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一般社団法人 電子情報通信学会 信学技報 THE INSTITUTE OF ELECTRONICS, IEICE Technical Report INFORMATION AND COMMUNICATION ENGINEERS This article is a technical report without peer review, and its polished and/or extended version may be published elsewhere. Copyright ©20●● by IEICE エラスティック光アグリゲーションネットワーク(EλAN)における 光アドホックネットワークの波長予約手法 伊佐治 義大 佐藤 丈博 岡本 山中 直明 †慶應義塾大学 大学院理工学研究科 223-8522 神奈川県横浜市港北区日吉 3-14-1 E-mail: [email protected] あらまし エラスティック光アグリゲーションネットワーク(EλAN)では,ネットワーク故障発生時にアクティ ブ型の Optical Distribution Network (ODN)により柔軟にアクセスパスを再構成し,他局舎の Optical Line Terminal (OLT)Optical Network Unit (ONU)を再収容することで,接続性を回復することが期待されている.多数の局舎が 機能停止する大規模災害時において,OLT ONU 間の伝送距離制限を打破するための手法として光アドホックネ ットワークが提案されている.しかし,救済対象の ONU 群と隣接 ONU 群との間に割り当てる波長決定手法がこれ まで未考慮であった.本論文では光アドホックネットワークを実現するための波長予約手法を提案する.計算機シ ミュレーションにより,提案した波長選択手法を適用した光アドホックネットワーク方式の特性評価を行った.ネ ットワーク内デバイスの故障率 40%時において,リストレーション方式のみの適用時から ONU 群救済率を更に 20% 以上向上可能であることを示した. キーワード 光アドホックネットワーク,アクセスネットワーク,故障救済,波長割当 Wavelength Reservation Method for Optical Ad Hoc Networking in the Elastic Lambda Aggregation Network Yoshihiro Isaji Takehiro Sato Satoru Okamoto and Naoaki Yamanaka Graduate School of Science and Technology, Keio University 3-14-1 Hiyoshi, Kohoku-ku, Yokohama-shi, Kanagawa, 223-8522 Japan E-mail: [email protected] Abstract In the elastic lambda aggregation network (EλAN), access paths are flexibly reconfigured by the active optical distribution network (ODN) when a network failure occurs. It is expected that an optical line terminal (OLT) of another central office (CO) recovers the connectivity of optical network units (ONU). The optical ad hoc networking has been proposed as a method to overcome the transmission distance limitation between the OLT and the ONU in the case of a large-scale disaster in which a large number of COs are out of service. In this paper, we propose the wavelength reservation method to realize the optical ad hoc networking. By computer simulation, the optical ad hoc networking applying the proposed wavelength selection method achieves ONU group rescue rate higher than 20% the restoration method when the failure rate of the network device is 40%. Keywords Optical Ad Hoc Networking, Access Network, Disaster Recovery, Wavelength Allocation 1. はじめに 家庭での動画配信サービス等の広帯域アプリケー ションの需要や, Wi-Fi スポット設置の増加に伴い, インターネットトラヒックは増加の一途をたどってい る. 2016 9 月時点では Fiber To The Home (FTTH) 利用者数は 2,867 万に達し [1] ,我々の生活に必要不可 欠なインフラストラクチャとなっている. 光アクセスネットワークでは, FTTH において Passive Optical Network (PON) が広く使用されている. PON では局舎側端末である Optical Line Terminal (OLT) と加入者側端末である Optical Network Unit (ONU) を,幹線ファイバと光スプリッタにより 1 対多 で接続する.PON における災害対応として予備系を予 め設置するプロテクション方式が採用されている [2] しかしながら,プロテクションによる障害対策だけ では,地震等に起因する幹線ファイバの障害,現用系 及び予備系を収容する局舎の倒壊により通信断絶が生 じる.2011 3 月に発生した東日本大震災では,固定 通信において 385 ビルが機能停止し,約 190 万回線が 罹災した [3] .従って,大規模災害時に通信の継続を可 能とするため,プロテクション方式を超えた高可用性 を提供する新しい故障回復手法が期待される.

