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-83- 1.はじめに パソコン たり り、 ネットワーク たち 活に くて りつつある。 ネット ある。 い、 き、 一括 き、いつ に、 きる「 ある。 しかし、 々が するに ふさわ しく ある。他 られたく きる 、プライバシー ある。 わり く、 にする。 れる から るこ い。 から するこ だから ある。そ コピーが ある。 めた による がつか い。 を意 ネットワーク による める ころ い。 それをすり ける イタチゴッコ だから ある。各 めよう して から した。しかし を越える だけ ある。 らか あろう。 * 17 19 * 学大学 個人情報・プライバシーの保護 井  Protection of personal information and privacy Shinako MATSUI* Key words : 、ネットワーク 、プライバシー

個人情報・プライバシーの保護 - nagaokaut.ac.jplib.nagaokaut.ac.jp/kiyou/data/language/g19/G19_5.pdf活になくてはならない存在となりつつある。 ネット通信を駆け巡る情報量は膨大である。高度情報社会の急速な発展に伴

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1.はじめに

パソコン通信、携帯電話は当たり前になり、電子ネットワークは私たちの生

活になくてはならない存在となりつつある。

ネット通信を駆け巡る情報量は膨大である。高度情報社会の急速な発展に伴

い、情報を共有でき、情報の一括管理もでき、いつでも、どこでも、瞬時に、

手軽に通信できる「便利」な時代である。

しかし、便利な反面、情報の中には不特定多数の人々が共有するにはふさわ

しくない情報もある。他人には知られたくない個人情報、特定の個人を識別で

きる個人情報、プライバシーや機密事項である。

技術や科学の発達は情報の質に係わりなく、外部流出を可能にする。情報は、

一旦、漏れると人々の記憶から消し去ることができない。不特定多数の人々の

脳の記憶から情報を消去することは不可能だからである。その上、配信情報は、

更なる配布やコピーが容易である。精神面も含めた被害、経済的な損害、迷惑

は法的紛争処理による金銭的な損害賠償金請求や名誉回復の措置では取り返し

がつかない。

国境を意識しない電子ネットワーク通信による情報流出の被害を完全に食い

止める技術は今のところない。新技術とそれをすり抜ける技術はイタチゴッコ

だからである。各国は、被害を最小限に留めようとして法制面からの対策に乗

り出した。しかし国境を越える情報の流通は各国の国内対策だけでは不十分で

ある。国際的な条約など何らかの取極が必要であろう。

*原稿受付:平成17年5月19日*長岡技術科学大学経営情報系

個人情報・プライバシーの保護

松 井 志菜子*

Protection of personal information and privacy

Shinako MATSUI*

Key words : 個人情報、ネットワーク社会、プライバシーの権利

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松 井 志菜子

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2.電子ネットワークと個人情報

2.1 IT社会の個人情報保護への関心

ITは Information Technologyまたは Information and Communication Technologyの

略語であり、情報通信技術のことである。情報通信技術の発展は、私達の社会

生活や日常の活動に深く浸透している。銀行の自動振込み、送金、給与の支払

い、交通機関の自動改札システム、買い物や乗り物のクレジットカードの利用

など多岐に亘っている。

情報通信機器の使用が広範囲の人々に急速に広まったのは、その簡便さ、手

軽さ、人の手を煩わせずに、好きなときに、好きな場所で、情報の発信、受信

ができるからであろう。対面で伝えていた情報や、手紙や電話で伝達していた

情報は、今は自分の都合の良い時にいつでも E-mailを出せば、相手に時間を置

かずに伝達できるようになった。

しかし、星の数ほどある膨大な情報量の中、取得したい情報はどこにあるの

か。本当に自分の欲しい情報の情報発信源は信頼できるのか。

コンピュータさえあれば誰でもが無責任に、あるいは、悪意があっても発信

ができる。成りすましや詐欺などの犯罪も可能な媒体であることをややもする

と忘れがちである。インターネットを利用した電子商取引が増え、認証の問題

や犯罪も加速度的に増大している。多くの人々が虚構であるネット情報の文字

や音声をいとも簡単に信じてしまうのである。

世界戦争にはまだあちらこちらに武器による戦争が絶えない。しかし、これ

からの社会の戦争は情報戦であると言われている。偽情報や人々を不安に陥ら

せる情報を故意に流すことによる人心の懐柔操作である。人は感情を持ち、思

考を巡らせる生き物である。情報通信機器は、人の精神を揺るがす情報を直接、

無防備な個々人に対して発信できる武器でもある。経済活動、貿易取引におい

ても政治や外交における情報戦は熾烈になって来ている。

18世紀後半の産業革命に継ぐ情報革命が起きている現代社会において、嵐の

ように飛び交う情報の中の個人情報の保護が問題となっている。

この論文では、平成15年5月に成立し、平成17年4月に全面施行された個人

情報の保護に関する法律(個人情報保護法)にスポットを当てる。情報処理技

術が発達し、電子政府実現も推進される中、 IT 社会の環境整備は必須である。

個人情報とは何か。プライバシーの保護とは何か。個人情報保護法は何を決め

た法律なのか。個人情報が漏洩や悪用されたとき、どの様な対処ができるのか。

法令やガイドラインは何を決めているのか。個人情報についての自己決定権、

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個人情報・プライバシーの保護

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プライバシー、人格権の問題など、私たちの日常生活、個人情報の保護や対策

について考える。また法的な措置として予防的、政策的な対処が必須であり、

国境を越えた刑事的な罰則、取締り、広域な統一管理システムが不可欠である。

2.2 個人情報保護法が保護する個人情報

個人情報保護法にいう個人情報は、個人情報と、そのデータベースである個

人データ、個人が事業者に対し自己情報開示、内容訂正などを行なえる保有個

人データに分けられる。

個人情報は特定の個人を識別できる情報である。

コンピュータ技術の発達は、個人情報を収集し、集めた情報を分析、体系的

に分類した情報を利用することに一役買っている。その集積した個人データは

情報として売買の対象となっている。

個人データは個人情報を様々な角度から検索可能に整理したデータである。

電子媒体の中にあろうと、紙媒体の情報であろうと、検索機能などデータベー

スとして利用できるデータ群である。目次や索引にも活用するため、データの

正確性を確保し、データ情報の安全、従業員や委託先を監督する義務などがあ

る。第三者に提供の場合は、事後に本人が個人情報の提供停止を申し出ること

もできる。原則は予め本人の同意が必要である。但し宅配業者を利用の荷物配

送や、営業譲渡などによる顧客情報移管で利用目的に変更がない場合には同意

は不要である。

問題は自分の与り知らない所で、自分の個人データやプライバシーに係わる情

報が売買され、個人情報が全く知らないところで、本人の承諾もなく使われること

である。あるいは、個人データ情報がそっくり盗まれ、個人情報が悪用され、プ

ライバシーが暴露され、個人の平穏に暮らす権利が脅かされる事件が起きている。

個人情報保護法では保有個人データという言葉も使う。これは個人データの

うち開示や内容の訂正などができる権限を有するデータである。6カ月以上利

用する個人データであり、事業者が開示、内容訂正などを行うことができる。

情報元である顧客からの利用目的の通知、個人情報の開示、訂正、利用停止の

要求に応じる義務がある。しかし個人情報保護法には保有個人データの除外事

例がある。例えば6ヶ月以内にデータを消去する個人データや個人データの存

否がわかると本人や他者に生命、身体の危険があり、財産に危害が及ぶ虞のあ

るもの。また個人データの存否がわかると犯罪の予防、犯罪の捜査、犯罪の鎮

圧など公共の安全と秩序の維持に支障が出る虞がある場合、個人データの存否

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松 井 志菜子

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がわかると国家の安全が脅かされたり、他国や国際機関との信頼関係が損なわ

れ、交渉上の不利益を予想される場合、個人データの存否がわかると違法行為

や不法行為を助長、誘発する危険のある場合などである。

個人情報の保護については世界各国でも問題として採り上げ検討し、その結

果、1980年にOECD(経済協力開発機構)がガイドライン(1)を採択した。

2.3 IT国家建設への政策- IT基本法

情報がインターネットを通じて、世界中のネットワークに乗る電子ネットワ

ーク社会を迎え、欧米諸国は情報化社会に対応する政策(2)を打ち出した。

わが国は1994年8月に高度情報通信社会推進本部を設置した。1995年2月に

は高度情報通信社会に向けた基本方針を示し、1998年11月に高度情報通信社会

推進に向けた高度情報通信社会推進に向けた基本方針に基づき、行動計画(ア

クション・プラン)を作成した。更に2000年7月の閣議において内閣に情報通

信技術(IT)戦略本部設置を決定した。2000年9月の臨時国会の首相の所信表

明演説において IT社会を目指したE-Japan構想を提唱し、2001年1月、高度情報

通信ネットワーク社会形成基本法、いわゆる IT基本法を施行した。

IT基本法は、「高度情報通信ネットワーク社会」について、インターネットそ

の他高度情報通信ネットワークを通じて、自由かつ安全に多様な情報または知

識を世界的規模で入手し、共有し、又は発信することにより、あらゆる分野に

おける創造的かつ活力ある発展が可能となる社会をいう、と定義する。 IT 基本

法は、インターネットその他高度情報通信ネットワークを利用し、すべての国

民が情報通信技術( IT)の恵沢を享受できる社会の実現(第3条)、ゆとりと豊

かさを実感できる国民生活の実現(第5条)しようというものである。E-Japan

構想実現のため、具体的施策の E-Japan戦略、 E-Japan重点計画、 E-Japan2002プ

ログラムなどが次々と提示され、 IT国家建設推進中である。

2.4 個人情報取扱事業者

今日のようなインターネット社会になる前からプライバシーの保護への関心

(1)Guidelines on the protection of Privacy and Transborder Flows of Personal Data, O.E.C.D.Doc.C 58 final

(September 23, 1980)

(2)アメリカ合衆国では Henry H. PERRITT, Jr, Law and The Information Superhighway(1996), John T.

Delacourt, Recent Development, The International Impact of Internet Regulation, 38 Harv.Int’l L.J.207

(1997)、欧州では Europe and Global Information Society “Recommendations to the European Council”などがある。

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個人情報・プライバシーの保護

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はあった。多くは行政機関が有する国民の個人情報の保護、プライバシーの侵

害が問題であった。

しかし、昨今は行政ばかりではなく、むしろ民間の金融機関やクレジットカー

ド会社、生命保険会社など様々な企業が膨大な個人情報を蓄積している。この中

には学生やその家族の個人情報を集積する学校、医療分野における患者のカル

テや患者の家族の遺伝子情報を有する病院や医療機関、 NPO なども含まれる。

個人情報保護法を守る義務があるのは、民間の事業者、すなわち、個人情報

取扱事業者である。個人情報取扱事業者は過去6ヶ月間継続して5000人を超え

る個人データを有する事業者である。5000人以下の個人データしか持っていな

い場合は個人情報取扱事業者から除外される。しかし、個人データは取引先の

顧客情報のみならず、従業員やその家族の情報も含まれる。従って、極めて零

細な企業を除いて個人情報保護法を遵守すべき個人情報取扱事業者となる。

個人情報取得の際は、事前に利用目的を特定し、情報元の個人に通知、公表

する必要がある。

2.5 個人情報保護法が個人情報取扱事業者に求めること

個人情報保護法は、個人情報取扱事業者に対して、個人情報を取り扱うに当

たり、その利用の目的(利用目的)をできる限り特定しなければならない(個

人情報保護法第15条)。

個人情報取扱事業者は、偽りその他不正の手段により個人情報を取得しては

ならない(同法第17条)。個人情報取扱事業者は、個人情報を取得した場合は、

あらかじめその利用目的を公表している場合を除き、速やかに、その利用目的

を、本人に通知し、又は公表しなければならない(同法第18条)。

個人情報取扱事業者は、利用目的の達成に必要な範囲内において、個人デー

タを正確かつ最新の内容に保つよう努めなければならないとして、データ内容

の正確性の確保(同法第19条)と、取り扱う個人データの漏洩、滅失又はき損

の防止その他の個人データの安全管理のために必要かつ適切な措置を講じなけ

ればならない(同法第20条)として、安全管理措置を採り、従業者に個人デー

タを取り扱わせるに当たり、当該個人データの安全管理が図られるよう、当該

従業者に対する必要かつ適切な監督を行わなければならない(同法第21条)。そ

して従業者の監督と個人データの取扱いの全部又は一部を委託する場合は、そ

の取扱いを委託された個人データの安全管理が図られるよう、委託を受けた者

に対する必要かつ適切な監督を行わなければならない(同法第22条)と委託先

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松 井 志菜子

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の監督も規定する。

また個人情報取扱事業者は、予め本人の同意を得ないで、個人データを第三

者に提供してはならない(同法第23条)。但し例外がある。令状による捜査を受

ける場合などの法令に基づく場合(同法第23条第1項第1号)。例えば急病の場

合は人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合。本人の同意を得

ることが困難であるとき(同法第23条第1項第2号)。疫学調査など公衆衛生の

向上又は児童の健全な育成の推進のために特に必要がある場合。本人の同意を

得ることが困難であるとき(同法第23条第1項第3号)。税務署の調査に協力す

る場合など、国の機関若しくは地方公共団体又はその委託を受けた者が法令の

定める事務を遂行することに対して協力する必要がある場合には、本人の同意

を得ることにより、当該事務の遂行に支障を及ぼすおそれがある(同法第23条

第1項第4号)などの例外を設けている。その他、本人の同意が不要とされる

例として、個人情報取扱事業者が運送業者である業務委託先に個人データを渡

す場合があり、このときには委託先の個人データの取扱いの監督義務を課して

いる。また営業譲渡など事業承継の場合、顧客情報を渡し、承継後も利用する

ことができる。旅行業など業務の性質上、共同利用する場合には、共同利用の

範囲、利用する情報の種類、利用目的、情報管理の責任者などを、予め本人に

通知するか、本人が容易に知りうる状態にしておかなければならない。

個人情報取扱事業者は、第三者に提供する個人データについて、本人の求め

に応じて当該本人を識別できる個人データの第三者への提供を停止することと

している場合に、あらかじめ本人に通知し、又は本人が容易に知り得る状態に

置いているときは、当該個人データを第三者に提供することができる(同法第

23条第2項)。

個人情報取扱事業者は、保有個人データに関し、利用目的などを本人が知り

得る状態(本人の求めに応じて遅滞なく回答する場合を含む)に置き、本人の

求めに応じて(同法第24条)、開示(同法第25条)、訂正(同法第26条)、利用停

止等(同法第27条)を行う。

個人情報取扱事業者は、個人情報の取扱いに関する苦情の適切かつ迅速な処

理に努め(同法第31条第1項)、その目的を達成するために必要な体制の整備に

努めなければならない(同法第31条第2項)として個人情報取扱事業者による

苦情の処理への対応をも規定する。

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個人情報・プライバシーの保護

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2.6 ネットワーク社会の個人情報保護

収集した大量の個人情報を分類し、情報提供者である個人の認識とは異なる

目的のために、大規模に、かつ、情報提供者の許可なく使用、また第三者に提

供することがある。しかも個人情報そのものが商品として売買の対象となり、

あるいは、売買ではなくネットワーク通信網を経由して、個人情報の管理者の

目を盗んで情報を取得することも可能になっている。情報提供者は自己の情報

を一旦、他に提供すると自己情報コントロール権を失うことにも繋がる。

IT 社会、ネットワーク社会への発展、進行が止められない以上、個人情報の

厳格な管理方法、悪用や犯罪防止のための漏洩や流出の監視体制、法的な措置

として刑罰が必要となる。さらに情報の流通媒体であるハードウェアやシステ

ムの互換性の技術開発が進み、反ってそのことが個人情報流出を加速させる側

面もあるため、未然防止に早急な、かつ、高度な技術開発が課題となる。

2.7 ネットワークは国境を意識しない

近年の経済情勢は一国内に留まらず世界の国々を巻き込み大きなうねりを生

み出している。企業の吸収、合併、営業譲渡などの企業統合や企業再編、新事

業形態への転換などが、国境を越えて行われる際に、企業の有する個人情報や

顧客情報の承継や取り扱いが問題となる。個人の意思を確認することなく、一

括して取扱うことが多いからである。

自国の企業であると思っていたら、ある日突然、マスコミの報道で外国企業

となっていた。その企業を規律する外国法は、自国法とは個人情報保護の考え

方が異なることもある。

さらに企業の統合、再編、譲渡などで、転々と個人情報の管理者が変わるこ

とが日常となっている。業種によっては、当初の利用目的とは異なることに個

人情報を使用することも起こりうる。個人の意思を確認せず、また個人情報提

供者の与り知らぬ所で流通し、個人情報やプライバシー情報が、いつ、どこで、

どんな方法で侵害されるかわからない状況である。

2.8 ネット情報の集積

ネットを通じた取引は、ネットワークを接続する通信業者(インターネット・

サービスのプロバイダア)を通じて行い、その使用には個人情報の入力が必要

である。ネットワークを通じてのやり取りは直接、対面で、あるいは音声を介

して行う訳ではない。自己の情報は無機質な機械に向けて入力するだけである。

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松 井 志菜子

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しかしやり取りの一部始終はプロバイダアの通信記録(ログ)としてすべて

