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アカデミック・ジャパニーズの聴解における 要約作成の意義repository.tufs.ac.jp/bitstream/10108/76030/1/jlc040008.pdf · 田代ひとみ・中村則子・大木理恵

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アカデミック・ジャパニーズの聴解における要約作成の意義

田代ひとみ・中村則子・大木理恵

【キーワード】・ アカデミック・ジャパニーズ、聴解、要約、インタビュー、・ 要点の選択

1. はじめに 大学における講義や研究発表を聞く際には、まとまった内容の談話のポイントを理解することが求められる。こうした能力を伸ばすため、東京外国語大学日本語教育センター(以下、本センター)では聴解教材の開発を行ってきた。この教材には、内容に関する正誤問題、Q&A 問題、構成表(聞いた話の内容を整理して記入する表)または整理ノートの完成問題のほかに、聞いた内容の要約を作成させるという活動も含まれている。この授業について学期終了後に受講者からアンケートをとると、「要約が役に立った」「要約をすることで聞く力が伸びた」といった評価が出た。しかし、学習者にどのような気づきや変化が起きたためにアカデミックな聴解能力が伸びたのか、要約がどのようにポイント把握に役立つかは明らかになっていない。 そこで、本研究では、聴解活動において要約作成が談話のポイントを把握する上で、どのような意義を持つかを検証するためのパイロットスタディを報告する。インタビューをもとに学習者がどのように要約文を作成するかを探ろうとした。

2. 研究の背景 要約とは、「原文の内容の主旨を変えずに、より少ない言語分量で表現する言語行動の一種」(佐久間 1993:4)であり、主に文章の読解や文章表現の授業活動の一環として行われてきた。教師は、学習者の書いた要約文から、元の文章の重要な部分をどの程度理解できたかを知ることができる。また、学習者にとって要約活動は表現練習になる。 英語教育においても、要約は、読解授業で取り入れられている。文章を読みながら重要な情報とそうでない情報とを区別し、文章中の各情報を要約に含めるか

東京外国語大学留学生日本語教育センター論集 40:113~124,2014

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どうかを決めるという活動は、テキストへの積極的な関与が読み手に求められる課題(卯城 2009:145)である。 聴解における要約は読解と異なる点もあるが、講義のようなまとまった内容の独話を聞いて理解してまとめるという作業は、読解と共通する点が多いと考えられる。 梅村(2005:66-67)は、文章の要約の場合、元の文章の理解が曖昧なままであっても、キーワードや中心文を適当に配置したり、各段落のトピックセンテンスを順に並べるだけで要約文が完成することもあるため、書き手が元の文章を本当に理解した上で要約したのかを知ることが難しいと指摘している。 一方、聴解の要約では、音声情報が瞬時に消え去るため、梅村の指摘しているようなことはできず、聞いた話の内容の要点を正しく理解できなければ要約文は書けない。したがって聴解授業における要約は、話の要点を的確に理解する能力を養成するために有効な方法と言えるのではないだろうか。 また、これまでの聴解練習では、内容に関する正誤問題、Q&A 問題が中心であったため、局所的な聞き取りはできても、全体でどのようなことを述べているのかを理解することにはあまり重点が置かれてこなかった。しかし、講義などでは細部だけでなく、長い談話の中で話し手が最も伝えたいことを摑むことも必要になってくる。こうしたことに目を向けさせるためにも聴解の要約は今後、より重要度が増していくと考えられる。 3. 研究の方法3.1対象とする学習者 本センターの全学日本語プログラムのレベルは 100 から 800 に分かれているが、本研究のためにインタビューを行った学習者が在籍するクラスは、500(中上級)レベルの聴解クラスである。インタビューを行ったのは2013年度春学期で、このクラスの学習者の人数は、17 名、国籍は、ロシア、イタリア、中国、インドネシア、トルコなど多様である。また、学習者のカテゴリーは、研究留学生、ISEP(短期交換留学生)、私費研究生である。この中の 5 名にインタビュー調査を行った。

3.2聴解クラスの授業概要 この聴解クラスは、1 週間に 1 コマ(90 分)、授業が行われる。1 学期に 15 回の

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授業があり、そのうち 2 回が中間テストと期末テストである。 毎回の授業は、大体以下の手順で行われる。

①前回の授業で聞いた話の語彙クイズ②今回の授業の話題導入③リスニング 2 回④内容に関する正誤問題→話し合い→答え合わせ⑤ 3 回目のリスニング⑥ Q&A 問題→話し合い⑦構成表または整理ノートの完成⑧要約作成⑨今回のトピックについてディスカッション

