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Vol.10 No.1 2017 9Journal of Healthcare-associated Infection 2017; 10: 9-17 9 れた 1) 。現在は、飛沫感染とともに接触感染も指摘され ている 2,3) 近年では、インフルエンザの流行期に全職員がサージ カルマスクを着用し、面会者にもマスク着用をお願いし 伝播防止に努めている施設も珍しくない。しかし、イン フルエンザ対策におけるサージカルマスクの明らかな有 1.はじめに インフルエンザは、本来、飛沫感染に分類されていた が、2005-2006 年の鳥インフルエンザ世界的流行に際し て、空気感染防止のためのマスク着用の必要性が指摘さ Original article サージカルマスクのインフルエンザ予防効果 岡﨑悦子 1,2 ,森山由紀 1,3 ,小林寬伊 1 1 根岸感染制御学研究所 2 横浜市立市民病院 3 医療法人五星会 菊名記念病院 Effect of Surgical Mask to Prevent Influenza Transmission Etsuko Okazaki 1,2 , Yuki Moriyama 1,3 , Hiroyoshi Kobayashi 1 1 Negishi Infection Prevention and Control Centre 2 Yokohama Municipal Citizens Hospita 3 Kikuna Memorial Hospital 背景:インフルエンザ流行期に全職員や面会者がマスク着用し、伝播防止に努めている医療施設も珍しくない。 しかし、サージカルマスクの明らかな有効性は報告されていない。 目的:サージカルマスク着用に関する病院規定とアウトブレイク発生からサージカルマスクのインフルエンザ予 防効果を検討する。 方法:認定感染制御実践看護師の所属施設を対象に、施設規模、サージカルマスク着用に関する病院規定の有無 および着用対象者と場面、さらに着用期間、インフルエンザ・アウトブレイク発生についてアンケートを行い、サー ジカルマスクに関わる要素とアウトブレイク発生について解析を行った。 結果 111 施設中 71 施設より回答が得られた。規定を有する施設は 51 施設、対象は全職員、全職員と面会者、全職員・ 面会者・外来者、着用期間は地域流行期間や病院独自に設定およびこれらの組み合わせであった。アウトブレイ クは 71 施設中 55 施設で発生し、病院規定の有無、および対象者や着用場面の規定有無とアウトブレイク発生に は有意差は認められなかった。 考察:サージカルマスクの着用を義務付けただけでは、有効な予防効果はなかった。規定の有無やサージカルマ スクに関わる要素とアウトブレイク発生について解析したが、インフルエンザ予防効果を示すには限界があった。 効果を評価する上では、その着用遵守状況や手指衛生、ワクチン接種、予防投与等様々な要因も把握する必要が ある。 Key wordsサージカルマスク、インフルエンザ、院内伝播防止、 (病院)規定

サージカルマスクのインフルエンザ予防効果(10) 医療関連感染 -10- 効性は報告されていない4-6)。 そこで、サージカルマスクの着用状況とアウトブレイ

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Page 1: サージカルマスクのインフルエンザ予防効果(10) 医療関連感染 -10- 効性は報告されていない4-6)。 そこで、サージカルマスクの着用状況とアウトブレイ