記録に残る。個人の名前や住所、年齢、性別、職業だけではなく、行為や行動

の記録を収集する。蓄積、収集した個人情報を必要な情報に分離、統合するこ

とや分別、分類、分析することは、機械的に短時間に簡単にできる。日常の生

活行動においては提供する必要もない情報もその中には含んでいる。行動パタ

―ンや嗜好、趣味、血液型、家族の病歴や犯罪歴、財産状況、果てはインター

ネットの検索結果や利用状況の頻度などの分析から、利用者がどの様な情報を

望んでいるかなど広範囲に及ぶ。

しかし果たして機械を通じて契約や取引する際に、個人を限定、確定する作

業の必要性という理由で、洗いざらいの個人情報を入力しなければ、ネットワ

ーク上でのやり取りはできないのだろうか。成りすましや他人の名をかたる悪

行や犯罪を防止し、個人を守る必要があるからといって、本人しか知りえない

情報、他人に知られたくない情報を、いとも簡単に提供しなければならないの

であろうか。

これらの情報を提供しなければ取引ができないシステムはおかしい。あらゆ

る情報を集め、本来の目的外にも利用しているのではないか。身包み剥がれる

ごとく個人情報やプライバシーに関する情報を提供する必要はない。

しかしコンピューター相手の情報提供に木目細かい配慮や個別事情を判断す

るシステムは組まれていない。選択の余地はほとんどない。すなわち入力しな

ければ操作は先に進まない。そのうえ操作上のトラブルが起こる度に、プロバ

イダアやシステム管理者へ報告や届けを任意ではあるが求められ、その際、送信

者あるいは利用者の個人情報やプライバシー情報までをも送信するのである。

情報は一旦、他人の手に渡ると、如何様に使用されるかわからない。また人

の記憶だけであれば、入手してもその量に限界もあり忘却もありうる。

しかしコンピュータの記憶量は無限であり劣化しない。情報発信源を特定す

るのに、発信の場合よりも何倍の時間と手間が掛かる。そのため発信源を突き

止めたときには、発信者は行方を眩ましている場合が多い。問題が生じた、事

件が起きたときに、後手に回っては何の解決にもならないということである。

事前防止対策を早急に打ち立てなければならない。

2.9 コンピュータ製品の識別番号

コンピュータは CPU(Central Processing Unit)という中央演算処理装置を搭載

している。複数の集積回路(IC)からなるコンピュータの頭脳に当たる。ひと

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個人情報・プライバシーの保護

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つのチップにまとめたマイクロ・プロセッサアが MPUであり、インテル社が開

発、Pentium-Ⅲとして製品化した。

しかしコンピュータを利用するに際し、ユーザー登録をすると、 CPUや MPU

の識別番号から、それに付着した利用者の個人情報まで辿り着くことができ、

個人のプライバシーの侵害に当たるなどの批判が出た。問題の抜本的な解決、

技術的な解決はまだ模索中である。

2.10 ネットワーク上の事件

インターネット上の事件は、麻薬や銃器、禁制品や密輸品の販売、公序良俗

に反する売買春契約、愛人契約などがある。また匿名性を利用した他人の名誉

毀損の書き込みなど人格権を侵害する事件や個人情報の暴露などプライバシー

侵害の事件が次々と起こっている。

この様な行為は不法行為と言える。ただネット上の不法行為は国内の問題に

限らず、国境を越えた隔地的な渉外的事案、あるいは国境を意識しない渉外的

不法行為といえる。

不法行為者は匿名性の隠れ蓑を被っているかもしれない。しかし時間は掛か

るが辿っていけば行為者個人を特定できることを忘れてはならない。ネット上

の行為はすべて記録され、トレースできるからである。

3.プライバシーの権利

3.1 プライバシーの権利概念の誕生

プライバシーの権利は20世紀初めに既にアメリカ合衆国において法的紛争(3)

があった。1903年にはニュー・ヨーク州市民権法がプライバシーの権利を権利

として認めた。1905年にはジョージア州最高裁判所がペイブジック事件におい

て、不法行為法上の権利として認めた。1931年メルビン事件ではカリフォルニ

ア州最高裁判所が憲法上の幸福追求権に言及した。この流れからアメリカ合衆

国の各州ではプライバシーの権利を認める判例が多くなる。

また不法行為法上の権利としてのプライバシーの権利は、1965年のグリズウォ

ルド事件において憲法上の権利としてプライバシーの権利を認めた。1973年

Roe v. Wade事件において、自律権としてのプライバシーの権利を承認した。

当時、ジャーナリズムによって、私生活や家庭生活など個人の私的な領域に

踏み込まれることが問題となっていた。プライバシーの権利は一人で居させて

もらう権利(Right to be let alone)の意味合いで、不法行為法上の権利としてと

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松 井 志菜子

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らえられた(4)(5)。

3.2 プライバシーの権利に関する判例

1902年のRoberson v. Rochester Folding Box Co.171 N.Y.538,64 N.E.442(1902)は、

原告である Robersonの肖像の無断掲載した印刷物を、被告である Rochester

Folding Box Co.と他の製粉会社が宣伝用に大量配布した。Robersonは周囲の人々

からからかわれ、精神的、肉体的に苦痛を受け、発行、頒布の差止請求と損害

賠償請求の訴えを起こした(6)。この事案は、むしろプライバシー侵害より肖像

権侵害に近い争いである。

ニュー・ヨーク州最高裁判所は、プライバシーの権利の存在を否定し棄却した。

しかし、この裁判は同様の訴えの出現と出版の自由の制限に繋がるのではない

かという問題を提起した。

判決に対する世論の動向から、1903年、ニュー・ヨーク州議会は制定法によっ

てプライバシーの権利を規定した(7)。

1905年、ジョージア州最高裁判所は、 Pavesich v. New England Life Insuarance

Co.122 Ga.190, 50S.E.68(1905)判決において、プライバシーの権利を認めた。原

告 Pavesichは自分の写真を無断で新聞広告に使った被告 New England Life

Insuarance Co.を訴えた。判決は、プライバシーの権利は自然権に基づくもので

あるとして、ジョージア州憲法の幸福追求権を根拠に、不法行為法上の権利と

して認め、損害賠償請求を認容した(8)(9)。

1931年、Melvin v. Reid, 112 Cal. App. 285(1931)事案は、公表されたくない個

人的な過去を実名の映画で暴露され、現実の生活が破綻したとして提訴した事

件である。カリフォルニア州最高裁判所は、憲法上の幸福追求権に基づきプラ

イバシーの権利を認めた(10)。

アメリカ合衆国は判例法国である。具体的な個別訴訟においては、プライバシー

の権利を不法行為法上の権利として認めていた。憲法上の権利としてはGriswold

v. Connecticut,381 U.S. 479, 85S.Ct.1678(1965)判決において承認された。

(3)1902年ニュー・ヨーク州のロバーソン事件(4)プライバシーの権利は、私生活や私事の暴露、誤解を招く表現などとしたプロッサー教授の論文

がある。William L.Prosser, Privacy, 48, Calif. L. Rev. 383(1960)(5)第二次リステイトメントでは、プライバシー侵害行為を不法行為法上の行為として、4つに分類す

る。①他人の独居状態に対する不当な侵入 ②他人の氏名または肖像の盗用 ③他人の私事の不当な公表 ④公衆に対し誤った印象を与える様な他人を不当な立場に置く公表行為。④類型は現在では肖像権、パブリシティ権とも呼ばれる。民事法上の権利の概念として、人格権に属するプライバシーの権利ではなく、肖像権、氏名権という権利として保護すべきであるとする見解もある。

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個人情報・プライバシーの保護

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その後、プライバシーの権利については、情報コントロール権か、また自律

権かなどの議論がなされた。情報コントロール権はOlmstead v. United States, 277

U.S. 438, 48 S Ct.564(1928)から Katz v. United States, 389 U.S. 347, 88 S. Ct.507

(1967)事件まで議論がなされた。自律権については、Roe v. Wade, 410 U.S. 113,

93 S. Ct.705(1973)判決において認めた。また Whalen v. Roe, 429 U.S. 589,97

S.Ct. 869(1977)では、プライバシーの権利を、私事をみだりに公開されない個

人法益保護の情報コントロール権と、ある種の私的な事柄の選択に対する干渉

を受けない個人法益保護の自律権の側面を有するものであるとした。

4.日本のプライバシーの権利

4.1 プライバシー情報と個人情報

個人情報とプライバシー情報は重なる部分もあるが一致はしない。

プライバシー情報は、個人の私生活の事実に関する情報であり、未だ社会一

般の人が知らない情報である。かつ他人には知られたくない情報、すなわち公

開を望まない情報である。

他方、個人情報は、私生活上の情報か否かに関係がない。また事実か真実か

も無関係である。社会一般の人が既に知っている情報であっても個人情報であ

る。本人が公開を望まないか否か、公開によって個人が受ける心理的な負担の

有無とも関係がない。

わが国の判例を見ていこう。

4.2 宴のあと

わが国においてプライバシーの権利が問題となったのは、1964年の三島由紀

夫の「宴のあと」裁判である。元政治家の私生活に基づいた小説に対して、作

家三島由紀夫と出版社を相手にプライバシー侵害で提訴した。

(6)Roberson v. Rochester Folding Box Co.171 N.Y.538,64 N.E.442(1902)、事案は前記3.1の注(5)第二次リステイトメントの④の類型とされる。

(7)現在のNew York Civil Rights Law §50 Right of Privacy, §51 Action for Injunction and for Damages

(8)1890年にS. D. ウォーレン(Samuel. D. Warren)とL. D. ブランダイス(Louis. D. Brandeis)が、プライバシー権を新たな人権として提唱する論文“The Right to Privacy”(4 Hav.L.Rev.195(1890))で、プライバシーを「一人で居させてもらう権利」(Right to be let alone)と提唱した。立法的にもプライバシー保護を認める立法を行った。

(9)Pavesich v. New England Life Insuarance Co.122 Ga.190, 50S.E.68(1905)事案は前記3.1の注(5)第二次リステイトメントの④の類型とされる。

(10)Melvin v. Reid, 112 Cal. App. 285(1931)事案は前記3.1の注(5)第二次リステイトメントの②事案の典型とされる。

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松 井 志菜子

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東京地方裁判所の判決は、「私生活をみだりに公開されない法的保障ないし権

利」としてのプライバシーの権利を認めた。

プライバシーの侵害は不法行為であり、被害者が私生活を公開され、不快、

不安の念を覚えたことを要件とした。その後もモデル小説とプライバシー侵害

訴訟が続いた。

プライバシーの権利という概念が定着していない頃は名誉毀損として争う場

合があった。実在人物をモデルとする小説は、あくまでも虚構(フィクション)

である。しかし事実と虚構とが混在し虚構部分がモデルとなった人物や関係す

る人物の真実や事実と誤信される虞があったり、たとえば事件の加害者と思わ

せる記述などは、モデルやその関係者の社会的評価を低下したり、プライバシ

ーの権利侵害や名誉毀損にもなりうる。作者の側に違法性を阻却する事由がな

い場合には違法性があり、出版差止請求や損害賠償請求の対象となりうる。

4.3 「石に泳ぐ魚」事件

平成11年の東京地裁判決、平成13年の東京高裁判決の「石に泳ぐ魚」事件は

モデルのプライバシーを侵害し、名誉感情を侵害するとした(11)。

プライバシーの権利とは別の概念であるが、肖像権について昭和44年12月24

日、最高裁判所の京都府学連事件判決がある。何人も本人の承諾なくむやみに

容貌や姿態を撮影されない自由を有する。憲法第13条の幸福追求権の趣旨に基

づき肖像権を認めた。

「宴のあと」判決の後、プライバシーの権利は個人の私的領域に他者を無断

で立ち入らせないという自由権的、消極的な権利と捉えてきた。しかし行政機

関が個人情報を保有、管理する現代社会は、自由権的側面だけではなく、プラ

イバシーの権利とは自己に関する情報をコントロールする権利と捉え、個人情

報やプライバシー保護を積極的に求める請求権的側面の必要性が出てきた。(11)平成14年9月24日の最高裁判決「石に泳ぐ魚」事件(東京地裁判決平成11年6月22日判例時報

1691号91頁)(東京高裁判決平成13年2月15日判例時報1741号68頁)は柳美里の小説である。小説のモデルとなった人の名誉、プライバシー、名誉感情が侵害されたとして、作家と出版社に損害賠償請A求、出版差止を求め提訴した。第一審の東京地裁は、小説のモデルを原告と特定するに十分であるとし、プライバシー侵害については、「原告がみだりに公表されることを欲せず、それが公開された場合に原告が精神的苦痛を受ける性質のいまだ広く公開されていない私生活上の事実が記述されている場合、その公表は原告のプライバシーを侵害する」と述べた。また小説の中の記述は原告の社会的評価を低下させるとして名誉毀損の成立も認めた。原告の名誉感情の侵害も認めた。表現の自由については、「特定の表現行為が社会にとって正当な関心事であるものである場合には、一定の限度において、ある人のプライバシーを侵害する行為の違法性が阻却されることがありうるとしても、非侵害利益の保護の必要性を考慮すれば、それは社会にとって正当な関心事について表現する上で、プライバシーを開示することが必要不可欠であるときに限られる」

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個人情報・プライバシーの保護

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4.4 名誉権

名誉権は肖像権と同じく人格権の一つである。関連判決がいくつか出ている。

月刊ペン事件では、私生活上の行状が、その携わる社会的活動の性質及びこれ

を通じて社会に及ぼす影響力の程度などの如何によって、その社会的活動に対

する批判ないし評価の一資料として、刑法第230条の2の「公共ノ利害ニ関スル

事実」、すなわち名誉毀損罪の免責事由に当る場合があるとして、名誉毀損と表

現の自由について述べた(12)。チャタレイ事件は猥褻文書の頒布禁止について(13)、

北方ジャーナル事件では人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に

行われている侵害行為の排除、又は将来生ずべき侵害予防のため侵害行為差止

の請求をできるとして事前差止めと表現の自由について述べた 。石井記者事

件では新聞記者の取材源秘匿の問題 、博多駅取材フィルム提出命令事件では

報道や取材の自由と公正な裁判の実現 、サンケイ新聞意見広告事件では新聞

意見広告と反論掲載権 、寺西裁判官事件では裁判官と政治運動(18)、東大ポポ

ロ事件(19)では学問の自由と大学の自治などについての判示があった。

(17)

(16)

(15)

(14)

とした。原告のプライバシーの開示は必要不可欠とはいえないとした。控訴審東京高裁は、プライバシーの内容について「私人がその意に反して自らの私生活における精神的平穏を害するような事実を公表されることの利益」であるとし、「被控訴人がみだりに公開されることを欲せず、それが公開されると被控訴人に精神的苦痛を与える性質の私的生活上の事実が記述されること」が被控訴人のプライバシーを侵害すると述べた。そしてプライバシーの侵害を成立させる表現の公然性の要件については「知る者が多数おり、その者らにとって当該表現が誰を指すのかが明らかであれば」、「事実が不特定多数の者が知り得る状態に置かれれば、それで公然性の要件は満たされる」とし、それ以外は第一審判決とほぼ同様の事実を認定した。上告審最高裁は高裁判決の概要を示し事実認定も法律判断も適法であるとして上告を棄却した。

(12)昭和56年4月16日最高裁判決「月刊ペン事件」(刑集第35巻3号84頁)では、私人の私生活上の行状が、その携わる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などの如何によって、その社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として、刑法230条の2の「公共ノ利害ニ関スル事実」、すなわち名誉毀損罪の免責事由に当る場合がある。名誉毀損と表現の自由について述べた。

(13)昭和32年3月13日最高裁判決「チャタレイ事件」(刑集第11巻3号997頁)では刑法第175条の猥褻文書は、内容が徒らに性欲を興奮又は刺戟せしめ、且つ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する文書をいう。文書が猥褻文書に当るか否かは一般社会において行われている良識、すなわち社会通念に従つて判断すべきものである。芸術的作品でも猥褻性を有する場合がある。猥褻性の存否は当該作品自体によつて客観的に判断すべきものであつて、作者の主観的意図によつて影響されるものではない。憲法第21条の保障する表現の自由といえども絶対無制限のものではなく、公共の福祉に反することは許されないとした。

(14)昭和61年6月11日の最高裁判決 「北方ジャーナル事件」(民集第40巻4号872頁)では、雑誌その他の出版物の印刷、製本、販売、頒布等の仮処分による事前差止と憲法21条2項前段にいう検閲に当たらない。名誉を侵害の被害者は、名誉侵害とその侵害行為の差止を人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、現に行われている侵害行為の排除、又は将来生ずべき侵害予防のため侵害行為差止の請求をできる。人格権としての名誉権に基づく出版物の印刷、製本、販売、頒布等の事前差止は、公務員又は公職選挙の候補者に対する場合、原則として許されない。しかし表

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松 井 志菜子

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現内容が真実でないか又は専ら公益を図る目的のものでないことが明白であり、かつ被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるときに限り、当該表現行為はその価値が被害者の名誉に劣後することが明らかであるうえ、有効適切な救済方法としての差止めの必要性も肯定されるから、かかる実体的要件を具備するときに限つて、仮処分による事前差止は例外的に許される。憲法21条2項前段の検閲は、行政権が主体となり思想内容等の表現物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査したうえ、不適当と認めるものの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解すべきである。仮処分による事前差止めは、表現物の内容の網羅的一般的な審査に基づく事前規制が行政機関によりそれ自体を目的として行われる場合とは異なり、個別的な私人間の紛争について、司法裁判所により当事者の申請に基づき差止請求権等の私法上の被保全権利の存否、保全の必要性の有無を審理判断して発せられるものであって、右判示にいう「検閲」には当たらないものというべきである。従って本件において札幌地方裁判所が被上告人の申請に基づき上告人発行の「ある権力主義者の誘惑」と題する記事(以下「本件記事」という。)を掲載した月刊雑誌「北方ジヤーナル」昭和54年4月号の事前差止を命ずる仮処分命令を発したことは「検閲」に当たらない、とした原審の判断は正当である。事前差止と表現の自由について述べた。

(15)昭和27年8月6日の最高裁判決「石井記者事件」(刑集第6巻8号974頁)は憲法第21条と新聞記者の取材源に関する証言拒絶権について判示した。憲法第21条は新聞記者に対し、取材源に関する証言を拒絶し得る特別の権利までも保障したものではない。憲法第21条は一般人に対し平等に表現の自由を保障したものであり、新聞記者に特種の保障を与えたものではない。憲法は公の福祉に反しない限り、自由に物が言えることを保障し、内容も定まらず、将来の内容を作り出すための取材に関し取材源について公の福祉のため最も重大な司法権の公正な発動につき必要欠くべからざる証言の義務をも犠牲にして、証言拒絶の権利までも保障したものとは到底解することができないとして、新聞記者の取材源秘匿について述べた。

