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平田竹男 平田竹男 オフ・ザ・ピッチ 戦略 o f f t h e p i t c h vol.03 苦しんだインバウンド競争、 今こそ反転攻勢の時 短期連載 短期集中連載第3回は対アジア戦略につ いて。世界的スター選手がアジア各クラ ブへ移籍するニュースは、もはや珍しいこ とではなくなった。翻ってJリーグはどう か。資金力、ブランディング力、国際競争 力。オフ・ザ・ピッチの戦いがオン・ザ・ピッ チの戦いに直結する。そして今こそ、日本 が再び優位に立つチャンスが訪れている ということだが…? 構成◎伊藤亮 Ryo Ito 撮影◎原壮史 Masashi Hara 20 1 AMember AssociationJ20 46 10 2015年 J1クラブに関連する 主な企業営業利益(億円) 社名 2012年 2013年 2014年 トヨタ自動車 3,556 13,209 22,921 NTT 12,230 12,020 12,137 日立 4,123 4,220 5,328 日産自動車 5,458 5,235 4,984 新日鐵住金 794 201 2,984 JR東日本 3,600 3,976 4,068 パナソニック 437 1,609 3,051 東京ガス 771 1,456 1,660 富士通 1,053 953 1,426 マツダ -387 539 1,821 三菱自動車 637 674 1,234 楽天 501 902 1,064 110 SOCCER CRITIQUE

ジーコ、リネカー、リトバルスキー、ディア 平平田竹男田竹 …¬¬3回.pdfoff the pitch インバウン ド競争を制し、フ ォルラン(C大阪)やアデミ

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平田竹男平田竹男オフ・ザ・ピッチ

戦略

o f f t h e p i t c h

vol.03

苦しんだインバウンド競争、今こそ反転攻勢の時

短期連載

短期集中連載第3回は対アジア戦略について。世界的スター選手がアジア各クラブへ移籍するニュースは、もはや珍しいことではなくなった。翻ってJリーグはどうか。資金力、ブランディング力、国際競争力。オフ・ザ・ピッチの戦いがオン・ザ・ピッチの戦いに直結する。そして今こそ、日本が再び優位に立つチャンスが訪れているということだが…?構成◎伊藤亮 Ryo Ito撮影◎原壮史 Masashi Hara

アジアでのインバウンド競争で

後塵を拝する日本

 

ジーコ、リネカー、リトバルスキー、ディア

ス、ストイコビッチ、ブッフバルト、スキラッ

チ、そして現役代表であったレオナルド、ジ

ョルジーニョ、ドゥンガなど…。Jリーグが

始まった頃、日本にやってきた世界的スタ

ー選手は、名前を挙げたらきりがないほど

でした。彼らを一目見ようと多くの人々が

スタジアムへ足を運んだように、世界的ス

ター選手の存在は競技レベルの面だけで

なく集客面でも大きな影響力を持ち、そ

の後の日本サッカーの成長に間違いなく一

役買いました。現在もフォルランといった

有名選手がJリーグに所属していますが、

当時と比較すると豪華さにはどうしても

ギャップを感じます。

 

そして、20年ほど前のJリーグで起き

た現象が、2000年代も半ばから同じア

ジアのカタールやUAEといった中東、そし

て中国で起こっています。例えば、現役ブ

ラジル代表のジエゴ・タルデッリがアトレテ

ィコ・ミネイロから山東魯能へ移籍し、中

国リーグから初のセレソンが招集されまし

た。ACL出場のJクラブにおいて、アジア

以外の国籍の選手のうちA代表経験の

ある選手は1人(浦和のズラタン)、一方で

中国・韓国・オーストラリア・中東のクラブ

には欧州・南米出身のA代表経験者が数

多くいます。インドの国内リーグでは「マー

キープレイヤー制度」を導入。リーグを戦

う8クラブに、一人ずつ世界的有名選手を

所属させる制度でデル・ピエロやアネルカ、

ネスタといったピークを過ぎたとはいえ、

知名度の高い選手が集結しています。

 

このように現在のアジアで、日本は世

界の有力な選手を自国リーグに集める

「インバウンド競争」に遅れをとっていま

す。その結果か、ACLでも苦戦を強いら

れ、AFCのMA(M

ember A

ssociation

ランキングでも4位に甘んじています。

日本にチャンスが

やってきている

 

現状をいかに打破し、かつてのような盛

況と強さを取り戻すのか。私は、今年から

来年こそが最大のチャンスだと考えてい

ます。

 

理由は日本企業の業績がイッキに向上

してきたこと。そして同時に中東の油価

が急落したことです。Jリーグ各クラブに

関連する企業の業績を見ますと(表)、

2014年になってほとんどの企業の営

業利益が伸びています。利益だけで2兆

円を超えているトヨタ自動車を筆頭

に、日立、パナソニックなど急激な伸び

が見られます。ここまで良い景況感

は、おそらくJリーグ発足後初めてな

のではないでしょうか。Jリーグがブー

ムになっていたとはいえ、開幕した

1993年当時はバブル崩壊直後。ま

さに「失われた20年」にさしかかる時

期でした。

 