3.3インタビューの手順 本研究のために半構造化インタビューを 2 回行った。1 回目は、コース開始直後の初回の授業後に、そして、2 回目は、コース半ばの、8 回目及び 9 回目の授業後に、それぞれ個人面談方式で行った(2 週に分けてインタビューを行ったのは、対象者に授業後の空き時間がなかったため)。インタビュー開始から終了まで全て録音し、文字起こしを行ったものをデータとして使用した。 インタビューの対象者は合計 5 名で、非漢字圏 A、B、C、D と漢字圏 E1(全員女性)である。インタビューの時間は一人 1 回当たり約 5 分程度である。1 回目と 2 回目のインタビューは、同じ質問を行っているが、質問者が聞いて理解しにくかった部分は再度説明を求めたり、詳しく説明するよう指示している。 質問項目は以下の通りである。

1)・聴解の授業で、今までに要約を書いたことがあるか。(1 回目のインタビューのときのみ)

2)・聞いているとき、どんなことに気をつけて聞いていたか。3)・わからないことばがあったら、どうしたか。4)・どんなことばがわからなかったか。5)・要約を書くとき、どうやって書いたか。6)・今日の要約は難しかったか。

1・ この学生へのインタビューは 1 回目のみ実施した。

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7)・要約を書くとき、何が難しかったか。8)・話し合いをすることについてどのように思うか。

 対象者 5 名のうち、C 以外の 4 名は、前学期(2012 年度秋学期)に、400(中級 2)レベルの聴解クラスで要約作成の授業を経験している。

4. 結果と考察 インタビューで得られた学習者の発話データを「音声を聞くとき」と「要約を書くとき」に分けて分析した。

4.1音声を聞くときの意識・行動 質問項目の「2)聞いているとき、どんなことに気をつけて聞いていたか」「3)わからないことばがあったら、どうしたか」「4)どんなことばがわからなかったか」に対する答えから、学習者が音声を聞くときの意識・行動を探った。まず、発話データの該当部分を切り出し、類似例をグルーピングして名前をつけた。さらに、各グループの関係を図式化した(図 1 参照)。 4.1.1話の主旨をつかむ 学習者は話の主旨をつかむために、大切なことは何かに気をつけて聞き、大切だと思ったことをメモにとっていた。

 D12・「一番大切な、私にとって大切な、私にとって大切なことをメモにとって…」

 A1・「オーディオを聞くとき、なんか、お大事な事、お大事な点を気をつけたほうがいいです」

 また、音声を聞く際に、予測をしながら聞いていることも窺えた。たとえば、二つの祭りが順番に紹介されるテキストを聞くときには、一つ目の祭りの話を聞いた後、二つ目に話される内容を予測して聞いていた。

 A2・「(祭りの説明では)最初は場所の名前、あとで、その場所で何が行われるかに気をつけた。そして、あの、場所で行われることの特徴に気をつけた」

2・ アルファベットの後の数字 1、2 はそれぞれ、1 回目、2 回目のインタビューであることを示す。

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さらにここでは、「場所の名前」「特徴」という上位概念を想起し、そこに焦点を当てて予測しながら聞いていることが窺われた。

4.1.2語彙・文法に注目する 学習者は語彙や文法、特に語彙に注目して聞いていた 3。

 D1・「わからなかったことがあったら、紙で書いて、メモして、その後は辞書で調べます」

 C1・「もし難しいことがあったら、書く、わからなかったことがあったら、紙で書いて、後で調べますとか」

というように、語彙に注目し、メモをとり、辞書を使う。パワーポイントの文字や図 4、あるいは、語彙リストの漢字などの資料を活用してことばの意味を捉えようとした学習者もいる。

