティ応用学会誌 Vol. 18 No. 4 2001 (301 305) 技術紹介 スペースシャトルに載ったハイビジョンカメラ 山崎 順一 HDTV Camera Taken Aboard the Space Shuttle Junichi YAMAZAKI Abstract In November 1998, the world's ˆrst HDTV pictures from space were successfully taken aboard the space shuttle that carried the American hero, Senator John Glenn, and Japanese astronaut, Chiaki Mukai. Various special measures were required to prepare the HDTV camera, with its built-in VCR (HDCAM), for use in the space environment of the shut- tle, in order to satisfy all of the safety standards set by NASA. The HDTV pictures taken from the orbit show clear and detailed images of clouds and geographical features of the earth and have been widely acclaimed for their high scientiˆc value. The achievement has expanded the proven possibilities of HDTV as a part of the visual infrastructure of the 21st century space age. We introduce the HDTV images taken from the orbit and also present some technological topics related to this achievement. . はじめに 建設が進められている国際宇宙ステーション(ISS)に は,現在 3 名の宇宙飛行士が交代で長期間の宇宙滞在をし ているが,2 台のハイビジョンカメラも長期間の宇宙運用 が始まった.1 台は米国航空宇宙局(NASA)がスペース シャトル・ディスカバリー(STS 105)で打ち上げたカメ ラ,もう 1 台は宇宙開発事業団(NASDA)がロシアのソ ユーズロケットで打ち上げたカメラである.どちらも 1 程度の搭載を予定し,それぞれ数10本の VTR テープを持 ち込んでいる.2001年末には,第 1 回目のテープの回収が 行われる計画だ.ハイビジョンカメラが,宇宙で恒常的に 使われる信頼できるインフラになってきたと言えるだろう. この宇宙用ハイビジョンカメラは,VTR をカメラに一 体化させたハイビジョンのカムコーダをベースに宇宙用の 改修を施したものである.カメラは199810月のスペース シャトル・ディスカバリー(STS 95)によって初めて宇 宙に運ばれ,向井千秋宇宙飛行士が撮影,その臨場感溢れ る宇宙から見た地球の映像は多くの人たちに感銘を与え た.ここでは搭載のためのカメラの改修と,撮影された映 像の科学的な価値,後処理や今後の課題について述べる. . 搭載までの背景 19901 月スペースシャトル・コロンビア(STS 32がケネディー宇宙センターより打ち上げられた.NHK NASA に協力してハイビジョンカメラ 4 台でこの打ち上 げの様子を地上から撮影した.耐熱タイルの 1 1 つが見 て取れるその高精細な映像に驚いた NASA は,スペース シャトルにハイビジョンカメラを搭載することを共同で検 討したいと提案してきた.しかし,この時のカメラと VTR はどちらも大変に大きな装置で,その合計の質量は 200 kg,消費電力は 2 kW になった.その後,ポータブル タイプのカメラと VTR が開発されたが,それでもまだ総 重量は55 kg,消費電力は450 W もあった. スペースシャトルへの搭載が現実味を帯びてきたのは, カメラと VTR が一体になった小型のカムコーダが開発さ れてからである.19982 月に長野で開催された冬季オリ ンピックを全競技ハイビジョンで放送するため,NHK SONY と共同で小型取材用カメラ HD カム(型名 HDW 700)を完成させた.重量は 8 kg,消費電力は40 W で,小型のカセットテープで40 分間の撮影が可能になっ た.長野オリンピックではこのカメラを10台使用した. 同じ頃,三菱商事を通して,米国のスペース HAB 社か らスペースシャトルの実験ロッカーに余裕があるとの連絡 が入った.スペース HAB 社は,HAB モジュールとよば れる宇宙実験室を NASA から引き受け,小分けして販売 したり,搭載実験を斡旋したりする役割を担っていた.カ メラは緩衝材の入ったバックに納めてロッカーに入れるの で,民生品でも安全に運べる可能性が十分あるとのことだ った.ただ,宇宙に運ぶ運賃は,同じ重量の金の価格に匹

スペースシャトルに載ったハイビジョンカメラ - JASMA · 2013-07-04 · ―301 ― 59 NHK 技術局開発センター 〒150 8001 渋谷区神南2 2 1 NHK Engineering

