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〈内閣府経済社会総合研究所「経済分析」2002年第166号〉 266ワークショップにおける質疑応答およびコメント 本研究プロジェクトでは,平成 14 5 17 日にワークショップを開催した. ワークショップにおいては加納悟氏(一橋大学経済研究所教授),村澤康友氏(大 阪府立大学経済学部助教授) および渡部敏明氏(東京都立大学経済学部教授)を コメンテーターに迎え,報告へのコメントおよび質疑応答が行われた.以下は, その概要の紹介である. 村澤氏のコメント 景気を明確に定義しないと,モデル分析で何が行われているのか分かりにく くなる.景気の定義には,統計学的定義と経済学的定義がある.このうち,統 計学的定義については,今日も共通因子やレジームという形で取り上げられて きたし,こういうことを考えるんだ,ということについては進歩したのであろ う.しかし,それらの経済学的意味は不明.例えば,山の高さ,谷の深さが指 数によって異なってくることの解釈ができない.やはり,経済学的定義が必要. 分かりやすいのは,月次実質 GDP が広く受け入れられるのではないか.最近 Kalman フィルタが時系列因子分析の発展という形の中で,月次実質 GDP を推 定することもできる,Stock-Watson 指数を月次 GDP に関係付けていく方向性 もある.景気の定義は,今日の議論の中では統計学的なものであったが,経済 学的な定義も大事である.DI CI の役割について,Conference Board の解説 の中では,明確に完全に同じ指標から作られても別の情報と役割を担っている, とされている.そういう考え方もありえる.DI 系と CI 系に最近の指数を分け ると,ロジット型指数や Regime Switching Model については,DI 系に入る.そ れは基本的には0 から1 とか,0 から100 といった数字で表されて,0.5 とか50 とかいったところを超えたかどうかで景気が拡張しているか後退しているかと りあえずの情報が得られる,速報型のモデルである. CI 系としてStock-Watson 型指数,いいかどうかはともかく,これは数字に意味がある,というタイプ.こ 2つの将来の発展系としては,DI 系としては,既に Regime Switching Model が考えられているわけではあるが,値にそのまま確率的な意味がある指数に発 展していけば,直感的に分かりやすいし,役に立つ.CI 系の発展系としては,

ワークショップにおける質疑応答およびコメント · 2018-12-10 · ワークショップにおける質疑応答およびコメント -267- 月次実質 gdp

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〈内閣府経済社会総合研究所「経済分析」2002年第166号〉

-266-

ワークショップにおける質疑応答およびコメント

本研究プロジェクトでは,平成14年5月17日にワークショップを開催した.

ワークショップにおいては加納悟氏(一橋大学経済研究所教授),村澤康友氏(大

阪府立大学経済学部助教授) および渡部敏明氏(東京都立大学経済学部教授)を

コメンテーターに迎え,報告へのコメントおよび質疑応答が行われた.以下は,

その概要の紹介である.

村澤氏のコメント

景気を明確に定義しないと,モデル分析で何が行われているのか分かりにく

くなる.景気の定義には,統計学的定義と経済学的定義がある.このうち,統

計学的定義については,今日も共通因子やレジームという形で取り上げられて

きたし,こういうことを考えるんだ,ということについては進歩したのであろ

う.しかし,それらの経済学的意味は不明.例えば,山の高さ,谷の深さが指

数によって異なってくることの解釈ができない.やはり,経済学的定義が必要.

分かりやすいのは,月次実質 GDP が広く受け入れられるのではないか. 近

Kalman フィルタが時系列因子分析の発展という形の中で,月次実質 GDP を推

定することもできる,Stock-Watson 指数を月次 GDP に関係付けていく方向性

もある.景気の定義は,今日の議論の中では統計学的なものであったが,経済

学的な定義も大事である.DIとCIの役割について,Conference Board の解説

の中では,明確に完全に同じ指標から作られても別の情報と役割を担っている,

とされている.そういう考え方もありえる.DI系とCI系に 近の指数を分け

ると,ロジット型指数や Regime Switching Model については,DI系に入る.そ

れは基本的には0から1とか,0から100といった数字で表されて,0.5とか50

とかいったところを超えたかどうかで景気が拡張しているか後退しているかと

りあえずの情報が得られる,速報型のモデルである.CI系としてStock-Watson

型指数,いいかどうかはともかく,これは数字に意味がある,というタイプ.こ

の2つの将来の発展系としては,DI系としては,既に Regime Switching Model

が考えられているわけではあるが,値にそのまま確率的な意味がある指数に発

展していけば,直感的に分かりやすいし,役に立つ.CI系の発展系としては,

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ワークショップにおける質疑応答およびコメント

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月次実質 GDP のような,経済学的に意味のある解釈をできるような指数の方

がより意味があるのではないか.中間的な指数については,DI系という解釈の

仕方も,CI系という解釈の仕方もできて,どちらも改善しているのではないか.

ただ,2つの役割を持つ2つの指数があっていい,ということであるならば,中

間的な指数を,DIを改善するという解釈と,CIを改善するという解釈との2つ

の解釈が成り立つのではないか.その場合にどちらの解釈かによって,例えば

指数を構成する指標とか,スクリーニングする点の捉え方も変わってきていい

のではないか.逆に単なる中間的な指標なのに,2つの役割を否定してしまう,

というのはいい方向性ではないのかもしれない.3つ目として,モデルの中で,

Regime Switching Model とロジットモデルの分析もなされているが,私の分類

では,両方ともDI系の指数と似た意味を持っている.