(16)昭和44年11月26日の最高裁判決「博多駅テレビフィルム提出命令事件」(刑集第23巻11号1490頁)は報道・取材の自由と公正な裁判の実現について以下の様に述べた。報道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料を提供し、国民の「知る権利」に奉仕するものである。また報道機関の報道が正しい内容を持つためには、報道の自由とともに報道のための取材の自由も、憲法第21条の精神に照らし十分尊重に値いする。従って思想の表明の自由と並び、事実の報道の自由は、表現の自由を規定した憲法第21条の保障のもとにあることはいうまでもない。報道の自由は、表現の自由を規定した憲法第21条の保障のもとにあり、報道のための取材の自由も、同条の精神に照らし、十分尊重に値いするものといわなければならない。しかし取材の自由といってももとより何らの制約を受けないものではなく、たとえば公正な裁判の実現というような憲法上の要請があるときは、ある程度の制約を受けることのあることも否定することができない。本件では正に公正な刑事裁判の実現のために取材の自由に対する制約が許されるかどうかが問題となり、公正な刑事裁判を実現することは国家の基本的要請であり、公正な刑事裁判の実現を保障するために、報道機関の取材活動により得られたものが証拠として必要と認められる場合には取材の自由がある程度の制約を蒙ることとなっても止むを得ないところというべきである。しかしながら、このような場合においても、一面において審判の対象とされている犯罪の性質、態様、軽重および取材したものの証拠としての価値、ひいては公正な刑事裁判の実現に当り必要性の有無を考慮するとともに、他面において取材したものを証拠として提出させられることによって報道機関の取材の自由が妨げられる程度およびこれが報道の自由に及ぼす影響の度合その他諸般の事情を比較衡量して決せられるべきであり、これを刑事裁判の証拠として使用することがやむを得ないと認められる場合においても、それによつて受ける報道機関の不利益が必要な限度をこえないように配慮されなけれぼならない。報道機関の取材フイルムに対する提出命令が許容されるか否かは、審判の対象とされている犯罪の性質、態様、軽重および取材したものの証拠としての価値、公正な刑事裁判を実現するにあたつての必要性の有無を考慮するとともに、これによつて報道機関の取材の自由が妨げられる程度、これが報道の自由に及ぼす影響の度合その他諸般の事情を比較衡量して決せられるべきであり、これを刑事裁判の証拠として使用することがやむを得ないと認められる場合でも、それにより受ける報道機関の不利益が必要

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個人情報・プライバシーの保護

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な限度をこえないように配慮されなければならない。以上の見地に立ち、本件の刑事裁判が公正に行なわれるためには、この程度の不利益は、報道機関の立場を十分尊重すべきものとの見地に立っても、なお忍受されなければならない程度のものというべきである。以上の諸点その他各般の事情をあわせ考慮するときは、本件フイルムを付審判請求事件の証拠として使用するために本件提出命令を発したことは、まことにやむを得ないものがあると認められる。本件フイルムの提出命令は憲法第21条に違反するものでない。

(17)昭和62年4月24日の最高裁判決「サンケイ新聞意見広告事件」(民集第41巻3号490頁)は、新聞記事に載せられた者は、当該新聞紙発行者に対し、記事掲載により名誉毀損の不法行為が成立とは無関係に、人格権又は条理に基づき記事に対する自己の反論文を当該新聞紙に無修正かつ無料で掲載することを求めることはできないと新聞意見広告と反論掲載権について述べた。反論掲載権を認めると新聞を発行、販売者の記事への正当性や確信、反論文の内容が編集方針に反していたとしても掲載を強制されることになり、また紙面を割く負担を強いられ、批判的記事や公的事項に関する批判的記事の掲載を躊躇させ、憲法が保障する表現の自由を間接的に侵す危険につながる。民主主義社会に新聞等の表現の自由は重要であり、日刊全国紙による情報の提供が一般国民に対し強い影響力を持ち、記事が特定の者の名誉、プライバシーに重大な影響を及ぼすことがあるとしても、不法行為が成立する場合にその者の保護を図ることは別論として、反論権制度を具体的な成文法がないのに認めるに等しい反論文掲載請求権を認めることはできない。

(18)平成10年12月1日の最高裁判決「寺西裁判官事件」(裁判官分限事件の決定に対する即時抗告 民集第52巻9号1761頁)は裁判官と政治運動について判示した。裁判所法第52条1号にいう「積極的に政治運をすること」とは、組織的、計画的又は継続的な政治上の活動を能動的に行う行為であり、裁判官の独立及び中立、公正を害するおそれがあるものをいう。具体的行為の該当性を判断するに当たっては、行為の内容、行為の行われるに至った経緯、行われた場所等の客観的な事情のほか、行為をした裁判官の意図等の主観的な事情をも総合的に考慮して決するのが相当である。裁判官が積極的な政治運動を禁止する裁判所法第52条1号の規定は憲法第21条1項に違反しない。裁判官が取扱いが政治的問題となる法案を廃案に追い込む党派的運動の一環の集会において、会場の一般参加者席から裁判官の身分を明らかにし、シンポジウムのパネリストとして参加予定を事前に所長から集会参加は懲戒処分もあり得るとの警告を受け参加取りやめた。仮に法案に反対の立場で発言しても裁判所法に定める積極的な政治運動に当たるとは考えないがパネリストとしての発言は辞退するとの趣旨の発言をした。この行為は集会の参加者に対し法案が裁判官の立場からみて令状主義に照らして問題があり、廃案は正当であるという意見を伝え、法案を廃案に追い込む目的で集会を開いた者と共同して行動する諸団体の組織的、計画的、継続的な反対運動を拡大、発展させ、右目的を達成させることを積極的に支援しこれを推進するものである。裁判所法第52条1号が禁止する「積極的に政治運動をすること」に該当する。裁判官分限事件には憲法第82条1項は適用されない。「積極的に政治運動をすること」の意義及びその禁止の合憲性憲法は、近代民主主義国家の採る三権分立主義を採用する。司法は法律上の紛争につき、紛争当事者から独立した第三者である裁判所が中立、公正な立場から法を適用し、具体的な法が何であるかを宣言して紛争解決し、国民の自由と権利を守り、法秩序の維持を任務とする。司法権の担い手である裁判官は、中立、公正な立場に立ち、その良心に従い独立してその職権を行い、憲法と法律にのみ拘束されるものとされ(憲法第76条3項)、独立を保障するため裁判官には手厚い身分保障がある(憲法第78条~80条)。裁判官は独立して中立、公正な立場で職務を行い、外見上も中立、公正を害さないように自律、自制すべきことが要請される。司法に対する国民の信頼は、具体的な裁判の内容の公正、裁判運営の適正はもとより当然のこととして、外見的にも中立・公正な裁判官の態度によって支えられるからである。したがって、裁判官は、いかなる勢力からも影響を受けることがあってはならず、とりわけ政治的な勢力との間には一線を画さなければならない。そのような要請は、司法の使命、本質から当然に導かれ、現行憲法下における我が国の裁判官は、違憲立法審査権を有し、法令や処分の憲法適合性を審査でき、行政事件や国家賠償請求事件などを取り扱い、立法府や行政府の行為の適否を判断する権限を有しているため特にその要請が強い。職務を離れた私人としての行為であっても、裁判官が政治的な勢力にくみする行動に及ぶときは当該裁判官に中立、公正な裁判を期待することはできないと国民から見られるのは避

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けられない。身分を保障され政治的責任を負わない裁判官が政治の方向に影響を与える行動は裁判の存立する基礎を崩し、裁判官の中立、公正に対する国民の信頼を揺るがすばかりでなく、立法権や行政権に対する不当な干渉、侵害にも繋がることになる。裁判所法第52条1号が裁判官に対し、積極的な政治運動の禁止は、裁判官の独立及び中立、公正を確保し、裁判に対する国民の信頼を維持するとともに、三権分立主義の下における司法と立法、行政とのあるべき関係を規律することにその目的があるものと解される。以上から「積極的に政治運動をすること」とは、組織的、計画的又は継続的な政治上の活動を能動的に行う行為であり、裁判官の独立及び中立、公正を害するおそれがあるものが、これに該当すると解され、具体的行為の該当性を判断するに当たっては、その行為の内容、その行為の行われるに至った経緯、行われた場所等の客観的な事情のほか、その行為をした裁判官の意図等の主観的な事情をも総合的に考慮して決するのが相当である。憲法第21条1項の表現の自由は基本的人権でも重要であり、その保障は裁判官にも及び、裁判官も一市民として右自由を有することは当然である。しかし右自由も、もとより絶対的なものではなく、憲法上の他の要請により制約を受けることがあるのであって、前記のような憲法上の特別な地位である裁判官の職にある者の言動については、自ずから一定の制約を免れない。裁判官に対し「積極的に政治運動をすること」を禁止することは、必然的に裁判官の表現の自由を一定範囲で制約するが、右制約が合理的で必要やむを得ない限度にとどまるものである限り、憲法の許容するところであり、右の禁止の目的が正当で目的と禁止との間に合理的関連性があり、禁止により得られる利益と失われる利益との均衡を失するものでないなら、憲法第21条1項に違反しないというべきである。そして、右の禁止の目的は、前記のとおり、裁判官の独立及び中立・公正を確保し、裁判に対する国民の信頼を維持するとともに、三権分立主義の下における司法と立法、行政とのあるべき関係を規律することにあり、この立法目的は、もとより正当である。また、裁判官が積極的に政治運動をすることは前記のように裁判官の独立及び中立、公正を害し、裁判に対する国民の信頼を損なうおそれが大きいから、積極的に政治運動をすることを禁止することと右の禁止目的との間に合理的な関連性があることは明らかである。さらに、裁判官が積極的に政治運動をすることを、これに内包される意見表明そのものの制約をねらいとしてではなく、その行動のもたらす弊害の防止をねらいとして禁止するときは、同時にそれにより意見表明の自由が制約されることにはなるが、それは単に行動の禁止に伴う限度での間接的、付随的な制約にすぎず、かつ積極的に政治運動をすること以外の行為により意見を表明する自由までをも制約するものではない。他面、禁止により得られる利益は、裁判官の独立及び中立、公正を確保し、裁判に対する国民の信頼を維持するなどというものであるから、得られる利益は失われる利益に比して更に重要なものというべきであり、その禁止は利益の均衡を失するものではない。そして、「積極的に政治運動をすること」という文言が文面上不明確であるともいえない。従って裁判官の積極的政治運動の禁止は憲法第21条1項に違反しない。懲戒事由該当性及び懲戒の選択裁判所法第49条の「職務上の義務」は裁判官の職務遂行に当たり遵守すべき義務に限られるものではなく、純然たる私的行為においても裁判官の職にあることに伴って負っている義務をも含むものと解され、積極的に政治運動をしてはならないという義務は、職務遂行中と否とを問わず裁判官の職にある限り遵守すべき義務であるから、「職務上の義務」に当たる。

(19)昭和38年5月22日の最高裁判決「東大ポポロ事件」(刑集第17巻4号370頁)は、学問の自由および自治について述べた。憲法第23条の学問の自由は、学問的研究の自由とその研究結果の発表の自由とを含み、同条は、広くすべての国民に対してそれらの自由を保障するとともに、特に大学におけるそれらの自由および大学における教授の自由を保障することを趣旨としたものである。二 学生の集会は、大学の許可したものであつても真に学問的な研究またはその結果の発表のためのものでなく、実社会の政治的社会的活動に当る行為をする場合には、大学の有する特別の学問の自由と自治は享有しない。同(憲法二三)条の学問の自由は、学問的研究の自由とその研究結果の発表の自由とを含むものであつて、…特に大学におけるそれらの自由を保障することを趣旨としたものである。大学における学問の自由を保障するために、伝統的に大学の自治が認められている。…大学の学問の自由と自治は、大学が学術の中心として深く真理を探求し、専門の学芸を教授研究することを本質とすることに基づくから、直接には教授その他の研究者の研究、その結果の発表、研究結果の教授の自由とこれらを保障するための自治とを意味すると解される。

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個人情報・プライバシーの保護

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4.5 ジャーナリズムとプライバシー

ジャーナリズムの中でもマス・メディアによるプライバシーの侵害は深刻で

ある。一般的に社会全体に対する発信手段を持たない個人が、自分の周りの世

界だけではなく、マス・メディア報道によって、広い地域の人々にプライバシー

を開示され、社会的な制裁を受ける。

犯罪に係わる報道は、被疑者はこれから取り調べを受けるのであって犯罪人

ではない。

松本サリン事件のように被害者でありながら誤認逮捕の場合もありうる。そ

の場合の汚名を晴らす手段が限られている。犯罪に関する捜査段階での被疑者

段階での実名報道は、社会的な制裁を受け、家族にもその被害が及ぶという二

重三重の苦しみを背負うことになる。

凶悪犯罪や社会的に人々の関心を集める少年犯罪も、少年法があるにもかか

わらず、新聞、放送、雑誌などマス・メディア各社の報道姿勢は様々であり、結

局、実名が明らかになるなどプライバシー侵害の被害が出る(20)。

公判段階でも被告人は裁判で有罪判決が確定するまでは犯罪人ではない。容

疑者逮捕、被疑者逮捕の報道は、一般の人々には犯人逮捕のような錯覚を与え

る。マス・メディアの報道は一方的であり、調査の結果、事実とは異なる報道、

誤った報道であったことを一つ一つ記事に載せ訂正することもなく、かつ犯罪

報道被害者の側には自己弁明の方法や機会もない。

裁判は公開が原則であり誰でも傍聴できる。判決には実名が載るとしても、

法廷内の限られた人々に知られることと、マス・メディアを通じて不特定多数に

情報が発信されるのとでは雲泥の差である。精神的な負担、家族に与える被害

大学の施設と学生は、これらの自由と自治の効果として、施設が大学当局によつて自治的に管理され、学生も学問の自由と施設の利用を認められる。…しかし、大学の学生としてそれ以上に学問の自由を享有し、また大学当局の自冶的管理による施設を利用できるのは、大学の本質に基づき、大学の教授その他の研究者の有する特別な学問の自由と自治の効果としてである。大学における学生の集会も、右の範囲において自由と自治を認められるものであつて、…学生の集会が真に学問的な研究またはその結果の発表のためのものでなく、実社会の政治的社会的活動に当る行為をする場合には、大学の有する特別の学問の自由と自治は享有しないといわなければならない。本件のA演劇発表会は…いわゆる反植民地闘争デーの一環として行なわれ、演劇の内容もいわゆる松川事件に取材し…これらはすべて実社会の政治的社会的活動に当る行為にほかならないのであつて、本件集会はそれによつてもはや真に学問的な研究と発表のためのものでなくなるといわなければならない。…そうして見れば、本件集会は、真に学問的な研究と発表のためのものでなく、実社会の政治的社会的活動であり、…大学の学問の自由と自治は、これを享有しないといわなければならない。したがつて、本件の集会に警察官が立ち入つたことは、大学の学問の自由と自治を犯すものではない。

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松 井 志菜子

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は甚大であり計り知れない。

他方、社会的に大きな問題の場合、人々の正当な犯罪事実を知る権利を憲法

は保障している。重大な事案の場合には、本人がマス・メディアによる報道や

裁判記録の公開を望まない場合であっても、正当化できる場合もあるであろう。

犯罪は公共の利害に関連し、また一般に公開することによって、将来的な社会

への警告、予防、抑止力ともなり、犯罪行為への警戒、認識を共有することが

できるからである。

マス・メディア報道による犯罪被害者は、プライバシー侵害、人格権侵害、

名誉毀損など不法行為に基づく精神的な苦痛に対する金銭による損害賠償請求

や謝罪広告を求める訴えが提起できる位である。

裁判を起こすこと自体、個人にとっては、大変な労力、時間、金銭的負担、

精神的な苦痛を伴うことである。社会の世論を動かす力を持つマス・メディアに

振り回され、精神的に打ちのめされた状態のまま放置される。小さな個人はひっ

そりと泣き寝入りをするか、耐えていくしかないのが現状である。正に報道され

た「現実」は非常に重いことをもっと被害者の立場に立って考えるべきである。

また歌手やタレントなど芸能人や有名人は、社会活動や仕事以外のプライベー

トな情報も暴露され、平穏な私生活を過ごすことができる人権を侵害されるこ

とがある。政治家やいわば公人と言われる立場の人々の一定の領域の情報は別

として、週刊誌や新聞の売れ行きを伸ばすために、プライバシー侵害や名誉毀

損が行うのは、いくら表現の自由、出版の自由を憲法が保障しているとしても、

人格権侵害の違法行為である。(20)平成12年2月29日の大阪高裁「堺通り魔殺人事件名誉毀損訴訟控訴審判決」(判例時報1710号121

頁))は、未成年の実名報道は、少年の名誉、プライヴァシーの権利を侵害したとして、損害賠償請求を一部認容した。保護少年法第61条は、家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者の氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人と推知できる記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない旨の規定である。少年の健全な育成を期し、非行のある少年に対して性格の矯正及び環境の調整に関する保護処分を行うことを目的とする少年法の目的に沿い、将来性のある少年の名誉、プライヴァシーを保護し、将来の改善、更正を阻害しないようにとの配慮に基づき、記事等の掲載禁止が再犯予防上からも効果的である。少年法第61条は少年の健全な育成を図り、公益目的と少年の社会復帰を容易にし、特別予防の実効性確保という刑事政策的観点から公共の福祉や社会正義を守ろうとしている。しかし違反者への罰則規定がない。憲法の表現の自由、言論、出版等の自由と少年法の社会的機能に照らし、法令遵守の自主規制に委ねた。表現の自由とプライヴァシー権等の侵害との調整は、少年法61条の存在を尊重しつつも、なお表現行為が社会の正当な関心事であり、かつその表現内容、方法が不当ではない場合、表現行為は違法性を欠き、違法なプライヴァシー権等の侵害とはならないと判示した。

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個人情報・プライバシーの保護

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4.6 前科とプライバシー

前科や犯罪の履歴は通常、他人に知られたくない情報である。裁判は公開で

あり、刑事事件の有罪が確定すれば判決書には実名が載る。犯罪報道は社会政

策的にも、人々への警告、認知、予防など抑止的な効果も大きい。

しかし有罪判決の後、服役し、一市民として社会に復帰しようとしていると

きに、前科など犯罪履歴を公表されては、未来に向けて新しい第一歩を踏み出

そうとしている人にとっては更生の妨げにもなるし、平穏な私生活を乱される

ことにもなる(21)(22)(23)。

最高裁判決でプライバシーという言葉を用いたのは平成7年9月5日の最高

裁判決「関西電力事件」である。 他人に知られたくない個人情報、個人のプ

ライバシーは法律上の保護に値するという見解に立っている。

(24)