Vol.10 No.1 2017 (9)Journal of Healthcare-associated Infection 2017; 10: 9-17

- 9 -

れた 1)。現在は、飛沫感染とともに接触感染も指摘され

ている 2,3)。

近年では、インフルエンザの流行期に全職員がサージ

カルマスクを着用し、面会者にもマスク着用をお願いし

伝播防止に努めている施設も珍しくない。しかし、イン

フルエンザ対策におけるサージカルマスクの明らかな有

1.はじめに

インフルエンザは、本来、飛沫感染に分類されていた

が、2005-2006 年の鳥インフルエンザ世界的流行に際し

て、空気感染防止のためのマスク着用の必要性が指摘さ

■ Original article

サージカルマスクのインフルエンザ予防効果

岡﨑悦子 1,2,森山由紀 1,3,小林寬伊 1

1 根岸感染制御学研究所

2 横浜市立市民病院

3 医療法人五星会 菊名記念病院

Effect of Surgical Mask to Prevent In�uenza Transmission

Etsuko Okazaki1,2, Yuki Moriyama1,3, Hiroyoshi Kobayashi1

1 Negishi Infection Prevention and Control Centre2 Yokohama Municipal Citizens Hospita3 Kikuna Memorial Hospital

背景:インフルエンザ流行期に全職員や面会者がマスク着用し、伝播防止に努めている医療施設も珍しくない。

しかし、サージカルマスクの明らかな有効性は報告されていない。

目的:サージカルマスク着用に関する病院規定とアウトブレイク発生からサージカルマスクのインフルエンザ予

防効果を検討する。

方法:認定感染制御実践看護師の所属施設を対象に、施設規模、サージカルマスク着用に関する病院規定の有無

および着用対象者と場面、さらに着用期間、インフルエンザ・アウトブレイク発生についてアンケートを行い、サー

ジカルマスクに関わる要素とアウトブレイク発生について解析を行った。

結果:111施設中 71施設より回答が得られた。規定を有する施設は 51施設、対象は全職員、全職員と面会者、全職員・

面会者・外来者、着用期間は地域流行期間や病院独自に設定およびこれらの組み合わせであった。アウトブレイ

クは 71 施設中 55 施設で発生し、病院規定の有無、および対象者や着用場面の規定有無とアウトブレイク発生に

は有意差は認められなかった。

考察:サージカルマスクの着用を義務付けただけでは、有効な予防効果はなかった。規定の有無やサージカルマ

スクに関わる要素とアウトブレイク発生について解析したが、インフルエンザ予防効果を示すには限界があった。

効果を評価する上では、その着用遵守状況や手指衛生、ワクチン接種、予防投与等様々な要因も把握する必要が

ある。

Key words: サージカルマスク、インフルエンザ、院内伝播防止、

(病院)規定

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(10) 医療関連感染

- 10 -

効性は報告されていない 4-6)。

そこで、サージカルマスクの着用状況とアウトブレイ

クについて実態調査を行い、サージカルマスクの現実的

なインフルエンザ予防効果を検討したため報告する。

2.方  法

2.1 アンケートによる実態調査の基本情報

調査対象は、2010 年度第 1 回- 2016 年度第 7 回に、

東京医療保健大学大学院感染制御実践看護学講座を修了

し、厚生労働省より認定された認定感染制御実践看護師

の所属する施設であり、それらに対し表 1 のような調査

用紙を送った。調査の趣旨を文書により説明し、調査対

象期間は 2016 - 2017 年流行時(2017 年 3 月 31 日まで

の状況)とし、医療機関の基礎情報、サージカルマスク

着用に関する病院規定の有無やその対象者、着用する場

面、着用期間、アウトブレイク発生の有無と発症者等を

質問項目とした。2017 年 4 月各施設に郵送し、1 か月間

の回収期間とした。

なお、今回の調査では、インフルエンザ・アウトブレ

イクの定義を「同時期に 3 例以上の集団発生」とした。

2.2  サージカルマスク着用のアウトブレイク防止

効果に関する評価

病院規模やサージカルマスク着用に関する病院規定の

有無、サージカルマスク着用状況、アウトブレイク発生

等について単純集計、次に、規定内容の構成要素ごとに

回答数を算出した。サージカルマスク着用に関する病院

規定の有無とアウトブレイク発生状況、および着用対象

者あるいは着用場面の規定有無とアウトブレイク発生状

況、実施期間の基準に「地域の流行宣言から終息まで」

を入れた設定と地域の流行を考慮していない施設のアウ

トブレイク発生について、それぞれ Microsoft Excel 2013

でカイ 2 乗検定(自由度 1、有意水準 5%)を行った。

サージカルマスク着用対象者別のアウトブレイク発生

回数の分布をみるために、基本統計量を算出した。

表 1 調査用紙

――――――――――――――――――――――――――――――――――― 2017 年 4 月

各位殿

マスク調査

根岸感染制御学研究所

小林寛伊 担当 岡崎悦子

森山由紀

今年のインフルエンザは、大きな流行に成ったようですが、電車の中では予防のためと思わ

れるマスク着用がかなりの乗客に認められ、タクシードライバーにも予防的着用が多く認められ

ます。 扨、インフルエンザは、本来、飛沫感染に分類されていましたが、2005-2006 年の鳥インフル

エンザ世界的流行に際して、空気感染防止のためのマスク着用の必要性が指摘されました(空

気感染指摘の文献、〇Blumenfled HL, et al. J Clin Invest 1959; 38: 199-212.〇Moser MR, et al. Am J Epidemiol 1979; 110: 1-6.)。 高価な N95 マスクではなく(安い N95 は活動時息苦しさを感じます)、主たる感染経路とも思