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一般社団法人 電子情報通信学会 信学技報 THE INSTITUTE OF ELECTRONICS, IEICE Technical Report INFORMATION AND COMMUNICATION ENGINEERS

This article is a technical report without peer review, and its polished and/or extended version may be published elsewhere.

Copyright ©20●● by IEICE

エラスティック光アグリゲーションネットワーク(EλAN)における 光アドホックネットワークの波長予約手法

伊佐治 義大† 佐藤 丈博† 岡本 聡† 山中 直明† †慶應義塾大学 大学院理工学研究科 〒223-8522 神奈川県横浜市港北区日吉 3-14-1

E-mail: [email protected]

あらまし エラスティック光アグリゲーションネットワーク(EλAN)では,ネットワーク故障発生時にアクティブ型の Optical Distribution Network (ODN)により柔軟にアクセスパスを再構成し,他局舎の Optical Line Terminal (OLT)が Optical Network Unit (ONU)を再収容することで,接続性を回復することが期待されている.多数の局舎が機能停止する大規模災害時において,OLT と ONU 間の伝送距離制限を打破するための手法として光アドホックネットワークが提案されている.しかし,救済対象の ONU群と隣接 ONU群との間に割り当てる波長決定手法がこれまで未考慮であった.本論文では光アドホックネットワークを実現するための波長予約手法を提案する.計算機シ

ミュレーションにより,提案した波長選択手法を適用した光アドホックネットワーク方式の特性評価を行った.ネ

ットワーク内デバイスの故障率 40%時において,リストレーション方式のみの適用時からONU群救済率を更に 20%以上向上可能であることを示した. キーワード 光アドホックネットワーク,アクセスネットワーク,故障救済,波長割当

Wavelength Reservation Method for Optical Ad Hoc Networking in the Elastic Lambda Aggregation Network

Yoshihiro Isaji† Takehiro Sato† Satoru Okamoto† and Naoaki Yamanaka†

†Graduate School of Science and Technology, Keio University 3-14-1 Hiyoshi, Kohoku-ku, Yokohama-shi, Kanagawa, 223-8522 Japan

E-mail: [email protected]

Abstract In the elastic lambda aggregation network (EλAN), access paths are flexibly reconfigured by the active optical distribution network (ODN) when a network failure occurs. It is expected that an optical line terminal (OLT) of another central office (CO) recovers the connectivity of optical network units (ONU). The optical ad hoc networking has been proposed as a method to overcome the transmission distance limitation between the OLT and the ONU in the case of a large-scale disaster in which a large number of COs are out of service. In this paper, we propose the wavelength reservation method to realize the optical ad hoc networking. By computer simulation, the optical ad hoc networking applying the proposed wavelength selection method achieves ONU group rescue rate higher than 20% the restoration method when the failure rate of the network device is 40%.

Keywords Optical Ad Hoc Networking, Access Network, Disaster Recovery, Wavelength Allocation

1. はじめに 家庭での動画配信サービス等の広帯域アプリケー

ションの需要や,Wi-Fi スポット設置の増加に伴い,インターネットトラヒックは増加の一途をたどってい

る.2016 年 9 月時点では Fiber To The Home (FTTH)の利用者数は 2,867 万に達し [1],我々の生活に必要不可欠なインフラストラクチャとなっている.

光アクセスネットワークでは, FTTH において

Passive Optical Network (PON)が広く使用されている.PON では局舎側端末である Optical Line Terminal (OLT)と加入者側端末である Optical Network Unit

(ONU)を,幹線ファイバと光スプリッタにより 1 対多で接続する.PON における災害対応として予備系を予め設置するプロテクション方式が採用されている [2].しかしながら,プロテクションによる障害対策だけ

では,地震等に起因する幹線ファイバの障害,現用系

及び予備系を収容する局舎の倒壊により通信断絶が生

じる.2011 年 3 月に発生した東日本大震災では,固定通信において 385 ビルが機能停止し,約 190 万回線が罹災した [3].従って,大規模災害時に通信の継続を可能とするため,プロテクション方式を超えた高可用性

を提供する新しい故障回復手法が期待される.

