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ランドスケープユニットを用いた都市型里山の空間特性分類と 景観評価への展開 菊池 佐智子 1) ,李 赫宰 1) ,松下 由佳 2) ,輿水 肇 2) 明治大学 研究・知財戦略機構 1) ,明治大学 農学部 2) Progress toward a Scenic Evaluation and Classification based on Landscape Units (L.U.) for the Urbanized-Satoyama KIKUCHI Sachiko 1) LEE Hyukjae 1) MATSUSHITA Yuka 2) KOSHIMIZU Hajime 2) Organization for the Strategic of Research and Intellectual Property, Meiji University 1) School of Agriculture, Meiji University 2) 1. はじめに 都市型里山とは,戦後の住宅用地を中心とする各 種用地の大規模開発により残された丘陵地の伝統的 な土地利用パターン(里山)である.その立地が大規 模住宅地に近い都市型里山は,都市近郊に残された 自然環境として今日的な意義や価値,都市住民との 菊池佐智子,明治大学研究・知財戦略機構,044-934-7161 044-934-7902[email protected] 新たな関係の構築が重要な課題である.松井ら (1997)は,小さな谷がたくさん入り込み,複雑な斜 面の集合からなる微地形単位に着目し,土壌や植生, その他の自然環境要素との組み合わせから,丘陵地 の成因や現状,その動態を把握した.自然と人工が 混在する都市型里山を対象とする本研究においては, 微地形単位と地形や人為的・自然的営力などミクロ スケールの環境傾度や撹乱要因により変化する植生 ABSTRACT The aim of this study is to distinguish spatial characteristics according to “Landscape Units (L.U.)” and stored them in GIS. A case study area of the urbanized-satoyama is located the Tama hill at Kawasaki city. To examine the relationship with L.U. and the scenic evaluation of the urbanized-satoyama, we took samples of satoyama landscapes and photo spots. KEYWORDS 都市型里山 (Urbanized-satoyama) ,微地形単位 (Microscopic topography units),植生単位(Vegetation units),景観評価(Scenic evaluation),景注視特性(Scenic visual attention)

ランドスケープユニットを用いた都市型里山の空間 …ランドスケープユニットを用いた都市型里山の空間特性分類と 景観評価への展開

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Page 1: ランドスケープユニットを用いた都市型里山の空間 …ランドスケープユニットを用いた都市型里山の空間特性分類と 景観評価への展開

ランドスケープユニットを用いた都市型里山の空間特性分類と

景観評価への展開

菊池 佐智子 1),李 赫宰 1),松下 由佳 2),輿水 肇 2)

明治大学 研究・知財戦略機構 1),明治大学 農学部 2)

Progress toward a Scenic Evaluation and Classification based on Landscape Units (L.U.) for the Urbanized-Satoyama

KIKUCHI Sachiko1),LEE Hyukjae1),MATSUSHITA Yuka2),KOSHIMIZU Hajime2) Organization for the Strategic of Research and Intellectual Property, Meiji University 1),

School of Agriculture, Meiji University2)

1. はじめに 都市型里山とは,戦後の住宅用地を中心とする各

種用地の大規模開発により残された丘陵地の伝統的

な土地利用パターン(里山)である.その立地が大規

模住宅地に近い都市型里山は,都市近郊に残された

自然環境として今日的な意義や価値,都市住民との 菊池佐智子,明治大学研究・知財戦略機構,044-934-7161,

044-934-7902,[email protected]

新たな関係の構築が重要な課題である.松井ら

(1997)は,小さな谷がたくさん入り込み,複雑な斜

面の集合からなる微地形単位に着目し,土壌や植生,

その他の自然環境要素との組み合わせから,丘陵地

の成因や現状,その動態を把握した.自然と人工が

混在する都市型里山を対象とする本研究においては,

微地形単位と地形や人為的・自然的営力などミクロ

スケールの環境傾度や撹乱要因により変化する植生

ABSTRACT The aim of this study is to distinguish spatial characteristicsaccording to “Landscape Units (L.U.)” and stored them in GIS. A case study area ofthe urbanized-satoyama is located the Tama hill at Kawasaki city. To examine therelationship with L.U. and the scenic evaluation of the urbanized-satoyama, wetook samples of satoyama landscapes and photo spots. KEYWORDS 都 市型 里山 (Urbanized-satoyama) , 微地 形単位 (Microscopictopography units),植生単位(Vegetation units),景観評価(Scenic evaluation),景観

注視特性(Scenic visual attention)

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単位の組み合わせを用いることが,その自然環境パ

ターンと特性把握に有効である.しかし,微地形単

位と植生単位との対応関係に着目した分析は,都市

型里山の空間的資産の価値評価を可能にするだけで

あり,都市型里山と都市住民との新たな関係構築に

向けた一資料としては不十分である.そこで,本研

究では,微地形単位と植生単位の組み合わせ「ランド

スケープユニット(Landscape Units:L.U.)」を用い

て都市型里山の空間特性を分類し,好ましい里山景

観のサンプリングとその撮影ポイントの把握から,

L.U.と里山景観の注視特性の関係性を検討した.

2. 研究の方法 2.1 ケーススタディ地域の概要

都市型里山のケーススタディは,神奈川県川崎市

麻生区黒川の黒川上地区とその周辺を選定した(以下,黒川地域).黒川地域は,大規模な住宅地開発が

進められた多摩丘陵において,雑木林,谷津田,畑,

集落が一体となった里山景観を残している.市街化

調整区域として,農業振興地域と農用地区域に指定

された当地域は,近年,高齢化や後継者不足の経済

的社会的問題により,農地の遊休地化や転用,開発

許可のない資材置場や墓地造成など,必ずしも周辺

の環境と調和しない土地利用が進みつつある(川崎

市まちづくり局都市計画部都市計画課,2007).