われる飛沫感染を防止可能なサージカルマスク着用によってアウトブレークを防止できればと、

その現実的効果の程を検討する目的でこの調査を企画いたしました。ご多忙中恐縮ながら、ど

うぞよろしくご協力くださいますようお願い申し上げます。 以上

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

Page 3: サージカルマスクのインフルエンザ予防効果(10) 医療関連感染 -10- 効性は報告されていない4-6)。 そこで、サージカルマスクの着用状況とアウトブレイ

Vol.10 No.1 2017 (11)

- 11 -

―――――――――――――――――――――――――――――――――― ご回答のお願い

(個人情報漏洩防止に努めます)

回答者ご氏名: ご施設名:

ご住所: 病床数: 床 2016 年度平均在院日数: 日

回答者所属部署: 電話番号: E-mail:

調査

2016 年 ― 2017 年のインフルエンザ流行時 (2017年3月31日までの状況で該当する項目の〇に✓を付けてください)

1. サージカルマスク着用についての病院規定(全病院的指示)

〇 なし 〇 あり “あり”の場合 (1) 対象は(複数回答)

〇 全職員 〇 職種限定 : ○医師 〇 看護師 〇 薬剤師 〇 検査技師

〇 臨床工学士 ○リハビリスタッフ 〇 患者給食病棟担当者 〇 外来事務職員 病棟事務職員 〇 清掃職員 〇 その他(職種記載):

○ 面会者 ○ 外来者(業者等を含む)

(2) 着用する場面は ○ 業務中(一日中)着用 ○ 患者に接するとき ○ その他 :

2. サージカルマスク着用の実施期間 ○ 病院で設定(例:10 月~翌 2 月) 月 日~ 月 日 ○ 地域の流行宣言から終息まで ○ 施設内でアウトブレーク発生後~終息まで ○ その他:

3. インフルエンザ・アウトブレーク(多発)*の有無 *アウトブレーク:同時期に 3 例以上の集団発生

〇 なし

〇 あり (回数 回) “あり”の場合、

それぞれの発症者、A、B 型あるいは臨床診断のみの症例数をご記入ください 発症者 A 型 B 型 臨床診断のみ

記入例

○患者のみ ○患者、職員ともに ○職員のみ

1 回目 ○患者のみ ○患者、職員ともに ○職員のみ

2 回目 ○患者のみ ○患者、職員ともに ○職員のみ

3 回目

○患者のみ ○患者、職員ともに ○職員のみ

4 回目 ○患者のみ ○患者、職員ともに ○職員のみ

5 回目 ○患者のみ ○患者、職員ともに ○職員のみ

4. 自由記載

ご多忙中恐縮ですが、4月30日(日)までに返信用封筒でご回答ください。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

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(12) 医療関連感染

- 12 -

3.結  果

3.1 アンケートによる実態調査の基本情報

3.1.1 回答施設の基礎情報

アンケートは、111 施設中 71 施設(回収率 64.0%)、

25 都府県の各施設から回答が得られた。医療機関の規

模は、病床数 299 床までの中小病院 37 施設(52.1%)、

300 床以上の大規模病院 34 施設(47.9%)であった。平

均在院日数は、10 日未満 7 施設(9.9%)、10 日以上 20

日未満 41 施設(57.7%)、20 日以上 10 施設(14.1%)、

その他 13 施設(18.3%)であった。

3.1.2 病院規定の有無

71 施設のうち、サージカルマスク着用について「病

院規定のない」施設は 20 施設(28.2%)、「病院規定のある」

施設は 51 施設(71.8%)であった。

3.1.3 サージカルマスクの着用対象者

サージカルマスクの着用対象者について、規定を有し

ていた 51 施設の回答を集計したところ、11 施設(21.6%)

は全職員のみを対象とし、14 施設(27.5%)は全職員と

面会者を、23 施設(45.1%)は全職員・面会者・外来者

を、1 施設(2.0%)は職種を限定して、また 1 施設(2.0%)