逆に考えると、各企業の方々には苦

しい期間、よくクラブをサポートして

いただいた…。JFAのOBとしてはし

みじみ感じるわけですが、ここはもう一つ、

力を貸していただけないかと思うわけで

す。地域密着、自立経営を進めるJリーグ

ですが、これからアジアとその先の世界を

見渡した時に、企業の力の活用なしには

太刀打ちできないのも事実です。なぜな

ら中東や中国は企業のバックアップを受け

て有力選手を集めているのですから。

 

加えて中東の油価が急激に下がったこ

とも追い風になっています。2012年3

月に1バレル約122USドルだったドバイ

の油価は、2015年1月には約46USド

ルまで下落。対中東とのインバウンド競争

という点では、まさに立場が逆転したとい

っていいでしょう。

Jクラブの人件費を

5〜10億円重ねる

 

そこで提案したいのが、Jリーグで大企

2015年J1クラブに関連する主な企業営業利益(億円)社名 2012年 2013年 2014年

トヨタ自動車 3,556 13,209 22,921NTT 12,230 12,020 12,137日立 4,123 4,220 5,328日産自動車 5,458 5,235 4,984新日鐵住金 794 201 2,984JR東日本 3,600 3,976 4,068パナソニック 437 1,609 3,051東京ガス 771 1,456 1,660富士通 1,053 953 1,426マツダ -387 539 1,821三菱自動車 637 674 1,234楽天 501 902 1,064

110S O C C E R C R I T I Q U E

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o f f t h e p i t c h

インバウンド競争を制し、フォルラン(C大阪)やアデミウソン(横浜FM)のようなサッカー強豪国で代表を張る即戦力がJリーグに数多く加入する未来は近い?

てくれる可能性が高まります。

 

日本は現在、アジアにおいて「インバウン

ド競争」では遅れをとっていますが、Jリー

グから欧州へ選手を輩出する「アウトバン

ド競争」では先を行っています。ACミラ

ンの本田、ドルトムントの香川、インテルの

長友、シャルケの内田…、これほどまでに

欧州強豪クラブへ選手を輩出しているア

ジアの国はまだありません。彼らの存在

は、じつはJリーグのブランディングに大き

く貢献してくれているのです。

 

このタイミングでインバウンドを促すこ

とができれば、少なくともアジアの国際

競争力において優位に立てます。一方で、

各クラブのGMやスカウトは、これまでと

違った考え方が求められるようになりま

業と繋がりの強いクラブのうち、ACLを

目指すクラブは人件費をプラス10億円、

それ以外のクラブは人件費をプラス5億

円して補強を進めるということです。有

力外国人選手の定義を「ワールドカップベ

スト16常連国のユース代表以上、もしくは

元代表選手」と仮定して集め、外国人枠

をフルに使う。

 

そうすればアジアで勝てるかというと、

もちろん保証はありません。以上の手を

打ったところで、依然として中国クラブと

の資本力の差は歴然としています。しか

し、各クラブが同時に動き始めれば、世界

に「Jリーグが変わった」というメッセージ

を発信できますし、移籍を迷う選手も

「みんなが来るなら」とJリーグを選択し

す。GMは、繋がりの強い企業に対して5

〜10億円を出してもらうことによるメリ

ットを説けるプレゼンテーション能力が不

可欠になるでしょう。そしてスカウトは、

これまでコストカットばかり求められ、移

籍市場の端しか見られなかった立場から、

ど真ん中を見つめ的確な補強に結びつけ

る眼力を試されます。もはや言い訳はき

きません。求められるのは即戦力ですか

ら、お試し期間も存在しないと考えた方

がいいでしょう。

 

これまで最大の選手の輸出国はブラジ

ルでした。が、ブラジルも経済力が上がり、

自国リーグで魅力的なペイメントができ

るようになっています。サッカーは世界と

連関していますから、今後は欧州リーグだ

けでなくブラジルリーグとの駆け引きを

制して、かつ中国の牙城を崩す。道は決し

て平坦ではありません。

 

一方で、ACLを抜ければクラブW杯と

いうワールドマーケットが見えてきます。フ

ロントが勝負すれば観客もついてくるは

ず。今の日本は景気指数が上がっていると

はいえ相変わらず閉塞感が漂っています。

ですが、特にサッカーは内を向いていたら

外に取り残されるだけです。今こそアグレ

ッシブに明るい話題で世界に打って出る。

景気のいい話題を提供できる要素が、実

は今のJリーグにはあるのです。

ひらた・たけおひらた・たけお/1960年生まれ。大阪府出身。1982年、横浜国立大卒業、同年通商産業省(現経済産業省)入省。1988年、ハーバード大ケネディスクール卒業。1989年~1991年産業政策局サービス産業室室長補佐。この間にJリーグ設立、2002年W杯日本開催招致、サッカーくじ創設に携わる。1991~1994年、在ブラジル日本大使館一等書記官。その後資源エネルギー庁石油天然ガス課長を最後に退官し、2002年~2006年まで日本サッカー協会専務理事を務めた。その後、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科教授に就任。その他、日本スポーツ産業学会理事長、日本陸上競技連盟理事、日本体育協会理事、日本プロテニス協会常務理事、東京マラソン財団理事(2013年まで)も務める。2013年より内閣官房参与、2020年オリンピック・パラリンピック東京大会推進室室長。

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