(21)昭和56年4月14日の最高裁判決「京都市前科照会事件」(民集第35巻3号620頁)は、前科照会とプライバシー権について、政令指定都市の区長が弁護士法第23条の2に基づく照会に応じて前科及び犯罪経歴を報告したことが過失による公権力の違法な行使に当たると判示した。前科及び犯罪経歴(以下「前科等」)は人の名誉、信用に直接にかかわる事項はみだりに公開されないう法律上の保護に値する利益を有し、市区町村長が漫然と弁護士会の照会に応じ、犯罪の種類や軽重を問わず前科等のすべてを報告することは、前科等をみだりに公開されないという個人の法律上の利益を害し、公権力の違法な行使に当たる。他人に知られたくない個人の情報は、たとえ真実に合致するとしてもプライバシーとして法律上の保護を受け、これをみだりに公開することは許されず、違法に他人のプライバシーを侵害することは不法行為を構成する。

(22)平成6年2月8日の最高裁判決「ノンフィクション「逆転」事件」(民集第48巻2号149頁)は、前科の公表とプライバシーについて述べた。ある人の前科等にかかわる事実を実名で著作物で公表し、損害賠償請求を認めた。その後の生活状況、当該刑事事件それ自体の歴史的、社会的な意義、その人の事件における当事者としての重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らし実名使用の意義及び必要性を併せて判断し、右の前科等にかかわる事実を公表されない法的利益が公表する理由に優越するときは、公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができる。

(23)刑事事件の被疑者となり、被告人として公判にて有罪判決を受け服役した事実は、その人の名誉、信用に直接にかかわる事項であり、みだりに前科等にかかわる事実を公表されない法的保護に値する利益を有するものというべきである(昭和52年(オ)第323号同56年4月14日最高裁判決(民集35巻3号620頁)。公表は公的機関、私人又は私的団体によるものとは問わない。服役を終え一市民として社会への復帰が期待されるときに、前科等の公表は新しく形成している社会生活の平穏を害されその更生を妨げられない利益を有する。但し、刑事事件ないし刑事裁判という社会一般の関心、批判の対象となる事項にかかわり、事件の公表が歴史的、社会的な意義がある場合、当事者の実名を明らかにすることが許される場合もある。社会的活動の性質、またこの事件を通じて社会に及ぼす影響力の程度いかんによっては、社会的活動に対する批判あるいは評価の一資料として、前科等の事実公表を受忍しなければならない場合もある(最高裁判決昭和55年(あ)第273号同56年4月16日(刑集35巻3号84頁)。また選挙により選出される公職にある者、その候補者など社会一般の正当な関心の対象となる公的立場にある人物である場合には、その者が公職にあることの適否などの判断の一資料として前科等にかかわる事実の公表は違法ではない(最高裁判決昭和37年(オ)第815号同41年6月23日(民集20巻5号1118頁)。前科等の事実の実名使用の著作物の公表は、その著作物の目的、性格等に照らし、実名を使用することの意義及び必要性を併せ考えることを要する。公表されない利益が法的保護に値する場合があると同時に、その公表が許されるべき場合もあり、不法行為を構成するか否かは、その人のその後の生活状況のみな

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松 井 志菜子

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5 金融機関関連の訴訟と刑法改正

5.1 金融機関関連の訴訟

わが国の情報ネットワーク関連の訴訟に1980年代は金融機関の内部者のオン

ライン不正使用事件やカード不正使用事件などの業務関連事件があった。

1990年代はパソコンが一般の人々にも普及し、パソコン通信の会社と会員や

会員間での紛争、ポルノ画像のデータ発信や配布行為に関連する猥褻物陳列罪

とする判例が出ている。そして1990年代後半にはパソコン通信は一般市民に行

き渡り、情報ネットワークはインターネットへ移行した。

金融オンライン関連、金融機関の内部関係者、オンライン詐欺事案がいくつ

かある。

昭和55年3月3日東京高裁判決「三和銀行窃取キャッシュカード事件」(刑月

12巻3号67頁、判例時報975号132頁)は、窃取した真正カードで現金自動支払

機から現金を取り出した行為に窃盗罪を認めた。

昭和57年7月27日大阪地裁判決「三和銀行オンライン詐欺事件」(判例時報

1059号158頁)は、銀行の行員が他支店に架空人名義の普通預金口座を開設し、

オンラインシステム端末機を操作し、預金通帳預り欄に振替入金し同支店が代

受けした偽りの記帳をし、同時に入金データ入力により預金払戻請求書と偽り

の記帳の預金通帳を窓口係員に提出し、払戻請求金領が実際に入金済みと誤信

させ、預金払戻名目で現金等を騙取した事案である。私文書偽造、同行使罪、

らず、事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、その当事者の重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性をも併せて判断すべきもので、その結果、前科等にかかわる事実を公表されない法的利益が優越するとされる場合には、その公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができる。この解釈は著作者の表現の自由を不当に制限しない。表現の自由は十分に尊重されなければならないが、常に他の基本的人権に優越するものではなく、前科等にかかわる事実を公表することが憲法の保障する表現の自由の範囲内に属するものとして不法行為責任を追求される余地がないものと解することはできない。

(24)平成7年9月5日の最高裁判決「関西電力事件」(判例時報1546号115頁)は、企業秩序違反の危険性がないにも拘らず、共産党員またはその同調者であるを理由とし職制を通じて職場内外で監視する体制をとり、他の従業員に当該労働者と接触しないように働きかけ、当該労働者を職場で孤立させ、その過程で労働者を尾行、無断で個人のロッカーを開けて私物である民青手帳の写真を撮り職場における自由な人間関係を形成する自由を不当に侵害し、名誉を毀損し、プライバシーを侵害し、人格的利益を侵害する不法行為を構成する。他にも前科等の公表がプライバシー侵害に当たり精神的な損害賠償請求を認容した事案がある。

平成5年3月27日東京地裁判決(判例タイムズ840号167頁)、同事案の控訴審である東京高裁判決平成4年12月21日(判例時報1446号61頁)がある。これは過去の有罪判決書を引用した月刊誌の記事がプライバシー侵害に当たるとした。平成4年3月27日東京地裁判決(判例時報1424号72頁)も週刊誌に前科歴を載せ、プライバシー侵害による損害賠償請求を認めた。

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詐欺罪等を認めた。

昭和57年9月9日大阪地裁判決「近畿相互銀行事件」(判例時報1067号159頁)

は、偽造カードで払戻を受けた行為に窃盗罪を認めた。銀行カードの磁気スト

ライプ部分に私文書偽造罪の文書性を認めた。

昭和62年8月31日の東京高裁判決「前橋信金事件」(25)(判例時報1253号134頁)

は労働判例でもある。オンライン端末機の無断操作を理由として懲戒処分を有

効とした。

昭和63年10月7日の大阪地裁判決「第一勧銀事件」(判時1295号151頁)は、

銀行行員がオンライン端末操作し、コンピュータに対し自己預金口座等に振替

入金の虚偽情報を与え、同コンピュータ記録の同口座預金残高を書換え、電子

計算機使用詐欺罪を認めた。

平成元年2月22日東京地裁判決「富士銀行等不正キャッシュカード事件」(判

例時報1308号161頁)は、ビデオテープを貼付けたキャッシュカード大のプラス

チック板の磁気ストライプ部分に印磁し、富士銀行の預金管理等の事務処理の

用に供する事実証明等に関する電磁的記録を不正作出し、不正作出したカード

を同銀行加盟の預金管理等のためのオンラインシステムに接続した現金自動入

払機に挿入し、同行外の現金自動入払機を作動させ現金を払い出した事件であ

る。私電磁的記録不正作出罪、同供用罪、窃盗罪を認めた。

平成2年4月23日の東京地八王子支部判決「青梅信金事件」(判例時報1351号

158頁)は、オンライン送金システムを悪用し、勤務先のコンピュータ端末から

不正振込発信し、接続した振込先銀行コンピュータ内の預金口座の残高を書換

えた行為に電子計算機使用詐欺罪を認めた。

平成3年4月5日最高裁判決「変造テレホンカード事件上告審決定」(刑集45

巻4号171頁)は、テレホンカードの磁気情報部分に記録された通話可能度数を

権限なく改竄し、その旨を告げて売買した事件である。有価証券変造及び変造

有価証券交付の各罪に当たる旨の原判決の判断を正当とした。

平成5年6月29日の東京高裁判決「神田信金事件」(高刑集46巻2号)は、信

用金庫の支店長が、部下に命じて支店に設置されたオンラインの端末機を操作

させ、振込入金等の事実がないにもかかわらず、第三者および自己名義の当座

預金口座に振込入金等があったように電子計算機処理させた事件である。その

行為につき主位的訴因(電子計算機使用詐欺罪)及び第一次予備的訴因(業務

上横領罪)の成立を否定し、二次予備的訴因(商法の特別背任罪)の成立を認

めた原審認定を誤りとし、電子計算機使用詐欺罪にあたるとした。(26)

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松 井 志菜子

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平成9年1月10日の名古屋地裁判決「東海銀行事件」(判時1627号158頁)。こ

の東海銀行事件は電話回線に接続したパソコンを操作しエレクトロニック・バ

ンキングサービスを介し銀行のオンラインシステムに虚偽の振込送金情報を与

え、口座の預金残高を増加させて、財産権の得喪、変更にかかる不実の電磁的

記録を作り、十数億円の財産上不法の利益を得又は第三者をして得させたとの

事案であり、電子計算機使用詐欺罪の成立を認めた。銀行内部設置のオンライ

ン端末ではなく、銀行アンサーシステムが使用されオンライン不正操作手段に

関し銀行外へと場所的に広がる事件であった。いずれの情報ネットワーク関連

の判例も改正刑法を適用し全銀協オンラインの閉鎖的な業務用ネットワーク内

の事件であり、銀行内部者が関与し、被害者も銀行に限定していた。

平成9年9月10日東京地裁判決「コンピュータ入力ミス振込送金事務遅延事

件」(金融商事1043号49頁)は、金融機関のコンピュータ入力ミスに起因した振

込送金事務遅延による損害賠償請求を認めなかった事例である。

平成9年12月5日の東京地裁判決「城南信金不正告発事件」(判例時報1634号

155頁)は、信用金庫支店長らが預金事務センターのホストコンピュータに電磁

的に記録保存する預金残高明細等を出力させ、同支店備付け用紙に印字した書

類を私信用封筒に封入した事案であり、窃盗罪の成立を認めた。

平成10年7月7日東京地裁判決「さくら銀行顧客データ不正漏洩事件」(判例

時報1683号160頁)は、外部委託業者の不正行為に関する事案である。事案は都

市銀行向けプログラム開発業務に従事する外部委託業者が持参フロッピーディ

スクに顧客データをコピーし持ち出した。データ(電磁的記録)自体は財物と

言えず窃盗罪や横領罪の客体とならず、データ持ち出し行為は不起訴となる。

持参媒体の中のデータの持出を刑事処分できなかった。しかし業務上預かり保

管中の項目説明書等の資料コピーを名簿業者に売却し資料に関する業務上横領

罪となった。(25)昭和61年5月20日前橋地裁判決(判例時報1253号136頁)は、信用金庫組合の代表者職員が支店職

員にオンライン端末機を正規の手続を経由せず無断で操作をさせ、同信用金庫従業員組合会計名義の預金残高を確認した。この行為が就業規則違反に該当するとして懲戒処分(停職)を受けた。同信用金庫に何らの損害を与えていないこと等を理由に、社会通念上相当性を欠くとして懲戒処分の無効確認請求を認容した事例である。

(26)平成4年10月30日の東京地裁判決「神田信金事件」(判例時報1440号158頁)は、信用金庫支店長が、部下に命じ支店設置のオンライン端末を操作させ、振込入金等の事実がないにもかかわらず、第三者および自己名義の当座預金口座に振込入金等があったとする電子計算機処理をさせた事件である。その行為は、本位的訴因である電子計算機使用詐欺罪の成立を否定し、商法の特別背任罪の成立を認めた。

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5.2 刑法改正

金融機関の利用者は店舗窓口か現金自動支払機を介して取引をする。利用者

が真正な権利者か否かの確認はキャッシュカードとパスワードに拠るしかなか

った。しかし最近では技術や科学の進歩により様々な本人確認や権利者を確認

する方法を考えている。

しかし人対人の対応であっても、人対機械の対応であっても、真正な権利者

や本人の確認方法とそれをすり抜ける方法とのイタチゴッコである。特に機械

はコピーやダビングされた偽造カードをオリジナルカードと誤認する。真正カ

ードであっても冒用を見破れない限り悪用する犯罪は後を絶たない。現金引出

が主要目的の事件は、カードが真正か偽造カードかを問わず、財物である現金

の占有取得のため窃盗罪を構成する。

1987年の刑法改正は偽造カードの現金払出行為に窃盗罪適用の他、電磁的記

録不正作出罪、同供用罪を新設した。平成元年2月22日東京地裁判決「富士銀

行等不正キャッシュカード事件」に早速適用した。

民事でも平成5年7月19日最高裁判決「富士銀行キャッシュカード免責事件」

(判例時報1489号111頁)は、預金者以外の者が真正カードで正しい暗証番号入

力後、現金自動支払機から預金の払戻を受けた事案で免責約款により銀行の免

責を認めた。

平成13年、クレジットカードやキャッシュカードの犯罪防止のため刑法に電

磁的記録不正作出等の諸規定、刑法第163条の2ないし第163条の5を新設した。

刑法第161条の2第1項電磁的記録不正作出罪は支払用カードを構成する電磁的

記録に係る特則である。外部者の不正行為は金融機関関連のカード犯罪にほぼ

限られてきた。

内部関係者が教唆犯や共同正犯としてゴルフ場のロッカーに隠しカメラを設

置し、クレジットカードやキャッシュカードの情報を盗み、現金を引き出す犯

罪が起きた。

更に最近ではキャッシュカードやクレジットカードの現物がなくても、その

他の情報から新しいカードにそっくり情報を載せ、パスワード情報も容易に手

に入れて成りすまし、機械を欺く犯罪行為が頻発している。これではいくら便

利でもカードを作りたくなくなる。

金融機関は新規の取引の際には半ば強制的にカードの作成を勧める。もっと

顧客の希望に耳を傾けるべきである。キャッシュカードやクレジットカード関

連の事件の多発と被害が拡大し、取締まりが追いつかない現状が金融機関の重

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たいお尻を少し動かし始めた。被害の損害額を金融機関も一部負担するという

ものである。しかし実際、個々の取引の状況からの金融機関の自主的な判断で

あり、金融機関の足並みもバラバラである。立法が急務である。

5.3 行政処分

個人情報保護法は、個人データの外部流出ばかりでなく、自己の個人情報の

不正な取得や利用目的を明示しない、あるいは、利用目的外の取扱い等に対す

る苦情の申立てはできる。しかし違法行為や不法行為を行った個人情報取扱事

業者を罰するためには、主務大臣は報告の徴収(個人情報保護法第32条)や助

言(個人情報保護法第33条)や是正勧告(個人情報保護法第34条)、改善命令や

緊急命令(個人情報保護法第34条)に違反して初めて犯罪として立件できる。

命令に違反すると6カ月以下の懲役か30万以下の罰金に処せられる。罰則は違

反行為者と個人情報取扱事業者の両方が処罰対象となる両罰規定である。

5.4 情報窃盗罪の立法へ

現行刑法では情報窃盗を罰することはできない。窃盗の客体は財物に限って

いるからである。 紙媒体やフロッピーなどの物を盗めば窃盗になる。しかし

電子媒体上で添付メールされた情報に対する窃盗罪は成立しない。

個人情報やプライバシー情報を悪用された被害者と個人情報取扱事業者、金

融機関やプライバシー情報を有する病院や警察、行政などの過失の立証をどの

ように定めるかは決まっていない。製造物責任法のように無過失責任にするの

か、立証責任の転換が盛り込まれるのか。

政治家などの公人、芸能人、不正を告発する内部情報を外部へ流すことなど、

立場も様々であり、憲法で保障する報道の自由、言論の自由、表現の自由、幸

福追求権など対立する人権の調整問題もあり、立法までには慎重な議論が必要

である。

6.ネットワーク事件

コンピュータ社会の生育は、金融機関ばかりでなく金融機関以外の企業の業

務ネットワークにも事件を起こす。

前述の平成10年7月7日東京地裁判決「さくら銀行顧客データ不正漏洩事件」

や業務上のネットワークを介した情報流出事件はコンピュータの中の大量の個

(27)

(27)刑法第235条「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役に処する。」

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人情報漏洩事件である。

これは大量の個人情報自体が商品価値を有し、市場で売買され、経済市場に

大きな影響を齎すことを意味する。業務ネットワーク事件が金融機関から他の

業種、他の業界へと領域を拡大し、保護法益が営業秘密や個人情報など多様化

している。

また1990年代に入るとパソコン通信は企業の業務ばかりではなく、一般市民

にも普及し、同時に紛争も起こるようになる。パソコン通信は一般の人々の参

加は自由であり、不特定多数の人々に情報発信できる。そのため悪用してネッ

トワーク詐欺も、業務用ネットワークとは異なる類型の事件が登場した。

パソコン通信関連のいくつかの事例を見ていこう。

昭和62年9月30日の東京地裁判決「京王百貨店顧客名簿不正漏洩事件」(判例

時報1250号144頁)は、百貨店勤務のコンピュータ技術者が複写目的で同百貨店

の顧客名簿の磁気テープを電算室から持出した事案であり、窃盗罪を認めた。

平成6年2月18日の東京地裁判決「コムライン事件」(判例時報1486号110頁)

は、コンピュータ通信網による情報提供サービス及び各種情報の収集、処理並

びに販売等を目的とする会社が新聞記事を要約して英訳し、他の記事と共にフ

ァックス、オンライン等で頒布、送信した事案で、新聞記事の著作権(翻案権、

複製権、有線送信権)侵害を認定し、損害賠償請求を認めた事件である。

平成7年2月13日の東京地裁判決「ブルーボックス事件」(判例時報1529号

158頁)は、通話料金の支払を免れるため、電話回線から KDD の電話交換シス

テムに対し不正指令を与え、 KDD の電話交換システムを認識させて接続した。

KDD の電話料金課金システムに対して虚偽の通話情報を伝送させ、電話料金課

金システムにその旨の不実ファイル作出をさせて、国際通話の通話料金相当額

の支払を免れ、事務処理に使用する電子計算機に不正の指令を与え、財産権の

得喪、変更に係る不実の電磁的記録を作り、右国際通話に相当する財産上不法

の利益を得た事案である。電子計算機使用詐欺罪の成立を認めた(28)。

平成7年12月26日の東京地裁判決「某信用組合事件」(判例時報1577号142頁)