は面会者のみを、さらに 1 施設(2.0%)は職種限定と

面会者を着用対象者として、それぞれ規定していた。

着用対象者の構成要素に着目し集計したところ、48

施設が全職員を対象に含め、39 施設が面会者を、23 施

設が外来者を対象に含めて規定していた。

3.1.4 サージカルマスクの着用場面

サージカルマスクの着用場面について、39 施設

(76.5%)は「業務中」の着用を規定し、10 施設(19.6%)

は「患者対応時」を、2 施設(3.9%)は「業務中と患者

対応時」をそれぞれ規定していた。

3.1.5 サージカルマスクの着用期間

サージカルマスクの着用期間について、71 施設の回

答を集計したところ、表 2. のとおり、26 施設(36.6%)

は「地域の流行宣言から終息まで」を設定し、17 施設

(23.9%)は「病院独自」に○月から○月までと期間設

定し、6 施設(8.5%)は「施設内アウトブレイク発生後

から終息まで」を、さらに 11 施設(15.5%)はこれら

を組み合わせて期間設定し、5 施設(7.0%)はその他、

6 施設(8.5%)は無回答であった。

3.1.6 インフルエンザ・アウトブレイクの発生状況

71 施設のアウトブレイクの発生状況については、「ア

ウトブレイクは発生しなかった」施設は 16 施設(22.5%)、

「アウトブレイクが発生した」施設は 55 施設(77.5%)、

そのうち中小病院での発生は 26 施設(発生率 70.3%)、

大規模病院での発生は 29 施設(発生率 85.3%)であった。

表 2 サージカルマスク着用期間(n71)

サージカルマスク着用期間 施設数 割合(%)

1. 地域の流行宣言から終息まで 26 36.6

2. 病院独自に設定 17 23.9

3. 施設内アウトブレイク発生後~終息まで 6 8.5

4. 1.から 3.の組み合わせ 11 15.5

5. その他 5 7.0

6. 無回答 6 8.5

発生回数

施設数

その他 1 2 0 0 0 0 0 0

0

5

10

15

20

25

2 10 5 4 2 0 0 0全職員・面会・外来者

1 2 5 5 0 0 0 1全職員・面会者

全職員 6 4 1 0 0 0 0 06 6 5 2 1 0 0 00回 1回 2回 3回 4回 5回 6回 7回

規定なし

図 1 サージカルマスク着用対象別アウトブレイク発生回数(n=71)

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Vol.10 No.1 2017 (13)

