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フラクショナルフーリエ変換と その数値計算アルゴリズムに関する研究 情報システム工学科 4 光工学研究室 岩城達也 2009 2 26 1 はじめに フラクショナルフーリエ変換とは,分数次数,すなわち 非整数の変換次数を含んだより一般的なフーリエ変換とし て,効率的なフィルタリング処理,光波の伝播や回折現象 の表現および解析など,多数の領域への応用されている新 しい変換概念である [1].本研究室でも,光波伝播距離に 依存しないフレネル回折場の効率的な高速計算法として, フラクショナルフーリエ変換を介した計算アルゴリズムを 提案してその有効性を実証した [2].さらに,その関係を 利用したより安全性の高いフレネル領域二重ランダム位相 暗号化法を提案した [3].そこでは,フラクショナルフー リエ変換の定義式を変形し,たたみ込み積分型の積分と解 釈して,その数値計算アルゴリズムを独自に C 言語プロ グラムで開発して応用してきた. 一方,現在,多くの研究論文等で引用され,標準的なも のとして扱われている Kutay らのプログラム (Matlab ) [4] と比較したとき,計算結果が違ってくるという問題 があった.そこで,私は,あらためてフラクショナルフー リエ変換の定義と特性を調べるとともに,その解釈を明確 にして, Kutay の計算アルゴリズムの特徴と意味を明らか にした.それを基にして計算アルゴリズムの正当性の評価 と比定常信号のフィルタリング処理への応用を試みた. 2 フラクショナルフーリエ変換の定義と特徴 フラクショナルフーリエ変換(以降, FrFT と略す)は, 次のように定義される [1]F a [f (x)] fa(x 0 ) Ba(x, x 0 )f (x)dx, (1) B a (x, x 0 ) A φ exp[(x 2 cot φ 2xx 0 csc φ + x 02 cot φ)], (2) A φ exp(sgn(sin φ)/4+ iφ/2 | sin(φ)| 1/2 (3) sgn[sin(φ)] = { 1 sin(φ) < 0 0 sin(φ)=0 1 sin(φ) > 0 (4) φ = aπ/2 (5) (1) は,a =1 のときにフーリエ変換を,a = 1 のと きにフーリエ逆変換となる.また,変換次数 a には加法性 があり,a = a 1 + a 2 とすると次の関係式が成り立つ [1]F a [u(x)] = F a 1 +a 2 [u(x)] = F a 1 [ F a 2 [u(x)] ] (6) 3 Kutay の計算アルゴリズム [4] の特徴と意味 ある測定された現実の時間信号の f (t) [s] に対し,その a 次の FrFT である f a (t 0 ) を数値計算で得たいとする. それぞれの離散版のデータ点数は同じく N ,データ間隔 とデータ幅は f (t) δt [s] t [s], f a (t 0 ) δt 0 t 0 とする. しかし,このままの形のデータでは,FrFT 後の (a) 変換前 f (t) (b) 変換後 f a (t 0 ) Fig.1 現実データに対する FrFT 変数 t 0 の次元がわからず,また,変換前と変換後のデー タ間隔が違うために,計算結果の精度が低下する恐れがあ る.これは a =1 の場合を考えると明らかである.そこ で,離散データでの数値計算では,一時的に時間信号 f (t) を時間の次元をもつスケーリングパラメータ s = t f = δt δf = tδt [s] (7) を用いて変数変換 x = t s [N.D] (8) x 0 = fs [N.D] (9) を行い,無次元量 x を変数とする離散データ f (x)(デー タ点数 N , データ間隔 δx,データ幅 x = Nδx) から, データ間隔およびデータ幅が同じである,無次元量 x 0 変数とする離散データ f a (x 0 )(データ点数 N , データ間隔 δx 0 = δx =1/x, データ幅 x 0 =∆x =1/δx) への変 換として,計算を行う.無次元量の特徴を合わせて考える と,次のことがいえる. δx = 1 x = 1 Nδx (10) N = 1 (δx) 2 (11) この変数の無次元化操作を行うことで,離散変換に伴う 分解能の劣化を防ぐとともに,a 次の FrFT から元信号に 戻す (a = 0) またはフーリエ変換を求める (a = 1) 場合, それらの間の計算で本来必要な次元変換の手間を省くこと ができる. 4 Kutay FrFT プログラムの検証 プログラムの正当性を確かめるために,FrFT が解析的 に求まる関数を用いて数値計算結果との比較を行なった. 1