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大規模障害発生時に OLT - ONU間に柔軟なアクセスパスを再構築可能な Elastic Lambda Aggregation Network(EλAN)の研究開発が進められている [4-10].現在の PON における OLT - ONU 間の構成が 1 対多である の に 対 し , EλAN で は ア ク テ ィ ブ 型 の Optical Distribution Network (Active ODN)により多対多の構成を実現する.また,EλAN では FTTH 技術において,エラスティック性を 大限実現するため Orthogonal Frequency Division Multiplexing (OFDM) 伝送方式を指向する.OFDM-PON の実現により伝送距離 40 km の長距離化,ONU の収容数を 256 台以上とすることが目標とされている [4].

Active ODN は 帯 域 可 変 型 波 長 選 択 ス イ ッ チ

(Bandwidth Variable Wavelength Selective Switch: BV-WSS)等で構成することにより,ツリーやリング等の多様なトポロジ構成の提供が可能となる.ODN 上におけるアクセスパスの設定は,Network Management System (NMS)により行われる.故障箇所の光ファイバやスイッチを迂回することで,リストレーションによ

る動的なサービスの復旧が実現される.また,EλANではOLT をプログラマブル化することにより局舎間に跨る論理 OLT (Logical-OLT: L-OLT)のマイグレーション機能 [8-10]が可能となる.これら ODN の再構成および論理 OLT マイグレーションの実現により,局舎機能停止時にも他局舎の OLT と ONU との間でアクセスパス再構築が可能となる.

しかしながら,大規模災害による複数局舎の機能停

止時には,OLT - ONU 間の距離が 40 km 以上になると光伝送の距離制限によりアクセスパスが確立不可とな

る課題がある.そこで,従来のリストレーション手法

を超えた更なる ONU 救済手法として,光アドホック

ネットワークが提案されている [11,12].光アドホックネットワークでは,ONU から 40 km を超える距離に位置する局舎の OLT まで通信路を確立するために,まず ONU から隣接地域の ONU 群へアクセスパスを確立し,生存OLT に到達可能な ONU 群までマルチホッ

プ転送を行うことで通信復旧を実現する [11].各 ONU群には、他の ONU 群を収容するための簡易 OLT 機能を有する Remote ONU(R-ONU)が設置される [12].しかしながら, [12]では,救済対象の ONU 群と隣接 ONU群との間にアクセスパスを設定する際に,ONU 群間での波長割当は検討の範囲外とされ、考慮されていない.

本論文では光アドホックネットワークを実現する

ため,各 ONU 群間での波長選択手法について提案す

る.また,提案手法を使用した光アドホックネットワ

ーク方式について,計算機シミュレーションにより

ONU 群の救済率の観点から特性評価を行う.本論文の構成は以下のとおりである. 2 章では

EλANのアーキテクチャについて説明する.3 章では光アドホックネットワークについて概要を述べる. 4章において R-ONU 間の波長選択手法を提案し,5 章で提案手法について特性評価および考察を行う. 後に

6 章でむすびを述べる.

2. Elastic Lambda Aggregation Network (EλAN) 図 1 に EλAN のアーキテクチャを示す.EλAN は現

在サービス毎に設備されているアクセス網およびメト

ロ網を単一ネットワークに統合する.