- 13 -

71 施設で発生したアウトブレイクは合計 108 事例、最

大発生回数は 7 回、平均発生回数±標準偏差は 1.5 ± 1.3

回、中央値は 1.0 回であった。それぞれの発生回数と施

設数は、図 1. に示すとおり 0 回 16 施設、1 回 24 施設、

2回 16施設、3回 11施設、4回 3施設、7回 1施設であった。

発症者情報については、図 2. のとおり、患者のみの

アウトブレイクは 29 事例、患者・職員ともに発生した

事例は 72 事例、職員のみの発生事例は 4 事例であった。

このとき、定義に合わない回答 1 事例と未記入の 2 事例、

計 3 事例については集計から除外した。

インフルエンザの型別の発生情報は、105 事例中 A 型

B 型の同時発生した事例が 2 事例(1.9%)あったが、そ

れ以外の 103 事例(98.1%)は全て A 型インフルエンザ

のアウトブレイクであった。臨床診断の発症者が含まれ

ていた事例は、10 事例であった。

3.1.7 サージカルマスクの着用状況に関する自由記載

サージカルマスク着用を規定している施設の中に、

「(業務中を規定しているが)看護師は夜勤中ナースス

テーションでマスクを外している」「マスクを着用して

いても正しいマスクの装着ができていなかった」「正し

いマスク着用をしていないケースも多々あり」などの記

載があった。一方で、規定のない施設が「流行期にはマ

スクをしている」「流行期以外にも一日中マスクを装着

する習慣が強い」など、サージカルマスクを着用してい

る記載があった。

その他、3 施設が面会者や外来者、症状のある入院患

者にマスクを配布しているなど記載していた。

3.2  サージカルマスク着用のアウトブレイク防止

効果に関する評価

3.2.1  サージカルマスク着用に関する病院規定の有無と

アウトブレイク発生の解析結果

病院規定の有無とアウトブレイク発生は表 3. のとお

りで、「病院規定のある」施設でアウトブレイクが発生

しなかった施設は 51 施設中 10 施設(19.6%)、「病院規

定のない」施設でアウトブレイクが発生しなかった施設

は 20 施設中 6 施設(30%)であった。病院規定の有無

とアウトブレイク発生についてカイ 2 乗検定を行ったと

ころ、P = 0.35 で有意差はなかった。

3.2.2  サージカルマスク着用対象者とアウトブレイク発

生の解析結果

サージカルマスク着用対象者とアウトブレイク発生は

表 4. のとおり、「全職員」を対象と設定しアウトブレイ

クが発生しなかった施設は 11 施設中 6 施設、「全職員・

面会者」を対象としアウトブレイクが発生しなかった施

設は 14 施設中 1 施設、「全職員・面会者・外来者」を対

象としアウトブレイクが発生しなかった施設は 23 施設

中 2 施設であった。ここで、1 施設のみ設定した対象者

については除外した。

着用対象者別のアウトブレイク発生回数について、「規

定なし」施設のアウトブレイク平均発生回数±標準偏差

が 1.3 ± 1.2 回、中央値 1 回に対し、「全職員」を対象に

した施設では 0.5 ± 0.7 回、中央値 0 回であった。しかし、

「全職員・面会者」を対象とした施設では 2.4 ± 1.6 回、

中央値 2 回、さらに「全職員・面会者・外来者」を対象

とした施設では 1.7 ± 1.1 回、中央値 1 回と、「規定なし」

施設の発生回数を上回った。

着用対象者とアウトブレイク発生の関係をみるため

表 3  サージカルマスク着用に関する病院規定の有無とアウト

ブレイク発生の解析(n 71)

施設数

アウトブレイク

あり

アウトブレイク

なし

病院規定あり 51 41 10

100.0 80.4 19.6

病院規定なし 20 14 6

100.0 70.0 30.0

上段:施設数  下段:割合(%)

アウトブレイク発生について「病院規定あり」と「病院規程な

し」の両群をカイ 2 乗検定(有意水準 5%)で検定したところ

有意差は認められなかった。

29

72

4

0

10

20

30

40

50

60

70

80

患者のみ 患者・職員ともに 職員のみ

事例数

発症者

図 2 発症者別アウトブレイク発生事例数(n=105)

Page 6: サージカルマスクのインフルエンザ予防効果(10) 医療関連感染 -10- 効性は報告されていない4-6)。 そこで、サージカルマスクの着用状況とアウトブレイ

(14) 医療関連感染

- 14 -

ろ、P = 0.29 ~ 1.00 で有意差はなかった。このとき、「業

務中と患者対応時」の着用を規定した施設は少数であっ

たため、除外した。

3.2.4  サージカルマスク着用の実施期間とアウトブレイ

ク発生の解析結果

着用期間の構成要素ごとに、アウトブレイク発生につ

いて集計したところ、「病院独自」の期間を設定してい

る 22 施設のうちアウトブレイクが発生しなかった施設

は 2 施設(9.1%)、「地域の流行宣言から終息まで」を

とり入れて期間設定している 34 施設のうちアウトブレ

イクが発生しなかった施設は 11 施設(32.4%)であった。

サージカルマスク着用期間の設定において、地域の流

行を考慮することの有効性をみるために、表 6. のとお

り「地域の流行宣言から終息まで」を入れた設定と地域

に、「規定なし」群と各対象者群を比較しカイ 2 乗検定

を行ったところ、P = 0.07 ~ 0.18 で有意差はなかった。

3.2.3  サージカルマスク着用場面とアウトブレイク発生

の解析結果

着用場面とアウトブレイク発生については表 5. のと

おり、サージカルマスク着用場面を「業務中」と規定し

てアウトブレイクが発生しなかった施設は 39 施設中 7

施設、「患者対応時」と規定してアウトブレイクが発生

しなかった施設は 10 施設中 3 施設だった。「業務中と患

者対応時」の着用を規定した 2 施設は、両施設ともアウ

トブレイクは発生していた。

サージカルマスク着用場面とアウトブレイク発生の関

係をみるために、「規定なし」群と各着用場面の群のア

ウトブレイク発生についてカイ 2 乗検定を行ったとこ

表 5 サージカルマスク着用場面とアウトブレイク発生の解析(n71)