私の現時点の感触では,2項応答モデルのロジット型指標の方が,便利で,使

いやすく望ましいと思う.理由の一つは,2項応答モデルでは,加納先生が従前

から主張されているように,過去の景気局面の判断はもう分かっていて,これ

を情報として利用していることである.これに対して Regime Switching Model

では,過去の景気判断は観測されているとは仮定していない.それは不利な点

ではないか.

それから,2項応答モデルは,指標に対して直接適用できる.また,複数の変

数に対しても直接適用できる.それに対して,Regime Switclling Model では,

少なくとも今回の報告にあるようなシンプルなケースでは,1変数に対して適

用するので,DI やCI にしてから適用している.しかし,DI やCI の背後には

元の指標があるわけで,2段階に作られている.それなら 2項応答モデルで直

接的に使える方がいいのではないか.

それから更に重要かと思われるのは,指標の選択の問題である.今回の報告

でもロジットモデルでの情報量基準などによった選定が行われているわけだが,

それは基本的にはそのモデルに対して 適な選択ということであって,他のモ

デルを使うときにそれが 適かどうかはわからない.そういう観点から,指標

の選択が簡単にできる2項応答モデルというのは非常に便利ではないか.

後に一つだけ付け加えると,加納先生も渡部先生も恐らく Regime Switching

Model と時系列因子分析をくっつけたようなモデルの話をされると思うが,それ

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に関して私が考えているのは,ダイナミックファクタ,Regime Switching Model

は2つの特徴があって,一つは Stock-Watson 型指数を改善したものであるCI

型指数,もう一つは景気後退確率を予測するDI型指数.今の話からは基本的に

はDI型の確率を求めるのであれば2項応答モデルの方がいいと思うが,一方で

因子モデルの因子の平均を,一定ではなくてスイッチングにするのは拡張,一

般化してだけなので,CI型のものに関しては,スイッチングモデルも意味があ

るのではないか,と考えている.決してスイッチングモデルを否定しているわ

けではない.スイッチングモデルそのものは否定的に考えているが,スイッチ

ングモデルと因子分析をつなげたものに関しては決して否定しているわけでは

ない,ということは申し上げておきたい.

渡部氏のコメント

日本経済新聞社が内閣府経済社会総合研究所景気統計部から委託された「新た

な景気指数の試作に関する調査研究」において,Stock-Watson モデル,Hamilton

モデル,Kim-Nelson モデルを推定しているので,特に4章と5章についてコメ

ントしたいと思う.

今回の報告書では,色々なモデルのサーベイ,推定を行っているが,Stock-

Watson モデルと Hamilton モデルを組み合わせた Kim-Nelson モデルだけは,

報告書の参考文献に名前が挙がっているだけで,文中に解説が無いのが残念で

ある.Stock-Watson モデルがうまく行かなかったので,その拡張である Kim-

Nelson モデルもうまく行かないだろうということで取り上げなかったのかもし

れないが,Kim-Nelson モデルは 尤法では推定できないので,Kim-Nelson は

Markov-chain-Monte-Carlo(MCMC) 法を用いたベイズ推定法を提案している.

こうした推定法は重要なので,推定法を中心に Kim-Nelson モデルについても解

説が欲しかった.例えば,今日の報告で,Stock-Watson モデルは誤差項の分布を

t 分布に拡張すると推定できないというお話があったが,あくまでもそれは

尤推定ができないということであり,MCMC 法を使えばベイズ推定することが

できる.詳しくは,Watanabe (2001) を参照して頂きたい.報告書にも,Kalman

フィルタを用いると誤差項の分布に正規分布を仮定しなければならないので動

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ワークショップにおける質疑応答およびコメント

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学的因子分析モデルは余り一般性がないという記述があるが,それは正しくない.

次に,Stock-Watson モデルや Kim-Nelson モデルのような動学的因子モデル

を日本のデータに応用した場合にパフォーマンスが良くないのは,私は日本の

CI一致系列の算出に用いられているマクロ変数の動きがばらばらであることに

原因があるのではないかと考える.Watanabe (2002) のTable 1(B),(C) に日本

のCI一致系列の算出に用いられているマクロ変数の変化率の相関係数と自己

相関係数が計算されているが,それによると,概して変数間の相関は低く,また,

各変数の自己相関はマイナスのものもあればプラスのものもある.具体的には,

「有効求人倍率」「所定外労度時間指数」といった労働関連の変数が正の自己相

関を持っているのに対して,それ以外の変数はすべて負の自己相関を持ってい

る.因子モデルは複数の変数から共通の因子を抽出しようとするものなので,こ

のように動きがばらばらで共通の変動があまり見られないような変数を用いる

と共通因子をうまく抽出できないと考えられる.

そのことを裏付けているのが,Watanabe (2002) の Kim-Nelson モデルの推定

結果である.そこでは4つのデータセットを用いて推定を行っている.データ

セット1と2は,Fukuda-Onodera (2001) が Stock-Watson モデルの推定のため

に用いているものである.データセット1は正の自己相関を持っ労働関連の変

数を2つとも含み,変数間の相関係数が低いのに対して,データセット2は労働

関連の変数は「所定外労働時間指数」だけを含み,それを除いて変数間に強い正

の相関がある.データセット3はデータセット1から「大口電力需要量」を除い

たもので,これは日経BIの算出に用いられているものである.データセット4

はデータセット2から「所定外労働時間指数」を除いたものである.データセッ

ト4は,労働関連の変数を全く含まないので,すべての変数の間に強い正の相関

が存在する.もし動学的因子モデルが相関が強く似通った動きをする変数を用

いた場合にパフォーマンスが良いというのが正しければ,データセット2と4で

パフォーマンスが良いはずである.そのことを示しているのが,Figure 2(B) と

4である.それらはそれぞれデータセット2と4を使って Kim-Nelson モデルを

推定した場合の景気が後退期にある事後確率を図示したものである.いずれも

事後確率は0%から100%の間を大きく変動しており,また,その変動は内閣府経

済社会総合研究所が発表している景気後退期にうまく対応している.それに対

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して,Figure 1(B) と3に示されているように,相関の低い変数を組み合わせた