図 1.EλAN アーキテクチャ

プログラマブル OLT(Programmable OLT: P-OLT)は局舎内に配備され,提供サービス毎に論理 OLT (L-OLT)が生成される.L-OLT では,各サービスに対応した Media Access Control (MAC) 機能及び PHY機能が 提 供 さ れ る . ま た , プ ロ グ ラ マ ブ ル ONU (Programmable ONU: P-ONU)は各ユーザに配備され,論理 ONU (Logical-ONU: L-ONU) が生成される.P-ONU では,P-OLT と同様に,サービスに応じた MAC機能及び PHY 機能が提供される.OLT 及び ONU のプログラマブル化は,ハードウェア /ソフトウェアのパラメータ変更,Field Programmable Gate Array (FPGA) の動的変更,究極的には L-OLT/L-ONU のソフトウェア化等により実現される.

EλAN では OLT のプログラマブル化により,局舎間及び局舎内の他の P-OLT に L-OLT をマイグレーションすることが可能となる.また,BV-WSS 等の光スイッチや光スプリッタで構成される Active ODN により,提供するサービスや通信要求に応じ, L-OLT とL-ONU 間の接続を自由に設定可能となる. 災害等により局舎機能が停止した際には,当該局舎

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の OLT に接続されていた ONU は通信不可能となる.EλAN では ONU の通信復旧のために, NMS より Virtual Layer-2 Switch (VL2SW)および Active ODN を再設定し,局舎間に跨る L-OLT マイグレーションを行う.これにより,他局舎の P-OLT から通信不能に陥った P-ONU へアクセスパスを再確立し,再収容を行う.以上により,既存の PON では不可能であった経路変更および L-OLT マイグレーションによるリストレーションが可能となる. しかしながら,複数地域に跨り局舎が機能停止する

ような大規模障害において,OLT-ONU 間の距離が 40 km を超える場合,光伝送の距離制限によりリストレーションによるアクセスパスの再設定が不可能となる問

題がある.本問題を打破するため,光アドホックネッ

トワーク方式が提案されている.

3. 光アドホックネットワーク 本章では,伝送距離制限により OLT へのアクセスパ

スの設定が不可能となった ONU が,他の ONU 群に設置された R-ONU をマルチホップして生存 OLT へ接続する,光アドホックネットワーク [11]について述べる. 大規模障害により複数局舎が機能停止し ONU が接

続不可となった状況を考える.ここで,OLT-ONU 間

の光ファイバは故障しておらず伝送路は存在するが,

データプレーン (D-plane) における伝送距離制約により OLT へのアクセスパス確立が不可能な状態を「孤立」と呼ぶ. 光アドホックネットワークでは孤立した各 ONU が

NMS の制御を介さず独立して生存 OLT までの経路を探索する.図 3 に光アドホックネットワークの動作の概略を示す.

図 3.光アドホックネットワーク動作概略

各 ONU 群には、少なくとも 1 台の R-ONU が配備さ

れていると仮定する。孤立状態の ONU 群 #1 内のR-ONU#1 は,通信途絶後一定時間が経過してもリストレーションによる救済が行われない場合に,自動的に

光アドホックモードに移行する.ここで,各群に 1 台

ずつ設置されている R-ONU が代表して他の R-ONU への接続を試みる.ここで各群に所属する R-ONU が故

障した場合は該当の ONU群は OLTに接続不可となる.図 3 では R-ONU#1 に対し他の群に所属する R-ONU#2が簡易 OLT として動作し,通信経路確立後に ONU 群#1 の各 ONU の収容を行う.R-ONU#2 は ONU 群#1 からのデータを中継し局舎#3 の OLT へ送受信する.図 3の例では , ONU 群#1 から局舎#3 の OLT までに R-ONUを 1 台だけ経由しているが, [11]では,複数の R-ONUをバケツリレーのように経由しマルチホップ接続を行

うことが想定されている.また, ONU 群 #1 からR-ONU#2 に対する接続には,上り /下りでそれぞれ異なる波長が必要となる.