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フラクショナルフーリエ変換とその数値計算アルゴリズムに関する研究情報システム工学科 4年 光工学研究室 岩城達也

2009年 2月 26日

1 はじめにフラクショナルフーリエ変換とは,分数次数,すなわち非整数の変換次数を含んだより一般的なフーリエ変換として,効率的なフィルタリング処理,光波の伝播や回折現象の表現および解析など,多数の領域への応用されている新しい変換概念である [1].本研究室でも,光波伝播距離に依存しないフレネル回折場の効率的な高速計算法として,フラクショナルフーリエ変換を介した計算アルゴリズムを提案してその有効性を実証した [2].さらに,その関係を利用したより安全性の高いフレネル領域二重ランダム位相暗号化法を提案した [3].そこでは,フラクショナルフーリエ変換の定義式を変形し,たたみ込み積分型の積分と解釈して,その数値計算アルゴリズムを独自に C 言語プログラムで開発して応用してきた.一方,現在,多くの研究論文等で引用され,標準的なものとして扱われている Kutay らのプログラム (Matlab 言語) [4] と比較したとき,計算結果が違ってくるという問題があった.そこで,私は,あらためてフラクショナルフーリエ変換の定義と特性を調べるとともに,その解釈を明確にして,Kutay の計算アルゴリズムの特徴と意味を明らかにした.それを基にして計算アルゴリズムの正当性の評価と比定常信号のフィルタリング処理への応用を試みた.

2 フラクショナルフーリエ変換の定義と特徴フラクショナルフーリエ変換(以降,FrFT と略す)は,次のように定義される [1].

Fa[f(x)] ≡ fa(x′) ≡∫

Ba(x, x′)f(x)dx, (1)

Ba(x, x′) ≡ Aφ exp[iπ(x2 cot φ − 2xx′ csc φ + x′2 cot φ)],(2)

Aφ ≡ exp(−iπ sgn(sin φ)/4 + iφ/2

| sin(φ)|1/2(3)

sgn[sin(φ)] =

{−1 sin(φ) < 00 sin(φ) = 01 sin(φ) > 0

(4)

φ = aπ/2 (5)

式 (1)は,a = 1 のときにフーリエ変換を,a = −1 のときにフーリエ逆変換となる.また,変換次数 a には加法性があり,a = a1 + a2 とすると次の関係式が成り立つ [1].

Fa[u(x)] = Fa1+a2 [u(x)] = Fa1

[Fa2 [u(x)]

](6)

3 Kutay の計算アルゴリズム [4] の特徴と意味ある測定された現実の時間信号の f(t) [s] に対し,その

a 次の FrFT である fa(t′) を数値計算で得たいとする.

それぞれの離散版のデータ点数は同じく N,データ間隔とデータ幅は f(t) が δt [s] と ∆t [s], fa(t′) が δt′,∆t′

とする. しかし,このままの形のデータでは,FrFT後の

(a) 変換前 f(t) (b) 変換後 fa(t′)

Fig.1 現実データに対する FrFT

変数 t′ の次元がわからず,また,変換前と変換後のデータ間隔が違うために,計算結果の精度が低下する恐れがある.これは a = 1 の場合を考えると明らかである.そこで,離散データでの数値計算では,一時的に時間信号 f(t)を時間の次元をもつスケーリングパラメータ

s =

√∆t

∆f=

√δt

δf=

√∆t δt [s] (7)

を用いて変数変換

x =t

s[N.D] (8)

x′ = fs [N.D] (9)

を行い,無次元量 x を変数とする離散データ f(x) (データ点数 N , データ間隔 δx,データ幅 ∆x = Nδx) から,データ間隔およびデータ幅が同じである,無次元量 x′ を変数とする離散データ fa(x′) (データ点数 N , データ間隔δx′ = δx = 1/∆x, データ幅 ∆x′ = ∆x = 1/δx) への変換として,計算を行う.無次元量の特徴を合わせて考えると,次のことがいえる.

δx =1

∆x=

1

Nδx(10)

N =1

(δx)2(11)

この変数の無次元化操作を行うことで,離散変換に伴う分解能の劣化を防ぐとともに,a 次の FrFT から元信号に戻す (a = 0) またはフーリエ変換を求める (a = 1) 場合,それらの間の計算で本来必要な次元変換の手間を省くことができる.