データセット1と3では,事後確率の変動幅が小さくなっている.特に,データ

セット3を用いた場合には,事後確率は50%の回りのごく狭い範囲を変動して

いるだけで,これでは景気の転換点を推定することはできない.このことから,

Kim-Nelson モデルは相関の強い変数を用いた場合にパフォーマンスが良いこと

がわかり,これは同じ動学的因子モデルである Stock-Watson モデルについても

当てはまると考えられる.ただし,日本の場合,相関の強い変数だけを組み合わ

せようとするとどうしても生産関連の変数に偏ってしまうので,できるだけ多

くの部門から相関の強い変数をいかに選択するかが今後の課題と言えよう.

後に,今回の報告書のp.181の(4.1)式1の右辺に含まれているのはΔC だけ

で,その過去の値は含まれていない.そうすると,すべての変数が同じ時点で転換

することになる.これはきつい仮定なので,各変数の転換点の多少のずれを考慮

に入れ,ΔC ,ΔC といった過去の値も含めた方が良い.私が Stock-Watson

モデルを推定した時も,そうした過去の値は統計的に有意であった.

加納氏のコメント

まず Stock-Watson モデルに関し否定的な話をしたうえで,私の考え方を述べ

ようと考えている.その前に,全般的なコメントを簡単にしたい.

ここでの問題点は,景気の定義がはっきりしないので,指標として何を作って

いいかよくわからない,ということである.私もかつてDIとCIの中間にある

符号化有意検定に基づく指標の作成を試みたが,その動きはよくなかった.も

ちろん,いい結果が出ればそれはそれでいいのではないか,とも思うが,本報

告書にはまだ説得的でないところがあると思う.

まず3章の Neftci モデルから入りたい.ここでロバストという点で気をつけ

た方がいいことがある. 適予測基準という逐次的な式はそれぞれ確率に後退

期と拡張期における情報の分布の違いを巧く利用して,その尤度の違いに重み

(確率分布,確率密度)をつけて計算した形となっている.その重みがロバスト

に推定できるかが重要であって,平均をロバストに推定するわけではない,と

1ワークショップのもの.本報告書ではp. 111の (4.1.1) 式以下.

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ワークショップにおける質疑応答およびコメント

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いうことである.正規分布にするのはすそを薄くすること.t 分布はすそを厚く

するわけだから,両方の重なりが大きくなって値が近づくことになる.情報と

して何をとってきても,実際には分布がゆがんでおり,そんなに簡単に正規分

布,t 分布というわけではいかない.むしろそれならDI,CIを 初からプロッ

トしておいて,簡単にスムージングだけして,ノンパラメトリックに高さだけ

ピックアップして,高さの比を見て等,別途ウェイトを推計するほうがロバス

トな考えに近いのではと思った.

4章は変数選択の影響が大きい,それに注意すべきというのは私も同感であ

る.というのは,因子分析がそもそもそういうものだからである.過去の転換

点をみて,ヒストリカルDI (HDI) でうまく転換点に近いものを選択するとい

う手順は少し危ない気がする.というのは,一つ転換点を当てる変数が見つか

れば,それに似た変数が比較的たくさん含まれてしまう.注意して選択せねば

ならない.かえって外れた変数をも選ぶのがいいかもしれない.

Stock-Watson が駄目だという理由として,識別の問題以外に 適解が複数あ

るということが挙げられるが,これは非線形の尤度関数を 適化する際常に起

こることである.いわゆる初期値問題で,初期値を何処にとるかというのが問

題になるが,もっと簡単なバージョンで計算している時には,初期値をCIなど

を使って回帰分析をやってその答から求めていくと簡単に求まり,大体落ち着

く.報告書では,4つの局所 大値がでてきたということだが,二つずつ識別で

きないケースがあるという理由なら,うしろの例の答えももっとたくさん出て

くるはずである.4つの例のうちの 初の例だけが2つプラスとマイナスが混じ

り,違う山がある.後ろの例では4つばらばらに出てくるものもあるが,もっ

と混ざって出てくるはずで,山の形状が完全に把握されていないというように

思える.収束させるための初期値の設定や収束条件はどうなっているのか.さ

らに と という,全く違う値の線形結合をとるのは意味ないのではないか.

全然違うところに山が2個ありそれら2個の間を調べたときに,関数値が落ち

込んでいくのは当然で,そこを調べても意味がないのではないか.

6章は,昨年の中間報告では他の部分から独立しているというコメントが出

た.マクロ経済学の観点から,景気循環がどのように理解されているかに関し

て,近年における景気循環理論の展開を概観することにより,経済動向指標が

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何をどのように把握すべきであるかを考えるための視点を求めている,とある

が,結論がわからない.また,ここで行われている計算について,もう少し詳し

く述べて欲しい.古典派の世界で動学的に先を読んで 適解を求める場合,ど

うやって解を求めるのか.解が求まっているのかいないのか.効用関数の形に

よって解が解ける場合とそうでない場合があるが,これはどちらなのか.

6.1.9式は技術に確率変動を入れているが,それ以前のところで出てきた解は,

少しでも循環するのか,それとも定常状態に収束していくのか.循環を説明す

るのは,結局技術進歩が循環するからなのか,そうでないのか.解が循環しな

い場合,技術進歩に循環するデータを入れて,その結果循環を説明をするのは

奇妙.さらに,技術進歩の推定の際,それを残差から推定するのは,生産関数

の残りの部分が,景気循環から古典派の世界で生産関数を除いて,説明されな

いものを全部技術と見て,その技術に循環を導入し説明を試みるのはトートロ

ジーであり,循環を説明したことにならないのではないか.