3.1 R-ONU 及び光ノード構成 本節では光アドホックネットワークを実現するキ

ーデバイスである R-ONU 構成 [12]及び光ノード構成について述べる.R-ONU は通常の P-ONU と異なり,他の ONU 群に対して一時的な簡易 OLT として振る舞う.図 4 は図 3 に示す R-ONU#2 の内部構造を示す.サブ OLT において隣接 ONU 群とのデータの送受信を行う.受信したデータは一度蓄積ブリッジに格納する.

サブ ONU が OLT に対して通常の ONU 同様の振る舞いをすることで,OLT や他の ONU 群の R-ONU に対して蓄積データを送受信する.また,R-ONU が ODN 上の光ノードおよび他の R-ONU と制御情報を交換する

ための,ディスカバリチャネル専用の送受信機を設け

る. 図 4 では,サブ OLT に配備される送受信機を一組と

しているが,複数組を配備することで,複数の ONU群を収容することも可能となる.

図 4.R-ONU の内部構造 図 5 に Active ODN を構成する光ノードの構成を示

す.本光ノードは BV-WSS ベースの Reconfigurable Optical Add/Drop Multiplexer (ROADM) あ る い は

Optical Cross-Connect (OXC)を有し,NMS から制御プレーン (C-plane)を通じて遠隔制御するための制御部が設けられる.光アドホックネットワークを実現するた

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めの拡張としてディスカバリチャネルが追加される.

本チャネルを用いて,図 4 に示した R-ONU 内のディスカバリチャネル専用の送受信機との間で,経路制御

用メッセージの送受信を行う.受信したメッセージは

制御部で処理され,必要に応じて他の光ノードとの間

で C-plane を介し経路制御用メッセージの交換が行われる.

図 5.Active ODN における光ノード構成

3.2 ルーティングプロトコル 光アドホックネットワークでは無線アドホックネ

ットワーク [13]を参考に,リアクティブ型をベースとしたルーティングプロトコルを適用する . 大規模災害による通信途絶が発生し ONU が孤立し

た際には,孤立 ONU 側からどの OLT,R-ONU,光ノード及びリンクが故障したかを把握することは困難で

あり , 経由する R-ONU を都度探索する必要があると

考えられる.

図 6.光アドホックネットワークにおける C-plane, D-plane の動作

図 6 に示すように,C-plane では光 /電気変換を行っ

ているため,R-ONU および光ノードは経路制御用メッセージのフラッディングを繰り返す事により,互いの

存在確認が可能である.しかしながら,D-plane における光信号の減衰がわからないため,どの R-ONU を

経由地として選択するのかが問題となる.光アドホッ

クネットワーク方式では,無線アドホックネットワー

クで用いられるルーティングプロトコルである Ad hoc On-Demand Distance Vector (AODV)[14]をベースにした経路探索を行い,経路制御用メッセージ内の Time to live (TTL)を用いることで,D-plane の伝送距離を近似的に推定する.TTL 内で複数個の R-ONU が発見された場合には, も TTL の大きな R-ONU に接続を行う.これは,より遠距離に位置する R-ONU を選択す

ることで,より少ない R-ONU 経由数で生存 OLT へ接続可能となる可能性が高まるためである.R-ONU の探索後に,他群の R-ONU から接続可能メッセージを返

信し,R-ONU 間の光ノードの設定を行う. ここで,孤立 ONU 群の R-ONU と接続先 ONU 群の

R-ONU との間でアクセスパスを設定する際に,パスに割り当てる波長を決定する必要がある.通常時は NMSが波長割り当てを一元管理しているが,光アドホック

ネットワークの実施時には各 ONU 群間で使用する波

長をネゴシエーションし決定する必要がある.そこで,

次章において ONU 群間における波長予約手法を提案

する.