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Page 1: スペースシャトルに載ったハイビジョンカメラ - JASMA · 2013-07-04 · ―301 ― 59 NHK 技術局開発センター 〒150 8001 渋谷区神南2 2 1 NHK Engineering

59― 301 ―

NHK 技術局開発センター 〒1508001 渋谷区神南 221NHK Engineering Administration Department 221 Jinnan, Shibuyaku, Tokyo 1508001, Japan(E-mail: yamazaki@eng.nhk.or.jp)

59― 301 ―

日本マイクログラビティ応用学会誌 Vol. 18 No. 4 2001 (301305)

技術紹介

スペースシャトルに載ったハイビジョンカメラ

山崎 順一

HDTV Camera Taken Aboard the Space Shuttle

Junichi YAMAZAKI

Abstract

In November 1998, the world's ˆrst HDTV pictures from space were successfully taken aboard the space shuttle thatcarried the American hero, Senator John Glenn, and Japanese astronaut, Chiaki Mukai. Various special measures wererequired to prepare the HDTV camera, with its built-in VCR (HDCAM), for use in the space environment of the shut-tle, in order to satisfy all of the safety standards set by NASA. The HDTV pictures taken from the orbit show clear anddetailed images of clouds and geographical features of the earth and have been widely acclaimed for their high scientiˆcvalue. The achievement has expanded the proven possibilities of HDTV as a part of the visual infrastructure of the 21stcentury space age. We introduce the HDTV images taken from the orbit and also present some technological topicsrelated to this achievement.

. は じ め に

建設が進められている国際宇宙ステーション(ISS)に

は,現在 3 名の宇宙飛行士が交代で長期間の宇宙滞在をし

ているが,2 台のハイビジョンカメラも長期間の宇宙運用

が始まった.1 台は米国航空宇宙局(NASA)がスペース

シャトル・ディスカバリー(STS105)で打ち上げたカメ

ラ,もう 1 台は宇宙開発事業団(NASDA)がロシアのソ

ユーズロケットで打ち上げたカメラである.どちらも 1 年

程度の搭載を予定し,それぞれ数10本の VTR テープを持

ち込んでいる.2001年末には,第 1 回目のテープの回収が

行われる計画だ.ハイビジョンカメラが,宇宙で恒常的に

使われる信頼できるインフラになってきたと言えるだろう.

この宇宙用ハイビジョンカメラは,VTR をカメラに一

体化させたハイビジョンのカムコーダをベースに宇宙用の

改修を施したものである.カメラは1998年10月のスペース

シャトル・ディスカバリー(STS95)によって初めて宇

宙に運ばれ,向井千秋宇宙飛行士が撮影,その臨場感溢れ

る宇宙から見た地球の映像は多くの人たちに感銘を与え

た.ここでは搭載のためのカメラの改修と,撮影された映

像の科学的な価値,後処理や今後の課題について述べる.

. 搭載までの背景

1990年 1 月スペースシャトル・コロンビア(STS32)

がケネディー宇宙センターより打ち上げられた.NHK は

NASA に協力してハイビジョンカメラ 4 台でこの打ち上

げの様子を地上から撮影した.耐熱タイルの 1 つ 1 つが見

て取れるその高精細な映像に驚いた NASA は,スペース

シャトルにハイビジョンカメラを搭載することを共同で検

討したいと提案してきた.しかし,この時のカメラと

VTR はどちらも大変に大きな装置で,その合計の質量は

200 kg,消費電力は 2 kW になった.その後,ポータブル

タイプのカメラと VTR が開発されたが,それでもまだ総

重量は55 kg,消費電力は450 W もあった.

スペースシャトルへの搭載が現実味を帯びてきたのは,

カメラと VTR が一体になった小型のカムコーダが開発さ

れてからである.1998年 2 月に長野で開催された冬季オリ

ンピックを全競技ハイビジョンで放送するため,NHK は

SONY 株と共同で小型取材用カメラHD カム(型名

HDW700)を完成させた.重量は 8 kg,消費電力は40 W

で,小型のカセットテープで40分間の撮影が可能になっ

た.長野オリンピックではこのカメラを10台使用した.