米日の例について,米のデータ特性として,変動が小さすぎたと指摘してい

たが,端的な例では,予測は大体スムーズであり,真ん中に集まる.標準偏差

を計算すると小さくなるのが普通である.日米を比較するときは,フィルタに

よる違いに注意しないと,予測値は回帰分析では平均的な値となるから,それ

と比べるのは不公平という気がした.データの比較のところで,相関係数は大

体 1/√ のオーダでばらつくことを考える必要があり,結論が統計的に検証さ

れていない印象も受けた.表現の問題なのかもしれないが,もうすこし書き方

を考えて欲しい.

特にパラメータが重要でないというのであれば, 低限センシティビリティ

アナリシスをやって,少しデータの設定を変えても答えは変わらない,といっ

てくれればわかるが,答えを一個だけで入れて議論しているから,循環とのつ

ながりがよくわからない.

さて今日配布したプリントは,4章と5章に関連して,私が一橋大学の「経

済研究」に書いた論文から抜粋したものであり,Stock-Watson モデルに関する

データ分析を行ったものである.今までの Regime Switching Model の特徴は,

過去のレジームは観察できないとしているのに対し,そこでは過去のレジーム

が全部観察できると想定している.従来の Regime Switching Model では推定す

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ワークショップにおける質疑応答およびコメント

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るための尤度関数の情報としてはY しか利用されえず,レジームに関する条件

付分布として推測できないことが問題を複雑にしている.それゆえ多重積分が

必要なだけでなく,周辺分布を求めるための計算が膨大な組み合わせの数だけ

必要で大変ややこしくなる.これに対し,過去のレジームがわかっているとす

れば,計算が楽になるというのが基本的な考え方である.景気については,過去

何十年前の景気が今更変わるということはなく固定された既成事実である.例

え景気基準日付のようなものが変えられたとしても,転換点前後数か月が変わ

るのみで他は大きくは変えられない.ここがファイナンスの応用と全然違うと

ころであろう.現在の景気は第13循環で,転換点は20数個しかないという状

況である.過去のほとんどの景気転換点は間違いないのだから,利用しない手

はない,というロジックになる.そうすると過去のレジームが観察できるとし

て,拡張期,縮小期のどちらであるかがわかるとしたときに Stock-Watson モデ

ルを解いたらどうなるか,というものである.

変数選択による解の不安定性に関しては,昔からやっている研究として,こ

こに景況感(日銀短観)のデータを入れることによって安定させている.(加納

論文p. 181)

推定結果において,(' のついたものがダミー変数)Φ0,Φ' 0,Φ1,Φ' 1,この' のt

値が有意であれば,レジームによってモデルが違うことになる.日本の景気循

環に有意なのは,Φ' 0 のみである.違ったモデルを想定するのは構わないが,そ

れは高々平均の違いのみである,ということがわかる.また,下の第2のとこ

ろの は分散の違いを見たパラメータである.拡張期と後退期においてばらつ

きが違うのかをみたところ, は0.81で,有意ではなかった.無条件の分散と

いうことで,分散も景気の拡張期と後退期で違うとはいえないということが分

かる.ただ,切片が違う,定数項が違うことから,異なるモデルを想定するこ

とには意味があるという結論になる.

このモデルは単純で,推定も単純である.尤度をチェックすることにより,こ

のモデルを景気基準日付に適用できる.その結果,第13循環の山は 2000年 8

月であり,10月ではないことがわかる.また 近の景気の谷は2001年1月と考

えられることがわかる.

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ワークショップにおける回答とその後の補足

美添

1.村澤氏のコメントに対して 2項応答モデルを直接扱う方が,Regime Switch-

ing Model(局面推移モデル)よりも扱いやすいという指摘はそのとおりであ

る.景気の転換点に関する情報の扱いは違うものの,両者とも上昇局面と下降

局面において確率分布が異なることを想定しており,その分布も「過去の景気

基準日付」に基づいて定められるという点では,類似した考え方である.さら

に,本文中に示したように,2項応答モデルをベイズ的に考えて事後確率を求

めていると解釈すれば,両者の違いはさらに小さくなる.なお,これも本文中

に記したように,ロジットモデルは正規分布以外の指数分布族を想定しても導

出されるという点で,若干広い適用可能性を持っていると言える.このモデル

に,両局面それぞれにおける確率分布が,時間とともに少しずつ変化していく

というモデルを加えれば,より現実的になると考えられる.そのようなモデル

は多数あるが,ひとつの例として,美添 (1994) をあげておく.

村澤氏が 後に指摘した,局面推移モデルと組合わせた因子モデルの有効性

については,直ちには判断できないが,Stock-Watson Model(時系列因子分析

モデル)に関しては,ここでもわれわれの判断を明らかにしておきたい.

このモデルの問題点は1因子モデルを仮定し,推定された因子を景気と定義

するということである.これに対する「景気の客観的な定義を与えた」という

主張には賛成できない. 初から分析に利用する4系列を前提としている議論

であることから,改めて景気を定義したというより,因子を抽出しただけと見

なすことが適切であるが,それよりも技術的な問題として,1因子モデルが極

めて制約の強いモデルであることを指摘する必要があろう.通常の多変量解析

において,1因子モデルが近似としてもほとんど成り立たないことから考えて

も,経済データにこのようなモデルを適用することは非現実的であると判断さ

れる.