4. 光アドホックネットワークにおける波長予約手法 各孤立 ONU 群が分散的に R-ONU に対して光パスの

波長を決定する必要がある.本章ではルーティング時

と同様に,孤立 ONU 群に所属する R-ONU が代表して他の群に所属する R-ONU との通信に使用する波長を

予約する手法を提案する. EλAN では,OFDM-PON を実現することが目標とさ

れている [4].OFDM-PON にも幾つかの種別が存在す

るが,EλAN プロジェクトでは,OFDM-PON の第一歩として,TDM/WDM-PON を拡張した TDM/OFDM-PONの実現を目指している.そのため,今回の波長決定の

際には簡単化のために TDM/WDM-PONを前提とした. ルーティング時と同様に各群を代表して R-ONU が

波長予約を行う.ここで波長を選択する際に 1)ランダム波長選択方式, 2)孤立状態以前に使用していた波長選択方式の 2 つの波長選択方式を考える.これらの波長選択方法により決定した波長を用い,代表 R-ONUがトライアンドエラーで波長の空き探索を行う. 提案する R-ONU 間の波長予約手法の手順の概要は

以下の通りであり,図 7 に動作例を示す. (a) R-ONU と孤立 ONU 群間で経路決定後,波長検出を行う.先述した 1),2)の波長選択方式により接続先 R-ONU の上り波長を決定する.決定した波長を用

いて孤立 R-ONU は他のパスが用いていないか経路上

の空きを確認する. (b) 一定時間経過後,接続先 R-ONU からの返答が無い場合ランダム秒待機をし,他の波長をランダムで

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選択し再送する. (c) 接続先 R-ONU は上り波長受信後,孤立 R-ONUに対し下り波長を決定し,他のパスが用いていないか

経路上の空きを確認するため決定波長を送信する.そ

の際の下り波長は, 1)ではランダムで選択, 2)では孤立 R-ONU が孤立状態以前に使用していた下り波長を

選択する. (d) 一定時間経過後,孤立 R-ONU からの返答が無い場合ランダム秒待機をし,他の波長をランダムで選

択し再送する. (e) (a)~(d)によって上り /下り波長予約後,孤立R-ONUの所属する ONU群の P-ONUは予約波長を用い接続先 R-ONU にデータを送受信する.

図 7.波長予約動作例 図 8 に示すように,波長予約時に未使用波長を探索

する際,リストレーションで使用されている波長,接

続先 R-ONU のサブ ONU から OLT 間で使用されている波長,他の孤立 ONU 群からの接続要求波長との競

合可能性が挙げられる.今回の研究では波長予約のみ

に焦点を当てたが,災害発生時には生存 OLT に対して接続可能な R-ONU の数が限定されてくるため,一部

の R-ONU へ接続要求が集中することが考えられる.

そこで,可能な限り ONU 群救済率を向上させるため,TDMAの併用による波長資源の節約が必要になると考えられる.この場合,R-ONU 内のサブ OLT に接続される ONU 群を TDMA により順次切り替えることで,同一波長で複数の ONU 群に対して接続性を確保する.

図 8.波長競合例

5. 特性評価 本章では,計算機シミュレーションにより,提案方

式の波長予約手法を光アドホックネットワークに適用

した際の ONU 群救済率について評価および検討を行

う.図 9 にシミュレーショントポロジを示す.ODN のトポロジは EλAN を実現する上で も現実的と考え

られる格子状(あるいは連接リング)を採用した.ODN内の故障箇所は,ONU 群及び OLT と直接接続されるリンクを除く箇所にランダムで発生するとした.また,

3.2 節で説明したリアクティブ型ベースのルーティングプロトコルにより R-ONU 経路探索を行った.シミ

ュレーション諸元を表 1 に示す.R-ONU, P-OLT 及びODN 内リンクの故障率は同一とした.