着用場面 施設数 割合(%) アウトレイク

あり

アウトブレイク

なし P 値*1

業務中 39 54.9 32 7 0.29

患者対応時 10 14.1 7 3 1.00

業務中・患者対応時 2 2.8 2 0 -*2

規定なし 20 28.2 14 6 -

*1 アウトブレイク発生について「規定なし」群と各群との比較をカイ 2 乗検

定で行ったときの有意確率

*2:「業務中・患者対応時」群は 2 施設のみのため除外した。

表 4 サージカルマスク着用対象者とアウトブレイク発生の解析(n68)

アウトブレイク

発生に関する

検討項目

サージカルマスク着用対象者

規定なし 規定あり

全職員 全職員・面会者 全職員・面会者・外来者

n 20 11 14 23

アウトブレイクなし 6 6 1 2

アウトブレイクあり 14 5 13 21

最大発生回数 4 2 7 4

最小発生回数 0 0 0 0

mean±SD 1.3±1.2 0.5±0.7 2.4±1.6 1.7±1.1

中央値 1 0 2 1

P 値*1 - 0.18 0.10 0.07

*1 アウトブレイク発生について「規定なし」群と各群との比較をカイ 2 乗検定で

行ったときの有意確率

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Vol.10 No.1 2017 (15)

- 15 -

で過ごす患者や近い距離で医療を提供する医療従事者の

曝露防止と伝播拡大防止という二つの効果を期待して

サージカルマスクを使用する施設が増えていることが推

察される。今回の結果では、職員の曝露防止や職員の持

ち込みによる患者または他職員への伝播防止を期待し

て、全職員をマスク着用対象に設定していた施設は 48

施設、全調査の 67.6% に上り、同様に院内への持ち込

み防止を目的として、面会者を対象に含めていた施設は

39 施設、54.9%、さらに外来者も含めていた施設は 23

施設、32.4% であった。71 施設の 30 ~ 50% 以上の施設

が、全職員だけでなく遵守の難しい面会者や外来者まで

拡大した規定を設定し、自由記載による情報では 3 施設

が面会者や外来者に対しマスクを配布しており、これら

はサージカルマスク着用効果の期待の表れであろう。し

かし、アウトブレイク発生について、「規定なし」群と

着用対象者「全職員」「全職員・面会者」「全職員・面会者・

外来者」群で比較を行ったが、いずれも有意差を認めず、

サージカルマスク着用の予防効果を証明できなかった。

Canini らの研究 7) では、インデックスケースがサージカ

ルマスクを着用し、家族内伝播の予防効果を見ているが、

サージカルマスクの有効性は明らかではないと報告され

ている。院内へのインフルエンザの持ち込み防止策とし

て、面会者や外来者までにマスク着用を要求する施設が

増えているが、調査結果やこの報告から有効性が期待で

きないのではないかと懸念される。50% 強の施設で実

施されている面会者のサージカルマスク着用による効果

の検証は、今後の検討課題である。

サージカルマスクの着用場面についての解析では、「業

務中」「患者対応時」と「規定なし」群のアウトブレイ

ク発生について比較したが、有意差は認められなかった。

しかし、規定しているが一部遵守できていない、サージ

の流行を考慮していない施設の 2 群に分けた。いずれも

アウトブレイクを発生した施設数が多く、カイ 2 乗検定

を行ったところ、P = 0.06 で有意差はなかった。

4.考  察

インフルエンザ予防効果に関するエビデンスを明

確に示す報告は見当たらない。最近報告された meta-

analysis4) においても、手洗いは、予防対策として有意な

効果を示したが、フェースマスクの予防効果は有意では

なかったとされている。しかし、一方でその効果を期待

して医療施設や学校、外出時にマスクが使用されてい

る。今回調査の結果、インフルエンザ対策においてサー

ジカルマスクの着用を規定している施設が 70% を超え、

事前に対策が検討されていることがわかった。規定があ

ることで、対策開始時期や実施内容が明確になり、統一

した対策が可能になると思われるが、実際には 51 施設

中 41 施設(80.4%)にアウトブレイクが発生しており、

規定のない 20 施設中 14 施設(70.0%)に対しアウトブ

レイク発生に有意差は認められなかった。また、サージ

カルマスクの着用期間では、地域の流行宣言から終息ま

での期間を基準にした施設とそれ以外の施設を比較した

が、アウトブレイク発生について有意差は認められな

かった。規定の有無に関わらずアウトブレイクが発生し、

地域の流行を考慮した実施に関係なくアウトブレイクが

発生していることから、規定内容の遵守状況の監視や各

シーズンでの発生状況に応じた規定の再評価が重要であ

る。単にサージカルマスクの着用を義務付けただけでは、

有効な予防効果は認められない。

サージカルマスクは本来、病原体を保有する人が飛沫

の放出を避けるために着用する。しかし、限られた空間

表 6 サージカルマスク着用期間とアウトブレイク発生の解析(n71)