2.渡部氏のコメントに対して Stock-Watson Model (時系列因子分析モデ

ル)に関しては,まず,われわれの Kalman フィルタに対する指摘は,本来の

Kalman の考え方を念頭においたものである.Kalman フィルタはt 期までに与

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ワークショップにおける質疑応答およびコメント

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えられたデータを使った逐次的な推定の更新が簡便にできるという点が本来の

意義である.条件付期待値,条件付分散の評価式に明示されているように,こ

の点で,Kalman の発想は正規分布に直接結びついている.もちろん,原理的に

は条件付分布の平均と分散を評価するという手法を非正規分布に用いることも

可能である.実際,Harvey もそのような主張をしているし,その場合に MCMC

などの計算機集約的な手法を用いることも,現時点の計算機であれば必ずしも

非現実的ということではない.しかし,このような手法に対する懐疑的な見解

が今回の分析における問題意識であり,頑健統計学の考え方と探索的データ解

析を重視する立場からは, も重要な点であることを改めて指摘しておきたい.

すなわち,非正規分布を想定するのであれば,Kalman フィルタ以外の方法を

用いることが統計的手法の自然な利用方法である.「動学的因子モデル(われわ

れの用語では時系列因子分析モデル)は余り一般性がないという記述があるが,

それは正しくない」とのコメントを頂いたが,以上の意味で理解すれば,統計

的手法の立場からは当然の判断と考えている.

次に,Kim-Nelson モデルの推定は本報告書には収録しなかった.渡部氏の指

摘のとおり,時系列因子分析モデルに大きな限界があると判断したことが,そ

の理由である.この点について,詳細に理由を説明する必要があると思われる.

繰り返し指摘しているように,Stock-Watson の時系列因子分析モデルでは1因

子モデルという強い制約を持ちながら,推定すべき母数の次元が高い上に,尤

度関数が極めて扱いにくい形状をしていることが確かめられた.Kim-Nelson モ

デルは,これよりさらに多数の母数を持つモデルであり,その挙動を詳細に検

討することは生産的でないと判断した.実際,われわれが時系列因子分析モデ

ルの推定に利用したのは,Kim and Nelson (1999) で紹介されているアルゴリ

ズムを適用したプログラムであり,例外的な初期値を選択しない限り収束しな

い場合が多いことは,4章の結果で明らかにしている.

Kim-Nelson モデルに関するコメントおよび MCMC などのベイジアンの手法

に関しては,長くなるので,後ほど改めて回答を用意したい.

渡部氏の議論の中で,変数選択に関するものは興味深く聞かせていただいた.

われわれの変数選択の実験では,全ケースの組合せを調べているので,渡部論

文にある組合せも入っていたはずであるが,個別の系列の相関に基づいて組合

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せを検討することは考えなかった.われわれの目的は,従来の景気指標に近い

挙動を示す指標を作るためには,現在の11系列の使用を絶対的な前提とする必

要性は高くないということを示すことにあって,具体的な指標を提案すること

ではない.また,Neftci モデルに比較的近いものが相対的に優れているという

結論を導きはしたが,これを 終的な指標として利用するという結論までは出

していない.そのため,渡部論文のように具体的な組合せを提案することは想

定していなかったということである.また, 初の問題意識に記したように,わ

れわれの研究においては,どのような系列を採用すべきかは対象外の問題とし

ており,指標選択は参考のため,という位置付けの実験である. 終的な手法

を選択する際には,当然ながら,どのような系列を採用するかまでさかのぼっ

て検討する必要があり,その範囲は現行の11系列とは限らない.その際,渡部

論文のような視点は有用であろう.

しかしながら,1因子モデルの制約の強さを考えると,時系列因子分析モデ

ルに関しては何らかの根本的な修正が必要であり,他のモデルの方が柔軟な拡

張可能性を持っていると思われる.

また,相関の高い系列を中心に採用するという操作には,統計分析上の通常

の注意が特に強く求められる.多変量解析においてよく知られているように,意

図的に相関の高い変数を集めた分析においては,因子寄与率を見かけ上高める

ことができるが,それは本質的な分析とは言えないものである.

いずれにしても,変数選択の問題は景気の定義の問題そのものとも言えるわ

けで,この問題は,本報告書で扱った時系列因子分析モデルなどの手法によっ

ては解決できないものである.

経済的に意味を持つものとしては,本報告書の冒頭で今回の分析の対象外と

規定したものではあるが,GDP を月次で推定するというものが考えられる.村

澤氏も経済的定義の例として指摘しているが,このような方法が,唯一,明確

に景気を定義できる方法であろう.

3.加納氏のコメントに対して Stock-Watson Model(時系列因子分析モデル)

の推定に関する困難については,非線形の尤度関数を扱う場合,常に起こる問

題であるとの指摘はそのとおりである.しかし,今回の分析によって,例外的に

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ワークショップにおける質疑応答およびコメント

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扱いにくい形状を持った尤度関数であることが示されたという点が重要である.

極めて多くの初期値を発生させた実験からも分かるように,回帰分析によって

定めた初期値から容易に収束解が得られるとは言えない.今回の多数の実験で

も,収束しない初期値のケースの方が圧倒的に多かった.4変数でも収束させ

ることは難しいが,これが5変数,6変数となると,推定は格段に困難になる.

尤度関数の形に関しては,4章の図のように 2つの局所的な山の間に非常に深

い谷が存在するような形であることを明らかにしており,このことには大きな

意味があるものと考えている.

加納 (2002) で採用している手法は,景気基準日付の情報を利用するわけで,

確かに Regime Switching に比較して,計算ははるかに容易になっている.結果

についても説得的なものであることは賛成する.拡張も比較的容易であると考

えられ,有力な方法であろう.