 A2・「あ、このテキストを聞きながら、パワーポイントのビデオを見て、あの、名前は全部わかりました。ビデオは役に立つと思います」

 D2・「漢字も。紙の一番下(欄外の語彙リスト)にありましたから」また、文脈から語彙を類推したり、

 D1・「この文の(…)流れによって、このことばの意味は何でしょうかと自分で考えて」

テキストの説明を活用したりしていた。 D2・「「さこく」あったけど、「さこく」の後に、説明してくれて、わかりました」

さらに、ある学習者は、どんなことに気をつけて聞いているかという質問に対し、 C2・「どんなこと。最初は文法ですよね。(…)そのあとはまあ、わからない

ことばがあったら、書くと言うことです。(文法というのは、例えばどんなこと?)例えば、あ、まあ、「から」とか「ため」とか、文を作るための文法です」

というように、接続表現から論理関係をつかみ、内容理解につなげようとしていた。 以上のようなことから、学習者は音声を聞くときに、話の主旨をつかむという

3・ ただし、これはインタビューの質問 3)で聞いたために学習者から多く言及された答えである可能性がある。

4・ 本教材では、パワーポイントを見ながら聞き取りの練習する課が含まれている。その際、学習者は音声を聞きながらパワーポイントの図、絵、文字を参照している。

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トップダウン処理と、語彙・文法に注目するというボトムアップ処理を並行して行っていると言えるのではないだろうか。

4.2話し合い 授業では、問題 A(○×問題)、問題 B(Q&A 問題)の答え合わせの前に、話し合いを行っている。互いの答えが食い違う場合には、どの答えが合っているか話し合う。 インタビューの結果、話し合いが誤りの修正、忘れていたことの想起に役立ち、テキストの内容理解を深めていることが窺われた。

 C1・「質問の答えは、少しわからなかったところがあって、相手に聞いたときは、役に。はいはい。お互いになんか、わからないところがあったら、隣に。…思い出すから。あ、じゃ、これはそういう意味だったとか。全部頭の中に入らないから、2 回だけ聞いた」

 A1・「(話し合いは)今はほんとうに、役に立つものと思います。あの、聞いてから、たとえば、えーと、質問に答えてから、えーと、隣の人に、話し合います。あの、もし、たとえば、○×の問題があります。たとえばそういうことを、ディスカッションして、ああ、たとえば、ただしい答えをわかるようになります」

 このように、話の要点をつかむ上で、話し合いも理解の助けになっている。

4.3要約を書くときの意識・行動 質問項目の

5)・要約を書くとき、どうやって書いたか。6)・今日の要約は難しかったか。

に対する答えをもとに分析を行う。

4.3.1字数制限 要約は、字数を制限し(150 〜 200 字程度)マス目に書かせたが、その制約が学習者にとって大きな負担になっていたようである。このような発言は 1 回目のインタビューで聞かれた。

 D1・「ほんとにこの、げん、よんかくのこの紙(筆者注:原稿用紙)のところはちょっと短すぎると思った。(ああ、そうですか。)あー、よく、だから、

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そうできないと、(短くするのは難しい?)難しいと思います」 C1・「要約は短かったから、書くところ。どうやって短くしていくの?」 B1・「オーディオを聞くとき、ああ、たくさんのことをききました。でもそ

の要約の場合は、えーと、短いことばで、書かなければなりませんから、時々難しいです」

 長い話を短くまとめるのが難しいという発言が多かったが、これ以外に、要約が普段作文などで詳しく書こうと心がけていることとは異なるものであると指摘する発言もあった。

 D1・「私、いつも長い、長く書きますから、ちょっとだけ難しかったです。いつも長い書こうとしますから…」

 しかし、2 回目のインタビューでは、このような字数制限に関するコメントはまったく聞かれなかった。

4.3.2書くべきことの選択 2 回目のインタビューでは、要約を書くときに要点の選択を行っていると全員が発言した。

 D2・「要約は、一番大切のこと。たとえば、長崎の歴史。どうしてこの猫は長崎で多かったか。こんなこと。歴史的な」

 E1・「あの、どういうふうに全部、あの一番大切なものを書きますか、ちょっと、わかりません。これは、わたしにとって大切ですけど、先生は、あの、それと思わない。」

E1 の場合には、自分の選択の基準が正しいかどうかについてもモニターしている。このように 2 回目には学習者は、短くすることから、重要なポイントを書くことに重点を移していることが見て取れた。 また、C2 は選択のみならず、要約の構成にも言及している。

 C2・「もっと自分のことばで、聞いた後、わかったこと、わかったことだけ書きました。なんか要約、前できなかったから、今は頭の中の、理解できたことを前は書けなかった、どの順番で書いたほうがいいとか、(はい)でも、今は少しだけ書けるようになってきたと思います。」

4.3.3メモ わからないことばについては、1 回目から全員がメモしていたが、大事なこと

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をメモしていたのは 5 名中 3 名(A、C、E)であった。メモしない学習者は、記憶をもとに要約を書いた。しかし、2 回目には、全員が自分のメモをもとに要約を書いていた。