サージカルマスク着用期間 施設数 アウトブレイク

あり

アウトブレイク

なし

「地域の流行宣言から終息まで」を含む 34 23 11

100.0 67.6 32.4

地域の流行を考慮していない 37 32 5

100.0 86.5 13.5

上段:施設数   下段:割合 (%)着用期間の設定について地域の流行を考慮した群、考慮しない群に大別した

両群のアウトブレイク発生について、カイ 2 乗検定(有意水準 5%)で検定

したところ有意差は認められなかった。

Page 8: サージカルマスクのインフルエンザ予防効果(10) 医療関連感染 -10- 効性は報告されていない4-6)。 そこで、サージカルマスクの着用状況とアウトブレイ

(16) 医療関連感染

- 16 -

5.おわりに

インフルエンザ対策におけるサージカルマスク着用状

況に関する 71 施設の調査結果から、サージカルマスク

着用を義務付けただけでは有意な予防効果がないことが

明らかになった。

しかし、サージカルマスクのインフルエンザ予防効

果を否定するエビデンスを証明するまでに至らなかっ

た。インフルエンザの予防効果は、サージカルマスク

の着用遵守状況や手指衛生、ワクチン接種等、さまざま

な要因が働き、それらを全て把握し評価することが今後

の大きな課題であるが、決して容易ではなかろう。Five

moments における手洗いを義務付けることが医療関連感

染率低減につながるエビデンスを明らかにすることの難

しさと同様である。サージカルマスクの着用を現場でど

のように遵守していくかも課題である。

単にサージカルマスク着用を義務付けただけでは予防

効果はなかったと結論し、今後の対策の在り方に一石を

投じたことは新規性のある知見であると考える。今回の

結果が、多くの医療施設が毎シーズン苦慮するインフル

エンザのアウトブレイク防止対策解決の糸口となること

を切望する。

謝辞:ご協力くださった認定感染制御実践看護師、感染

制御担当の皆さまに深謝いたします。

利益相反:著者のうち、HK は、吉田製薬、サラヤ、サ

クラ精機のコンサルタントである。

引用文献

1) Leitmeyer K, Adlhoch C. Influenza transmission on aircraft: A sys-tematic literature review. Epidemiology 2016; 27: 743-751.

2) Centers for Disease Control and Prevention (CDC). Recommenda-tions and Reports. MMWR Morb Mortal Wkly Rep 2017; 66.

3) インフルエンザ施設内感染予防の手引き:厚生労働省健康局結

核感染症課、日本医師会感染症危機管理対策室、2012 年 11 月

改訂

4) Saunders-Hastings P, Crispoa, J.A.G, Sikora L, Krewski D. Effective-ness of personal protective measures in reducing pandemic influenza transmission: A systematic review and meta-analysis. Epidemics 2017; http://dx.doi.org/10.1016/j.epidem.2017.04.003 accessed June 4, 2017.

5) Chang V.C.C, Tai J.W.M, Chan L.M.W, Li L.W.S, Hung L.F.N, et al. Prevention of nosocomial transmission of swine-origin pandemic