しかし,時系列因子分析モデルや局面推移モデルは,過去のデータに基づい

て確率モデルを定めるという問題はさておき,形式的にはモデル自身で景気局

面を導こうとしているのであるから,計算量に差が出るのはやむを得ないとい

う面もある.

補足 1.頑健統計学について 本文中にも繰返し記載した経済データ分析の視

点は, 近の計量経済分析とは多少の距離があるように思われる.そこで,探

索的データ解析および頑健統計学の視点から見たデータ解析,特にベイズ統計

の手法について,基本的な考え方を再確認しておきたい.

まず,統計的データ解析に関しては,何故 J. W. Tukey がそれまでの数理統

計学を否定して,新たな視点としてデータ解析という研究方法を提唱したのか

を理解する必要がある.この問題については,美添 (1999) に紹介しているので,

詳しくはそれを参照して頂きたいが,その概要は以下のとおりである.

R. A. Fisher による「平均偏差 よりも標準偏差 の方が優れている」と

いう議論は1920年頃のことであるが,誤差分布として正規分布を想定すること

によって初めて精密な議論が可能になったと言われるものである.このような

「厳密な仮定の下での 適性」の議論は,統計学を精密科学に高めたと評価さ

れ, 近までの数理統計学の主流であった.同じ頃 Student と Fisher によって

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導入されたt 分布も,似たような考え方に基づいている.すなわち,観測値の

分布が正規分布であることを前提として,母集団平均に関する厳密な推論を導

いているのである.Fisher のような議論がなされる前の統計学においては,大

量のデータが集められることを前提としている.その分析は大数の法則と中心

極限定理の応用によって理解できる.そうすると,Fisher 以前と以降の決定的

な差は,データの分布について厳密な仮定をおき, 適性に基づく議論を行う

かどうかにあると言っても過言ではない.

ところで, と の比較は 1960 年代になってもう一度取り上げられた.

Tukey は,現実にわれわれが分析の対象とするデータは,たとえ十分に管理さ

れたものであっても,厳密な正規分布とはいいがたいことを認めて,一つの近

似として混合正規分布を想定した.そうすると,現実的な分布に対しては は

に比較して性能の劣る統計量であることが明らかにされる.ここで学ぶべき

も重要なことは,厳密なモデルの下での 適性は,モデルがわずかに変化し

ただけで失われることがある,という点である.

われわれが正規分布にもとづいた議論をするときでも,その根拠は「現実の

データが従う分布が正規分布で近似される」ということであって,理論の想定

と現実の分布とに多少の違いは認める必要がある.そうすると,仮定するモデ

ルがわずかに違うときに結論が大きく変化するような手法は好ましくない.そ

れまでの数理統計学,特に多変量正規分布から導かれる分布論などは厳密な仮

定にもとづく議論が中心であり,実際のデータ解析にはほとんど役に立たない

ということになる.現実的なデータ解析について豊富な経験を持つ Tukey が数

理統計学を否定して,新たにデータ解析という概念を提唱し,EDA の手法の研

究を始めた背景は以上のようなものであった.

実際は,Tukey が否定した数理統計学は,狭い意味の数理統計学と考えるべ

きであり,頑健統計学がこの問題提起への一つの回答と考えることができる.

1970年代に入ってから,頑健統計学と呼ばれる分野で大きな進展が見られた.

この分野における 初の体系的な著作を著した P. J. Huber によれば,頑健統計

学の基本的な視点は,モデルとして想定している仮定のすべての妥当性を疑い,

モデルが厳密に成立しない場合の統計的手法の安定性,有効性を検証すること

である.たとえば,平均やメディアンなど,母集団の位置の尺度を推定する問

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ワークショップにおける質疑応答およびコメント

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題では,観測値の分布として正規分布を想定した場合の 適性が,正規分布と

わずかに異なる分布でどのように変化するかが扱われる.同様に,回帰分析で

は回帰式が線形でない場合に,線形性の下で導かれた推定方法ないし予測方法

の 適性がどう変化するかも扱われる.すぐに分かるように,このように整理

した形では,頑健統計学の目指すところは,究極的には EDA と同一である.ま

た,頑健統計学の考え方は,数理統計学の否定ではなく,その新たな拡張であ

る.頑健統計学のその手法については,1.4で解説しているので,ここでは,以

上の意義だけを確認しておく.

補足 2.ベイズの手法について ベイズ統計の手法に関する美添の基本的な考

え方は,論理整合性と手法の柔軟性の2点であり,後者は Tukey の批判に応え

ることができるという意味で,EDA の視点にも共通する部分がある.この理解

は L. J. Savage や J. W. Pratt など,ベイズ統計学を再構成した中心的な統計学

者によるものであるが,このように理解すると, 近,一部の統計分析および計

量経済分析で利用されているベイズの手法は,本来の趣旨に逆行し,Tukey の

批判した古い数理統計学と同じような問題点を含んでいることも明らかとなる.

このような解説は美添 (1983, 1996) に記されているが, 初の点は以下のよ

うに要約されている.

ベイジアン統計の手法は,その原理が論理的な矛盾を含んでいないた

め,素直なモデルを作成して事後分布を求めれば,ほとんどの場合に有用

な結論を得ることができる.これに対して,標本理論では標本分布に基づ

く判断をするという以外には統一的な原理がなく,問題に応じて不偏性,

一致性,信頼区間などを導入しなければならないが,その開発は天才的な

統計家によってなされたものである.結局,ベイジアン統計学は「天才で

なくても,間違いの少ない結果を自然に得ることができる手法」として理

解することができる.

また数値計算の手法については,以下のように記している.