図 1 ケーススタディ地域 (赤点:小田急線黒川駅)

このような背景を持つ黒川地域の空間特性を分類

し,L.U.と里山景観の注視特性を議論することは,

都市型里山の抱える問題の解決策に一定の示唆を与

えることができると判断した. 2.2 現状把握に用いた L.U.の作成 2.2.1 用いたデータ 本研究では,国土地理院が発行している数値地図

や市区町村が作成している地形図など,入手可能な

デジタルデータを使用した.地形は,東京デジタル

マップの「東京都縮尺 2,500 分の 1 地形図(以後,地

形図)」,植生は,生物多様性情報システムの「自然環

境保全基礎調査 植生調査(以後,植生図)」を使用し

た.GISアプリケーションは,ESRI社のArc GIS 8.2を使用した. 2.2.2 L.U.の作成 はじめに,Arc GIS の Spatial Analyst の水門解

析の拡張プログラム Arc Hydro によって,地形図か

ら,可能な限り小規模な集水域を抽出した.次に,

地形図から,「丘陵地谷頭部を行使する微地形単位

(田村,1987)」を検討し,等高線の傾斜変更点から微

地形を読み取り,Arc GIS の図形描画機能を用いて

抽出した.そして,第 3 回,4 回,5 回の植生図か

ら現存植生図を作成した.上記の方法で作成した微

地形区分図と現存植生図をインターセクトして L.U.を作成した.

図 2 L.U 概念図

2.3 里山景観サンプリングと行動パターン調査 2.3.1 調査概要 好ましい里山景観のサンプリングは,2007 年 7

月 28 日,明治大学学生 15 名を対象に実施した.ル

ートは,雑木林,畑を中心とした丘陵グループ,谷

津田,集落を中心とした谷グループとした.参加者

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には,レンズ付きフィルム(27 枚撮り)と図 3 に示し

た地図を配布し,そのルートに従って移動し,好ま

しいと感じた景観を撮るよう説明した.

図 3 サンプリングのルート(赤:丘陵,青:谷)

撮影は,(1)客観的な写真,(2)理解する写真,(3)空間を表現する写真,(4)全体を表現する写真,(5)撮影枚数は制限しない,(6)配布したレンズ付きフィ

ルムを使いきることを伝えた.配布した地図には,

撮影方向を矢印で記載させ,各グループ 1 台ずつ準

備したGPS端末(I-O データ社製 CFGPS2)で撮影ポ

イントを捕捉した. 2.4 GIS への格納の方法

表 1 撮影方向の定義づけ

撮影した里山景観は,スキャナ(EPSON 社製

ES-8000)で PC に取り込み,撮影方向はキーボード

のテンキーと対応させ,属性情報として格納した.

3. 結果 3.1 単純集計からみたケーススタディ地域の特徴

図 5 微地形単位その面積(㎡)

図 6 植生単位とその面積(㎡)

図 7 L.U.配置図

黒川地域の特徴は,東部に人工地形が広がってい

ること(図 5),北西部にクヌギ-コナラ群集からなる

雑木林が広がっていること(図 6),L.U.の配置(図 7)からも自然と人工の混在の程度が明らかになった. 3.2 撮影された好ましい里山景観の傾向

表 2 里山景観の傾向

黒川地域の特徴となる里山景観を把握するため,

撮影ポイントと景観の構成要素に着目して,「水田」

「丘陵」「農道」「雑木林」の特性を設定した.撮影枚数

は 257 枚,うち水田 104 枚,丘陵 71 枚,農道 57枚,雑木林 25 枚であった.

3.3 景観注視特性の傾向

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丘陵,谷ルートの撮影ポイントと L.U.を同時表示

させた.

図 8 L.U.と景観注視特性の関係性(緑:丘陵,水色:谷)

L.U.と丘陵・谷ルートの撮影ポイントに何らかの

関係性が考えられたため,撮影ポイントの撮影方向

で再分類した(図 9).

図 9 丘陵・谷グループの撮影方向

丘陵・谷のどちらのルートにおいても,すべての

方向について,ランダムに撮影されていることが示

された.

4. 考察と今後の展開

地形単位と植生単位の組み合わせから,都市型里

山の自然環境を把握する試みは,中地形レベルの研

究(片桐ら,2004,厳ら,2005,椎名ら,2005,山

本,2000)が多く,微地形レベルでの研究事例は少な

い.微地形単位と植生単位の組み合わせ「ランドスケ

ープユニット(Landscape Units:L.U.)」の使用は,

自然と人工が混在する都市型里山の空間特性の分類

の一資料となることが示唆された.本稿では,L.U.の特性とその有効性に関する議論が不足しているこ

とから,Takeuchi ら(1990)の数量化理論Ⅲ類や

Jacobs(1974)の選好性指数 I などを用いて,L.U.概念の明確化が求められる.撮影ポイントと景観構成

要素に着目して里山景観を分類したところ,その数

の多い順に「水田」「丘陵」「農道」「雑木林」と類別され

た.これは,「雑木林」が住民の伝統生活の場に隣接

する里山に代表される半自然として,その保全が考

慮されていなかったためと考えられる.都市型里山

の適切な利用と管理には,立場の異なる都市住民が,

都市型里山を共有できる地域資産として位置付ける

必要がある.そこで,L.U.概念と都市型里山の景観

注視特性の関連性を分析し,都市住民が地域資産と

して共有できる都市型里山の空間的景観的特徴の把

握を進めることが,今後の課題である.

引用文献

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村俊和 (1980) 地形の分類方法について.「西村嘉助先生退官記念地理学論文集」,

pp82~88,古今書院.松井健・武内和彦・田村俊和編 (1997) 『丘陵地の自然環境―そ

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