4 Kutay の FrFT プログラムの検証プログラムの正当性を確かめるために,FrFT が解析的に求まる関数を用いて数値計算結果との比較を行なった.

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(a) 変換前 f(x) (b) 変換後 fa(x′)

Fig.2 無次元化したデータに対する FrFT

FrFT の固有関数は Hermite-Gaussian 関数であり,次の関係が成り立つ [1].

ψ(x) = 214 exp[−πx2] (12)

Fa[ψ(x)] = exp[−iaπ/2] ψ(x) (13)

すなわち,この関数 ψ(x) を用いることで,計算結果の正確さを測ることができる.4.1 検証結果データ点数 N = 1024,変換次数 a = 0.5 での FrFT の理論値(解析解)と数値計算結果のグラフを Fig.3 に示す.理論値との誤差が 10−12 という非常に小さい値を超えないことから,変換結果は理論値とほぼ一致しており,計算プログラムは正しく動作しているといえる.

(a) 理論値 fa(x′) (b) 計算結果 f ′(x′)

Fig.3 Hermite-Gaussian 関数を用いたフラクショナルフーリエ変換の結果比較 (a = 0.5, N = 1024).

5 FrFT の応用例FrFTを用いた応用の一つに,雑音除去のためのフィルタリングがある.ここでは,FrFT のその応用への有効性を実際に確かめてみた.

Fig. 4 (a) は本来欲しい信号データ fs(x) であり,それに対して雑音が重畳した Fig. 4 (b) の結果 f(s) を計測により得たとする.ここで fs(x) および f(x) として

fs(x) = exp[−π(x − 4)2] (14)

f(x) = fs(x) + exp[−iπx2] (15)

を考えている.すなわち信号 fs(x) は x = 4 にピークをもつガウス関数で,重畳する雑音には x の値とともに周波数が増大する複素チャープ関数を想定した.雑音除去のフィルタリング操作は,一般的に

1. 対象とする信号にフーリエ変換を行う2. フーリエ領域で信号成分のみをフィルタリングする3. フィルタリングした結果を逆フーリエ変換する

という手続きをとるが,この場合のフーリエ変換[Fig. 4(c)] では,雑音と信号の存在する領域が重複しているため,フィルタリング処理はできない.しかし,a = 0.5の FrFT では,Fig. 4(d) のようにノイズ成分と信号成分が非常に明確に分離することができ,フィルタリングが可能であることがわかる.Fig. 4(e) は,信号成分が集中している (2 ≤ x ≤ 3.7) の範囲のみを取り出したもので,これをさらに a = −0.5 の FrFT (逆 FrFT) を行って元の次元の変数領域へ戻した結果が Fig. 4 (f) である.元信号fs(x) にほぼ等しい波形が抽出でき,チャープ関数のような比定常雑音の除去に有効であることが確認できた.

(a) 欲しい信号波形 fs(x) (b) 測定データ波形 f(x)

(c) フーリエ変換結果 F (ν) (d) FrFT |fa(x′)|(a = 0.5)

(e) フィルタリング処理後 |fa(x′)| (f) 逆変換後の関数グ完了済波形 f(x)

Fig.4 FrFTフィルタリング

6 まとめKutayの FrFTの計算アルゴリズムは,元信号の変数を一旦無次元化してから変換計算を行い,無次元量を変数とするフラクショナルフーリエ変換を出力する.これが我々のプログラムと結果が異なる要因であった.この無次元化の意味は,変換前と後との結果の間の分解能のトレードオフを最小にし,さまざまな次数の FrFT に応じた変数の次元変換をの手続きを無くすためにあることが分かった.

参考文献[1] H.M. Ozaktas, Z. Zalevsky, and M.A. Kutay, The Frac-

tional Fourier Transform, (Wiley, Chichester, 2001).[2] 千葉 匡春:「フラクショナルフーリエ変換に基づくフレネル回折積分の高速数値計算法の開発とディジタルホログラフィーへの応用」,平成 13年度 北見工業大学大学院博士前期課程 (情報システム工学専攻) 研究論文 (2002.3).

[3] 土田 賢二:「フレネル領域二重ランダム位相暗号化システムの機能拡張と安全性評価」,平成 18年度北見工業大学大学院博士前期課程 (情報システム工学専攻) 研究論文 (2007.3).

[4] M.A. Kutay, “fracF: Fast Computation of the Frac-tional Fourier Transform” (September, 1996);http://www.ee.bilkent.edu.tr/ haldun/fracF.m.

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