は、偽札束を、事情を知らない信用組合支店係員に端末機を操作させ、電子計

算機に入金の虚偽情報を与え、財産権の得喪、変更に係る不実の電磁的記録を

作り、財産上不法の利益を得た事案である。詐欺、電子計算機使用詐欺を認

めた(29)。

平成8年7月5日の長野地裁諏訪支部判決「パッキーカード事件」(判例時報

1595号154頁)は、使用済みパチンコ用プリペイドカード(パッキーカード)の

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磁気情報部分記載の使用可能残高を改竄し、パチンコ遊技機併設のシステム端

末カードユニット(自動玉貸装置)のカード挿入口に挿入してパチンコ玉を排

出し、パッキーカードの消費金額名下に財産上不法の利益を得ようとした事案

である。有価証券変造、同行使、電子計算機使用詐欺、同未遂の成立を認めた。

平成8年7月8日の大阪地裁判決「大阪自動契約機カードローン詐欺事件」

(判例タイムズ960号293頁)は、金融会社の無人店舗に設置した自動契約受付機

を悪用して他人名義の運転免許証を偽造し、他人になりすまして融資金入出用

カードの交付を受け、同カードを使用して現金自動入出金機から現金を取得し

た事件である。有印公文書偽造・同行使、詐欺、窃盗等を認めた。

平成9年5月9日の京都地裁判決「ニフティサーブ電子掲示板詐欺事件」(判

例時報1613号156頁)は、ニフティサーブ会員に成りすまし、電子掲示板や電子

メールで虚偽の販売情報を流し、被害者から振込入金を受け金銭を詐取した事

案である。詐欺罪と入金受入れのために他人名義の銀行口座開設申込書を偽造

し、銀行に送付した行為に私文書偽造及び同行使罪を認めた。また成りすまし

の発覚を防ぐためニフティに対し会員名でパソコン電話回線を通じて虚偽住所

変更情報を送信し、虚偽情報をニフティの顧客データベースファイルに記憶さ

せた行為が電磁的記録不正作出罪に該当すると判示した。

パソコン通信の普及と犯罪は、会員間の紛争や会員とパソコン通信運営会社

間の紛争に発展し、プライバシー関連事案もある。

平成9年5月26日の東京地裁判決「ニフティサーブ現代思想フォーラム事件」

(判例時報1610号22頁)は、パソコン通信会員が電子会議室へ他会員を中傷する

書込みをし名誉毀損を認めた。また書込み放置した会議室シスオペの責任も一

部認めた。シスオペを雇ったパソコン通信運営会社の責任も使用者責任に基づ

き一部認容した。控訴審の平成13年9月5日の東京高裁判決(判例タイムズ

1088号94頁)ではパソコン通信の電子会議室への書き込みにつき他会員に対す

る名誉毀損及び侮辱の成立を認め、シスオペとシスオペの雇主であるパソコン

通信運営会社の責任を否定した。

平成10年5月1日の最高裁判決「浦和フロッピーディスク差押事件抗告審決

定」(刑集52巻4号275頁)は、令状により差し押さえようとしたパソコン、フ

ロッピーディスク等の中に被疑事実に関する情報が記録されている蓋然性が認

められる場合、そのような情報が実際に記録されているかをその場で確認して

いたのでは記録された情報を損壊される危険があるときは内容を確認すること

なしにパソコン、フロッピーディスク等を差し押さえることが許される旨の原

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決定を正当とした。

パソコン通信会員が電子掲示板上にパソコン通信サービス運営業者の批判書

込みを行い、同業者が行った会員契約の解除の有効性が争われたケイネット事

件を見る。

平成10年12月21日の東京地裁判決「ケイネット東京事件」(判例時報1684号79

頁)は、パソコン通信会員が電子掲示板上に同通信サービス運営業者を批判す

る書込みを行い、同業者が入会契約を解除した事案である。サービス提供を継

続しがたい重大な事情の存在は認めず解除を無効とした。

解除を無効としたこの事案に対し、平成10年12月25日の横浜地裁判決「ケイ

ネット横浜事件」(判例時報1684号79頁)は、パソコン通信会員が電子掲示板上

に同通信サービス運営業者を批判する書込みを行ったため同業者が入会契約を

解除した事案で、信頼関係破壊を理由に契約解除は有効とした。

「ケイネット横浜事件」の控訴審である平成11年9月8日東京高裁判決およ

び「ケイネット東京事件」の控訴審である平成12年1月19日東京高裁判決(判

例時報1748号125頁)(両判決とも判例集未登載)は、ともに信頼関係破壊を認

めて解除を有効とした。「ケイネット東京事件」の控訴審は、パソコン通信サー

ビス運営事業者が入会契約を解除は無効、会員の請求を一部認容した原判決を

不服として、事業者が控訴した事案である。ネット運営は会員の意見や批判に

耳を傾ける姿勢が求められ、事業者に不十分な点もあったが、会員の意見表明

は一つ一つは会員規約の重大な違反とはならないが、全体としてみればネット

の運営を現実に妨げる恐れがあり、事業者との信頼関係を著しく損なったとし

て、会員の一部勝訴部分を取り消し、入会契約の解除を適法とした。

平成12年5月16日の東京地裁判決「スターデジオ事件」(判例タイムズ1057号

221頁)は、衛星放送サービスのスカイパーフェク TV の一つとして「スターデ

ジオ100」の営業名で行う公衆送信サービスに関し、著作隣接権(レコード製作

者の権利)に基づく差止請求等を否定した知的財産権の事案である。番組で受

信する音源を受信チューナーの RAM に蓄積する行為は、同法上の「複製」には

該当せず、各レコードのレコード製作者としての複製権を侵害するものではな

いとした(30)。

平成15年10月23日の京都地裁判決「消費者金融プライバシー権侵害事件」(判

例集未登載)は、大手消費者金融会社が、債務者の氏名と同音で漢字1字違い

という類似の氏名者に対し債務者と間違えて支払の催促を行い、人違い判明後

も信用情報機関等に登録した個人情報を抹消せず、再度支払催促をし、その者

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松 井 志菜子

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のプライバシー権を侵害する不法行為に当たるとした事案である。

平成16年5月7日の東京地裁判決「業務上横領、電気通信事業法違反被告事

件」(判例集未登載)は、消費者金融業等を目的とする株式会社甲の従業員が電

気通信事業者の取扱中に通信の秘密を侵し、甲社の顧客情報を印字した書面

(顧客台帳)や信用情報を印字した書面(情報センター照会履歴)を業務上預か

り保管中、甲社を解雇後も甲社に返却せず、自己の用途に使用する目的で、禀

議書の複写書面、顧客台帳及び情報センター照会履歴を丙に引渡して横領した

事案である。業務上横領,電気通信事業法違反を認めた(31)。

(28)平成7年2月13日の東京地裁判決「ブルーボックス事件」(判例時報1529号158頁)は、通話料金の支払を免れるため、電話回線から KDD の電話交換システムに対し不正指令を与え、 KDD の電話交換システムを認識させて接続した。電話回線からコンピュータソフト「ブルーボックス」を使用して作出した KDD 電話交換システムから IODC 対地国の電話交換システムに送信する回線制御を司る業務用信号に模した不正信号を IODC 対地国の電話交換システムに送り出し、電話交換システムに IODC サービスの申込みを取消させた。着信国の着信人との間に電話回線を接続させ、IODC 対地国の電話交換システムから KDD 電話交換システムに送信する IODC サービス申込みが取消されたことを確認する旨の信号の送信を妨害した。そして KDD の電話交換システムが IODC

サービスの申込みが取消されたことを確認できない状態に置き、 KDD 電話交換システムをして、IODC サービス利用による回線使用が継続していると誤認させ、 IODC 対地国を中継国として着信国の着信人との間で国際通話を行った。 KDD の電話料金課金システムに対して虚偽の通話情報を伝送させ、電話料金課金システムにその旨の不実ファイル作出をさせて、国際通話の通話料金相当額の支払を免れ、事務処理に使用する電子計算機に不正の指令を与え、財産権の得喪、変更に係る不実の電磁的記録を作り、右国際通話に相当する財産上不法の利益を得た事案である。電子計算機使用詐欺罪の成立を認めた。

(29)平成7年12月26日の東京地裁判決「某信用組合事件」(判例時報1577号142頁)は、万円紙幣大の紙片の束の上下に、真券の1万円紙幣を挟んだ偽札束を信用組合に入金した。事情を知らない信用組合支店係員らに命じ、同支店設置のオンラインシステムの端末機を操作させ、信用組合システム本部情報システム部に設置した電子計算機に、各普通預金口座に同表「入金額」欄に記載した各金額の入金の虚偽情報を与え、電子計算機接続の磁気ディスク記録の口座の預金残高が虚偽入金額を加算した金額とする財産権の得喪、変更に係る不実の電磁的記録を作り、財産上不法の利益を得た事案である。詐欺、電子計算機使用詐欺を認めた。

(30)平成12年5月16日の東京地裁判決「スターデジオ事件」(判例タイムズ1057号221頁)は、衛星放送サービスのスカイパーフェク TV の一つとして「スターデジオ100」の営業名で行う公衆送信サービスに関し、著作隣接権(レコード製作者の権利)に基づく差止請求等を否定した知的財産権の事案である。事案は通信衛星放送サービスの音楽中心のラジオ番組において、レコード製作者としての複製権を有する各音源を公衆に送信するに該当し、音源に係る音楽データを保有サーバーに蓄積する行為は各レコードの複製に当たるとした。しかし放送事業者がレコードを自己の放送のために自己の手段により一時的に録音する行為に該当し、著作権法第102条第1項により準用する同法第44条第1項を適用し複製権侵害とはいえない。番組で送信した音源の音楽データを受信した個々の受信者がこれを受信チューナーに接続したオーディオ機器により MD に録音する行為は、一般的に同法第102条第1項により準用する同法第30条第1項で許容する私的使用のための複製に当り、各レコードについてのレコード製作者の複製権を侵害せず、違法な私的複製の教唆、幇助による複製権侵害の主張は理由がない。番組で受信する音源を受信チューナーのRAMに蓄積する行為は、同法上の「複製」には該当せず、各レコードのレコード製作者としての複製権を侵害するものではないとした。

(31)平成16年5月7日の東京地裁判決「業務上横領、電気通信事業法違反被告事件」(判例集未登載)

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個人情報・プライバシーの保護

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7.住民基本台帳

平成11年改正住民基本台帳法は住民票に記載されている事項の安全確保等を

規定した。

その第36条の2第1項に「市町村長は、住民基本台帳又は戸籍の附票に関す

る事務処理に当たり、住民票又は戸籍の附票の記載事項漏洩、滅失及び棄損防

止、住民票又は戸籍附票記載事項の適切な管理のために必要な措置を講じなけ

ればならない」と規定する。

住民基本台帳法上も、住民票データは個々の住民のプライバシーに属する事

項として保護、運用する。

住民基本台帳に関する調査事務の従事者は事務に関して知り得た秘密を漏ら

してはならないとし(同法第35条)、違反は刑事罰の規定があった(同法第42条)。

7.1 宇治市住民基本台帳データ漏洩事件

平成13年2月23日京都地裁判決「宇治市住民基本台帳データ漏洩事件」(地判

判例集未登載)は平成11年5月、住民基本台帳データ数十万人分が不正流出し

た事案である。京都府宇治市が住民基本台帳データを使用し検診システムの開

発を企画し、開発業務を民間業者に委託した。再々委託先のアルバイトが不正

コピーし持出し、無断で名簿業者に販売、更に転売し、約22万人分の個人情報

データが流出した事件である。宇治市はアルバイトを市の個人情報保護条例違

反(秘密漏えい)の罪で告発したが京都地検は1999年12月不起訴処分とした。

住民からの損害賠償請求は宇治市にプライバシー権侵害を理由とする責任を認

めた。平成13年12月25日の大阪高裁判決(サイバー法判例解説190頁)は、宇治

市市議ら住民3人が宇治市に対し、精神的苦痛を被ったとして損害賠償請求と

弁護士費用を求めた。大阪高裁はプライバシーの侵害を認めた(32)。

大阪高裁は、プライバシーの権利については、データに含まれる情報、氏名、

性別、生年月日及び住所のみならず、転入日、世帯主名及び世帯主との続柄も

は、消費者金融業等を目的とする株式会社甲の従業員が、同社代表取締役会長兼社長等と共謀の上、盗聴用の発信機及び自動録音装置付き受信機を用いて電気通信事業者の取扱中に係る通信の秘密を侵し、甲社の機器及び用紙を使用して甲社及びその関連会社の禀議書を複写した書面、甲社の顧客情報を印字した書面(以下「顧客台帳」という)並びに株式会社乙が管理する資金需要者の信用情報を印字した書面(以下「情報センター照会履歴」という)について、いずれも甲社のために業務上預かり保管中、平成14年9月21日付けで甲社を解雇された後もこれらを甲社に返却せず、同年10月上旬ころ同都中野区内に所在の丙事務所において、自己の用途に使用する目的で、禀議書の複写書面、顧客台帳及び情報センター照会履歴を丙に引渡して横領した事案である。業務上横領、電気通信事業法違反を認めた。

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松 井 志菜子

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含み、これらの情報が世帯毎に関連付けられ家族構成までも整理された一体と

してのデータである。関わりのある一定の範囲の者には既に了知される情報と

はいえ、社会生活上、明らかに私生活上の事柄を含む個人情報は、一般通常人

の感受性を基準にしても公開を欲しないと考えられる事柄であり、プライバシ

ーに属する情報は権利として保護されるべきものである。

またデータの売却行為は、 NTTハローページ京都市南部版に氏名、住所及び

電話番号の掲載が認めるが、明らかに掲載情報を超える内容である。プライバ

シー権侵害については、データネット流出後、不特定者が直ちに閲覧できる状

態になったわけではない。被害は間接的なものといわざるを得ない。

住民基本台帳に載る住民のデータは、プライバシーに属するものとして法的

に保護されるべきものである。従って法律上、住民データは地方公共団体宇治市

が管理し、適正な支配下に置くべきものであろう。データを流出させ、このよ

うな状態に置いたこと自体、プライバシーの権利侵害があったというべきである。

(32)平成13年2月23日京都地裁判決「宇治市住民基本台帳データ漏洩事件」(地判判例集未登載)は平成11年5月、住民基本台帳データ数十万人分が不正流出した事実が判明した事案である。事案は京都府宇治市が住民基本台帳データ(個人連番の住民番号、住所、氏名、性別、生年月日、転入日、転出先、世帯主名、世帯主との続柄など)を使用し乳幼児検診システムの開発を企画し、開発業務を民間業者に委託した。これを再々委託先のシステム開発に関わるアルバイト大学院生が持参した光磁気ディスク(MO)に不正コピーし持出し、無断で名簿業者に販売、更に転売し、市民全員の個人データと外国人登録者のデータなど約22万人分の個人情報データが流出した事件である。宇治市は大学院生を市の個人情報保護条例違反(秘密漏えい)の罪で告発したが、京都地検は1999年12月不起訴処分とした。住民からの損害賠償請求は宇治市にプライバシー権侵害を理由とする責任を認めた。平成13年12月25日の大阪高裁判決(サイバー法判例解説190頁)は、宇治市市議ら住民3人が宇治市に対し、精神的苦痛を被ったとして損害賠償請求と弁護士費用を求めた。大阪高裁はプライバシーの侵害を認めた。大阪高裁は、プライバシーの権利についてデータに含まれる情報、氏名、性別、生年月日及び

住所のみならず、転入日、世帯主名及び世帯主との続柄も含み、これらの情報が世帯毎に関連付けられ家族構成までも整理された一体としてのデータであるとした。関わりのある一定の範囲の者には既に了知される情報とはいえ、社会生活上、明らかに私生活上の事柄を含む個人情報は、一般通常人の感受性を基準にしても公開を欲しないと考えられる事柄であり、プライバシーに属する情報は権利として保護されるべきものである。データに含まれる個人情報は、流出当時は旧住民基本台帳法に基づき記録するものであり(同法第6条、第7条)、同法上は何人でも市町村長に対し閲覧を請求することができ(同法第11条第1項)、住民票の写し又は記載事項に関する証明書の交付請求ができた(同法第12条第1項)。しかし旧住民基本台帳法にも、閲覧や交付請求者には請求事由他、氏名及び住所を明らかにする等、一定の手続の制約を課し(同法第11条第2項、第12条第2項、前記法改正前の住民基本台帳の閲覧及び住民票の写し等の交付に関する省令)、不当な目的が明らかなとき,又は住民基本台帳の閲覧により知り得た事項を不当な目的に使用する虞や他請求を拒むに足りる相当な理由があると認めるときは市町村長は閲覧や交付の請求を拒むことができた(同法第11条第4項,第12条第4項)。また不正手段による閲覧請求や住民票の写しの交付を受けた者は5万円以下の過料に処せられた(同法第44条)。住民基本台帳に関する調査事務の従事者は事務に関して知り得た秘密を漏らしてはならないとし(同法第35条)、違反は刑事罰の規定があった(同法第42条)。同法第36条は市町村長の委託により住民基本台帳又は戸籍の附票