図 9. シミュレーショントポロジ シミュレーションの初期状態において,各 ONU 群

は 短経路の P-OLT に接続され収容されているとした. R-ONU,P-OLT 及び ODN 内のリンクにある確率で故障を発生させた後,リストレーションにより接続

性を回復可能な ONU 群に対して,P-OLT までの新たなアクセスパスを割り当てた.その後,孤立 ONU 群

の R-ONU が光アドホックネットワークモードにより

経路探索を行い,使用波長を決定し接続を行った.波

長選択方式として,4 章では 1)ランダム波長選択方式,2)孤立状態以前に使用していた波長選択方式の 2 種類を挙げたが,本シミュレーション環境においては波長

割当成功率及び波長探索試行時の衝突回数が共に同程

度の結果を示したため,実装面での簡便さの観点から,

1)ランダム波長選択方式を採用した. また,ONU 群救済率の定義は,故障していない孤立

ONU群の R-ONU数に対する 終的に OLTに接続された R-ONU 数の割合とした.R-ONU 故障時には当該

ONU 群は救済不可となるため,ONU 群内の P-ONU の故障率は考慮しないとした.

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表 1. シミュレーション諸元

項目 内容

P-OLT 数 16

ODN 内の光ノード数 32

ONU 群数 16 (R-ONU は各群 1)

R-ONU, P-OLT, ODN 故障箇所 ランダム

故障率 10%刻み

試行回数 20 回

リンク長 10 km

光伝送距離制約 40 km

TTL 4

[評価項目 1] 提案した波長予約手法が ONU 群救済率に与える影

響を検討するため,光アドホックネットワーク実施時

における波長割当成功率を評価した.波長割当成功率

は,光アドホックネットワークにおいて R-ONU 間に

設定されるべきパスの数に対して,実際に波長割当が

行われたパスの数の割合と定義した.上りおよび下り

の波長数はそれぞれ 2, 4, 8, 16 とした.

図 10. 各波長数における波長割当成功数

故障率 10〜60%時の各波長数における波長割当成功

率の結果を図 10 に示す.波長数が 2 の場合,光アドホックネットワークの実行時に,生存 OLT と接続するR-ONU 近傍で波長割当の競合が発生し,成功率が低下したと考えられる.しかしながら,波長数が 4 以上の環境下では,波長割当成功率が 100%を示した.現在実用化が検討されている TDM/WDM-PON (NG-PON2)では 4 波以上の使用が検討されているため,本結果より,波長割当時の競合による ONU 群救済率の減少は

生じないといえる. [評価項目 2] 上り /下り波長数が 4 の時のリストレーション及び

光アドホックネットワークによる ONU 群救済率を評

価した.R-ONU, P-OLT 及び ODN 内リンクの故障率は10~70%でシミュレーションを行った.

図 11. 各故障率における ONU 群救済率

故障率毎の ONU 群救済率を図 11 に示す.40~70%のいずれの故障率においても,リストレーション後の

光アドホックネットワークの実行により,更なる ONU群救済率の向上が可能であることが示された.故障率

40%の時にはリストレーションにより 54.3%の ONU群を救済し,更に光アドホックネットワークの実行によ

り 20.9%の ONU 群を救済可能であることを示した.しかしながら,故障率が 70%時にはリストレーションによる ONU 救済率が 5%,光アドホックネットワークによる救済率向上が 1.3%にとどまった.これは,ODN内のほとんどのリンクが故障した壊滅的な状況である

と考えられるためである. 故障率 10~70%時における,救済 ONU 群に対して

適用された救済手法の割合を図 12 に示す. この結果から,故障率が 40~60%時に光アドホック

ネットワーク方式の効果が大きいことがわかる.故障

率が低い時にはリストレーションによりかなりの

ONU 群を救済可少なからず存在している.

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図 12. 救済 ONU 群に対する救済手法割合

なお,今回のシミュレーショントポロジでは ONU

群数と OLT 数の比率が 1 対 1 であるため,要求パスが少なく,波長競合が発生しにくい状況であったと考え

られる.今後の課題として,R-ONU 数及び OLT 数を変化させた場合や,リング等の異なるトポロジを想定

した場合について議論する必要がある.また, R-ONU の設置コストについても検討が必要となる.