同じ頃,三菱商事を通して,米国のスペース HAB 社か

らスペースシャトルの実験ロッカーに余裕があるとの連絡

が入った.スペース HAB 社は,HAB モジュールとよば

れる宇宙実験室を NASA から引き受け,小分けして販売

したり,搭載実験を斡旋したりする役割を担っていた.カ

メラは緩衝材の入ったバックに納めてロッカーに入れるの

で,民生品でも安全に運べる可能性が十分あるとのことだ

った.ただ,宇宙に運ぶ運賃は,同じ重量の金の価格に匹

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図 スペースシャトルに搭載された HD カム

図 2/3インチ200万画素 CCD

表 安全証明事項

提出した主な書類 実験データを取得したテスト

パーツ(部品)リスト 減圧

材料リスト オフガス

コネクタ仕様 EMC(電磁輻射)

シャープエッジ 振動

可燃性,延焼性 絶縁

電源,安全回路 騒音

名称,取扱説明 温度(総熱量,表面)

運用手順 電池(充電,ショート,真空)

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山崎 順一

日本マイクログラビティ応用学会誌 Vol. 18 No. 4 2001

敵すること,また撮影で必要となるクルータイムの占有に

ついても相応の対価が必要とのことだった.

HD カムのスペースシャトルへの搭載可能時期として,

向井千秋さんが搭乗する STS95で実現できる見通しが得

られ,NHK は NASDA や科学技術庁などと検討を行い,

スペース HAB 社と契約を締結した.これは「宇宙の民間

利用」や「民生品の宇宙での利用」という宇宙開発の潮流

にも一致したものであった.実際に搭載された HD カム

の外観を図に示す.

. HD カムの特徴

ハイビジョンは,現行の放送(NTSC)の 4~5 倍の情

報量を持つアスペクト比が169 の臨場感あふれるテレビ

方式である.HD カムのカメラ撮像部には,図に示す2/

3インチ200万画素 FIT 型の CCD が 3 個使われている.レ

ンズから入射した光は色分解光学系で赤,緑,青の 3 色の

像に分けられ,それぞれの像に 1 個づつ CCD が使われて

いる.これを 3 板カラー方式とよんでいる.

HD カムではデジタル帯域圧縮技術が積極的に使用され

ている.まず,赤,緑,青の CCD 出力を A/D 変換す

る.この時の信号のサンプリングの比率は,R/G/B=4

44 であるが,これを輝度信号 Y と色差信号 Pb/Pr に変

換して,カメラブロックから Y/Pb/Pr=422 で出力す

る.この信号をレートコンバータ回路で 311 にダウン

サンプリングする.その後 DCT を用いたフレーム内

(Intra Frame)圧縮処理によるビットレートリダクション

を行う.

DCT のブロックは,Y が 8 画素(H)×8 画素(V)で

あり,Pb/Pr は 4 画素(H)×8 画素(V)の単位にまとめ

て行われる.DCT での圧縮率は,1/4.4であり,前述のダ

ウンサンプリングでの圧縮率 1/1.6と合わせ,合計で約1/

7の圧縮としている.これらの信号処理は高集積の専用 IC

を開発することで小型化と低消費電力化を実現している.

HD カムの記録フォーマットの最短記録波長は0.49 mm

である.短波長化に伴う C/N の劣化をカバーするため,

高効率の積層アモルファスヘッドと,磁性体の微細化によ

って出力特性を高めたテープを使用している.テープ幅は

1/2インチで,小型カセットで最大40分の記録が可能であ

る.

再生映像データは,エラー訂正処理後,ダウンサンプリ

ングとは逆の処理で元の 422 の信号に戻し,D/A 変

換される.また,テープ再生時以外は,モニター端子にカ

メラブロックからのスルーの映像が出力される.