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個人情報・プライバシーの保護

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に関する事務処理従事者は、事務に関して知り得た事項を濫りに他人に知らせたり、不当目的使用はしてはならないとの規定であった。平成11年法律第87号、法律133号、法律第160号による改正住民基本台帳法は住民票に記載されている事項の安全確保等を規定した第36条の2第1項に市町村長は、住民基本台帳又は戸籍の附票に関する事務処理に当たり、住民票又は戸籍の附票の記載事項漏洩、滅失及び棄損防止、住民票又は戸籍附票記載事項の適切な管理のために必要な措置を講じなければならない」と規定する。第36条の2の第2項は、前項規定は市町村長から住民基本台帳又は戸籍附票事務処理の委託を受けた者が受託した業務を行う場合について準用すると規定した。住民基本台帳法上も、住民票データは個々の住民のプライバシーに属する事項として保護、運用する。またデータの売却行為は、 NTTハローページ京都市南部版に氏名、住所及び電話番号の掲載が認めるが、明らかに掲載情報を超える内容である。プライバシー権侵害については、データネット流出後、一定期間インターネット上でデータ購入広告が掲載したが、個々人の住民票データがインターネット上に掲載され不特定者が直ちに閲覧できる状態になったわけではない。データ流出により、不正利用、データ利用の業者等から商品の勧誘を受ける等の具体的被害や住民票データを検索、閲覧事実も主張、立証していない意味において被害は間接的なものといわざるを得ない。しかしデータ中の住民票データはプライバシーに属するものとして法的に保護されるべきものである以上、法律上,それは地方公共団体宇治市が管理、その適正な支配下に置くべきものである。その支配下から流出、名簿販売業者に販売も、不特定者に販売広告がインターネット上に掲載され、それを名簿販売業者から回収したとはいっても完全に回収したか否かは不明である。データ流出させ、このような状態に置いたこと自体、プライバシーの権利侵害があったというべきである。また事業執行性と指揮監督関係については、事業性について、使用者責任の前提となる「事業」は本来的事業のみならず、これと密接不可分の関係にある事業や付随的事業も含まれ、また客観的外形的にみて使用者の事業の範囲内にあれば足りる。乳幼児検診システムは、住民の健康管理を図るために国庫補助金を受けながら構築を計画した健康管理のトータルシステムの一環として開発しようとしたものであり事業であることは明らかである。データ使用の乳幼児検診システムの開発業務を業社に委託し、更に別業者に再委託し、更に再々委託した。再々委託業者の乳幼児検診システムの開発業務は地方公共団体宇治市の事業(少なくとも関連事業ないし付随事業)と言え、事業執行につきデータの売却行為によりプライバシーの権利を侵害した。指揮、監督関係については、民法第715条は「或ル事業ノ為メニ他人ヲ使用スル者」は被用者が

事業執行につき第三者に加えた損害について賠償責任を負うとする。事業のために不法行為者を使用する関係にあることが必要である。使用者と被用者の関係は実質的な指揮、監督関係の有無により決するのが相当である。乳幼児検診システム開発業務を委託は、業務委託契約であり、業務内容が高度の技術性を有するため、専門業者に委託したものであるとしても、業務委託契約書の名称、契約内容(前記秘密の保持等及び再委託の禁止の条項のほか、委託業務の処理方法、施設設備の管理、立入検査、事故発生の通知、検収,損害賠償等の条項が設けてある。)等に照らし、契約の実質は請負契約か業務委託契約かは契約形態の相違にすぎず、いずれにせよ使用者責任の検討には実質的な指揮、監督関係の有無が問題である。アルバイト従業員との間に実質的な指揮、監督関係の有無については、乳幼児検診システムの開発業務について、再委託承認をし、地方公共団体の担当職員は、アルバイト従業員も、委託業者、再委託業者、再々委託業者との打ち合わせに参加し、データの庁舎外への持出も地方公共団体の承諾を求めた。地方公共団体とアルバイト従業員間に、実質的な指揮、監督関係があったと認めるのが相当である。また地方公共団体の選任、監督上の無過失については、業務委託契約書上の秘密保持等に関す

る約定や相当の注意を払うのは、データが個々の住民のプライバシーに属する情報である以上、秘密保持に万全を尽くすべき義務を負うべきである。業務委託契約書には秘密保持等に関する約定及び再委託禁止の約定があったのに、乳幼児検診システムの開発業務の再委託を安易に承認し、業者間では業務委託契約等の締結はなく、秘密保持等に関する具体的取決めも行っていない。データはコピー等による複製が容易に可能であり、勤務時間の関係で、安易にデータの光磁気ディスク(MO)へのコピー持帰りと作業を承諾し、地方公共団体が被用者の選任、監督について相当の注意を払ったとは到底いえない。

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7.2 従業員やアルバイトの指揮、監督関係

個人情報取扱事業者は、使用者と従業員やアルバイトとの間に労働契約があ

り、使用者に指揮命令権がある限り、徹底した情報管理の教育が必要である。

また下請けや業務委託先の事業執行性と個人情報取扱事業者との指揮命令関係

は、事業性について、使用者責任の前提となる「事業」は本来的事業のみならず、

業務の必要性、業務と密接不可分の関係にある事業や付随的事業も含まれ範囲の

広いものとなる。客観的外形的にみて使用者の事業の範囲内にあれば足りる。

検診システムの開発業務は地方公共団体宇治市の事業は、少なくとも関連事

業ないし付随事業といえる。事業執行につきデータの売却行為によりプライバ

シーの権利を侵害したことになる。

指揮、監督関係については、民法第715条は「或ル事業ノ為メニ他人ヲ使用ス

ル者」は被用者が事業執行につき第三者に加えた損害について賠償責任を負う

とする。事業のために不法行為者を使用する関係にあることが必要である。

使用者と被用者の関係は実質的な指揮、監督関係の有無により決するのが相

当である。使用者責任の検討には実質的な指揮、監督関係の有無が問題である。

前述の平成13年2月23日京都地裁判決「宇治市住民基本台帳データ漏洩事件」

においても、地方公共団体とアルバイト従業員間に、実質的な指揮、監督関係

があったと認めるのが相当であろう。

7.3 委託先の秘密保持義務と守秘義務契約

地方公共団体の選任、監督上の無過失については、データが個々の住民のプ

ライバシーに属する情報である以上、秘密保持に万全を尽くすべき義務を負う

慰謝料については、被害はプライバシーに属するデータが流出し、インターネット上でデータ購入の広告が掲載されたこと自体、それによって不特定の者にいつ購入されていかなる目的でそれが利用されるか分からないという不安感を被控訴人らに生じさせた。プライバシーの権利は法的に強く保護されなければならないものであることにも鑑みると慰謝料をもって慰謝すべき精神的苦痛を受けたと判示した。損害賠償額が低い理由は、実害がなくプライバシーの権利侵害の程度や結果が大きくないこと、

宇治市がデータ回収等に努め、市民に対する説明を行い、今後の防止策を講じたなどが理由である。市の控訴を棄却し、原審を支持した。宇治市の住民基本台帳データ漏洩事件は、最終的に漏洩者を起訴できず、訴えを起こした宇治

市側が被害者から訴えられ、プライバシー侵害として宇治市が損害賠償を支払った。この事件当時はプライバシーの権利が争点となり、損害賠償請求となったが、現在であれば平成15年5月に制定した個人情報保護法による行政処分も合わせ実施することになる。プライバシーの権利と個人情報保護法による二本立ての責任追及ができる。平成14年7月11日の最高裁判決(判例集未登載)も市の上告を棄却した。刑事は不起訴であった。

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個人情報・プライバシーの保護

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べきである。平成13年2月23日京都地裁判決「宇治市住民基本台帳データ漏洩

事件」においては、業務委託契約書には秘密保持等に関する約定及び再委託禁

止の約定があったのに、業者間では業務委託契約等の締結はなく、秘密保持等

に関する具体的取決めも行っていない。

委託する場合には、委託先が秘密保持義務や守秘義務契約を守っているか監

督が必要である。更に委託先にも預かったデータの保管に関して安全管理の義

務を明確にしておく必要がある。

データはコピー等による複製が容易に可能である。勤務時間の関係で安易に

データの光磁気ディスク(MO)へのコピー持帰りと作業を承諾し、地方公共団

体が被用者の選任、監督について相当の注意を払ったとは到底いえないのでは

ないか。

判決ではプライバシーの権利は法的に強く保護されなければならないもので

あることにも鑑みると慰謝料をもって慰謝すべき精神的苦痛を受けたと判示した。

損害賠償額が低い理由は、実害がなくプライバシーの権利侵害の程度や結果

が大きくないこと、宇治市がデータ回収等に努め、市民に対する説明を行い、

今後の防止策を講じたなどが理由である。市の控訴を棄却し、原審を支持した。

宇治市の住民基本台帳データ漏洩事件は、最終的に漏洩者を起訴できず、訴

えを起こした宇治市側が被害者から訴えられ、プライバシー侵害として宇治市

が損害賠償を支払った。平成14年7月11日の最高裁判決(判例集未登載)も市

の上告を棄却した。刑事は不起訴であった。

平成16年2月27日の大阪地裁判決「大阪住基ネット訴訟事件」(判例時報1857

号92頁)は、住民基本台帳ネットワークシステムにより人格権等を侵害し、精

神的苦痛を被ったとして住民が居住する各市を相手に国家賠償法第1条に基づ

き損害賠償請求したが棄却された事案である。

平成16年6月30日の富山地裁判決「富山住基ネット訴訟事件」(判例集未登載)

は、富山市住民が、住民基本台帳法に基づき住民に11桁の番号付与行為は憲法

第13条で保障するプライバシー権を侵害する違法な行政処分であり取消しを求

めた事案である。番号付与行為は取消訴訟の対象となる行政処分とは解さず不

適法であるとして却下した事案である。

8 情報化に伴う個人情報保護

最近は国民すべてに番号をつけ国民の個人情報の一括管理を実施している。

クレジット会社、プロバイダア、保険会社、金融機関、会員情報など、絶対

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松 井 志菜子

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に漏れてはいけない個人情報が簡単に外部に流出する事件が起きている。内部

の管理体制の問題、人為的作為的な犯罪、ネットを悪用した情報窃盗、流出の

経緯は様々である。

問題は一旦、流出した情報を、誰が、どの様な目的で、いつ使用するかわか

らないことである。更に、この様な情報は電子ネットによって一瞬にして流通

可能なデータ情報として纏まっている。

紙媒体や人々の記憶に残る情報量とは桁が違う。国民すべての個人情報が悪

用される危険と常に向き合っている。施行する前に、もっと議論、討論をする

べき重要課題であった。国民に番号をつけるメリット、デメリットを洗い出す

必要がある。何が便利になったのだろうか。失うものは何か。国民の意見を聞

かずに行政が主導権を握る、民主主義が根付いていないわが国の現状である。

1980年OECD(経済協力開発機構)のプライバシーガイドラインの後、1988年

に行政機関の保有する電子計算機処理に係わる個人情報の保護に関する法律を

制定した。プライバシーの権利については、自己情報コントロール権 、加え

て自己決定権と学説は変遷している。

個人情報の公開と関係して、情報公開条例、情報公開法の関係から訴訟が増

加している。地方公共団体は情報公開条例を制定し、情報公開制度が確立した。

2000年4月1日には全都道府県が情報公開条例を制定した。市区町村も条例制

定した 。多くの情報公開条例は個人情報やプライバシーについては情報公開

の適用除外事由と規定する。条例や欧米諸国に遅れ、1999年5月に行政機関の

保有する情報の公開に関する法律(情報公開法)を制定した。

今後もプライバシーの概念は、個人情報に対する人々の関心と問題意識の有

り様の変遷によって変わるであろう。1964年の三島由紀夫の「宴のあと」事件

の頃は、プライバシーの権利は私生活をみだりに公開されない法的保障、法的

権利として争った。コンピュータ技術の発達し、電子ネットワーク通信を通じ

てインタ-ネットや e-mailを多くの人々が行うようになると、プライバシーの概

念も移行していくであろう。

9 情報産業の発展とパソコン通信関連事件

パソコンの普及と一般の人々のインタ-ネットへの参加は、パソコン通信の

会社と会員や会員間での様々な紛争を起こした。裁判例を見ていこう。

(34)

(33)

(33)佐藤幸治「プライバシーの権利(その公法的側面)の憲法論的考察」法学論叢86巻5号12頁。(34)平成12年6月30日自治省行政局行政課(現総務省)「情報公開条例(要綱等の制定状況調査の結果

について)」

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個人情報・プライバシーの保護

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平成9年12月22日東京地裁判決「 PC-VANチャット・ログ事件」(判例時報

1637号66頁)は、パソコン通信で会員が他会員による会員番号不正使用の疑惑

を指摘した発言を掲示した行為が従前の経緯に照らし他の会員の社会的評価を

低下させたといえないとして名誉毀損の成立を否定し、プライバシー権侵害、

著作権侵害の主張も退けた。

平成10年1月21日の東京地裁判決「 NTT電話帳事件」は、転居に伴う電話帳

への氏名、電話番号、住所は法的に保護されるプライバシーであるとして、不

掲載の要望にも拘らず掲載した NTTに対し、不法行為に基づく損害賠償、プラ

イバシー侵害として10万円の支払いを命じた。但し電話帳配布先に電話帳の廃

棄を求める文書配布の請求は否定した。

平成11年6月23日の神戸地裁判決「ニフティ掲示板プライバシー侵害事件」

(判例時報1700号99頁)は、パソコン通信の掲示板に他会員の個人情報の無断書

き込み行為をプライバシー権侵害と認めた事案である。一定の目的のため公開

した個人情報であるが、目的外に悪用されたくない、公開目的とは無関係の範

囲には知られたくないと欲することは不合理ではなく、保護されるべき利益で

あり、自己に関する情報をコントロールすることは、プライバシーの権利の基

本的な属性としてこれに含まれるとした 。

平成13年8月27日東京地裁判決「ニフティ「本と雑誌のフォーラム」事件」

(判例時報1778号90頁)は、パソコン通信時代、名誉毀損民事事件で情報発信者

本人とネット管理者の責任を争う判例である。ある会員が他会員の発言により

名誉毀損及び侮辱の被害を受け、プライバシー侵害及び嫌がらせの被害を受け

た。不法行為に対し適切な措置をとらず、精神的被害を受けたとして被告に損

害賠償請求した。東京地裁は対抗言論の考えに立ち、名誉毀損は成立しないと

して請求を棄却した 。

平成14年1月16日の東京高裁判決「早稲田大学名簿提出事件」は、早稲田大

学が中国の江沢民主席の講演会を企画し、平成10年11月28日に講演会を開催し

た際、参加希望学生に氏名、学籍番号、住所、電話番号を名簿に記載させ、警

視庁の要請により名簿を無断で提出した事件である。東京高裁は慰謝料の支払

いは命じたが弁護士費用は認めなかった 。

その他、ローソンのカード会員数十人分の個人情報流出やファミリーマー

ト・ファミマ・クラブの会員の個人情報流出、ヤフー BB個人情報流出は数百万

人という報道もある。これらには謝罪とお詫びの気持ちとしての金券などが送

付されるだけである。

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松 井 志菜子

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1990年代後半に情報ネットワークがインターネットへの移行に伴い、次第に

情報ネットワーク関連紛争もインターネットへと移っていった。

10 情報セキュリティをめぐる危機管理と企業評価

個人情報取扱事業者、民間企業の有する情報の漏洩があれば、経営上の不利

益は大きい。一旦流出した情報の回収は不可能であり、失った企業の社会的信

用や信頼の回復には膨大な時間と費用が掛かる。個人情報の流出、個人データ

の漏洩は、そのこと自体で個人情報取扱事業者の信用を失い、事業や取引にも

多大な影響を与える。企業の売り上げ減少など利益にも重大な影響が出る。

刑事事件に発展することもあるし、民事上の損害賠償請求に応じる費用も膨

大である。訴訟となれば企業の存続問題にも成りかねない状況に追い込まれる

事もある。一旦失われた信用を取り戻すことは容易ではない。多額の損害賠償

(35)平成11年6月23日の神戸地裁判決「ニフティ掲示板プライバシー侵害事件」(判例時報1700号99頁)は、パソコン通信の掲示板に他会員の個人情報の無断書き込み行為をプライバシー権侵害と認めた事案である。タウンページに掲載の眼科医の個人情報、氏名、職業、診療所の住所、電話番号が、ニフティのパソコン通信サービスの掲示板に無断で公開されプライバシー侵害を争った。掲示板に掲載後、無言電話等の、いたづら電話の嫌がらせを受け診療妨害される等、故意に原告のプライバシーを侵害し不法行為を構成するとして、被告に損害賠償責任が認められた事例。書き込み者に対する掲示は、時期、背景、内容等に照らして何ら正当な理由がなく、眼科医の被害を認識、予見してしたと推認でき、故意に基づく不法行為による損害賠償請求、プライバシー侵害を認め、精神症状等に対する治療費と慰謝料の支払い約20万円を命じた。一定の目的のため公開した個人情報であるが、目的外に悪用されたくない、公開目的とは無関係の範囲には知られたくないと欲することは不合理ではなく、保護されるべき利益であり、自己に関する情報をコントロールすることは、プライバシーの権利の基本的な属性としてこれに含まれるとした。

(36)平成13年8月27日東京地裁判決「ニフティ『本と雑誌のフォーラム』事件」(判例時報1778号90頁)は、パソコン通信時代、名誉毀損民事事件で情報発信者本人とネット管理者の責任を争う判例である。パソコン通信サービス上で原告である会員が他会員の発言により名誉毀損及び侮辱の被害を受け、他会員がハンドル名に原告会員の本名を使用しプライバシー侵害及び嫌がらせの被害を受けた。ニフティサーブ管理運営の被告はこれらの不法行為に対し適切な措置をとらず、精神的被害を受けたとして被告に損害賠償請求した。また被告は合理的理由がなく他会員の契約者情報を隠匿、隠蔽し、原告会員の名誉権回復を妨害したとして人格権による差止請求権及び不法行為に基づく妨害排除請求権を根拠に他会員の氏名、住所の情報開示を求めた事案である。東京地裁は対抗言論の考えに立ち名誉毀損は成立しないとして請求を棄却した。

(37)平成14年1月16日の東京高裁判決「早稲田大学名簿提出事件」は、早稲田大学が中国の江沢民主席の講演会を企画し、平成10年11月28日に講演会を開催した際、参加希望学生に氏名、学籍番号、住所、電話番号を名簿に記載させ、警視庁の要請により名簿を無断で提出した事件である。学生が早稲田大学にプライバシー侵害を理由として損害賠償請求をした。東京高裁は慰謝料の支払いは命じたが弁護士費用は認めなかった。慰謝料が低い理由は当該個人情報が個人識別のための単純情報であり、思想信条、前科前歴、資産内容、病歴、学業成績、家族関係などのプライバシー情報と比較して他人に知られたくないと感ずる度合いが低いものであり、開示により被った不利益は現実的、具体的なものではなく、観念的、抽象的なものである。個人情報の開示を違法と認めることにより精神的損害のほとんどは回復でき、提訴の目的も金銭賠償より個人情報の開示が違法であることの確認を求めるという意味が大きいことなどをあげた。