カルマスクを正しく装着できていない等の自由記載によ

る情報を勘案すると、実際のサージカルマスク着用状況

は規定とは異なることが予想された

今回は、規定の有無、規定の構成要素であるサージカ

ルマスクの着用対象者や着用場面、また着用期間につい

て、規定のない施設と比較し実際のアウトブレイク発生

を解析したが、この評価だけでサージカルマスクの予防

効果を示すには限界がある。71 施設中 55 施設で発生し

たアウトブレイクのうち、患者・職員ともに発生した、

あるいは職員のみ発生した事例は、規定を有する施設、

すなわちサージカルマスクを着用した状況下のアウトブ

レイクである。しかし、規定はしているが遵守できてい

ない情報も一部あり、今回の調査では、サージカルマス

ク着用の場面や着用期間の実際がどの程度厳格に行われ

ていたか、漏れのある着用がアウトブレイクの原因と

なっていないかなど不明である。特に医療従事者の職種

および患者の疾病等によるサージカルマスク着用状況の

差異、更に、空気感染および接触感染の可能性の有無、

などの詳細は知るすべがない。また、サージカルマスク

着用に関する病院規定のない施設(20 施設)においては、

規定はないが流行期にはマスクをしている、流行期以外

にも一日中マスクを装着する習慣があるなどの情報もあ

り、自由意思による着用がどの程度あったのかも不明で

ある。サージカルマスク単独での有効性は明らかではな

いが、サージカルマスクと手指衛生をともに行うことに

よる伝播防止効果は報告されている 4-6)。Ambrosch らの

研究は、他の対策と共にサージカルマスクの連続使用の

効果は明らかであると示している 8)。医療従事者を対象

とした Esbenshade らの研究 9) では、感染兆候が出現す

る前に期間があること、PCR が陽性でも症状を呈さな

い者がいること、症状のない医療者は勤務し、患者に感

染リスクをもたらすかもしれないと示唆している。未発

症の医療従事者から患者あるいは医療従事者への院内伝

播防止に対するサージカルマスクの着用について、検討

の余地はある。

このように今回の調査範囲からは、サージカルマスク

着用の規定有無を基にしたアウトブレイクの発生には統

計学的有意差を認めず、サージカルマスクの現実的なイ

ンフルエンザ予防効果は証明できなかった。インフルエ

ンザの伝播防止に対するサージカルマスクの効果を評価

する上では、着用遵守状況や手指衛生、ワクチン接種、

予防投与等様々な要因も把握する必要がある。

Page 9: サージカルマスクのインフルエンザ予防効果(10) 医療関連感染 -10- 効性は報告されていない4-6)。 そこで、サージカルマスクの着用状況とアウトブレイ

Vol.10 No.1 2017 (17)

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8) A. Ambrosch、H. Rockmann. Effect of two-step hygiene management on the prevention of nosocomial influenza in a season with high influenza activity. J Hosp infect 2016; 94: 143-149.

9) Esenshade J.C, Edwards K.M, Esbenshade A,J, et al. Respiratory virus shedding in a cohort of on-duty healthcare workers undergoing pro-spective surveillance. Infect Control Hosp Epidemiol. 2013; 34(4): 373-378.

influenza virus A/H1N1 by infection control bundle. J Hosp Infect 2010; 74: 271-277.

6) Aiello A.E, Murray G.F, Perez V, et al. Mask Use, Hand Hygiene, and Seasonal Influenza-Like Illness among Young Adult: A Randomized Intervention Trial. J. Infect. Dis. 2010;201(4), 491-498

7) Canini L, Andreoletti L, Ferrari P, et al. Surgical mask to prevent in-fluenza transmission in households: a cluster randomized trial. PLoS ONE 2010;5(11), e13998.

Objective: Influenza is said to be protected by the prevention

of contact and droplet infections. Face mask use for all

healthcare personnel and visitors is employed recently among

many hospitals in Japan. So, the effectiveness of surgical

mask for the prevention of spread and outbreak of influenza

was investigated.

Methods: Questionnaires on the actual situation of this season

and rule for wearing of surgical mask were sent to certified

Professional Nurses for Infection Prevention and Control

(PNIPC)*graduated the six-months course of the Tokyo

Healthcare University Postgraduate School.

Results: Recovery rate was 71/111, 64.0%. Number of

hospitals with the use rule is 51, 71.8%. Outbreaks were

occurred in 55, 77.5%, but no statistical significance of

outbreaks were recognized between hospitals with and without

rule.

Discussion: For the prevention of influenza outbreaks, not

only mask use but also other factors as observance and

adequacy of the use, patient’ s use, the possibility of airborne

transmission, vaccination rate, and preventive prescription

should be considered. In order to make clear the efficacy

of preventive measures for influenza transmission, further

observation on the details are required.

Key words: surgical mask, influenza, prevention of

nosocomial transmission, (institutional) rule

*: Certified curriculum by Ministry of Health, Labour and

Welfare

Effect of Surgical Mask to Prevent In�uenza Transmission

Etsuko Okazaki1,2, Yuki Moriyama1,3,Hiroyoshi Kobayashi1

1 Negishi Infection Prevention and Control Centre2 Yokohama Municipal Citizens Hospital3 Kikuna Memorial Hospital