. 搭載に向けた作業

. 安全証明文書の作成

HD カムをスペースシャトルに搭載するには,宇宙での

人命への安全を最重要課題として,厳しいテストの実施

と,それを保証するドキュメントを作成し,NASA の承

認を得なければならない.30項目ほどあるその安全証明事

項のうち主な項目を表に示す.使われている 1 万個の部

品の種類や材料を明らかにするため,HD カムについては

SONY 株,レンズについてはキャノン販売株に協力をお

願いし,外観図面や回路図面,部品リストや材料リストを

整理して文書の作成を行った.例えば,ハンダやコネクタ

類の合金に微量な有害重金属(銀,スズ,亜鉛,ベリリウ

ム,カドミウムなど)が含まれていれば,その種類と比

率,重量から機材全体で使われている総量を計算によって

求める.部品の材料組成は,子会社,孫会社,材料製造会

社までさかのぼって調べる訳だが,データを出す方も企業

秘密に該当しないかなど検討するするのに時間がかかっ

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図 付属機材(手前左はバッテリー,右はテープ,奥がDC/DC コンバータ)

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日本マイクログラビティ応用学会誌 Vol. 18 No. 4 2001

た.構造材などに使われているマグネシウム合金やアクリ

ル樹脂などは可燃性物質と見なされ,総量が規制さたり発

火源から離れていることを説明しなければならない.合成

樹脂などは種類を明確にする必要があるが,化学式の多い

専門書やデータベースを検索するなど途方もない作業にな

った.

また,電源回路については,過電流,過電圧,逆電流の

阻止など保護回路が適切であるか,VTR ヘッドなどの回

転部の危険性はないか,肌が触る部分の温度は低温やけど

を起こさない範囲(49°C以下)か,ケガをするようなシャー

プなエッジはないか,レンズやファインダーのガラスは割

れて飛び散る心配がないか,等々の質問に答える必要があ

った.幸い e-mail や FAX,電話会議などで NASA やス

ペース HAB 社が適切な助言をしてくれた.

. 実験データの取得

安全証明項目の中でテストデータが必要なものは12項目

あり,その内で新たに試験を必要としたのは 7 項目であっ

た.これらの試験については,NASDA と共同研究を結

び,筑波宇宙センターの特殊な設備を使って共同でデータ

の取得を行った.

発生ガスの測定(オフガス)では,アルカンガス(C6

ALKANE)と塩化フッ化炭化水素(C2C3 Cl F hidrocar-

bon)とよばれる 2 種類のガスが基準値を超えて検出され

た.これらは,発泡ポリウレタンや発泡クロロプレンゴ

ム,接着剤や塗料などから発生する可能性が高い.そのた

め,該当部材の取り外しや他の材料への変更を行うと共

に,ベーキング(55°C 72時間)でガスの追い出しを行っ

て基準値をクリアした.

カメラからの不要な電波の発射については,回路のクロ

ック周波数の高調波成分である1.5~2 GHz に規定を越え

る輻射が見つかった.この 2 GHz 付近には地上と宇宙と

の間で行う交信用周波数があるため,この帯域での電磁波

輻射は著しく制限されている.そこで,銅のプレートによ

るカメラ側板のシールドや光学フィルター回転軸のシール

ド強化,配線経路の変更などをして不要輻射を低減させた.

HD カムを駆動する電池については,当初軽量で容量の

大きいリチウムイオン電池を使うことを提案した.しか

し,期限が迫る中で NASA の承認が得られず,結局ニッ

ケルカドミウム電池をパッケージ化した製品を選択し,バ

ッテリーに関する 3 つの安全証明文書とテストデータを提

出して NASA の同意にこぎつけた.

ただ,この電池は重いため搭載重量で計算すると収録で

きる時間が少なくなる.そこで急遽,HD カムで使う

DC12V をスペースシャトル内のコンセント電源である

DC28V から変換するようにした.この DC/DC コンバー

タは,NASA の認定する部品で独自に製作した.これら

の付属機材を図に示す.搭載に向けた技術作業は全部で

8 ヶ月を要し,提出した資料は英文の A4 版で全4000ペー

ジとなった.

. 微小重力下での評価とサポート

安全証明の作業と並行して,微小重力環境の下で VTR

などの機構部が正常に動作するかの確認作業も進めた.も

ともと肩に担いで使う取材機器であるため,長野オリンピ

ックの前に過酷な試験が行われた.それは,HD カムを横

向きや逆さにして録画を行ったり,ジェットコースターに

乗って撮影するなどの試験であった.それらの試験で問題

は起きなかった.

しかし,より実際に近い環境でのテストが望まれたた

め,ジェット機を使った放物線飛行でのテストを行った.