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個人情報・プライバシーの保護

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金額、訴訟による企業ブランドの失墜は、経営の基盤を揺るがさないとも限ら

ない。そのような事態が起こる前に、情報セキュリティや危機管理の体制を見

直す必要があり、厳しく実践しなければならない。

このことは反対に個人情報取扱事業者の個人情報の保護に対する真剣な取り

組みと従業員の認識や自覚を徹底する教育に、個人情報取扱事業者の経営者な

らびに従業員がどの位真剣に取り組んでいるかが評価されることを意味する。

内部の管理や監視体制の強化のみならず、従業員はじめ事業に携わる様々な立

場の人々のセキュリティ意識の向上と教育が必要であろう。マニュアル作りや

労働の現場での規律を徹底的に知らしめる必要もある。内部に働く労働者ばか

りでなく、業務提携先、業務委託先、下請け企業、一時的な従業員やアルバイ

トにも認識を徹底しなければならない。またセキュリティ技術に習熟した監視

体制、未然予防の管理体制が必要である。

企業イメージのアップである。危機管理が徹底しているということである。

退職者への監督と教育の徹底や解雇者に対するトラブルへの対処も万全にし

ておかなければならない。人員削減などにより解雇され、不況のための早期退

職者も最近では多くなった。企業への恨みや腹いせに、あるいは、次の仕事に

役立てようと顧客データを持ち出し、不正使用することもありうるからである。

万一、情報が漏洩、流出する事態が生じた場合の危機管理、被害の拡大を防

ぎ損害を最小に止める対策や原因究明の対策が必要である。また二次被害防止

や再発防止のための危機管理対策を十分に行うことが必要である。

また被害者である個人情報を漏らされた人々への速やかな連絡、苦情処理対

策や紛争処理マニュアルを事前に作成し、教育する必要がある。

個人情報保護法が施行され、既にプラス面、マイナス面がはっきりしてきて

いる。深刻なマイナス面への早急な対処が、立法、政策的にもなされなければ

ならない。

11 インターネット管理者の責任

インターネットの普及は誰でも簡単に不特定多数人に対して情報発信を可能

にした。情報発信を業とし、細心の注意をしているマスメディアも紛争に巻き

込まれる時代である。個人に対するネット上の書込みは内容次第では紛争とな

る可能性が高い。

インターネット上の販売やネット無断掲載等は、インターネットの匿名性が

名誉毀損のために悪用され、書込んだ行為者特定に時間が掛かり困難であるた

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松 井 志菜子

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め、情報発信者ではなく、インターネット管理者が被害者から責任を問われる

事案が増えている。

インターネット管理者の責任を都立大学事件判決で問い、パソコン通信では

ニフティサーブ現代思想フォーラム事件、ニフティ「本と雑誌のフォーラム」

事件など、名誉毀損の民事事件で情報発信者本人とネット管理者の責任を問う

事案がある。確立した明確な基準がなく、インターネット管理者責任が追及さ

れるため、プロバイダアの責任で削除すべき場合なのか模索している。

管理者責任の重さによる発信者情報削除の措置は、同時に情報発信者の通信

の秘密やプライバシーの保護、表現の自由などの人権制限にもつながり、判断

が難しい。

しかし被害者の救済も適正に図る必要があり、誰の目にも明らかな基準、あ

るいはインターネット管理者の責任を限定するなど立法化に向け検討を行って

いる。

また発信者情報開示請求があっても、インターネット管理者が被害者に発信

者の住所や氏名の開示は慎重にやらなくてはいけない。プロバイダアは被害者

か否かを知ることは困難だからである。情報発信者の個人情報、プライバシー

を成りすましの被害者に開示するとし、他人の個人情報を安易に取得できる手

段となるばかりか、報復やストーカーなど他の犯罪事件に発展する危険性を孕

んでいる。その意味でも立法措置が急務である。

12 インターネットを利用した犯罪

12.1 インターネット犯罪

インターネットを利用した犯罪も増えている。裁判例をみていこう。

平成10年2月27日の東京地裁判決「福岡県違法捜索事件」(判例時報1637号

152頁)は、サイバーポルノ事件との関連で捜査手続の違法性を問うた事件で

ある。

平成11年3月9日の浦和地裁判決「ニフティ・スパムメール送信差止事件」

(判例タイムズ1023号272頁)は、ニフティサーブ会員に対する他のプロバイダ

会員からの電子ダイレクトメール送信差止を求めた仮処分申立を認容した。

平成11年3月16日の東京地裁判決「クロロホルム強姦未遂事件」(判例時報

1674号160頁)は、インターネット上で入手したクロロホルム等を用いた強姦未

遂等の事案で実刑判決となった。

平成11年6月22日の東京地裁判決「クロロホルム販売事件」は、京大院生が

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個人情報・プライバシーの保護

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研究室のクロロホルムなど毒劇物や向精神薬を持ち出し、ウェブページ「裏道」

(米国サンタモニカに本社を置くプロバイダアのサーバーを利用)を通じて売り

捌いたとして毒劇物取締法(無許可販売)、麻薬及び向精神薬取締法違反の実刑

判決となった事件である。

平成11年9月28日の千葉地裁判決「ピアノ調律師事件」は、ピアノ調律師が

ウェブ「裏道」を仕入先として毒劇物をネットで再販売し、更に NTT職員に現

金を渡し非公開の電話加入者情報を入手しネットで販売した事案である。 NTT

職員に NTT法違反(収賄罪)を、ピアノ調律師には同法違反(贈賄罪)、毒劇物

取締法違反並びに麻薬及び向精神薬取締法違反を認めた。

平成12年1月31日の東京地裁判決「盗品ネガ無断掲載事件」(判例タイムズ

1046号187頁)は、被用者が会社の同僚の事務用机の引出しからネガフィルムを

盗み出し、これを焼付け自分のホームページに掲載した行為につき、会社の事

業の執行行為とはいえないとして会社の使用者責任を否定した。

平成12年6月19日の名古屋地裁判決豊橋支部「ペット美容師筋肉弛緩剤販売

事件」は、インターネットで自殺願望の女性に自殺方法をアドバイスし筋肉弛

緩剤を郵送した尼崎市のペット美容師の行為につき、自殺幇助罪で有罪とした。

平成13年8月28日の東京地裁判決「日本生命対2ちゃんねる差止仮処分事件」

は、電子掲示板「2ちゃんねる」に誹謗、中傷の書込みをされたとして日本生

命が求めた仮処分申請に基づき、「2ちゃんねる」の管理者に対し書込みの削除

を求める決定を出した。

平成13年8月31日の東京地裁判決「通信傍受法違憲訴訟事件」は、フリージ

ャーナリストが通信傍受法は通信の秘密を保障した憲法に違反し、平穏な生活

を侵害されたと主張し国に損害賠償と同法の無効確認を求めた訴訟である。「通

信の傍受は重大犯罪に限り、令状に基づき行われるもので違憲とは言えない」

として、請求を棄却した。

平成13年9月28日の東京地裁判決「レンタルサーバーデータ消滅事件」(サイ

バー法判例解説16頁)は、被告が自己のサーバーに保管する原告のホームペー

ジのファイルを消滅させたことに関して、原被告間のワールドワイドウェブレ

ンタルサーバーサービス契約にかかる債務不履行に基づく被告の損害賠償責任

を認め、ファイルのバックアップ等の措置をとっていなかったこと等の諸般の

事情を斟酌し、過失相殺として損害の2分の1を減額した。

平成13年10月11日の福島地裁判決「ストーカー規制法違反事件」(サイバー法

判例解説76頁)は、携帯電話のメール交換などで知り合った女性に対する恋愛

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松 井 志菜子

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感情を充足する目的で、ストーカー行為をした事案であり、ストーカー規制法

違反とした。

平成13年12月3日の東京地裁判決「電子メール無断モニタリング事件」(労判

826号76頁、 NBL 734号6頁)は、使用者が従業員の電子メールを無断モニタリ

ングした行為にプライバシー権侵害の責任を否定した事案である 。

平成13年12月19日の福岡地裁判決「電子メール脅迫事件」(サイバー法判例解

説78頁)は、電子メール等を介し交際中の交際相手に対し、メール送信して脅

迫する等の行為をした被告人に対し、脅迫罪等を認めた 。

平成13年12月25日の東京地裁判決「オルタカルチャー日本版事件」(サイバー

法判例解説30頁)は、書籍「オルタカルチャー日本版」の記事による著書「聖

母エヴァンゲリオン」の執筆者に対する名誉毀損につき、記事執筆者、書籍編

集発行会社及び書籍発売会社に対し損害賠償責任を認めた事案である 。

平成14年10月21日の福岡地裁判決「ネコ虐待 HP公開事件」は、猫を虐待する

様子をインターネットで公開した事件で動物愛護法違反を認めた。

平成15年3月14の日東京簡易裁判所判決「通話料金等請求事件」は、電気通

信事業を営業者が、契約者に対し通話料金等の支払を求めた事案である。利用

者が気付かないまま国際電話サービス利用する接続システムを設定した原告が、

トラブル防止のために必要な措置を講せず使用料金支払の請求は信義則に反し

許されないと認めた。

平成15年3月25日の東京地裁判決「ドコモ迷惑メール損害賠償請求事件」は、

携帯電話事業等を営む原告( NTTドコモ)から、迷惑メール防止対策の一環と

して開始した「特定接続サービス」の提供を受けた被告が、これを悪用し大量

の宛先不明の電子メールを送信し、原告が被告に対し、同サービスの約款等違

反の債務不履行に基づき損害賠償金等の支払請求した事件である 。

平成15年3月28日の東京地裁判決「家庭教師派遣業自主規制委員会事件」は、

被告は、原告自主規制委員会が松山地方裁判所において訴外Bと争っている事

件に関して、訴外Bを応援する立場を取っており、インターネット上に書き込

まれた原告自主規制委員会及び同原告の理事長に対する誹謗中傷に対し、異を

唱えることもなく、また注意の書込みをすることもなく同調し、同原告に対す

る誹謗中傷行為であるとする原告らの主張に対し、請求を棄却した事案である。

平成15年3月31日の東京地裁判決「錦糸眼科発信者情報開示請求事件」(判例

時報1817号84頁)は、医療法人が電子掲示板に虚偽を書込まれ営業上損害を受

けたとしてヤフーに対しプロバイダ責任制限法に基づく発信者情報開示請求を

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個人情報・プライバシーの保護

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認容した。 訴え提起後、ヤフーは投稿者のメールアドレスを開示し、本人が原

告側に身元を明らかにして謝罪したが、投稿者が競合医療機関関係者であり組

織ぐるみの疑いがあり、発信元パソコン特定の必要があるとして IPアドレス及

び発信時刻の開示を求めた。

平成15年11月28日の東京地裁判決「オーディション・コム事件」は、タレン

トのインタビュー記事、肖像写真及び音声メッセージを携帯電話サイト「オー

ディション・コム」に掲載し、インタビュー記事等は雑誌「オーディション」

12月号にのみ掲載する旨の合意の成立を認め、これに反したとして債務不履行

責任を認めた。

平成15年12月4日の甲府地裁判決「強盗殺人事件」は、被害者になりすまし

預金の払戻手続きをしてくれる女性をインターネット掲示板を通じて確保した

上で、同棲相手の女性を強殺した事件である。

平成14年2月26日の東京地裁判決「日経クイック情報電子メール事件」(労判

825号50頁)は、電子メールとプライバシーに関する事案である。事案は、被告

会社の従業員宛の誹謗中傷メールの送信者に関する社内調査により社内メール

サーバから発見された原告交信の私用メール等を、被告会社管理職等が閲覧し

たことが、原告のプライバシー侵害に該当する理由で被告らに対し損害賠償等

請求したが、棄却した。

平成14年6月26日の東京地裁判決「2ちゃんねる「ペット大好き掲示板」事

件(動物病院事件)」(サイバー法判例解説42頁)は、インターネット上の電子

掲示板に名誉を毀損する発言が書き込まれたが、削除などの義務を怠り名誉が

毀損されるのを放置した。名誉毀損発言の削除義務があるとして、電子掲示板

の管理者に計400万円の支払と該当発言の削除を命じた判決である 。

平成14年11月12日の福岡地裁判決「“フェミニスト”をやっつけろ!」 HP公

開事件」は、インターネット利用の名誉毀損に関する刑事事件である。

平成14年12月25日の東京高裁判決「2ちゃんねる「ペット大好き掲示板」事

件(動物病院事件)控訴審判決」(判例時報1816号52頁、サイバー法判例解説58

頁)は、削除義務を負わず、名誉毀損が成立しないとして控訴を棄却した事案

である 。(44)

(43)

(38)平成10年2月27日の東京地裁判決「福岡県違法捜索事件」(判例時報1637号152頁)は、サイバーポルノ事件との関連で、捜査手続の違法性が問われた事件がある。捜索差押許可状に基づきインターネット接続会社の管理する顧客管理データを差押さえた司法警察員の処分が、利用者のプライバシー保護を強く要請する電気通信事業法上の特別第二種電気通信事業者に対する捜索差押の適法性判断に利用者のプライバシー保護を十分考慮する必要がある。プロバイダの会員多数のデータ(ホームページ開設者に係るもの)を捜索差押許可状による差押処分が準抗告審で、被疑事実

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松 井 志菜子

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との関連性を認めがたく差押の必要性を認めず取り消した事例である。(39)平成13年12月3日の東京地裁判決「電子メール無断モニタリング事件」(労判826号76頁、NBL 734号

6頁)は、使用者が従業員の電子メールを無断モニタリングした行為にプライバシー権侵害の責任を否定した事案てある。事案は会社の事業部長である被告から、直属アシスタント女性がセクシャルハラスメントを受け、社内ネットワークシステムを用い送受信した女性と夫との私的な電子メールを被告が監視し許可なく閲読したとして、夫婦が不法行為に基づき損害賠償請求した事案である。セクシャルハラスメントの事実は認めず、電子メールの私的使用に一切のプライバシー権がないとはいえないが、保護の範囲は通常の電話装置の場合よりも相当程度低減され、社会通念上相当な範囲を逸脱した監視の場合に限り、プライバシー権侵害となるが、原告らの私的使用の程度が許容限度を超えていることを理由に、監視行為が前記範囲を逸脱したといえないとして請求を棄却した。

(40)平成13年12月19日の福岡地裁判決「電子メール脅迫事件」(サイバー法判例解説78頁)は、電子メール等を介し交際中の交際相手に対し、メール送信して脅迫する等の行為をした被告人に対し、脅迫罪等を認めた。事案は交際相手と電話や電子メールを介して交際していた被告人が、交際相手が別の女性と親密な関係にあるとして同女への嫌がらせ等を企てた。同女夫婦居住のマンション通路侵入は住居侵入罪、玄関ドア鍵穴への接着剤注入等は器物損壊罪、同女の名誉毀損のための紙片撒布が名誉毀損罪、同女の夫の勤務会社への無言電話が業務妨害罪、嫌がらせを内容とするメール送信が脅迫罪に該当するとした。

(41)平成13年12月25日の東京地裁判決「オルタカルチャー日本版事件」(サイバー法判例解説30頁)は、書籍「オルタカルチャー日本版」の記事による著書「聖母エヴァンゲリオン」の執筆者に対する名誉毀損につき、記事執筆者、書籍編集発行会社及び書籍発売会社に対し損害賠償責任を認めた事案である。インターネットによる言論が相当程度まで影響することは明らかであること等を理由に、記事執筆者及び書籍編集発行会社に対しインターネット上の掲示板において1か月間の謝罪文掲載を命じ、インターネットによる謝罪広告でほぼ名誉回復の目的を達しうるとして、主要全国紙上での謝罪広告は否定した。

(42)平成15年3月25日の東京地裁判決「ドコモ迷惑メール損害賠償請求事件」は、携帯電話事業等を営む原告( NTTドコモ)から、迷惑メール防止対策の一環として開始した「特定接続サービス」の提供を受けた被告が、これを悪用し大量の宛先不明の電子メールを送信し、原告が被告に対し、同サービスの約款等違反の債務不履行に基づき損害賠償金等の支払請求した事件である。同サービスは、迷惑メールの大量発信から生じる正常電子メールの遅延解消のため専用接続口を設置したもので、迷惑メール防止のための所定措置を採ることを条件とし、事業者は一定の利用料(固定額)を支払う代わりに、接続口から円滑かつ確実に電子メール送信のサービスを受けることができるというものである。本判決は、同サービスを利用し大量の宛先不明メールの送信禁止の約定に被告は拘束され、電子メール通信料は受信者に課金の仕組みのため、原告は正常なメールが送信されれば受信者に課金しうるのに、宛先不明メール送信では、自己の設備利用に応じた料金を徴収できなくなる。これらが正常メールであり、課金しうる金額が原告の受けた損害を認めるとして、メール1通あたりの平均的な通信料に被告が送信した宛先不明のメール数を乗じた額を原告の損害として認定した(被告の本件行為に関する調査費用と弁護士費用を別途認定)。

(43)平成14年6月26日の東京地裁判決「2ちゃんねる『ペット大好き掲示板』事件 (動物病院事件)」(サイバー法判例解説42頁)は、被告の運営するインターネット上の電子掲示板「2ちゃんねる」において、原告らの名誉を毀損する発言が書き込まれたにもかかわらず、被告が発言削除などの義務を怠り、原告らの名誉が毀損されるのを放置し、これにより原告らは精神的損害等を被ったなどとして、それぞれ被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として損害賠償請求するとともに、本件掲示板上の名誉毀損発言の削除を求めた事案で名誉毀損を認め、「2ちゃんねる」の管理者は、名誉毀損に当たるかどうかの判断をし、名誉毀損に当たる発言を削除する義務を負っているなどとして、管理者に計400万円の支払と該当発言の削除を命じた判決である。

(44)平成14年12月25日の東京高裁判決「2ちゃんねる『ペット大好き掲示板』事件(動物病院事件)控訴審判決」(判例時報1816号52頁、サイバー法判例解説58頁)は、控訴を棄却した事案である。原審被告である控訴人による対抗言論の理論によれば名誉毀損が成立しない、本件各発言の公共性、目的の公益性、内容の真実性が明らかではなく削除義務を負わない。本件にプロバイダ責任