6. むすび EλAN において光アドホックネットワークによる孤立 ONU 群の通信路確保を行う際の波長予約方法を提

案し,計算機シミュレーションにより,提案方式を適

用した際の ONU 群救済率向上の効果を評価した.

R-ONU, P-OLT及び ODN内リンクの故障率が 40%の時には,リストレーション適用後に更に光アドホックネ

ットワークを実行することにより,20.9%の ONU 群を追加で救済可能となることを示した.

謝辞 本研究の一部は,NICT 委託研究「エラスティック

光アグリゲーションネットワークの研究開発」のサポ

ートを受けて行われた.

文 献 [1] 総務省 , “電気通信サービスの契約数及びシェア

に関する四半期データの公表 (平成 28 年度第 2四半期(9 月末)) , ”Dec. 2016.

[2] ITU-T Recommendation G.983.5, “ A broadband optical access system with enhanced survivability, ” Jan. 2002.

[3] 総務省 , “大規模災害等緊急事態における通信確保の在り方− 終取りまとめの公表−," Dec. 2011.

[4] 岡本聡 , “多様なサービスやネットワーク構成を実現する伸縮自在光メトロ・アクセス融合型アグリゲーションネットワーク技術 ,” 信学技報 ,

CS2012-96, Jan. 2013. [5] 岡本聡 , 佐藤丈博 , 竹下秀俊 , 山中直明 , “エラス

ティックλアグリゲーションネットワーク (EλAN)の提案 ,” 信学総大 , No. B-8-63, Mar. 2013.

[6] S. Kimura, “Elastic lambda aggregation network (EλAN) - Proposal for future optical access network,” 18th OptoElectronics and Communications Conference (OECC2013), no.WP4-4, Jul. 2013.

[7] T. Sato, K. Tokuhashi, H. Takeshita, S. Okamoto, and N. Yamanaka, ``A study on network control method in elastic lambda aggregation network (EλAN)," IEEE Conf. on High Performance Switching and Routing (HPSR 2013), no. S2.1, Jul. 2013.

[8] 佐藤 丈博 , 樋口 雄紀 , 竹下 秀俊 , 岡本 聡 , 山中 直明 , 大木 英司 , “エラスティック光アグリゲーションネットワークにおける論理 OLT のマイグレーション手法 ,” 信学論 (B), vol.J97-B, no.7, pp.474-485, Jul. 2014.

[9] 竹下 秀俊 , 樋口 雄紀 , 佐藤 丈博 , 小番 麻斗 , 岡本 聡 , 山中 直明 , “エラスティックλアグリゲーションネットワークにおける論理 OLT のマイグレーション実験 ,” 信学技報 , NS2013-250, Mar. 2014.

[10] S. Okamoto, T. Sato, and N. Yamanaka, “Logical optical line terminal technologies towards flexible and highly reliable metro and access integrated networks,” SPIE Photonics West 2017, 10129-6, Feb. 2017.

[11] 岡本 聡 , 関井 貴大 , 伊佐治 義大 , 山中 直明 , “エラスティックλアグリゲーションネットワーク (EλAN)における光アドホックネットワークの提案 ,” 信学総大 , No. B-12-6, Mar. 2016.

[12] 岡本 聡 , 関井 貴大 , 伊佐治 義大 , 佐藤 丈博 , 山中 直明 , “エラスティック光アグリゲーションネットワーク (EλAN)における光アドホックネットワーク実現のためのリモート ONU の提案 ,” 信学技報 , PN2015-120, pp. 99-105, Mar. 2016.

[13] 阪田 史郎 , 青木 秀憲 , 間瀬 憲一 , “アドホックネットワークと無線 LAN メッシュネットワーク ,” 信学論 (B), vol.J89-B, No.6, pp.811-823, Jan. 2006.

[14] C.E. Perkins, E. Belding-Royer, and S. Das, “Ad hoc on-demand distance vector (AODV) routing,” IETF RFC 3561, Jul. 2003.