合計で 8 回の急上昇と急降下を繰り返し,その間に得られ

る 1 回あたり20秒間の微小重力環境で VTR テープのロー

ディング,記録,停止,カセットのエジェクト,レンズの

絞りやフォーカス,ズームなど,一連の操作をして異常が

ないことを確認した.

HD カムと付属機材は,搭載用,バックアップ用,地上

トレーニング用として合計 3 式を用意した.また,HD カ

ムの操作手順書,撮影用の絵コンテの作成を行い,搭乗す

る 7 名のクルーに HD カムの操作説明を行った.

また,機材リスト,保管条件や注意事項,ラベルなどを

作成,搭載直前にはバッテリーの充電作業,スペースシャ

トルの飛行期間中には,ジョンソン宇宙センターにて24時

間 3 シフトの体制で不具合に向けた緊急対応の地上サポー

トを実施した.

. CCD の白キズ発生と画像処理

搭載された HD カムを用いて,向井宇宙飛行士はス

ペースシャトル内の様子や宇宙から見た地球の姿などの精

細な映像を撮影することに成功した1,3).飛行日程 9 日間

で収録された貴重な映像は40分テープ 8 巻にのぼった.こ

の間カメラの動作は良好であったが,CCD の白キズが日

増しに増加するという現象が起こった.宇宙線による

CCD の白キズ発生である.この現象はミール宇宙ステー

ションに民生カメラを搭載した笹田らの報告や科学観測用

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図 白キズ補正装置

表 HD カムの搭載実績

打ち上げ機 年月日 搭載期間(録画時間) 話題 カメラ搭載の関係機関

STS95 1998, 10, 291998, 11, 07 9 日間(320分) 向井宇宙飛行士 NHK, SPACEHAB, NASDA, NASASTS93 1999, 07, 221999, 07, 27 6 日間 地球環境観察 NASA, SONYSTS99 2000, 02, 112000, 02, 22 12日間(320分) 毛利宇宙飛行士 NASDA, NASA, NHKSTS105 2001, 8, 112001, 8, 22 1 年(800分) ステーション組立記録映像 NASAソユーズ 2001, 8, 23 1 年(420分) 医学応用 CM 制作 NASDA

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の CCD についても既に報告されている48).今回は200万

画素ハイビジョン用 CCD で初のケースとなった.

帰還後に回収されたテープは,ジョンソン宇宙センター

に NHK が準備した編集機を使って一旦コピーを作成した

後,オリジナルを東京に持ち帰って白キズ補正を行った.

白キズ補正装置の外観を図に示す.この装置は,NHK

と株芙蓉ビデオエイジェンシーが共同開発したもので,キ

ズの位置を自動検出し隣接する画素から補間信号を作って

内挿するものである.自動検出のためにフレーム加算機能

や画素間の演算回路を内蔵している.全巻の白キズ補正作

業には 2 日間(27時間)を要したが,ほぼ完璧な補正が達

成でき,これを NASA の保存映像とした.

今回のシャトル飛行高度は,約500 km でその高度に存

在する粒子は,その多くが地球磁場に捉えられた陽子で占

められていることが分かっている.これらの陽子が CCD

に衝突すると,電離した電荷が酸化膜中にトラップされた

り,シリコン結晶格子にひずみを生じさせたりして,局所

的に暗電流が増加する.これが白キズの原因と考えられて

いる.この CCD の放射線の影響については,その後も引

き続き NASDA と共同研究を行っている9).

. 撮影の科学的な意味

HD カムの宇宙での有効性が,向井千秋さん搭乗のス

ペースシャトルで確認された.その後,NASA や NASDA

も同一仕様の HD カムを 3 式づつ揃え,宇宙での運用を

行っている.その履歴を表に示す.

NASA の評価では,従来の単板式(1 つの CCD に吸収

型の色フィルターをモザイク状に配置)の電子スチルカメ

ラ「アースカム」や,フィルム式の大判カメラ「ハッセル

ブラッド」に較べて,色分解光学系を持つ 3 板式 CCD を

使った HD カムの色再現性は最も自然色に近く,地球観

測に最適であると高く評価している10).

また,静止画では得られない動画のメリットとして,小

さな雲などの障害物が移動してくれることや,太陽光が水

面で反射する「サングリッド」によって見えてくる毛細血

管のような河川の細い支流を連続的に観察できることなど

をあげている.