 ・D1・「(どうやって要約を書きましたか)覚えていました。一番大切な要約、えー、し、しようと思って書きましたけど。(あーそうですか。)メモするのはちょっと難しいかなあと思います」

 D2・「(どうやって要約を書きましたか)要約は、一番たいせつのこと。たとえば、長崎の歴史。どうしてこの猫は長崎で多かったか。こんなこと。歴史的な。(自分が書いたメモとか、表がありますよね。質問の紙もありますよね。どれを一番よくみましたか)最初のところ(筆者注:メモのこと)。理由と。どうして猫が長崎に来ましたか。と、理由も。(理由のところは、何に書いてあったんですか)理由は、自分のメモから」

 D は要約に書いたことを思い出すときに、「長崎の歴史」「理由」など、上位概念の語彙を使っている。これは、表問題 5で上位概念を表す語を学んだ成果であると言えよう。

4.3.4メモ以外の情報源 学習者は、要約を書くときメモ、記憶以外に、問題 B(Q&A 問題)や問題 C(表やノートの穴埋め問題)の答えを情報源として使っていた。

 B2・「C の問題を見て大体、そのことばを使って書きました」 A2・「(要約するとき、表をみたほうがいいですか。それとも補足の質問や、

自分の書いたメモをみるのと、どれが一番役に立ちそうですか。)多分、補足の紙(=問題 B)と思う。でも、補足の紙と、表、なんか、一番大事なものと思います。」

 以下の B1 の発言は、問題 B(Q&A 問題)や C(表やノートの穴埋め問題)が要約を書くための助けになることを示すものである。

 B1・「いつもは、自分のメモを見て、要約します。(でも今日は質問を見た。どうして?)今日は、ちょっと、うーん、その話の、中心はあまりわかりませんでしたから、あー、わかりませんでしたから、質問の答えを見

5・ 問題 C には、内容を整理した構成表の空欄に、適切な表現を記入する問題がある。上位概念の語彙を記入する問題が多い。

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ながら書きました…質問の答えが、あったから、(要約は)あまり難しくなかった」

この発言は、問題 B、C が要約を書くための足掛かりになりうること、また、レベルが高い学生には、問題 B、C を見せずに要約を書かせなければ練習にならないことを示唆している。

5. まとめと今後の課題 本調査からは以下のような点が示唆された。 第一に、要約作成をする課題がある場合には、学習者が話を聞くときに、話の要点に注目することが明らかになった。 第二に、わからないことばについては、聞き取ってさまざまな方策を用いて意味を知ろうとしていることも窺われた。 第三に、要約を作成するときには、文字制限が学習者にとって大きな負担となっているが、それが要点の取捨選択につながっていることが示唆された。 本調査はパイロットスタディということで、いくつかの課題が示された。まず、分析をより精緻化するために、質的研究法の一つである修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)などの手法を取り入れることが必要であろう。また、インタビューでは、学習者の発話が不明確なときなど、より詳しく答えを引き出すような工夫が求められる。今後はこのような点を踏まえ、新たな調査を行いたい。

要旨 本研究は、聴解活動において要約作成が談話のポイントを把握する上で、どのような意義を持つかを検証するためのパイロットスタディである。インタビューをもとに、学習者がどのように要約文を作成するかを探った。その結果、要約作成をする課題がある場合には、学習者が話を聞くときに、話の要点に注目することが明らかになった。要約を作成するときには、文字制限が学習者にとって大きな負担となっているが、それが要点の取捨選択につながっていることが示唆された。

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参考文献卯城祐司(2009)『英語リーディングの科学―「読めたつもり」の謎を解く―』研究社梅村修(2005)「日本語の要約談話スキル—留学生と母語話者との比較から—」『日本語・

日本文化』第 31 号 大阪大学西條剛央(2011)『ライブ講義・質的研究とは何か SCQRM ベーシック編』新曜社佐久間まゆみ(1993)『要約文の表現類型』くろしお出版

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Thesignificanceofthesummarytaskinthelisteningactivity

TASHIRO Hitomi, NAKAMURA Noriko, OOKI Rie

Thisstudyisapilotstudyforustoverifywhatsignificancedoessummarymaking

may have, in grasping the points of passage in the listening activity. We investigated how

the learners could make summary sentences. As a result, it has come out that the learners,

given a task to make a summary, pay more attention to the points of the passage when

they listen to the tape. And when they write the summary, they feel burdened with the

limitation in number of words they can use, which leads to making their choice of these

points.

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