1980年代までは,ベイジアンの応用には計算上の困難がつきまとって

いた.標準的な問題では解析的に事後分布を評価すればいいが,そのよう

な簡単な問題におけるベイジアンの結論は,解釈の違いを除けば標本理論

の結論と同じようなものであった.一方,標本理論で解決が困難な問題に

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対して,ベイジアンでは事後分布を求めればいいとしても,実際には高次

元の数値積分を効率的に評価する必要があった,したがって,複雑な問題

では実用性という点から限界があった.

今日では,マルコフ連鎖・モンテカルロ法 (MCMC,またはMC 2) と呼

ばれる手法が取り入れられ,事後分布を解析的に評価することが難しい問

題でも,数値計算によって比較的容易に事後分布を求めることができるよ

うになった.

(途中省略)

この手法は今日のように高速な計算機環境が安価に入手できるようになっ

てから実現できたものである.理論的な問題として収束および精度の評価

があるが,この点については基本的なマルコフ連鎖の理論が利用できるほ

か,いくつかの方法が研究されている段階である.むしろ,実際の問題と

しては,数値計算の収束を正しく判定できるか,という点が重要であるよ

うに思われる.以上のような計算機手法の発達により,標本理論によって

は解くことが不可能であるような複雑な問題でも,ベイジアンによれば解

答を求めることができるようになってきた.

実は, 尤推定についても古典的な 尤法ではなく,D. A. S. Fraser (1976)

や Kalbfleish and Sprott (1970) など,尤度関数を直接評価する議論によれば,

ベイズ統に適用されている数値計算の手法がそのまま利用できる.したがって

「古典的な 尤推定は不可能だが,ベイズ統計なら推定が可能である」という評

価は,統計分析の手法を限定的に理解したときにのみ,あてはまる表現である.

情報を持つ事前分布を活用するなど,ベイズ統計でなければ構築が難しいモデ

ルを扱うのでない限り, 尤推定値の推定かベイジアンの事後分布の評価かは,

結局,解釈の差以上の意味を持たないと考えるべきであろう.

以下,ベイズ統計の第2の特徴として,回帰分析の分野における柔軟な拡張可

能性の例と,複雑な問題に関する官庁統計における応用例を示している.そこ

では,当然ながら情報を持つ事前分布の効果的な利用方法が中心である. 後

に以下のような「利用上の注意点」を記している.少し長くなるが,美添 (1996)

から引用しておきたい.

ベイジアンの原理は論理整合的であるため,容易に矛盾を避けること

ができる.また,複雑なモデルに対しても,数値計算の手法を利用するこ

とによって事後分布を評価することが可能である.

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ワークショップにおける質疑応答およびコメント

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それにもかかわらず,統計的データ解析に際してはデータ処理に関する

十分な考察が必要である.Berger (1995) では,アメリカにおける乗用車

の燃費のデータに関して

= ′ + ′ ∗ +

という,複雑なモデルの推定を論じている.ここでyijk は第 i メーカー

の第 j モデルの第 k 観測値の燃費 (の対数) を表しており,x ( i j k) は乗用車

の特性を表すベクトル, は固定的効果を表すベクトル,' は転置の記号,

x*( i j ) はメーカーとモデルの特性, は変動係数を表すベクトルである.さ

らに に関しては事前の知識から 10 > 0, 4 ≦ 5 ≦ 6などが知られて

おり, i j ~ N ( ,V ), ( j =1, ..., J ) かつ は AR(1) 過程に従うなど

と仮定している.これほど複雑なモデルになると,標本理論では実質的に

解くことは不可能となり,ベイジアンの手法は確かに有効である.

しかし,本当にこれほど複雑なモデルが必要なのだろうか? 実は筆者も

類似のデータを分析したことがあるが,このデータの問題点は強度の非線

形性が観察されるところにある.Berger は被説明変数の対数を取ることに

よって非線形性を和らげようとしているようだが,その程度の変換では不

十分なのである.筆者の選んだ変換は,y の逆数とx(ここでは排気量)の

3乗根である.このような変換を求める手法として EDA を活用したが,物

理的な量としても意味があるものを選んだことに注意されたい.このよう

な状況であれば比較的簡単な線形回帰モデルによっても十分な分析ができ

るものと筆者は考えている.

この例のような注意深い準備作業の上で,なおかつ複雑なモデルを推定

する必要があれば,そのときこそベイジアンの強力な分析手法がその力を

発揮することになろう.ベイジアンの手法は悪いモデルに対しても利用可

能であるが,統計家のデータを見る能力に代替可能なものではない.

もうひとつ,あまり感心しないベイジアンの利用方法も見かけるように

なってきた.それは,単に MCMC などの新しい手法を使って論文を書く

ことを目的としているとしか考えられない種類の分析例が増えてきている

ことである.この傾向は特に計量経済の分野で,これまでベイジアンの手

法をほとんど利用したことのない人たちに見られる.

ベイジアンの手法が本当に有効なのは,経済的な知識を統計モデルの中

に取り入れるように事前分布を工夫することを通じてである.ごく一般的

な,ただし相当程度複雑なモデルを作り,情報のない事前分布を想定し,

MCMC を適用することによって事後分布を評価した,というだけなら,べ

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イジアンである必然性はどこにも見出せないし,練習問題以上の価値はな

いと思うのは筆者だけだろうか?

本報告書の主題である経済データ分析においても,以上の注意があてはまる

と判断したことが,今回,ベイズ統計の適用に関して抑制的な姿勢をとった理

由である.一方で,ベイズ統計の柔軟な特徴を生かしたモデルの構築と効果的

な分析の可能性は高いものと考えていることも,改めて主張するまでもないで

あろう.