地球の表情は,季節や気象条件により刻一刻と変化して

いる.また,森林破壊など長期間にわたり継続して観察し

なければならない事象も多い.HD カムを利用した地球観

測は,今後も ISS を利用して多方面から行われることが期

待されている.

NHK では,STS99に搭乗して地球や月を撮影した毛

利衛さんの意見を参考にして,宇宙で使いやすい新しい

HD カムの試作を行っている.この新しい HD カムは,

従来の 2 インチのモノクロ CRT を用いたビューファーに

代わり,大型の 6 インチのカラー液晶が使え,レンズは

オートフォーカスを可能にしている.また,CCD の読み

出し方式を,インターレース走査だけでなく,静止画応用

に適したプログレッシブ走査を可能としている.カメラ内

部に設けた白キズ補正機能も著しく強化(ISS の軌道で 1

年間分)し,映像の階調特性は10ビットから12ビットに向

上させた.

. お わ り に

今回の取り組みで,宇宙という特殊な環境でも,対策を

施せば放送用機材でも十分に運用できることが分かった.

しかし,1 週間程度の宇宙環境において,宇宙線による

CCD の白キズ発生が確認された.今後,より長期的な宇

宙での民生機器の運用においては,CCD だけでなく,

CPU に代表されるような機器の運用を司るメインプロセ

ッサーや,半導体メモリーなどに影響を与えることが予想

される.

宇宙におけるハイビジョンの活用としては,今後ハイビ

ジョンのリアルタイムダウンリンクや夜の地球の撮影,

ISS の立体ハイビジョン撮影などが考えられる.これらの

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スペースシャトルに載ったハイビジョンカメラ

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宇宙用機材の開発を進めていきたい.

今回の試みに協力していただいた NASA,NASDA,ス

ペース HAB,SONY,キャノン販売,AES,三菱商事,

三菱重工業の方々に感謝いたします.

また,技術作業を共同で行った為ヶ谷秀一,安藤孝,成

見淳,小栗裕二,深谷志保の各氏に感謝いたします.

参 考 文 献

1) 成見,山崎,安藤,小栗,深谷,為ヶ谷“宇宙スペシャル

「宇宙から見た地球」―シャトルに載ったハイビジョン”,

放送技術,PP8387, Mar., 1999.2) 成見,小栗,深谷,安藤“スペースシャトル搭載用ハイビ

ジョンカムコーダ”,映メ学技報,Nov., 1998.3) 成見,小栗,深谷,山崎,安藤“宇宙でのハイビジョン撮

影”,映メ学冬季年次大会,Dec., 1998.4) 笹田,山下,横田,ゼレンチコフ,ビジェニコフ,サロマ

チンラシコフ“ミールステーションにおける放送機器の使

用実績”,電通学誌,Vol. j78B2, No. 9. pp. 621624. Sep.,1995.

5) A. C. RESTER, JR. and J. I. TROMBKA: ``HIGH

ENERGY RADIATION BACKGROUND IN SPACE''6) A. Yamashita, T. Dotani, M. Bautz, G. Crew, H. Ezuka, K.

Gendreau, T. Kotani, K. Mitsuta, C. Otani, A. Rasmussen, G.Ricker and H. Tsunemi: `` Radiation Damage to Charge Cou-pled Devices In the Space Environment'', IEEE TNC, Vol. 44,No. 3, June, 1997.

7) Keith Gendreau, Mark Bautz, George Ricker: ``ProtonDamage in X-Ray CCDs for Space Applications: Ground Test-ing techniques and Results''

8) 笹田,藤井,斎藤,Yu. D. Kotov, N. I. Zelentchikov“有人

宇宙ステーションにおける CCD 劣化”,映メ学技報,vol.23, No. 5, PP. 1318, Jan., 1999.

9) 横田,久保山,油谷,鈴木,安藤,山崎,渡辺,山内,三

橋̀̀Study of the space radiation on the high deˆnition televi-sion camera CCD'',第 4 回宇宙用半導体素子放射線影響国

際ワークショップ,Oct., 2000.10) High-deˆnition Television (HDTV) Images for Earth Observa-

tion & Earth Sience Application, NASA/TP2000210189,July, 2000.

(年月日受理)