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個人情報・プライバシーの保護

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12.2 刑事罰の導入

個人情報の漏洩、機密情報の漏洩、営業秘密の侵害は昨今、深刻な問題とな

っている。民事的な保護のある営業秘密は、刑事的な保護も見直し、他人の営

業秘密を不正に取得、使用、開示するなど営業秘密に関する不正競争行為の刑

事罰を平成15年の不正競争防止法改正により導入した。

平成13年12月25日の大阪高裁判決「宇治市住民データ流出事件」始め、改正

前は機密情報を奪われても窃盗か業務上横領を問える対象はデータを格納した

媒体(フロッピーディスクなど)のみであった。情報データそのものの持ち出

しの処罰規定が存在せず、漏洩者が有体物を持ち出さない限り責任を問うこと

はできなかった。

しかし改正により情報データだけの持ち出しも条件を満たせば刑罰の対象に

なる。処罰の対象は営業秘密を盗んだ場合であり、当該情報が営業秘密である

か否かの判断は、秘密管理性、有用性、非公知性という3条件充足の場合である。

例えば秘密管理性は社外秘などの表示によって営業秘密であることが分かる

ようにし、アクセス制御を施すなど措置を採っている。アクセス制御の有無は

パスワードによる制限や入退室管理、社内教育による周知徹底といった対策の

有無からの総合判断である。 ISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)

である。専門部署や専門家に任せておく、あるいは、規約やマニュアルを作る

だけでは駄目である。企業が慎重に対策を検討し、教育し、訓練することで従

業員の意識改革を徹底し、人材を育てなければならない。

関連企業や出入りの業者にも情報セキュリティに対する危機管理、厳重な取

り組みを知らしめる対策が重要である。明確な情報管理を厳しく管理する意思

と努力がない限り、不正競争防止法により情報漏洩者に罰則を課す。

12.3 一律規制と除外規制

2005年4月に全面施行した個人情報保護法は、個人情報取扱事業者の有する

個人情報を本人の同意なしで第三者に提供することを禁ずる。しかし処罰の対

象は事業者に限定し、従業員が情報を持ち出しても罰則はない。従業員など個

法を適用し、同法の制定経緯等に照らすとプロバイダは直接名誉毀損に当たる発言をした者ではなく、発言の公共性、目的の公益性、内容の真実性を判断できず、名誉毀損の真実性等の存否もプロバイダの責任を追及する者が主張立証責任を負う。匿名発言も表現の自由の一環として保障すべきである。不正アクセス禁止法の立法過程の議論の結果、接続情報の保存義務を否定することから電子掲示板上の匿名性は削除義務の根拠とはならない等のすべて控訴人の主張を退けた事例である。

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人による個人情報の漏洩に関する刑罰の必要性も課題である。

またマスメディアに対する情報提供や内部告発の中には、社会的に有用、必

要な情報もあり、一律の規制がむずかしい側面もある。住民基本台帳データの

ように原則公開の閲覧制度を悪用した被害や事件が多発し、いつ、どこで自分

の個人情報が他人に知られているかわからないと怯える市民からの苦情や抗議

に敏感に対応しつつ、規制を除外する分野も考慮する必要がある。

13.情報漏洩の責任と危機管理

情報漏洩した人物が従業員の場合、実質的に無過失責任を問う使用者責任

(民法第715条)と平成15年5月制定の個人情報保護法上の様々な責任が加わる。

個人情報保護法では、行政機関は本人からの求めに応じて個人情報の開示や

訂正、利用停止に応じなければならないとの規定がある。

個人情報保護法は、公的機関と民間団体共通の基本理念を規定する基本法の

部分と民間企業である個人情報取扱事業者が負うべき義務を定める一般法の部

分から成り立つ。民間以外の公的機関を対象にした法律もあり、国の行政機関

を対象にした行政機関個人情報保護法や独立行政法人などに適用する独立行政

法人等個人情報保護法もある。

各業界の監督主務官庁は、経済産業省のパブリックコメント、総務省のガイ

ドライン発表など体制が着々と整いつつある。人事関連の対応は厚生労働省の

管轄である。

民間企業については、平成17年4月に個人情報保護法が全面施行されたが、

苦情処理専用窓口の設置など対応が様々である。

14.個人情報漏洩事実の公表

個人情報や顧客情報の流出防止対策、被害拡大防止策、緊急の回線切断措置

など、予想される事態へのあらゆる措置と対策マニュアルが必要である。

個人情報保護法違反には行政処分があり、行政命令違反があって初めて刑事

罰の対象になる。損害賠償請求がなく、個人情報保護法は直接的な被害者救済

の法律ではない。情報漏洩の事前の予防と情報漏洩の危機管理が大切である。

インタ-ネット技術の発展は、パソコン通信や技術的専門知識を持つ人ばか

りではなく、全くの技術的素人の利用を可能にする。便利さ、簡便さ、目新し

さでインタ-ネット通信を利用する一般の人々にも、安心して使える対策が必

要である。平成12年6月30日には自治省行政局行政課(現総務省)「情報公開条

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個人情報・プライバシーの保護

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例(要綱等の制定状況調査の結果について)概説もそれを目指す。

危機管理を徹底しなければならない。 Webページ上での迅速かつ正確な情報

提供やわかりやすい説明、顧客対応の窓口としての専用ホットライン/メール

アドレスも必要であろう。

個人情報漏洩事実の伝達は俊敏かつ正確に公表する必要がある。クレジット

カード情報などの悪用に対するすばやい対応と漏洩情報を元にした架空請求メ

ールやダイレクトメール送付の被害対策を講じることができ、類似事件の防止

や二次被害防止がある程度、可能だからである。

個人情報漏洩事件が頻発し、架空データを用いたゆすり、たかり事件が頻発

し、悪質なゆすりやたかりから自己防衛するためにも、個人情報取扱事業者は

積極的に個人情報漏洩の事実を公表しなければならない。

個人情報を大量に収集、保持する行政機関や企業は個人情報の厳重な管理体

制を敷くことは言うまでもなく、万一の個人情報漏洩の際の危機管理のマネー

ジメントが問われている。

15.医療機関の個人情報とプライバシーの情報

病院は診察を受ける患者の個人の様々な情報を持っている。その中には病気、

家族や親族の病歴、遺伝子情報、 HIV 検査結果、治る見込みの無い重病の診断、

精神的な病い、生活環境など様々な情報が含まれる。

検査結果の情報が本人に知れると重大な精神的な苦痛を与えることもある。

また健康診断の重大で深刻な結果を本人に通知することなく、また本人の承諾

無く検査項目にない検査をして他に漏らしたため、辞職を迫られたり、就職で

きない事件も生じている。

私立病院は個人情報保護法、国立病院は行政機関個人情報保護法、平成16年

4月から独立行政法人国立大学法人に移行した病院は、独立行政法人等個人情

報保護法、都立病院は、東京都の個人情報保護条例の適用などいくつかの法律

が関係する。個人の患者は地域の病院からの紹介状を持って、大学病院に行く

こともあるし縦横に行き来している。その都度、適用する法律が異なり複雑で

ある。

個人情報保護法で規定する個人情報は生存する個人を識別できる情報である。

通常、法人や死者を除外するが、具体的な情報でなくても ID などの記載情報か

ら他のデータベースを利用し、簡単に個人情報を取得できる場合は個人情報と

いえよう。

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プライバシー権は一般には知られていない事柄(非公知性)や、一般の人な

ら公表を望まない事柄であることが必要である。

しかし個人情報保護法では、これらの要件は不要である。個人を識別できる

ことが重要である。従って適用範囲は外部と接触する営業部門ばかりではなく、

社内人事考課の資料を集中する人事部など機関や企業の管理部門にも及ぶ。取

引先の顧客リストや顧客の要望やその対応なども含み、縦割りではなく、部門

を飛び越えた企業の組織全体の取組みが必要である。

16.個人情報保護法違反の刑罰

法律はあっても、実効性を担保し、強制力をどの様にするかが問題である。法

律は社会規範である。市民生活をすべての人々が快適に過ごすための規則である。

当事者間で解決できればいいが、それでも違反をなくすことはできない。違反

者には行政命令が下り、6カ月以下の懲役や30万円以下の罰金を課す場合もある。

17.プライバシーの権利の位置づけ

プライバシーの権利について、判例、学説の変遷はあるが、自己情報コント

ロール権とする説が有力となった 。しかし社会情勢も変わり、プライバシー

の権利について様々な訴訟を抱えたアメリカ合衆国の動向の影響もあり、自己

情報コントロール権の他、自己決定権をも包含するとの意見が出てきた。アメ

リカ合衆国は、プライバシーの権利を憲法上の権利として承認した。更に政府

から個人の私生活を干渉されない権利、個人の自律を保障する自律権としての

プライバシーの権利の保障が議論になっている。

17.1 エホバの証人輸血拒否事件

日本では「エホバの証人輸血拒否事件」において、平成10年2月9日の東京

高等裁判所は次のように判示した。人が信念に基づき生命を賭しても守るべき

価値を認め、その信念に従って行動することは、他者の権利や公共の利益ない

し秩序を侵害しない限り、違法となるものではない。一般的に手術には患者の

同意が必要であり、この同意は各個人が有する自己の人生のあり方(ライフス

タイル)を自らが決定することができるという自己決定権に由来する。輸血の

合意は、救命ないし延命が至上命題ではなく患者の自己決定権が優先されるべ

きであると判示した。平成12年2月29の最高裁判所判決(民集54巻2号582頁)

(45)

(45)佐藤幸治「プライバシーの権利(その公法的側面)の憲法論的考察」法学論叢第86巻5号12頁

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個人情報・プライバシーの保護

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では、患者が輸血を受けることは、自己の宗教上の信念に反するとして、輸血

を伴う医療行為を拒否する明確な意思を有している場合には、この様な意思決

定をする権利は、人格権の一内容として尊重されなければならないし判示した。

この様な人格権は、自己決定権としてアメリカ合衆国でいうプライバシーの権

利になるが、この事案において、最高裁判所はプライバシーの権利には言及し

ていない。

17.2 自己情報コントロール権

個人情報、プライバシーの権利は、紙媒体の有体物に対する財産権に関する

権利侵害として扱っていた。

しかしコンピュータの開発と、その後の技術の発達、個人へのパソコンの普

及により、プライバシー侵害行為や個人情報漏洩事件などが起こり、憲法上の

プライバシーの権利や不法行為法上の人格権として保護する方向性ができてきた。

平成11年10月18日の東京地裁判決「三島由紀夫―剣と寒紅」事件(判例タイ

ムズ1017号255頁)は、三島由紀夫の死亡後、三島由紀夫のすべての著作権を有

していた遺族が、三島由紀夫の未公表の手紙等を掲載した書籍を執筆し、出版

した雑誌、図書の印刷、発行及び販売を目的とする会社に対し、書籍の出版等

の差止め、廃棄、損害賠償の支払及び謝罪広告を請求して提起したものである。

判決は一部認容し、控訴した 。

コンピュータ開発とその後の技術の発達から一般市民に普及し、一気に情報

化社会となった。そして行政機関は積極的にコンピュータを活用しようとして

いる。大量の情報量を効率よく収集、利用、一括処理や分析、蓄積でき、市民

社会への有益な還元が可能であり、従来以上に市民生活向上に役立てたいとい

うことであろう。

しかし、利便性、効率性、一括性の情報処理が可能となった反面、誰でもが、

活用、利用しようと、その個人情報を手に入れようとする。実際に、個人情報

は人為的に、あるいは、インターネットの技術的進化により流出したりする。

その弊害や将来的な悪影響への対策も考えなければならない。正当な目的以外、

本来の目的以外に個人情報を使用する場合の大量データの流出である。一旦、

漏洩した情報は回収が不可能である。一瞬にして世界中どこへでも辿り着いて

しまうからである。そして情報をどの様に用いるかは不明である。情報自体に

商品価値があり売買もできる。特に情報の危機管理体制が万全ではないことが

問題である。

(46)

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紙媒体や写真、肖像など財産権上のプライバシー保護の時代から、個人情報

の大量データファイル化時代のプライバシー保護は、自己に関する情報をコン

トロールする権利(47)という意味のプライバシーの権利に移行してきた。

自己情報コントロール権は、Alan F. Westin(48)が、個人、グループまたは組織

が、自己に関する情報を、何時、どの様に、どの程度、伝達するかを自ら決定

しうる権利と著したことから議論になった。この自己情報コントロール権はア

メリカ合衆国の1970年公正信用報告法が採用した。

プライバシー侵害行為は、マス・メディア報道や出版によるものに加えて、

大量の個人情報漏洩、インターネットを通じた名誉毀損、人格権侵害、プライ

バシー侵害に広がり、損害賠償請求だけでは回復できない被害となっている。

日本における個人情報という言葉は、1975年、社会党が国会に提出した「個

人情報保護基本法案」、「個人情報処理に係る電子計算機等の利用の規制に関す

る法律案」が最初であるとされる 。

日本の判決において、個人情報は、思想、宗教、意識、趣味等に関する情報、

心身の状態、体力、健康等に関する情報、資格、犯罪歴、学歴等に関する情報、

職業、交際関係、生活記録等に関する情報、財産の状況、所得等に関する情報、

社会保険番号やパスポート番号、運転免許書番号、住民基本台帳番号など法律

に基づく個人を特定できる身分証明番号等、個人に関する全ての情報処理が含

まれていると解すべきである(50)とする。

諸外国の個人情報保護関連の法律が用いる言葉は個人データの保護の意味合

いで使う。個人データは識別する、あるいは、識別しうる個人に関するすべての

情報と定義する。 個人データは人種、民族、政治的信条、宗教的信条、身体

的健康状態、精神的健康状態、遺伝子情報、犯罪歴、労働組合への参加、家族

関係、住所、電話、クレジットカード番号、社会保障番号、電子メールアドレス、

生年月日など、個人を識別する、あるいは、識別しうる個人のデータである 。(52)

(51)

(49)

(46)平成11年10月18日の東京地裁判決「三島由紀夫―剣と寒紅」事件(判例タイムズ1017号255頁)は、三島由紀夫の死亡後、三島由紀夫のすべての著作権を有していた遺族が、三島由紀夫の未公表の手紙等を掲載した書籍を執筆し、出版した雑誌、図書の印刷、発行及び販売を目的とする会社に対し、書籍の出版等の差止め、廃棄、損害賠償の支払及び謝罪広告を請求して提起したものである。判決は一部認容し、控訴した。手紙の著作物性については、単に時候の挨拶、返事、謝礼、依頼、指示などの事務的な内容のみの記載ではなく、三島由紀夫の自己作品に対する感慨、抱負、Y3の作品に対する感想、意見、折々の心情、人生観、世界観等が、文芸作品とは異なり、飾らない言葉を用いて述べ、三島由紀夫の思想又は感情を、個性的に表現したものであることは明らかであるとして、手紙に著作物性を認めた。また著作権関係では、手紙の複製権侵害を認め、著作者が存していれば著作者人格権侵害となる行為であり、著作権法第60条違反行為につき故意又は過失があったとした。出版活動に従事する出版局長の職にあれば、書籍出版に際し、他人の著作権侵害に注意すべき義務があり、注意義務を怠り、複製権の侵害及び著作権法第60条違反行為

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個人情報・プライバシーの保護

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18.個人情報は自己管理が第一歩

パソコンや携帯電話を買い換えに際し、廃棄処分するときに、コンピュータ

ーに集積した個人情報の流出、不正利用について、常に警戒しなければならな

い。データが完全に消去がなされないまま処分したパソコンから情報データを

抜き出し、売買する場合もある。

行政や個人情報取扱事業者に自己の個人情報を提供する場合には、利用目的

を確認する。知らない業者からのダイレクト・メールや不信な勧誘などが届いた

ら、個人情報の利用停止の請求や苦情を申し立てるなり、自己の個人情報の開

示を請求するなり、自分の情報は自分で守る姿勢が重要である。

につき過失があるとして、共同不法行為を認めた。名誉回復措置についても認めた。平成12年5月23日東京高裁の控訴審は一審判決を支持し棄却した。平成12年11月9日、最高裁は執筆者側の上告棄却の決定をした。手紙という私信を著作権上の著作物とすることによって、個人の財産権上の利益を保護し、個人のプライバシーの権利を守った事案である。

(47)Individual’s right to control the circulation of information

(48)Alan F. Westin, “Privacy and Freedom”(1967)(49)堀部政男「個人情報・プライバシー保護の世界的潮流と日本」法学セミナー404号32頁(50)横浜地裁判決平成元年5月23日(判例タイムズ700号144頁、判例時報1360号67頁)。福岡地裁判決

平成2年3月14日(判例タイムズ724号139頁、判例時報1360号92頁)。東京高裁判決平成3年5月31日(判例時報1388号22頁、判例タイムズ766号109頁)。福井地裁判決平成6年5月27日(判例タイムズ884号135頁)。

(51)OECDプライバシーガイドラインの第1条(b)。1985年発効の欧州評議会「個人データの自動処理に係る個人の保護に関する条約(Convention for the protection of Individuals with regard to automatic

processing of personal data, ETS No.108§2a)。EUの域内機関及び組織による個人データ処理に係る個人の保護及び当該データの自由な移動に関する2000年12月18日の欧州議会及び理事会のNo.45/2001(EC)規則(Regulation(EC)No45/2001 of the European Parliament and of the Council of 18

December 2000 on the protection of individuals with regard to the processing of personal data by the

Community institutions and bodies and on the free movement of such data, Official Journal L8,12/1/2001)(52)アイルランド、イギリス、ドイツ、ベルギー、モナコのデータ保護法。イタリアの個人情報デー

タにかかわる個人及び法人の保に関する法律。オーストリア、オランダ、スウェーデン、スロベニア、ポーランド、リトアニアの個人データ保護法。ギリシアの個人データに係る個人の保護に関する法律。スロバキア、チェコの情報システムにおける個人データ保護法。デンマークの公的機関におけるデータファイルに関する法律、民間機関におけるデータファイルに関する法律。ノルウェーの個人データ・ファイリング・システム等に関する法律。ハンガリーの個人データの保護及び公共デンマークの公的機関におけるデータファイルに関する法律。ルクセンブルグのデータ処理に係わる個人データの利用規制法。

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個人情報・プライバシーの保護

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