勝浦

Regime Switching Model(局面推移モデル)とロジット・モデルのどちらが

より有効であるかについては,必ずしも,ロジット・モデルの方がよいとはい

えないと考える.文献によって,ロジット・モデルの方が優れているという場

合と,局面推移モデルの方が優れている場合とがあり,完全に決着はついてい

ないと思う.パフォーマンスの違い以外の両者の大きな相違点は,ロジット・

モデルの推定には,景気の拡張・後退という二項変数に関して完全に情報があ

ることが前提となるが,局面推移モデルでは拡張・後退の確率自体を推定する

ことが目的であるという基本的なスタンスの違いである.特に,直近時点近辺

で景気が拡張・後退のどちらの局面にいるのかがわからないときには,局面推

移モデルの方が利用しやすいであろう.もちろん,加納先生のおっしゃる通り,

過去の日付についての情報はあるので,それを積極的に推定に利用するという

方向性は正しいと思う.ただし,DIや CI などで作成した基準日付と公式の基

準日付は若干異なっていることは,注意すべきだと思う.

また,DIとCIの守備範囲はそもそも異なっており,把握しようとする対象が

異なるという認識は必要である.しかし,DIとCIには長所・短所があり,その

両者だけで短所を完全に補えるものではない.そこで,本研究で提示したよう

な両者の長所を取り込んだ頑健な景気指標という観点も必要であると思う.特

に外れ値が含まれることが多い経済データの場合は,重要な観点であると思う.

実際,局面推移モデルなどでも,正規分布をあてはめることに何も疑問を感じ

ないで実際のデータに応用されることが多いのは,気になる点である.そうし

た分析に疑問を投げかけるのも,本研究の1つの意義である.

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ワークショップにおける質疑応答およびコメント

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また,景気指標または景気指数を作成するための指標の選択の問題だが,こ

れは景気の定義とも関連して, も重要な問題の1つであると考えれらる.選

ばれた指標が同一であれば,様々な景気指標を作成する,あるいは異なった景

気分析法を適用したとしても,ほぼ似たような結果が得られると指摘されるこ

ともある.本報告書では,指標選択の問題をロジット・モデルを使って取り上

げているが,この問題自身は別の機会に徹底的に検討する必要があるだろう.

塩路

加納氏の第6章に関するコメントに対して

コメント 1: どのようにして解を求めているのか ここでは実物的景気循環理

論の標準的な方法に従っている.まず消費者・企業の 適化の1階の条件を求

める.次に,これらの条件と市場均衡の条件式をともに対数線形近似する.そ

して横断性の条件を課すことにより,均衡経路が一意に定められる.このよう

に,均衡解は明示的に求められている.ただし,この解はあくまで,対数線形

近似された式を前提とした,近似的なものである.

コメント 2: 解は循環するのか 第6章で見ているモデルでは,選ばれたパラ

メータの組み合わせのもとで,技術水準の確率的変動がなければ経済は定常状

態に単調収束する.したがって,このモデル化された経済がある種の変動を示

すのは,技術の変動が入っているからである.このアプローチに対する先生の

ご批判は,マクロ経済学界におけるこの理論の批判と一致しており,傾聴に値

するものである.このアプローチをとる学者の視点に立つと,おそらく彼らは

循環を説明することを分析の主眼としておらず,循環が起きることを前提とし

てその過程における諸変数の動きの特徴をモデル上で再現することに主たる興

味をいだいているためにこのようなアプローチをとっているものと思われる.

コメント 3: モデル解の変動が小さすぎるのは問題とはいえない 一般論とし

てはおっしゃるとおりである.ただしこの場合は,先のコメントにもあったと

おり,モデル経済の変動の要因を,全要素生産性変化率という,GDP データか

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ら直接推定されたものに求めている.とするならば,このモデルが GDP の変

動の大きさをかなり正確に再現できたとしても,当てすぎということにはなら

ないのではないか.

コメント 4: 結論が統計的に検証されていない これはカリブレーションのア

プローチをとる分析に共通の弱点であり,今後検討を深めて行きたい.

ワークショップの参考文献

Berger, J. O. (1995) “Recent Developments and Applications of Bayesian Anal-

ysis,” ISI, IP1-1, pp. 3-14.

Fraser, D. A. S. (1976) Probability and Statistics, Theory and Applications,

Duxbury Press.

Kalbfleisch, J. B. and D. A. Sprott (1970) “Application of likelihood methods

to models involving large numbers of parameters,” JRSS, ser. B, vol. 52.

加納 悟 (2002) 「景気動向のモデル分析―そのフロンティア―」一橋大学『経

済研究』第53巻第2号,pp. 173-187.

Mariano, R. S. and Y. Murasawa (2002) “A New Coincident Index of Business

Cycles Based on Monthly and Quarterly Series,” PIER Working Paper

02-014. (To appear in Journal of Applied Econometrics)

Watanabe, T. (2002) “Measuring Business Cycle Turning Points in Japan with

a Dynamic Markov Switching Factor Model, “Discussion Paper No. 2002-

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美添泰人 (1983) 「ベイズの手法による統計分析―部分的なサーベイと今後の

展望」竹内 啓 編『計量経済学の新展開』東京大学出版会,第6章

美添泰人 (1994) 「ベイズの手法による分布ラグモデルと季節変動の分析」一

橋大学『経済研究』第45巻第2号.

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ワークショップにおける質疑応答およびコメント

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美添泰人 (1996) 「ベイジアン統計学はいつでも有用か」,『統計』,第47巻第2

美添泰人 (1999) 「探索的データ解析法の考え方」,ESTRELA,1999年8月号,

pp. 2-8